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UNIVERSITY OF TORONTO LIBRARY 

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Yano, Taro 

Kokushi sosho 



Asiatic 



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き V 

JAN 9 1964 

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藝 侯三 家 誌 

吉田物 ; fi 



iL NOV 1 3 1968 

^^^^ry OF 



J 



士 :! 田 物語 十一 卷 * 毛 利 元 就 一代の 戰 を 記して 詳 なり。 卷末少 か 北; 行と;^ 1- に& 

ぶ。 然れ ども かの 世に. s-i^ せる 箭戒の 事 見えざる は何ぞ や。 別に 附 三卷 あ..' 

士の 功名 を錄 して^-任の 初に 至, る。 此書毛 利 氏の 家臣 杉 岡 就-おの * 毛 利 家 及び 古社 

寺の 藉 記. 古文書、 及び 父 長 次の 遺言に よ.^ て 著述せ る ものな." とい ふ、 事卷末 

の自- 記- -统 見せ. o。 盖し藩 州 吉田城 一名 郡 山城 は 毛 利 氏 發祥の 地に して, 元 就に 

なプ 

及びて にに 興 h- 、孫 1.^ 元に 至る まで 此に 治せり。 是れ この 書に 命く る 所お なト I き 

房 は 周 布 氏、 稱權之 助. 剡髮 して 《仝 潭是 心と 號す。 毛 利 家の .wit 預役. i な.^、 ^ 

文窖. 記錄 を通鹽 する の 便 を 得た. -。 秀 就.. ^廣. 宕就丄 M 廣の四 代に 媵 * し、 齊永 三年 

八十 三歲 にて 歿す。 この 書の 惯値 以て 知るべし。 伹し 第二 卷 t 六戶隆 はの is^i. を 記せ 

る 細 註に、 榮 通な ハ 戸系圖 を 見る に 云々 の 語 あり。 この 榮通は 就 M と 同人な" や "a 

よ舊 記に ありし を 其 ま、 錄 したる ものな や、 或は 後人の 記の 嵐 入な,^ や. "お を 



疑 ふ 可し となす • . 

大正 戊 午 1 月 



ー、木^^!は藝侯三家誌卷五ょ..^最終まで,及び吉田物語卷第一 港. 第二 卷ぉー を Itt^ す • 

一 、 !^52:5^を補ひ、 反 讀を讀 下し に 改 め、 通娥の 平易 を 計れ る > 】 と 旣刊の i^^c. 

一、^ 侯三 家 誌 刊行に 常り, 川 男 傅 家 は 特に 本 會の爲 め、 e^H-の閱^^ぉを許可 

せられた. o、 :^$^に同家の厚意を深謝す* 



p 1 1 1 



1. 



目 次 

藝 侯三 家 誌 

卷 五 

莨 

毛 利 三 家 雲 州發向 附比部 合戰の 事… 二 

末 次 土 居 明; の 事 一 六 

^^:ム州三笠城沒落の事 一八 

熊 野降參 の 事 井高 瀨 の 城 返 口の 事丄ニ 

Is- 田 勝 問兩城 軍の 事 ニー! 

輝 元 隆彔: 兀長藝 州 歸陣の 事 一 M 

羽 倉 城 合戦の 事 一 li ハ 

尼 子 勝久末 次を攻 むる 事 一 H- 



備中國 三 村 返 治の 事 1-11 

秋 上 父子 心 變の事 

毛 利 元 就 逝去 .^末石城^^落の事 .::• 无 

義昭卿 信 :4i 快く 扱 はざる 寧 £ 九 

山中 立 原 信 長 を 頼む 事 五一 一 

吉川元 春 父子 因州發 向の 事 S 

山中 鹿 之 助大坪 甚兵衞 尉と 栩戰ふ 

^«^:: ::: :: 

さ 3 いち 

私部诚 軍の 事 五八 

大坪甚 兵衞尉 武田龜 井と. W 戰ふ ss-: 五 九 

山 名 豊^ 尼 子に 與 する 舉 六 

若 佐 合 戰附諸 寄 軍の 事 ーハ11 

尼 子 勝 久鳥取 城!^」 去の 事 さ I 

山中 牛 Ife? 合 戰の事 一 ハ 4. 



目 次 

公方 義昭 公備後 國辆御 下向 の 事::: 

きさいち 

吉川小 早 川 因 州發向 M 私 部 麓 合戦 

QM- :… " 六 八 

私 部の 诚沒 落の 事 さ 

勝 久若佐 城 を 落つ 井 同 國宮吉 城 明 

返の 事 

攝州大 坂 城 へ 兵糧 を 入る 事 七 五 

浦 少輔四 郞心變 の 事 :: 七 九 

讚 州元吉 合戦の 事 八 一 

淡 州 岩屋 城の 事 八 二 

卷 六 

尼 子勝久 播州 上 月 城に 入る 事 A 

中國 l^^H 月 城 を 園む 事 八 九 



杉 原 家人 忍 討の 事 九 Itj 

上 月 合戦の 事….… 101 

播州 三 木城沒 落の 事 二 四 

尼 子 勝 久巳下 自害 附 山中 鹿 之助最 

後の 事 二 七 

宇喜多 和 泉 守 心 變の事 三 一 

南條 小鴨 逆 意の 事 一 一 la 

毛 利 三 家作 州發向 附處々 落城の 事 ニニ K 

備中國 忍 山城 合戦の 事 一一 一九 

中 國賀茂 城 軍の 事. Ill 二 

吉川元 春 伯 州 因 州發向 附山 名豊國 

鳥 取 城 退去の 事 m 一一 

伯 州 長鄕田 合戦の 事 II ま 



因 州 鹿 野 城 沒落幷 龍 城 者 誅戮の 事. 一一- 



宇^^ 合 戰の事 so 

岩 倉 合戦の 事 一四 一 

吉川 式部 少輔 cl! 取^ 城の 事 1E 八 

鳥 取 落城の 事 附吉川 式部 少輔 切腹 

の 事 lil 

吉岡城 攻の事 一六 二 

秀吉苦 川 元 寿と 伯 州 山に 對陣の 

i 

因 州 山 崎 荒祌山 以下 落城の 事 ……: 一 六 九 

備前 國兒島 蜂: 浴 城 軍の 事 一 七 二 

伯 州 羽衣 石 岩 倉 落城の 事 一 さ】 

高 1^ぃ 落城 附淸水 宗治已 下 自害の 事 .一 セ 3 

元奔 隆景秀 il 口と 和!^ の 事 一八 二 



卷 七 

經 +:3 秀包大 坂に 登らる、 事 一八 V 

四國 合戦の 事 一八 九 

隆景 元畏大 坂に 登らる 1 九 一一 一 

三 浦 三 刀, fei 已下門 司 城に 籠る 附商 

梳 秋;:;; 合 戰の事 一九 立 

三 家 九州^ 海附 小食 城 明 返き の ¥1 九 七 

宇^、 が 落城の 附-降 千-:^ 诚 明很! き 

の 事 二 01 

吉川元^!^病死 井 末:: 恭 落城の 事…. 一一 g 

大和 大納言 九州 下向 附耳川 i€ 城 等 

合戰の15^. ニニ 

關白秀 九阈御 下向 附 cw^ 義久降 



参の 事 1111- 

吉 h: 元畏 卒去 井本 鄕 降参の 事 ……: 二 一 八 

iin 川經言 本家 相續 井秀吉 九州 凱旋 

の 事 ニー 九 

九州 一 揆條起 附吉 川廣家 再び 九國 

下向の 事 一三 五 

豊前 の 加 來福島 肥 後 の 和 仁 邊春沒 

落の 事 ニニ 九 

毛 利 吉川小 早 川 上洛の 事 一き 

秀 吉關柬 御進發 により 三 家 上洛の 

事:: ニー 一一 八 

毛 利 輝 元 頜國の 御朱印 を 給る 事丄面 

朝鮮 渡海の 人 敷の 事 11S< 

小 西 攝雜守 三 城 を 陷る事 一 一 五 



諸 勢 朝鮮の 都に 入る 事 :•:: M 

れいせん 合戦の 事 一一 五一 一 一 

平壤 合戦の 事 -1 

大明 和議 幷李如 松 合戦の 事 一一 五八 

日本 勢張番 跗江陽 合戦の 事 二 K 五 

河 下城 攻の事 一一 七 一 

諸 將;^ J 判 誓詞の 事 -1 

晋州城 攻井牧 司が 首 :11 本に 渡る 事-一一 七 八 

諸勢歸 朝の 事 二八 二 

大明 朝鮮 使來朝 井 和議 破 る > 事. …二八 九 

日本 勢 又 朝鮮 渡海の 事 二 九 

小 早 川隆景 卒去 井 毛 利 秀元小 早 川 

秀 秋の 事 

蔚 山城 合戦 弁 大明勢 敗軍の 事 …:: 



秀吉 公講去 弁 朝鮮 在番 諸將歸 朝の 

* 一一 11 一 

吉田 物語 

卷 第一 

有 田 巾 井手 合戦 の 事 附武田 刑 部 元 

繁討 収らる 一一 111 一一 

上使の 事 一一 11 九 

高 橋 大九郎 興 光 父子 御 返 治の 事: 4 一二 

坂の 城攻 崩され 候 事 一一 一一 111 

西條 銹山攻 崩され 候 事 S 

幸 松 丸樣御 逝去 附元就 公 御 家 情幷御 

夢想の 事… S 



隆元公 御 誕生の 事 量 

大內義 興 父子 B 州 出. ぬの 事 附 坂の 

上 合戦の 事 井 七: 三 = 合戦の 1^ 附 

雲 州 勢 金 山 後^;ぉ の 附夜 の 事附 

義隆 金山 退陣の 事 附大內 義典櫻 



尾 表 退陣の 事 量 一 

大內義 典 逝去の 事 一き 一 九 

武田 光和 熊 谷 信 直 不和の 一: 一 so 

卷 第一 一 

セハ戸元源御和睦の|5!^附山內大和守 

御内通の^!^ i 

防 州へ 御 使. の 事 一一 一 S= ハ. 

隆元 公山 口 に 御 下向の 事 一一! 3セ 



雲 州 御手 切の 事 0^ 

宮若狹 守 降参の 事 晨八 

武田信 實吉田 へ 働く の 事 1 一一 S 九 

備後 諸城攻 附桂元 澄 弓勢 附 井上 源 

五郎の 事 量 

生 の 城 落 去に 付戶坂 合戦の 事 井 

造賀 合戦の 事 1_ 

尼 子 家 由 來の事 附晴久 吉田發 向 評 

議の事 一一 M 二 

新宫衆 備後表 働の 事 UMa 

御 籠城の 御手 配の 事 井 御 籠城 奇特 

之 有る 事 Is} 

尼 子晴久 吉田發 向の 事 ::.: . :… ~ ::: M 

御城 下 諸 所 合戦の 事 S 



大內勢 後 詰の 事 lis- 

宍 mj 兀源 御馳走の 事 美 八 

陶隆房 內藤興 盛陣替 の 事 S 

宫崎長 尾 御 合戦の 事 棄九 

大內勢 合戦の 事 一一 一七 一 

民部大 輔晴久 敗北の 事 二せ 一 

佐 東 金山 落城 幷 伴の 構に 於て 武田 

衆 御成 敗の 事附櫻 尾城攻 取り 候 事 .ーーーセ3 

元 就 公隆 元 公山 口 御 下向の 事 ……: § 



目次 終 



お 家 

す s 



藝 侯三 家 誌 卷五 

一 利 三 家 雲州發 向附此 部合戰 の 事 

!兀龜 元年 正:::; 十六:: T 尼 子 左 衞門尉 勝 久を返 治と して, 毛 利 右 だゾ§ 輝 元. 吉川坡 河 

守 元 春 .M 婊子治 部 少輔元 長. 三男 又 次郞經 言. 小 早 川 左 衞門佐 降:: 相 共に 翁 州 を 

打 立ちて、 出 國へ發 向 せらる。 就中 又 次郞經 言.. は、 今歲 十一 歳に なられければ、 

元^ 必ゃ引 具して とに は あら. ざれ ども • 經 言 切 に 出陣す べき. HSlf; まれけ る 故 同道 

せらる • 

〔頭 害〕 異 害に 云く、 經言發 向の 儀、 元 春 差 止めら る、 と雖も 自身 ssh- に ま- - 

御 母 as も 軍陣 向の! r 幼少よ.^ 見馴 ひたる が 能く 候 問、 御 同道:^ へと いはれ 一し f« 

具 さる 云々。 

1=? 利 三 家 州 後,:^ W 比 部 合 戰の事 . 一 



« 侯三 家 誌 卷玉 , . 一一 

同 二月 八日、 輝 元. 隆景 は都賀 に著陣 せられ、 元 春 父子 三人 は 先陣と して、 赤 穴に 陣 

を 居 ゑら れ た- 5 。愛に て 雲. 石の 勢少々 加へ て總勢 一 萬 三千 餘騎と 記せり • 此 度日來 

より 少 勢なる 故 は、 大友豊 前 へ 發 向の 聞え 有る 故、 宗像. 高 橋 へ 合力の 爲 め. 防. 長の 

勢 は 皆殘し 置かれぬ。 又 伯 州へ 武田高 信 尼 子に 一 味して 打 入らん とする 間、 南條. 

山 田. 小鴨. 北 谷. 福賴. 福 田. 小 森 等、 皆 面々 の 城 を 守 て 一 人 も 赴かす 、備, el 備 後の 兵 

は 自國に 敵 有る 故に 出です、 備 前の 宇喜多 も 勝 久と心 を 合せて 援兵 を 出すな ど 開 

えし 故、 此 押の 爲に 軍士 を殘し 置かれた る 程に、 日來の 勢よ 若干 少勢 なり。 同月 

九日、 元 春 父子 三人 石 州多久 和の 城へ 陣を 寄せら るれば、 吉田勢 福 原. 南方な ど 相 

加 は る。 

〔頭弯 吉田 勢、 福 原. 南方な ど 相 加 はる 云々。 異 書に 云 ふ、 多久 和の 要害に 尼 子 

方 秋 山 虎之介. 橫道權 之允楣 籠る 由に 付、 福 原 一 手 平賀. 阿曾沼 相 共に 多久和 表へ 

發向 すと あり。 一 書に 此時吉 田 勢 も 福 原 一 手、 平賀. 阿曾沼 一 同に 三千 五 百の 人 

數 にて、 多久 和表發 向す と あ.^。 



此 城に は 福 山 次^ 左衞 i:.f 、:! 3 藤 化」 九郎. 河 添 右京亮 五お^ にて 居け るが, ^夜 城 

を 明 返き ける を 追^け、 所々 にて 返 せし 敵 を 七十 餘人, 一!^ 取. e たり。 元^の 家人 

消支はね〔頭れ0後稱=«2?守755柱源ニ.ぱ.松3九^左+5『等.^>父 、 了 J,..»i /fj 

や .^ォ ォ也 。始めは 小 河內石 おいき SJIJ- ー稱: が, s:5^sr/ 河 內ォ見 .V-R:^ .2.^ 衞門 • 

江村 源 次郎. 高^ 三郎 .1 一山 美 濃、 吉田勢 ^方せ:! 內 少輔. 井上 民 部 少輔. 末國與 次郞. 羽 

.1: 藤 兵衞. 福 原 宗右衞 門 等分 捕す。 其外杉原播磨守が手には.高橋右•i^^^^•iw上^物: 

佐 田 彥四郞 • 安原 甚次郞 .^ 民 部 少輔, 三 刀 aj^ が 家人 坂 S 彥六右 衞門、 .^^M^^mi 

右衞門 允. 東衬 平內、 阿曾 诏が 若黨 井上 源右衞 門な ど 比類な き 働した, い:!: W 衆 村 

上 又 右衛門 討死す • 

〔頭書〕 一 書に、吉田衆福原 一 手の衆も相働き、井上治右衞門討死すとぁ..^。 w!^ 書 

に 云く、 多久和 城兵 叶 ひ 難く 城 を 明けて 逃 落つ る。 福原.16.賀.阿曾沼附送る^^に、 

敵 所々 に 伏勢 を 置き、 城兵 切處 にて 取って返し 相戰 ふ。 福 原 一 手. ffl 働く 屮 にも.: S 

方. 井上. 福 原. 末國. ^仁 等 槍 を 合せ、 其 外平賀 が 手に 桂柬 村、 阿. 甘 沼が 手に は 井上 

源右衞 門、 比類な く栩 働き. 數十人 討 取 b 、福 原 一 手の 中、 井上 治 右 衞門舆 ; si;- に 1^ 

モ利三 家 向 附比部 合戦の 事 „ー 



藝 侯三 卷五 四 

みて 相 働き 討死す と 云々。 - 

吉川勢 笠 間 刑 部 少輔已 下 十 餘人疵 を 蒙. 9 たり。 福 山. 遠 藤. 河添辛ぅじてほ?!^^比部 

へ 逃 入.. ^たり。 山中. 立 原 敵の勢 如何程と 聞きし ぞと此 者 共に 問 へ ば、 兼ねて は 一 萬 

五 千 計 b と^ 及びし が、 一 一 萬に も餘る ベ しと 言 へ ば、 山中 等 聞きて、 臆病 神に 祟られ 

た-^と笑ひ合へ,.^。 斯て吉 川 元 春. 小 早 川 隆景、 中 國の國 侍 其 外 毛 利 家の 老臣に 言 

はれけ ro は、 輝 元 • 元 就 を 離れて 一 分 出陣の 事 今度 始めて なれば. 加何樣 にも 謀 を以, 

つて 敵 を 呼出し * 花々 と 一 戰 すべ き 3 ほ、 雨 人 元 就の 命 を 承け た, o。 然れば 敵 定めて 

路 次に 物見. 物 聞 を 出して、 勢の 多タ、 陣取の 樣を 見せ しむべし。 味方 大勢と 敵方 

に 聞 及ぶ に 於て は、 深く 慎んで、 城 を 出で 戰ふ事 有る まじき 間、 味方 少 勢と 見 ゆる 

樣に陣 を 取り、 味方の 總勢 一 萬 を 披露す ベ き 由 下知 せらる。 又路 次の 宿々 に 於て 

は、 今度 は昧方 無勢 なれば 合 戰危き 間、 先づ富 田の 城へ 兵糧 を 入れ、 頓て藝 州へ 歸 

陣し、 叢ね て 防. 長の 勢^く 相 催し、 發 向の 箬の由 言 は せらる。 案の 如く 鹿 之 助が 宿 

宿に 附 置きた る 忍の 者、 石見路 より 馳歸 て 鹿 之 助に 語りけ る は、 毛 利 家の 勢 所々 



略 干 
多ク 

の 



の 押と して 多く し S かれ、 今 1 ん 5?:- 向の 跟 5^ 緣か 一 萬 計 b なる 故、 先づお 田の 城へ 

兵糍を 籠め て 加勢し、^ 外の 城々 へ も 人數を 入れ^き.、 此 度は歸 陣の覺 1^ と^えた 

る. S 吿 げた h^。 石 州の 一 投原 も此. £ 吿來 る。 山中. 立 1^ 等 ii きて、 然 らば 味方 所々 の 

域" 人 數を皆 一 所に^ め、 比 郜邊に 陣収, 9、.^ 田の 城へ 兵投を 入る、 を妨ぐ る 由に 

て、 少々 足輕を 出すべし" 然れ ども 敵少 勢と て實ば 此方よ b 戰を 好む 處に非 や、 然 

れど も藝 州よ b 是迄來 て、 敵 城へ 兵糧 を 入れて 歸る を、 餘 所に 見て 打 過 さば、 大勢 

に 腿した. 9 と 人 嘲弄すべき 間、 比 部へ 打 出で、 . ^方 多勢に 見せて 陣取る に 於て は、 

常に さへ 戰を愼 しむ 吉川 • 小 早 川、 味方 大勢と 見ば 彌- 1 戰.^ すべから す、 又 勝久自 

身は末次に^まh^、各!計..^打向ひて然るべし。然らば未•た大將の本陣にも多^殘is 

る 者な, r と、 敵方に 心 深く 思 ふ べしと、 樋々 の 謀 をな し、 山中. 立. 原 以下 一 千 餘騎に 

て 打 立たん とす。 勝 久は末 次の 土 居に 切 ま b て、 本陣 を 居 ゑら れけ るが、 fsisj^ 勢に 

向って, 此度 如何 樣 手痛き 一 合戦 は 有るべき 問 、以来の 證據 の爲 め、 今度 一 范价 化り 

たる 者に は 是を與 ふべ しと. 兼 光の 刀. 脇差 を収 出して、 諸 5^ uilj を収る べしと 思 ひ 入 

毛 利三实 S 州發 S 附比^ 合 K の « 



比 部 表 合 



熟 侯三 家 誌 卷五 六 

b て、 武勇 を勵む ベ しと 命 せらる • 新て 山中. 立 原 兼ねて 諸方 へ 羽 檄を飛ばし たる 

故、 秋 山 伊織 助 久家七 百餘騎 にて 守 山よ b 打 出で、 牛 尾 彈正忠 五 百 餘騎 にて 三^の 

城よ b 馳加は る。 熊 野 兵 庫 助 四百 餘騎、 高瀬の 米 原: 牛 內兵衞 尉 七 百 餘騎、 宇 波より 

は 具 木與三 左衞門 五十 餘、 吉田八 郞左衞 門 兄弟 三百 餘騎 にて 山 佐よ, 5 打出づ る * 

其 外 末 石. 稻 石の 城々 より、 福山彌 次郞. 隱 岐三郞 五郎. 遠 藤. 引田 • 中 井 以下 二百. 三百 

づ っ馳 付く 間、 其 勢 六 千 五 百 餘騎比 部 表へ 相 集る。 山中 鹿 之助猶 多勢の 様に 見せん 

爲め、 比 部の 峯々 谷々 に 明 小屋 を數 多作 b て、 人 ある 樣に 見せ たれば、 實に 他所 目 

に は 一 餘の 軍勢の 陣取る と 見えたり。 元 寿 先年よ. 9 富 田近邊 所々 の鄕人 共に 金銀 

を與 へ、 敵の 謀路. 計 策 を 告げさせられ ける 故、 此 度の 敵方の 人數、 明 小屋の 事な ど、 

都て 密 策の 趣 委しく 吿來れ .9。 敵 比 部の 山上に 陣取る 由 聞え ける 故、 先づ富 田の 

城へ 兵糧 を 入る、 事 をば 閣 きて、 此敵を 返 治すべし とて、 同 十一 日 右の 注進 を 聞 

くと、 則 = "輝 元. 元 春. 隆景三 澤の鎌 倉 山 へ 陣を替 へ 、 翌 十一 一日 比 ffl へ 移り、 十三 =比 

部 表へ 寄せられたり。 比 部の 砦に 森 脇 市 正 三百 計.^ にて 籠.^ -居 たるに、 g お H ?^〕 |S 



部 尼 
署子 
勢 

の 



助 山 

引 中 

く 之 



^向へ" 山中 鹿 之 助 使を以 つて 其 所 を!^ 返き て. 山上の 陣へ やまる べき 旨 言 送れば、 

木仏 脇 曾て 承引せ や、 此の 如き 時 敵 を 防がん 爲に 城に は^りたり \ 敵^勢と て 引 

くべき 樣 なし * 市 正が 三百 餘骑 は、 敵の 三千 騎 にも 倍すべし と、 思 はる? しと li ひ 

て、 敢. て 返 か ざ る ^ 鹿 之 助审; ね て^道 源 介. 同 權之允 を 遣して * 淼脇を 伴 は せて 引 

取らせた. ^鹿 之 助諸士 を! sils- めて、 軍 は 明!:; にて あるべし。 如何なる 計 策 をな し 

て か 利 あるべ きとい へ ば、 森 脇 市 正.^ 方 六 千 七 ほに、 某が 手勢 1 It: 餘を加 へ て 七 千 

餘, 此者共 は^ 尼 子 譜代 恩顧の 者 なれば * 志 を 一 致に して 戰ふ べし。 ^州势 二お と 

雖も, 方々 の 集 b 勢 なれば、 其 志 味方の faf 士に 似る ベ からす、 然れば 水 谷. 山屮: m 口 

へ 勢 を 二手に 分けて、 一 戰を 遂げば 勝利 あるべし とい へば、 山屮此議に同じて、^^ 

勢の 手 分を定 む。 水 谷 口 へ は山中鹿之助幸盛.^^原源太兵衞尉久綱. M 一、 木與 三左衞 

門. 同與 市. 中 井 平 三兵衞 尉. 米 原 平 內兵衞 S 綱 享森脇 市 正 • 隱 岐三郞 五 ゆ 加藤彥 四 

^.祌 西 三 郎左衞 門. 寺 木 市 之 允. 進 左 illl 兵衞. 力石 九 郞兵衞 • -isl- 田 兵 九 左衞門 • 高 M? 右 

Ii5^^=^.同宗兵衞.目加ffl彈右衞門•M采女允.池w與三郎•相良助九郎.比s十郞太郞•^!g 

乇利三 家 雪 州 蟹 向 m 比^ 合戦の 事 七 



署毛 
な 利 
定^ 
む 部 



爇 侯三 家 誌 卷五 < 

吉孫九郎.眞野.黑正.#屋以下四千餘な.=^。 東口 は 牛 尾) 弹 秋 上 伊織 助久家 • 岸 

左 it 進. 同 孫右衞 門. 羽 倉 孫兵衞 尉.; 牛野嘉 兵衞. 橫道兵 庫 助. 同源 介. 同權介 • 遠藤紳 九 

郎. 引田 右近. 同 右衞門 尉. 目黑左 近右衞 門. 松 田 兵 部 少輔. 熊 野 兵 庫 助. 同 次 郞* 古志 新 

十郞. 福 山 次 郞左衞 門. 吉田三 郞左衞 門 .iiw 八 郞左衞 門. 長 森吉內 • 馬 田 入道 • 淺 山太郞 

次郎 野 助 六. 牛 尾大炊 助. 足 立 次 郎左衞 門. 熊 谷 • 原. 吉徳 以下 二 千 八 百 餘騎、 兩 口に 

控 へ て、 明日 を 限の 合戦と 思 ひ 定め て 待 居たり。 是 によ て 元 春. 隆景も 勢 を 二手に 

分かた る。 輝 元 言 はれけ る は、 敵勢の 分際 を 見る に、 味方の 十が 五六に 過ぎ や、 然れ 

ば 押 寄せて、 一 戰を 始めば 利 ある ベ けれども、 敵 は將卒 共に 先年の 舊怨を 報 せんと、 

1 筋に 思 入りて 戰ふ ベ ければ、 思 ひ 侮. 9 て 卒爾の 働 をば 愼 むべ き處 なりと 言 はる。 

〔頭書〕 此 H 大雪に て 先様の 樣子 知れす、 物見 を 遣 さる。 敵 一 戰を以 つて 待 受け 

たる 由 申す に 依りて、 軍 評定 せらる。 . 

三 刀 屋彈正 左衞門 尉. 三 澤三郎 左衞門 尉. 杉 原播磨 守, 貴 命の 如く 敵 一 戰を 望みて 是 

迄 出た る 上 は、 手痛く 相 働くべき と雖 も、 吾等 國 方の 儀に 候へば、 今度 先陣 を 吾々 



に 卯 付けら る- -に 於て は、 身命 を 松て 攻 付け、 一 時に 攻 破るべし-丘 へば、 元ザ隆 

一 同に、 父 元 就 未: U 藝州も 悉く は 手に入れられざる^ よ 、兩人 先 乎に あ,.^ て 敵 

を 破る 車數 度な り。 然るに 輝元總 司 て、 一 分 出 の 事此戌 始めて なれば, 往^ 

の 十:;: 例に 任せて. 今般の 先陣おば 兩人 すべし。 術 定の事 は、 先 = 衆談 決定 候條、 

今更^ 變 成らざる 處 なり。 敵も^ 無に 思 入. 5 て戰ふ 可ぎ なれば、 先陣 は 幾度も^ 崩 

さるべし- 然れば 後陣より 入替 て 追 崩さるべし • 三澤. 三 刀屋は 案內 おなれば、 左 

右のD^^崎ょ..^橫合に攻登,.^* 赤 穴 •.y ハ^ は 彼處の 谷よ けらる ベ しと、^^分を0^^ 

めら る。 毛 利 家 li 代の 侍大 將も兩 川の 詞を 開きて、 此人 にさへ 此皮は 先陣 を 望ま 

る、 に、 我等い かで か 二 陣に控 ふべき、 一 方の 先手 をば 鬼 角 吉田旅 木のお お 伏る ベ 

しと wlii むに 依りて、 柬: :! は 福 原 .桂. 志 道. 口羽. 兒玉. 赤 川. 粟屋 以下 四千 餘騎 先陣と し 

て、 其次は小^19^:牛贺.橄崎.木梨以下一勢々々引分けて進みたり。 水 谷 口 は元審 

父子 隆: iss: はるれば、 兩 手に 藤す る國士 先手に 進みて、 兩勢 三千 五 百餘騎 isf をば 吉 

手よ. 始む べしとの 定めな り。 ニ陣は 杉^ 播 守 盛 m 、其 次 は宍 熊 谷-益 3 以 

^利 三 i 永 や -n. 州 向附 比^ 八" 戦の 事 九 



き侯ー1-家^^^ 卷 i 一 

下と 定めら る。 輝 元は 旗本 竝に 後備 合せて、 三千 七 百餘騎 にて 後陣に 備 へらる。 

^三 澤. 三 刀屋其 外方 角の 國士は 左右の 峯 合よ- 9 傳ひ、 先手の 戰ひ 始まりた る 時分、 

橫 合に 突懸る べしと 相圖を 0^ めら る。 斯て 同月 十四日 藝州勢 敵の 樣體を 見計ら ひ 

て、 未だ 戰を 始め ざる 處に、 It 元 諸將に 向って、 日 未だ 東 山に 上ら ざれば、 敵軍 半ば 

は 兵糧 を 遣 ふま じ、 備も 未だ 定まる まじければ * 片時 も 早く 懸 つて 一 戰を始 むべ し 

と 言 はるれば、 兩川も 其議に 同じて、 諸 軍に 此旨を 下知 せらる。 杉 原 盛 重 此詞を 聞 

き て 甚だ 感歎し け る が、 其 儘 立 つ て 鎧 を も 著す 懸 か..^ た, 9。 

〔頭書〕 此時杉 原 は、 黑小釉 に 革 袴 を 著し 居た るが、 袴 計-..^ 脫ぎ、 直に 懸 h ^たると 

云々。 

吉川^ 部 少輔元 長、 當年 廿三歲 先陣に 進んで 軍の 掠 を せら るれば、 元 寿. 隆 景は少 

し 後口に 控 へられし が、 敵 も 一 と 先づは 手痛く 戰ふ べし、 縱令 味方 先陣 は 切 崩さる 

る も、 幾度 も 押 立々 々無二に 懸.. ^て攻 破る ベ き 旨、 高聲に 下知 せらる。 旣に 太鼓 を 

打って 兩 ロー 同に 進みた る處 に, 輝 元 床几に 腰 憑け て 居られけ る 後の 山よ, 9、 人 二 



三十 人 計. 9 にても 勘 かし 難き 大石 を澳に 打ちけ る 程に、 大地^ 動い てん «.腑 や. 消 

す。 W 元是れ 人力の なす 業に 非 や、 今度の 合戰 勝利の 瑞を 神の 示さる ゝ處 なる ベ 

し. 又戰を 早く 始めよ との 吿な るべ ければ、 早々 押懸 るべ しと 頻に 下知 せられた 

. -。 敵 水 谷 口の 先陣 は、 森 脇 市 正. 具 木^ 一 • 中 井. 米 原 等 三千 餘騎、 鐡炮を 前に 立 

て、 へ 少し 妻 手の 方へ 引返いて 、山中. 立 K. 隱岐. 加 藤 以下 一 千 五 百餘騎 にて 控へ、 

北; 外に 又 五 H 餘骑、 力石. 黑正. 高!^ 以下に 栩添 ひて、 後の 高みに 控 へ させ、 敵閣 道よ 

,.^攻登らば是を防ぎ、さなくば,^方戰ひ疲れたる時入^^"るべしと足めたり。 束 口 は 

先陣牛:^彈正忠.橫道源介.:!^樣允.^^藤.^田以下 一 千餘" %、 比^の 山路 を 遮..^ て備 

へた .0。 ニ^に 橫逍 丘,ハ 庫 助 秋 上 ,羽 倉 牛贺 .松 田. 熊 針 以下 一 千七ナ = 餘ぉ 先陣 

く戰 ふなれば、 敵 倔を亂 すべき 間、 其 時 無二に 突 想. 9 て 死生 を 一 時に 決すべし と、 せ 

-b 居て 控 へた b。 此^^共尼子家に於ては、 數 度の 戰功 有りて 武名 顯 はれた る s;^ 

士北ハ な, o。 所 は 比 部の 大難 所に 堅固に 陣を 設け たれば、 輙く攻 破らる べしと は 見 

, えす、 愛に 輝 元の 近習に、 田5:右衞門尉.粟屋又左衞門とて3^^ぁ,5。 輝 元の 前に 

乇利三 ゆ: A««^c£ 比 部 合 _* の 事 、 11 



蔡 侯三 家 SI 卷五 一一 一 

出で、 今 r: の 合 戰に兩 川の 勢、 其 外の 國 人の 手の者に 先 を 駆けさせん 舉、 旗本 勢の 瑕 

谨 なり。 然れば 某 等 一番に 駅 入,^ 討死 仕るべし。 此儀 御免 を 蒙るべし と、 最期の 暇 

乞 ひて 厥 出で たり。 斯て藝 州 勢 太鼓 を 打ち 鬨を 作って、 坂 口よ h- 押 登る。 尼 子 勢 先 

に 立てた る 二百 餘 挺の 鐡炮 を、 百 挺づっ 二手に 作りて 入替々 々打 立てたり。 藝陽 

勢 事と もせす、 手 負. 死人 を乘 越々々 攻 上れば * 敵の 鐵炮足 輕亂散 b て 引退く。 此手 

一 千 餘騎の 中に 橫道源 介. 同權允 兄弟 一 番槍を 心掛けて、 足 輕を押 除け て眞 先に 進 

む。 藝州 勢に は、 例の 田 門 右衞門 尉. 粟屋 又 左衞門 先に 進んで 味方 を 離れ、 横道 兄 

弟と 互に 名乘 て 槍 を 合せけ るが、 田 門は權 允に 突 伏せられて 首 を 取られ、 粟屋 は 

おろ 

源 介に 討 たれければ、 尼 子 勢 勝に 乘, 9 て 山上よ & 下し 懸れ ば、 藝州勢 突崩されて 一 

度に 山 下へ 引返く。 

〔頭書〕 一 書に、 此時飯 田 新四郞 .門 田 右 衞門尉 等 槍 を 合せ、 敵 數人突 伏せ 討死す と 

虫 入 

あ.. >。 ロ此門 田と 之 ある は 田 門の 事 か。 

水 谷 口に 於て は、 山中 鹿 之 助 軍士 を 鋤まして、 敵軍 思の 外少 勢な 殊に 吉川. 小 早 



川 常 は 陣に控 へ て、 軍の!^ を こそな せる 者が、 兩 家の 旗 先陣に 見えて * 前後の 備相 

せ. o。 揮 元は 當年 十七 歲 の大將 なれば • 心惡 くから す、 今 =: の 合戰は 先陣の 一 5^ 

にあ h/tj^t 手を碎 かれて 先陣 を さへ 突崩されば、 後陣 は 一 たまり もた まら じ. といへ 

ば、 淼, お市 正 ま 木與市 等、 敵の 一 陣. ニ陣切 崩さん 寧 、掌握の 中に あ h\ 鹿 之 助の 手 迄 

は 一 軍に も 及ぶ まじく とい ひて、 各 t 備を 立て、 二 餘 挺の 錢炮を 揃へ て 待ち かく 

る。 十 :11 川 • 小 早 川 勢 一手に 成. 9 て 水 谷 口へ 攻 登る。 尼 子 勢 二百 餘 挺の 鐵炮 を入咎 

入替 打ち けれども、 少しも 疼 まや 攻近 づけば、 森 脇^ 正 等 * 一 千 五 ぱ 餘騎間 を 作, 9 て 

突懸 る。 纏 州 勢 IS し 揉 合 ひける が、 敵 かさよ. y 下しけ る 故、 突立 てられて 山の 跪へ 

-cn "れ 

邇と 引く。 元- 径の控 へられた る 處迄雪 類 か、 る。 元 長 采配 を 板って 大ユ n 辨を 揚げ、 

返せ や 者 共と て、 自ら 五 百餘騎 にて 進ま るれば * 元卷. 隆景も 後よ 押 給いて、 頻 hs 

に 下知 を 加 へ ら るれば、 前に 引きた る 者 ども 又 引返して 攻 上る。 * 

虫 入 

〔頭書〕 異 書に 云く、 此^ nz- 川 勢 香 川 又 左 衞門. 1 一宮 佐 渡 • 森 脇 市 郎右衞 門. 境與 

三右衞 門. 朝 枝な ど 我先にと 進み 憑り 檢を 入る と あり。 

毛 利 三 1灰 ま 州 》J 向 附比部 合^の 事 Im 



襲 侯三 家 誌 卷玉 S 

森 脇. 米 原 等 二度目の 軍に 打 負けて、 引返き たり。 山中. 立 原入替 りて 防戰 すれば ノ 

森 脇 以下 も 亦 返し 合せて 切って 懸り、 互に 手 負. 死人 を蹈 付け 乘 越え、 勇 氣を勵 み 

て戰 へば、 勝負い つ ある ベ しと も兒ぇ や。 然る 處に 初よ 配當 たる 國人 どネ、 敵の 

前後左右の 峯 谷より、 一 勢々々 突懸る 間、 山中 以下 終に 叶 はす 引退く。 東口 にても 

吉田勢 取って返して 攻 登れば、 牛 尾 彈正. 橫 道. 遠 籐. 匹 田 等 突立 てらる。 熊 野. 松 田 

等 入替, て 防ぎけ るが、 橫道兵 庫 助 痛手 を 負 ひて 返け ば、 其 手の 者 皆 負 色に 見 ゆる 

いはほら 

處を、 藝陽勢 岩 洞と も 言 はす 攻登, 9 ける 間、 尼 子 勢 多く 潰えて、 宗徒の 者 あまた そ 

鲁 

こに て 討死す。 

〔頭書〕 一 書に 、【熊 谷が 手に は 水 落. 末 田. 細 迫 槍 を 合せ、 細 迫 彌三郎 槍 下にて 討死、 

虫 入 

吉田衆 粟屋 右京. 桂 善 左 衞門槍 を 合せ、 數十人 突 伏せる と 云々。 ロロ 云 ふ、 其 外 

虫 入 

國 ロロ 右京. 粟屋 掃 部 御 旗本の 若侍 衆、 我先にと 攻 懸け、 粉 骨を盡 すと 云 々。 

中に も 眞木與 市 は 無雙の 勇者なる が、 味方の 引く にも 構 は t 敵 數多突 伏せ 、敵中 

ゎク 

へ 破て 入.^、 相戰ひ 討死す。 水 谷 口にて は 山中 • 立 原. 森 脇 以下 突立 てられし が、 坂 



の 上に て 取って返さん とする 處を. 川 勢 境 乂千同 七 郞右衞 門. 山 縣宗右 衞門. 小 坂 

拉巾 守な ど 與 先に 進んで 追駔 くれば、 蹈 止る 事 を 得す、 森^ 市 正 杭を拋 突に しける 

が、^ ゆ たる 雪に 蹈み、 にり て 倒れし を、 山縣宗 右衞門 杭の 柄に て扣 きたれば、 下 

の 谷へ J-!.^ 落ちて、 命 計 は 助かりた.^。 尼 子勢傳 ひの 城 迄と 志して 落つ ると 雖 

も、 合戰 利な き由閒 きて、 皆 城に 火 を 掛けて 逃 去る 問、 敗軍の 者 ども 彌! 機お 落した 

h^. 隱 岐三郎 五郎 は 引くべき 樣 なくて 取って返し 、主従 五 人 一所に て?^ 死す。 横 

道 兵 扉 助 は 病 手 おひて 造の 傍へ 立 返いて 追 駅く る。 敵に 向って" おは 味方な b、 過 

すべから すと 言 ひければ、 皆見遁 して 通りけ るに、 橫 近が 娃 培に、 中 井 蕃左衞 門 と 

いふ 者 あ, 十::! 以前 毛 利 方へ 降參 せし が、!^ 近を兒 知りて 走. -^h, 、終に 竹 を 財 

落したり。 眞木與 一 をば 江 田 七郞衞 門. 淺-保 助六兩 人して H 取. - たり • 目 黑左近 右 

衞門尉 は、 手 を 負 ひて =來 知 b たる 土民の 家に 入. "て, 1^ の 中に れ たる^に、 敵 

其 家 を 取 園む 故、 隱れ得 じ やと 思 ひけん、 概の屮 よ h 出で 切腹した 牛:!^ 彈正忠 

は 具足 を脫 i おて 引きけ るが、 敵手 繁く 追甌 くれば、 金 尾 半 四 郎* 飛石 孫 太夫 ..w 利甚 

毛 利 一一 一家 ts 州 お^附 比 部 介 Ks^* 二 



末 次に 退 

去 



養-?^ 三 家 誌 卷五 1 六. 

七、 中 1^ の 四 郞三郞 など 所.々 にて 返 合せ、 討死し ける 間、 彈正忠 は 異議なく 牛 尾へ 歸 

,c入,.^た,9。 山中 鹿 之 助 は 銀の 草檔 紛れな き 故、 小 坂 越 中 守 山路 を 一 里 計. y 追 駆け 

たるが、 山中 終に 逃 延びて、 しぶの 木の 茂, 5 たる 中に、 家人 後藤と いふ 者. t 只 二人 

隱 居て、. 命 を 助か, 9 た, 5。 此日尼 子 勢 を 討 取る 首 員三 百餘、 其 外 切捨てた る 者數多 

なり。 藝州勢 も 田 門 右 衞門尉 • 粟屋 又 左衞門 • 兒玉彌 七 郞* 飯 田 新 四 郞. 細 迫 左京亮 

isisl^iss に、 等 I" 手 負警に 及びたり。 

二 末 次 土 居 明 退の 事 

尼 子 勢 悉く 末 次 迄 逃 集りて、 味方の 討死 を數 ふる 中に、 山中 鹿 之 助 も 未だ 見え 來ら 

す、 討死した るに やと 言 ひければ、 谷" 典を醒 し、 尼 子の 弓矢 是 迄な b と、 勝久を 始め 

茫然として居たる處に、夜竿に及んで鹿之助歸來.^て、武士を元め町人迄も打出で• 

末 次の 土 居 を 誘 ふ ベ き 旨 t- ば はれば、 勝久を 始めと して 谷.^ 走 出で、 手 を 執りて 悅び 

4! へ り。 頓て 末 次 に稱を 付、 所 〃 に 栅を結 はせ 堀 を 掘り、 橋 を 引い て 寄 氷る 敵 を 待 居 



た.0。^5*!,十五;::、勝久昨=の合戦の手柄ぁる?^に勸赏を-,仃はれて,橫.?^源介に兼^^ 

の 刀、 同襍之 允に は 同 作の^ 差. 淼脇市正には鹿毛の:i^^ど給は..^たb。 同 = 尼 .i- 势 

悉く 末 次へ 逃然 りたる. S 吿來れ ば、 鰥元.元^.元-ぉ.經ーーー::>降1:^:$は,先.っ富田の诚に打 

入. て 軍士 を 休め、 重ねて 末 次 へ 押 寄す ベ しとて、 .5 お 田 へ 歸陣 せられし が. 同月 廿 

ran. 元 麻. 元畏. S 一一 n 父子 三人、 七 千餘騎 にて 末 次 へ 陣を 寄せ、 向 ふ の 山上 へ 打 登ら 

る * 尼 子方に は 敵陣 河 を 隔たれば、 橘 は 引いた..^、 川 を こそ 渡る ベ けれ、 人 Sil 波り 

IS はん 處を 懸けて *1 々に 討 取るべし とた めら ひ 居た h^。 元^ は 兼ねて 河 を 渡..^ て 

みだ H- I - < 

^からん 事危 しと 思 はれければ、 下知な きに 叨 にか、 る ベ から やと 5 & 法し 自ら は 

元 長と 共に 鳩 根 へ 廻.^、 洗合ロょ.^寄すべ しと lib て、 元の 陣 所に は 終夜 所々 に^ 

を燒 かせ、 Jef 勢の 未だ 陣取る 樣に 敵に 思 はせん 爲め、 兵少々 殘し澄 かれた..^ • 元お 

父子 案の 外に 洗 合口よ.^ 押 寄せら るれば、 鹿 之 助が 支 皮相 述 して、 防戦の 便な く、 

勝久 以下 末 次 を 明 返いて 新 山の 域へ 逃^ 化 之に依..^て元^, 末 次に 河 U 刑-部 少 

輔. 小鴨 四 郎次郞 を 籠 置き、 佐 田の 勝 間に 志 道 左 .:!^ ^助. 中 村 內藏大 夫, 羽总の 城に 

末 次 土お 明? S の 事 一 で 



侯 一 11 家 誌 卷 5 1^ 

屋小 次郞を 置きて、 富 田の 城へ 打 入られ. 

〔頭書〕 異 書に 云く、 勝 間. 羽 倉兩城 共に、 志 道. 中 村. 長屋 を 番頭と して、 同心の 在 

番歷々 に、 鐵炮 三十 挺 宛 差 副 へ 籠 置かる と あ. 9。 

三 雲 州 三 笠 城 没落の 事 

同年 四月 十五 H、 輝 元. 元 寿 父子、 隆景相 牛 尾 彈正忠 spg^£。 が 籠居る、 雲 州 

三 笠の 城へ 陣を 寄せら る。 然るに 同 十六 n 、吉 川の 臣今田 中 務少輔 經忠. 香 川 兵 部 

大輔 春繼、 此間 他所に 在. 9 て、 兩人 共に 比 部の 合 戰に合 はざる 事 を 無念に 思 ひて, 家 

人 共 引 具して 打 出た る に、 £1!〕、或<?|ル^^|^ |右ひ衞.^_^ュ^1^^5。小坂越中守.岡宗左衞門も 

路, 次より 相 加 は h- て, 其 勢 二百 餘人、 三 笠の 城の 三の 曲 輪の 固屋 を攻 落さん とて、 

城 中へ 攻 入らん とす。 敵 百 四 五十人 打 出で 防戦 ふと 雖も、 寄手稱 しく 攻懸れ ば、 忽 

ち 城 中へ 逃 入,. > た .9。 今 田. 香 川 以下 勝に 乗って、 一時に 乘破 らんと する 處に、 城 

中ょ.^大石.小石を透間なく拋掛くる。 寄 手 是に當 て 進み 兼ねた るに、 城兵 又 力 



を 得て、 七八十人份.,.;4刀を収..^て突出づ るを、 寄 手 又 f3 込みて 一度に 早く 収 b 

たh^• sf.. ぶ〕 。ひ、 元弃. 元 諸 の 巾に 於て ® を 願 はした る 比類な しと • 

內々 に は 成せら る ヽと雖 も、 拔 駅の 事 は 兼ねて 制禁 せられし 故-^ の 淀 を 破 b し 事 

奇怪な. とて、 今 E. 杏 川 以下に §3 し對面 免され す、 競;^ ^ 一^; 13" 同 十七"、 

總懸 にして 城を乘 崩す ベ しと定められければ、^^き者共は十六=の』仪半ょり、诚近 

く 忍 寄. 9 て 待 居たり * 然る處に彈正が„|1?隣两堂とぃふ^、城に居<2ひて降^の^^.許 

^せられば、 兄彈 正に 诚明 渡さす ベ き由^!2言しければ、三家其願に任せて下诚すべ 

きに 定 b たるに, 夜半に 手 過して 城 中の 固屋 i り 出火 あ.^。 _:«:ょ..^切„:^に付ぉた 

る 者 共 は、 城 中 扱 ひの 事 をば 知らす、 . ^方先 駆して.^ を 掛けた.^ と 心得て * 我先に 

^攻 上る。 お 井上 肥 前 守 具 先に 進んで. 5 'の 丸へ 一^に 乘 人れば * 小 

tsf- 彈 正忠. 同お 隣 西 や;^ を以 つて 突立つ る。 井上 は 唯一 人、 敵 は 數十人 なれば、 終 

に 城 よ,.?' 外へ 返 出づ。 內 藤河內 守. 今 ffl 巾 務少輔 .1^" 川 兵, 部 大輔. 森-脇 采女" ゆの 

九 へ 乘 入らん とて、 構 1;^ きた る 枝^ BV を 切 破らん とす。 恩田與 市左衞 門.?^ 石 兵 

州 三 笠城投 落の 1* 1 ル 



養 侯三 家; HI 卷五 110 

衞 へ岩9 熊 谷な ど 言 ふ 牛 尾が 家人 共、 勇 を 勵んで 防戦 ふと 雖も、 寄 手 多勢 なれば 終 

に 枝 折 を 切 破 る。 恩田與 W 左衞門 は、 內藤 河內守 に 突 伏せられ て、 首 を 取ら る。 

香 川. 森 SI. 鹽谷孫 次郞、 何れも 首 を 得た,..^。 牛 尾 彈正忠 は 今 を 限 b に戰 ひ、 槍 を も 

打 折 b 、太刀 を 持ちて 切 廻りけ るが、 あはれ 能き 敵 もがな、 引 組んで 刺 違 へんと 思 ひ 

駆 廻. ける 處に、 今 田 中 務少輔 牛 尾 を 目 懸けて 馳寄, ければ * 彈正 見て、 渠は吉 川 

の 家臣 隱 なき 大剛强 の 兵、 是ぞ 能き 相手な. 9 と. 詞を 懸けて 互に 馳 合せ 暫し戰 ひ、 

牛 尾 痛手 を 負 ふと 雖も 事と もせす、 二人 人 交せ もせす 相戰 ふ。 今 田 不圖思 付きけ 

る は、 牛 尾 も 名 有る 勇士な り、 運 盡き今 最後の 軍の 爲體、 敵ながら も無慙 なる 者の 

身の 果て かなと 氣 付きければ、 少し 心 弱く、 急に 勝負 を 決せん ともせ や、 鬼 角 會釋し 

て 時 を 移す。 彈正は 心を悶 せ、 何と ぞ 一 太刀 にても 討 付け、 疼む 處を引 組んで 刺 違. 

へ てん もの をと 思 入, 9 て 戦へ ども、 今 田 は 開 ゆる 大力に て、 討 物の 達者 なれば、 急 

に 勝負 を 決せん 事、 彈 正が 思ふ樣 にも 叶 ひ 難ければ、 餘 りに 心悶 きも どかしく や 思 

ひけん、 持ちた る 太刀 を 中務に 投打に して、 其 儘 火中に 飛 入, -燒 死た, -^。 



づ, 4^::出3£-^^花新介と渡^ひ、 IKSP 相 R ひ。 《入何<^^;^*并面**-.>;:隨 ,- て. K 乃 4 'へ み 死す • 

れも 兵法-り #1 あなる が. 新 介 終-」 角 井な JS 捕 も i 々、タ t -』 fspni- お. - 一 5^4 ^ にめ? 

牛 足が 妻 は十歲 計, 9 の 子 を 脇に 立て、 白き 小袖に 赤き 手拭に て鉢卷 し、 太刀 を 待ち 

て 働きけ るが、 彈 正が 體を 見て、 子 を 抱いて 同じく 火中に^ 入.^ 燒 死たり。 斯て城 

屮 悉く 死」 しせし かば、 其後當 城に は 牛 尾 mw: 前 守 を 龍 置かれた..^ • , 

四 熊 野 降參の 井高 瀨城返 口の 事 

同 十八:::、 一 二 家 三 笠-表より ,熊 野 兵 扉 助が 居城、 -t: ム州熊 野の 城へ 陣を 寄せら る。 

^助に 先年 富 W 落城の^、 毛 利 家へ 降りし が、 勝久 せ: ム 州へ 打 入られし^、 又 尼 子方, 

に成.<^t:れ..^。 然るに 井上 肥 前 守 5;^^ と昵 じかり ける が、 再び 毛 利 家へ 歸參 せば、 本 

領. 5. 與 ふべ き 33 進めければ、 熊 野 異見に 任せ、 頓て城 を 明 渡した..^。 It 元は 矢よ.^ 

ie. 田 へ 打 入り、 元 寿 父子. 隆景は 六 千餘騎 を率ゐ て. 高 佐 へ 押 寄せ ら る 、 に、 ^お 則 

诚を 明けて, 高瀨の 城へ 窄 みた. >。 五月*元^1^义子^巢表へ打^ぇ:平田の手崎の 

城 を 築いて、 牛 足大藏 左衞門 •!: お 左 衞門を 紐 K き * それよ ble- 田へ 打 入らる。 七 

<^!SSK 参り * 并高 漏城遐 口の 事 ニー 



城 



If 侯三 家 誌^ 五 一一 一 I 

月、 元 春 父子. 隆景 高瀬へ 打 出で、 同 三日 狼が 森に 陣を居 ゑて、 城の 樣體を 窺 はる /- 

に、 容易に カ攻 にし 難き 城なる に 依.^ て、 近 邊の稻 盡く刈 拾て させ、 同廿 七!:: 此地 

を引拂 ひ、 田へ 打 入らる 、虞に、 米 原 平 內兵衞 が 一 族 * 米原與 一 兵衞 * 间四 郎兵衞 

等 高瀬 を 出て 附 送る。 味方 返 合せ 戰 ふと 雖 も. 渠 等至剛 なる 故 少しも 疼 まや 追來 

る, 隆景の ほ 井上 又 右 衞門數 度 返 合せ、, 比類な く 働きたり。 され ども 其 B は 敵. 味 

方 共に 手 負. 死人 一 人 もな し • 次の 曰 又 敵 城 を 出で 跡 を 慕ふ處 に、 寄 手 一 同に 皆 取 

さすが 

つて 返しければ. 城兵 追少 勢なる 故、 此ょ. 9 1 度に 返しけ る を、 岸 際 迄 sc? 込んで. 

