ジョン・エントウィッスル - ディスコグラフィ - わかりやすく解説 Weblio辞書

ジョン・エントウィッスル ディスコグラフィ

ジョン・エントウィッスル

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/21 08:49 UTC 版)

ディスコグラフィ

ソロ・アルバム

スタジオ・アルバム

  • 『衝撃!!』 - Smash Your Head Against the Wall (1971年)
  • 『風の詩』 - Whistle Rymes (1972年)
  • 『死後硬直』 - Rigor Mortis Sets in (1973年)
  • 『マッド・ドッグ』 - Mad Dog (1975年)
  • 『最後のヒーロー』 - Too Late the Hero (1981年)
  • 『ザ・ロック』 - The Rock (1986年製作、1996年発売)
  • 『ミュージック・フロム・ヴァンパイアズ』 - Music From Van-Pires (2000年)

ライブ・アルバム

編集アルバム

  • Anthology 1971-1981 (1996年)[64]
    1stアルバム『衝撃!!』から5thアルバム『最後のヒーロー』までのアルバムからの選曲。全18曲で1CD。
  • THUNDERFINGERS: The Best Of John Entwistle (1996年)
    Anthology 1971-1981と同様の企画だが選曲が少し異なる。全18曲で1CD。
  • So Who's The Bass Player? -The Ox Anthology- (2005年)
    オールタイム・ベスト。1stアルバム『衝撃!!』から7thアルバム『ミュージック・フロム・ヴァンパイアズ』までのスタジオ・アルバムと、ライブ・アルバム『キング・ビスケット・ライヴ』及び『Left for Live』からの選曲。全38曲で2CD。
  • Rarities Oxhumed - Volume One (2022年)[65]

ティプトン、エントウィッスル&パウエル

  • 『エッジ・オブ・ザ・ワールド』 - Edge of the World (1994-1996年録音、2006年発売)
    本来はグレン・ティプトンのソロ・アルバム。

参加作品

一部、参考文献より引用[66]


