本日(17日)から2日間、日米首脳会談が開かれる。北朝鮮と通商問題でトランプ大統領は「予測不能」の揺さぶりを仕掛けてくる。その時、安倍首相はどう対応するか。双方が繰り出す交渉のカードを直前予想する。

安倍首相はトランプ大統領の揺さぶりに、どんな対応をするか。写真は昨年11月のトランプ大統領の来日時(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)
安倍首相はトランプ大統領の揺さぶりに、どんな対応をするか。写真は昨年11月のトランプ大統領の来日時(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 日米首脳会談が17、18両日に行われる。北朝鮮問題と通商問題が2大テーマだ。後者の通商問題は鉄鋼問題と「日米の自由貿易協定(FTA)がらみ」だ。これらをどう絡めて「取引」してくるかは、トランプ大統領次第である。

 ここで、交渉がどのように進むかを、トランプ政権や安倍政権の内情などから予想してみたい。

安倍首相:鉄鋼問題解決のための「日米FTA」は持ち出さない

 鉄鋼問題では通商拡大法232条に基づく関税引き上げの適用対象国から日本を除外すべきであることを、安倍首相は当然主張するだろう。ただし、そのために日米FTAなど他の通商交渉を持ち出す考えは、安倍政権内にはない。その結果、仮に適用除外されない結果になったとしても、困るのは米国のユーザー業界だ。しかも別途、米国メーカーが生産できない品目は適用除外されることから、日本の鉄鋼業界の実害は限定的になるからである(参考:輸入制限で日本を除外しないトランプの頭の中)。

 鉄鋼問題と引き換えに他の通商交渉を持ち出してしまうと、味をしめるのがトランプ氏である。最たる例が米韓FTAの見直し交渉である。

 韓国は鉄鋼輸入制限の適用除外という地位を獲得するために、米韓FTAの見直し交渉で譲歩を強いられた。通貨安誘導を禁じる為替条項と鉄鋼の輸出自主規制がそれだ。さらに一度合意しても最終合意を留保され、北朝鮮対応での牽制材料に使われて、韓国はトランプ氏に翻弄されている。

 トランプ大統領が、日本にも同様の要求をしてくるかのような一部報道もあるが、それは短絡的だ。韓国には、公表しないでウォン安介入をし、米国の不信感を買っているという、後ろめたさがある。一方、日本はここ5年以上、為替介入をしていないし、そもそも金融政策を縛ることには財務省が断固反対する。80年代にあった輸出自主規制も今や世界貿易機関(WTO)の下では禁止されている。仮に米国が言ってきても堂々と拒否するのは明らかだ。

安倍首相:北朝鮮問題と通商は切り離す

 「通商と安全保障の議論は絡めずに、切り離すべきだ」。日本の識者は異口同音にそう指摘する。だが、安全保障を米国に依存する日本としては、それは言わずもがなだ。

 米朝首脳会談では拉致問題を取り上げるよう要請し、ミサイル問題も米国本土に届く大陸間弾道ミサイル(ICBM)だけでなく、日本に届く中距離、短距離ミサイルも忘れないように要請する。そうした北朝鮮問題と通商での譲歩をトランプ氏が絡めてきた時にどう切り離させるかが問題なのだ。これはまさに安倍首相の手腕にかかっている。

 本来、首脳会談は事前に事務方が折衝を重ねて、大筋本番での議論の方向性が見えているものだ。ところがトランプ政権だけはそうした常識がまるで通用しない。

 日本政府関係者も通商、安全保障それぞれの分野でトランプ政権幹部との事前折衝をワシントンで精力的に行っている。しかしそこで相手の理解を得たとしても、本番の首脳会談でトランプ氏がどう出てくるかは別問題だ。

 先日のシリアへの攻撃では、大規模攻撃を主張するトランプ氏に対して、マティス国防長官が限定攻撃への歯止め役であった。通商分野でマティス長官役を果たせる者がいるだろうか。クドロー国家経済会議委員長、ロス商務長官、ライトハイザー米通商代表部(USTR)代表にそれを期待することは無理だ。

 こうしたトランプ氏に安倍首相は出たとこ勝負で臨機応変に対応するしかない。様々なトランプ氏の出方を予め想定して、首脳会談の本番に臨むことになる。

トランプ大統領:常套手段の脅しのセリフを繰り出す

 首脳会談に向けてトランプ流の揺さぶりは露骨だ。

 まず相手を言葉で脅し、攻撃して揺さぶり、慌てさせる。そこで相手から有利な取引を引き出すのがトランプ流の交渉術だ。今回も日米首脳会談を控えた先月下旬、安倍首相を名指しで、「『こんなに長い間、米国をうまくだませたなんて信じられない』と、ほくそ笑んでいる。そんな日々はもう終わりだ」とつぶやいている。また先日も日本を名指しで、「何年も貿易で米国に打撃を与えてきた」と言う。