其よ. > 16- 田 迄 打 入られた,.^。 此時元 春 は、 米 原 等緣の 勢に て、 味方の 多勢 を も 恐れ 

や 慕 ひ 出た る 事、 敵ながら も 神妙な り。 卒內兵 衞男氣 乏しければ、 命 を 惜んで 観て 

诚を 明け 去る ベ き 間、 與 一 兵 衞等は 抱?;^ きて 、家人と 成す ベ きな.^ とい はれけ る丄 

な hs。 

五 平 田 勝 問兩城 軍の 事 



平 田の 手 崎の 城に は、 牛 尾大谏 左衞? :.^ 宗左衞 番 しける が、 米屎與 一 ハ衞 

同 四 郞兵衞 ^、高 湘 よ.^ 押 1^ せ 足輕を かけ 戰を 挑めば、 城屮ょり牛:15.岡打出で,^^ 

軍して 城 中へ も 敵 數人討 取る • 米 も 分捕して 打 入.^ たり • 同 八 =; 加 藤.^ 四 郞.; g 

山 次 郞左衞 門. HIH: 左 .ill- 進. 力石 九 郞兵衞 •《! 加田采 女お 以下 一 千 除ぬ、 手 の 城下へ 

扣 倒く. 之に 依り 此由を 元 春の 陣 所へ 注進し ければ, 則ち 杉^ 播」 M 守 を^さる • ^ 

尾.!; 打って出で 散々 に相戰 ふ。 半ば は 杉 is^ 憑 <:: ひ T 飚 兵と 一 に 成.^ て^ 戰ひ、 敵 

数多 5^ 捕れば、 尼 子 勢 叶 はす、 則-お 追 崩されたり。 

〔: 站書〕 異書、 勝 久三刀 屋藏人 をし 一-、 勝 問 を 攻めさ せらる。 城番の志^^.屮村|沐を 

廻らし、 味方の 軍士に 下知して * 1 日 一 弱々 と會釋 して 呼 寄せ、 切 所に て 取って返 

し 左右よ b 引 包み、 三 刀 M を 始め、^; C 十 餘級討 取る。 翌;: : 入江 彌 六と 云 ふ^を. 

使と して、 元 の陣 へ 此旨 注進す と 云々。 其 後 勝 間の 城 山 下 に すと 之 あり • 

又 志 道 左 iJJ 助. 中 村 內藏大 夫が 籠お る、 佐 田の 奧勝 問の 城 を 尼 子 勝久、 三 刀 屋藏人 • 

中 村-牛 三 兵衞^ に、 一八 巧 餘騎を 添へ て 攻めさ せらる。 答 手 山 下へ 働きけ る を、 志 

熊 降 象の^ 并ヵ 2, 对城 の , M 



藝 侯三 家 諸 卷五 一 •《! 

道. 屮村打 出で 相戰 ひ、 忽ち 勝利 を 得 • 其 日の 大將三 刀 屋藏人 を 討 取りた, 5。 P 頭 曰 書; - 

三 刀屋, y は 志 道が 手へ 

討 取る と あるな り。 

〔頸 書〕 異 書に 云く、 奧比野 勝 間の 城に、 志 道 左 馬 助. 中 村 內藏大 夫 雨 人に、 同心 歷 

歷 三十 挺 差 添へ 籠 置かる 云々。 . 

勝 久其事 を 憤 hi 、 此後.^度々 勝間邊 へ 人數を 出さる、 間, 元 春、 森 脇若狹 守に、 I 

P 久ハパ r 喏瞻 鮮。 ザ喊魏 1,。 二百 餘人差 添 へ て 城の 様體を 見て 歸る ベ しとて 遣され 

ける に、 益 田 越 中 守 藤 包が 手の者 も、 百計.. > 伴 ひて 行きて 歸る處 に、 新 山より 森 脇 

市 正 幸野嘉 兵衞. 眞木眞 三 左 衞門等 七 百計り、 跡 を 慕 ひて 討 企め んと t 敵 大勢な 

る 故、 雜兵共 足 亂 れんと すれば、 森 脇 若狹守 取て 返し、 慕 ふ 敵 を追拂 ひ, 又附 送れ 

ば 突 返いて 追歸し 、味方 を 救 ひて 歸. 9 たり。 V 、高瀬の 城 兵糧 乏しき に 依, 5 て、 新 山 

よ b 兵糧 を 運送す る 由、 元 寿の 陣所 へ 注進 あ るに 依. 9 て、 元 寿 其 臣吉川 式部 少輔經 

家 を 遣 さ る。 目 加 田 彈右衞 門. il 采女 允. 高 尾 右 衞門尉 等、 高瀬の. 城 へ 兵糧 を 入れて 

歸 らんと する 處 へ、 式部 少輔懸 合せて 散々 に相戰 ひ、 敵 船少々 乘破 h^. 數 多首収 りて, 



Kg 敵新山ょ,^ぉ願寺の城を討取り、佐田の鄕ょ.^船を出し、^:2瀨\兵糧を入 

i.:!: 川 式部 少輔. 岡 {li? 左衞 門 馳向 ひ、 兩人 手柄 仕るな b。 其 後, 城 叶 

はや、 降 を 請 ふに 依 b て、 米 牛. 2: 兵衞、 其 外の 城 卒新山 へ 送 造され、 力 <S の 仕 

® せらる • - 

ノ 

六 輝 元 隆景元 長 藝州歸 陣の事 

尼 子 家の 諸士、 所々 の 軍に 利 を 失 ひて、 勢 ひ微々 にな,..' 行けば * 返 治せん に 手問収 , 

る まじ。 然れば 元 就の 老!^ 重らせら るれば、 先づ 速に 立: ihs て是を 扶助すべし と 

て、 同年 八::: 下句、 毛 利 右 111 頸 輝 元. 小 早 川 左衞門 佐隆: 一;Hn 川 治 部 少輔元 "41、 t.: ム州平 

田を發 して 藤 州へ 歸陣 せらる。 吉川元 表 は脾久 及び 其 額 を 治の 爲め、 狼- 州 

に ザ〉 6 らる。 斯て元 春、 九月 上旬 六 千 餘騎を 帥 5 し、 古志 因幡. て l^fryl お が 

十 倉 sf^it だの 端 城を圓 まる 、處 に、 因幡 守 叶 ひ 難く、 一 向 詫 言して 降 を 乞 へ ば、 



赛 侯三 タ. fsw S 1 ズ 

元 春 許して 本頜 相違な く 施して、 其 城に 鹽屋豐 後 守 を 相 添 へ て 籠 置き、 其ょ.^元舂 

は 富 田の 城へ 打 入られた,. y。 

七 羽 倉 诚合戰 の 事, . 

尼 子 勢 横道 源 介. 同 權允等 • 長屋 小次郞 が在番 しける 羽 倉の 城へ 數度押 寄せ、 在家 

を 放火し、 足輕を かけて 働きけ るに、 城兵 も 初の 程 は 弓. 鐵炮 にて 稠 しく 防ぐ と雖 

も、 敵 入替々 々攻めけ る 間、 後に は 城 を 落されざる を專ら にして 菡へ: s;^ ,5。 

虫 入 

〔頭書〕 異 書に 云く、 羽 倉 城に 長屋 小 二 郞其ロ 同心 歸々 鐵炮 三十 挺 差 添へ、 籠 置か 

る 云々。 • 

其 後山 中 鹿 之 助. 橫道 兄弟 相 共に、 一 千餘騎にて羽倉の城へ寄せ來.^、 一 時に 乗 破ら 

ん とすれば、 滅 よりも 打 出で 防戦し * 井上 源左衞 門. 中島 善 左 衞門等 武勇 を顯 はす。 

〔.§ 書〕 同日、 此時 佐々 井村の 住人 井上 源 左衞門 • 小 山村 S 中島 善 左 衞門眞 先に 進 

んで相 働き、 鹿之助が先手の物頭垣田與三郎を兩人して對取るとぁh^。 一 書に 



羽 4s 城 



元存 SIfe 



之 助 新 

山城に 5^ 

去す 



垣 田を植 田に 作る. 

尼 干;^ お: 三郞 * 錢炮に 常. 9 て 死す と雖 も, 寄 手 少しも^ ます、 近 兄^^ 、先 

に 進んで 攻め たれば, 诚兵 終に 引返き たり • 之に て 寄 手. 外 構の^ 崖 を 一 宇 も 

殘 さや 燒松 てた.. 斯て此 由 富 田の 城へ 注進し ければ * 元^ z.!.^ ぎ 後 すべき. £莒 

はる ゝ處 に、 益 田 越 中 守^ 包-::^ 3Hii は、 甚だ 氣の 短き 者 なれば、 後詰遝 滞せ ば^りか 

ねて 落つ る 事 も おるべし • 速に ti^ 馳向 ふべ しとて、 則ち 打 立ち,^ 勢 一 千條^ にて 

.m^ へ ば、 元表.三刀屋彈正左衞門.三^^三郞左衞門にも同じく.^ふ ベ き. H 下知 せら 

るれば、 兩人も 頓てニ 千餘騎 にて 招きた b。 益出後陣を.^待たす、山屮が陣へ 一文 

字に 切って 懸れ ば. 尼 子 勢 崩 引きけ る を * 敷 多 M 捕.^. 三 刀 尾. 1 一; 澤も 引く 敵の 跡 を 

追 つ て, 少々討取.^ て歸れ ば. 山中 W 下 は 新 山 へ 逃 入 b た.^" 是に 依.^ て f お!:^ も述 

を 開きた- c^。 

. 八 尼 子 勝 久末次 を攻 むる 寧 

羽お 城 合 «f の * 尼 子^ 久 * 次,^ 攻 むる lis- 5 



藝 侯三 家 誌 卷五 . 二八 

將久 SS 兵 尼 子 左衞門 尉勝久 は、 山中. 立 原. 橫 道. 森 脇 等 を 集めて * li元•隆景歸國に依.^て、 敵 

ん 集合 v 

兵 過半 是に從 ひ、 當 地に 殘 る兵緣 なるべし。 此 間に 諸 所の 城に 籠 置きた る 味方 を 

一所に 集めて、 國 中に 打 出す ベ しと 評議し て、 此由諸 所 へ 觸 遣す。 秋 上 三 郞左衞 門 

は 病氣な b とて、 嫡子 伊織 助久 家に 五 百 餘騎を 副へ て 新 山へ 遣した 米 原ゃ內 

兵衞 尉綱寬 四百 餘騎、 福 山 次 郎左衞 門. 同彌 次郎. 神 西 三 郞左衞 門 • 加 藤 彥四郞 七 百 

餘騎 にて 相 加 はる" 寺 本 安藝 守 隱岐國 よ, 5 渡.^ 合 はせ て 二百 餘人。 其 外 大山の 衆 

徒 經悟院 など を 先と して、 百. 二百 集.. > て 、都合 其 勢 四千 餘騎, 十月 三日 新 山,^ 立ち 

て、 同 五日の 曉ょ b 河口 刑 部 少輔. 小鴨 四 郞次郞 が 籠居る 末 次の 土 居 を圓攻 む。 河 

元 春 末 次 口 小鴨 城 を 堅固に 抱へ た, り。 此由富 田へ 吿來れ ば、 元 春、 末 次 は 纏の 一 首; も 慕々 

表へ 向 ふ 

しからで. 構へ 堅固なら す。 殊に 城兵 三百に は 過ぎ まじければ、 難儀す ベ し。 急ぎ 後 

詰すべし とて、 五 百計, を 率 ゐて富 田 を 打 立たら るれば、 路次 にて 杉. 播磨 守. 南 

條豐後 守. 三 刀 屋彈正 左 衞門. 三 澤三郞 左 衞門. 益 田 越 中 守 以下 相 加 は h^、 總^ 五 千 

餘騎、 其 日の 暮 方に 末 次表へ 馳 著た.^。 尼子勢後詰ぁ,.^と見て、攻ロをJ^Jき陣々を 



s く 構へ て 敵の か、 る を 待 愚け た h^. 元 春 明日 未明 敵陣 を 伐 崩すべし • 今" 伙先づ 

新山へ兵を差向け^5^きて、敵の?^|道を収切り, ^^-く討取るべしとて, ^倏 nai 後 守 

勝. 山 田 出 雲 守审: 直 等に、 早く 新 山の 麓へ 打 出で、 敵の 後 を 遮るべし と 命 せら るれ 

ば、 南^ 山 田 一 千餘騎 にて 新 山へ 馳れ きたり。 山 屮鹿之 幼、 勝 久に言 ひける は、 发 

にて 對陣 あらば 後 勢大 軍に 成..^, 1^ 方の 後 を 塞がれ、 一 人 も 助かる 者 ある まじけ 

れば、 敵 後へ 勢 を 廻 さいる 先に、 早く 引拂 はるべし とせ:: ひて、 夜半に 竊に 引返いて 

新 山 へ 逃入..^たり。 南條. 山 出 未だ 新 山 へ 行 著かざる 先に、 勝久 M 千く 引拂 はれし 故、 

異議なく 歸陣 せられた.^。 藝州勢 深; 史に 至. 9 て. 敵陣の 年::.? 第に rm え 行く を 兌て • 

人 を 退して 兒せ たるに、 敵 一 人 も 無き 由吿 げたれば、 今 一 := 堪 ふるに 於て は、 悉く 

^取りて、 尼 子の 根 を斷っ ベ きに、 賢くも逃げたh^と何れも;;:2<laへh^• . 元泰, 河口 

刑 部 少輔久 氏. 小鴨 四郎次 郞に對 面して、 當城を 堅固に 守 し 事 を 成せら るれば、 

兩 人の 者 速に 後 詰せられ し 故、 運 を 開く のみなら す、 吾々 が 武名 迄 m はれた,.^ と 謝 

1;^ を演べ て悅 びたり • 元卷は 夫よ.. > 新 山 表へ 移 して, 城下 放火せられ、 三 US; を 

尼 子 勝久末 次,^ &むる ^5. ;ん 



鶴 侯三 家 誌 卷五 § 

居 ゑら れ けれども, 敵 出合 はざる 故、 同 十 曰 南 條豊後 守 宗勝. 杉 原 播磨守 殿して、 新 

山 を引拂 ひ、 失より 高瀨の 城へ 押 寄せら るれば、 米 原 平 內兵衞 一 戰 にも 及ばす 城 を 

明 渡して、 新 山へ 引窄 みた. 9。 之に 依りて 高瀬に は 人 數を籠 置き、 夫より 神 西三郞 

左衞 門が 籠居る、 末 石 へ 赴かん とせら る、 處に、 舯西は 末 石の 城 を 明けて、 因 州 へ 立 

退き、 其 跡へ 山中 鹿 之 助 幸 盛 七 百計り にて 入替, 9、 稻 石へ 働き、 鄕人共 多く 討 取 b 

たりと 吿來れ ば, さらば 山中 を攻 むべ しとて、 旣に打 立たん とせられし 處に、 元 春 

俄に 風氣に 侵され、 末 石 をば 重ねて 攻む ベ しとて 翳 療を加 へらる。 

〔頭書〕 或 記に 云く、 此頃尼 子方に 古志 .1^ 蕃と云 ふ 者、 雲州德 良の 要害に 住す。 義 

久 兄弟, 富 田 下城 以後、 彼 城 を 明 退き、 玄蕃は京都へ上..^、 今度 勝久雲 州亂 入に 依 

りて、 又 本 國に歸 .9、 德 良の 要害 毛 利 家よ b の 城 番を追 出し、 彼 城に 籠居る。 之 

に 依. y て吉川 元春發 向して、 取卷 いて 稱 しく 攻め 給 ふ。 古志 も 城 中 を 打 出で、 暫 

く 防戦 ふと 雖も、 寄 手の 謀計 淺 から や 、毎時 利 を 失 ふ" 依..^ て 始終 叶 ひ 難く 思 ひ 

ける にや、. 其 後 城 中より 使を以 つて。 諸 卒の命 を 助けられば、 支蕃 一 人 自殺 を遂 



乞に 兄 
ふ 助 弟 



げ 、域 を 渡すべき 旨 .5.斷る* 元 ^聞き 給 ひ、 朗ち吉 田へ も 御 相談 あ. 9 て • 此儀如 

何 計ら は る ベ き やとの 事なる 虞に、 此ぉ尼 子 家に 於て 無二の 忠志^ て、 度々 武 

功 を 願し、 近年 上方に 於て 松 永 逆心、 三 好 家 返 治の 時、 將軍家 を^み、 洛中に 於て 

武功 あ..^ と 聞 ゆ。 然 らば 一命 を 助けて 下城 させ、 領地 を與 へて 毛 利 家に 皋 仕せ 

しめば、 向後 味方の 爲め宜 かる? しと、 元 就 命せられ ければ、 元^ 此 32 を.^ J«! ^に 

宣ひ 開かせられけ るに 依..' て、 則ち^ きと 領 《承し、 人 1^ 等差 出す に 依 h 二し、 身上 

仔細な く 1-^ 儘 彼 城に 差 S かる、 と 云々。 案す るに 此事 本文に 之 ある 古志 w:^.:^ 

事 力 

九 備中國 三 村 退治の 事 

備中國 三 村 元 親 .:!^ 實 親兄弟よ...', 元^!^の方 へ 使を以 つて 1: は ひ 越しけ る は、 親 修理 亮 

家 親、 御 味方に 風し て 馳走 化り 候處 に、 先年 宇喜多 和 i„ ^守 K 家が 爲 に, 方 便られ て 討 

菜され ぬ。 然 らば 我等 宇 寞多を U して、 父の 仇 を 報 せんと 存 すると 雖も、 カ微 にし 

你中! S 三衬 退治の 事 



赛 侯三 家せ I 卷五 さ 一 - 

で 叶 ひ 難く 候 si、 御 哀憐 を 蒙り、 彌" 慕 下に 羼し、 御太刀 影賴み 奉る 由 申し越す • 

又 浦 上帶刀 左衞門 尉宗景 よ, 9 も • 宇喜多 和 泉 守 生從の 義を亂 し、 不忠 を 企て 候 間、 彼 

者 を 討 {:! して 味方に 參 るべき 由 言 ひ 越した..^。 又 宇喜多 和 泉 守 直 家より、 洲波隼 

人 入道 如 慶と云 ふ 者 を 使と して、 隆景 へ 加勢 を 請 ひ、 其 上 安國寺 惠瓊を 頼み、 三 村 • 

浦 上 を 退治す る に 於て は、 備中 一 國 をば 悉く 輝 元 へ 進 やべ き 旨 言 ひ 送 ,0-^.9。 元 就. 

は 病氣故 大抵 計, 9 を聞屆 けられ、 兩 川の 計ら ひに 任せら る。 元 春よ b は 宇喜多 は 

表裏の 侯 人な り、 三 村 儀 は 家 親よ b 以來、 毛 利 家に 對し忠 功を勵 み、 志淺 からざる 

は、 三 村 を! ID- 繼 がる ベ き 旨 言 ひ 達せら る。 此事 < ^議の 上- 隆景 如何 思 はれけ るに や、 

宇喜田 を見繼 ぐべ き 旨 達て 言 はるれば、 輝 元 も 南 表 は 隆景の 計ら ひなれば とて、 是 

に 任せられて、 宇喜多へ 同意の 返事 せらる。 之に 依. 9 て 宇喜多 和 泉 守 直 家 八 千餘人 

を率ゐ て、 三 村が 人數を 入れ^き たる 備中 國才 田の 城 を取圍 ませ、 三 村 一 分の 後 詰 

成..^難く、同國穂田の庄式部少輔元祐を賴みければ、式部少輔ニ千餘にて三村に:5^^ 

立ち、 才田 表へ 打 出で • 宇喜多が 先陣 • 二 陣迄 忽ち 切 崩した る處 に、 f 兀祐が 馬 口 強く 



して、 ふと 〔十 11^ 多が 陣 巾へ 新入 b て、 敵の 爲 めに 取^められ、 元祐 終に 53 果 さるれ 

S 力〕 r > 

ば、^^田の城も落去した& 

〔頭 啓〕 宇喜多^家、 三 村 家 親 を 討 染す事 は、 度 家家 人 遠 藤と. S. す 者に 巾 合め, 備 

中へ す。 遠 藤、 三 村が 許へ 立 越え、 宇賓 多が 勘當 を? り, 是ぉー 相 越した.^ • 召 

^かれ!^はる樣にと:;:ー::ひて罷居..^、時節を窺ふ處に、 家 親 或る 夜洒 のギ ば、 

近く居たる處に.^^膝綠際ぉー忍寄.5,ニ三11程にて?1炮にて射た..^。 間 近き 故 胸 

を打l:3;き.ぉ合ふ者共歴々有.^けれども、 {!^<, 親 を 介抱し^ 励す る に、 说 -.i は 

讓 なく 岡 山へ 立 返き たり。 此褒 美と して、 同姓に 任じ 宇 多 河. 2: 守と 稍し、 一 诚 

を预 S くな 

〔1^〕 或 Ifi:: に, 云 ふ, 三: r か 臣三村 孫 兵衞、 元 親に 北 2 いて 己が 家 城 25 國成 羽へ:?^ 

り, 毛 利 家 へ 內 通す • 是に 依りて 諸 51 示談の 爲め桂 一!^ れ左衞 門 を 成 羽 へ され、 杜 

虫 入 

上下 五十人 計.^ にて 赴く 處に、 元 親が^ 口 所々 に 於て 兒咎 め?^ おめん とす • 桂 

1^ 剛 なる 故、 數人討 取. 9、 らして 成 羽!, 纠. -、 孫 兵 衞に對 淡し、 wis なく 

, S ^中, £ 三 村!^ 治の 事 M 



藝侯 n 一家 誌 卷玉 

に歸 る。 之に 依, 9 て備中 知屋. 花見 二箇所 を 桂に 給 はると 云々 • 

其 後 宇喜多より 毛 利 家へ 告げけ る は、 三 村 は 阿波の 三 好へ 一 ,^ する の 由 言 ひ來り * 

三 付 三 好 又 三 村が 家老 三 村 孫兵衞 とい ふ 者よりも: 一 兀親は 毛 利 家 を 恨みて、 三 好に 一 味の 約 

へ 通す る 

;^. S ら をな し、 又 信 長に も內 通す るの 由 申し越した, 9。 玆に 因.. >て¥ 兀. 隆景發 向して、 三 

村 兄弟 を 返 治せら る ? きに 相 極 b て、 先 づ桂善 左 衞門尉 を 成 羽 へ 遣し、 樣子聞 合せ 

mi られ、 元龜 元年 十一 一月 上旬、 毛 利 右 馬; S 輝 元. 叔父 小 早 川 左衞^ 佐 隆景相 共に、 備中 

國へ 出張 せらる か gMgMii;^:!^ に Ji。BSS、 同國小 田に 陣を居 5- られ、 同廿 七日 

隆景 手の 城へ 打 寄せら る。 當 城に は 三 村 右京 籠居た るが、 落 失せて 嫡子 新 四郎城 

を 守, て留 居た る を、 翌年 正月 朔日 終に 攻 落さる。 城主 新四郞 をば、 毛利势 粟屋 彥 

右 衞門討 取りた, 9。 其 外 長 井 右 衞門大 夫. 市 川甚左 衞門士 一木 新 右 衞門. 三 戶六郞 右 

衞門. 田 原 平 右 衞門. 兒玉七 郞右衞 門. 內籐 彌左衞 門. 宇喜多 右衞門 尉. 三 木 市 助. 三 上 

16. 兵衞. 精 山 覺阿彌 等 高名す。 宍戶が 家人 深瀨彈 正. 中 村 刑 部. 淺原 木工 允. 木 原彥右 

衞 門:. し 下、 熊 谷が 手に 熊 谷 新 介直顯 能き 首 を 討 取.^ た. 5。 同 十二 日 成 羽へ 陣を替 



へられ, 其ょ.^木實の城を取^iまるれば* 城主 三 村 上^ 入逍、 fu.^^0f 

せ、 .E 分 は 命 を 助か h- て 落 行きた h>" 又 荒 手の 城 も 明 き、 幸 山の 城主 石 川 久孝も 

城 を 松て 逃 行きた る を、 則ち:; S 手 を 遣 はされ て 討 架す。 其よ b 元 親が 家 城 松 山へ 

陣を 寄せら るれば、 元親稠 しく 一 戰 して、 北 (後 諸 勢の 命に 替ふ べしと 申し 斷 h^、 終 

に切腹した,.^。 之に 依 h- て 備中國 悉く 卒 均す。 其後庄 式部 少輔元 祐が穂 田の 居 

城へ 毛 利元淸 入城して、 是 よ.^ 糠 田 治 部 少輔と 云 ふな.^。 三 村 返 治の 後、 諸 牢人多 

ゅづ a- に 

く、 國 中錚謐 ならす • 又 境目 肝要の 地 なれば とて、 同國 新見杠 の 城に 吉 川の 老臣 

今 EB 上野 介經 高に、 次男 兵部丞 倍を附 けて、 今年よ b 天 正 十九 年 迄、 廿 一 年の 間 

在番 させら る。 又 同 國木赏 の 城 をば. 宍 US® 守に 預けられけ るに 依りて, 宍 ES よ 

,5 佐々 部 美 作 を 入 置きた. 9。 

〔頭 ま 1〕 異 書に 云 ふ、 手の 城に は 三 村鎖屮 守、 比 野 ra: 幡守 能: lis て 手強く 防ぎ 戦 ふ • 

比那三 太夫 大勢に て 駆 出で、 寄 手 を 突 退けん とす。 毛 利 家 旗本の 番頭 1:^ 井與ニ 

郞 一 番に松 を 合せ. 組 口川 已下 本文に 所載の) 贝士. W 働き、 ^山^ 深手お ひ 

備中 le 三衬. 退治り 事 g 



豁侯ー 11 家? I s 

早速 死た b と 云々。 又 云 ふ、 一二 村 越 中 守、 比 野 因幡 守 を 宍戶が 手へ 討収 b たりと 

云々。 又 云 ふ、 ま 〈後 松 山の 城へ 取 口 城旣に 落城 せんとす る 時、 大庭 加賀守 狂歌に、 

一つ 二つ 一二 村の 家 は 四の 海浪 こそ 越 ゆれ 末の 松 山 . 

元 親 自害の 時. 「よし 去らば 水 ほの 上の 泡 消えて」 と、 上の句 計 b 書 捨て 自殺す と 

云々。 , 

〔頭書〕 木實城 或は 鬼 身 城と あ h.。 或 書に 云く、 木實城 能く 抱へ て 防ぐ。 之に 依り 

て 志 道. 福 原已下 宗徒 の 輩馳向 ふ。 味方 手 負. 死人 數々、 佐 々 木七郎 右衛門 敵數人 

討 取 hN 、討死す と 云々。 

〔同〕 又 云 ふ、 大 庭加賀 守 狂歌 を 詠みて、 矢に 附 けて 山の 城 中へ 射 入れた. 9 とな 

b。 此歌 則ち 前に 之 あ. y。 ーっニっの歌なh^云々。 但し 大庭 加賀 守大內 家の 侍 

にて、 文武の 達人なる 由、 或 書の 說眞 僞詳 かなら す。 但し 陶滅. D の 後 毛 利 家へ 降 

れる にや。 

〔同〕 お 城 1;、 森 脇 源 右 衞門. 富屋 若狹. 觀音 寺. 井上 甚兵衞 1£? 新見宗 兵衞. 初 a 



與 兵衞. >^ 原 孫 右衞門 • 井下 四^- ハ衞. 大 :5!1 次郎 兵衞ん は, M 對 ^守. 河邊乂 右^ な 

ど、 其 外歷々 今 田に 差 添へ 籠 S かる 、或 書に 見 ゆ • 兵 部 丞^^ は、 新兑 左^ 5: 

尉 入道 以 云が isa- な- \ 今 田 忠左衞 1: 家 知が 父な 今 枉 在^の 中、 三 村が 殘 

にあ. て、 狼藉す る 故、 域ょ,^^人數を出し, 度々 討 取,^ た..^ * 

ー〇 秋 上 父子 心變 りの 事 

元 龜ニ年 三月、 杉- 播磨守 盛 重よ b、 元お の陣 所へ 注進し ける は、 某が 居^ 伯 州. M 

山の 近: 逸へ、 尼 子 勢 度々 働く と雖 も、 戰侮に盛^^^:勝利を^^ 敬の 將. re- 野 ••ii.TW.^.^. 

»K 外 数多 討 取 たる 由 をル" げたり。 同年 四月、 S 州紳 魂の 大せ〕 司 秋 上 三 郎左衞 門 • 

同娲子 絨助久 家、 尼 子 を 北:: いて 元 春の 陣所 へ 降參 す。 其 故 は、 尼 子 勝 久モ: ハ州 へ 打 

入らる、 時、 京 郡よ す 廻文 を 送りて、 おし 木 怠 を 達して 本 國へ打 入る に 於て は、 山 

巾. 秋 上兩. < に 執 iss- せし むべき 皆 約束 せられし 故、 秋 上 父子 守 山の 诚を 出で、 出 屮- 

立 原 と 共に 軍 忠を勵 めう。 然るに 初 こそ あれ、 後 は 庇 之 助 一 人の 計ら ひに 成.. M し、 

; 上 父子 心 © りの 事 一一 も 



秋 上夂家 

出 中 * 之 

助と 訣別 

す 



樣パ 侯三 家 誌 卷玉. 一え 

秋 上 は 何事 も 耳の 餘 所に のみ 聞きし かば、 此事を 殊の外 本意な く 思 ひ 居る 由、 元 春 

間 及ばれ、 秋 上 は 尼 子 家に 於て は 多勢の 者に て、 殊に 智勇 も 勝れた. 9。 勝 久へ恨 を 

合む 折節、 昧 方に 招かば 早速 降參 すべ き 間、 此 時節 を 幸に.^ 方に 引 成すべし とて、 

竊に 使を以 つて 味方に 組ませば、 le. 田 近邊に 於て、 七 百 貫 知行 させ しむべし と Si 徹 

に 言 ひ 送ら るれば、 秋上大 に悅ん で、 毛 利 家 一 昧の額 掌したり。 元 奢 頓て卒 田 七 百 

貫の 判 形 を 秋 上に 與へ 出された.^。 伊織 助久家 唯一 人 鹿 之 助が 許へ 立 越し、 恐 父 

三 郞左衞 i: 存 やる 仔細 ありて、 毛利家へ 罷成,.^ぬ。然れば某も父と 一 所に 有る ベ き 

なれば、 日頃の 好み 捨て 難ぐ、 今 一 度 見参して 暇 乞 を もすべき と 思 ひ、 來,. > たる 由 言 

ひければ、 鹿 之 助、 賢 父 毛 利 家 一 味の 事、 尤も さぞ あるべき 。食 方と 某 は 若年の 時よ 

. ^斷 金の 交 をな しき、 其 名 殘を思 はれて、 是 迄の 入來本 望の 至. 9 なり。 武士の 習 明 

,、 

日 を 知らぬ 命 なれば、 暇 乞の 盃 して 明: n より は 足下 を 目に 掛けて 討留 むべ し、 貴殿 

も 某 を 討つ ベ き諜を 廻ら さるべし と、 酒 を 出して 數返飮 み、 相互に 淚を 流して 別れ 

をな した. ft^. よも 二心 は ある まじと 顆 みたる 秋 上、 敵と なる 上 は 又 誰 人 か 心變す 



元 

逝 
去 



べき と、 安き 心 もせざる 慮に、 吉田 八. § 左 衞門尉 も 秋 上と 一 味して、 毛 利 へ 心 を 

通す る. S. 吿 ぐる 者^ b ければ、 勝久是を信じて,頓て士"^を新山に於て^^^效せられ 

^Kv. 此八 郞左衞 i: は-元 就に 一 生對面すまじきと*神水を飮みたる,^^の^<?なれば、 

無 實の讒 に 陷.. ^たるなる べし • 

一 一 \ ^利 元 就 逝去せ 末 石 城 没落の 事 

毛 利 奥 守 元 就 は、 ftr 久しく 隔 症の 樣に烦 はれて、 の驗 なく、 元 龜ニ年 六 n 十 

四:;!、 行年 七十 五に して 終に 死去 せられた 

®r- 元 就 逝去の 時、 聖護^門跡.道泣御追蕃の爲め、法華無23??_?"?を^^::ぉし^ひ、 

悼の, 5 歌 二 甘 を 手 向けら る。 前書お b て 

おしなべ てな げきの 枝に 鳴く 蟬の なみだ 作 ふ 袖の 上 かな 

無量? 寄 品の 心 を、 

惜ひ 夜の 月 は 入 h- て も 鷲の 山嶺より 高き 名 や はかくる 

乇利元 就 逝去 弁 末 石 城 tie- 



元赛孝 

p 道ん 辨 



襲 侯三 家 誌 卷五 so 

〔頭書〕 異 書に 云く、 元 就 御 在世の 中、 和歌 七十 有餘 首, 連歌 亘 11, 十 句、 詠草 ニ卷と 

なして、 聖護院 殿よ hi ニ條 大納言 實賢卿 へ 差 出され、 彼卿ょ..^判言を添 へ らる。 

連歌 をば 紹巴法 印に 見せて 註釋を 加へ させ, 右の 詠草、 何も 叙覽に 達し 給 ふ • 因 

,9て叙感の餘h^、元龜三年卯月、^三位を贈h^給ふ云々。 

〔同〕 公方 義爐 卿の 時、 永 正 十四 年 依,, 武 W 元繁 誅伐 之 功, 任,, 刑 部 少輔; 大永 六, 年後 

奈良院 御 卽位之 時 大膳大 失、 翌大 永. V 年 上洛 敍,, 從五 位下; <ム 方 義晴卿 之 時 賜,, 錦 

直垂; 天文 ニ癸已 九月 廿五 = -從 五位 上、 翌廿 六日 任,, 右 2iir 頭; 永 祿 三 二月 十五 日 敍,, 

從四 位, 任,, 陸 奥 守; 公方 義輝卿 被 k 加,, 御 相伴 衆; 元龜 1 一六 月 十四日、 七十 五 歲卒。 翌 

元龜三 四月 贈,, 參議從 三位; 

錄元. 隆景を 始め 遠近の 臣、 其 外領國 恩顧の 族、 何れも 是を歡 き悲め b。 頓て 1+ 打 を 

以 つて 元 寿の 陣所雲 州 高瀬 へ 此由 注進 せらる。 諸 軍士 則ち 本陣 へ 參 向して 之 を 弔 

ふ。 元春對 面して、 元 就の 臨終に 膝下に 居 合 はざる 事殘 念の 至, 9 なり、 然,^ と雖も 

今 陣中に あれば、 深く 悲 むべき 時に 非す、 作 善. 佛事 等の 儀 は、 吉 田に 於て 輝 元. 隆. 



景教 行 はる べし *某 は 一 日 も 早く 敵 を すを以 つて 孝養に すべし • 然れば 伯 州大. H 

の經 悟院、 勝久に < "力す るに て 、夫 を: W りに して、 山. Er 鹿 之 助 末 石の 城に^.^、 

福 山 次 郞左衞 門. 橫造源 介 權允, 八幡の 城に 居て^ 中 を惱^ せし むる 問、 先づ彼 

經悟院 を 追討すべし。 元 就へ 志;^ る 輩 は. 日來に 超えて^ 功を勵 まし、 敵お 挫る- 

に 於て は、 .D 父の 弔に は 供佛. 施 僧に も^ 勝るべし と 言 はるれば、 諸 5^ 士^ を 流し 

マ て暫しは物をも言はす、良t有h^て南條i;:Ji後守{Tル勝入道、某i5^尼:十の爲に本^を除か 

れ、 山 名 を 賴み數 年 rl! 居る と雖 も、 終に 本 を 達する 挙 もな き處 に、 元 就の 御太刀 

影に て 本 國へ歸 入り、 其 上: t 恩 数 简所給 は b 、身 を 安く 樂 める 事、 天地. 父 ゆの 恩よ 

り猶 勝りた,.^。 然れば 今度 經悟院 に 於て は 某 一番に 攻 入り、 彼 生, の 御 恩お 報す 

べしと • 凝 を 立て 泣き たれば、 其 座の 面々 一 皮に わつ と 叫びたり。 

同せ 一 口、 川 河 守 元 、伯 州 大山へ 發 向と 稱 して、 高瀬 を 打 立 たれば、 三?: さ 一郎 

左衞門爲淸士ー刀21_"彈正左衞門尉久扶.杉原_§八郎元盛.^條|2^入^^|宗勝山六尸安紘 

守隆 I 尿. 口羽 刑 部大輔 通-::^ 巳 下、 S 伯の 兵殘ら ゃ馳集 b て, 六千餘 ^枏從 ふ。 山中 鹿 

毛 利 元 就 逝去 井 末 城 52^ の^ 一一 



す 乙 

i 攻春 
^む 

ffifil る/ tJ 



鶴 侯三 家 11 卷五 はーー 

之 助 此事を 開きて、 元 春 伯 州へ 打 越されば、 諸 所の 味方 を 一 手に なし 後 詰し、 經悟 

院と樣 合して、 勝利 を 得べ しと巧み居た,c^。 元^!^實は經;^院詠伐の爲に非ゃ、 末 石 

へ 押 寄せて 鹿 之 助 を 討 取るべき との 事 なれ ども、 兼ねて 末石發 向と 開きな ば、 鹿 之 

助 城 を 明け 去る 事 も 有るべし とて、 昧 方の 軍士に も 大山 發 向と 披露せられ たり。 

元!^ 物見 を 遣して 見せられた る に、 鹿 之 助 未に 末 石に 在る 由 告げければ、 元 春路次 

よ b 俄に 末 石へ 取 懸けら る。 

〔頭書〕 或說 に、 元 春 此時末 石の 城 二十 町 隔て 陣を居 ゑ • 辻々 に 高札 を 立て、 鹿 之 

助 城 を 落 去らん 時、 在々 浦々 に 於て 隱し 置く 者 あらば • 後 H 重科に 處 すべ きの 旨 

淀し 給 ふと 言へ, 9。 

鹿 之 助 は斯る 謀略 有る ベ しと は 知らす、 油斷 した る處 へ 、元 春 ひたく と 取 園み、 返 

b 鹿 垣し つかと 結 廻し、 仕 寄 を 付け 勢樓を 上げ、 诚中を 目の 下に 見下して、 急に 攻め 

られ ければ、 鹿 之 助 防ぐ に 術な くして、 i 六戶 安藝 守. 口羽 刑 部 大輔に 詫びて 降參 す- 

0^ 書〕 城の 土手 高くて、 寄 手の 矢. 鐵炮 役せ ざる 故、 勢樓を 三重に 上げ, 矢. 鐵炮は 



末 § 落 

し 鹿 之 助 

降る 



用の め 末 
ふ 大に石 
炮 S 城 



云 ふに 及ばす、 確 を 打 r<l ひに 依 b て、 城中雜 した 又 或說に 云く、 此^ 115^ と 

言ひて,^-ょ-^^渡りたる鐵炮七八十人程して抱ふる計^-なるを,城の向の出に仕 

掛け 打ちけ る を * 城よ b 盗 取り、 多人数に て 切 岸 を 引上げけ る を n:^ け、 寄 手へ; 

収 返す 處に、 城兵 比 野 彌吉兵 衞と云 ふ 者、 诚の矢 倉に 登り、 寄 手 を 射る • ^炮直 

き 故 多人数に て 元の 所 へ 取上げ、 衆ね て 時刻 移る 處に、 吉川衆 今田屮 口 を ほ 

へ て 引上げければ、 其 頃 雲. 伯に 雙び なき 人力、 入江 彈 正と 云 ふ 伯州ヒ 火皿 本の isS 

に 掛け、 兩 人して 山 を か、 へ上げ、難なく元の所へ取!31^:>た,.^と云乂 此說ほ^^ー 

太平 記に も 之 ある 歟" _ 

元 恭城を uf 取. c- て、 鹿 之 助 をば 頓て其 夜 頸 を 刎ぬべし と 首 はれけ る處 に、 ^--e,.u 

羽辭を うして、 强 いて 退が 一 命 を 助けら る ベ し. iff ひける に i^..?' て、 元^ 許して 

宍 R-. 口羽に 預け S かる。 鹿 之 助 若し 透 間 を 伺 ひて、 逐 I はする 事 も 有るべし。 一 と 先 

案^の 思 ひな さしめ、 長く^ 方に も 成るべき 者 か、 其 心 を 兄ん とて、 防 州 i0 地に 於 一 

一 

て 千 UBT 伯 州に て 千 贯の所 宛 行 はるべき 32: 言 は せらる。 鹿 之 助 は 多年の 科 を 赦免 一 

も s: 元扰 逝去 井 末 石 城 はなの 事 ま . , 



毛 利 15- 鹿 

之 M の. tI 



熟侯三家^1| 卷玉 S 

〔秘 力〕 

せられ、 一 命 を 助け 置かる だに 有る に、 所領 を 給 はる 事、 I© に 隆家. 通 良の, ^ 計に 依 

れ,.^と謝詞を述べ て、 元 森の 目 見し ければ、 尾高丄 K ふ 所に { 他 を 言 ひ 付け、 宍 口 

羽よ b 警 固を附 置くべき 由 下知 せらる。 其 後 鹿 之 助宍戶 安藝 守 • 口 羽 刑 部 大輔兩 人 

を以 つて、 元 春へ 言 ひける は、 今度 一 命 を 助けられし 事、 厚恩の 至な り。 然 b と雖 

も此 報恩の 爲め、 勝 久に弓 を 引かせん 事、 人倫の 道に 背きて 畜生 殘 害の 働に 候へば、 

此事 をば 御免 を 蒙る ベ し。 然れば 五 百 人 扶持 給 はる に 於て は、 牢人を 集め 伢豫國 へ 

押 渡 、其より 長 曾 我 部が 領分 土 佐の 內へ 切入り、 手の 際 切 取 b、 御領 國と 成す ベ 

しと 言 ひけれ ども、 元 春 曾て 許されす、 鹿 之 助 又 言 ひければ、 四國は 中國へ 程遠 か 

ら. されば、 某 を 疑 はれて 承引な きに や、 然 らば 千 人 扶持 給 はらば、 九州へ 渡りて 討 

取りに 仕る べしと 望む と雖 も、 是又 許容せられ す。 鹿 之 助 拆は元 春 深く 疑心 せらる 

るな b- 此上は 所々 の 城 共 悉く 明 渡さすべし。 先 づ當國 八橋の 城 を 明けさすべし 

とて、 宍? 口羽が 勢 三百 餘騎 に、 鹿 之 助が 家人 日 野 又 六と 云 ふ 者 を 添へ て, 八橋の 

城 渡すべし と 言 ひ 送, たり。 當 城に は 兼ねて 福 山 次 郞左衞 門 籠居た るが、 撗道權 



鹿 杉 
に 之 は 

報な il'.fi 
す 元の^ 



允 光 u 稻 石へ 働きし 時、 手 を 負 ひたれば、 签 生の 爲め是 も 常 城に 居 合 はせ て、 兩人 „ 

使の; ど いて ま 之 助 味方に 有らん 转 こそ、 其 下知に も從 ふべ し • 一?a^^の惜さに侍ー 

の 木 i!;!.^ を 忘れて 敵に 下..^、 人の 嘲.. > を受 くるの みならす • 我々 にも 城 を 渡せと 云ぶ 一 

事 奇怪な ちとて、 大鐵炮 を 打 懸けて 追 返したり。 然れ ども 當城守 得難くて、 南條入 

适 取扱 ひて、 福 山. 横 m 一城 を 明 渡して 新 山へ 窄 みた.^。 杉 原 播磨守 盛 ® 、其 頃 所 勞のー 

辦ぁ b て. 末 石の 城へ は 向に ざるが、 元_^^の陣 へ 使 を以っ て、 山中 鹿 之 助 降 參の事 J 

1 旦命を 摸く ベ き^に して、 全く 實 にある ベ からす、 心 を 免 さる まじ。 若し 逐 1^ 

の 事 も あるべ き なれ ば、 某所 々 の 道. 辻に 人 を 出し • 樣子を 窺 はす ベ き 旨 言 ひ 送り d 

虫 入 

り* 元^1^11 か れ て 、 盛 宽; が 言 へる 處 吾心と 符 A "せりと て、 頓て使 を 返さる。 斯 ロ杉说 

〔1: 尾 力〕 

噃 1" 守 に 馴れたる お を、 くやまう 士 一 柳^に 置きた る處 に、 鹿^j助方ょh'* 勝タ 

の陣新 山へ 遣す 飛脚 を祸 描.. -た, 9。 盛赏其 使の 持ちた る 文と 北ハ に、 元 森の 陣 所へ 

送 た. o。 元 1}^ 其 書狀を 披見 せらる .1 に、 末 石の 诚 らす 収^ まれ、 防ぐ に 術な く、 

一旦 命 を 全うして 重ねて 本^ を 遂げん が爲め * 偽. て 敵に 降 b ぬ。 何と ぞ透 問,^ 

V? 利兀就 逝去 井 末 石 城 5« 落の 事 B ^ 



g 之り 

来 is に- - 



爇 侯三 家 誌 S »パ 

窺 ひて 免 出で、 新 山へ 歸參る ベ し • 其 迄 は 心強く 思 はれて、 新 山 を 堅固に 守らる ベ 

し。 若し 無勢に て 新 山 籠城 成り 難き に 於て は、 隱州 へ 渡海 ある ベ し。 然 らば 某 も 跡 

ょb彼國へ罷渡るべきな.=^との趣なb。 元 春 幅て 其 書 狀を宍 戶. 口羽が 許へ 送られ 

ければ、 兩人杉 原と 鹿 之 助と は、 敵ながら も 勝れて 仲惡 し。 是は 如何 樣盛 重が 謀 書 

なる べしと 言合へ り。 鹿 之 助 は 如何にもして 隙 を 窺 ひて 拔 出でば やと 思 ひける が、 

或夜山*赤顿付きたbとて、宵ょh^g^鳴迄厠へ通ふ事, 百 七 八十 度に 及びければ, 

警 固の 武士 も I 初 こそ 心 を も 付け たれ、 後 は 坐に 油斷 して あ,.^ ける 程に、 鹿 之助此 5^ 

間 を 得て、 厠の 樋 をく.^ りて 大山の 麓 を經、 美 作の 州へ 上りたり。 警 固の 者 鹿 之 助 

が 久しく 厠より 歸ら ざる を 不審して、 紙燭を 取りて 行きて 見れば、 鹿 之 助 は 居ら 

す • 何れも 驚いて, 鹿 之 助 こそ 逐電し たれと 云 ふよ- 9、 我 もくと 追駔 け、 れ ども * 

終に行方を知らざh^け,.^。 

BS 他 國の說 に 云く 、山中 雪 隱の樋 をく * 人り 出で、 外圍 高さ 八 尺に して、 二重に 

結びた る 柵 を 飛越し, 逃 出で たり。 跡に て 番の者 共 も 驚きて 追 行く。 木 次左衞 



る na 
羽! e 
ん曳 

^戶 



び 鹿 
5* 之 
る 助 
^9 



門 其 1^ の 警囿. ^なる に 依 b て, 甚だ 無念に 思 ひて * ^^^け、るに、 難なく 苻^ 河 

•e- にて 鹿 之 助に? 付き、 上に 成..^ 下に 成.^ 紐 < "ひ、 旣に木 次、 .H 屮を組 伏せ けれ 

ども、 贝 力の 敵なる 故, 招め 兼ねた る^に、 木 次 源 五郎 駅^ b、 此^ +を 兌, ^0 

*-..^寄り、左衞門£:^は上か下かと言へば、鹿之助上も下も木次なりと云ふ。 源 五 

郞 少した めら ふ氣 色な.^。,^ 左衞門 尉, 敵. 味方 をば 聲 にて 知る ベ しとせ 2 へ ば. 心^ 

た. 9 とて 近付き i^/v 鹿 之 助 足 を 延べ 蹴 た. 9。 源 五郎 倒る/ -と雖 も、 頓 て 起 上 

り, 兩 人して 山 巾 を 搦収. 9、 其よ. ^彌! 用心 厳に して、 油斷 なくな; したる =j ^に、 

四 五日 有 て 又 逃 出で • 白 畫に 高さ 一 丈に 二 ffi に 構へ たる 柵 4- 飛越え、 大山 を 

束 を 指して 逃-打く。 追手. £| にて 駆く ると 雖も、 行方知れす、程なく《:^^|;れける 

に 依りて、 追手の 者 力なく 引返した 鹿 之 助 は 夫れ よ. ^ 隱岐^ へ 波.^、 膊久に 

行 合 ひ、 共に 京都 へ 上.^たりと云 乂 

盛 重 此由を 問き、 宍 lnz 口羽 汕斷 故、 大^^-の敵を取拔かした,9とて、 大に^り、頓て彼 

^5|:狀を副へて, 鹿 之 助が 飛脚 を .1 六 BS. 口羽が 陣へ 引かせ たれば、 兩人 初め 言した 

モ利 元^ 逝去 井 末 石 城、 ほおの * £七 



荡侯 111 家 誌 卷 •} •■ ' . E 八 

る 故、 今は詞 なく 面 は ゆげに 見えた, 9。 元 春 飛脚 をば 觅も角 も 計るべし と、 盛 重に 

命 せら るれば、 頸 を 刎ねても 詮なし とて, 路錢を 遣して 追放ち た,. y。 八月 廿 五日、 

元 春、 尼 子 勝 久を返 治と して、 宍 III 安藝 守 .ロ 羽 刑 部 大輔. 杉 原 播磨守 • 南條豐 後 入道 • 

三 澤三郞 左衞門 尉. 三 刀屋彈 疋左衞 門尉已 下、 七 千 餘騎を 帥 ゐて新 山へ 向 はる。 滕 

久堪 へ やして、 同 01 新 山 を 明けて 簾 岳と 云 ふ 所 へ 落ちられた, 9。 其 由吿: ^る に 依, 9 

て、 元春續 いて 押 寄せら るれば、 香賀 のか つら 島へ 船に て, 逃 行かれけ る を、 則ち 兒 

玉 大藏大 夫に 命じて 數百艘 の 兵船に て 追 は せら るれば、 そこに も得堪 へす 隱岐國 

へ 渡り、 其よ. 都へ 上られけ ると 閒 えし。 

〔頭書〕 異蒈に 云く、 勝 久新山 を 落ちて、 北 前海邊 近き 簾 岳と 云 ふ 所へ 取 登る。 吉 

川勢續 いて 押 寄れば、 勝 久又此 山 を 落ち、 香 賀の滕 浦 島へ 船に て 退く 處に、 兒玉 

大藏大 夫 兵船 數百艘 に て攻 寄せければ、 此 島に も 忍び 得す、 隱岐國 に 船に て 渡ら 

る X と 云 々。 

是ょ b 國 中の 敵 城 悉く 落 行きて、 暫 らく 無 異に 成, 9 けり。 翌年 元龜 三年 三月 廿七 



不和 



毛利三家 



n, 吉川元 春從四 位下に 可す る. H の 口宣" 同 四 =; 荡州 へ 到来す • 

一 一 一 義昭卿 信 長 快く 扱 はざる 事 

天 正 元年 將: 本家 義昭 卿、 織 W 信. おと 不和に なりて、 將 5^ は 宇治の 1^ 木の に^,.^ 

ひ、 信長是 を 攻めら る、. £ 聞 えし かば、 和睦の 事 取 捌かん とて、 2t 元よ b 林 木工 允 • 

安^寺瑰面^>-, 元森ょ^-は井下左衞!:尉,隆景ょりは^^久内威允を上せらる-處に、 

此者 共與木 落 去の 後上 著した, 5。 將 WHii^ をば:!: 长命を 肋 けられし: V ^上に て 

も 公方 人 1^ を^ かるべし と, S1 く 上意に て、 此 段の 扱と して 羽柴 X 前 守秀 

吉.: Z 乗 上人 を 其 木 島へ 遣す に f^h- て、 安^寺 も 一同に Si 越し、 扱の 上 も 甘て 承 

し:^^はゃ*斯の如くにては御一 大;^に候^, 早々 何方へ も 御 忍び 然るべき. H. 秀丄 3 

の針らひにて、河內の.;^江迄送..^ければ, 七::; 中句, ^よ b 紀 州の 方へ 越え: ^ふと 

«ni y (! s.=s〕 七ガ 4f ベ n 紀州 

0n^fi へ 送らる ゝと 云々。 ♦ 

§^ 一 說、 信:.; i 大:. 4 を^して、 取.^ 奉らん とせられし 處へ、 三 家よ h- 四 使 行 

SSW.WIJS お^く に. さる 



むけ 子^ 三 
ざ 氏 し 家 

ら^て 信 

L 助 尼 長 



藝 侯三 家 誌 卷五 _-0. 