注釈

  1. ^ トロンボーンチューバメロフォン等も含まれる。アルバム『四重人格』(1973年)の収録曲は全てタウンゼント作であるが、エントウィッスルは金管楽器の演奏の為の編曲を担当した。タウンゼントは自伝で、エントウィッスルが『四重人格』の録音の時に20以上もの様々な金管楽器を全て自分で演奏し、編曲を楽譜に書いて細心の注意を払って録音に臨んだ結果、多彩な金管楽器はタウンゼントのシンセサイザーやストリングスと完璧に調和したと記している。またエントウィッスルは、『四重人格』発表に伴なったツアーでは、収録曲の'Helpless Dancer'で金管楽器を演奏した。1973年11月20日にサンフランシスコ近郊のデイリー・シティで開かれたコンサートでメロフォンを演奏する姿が、ツアーのプロモーターだったビル・グラハムの為に撮影された白黒の記録映像に残っている。
  2. ^ ザ・フーのオリジナル・アルバムに収録されたエントウィッスル単独名義の曲の数は、『セル・アウト』(1968年)と『フー・アー・ユー』(1978年)と『イッツ・ハード』(1982年)が3曲、『ア・クイック・ワン』(1967年)と『トミー』(1969年、2枚組)と『フェイス・ダンシズ』(1979年)が2曲、『フーズ・ネクスト』(1971年)と『ザ・フー・バイ・ナンバーズ』(1975年)が1曲。シングルB面に収録されてアルバムには収録されなかった曲が6曲。他に、彼とムーンの共作でシングルのB面に収録された曲が1曲ある。
  3. ^ アルバム『フー・アー・ユー』の再発盤CDのライナーノーツには、エントウィッスルの「もしロジャーが歌う為の曲を書けば、もっと多く採用される。自分が歌う為の曲なら採用されない。それがザ・フーについて自分が抱いている問題だ」という発言が引用されている。
  4. ^ シングル『サマータイム・ブルース』のB面に収録された。アルバム『トミー』(1969年)発表を挟んだ1968年から1970年までのコンサートのオープニング・ナンバーとして、ウッドストック・フェスティバル(1969年8月16日)、ワイト島音楽祭(1969年8月30日、1970年8月29日)、リーズ大学でのコンサート(1970年2月14日)などで披露された。
  5. ^ 彼がザ・フーのアルバム『フーズ・ネクスト』(1971年)で発表した「マイ・ワイフ」の再録音が収録された。
  6. ^ ザ・フーが前身のザ・ハイ・ナンバーズ時代の1964年から1973年までの間に録音した未発表曲やアルバム未収録曲を選曲して、アルバム『オッズ&ソッズ』(1974年)を編集した。
  7. ^ ジ・オックスは4人のホーン・セクションとコーラス・デュオのチャンター・シスターズを含んだ。名前(雄牛の意)の由来は彼の渾名だった。
  8. ^ 客の不入りなどの理由でホーンセクションは最終的にサクソフォーン奏者1人になり、チャンター・シスターズのドリーンは大音響で聴覚に異常をきたし、医師に諭されて早期に離脱した。
  9. ^ アメリカ・ツアーではJ. ガイルス・バンドの前座も務めた。1975年3月15日のフィラデルフィアでのコンサートの音源がアメリカのラジオ番組『キング・ビスケット・フラワー・アワー』で放送され、1996年にCDとして発表された。
  10. ^ エントウィッスルは、ザ・フーのドキュメンタリー映画『キッズ・アー・オールライト』(1979年)のサウンドトラックと、アルバム『四重人格』に基づいて制作された映画『さらば青春の光』(1979年)のサウンドトラックの音楽監督を担当した。
  11. ^ 1989年に実現したザ・フーの結成25周年記念の再結成ツアーの遠因になったとも噂された。彼はザ・フーのメンバーだった頃と同じような金銭感覚で生活し続けていたという。
  12. ^ ダルトリーとタウンゼントは、彼の死後の2004年にザ・フーのメンバーとして初来日・初公演を果たした。一方、1978年にムーンの後任としてザ・フーに加入したケニー・ジョーンズは、既に加入前の1974年にフェイセズのメンバーとして来日していた。
  13. ^ タウンゼントのソロ・アルバムに参加し、彼が1980年代半ばにライブ活動の為に結成したディープ・エンドのメンバーだった。タウンゼントが1989年にディープ・エンドを引き連れて、ダルトリー、エントウィッスルと合流して行なったザ・フーの結成25周年記念の再結成ツアーにも参加した。
  14. ^ エントウィッスルはザ・フーの「ボリスのくも野郎」と「マイ・ワイフ」、ソロの「最後のヒーロー」を披露した。横浜アリーナでのコンサートの映像が残っている。
  15. ^ 1998年のツアーの音源を、1999年に"Left for Live"として発表した。
  16. ^ 俗に「高級娼婦に口淫をされている最中に死亡した」という説が流布されている。
  17. ^ パラディーノは、1990年代からタウンゼントのソロ・コンサートに出演していた。
  18. ^ ドラマーもサポート・メンバーであり、正式メンバーはタウンゼントとダルトリーだけである。
  19. ^ かつてウィキペディアの当該ページに、サザビーズの競売にかけられた彼のベースについて、「ピーター・フックや日本の俳優の中村梅雀が、オークションでいくつか落札している」という記述があったが、中村は自身のブログにてこれを明確に否定して、自分が買ったものは1998年に彼が離婚の慰謝料の捻出のために売りに出したものの一つで、自分はそれが東京の店に入荷されたと知って買いに行ったと説明している。
  20. ^ キース・ムーンが在籍していた期間のコンサートでは、「ドゥローンド」(『四重人格』)や「ドリーミング・フロム・ザ・ウェイスト」(『ザ・フー・バイ・ナンバーズ』)などでベース・ソロを披露した。
  21. ^ エントウィッスル作でダルトリーがリード・ボーカルを担当したのは5曲。『ザ・フー・バイ・ナンバーズ』に収録された「サクセス・ストーリー」では、二人でリード・ボーカルを分担した。因みに「トリック・オブ・ザ・ライト」(『フー・アー・ユー』)のリード・ボーカルは、スタジオ録音ではダルトリーが、1989年の結成25周年記念ツアーでは作者のエントウィッスルが、それぞれ担当した。また1975年から76年にかけて行なわれたツアーでは、ムーンが「フィドル・アバウト」(『トミー』)のボーカルを担当した。
  22. ^ ザ・フーのスタジオ録音でのキーボードの演奏は、シンセサイザ―を含めてタウンゼントが担当することが多かったが、エントウィッスルも自作曲の「マイ・ワイフ」(『フーズ・ネクスト』)でピアノ、「905」(『フー・アー・ユー』)や「デンジャラス」(『イッツ・ハード』)などでシンセサイザーを演奏した。
  23. ^ 「ボリスのくも野郎」(『ア・クイック・ワン』)、「ウィスキー・マン」(『ア・クイック・ワン』)、「ヘヴン・アンド・ヘル」(シングルB面)、「アンクル・アーニー」(『トミー』)など。エントウィッスルはトミーをもてあそぶ変質者である叔父を歌った「アンクル・アーニー」を、「自分にはとても書けない」というタウンゼントに頼まれて書いた。トミーの意地悪極まりない従兄弟を歌った「従兄弟のケヴィン」と合わせて、彼の曲作りの嗜好とタウンゼントの期待とが見事に一致した例であると言えよう。
  24. ^ 1972年10月、ロンドン交響楽団イギリス室内合唱団によって制作され、ムーン以外のザ・フーのメンバー、ロッド・スチュワートリンゴ・スタースティーヴ・ウィンウッドらが客演した。エントウィッスルは自作曲「従兄弟のケヴィン」のボーカルを担当した。
  25. ^ 謝辞に名前が記されている。

出典

  1. ^ www.rollingstone.com”. 2024年4月21日閲覧。
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  34. ^ ジョン・エントウィッスルのベースギター - 梅雀のひとりごと:
  35. ^ アルティミット・ガイド・p139
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  54. ^ ザ・フーのピート・タウンゼント、ステージでキース・ムーンやジョン・エントウィッスルの霊を感じると語る (2012/10/12) | 洋楽 ニュース | RO69(アールオーロック) - ロッキング・オンの音楽情報サイト:
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  56. ^ 史上最高のベーシスト50選
  57. ^ 史上最高のベーシスト50選
  58. ^ Thunderfingers: A Tribute to the legendary John Entwistle - promo
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