 もうトランプ氏のお決まりの常套手段だと十分に分かっているのだから、メディアも反応しなければいいものを、「叩かれ症候群」の日本のメディアはつい反応してしまう。それでは相手の思うつぼだ。こういう相手には無視するのが一番なのだ。

トランプ大統領:TPP復帰の本気度、実はゼロに近い

 さらに環太平洋経済連携協定(TPP)復帰をちらつかせた発言もそうだ。トランプ氏はTPP復帰に向けた条件の検討をライトハイザーUSTR代表に指示した。だがこれも1月のダボス会議での発言と同様、本気ではないだろう。

 トランプ氏のダボス発言を受けて、日本のメディアはトランプ政権の方針転換だとして大々的に報じたが、私はそれに疑問を呈して「単なる揺さぶり、思わせぶりだろう」と指摘した(参照:米国のTPP復帰はトランプ流の揺さぶりか)。

 その後今日に至るまで、トランプ政権内ではTPP復帰を検討した形跡が全くない。日本のメディアの勇み足は「誤報」と言われても仕方がない。

 今回の発言も農業州の共和党議員との会合での発言だということを考えると、11月の中間選挙を睨んだ農業団体の不満へのリップサービスに過ぎない。本気度は限りなくゼロに近い。

トランプ政権:「TPPの再交渉」は二国間交渉を迫る口実

 そして、これは日米首脳会談を控えたタイミングだということも関係する。TPPは3月に署名を終え、あとは早期発効に向けて国会承認を得ようとしている矢先だ。安倍総理としては、それまでは波風を立たせたくないというのが本音だろう。日本は米国にTPPに復帰してもらいたいのはヤマヤマだが、TPPの再交渉に応じるという選択肢はない。

 そこでTPPの再交渉を条件に復帰をちらつかせ、再交渉が嫌なら、“日米FTAがらみ”の二国間の協定を迫るという、トランプ流の「揺さぶり戦術」だと見たほうがいい。これも見え透いた交渉術で、そもそもTPP復帰によって大統領選でのコアの支持層の反発を招きかねないリスクを冒すはずがないのだ。

 そのことを念頭に置いて、こうした揺さぶりは受け流すのが得策だ。そもそもトランプ氏はTPPに復帰する考えはないのだから、トランプ氏の単なる揺さぶり発言をまともにとらえて、「TPP再交渉かFTAか、米国は二者択一の選択を迫る」という一部の報道ぶりも、ややずれていると言わざるを得ない。

トランプ政権:対日FTA要求をより鮮明に

 むしろトランプ大統領は、日米FTAに向けた圧力をより鮮明にしてくるだろう。日米FTAについては、これまではライトハイザーUSTR代表など取り巻きの幹部しか言及しておらず、トランプ氏は一切言及していなかった。

 その背景はこうだ。ポイントは、昨年スタートした日米経済対話である。ペンス副大統領と麻生副首相による枠組みで昨年2月の日米首脳会談で合意され、これまで2度ほど開催された。そして、そこでの議論がいずれ日米FTAの交渉開始につながってくるので、それまでは敢えて日米FTAとは言わない、との暗黙の共通認識が日米間であったようだ(参考:事実上、「日米FTA交渉」は既に始まっている)。要するに日米経済対話での進捗を踏まえて「期が熟せば」ということなのだ。

 トランプ大統領としては、11月の中間選挙を前にして、TPP離脱によって相対的に国際競争が不利になる畜産業界の反発を、前述のリップサービスだけでいつまでも乗り切れるわけでもない。そうすると、勢いそろそろ日米FTAをより鮮明にしたいとの誘惑にかられるのも頷ける。一方、日本としてはTPP批准の国会審議もあり、まだその時期ではないということだろう。いずれにせよ日米間で水面下での綱引きが行われていた。

安倍首相:「TPP+(プラス)」を目指す提案も

 日本は日米FTAとは言わないにしても、何らかの二国間協議のボールを米国に投げる必要がある。

 TPPの再交渉という選択肢はあり得ず、当面トランプ政権がTPPに復帰することは期待できないにしても、安倍首相としてはトランプ大統領に対して、深追いしない形で、復帰の呼びかけ自体は続けるべきだろう。TPPで他の参加国の国内批准を円滑に進めるうえでも、TPPを主導する日本が今回の首脳会談でトランプ氏に復帰を呼びかけることは大事だ。