きて、 羽柴藤 吉郞竝 に日乘 上人に 就いて: 扱の 旨 申入れ、 之に 依りて 義昭 卿の 命 

を 助けられ、 紀 州へ 送らる、 と 云々。 此說關 西 記 等に も あり • 

四 人の 使者、 羽 柴秀吉 に 付いて 三 家よりの 辭命を 述べ、 次に は 山中 鹿 之 助 上方へ 逃 

上- 9、 柴田 修理 亮に 付いて 信 長へ 目見えし. 信 長の 武力 を以 つて 零 伯 兩國を 取 返さ 

んと 望む の 由 風聞 あ- 9。#此 段 許容な き樣 にと 口上に 申しければ、 信 長、 安 國寺巳 下 

に對 面して、 毛 利 家の人々 と は 先年よ り中 通す、 向後 以 つて 水 魚の 思 ひ をな すべし 

と 言 はる。 其 後 四 使 中 國へ歸 るべき 由、 暇 を 乞 ひければ、 信 長 頓て對 面し、 毛 利 一一 一 

家に 對 して 聊も疎 意 を存せ や、 某は關 東へ 馬 を 出し、 武田. 上 杉. 北 條等を 退治す ベ 

し。 三 家の人々 は 九州へ 發 向して、 大 友. 龍 藏寺已 下 を攻隨 へらるべし。 信 長, 輝 元 

と 心 を 合せ、 天下 を太卒 たらし めん、 相 構へ て 三 家の人々 信 長と 互に 別 心なき 樣に 

.& さるべし と 云 はれて、 四 使 一 同に 歸國 しける が、 安 國寺は 宇喜多直家が 居城へ 立 

寄 備前 の 岡 山よ. 兩 川の 使 井下 兼久 に. 元^}^隆景 へ の 書翰 を 言付け て、 當時京 

都の 趣 信 長 終身の 事な ど、 委しく 書付け 、 るが、 後來 符節 を 合せた る 如くに あ, け 



信虽三 家 

に盟ふ 



る。 恵 現 は 無類の 惡^ なれ ども、 智能 も 人に 勝れたり • . 

〔頭 害〕 《方 装昭 よ. -、 此節 元; 2^ への 御 書に 云く、 

今 當^ 移 座 付而、 早々 爲,, 鱧 儀; 差,, 越!!! 名 中,:;^ 少輔, 段、 尤? せ 悅^" 殊分^屮 

諸侯輩同前之^^、 併馳走故候。 次: S 洛事、 彌! 忠勒 被,, 粗&〕 召, 攸* 委細^ 元 可, a- 

遣, 候, 

天 正 元年 十二月 義昭 

吉川駿 河 守 どのへ 

就,, 常國被 V 移, 础座; 被 ,差,, 越 同名 今 田 中 移 少輔; 御太刀 一 腰. ^光. 御お 一 1.M 

青銅 萬 匹 御 進上 介披 尤 御威悅 ir 仍被 kh 內 候、. 彌,. 御: i. 洛 之?^、 被" 

赖思 召, 候。 委細 輝 元 可, 被,, 申 越, 候 JiT 猶 得- 1=- 意, 可 &之 由, 被,, 仰 出, 候。 恐々 

謹言 

十月 二日 異木島 支 蕃頭昭 光 

謹 上 吉川 i 守 殿 g^glil:! 

雜^^ 信 《fl 快く 狭 はざる i 



侯三 家 誌 M 



,13- 



【 三 山中 立 原 信 長 を 賴む事 



* 中立 _ぬ 

l^a に 面 

謁す 



信 良 鹿 之 

助の ク賴 

^納る 



山中 鹿 之 助 幸 盛 は ^ 去々 年 元龜ニ 年、 毛 利 家の 囚 はれ を 免 がれ、 美 作へ 逃 上 .5 、其よ 

b 忍びて 上洛し、 勝久を 待つ 處に、 勝 久は新 山 を 落ちて 隱 州へ 渡り、 せ ハ後是 も 京都 

へ 上られた..^。 せ • (頃 織 田 信 長 上洛の 時、 山中 鹿 之 助. 立 原 源 太 113 〈衞相 北 〈に、 大 律へ 出 

ひ. 惟任=1向守を頼みて案3:を遂げければ、信長頓て對面せられた.^^。 兩入目 見 

えの 時、 鹿 之 助 先に 出で. 先づ 伺候の 諸士に 一 禮 して, せ • 〈後信 長の 前に 出で K 凰 を 給 ひ 

て 返 出し、 次に 源 太兵衞 すらく と 出で 盃を給 はり、 J^,! く處 にて 諸士に 一 鱧して 通 

..^たれば、信長.此兩人ょき骨柄な,.^、殊に源太兵衔立振舞勝れた&と譽められしと 

f。 ^て 山 巾に は 四十 里 鹿 毛と 云 ふ: ij;r を 給 は b 、立 に はい 只宗の 刀を與 へ らる。 

山中. 立 原 言 ひけ る は、 信-:;: -屮 M 御 發,; I に 於て は、 我々 御 道し る ベ 仕る ベ し、 然れば 

信長の武光を以って、尼子勝久に、本J出IH國を給は.^£i^かれ候樣にと望めば、信長 

仔細に 及ぶ まじ、 .W 陰 道 は 惟任 H 向 守に 先 蹄 を 言 ひ 付けた る 間、 彼が 手に 屬 して, 



忠義 を抽づ ベ しと! K はれた 

ffls 勝久尼 t5 投〕 家の 鈴蟲と 云 ふ ®? 信, -; 5t へ獻 せらる、 と 云 ふ說ぁ 

B〕 安^寺、 兩 川への 寄 翰の 中に、 信, 4 武威 を n つて、 お 時 以下に 成 勢, 妙, 大な 

. ^と雖 も、 却て 終身 危 く、 今の 如くに て は 追 付け 仰 おに^ 轉 びに 倒れられん • 羽 

柴筑前 守 事、 さ と はくの 者に:^ 趣な ど、 書き載せた..^とな.^。 

8 或說 に、 安國寺 惠趨? r 药州武 田 刑 部少輔 元繁の 末子に て、 幼. 子武, おと 云 ふ。 

出家して ii. 藏キ: と號 す。 始め 同^ 新 山に て、 一 寺の 住 侶な り。 才 1; 勝れた る 故、 

此時信<ぉへ扱の使仕.c/秀.H:I彼•か利::l發i^ど知.9給ふ故、後年備屮ー:2松に於て,秀 

吉と毛 利 家お 睦の扱 を も. 秀吉安 國+! 1- を陣 寄せ 靴 まれ、 ^睦調 ひ、 失れ よりして 

秀吉に 咫尺し、 郤束福 寺に 住して、 舉;^;仕.^たるとな.-。 慶娃五ハ牛^5-子關ケゅ〔落 

去の 時 生 捕られ、 同 十月 朔 H に 三條河 1^ にて 刎せ せらる 云々 • 燕州廣 安 M 寺 

の 住職た る 故、 安國 寺と 稱す、 今の 國泰 寺と 言 へ hv* • 

山中 立 照 i;sax*i- 頼む 事 M 



s 吉川元 春 父子 因州發 向の 事 

天 正 元年 七月、 吉川駿 河 守 元 春. 同 治 部 少輔元 長、 七 千 餘騎を 帥 ゐて雲 州 富 田 を 立 

ち, 伯 州 を 經て因 州に 著陣 し、 暫く 愛に 留まりて、 但 -isl- の 樣を窺 ひ、 彼 州へ 發向 せん 

とせら る。 是は但 馬 國山名 入道 宗仙、 尼 子 へ 與 力して、 先年 勝久出 雲へ 亂 入の 時, 奈 

佐 日本 助 を 語ら ひ、 渠が 海賊船に て 勝 久已下 を 雲 州 島根 迄 送 b しが、 今以 つて 其 志 

を 尼 子へ 通じけ るに 依って、 是を 退治の ためなり。 宗仙尼 子 一 昧に 依. 9 て、 因 州の 

守護 山 名大 藏大輔 豊國も 尼 子に 志 を 通じけ るが、 元 春の 謀略に て、 豐 國は昧 方に 屬 

した,,^。 但 馬に は 山 名宗仙 一 族、 家臣 を 紫め て 評定す と雖 も、 垣屋. 太 田 垣 を 始め、 

一 戰の義 勢に 及ばす、 異議 區々 にて 日數を 送る 處に、 同 十日 元 奢 父子 幡の篠 尾に 

著陣 し、 此 所に 逗留して 頓て但 511' へ 押入る、 の 由 聞え 有 h- ければ、 山 名宗仙 終に 降 

參し、 垣 屋駿. 河 守. 间播磨 守. 太 田 垣 軍 監等も 人質 を 出して 味方に 降, ぬ。 山 名大 藏 

大輔 は、 是ょ. ft- 先に 毛 利 家へ 隨ひ しか ども、 今度 幼少の 子に 太 田 垣 勘 七と 云 ふ 者 を 



ill- 副へ て、 人質に 出したり。 玆に 因, てま マズ老 大坪甚 兵^ 尉. 森 下 出 羽 入 造 道^. 中 

材對.^^^:b拉にa^周防守等、 哲 己が 子供 を 人 一!;? として^ 出す. ぉル 佐::: 木 助. 佐々 木 

三 郞左衞 門 も 降 を 乞 ひて、 元 寿の 手に 風し ける irra: 幡 .3: -rjl. は 単 故な く-牛 均しけ る 

5 さいち 

に 依, ^ て、 大坪 甚兵衞 尉が 私 部の 居城に、 牛尾大 藏左衞 門を附 3:^ く。 元 春. 元 1ぉ. 十 

二月の 末に 因 州 を 立ち, 明年 天 正 二 年 正月 三日、 雲 州 富 田 へ ^陣 せらる,。 

一 五 山中 鹿 之 助大坪 ffi 兵衞 尉と 相 戰ふ事 

山中 鹿 之 助 幸 盛 は、, 立 原 源 太 兵 衞尉久 綱 相 共に、 信-長の 見 參に入 b て, 彼 扶助の 言 

を 得た b しかば, 再び 雲 州 へ 亂 入す ベ しとて、 勝久を 守護し、 山中•立le^神两三郞左 

衞門. 加藤彥 四郞. 龜 井新 十郞. 吉 田三郎 左衞? :. 森 脇 市 正. 橫道源 介 權允. 進 左吉兵 

衞. 牛 尾大炊 助. 足 立 次 郞右衞 門 巳 下、 去年 十二月 徂-晦 へ 下向し, 因 州 へ 入らん としけ 

れ ども, 其 頃 吉川元 春 父子、 因 州篠見 に 在陣な る 故、 打 入る 事 を 得す、 但 州に!^. 9 居 

ける が、 年明けて 元 春 因 州 を引拂 はれた る 由 を 聞きて、 山名徂 -il?. 守を賴 みて、 因幡 

山中 鹿 之 助大坏 甚兵銜 尉と 扣戰ふ 事 £ 



翳 侯- 1: 家 誌 S 

の 國へ打 入る。 其、 州お 打從 へて、 雲 州へ 亂 入るべし と 巧みた. 9* 山 名大 藏 

大輔 豊國、 表裏 第 一 の 人なる 故 「鹿 之^が 許へ 使を以 つて • 某 事 毛 利 家に 隨ひ 人質 等 

差 出す 上 は、 唯今 貴方に M す 事 心に 任せす、 然れ ども 勝 久に對 し 全く 槻を 突く 覺悟 

. に あらす、 兵糧 等の 儀 は 所望に 隨 ふべ き 旨 言 送る に 依りて、 勝久悅 び. 北 〈より 則ち 因 

5^ へ 入 て, . 敵 城 を 落す 事 三 箇所な 是を 聞いて 尼 + 家の 浪人 愛 彼よ.? 馳集 

て、 旣に其 勢 三千 餘に成 h- ぬ。 新て 山 屮鹿之 助. 立 原 源 太 兵 衞尉等 • 大坪甚 兵衞尉 

が 私 部の 居城 を攻 むべ きと < ^議 しける 折節、 大坪は 年始の 賀詞 を 述べ んた の、 僅 fa 

騎計 りに て、 正月 三日 城 を 出で 藝 州へ 下向した. 5。 此由を 聞き、 山 巾 鹿 之 助 一 千餘 

骑 にて 駅 出で、 鳥 取の 邊雁 〈お. 山の 麓に 待 居たり • 大坪是 をば 知ら や 打 過ぐ る處 に、 

かどで 

上の 山よ. T 旗 を 差 揚げて、 遙々 藝 州へ 下向の 由 承. 0. 首 途を祝 はん 爲め. 山中 鹿 之 助 

是迄能 出た と 高聲に 呼ば は h- た. 9* 大 坪^いて、 是 迄の 出張 御 芳志の 至. ^なう • 

然れば 首途を 華々 と 一 戦し、 谷. -の首 を 給 ひて 毛 利 家への 土産に すべし と 言 ひて、 

1 }^ に 集 h> て 待ち かけた, 9。 鹿 之 助猶豫 して 敢て 懸ら ざれば、 大 坪が 百 餘人、 かさに 



控 へたる 鹿 之 助が 勢の へ 切って 懸れ ば、 敵陣 跡よ,? M ひて 引 立つ る. 鹿 之 助 

こよ^ >s 'に 返せ 艮せ と 下知 すれ ども * ひた 引に 引きけ る 問、 鹿 之 助 も 力に 及ばす、 

後の 林に 逃 入 りた..。 大坪笑 ひて 人に^ ひて、 林に 逃 入る は 鹿と 云 ふ 名に 應 じた 

b とて、^ 州へ 下 h- た.^ • 

as 入洛 已後、 至, -當 城- 雖-馳 上; 逆徒 等 及. - 1 戰 b 前 ST 彌! 天下 SI,, 本 总-訖 • 然 

ば少々 四^ 逃 籠 敵お, 之 間、 此節 皮 可-返 治ハ之 由, 對」 兀就. 輝 元-巾?^ 候 • 相北ハ 

£ 談、 戰功 肝要 爲" 1=- 差" 下 柳^-候, 委細^^.;;^門跡可;^。.^^說-攸- 0$00 

可 X 申 候 也* 

正月 十三 日 義昭御 判 

吉川駿 河 守 どのへ 

〔同〕 至,, 讚 州; 香 川 入國之 儘、 最可& 候。 彌ノ 彼.^ 之^、 可み-馳^-^ 候 • 自然 

阿 州 之お 共和 談與申 候 共、 不 - 許容-候 • 於 U 常 方-和 • 牛 之 iis. 間口 候 R 以, -其 上- 

可。 £ 、乎 候。 委 合 元 政-候。 猶 一 色式部少輔藤ぉ可^屮候也- 

山中鹿之助大坏^^兵^^尉と相戰ふ事 れ 七 



爇 侯三 家 誌 卷五 w 八 , 

八月 朔曰 義昭御 一 

吉川駿 河 守 どのへ ,一 

小 早 川 左 衞門佐 どのへ 」 

毛 利 右 馬頭 どのへ . • 

右二 通 何れの 時下され たると 云 ふ 事 分明なら す、 但し 永祿十 一 年、 義昭卿 信 長 奉, 

迎 として 美 濃に 赴き、 信 長 輔佐に 依りて、 上洛の 上、 毛 利 家へ 下された るか。 一 

一六 私 部 城 軍の 事 .丄 

山中 鹿 之 助 宿所に 歸り、 今日 味方 敗軍の 事、 諸人 皆 吾 を 嘲弄すべし。 然れば 私 部の 一 

城 へ 押 寄せ、 卽 時に 攻 落して 此恥绿 を 雪ぐ ベ しとて、 同 正月 五日 • 山中 鹿 之 助. 立 I 

源 太 兵 衞尉等 、雲. 伯の 諸 浪人 一 千 餘を從 へて 先陣に 進み、 二 陣は武 田 源三郎 五百餘 j 

騎、 其 次 日 野五郞 三百 餘騎、 各,. 私 部の 城へ 押 寄せた, 9。 當城 甲の 丸に は、 牛 尾 大蔵: 

左衞門 籠居、 三の 曲 輪に 大 坪が 家の 子姬路 玄蕃允 居た るが、 敵 門外 迄 詰 寄せた るに 一 

依,.^て、玄蕃允ニ百餘人にて門を開き、 稠 しく 突出 づれ ば、 寄 手の 先陣 丄 一陣 一 度に 



引退く. 三 降 受^よ..^ て戰ふ 間に、 先に 引きた る 一陣 .ー 一陣 も収. 》 て 返して 迫 合へ 

ば、姬路小|^な-.^故終に押立てられ、門內へ引返く。 鹿 之 助 透 問 なく 攻 入.^ ける 間、 

姬路 一 二の 城 戶を攻 破られて、 本 城へ 引 籠る • 寄 將に乘 じて 甲の 丸へ 乘 入らん 

とする 處に、 牛 尾大藏 左衞門 尉、 弓. 鐵炮を 揃へ て頻 に 射出し 打 立 つれば, 手 負. 死 

人^の 問に 數 Kn 人に 及べり。 鹿 之 助 當城乘 取 b 難しと や ひけん, 今 =: は 先づ引 

返いて、 重ねて 押 寄すべし とて 靜 に引拂 へば、 牛 尾 • 姬路も 城 を 落されざる を 勝に 

し て、 引く 敵の 後 をば 附 送らす。 

一七 大坪甚 兵衞尉 武田龜 升と 相 戰ふ事 

同年 三月 十日、 武田源 三郞. 龜 井新 十郎七 百餘騎 にて、 鹿 野の 城 を 出で、 小 松原の あり 

ける に陣を 張りて、 邊. の 民家 を 放火 せんとす る 折節. 大坪甚 兵 衞尉藷 州よ. 歸. o, 

人- i?. を 休め、 其 後 鹿 野邊へ 働くべき とて、 三百 餘^ にて 打 出で ける が、 武 田. 龜 井に 

不 岡む 逢 ひたり。 大坪 敬陣を 見る に、 多勢に て 而も 山上に 陣取れば. 甚兵衞 山 下の 

部.^? の 事 大坏甚 あ 15* 尉武 翁 やと 相 戦 ふ 事 1^九 



一 侯- 1. 家 誌 卷五 六 ひ 

田 中に 備 へて * 半時 計- 5 は 敵の 樣體を 窺 ひ 居た. *>。 武 a. 龜井 多勢 なれ ども. 大坪が 

武名 兼ねて 知りた る 事なる 故、 戰を愼 しみて 敢て 懲らす。 然るに 大坪堪 へ 兼ねて、 

姬路. ^蕃允 を 先に 立て、 鬨を 作. 9 て 切って か /- る。 武 田が 二百 五十 騎 山の 半 腹に 

おろ 

下し 合 はせ、 差 詰め 引 詰め 射る と雖 も、 大抨 事と もせ ゃ攻付 くれば、 敵の 後に 控へ 

たる 勢 共、 捨鞭を 打って 逃 退く 間、 武田. 龜齐も 力なく 引退き た 大坪鹿 野の 麓 迄 

敵を追詰め、數人討取,.>て歸,《^た,9* 

一八 山 名 豐國尼 子に 與 する 事 

同年 九月 廿 二日, 山中 鹿 之 助. 立 原 源 太兵衞 尉. 牛 尾大炊 助. 森 脇 市 正. 横道 源 介. 同權 

允. 足 立 次 郞右衞 門. 同 治 兵 衞已下 二 千 五 百 餘騎、 因 州 鳥収の 城へ 押 寄せ、 先陣 天 王の 

尾迄攻 登りたり。 當城は 山名豐 W が 抱への 城に して、 毛, 利 入道 淨 意と 云 ふ 者 籠居た 

るが、城中ょh^弓.鐵炮を頻,,^に射かけ、敵の足竝漂ふ處を、诚兵三百餘人i:を開ぃて 

突出 づれ ば、 先陣 忽ち 突立 てられて 引返き お- 9。 其 後 寄 手 仕 寄 を 丈夫に 拚へ、 勢樓 



い ffi 大 

にて 主 

ふ 利 背 兵 



を 組 上げて 攻めけ る 程に、:^ 中 防ぎ^ ねて 終に 城 を 明 渡しければ、 勝久: g て 入 特ら 

る • か、 れば iw 久の 勢^に. 成りて、 因 州 半ば過ぎて 尼 子に 隨 ひた. 山 名大 藏 K 輔 

、鹿 之 助へ 使 を 立て 言 送 b ける は、 鳥 取の 城 は 某が 端^に て 候 口, 返し 給 はる 

べし. 然 らば 毛 利 家 一.^ の 約を飜 して 勝 久に與 し* 伯 州へ 出-,^ あらば 加勢 を 出す 

べし • 若し 此 承引な きに 於て は、 力なく 敵對 し、 山名宗 仙と 言 ひ A" せて、 一 戰す ベ 

一 

しと言ひ入れた..^. 豐國は 山名宗 仙が 壻 なれば、 豊國 家に 栃を 突かば、 宗仙 とも 

矛盾に 及ぶべし • 彼等と 中? ひて は,^ 國 におらん 叶 ひ^かる べしと、 鹿 之助已 

下-ば 識 して • 甲の 丸 をば 豐 國へ 返し、 勝久を 始め 鹿 之 助已下 は、 二の „g 輪に 窄み居 

たり。 豊國が 臣大坪 其 兵衞尉 は、 山 名 一 旦毛利 家へ 風し、 今 又 尼 子 一 味の 事 侍の 本 

怠なら す、 表 の 働 た 非魏な りと、 强 ひて 1^ むる と雖 も、 !>• ^承引なければ、 大坪 

五:: は 毛 利 家との 約 を變ゃ る^$.成難し* 又 家 城 に 居て i> :國 へ 弓 を 引く おは- WW つ て 

木意ならすとて、牛尾大藏左_ai:に此趣を屮し^.^、 相サ: ハに城 を E- けて、 ゃ:^^-は家 

诚雲州 高 手 へ 歸. >、 大坪 は荡州 へ 退きたり。 山 名大に 怒り て、 大坪が 子 二人 を 人 

山 名 smlia 子に 與すス 事 M 



山 名 vtf 

Eii 子に eK 

す 



城, ^Jsj 

す 



として 取り 置かれお る を、 後 來の見 懲らしの 爲め とて、 鳥 取の 山 下に 機 物に かけら. 

I 九 若 佐 合 戰附諸 寄 軍の 事 

、 

天 正 三年 二月 五日、 山中 鹿 之 助 當國若 佐の 城を攻 むべ しとて、 鳥 取の 城 を 33 で 暫く 

陣を居 ゑけ る處 に、 方角 諸 寄の 城主 草 刈加賀 守が 嫡子 三 郞左衞 門 尉、 一 千餘騎 にて 

逆寄せに押寄せた,.^。 尼 子方 先陣 は、 龜 井新 十郞. 武田源 三 郞八百 餘騎、 ニ陣は 山中 

鹿 之 助. 立 原 源 太 兵 衞尉已 下 三百 餘騎 な, 9。 先陣の 龜井. 武田 勝利な く 引退けば、 山 

中. 立 原 渡 合 ひ 暫く 戰ふ。 此陣も 草 刈 聊か 勝 色なる 處に、 橫道權 之 允, 眛方 一足 も 引 

退く ベ から やと 言 ひて 槍 を 取 b 、草 刈が 家人、 美 作の 住人 高 村 某と 云 ふ 槍 道 を 手の 

下に 突 伏せて 首 を 取, 9 ければ、 尼 子 勢 是にカ を 得て、 一 度に 突懸る 間, 草 刈が 勢 突立- 

てられ、 四 五町 計 引きけ るが, 頓て又 取って返し、 備を 堅く して 控 へたれば、 尼 チ 

勢 敵の 備 尋常なら す 思 ひける か、 續 いても 懸ら す、 く對陣 して、 其 後 相 引に 打 人 



鹿 之助& 

取お 城 



た 其 後山 中 鹿 之 助 五な^ 骑を 率ゐて * 諸 寄の 民家 を 放火し, 引退かん とすろ 

處を 、陰山. 资部等 八 :,= 餘骑 にて 打 出た b。 是を W いて 山 口 左 -ii^ 允 七 -^;=餘||:、\^ 利 入 

道淨怠 四百 餘騎、 後の 山に 陣取, 9 ければ、 鹿 之 助 籠 中の c:^ の 如くに して、 逃る ベ き 方 

なし。 然れ ども 山中 少しも 膛 せす、 後の 敵に は 目 も 懸けす して、 陰山 已 下に 斬って 

懸かる。 今 曰の 合 戰は唯 勝負 を 思 はす、 我人 衆に 先立ちて、 一 太刀 も 敵に 打述 へて 

討死す ベ きと 思 入 h- て、 死 を 1 途に 窮めて 戰は .5.. 運 を 開く ベ しと 味方に 下知し 進 

みたれば、 陰山 等 渡 合ひ戰 ふと 雖も、 終に 叶 はや 散々 に 成りて 引返けば、 毛 利.. H 口 

が 勢 も 一 支 も 支へ す 逃 退きた. y。 鹿 之 助 十 死 一 生 を 逃れて 歒數人 討 取り、 鳥 取へ 



子勝久 

伯 州に 入 

らんと す 



二 尼 子 勝 久鳥取 城 返 去の 事 

尼 子勝久 は、 大坪甚兵衞私部の城を-!^^-しょ-^後は,因幡の國中に恐るべ き敏 なく • 

然 らば 伯 州 へ 打 越 ゆべ しとて、 山 名 豊國に 加勢 を 請 は るれば、 豊國 則ち 額 {A- す。 斯 

若 佐 合戦:^ お ijsja!. の ^=5- 尼>1,-將久ぉ^^城;^|-去の&- g 



元參, 5 勢 

の 風聞に 

r* リズ 止 

む 



元 春の 

士 祌山 

す 



山 名蹵^ 

再び 毛 利 

に 降参.^ 



豁 侯三 家 誌 卷 i :ノ , 六 B 

て 大坪甚兵衞縣州 へ 下,^^ て、 西州 に て の樣子委細 に 語.9ければ、 吉川元春父子因^ 

へ 出張の 聞え 有る に 依 b て、 勝久伯 i 發, :!: の 事 をば 閤き、 當 城に 籠. y てゃ戰 ふべき、 

國 境へ 打 出で て や 防ぐべき と、 < ^議未 だ 決定せ す。 吉川元 泰は頓 て 西 州 表發 向す 

べきと て、 先づ南 條豊後 入道 宗勝. 杉原播 磨 守 盛 m:. 山 田 出 雲 守 重 直 等に、 因 州 荒神 

山の 城 を 切 取る ベ き 旨 下知せられ、 各,. 出張して 卽 乘 崩し. 城兵 山 崎 十兵衞 を、 山 

田 出 雲 守が 嫡子 山 田 藏人討 取 b たり。 山 名大 藏大輔 豐國, 毛 利 家と 矛盾に 及ばん 

事 叶 ふま じと 思 はれければ、 森 下 出 羽 入道 • 中 村對 -ijl 守已 下の 家臣 を めて、 相談せ 

られ ければ, 何れも 大坪甚 兵衞が 再三の 諫言 も此 事な り、 速に 元泰へ 使を馳 せて 元 

の 如く 味方に 屬す ベ き 由 申さ る ベ し。 然 hvi 雖も、 其の 驗 なくて は 如何なる 間、 勝 

久已下 當城を 追 出して、 是を 一 面目に 毛 利 家へ 歸服 有る べき 旨 諫めければ、 豊國是 • 

に從 ひ, 則ち 元 春 へ 使を以 つ て、 尼 子勝久 事、 某 抱 へ の 鳥 取の 城 を 攻め 落し、 Mf 

候に 付いて, 彼の 城 を 取.^ 返すべき 爲め、 一 旦 彼と 和睦せ しむと 雖も、 全く 毛 利 家 

へ 逆心 を存 せす、 自今 巳 後 は、 何れ にても 一 人 某に 附 置かれ 候 樣 にと 言 ひ 送りた. 



元者閉かれて、璺3§:が,^^$を許して、頓て牛尾大藏左^^門を鳥取へ附©かる。 山 名 

頓て勝 久に對 し、 敵の 色 を 立てけ る 間、 膊 扉び に 鹿 之助已 下、 3;;^ を忿 ると 雕 

もす ベ き樣 な,、、 鳥 取の 城 を 去って、 勝久は 山屮. 立 原. 神 西. 加 藤^ 相 共に、 同 圃ぉ佐 

の 鬼の 城へ 移. -、 又: 部の 城 を- ひ、 鹿 之 助が 增^ 井新 十郞 に、 ^^0^,^i0 

介 •:! 權允. 森 脇 市 正. 牛 i5< 炊 助 • 進左告 兵衞 -IT ト、 一 千 五 百 餘騎相 添へ て 能お かれ 

た.^。 然る 處に草 刈 三 郞左衞 門 .:1?^ 太 郞左衞 門、 毛 利 家 へ 志の 者なる 故、 お 佐 表 へ 

打 出で, 度々. W 戦 ひ 勝 负= 々に 2^.9 ぬ。 鹿 之 助 も 亦 草 刈が 端 城、 一:?!! お 山の 城へ 折 

折 働きけ るが、 草 刈 太郞左 衞門眞 先に 進みて 下知し、 度々 敗 を 挫ぎ、 11^^^|市允を光 

として、 多くの 敵 を 討 捕, 9 たり。 鹿 之 助 如何にもして、 太 郞左衞 門 を^ 収る ベ き! t、 

軍士に 下知す と 雖.^ 、 草 刈せ つて 討た る、 事な し。 

ニー 山中 牛 尾 合戦の 事 



山 名大 藏大帧 1^„:^ が諝に 任せ てぶ:! I 川 元 春 • 牛:: 一 太 n 左 衞門を 因 州 へ 差逍 す。 牛 足 一 一 

中 牛尾ィ 1^;: 事 



;|ー侯三家^1 卷五 

ナ:《餘騎にて鳥取の山下に到..^、在家に止宿して居たる處に、山中鹿之助此の由を聞 

き、 牛 尾 域 へ. 入らざる 先に 夜;. M にすべし と 謀, 9 て、 兵 を 選びて 五 kn 餘人、 同 三年 五 

月 七日の 夜半に、 牛 尾が 旅 宿へ 押 寄せ 閧を作 、足輕 五十 餘 人に 手 每に續 松 を 持た 

せて、門外ょ,.^切入らんとす。 牛 尾 其 儘 槍 を 提げて 突出 づれ ば、 仁 田 又 兵衞. 金 尾 藤 

三 以下 三十 餘人、 相續 いで 門外へ 突いて 出づ。 敵 續松を 灯す と雖 も、 門 內は晴 けれ 

ば、 牛 尾 間近く 寄 b て、 側よ b 俄に 喚き 懸れ ば、 寄 手 一 度に 咄と 引きて 足 を 立 兼ね 

たり。 鹿 之 助 後陣よ, 9 廻りて、 牛 尾が 跡よ b 討って 憑る。 殊に 閽 にて 何 處に敵 

有りと も 見えざる. 問、 鹿 之 助 邊^> の 在家に 火を掛 くる。 牛 ni?;< の 光に て 見る に、 敵 

大勢に て 所々 に 群 b 控 へたれば、 牛 尾 今夜 必死と 思 ひ 定めて、 とて 〔;^ 脱〕 死なん 命、 

鹿 之 助に 逢 ひて 討死す ベ きと 心掛けて、 勢の 黑 みたる 所 を 見て、 無二に 突いて 懸る。 

敵 多勢な b と雖 も、 散々 に 切 立てられ 逃げ 返く。 鹿 之 助 も 力なく 引返き ける が、. M 

方に 引 兼ねた る 者 や 有る ベ しと 思 ひ、 四 五町 計い よ 又 取って返し、 栩 圆の篝 を燒 

きければ、 所々 の 木 _ ^敷 涼な どに 隱れ 居た る 者 ども、 皆 一所に 集まれば、 鹿 之 助此』 



の势を 散らさ や、 靜 かに 若 佐の 城へ 引返したり • 山 巾 域に tih- て • 常國の 弱敵に 惯 

うて, ft け まじき 夜? S を让损 じた.^。 牛足が^-は聞きしょり勝..^ たりと^ じけ る. 

今度 鹿 之 助お 國へ 入.. M しょ b 、城 十三 筒所攻 落し たれば、 人 ゆ:: 鬼神の 如く 思 ひける 

に、. 牛 尾錢の 勢に て 切 勝ち たれば、 牛 は 鹿に 勝りた. y とて、 又大藏 を稱^ した. 9。 

ニニ 公方 義昭公 ffi 後 國辆御 下向の 事 

公方 義昭公 は、 紀州 に 落魄れ て 御^しけ るが、 其處 にて は 御本^.^!^ げ 難く 思 

召して、 一 色 式部 大輔. 武田刑 部 少輔. 魬河肥 後 守な ど 御供に て、 天 正 三年 1 一::: 竊に宫 

崎よ b 御船に 召され、 播州 明 石の 浦へ 溝ぎ 著き、 宇容多 和, M 守が 方へ、 毛 利 •:!:„ ^を 粉 

み、 是迄御 下向の. a 仰せ 遣 さると 雖も、 宇 喜 多 祸 仰せ ざれば、 暫 しの 御逗衍 もな く, 

其れょ.^*細後國辆の浦に著きて、 毛利三家 へ 上野大和守.小林は部少輔を以 つ て、此 

內ょ 下向して 扶助 を受 くべ き 旨 度々. &逍 すと 雖も、 織 田 信畏、 毛 利 家 へ 懇切の 樣に 

.5. 通す るに 依. = ^て、 其 储思盧 を 加 ふる 由 il 召されぬ。 然,^と雖も、信-:^内^„::^毛利家 

公方お 昭公 s^ei^ 顿御 下向の 事 山; セ 



藝 侯三 家 誌 卷五 

百餘騎にて鳥取の山下に到..^、在家に止宿して居たる處に、山中鹿之助此の由を聞 

き、 牛 尾!^ へ入らざる先に¥ー2にすべしと謀.=^、 兵 を 選びて 五ぼ餘 人、 同 三年 五 

月 七 H の 夜半に、 牛 尾が 旅 宿へ 押 寄せ 鬨を作 、足輕 五十 餘 人に 手 毎に 續松を 持た 

せて、 門外よ,^ 切入らん とす。 牛 尾 其 儘 槍 を 提げて 突出 づれ ば、 仁 田 又 兵衞. 金 尾 藤 

三 以下 三十 餘人、 相續 いで 門外へ 突いて 出づ。 敵 續松を 灯す と雖 も、 門 內は晴 けれ 

ば、 牛 尾 間近く 寄,. y て、 側より 俄に 喚き 懸れ ば、 寄 手 一 度に 咄と 引きて 足 を 立 兼ね 

た. r>。 鹿之助後陣ょ,.^廻.oて、 牛尾が跡ょ,9討って憑る。 殊に 閽 1^ にて 何 處に敵 

有h^とも見ぇざる.gi、鹿之助邊りの在家に火を掛くる。 牛 ni. メ X の 光に て 見る に、 敵 

大勢に て 所々 に 群 控 へたれば、 牛 尾 今夜 必死と 思 ひ 定めて、 とて 脫〕 死なん 命、 

鹿 之 助に 逢 ひて 討死す ベ きと 心掛けて、 勢の 黑 みたる 所 を H 儿て、 無二に 突いて 懸る。 

敵 多勢な b と雖 も、 散々 に 切 立てられ 逃げ 返く。 鹿 之 助 も 力なく 引返き ける が、. M 

方に 引 兼ねた る 者 や 有る べしと 思 ひ、 四五町計,s^ょ,^又取って返し、相圆の篝を燒 

きければ、 所々 の 木瞎蒸 1^ などに 隱れ 居た る 者 ども、 皆 一所に 集まれば、 鹿 之助此 



ひ を 散らさす、 靜 かに 若 佐の 城へ 引返した-^ • 山中 域に: s..^ て * の Fs^ に惯 

うて, れけ まじき 夜? S を 仕 53 じた h-" 牛足が?5-は閒きしょ..^勝" たりと^ じけ る • 

今度 鹿 之 助お 國へ 入, 9 てよ.^、 城 十三^ 所攻 落し たれば、 人 ^鬼神の 如く 思 ひける 

に: 牛 尾 線の 勢に て 切 勝ち たれば、 牛 は 鹿に 勝.^ た とて 、又 火 威を稱 おした h^- 

ニニ 公方 賴昭公 備後闽 W 御 下向の 事 

公方 義昭公 は、 紀州 か; 6 に 落魄れ て 御^しけ るが、 其處にては御木^^-^!^げ難く思 

召して、 一 色 式部 大輔. 武田刑 部 少輔. 鈑河肥 後 守な ど 御供に て、 天 正 三年 二 竊に宮 

崎よ.? 御船に 召され、 播州 明 石の 浦へ 溝ぎ 著き、 宇喜多 和. M 守が 方へ、 毛 利 .:^4 を 粉 

み、 是迄御 下向の. S 仰せ 遣 さると 雖も、 宇喜多^ 仰せ ざれば、 i« しの 御 返 切 もな く, 

せハれょ..^*細後國辆の浦に著きて、毛利三家へ上野大和守.小林戊部少輔を以って、此 

內ょ 下向して 扶助 を受 くべ き 旨 度々. e. 遣す と雖 も、 織 田 信-: r 毛 利 家 へ 懇切の^^に 

申 通す るに 依りて、 其 储思盧 を 加 ふる 由 問 召されぬ。 然,^ と雖 も、 信畏內 t:;^ 毛 利 家 

公方な 昭公 ひ 付 K 顿^ 下向の 事 六 七 



に對 し、 表裏 有る 事 其隱れ なき 間、 先 づ當國 に 下向したり。 一 

〔頭書〕 度々 下向 之 事 雖,, 申 遣; 織 田 依,, 相談-加,, 思慮, 之 由 被,, 聞 召, 訖。 然者信 長 對,, 

輝 元, 逆 意 無,, 其隱, 條、 先 至,, 當國, 相 越 候。 委細 申,, 合 上野 大和 守. 小 林 民 部 少輔, 遣 一 

, 之 候。 此度 加,, 意見, 馳走 可, 爲,, 神妙, 候 也。 一 

二月 八日 義昭御 判 

吉川駿 河 守 殿 • 

吉川. 小 早 川、 輝 元へ 異見 を 加へ て、 義昭を 馳走せば、 祝 著た るべき 由 仰 下さる • 之 „ 

に 依, 5 て 輝 元. 元 春. 隆景 評議 せらる、 は、 將軍 家に 於て、 さし も 忠節 を 致せし 信 長: 

とさへ、 不和に 成. 9 給 ふなれば、 扶持し 置きても 當 家に 於て 益な しと 雖も、 公方の- 

御 頼と 有れば 一 先づ 承引す る處 * 義 の當然 な, 5 とて、 頓て 許容の 返事 せられた. o。 : 

是 則ち 毛 利 家と 信 長と 矛盾に 及ぶ の 基本な.^。 一 

二三 吉川小 早 川 因 州發向 W 私 部 麓 合 戰の事 一 



尼 子 左 銜門尉 源 勝久、 ra 州 を 幼^ へ、 伯 圃へ打 人るべき の えけ るに 依りて、 

三 家 E 州 吉 川^. €..1 兀 同 治^ 少輔 元..^ 乂次^ 経 や ,-. 小 早 川ん^ 門^^ 、脒久 を?^. I 治と 

へ § マ 

して、 天 正 三年 八 R: 上句 因 州へ 赴かる * 元 春に 從ふ 面々 は、 熊 谷 伊 5 守 信お. 摘 千 兵 

庫 介 隆^ • 天 野 紀伊守 降 m-. 山 內新左 衞門尉 降 通. 杉1^播"^-守盛赏. 術條 S 後 入道 宗 

勝. 同 婊子伯 考-守 元 次. 小鴨 左衞門 尉元 i^.^. 益 ra 趙中守 藤 包. 同婊 子右衞 門 佐 元 祥* 佐 

波 越後 守 廣忠士 一澤 三 郞左衞 門 尉 爲淸. 同 攝淨守 爲虎. 三 刀 屋彈正 左 衞門尉 久扶. セハ^ 

五 郞兵衞 尉 正 係. 羽根 彈正 少弼、 其の 外^ 田 福 瀬. 福 3. 牛 厚吉 田. 周 布. 都 治. 久 

利. 间本. 山 田.,^ 川. 飯 田 以下 一 萬 七 千 餘騎、 後^^降せ^には、 三吉 式部 少輔 • 同 新兵 銜 

尉. 同 三 郞左衞 門 尉. 久代 修理 亮俊 盛. 高野山 久意 入道 子息 五 郞兵衞 尉. 木 梨 治 部大補 

元經 .16. 賀太郎 左衞門 尉. 小 笠 原少輔 七郞. 同彈 正少弼 ,有 地 美 作 守 • 同 左 近 大夫. 古志 

淸左衞 門 尉 ニニ 村紀伊 守. 伊勢. 細 川已下 ニ萬餘 騎扣從 うて、 兩勢 合せて 三 i« 七千餘 

山., -WR 騎、 矢 走に 著陣 す。 山 名斷ー 1- 國是を 開きて、 牛 尾大 藏左衞 門に 向 ひて、 某 一 fM^ 

I と戰 はざる 事, 勇な きに 似た.. 元 寿. 隆景を 待ち設け のおめ、 私 部邊へ Itta すべ 

士:; 川 小 早 川 WW. 附; 5- 部 雜合戰 の 事 力れ 



藝侯三宋^|§ s . £ . 

しと 言 ひければ、 牛 尾 同意して、 同廿 二日 一 千 五 百餘騎 を率ゐ て、 私 部の 山 下へ 押 

寄せ、 在家 を 放火し、 所々 の 柵の 木 を 切 破れば、 城 中よ b 進 左 吉兵衞 尉 已下千 人 計 

り. 鐵炮を 提出し 散々 に 打つ。 山 名が 手の者 鹽 冶. 佐 々木. 山 口. 淼八百 餘騎渡 合 ひ, 

足輕を かけ 暫く 矢 軍す る處 に、 城兵 左の 山の 极を押 廻して 懸, 9 來れ ば、 山 名が 勢忽 

ち 突立 てられて, 八 百繩手 へ 我先にと 引退き たり。 牛 尾 大藏左 衞門是 を 見て、 手勢 

二百 餘騎 無二に 切って 懸れ ば、 敵 大勢 なれ ども 道 狹き繩 手 故、 一 同に 懸る事 能 は ざ 

れば、 終に 突き崩され、 二三 町 計.^ 引退き た, 9。 牛 尾 源 次郞 手勢 二十 人 計- 9 にて、 引 

く 敵 を追駔 けしが、 深 入して 手 を 負 ひ、 旣に 危き處 に、 是を救 はんとて 大 藏左衞 門 

二百 餘騎 一 手に 成. 9 て 突いて か-る。 然れ ども 敵 大勢なる 故、 牛 尾が 勢 突立 てら 

れ 引退き、 大藏左 衞門は 敵 二人と 戰ひ, 終に 後の 岸へ 突き詰められ、 口〕 に 討た るべ 

く 見えし 處に、 家人 金 尾 藤 三. 大藏左 衞門を 尋ねて 廻りけ るが、 是を 見付け 一 人の 敵 

を? S 取 b ければ、 今 一 人 をば 大藏左 衞門切 伏せた h.。 

二 頭書〕 一 說. 牛 尾 源 次 郎も此 時 討死す 云々。 



私 

n 部 
欢 

m 城 



二 四 私 部 城 a 落の 事 

同年 月 二!;:、 吉川. 小 早 川 因 州 鳥 取の 城下に 著陣 せら るれば、 出 名 火 成大輔 ひ"^、 

二 千餘ん を帥ゐ て出迎 へ. 千 谷 河に 船^ を 架けて、 勢 を 渡した.^ • 同 三 = よ.^ 總 

勢; 5? 部 の 城 を収圔 み、 仕 寄お 付 寄せ く, 勢 樓を組 んで 攻め 近付きた.^ • 敵お し让 

寄へ 切って 出づ る 事 も 有る 可し とて、 勢 を 差 向けて 請 手と せられけ る。 士" 川 又次郎 

經言 • 常 年 十五 歳なる が、 仕 寄 張番の 所へ 度々 出で、 あはれ 敏 討って 出よ かし、 某 も 

一 太刀打ち 違へ てん もの をと 言 はれければ、 乳母 人の 小 坂 越 巾 守、 自身の 太刀 打 を 

好む は 小男と 言 ひて、 大將 のす る 處に非 やと 制しければ、 經さ n 當 家に 於て は 元^つ 兀 

長 はさ も 有るべし、 我 は 庶子に 生れて 手勢 骑と 持た ざれば、 只今に 於て は 諸卒に 

等し • 敵 紛れに 討出づ る 事お る 可し と 言 ひて、 夜毎に 彼の 所に W られ た. 9。 然る 處 

に 同 七日 の^^、?1紛れ に、 诚兵牛 尾大炊 助已下 三百 餘人、 吉川 3^ の 仕 寄 へ 切 つ て 出で 

ん とする 由- 何者か 聞 出し けん、 仕 寄番の 者共以 つての 外に 騒ぎけ る處 に、 吉川經 一一- 3 



森 脇 市 正 

1 や M 雜: 



藝侯 一一 一家 誌 卷ー. さ 

中間に 持たせた る 槍 を 取って、 手勢 五十 餘人 を從 へて 待 懸けら る。 是に 依..^ て 仕 

寄 番の者 共 も、 敵 出でば 渡 合せん と 勇み 進め, 9。 期くて 牛尾已 下城 門 を 開きて: fS 

出づれ ば、 寄 手 も 待 受けて 相戰 ふ。 然る 處に 吉川經 言名乘 h- かけて 勇み 進み、 顆し 

く 突いて 懸られ ける が、 城兵 忽も駔 立てられて、 城 6- の 内に 引退き た, 5。 

〔頭書〕 或る 說、 此時吉 川 家人 新 見 助 右衞門 討死す と 云ふ說 あり。 

寄 手、 所 は 無案內 なり、 殊に 闇夜 なれば 跡を附 くる 事 能 はや、 本の 陣へ打 入, 9 たり • 

斯くて 寄手晝 夜の 界 なく 攻め 近付き, 尾 頭のから 堀 一 つ を 隔て、 弓. 鐵炮 にて 迫 合 ふ 

ひめがき ► 

程に、 城 中 はや 防ぎ 兼ねて 見えし。 斯る處 に 同 九日、 森 脇 市 正:^ の 女墻の 上に 出で 

寄 手へ 物申さん と 云 ふ。 す はや 城 中よ,.^ 降 參を請 ふなる ベ しとて、 弓. 鐵炮を 止めて 

閉 けば、 此 山の 紅葉 常 は 見る 人なくて 打 過ぎ 候に、 今 折 を 得て 人々 の 詠覽に 入る 事、 

ふ ビ ねむ rv-»^ し / . . 

山の 面目なり、 風與 存じ 寄. y 候 間、 長 陣の眠 醒に閡 召さる ベ しと: B ひて 

山 はは やかつ 色 見す る 時雨 哉 

高 聲に吟 じたり。 元寿邊 b を 見廻 はさる に、 香 川 兵 部 大輔春 II 側近く 居た る 



と 



今 田 tt*3 



に、 早,、 附句 仕る ベ き 旨 言 はるれば、 兵部大 铺、 • 

あきの あらしに 落つ る 朝つ ゆ 

と附 け、 夫よ b か はる < ^表 八 句迄附 終って、 色 代して 城內 陣中へ 打 入 b た .9. 

〔ぬ 宵〕 此^ 元 春の 前に, 口羽 左^ 門 尉 其の 外滕々 居た るが. 此脇21.^^に成り兼 

ね- ぉ刻拔 けたる 間、 兵 部に 成る ベ くば、 何 にても 附け よと 命 せらる • 

其 後 橫道權 允 描の 表に 出で、 詞, 職 ひしけ る處 に、 今 田巾務 少輔 經忠、 业 = 通の 者 四 五 

人して 漸く 張る 程の 弓に 、三尺お 餘の大 矢を番 ひ、 此矢 一 つ 受けて、 弓 5£ の 程 試みら 

る べしと 言へば、 様 允 曾て 存じ 寄らす、 詮なき所にて敵の矢受くる&^!な,0 4§パ風にて 

はなしと 言 ひて、 循の 蔭に 隱れ た.. >。 今 E 蓬き 敵 哉と 首 ひて、 洌 の矢収 つて 番ひ、 よ 

つ 引いて 放つ。 其の 矢橫逍 が隱れ たる 循の表 を^ 洞して • 矢尻三寸計..^i^.:;Iに射 

出した. o。 其の 時^ 道循の 外に 立 出で て、 あら 大便の 弓 哉" 五!: 等が 受けざる も埋 

な. 9 と 言へば-敵 も 味方 も 尤是は 道理な とて, 一度に咄と笑ひた,.^。 其の後 仕 寄 

を 付け、 ひた 攻に& めけ る 間、 城 中 防 力 ^ ^きて、 龜 井新 十郞已 下: S 明 渡すべき とお 



;5^^12城;^落の事 



さ 1 



«侯三家^1 卷五 ぶ ; 

言す。 川. 小 早 川, 其の 請 を 許さ るれば、 龜井. 山 名 返 散したり。 森 脇 市 正. 橫道源 介. 一 

同 權允. 牛 尾 大炊助 等 は、 尼 子の 弓箭 是 迄な, とや 思 ひけん. 降 人に 出で • 杉. 似 播磨ー 

守 を 頼み 居た るが、 後 は 何れも 吉川 へ 出で 仕へ しなり。 , 一 

• -ノ 

二 五 勝 久若佐 城 を 落つ 井 同 國宫吉 城 明 返の 事 " 

私 部 城 明 渡して、 森 脇. 橫道 も降參 したる 由、 若 佐の 城へ 問えければ、 尼 子勝久 驚い 一 

て、 當城を も 守 b 得難し. 但馬 へ や 引取る ベ き、 京都 へ や 上る と!?^ j 議 せらる 、處 に、 一 

吉川元 春よ 5 杉 原 播磨守 盛 重に 香 川 兵 部 大輔. 小 坂 越 中 守 を撿 使と して 差 添へ、 三! 

千餘騎 同月 若 佐の 城へ 差 向けら る、 處 に、 方角の 國士草 刈 三 郞左衞 門. 同太郎 左衞. 一 

門千餘騎にて相加は,.^、某方5||なれば. 先陣す べしと 言 ひて、 一番に 切 岸へ 付く。 一 

城よ,^ も 打 出で 互に 手 負. 死人 を乘 越え 攻め 戰ふ處 に、 杉 原; に 香 川. 小 坂 突いて 歷ー 

れ ば. 敵城內 へ 引返き た &。 其の後 仕 寄 を 付けて 攻め ん としたる 處に、 山中 鹿 之 助, 一 

今 杉 原に 對 して 城 を 落つ る 事 口惜しと 雖も, 後陣 續 いて 取 卷き なば、 遁る ベ き 方な j 



く、 擒と 成る 可し とて、 勝 久を作 ひ、 山中. 立^,;: J 下 夜に 紛れて 域 を 出で, ffllliiir お 指 

して 忍び 落ちぬ。 又 杉^. 香 川. 小 坂 は、 其れよ, 9 田 公 新 右 _B 門 .:1 新 介が, お 城. 

宮吉 へ 押 寄せた る に、 田 公 父子 は 早速 落 失せ て、^ 居た る 者 身命 を 松て 防戰 し、 四 五 

十 人の 者 悉く?^ 死した,.^。 寄 手 田 公が 跡 を 慕うて 追^け たれば、 郞翁共 に 彼に 

て 返 合せ、 討死せ し 問に 田 公に 落ち延びて、 命 を 助か. 9 たり。 此:: : 寄 手へ 討 取る 首 

數 七十 餘、 香 川が 家人 三 宅 源 允 城へ 一番に 乘 入り、 1^ 頸 を 取る • Eぶょ.^囚州の敵. 

盡く返散して靜謐すれば、若佐の城に牛I!i^^K藏左衞門を入sき、 元^ 父子. ^^:: ズ 九 

月廿五 = 因 州 表 を引拂 ひ, S 州 平 m 迄 打 入...^、 隆景 は是ょ bEf 速 勢 州へ 班 軍 せら 

る • 



I 六 攝州大 坂 城へ 兵糧 を 入る \ 事 



攝州大 坂- C 山の 本願 寺顯 如上 人と 織 出 信 長 不和に 成りて、 矛盾に 及び、 上人 石山に 

诚郭を 構へ 循: おり、 紀 1^. 越" T ,の 宗門 を 箱 まれければ. 多く 石 巾に 入 J 犯る。 甘:: 頃で 

R 久 i 城, 落つ 幷 宮吉城 明 退の 事 攝州大-ぉ兵漫,^八-<3ゝ事 ま 



毛 利 家 頭 

如^ 助く 



も 利. V 、兵 

橙. 登す 



豁 侯三 家 誌 卷五 さハ 

利 家へ 使 を 以て、 一 加勢 兵糧 等の 儀 賴み來 るに 依りて、 先年よ, 飯 田 越 中 守を大 坂の 

城に 差 籠め、 其の 外 木津の 城に 粟屋 內藏 允. 花 隄 の 城に 香 川 美 作 守. 杉 次 郞左衞 門 

を 入 置かる。 然るに 今 歲天正 四年大 坂の 城へ 兵糧 を 入れ 給 はるべき 旨 • 三 家へ 賴 

まる、 に 依りて- 則ち 船 六 七 百 艘に糧 米 を 積み、 兒玉 內藏允 .Iffll: 劇 1 め 一- 香 川左衞 

〔谤=.:」 能に 作る 

門 尉. 村 上 八 郎左衞 門 尉. 浦 兵 部?^;.^ 島 大和 守. 同 掃 部. 同 三 郞兵衞 • 井上 又 右衞 門. 遠 

藤 左 京 亮等警 固 船 三百 餘艘に 取 乗, <y、 同年 七月 上旬 播州 室の 津に 著く。 

虫 入 虫 入 虫 入 虫 入 

〔頭書〕 或 口 粟屋 內藏允 事、 大 坂の 城へ 兵 •□ 入らる。 口村 口 同に 差遣 さると な. 

粟屋 事、 兼ねて 木 律の 城 城 番に差 置かる。 此 f5 右の 兵糧 船 木 津迄著 船の 上、 谷- 

1 同に 內藏允 も 打 連れ、 河 HI へ 向 ひたる なるべし と 云々。 

木津 川に は 信 長よ. 9 大 あたけ 三艘 作りて、 城郭 を 構 へたる 如く 川口 を 塞がれ、 又 兵 

三百 餘艘相 浮びて 大 坂へ 入る 可き 樣 なし。 中國 船先づ 物見 を 遣して 見せけ るに, 

川口へ 船 を 入れん 事 叶 ふま じき 由 を 言 ひける 間. 谷-詮議して、 先づ 射手 船 を 漕ぎ 向 

け、 敵の 樣體を 試む 可し とて、 五十 艘ニ 二十: u 毎日 漕ぎ 寄せければ、 川 n よ- 5 も 漕ぎ 



B 木 

川 



出で、 迫 合 ひ 度々 あり • 其の後 數 n ありて、 に "船 を 先に 立て、 接 船 > ど 後に 潘 

がせ、 大坂 へ 押入 る。 敵方に は 大和 國の 住た 間 鍋 主: 兵^ 尉. 沼 野 伊贺守 越後 守 • 

河內の 住人 杉 ra- 兵 部 承 一. 宮崎鎌 大夫. 同お 鹿::: 之 助 • 寺 田 又右衞 門, 尼 崎の 小 畑.^^ 

の 野 口な ど 射手 船 三百 餘艘 潜ぎ 出し 防戦 ふ。 中國船には能^33を先として, 船: 永 は 

に々 其の 妙 を 得、 浦. 村 上む 船 軍に 數 度の 功 有りて、 能 siS にも 劣らざる お 共なる 故, 

何も 船の 懸引 自在 なれば、 .fi- 第に 敵 船 を 押 立て^ 入りた. 9。 发に 大船 一艘 濟 W か 

ん とする 處を • 村上八郎左衞::追耻けて-旣に^!^^^く成^-しかば、 船 一如 を 敵 船に 付 

け 申さん かと 言へば、 八 郞左衞 1: 早く 付けよ と 一一 H ひて、 ひたと 押 付く る處 に, 船 

の^に g 包 を 構へ 置きたり ける が、 先に 進んで 船 を 付けん とする 船 5- を、 一 人 打 制 

しければ、 村 上が 船 三 四 間 程 退きた,^。 八 郞左衞 s: 頻. 9 に 下知して、 又 押 付けさせ、 

敵 猶^ 炮を 打つ と雖 も, 八 郞左衞 門 一 番に敵 船に 乘. 9 移れば、 郞黨共 も 我先にと 来 

移る。 八 郎左衞 門 は 股 をした > か 突かれながら、 當の敵 を 突 伏せ 首 を 取,^、 での 

^共 も 重に 分捕して * 其 船 難なく 乘取. -た り。 野 SI?.£S. 浦. 香 川. 井上. 逡藤^ 

攝州 大 城兵 ss: な 人る.' 事 ま 



i ぶ 侯三 i% 誌 卷五 ま : 

お ほち だか .. 

も、 皆 敵 船に 乘り 移りて 戰ひ、 大安 宅 ニ艘切 取, り、 其 外 小船 數艘乘 り 破りた...。 M 

多く 水中 へ 飛び入り たるが、 助かる 者 は 少なく、 多く は 溺死したり。 寺 田 又右衞 s: 一 

は 水を游 ぎて 終に 命 助かり、 其の 外 間 鍋 主馬 兵衞尉 • 沼 野 伊賀 守. 同 越後 守. 杉 原 兵: 

部丞. 同 鹿 目 之 助. 野 口 • 小畑已 下、 一 人 も 殘らゃ 討死す。 一 

虫 入 虫 入 虫 入 一 

〔頭書〕 信 長譜に 云く、 七 ロ能ロ 玉. 粟屋 口 等 積-兵糧 於 船 七 百 餘艘; 而 納,, 之 於 大坂ー 

城; 信 長 兵士 等 防, 之不 Z 勝、 間 鍋 主馬. 沼 野 伊賀 守. 同 越後 守. 杉 原 兵 部 • 野 口 某. 小 級 一 

某 討死 云々、 一 

中 國船は 敵 船 多く 乘取 h^、 兵糧を思ひの儘に大坂の城に入れて歸,9た..^。 此時中 一 

國 船室の 浦 迄 上 著せし 時、 紀州雜 賀の錢 木 孫 市 等 も 室 迄 出合せ て 馳走す。 斯て 公方 一 

義昭 公、 一色 宫內少 輔を以 つて 三 家へ 御內書 あり。 吉川元 春へ 給ち たる 御 書に 云 一 

• % 二 

今度 差,, 上鎗 兵, 敵 船 早速 切 崩 數多討 取 段、 無-比 額, 旨 對,, 輝 元, 可,, 申閡; 爲 ,其差_,上, 

一 色宫內 少輔, 候。 諸 士粉. 骨 神妙 之 由、 褒美 肝要 候。 次 輝 元 言上 之 通、 委細 秀政. 昭ー 



浦 四 郎モ 



光 可,, 中越, 候 也 • 

七:;; 廿 五;:: 義 Mas 

吉川駿 河 守 殿 江 

ffis 今度 其 农諸城 切 崩、 敵 數多村 捕 之 段 * 塞 無, 比 彌! 任:: 存分,. E 珍 あま • 永 

永 遂,, 在陣- 抽,, 粉 骨-儀、 奇特 覺候" 爲, 其 指-越 小 林 K 部 少輔冢 孝; 帷子 一 msMNl 候" 

^昭光 可, 申 候 也。 

八月 五: n 義昭御 判 

吉川治 部少輔 どのへ 

二 七 浦 少輔四 郎心變 の 事 

信 長と 毛 利 家 和平 破れて 後 は、 所々に於て収合ぁ.^け.9。 備". S の Hi:?? 山に. i 兵 部 

丞宗 勝が 嫡子 少輔 四郞在 城し ける が、 毛 利 家に 逆 意す。 其の 故 は、 浦 兵 部 丞^ ゆる 

男士 なる 故、 羽 柴筑前 守 秀吉、 彼 を 味方に 引 成さば やと 思 ひ、 秀セ n!!^ に 小 寺 官兵衞 

沛少5|-&:耶心ぉの^^?- お 



變"。 因 

由 



浦 部の 

逆心.^ 久 

宗^に 報 

す 



.M 侯三 家 諸 卷五 ::; I さ 

尉. 條須賀 彥右衞 門 尉 書 狀を以 つて、 宗勝 味方に 組せば、 所領 過分に 宛て 行 ふ 可き 

旨 言 ひ 送る。 父 宗勝は 曾って 同心せ すと 雖も、 少 輔四郞 欲心に して 自立の 志 あ け 

る 故、 父 に隱 して 秀吉 へ 同心の 返事した,.^。 其頃備 前の 2^ 島 渡 口 の 究めと して、 神 

田 右馬允 を 差 置 かれた るが. 或 時 怪しげなる 僧、 編 笠 を 被ぎ 竹 杖 を 突き 來.. - たる を 

究めた るに、 此 僧念佛 修行の 出家な h- とて、 なま 佛法 など 吐 散らす と雖 も、 紳田怪 

みて 僧 を 執へ、 平 包 を 解いて 見 けれど、 怪しき 物 もな し。 さらば 其の 竹 杖 を 割つ 

ふみ 

て 見よ とて 打ち破, Q 見れば * 蜂 須賀が 方よ. y 浦少輔 四郞が 許へ 送る 文 あり 神 田 

則ち 15 を搦 めて 文と 共に 沼田へ 遣した. 9。 隆景是 を 見られ、 頓て兵 部 丞宗勝 を 呼 

びて、 潜に 此趣 を吿 げら るれば、 宗勝淚 を 流し、 誠に 子の 心 を 親 知らす と 申す 如く 

我等 此事努 々、存 せす、 然れ ども 彼斯る 存立 之 ある を、 親と して 知らざる 事 は 有る ま 

じとの 御 疑 も 有る 可き 事 なれば、 愛に 於て 自害 仕り、 御 不審 を 晴らし 申さん と 言 ひ 

て、 旣に 自害に 及ばん とす。 隆景、 我汝に 於て 一 點も 疑心な き 故、 此趣を も 吿げ知 

らせたれ、兩人朁に^h^て、少輔四郎に常山を明けさすべ しと 思 ふな 言 はれた 



i:^^ 後 © て少: t 四郎を 何となく 沼 a へ 喚び 越し, iii (部 丞が 所領に 1« き 、常 山に は 

別人 を 入 置かる • 少輔 四郎は 後程な く 病死した 

二八 識州元 吉合戰 の 事 

m 岐圃 元吉の 城キ: 香 川淡路 守き 景と いふ^、 多年 隆 A がに 展 して 毛 利 家の 旅 下なる 

處に、 土 佐の- "我 部 土 佐 守、 長 早 はいかつ 兩 人に 譜岐の 國人を 催し、 軍士: 一 ¥餘 

騎を差 副へ、 元 吉の城 を 攻めし む。 義:^ 防 戰に數 反 利 あ..^ と雖 も. 十;.^ 兩州を 敵 

に 受けて は, 終に は 叶 ひ 難く 思 ひ、 此の由を;^ゎに隆!^:^ へ吿げて援兵を乞ふ* 1.^ 

ち 輝 元 • 元 春と 相談して、" 舍^?穂田治部大.輔元淸を大將として八千餘騎- 躜 州へ 差 

渡さ る" 天 正 五年閭 七: 廿:: :、 先 陣 浦 兵 部 r^:. 井上 乂右衞 門 已下ニ 千餘、 -ぉ 足が 陣 へ 

押 寄せ、 長 C5^. はいかつ と 渡 Ar: せ 相^ ふ。 中 國勢末 近 助 兵衞. 山 田. 牛右衞 r 小 ふ 迫 藤;^ 

衝門 尉. 村 上 刑 部. 深 野 左 衞門. 弘中藤 右衞門 等检を 合せ, 比^な き 働した. 5* 浦. 井上 

等 士卒 を 下知 して 頻に 進めば、 敵 突立 てられて;^:^」 さた 其 後長 lu^. にい かつ も 敗 

預 州元吉 合戦の 本 八 I 



元 清覬旋 

す 



窩砂 合戦 



藝 侯三 家 誌 卷五 さ. 

軍す。 元 淸は香 川に 會 面して、 當城守 保の 事 沙汰し 置き、 諸 勢 を 率 ゐて藝 州へ 立ち 歸 

,9 たリ。 浦 兵 部 一は 其れ より, 船 を 上せ て、 播州の 浦々 へ 打 上りて 放火し、 高 砂 へ 打 

上らん とす。 爱には 黑田官 兵衞尉 居られけ るが、 部 府に人 數を籠 置きけ る 間、 浦 岸 

際 迄 押 寄せ、 足 輕を懸 くれば、 城 中よ.^ 突いて 出で、 散々 に戰 ふ。 浦が 家人 白 井彌次 

郞 討死す。 浦 一 戰して諷と引き、船に乘らんとする處に、黑田官兵衞ニ千計..^にて 

打 出で た, o。 宗勝是 をお〕 て、 愛 は 十 死 一 生の合戰せでは勝利有,.^難しと思ひ,少し 

高き 處に馬 を乘 上げ、 死 を 一途に 定めて 控へ 居たり。 黑田は 浦が 思 ひ 切, 9 たる 體 

を 見て、 期る 勢に は戰を 憚し む ものな b とて、 .頓 て 打 入, 9 たちければ、 浦 も 必死 を 

免れて 藝 州へ 下, たり" 



二 九 淡 州 岩屋 城の 事 



淡 路の國 の 在廳、 岩屋の 城 キ菅平 右衞門 尉. 同 新 右 衞門尉 父子、 さる 勇士に て、 多年 

毛 利の 旅 下なる 故、 蘇 一州よ.^ 兒玉內 藏允を 岩屋の 城へ 籠 置かれけ る處 に, 今 歲菅父 



望め^ 川 
むん 城) « 



子 述意を 企て、 t% 玉 を:^ つ 可き 用 怠 有. 9 と 玉に 吿 ぐる 者 あ ^',內^ ^允 某少势 なれ 

ば、 當 城に 居て は 犬 死すべし • 急ぎ 藝 州へ 下..^ て 此の. H を:!^ へ . ねて 多勢 を以っ 

て营 父子 を 返 治すべし とて、 忍んで 城 を 去 h^, 藝 州へ 下..^ て 其 35. を 巾す • 三 家^^ 

せられし は、 菅 志を飜 したりと て、 岩屋の 城 を 其の^ 捨て S かん も、 常 方 矛先の 弱き 

に 似たり。 殊に 彼 城は大 坂への 傅 ひに 能し。 然れば 誰か 彼 城へ 行って せが 逆 意 を 

押 詰む る 者 や あるべ きと 云 は る、 と雖 も、 淡 州 一 國を 敵と なし * おの 上 間近き 天 王 

寺に も 敵 あれば、 吾こそ向って退治すべしと云ふ^<?なし。 然るに!^" 川左衞 門尉谈 

巧ん、 人の 恐れて 行かざる 處へ 向って こそ, 忠も -3- も 人に 抽 でめ, 某^の 城へ. M はば や 

と 思案す。 然れ ども 手勢 漸く 二 計 b なれば、 此勢計 h- にて は 叶 ひ 難 く^えて、 從 

子の 冷 痰 民 部 大輔が 許 へ 越して、 此事を 語 ケ て 兩人淡 州 へ 發 向す ベ き It.? 談す • 冷 

快げ に 同意して, 則ち 其の 由を訴 へければ、 輝 元 其 志お 成 じ、 香 川. 冷, M 淡 州へ 差 

渡さる べきに 定まる 兩人 今度 淡路へ 向って は、 二度 婦國 せん m 雞 かるべし と 思 

ひければ、 親しき 者 共に 暇 乞して、 旣に 船に 乗らん とせし 處に. お 父子 使お を以っ 



?: ほ« 主 



)IS 錢岩久 

すひ^ 問 長 
ズ城信 衆 
敗^ 盛 佐 



て、 何者の. S. 出した る 事に て か、 我等 父子 野心の 由 聞かれ、 玉. s 藏允 岩屋 を 忍 出 

られ ぬ。 某 身 不肖ながら 一 度 味方に 屬し、 爭で 其の 志を變 すべ き、 以來御 不審な き 

爲め とて、 寵愛の 娘 を 人質と して 差 越し、 委細 逆心な き 由 を 申し述べ た, 5。 玆に因 

て 香 川. 冷泉 心 を 安 じて. 頓て淡 州へ 渡, > て 在番 す。 营 父子 彌,^ 其の 志 を 深く しける 

間、 國 中に 敵す る 者 もな し。 然る 處に信 長より 大 坂の 押と して-佐 久間右 衞門尉 信 

盛 を 天 王 寺に 置かれた るが、 或 時佐久 間-か 手の者 一 千餘、 天 王 寺よ, 淡 州へ 渡. て 

夜中に 岩屋の 城へ 押 寄せた, 5。 香 川 左 衞門尉 何と やらん 物騒がし とて、 城 中の 夜 

廻, 9 しける が、 饞か 二十 人 計, 9 に て^の 儘 一 の 城 戶 へ 下し 合せ-槍 を以 つて 突き 立 

つれば、 敵 一度 は 追 崩 され けれど も、 城兵 を少 勢と 見 て 取って返し-切って 入る。 香 

川が 家 入 防ぎ 戰 ひて、 數 多に 手 を 負 はせ た, 9 と雖 も、 寄 手 大勢に て 攻め か、 る 間、 香 

川 も危く 見えた る處 に-冷. M 民 部 大輔鬨 の聲に 驚いて 物 具し、 三十 人 計.^ にて 跡よ 

b 馳せ來 り、 名乘 b かけて 突懸れ ば、 敵 忽ち 押 立てられ、 磯邊 へ 颯と 引 行く を、 城兵 

跡を^!1;-ひて十五六人對取り、殘る者共は急ぎ船に乘りて天王寺へ引き歸,5ける:^、 



膀久上 月 

城 乘取 



藝 侯三 家 誌 卷-パ 八お 

侯三 家 誌 卷六 . 

一 尼 子勝久 播州 上 月 城に 入る 事 

尼 子 左 衞門尉 勝 久竝に 山中 鹿 之 助 幸 盛. 立 原 源 太 兵衞尉 久綱已 下、 京 郡に 集合して 

詮議し ける は、 毛 利 家に 於て 元 就よ.. > 已來、 吉川. 小 早 川 南北 を 分ち 弓矢 を 取る。 

北 表 は 元 春、 南 前 は隆景 司れり。 然るに 近年、 因. 伯. 雲に 於て 數 度合 戰を遂 ぐると 

雖も、 元 春 三徳 を 兼ねた る大將 なる 上に, 相從ふ 手の者 國人謀 士猛卒 多き 故に、 味 

方每 年利 を 失へ,. y。 隆 景は智 仁の 良 將と雖 も, 兵 を 用 ふる 手段 は 元 奢に 比すべ か 

らす。 然れば 北 表の 合 戰を閣 いて、 南 前へ 下, 9 隆景と 一戦し、 弱 強の 程 を 試みて、 

何方 にても 軍に 利 有らん 方 へ 向 ふ ベ しとて、 此程は 惟任 = 向 守が 手に 屬 しけ るが、 

引替 へ て 羽柴筑 前守秀 吉に附 きて * 潘 州よ.^ 美 作 を 経て 雲 州 へ 入る ベ しと 相媒 



す 城 次 真 

逆上 
? J 月郎 



て、 播^ 路へ 下られたり • 播州 上 =: の 城に 卞!!せ 多 和.::^ 守^ ..i^ よ.^、^ 壁な 九郎と 云 

ふ^!9を«|?^きけるが、 勝久 已 下 二 千餘騎 にて 押 寄せん とす る. Sii えければ * J^wil 元 

來 脇.; おにて * 取 まれて は大 な..^ とて、 ?^ゐぎ城を逃去る!!、 勝久 安々 と 上お の 

域へ 入 替られ た b。 

® 書〕 宇喜多直家 は、 元 播州 赤松の 家老 浦 上が 臣 なり。 明 鹏五ハ ヰ、 赤松 正則:: 十 世 

以後、 浦 上 自立して 威 を 振 ひ、 主 國を椋 傲す。, 北 (後 永祿十 i^, 又而上 宇? お 多 

K 家の 爲に を^ はる • 是れ戰國俗變の形勢な..^。 

1^ 壁が^ 弟次郞 四郞、 兄が 間 逃げした る を 口惜しく 思 ひ、 K•:l^に言ひけるは、^ef士 

三千 給 はるに 於て は、 上::; の 城 を 切 返し 申すべし と みければ * ^^家、次郞四郎兄 

が 恥 を-塞ぐ ベ しと思入..^た れば、 定めて 手】 舳く 合戰 をす ベ しとて. 究- なの 兵 三で 欣 

騎差添 へられた.^ • 異壁悅 びて、 此度上 =: の 城 を 陷れ、 鹿 之 助 等が^ を 切 先に W く 

歟、 我が 命 を 上 月の 城 戸口に 抛つ 歟、 二つの 中 を出づ ベから やとて, 天 正 五 年 正:!: 

下句、 上::: 《;5!: に 出張し、 其 Ha に 暮れけ る 故、 は 明::! と 定めて、 诚ょ b 六 七十 町 程 

尼 ネ膀久 播州 上 月 城に 入る < 七 



藝 侯三 家? n 卷六 _w 一 

隔て 陣取り、 馬の 鞍 を 下し 錢を脫 ぎて 休息す。 鹿 之 助 是を 聞きて、 敵 は 定めて 大勢; 

なる ベ ければ、 今宵 逆 寄に して 其 不意 を 討たん とて、 宗徒 八 百 餘骑眞 壁が 陣 へ 夜せ 

に 押 寄せた b。 宇喜多 勢 思 ひも 寄らぬ 事に て、 鬨の聲 に 驚き 周章 騒ぎて、 我先にと 一 

逃散bけるを敵追詰めて、所々にて多く討取,.^たり。 眞壁次 郞四郞 は 牀几に 腰を屬 

けて、 不覺な る 味方 かな。 敵 は 小勢な り 引返して 追拂 へ やと 呼ば は る處 へ 、 素 虜のー 

步 武者 一 人 討って 懸る を、 眞壁 やさしき 志 かなと て、 眞向 二つに 打破..^ たり。 其 導 

へ 足 立 治 兵衞透 間な く 切って 懸る。 眞壁 一太 刀 打つ と雖 も、 打 損じた る 處を足 立 一 

橫 打に 兩膝 を雍 倒して、 首 を 討 取りた,.^。 城兵 思 ふ 圖に仕 澄し 首 七十 餘討収 b 、歸ー 

, ^て 勝 久の實 檢に備 へた,.^。 其 後 宇喜多直家、 大軍 にて 上 月發 向の 由 間え 有.. ^ け, 

れば、 城 中に 兵糧の 蓄 なき 故、 先 づ當城 を引拂 ひ、 重ねて 又 打 入るべし とて、 勝久ー 

已下攝 簿の國 へ 退きたり。 之に 依りて 宇喜多より、 高 月 十郞. 矢 島の 某 を 上 月の 城 一 

に 差 龍め たり。 然るに 天 正 五 年 十 一 月下 旬、 羽 柴筑前 守 秀吉ニ 萬 餘骑を 率 ゐて上 月 一 

の 城 を取圍 まるれば、 城兵 忍へ 難ぐ て、 高 月. 矢 島 を 討って 出で * 命 を 助けら る * へし 一 



乞へ ^ M- 
ふ 技 パ; 多 

兵 SOS 



と-手 を 招り て 詫- K しけれ ども, 秀 十;!: 悉く 祸収. =-1^ 付に 掛け. 上. 5- 踊と 云 ふ もの を 

させんと ス簑笠 を 著せて、 一 度に 火を附 けて 殺した. -。 斯くて 當 城に 誰 を か-紐 

匿くべき と 有. ける 返に、 尼 子 腺久. 山 屮鹿之 助:: J 下栀. ^る \ 、き 3::- 望みければ、 秀 

吉 許容せられ た..^。 之に 依..^ て 脾 久大將 として, 從子 尼-十 助 四 郎氏久 •= 野 五郎. 

山中鹿之助•立s-源太兵衞•福屋彥太郎.龜并新十郞•i^2田三郞左衞M• 河添右京ー学 同 

三郞左衞門.米^^助四郞*11!1ゅ^助次郞.加^彥四郎.《-立治兵衞.:1ぉ":^松.::::加3采女 

允. 同 彈右衞 !:• 寺 本 市 允. 舯西三 郎左衞 門 1」 下、 都て 三千 三否餘 上パの 域に 招 

一 一 中!: 勢 上 月 城 を 圍む事 

天 正 六 年、 宇喜多 和 泉 守より、 小 早 川隆景 へ. S. 越しけ る は、 某 人 數を入 ^ きたる 播 

州 上! M: の 诚を羽 柴筑前 守 攻め 取 b 、其 跡へ 尼 子 勝 久竝に 山中 鹿 之 助. 立^ 源 太お 衞. 

神两三 郞左衞 已 上 籠 置きぬ。 ^^家早速馳向ひ、取返す一?最〈女く:^へども,^ラ_刖 

屮^1«^^ヒ=^城>^園む^^^ 八 < 



努 侯三 家 誌 卷ーハ 九 

守 定めて 後 詰: tt るべ し。 さる 程なら ば 如何 樣大 軍に て 有るべき の^、 三 家の 御 出 

馬賴 入る の 由 言 送る。 隆景 急ぎ 吉田 へ 打 越えて、 輝 元 へ 相談 を 遂げられ, 彌! 上月發 

向 有る ベ きに 極めら る。 爱に丹 後の 石 川、 但 _iiT の 垣 展播磨 守.: 新 五郎. 同職 河 守. 大 

田 垣 驗 河 守. 同 權兵衞 尉. 同 軍監、 丹 波に 荻野惡 右衞 門. 石川彌 七郎. 赤 井 刑 部. 宇 野 六 

彌太. 波 多 野 伯耆守 等、 數十人 一 同心に 元卷の 方へ 使 を 以て 言 送.^ ける は、 當國 

へ 御出^£r有る ベ し。 谷,^ 先陣して 愛{ 石山 へ 打 登. 9、 京都 を 目の 下に 直下して 攻戰は 

ば, 信 長 は 定めて 本能 寺 を 本陣と して、 軍勢 は 皆 愛 iiQ 山へ S うて 洛外に 陣取る ベ 

し。 其 時 味方の 勢 を 洛中に 忍んで 入 置き、 相圖を 定め 所々 に 火 を 放ちて、 不意に 戰 

を 決する に 於て は、 如何に 信長猛 くと も 敗 に 及ばん か、 其よ b 逃る > 敵の 勞に乘 

じ、 江 州 安土へ 攻 入り、 織 田の 一 族ャ おく 誅戮 すべき 由 言 送る。 元 寿 納得 せられて、 

則ち 丹波龜 山の 城へ 家 入兒玉 市, 之 助 を 差 籠め Ajf 5.? き!; J5、 る 1 元 恭も頓 て 出 雲. 伯 

耆. 石 見の 勢 を 催して、 丹 波 表發向 有るべき に 極めら る.. -處 に、 隆景ょ b 中越され 

ける は、 元 春 丹 州發向 延引して、 宇喜多が 請に 任せ、 各.' 一 同に 播州 表出 馬 候 へ かし 



と 言 送らる • 元 春 上 月 表の 接 は、 某 向 ふ 迄 も 有る まじ • 隆最 :15 の 势に宇 多が 

勢 を 八 3 せ 三 四 萬 も 有る ベ ければ、 縱ひ秀 出 "後詰^る とも- 危 き^はお るべ からす • 

よ 雲 .伯* 石の 勢 を 相 催さば、 二 マ=!! に は 及ぶ ベければ、 此势を 所々 の 押に 五 千" お S 

き、 殘る勢 二, =1 四 五 千に 丹 波の 國人 - 合せて、 愛宕に 陣 を-吸る に 於て は、 

吾等 に對陣 有るべき 羽 柴へ加 势成 る まじ けれ ば、 秀告微 勢 にして 上パ 後: ^5.^ な 

叶 ふま じ。 然らば 城 は 十日が 中に 沒落 すべし。 其 時 隆:? 3? は、 St 元の 旗 水勢お 合せ 

て大 坂, へ 上り、 門跡 を 牒し仓 せ、 京都 へ 攻 上ら るれば、 大:^ .愛 (右兩 方よ.. 小 都 へ 押 

寄すべし。 然るに 於て は、 ,^來.1贺のぉ共も元來味方に志^2?れば、 是乂加^?を出 

すべし。 沖」 も 信 長と 矛盾に 及ぶ 上 は、 今度お 13 安危の 一 戦と 定められて、 繩元. 隆 

景は上月へ馬を向けらゎ、 我等な-子は丹波表出"^i^せしむべき3M返^!^-せらる。 

〔頭書〕 せ; 表著陣 の 由、 誠忠 節 之 段 成悅候 • 今度 三 木 以下 引付.^ 方 之 問、 彌.^ 入 

娵元. 隨景 相談 無,, 油斷; 急 S ^到-播州-可 お ^殺 入 候 • 爲 越昭國 -I 攸。 ^昭 

光 可, 申 候 也。 

中^勢上=^_lv5-圊む事 ルー 



毛 利 三 家 

上 月に 向 



蔡 侯三 家 誌 卷六 な 一 

天 正 六 年 三月 十九 日 義^ . 

吉川 騣 河 守 殿 へ 

吉川治 部 少輔殿 へ 

隆景 は危き 戰を愼 む大將 なる 故、 上 月 を 中に 隔て 、兄弟 一 一手に 分れ、 大敵の 信 長と 

有無の 防戦 せん 事 危く候 間、 先づ上 月を攻 落し、 其れよ.^ 二手に 分れ 京都 を攻 むべ 

き 間、 先々 播州 御 出張 候 へ かしと、 重ねて 言 送らる。 輝 元よりも 再三 使 を 以て 此旨 

を 申 越されければ、 元 春 t む 事 を 得 や、 然 らば 上月發 向す ベ き 由 返答せられ た. 9。 

之に 依って 三 家 相談して 相圖を 定め、 天 正 六 年 三月 十二 日、 藝 州を發 せらる。 隆景 

に 相 從ふ輩 は、 穗田治 部大輔 元淸. 天 野 六 郞左衞 !;: 尉元 政. 宍 g 女藝 守隆 家. 娘孫備 

前 守 元 好、 國 人に は三吉 式部 少輔. 同 新兵 衞尉. 高野山 五 郞兵衞 尉. 久代修 埋亮俊 盛. 

古志 淸左衞 門 尉. 有 地 美 作. 粟 崖 新 十郎. 榴崎彈 正 忠. ,賀太 郞左衞 1: 尉. 同 木工 頭. 三 

材紀伊 守. 淸水長 左衞門 尉. 草 刈 太郞左 衞?: 尉. 小 笠 原少輔 七郞. 上 原 右 衞門大 夫. 田 治 

部藏 人. 比皤六 郞兵衞 尉. 伊勢. 細 川 一 族、 大 石. 志賀. 杉 次 郞左衞 門. 仁 保 右 衞門大 夫丄ー 1 



浦. 吉 s. 朝食. 坂 .is 原. 桂 以下、 其 勢 ニ與餘 JT 元 春に は 嫡子 治 部 少輔元 二 男 左 近 

丞元 氏. 三男 民 部 大铺終 1 一り 利 七 郞兵衞 尉: 兀^ -z^ 少 輔十郎 元^、 其 外^ 入に は 山 

內 新左^ 門 尉. M 刑 部 少輔. 益 E 右衞 門 佐 元祥. 羽根 兵 iit 助. ::^ 波 越後 守 *同 乂左衞 i: 

尉.ば野駿河守.三澤三郞左衞門爲^:^.:1攝律.>爲虎.宍迸五郎兵衞§.多|ぉゲひ天野 

紀伊守隆重.三刀屋彈.小_左_5門久扶.古卞52:幡守. 溢佐渡守* 杉原播|5守盛^51. 娘子彌 

八郞元 盛. 次 5.^. 又 次郎景 盛, 有 地 右近 大 夫. 同 左 近 進* 南 條伯耆 守 元 次. 小鴨 左 衞門尉 

元淸*山田出_^..ャ:.:^赏^^. 小 森 和 泉 守 4 口田 肥 前.:^. = 野 左 近 • 福 赖治部 大輔. 同 藤兵衞 

尉. 田 利. 小曳 .11; 布. 祖式. 久利. 都 治. 出 羽. 岡 本. 小 来 以下、 二 :山 五千餘 i:^ 從 へり • 宇 

専,多和5!^守s家は存ゃ る旨有.^ て、 自身 は祸氣 と號し * 舍弟宇?^多七郎兵衞尉屮ケ:;^^ 

に、 家の 子 岡 越お 守 .u^ 川 肥 前 守. 明 石飛嬋 守. 舟紀伊 守. 宇喜多 信。;! 守. 岡强 介.?.^ 本 

新右衞 尉. 花 ,志 摩 守. 同 助 兵衞. 中 村 三郞ぉ 衞門. 伊賀 左 衞門進 • 富 山 半右衞 門. 市 五 

郎兵衞 .il 尸 ffl 五郎太 郞. 延原內 藏允. 宇喜多 河內 守. 小 入道 信 明. 栴! 監物 W 下、 一 ^ 

四千 餘騎 を.! へて 差 出す。 吉 川. 小 早 川 此勢を 合せて 總勢 五お 餘騎、 上 月の 城 を 打 

中^!?み上月城*5-圉む^;$- 



乞へ 穷 

ふ Ira 吉 
勢 信 
な g 



藝 侯三 家 誌 卷六 S : 

園む。 又 舟 手に は兒 玉內藏 允. 村 上 八 郞左衞 門. 浦 兵 部 一 以下 大船 七 百 餘艘に 取乗ュ 

つて、 播州の 浦々 を警 固した, 9。 毛 利 輝 元は 兩 川の 異見に 任せて、 備 中の 松 山 迄 ai 

馬して 陣を居 ゑら る。 斯くて 寄 手 上 月の 城 を 十重、 二十重に 取圍 み、 元 春 一 一宮 佐 渡; 

守^^%まに|。^^に鬨頭を揚ぐべ き 旨 下知 せらる 。二宮 華やかなる 出立に て、 指 物の 金の 一 

圑を拔 持ちて、 城 を 三度 招いて 鬨を揚 ぐる。 三度 目の 聲に附 いて 總勢 同じく 鬨を 作! 

る。 其 後 元 春 諸 軍に 下知して、 敵より 後 詰 せん を 防がん 爲め、 總 軍の 廻 b に 芝 土手 を 

上げ、 堀 を 整ち 塀 を 付け、 所々 に 柵 を 結 ひ、 亂找を 打た せて 向 ひ 城の 如く 構へ させ、 一 

晝夜隙 無く 攻 寄せ 仕 寄 を 付けて、 諸 陣鐵炮 を 揃へ て、 城 中へ 時々 刻々 に 打 懸けさせ 一 

らる。 杉原盛重請ロょり石火矢を打掛けしが、或夜城中ょ,,^盛重の陣 へ 忍 を 入れ、 一 

石火矢 を 奪取って 岸 中 迄 立 退きた る を、 盛 重 自身 追 駆けて 取 返した, 9。 斯くて 羽柴ー 

筑前守 秀吉、 敵 上 月の 城 を園攻 むる 由 聞いて、 馳 向って 後 詰すべき とて、 此旨信 長 i 

へ 訴 へ て 加勢 を 請 ひければ、 則ち 荒木 攝律守 を 差 添 へらる。 羽柴. 荒木 其 勢 四 萬餘: 

騎、 四月 晦日 上 月 表へ 出張して、 高 倉 山に 陣を 取る。 中 國勢は 兼ねて 意 待た る 事な」 



〔?リ 

れば、 4, ノし ,.1^ リポゃ • ^も川心を^§しくして、元^ょりは新3»左衞?-^5^は, 

相 校: 寸 f 銜れ化 gg.^lfoi:- よ. -は栴 11 彈正忠 を 差 出して、 柳の內外ょ.-出入る^<;を 

究めさ せらる。 ^元ぉ^!:^;-は後^^^大勢加はら ぬ 先に、 城を攻 落す べしと て 、化 寄 

を 付け 寄せ 攻懇 かる。 城兵 も 尼 子の 鋭卒數 を^し、 此^の 合. お 無の 決する 處な 

.9 と思 入 身命を拋ち て 防ぎ た,^^。 

〔頭書〕 新 見 左衞門 31 云々。 今 田 上野 助經 高の 次男な り。 父に 隨 ひて^ 屮新 杠 

城に 在住す る 故、 新 見と 名乘る • 法 して 以 云と 號す。 今 ra 忠左衞 門 家 知の 父 

なり。 

三 杉 原 家人 忍 討の 事 

織 W 信^ 我 身 も、 頓て 播州 へ 下向して * 利 家 を ii^c す ベ し • 先づ 羽 柴筑前 守に 心 

を付くべしとて、惟任=向守41井順^^.武藤彌1^^ぉ衞.^川將監以下を差下され、 四 

月廿八 H 九::: の ii に 打 立って、 五月 初 句 上 月 表へ 陣 すれば. お 念 山の 勢 は 八お 餘 

杉. S 家人 忍 n の 九 



吉川元 長 

^入る 



? 侯三 家 餘 卷穴 

騎に成 b ぬ。 K 後相續 きて 信 長の 二 男 北 皇中將 信 雄. 三男 神 邊三七 信 孝. 織 田 上野 

介. 長 岡 兵 部 大輔藤 孝 il. 鋒屋兵 庫. 1^ 家 左 京亮. 伊賀 伊賀 守 • 稻薬 伊豫 守 • 佐 久間右 

衞門 尉な ど、 一 日 二日 程 引下って 追々 馳 下る。 又 三位 中 將信忠 は 惟任 五郎 左 衞門已 

下 三 萬餘騎 を率ゐ て、 五月七日 京都 を 打 立ら、 兄弟 三人 は、 信 長の 出張 到 來を聞 合 

せて 下るべし とて、 攝 州に 留ま b 、蜂 SHi-. 氏 家. 伊賀. 稻 葉. 佐 久間等 は、 先立ちて 上 月 

へ馳 ける 程に、 後 詰 日々 に 加 はって 十 萬 騎に餘 ぬ。 吉川. 小 早 川、 此猛 勢に 

も 少しも 疼む 體 なく、 豫 ねて 定置き たる 後一 S 押の 勢に 又 人數を 加へ、 城の 攻ロを 

も彌, -油斷 なく 言付けら るノ 苦 川 治 部 少輔元 長、 敵の 援兵 日々 に 加 はるを 見て、 敵 

陣の 樣體を 委しく 見て 来るべし とて、 足 立 彥左衞 門. 佐 伯 源 左 衞門を 遺さる。 彼等 

出 傅して、 具に 敵陣 を 窺 見て 馳歸 り、 見 及びし 處を 申しければ, 元 長さら ば 後 詰の 

大軍加 はらざる 中に、 夜まして 高 倉 山の 敵 を 討 崩すべし とて、 元 春へ 其 由 告げられ 

ければ、 尤宜 しかるべし。 隆景へ も 此率を 知らせ、 猶ほ申 合されよ と 言 はれ けれ 

ば、 元-お 則ち 隆景の 陣屋 へ 行きて、 此事を 相談せられ ける に、 隆景 思案して、 今^は 



まづ 夜 合戦 をば 止まらる ベ し. 縱ひ敵 大軍加 はると 雄 も、 味方 地の利 を^ たれば • 

少しも 危き 事な し。 頓て敵 屈して 退散すべき なれば、 此方よ..^ 戰を む 無 川な 

h- と-一一 一 c はるれば, 元-:: ir 城兵 後 を赖に 漸く Si 城せ しめ 候へば、 高 倉 山の 勢 を 拂 

ひなば、 城 は 自と落 去す ベ きと 言 はる、 と雖 も, tff:!$、 兎 ^?: おやる 3:: あ. 5。 唯先づ 

诚を く^おる べしと、 頻に 制せられて、 元畏 力なく 夜 合戰を 止まられた..^ • ^に 

播磨守 は, 內々 忍に 狎れ たる 者 を 扶持し? おきけ るが、 秀吉の 陣へ忍 入 b て、 敏 

の 用心の 程 を 試む ベ き 由 下知して、 德阅久 兵 衞* 佐田彥 四郞. 舍弟甚 五郎 • ,射 池 肥 „1 

など、 夜;^ に 高 倉 山へ 遣し、 陣屋に 火付な ど させけ るが、 五 M.1 羽 旬、 徳岡. 佐 田彥四 

甚 五郎. 其 弟 小 鼠. 別 所 三次 兵衞. 舍弟 雅樂 允. 安原 神 次郎. ^池 肥 前 等ビ上 二十 

餘人、 せ M 倉 山の 陣へ 忍び入. - ける が、 一番に^§岡久兵衞、 焼の 眠り 居た る を^ 討 

に?. S 落し、 其 外のお は 傍の 陣屋へ 忍 人 h^、 手 侮に 頸 を 取 出しぬ- 其 一中に 別所雅 

允、 敵の-甘 を 討つ 處に、 刀の 寸 延び 殊に 錢 大きにて. つかへ て 落し? 3 ざる を、 敵^ 付 

けて、 夜 討 入" たりと て、 馳 合ん とする 間に * 一 一十 餘 人の *s 〈は- 向の 尾^ へ引収 

杉 人 忍 討の 事 九 < 



整 侯三 家 誌 卷六 九 _^ ,j 

&、 愛に て 聞けば、 別 所 未だ 首 討つ 音した,..^。 佐 田 彥四郞 、向山よ .911: がっかへ て 切 一 

れす と覺 えた, 9。 中に 提げて 討てと 言 ひければ、 別所實 にもと 思 ひて、 首 討 落し、! 

杉 原が 郎黨別 所雅樂 允、 當 陣の眞 中に て、 忍 討して 歸 るな. 9 と、 訇. 9 走&歸 りた. 一 

敵 其男遁 すなと て 追駔け けれども、 闇夜に て 所 は 不案內 なれば、 すべき 樣も なく、 一 

頓て打 入りた- hN。 夫れ よ. y して 高 倉 山に は、 白日の 如く 篝を燒 きて 用心し けれど.」 

も、 杉 原が 者 共 は、 數度忍 入って, 分捕したり。 又 城 中よ. y、 高 倉 山へ 忍んで 通 ひけ 一 

る 伊丹 孫 三 郞と云 ふ 者 を、 元 春の 家人 溺取 h^、 此 者に 城 中の 樣子を 尋ねけ るに、 寄; 

手の 鐵炮頻 に、 就中 杉 原が 攻 口の 鐵炮 にて 水の 手 を 止められ、 矢 倉 一箇所 崩され 一 

て、 吉田三 郞左衞 門 已下討 殺され、 難儀し ける 由 を 語れ,...。 一 

〔頭書〕 異 書に 曰く、 秀吉 大兵 を 率し、 上 月 表 對陣の 中 I 戰を 催さる。 之に 依って 一 

元 春、 新 庄志摩 守 を 物見と して 遣 さる。 志 摩守歸 て、 敵 は ひよ 鳥 山を片 取, .y,j 

此 山の 峠 を 限 b て備を 立て * 味方 近付かば、 敵よ b 懸 つて 合 戰を始 むべき 樣子 4 

虫 入 虫 入 一 

□ □ 候。 御 口 段 多き 所な りと 申す。 元 春 開き 給 ひ、 御 思案 有って、 境與 三右銜 



門. 森 脇 市^ 右衞 門に, ボ士を 差 添へ、 ひよ 鳥 坂の 此方、 迸の 左右 竹 木 茂 b たる 所 

に 伏せ き 、味方 山上に S つて 敵 を 欺かば、 敵 懋り來 らん • 味方 一 支へ して 引迟 

かば、 敵 求るべし- ^=!^時四五町ゃり過して、跡ょ.^ 1 同に E^. 太 鼓 を相战 に、 俄 

に 伏 を 起して 鬧を作 つ て、 敵の 路を引 包んで • nr. 繊炮を 放し かけ、 猛威 を .m して 

懸る べしと, 言 八-:: めて 差 向けら る * 又 香 川 又 左 衞門を 召して * ひよ 鳥 坂の^に^ 

を 立て、 敵 を 欺き 呼 引かば、 敵 定めて 懸 つて 合 戰を始 むべ し • 其 時 味方 を 進 n 

s^^振ひ相戦ふべし。 一 支して、 さの み 味方 戦 ひ 疲れざる 中, 叶 はで 引く II にも 

てな し、 勢 を 引取るべし。 敵 勝に 乗じて s^i 来るべし。 ^時 坂の 此方 竹 木の^.^ 

たる 所 を 過ぎば、 .. お 方の 伏兵 起って 敵の 後陣 を錢 はん 時, 俄に 取って返し、 先 後 

ょ.<^引包んで敵の先陣を討収るべし。 敵 二 陣入咎 はらば. 味方 も 勢 を 入 11^ ふべ 

しと 言合め て、 段々 に備 へて 打 向 はる。 期くて境森脇は、 前の夜^^に彼所にハ^;; 

き 時 剥 を 相 待つ 慮に、 香 川 又 左銜門 山の 峠に 悩へ て、 敵 を 呼 引けば、 敵 54 其 = の 

先手 木 下 孫 六、 敏を 小势と 見て、 打 散らさん とて 打って 懸る。 否 川 *^ 刚强 なる 故、 

;杉^5^人?3^3の事 



翁 侯三 家 fl 卷六. § 

敵の 多勢に も 臆せ や、 暫く 支へ て戰 ひける が、 兼ねて相圖に任せて、坂を下.^に 

引返けば、 敵す がさ や、 嵩よ ,5 追って 慕 ひ 求る。.^ 方 思 ふ 圖に敵 を 引受 くれば、 伏 

兵 俄に 起って 後よ b 襲 懸,. ^ければ、 香 川 又 取って返し、 前後よ,.^ 取 挾んで 攻戰へ 

ば, 敵 も 愛 を切拔 けて は、 先陣 悉く 討死す べきと 思 ひければ、 身命 を 捨て、 相戰 

ふ * 上方 勢 取 籠め られて 難儀の 樣子を 見て、 秀吉の 旗本 を 始め、 諸 勢 一 同に 突 憑 

れば、 元 寿 味方の 諸 勢 を 進めて 懸 合せ、 敵 味方 入 亂れ、 思 ひ-/^ に 相 戦 ふ • 然る 

に = ^手の 戦の 中、 木 下 孫 六 を 木 次次 左 衞門討 取, 9 し 故、 中^ 勢 機に 乘 じて、 房氣 

を勵 んで戰 ひしに より、 羽 柴筑前 守、. M 方 を 纏めて 引返き 給 ふ。 境 與三右 衞門後 

を附 送りて、 坂 上, y に 秀吉の 馬 印 を 目 懸け、 正な くも 大將の 母 衣 付 を 見る もの か 

な。 返して 勝負 あれと 高聲に 匐れ ども. 聞 入れす して 引退き たり。 其 曰 討 取る 

首 五 百餘と 言へ り。 又說 に、 其 後秀吉 より、 木 下 孫 六の 首 を 所望せられ ければ、 

元 春 則ち 木 次次 左衞 門に 彼 首 を 持たせ 送られけ ると な,...。 , 



四 上 月 合 戰の事 . 

同 六:::; 廿 八:::, (十 喜 多勢の 先陣、 作 州 三: の 域 主 中 村 三 郎ぉ衞 門 尉. 商 念 山の 號に 

卜 可の れ たるに、 敵陣よ.^ 朝 好 出で て -.i^ の 四 蹄 を 洗 ひ, 手水な ど マる 者 多 か h- け 

1 ば、 是を 封収 るべ しとて、 伏兵 を S かれたり。 小 早 川 家の 井上 彌兵衞 も、 是に加 

はって 待 尺す る:^ に、 高 倉 山よ.^ いつもの 如く 出で たる を、:? i 炮 にて 忽ち 三人 打殺 

したり。 近 方に 居け る 上方 勢 • 手早く. 脇 合せ、 伏兵 を ifS たんと す。 中 村 バン 与-な i 

ば、 已に; J^s た る ベ く 見 ゆ る處 に. - 出 や- >國 の 住人 i 六道 五 郞兵衞 尉、 三百 計.^ にて 伏兵 

に 加 はり、 上方 勢 を 追 拂ふを 見て、 又 上方 勢よ.^ も 中 村 式部 少輔. 神 子 田 半 左衞門 

尉 等、 二三 千 計 にて 援け來 b て、 な ハ 道が 勢 を 取 込む る。 是を 見て 中^ 勢. 伯 州の 

南 條伯菩 守 元 次. 小鴨 左衞門 尉元 淸、 一千 餘騎 にて 渡 合 ひ、 吉川勢 も少々 馳加 りて 

迫 A3 ひた h.* 南條が 手の者 一 條市 助、 元 春の 二 男 左 近 丞. 元 氏の 家 入江 田次郞 兵衞、 

山 田 出せ- 乂寸 が郞 e^.; 山 田 利 兵衞. 同 外 記. 餒冶屋 市 允. 佐 伯 五^次 郞、. ^-" 出 肥" ま 守が, お, わ W 

上 月 合戦の -2 



勢 侯三 家!!! I 卷六 一 二 

瀨尾 孫右衞 門、 其 外 吉川衆 都 野 主 水 正. 境 孫 次郎. 溢 頭 助 兵衞. 遠籐彌 九郎. 足 立彥左 

衞門、 小 早 川 衆 兼 久內藏 允な ど 槍 を 合せ 相戰 ふ。 昧方 難儀に 見え たれば、 杉 原播磨 

守が 手の者 渡邊左 近. 所原彌 太郞. 同 兵 庫 助. 入江: 牛內. 茶道 坊主の 全從庵 等、 助來. 5 

て 槍 を 合せ、 渡邊. 所 原. 入江 何も 首 を 得た, 9。 味方に も 吉川衆 遠藤彌 九郞. 杉 原 家人 

所 原 兵 庫 助 討死す。 愛に 南條が 手の者 一人 手 を 負うて 伏し 居た るに、 上方 勢の 中 

よ. 9 武者 ~ < 、敵の 弓. 鐵炮稱 しき を も 構 はす、 走せ 寄って 首 を 討つ に、 眞黑 に錢ひ 

たる 武者 一 ス、 後に 檢を 提げ、 敵懸 らば 一 突に 突 伏せん と、 仁王 立に 立ちて 少しも 動 

かす、 首打澄まして ニ人打速れて歸,.^ たり。 天晴大 剛の者と 見えた る が、 後に 名 を 

聞く に、 頸:! is ちた る 人 は 福 島 左 衞門大 夫 正則、 此時 市松と 言 ひて 十八 歲. 初 高名. 

閔 えし。 後に 控 へたる 大の男 は、 郎黨星 野 越 前 守と 聞 ゆ。 斯くて 敵勢、 高 倉 山の 人 

數も半 過ぎ-.」 打 下した ると 相 見え, ニー 餘上 月の 在鄕に 盡く躯 合すれば. 南條. 杉 

原.{ 六道. 中 村が 五 千 餘騎、 一 太刀打ちて は 後へ し ざ. 9、 一矢 射て は 引退く。 是を 見 

て 杉原播 15 守 盛 重 • 同 彌八郎 元 盛 • 又 一 1 郞景盛 .吉 田 肥 前 守. 河口 刑 部 少輔等 を 相伴 



ひ、 ニ千餘 にて 討 33 づ る • 吉川衆 も 今 田 中 移少補 极忠. 士 •!: 川 式部 少轄經 家. 新 左 

衞門 尉^ 倍. 山 縣四郎 右 衞門尉 .Ik げ川兵 部 大輔ぉ 繼* 森, M^H:";^ 衞 門 尉 等、 . ^方 難 ite 

に 見えた 先陣の 樣體見 計 ふべ しとて 一 千 餘騎. 杉-旅と 一 手に 成 h- て 打出づ れ 

ば、 天 野. 三 刀屋丄 二澤. 古志. 益 汲、 廿: 〈外 伯の 勢 悉く 打出づ る。 此勢 一 §m 

t 告川治 部 少輔元 長 は、 兼ねて 十 H 川 式部 少輔經 家. 香 川 兵 部 火輔ぉ 艏を以 **、 

杉原播 15 守が 許へ、 上方 勢 苦し 懸. 9 來り、 合戦に成るべしと:^^及びなば注進すべ 

し。 元寿,ほ3^はは容易に打出づ る;5^|-は有るまじけれども、 ^は 火 將と云 ふに も あら 

ねば、 自身 手 を 碎き秀 吉の鋒 先の 强弱を 試むべし と: H ひ やられければ、 盛 is: 承り, 

本陣 遠く 隔.^ 候 へ ば、 合戦の 期に 望んで 注進 仕る とも、 御 出 -i^T:^ 々に 及ぶ ベ し" 足 

輕迫 合^り て 松に も 成る ベ しと 兑 及び 候 は V、 相 關の火 を 立 つ ベ き IT 其 ゆ 御お を 

出さる ベ き. S 返事した るに 依って、 敵 味方 三な. S 餘 互に??, 氣を顯 して 打って出 でた 

るを晃 て, 盛 重 相 11 の 火 を 立て たれば、 是を兑 て 吉川元 長. 舍弟左 近,^:: 兀 氏. 民部大 

輔經言 と共に if わに 打 出 でられた.^ * 杉 原 盛 i 待 受けて、 今1:!の<:1戦は^=^に任せら 

上 月 合戦の 事 . 101 - 



鶴 侯三 家 誌 卷六 Is 

るべ し。 上方 勢 を 始めての 戰に、 一 鹽 付けさせ すば、 本の 陣へ は歸る まじと 言 ひ 

て、 眞 先に 進む。 本道 筋 は 吉川元 長兄 弟 三人に、 杉-^?^播磨守盛重.南條伯耆守元次. 

其 外 雲. 伯の 勢 一 萬 餘騎、 相從 うて 向うた, 9。 脇々 の 小 迫 合 は 所々 にて 有 .=.^* 本道 

筋の 合戦 已に始 りぬ まと 見て ければ、 秀吉の 本陣 は 云 ふに 及ばす、 蜂屋. 氏 家 .5: 賀. 

稻葉. 佐久間 等の 兵 ども、 我 も-^ と 駆 出で. 入替 h- て 戰 はんと 段々 に備 へて 控へ 

た,.^。 先陣に は 中 村 式部 少輔. 神 子 田 半左衞 門. 美 藤 甚右衞 門. 大谷刑 部 少輔. 木下備 

中守已 下、 秀吉の 郞黨五 千 計. 9 にて 進めば、 其 次に は 黑田官 兵 衞* 同 吉兵衞 • 同 兵 庫 

助. 蜂 須賀彥 右衞門 • 一 柳 市 介. 堀 1^ 茂 介な ど 三千 餘騎 にて 備へ た.^。 

〔頭書〕 私に 曰く. 此處に 大谷刑 部 少輔之 を 載す。 慶長五 年 關ケ原 討死の 時, * 八 

歲 云々。 之に 依る 時 は 則ち 今年 天 正 六 年、 刑部少 輔六歲 な. 9、 不審。 總 ベて 此上 

月 合戦 一章 は、 關西鬪 記の 說に 因って 之 を 書す。 其 外眞僞 正しから ざる 趣 間々 

之 有. 9, 追って 正說 によ, 之 を 添削す べしと 云々。 

又 曰く、 大 谷關ケ 原に 於て 討死の 時に、 人の子 大谷 大學吉 勝. 木 村 山城 守賴耱 と, 



云ひて兄笫ぁ.^• 刑 部蘭ケ 出張の 時、 兄弟 引離れ 出陣して、 束 « 勢と 相 戦 ひ、 

降- 死の 後、 兄お が從兵 忽ち^ 失せ、 僅- 計 b にな. けれども、 兄も^^^をM 

せす、 大敵 を 突崩し, 大いに 武? W を^し. 主從 十八 人に? S ちな さる。 大^ 今は是 

迄な 兄弟. 共に 腹お 切らん と覺 1^ したる 慮に、 家人 梳本久 八と 云 ふ 者 諫.. 一::; して 

越後筋へ落ちた..^云々。 此時刑 都 少輔斯 く 年た けたる 子供 兄: fiR 之れ 有る 時 は、 

:?^ 死の 時 廿八歲 と 云 ふ 說も正 偽 $ -柬 無しと 云々。 又 一 說に、 大學は 刑 部が 甥な 

りと も 云へ, o。 

總 じて 信 長 譜. 秀吉! sis 諸 普、 此 時節 大 谷.; 鹏 £3 市松. 加 藤 虎之 g.M 左吉 等の 事, 

之 を 載せす。 . 