 ただ、それだけで終わりたくても終わるわけではない。

 そこで考えられるのが、「TPP+(プラス)」の提案だ。

 TPPの再交渉をしないとなれば、そのままの形で復帰するか、しないかは米国次第だ。そのうえで、日米間ではTPPを越えるプラス・アルファの課題を協議することを目指すべきだろう。現実問題として、二国間協定はすべて拒否するとの姿勢を果たして貫き通せるだろうか。中身次第という面もある。そこが知恵の出しどころだ。

 念頭にあるのは対中国を睨んだデジタル分野だ。最近の中国については国家主導のデジタル保護主義が日米共通の大きな懸念材料になっている。TPPを交渉していた5年ぐらい前にはまだ顕在化していなかった問題だ。米国も最近、中国のこの分野での動きに警戒感を強めている。こうした問題にルール作りで主導していくことに、米国の目をもっと向けさせるべきだろう。

 今回の日米首脳会談で、日本側が日米間の新たな対話の場を提案する、との報道がある。だが、表面的な形にばかりにとらわれてはいけない。大事なのは「場の設定」という器ではなく、「そこで何を協議するのか」という中身だ。単に米国側の求める農業分野での関税引き下げだけの場にしてはならない。それに加えて、より戦略的なテーマを加えていけるかが大事だ。トランプ氏本人にそうした中身にまで関心を持たせることが果たしてできるかは大きな課題ではある。

安倍首相:「日米経済対話」の枠組みを仕立て直す

 前述の日米経済対話も合意した当初はいいアイデアではあったが、その後の実態は米国からは個別問題のボールがいくつか投げられたに過ぎず、残念ながら目に見えた成果を出すには至っていない。

 これは、米国側が北米自由貿易協定(NAFTA)の見直し交渉や米韓自由貿易協定の見直し交渉などに忙殺されていたからだ。米国側にエネルギーを注ぐ余裕と体制になかったことから、まともな深掘りした議論ができなかったことに起因している。決して日本側の対応の悪さではない。

 しかし、そうした実態を知らないトランプ氏には日本がこの日米経済対話を「時間稼ぎ」、「ガス抜き」に使っているとしか映っていないようだ。今回の首脳会談でも、「日米経済対話の枠組みで引き続き協議するということで押え込めれば成功」と言う識者がいる。だが、こうした見解は甘いだろう。

 トランプ氏の思い込みは説明だけでは払しょくされない。そこで目先を変えて、対話の枠組みも新たなものに仕立て直して提案することも必要だろう。

 トランプ氏の忠実な交渉屋を自負するライトハイザーUSTR代表と茂木経済財政担当大臣が担う場にして、協議をする姿勢を明確にする提案だ。そうしたボールをトランプ氏自身がどう受け止めるかが注目点だ。

安倍首相:輸入・投資の両面で米国への貢献を数字でアピール

 だが、こうした新たな枠組みだけではトランプ氏には不十分だろう。トランプ氏の関心が、目に見える数字の成果にあるのも事実である。そうした相手には、馬鹿げたことだと分かっていても、輸入拡大の具体的数字も意味があるというのも現実だ。

 昨年11月のトランプ訪中時には28兆円の大型商談という手土産であった。日本は中国のような巨大な数字を積み上げることはおよそ不可能だが、中国のような実現するかどうか分からない、いい加減な張子の虎の数字ではなく、実のある数字であることをアピールできる。

 また、自動車メーカーの対米投資による雇用への貢献も正当に評価させるために、日米間の貿易だけで見るのではなく、投資も含めて見るべきであることもアピールすべきだろう。

 LNG(液化天然ガス)や航空機など輸入や自動車などの対米投資で、トランプ再選までの期間にどう貢献できるかを示すことも意味があろう。

安倍首相:最大のリスクは予測不能なトランプ氏の反応

 これまで、安倍首相、トランプ大統領の双方が投げるボールは何かを予測してきた。だが、こうした安倍首相が投げるボールに対して、トランプ氏がどう反応するか、蓋を開けてみないと分からない。そもそもトランプ氏がどういう出方をするか、予測不可能であるのが最大のリスクなのだ。

 いずれにしても安倍首相にとってはこれまでの日米首脳会談とは比べ物にならない厳しい駆け引きが待っている。どういう結果になるのか固唾を飲んで見守りたい。

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