其後は信長ょ.^の拨兵四寓餘^ぺ勇み誇りて控へた.r^。 士:1 川 元 よ, 使 を 以て 

!^!?傳へられければ、元長總軍に淀せられけるは、 上方 勢 は 敵の 虛を窺 ひて, 無二 

に:s^^ゲ」入れ^崩すの由閒ぇた..^• 然れば 味方の 足 輕 共射拂 ひ/,^ して、 敵お を 入 

れんと せば ばら.^ と 下敷き. 假令 膝の 上に 乘^ くると も、 一 人 も 立 上ら や の 足 

上ガ介 戦の 事 Is 



赛 侯三 家 II 卷六 一 〔六 

を薙ぐ べしと、 下知 せら る。 期く て 上 月 河を隔 て > 矢 軍 始ま りしが、 中 國勢聊 か 勝 

色な,.^と雖も、昨&ょ..^今朝の曉方迄雨頻にして、河水堦してければ、渡.:^兼ねて猶 

豫 したる 處に、 吉川經 言と 名乘, 5 て j 番に打 入れら るれば、 舍兄元 a$i、 續けゃ 者 共 

と 下知して 同じく 乗入れら るれば、 吉川勢 一 度に川へ打入..^た.o。 是を 見て 杉 原 • 

南條等も劣らす馳入b渡.c^ければ、上方勢押立てられて引退く。 黑田官 兵衞. 同吉 

兵衞. 同 兵 庫 助. 福 島 市松. 蜂 須賀彥 右 衞門. 一 柳 市 介. 堀 尾 茂 介. 宮部善 乗坊. 加 藤 虎之 

助. 问左吉 など、 馬 を 一面 に^べて 進來 る。 元 長足 輕は 居敷き、 弓 鐵炮を 射出す ベ 

し。 侍 も 悉く 下敷け と 下知 せら るれば、 一 度に 规と 下敷き、 弓. 鐵炮, ど 射 懸けけ るに、 

上方 勢 十四 五騎 111 上よ. 9 ばらく と 射 落さ るれば、 さし も 勇める 上方 勢 進む 事 を 

得す、 又 引く 事 も 流石に て、 一所に 控 へて 漂ふ處 を, 元 長 采配を振って.^ 方 を 進め 

ら るれば、 杉 原 播磨守 盛 重. 同 彌八郎 元 盛: 同 又 ニ郎景 盛、 其 外 吉川勢 一手に 成 ..ML. 

二 千 餘騎咄 と 突懸れ ば、 上方 勢 又 押 立てられて 四 五町 計 b 引返く。 此時 上方 勢宮 

田の 某と 名 乘.. > し 者 を 始め、 多く 中阈勢 へ 討 取, 9 た hs。 元 長 永 追 を 制して、 又 本の 



如く^ へら るれば、 上方 勢乂収 つて 返し、 を 入れん とすれ ども • 巾 W 勢 大將の 下 

知に 從 つて、 一度 は 坐し 一 度 は 起ち、 或は 左し 或は 右して、. ES に舉 動し ける ii 、上 

方!?^. 破る $能 はやして * 次 r ル々々 に 引、 返く。 敵 引けば 屮^ 勢, ^かに 跡 を ひ、 太 

鼓 を 打 つ て 進む。 上 力 勢 m を 入れん とすれば、 又 ばら/ \ 下敷く 問、 上方 勢 射 立て 

られ押 立てられて、 高 倉 m の 驚 迄 廿餘町 引;;^ きたり。 秀吉刁 本陣 其 外 简井已 下の 

諸陣ょ 、是を 見て、 我 も),^ と 助け 求れば • 上方 勢 却って 後陣の 大勢に 支 へられ 

て、 ® 引 0.5 なら ざれ ども、 ill く 味方に 力 を^て、 高 山の にて、 一 度に 取って返 

し、 足輕を 先に 立て 閱を 作. 9 て、 Isi^ を 一而に ,拉 ベて 備へ たり。 杉 ISK-Hll 人, 川 

势具 先に 先み. ばら >/ ^と 下敷き、: Ir^ 炮を 先に 立て 散々 に 射たり。 然れ ども;:; 一 に 

4^ 實を 見計らうて、 唯 矢:,^. 足輕迫 合計り にて 、お 無の 戰 をば 慎め b。 此時 おし 荒木 

攝 fi 守、 上の 山よ b 下し 懸け 橫 合に 突いて 懸からば、 屮國势 多分 押 立 てらるべし • さ 

れ ども. 荒木::^ する 33 有って、 {<H しく f;!- 見して:: W た b。 此攝. m 守 毛 利. :!^ へ 志 を 通じ 

ける. ぉ顯 して、 上 月 開陣の 後、 信 長よ b 返お せられた りと 開え た.^ • 1> 《宇喜多 势 

上お 合 R の 事 S 」 



の 宇 

去 喜 
就 多 

勢 



養 侯三 家 誌 卷六 - 一 „ -』 

の陣 より、 高 倉 山の 間に は 少し 高き 嶺 有.^ て、 尾上績 きなる 間、 彼の 峯へ備 前 勢 押 

登. -、 一 萬に 餘る 勢に て 秀吉の 本陣 へ 逆に 切って 懸, なば、 秀|^"忽ち敗軍た る ベ き 

處に、 宇喜多 和, 5^ 守 其 頃 上方へ 志 有 b ける 故、 敢て備 前 勢此義 勢に も 及ばす、 時の 

勝負 を 窺 ひ 居た, -。 吉川元 春. 小 早 川隆景 は、 上 月の 城 を 取 園み、 陣々 を 堅く 守, 9 

. て、 一 備中. 備 後の 勢 共 をば 一 人 も 出され t 斯くて 中 國勢高 倉 山の 麓 迄 敵 を 追 詰め 

て、 山上 を 見上げた る に、 羽 柴筑前 守 秀吉、 陣を嚴 しく 構 へ 、 總勢は 山の 半 腹 迄 下し 

合せ、 其 外 惟任. 筒井. 伊賀. 稻葉. 蜂屋 以下 一 勢々々 備 へたれば、 中 國勢纔 に 二 萬の 勢 

をお て、 五 萬餘の 大敵 を 破る fei は 見え ざれ ども、 上方 勢 を 廿餘町 追 退け、 旣に 

勝に i じたれば. 大軍懸 らんと する に 少しも 臆せ や、 足輕を 先に 立て 弓. 鐵炮を 祭 無 

く 射 懸け 暫し時 を 移す。 大谷刑 部 少輔. 神 子 田 半 左 衞門. 美 藤 甚右衞 門 等の 勇士 共、 

後陣つ 力へ たれば 引く とも 引か れ まじ、 一 度懸, 9 て 敵に 一 當し て、 其 勢に 勢 を 打 入 

るべ しとて、 六 七 千 騎^ を 立直し、 步立を 先に 立て 押 求れば、 後陣の 高 倉 山の 勢、 我 

もくと 馳 續,, 。 吉川元 長是を 見て、 采配 を 擧げて 下敷け と 下知 せら るれば、 眞先 



に 進まれた る 民 部 大輔經 -ーリ 左 近^ 元 氏. 杉 ほ潘^ 守 • 同ぎ 八^.^ 又. -ぉ in. 

勢 今 田 中務少 輔.士 口川 式部 少 川 i 大輔 • 新兑左 湾. i^^i f 三 

右衞 門. 二宮 右京亮. 伯 州の 住人 吉田肥 前守车 5<藏 左 お +2a の畔 にお 

S けて 前に § を 立て、 膝の 上に f 说 いて, 敵懸 らば 先. つ S を 突き, 主 落つ 

る處备 取るべし と 待 けたり。 上方 勢は 敵の I 阁な I、 5 る、 f ぬ 

t 大谷刑 部 少輔唯 一 騎、 間近く 乘 寄せて 透 間 あらば 味方 を 進め 乘 入らん と 備を 

窺 ひ ffi 廻 b ける 有樣、 天晴れ 大 剛の^な b と 見 ゆ。 中 村 式部 少輔 は! g 炮 数- 诞.^ 

へ て 散々 に 打 懸け、 敵 少しも 色め かば、 せ (费 に乘 じて、 虛を麟 たんと m.〕 入. - たる^^ 

顯然 たり。 此者 は羽柴 家に 於て は 、柳 子 田. 中 村と て數 度の 舉. お." て、 武功 の^な 

と 世に 名 を 知られた ろ 士 な...。 中 國勢餘 .9 に 深 入 しければ、 勝っても^ I 

て も 引返かん I しと 思ふ處 に- i 家の 侍 大將天 S 零 I- 下 = 押に i る 

が、 後 馳に馳 f, 彼 元 Is 勝利 を 心に 懸けて * 一 身の 手柄 をば 好まざる 故. 手 

勢 三百 計, - にて 後の 山 へ 打 登.^、 備を 立て . ^味方の 機 を 助く。 執』 出 治 郁 大輔ー 兀淸も 

1 化 

上 月 <1. 戦の 事 



» 侯三 家 誌 卷六 - 二 

杉 原播磨 守よ- 9 は 右の 方 打 出 でられけ るが、 高 倉 山の 茂. 9 の 中に, 敵 数多 隱れ 居て 

鐵炮を 打ち、 後に は 山 下へ 下 て瀕 りに 打懸, 9 ける 故、 元淸槍 五十 本 計. にて 喚い 

て突懸られければ、敵忽ち茂bの中へ逃入,.^ぬ。 兒玉 小次郞 f もが〕 &; i 謂お 

は、 輝 元よ b 當 表合戰 見合せ の爲 め、 轉與三 右 衞門を 物 頭と して 鐵炮 三百 挺 差 添へ 

て 上せられけ るが、 兒玉も 高 倉 山 近く 打 出で たるに、 敵 堤 を 循に取 b て鐵炮 を打懸 

くる。 兒玉 も塘の 陰よ b 鐵炮を 打た せ 迫 合せけ るが、 小 次郞壯 年の 者なる 故. 動れば 

突懸 らんと 勇みけ る を、 雲 州 浪人 若 林 藤 兵衞尉 た ^ ほ甫 傍に 居け るが、 今暫し 待て 

と 言 ひて、 草摺 を 取って 控へ た,. > しが、 能き 時分 を 見て、 早 懸かれと 免せば、 兒玉槍 

を 取って 突き 懸かる • 栩隨 ひたる 者も續 いて 懸る 間、 傲堪 へす 逃 去り、 茂りた る 竹 

の 蔭に 隱れ たるに、 兒玉續 いて 追駔 け、 竹 を 隔て、 戰 ひた V 上方 勢の 中に 藪內匠 

辦 wis.^ 一 老と と名乘 つて 玉と 檢を 合せ、 汗 を 流して 突 合 ひしが、 兒玉小 次 

郞手を 負 ひた, 9。 若 林 藤 兵 衞尉は 聞 ゆる 勇士 に て、 眞 先に 進み 敵 數多突 返け、 勇氣 

あた,.?' を拂 うて 見えし" 菅田三 郞左衞 門 も 若 林と 同じく 進みて、 刀に て 鋤き ける 



秀ャ M 敗北 



に 下向せ 

ん * す 



が、 敵に 股 を 突かれながら • 其 枪を引 挫 じき * 取 b た. i% 玉 身命 を^て 、戦 ふ^ 

敵 終に 打 ft: けて 後の 茂. の 中へ 引 入, た. r.* 期くて 本 ほ 筋の^ 高 食 山の 大势も 

下 合 ひて 迫 合 ひ 時 を 移せば .Ig 炮の 昔. 矢 叫の 天地に 權 きて 夥し U 屮 ^勢 將に乘 

りて、 手 iw. 死人 を^ 越え, 次第に 敵 を 迫 詰めたり。 是を 見て 羽 柴秀士 H 味方の^ 

へ 使 を 以て、 速に 引取るべき 旨 言 はせられ しが、 はや 本陣よ b 崩 立って 引 一き た 

^^。 され ども 先陣 は 偭を亂 さす 、一段 づっ繰 d に 引拂 ふ。 屮^ 勢 引く 敵と 兑て、 心 

安く!^ 炮を ため 澄して 打ちけ る 程に、 上方 勢 手 ft. 死人 數 知れす。 士:; 川經. マ:: に 杉 

^彌八 郎元盛 又 次郞景 盛、 何 國迄も 追 詰めん.. S まれし を、 古川 元; r 期^の 所 

にて 長 追 如何な. y とて、 制止 めら る。 .上方勢次第に引;^.lきて、遙山上に打入..^たる 

を 見て、 中 國勢も II に 打 入&た hs" 都べ て 今;:: 三 箇所に 於て 迫 A "おりたる に、 何れ 

も 巾國勢 勝に 乗り、 初めての 合戦に、 上方 勢に 一 鹽 付けさせた と悅び < "へ 士 3 

川 元 長 は 敵 早く 引取, 9 たる 故、 入亂れ たる 手: lis の 合戦な き -殘 念な b と 言 はれし 

となり。 此 合戦の 中、 元赛. 隆景は 敵の 働に 依りて 打出づ 可し とて、 備 定めして 後 

上 月 合戦の 事 1 二 



侯三 家 卷六 m 

に控 へ られ た. 9。 斯くて 織 田 信 長 播州 へ 下向す ベ しとて、 諸 勢 を 先立て, 旣に 京都 

を 打 立たん とせられけ る處 に、 羽 柴筑前 守よ b、 先づ 今度 は 御 延引なる べきの 由 言 

上せられ たる 故、 其 事 止みぬ。 秀吉は 斯くて は當陣 全から すと 思 はれて、 惟任. 荒 

木. 筒井 已 下の 諸將を 集めて 詮議 有りけ るに、 宫部善 乘坊、 今度 は 先 づ常陣 を引拂 

はれ、 重ねて 信 長 卿 を 進めて 御發向 をな さしめ、 毛 利 家の 根 葉を斷 るべ き 謀 有って 

然るべ き 旨 言 ひければ、 秀吉 聞かれ、 城 を 救 はんとて 永陣を 張る は、 昧方危 くして、 

其 上 にても 上 月 城 落城すべし。 又 さし も賴 みに 思 ひて 籠りた る.^ 方の 後 詰し なが 

ら、 當陣 を引拂 ひて 尼 子 を 見捨てば、 我 非 義の名 を 得て 、千歳 迄の 瑕瑾 な. y と 言 はる 

ると 雖も * 惟任. 筒井 已下 一 同に、 尼 子 を 捨てん こと 苦しから や。 鬼 角引拂 はれ 然る 

べしと 言 ひて、 同月 廿 九日の 曉に秀 吉上月 表 を引拂 ひて、 同國書 $1 山 迄 打 入れら 

れた. 

〔頭書〕 豊臣 秀吉譜 曰、 信忠 出京 之 時、 信 長 亦 欲,, 繼發; 而 家臣 CP 秀吉之 武名; 抑.. 

遏信長 之發、 洛, 亦 便,, 秀吉 退, 兵、 秀 吉不, 得,^,, 何 之; 一 日 毛 利 兵 出,, 野 伏, 使, 殺,, 刈 馬 



秀古兵 殺,, 野 伏; 毛 利 兵大出 戰,, 秀^ 兵; 尾 氏. GS 田 氏 先登 被 勤、 屮村氏 能 

戰、 お S 氏戰死 _ 秀士尸 ポ殆危 • 竹 中 宇 兵 治 a?, 之、 35, 揮 兵 十 -,而5^ 時、 お 使お 又 

秀 iwp 於 之; 秀 ii" 不, 得 包; g お- «5 山; 故山 中 鹿 之 助 失ね 力 粥, 降; 毛 利, 

遂 被お ま W 化,, 信忠之 宅, 曰* wks. 故 上 H; 城 2E. 鹿 之 助投, せ ."li ^非,, 公之 過 P 鳅. 

信忠 曰、 然吾 慰,, 於: ム:: 子; 乃聚, 兵 謀,, 攻三木 域-云々。 

as 或 害に 曰く、 天 正 六 年の 赛、 尼 子勝久 播州 佐 川上 月 能 城、 毛 利 .ii:! 川. 小 早 川 

六 人に て 攻め EE む。 然るに 織 田 信忠、 後 詰と して 三 i: 山人 を帥ゐ て、 お < ^山に 陣 

を 居 ゑ、 日夜の 合戦 止む 時な し。 此ゅ蔽 内匠、 足 11 二 一.:: 人 を 進めて 弓. 鐵炮を 放ち 

ければ、 毛 利 方よ トく 1% 玉 兵 元效 も足輕 二百 人 計. 9 從へ、 錢炮 迫仓ぁ b しに、 互 

に 玉 藥矢械 $ ^きて、 毅 と:!^ 玉と 松 を 合すべし とて 駆 s^s .9 けれども, g-ii に 茂.^ た 

も竹漦 あ, 5。 兩人數 饑に槍 を 合せけ るに、 兒 玉が 郞從三 U; 善 兵衞、 內 匠が 乘 りた 

る siis- の 三 頭 を 突きければ、 馬 騒ぎ 飛んで、 內 匠が 十文字の^ i:? にか、 h6 落しけ 

も を, 三 薮を くぐ b 其^ を 取る * 內匠 はお ~i 々と步 ませて * 本陣. に 打 入 た 

上 月 合戦の 事 S 



城秀 
^吉 

攻 H 
む 木 



藝侯 一一 一家 誌 卷六 i 

一 此迫合 を 敵 味方 見物して、 一同に 鬨を 作う しに、 善兵衞 取. 9 たる!^ を 差 上げ 

て * 二度 鬨を 揚げければ、 彼 迫 合に 兒 玉が 働 を 勝れた, 9 と 言 ひ あへ hN。 凡そ 柵 越. 

堀 越. 藪 越の 槍 は、 强き 働に せざる 例 あれ ども、 彼の 兩人 は晴 なる 迫 合なる によつ 

虫 入 

て、 世に 其の 隱れ なし。 此 時よ hN 中 村 を 改めて、 藪と 稱 したりと 言へ, 9。 彼 口 は 

虫 入 

1 氏と 同姓の 一 族なる 故に、 中 村 氏に 仕へ て、 後に 菝 氏に 口る にや。 伹又此 時、 

教 越に 槍 を 合せた る 働 比類 無き に 依って、 夫よ b 數氏 にな. 9 た, 9と、 或 說ぁ化 

五 播州 三 木 誠| 城沒 落の 事 

愛に 播州 三 木の 城主 別 所中務 t に郎長 治と 云 ふ 者 あ,...。 羽柴筑 前守秀 吉當國 下向の 

時、 姬路の 城主 小 寺は秀 吉に屬 しける が、 別 所 は 毛 利 家に 志 有りけ る 故、 是に隨 は 

す。 -小早 川隆景 より、 浦兵衞 示 勝に 人 數を差 添へ て、 三 木の 城へ 籠め られ た,.^" 

是に 依って 秀吉、 書 寫山を 本陣と して 三 木へ 相 働かれけ るに、 別 所長 治. 浦 宗勝申 

合せ、城ょ^^打{fsで稠しく相戰ひ, 羽紫勢を追退けた,..^。 其 後 浦 罷歸, 5、 三 木の 城 



^所 

お 2L る; 



兵種 乏しき 由 言 ひける に 依 つ て、 是を 1% 繼ぐ ベ しとて、 隆:^!^ょり兵樣を送." るゝと 

雖も, 上::;; 落城の^ 節なる 故、 小人 數 にて 漸,, 、魚 住へ 著き * 其れよ.^ 兵糧 計. H 二 木 

へ 入,: i て歸. た 斯くて 信 長の 摘 子中將 信忠 は、 4:: 弟 信 雄 .:::5 孝 相 4^- ハに上 介賊 

の 間 は、 同國加 古川に 本陣 を 居 ゑて 居られけ るが、 此^^:!らんも面ほなしとて 三 

木の 城へ 押 寄せ, 一 時攻 -に攻 崩さん とせられけ るが、 別 所 散々 に 射 立て \ ^手、 ず 

負. 死人 一 一 三百 人に 及びければ、 當城侮 難し、 北; 後 は 攻ロを 宽げ仕 寄 を 付け. 井橒を 

組みて 攻められければ、 別 所 房な. 9 と雖 も、 . ^方 僅に 千餘 人、 寄 手 八 餘の £4 士な 

れば, 防ぐ にカ蟲 きて 、降参 を! ii ひければ、 方便り て 城 を 喚 出し、 竞 にせ-ど 刎ねられ 

ず。 

〔頭書〕 ト::::: 城 落 去 之 由 珍重 候。 別而 抽,, 馳走, 故 候。 彌 t 山 口 行ぶ.^ 度. E. 付 候。 可,^«, 

成 悅-候 也。 仍 太刀 一 腰. 馬 一 匹遣乏 候。 委細 輝 元 可- 演說- 候。 爲 kgfel: 行 k 也- 

天 正 六 年 七月 十八 日 義昭 

吉川驄 河 守 どのへ. 

播州 三 木 城 5^*5- の 事 S 



11^ 侯三 家 誌 卷六 ./ - , m 

〔頭書〕 本文 三 木 細 註、 或 作-神 吉, 云々。 徂三木 與,, 神 吉-? ^歟。 

〔同〕 秀吉譜 曰、 別 所 小 三郎長 治者、 播州 東 八 郡 之 守護 也" 叛,, 秀 lie, 而 入,, 於 三 木 城, 

云々。 

虫 入 

^^長. 1,^ 構,, 諸. 塊; 使, 一, 櫛^ 左 京 進,.. W 志賀 多: 神 吉民部 少辅- 口 神杏梶 .5- 平-、 兵 • 鉗 

虫 入 

高, 云々。 lis ハ及 其:! S 小 八郎ロ □ 口 進 友 行 山城 守贺 相. 其餘上 中 村. 高! in. 服 

お. ー^^云々等^-,,三木诚,-ぶ々。 

又三木城^^去之^^ 天 正 六 年 八月、 信: 〔赴,, 三 木 城 S 使 • 秀:^ H 屯, _于 平虫而 :5 忠 a 

上。 其 後畏治 数 中:: 、秀 iic^ 方 Jef 士防戰 ^々也。 三 木 城 堪。, 而 2iA 年 米 竭 兵威 

漸衰、 長^ 刺,, 殺 妻子, 其 身亦自 刎、 年廿三 云々。 

又 曰、 信忠舒 k 〈攻, _ 神 ii:! 城; 城主 神お 民 部拒コ NT 頃 之 部族 神 ?;2 藤 太夫、 斬, k 部 

首, 以其城 降,, 信忠, 云々。 

〔同" 別 所長 治 先祖 は、 赤松 家の 族臣 なり。 赤松 滿祐 入道、 將 軍義敎 公を斌 し、 其 後 

播州 白旗に て 別 所 入道 を 始め、 同小 太郞. 同小 三郎則 治. 赤松 入道と 共に 自害す • 



其餘族 殘.^ て、 t« 治 に 家名 を傳ふ と 云 々• 

〔同〕 到,, 黑 1^ 出- 陣替 之. H, 辛勞無 U 比類-候 • 然^ 織 m 诚之介 三 木 表 W 今 花. 之 

之 由 候條, 此節 n 然人數 ^於,, 打 人, お- 敵 利, 上、 口 ^はたと 介 相逍; 今^.^ 

方に 引 族 及,, 難^; 大坂巳 下 勿論、 可,, 滅』 し, ii, 如何にも へ 抽, ^功-ぶ, 

彌敵城 共 <^懇5>:; ^ 以可 大 利-^。 ^^;備處にては可,爲=筏悔:候^|^、計^止^ 一 候 • 

元^^5^、從,,但州,招請3:!其11候。 雖 み:^ 凶徒 未 此:: : 徘徊 條、 彼^ 於:, 返 治, 者, 北 lEiw 

おの づ から 可 fe,- 木 意-候 歟。 S 非 北- 隆 3^1$ 一 手に. W 働、 別 而粉骨 偏 g 入! r 爲 

野 大和 守 • 一 色 河 守 を 差 越 候 y 猶! 可 ^巾 候 也。 

天 正 六 年 七月せ 七 H 義昭 

吉川腿 河 守 どの へ 

六 尼 子 勝久已 下自ま 山中 鹿 之 助 最期の 

尼 子お 衞門 尉勝久 は、 さし も賴 みたる 羽柴. 荒木 以下の 後 詰 勢、 悉く 引返 かれければ、 

^ 久 r し 下 E ^^-附山屮 鹿之助ぉ期 の 1 1. 七 



入 早 助 山 

る 川吉中 
に 川 鹿 
詫 小 之 



載 _ 一 侯三 家 誌 卷六 11 八 

籠城の 者 共 彌,. 力 を 落す。 斯くて 山中 鹿 之 助 幸 盛 、使お 以て、 元 春. 隆景へ 申しけ る 

は、 今度 上 月 籠城の こと、 全,、 勝 久竝に 其 外の 者 共の 所爲に 非す。 偏に 神 西 三郞左 

衞 門が 調略に 依れり。 然れば 神 西に 切腹 させ 申すべき 間、 勝久已 下命 を 助けられ 

候樣 にと、 再三 懇望す と雖 も、 兩川 承引な く、 勝 久竝に 尼 子 助四郞 氏久. 加 藤 彥四郎 • 

神 西 三 郞左衞 門 此四人 切腹な きに 於て は、 殘る輩 を も 命 を 助く まじき 旨、 返事 せら 

れ ければ、 鹿 之 助 勝 久に向 ひ、 此上は 力なし、 御 自害 有るべし。 然れば 某 事 は 暫く 

の 命 を 存命 へ 、 敵に 降. 9 何と ぞ元 春と 刺 違 へ 、 當 家年來 の 鬱忿を 散 じ 申す ベ しと い 

へば、 勝久、 某 事抖藪 行脚の 生涯 を 送るべき 處に、 各,^ の 志に 依って、 一度 尼 子の 大 

將の名 を 汚し ゝ こと、 生前の 本 懷是に 過ぎ や。 然るに 天命 時 到ら やして、 斯く 成果 

つる こと 全く 恨と 思 はす。 快く 自殺すべし。 御邊は 何と ぞ謀を 廻らし、 當家 代々 

の 舊恩を 報じ、 勝久が 泉下の 遺恨 を も 散 せらるべし と 言 ひて、 今迄 持 たれた る 太 

刀 .刀* 其 外 金銀. 珠玉の 類 悉く 取 出して、 失々 に 分ち 與 へ られ た. y。 同 七月 二日、 神 

西 三 郞左衞 門 城の 尾 崎へ 出で て、 自害す ると 披露し、 頓て城 を 出で 淸げ なる 膚を悅 



^Msp 一 ぎ、 刀 を拔 きながら 魔し き珠を 揚げて、 「朝-; ^の 花の 上なる « よ.. ^も」 と * -Is ふよ b 末 

左! S『.D 

t • を5|2々と謠ひけるが、宋を少し謠^^"へて、「哀れな.^ける人界を、 何時か は 離れ 果っ 

べき」 と 云 ふ を、 「今 こそ 離れ 架て けれ」 と m ひ 終り、 ^^^の屮ょ..-股十文.¥に报切 

つて 失せた..^ • 1:5 三: u 左 衞門尉 勝久、 客殿の 具 中に Eg を 重ねて 其 上に 坐し, 從 子の 

尼 子? < 助 四^ 氏久. 加 膝 彥四郎 次第に :! 巧 is て、 勝 久酒を 出させ、 K^J を 取って^に,;^ み、 其盃 

の *s 

を1^久の前に8!^き,刀を拔持ちて、吾元來^^福せに有.^ニ^法商贷の逬はぁらく 

其 旨に 至 りぬ. 一 最期の 一 句を擧 すべし とて、 刀 を 提げ 起ちて、 「^劍 KHf 殺活臨 ^ 時、 

ほ久自 這简 是殺活 自在 底」 那筒是 勝 久末後 之 一 句と、,认久^«代云ふ、「都來割^千"1^近,南北 

東西 達,, 本鄕 こと 言 ひも あへ や、 腹 十文字に 切 被ら るれば、 池 田些ー S 其^お.? す。 

助 四郎氏 久も績 いて 腹 を 切る。 加 藤^ 四 郞は庭 上に 跳 出で て、 へ.? § く 自害したり。 

池 田 « 三郞も 勝久の 死骸の 前にて 切腹す。 山中 鹿 之 肋、 勝久 巳_ ト の^を 敵陣へ 送 

b 、降參 して 元^ 對 面せられん 時、 本意 を 達せば やと 思 ひ、 年 來の科 を 許して 仕 

はる/'樣にと請ひければ. 元年.傻1*^許容せられて、 頓 て先づ 元お 對 面せられ しに • 

尼 子 勝久已 下; E 害附山 a- 鹿 之 助 最期の 事 



藝 侯三 家 誌 卷六 S 

鹿 之 助 兼ねて 巧みし に は 樣替. ^て、 元 春. 元 長 父子 一 問 隔て 著 座せられ、 其 次 lT は 

宫庄次 郞三郞 元 正 • 今 3 中 務少 輔經忠 巳下數 十人竝 居、 二宮 木工 助 酌 を 取, 5、 二宮 一 

右京亮 肴を捽 ぎしが、 何れも 刀を橫 たへ、 鹿 之 助に 目 を:^ けて 用心 嚴 しければ、 さ 

しもの 山中 只頓 首して 返 出した, 9。 其 後 隆景對 面せられ しも 同じ 趣 なれば、 鹿 之 

助 案に相違して 旅 宿へ 歸 りた.^。 毛 利 輝 元よ. 5 粟屋 彥右衞 I:. 山 縣三郞 兵 衞兩人 

に、 鹿 之 助 を 具して 下る ベ きぼ 命せられ て、 粟: HJ! ,山縣 五 百餘騎 にて 播州に 到れば、 

元 考隆景 よ b 鹿 之 助に、 備 中へ 下 b て 輝 元へ 目 見すべき 旨 言 閒 かせられ、 粟屋. 山 

縣 守護して 備 中の 松 山へ 下さん とす。 鹿 之 助 は 家人 六十 餘 人相 從へ、 信 長よ ケ給は 

,0- たる 四十 里 鹿 毛と 云 ふ; s| に乘. 9、 兩 使に 洋ひ 下. はるが、 旣に備 中 國!: 井の M に 

著く。 兼ねてょ.-天_^;紀^守が娘子4.務少輔元明に、鹿之助を討果すべ き 旨 下知せ 

られ ける 故、 天 野 小船 一 艘に鹿 之 助が 手勢 を 悉く 乘 せて 先へ 渡し, 鹿 之 叫 は 頸収後 

藤. 柴 橋と 云 ふ 者 二人 を 召 具し、 岩に 腰掛けて 扇 をつ かひ 袓 ぎて 汗 拭 ひな どし ける 

處に、 天 野が 手の者 河 村 新 右衞門 sij- 隆ょ ねら ひ 寄りて、 袈 切に 丁と 切る, 鹿 之 



家 宇 

の^ 

£多 



助 あっと 言 ひて 川へ 飛 下. - ける を. 河 村" いて 飛 下りた.. • 右^門 あた..' 

£ く fcis して、 透 も あらば と 心掛けけ るが, お 俊-嫂 を 掛けて^.^ 寄. -、 鹿 之 助が 兹 

を 討 落した 郞^^柴橋をば、 渡逸乂 左:. H 門. 轉右衞 門 二人して 討 * マ。 後藤 彦儿 

郞は 散々 に 働きけ るが、 是も 終に M たれたり。 ^鹿 之 助が in を^ 元の に備へ 

たるに、 河 村 •: 職 間 相 j„2 名の 由感 せらる。 立原源太兵衞^5は藝州迄下,9けるカ あ 

に 逃 上りて. 條須贺 彥右衞 門を賴 みおけ ると 51 えし。 

§ 山中 鹿 之 助、 天文 十四 年 乙 巳 八 パ 十五. = 、雲 州な S 旧庄に 於て 誕生- 十三^ 

初§、十六^^の辰、菊地昔八と云ふ大將の首を取る。 死す る^ 三十 四お 

七 宇喜多 和 泉 守 心 愛の 事 

宇喜田 和 守^ 家 は、 極めて 表 の 人なる 故、 織 W 信- 4i 幾.:!:. 幾 外に 猛威 を报 はれけ 

る を 見て * 幕下に 志 有りければ、 上 パ 合戦の 時分、 信 長の 嫡子 中 將信忠 加 古川に 陣 

取, て 居られけ るに、 宇 多 與太郞 に洲波 人 入道 如 を.^ へ 使と して、 ts. おの 

宇甚多 和. iai^ 守 心 の 事 一二 一 



勢 侯三 家 誌 卷六 1 一一 一一 

味方に 屬 すべき 由 潛に言 送. y 、上 月 表へ も 病 氣と稱 して、 舍弟七 郞兵衞 尉 忠家巳 下 

を 差 出しけ るが、 上 月 落 去の 後、 自ら 備前岡 山の 居城 を 出で て、 播州 へ 打 越え、 元 春 • 

いき は ひ f 龍 力〕 

隆景へ 上 月 勝利の 嘉詞を 述べたり。 其 後洲波 入道 を 以て、 今度の 勢に 同國』 野 を 

討 取 りなば、 上方 發 方の 通路 宜し かるべし と勸 めたり。 元 春 は 宇喜多に 疑心 ある 

故、 龍野發 向の 事 如何 有るべき やと 言 はれ けれども、 隆景樣 々評議せられ、 上 月 を 

發し て 黑澤山 に 到,. > て、 兄弟 軍 を 移さ る。 治 部 少輔元 長 は、 上 月 落 去 の 趣 を 輝 元 へ 

語らん 爲に, 備中松 山へ 下向せられ たり。 此時 宇喜多 は、 家老 明 石飛驊 守が 家 城 八 

幡 山に 居て、 一 K 春. 隆景を 彼 所 へ 請 待して、 饗應に 事よ せ 討果す ベ しと相計.^ て、 兩 

川へ 八幡 山に 於て、 薄 酒を獻 じて 長 陣の御 苦勞を 慰む ベ き 旨、 案內を 遂げた. 9。 元 

寿. 隆景斯 かる 企 有, 5 と は 知らす、 其 請に 任せて 則ち 許諾 せらる。 然る 處に 八月 二 

日の 夜、 明 石飛驛 守よ 弟 勘 次郞を 以て、 和 泉 守 隱謀を 企て、 兩將艰 臨の 節 討つ 可き 

との 事、 支度 仕る 由 告げ 知らせた ,9。 又 直 家が 弟 宇喜多 七郞兵 衞尉忠 家よ, 9 も、 同 

樣に內 通す。 故に 兩川 相談して, 先づ 今度 は開陣 し、 重ねて 宇喜多 を 詠 伐すべし と 



て、 八月 三日の 東雲に、 兩 川よ. 9 和 泉 守が 方へ 使 を 以て、 唯今 當陣 を引拂 ふなり • 

重ねて 發 向して 對 面すべし と 言!? a し、 ! i を國 くして: S 陣 せらる • 和ぃ个ザ支^^相^^! 

して、 後 を 125- ふこと もな し。 元养は美作を經て^州へ打入.-、^^«^,は海邊へ出でて 

しゃくしの 浦よ 船に 乗りて、 備後國 へ 下られたり。 

書〕 今度 播州 永々 遂- 在陣; 殊打 爾 X 「其^ 居陣 由、 比類- 忠功 候。 爲 

1 色宮內 少輔: 小袖 一 重 消-^ 候 _ 次 • 自- 柬國 -到來 户づ 一 匹 (靑 毛), 將 

, 《? 之 候。 狼 具 木 島 蕃頭昭 光 可 K 申 候, 

天 正 六 年 十月 十六 日 義昭 

吉川駿 河 守 どのへ 

〔同〕 今度 荒木 馳參 、味方 攝州悉 勝手-候 * n,, 此 勢-輝 元 早速 令-出" C 彌,. 抽 :?^ 忠- 

候樣、 加 k; 見-馳走 者、 可-喜 入! 爲, 其 差, -越昭 光-候 也 • 

天 正 六 年 十一月 廿 四日 義昭 

吉川駭 河 守 どのへ 

宇喜多 和 * 守 心 @ の 事 S - 



附き毛 小 南 
く あ 鴨: 多 

田;^ 元元 
I: 叛淸次 



鶴 侯三 家 誌 卷六 , i 

八 南條 小鴨 逆 意の 事 

南 條伯耆 守 元 次、 多年 毛 利 家の 旗下なる 處に、 尼 子 家の 浪人: i 山 次 郞左衞 門と 云 ふ 

者を扶持し置きけるが、彼の者元次に語,.=^けるは、 織 3 信 長、 武威 當時 天下に 傑出 

したれば、 毛 利 家 も 終に は 信 長の 爲に 家を滅 し、 其 旗下の 國士も 根 を 斷ち葉 を枯さ 

る ベ き 間、 元 次 も 早く 信 長の 幕下に 屬 して、 家の 長久 を 慮り 給 へ かしと、 利害 を 沙汰 

して 勸 めければ、 元 次 此事を 尤と& 5 ひ、 異母 弟の 小鴨 左衞門 尉元 淸に語 . ^て 相談し 

ける に、 元淸も 則ち 1^ 意した り。 家の 子 南條備 前. 同 九 郞左衞 門. 山 田 越 中 以下 を t- 

び 集めて 詮議し ける にも、 何れも 此儀 宜し かるべし と 一 決しけ. y。 之に 依って、 頓 

て!^ 柴秀吉 迄、 信 長 卿の 幕下に 屬 すべき 旨 言 送, 9 た, 9。 此由吉 川 元 春の 方へ 聞え 

ければ、 則ち 南 條の與 力 山^ as 雲 守 重 直、 毛 利 家 へ 志 深く 篤 賞の 者なる 故、 

彼 を 呼び寄せ、 南條. 小鴨 心變. 9 せし. S 、其 隱れ なし。 何とて 山 田 此事を 告げ 知らせ 

ざる やと 言 はれければ、 重 直 驚き、 此隨 ゆめく 存せ ざるの 由、 一 紙の 起請文 を 書き 



SI 山. 

たる 



て出した..^. 元 春 其 儀に 於て は,^ 條兄 弟に 晃を 加へ、! i.^ 次郞左 • お 門 を 討って 

出す ベ き 旨 命 せらる。、 山 田 則. xml!^ して、 伯 州 へ :§.^たり* 福 山 次 郎左衞 門 は、 出 

で:4守を元^^び寄せられたる|£|1-、此2^の隱^漏れ^ぇての^にてはなきゃと、心許 

なく 思 ひければ、 出 田が 館へ 越えて、 下向 W 趣 を 問 ひ 11 きけ る を、 出 雲 守 いつより 

も睦 しく もてなし, 相圆を 定め、 山 田 十右衞 門に nn くばせ しければ, 十 右 衞門打 物 

の 達者に て, 拔 討に 切 付け、 其 刀 を 引かざる 內、 m 雲 守が 她千藏 人 "抬 いて 切.^ たれ 

ば、 福 山 は 刀 を: U に拔 きえ や 死た h^。 ぉ後出ゃ:ゃ>は、^£條に樣々《-見を加 へければ、 

元^^5<淸ょり, .:1^老,ま村と云ふ^^、 伯父.^ 兩人を 以て、 元泰 へ 逆 意 をお せざる の 通 

^^.^•斷ゃると雖も、 元 iil^r^ 引な く、 彼の 使 を も ち^さる ベ きと 計ら はれけ る. 躂に、 

^村 其 趣 を 見 及び、 兩人 共に i せに 立 返き、 伯 州 大山の 坊中 へ 夜中に 逃げ込みた る磁 

に、 杉 1^ 播麼 守が 家人 前 原 木工 允, 坊 中へ^ 入. 9 、則ち 溺 取って 差 出せば、 同國^ 波 

並の 溶に 磔 けに 掛けさ せらる。 其 後南條 兄弟 • 多勢お 以て 山 田が^ へ 押^せた. 

出 雲 守? 謀 深く, 手の^|?弹,卒多しと雖も、 c 體 無勢なる 故、 一 方 を 破りて^ 州へ 立 

南條 小^: „ ^お- 3 事 S 



@i ^三 家 誌 ^パ 一 一一 六 

退きた b。 其 後出 雲 守 は吉川 家に 奉仕し, 忠義 淺 からざる 者の 故、 輝 元よ, 9 も 知行 

を 加へ 與へ られ たり。 小 森 和 泉 守. 小鴨 四郞 次郞. 北 谷 正 壽院も 南條を 背き 立 退き、 

何れも 元 春に 仕へ た, 9。 南 條伯耆 守 元 次 妻 は、 元 春の 內吉川 河內守 經久が 娘なる 

が、 元 寿 養女と して 四 五 年 巳 前, 婚姻 をな さ しめられ ける 處に、 此度逆 意 手 切と 

して、 彼 妻を藝 州へ 送.^ 返す。 斯くて 吉川元 春 は、 播州 上 月 落城の 上 は、 丹 波 表 

へ 出馬 せらるべき 處に、 宇喜多 • 南 條心變 に 依って、 先 づ分國 の 敵 を 返 治して こ 

さしお 

そとて、 其 事を閣 かる、 處に、 丹 波の 國侍中 國へ內 通す る 旨、 信 長へ 閒 えて、 之 等 

を 退治と して 惟任 日向 守 を 差 向けられ たる 處に、 多分 降参して 信 長に 屬 した- 5。 

其 中に 荻 野 一 人內 通の 旨 を 違へ や、 家 城に 引 籠, 9 惟任 を 引受け、 比類な く 相戰ひ 

ず * 

, 九 毛 利 三 家作 州 發向附 所々 落城の 事 

宇喜多 和 泉 守 腐 家、 上方へ 一味せ しに 依って、 渠が 領分の 城 ども 攻め 取らん 爲め、 



毛 利 右お-加 揮 元 ••"nw 稜河守 元 同 民. 部 少辅元 長. 大輔輕 ゆ 小 w. 川 左..? 門: 

隆景, JW 共に 三お 餘 ^を 率ゐて • 天 正 七 年 二月 七 Hi? 作^へ 發 向し. I:? 九:::::^ 國小 

寺 畑の 城へ 押 寄せら るれば, 城兵 則 時 城 を 明けて、 大寺 畑へ 引窄 みた. 9. 同 十六 = 

大寺畑 を 取,.^ 圍 まる。 當 城に は 直 家が 培 江 原 兵 庫 籠りた るに、 羽 柴筑前 守よ..^ 多 

く 兵 を 加勢したり。 寄 手 什 寄 を 付けて 攻めけ るに、 胝 石山の 城兵: & を いて、 攻め 

ざるに 明け 返き ける を、 吉 川勢駔 付けて 數十人 討 取.^ た..^。 大寺 畑に は 城 中に 野 

心の 者 有 b て、 寄 手の 栴崎 彈正忠 に相圜 して、 城 中の ral 屋に火 を くれば、 枘". II 

番に切 岸 へ 詰 寄せ、 是を 見て 諸 勢 も 接 いて 切 岸へ 付く。 诚兵櫚 しく 防ぎけ る が、 終 

に 叶 はで、 門外 へ 出で て 落 支度 をす る を、 直 家よ.^ の 加勢 富 山 半 右 衞門制 し^め て、 

皆城中へ入,.^けるを, 吉川勢 跡に 附 きて 攻め寄せた b。 城兵 矢先々 揃へ て 射出せ 

ば、 寄 手 吉川勢 今 田 玄蕃允 春 政 il^gl?; を 始め、 手ね 多く 出来て、 朝 枝 源^ 郞 

〔頭 枝 幡が 5? 子な リ、 す. t ノこ b。 

松 田 九^ 左衛門 兄な り。 f^Lfh^ 



^利 一 1 一家 作 州 向 附所々 落城の^ 



IHi 卷ス 1 4.. 一一 一へ 



1 一画 吹 



始个 河内 後 稱こ 



〔頭書〕 市 之 允 liti 



i * 入 • 

f 源次郞 於-寺 ps^ 

I 九 郎左衞 門^ 市右衞 門^ 九 郞右衞 門 

II 又 六 於,, 津城, 討死 

斯 かれば, 其 曰 城乘叶 はす, 攻ロを 引返き、 重ねて 仕 寄を附 けて、 透 間な く 攻め寄せ 

たれば、 城兵 防ぐ 術盡 きて、 江 原 兵 庫 城 を 明けて、 篠 吹の 城へ 引き つぼみたり。 此 

城に は、 市 三 郞兵衞 .1 戸田 五郎太 郎. 市 五郎 兵衞、 初ょ.9籠h^居たh^。 三家篠 吹へ 陣 

を 寄せら るれば、 市. 芦田! I 処に江 原 詫 言して、 城 を 明 渡す。 又濱ロ 某が 籠 たる 岩屋 

の 城へ は、 元 春の 勢馳 向つ て攻 崩し、 城兵 明 返き た. >。 ^後 三家宮 山の 城 を 収圔ま 

る。 此時 物見と して、 小 早 川 衆 城の 尾 頭へ 取 b 登り、 頓て 引取る 處に、 城より 跡 を 

附 送.^、 兒玉平 右 衞門を 討 取. 9 た..^。 又 寄 手 山 下の 風呂 を燒 きけ るに、 城 中よ. 9 足 

輕せ人 計. 忍 出で、 風呂 燒 きの 夫 兵 共 を 討収, 9 たり。 此騷動 を Si き 付け、 吉川勢 江 

* 人 

田 新 fc^jliaj..u 陳卜 ヒ^ 〔. ほ 書〕 □□ 原. tsi 一 £5.£€4'〔頭ぉ3越§弟行狭守.^^歟〔若^^-^,,ォ、 载包 

tn*?+q^s.lnr ;^..「.05右へ衞門^^茂事.^^ ー.^方ハ.^»1狹子,」して^兵饱^也〕 翻み 口せ 3^2^ 

を 打 合 ひける が、 诚兵叶 はす 引返く。 江 田已下 勝に 乗って、 是を追 詰む る處 に、. 竹 



土居の內ょ"歡又廿人程新出で、右の人數に相加は...^、^5を以て地打して名乘.9か 

くる • 吉川元 長此 所へ 出 でられ、 あれ 討 取れと 下知 せら るれば、^! 彌: 進み 懸 "て. 

終に 歒を诚 中 へ 追 込みたり。 チ3川衆今田孫十郎^^^佧;g^^%ggむぉ.井下左ル^^.森脇 

彌五郞 ヘス. 小 笠 原 次 郞左衞 門 班 を 被 b 、同朋 奠阿彌 ^f^w 犹 

;5 死す • 其 後 城兵 七 百計...' にて 突いて 出で たるに、 元- 44 千餘^ を ゐて, 駅 合せ: 瓜 

討 せら るれば. 敵 忽ち 城 中 へ 逃げ 入 たり。 頓て此 城 も 明 渡して * i 細 前の 國へ 引 に 

く。 之に 依 b て 三 家の人々 は、 境目 城々 の 仕 澄して, 四月 初 匈^ 州 へ 陣 せらる • 

ー〇 備中忍 山城 合戦の 事 

美 作國^ 形の 城に、 毛 利 家より 吉田肥 前 守. 森 脇 市 郎右衞 門 方、 祝 山の 城に は 2^ 一.^: 

豊後守 父子. 三 須兵部 少輔隆 經を入 S かれた る處 に、 宇喜多 和 守 一 ss: 餘の勢 

を 以て 兩城を 取 園み、 猶又 荒神 山 を 要害に 構へ、 花房 助 兵衞を く 由、 注進^る 

に 依.. > て、 吉川元 寿 父子 三人、 八千餘 騎を從 へ て, 年 八月 1 1 日、 藩 州 新庄を 立ちて, 

備中忍 山城 合戦 事 111 ル 



藥侯ー 1 一家 誌 卷六 i 

作 州へ 赴かる、 處に、 宇喜多 美 作 を引拂 ひ、 備 前へ 歸陣 せし 由, 中途へ 吿げ來 るに 

依, 9 て、 ー兀寿 父子 も 其れよ, C お を 班され た .9。 斯くて 宇喜多 や! sl^ は 作 州に 於て 、味 

方の 诚 多く 毛 利 家の 爲に沒 落せし 事 を 無念に 思 ひ、 備中國 忍 山に 一 城 を 構へ、 宇喜 

多 信. 濃 守. 岡强介 を, 籠 置き * 毛 利 家の 領內 へ 働かん とす。 此由 注進 あるに 依りて、 毛 

利 輝 元. 吉川元 春、 仪子四 人. 小 早 川 隆景ニ 莴餘騎 を 引率して、 同 十 一 用備 中の 國へ 發 

向し、 同月 十五 日 忍 山の 城 を 取圍ま る。 元 春先 づ 城の 樣體を 窺 ふ ベ しとて、 民部大 

輔經言 を 差 向けら る 、處 に、 宇喜多 信 濃 守. 岡强介 千餘騎 を帥ゐ て 城 中よ. 9 打 出で 

たり。 經言 見て、 是ぞ願 ふ處な b とて、 鐵炮 ー頻. 打た せ • 其 儘 進んで^ を 駆 入れ 

ら るれば、 宇喜多. 岡是を 見て、 ロ黃の 若武者 討 取る に 易しと. 經言を 目 懸けて 駆 合 

す。.. 經 言軍セ に 下知して、 宇喜多. 岡 を 討 取らん と、 奥み 進んで 突 憑から る。 父 元 春, 

先手 勝利 を 譲らば、 憑って 敵 を 一 捲 にせん と、 後よ, 9 加勢 せら るれば、 城兵 終に 

突崩され, 營 中に 逃 入 b たり。 又 其 夜 -經莒 の 家人 志 茂 ぉ衞 門 と 云 ふ 者 を 忍びに 

遣して、 》 ^中の 面 崖に 火 を 付く る。 折節 風 烈しく * 大に燒 上れば, 是を 見て 吉川勢 



1 番に攻 入 势も 一同に 陣を 寄せ 攻憑 る。 此昨^ 川 -リ」 ^入れられな 

城主 信?, i 守. 强介を 始め 討死して、 諸手 へ 首 數五百 三級お 取 て、 則ち お 城沒^ 

す. ^=5^接三家は、 國中の仕©を命.^^して、 藝州 へ ぃ加陣 せられたり • 



一 



備中國 S 茂 城 軍の 



備屮國 "炎 城主 伊 1;^ 左 衞門進 は、 宇喜多^^家の老ぉ明石飛!^守が^にして、 宇お 多 

へ 一 味の 者なる に 依 b て、 毛 利^ 元よ 上 二 浦 兵 玉 小 次郎. 粟 M 树十郞 三人に、 

門. 三輪 加 賀守. 祈 Mr 乂右衞 ,櫻 井 與次郎 -山縣 三. S 兵衞 ifi〕,fl?s;^ 久 

なり。 父に 白 三 邯左銜 鬥 就 政と 云ん。 1&山縣*5の越後の事.=^^.^原;|:ト?3っ^^、 其 外. を- へ て 

たり。 元 .£ は 弁 下 左 馬 允. 山 縣源右 ©門 入 *3 長 茂 等の 况なリ C さ ま 一 3 リ: な々 マ 

差 向けられ、 天 一, 八 年 四月 十, 四 = ^、彼 城の 近 邊へ相 働く 處に、 M よりも 人数 を 出し 

暫く 防戰 す。 然るに 寄 手 素より 少 勢なる 故 、頼て 城下 を.? 拂ふ處 に ,城兵 頻 h- に附 

送. 0, て * 寄 手 難 依に 及びければ、 粟 尾 與 十郎. 出縣三 兵衞. 井上 源右衞 i: 返 合せ 封 

死 すれば、 城兵 彌, -カを 得て 颗 しく 競お る處 に、 兒玉小 次 郎^ を携へ 少し- i=e き處に 



熟侯三家^1| 卷六 i 

立 上って、 毛 利 家の 侍 兒玉小 次 郞と名 乘り、 騎 計りに て 待 懸け たれば、 敵 近付く 

を 得す、 頓て 引返したり • 

一 一 I 吉川元 春 伯 州 因 州 發向附 山 名豐國 

♦ 鳥 取 城 退去の 事 , 

天 正 八 年 伯 州 羽衣 石の 城主 南 條伯耆 守 元 次. 同國岩 倉の 城主 小鴨 左衞門 尉元 淸, 毛 

利 家 を 背く に 依 b て、 吉川駿 河 守 元 春. 同 治 部 少輔元 長 • 同 民 部 大輔經 言 父子 三人、 

其 勢 八 千 餘騎を 率. Q て、 八月 雲 州へ 發 向し、 富 田の 城に 打 入り、 伯 州 表の 樣子聞 合 

せし に、 同月 九日、 富 田 を 打 出で 伯 州 妻 波に 陣取られ、 軍士に 命じて. 南 條- 小鴨が 

人 數を入 置きけ る 諸 所の 砦を攻 崩し、 在々 放火して、 元續. 元淸 度々 打 出で たるに、 

戰 毎に 昧方 勝利 を 得、 數百人 を 切捨て、 其 後 元 春、 夂子、 羽衣 石. 岩 倉兩 城に は 押 へ を 置 

き、 因 州 へ 赴き、 山 名大 藏大 輔豊國 ijl!,^ 默 1」。 してが 臣森下 出 羽 入道 道與、 中 村 對馬守 

が 方へ 使 を 以て、 豐 國事隱 謀の 企 有る 由 風聞す。 先年 已來 度々 の 表 襄, 侍の 本意 を 



去播山 
州 名 
へ, 
落國 



失へ,^。 さ. ながら 森 下. 中村兩 人-, は • 元 春 一 味の. 宁!^ らざ る. 2^^ え に. t 

妙の 至., >^h'* 彌!其分に於ては、^1!|國を5^53すべきの.£::ー-::送られた..-. 山 名, M 

この さ r- 

は、 烏 取の 诚に栀 、妻子 等 は 本 城に 殘し きた る^に" 此向 M 柴秀士 :: 勢 を 帥ゐ 

て、 山 名が 本 城 を収圓 まるれば, 舰 國 詮方な く えて、 家老 森 下 入 近、 近與. 中 村對" ぬ 守 

等 を 近付けて、 秀 in へ降參 すべき 旨 和談 せられければ、 森 下. 屮村 一 同に、 先年 尼 子 

富 田 能 诚の砌 よ b. 璺國 度々 表邀を 以て 敵と なり、 乂^ 方に 降られた る SF^ の 嘲. 

口惜しき 寧 是 Jfeg ぎす。 然るに 今 又秀士 口に 降らん との 御 結構、 我等に 於て は 曾て 同 

心 相 成らざる 由、 諫言し ければ、 豐國も 其理の 常,.^ たる 處を 恥お て、 鬼 角の ijili. なく 

して 居た る處 に、 秀吉 璺國が 息女 を 取りて 機 物 木に 上らせ * ^::!収の跪に耻:!^べ て、 

豐 國 子供の 命 も 惜しく、 因幡 一 國も むなら ば、 1^ 方に 降る ベ き id 呼ば はらせ けれ 

ば、 f::s 其 分 i を 見 • るに 忍びす、 密に使 を以ヌ 秀吉の 味方に 賜すべき 旨言 送りて、 

上方 內 通の 聞 あるに 依, て、 元 春よ. 右の 如く 使 を 立てられたり。 之れ に 依りて 

圃 籠城. W 成ら や、 近?" の^ 二十 人 計 h- 引 具して、 森 下. 中 村に も 知らせす、 鳥 取 を 出 

川 元 春 伯 州 S 州せ 向附山 S gi^ JLdt M0$ ^ I 



でて 播州 姬路へ 上-た. -。 森 下. 中 村 は、 豊國鳥 取の 城 sf§l?SK^Sf め iSfjf? 。へ を 

立 返き た る 由、 元 春の 方 へ 注進し、 兩 人の 者 は 前々 の 如く、 少しも 別 心なく 候 間、 何 

れ にても 大將 一 人 差 籠 めら る. -に 於て は、 國中 を切隨 へ て 御馳走 仕る べしと, 申 越 

した h^。 之に 依,. > て 同國若 佐 鬼が 城に 籠め 置かれた る、 牛 尾 大藏左 衞門尉 を 鳥 取 

に 加勢せ しめ、 上方 勢 寄せ 來 るに 於て は、 堅固に 相 守る ベ き 旨、 森 下. 中 村 に 言 聞 か 

せ、 元 春 父子 は 其れより 伯 州 八橋に 到 b 、南 條伯耆 守が 家人 一 條市 助が 籠居る 由 良 

の 城 を. 急に 攻めら るれば、 一 條頻. 9 に 詫 言して 城 を 明 返き、 羽衣 石へ 逃 入. 9 たり。 

之に 依." て 由 良の 城へ は 元 春 下知して、 杉 原播磨 守よ b 木 梨 中務を 

入 置き、 それより 元 春 父子、 羽衣 石の 麓 稻刈を せんとて、 茶 21 山へ 陣を 寄せら る。 

〔虫 入〕 

〔頭書〕 或說に、八幡に於て有地右近•□左京討死すと言へ-.^。 此說非 か。 

一三 伯 州 長 鄕田合 戰の事 

吉川元 寿 父子 三人, 茶臼 山 を 本陣と して、 杉 原 播磨守 盛 重. 同 彌八郎 元 盛. 同 又 次郞景 



^、:!^に盛ぉが.?-^1セハー近五郞にハ衞^^,^-?;^.:^ロ刑部少輔久氏^、其勢ニ千五巧ほ^に 

て、,k^IS表へ出^i^して* K 家ゲ 放火し ける 魔に、 元 一 放^?,^^1前守が娘,^^£ 

條九 郞左衞 門、 ニ千餘 騎^; 一^^ にて 打 出で. 乂 W 州よりの 加勢 武 a 

源 三. 郞五: にて^ きた,^。 此內 條伯耆 守ノ元 奔發. M の. S を きて、 家人 共, * 

近付け. 評逮 しける は 、敵 は 定めて 一 二 山の 多勢な らん、 ゆ 方 は 困 州よ..^ の 加势を 八" 

せても、 三千 四 五 巧に は 過ぎ まじければ、 打 出で 戦 ふに 於て は、 敵に 利 を 付くべし • 

中に HF^b 、城 を 落されぬ を 勝に して, 信-:; K の 後お を 待 受け、 全く 勝利 を? 5 ベ 

しと 言 ひければ、 諸士皆 此議に 同じけ る處 に、 ^條 九郎; 衞 門 進み出で 宮 ひける 

は、 元^ なれば とて さ のみ 恐る ベ きに 非 や。 今 も 定め て 杉-: W 盛 市-先陣た る ベ し • 

彼,^ 氣剛 く、 t:i5: を も 待た や 長 1 河 を:!, ば.^ て懸 るべ し。 其^ を 渡 n に 馳:! ひ、 河水 

へ ^;; 入れて お 取る ベ し。 先陣 破 る 、 に 於て は、 元^ 機 を 失 ひて 敗: 水 せらる ベ し • 

若し 又 元 寿 旗 木に て、 二の 合戦 を 遂げられば、 是 こそ 庶^ f る處 なる il、 Mi 二の 合 

戰 をす ベ し。 又 杉 1^ 猛勢 にして 儲 S 固なら ば、 咏 方の 勢 を輕々 と 引 入れ、 山上に 仰 

伯 州 £l^ra 合戦の 事 



戦 長 

川 
合 



藝 侯三 家 卷六 1 一一 一六 

ふべ し。 若し 元 春の 陣を 破る 事 を 得 やば, 杉 原が 一 手 を追拂 ひて 城 中に 引退き、 城 

を 固く 守るべきな hs。 毛 利 家に 對 して 逆 意せ る 程に て、 敵當 城へ 働く に 一 戰 -f. せ 

す、 山 下 を 放火せられ、 城 中に 傈ひ 居る と 云 ふこと や ある。 今 nn は 手痛き 合戰 をす 

る處 なり。;: 同意の 輩 は押績 かるべし と 言 ひて、 其 座 を 立ち、 緋絨の 鐘 著. 月 毛の 馬に 

打乘り て、 郞 黨百餘 人を從 へ て 駆出づ れ ば、 南條 家の 侍 我 もくと 相從 うた り。 斯 

くて 杉 原 父子 三人 誼に { 六道 • 河口が 手の者 共、 長 瀨川を 隔て 鐵炮 にて 迫 合 ひ、 中に 

も宍 道が 郞黨寺 本 市 允、 眞 先に 進みて 散々 に 射 たれば 、敵 はや 色めきた h^。 盛赏豫 

ねて 川 を 渡して 戰ふ べし。 敵 半途 を 討つ 事 も 有るべし とて、 勢 を 三 手に 分ち て 渡 

すべし と 定め 置きた るが、 敵の 色めく を 見て, 盛 重 馬上に 團扇を 振 ひて. 敵 は 早 引 

くと見ぇた..^。 河 を 渡せと 下知 すれば、 上の 瀨は 吉^ 肥. 1 守. 河口 刑 部 少輔. 三刀屋 

が 者 共少々 相 加 は,. y、 一度に 打 入りて 渡した..^ * 是を 見て 南條 勢、 引 色に 成 b ける 

を、 九 郞左衞 門 馬 を乘. ^廻し、 敵 は 小勢に て 而も 後陣 續 かざるな り。 懸れ くと 下 

知すと雖も、敵上中Tの三所ょb渡しける間、終に叶はす引返きた.=^。 伯耆 守元續 



守 * 

It 88 
死 « 
狭 



は廣? g お 狭 守 を 呼びて、 九 郞左衞 門 無二の 働して * 討死す る こと も あるべし • 汝行 

きて 制せよ とて 遣し ける が、 味方 悉く 引きけ るを兑 て、 口惜しく ゃ忠 ひけん、 唯一 

人; 上に て、 引く 味方 を 制し けれども、 味方 耳に も^ 入れ ざれば、 廣瀬若 狭 守と 名 

乗. CS て、 踏 止 b て控 へたる 處に、 .H 口川 衆大草 I ^右^門 走 b 懸 り、 魔湘 がお 股 を 切 落 

し: よ., > 落 つると 雖も、 彼れ 大 剛の者なる 故、 伏しながら 太刀 を拔 いて、 大 草が 膝 

口 をした、 か雞 ぎた, o。 甚右 衞門薙 倒されて 起きん とする に、 杉- 1^ 家人 安^ 民 

部、 若 狹が首 を 討 取,. > た ,5。 先陣 旣に 引きけ る 故、 後陣の 武田も 山 下よ b 引返き た 

り。 南 條が者 河に 添 ひて 輕路へ 逃懸れ ば、 此所彼 所に s;! 喆 めら れて討 たれた 

南, ほ 九 郞左衞 門 は、 能き 切 所に て 取って返し、 一 戰 すべし と ひ 引退き ける が、 知 

立ちた る 味方 なれば、 制止に か X はらざる 故 Mr は 力なく、 討死せば やと 思 ひて、 羽 

衣 石の 麓 柵 を 結 ひたる 所に て 引返した る を、 杉 原が 郞黨久 、ゆ^ 市 允 渡 合せて 討 取 

b^b, 吉川衆 小 坂 次 郞兵衞 si^gf ず郎敵 を: せ」^ けしが、 敵 一 人 返 合せ、 , おにて 

突懸 b ける を、 小 坂 刀に て 暫し戰 ひ、 終に 切 伏せ 首 を 取. ^お,^。 

^r』州も鄉w合戦の事 . 一? -セ 



菊 池 左 近 

が 高名 



豁 侯三 誌卷六 . 1 ん 

〔頭書〕 威說 に 吉川勢 井下 新 右衞門 *小 谷 四 郞次郎 • 山 崎 次 郎右衞 門 討死。 

同勢 境 七 郎左衞 門. 朝 枝 新兵 衞. 1 一. K 七郞 兵衞. 三 刀 屋が郞 黨羽倉 右吉 已 下、 能き 首 

を 討 取る。 其 他 杉 原が 家人 菊 地 肥 前. 進 孫 次 郞. 佐 田彥四 同小 鼠已 下、 i 六道が 家人 

寺 木 市 允 等分 捕す。 討 取る 首數 都て 百 五十 餘 な..^。 愛に 杉 原が 內^ 地 肥 前 守が 嫡 

子、 同 左 近 十三 歲ょ, 9 數箇度 分捕して、 高名 を顯 はすと 雖も、 父 肥 前 守 首 取って 與 

へ つらん と 言 ひて、 人 さの み 信せ す。 左 近是を 口惜しと 思 ひければ、 今度 は 父と は 

伴 はす、 :!^ 田. 小 鼠と 一 所に 在 h- て、 南條 が郞黨 一 條新 五郎と 渡 合せて、 首 取って 家 

人に 持たせて 歸, ける が、 nn 來ロ惡 き 安原 民 部. 入江 大藏雨 人 1^ れて、 盛 重が 本 陣 

へ行くに途にて行逢ひた..^。 安原、 菊 地に、 今 m は 分捕 せられす やと 詞を掛 くれば、 

左 近 右の 首 を 雨 人に 見せて, 一條 新 五郎と 名 乘,. ^たる を 切 伏せ 首 を 取, 9 た. り。 證 

人 は 佐 田. 小 鼠な. 9。 父に附廻らねども分捕せしと言ひだ,.^。 せ; 後 元赛、 羽衣 石の 

近 鄕稻刈 を させられ、 軍士に 命じて 羽衣 石の 城に 三 窗所對 城 を 普請し、 先づ 高野宮 

に 山 田 出 雲 守、 松 崎に 小 森 和 i!^ 守、 條 山に は 岡 本 大藏. 田 根 兵 部 少輔を 籠め. 又 岩 



の :S にも 一 ー^所.:1:城>ど^^^きて、宇、癉^^-にニ.:?《木ェ^. «:^にハ!^^.牛:5?大炊^*北 

ハ 4: 刑, 邯 少輔、 嶋田 には^ 川 次 郞左衞 門.^?! 利 安. 小 ST 四 次 郎^ を 流 K きて、 元 

^父子 は药 州へ 歸陣 せられたり • 

一四 H 州 鹿 城沒^ 井 籠城お 誅戮の 事 

因 皤の國 の 押と し て、 同國鹿 野の 诚に毛 利 輝 元より、 三吉三-郎左衛!:^^ に 進 後 

守、 吉 川.: よ. 9、 森 ^内 藏丞. 佐々 木蕃 兵衞. お 原播 守が 家老^ 山に 人教差 1^ へ 通 

^かる。 山 名 ^ 國が證 人拉に 彼の 家老 中の 人 をも此 城に S かれた る 慮に, 山 名 

e 固 今!^ よ 信 長 へ 內 通しけ るに 依 つ て、 常 s?^ 柴筑前 守 五お ゅ骑 を率ゐ て, 鹿^ 

の 城 へ 押少 せせ 仕 寄-ど 付けて、 稠 しく 取 固み 城 中 難 する の 時、 山 名よ b の 人^ を異 

議 なくお-すに 於て は、 i 二士 口 を 始め 悉く 一 命 を 助け、 毛 利 家へ 送リ 返すべき! 121 言 入れ 

られ ければ, 三吉 以下 終に 其 扱に 任せ、 彼の 人 一 ^共 を 返して 下城したり • n:- に 依つ 

て、 此者共荡州 へ歸.^たる上、 三 吉三郞 左 衞門已 下衋く 死刑に 行 はれたり • 

E;? 兜 籠城 * 誅 数の 事 S 



豁 侯三 家 誌 卷六 . § < 

ん 

メ 一 

一 五 宇津 M. 合 戰の事 一 

南 條伯耆 守 元績. 小鴨お 衞門 尉元 淸は、 元 春 父子 歸陣の 隙 を 得て, 同年 十二月 廿 一ぶ 

日、 三千 餘騎 にて 岩 倉の 對城 宇 律 茸 へ 押 寄せ、 太鼓 を 打 立て 采配を振って、 * 方 を 一 

進め. 軍兵え いく 聲 にて 攻め寄せた, 9。 城 中よ. 羽根 兵 庫 助 • 牛尾大 炊 助. 北 谷 刑 一 

部 少輔、 竝に元 春よりの 撿使 二宮 木工 助. 富 永 等、 散々 に 射 立て 突出 づれ ば、 敵 堪へー 

す 引退く。 牛 尾大炊 助. 宇山 善 四郞跡 を附け 送る 處に、 南條が 家人 一 條猪助 取って; 

返して、 牛 尾と 散々 に 突 合ふ處 に、 宇山 善 四郞馳 寄りて、 一條が 胸板 をした 、かにれ 

突きければ、 下なる 河へ 落 入. 9 たり。 溺死す べしと 見る 處に、 彼 水練の 達者に て、 一 

頓て 游ぎ歸 ,9 て 兩 人に 向 ひ、 先に 擦 負 を 付けざる 事、 殘 念に 思 ひ、 又來. ^たりと 言 一 

ひて、 牛 尾 • 宇山に 渡 合せ、 暫く 戰 ひける が、 終に 一 條雨 人に 討 たれたり。 翌廿 四日、: 

宇津 茸の 城に は、 南條 昨日の 鬱憤 を 散せ ん爲 め、 寄せ 來る事 も 有るべし とて、 山 下-レー 

柵を結せけるが、南條が組頭赤木兵太夫が嫡子大カと云ふ者責iH^^けるが、ロ强く」 



して liS 出し 、彼! « の 木 結 ひける 所へ 来 ける を, 數人寄 b て 21? よ 引下し, 殺した 

ち • 

一六 岩 倉 合戦の 事 

伯 州 岩 倉の 向诚島 田に は, 鈴 川. 正 毒院. 小鴨が 外に, ^1ロ川元^1^の家老今田屮務少輔 

經忠を 始め、 其 外吉川 衆歷々 籠.^ 居た る處 に、 天 正 九 年 正月、 小鴨- 兀 が 手の者 共、 

島 田の 城へ 度々 足 輕を懣 けけ る を、 城よ 鈴 川 次 郎左衞 門. 小 鴨 四郞 次郞. 北 谷の 正 

壽院 など 打 出で、 毎度 追 立てた 

〔頭書〕 或說 に, 此時元 春. 元 長 は 歸陣し 給 ひ、 經言に 今 田中務 支 蕃允其 外膀々 

を附け置かれ、岩倉に差置かれしとな,.^* 二月 廿ニ H の 迫 合に も、 經 1 一一 I: 出陣の 由 

言ひ傳 へた, 9。 此時元 春 公よ, 5, 笠井宗 作への 御 書の 趣 を 以て 兒れ ば、 なる 

べき か。 

小鴨元淸又岩倉ょ.^大勢にて下し合せ戰鬪す• 是に 依. > て の 诚兵待 伏 をして, 

宇 律 合戦の 事 ?夂 :5 合戦の 事 1B1 



获 侯三 家 誌 卷六 IS 二 

元淸 打出づ る 處を討 取る ベ しと 謀って * 同一 一月 廿 二日、 今 田 中?:^. 少 輔經忠 伏兵の 大 

將 として、 伊志 源 次 郞-市 川雅樂 允. 粟^ 藤 右衞門 gIgfspJK 。など を 先と 

して 四百 餘人、 岩 倉の 麓 大宫と 云 ふ 社の 邊に伏 を 置き、 あたりの 山上に 淼脇市 正 

を 置き、 敵 伏勢の 上に 乘 らば、 相 圖に貝 を 吹く ベ しと 定め、 鈴 川. 小鴨. 正壽等 足輕を 

出し 敵 を 招き、 社 壇の 鼓な ど 打ちて 呼 引けば、 岩 倉の 城よ, 早 雄の 者 共 二百 餘入下 

し懸 り、 追 立て 突立て 伏兵の 具 中へ 馳來 る。 森 脇 市 正 時分 能し と 思 ひ、 貝 を 吹く と 

い へど も 鳴らす。 彼是 立替 りて 吹け ども 終に 音 出で ざれば、 詮方な V, 扇 を 擧げて 

招きたり。 

K 書〕 此市川 雅樂允 事、 伊豫 守 元 友の 事と 云々 • 倂 愛に 雅樂允 を 出す こと 不審 • 

虫 ^ 

此時雅 樂允は 執 ロ在番 のロ此 書に 見えた. o。 但し 愛に 出で たる は 市 川 一 家の 中 

別人 か、 又は 愛に 出で たる は雅樂 4^ にして、 鳥 取 在 番市川 □□M はなき か。 

〔同〕 或 書に、 岩 倉の 此 時の 迫 合に、 吉川經 言 頻.^ に 駆けら るべき とせられ ける 

を- 今 m.f;H 蕃. 允 矢 鐵炮稠 し、 とて 强て 引止め、 土手よ, 5 下へ 引落した るに、 經言 



弓 今 
勢 田 

の 中 
9 



に^ 出られた ると あ b。 本文に は、 此^ は 元お 父子 一 二人共に aaiw 1.3:3? え 

たり。 審 かなら す。 此1^笠井與十郞親ぉ作 へ元ャ祁様ょりの御卞:1に、經.す11供^|^し 

隨分fe戰ひ、剩へ??s死候と有,.^。 然れば經-バ公は御^^!-なるべし。 Ri つ 本文に 

も、 元 春 父子 は藝 州へ 歸陣 とば か. 5 有 b て、 父子 三人と はこれ なく、 木 文に も 

かきと^ 言 1 同に 歸陣 とは兒 えす。 

伏兵 は 相 園の 具 を 待ち けれども 鳴らす、 敵 は 問 近く 寄來れ ば、 何 を 期せん とて 伏 を 

起し 切って か.. -る。 相 々したる 故, 起し ふ 拍子 些か 後れ、 敵 深 く^せ 來. 相 

戰ふ。 然れ ども 小勢なる 故、 終に 泳へ す、 我先にと 逃げ 歸る。 伏兵 胁に乘 じて、 岩 

倉の 麓まで 追 駆けたり。 斯る處 に 小鴨 元 淸物兒 を 出した るに、 かしこの 森の 中に 

伏兵 ありと 告げければ、 元淸 究竟の 兵 五 K« 計. 5、 弓.^ 炮, ど 前に 立て 打って出 でけ 

るが、 追手に 丁と 行 逢 ひた, 5。 元 淸弓鐵 炮を透 間な く 射 懸けた るに、 伏兵の 者 は敏 

を 追うて 驅來 b し 故、 鐵炮 一 挺 をな くして 多く 疵を i:^.^ た.^。 今 H 巾 務少輔 無^ 

の 精兵 なれ ば、 大弓 に 大臈侯 取,? て番 ひ、 敵^ 多 射 伏せた るが、 矢秫- 漸く きて、 今 

sf^ 合戦 S ノ 511 



は 唯 矢 三 筋 計り 殘. 9 ける.^ * 1 つ 取,^ て 能?? き 放つ。 其箭 石に 中 て、 石火 活と S3 

で、 矢の 篦碎 けて 飛歸 る。 此時敵 一人 石の 陰に 隱れ て、 時々 頭 を 上げて 見る 者 あ 

り。 中 務是を 見て、 次の 矢 を 取りて 番ひ、 鏃を 向けければ、 其 儘 右の 小 土手の 陰に 

引 込みたり。 然れ ども 甲の 立 物と 覺 しき 物 少し 見え たれば、 經忠 通れ 小 土手 一 つ 

を 射 貫かん ものと 思 ひ、 右の 立 物 をし るべ に 少し 下げて 放ち たれば、 鎧と 共に 葛 先 

を 手 深く 射 切 b た. 9。 今 田が 側に 控 へたる 粟屋 市 允- 〔^:lgF 謹 • 。の 勇 剛の者なる 

が、 物 馴れたる 若者に て、 今 田中務 たると 覺ぇ 候と、 高聲に 名乘, 9 た,. 此弓 

精に 敵 臆して、 績 いて 來る者 右の 手 負 を 葛に かけ 引退き、 暫く は 進む 事 を 得 や。 此 

者 を 後に 聞けば、 細 田 源 允と 云 ふ 者に て、 今 田が 矢種 盡 きたる を 見 及び、 あの 矢 を 

放た ば 走 h- 憑り、 討 取る ベ きと 思 ひ、 隱れ 居た ると 聞え しい 中務乂 一 筋の 箭を さし 

はげ、 弓弦 引 起さん とする 處を、 敵 雨の 降る 如く 射る 箭、 一 筋 經忠が 頸に 中れば、 其 

矢を拔 きて 捨て、 郎 黨に扶 けられて 引返き. 總勢も 一同に 引拂 へば、 敵 勝に 乘.. ^て 

追來 る。 粟屋 藤右衞 門. 同 弟 朝 枝 宗左衞 門 .igl^g ほ AMI お; < 。朝 粟屋 新三郞 * 



笠并與 十!^ Sf と *V 、一 ヌ返 合せ、 敏數 多く 切 伏せ 討死す * 

〔頭 寄〕 此時 粟! a- 市 允中,;! T か 側に 居て、 敵方よ.^ 射掛けた る 矢 を 拾 ひ 集め、 經屮 5 

に與 ふると 雖も、 何れも 矢 束 短くて 役に立た す • 今 田 彌パ人 sg^ きた.^ と 云々 • 

山 入 

〔同〕 此時鳥羽權之允と云ふ^^、 中務が 矢に 中 りて 死す • 之に^^..^て□の細出中 

務を 心掛けし 由, 後商條 家の 子孫 物; はな,^。 

〔同〕 關西鬪 記に は、 此 時節 天 正 八 年と あ b、 非な hv* 天 正 九 年の. S 、分明な. 

. 今月 廿 二日, 至,, 岩 倉 表, 待 臥 打 出 候^ 敵 下 合、 數刻 及:, 防戰, 候" 然る 處 其方 子 

. 與十郞 事 不慮 を 致 候。 中々 不, 及,, 是非, 次第 候。 世上雖:,有っ.^習候;勝^?1^1之は雜 

ム馥, 一 紙筆, 候。 下, 宗 作へ、 元畏樣 よ 下された る 御 書の. S 、又 元 樣 よりと 

も 言 へ h\, 

敵 猶襲ひ 憑れば、 森 脇 大藏. 佐々 木豊前 守. 內藤年 左 衞門. 市 川な ど 取って返し • 柳し 

く 防戦して、 敵 數人討 取りたり。 愛に 安部 太 郞右衞 崎 孫左衞 I: と 名-来り, 槍 

を 以て 付 送. ^ ける に、 吉川衆 粟屋 市 允 は 尾 崎, 市 川が 家人 ":!^ 峰.^ 兵衞 は太郎 右^ 

合 戰の^ 1M 



蔡侯 一; 家 #g 卷六 .S 六 

s: に 渡 合せ、 粟屋. 長 峰 兩人共 刀に て戰 ひ、 一 互に 比類な き 働な h.。 其 後 安部. 尾蝾は 

吉 川へ 出で て 仕へ しな,. y。 

〔頭書〕 粟屋 市 之 允、 後 信 濃と 言 ひ、 入道して 宗忠と 云 ふ。 陰德 太平 記. 關西鬪 記 

等に は、 此時 十八 歳と あ b。 宗忠 事、 承應 三年 百六歲 にて 死す るの 由、 然れば 岩 

倉 合戦、 天 正 九 年 は 三十 三歲な h.。 天文 十八 丁酉 誕生な, 9。 又 一 說に、 百 三歲に 

て 死す と 言へ b。 百三歲 にて 承瞧 三年に 死す る 時 は、 天文 廿 一年の 誕生 欺。 永 

祿 十二 年、 九州 立 花 御 退陣の 時, 若松 蘆屋の 渡に 於て、 船の 心 遣と して 差遣され 

た る 由、 承應 三年 百三歲 にて 死す る 時 は、 永 祿 十一 一 年 は 十八 歲な, 5。 百六歲 にて 

死す る 時 は、 此時廿 一 歲な ひ。 

但し 岩 倉 迫 合の 時 十八 歲と云 ふ は、 立 花 御 返 陣 の 時の 事に て は 無き か。 然 らば 

死齡 百三歲 とい ふ 說正儀 にても 有るべし。 承應 三年 死去の 事 は、 彼 家の 過去帳 

に 僮に これ ある 趣な- 9。 百三歲 にて 死す となれば、 此時天 正 九 年 岩 倉 迫 合の 頃 

は、 三十 歲歟 • 元 春公此 時、 中 務に鞍 置 馬 を 給 ひて 軍功 を 賞し 給 ふ • 之に 依って 



の 木 
3) 昭 



の!! ォ 
內幕 

IB 



中 務御斷 に は、 粟屋.^ 之 允 *H 所に 於て 相敏 き. 忠志淺 からざる 者に 候 問. 此鸟 

我等ょ.^彼者 へ 附與 化り 反き sue. 上げ, 則ち 與 へたる 由、 其 時の s§ 具 今に 彼 に 

き は. e てこれ 有る. 子孫の 傅 語るな h^. 又 彼 家に 於て 年 敝のホ を 問せ しに. 

世上に は說々 之れ 有..^ と雖 も、 實は 百三歲 にて 相 果てた る 由、 決定の 答な り • 

^3石倉勢•是ょ.^引返し打入.^たる故、伏兵の者も異議なく陣々 へ歸.^た..^* 去年 

元 春 因. 伯 在陣の 中、 公方 義昭御 內書を 成さる。 其 文に 曰く、 

其 表在 陣* 別而抽 粉 骨-之 由、 成 悅之至 候。 彌, 無-油 斷-可 K 被: >申 付-^ 肝 • 要 « 

, 其 差 n 越 一 色 .i, ぺ 一 匹-, 遣 &候。 树昭光 可お 也 • 

十月 十八 n 義昭御 S 

吉川駭 河 守 殿 

元 奢 因 州 表の 趣 言上 あ.^ ける 故、 其 頃 眞木嶢 ^蕃 頭より 返狀ぁ h^。 其 文に::: く, 

,就,, £ 幡表之 儀, 御 注進 之 趣..^ =披 お-候 • 抑 以,, 御調 略; 去廿 一 n お 取 之 城 此方 わ 被, 

引付;^ 衆 等 手堅 被,, 差 籠; 竝由^!-之耍害、 去廿 八日 落 去 之 由、 方々 御大 利 Ji 御 方 

お 介 戦の iee- IS 七 



藝侯 1 一一 家認 卷六 13 へ 

以,, 御覺 |5; 如お 投 無,, 比類, 儀, 御成 非,, 大方, 候。 近年 之 御吉舉 共、 公私 大慶 不, 過 

, 之 候 • 南條家 城、 是又 近日 可, 有」 途, 之 3nr 肝要 被,, 思 召, 候。 彌" 注進 待 被,, 思 召, 

. 候 * 北 n 之 儀、 早速 被,, 切 返, 儀、 誠 御手 柄不, 被, 及,, 是非, 旨 上意 候。 尤御 面目 之 至 

候。 其 節 御 勝利 之 趣, 其 聞 候條、 爲,, 御感, 被, 成,, 御內 書, 候。 定可, 爲,, 參著, 候。 其 口 

御 勝手 趣、 一 於,, 京都, 事々 數申成 之 由 候。 敵.^ 方之覺 珍重 迄 候。 來春織 田 人 數打下 

由 風聞 候 間、 其 以前 媒目 至,, 諸 城; 御人數 丈夫 被,, 差 籠, 之 人質 等 被-取 堅; 向後 尙以 

無,, 異議, 樣 可;^,, 申 付, 事 肝心 旨 候。 遠路 之 所 御 注進 之 段、 御 祝 著 之 通 相 心得, 可, 

申入, 之 旨 被,, 仰 出, 候。 恐々 謹言。 

十月 廿 二日 眞木嶋 支 奢 願昭光 

吉川騎 河 守 殿 

一七 吉川 式部 少輔鳥 取 籠城の 事 

因 州 鳥 取の 城に は、 森 下 • 中 村が 請に 任せて, 去年よ b 牛 尾 大蔵 左衞 門 を 籠め 置か 



る 、處に、山名豊國がほ磋邊の某がgg.^居る、一!!i寄の城を攻む-へき爲め*:i^:si^森下• 

巾 村 相 北 〈に 一 千餘^^にて彼城へ押寄せ、切2!^迄付く^£に、城屮にも究兑の兵數多;;? 

,9 て、: 炮!^ ii なく 射出し. 稱 しく 防ぎた h,.* 牛 足 大藏左 門 無二に 魅.. > て 、跋ハ 

の 曲 翰 一 っ乘 破り, 一 一 の 曲 輪 へ 乗 入らん とする 處 にて 膝 U を 射られ. 足 立た ざれば 

力無く 引返き た,..^。 其 後 彼 班 痛みけ る 故、 湯治の 爲め元 春に 中斷. ^てぶ 州 牛 足へ 

^bnb. 之に 依つ て 其 代りと して、 市 川 雅樂允 を c:! 取 へ 流 めら る、 處に、 羽柴筑 

前 守 商 船數艘 -ff; 狹ょ 因 州へ 差 下して、 米麥 2 頻を H 來ょ. ^ 1 倍 二 仍も高 K に 

して、 多く 買 は せら るれば、 鳥 取 邊の者 敵方の 謀と は 知らす、 菩 へ^きけ る 税米ど 

も 迄盡く 資. ^たり。 後天 正 九 年 二月 廿ニ 《1、 森 下 出 羽 入道. 中村對 .iil 守より、 元 

寿へ 申 越しけ る は、 當城 去年よ 加勢 を 差 籠 めら る、 と雖 も. 願く は 御 25 姓の 老. に 

1 人 差 籠 めら る- - に 於て は、 大將 として 防戰す ベ き ほ 懇 SIT: す。 之に つて 元^ 家臣 

吉川 式部 少輔經 家に. 鳥 取 籠城すべき US 命せられ て、 森 脇 内藏大 夫. 朝 枝加贺 守. 山 

縣筑後 守. 野 W 左衞門 尉- 武永 四郎 兵衞. 井下 新兵 衞. 井尻 又 右衞門 • ^助 だ 衞門 ぉ郴 

吉川式^_?少輔烏5:籠城の^$- 一 3 八 



m\'i.m 入 島少吉 

5^^兵り家 る 取輔川 

乞 糧元鳥 城經式 

ふの 春 取 . に 家 部 



藥 侯三 家 卷六 S 

三 郞右衞 門. 大草 玄蕃. 長 岡 信 濃. 小 野太 郞右衞 門. 野 村 藤 三. 同 九 郎左衞 門 • 豊島新 右 

衞門. 山 縣次郞 兵 衞等を 差 添 へられ、 都合 四百 餘騎 にて、 吉川 式部 少輔藝 州 を 立ち 

て、 同年 三月 十八 日、 鳥 取の 城に 入れば、 市 川 雅樂允 は 城 を 出で て、 藝 州へ 下りた 

,9。 其 外方 角の 國 侍よ. 9 も、 人數を 出して 鳥 取の 城に 差 籠る。 杉 原播磨 守よ, 5 橫 

山彌 太郞. 南方 半 介、 古志 因幡 守よ..^ 古志 藏人、 宍道 五郎兵衛 尉よ.^ 宍道彈 正、 有 地 

右近 大 夫よ.^ 有 地 左 京 を 籠め 置きたり。 又 鳥 取よ 1 里 計.. y 去. 9 て、 丸 山と いふ 

端 城 あり。 此 城へ 山縣九 左衞門 を 差 置き、 奈佐 日本 助. 鹽冶周 防 守. 佐々 木三郎 

左衞門 • 其 近習 衆. 小石 見 衆 • 船 手. 中間, 都合 五 百餘人 籠城す。 吉川 式部 少輔鳥 取 

の 城へ 入. 5 て 見る に、 糧 乏しく、 長々 の 籠城 成し 難く, 覺 えければ、 則ち 元 春へ 飛脚 

を 以て、 當城 兵糧 乏しく、 籠る 處の 軍士 .M 衆の 加勢 を 合せ、 彼此 八百餘 人、 雑人 男 

女 四千に 餘 b 候へば、 饞に 二三 箇月の 養 ひも 續き 難く、 又 森 下. 中 村よ, 5、 似せ 山 

伏 を 京都に 附け 置きた るが、 頃日 立歸 りて 京都の 樣子を 語 候に、 信 長より 羽柴筑 

前 守に、 鳥 取 を 取 園む ベ き 旨 下知 せらる. さ 有る に 於て は、 毛 利 家よ.^ 後 詰 有る ベ 



き 間. 秀吉 無勢に ては危 かる ベ し • 然れ ば人數 一 マ =1 餘糖 加:^ す ベ き 3H- uss.::^ 巾 渡さ 

る、 由な, 然,.^と雖.^、當城名城にて. 人數 藤々 籠 域 候へば、 上方:^ 如何 多勢に 

て 寄せ 來. 候 共、 兵糧 さ へ續 きな ば 少しも 御氣^ おる まじ" ^度 兵 樣差襯 めら るべ 

しと 注進す • 元 春 杉 W 播 t ゾ: 1: 'に 命じて、 少 々兵糧 を 差 籠 めら る、 と雖 も、 中々 一 月 

の糧 にも 不足 なれば、 重ねて 大船 四艘に 米穀 を 積み、 田 中 -右衞 門 .1>:.:5 源 次 郞.^ 

問 又 八 • 白 井藤 次郎. 同 新 左 衞門. 手 島 藤 次 郎等 乘.^ 廻.^ ける 處に、 敵方の 饕^ 船 百 

艘 計.^、 夜半に 乗 懸け 攻め 戰ふ" 雜州船 は 小勢に て、 然も 不意なる 事に て、 散々 に 

戰 ひしが、 終に は 兵糧 舶を 敵に 奪 は る ,1 く 思 ひければ. 船 を 海 へ 乘 沈めたり。 此時 

多くは对死して、田中.豊島.有間.手ぉ.白井藤次郎此五人は、5拔けて歸.^た..^* . 

I 八 鳥取落城の^^^吉川式邡少輔切腹の寧 

間 年 M 柴筑 前守秀 、因 州 表出 張 有るべき の: f.o、 境目よ. 吿げ來 るに つて • .la 

川 式部々 輔: _w に 森 下. 中 村より、 元 森 へ 此由 注進す。 其 頃 元 森 は 未だ 出陣な く、 摘 子 

取, 治 城 £ 本附ぶ 川! < 部少輔 刈^の 事 , 



藝侯 11 一家 誌 卷 六 」 , 

元 長 伯 州 八橋の 城に 居られけ るが、 鳥 取へ. 加勢と して、 今 田 孫 十 郞春佳 f^ggl 突 

一 小に 三木彥 四郎. 井村 與十郞 を 差 添へ、 拆亦 先様に 於て は、 井下 新兵 衞. 武永 

四郞 兵衞. 儀 孫十郞 一 所に と 有. る 事に て 差 籠 めら る。 然る 處に、 孫 十 郞が兄 今 田 中 

務 少輔、 誰 にても 今一 兩人差 添へ 給 はるべき 旨 願 ふに 依. 9 て、 山縣源 右衛門^ 

II 事、 路次計 b 付けら るべ し。 孫 十郎鳥 取に 入りて, 早速 罷 下るべき 旨 命せられ て、 

差 籠め られ た. 9。 然れ ども 山縣も 式部 少輔 抑留して、 鳥 取に 籠居たり。 又 丸 山へ 

は 境 與三左 衞門を 差 上げられた,. y。 

〔頭書〕 境 事、 丸 山城 壁不 堅固なる 由に 付き * 彼诚 普請 見 分と して、 差 上げられた 

,5 と 言へ, 5。 

斯くて 天 正 九 年 六月 下旬、 羽 柴筑前 守秀吉 因. 但 境に 到 b て 出馬せられ、 同 七月 五 

B. 羽柴 小市郞 g 大將 として、 藤 堂 與右衞 門 一 gglfs^J 下 一 萬 餘騎、 丸 山の 東 

の 方 吹 上の 濱 へ 打 登ケ、 丸 山 を 見合せ て 頓て打 入 h- ける。 是を 見て 丸 山の 城より, 

瀧 三 左 衞門足 輕を附 け * 遠矢 射 懸け けれども、 敵 取合 はすして 返き た.^。 同 七 B 一 



羽 柴秀吉 、六 萬餘 を 率-^ て 出張し、 勢 を 分って ぉ収. 丸 山 兩城を 取^む • 秀丄" 

は 鳥 取の 東北 康尼帝 釋山を 本陣と し、 田 間い 流 足に 掘 茂 介 二 柳^ 介, w^u^ 

野 彌兵衞 • 中 材孫平 次. 小 寺 官兵衞 須贺彥 右衞門 • 祌子 田. § 左 衞門 • 山 名大 藏大輔 • 

木 下備中 守. 木 村 il ^人. 加疲 作內已 下、 袋 川 を 前に 當て、 偏へ、 東^!5-は信長ょ.^の援 

兵 二 餘騎, 丸 山の 間 雁金 山に は、 織 田 於 一 部 善 乗坊、 宇? 巧 r 多よ b の 加勢 W 石 飛 

驟守. 長 船紀伊 守. 福 田 五 郞左衞 門 • 栴 -ei, 監物 • 宇 多七郞 兵衞. 岡 Si 前 守已下 八千餘 

騎、 同じく 續 いて 陣を 取る。 西口 は 千代 川お りて、 此 大河 海-輪き にて、 因 州の 船 入 

なる 故、 渡 口 秋 村に 城 を 構へ、;. 杉 涼 七 郎左衞 門に 二, =1: の 勢 を 添へ て 入 K かる • 海 

邊は 荒木 平 太夫、 三百 餘艘の 簦间船 を 掛拉べ て、 透 問な く 陣取.^ た ^九 山の 東 

口 は、 羽柴 小巿郎 拉に增 尾隱岐 守. 山 名但馬 守. 溢 田 某. 北の 山に は、 坑屋稜 河 守. 礎 

邊. 秦. 龜井. 武田. 筵 部 已下陣 を 屯して、 役所々 々 に 芝 土手 を 築き, 柵 一 一 重-二重に 結魉 

し、 堀 を 態ち 稱を 付け、 矢 間繁く 明けて、 さし も S 回の 陣取な,.^。 城 中よ,.^ 足輕を 

出して 敵 を 招く と雖 も、 秀士 S 兼ねての 捉 にて、 一人 も 出合 はす。 ロハ 陣中よ ひ! H 炮を 

t;^.?-落城の事^:セ:;川t;^部小ノ輔^sgの^* S 



は と ズぉ城 元 

すし 入に 春 
てれ 兵 鳥 
能ん 糧取 



^^パ^^三宋^^め 卷六 S i 

打 出す ばか.^ なり。 城と 敵陣との 間に は, 袋 川 ありて 渡り 難ければ、 城兵 も 寄 手 一 

の陣へ 近付く こと を 得す。 斯くて 城 中 兵糧 次第に 盡 きれば、 藝 州へ 急を吿 ぐべ し 一 

とて、 水練 を 選んで 袋. 千代 川 を 潜らせん とせし が、 寄手豫 ねて 川 中に て亂^ を 打 一 

ち、 繩網を 張り、 所々 に 鳴子 を附 けて 置きけ る 間、 水 を 潜る 者 五 人 迄 敵陣へ 搦 捕ら; 

れけ, 5。 吉川元 春 は、 秀吉 出張の 事 は 朱 だ 聞かれ やと 雖も、 鳥 取 兵糧 盡 きん 事 を 計 

S 力〕 一 

て、 有 地 右近 大 夫に 兵糧 を 入る ベ き 旨 下知せられ、 檢 使の 爲め新 見 左 衞門尉 春 g 一 

觀 ts" や 田 iSi ,を 差 添 へられ、 兩人大 崎 迄 打 出 づる處 に、 敵稱 しく: 

陣取.=^たる故、 輙く 入る ゝ事を 得 や。 糧米を 敵陣 近く 運び 寄せ、 透 間 を 窺 ふと 雖ー 

も、 敵陣 構嚴 しければ、 有 地. 新 3IK 、城 へ 入る ベ き 術な く、 纔 三十 餘町を 隔て 兩 三日 逗; 

留 して、 空しく 本の 道 へ 歸 わたり。 か --れ ば 城中糧 次第に 盡 きて、 雜人北 〈城の 尾 崎 一 

へ 出で て、 草木の 葉 を 摘みけ る處 に、 秀吉の 本陣よ, 5 敵馳 付け、 此者共 を少々 討 取 一 

b た.^。 其翌 》! 城兵 因 州の 住人、 尾 崎の 某 待 伏せ をして 待つ 處に、 其 日 も 亦 寄 手 彼 一 

雜人共 を 討 取るべし とて, 尾 上に 登. y 來るを 尾 崎 追 付きて、 一 人 討 取れば、 其 後 は」 



^山城 合 



敵來る ことなし • 期くて 寄手猛 勢な りと 雖も、 鳥 取. 丸 山 ゆ 城、 共に 堅固に 抱へ * 糠 

く 落つ べしとも見ぇざれば、丸山の寄^^!^柴小市郞、 藤 堂 與右衞 門に 方術 を 以て 扱 

を 入れ、 一 命 を 助く ベ き 間、 城 を 明 渡すべし と: H ひて、 敵の 心 を 引き 兒 よと 言 はれけ 

れば、 ^堂頓 て 阿字 戒源太 兵 衞と云 ふ 者 を 使と して、 丸 山の 城へ 、常 城 Bi- 議 なく^ 

渡されば、 一命 を 助け 伯 州 迄送屆 くべ しと 言 は, せたり。 吉川 衆境與 三右衞 !:• 森 脇 

次郞兵衞^^^が〕|ひ^.常城普$^|の爲に遣されけるが、 此ニ 人出. ひ、 .E 縣 九右衞 門^ 

に 御 返事 中 すべ し。 是 へ 入らる べしと て、 呵字戒 を tii じければ * 源 太 兵衞如 柯忍 ひ 

けん、 頻に辭 退し ける を、 鬼 角と 言 ひて 呼 入れ、 門より 內 へ 入る と侧 へ っと;^^.^、 境 

阿字 戒を 抱けば、 森 脇も賴 いて 取 付き、 則ち 溺め て、 お 後切庠 へ 引出し、 藤 や: 殿 へ 御 

返事. S. さんと 呼ば はれば、 敵陣より 人數 多く 出で たり。 境與三 右衞門 {=2 继に, 山躲 

九 右 衞門申 候 は、 先刻の 口上の 趣 具 さに 承りぬ。 其 報謝 の^め 御 使お ー體 分身せ 

しめ、返し中すな,.^とて、 頸を切2:1^ょ.^>刎落した^'。 敵大に怒.9て,其^^ならば 一 

人 も 助け まじと て, ひた-, \» と陣を 寄せた,.^ - 境與 三右衞 門 敵陣へ 忍びに 出で け 

«?取^«5城の^附吉川式部小ノ輔て*£の^»*' 



ifi 侯三 家? I 卷六 

るが、 敵 二人連れて 1^ 廻す る を、 境 槍 を 以てした、 かに 突きければ * 敵手 を 負うて 

早く 引返き た, c,。 後に 是を 聞けば、 井合 次 郞兵衞 尉. 藤 堂 與右衞 門 兩人夜 廻し ける 

!^、 藤 堂 費に 突かれた ると 聞え し。 期くて 數日 を經る 中、 丸 山の 麓へ 痕 一 匹 走 出で 

た,..^。 寄 手 鐵炮を 揃へ て 打ちければ、 林の 中へ 逃 入.^ たり。 羽柴小 市郞丸 山へ 使 

を 以て、 當山に 狼 一 匹 籠居,.^ 候- 城 中よ,. y も 人. 數出 さるれば、 是ょ, 9 も 出して、 長 

陣の眠 醒に是 を 狩 取る ベ しと 言 はれければ、 山 縣九左 衞門頜 掌して、 則ち 人 數を出 

しけ る が、 痕寄 手の 陣 へ 逃 行きけ る を、 彼方に て 則ち 射 留めた. 5。 羽 柴彼狼 を 二 つ 

に 斬り、 首の 方 は 我 獲物と 名付け、 尾の 方に 美酒 十 樽. 折 十 合 添 へて, 城 中へ 贈らる 

れ ば-九 山よりも 其答禮 として、 鐵炮の 玉藥を 折に 積めて 遣したり。 期くて 鳥 取の 

城に は、 數 曰の 射陣に 兵糧 漸く 盡き、 諸卒 以外に 勞 しければ、 吉川 式部 少輔我 一 ゾ 

自害して、 諸 勢の 命を扶 けんとて、 秀吉の 方へ 使 を 以て、 其 事 を 乞 はれければ、 秀吉 

よ.^ 堀 尾 茂 介. 一 柳 市介兩 使に て、 大將 自害して 諸卒を 助けら れんとの 儀、 誠に 以 

て感 賞に 堪 へす 候。 然れ ども 森 下 出 羽 入道. 中村對 島守 事、 一度 因. 但. 東伯耆 迄靜認 



する の處 に、 兩人 逆心の 故 を 以て、 再び 亂 や-起し • 其 上! iSii! キ; 人に しゃお の 科 人 

に 候 間. 彼^^兩人に切腹させらる\に於ては、 其 外 は 一命 を 助く 可き^、 式 都 少« 

切 の 事、 聢と 無用の 由 申 越され、 又 四 五 a 有.^ し • 丸山に^ぉる8^^5周防^-.佐々 

木 三 郞左衞 門. 奈佐 U 本助此 三人、 近年 北 前に 於て 山賊;^ 贼 して、 ^!?人を惱し^科 

淺 からす。 翁 州に 抱へ S かれても、 又 上方に 差 置きても 不可な り。 然 れば是 も 共 

に 切腹 有るべき 旨 言 はれた. 

〔頭書〕 ー說、 扱の 儀秀吉 よ.^ 申褂 けらる、 となり • 野 田 左^ fflsrra 州 隅 方 衆の 

培た るに 依 b て、 彼 25; 内證 取組み 、扱の 使 堀:: 茂 介. 一 柳巿 介^ 內ょ. > は 野 田左衞 

門 使 仕る と 云々。 

式部 少輔思 ひける は、 鹽冶 以下 は强 ひて 斷 るに 及ばす と雖 も、 森 下. 屮村兩 人の! g 

は、 主人 豊國 へ 不義の 段 はさる 举 なれ ども、 各 ,人 S を 扮て藝 州 へ 馳.^ し、 M 志淺か 

らざる者共なれば、何とぞ助けて,元寿の陣所へ送.^逍し度き事な..^。 ^又 サ水ー 身 

-の儀 は、 時の 加 番た, りと 雖も、 當城を 預.^ , 森 下-中 村 を 始め 家中の 面々 に 至る 

落城の^ 附吉川 式^ 少輔 切^の 事 S 



秀吉經 家 

の 自害 

止む 



赛 侯三 家 誌 卷六 rt< 

まで • 大 將と稱 して 渴仰を 請く る なれば、 全く 遁る ベ き 所に 非す と、 無 1 1 に 覺悟を 

究 め、 堀 尾 茂 介, 一 柳 市介兩 人の 方 へ、 野 田左衞 s: 尉 を 以て 森 下. 中 村 切腹の 事、 彼等 

兩人 尤も 豊國 に對 して は 不忠に 似た. 9 と雖 も、 山 名が 利害 を 見て 屢" 約を變 する に. 

比すれば、 兩 人が 守る 處又義 有る に 似たり。 且つ は當 方に 於て、 志 深き 者に 候 間, 

我等 切腹して、 鬼 角 彼兩人 をば 一 命 を 助 けらるべし • ^又 丸 山の 鹽冶已 下 は、 海賊 

を 仕る 程の 不 屠の 者に 候 間、 是亦 助命 せらるべし。 我等 切腹の 事 は. 何等に 就きて 

も 覺悟を 究めた る 由、 言 遣す.. 雖も * 森 下-中 村 以下 助命の 儀、 秀吉 曾て 承引な く, 

終に 右 五 人の 者 共 切腹す べきに 定まり, 其 上 にても 式部 少輔 切腹の 事 は、 是非に 無 

用の由申越されけれども、經家無ニの覺悟の由言切りた.^。 又 ニー 一 I 日 有りて、 秀士 a 

申 越されけ る は、 前代よ. 諸國 弓箭 和睦の 傳說數 多 之 有り。 式部 少輔 一 百餘; 《 の 

籠城 を 遂げられ, 秀吉 天下の 軍 代と して 對陣 し、 互に 和睦 を 以て 諸人 相 助け 候 事、 

自今 W 後 御 方 瑕瑾に はなる まじ。 其 上 重科の 森 下. 中 村 同前に 切腹に 於て は、 秀吉 

理不^^の樣に候間、式部少輔切腹の儀は、年に我等扱に任せられ存じ止まらるべし 



秀吉 

へ i# 乞の 

1 札 



と * 再三 S. 越さる X と 維 も、 經家 背て 納得せ ャ* 鬼角切腹に讖^*-したる由ょ,-切.^ 

て、 元 春 父子への 暇 乞の 害狀 自筆に 認め、 秀吉ょbの檢使をi5J^りて、 自害すべし I」 

覺悟した,0^。 然,.^と雖も、其接四五Hもとかぅの事もなか.*^けるが、秀吉ょ.^使を 

以て- 式部 少輔 切腹の 事、 再三 申理 ると 雖も 納得な く、 誠に 家名 を 恥 おられ、 無二 

の覺悟神妙の至な.^。 數=の籠城兵糧^«き、牛_ぉ人肉等を<!^せる事、 天下に 其隨れ 

有る まじ- 然るに 互に 扱 を rsj て、 式部 少輔を 西 國へ送 返す に 於て は、 天下の nr 矢强 

みなき 虞に、 貴方 覺悟を 以て 秀吉 後代 迄の 擧な, 5。 然れ ば筑前 陣處へ 一人 差 

さる、 に 於て は、 諸 勢 相 助くべき 旨 祌文判 形兒せ しむべし • 其 外 一 人 にても 譜子 

覺悟: U てこれ あるに 於て は、 見掛けた る 籠城なる 間、 弓 楚炮 を诏立 干に. 3. 附く べし 

と 言 越さる。 之に 依りて *頓 て 野 田 左衞門 尉に 小 野太 郎右衞 門 を 差 添へ、 秀 吉の陣 

所へ 遣し ければ、 則.^ 誓紙 を 相 調へ、 兩 人に 渡し 其 後し るし 天下へ 上す ベ き 問、 介 

錯念を 入れら る べしと 言 含められ、 兩人を 返された,.^ • 經家 § :! を披 兌して、 秀吉 

へ暇ハ 乙の 一礼, 山 縣源右 衞門之 を 書す。 其狀に 曰く、 

«?取落城の^附士;:川式^少輔?^の^3- S 



今 皮 闶州鳥 取、 京蕩 於,, 御 T 矢 之衞, 引 諝、 筑州及 J:^; ^人相 助 f 佚 事、 乍, 恐 後代 之 

可 y 爲,, 名譽, 候。 此等之 趣, 於:, 天下, 御 披露 候。 恐惶 謹言。 

天 正 九 年 十月 廿 五::: 吉川 式部 少輔經 家. 

, 羽 柴筑前 守 殿 

斯くて 森 下道 與. 中 村對馬 守、 十月 廿 四日の 夜. 面々 の 役所に 於て 自害 すれば, 吉川 

式部 少輔經 家、 同廿 五日、 秀吉 よりの 檢使堀 足 茂 介. 一 柳 市 介 を 待 受け、 廣 間へ 出で 

上座に 具足 街櫃を 置き * 靑 黄の 袷 を 著し 著 座す。 秀吉 よ. 9 饋られ たる 行 器 酒符を 

^置き 、谷-に 暇 乞の せんとて 諾卒を 集め、 今度 能 城の 中、 晝 夜の 苦 辛な ど 懇に謝 

詞を述 ぶ 1 經家 家人 小 坂 永左衞 門. 野 田 左衞門 尉に 向 ひ、 秀士 :! よ. c の 檢死を も 此方 

ささ 

へ 請 じらる ベ しとい へば、 野 田 其 儀 向に 撿死 へ 申す と雖 も、 達て 辭 返の 由 5. すに 依 

, ^て、 谷. 《 家人 等 迄 召 出し、 靜間 奏者に て 暇 乞の 1^ して、 靜間 之を納 むる 時., 高聲に 

から 笑 ひ 二つ 三つしたり。 家人 福 光 小三郞 章-恩の 者なる 故、 豫ねて^^死と思定め 

ければ、 白 越後 帷子 を 著し • 念珠 を 手に 掛け、 靜 間が 脇に 著 座したり。 ^式部 少輔 



經 .:^^* に^ を 掛け 脇 指に 中卷 して、 座中へ tm を附 け、 1 ぱ廿 に、^ 古な きおに:^ へ 

ば、 無調法に 有るべき St 雑 1?^.^ て、: :!= おの 刻 3 腐 すれば, 介錯 ^其お を M サ す • 

生年 三十 五^と 問 ゆ。 福 光 小三郞 式部 少輔が 前に 居て、.?^ を见 終り。 其,脇^^を 

胸に 押 常て、 錄を掛けて乗懸.^.:::{_^"したり。 若^^:^右衞門も主人の死を見るに忍 

びす、 緣 いて 腹 を 切れば, 竹 崎 市 允; i 光.^ 鹤兩 人が 介錯す。 其後^^||少輔5};3をば 

、1:: 桶に 入れ、 秀 ii3 への 暇;, の 一 礼 を 添へ て、 筑前 守の 1: 所へ 檢使を れて, 左 

衞門 1 持^した..^。 檢 使^:^. 一 柳 は、 森 下 小 村が せ IS に; i 光. -;^ 鶴が も、 兩人 

が 忠死を 成 じて 取: S り、 何れも秀^^!:!の赏檢に備へければ,秀吉も式部;:ノ輸^士なる 

こと を成歡 して、 泪を 流された b-uig えし。 お 後 彼 の^を 京 郡へ 上せられ、:.::: 州 安 

土に 於て、 信-::;: i 諸 大名 を^め 實檢 あ, - しとな, 5。 又 丸 山の 城 も ハ^^き て、;^ 小 佐: Z 

木 助. 冶 s: 防 守 .i^ 々木 三 郞左衞 門 自害して、 城 を す。 斯くて 羽 柴筑: g 守、 廿 

五 B の 朝、 一 柳 市 介が 陣 所 尾 崎の 矢 倉に 登られ、 下城の^^?を兌物して、 久しく 就 ゑ 

たる 者 共 なれば、 粥を與 へ て 然る ベ しと 下知 せら ». 頗る 仁政 を 行 は る • 袋 川^の 

取お 城の A 附 川 式部 少輔切 SS の 事 K1 . 



趟 



し a 35 
搣吉 

攻岡 



ig5 侯三 家 誌 卷六 • § . 

左右に檢便百人計b差出して、藝州ょりの加番拉に森下•中村が"^^子計,.^勘過して、 

t (外 h: 州. 1 方の 者 共 をば 差 留めて、 己が 儘に 置かれた, 9。 ^鳥 取 • 丸 山 下城の 者 

共 をば、 堀 尾 二 柳 奉行して、 杉 原 七 郎左衞 門 尉先乘 して、 因 州 大崎迄 送, 9, 其よ 

とま S? 

b 又 河口 刑 部 少輔久 氏が 居城、 伯 州 泊へ 打 入. >た り。 然るに 丸 山の 诚總勢 下城の 

時、 境與 三右衞 門. 森 脇 次 郞兵衞 方便.^ て、 籐堂與 右 衞門を 捕へ て 人 113- とせし が、 

敵よ b も 山 縣九左 衞門を 質に 取 b たる 故、 泊に於て變方の人質を取替へ て歸.^ぉ 

一九 吉岡城 攻の事 

鳥 取の 西 五三 里の 近處 に、 吉 岡と 云 ふ 城 あり。 城主 吉岡 入道 1^2 休. 嫡子 安藝 守 .一 一男 

右近 父子 三人、 縫: 二百 餘 人に て循 籠り、 毛利冢 へ 志 深ければ、 秀吉鳥 取. 丸 山 を取圔 

まる、 中に、 皮 々敵陣へ 忍 を 入れ、 |2^敵を討捕へ、 多賀文藏と云ふ^!^の指物を奪 

取りて 歸. たり, 之に 依りて 秀吉、 吉 岡の 城を攻 崩すべし と議 せられければ * 多賀 



戦き 
两 

城 

合 



、: 卞ヒ; : を 取られた る 事 を 口惜しく 思 ひ、 某^ 向 ふべ き 33?^- むに 依 h- て、 文 « に 三 

千餘 を 差 添 へ 、 秀吉の のに T 印 を 持た せ て. 士 n 岡の 城 へ .:l:けられた,.^• 彼^^ 

水 差 出で. 尾 頭 計 b 地始 きなる 故、 多 化 中に:"! 水 を: ば h. 、船 を 頓て濟 おせば. 後: w 

の 大勢 艫 を 待ちて 渡らん とて, 汀に 打 出で て控 へたり。 文藏 炮; C 挺 前に 立て • 矢 

間 を 射 閉ぢ、 其 後に 七 百 餘人檢 .•Ilji 刀 を 揃 へ て、 一 度に^ を乘 破らん と 進みた 

を 見て、 吉岡 安藝 守. 间 右近 等、 已に 突いて 出 でんと しければ、 父 入 近 In く^ つ ベ し • 

吾 矢 倉に 登りて 時分 を 計る ベ き 問 *K 采配に 付いて 突出 づ べしと 0-2 ひて、 矢 <«! に 登 

..^て敵の形勢を見計ひ、 態と 鐵炮を も 打た せ ざれば、 敵 心安く 鄉の 手へ 付く 處を, 

人道 早 憑れ と 下, i すれば, 構へ Sid きたる 弓. 鐵炮を 一度に 放顆 7、 ると 等しく、 け^ 

{ 女载 守. 同 右近. 近 藤七郞 兵衞. 大杉某 等 を 先と して、 二 KE 餘人 jj^ 一直に 突いて 出で, 1 嫂 

先に 進みた る 兵 二十 餘人切 伏 すれば、 敵 周章て 返かん とす。 文藏 * 蓬し 引くな と 下 

知して、 二百 餘人 にて 渡 合へば、.^ 方 义カを 得て、 取って返して 攻 ふ。 然れ ども 

吉岡已 下の 城兵 男み 進んで 防戦 すれば、 寄 手 終に 殘少に 5;^=^ され、 湖水 へ 入り て 

吉5^城攻の* S 



討 多 
死贊 
文 
藏 



? I" 侯三 家 St M Kn . 1 

多く 溺死したり。 告 岡 右近 は 瓢箪の. 印 持ちた る 者 を 討収, 9、 馬 印 を も 奪 ひ 取. 9j 

たれば、 秀吉 向の 汀よ 是を 遠見して、 大に 怒られ けれども、 水面 數町を 隔て たれ: 

ば 更に 甲斐な し。 ^後 安藝 守 厳の 上に 立ちて、 水練の 者 をして 溺死した る 者 共の; 

死體を 取上げ、 七百餘 人が 首 を 取 b 、勝鬨 を 揚げ、 湖水の 汀に 竿 結 渡し、 甘 を 衋く掛 

K ベ、 奪収. たる 瓢箪の 馬 印 を も 立 置き、 當時無 雙の弓 取と 云 ふなる 羽 柴筑前 守秀ー 

吉を、 當 城に 於て 討 取, 9 たり。 其 支^に は 馬 印 愛に 有 b と, 高聲に 呼ば はれば、 多 一 

賀文藏 手 を 負うて 岩の 陰に 隱れ 居た るが、 是を 聞きて 這 出で, 某は當 城へ 向 ひたる i 

大將多 賀文藏 と 申す 者な り。 秀吉 は當城 へ は 向 はれす。 此! HI 印 は 某に 給 ひて 持たせ: 

たるな り * 深手 負うて 防戦 も 成- 9 難ければ、 是討た るべ しと 言 ひて、 頸 を 伸ばして. 一 

討た せた. 9。 吉岡 則ち 文 藏竝に 宗徒の 首 三十 餘、 敵の 捨 置きた る 武具. 瓢 驚の iLT 印; 

迄、 吉川元 春の 方へ 贈 遣した. o.。 秀吉 は文藏 討死し、 其 外 味方 多く 戰 死した る 事 を; 

無念に 思 はれて、 重ねて 羽柴七 郞左衞 門. 龜 井能 登 守 を大將 として、 三千 餘騎を 差 一 

向け もる。 羽柴. 龜井吉 岡の 诚 下へ 押 寄 すれば、 則ち城中ょ.=^も打出で、 稠し く^一 



卜し. 終に 敵 を s^- 拂 ひて、 数多のお に 手 を ft はせ- 能き^ 十七?^ 取.. - た.^。 

井 も 一 戰に打 ft けな 退き、 兩 度に 於て 期く の 如く なれば、 秀^^な き窕 にて 人數を 

損じて 益な しとて、 ^:^;後は當城をば攻められざるが. c:? 取. 丸 山^ 城の^、 ^^^七^ 

左衞門 取扱 ひ て 城 を 明 渡し、 吉岡 父子 は 伯 州 へ 立 越えた, 5。 

二 〇 秀吉吉川元春と伯州馬山に對陣の^^ 

天 正 九 年 十月 中句、 烏取の!^城兵糙^きて難^^に及ぶ由、 S 州へ 到來^ ければ、 

折節 方々 の手當 に逍 して 無勢な b と雖 も、 後 詰 延引に 及ば、^ 诚 すべ しとて ぶ = 川 

駿河守 元 *|^. 同 治 部 少輔元 長. 同 民 部 大輔經 言、 がに 毛 利少輔 十, 郎元 秋. 1^ 七郎兵 

尉元 康. 其外國 侍に は. 熊 谷 豐前守 元 益 田 越 中 守: 三 刀屋彈 正^ 馳加 はり、 三千 餘 

騎 にて 取敢へ や 出お せられ、 十:::; 廿 六::: 伯 州; iiir の 山へ ^陣 して、 は大 おん へ Si を 

寄せん とせられる ける 處に、 鳥 取 落诚の 由- の 山へ 到來 あ"。 羽 柴筑前 守 は. 六::; 

よ, 十:::! お 一味 方 長 陣を張 b て、 諸勢甚 しく 倦 じければ、, 士の疲 t 力 を 休めん と 思 は 

秀士 川 元? と 伯 州お 山に 對陣の 事 一 2 



秀吉三 家 

t!^ の山對 

陣 



藝 侯三 家 誌 卷六 

れ たる 處に、 吉川元 寿 出張の 由, 伯 州の.^ 方より 注進す るに 依,^ て、 秀吉 則ち 因 州 

を發 し、 同廿 七-日 馬の 山の 向の 高山に 陣を 取. Isi^r の 山 を 目の 下に 直下して、 數莴 

の 軍勢 嶺 にも 谷に も 充満せ, 9。 元 春の 陣所 "isl- の 山 は、 左 は 湖水、 後 は 橋. 川に て、 橋 

1 筋の 道 あり。 元 春 下知して、 後の 橋 を 切 落させ、 湖水の 船 悉く 陸地へ 引 揚げ、 櫓 

楫を打 折り、 前に 柵 を ふり、 敵 合の 道 二 筋 作らせて、 敵の 寄る を 相 待ち、 無 〔一」 脫〕 の 

1. 戰を遂 ぐべ しと、 元 長 .1言 へ も此段 相談せられ たる 處に、 國恃熊 谷. 益 田. 三刀屋 

など 打 寄, て 評議し ける は、 此度 味方 若干の 少勢を 以て、 此所 にて 一 戰を 遂げられ 

ん事、 所と 言 ひ 旁.. 昧方 勝利 有る ベ からす。 一 先づ愛 をば 引拂 はる- -樣 に諫詞 すべ 

しとて 、各-元 春の 本陣へ 參 向す。 元 春 如何にも 宽 やかなる 體 にて、 袴 を 著し 對面 

し、 其 後 鮭の 調昧 にて 饗應 せられ、 其 半ば 敵陣 を 見やりて 、今日は 雪 降. 0. 風 烈しく 

して、 秀吉 山上の 陣嘸ぞ 堪へ難 からん。 我等 は 欺く 橥會 して、 酒吞み 慰む 事よ と 

て、 いと 打 解け 戲れ笑 はれければ、 熊 谷. 益 田-三 澤丄ニ 刀屋等 其體を 見て * 內議の 

趣 申出す に 由なくて、 各, 頓て返 出したり。 ^元 春 は、 雪 の 寒氣を 凌がん とて 燒 



れ兵 秀 
ら « の?? 
る^ 城 羽 
入に 衣 



火 を させ、^ を 炙 て 休 ir- せらる • 大將^ くの 如くなる を 兄 W きて、^ 勢 ^=此 度? 3 

死す と 思:^ めた 斯くて 秀 の陣 にて *^*sau 阿波:—^ S は 小 六と 云 ひて、 未だ 

若年なる が秀 十: 3 を锄 めて、 羽衣 石の 城へ 兵 粗 を めら れて、 然るべ しと K ひけれ 

r 、秀吉 は 雪中の 事 なれば、 先づ それに 及ぶ まじき 32: 言 はれけ る處 に, 錄須贺 又. S 

虫 v 力〕 

後味 方に! g す 者の 爲に候 問, 兎角 差^めら れ 宜し かるべし nl.s. マ に 依 て、 秀告 尤 

と忠 はれ、 同廿八 H 峯傅 ひに、 羽衣 石の 诚へ 兵糧 を 人れ させら る • 元^ 此:: :物兑 を 

出されけ るに、 秀吉 は陣々 を g 土く 守らし め, ナ2 條が 羽衣 石の 城へ 兵^ を 入る、 と 

見えて、 山 傅す るお 多く 有. 5 ける. B 言 ひければ、 元^ 則ち 今 ra 中務少 輸經忠 に、 井 

上^ 右衞 門. 出縣 (ボ右 衞門を 差 添へ、 炮 挺 持たせて 松".^ へ 到.^ て、 兵^; 迚 送の 

者へ 鐵炮を 打 憑くべし。 若し 敵 打 出でば、 元 _ !!^ も馳向 ひて 1 戰を这 ぐべ しと (一が は 

れて、 遣され ける が、 今 W 已下 二三 千の 敵に 近付きて、 鐵炮を 放^け ける が、 ゆ 3 甚し 

く 降 b て、 數 兵の 間 も 見分け ざれば. 敵-お 互に 控 へて 待つ 處に, 五六 段 前なる 小 

松 山の 馬 崎に、 鐵炮 一 つ ^h- たるが、 敏の具 先に 進みた る 兵 粉 送りの 大將 を、 上 

川 元お と 伯 州 fs.E に 對陣の 事 S 



松 崎の 迫 

—せ 



-荡侯 一 II 家 誌 卷六 

よ. 打 落して、 吉 川の 內 千代 延藤藏 と名乘 た.^。, 其 手の者 共 之 を 助けて、 悉く^ 

散す • 

〔頭書〕 一 說には ノ新見 左衞門 尉に 井上. 山 縣を差 添 へらる、 と あ,.., • 新 見 は 今 田 

が 弟な り。 

〔同〕 或 寄に、 彌 一 右 衞門又 千代 延と ばかり 記せ b。 與 助と は 別家お り。 

是 をば 知らす :5j| の 山に は、 敵 大勢 出で たると 開き、 是 こそ 願ふ處 よと て、 吉川元 長 • 

同經言 先陣と して、 元 寿 は 秀吉本 i; の體を MKa せて 打出づ べしと て、 元 長. 經 言の 手 

勢に 熊 谷. 杉 原 等 を 加へ て 二 千餘騎 * 核 崎へ 駔付 けられたり。 南 條伯耆 守 元 續* 小 

鴨 左衞門 尉元 淸等、 唯今 打 出で たる は 元 長. 經 言な, 9。 我等に 人数 を附 けられば、 

馳向 ひて 討 取るべし といへば、 羽柴 小市郎 尤も 宜し からん とい はるれば、 膝 堂與右 

衞門. 中 村 式部 少輔. 神 子 田. 龜井等 一 萬 四 五 千に て、 山 下へ 馳下、 り打續 きた, 5。 元 

長. 經言勢 を 一 面に 立て 敵 を 待た る、 處に、 秀吉 本陣よ b 軍使 を 立て、 頻^に 制せら 

れ、 上方 勢 頓て打 入 b おり。 斯くて 元 春此兩 日、 秀 吉 と對陣 して 無二の 一 戰を遂 ぐ 



元 HI に秀 

州存 inri 
へ 父 く 姬 



べしと 思 はれ けれども、 上方^ 寄 来ら や • .^方は小勢なるに^^..^て、敵の寄するを 

待た る. -處 に、 秀 士 口元^ 死地に, i:- て、 士卒 同ド 5 に 無二の ゆ- 1^ を兑 及びて 戰 ひて は、 

人數 数多 損 やべ しとて、 諸 勢 を 引:^ れ、 因 州 鳥^ 迄 打 入, 9、 城に は 木 下 備屮守 を 

入5^4/ 其 外 諸 所の 城に 人 ssi めて、 播州 姬路へ :!^ せら るれば, 元^ 父子 も, 年 

內雪深 かければ 働自. 2 なら やとて、 境目の 仕?^ 等 首 付けて • ^州へ^ を 班 さる • 

一 I 一 H 州大崎 荒神 出 以下 落城の 事 

元^!^父子は、因州11::|取.丸山の兩城を秀吉に攻落され、 敵 城の 一 ニ简 所も攻 破りて、 

此無念 を 暗さん と 思 はれ けれども、 年內^ハ^^^しければ、 年の 明くる を:^ ちて、 

天 正 十 年 正月 十七:::、 iic 川, お 河 守 元 春. 同 治 部 少輔元 "::^^.:!^ 民, 邵 大輔經 f 一 nil} 州 を 出 

で, 同廿五 H 雲 州 富 田に 到. 9、 爱 にて 谷ノ 評定して、 二月 上^、 伯 州 八橋に 著陣 せら 

るれば、 其 頃 杉^ 播磨守 盛 重 は 病死して、 嫡子彌八郎元盛.次2?^又次郎:^„-盛、 則ち 先 

陣に相 加 はる。 元^ 先づ太 崎の 城 を, K めんと て、 彼 一;^ 發. M せらる" 此時 取に 木 

R州大崎j%神山以下^城の^5^- 



ま 



大崎城 合 





藩侯三家^;^ 卷六 . S 

下 傭 中 守. 宫部善 坊、 但 -itT に祌子 田. 尾 藤在陣 すれば、 若し 後?, £ する こと も あるべ 

しとて、 熊 谷 豊前守 元 益 田 越 中 守 元祥. 三^ 攝律守 爲虎. 三 刀: iHii 彈 Fi- 左衞 門. 溢 佐 

渡 守. 天 野 新兵 衞尉已 下 三千 餘騎、 引分けて 是を押 へ させ、 大崎 へ は 杉 原 彌八郎 .词 

又 次郞. 佐 波 越後 守 廣忠. 富 永 三 郞左衞 i: 尉. 周 布 十 兵 衞尉. 都野駿 河守已 下、 四千 餘 

騎 にて 押 寄せ、 透 間な く 圍み攻 む。 當城には木下備中守ょh^、 同氏 民 部大輔 に、 因 

州の 國 人山 崎. 村 越 ft 部. 笠 塚な ど 云 ふ 者. 八 fo 餘騎籠 ® きたり。 同月 十四: :!、 杉 原 

兄弟 一 身の 功 を 以て、 此 城を乘 崩さん とて * 其 日の 曙に 手勢 一 千 五 百餘騎 にて、 取 

出の 出 丸へ 押 寄 すれば、 足 立 治 兵衞. 安原 民 部、 先を爭 うて 具 先に^へ 乘る。 是を 

見て、 皆 我 劣ら じと 攻 入りけ る 問, 城兵 周章て 二の丸へ 逃 入る を、 杉. M 續 いて 攻入 

れば、 總勢杉 原に 出し 拔 かれた, 5 とて、 急ぎ 攻 上り、 甲の 丸 を 時 を 移さす 攻 崩し、 城 

兵 所々 にて 討死したり。 木 下民 部大輔 をば、 杉 原が 家人 三吉徳 兵衞討 取り、 都て 得 

る 所の 首 四百 六十 餘な り。 同 二十日 元 春 父子 三人、 七 千餘騎 にて 荒神 山へ 押 寄せ 

ら るれば、 其 夜 城 を W 、退きけ る を 追 詰めて、 三十 餘人討 取り、 其條鳥 取の 山 下へ 打 入 



♦ 



き 

き 
城 



、:^ 家^く 燒拂 ふと 雖 木 下^. 5. 守 小勢なる 故、 守 b て 出です- それよ h-^lw 

を 攻めん とせられ ける 慮に、 城兵 防ぐ に 及ばす 明 其 後 諸 寄の 域の 胶を^ 火 

し、 一 校 數巧人 松て * 大 崎まで 打 入. -此處 に:? し、 諸 卒の勞 を 休め、 頓て c;! 収 

の 城を攻 むべ しと 評議し、 秀吉後 詰の 手當 として * 雲. 伯. 石^の 勢 を 催さる • 羽桀 

秀 ii:! へ此. E 、木 下 備中守 注進し ければ、 秀. l^n 夏に 至りて、 備屮 _农 出 すべし • 然れ 

ば 鳥 取. 私 都 兩城北 〈堅く 相 守 b て、 縱へ敵 寄す ると 雖 も. 出で 戰 ふべ から や。 我等 

備中 後,: 1: せしめば、 tsl^ 一 分の 後 詰な hv 難 かるべ ければ、 元恭も 其邊を _ JiK き, 

^^中へ屮:張すべき問、 其 中 城 を 整 固に 相 抱 ふべき ほ 返 m せらる。 ^州 出 名 入 近お 

仙. 垣屋驢 河 守 .增 屋隱岐 守、 其 外因. 但兩 州の 者 共 七 千 餘騎、 秀告の 出 • 吸 を 乂 けて 

馳加は ,0 、先陣に 進まん とて、 但州竹田^^に馳然.0けるが、此返*を11きて*^己が 

城々 へ歸 b た, 9。 元 春 父子 三人 は、 伯 州 八 梳へ打 入り、 先づ私 郁の 城 を 攻めん とせ 

ら る- 

R 州大 崎^ 神 山 以下^ 城の 事 S j 



i 蔡侯 一 一一 家 誌 卷六 , . i 

ニニ 備前 國兒島 綠濱城 軍の 事 

備 前の 國兒 島の 蜂" M の 城に、 宇喜多 忠宗 入道 安心. 同 嫡子 與太郞 在 城す るに 依 て、 

此向 城の 爲に麥 飯 山を挤 へんと て、 天 正 十 年の 春、 穂 田 治 部 少輔ー f4 淸を 大將 とし 

て、 有 地 美 作 守. 古志 淸左衞 門. 榴崎 十兵衞 以下 歷々 遣され、 诚地 普請 させ しめらる * 

然ると ころに、 鲦 1^ と麥飯 山の 間宮の 森と 云 ふ 所へ、 敵 物見と して 人 數を差 出しけ 

るに 依. 9 て、 麥飯 山の 勢甌 付け、 則ち 追拂 ひ、 敵 城の 山 下 迄 逃ぐ る を 「也 詰めた る處 

に、 敵 所に て 返 合せ 相戰 ひた h^。 有 地荬作 守、 敵 一人 檢 下にて 組 討に す。 古志 淸 

左衞 門. 榴崎十 兵 衞も槍 を 合す。 之に:^ て 宇喜 W 與太郞 、味方 を 救 ふべ しとて、 城 

よ,.^ 打 出で た る處 に、 乗.. ^ たる 馬ロ强 く、 敵陣 へ ^込みて 空しく 討 たれた, 9。 其 後 

小 早 川 隆景. 穂 田 元 淸を伴 ひ、 蜂お の 城へ 押 寄せ、 城の 尾 頭に 陣取り、 五六 日 對陣せ 

ら れし處 に、 羽柴 秀吉. 淺野彈 海陸よ b 馳下, 9、 宇喜多が 後 詰す る 由 風聞 あるに 

依 b て、 毛 利 輝 元よ 5 隆 3?/ 使 を 以て、 先づ 端々 の 働 をば 差 置かれ, 其 表引拂 はる 



べし * i ねて 無二の 一 戦を^|^げらるべき3:11、再々.5.越され、隆^3て打入れられぉ 

二三 伯 州 羽衣 石 岩 倉 落城の 事 

伯 州 羽衣 石 ふ石倉 兩城附 城の 者 共、 互に 野 伏 足輕を 出して、 々迫 <:! あ. て * 去る 天 

正八年ょ..^今年同九.3^に至ちて、 S 城の 者 北ハ 得る 所の 竹 四 W 餘な. 9。 就 巾 一 :5^"ぱ 

の 山 田 出 雲.: irnsiK 調略して 、羽衣 石;. 胞 城の 小 侍 十三 人、 山 W に 心 を 合せ 時節 を兑合 

せ、 城 中の 固屋へ 火を懸 くべき p、 其 時 外より 攻 合さる べしと、 其約を^めたる^5 

に、 一 節 羽 柴秀チ 3 死去 せられた. o と、 雜說^ .0 ける が、 是に城 中 殊の外 騷出 でた hs. 

例の 十三 人の 者、 此時を 幸に 固; IHS1 々々に 火 を^け たり。 山 田 出 9:; ケ: 豫 ねての 相 蹈 

なれば、 卽時诚 へ 取懸, 5、 城 中よりも 右の 者 共 心 を 合せ 働きければ、 域 兵 防ぐ^ を 

得 や、 方々 へ 落 散りけ. を :9S 駅け、 甘 八十 餘を討 取. 9 た,, :v。 松^の 小淼 和, M 守 も 

搦手よ..^ 乘 人れば、 南 條伯耆 守 一 戰 にも 及ば や、 從士 一 兩人 にて 城 を 逃 きた hv* 

備前^ 兄 cs.wi^mi?^ 城の 事 伯州^?;^1^;.ィ--^ぉ城り|* S 



li 侯三 家 li-s 卷六 s 

此時元 續 、信 長よ 6 給 は, 9 てき 藏 した る、 天下 一 と 云 ふ 月 毛の 馬の 長さ 九寸五分な 

る を、 山 田 奪取, 9 て 吉川元 長に 與 へ た,. y。 岩 倉の 城へ も 此の 火の手 見えた る 故、 小 

鴨 左衞門 尉元 淸 .2? 夜 城 を 落 返き た 。向 城 の 正 壽院利 安、 卽ち駆 入 b 乘収. り たり。 

是も信 長よ. y 拜領 したる、 七寸 五分の 口 切 栗毛と 云ふ瑪 を 取 b て、 元 春へ 獻 じた 

二 四 高 松 落城 附淸 水宗治 e 下 自害の 事 

羽 柴筑前 守 秀吉、 備中. 備後 を切隨 へて、 信 長 下向の 待設 すべし とて、 天 正 十 年 三月 

中旬、 畿內の 勢 を率ゐ て-播州 姬路を 打 立た るれば、 播. 佴. 因の 勢馳加 は,..' て、 六 萬 

餘騎に 及べ, 9。 又 宇喜多 和 泉 守 直 家の 子 八 郞秀家 は、 當年十 一 歳 なれば、 備前岡 山 

の 家 城に 殘し 置きて、 叔父 宇喜多 七郞 兵衞忠 家. u; 川 年 右衛門 • 明 石飛驛 守. 舍弟勘 

次 郞. 長 船紀伊 守. 岡 越 前 守. 宇喜多 河內守 • 富 山 判 右 衞門等 を 先と して、 播州 1 一郡. 備 

前 一州、 健 中. 美 作 半 國の勢 二 萬 餘騎相 加 はりて 先陣に 進めば、 秀吉八 萬 餘騎の 命 



を 司り て、 四:;: 上句! i 中へ 下 著し、 小早川?^2がょ.^乃ぉ〈少輔七^を^^きたる* •>« 

地 山の 城へ 押 寄せ、 速に^ 渡す ベ き 由 言 送ら る • 少輔 七^ 無勢に して、 敵大 :4 なれ 

ば 防戦の 1^ なく, 則ち 城を叨 i^rl く。 =^^後上方勢冠山の城を攻^し、共ょり同^ー,.2:^ 

の 上 龍王 山へ 押 shv、 勢 を 分ち て 高 松の 城 を 取 Hi む。 常 城 は 彼 鄉屮に 在る 小山に 

て、 尤も 地の利 を 得^る 要害な り。 隆 およ.^ 淸水 長お- 衞門 尉宗治 を^め ffi き, 乃^ 

少輔 七郎淸 水; i 加勢して、 雜兵 共に 三千 餘人 扼衞り て、 無, 1 一 の 合 戰を这 ぐ ベ しと 设 

して * 03 炮を頻 に打懇 け、 足輕を 出して 敵 を 招き けれども、 秀 小"^ く 制して、 敏 

出合 はす • 此城 三方に 深き 沼お て、 1 方に は^き 水 堀 を 掘り、 も 地の利 を^た 

り, 秀吉4£城カ攻になり難き.亊を!;^1.^て、 城の 廻 1 除に 5^. ど^かせられ ける 

が、 sii 、怠らす 四 H; 巾 句よ b 築き か、 りて、 五 初に は 悉く 成就した.^ * 秀+ 一" 五 

七日、 蛙が 鼻と 云 ふ へ陣を 移し、 ^八 =ょり 兄 郃川を 開 入れさ せらる に * 折り 

しも 五月雨の なれば、 谷々 の 水, 漲 落ちて ぶ I 松の 民 は::: 十 や 水 に 成 ひぬ, 水.?? - 

第に. 漣へ て诚 山の 項 を 浸し、 八 r 五 尺と も^ へ なば、 城兵 IJ" 溺死す ベ く兑 えた 

古.? 松お お お 永 宇治 已下. S 



裔侯: 二 家 誌 卷六 /i ! 1 お 

吉 大船 三艘 堤の 中へ 舁 入れさせ、 淺野彌 兵衞. 小 西彌九 郞を警 回の 大將 として、 佛 

痕鬼を 放ち 懸け、 -頻. 9 に 攻めさ せらる。 诚兵も 失々 持 口 を 謂 取りて 防戰 す。 秀吉 

髙松城 合 の攻 口に は、 中島 大炊 助が 一族 菓 木が 一 黨、 身命 を 捨て ゝ之を 防ぐ。 宇喜多が 攻ロ 

戰 

池の 下 は、 林與 三. 片山助 兵衞. 林與 九郞. 鳥 越 五兵 衞 など 1 炮打 懸け、 稠 しく 防ぐ 間、 

寄 手 纏の 一 重 を も 破. 得 ざれ ども、 今 十 n と 欺く の 如くならば、 水難 遁れ がた しと 

て、 城 中 旣に難 僅す と雖 も、 堤の 上に は 柵 を 付け、. 下 に は 陣屋 を作竝 ベ 、 夜 晝油斷 な 

け れ ば、.^ 方の 國々 へ きを 吿ぐ ベ き 術 もな く、 水 は漸々 に 城 へ 上りて 難儀に 迫りぬ 

れば、 水練 を 以て 水 をく.^ らせ、 此由 隆景へ 注進し け...。 隆景 驚き、 雜 元へ 告知ら 

せ、 元 奢 へ も 急ぎ 備中 表出 lij^ せらる ベ き 旨 言 送らる。 之に 依. 5 て 元 春 父子、 出 雲. 石 

見の 勢 を 率 ゐて伯 州よ, り 打 出で」 隆景と 一 つに 成 て 都 "^n 三萬餘 騎,! i 中 岩 崎の 廂 

» 元元 春 山に 到.. M し 陣を居 ゑ、 輝 元は 高 松よ 上 ニ里餘 隔て、 同 國猿懸 の 城に 控 へらる。 秀吉 

父子 高 松 

.s! く は 中 國勢後 詰 押への 爲に、 豫て向 城 を 三 筒 所に 構へ て、 人数 一お 人 入 澄 かれけ る 

が、 毛 利 三 家出 張の 由 聞きて, 又 一 一:. S 人數を 加へ て 押と し, 六 一:. si 騎 にて 高 松の 



城を収 図み、 次第に 堤 を 高く 築きければ、 水彌" 增 して、 域 兵 5^ とならん とす • 元 春 ♦ 

隆 i ぱ如 何にもして、 堤 を 切 落さん と 思 はれ けれども、 敵;^ 勢に して 後;^ i を 押へ、 _t 

の 構 厳しければ • 瓶く 切 落す ベ き 様な し. 吉川 元养は 信-お 下.: E なき 中. 兎 1W: お 無の 

一 戰然 る ベ しと、 元^.^ 景 へ 內談 お.^ け ろ^^ に * 三 澤攝^ 守お 虎 を 始め、 昧方多く 

秀吉 へ內通の者ぁ.9と15ぇける故、互に心を:>^合ひて, 何となく 延引 せらる • 

as 御 i» 記に、 千代 延藤藏 、門外まで 供奉と あ. 9。 

是に 依りて 元 長 自身、 三 澤が陣 へ 赴き、 唯 一 人攝津 守が 膝, せ 5 に 居 寄りて、 爲虎 多年 

の 志を飜 して、 秀吉へ 一 味の約をなさる 、由聞及び、其實否を承らん爲め來.^た气 

彌! 風說 虚妄に 非 ややと 言 懸けら るれば、 爲虎頓 首して、 逆心 を;: i: せざる. S 委細に 屮 

述べ、 牛 王の 裏に 數の 誓言 を 載せて 出し たれば、 元 長是に 疑心 を 暗ら して:^ へ られ 

た, 5。 此事は 秀吉と 和睦の 後、 中國 の諸士 上方 へ 內 通せし 證文共 を. 秀吉 より 毛 利 

家へ 送られけ るが、 其 中に 三澤が 老臣 三澤雲 波と 云 ふ 者、 上方へ 一 . ^すべき. H.H 送 

たる 書狀 あり • 是に依 h- て爲 虎、 此事 偏に 雲 波 入道が 私の 仕業な と. S. 斷 りけ 

高ね^ 城附 iJS 水 一-小 殆已下 n まの 事 ザ七 卞 , 



^苦 信 良 

への 寄 翰 



藝 侯三 家 誌 卷六 1 七. - 

れば、 雲 波 をば 頓て首 を 刎ねられたり。 又久代 修理 亮も 逆心の 聞え あるに 依 て * 

彼が 陣 へ は 民 部 少輔經 言 立 越えて、 實否を 尋ね 聞かれたり。 新くて 兩川 敵陣 を 切 破 

るべき 評定 あ b と雖 も、 水面 十 町 を 隔て たれば、 懸. 5 て 勝負 を 決すべき 樣も なく、 

數 日が 間 徒らに 對陣 せらる。 秀吉は 猶も勝 を 全うせん とや 思 はれ けん、 信 長へ 加 

勢 を 請 はん 爲め、 羽檄を 上せら る。 其狀に 曰く、 

態 捧,, 書檄, 奉, 伸;, 愚意, 了。 備 中高 松 之 城、 地 之 利 全、 武勇 智謀 之 士數多 籠居 候 故、 

察,, 地形, 致 ¥ 水, K 落城 可 V 爲 =句= 之內外 > 見 及 候。 雖 お:、 毛 利 右 ill 頭 輝 元 爲,, 後卷; 

率,, 數 萬騎, 介 對陣; 可 h,, 救 高 松 之 城, 行 候。 兩陣之 間 不% お,, 于十 町, 候" 御勢聊 

於,, 御 <5i 力; 以,, 其 勢, 爲= 高 松 之 城圍, 指向、 某势而 遂,, 合戰, 卽時追 崩, 西國悉 ,當 年中 

可 幕下, 事 在,, 手 裏; 此旨 宜,, 預御 披露, 候。 恐惶 謹言 羽 柴筑前 守秀吉 

营屋九 右 衞門尉 殿 

是に 依. 9 て 信 長, 惟任 日向 守. 筒井 順慶. 長岡與 市郞. 池 田紀伊 守. 中 川獺 兵 衞已下 三 

萬 五 千、 備 中へ 差 下さる べきに 定ま た. 9。 高 松の 城 は 次第に 水難 免れ 難く、 城兵 



ri S 

に-松 
p 荜城 



防戦の 術も^ きければ, 城主 淸水 ,41 左衞 門.: r?J 治, 我 一 人 B おして 講卒の 命 を 助く ベ 

しと、 ^を組みて使者を乘せ*其.5秀吉へ^^?ひければ、秀士:1則ち許.5^"せられ、宗治が 

講に任せて、堀尾茂介を檢使として城屮へ^5!し,小船 一 艘に 酒れ を;^ みて 送られた 

KV. 斯くて 淸水 長左衞 M-cr 害すべ きと 悟した る處 にぶ-め 治が 兄 月 淸入 も、 共に 

ほ 殺すべき 由! H ひければ、 ":^ 左 衞門我 一 人. H 害せん と みし m. 面々 の 一 命 を 救 ふ 

べき 爲な るに、 詮なき 自害 せられん こと • 堅く 無用な と 制しければ、 ni.;? 入近當 

家に 於て、 我,;?. くも 總領に 生れ、 作家 相 給すべき 處に, ^俗に 交りて 肥. ぬの 座 を s!* 

まん ことお、 我心に 深く 是を厭 ひし かば、 .xi^ を宗 治に 護り て、 我 (女 世に め b、 

お 時 若し 謙讓 の^な くば, 入道^! の 命に 代.^ て、 今&:$^:1して諸卒を助くべし" 我 

御邊 に總頒 を讓. ^し 故に こそ、 今 此難を 受けて 自 化:! せんとす。 吾 此故を 以て、 〔# か 

命 を 助って 暫く も;;^ 命 ふ ベ きと、 中々 制:; 1 を 川 ひや. 一 筋に 思 ひ 定めければ、 其 子 

右衞 門^も 父が 供 せんと 覺 悟した. y。 又,:^3^^ょ^'檢使として、 おかれた る^ 近 

犮衞門^1も北ハに自$$1すべ きと言ひければ、 長左衞 門 足下の 切腹 は 何^ ぞ* ^^«{を逝 

^城附 お 水^ 已下 C の^ 1 七 九 



i81 一家;! II 卷六 一八 

れられ た,.^ とて、 全く 瑕 谨に非 やと- 强 いて 止めければ、 末 近某當 城に 入, てより、 

宗治 若し 心變 し、 敵 一 味の 事 も 有らば、 忽ち 刺 違へ て 死すべき と 思 ひ 定めたり。 

〔頭書〕 右衞門尉は宗治が子なりと云ふ說ぁ,0^。 私に 云 ふ、 實は 月淸が 子に して、 

宗治 養子と する か • 

〔同〕 一 書に、 末近左衞門尉を近松左衞門尉とぁ..^。 又 曰く、 輝 元 難波傳 兵衞. 近 

松 左 衞門尉 をして、 兵 二 千 を 率 ゐて來 救 ふと あ, 9。 

然るに 今 御 邊義を 専らに 守, 9 て、 . ^方の 約 を 違へ す 忠死を 遂げん とせら る。 宗治 

若し 逆心 あらば、 其惡を 憎みて 刺 違 へんと 思 ひたる 程に て、 今 味方に 封し、 忠&を 

専らに 自害 せんと せらる、 をば 感心せ や。 此場を 見捨て 歸 らん 事、 ,-: 背け ,0と 

て、 是も 同じく 自害す べきに 極めて、 小船 一 艘を钸 b て、 淸水長 左 衞門宗 治. 同舍兄 

月 淸ん. 道. 其 子 右衛門 尉. 末 近 左衞門 尉、 鼓に 淸 水が 家人 難波傳 兵衞. 高 市 允. 次に 小 

者 一 人 船に 乗. 9 て 押出せば、 妻子 眷屬 別を悲 みて 泣 別る。 船旣に 秀吉の 本陣 近く 

なれば、 長 左 衞門船 を 差 止めさせ、 刀 を 拔き聲 を 揚げて、 「川 sg を 留めて 逢 瀨の浪 



M 水 
(\& 

35 左 



枕 *浮 世の 夢を見なら はしめ、 驚かす 身ぞ 果なき」 と, 謠の聲 の 下に 腹 十文字に 切れ 

ば、 高 市 允 則ち 介錯す。 月淸 入道是 を 見て、 「道の 邊の 水流る. - 柳^^し が s« の 

世の中に、 心留 むる ぞ なる」 と. 同じく 謠 ひて 自害 すれば 、嫡子お 衞 門 尉も始 いて 

切腹し、 難 波 体兵衞 拉に淸 水が 小者 も、 同じく 自害した. 9* 

S き 或說、 此難波 傳兵衞 事、 輝 元の 內鐵炮 の 小頭なる が 一 同に 切腹すべき. H 云 

ふ。 秀吉の 云 ふ、 彼 はさして 大將 分と 云 ふに も 非す。 然れば 切腹 無用の. B 一はれ、 m 

水 等も强 ひて 留めけ る 故、 其 J^. に應 じて 自害 はせ. さる. H、 閱 記に は 見えたり • 

末 近 左 衞門尉 我 も 一 節謠ふ ベ しとて、 刀 を拔き "おし 船板 を 網^ら し、 「敵と 兑 えし は 

群居る ls、i ^波と 間え し は 浦風な..^ け. *^。 高 松の 朝の. 添と ぞ えに ける」 と、 末を少 

し謠替 へ て 服 を 切れば、 高 市 允 • 此 等の 死骸 を 取 納め、 ^に 家名. $:; 名 を 記し 附け て, 

堀 尾に 相 渡し、 1!^ 後 船 乘!! ^.9、 我が身 も 自害した, 9。 

二 五 元 春隆景 秀吉と 和平の 事 

元 春 t&Jli^ 秀吉と 和平の 事 一 八 一 



*T 侯三 家 SI 卷六 一八 二 

斯くて il 口川 元 寿 父子 • 小 早 川隨景 は、 秀 苦と 久しく 對陣 して、 有無の 一 戰を遂 ぐべ 

しと 志され けれども、 敵 若干の 大勢に て、 然 かも 向 城 を 構へ て備 堅固 なれば、 敵の 

虛を窺 ひて 控 へらる。 然るに 備後國 上 原 左 衞門大 夫! f 祐齊〕 は、 故 元 就の 培に して、 

三 家と は 親しき 緣 者なる 處に、 秀 吉へ內 通して • 羽 柴美濃 守秀長 一手の 赤 幟 を、 我 

陣總 軍手 先の 小山へ 取込み 飾 立てた, 9。 然るに 織 田 信 長、 當月 二: n 惟任:::: 向 守が 

爲に、 京都 本能 寺に 於て 切腹せられ たる 由、 秀 吉の陣 へ到來 あ. 9 ければ、 秀吉 思案 

して、 今此 事露顯 すれば、 眛 方に 約を變 する 者 出來て 、敵陣へ 內通 して、 敵此 费に乘 

らん 時 は、 敗. c せん 事 疑な し。 所詮 今 味方 勝に 乘 るの 時、 毛 利 家と 和睦し、 異議な 

く當陣 を引拂 ふべ し。 然 れば此 飛脚、 此事を 諸人に 語. 9 て は 如何な りと て、 竊 かに 

此 飛脚 を 討 菜し、 信 長生 害の 事 を 深く 祕 して、 安 國寺恵 逮西堂 を 急に 呼 寄せ、 毛 利 

家 先年 信 長と は 親しき 約 をな されし 處に、 公方 義昭を 輝 元 扶助に よ, 9 て、 斯く 弓箭 

に 及べり。 是は 一 旦の愤.^迄に候へば、今度和睦して歸京せしめば、信畏內々の本 

意に 叶 ふべ し。 和平 領 掌に 於て は、 國 分の 儀、 北 は 伯耆國 南條が 領地 を 限りて 半國、 



_e は 備巾國 お 松の 城, 今 1115^ 攻取. たる 印に * 河 邊川を 境と すべし- 此 一】:! を 以て 三- 51^ 

へ 巾 さるべし とて、 安^寺 を歸 された.^ * 

is 六月 五: u 吉川 勢、 羽柴 七. 卯左衞 門が 陣 へ 切り か? なべ しと-: Ji- めた る^に、 

四:!: の 早旦、 秀吉安 國寺を 呼 び寄 せ ら れ、 扱 ひ 始 ま る な と 云 々 • 

L 同〕 毛 利 家 &秀吉 和 Kl- の 事、 關西鬪 記に は、 安國寺 達て 勸め ける 故、 川. 小!: 小川 

よ b 和 を 乞 はる /- .3 見えたり。 一 又或說 に 云 ふ、. 信: 害 の ほ, 中國陣 へ到來 ある 

返に、 其 飛脚 i..^ 么し秀 吉の陣 へ 11;: き、 彼の 狀誉を 出す。 之に^^りて秀士::、 彼の 飛 

脚 を 殺し、 安 國寺を に t- 寄せ、 和 を 調 へ ら る、. H 見えたり。 

兩川此 ^如何お るべ きとて、 輝 元へ も吿 知らせ, 色々:^ 議^ h- ける が、 元 就の f せき 

に、 天下へ 9fl を 憑け まじ さ 32 言 置かれ, 其 上 信長當 時 都鄙に 威 を 振 ひて、 te^ に 二十 

餘:! を衞 せり。 玆に 因て 字 喜 多. 南條. 山 名 等 も、 味方 を 背きて 彼に 從ふ。 おし 此上 

にも 亦 利害 を 計. て、 身 を 立てん とする 國. H も出來 なば、 行末の 弓 矢涉々 しから 

fy 幸彼方ょ.^和•牛を;^3ふなれば、 一 先 其 旨に 任せて、 時の:^ を^つ べしと 內 し 

元春!^ュ<秀^^::と和平の事 一八 一一 



三 家の 領 

圃信 長に 

隨ふ 



藝侯. 一 一家?,? 卷六 ズ 3 

て、 安國 寺へ 此趣を 言合め、 又秀吉 の陣へ 遣して、 終に 和卒調 ひたり。 然れば 互に 

誓紙 を 取替すべし とて、 秀吉の 判 形の 證 人に は 安 國寺を 遣し、 元 春. 隆景の 判 形の 

證 人に は, 森 勘 八 を 差 越したり。 是 よ,. > して 安 國寺、 秀吉の 前 能くして 頗る 恩祿に 

浴した. o。 抑,^ 毛 利 家 頜國の 事、 安藝. 周 防. 長 門 • 石 見. 出 雲 • 隱岐. 因幡. 伯耆. 備後. 備 

中の 十國、 元 就 是を頜 せられ、 其 後但, 美 作. 備前 等、 隆景の 武略に 伏せし かど も、 信 

長の 隆盛 秀吉の 戦功 を 聞きて、 宇喜多 上方へ 成替 、備前 一 國. 播州 二 郡. 備中. 美 作 

谷! 中國 は、 直 家が 領地なる 故、 忽ち 敵と なる。 伯 耆半國 は南條 兄弟が 心 變.. ^に 依 

b て背果 す。 因幡. 但 -it 兩國 は、 山名宗 仙. 同大 藏大輔 等 信 長へ 屬 して、 他の 有と な 

る。 是に 依りて 今度 和卒の 後、 毛 利 家の 頜國 は、 備後. 安藝. 周 防. 長 門. 石 見. 隱岐. 備中 

半國. 伯 耆半國 に 定まりたり。 斯くて 羽柴 秀吉、 毛 利 家と 和睦 調 ひし かば、 同 六日 

高菘表 を引拂 ひ、 播磨路 へ 上らん として、 兩陣會 盟の驗 な とて、 鯓 一 つ. 菓子 一 鉢 

添へ て、 毛 利 方へ 送. 9、 我 身 は 馬 廻 計. にて、 忍んで 先陣 を引拂 はれし 處に、 中國 

陣の 傍人 足 固屋に 火の 付きた る を 見て、 上 方陣 一 度に 崩 出し、 我先にと 引きけ る 程 



す St 秀耶宇 

た吉兵 IP 

ん>HI^ 多 
i 追 * 七 



に * 太刀 .m. 物 具. JW. 幕な ど 多く 打 捨て 返き けり • 上方 勢 一里 計.^ 引きし^、 播州 Mi 

贺^. 小坊主 SI 巴が 許より 飛脚 を 以て、 去 る 二 = 信畏 a^II の 趣 を屮^陣 へ 吿知ら せ 一 

たり. 又紀州 雑贺孫 市、 は 束; i 寺へ 學 問の 爲に、 中^よ.^ 上.^ たる^な どの 許 一 

よ. も、 々 注進す • is の 宇喜多 七 郞兵衞 .岡 越 前 守 を 先と して, 信 惟任が 爲 に 一 

弑 せられぬ。 此^に 乘 じて 秀吉の 跡 を 慕 はれ、 道中に 於て 1;^ 果 され、 庇ち に 京都へ 一 

攻 上られ 候 へ かし。 さおる に 於て は、 我等 御先 を 仕る ベ き 神 文 血判して 巾した 一 

KV. 北, 《外 毛 利 家の 諸 侍 も、 秀告を 中途へ 追^け て :5s 果 されば、 當家 天下に 旅 を 立て 一 

ら れん iss. 、疑な しと 何れも. S. した. 5。 隆景言 はれけ る は、 IKJ^ 勢 盛んにして、 戰 ひ.^ 一 

方の 利な か. 9 し W は、 和平 を 以て 其 約 をな し、 今敵大 變出來 て: 不幸に 陣 を引拂 へ. 

ばと て、 お 费に乘 じて 約に 背く は、 是 至極の 表. 鬼に して、 人 近の 恥づ る 所な h -。 一 一 

旦起請 を 以て 和睦し. 手の 基 を 返す 如く 其 會盟を 破らん こと: 天の 照 も 恐し。^ 上 一 

毛 利 家に 於て は、 故 元 就の 遺誡の 3ほ を 以て、 天下に el.: を 想くべき 車に 非す • 一 =此 約 一 

を 契. て は、 信 長と は 君臣の 交 をな したれば、 是は 如何にも 使 を 以て、 信, k 卒去の 

元 is^K お 吉と 和平の isa- S 一 



を 申すべき 處と 申され、 終に 此議に 定ま ぬ。 吉川元 長 は、 秀吉和 を 請 はれし 時よ 化.; 

專ら 不審せられ しが、 我 は 曾て 秀吉と 誓約 を もな さ ざれば、 追 駆けて 討 止む ベ しと, 

言 はれ けれ 共、 元 寿. 隆 ^堅く 制せられて、 力なく 止められた,. V。 怪ニ 家よ 、內藤 越; 

前 守 廣俊を 使と して、 秀吉へ 信 長の 詞を 述べ、 最前の 約束 聊違變 ^る まじく 候。 早,; 

く 上洛して 惟任 返 治せら る、 に 於て は、 人數 合力す ベ き 由 言 送られければ、 秀吉大 

に<^^兌,して、誓約を變せす信を守らる\と言ひ、危き節を相救はる ベ きとの 結構、 旁 1 

以て 大鹿 甚だ 深く 候 旨、 再三 賞美せられ、 さらば 鐵炮 五お 挺. 弓 百 張. 旗 三十 本 合力 を 一 

受 くべ き 皆 申され、 向後三家に對し疎略^^るまじと誓紙に血判を居ゑ、使を以て寄^ 

與 せられ 歸陣 せら るれば、 毛 利. 吉川. 小 早 川 道 迄 人 を 出して、 懇に 餞別 をな し、 元 春; 

父子. 隆景 は、 輝 元の it 所 猿 憑 迄 打 入り、 其れより 三 家 一 同に 藝 州に 歸陣 せられた 

. 一 

藝 侯三 家 誌 卷六終 」 



藝 侯三 家 誌 卷七 



一 經言 秀包大 坂に 登らる \ 事 

天 正 十 年、 羽 柴筑前 守 秀吉毛 利 家と 和平して、 異議なく 備中 を H? 拂ひ. ^ょ.^!::!^ 

長の H?Ssf すべきた め、 ぎ? S つて 上られし が、 同年 六月 十三 日、 擓任 日. M 守 光秀と 攝 

州 出 崎に 於て 相戰 ひ、 則ち 勝利、 H 向 守 は 江 州 迄 落 行き 一 投の爲 めに?^ 架 さる。 

後 筑前守 信 長の 摘 孫 三 法師 殿 を 取 立て、 信 長の 後嗣と せらる。 之に つて M 年 七 

月、 毛 利 三 家より 安國 +117 惠 現に 使者 一 人づ つ 副へ て、 lis 家; に 羽^ 秀 へ 天下 靜 

? g の嘉 詞を演 ベら る。 此時吉 川 元赛ょ は、 秀吉へ 太刀 一 腰 信 國の刀 を^ 附 せら 

る。 秀吉 其の 返狀に 曰く、 

爲,, 天下 靜^ 祝詞; 太刀 一 腰. 刀 g 送 給 候。 御 懇之至 候" 殊 見事 候" 別而: 

isia 秀包大 坂-.; ら る、;! J. ズ七 



せ秀, 

じ aiit 家 
むに し 使 
謁 〔者 



藝 侯三 家 卷七 . ズ A 

藏, 候。 將又貴 阔半之 儀 付 而, 安國寺 口上 之 旨 得,, 其 意, 候" 委曲 西 堂ね 申達 候 • 向 

後 之 儀 御 分別 尤候。 恐々 謹言 

七月 十八 H 羽 柴筑前 守秀吉 

吉川駿 河 守 殿 

御 返報 

翌年 天 正 十 一 年 秋の 末, 吉川元 春より 三男 民 部 大輔經 言、 小 早 川隆景 よ.^ 舍弟毛 利 

藤 四 郞を大 坂 へ 上せて 秀士 n へ 謁せら る。 此時元^1^.元長も餞別の爲め、隱戶の迫門迄 

船 を 送って 首 途を祝 はる。 十 一 月 上旬 泉州驟 に著陣 せられ、 經言は 賢 法 寺、 藤四郞 

ば 玉 蓮 寺に 止宿 せらる。 秀吉、 蜂 m 賀彥 右衞 門. 黑田 官兵衞 をして 馳走 あ,.^。 上 著 

の 翌日 出城 饗應 あり、 種々 の 引出物 有って、 經 言の 家人 小 坂 左 衞門大 夫、 藤 四郞の 

從士浦 兵 部に も秀吉 より 馬 を 給 は. 9 たに • 其 m 群へ 歸, cz 其 後 又 一 兩曰有 b て大 

坂 出城せられ、 其 時經言 を藏人 佐に 任せら る。 同月 下旬 藏 人頭 經言は 御 暇 給 はり 

て藝 州へ 下り、 藤 四 郞は大 坂に 留, め 置かれ、 翌年 尾 州 小牧山 合戦、 其 翌年 紀州 雜賀 

陣 へも秀 吉に從 うて 出陣し、 解 陣の後 暇 を 給 ひて 國に 歸ら る。 此時民 部 大輔藤 四 



毛 利 藤 四 

耶の事 



^に 安 國寺を 添へ て 上せられ しが, 安 國寺も 樣四郎 同然に, 大 坂に a め K かれし 

二 四國八 a 戰の事 

土 佐國の 住人 長 曾 我 部 土 佐 守 元 親、 阿波. 讚岐 を討隨 へ、 其よ.^ 豫國河 野 四郞通 

宣が^ を 掠む るに よ. M し, 國人等 その 武威に 恐れて 河 野 を 背き, 12;^ 曾 我 部へ 降る 者 

多し。 是に依"て羽柴秀.1^:1.畏曾我部が亂を|^め、四國を平げしめん爲めに、 大相 

大納言 秀長. 近 江 中 納言秀 次 を大將 として, 仙 石 橹兵衞 

相從 へて、 天 正 十三 年 四月 廿四 U 、先づ 阿波 國へ押 渡らる。 $: 豫國へ は 中^よ.^^ 

海 あるべき 由 命せられ、 お 頃 吉川駿 河 守 元^ は隱 おに 依って. 嫡子, 治 部 少輔- 兀^ • 

小 早 川 左 銜門佐 隆景、 中國 八州の 軍兵 ニー W 餘 騎を將 ゐて豫 州へ 渡られ、 秀吉 よ.^ 黑 

田 官兵衞 孝 高を檢 使と して 差 副 へらる。 ^^ロ川-小早川、ー同七=-ー 一 = 黑川太 郞三郞 

か 城 を 取 固まれけ るに、 金子より 黑 川へ 加勢と して、 三千 騎計. ^物見 を 出しけ 

£^ 合戦の-杏 一八 八 



Isi 卷七 一 さ ? 

る を、 小 早 川 勢 百計, 9 駅 合せ、 卽時追 崩す • 味方 跡 を 慕 ふと 雖も, 敵 足早に 引取 i 

た,. >。 小 早 川 衆 裳懸主 水、 馬に 引かれて 不意に 敵の 中へ 駆 入. 9 たる を、 敵 數人馳 寄 

.^馬ょり打落し,旣に危き處に、 井上 與七郞 扶け來 b て 敵 一人 斬 伏せ、 裳 憑 を 救 ひ 一 

て歸 b たり。 其 後 寄 手 透 間な く園攻 むる 故 • 诚主黑 川 終に 降參 し、 城 明 渡す に 依 つ 

て、 當 城に 香 川 左 衞門尉 廣景を 入 置きて 在番 せしめら る。 七月 十三 日、 其よ,^ 金子 一 

が 居城 同 國仁井 51 fMIS 螽 F の 城へ 押 寄せ、 元^:5山の尾頭に陣を1 

せ、 隨景は 山 下に 陣取られ たる 處に、 敵 三百 計,. -張 出た る を、 今 田屮務 少輔. 香 川 兵 一 

部大輔 • 松 岡 安右衞 門等眞 先に 切て 憑,.^、 卽 時に 城 中へ 迫 込みて、 頓て仕 寄せ を 付 一 

けたり。 此 時山縣 木工 助が 仕掛けた る臺 なしの 鐵炮 など 打 掛け、 城 中 難儀した,.^。. 一 

同 十五 U に は城乘 崩す ベ しと 定め て、 益 田 越 中 守 元祥. 熊 谷 豊前守 元 直 を 先陣と し 1 

て、 其 次々 の 備を立 置きけ るに、 十四日の 夜半に 城兵 切拔 けんとして、 吉川 勢の 陣. 一 

取りたる方へ突出でたるを渡合せ、數多討取り、三百計,.^は山倦ひに土佐國へ逃退; 

きた. -。 先陣 益 田 越 中 守 一 范に 城へ 乘れ ば、 總 勢も續 いて 攻入 り, 城主 金子 をば 一一 一一 



セ:: 川 as の 



小 川 S 力 



使 大攻 

に-. 通す 



材紀伊 守が 手へ;^ 取 b たり • i:" 川 势には 松 岡 安右衛門^ 佳. 井下 左 .ir 允. 树枝 c:^":^ 

守. 五郎 兵衞. 山縣 源右衞 權內. 江 田 新 左 衞門士 九郎 巧つ 衞. 井上 又 左衞門 • 

野 上 右衞門 尉. 市 川 五郎 右衞? r 宮庄が 家人 神 保. 山縣 木工 助が 中^ 新 三 郎^ 名す. 

小 nf 川 勢に は 奥 E 孫兵衞 分捕して、 裳 憑 彌左衞 門^ を収 り, 額に 疵 を^り、 其 外商 名 

の 者 多し。 都て 寄 手へ 得る 處の 百餘 なり • 同 十六;:: ぶ:! 川. 小 早 川 间國柴 尾 

へ 陣を移 さるれば、 石 川. 帆柱 の 兩城も 明 返き たり。 元 は柴: の 山 に、 iui 

に陣取られ、^^所に暫く在陣して、 兩 川よ. ^安固 寺 を 使と して 大 坂へ 上せ、 A" 戦の 

樣子を 言上し, 討 取る 酋の 註文 を 差 上せられ、. 此後土 佐 國へ和 働くべき やの $T 秀 

吉へ伺 はれければ、 御 內書を 以て へらる。 

今度 於,, 豫州 新:! 1- 郡, 被, 及,, 一 戰; 金子 始數多 被,^ 捕; 甘 註文 被, 越 1 が: r ^.s,^ 

, 得,, 大利, 條、 手柄 之 段 無,, 中 計, 候。 仍其 郡 内 江 可, 被, 打 廻, 歟. r 安! 5:1- 口上 之 

問 屈 候。 然者宇 廄郡內 佛傅城 先 可, 被,, 取卷, 候。: 其 仔細 者、 阿 IS 程近^ 條、? ^^行 

尋可 V 遂,, if^ 合, お, 之由攸 間、 近せ」 W 尤候。 委細 之 儀 安國寺 n 上 W 相合^" § 

gl^ 合戦の ise- 一九 一 



赢 I 



翁 侯 11 一家 篛 卷七 一 九 一 

七月 廿 七日 秀吉御 判 

小 早 川 左 衞門佐 殿 • 

吉川治 部 少輔殿 - 

佛 isM^ 城 安 國寺豫 州 へ 歸參 して 後、 吉 川. 小 早 川、 秀吉の 命に 任せて、 讚 岐境佛 傳の城 へ 押 害 

せら るれば、 城兵 則ち 城 を 明 渡す。 大和 大納言 秀 長. 近 江 中 納言秀 次 は、 阿波. 讚岐 

の 間 和 木 • 1 宮. 木 律. 八 島の 城を攻 落して 豫州 へ 越え、 元 長 • 隆景 へ 對 顔して, 伊豫 國 

早速 平均の 事 、偏に 吉川. 小 早 川の 忠戰の 功に 依る と感嘗 せらる。 斯くて 其よ. 9 秀長. 

秀次. 小 早 川隆景 • 吉川元 長. 黑田 官兵衞 以下 を 呼 集め、 土佐國 へ攻 入る ベ き 旨 相談 

せらる、 處に、 長 曾 我 部 元 親 降参したり、 之に 依りて 四國 程なく 平均せ しかば、 秀 

長. 秀次 上方 勢 悉く 引 具して 歸陣 せら るれば、 吉川 . 小 早 川 も中國 へ 軍を歸 された 

元 降る XV. 毛 利 右 馬頭 輝 元は、 四國 合戦の 間、 隆景の 居城 備 後の 三 原 迄 出張して、 在陣せ 

られた-.^。 

〔頭書〕 或 書に 云く、 筑 前の 儀、 立 花に 於て 數年大 友と 取合 ひ 之 有. 9 たる 國 なれば. 



儿^ に 宛 行 はる ベ き .2、 秀吉 御^の 通.^、 田 官兵衞 內^. S. さ れ た,^ • ^又備中 

に於て對陣返ロの時、信_ぉ生5^:1の事、彼方へも到來之ぁりと雖も* 一 旦の約 盟を逮 

はす候事律^^第 一 の大將 故、 今 皮 九^の も 一 方 御; S 之 あ b たる. H 御!;^ の 趣 ,此 

方 御 談合 の 御前 衆 度々 物語. りた, 5 とな. o。 

三 隆景元 長大 坂に 登る 事 

同年小早川左衞門佐隆:^:^. 吉川治 部 少輔元 1:^ . ^共に 秀士 n へ 拜謁の 爲め大 坂 へ 上ら 

る。 毛利郯 元よ b は、 使者^ ^^边 石 見守 を 上せられ、 安 國寺惠 理も是 に^って、 十 一 月 

下句, M 州堺 に^ 著せら る。 隆景 は資法 券、 元 長 は 玉 述寺を 旅館と せらる、 十二 パ四 

=、 秀. f:" より 上使と して^ 須贺 右衞 門. 黑田官 兵 衞を以 つて、 明: n 五 = ャ I 城お る 

ベ き 由 命 せらる、 之に 依. て翌五=1の朝兩川|^^立 って大坂 へ 赴かる。 路次 御供 へ 

送^ を 出され、 途中 住吉. 天 王寺邊 へ ^廻の 衆 を 差 出して 迎 へらる。 隆 せ:. 元 長大 坂 

石山の城登城せらるれば、羽柴少將#^1^にて、 秀 對 面せられ 二, 遙か^ 上 祝 著の 旨 

»棗元01;^大坂に登る事 C S 



養 侯三 家 誌 卷セ S 

命 せらる。 御 面 翁に 隨景. 元 畏竝に 輝 元の 使者 渡邊石 見守 著 座したり。 其 後 御 醫 應 

あり。 此時 安! E 寺. 隆景の 家老 屮上 又右衞 門. 乃 美 兵 部 少輔、 元 長の 家老 今 田 中務少 

輔を召出さる。御相俘羽柴少將•t須賀顿隆なh^。雨川べ 御 盃の時 太刀 一 振づ つ 之 を 

給 ふ。 先年高松表引拂ひし時、信長御生害の通.>:1=1《方へ も注進ぁるの^-候へども、 

1 旦 の 會盟. を變 へ られ や、 备,. 實義を 守らる 、故に、 速に 惟任 を 討 U し、 天下 を 平均 

に 治 めし 事、 報恩 忘 るべ か らゃ と、 懇に謝 詞を述 ベ らる。 金 を 延べた る 數寄屋 に 於 

て、 諸道 具 其 外 金の 御茶 碗に て 御茶 給 はり、 其 後 書院に 於て 後段の 御馳走の 上、 蝶 

子 之 あり。 兩 川の 供 中 迄是を 聞かせら る。 失 過ぎて 天守 見物 させし めんと て、 隆 

景丄兀 長: に 渡邊石 見守、 安 國寺を 召 連れられ 登り 給 ひ、 秀吉は 蜂 須賀出 羽 守 唯 一 

人 召 具 せらる。 雨 川の 家臣 井上 又右衞 門. 今 田 中 務少輔 等 も 命に 依って 相從 ふ。 天 

守に 於て 卷.: i 其 外 品々 の 物を葸 まれ、 井上 又右衞 門. 乃 兵 部 少輔. 今 田 中;^ 少輔に 

は. iil を 給 はりたり。 秀. 口の 命に 依, 9 て 兩川大 坂に 逗留せられ、 黑田官 兵衞. 條須賀 

彥右衞 門 を 旅 根に 著 傲 かる is^g^sstfi^ お 其 後 三 吉中納 言秀次 



へ,秀士:;御成に依么し隆^?冗^も??^^せられ,樣ケの^應ぉ-^-て、 せ: STrK 下 力 名人 

を 揃 へ て 御 能 あ h -。 此 時も兩 川の 家老 今 ra* 井上^!^ど召出され、 秀 次よ.^ iii? を 下さ 

れたh^。 其 後 秀吉來 年 九州 を 征伐すべし. 方角の 鎖 なれば 三 家 を に 賴み思 召す 

なり、 春 元は 隱 おた h- と雖 も、 弓 矢 巧お たる 間、 出陣に 於て は キ懷に 叶 ふべ しとの 

上なーな.^。 斯て同月廿五z:兩川へ瑕を:^?.^、塞風の時分海上心許なく、陸地を下っ 

て 然る ベ き 32 命 せらる。 是は兩 川 大坂上 の 時 岩屋の 湖 戶 に 於て、 雜 風に^ はれ、 

供 船 数 艘破报 したり,。 兩 川の 乘船も 殊の外 危き處 に、 お Si 八 郎左衞 門お 織 を 机ぎ 船 

に 掛けた. 9* 是は ^招 船 を 船 に 見せざる 物の. H.S. 傅 ふに^. 9 て、 有 働に て 

此の 如く 仕た るな, 9。 此事 開え ありけ るに や、 秀 口 右の 如く 命せられ, , 好 須贺彥 右 

衞門 • 黑田官 兵 衞を備 屮國兄 部 川 迄附添 へ られ、 ^外 送お 下々. 賄 等 迄 仰 付けられ, 

兩川S^Mょて下られけるに、i?々にての御馳走は取も懇な..y。 S^IJ り ほリり 

四 三 浦 三 刀 屋已下 門 司 城に ffi る 附高橋 秋 月 <ロ戰 の 事 

, ー11;^ー;刀屋「し下門15城に籠-っ^ー:2校;5^カ合戰の事 



宅 利 勢 九 

州に 赴く 



小 倉 落城 



髙橋 降, 

す 



紘 S 一家; il§ , ール八 

毛 利 右 •i.T 頭 輝 元. 吉 H 驄河守 元 幸 同 治 部 少輔元 長. 同藏 人頭 經 言. 小 早 川左衞 門佐隆 

景、 八月 十六 H 蘭 州 を 出で, 長 門の Bi 下關 に在陣 して、 秀吉の 下地 を 待ちて 九州へ 

渡海 せんと 擬 せらる。 同 十月 三日 毛 利 三 家、 中國 八州の 勢 を率ゐ て、 秀吉 よ..^ の檢 

使黑 ffl 官兵衞 孝 高 相 共に、 豐 前の 小 倉へ 渡海 せらる。 同 四日 高 橋が 端 城 小 倉の 城 を 

取 園 まれば、 城兵 命 を 助けられば、 高 橋に 降參 させんと 謂うて 城 を 明 返き、 i^H 春ケ嶽 

へ引窄 みた- 9。 之に 依って 小 倉の 城へ は黑田 官兵衞 入替ら る。 同所 牛 房. ぬに 吉川元 

春 陣取られ、 小 早 川 隆景は 牛 房 原と 小 倉の 間の 在鄕に 陣を据 ゑら れた, 9。 同 五 

兩 川よ リ小 倉の 城 落 去の 趣、 竝に 高! t 降 を 乞 ふ 32、 使 を 以て 殿下 へ 言上 せらる。 然 

りと 雖も、 せ- (後 高 椅違變 して 曾て 下ら や、 愛に 小 倉よ.: H 二 里 計 隔て、 柬 大野の 在鄕 

に宫 山と 云 ふ 城 あ h^。 高 橋が 家人 稻津見 羽 右衞門 一揆 を 催し、 彼 城に 循籠 るに 依 

りて、 元 春 物見 を 遣され 樣體を 窺 はせられ ける に、 城よ,. > 下 合せ 相戰 うたり。 投外 

記. 同家 人彌 五郎と いふ 者、 山縣 木工 助 家人 安田 甚介 -廣 岡 源兵衞 など 云 ふお 共 分 

捕した ,0。 然れ ども 山縣 木工 助. 綿 M 權內. 千代 延與介 SpKi|¥l が 家 已 下手 負 多 



く、.^ 方 危く兑 えし^に、 佐伯兵右^1門^炮にて敏の足1^大將と^-しき.ぉを打伏せ 

た .*、 ^甚ぉ衞もょき.,^^ 一 人.; 取, 9、 其 外 松 岡^お 衞 門. 境 4- 次郞 弓に て 射 立 つれ 

ば、 敵:^ 中 へ 引 入 る 故、 ii 口川 勢 も 木.? 六郎兵 銜. 出縣 木工 w.^ 井な ど 殿して 打 入 b、 

城の 樣體を 巾し ける は、 往還の 障に 扣 成らざる 所柄に て 候へば、 其^にて S かせら 

れ 然る ベ し。 高 ほ r か 人-城-ど さ へ 挫 がれば、 , な めざ るに 明 5^」 く ベ き 城な, * と 巾す に 

h て、 元卷其 lb に 任せて 此城 へ は 取 掛かられす。 同廿ニロ殿下ょ^^、 三 〈水 へ 上使と 

して 森勒八 兵吉を 下され、 今:!: 來_ ^す。 北; 御朱印に 云く、 

今 關戸被 a 差 i 化-付 而、 爲,, 見舞, 森 勘 八. 同 兵 十;" 兩人 C い」^。 向 ^天候 時分 柄 候^ 

一入^,, 思 召 入 候; 輝 元^ 谷 其 面 江 出お 储、 都^ fsi^w 敷^ 之^, 外 11 可 V 然樣與 

殿下 思 «1 候之條 *t:^ 陣在, 之 共、 一 廉被;,中付,尤&^歟、併1爾なる動^^ぉ11敷!^. 

何 S 敵不 ぉ丈夬 被,, 相 心得; 其 行 有 芝- 何 造 W 茂 isi- 尤攸。 人葶に (说已 下不 X 被 

,5^, 心 可 K 被,, 中越, 候。 爲, 其 相-合 兩人 口上, 差 越 候 也。 

十月 十 一 日 秀吉御 

三 家 九州^,』 $ 附小會 城 明、 送 さの 事 . S 



三 g の 使 

歸 著, 



藝 侯三 家 SIS 卷七 ■ fjs 

吉川治 部 少輔殿 

吉川驗 河 守 殿 

猶以在 陣程行 候 者、 敵 一 人充 K 可,, 降參, 候歟、 其 上 春 者 其方 次第 殿下 被,, 出馬; 逆 

徒 等 成敗 之 儀 案 之内爾 候。 任, 見,, 來此 道, 服 送, 之 候 馬 を も、 只今 雖,, 可 K 被』 退 候; 急 

候 間, 先 無,, 其 儀, 候。 於,, 所望, 者重而 可; 退 候。 

同サ 五日、 三 家よ. り 殿下へ 言上せられ ける 使歸 著したり。 秀吉 返狀に 云く、 

去 五日 書狀、 今 H 十四 到來 披見 候 • 然者 三日、 輝 元 自身 其 外 各 渡海 有, 之 而* 四日 

小 倉 城 依, 被,, 取卷; 城主 致,, 懇望, 付而、 被,, 助命, 之 由不, 及,, 是非, 候。 就, 炎 商: i 詫 

言 之 旨 被,, 申 越, 候。 然者豊 前 一 篇爾成 候。 はやぐ と 手抦之 段、 不っ 0^_申 候。 筑 

前表 江 於, 被,, 相 働, 者、 敵方 彌正體 有 間 敷 候條、 彼 國の儀 茂: 牛 均 ® 可, 被,, 申 付, 儀、 案 

之 內思召 候 處爾、 右 馬頭 早國々 被,, 申 付, 候 得 者、 一入 手柄 之 儀 候" 猶追々 吉 左右 待 

覺候。 委細 者 安 國寺. 黑田勘 解 由 可 V 申 候 也。 

十月 十四日 秀吉御 S 



吉川駿 河 守 殿 

小 E}- 川ん _55: 佐 殿 

士 c 川; 1" 部 少輔殿 

同 十 一 月小早川隆3^ゃ吉川元-4^. 同經言*黑出勘解由相共に, 小 念よ..^ 神 田の 山へ 

陣を 移さる • 吉川元 春 は病氣 なる に 依. て、 醫欲の爲め小食に诏ま.-=^、 豊前國.¥留 

律の 城に 贺 來與 次郎が 籠居る を、 隆景 丄兀長 攻めん と 挺せられ ける 處に、 筑 前の 宗 

倮重繼 一 千 五 W 餘 21: にて 昧 方に 降り、 豊前國 ii^ の, M の 城主 二 郞左衞 門 尉 も 降 

参して、 一 千 餘騎黑 田と 1 手になる 

六 宇留津 落城の 事附 障子 嶽城明 退きの 事 

斯て 隆景. 元 長 中 國勢ニ 萬に、 黑田. 宗像. 長 野が 勢 三千 騎を 合せて、 同月 七日の 早朝 

宇留 律の 城 を 取 園み、 總勢攻 近づき、 仕 寄 を 付く る 時に、 sn^ 田の 手よ. > 指 物 を 城 中 

へ 投入れ たる を、 城兵 取って 訇. y 廻りけ る を 寄 手 見て、 黑 田が 手よ. 9 城へ 乘 入.^ た 

ると 思 ひ、 我先にと 攻 憑る。 城よ b も 矢. 鐡炮透 間な く 放ち、 稱 しく 防ぎた. o。 士 II 川 

宇留ゃ:^3^.:^の^!^井陪子ほ城^!^^、の事 i . 



城 字 
留 
津 
落 



藝侯ヨ 家 誌 や 七 11011 

勢 牛尾大 藏左衞 門、 一番に 木 門口に 付き 名乗る 處を、 城 中よ &鐵炮 にて 討 殺す。 是 

を も 顧みす 總勢 難なく 乘 入って、 城に 火 を 付けられば、 城兵 以外 章す。 賀艰與 

次郞が 叔父 贺來 源介大 剛の者に て、 少も臆 せす 切って 出た る を、 吉川勢 境 孫 次郞. 渡 

合せ、 暫 らく戰 ひしが. 境疵を 蒙って 引返き ければ、 香 川 兵 部 大輔續 いて 切って 懸る。 

源介戰 ひ勞れ てゃ存 りけん、 香川が太刀を受逃して手を^?2ハひ、終に兵部大輔に討た 

れた. 9。 益 田 越 中 守 は 手勢 を 分け、 敵の 出つべき 處を 計って、 其 所に 待 受け、 敵 

多く 討 取 b た.^。 毛 利 勢に は柳澤 新右衞 門. 山 田 吉兵衞 。兒玉 小 次郞. 同 兵 iiH 一 S 兵 

庫.村上又右衞門.佐§ニ郞ロ衞門.宇多田兵介.佐々木^;ホ右衞門* 波 多 町 源お ¥ 涌 喜 

兵衞. 小 田 助九郞 以下、 口川 勢に は 今 S 中務 少輔. 粟屋 彥右衞 I:. 新 見 左衞門 尉. 佐々 

木豐 前. 橋 道 横お. 小 野太 郞右衞 門 等分 捕りした. 9。 其 外 今 W が 家人 中 村 徳右衞 門. 

香 川 兵 部が 家人 恩 又 右 衞門首 を 取る。 城主 贺來 與次郎 をば 是も吉 川 勢 井下 左 馬 

允 討 取, たり。 { 六 戶備前 守 も 自身よ く 敵討ちた る 上 、家人 末 兼 土 佐. 粟屋 次郞右 

衞門. 福 間 市丞. 寺 本 市 允. 淺原備 後. 渡遷壹 岐. 板屋 肥 後 玉筑後 等分 捕, 5 す。 都て 



^?手へ?^収る片数ー千餘、 生 捕, > り 男女 glfo 储人は ほ 保 K 爲め とて-か k はに 掛けら 

る。 ^手に も 討死. 手负 多し。 此 所に 1U 在陣 せられ 、城の 报除 等.; re 付けて 在^ を 

殘し S き、 同 九::: 總势舯 田の 松 山へ 打 入 b た. 字^ の 城, お 去の^, KM に 殿下 

出. 10* の镞、 來奢迄 差 延べ られ 然るべ きの 3= 言上 せらる. - に 依りて、 ^セ: : 召狀ぁ ト- 

豊前字 城、 去る 七 、攻 崩千餘 首^ 被お、 其 外 男女 不 K 殘はた 物に 相 かけられ 

候^^心地ょき.?*^第に候。 手柄 之 段 無" >巾 計- L 攸。 殊 敵方.^ 方 巾 % と 云、 御祝^ 之 

時分 下 々之者::^^陣之段、 被 ::0思》?- 恢條、 $0i 

遼可 出と P 仰 出-候 處. 奔迄 可,, 相延 -33. 安固 寺-渡 邊石 見守 出 勘 解. W を 以ぅー 3 

上 候條、 被&,翁見-當年^|^不ぉ,屮:_>御;^ぐ恢故、 無-心 元-被, -m 心 召-候 ir 來恭. 其方な 

無 3、 々可 御お 之條、 被 為 n 其 窓- 尤候。 其 刻 以&キ 不忠 P 相 S 

下き はめ 候 仁 雷 御 褒美 可 K 有つ 問、 々ザ 爾此 3S 可,, 申 觸- 候。 豊^ ャ ^ 说則條 -ml:!; 阿波 守 • 

脇 坂 中,;^ 少輔. 加 藤 左 助 其 外人 數 都合 一 お 四 五千楚 造 候 也。 

十 一 月 廿日 秀吉御 S 

宇ぱ$^落の^35-钵ゅ£子?;5城5.^^さの事 一一 g 



障 チが嶽 



吉ゼ兀 春 

病死 



蔡 侯三 家 誌 卷七 10 

吉川駿 河 守 殿 

吉川治 部 少辅殿 

同 十日 高 橋が 端 城 筑前國 障子が 嶽へ押 寄せら る S 處に、 敵吉川 一 手の 富 永 三郞左 

衞 門が 陣へ、 其 夜々 討 を 懸け 騷勸 する を、 吉川衆 松 岡 安右衞 門. 二宮 兵 介 • 森 脇內藏 

大夫等 聞 付けて, 則ち 駆 付け 相 働けば、 敵 忽ち 逃 退く。 其 時 引 後れた る 者 を 一 人生 

捕りた るが、 寒氣に 痛み、 頓て 死した, o。 黑 田が 陣へも 其 夜々 討に 押 寄せた るに, 

鐵炮を 打 懸け たれば、 敵 働きえ す 引返き たり * 則ち 其 曉城を 明けて 高 橋が 居城、 同 

國香春が嶽へ窄みた,.^。 

〔頭書〕 一 說、 熊 谷 彌七郞 も此時 討死す と 言へ,. >。 此說 非な. 9。 彌七郞 は 翌年 天 

正 十五 年 加來の 城に 於て、 佐 伯 小 ニ郞と 同じく 討死す る 由、 本文に 見えた, 

七 吉川元 春 病死 井 香春嶽 落城の 事 

吉川駿 河 守 元 春- 豊前國 小 倉に 於て 腫物 を 相 煩 はれ、 養生 を 加 へられけ る:^、 終に 



疫叶 はす、 十 一 月 十五 = 行年 五十 七? S にして 卒去 せられた. 9* 

小倉牛25原に於て死去せらる、とな,^* 死骸 をば 新 へ 上せら る。 一 說 

に は 此^ 經 〈一- c 惑 州 へ 一 同に: S 陣せ ら れ、 菲禮 執行 はれ、 其 後 又 九州 へ 下らる/ - と 

言 へ h -。 

殿下 此由 を召聽 して、 吉川. 小 早 川 へ 狀を以て2疋を^^-はる。 狀 十一 一::: 九 =: 到来す。 

父 元^ 死去 之 段、 言語 斷之 次第 候。 於=國本-^^1«生等:5\爲-自.5,,攸處、 陣中 殊 

更塞天 之 時 如 V 此條、 併 對_, 天下, 忠節 sl.^ 召 候 也" 

十二月 二 n 秀吉 

吉川治 部 少輔殿 

吉川藏 人 殿 

今度 吉川駿 河 守 死去 之 由、 誠 於,, 國元, 者 養生 等 可, 爲,; 自. H, 處、 陣中 天 之 時分 相 

烦、 如 之 段、 倂 對,, 殿下, 忠節 思 召 候。 別而 雖,, 哭止 候, 生死 不^,, 是非, 候, 治部少 

輔藏人 S 扣意得 可,, 申 渡, 候 也, 

吉 川元备 病死 井 香 # ほ 城の 事 8 



教侯 一一, 家;; y 卷 A 一 

極月 三: n 秀吉 御朱印 一 

小 早 川 左 衞門佐 殿 一 

斯て小 早 川隆景 如何 思 はれ けん、 吉 川の 家臣 香 川 兵 部 大輔. 粟屋 彥右衞 門 を 呼 寄せ, 一 

元 長. 經言 喪服の 中な, 9 と雖 も、 殿下 御 出馬の 砌 言 ひ、 元 iil^ 死後 一羽め ての 猫、 旁!: 

1 手柄有^^たき舉な,.^。 然れば 香 春が 嶽切 崩さ. る 巳前、 九 三つの 內 三が 嵩 を吉; 

川 勢と して、 攻 取らん 事宜し かるべし と指圆 せらる。 此 城に は 三の 嵩. 二の 嵩. 一 の 一 

嵩と て 丸 三つ あり。 何れも 嶮蛆 にして、 殊に 三の 嵩 勝れた る 要害な り。 元 琴經言 一 

此異 見に 任せ、 手勢 殘らす 引率して、 三の 嵩へ 攻 登らる。 然るに 敵 今迄 は 居た- o-i.^ 

覺 えて、 篝燒 きたる 跡 あ. y。 二の 嵩と 三の 嵩の 間の!:^ 頭續 きの 萱野 深く、 夜陰に て: 

伏兵 ある ベ しとて、 用心す る處 に、 案 の 如く 敵 俄に 起, 5 て、 鐵炮頻 hs に 打 懸け、 稠しー 

く 防ぎた hs。 一 

〔頭書〕 一 說には 元 長. 經言は 小 倉に 居られ、 人數計 1 二の 嵩へ 取懸" ^、攻 崩した 一 

る 上に て 元 長 出張せられ ける とな, 9。 香 Hi:. 粟屋より 益 田 越 中. 佐 波 越後. 宍道 HI 一 



郞兵衞 へ も相^?^せしひる.^。 

吉川^ 淌梓 次^ 兵衞、 ^下の!^炮を打たせて^=」<:2ふ中に, 古志 闪^ 守 川に ハ部大 

輔. 粟 彥右衞 門 .1 一お 兵 介. 香 川雅樂 助. 淼^ 內., ? i 太夫 •• 佐 伯ぬ 左^ 門^^ を 揚げ * ^ 

を 揃へ て名乘 つて 突 憑かれば、 敵 終に 引;^. 1 きけ る を、 5^^!11なく?^|;!^ゅめて、難なくーニ 

の?:? を 切取りたり。 l^M 川 兵 部が 家人 三 宅 源 允 手 をね ひ、 視式 部が (糸 人?^ 死す • 

寄 手 へ J ^取る iwl^l 1 百 十、 其餘は 悉く 退;:^ す。 頼て 一 一の ほの 問に、 芝 土 W を ,:,-2 さ 

五 尺に 切. >、 上に 柵 を 結 ひ, 三十 := 新兵 衞尉を 入れ K かる。 然るに 敬 打 出で 相 働き 

たる を、 三吉 よく 防ぎ, 比類な き 手柄したり。 香恭 三の 險^ にして、 城 巾 柳し く 

防戰 し、 輙く^崩し難しと難も、元-4^經言自ら手を碎き、.1^2川 一 手 を 以て 其. = に H お 

を乘 取られた る .9、 に 安 國寺. 黑 W 勘 解. S よ、 り 殿下へ 一一へ "上 あ. 9 ければ、 sia 

則ち感狀を^は,.^、 極月 十日 到來 す。 

: マ や, 則 之內香 寿ん ぎ 二 九お V 之內、 一 丸 被 V 碎 K 手 被,, 切 取-之. H. 小: 川 左衞門 佐. 安^^. 

MSM 二人 方よ. i; ほ 上 候- 笋入 段 舯妙思 召 候 • 是 以後 無,, 越度, 枝勸简 11- 

セ: 川! i 病死 井 香 だ: i 城の ^ 一! W 



武善左 

衛 門の 武 

功 



に ^ 侯 ー11 家!!! I C 々七 f 

ノ: >,• .1 

候" 猶 iin 左右 待覺候 # 

極月 四日 • 秀吉 • . 

吉川治 部 少輔殿 

其後隆 景. 元 長. 經言 • 高 橋が 一 二の 嵩 を 取 園み、 大手へ 仕 寄 を 付け、 向 城 を 構へ、 潙 

佐 渡 守 を 籠 置きて 、仕 寄 へ は 寄 手番替 にして 勢 を 出し 守らし む る處 に、 毛 利 七郞兵 

衞元康 の番の 夜、 風 烈しく 吹きし きる 紛れに、 城 巾よ. 討って 出で たるに、 元 厳の 勢 

切 立てられ 引退く。 城兵 仕 寄の 後に 造. 9 たる 小屋に 火 を 掛け * 則ち 附 城へ 押 掛かる 

を、? I 佐 渡 守 待 受け、 手強く 防ぎて 敵 二三 人 討 取れば、 城兵 叶 はす 引退く。 秀吉此 

勇 を 感じて 佐 渡 守に 御朱印 を 給 は. ^たり。 此時元 靡 仕 寄番の 次吉川 勢當番 なる 故、 

香 川 兵 部大輔 • 粟屋 彥右衞 門 物見の 矢 倉に 居て、 時分に 至. りたる 間、 仕 寄りに 代る 

べき 旨 言 ひければ、 佐武 普左衞 門、 某存 やる 仔細 候 間、 今少し 敵の 樣を窺 はるべき 

3 日 申して 差 留めた る處 に、 敵 元 康の陣 へ 切 つ て 出で、 仕 寄 番の兵 引返く 處 へ 、香 川 兵 



部 大輔. 粟 右 衞門已 下 付け て, 寄 を^^に 抱 へ た.^ • ^後 iJlK に 如何なる 

分別 あ て か、 敵の 打出づ べき を 知 わ..^ 方 を 押 去 b て^ 分 を 窺 はせ ける ぞと • ^1 

尋ねければ、 蕃左衞 1: 今兹 より 彼 口の 敵 以の外 騒ぎ. 飾 h. たる 近 具の 出し 入れ^く, 

中々 犇めきた る 様子、 突出 づ る 敏と兑 及びた る 故、 此時 味方 仕 寄 を 取 寄せざる 中に、 

を 引受け 戰 ふに 於て は、 一 定利を 失 ひし 敵 突出で たる 上に て、 其 儘仆懸 くるに 於 

て は 敵 を 崩し、 化 寄 を 取 置く ベ きと 思慮して、 斯く言 ひたる 由; お. y ければ、 佐^ 巧 

者な.0と{5^1:^じた.^。 其 後 諸 口の 仕 寄 次第に 取 寄せ 攻め 近づけば * 高 梳九郞 防戦 

叶 はす 降参 を 乞 ふ. 十二月 四: n 香^ 嶽を明 渡せば、 吉 川よ...' 森 脇 內藏大 夫、 小卑川 

ょ.^も 一 人差出して、城をf;i取,.^たb• » て 吉川. 小 早 川 .ml 田 相 共に- il? のおに 到つ 

て、 隆景 丄兀長 は近邊 の 在鄕に 陣取られ、 黑田孝 高 は- の 3|:1 に 陣を据 ゑて 越年 せら 

る。 香春嶽 合戦の 砌、 筑 前の 宗 像重繼 ことくろ に 陣取り、 前 かど 降.^ 一した る 故、 檢 

使と し て 益 田 越 中 守 元 祥を附 置 か る。 香 春 嶽取圍 ま る \ 由 * 殿下 開お して、 吉" 元 

長 へ 御朱印 を 給 ひ、 十二月 十七 日 到来す • 

+;: 川 元 春 病死 井 香 落城の 事 一一 ル 



大 友義 統 



翁 侯三 家?; § 卷七 一一 10 

香 春 嵩 要害 取 詰 之 付、 城 等 相 拖在陣 の 由、 黑田勘 解 由 言上 候" 誠 塞 天 之 時分、 旁 I 

以辛勞 感思召 候" 彌. vfexfe 事專 一 候。 然者城 中の 者 一人 街 不,, 拔退, 樣、 下々 

迄 申 付 可,, 討果, 候。 度々 如 fe,, 仰 聞, 候、 卒爾 動不 候、 尙黑田 可 fe. 候 也。 

十二月 十二 日 秀吉 

吉川治 部 少輔殿 

尙以 諸手 之 者 共、 能々 可, 被 = 申 聞, 候 也。 

〔頭書〕 十二月 十八 日大友 左衞門 督義統 よ.^、 吉川元 長の 陣 所へ 實相坊 と 言 ふ 僧 

を以 つて、 次表に 於て 島津と 合戦 を 遂げ 勝利 を 失 ひ、 一 旦高崎 城 迄 引返く と雖 

も、 吉川.小早川.黑田等の陣所程隔..^、 加勢 遲々 に 及ぶ ベ き やと 思慮せ しめ、 宇佐 

郡の 內 龍王 嶽に 到り 著 城した b。 然 らば 此砌心 を 添 へられ、 本意 を 遂げ 候 様に 

合力 を 受けた きの 由 申し越さる。 其來 翰に 云く、 

於 A 次表, 失-勝利: 至,, 高 崎, 雖, 舍,, 登城, 候: 元 長. 隆景. 孝 高 御 加勢 之 儀? 及,, 遲 

滯, 哉 舆存、 昨日 宇佐 郡之內 龍王 嶽迄著 城 候。 防 戰之樣 子 孝高銘 々中 入 候條、 可 



大讷 き秀 

も 



, 爲,, 御 人魂-候" rr^ 之^お: 少诊: 加カ之2«於,千^:.^„<;ロ惜次?5候* 讲且 》 

下様 御 下知 之 辻、 且此塊 迄 SI 山 之 候 ii、 毎年 被 御 心- 遂。 本 总-候 « 御才 

頼存候 • 猶 實相坊 5申<.:! 候 • 恐々 1^ 言 

十一 一月 十六::: 大 友左衞 絲列 

ま. i 少輔殿 

八 大和大納ー〕;"九州下^1:附4川ぉ城等<"戰の;^ 

天正十五年ニ月、秀吉の御;?^枝大納言秀長, 殿下に 先立ちて 九州 下.: 1: せらる、 に 依 

し、 毛 利 輝 元よ li 原 出 羽 守、 吉川 元- 4i よ 宮庄太 郞左衞 門ぎ お^^ ひ 二 

きと 子此と 次 まれ 郎 i で S は 粟 墨 郎兵衞 を i へ 差 上せら る • 

大钠首 秀長 は、 二月 五日 大坂を 打 立た る • 相從ふ 人々 は 宇 害 多 八 郎秀家 • せ:: 部卷祥 

坊. 木 下 備中守 • 尾 藤 神 右衞門 尉. 南 條伯耆 守 巳 下 總勢六 ぁ餘, M。 11 廿 五:::," l^g- 

城 原に 著く。 廿七 = 规 I- 後國. 澄の 嶽へ軍 を 移さ るれば、 此 所へ * で利^|元.小ぃゃ川隆 

大和 大納 -in 九州 下. 耳 川 ^4 城 等 合戦の ニー 一 



良日 向 



耳 や 



藝 侯三 家 SI 卷七 ョニ 

景-吉 川 元 長. 同經言 參陣 せら るれば、 秀長 則ち 對 面して、 豊前 早速-平均の 事、 各" の 

戰 功に 依れ, 9 と感 せらる。 ^秀長 中 國勢三 萬 を 加へ て、 九 萬 餘騎の 命 を 掌,..^、 日 

向 國へ發 向 せらる * 毛 利 三 家 先手に 進みて、 豊 後の 府內. 竹 田. 小捽. 大捽^ 處陣を 

替 へ られ、 日向 國土 持に 五日 逗留し、 土 持の 城 を 修復して 同 國耳川 へ 陣を 寄せら る 

れば、 秀長も 頓て此 所へ 著陣 せらる。 河 向に 薩摩勢 島津中 務少輔 家久、 人數 一 萬 計 

,9 にて 備 居た. 9. 吉川元 長 三 H: 十一 日の 夜に 入 b 、千代 延與 助. 戀塚三 郞兵衞 に 耳 

IT り K^KmA, ささ、 〔頭き 或 書 *」 、照 踏は與 助に 非す、 藤藏 なり。 長; 月ナ r 1 «^?>=-を^©'? 

XT' ひごお を させ 七 尺 A 寸 Li 餘る大 の 男と も、 諸 書に 見 ゆるな リ。 ^a-fu 一 S '^Iw. へ 

きと 覺 悟せられ し處 に、 夜 明くると 等しく 同 十 一 一 日, 島 津中務 少輔總 勢 悉く 川端に 

打 出で、 愛 を 渡せと 招きたり。 吉川元 長 元よ- 9 眞 先に 渡る ベ きと 思 ひ 居られた る 折 

柄 なれば、 元 長. 經言 四千 餘騎 にて 追懸. 5、 川 際 へ 打 臨み、 旣に河 へ 打 入らん とせら 

れけ るに、 秀長 本陣よ.^ 是,^ 見られ、 小 早 川隆景 に、 渡瀨も 知らぬ 大河 を、 左右な 

く 渡られん m- 然るべ から やと、 制し 留めら るべき 旨 下知せられ ければ、 隆景駆 付 

けて 止めら るれば、 元 長 は 足 利 • 佐 々木が 渡した る 宇治. 瀨 田に. 此河 よも 勝ら じと 



さ 、やきながら, 大將の下知カな<止められた-^. 同::: 秀 長の 陣 へ諸將 を^め て, 

今=の河越をば差止めて、 明朝未明に^!^勢 一 同に 渡って、 敵^ を 切 崩す ベ き It 命せ 

ら る. 島^ 巾,;!! 少輔 は、 敵 河 を 渡さる 故、 頓て勢 を 打 入れし が、 其 後 半に 陣^に 火 

を 掛けて, 家 城 佐 土 原の 城へ 引退く。 味方の 諸 勢 河 を 越え 駆け、 六 七 里 針. -跡を 

慕 ふと 雖も、 ゆ 終に 家 城に 入 b た.^ • 愛に 島津 家の 三厥彈 正と 云 ふお. 箭 居る 

l#n 向と 云ふ诚 あり。 諸勢此 敵を攻 む? しとて 著懇 けに 取阅む • 秀 lis 本陣 は 城 

の柬の山上な..^* 西北 は 毛 利 IS 元. 小 早 川 隆《: ぞ;」 :! 川 元 經ー: 、安^ .H: 防. 備後. 诚 

中.! l^i 門の 勢を從 へて 陳 取らる。 南の 方 は 宇喜多 八郎秀 家. 脇 坂巾務 少輔. 藤 や; 與右 

衞 1: 陣を 取る。 薩麼 より 後 詰の 押 へ として、 黑田勘 解. 吉兵 衞.^ 須« 阿波. ゾ加 

藤 左: IJI^.Ceii せ. I 右衞 門. 宮部赛 祥坊. 垣屋播 .M 守. 荒木" 平 太夫 *龜 井 武藏守 • 南 條伯耆 

守 等薩麼 口に 向 ひ 陣を取 h^. 堀 を 掘. 9 堪柵を 付けて 之 を 守る。 斯て寄 手の 大勢 城 

を取間むと雖も、城中弱^^たる體なければ、 竹 束に て 仕 寄り を 付け、 井植.^」 三 K に 

組 上げ、 鐵炮 を打掛 くれば、 城兵 是に 迷惑して、 何の 行 ひもな く辦 の^に 隱居 た. 5* 

大和大納言九州下向附|^川高城^合戰の^5?- |ー|._1 



卷七 lis ,1 

同十七日{6^の刻計,.^に、島,ま中務少輔家久、 二 萬餘騎 にて 佐 土 原の 城よ.^ 出で、 一 

黎明に 宮部 善祥房 • 南 條伯耆 守が 陣へ押 寄せ, 靑 竹に 鹿の角 を 付け、 摒に引 掛け 崩 一 

さんと する を、 宮部. 南 條受ロ を 定め、 弓. 鐵炮透 間な く 射掛け、 槍. 長刀に て 糊し く.^ 

防戰 しければ、 島津勢 多く 討た る、 と雖も 事と もせす、 死人 を乘 越え 踏 越え 攻 寄せ、』 

件の 鹿の角 を摒. 格子に 打 掛け、 聲を 憑け て 引 崩す を, 內ょ. 9 も 手強く 之 を 防ぎ、 .is^ 

手 も 荒 手 を 入替へ て 攻め か、 ると 雖も、 流石に 乘 入る 事 も 叶 はす、 頓て攻 口 を 引 斑 

ふ。 諸 勢 跡 を 慕って 追討すべし としけ る を、 秀長 下知して 制し 留めら る。 其 中に 仏 

尾 藤 基右衞 門が 手の者 は、 大將 の拔を 守らす 追 駆けし が、 島 津勢眞 凡に 成りて 居. 9JI 

しき、 鐵炮を 打ち 繰 引に 引きければ、 屋 藤が 者 共も戰 はで 引返したり。 其 後 又 薩# 

勢; i つて 返し、 黑田勘 解 由. 龜井 武藏守 等が 陣 近く 寄 來 り、 一 町計.^隔て陣を取.?,; 

ける を、.^ 方よりも 出合 ひて 暫く 相戰 ひ、 島 $i 勢頓て 引返した h^。 道々 に眛 方の 手, 一 

負 有 b ける を、 其 首 を 取 hs 、佐 土 原の 城へ 打 入. ぬ。 此日 島津勢 討死の 者 五 百計 b,, 一 

ありし が、 今 rn の 討死 何の 地の 何某と、 何れも 腕に 入墨したり。 一 



下, 

B さ 
九 



九 關臼秀 吉九國 御 下, Mma 津義久 降参の, 

關白秀 +2 公、 兼ねて は 去 冬 九州 進 後 あるべし と 仰 出された る 處に. 毛 利. ^川. 小け 十 川 

ょり、安國ゃ恵^^:?>;.渡^^ー石兑守を、 檢使 黑田彻 解. S 孝 一お にや iii 添へ て大 坂に 上せ. 

^^^の^^節なれば、 卷迄御 出-お 延引 て 然るべき 言上せられ しに 依. -て, 

a に 任せられ、 今 迄 差 延べられけ るが、 天-,^. 十五 年 三月 湖 = 、幾 內. 北陸. 侑 海の 屮 

十 一 筒 國の勢 を率ゐ * 京都 を發 し、 同月 廿八 =舰3! 前國小 倉に^ 陣 せらる。 .一. パ川元 仏 

書 を 揚げて、 敵の 樣體を 言上せられ ける に、 今 = 小 倉に 到..^ て 殿下 披兑 せられ、 則 

ち 返 翰の 御朱^ を 給 はる。 其 文に 云く 

去廿四 =之寄 狀、 今 = 廿八 = 至,, 于豊前 小 倉-到 來披兑 候 • 明 江 被 V 成.: 御^ 

座: 秋 月 表 取卷事 可;^,, 仰 付-候" 然者 先手 儀 無つ k 候 由尤思 召: r 辦以不 V 可 E 巾 斷- 

候 • 委細 大谷刑 部少輔 可,. e. 候 也- 

三 廿八 n: 秀吉 御朱印 

s.a 秀吉 九^ 御 下向 附岛涞 義久降 さの 事 § 



秀 

士 

移 



,s 侯三 家 誌 卷七 , 11K 

吉川治 部 少輔殿 

〔頭書〕 今度 其 表 諸 城 切 崩 • 敵 數多討 取 之 段、 塞 無,, 比類; 彌.^ 任,, 存分, 申 珍重 候。 永々 

遂,, 在陣, 抽,, 粉 骨, 儀、 寄特覺 候。 爲>8, 越 小 林 民 部 少輔家 孝, 帷子 一重 遣 乏候" 

猶昭光 可, 申 候 也" 

八月 五日 義昭 

吉川治 部少輔 どのへ 

右 御朱印、 何れの 時 か 時節 分明なら や。 但し 天 正 十三、 四國御 退治の 時の 事共に 

て は 之な きか 云々。 又 一 說天正 三、 因 州 御 在 陣の時 か 云々。 又 天 正 九 年 伯 州 八 

橋 城 元 長 在 陣の時 か。 

同廿九日殿下豊前國馬嶽に陣を移され、其ょ,.^岩石の城に熊井越中守籠居たるを、 

諸將に 命じて 攻めさせられ、 一時 攻に攻 落す。 

〔頭書〕 お 石 城 .豊 前 • 肥 前 之 境 * 丹 波 少將秀 勝 爲,, 大將; 蒲 生 氏鄕城 面、 前 田 利 長 

诚背、 谷大 膳. 小 野 木 縫 殿 助 爲,, 監察; 急攻 リヱ 遂拔, 之 云々。 



龍造寺山诚守攻家は、毛利^§元を赖んで降^し、肥前::ぃ速.牛均す* ^ょ.^ぉ2.1?井の 

城に、 方お St 屮務 大輔. 同 民 部 大輔沲 "i:- ける を、 立 花 左近將 K. 犹 虎一 乎に て 封 

取り、 此外 肥後國 中高 迫の 城. 南の 關の 城. 简ケ の 城. 熊 本の 诚. お 城. 宇 土の 城. 熊庄 

の 城. 高 塚關の 城、 都て 筑後. 肥 後の 敵 城 共 或は 攻 落され、 或は 明 返き け るに 依りて、 

程なく 殿下 薩摩國 に 到り、 五 パ 五 = 仙 代 川の 邊 太平 寺に 入. 5 て、^ く花陣 せらる *然 

るに 島^ 修理 大夫 義久 一 族 家臣 を: め, 秀吉 に降參 すべき 扣談 して、 家 Gi 伊然院 

右 衞門大 夫 入道 幸 似を以 つて、 秀- おへ 詫 言して 降 を 乞 ひければ * 秀:; H 此 3:1 を 殿下へ 

巾され、 終に 降参-赦免の に る, 5:? 沐 喜びて 頓て 義久を 始め、 一 

頭, 褽弘 〔と 頭 の わ t^. 同 右 衞門大 夫 俊 久. ^中務 少輔 家久、 家老に は 伊 然院右 

衞門大 夫 入道 幸 Eg.: 牛 田 美 濃 守. 本 田 下野 守. 野 村 兵 部少輔 5? 新. i^ll 等、 仙 代 川 へ 出 

で 謝 詞 を 述べ 奉る。 • 

〔頭書〕 關西闘 記に は、 島^ 1 族 六 七 人 落髮染 衣して、 太: 牛 寸 へ出づ ると あ. 5* 

大納.;ーーI:秀長高城表に居られけるに依.^、伊5!^院入道幸Ggを以ってfぬ謝し.毛利輕兀. 

网.:::!{^;吉九1:御1..^1;附&|化ー我久降タ~_の¥ 二 IV 



吉川元 長 

あさ 



侯 • S 卷七 二 一 八 

宇喜多秀家. 小 早 川 隆景. 吉川元 長 へ も siil- 1 匹 充寄與 した. 9。 此度島 津領國 の 事、 薩 

摩. 大隅. 日向 半國 安堵すべき 旨、 殿下 御朱印 を 出され、 日 州 半 國闕所 せらる。 斯て 

秀吉 五月 下旬 太平 寺 を 出で、 六月 朔日肥 後の 熊 本 迄 打 入り、 此 所に 滞留して、 今度 

有功の 諸 將に恩 地 を 分ち 與 へらる。 !? 代書へ〕 、ほ 哝の 

5 吉川元 長 卒去 井本 鄕降參 の 事 

島津 降参の 後、 家老 本 鄕と云 ふ 者 義久に 同意せ す、 未だ 降參 せざる に 依.^ て、 諸 勢 

大 隅へ 向って 本鄉が 城を攻 むべ しとて、 竹 永へ 陣を替 へ、 二三 日 逗留 せらる、 處 

に、 吉川 元長此 所に て 俄に 所 勞出來 て、 出陣 成 難く * 舍弟經 言に 人數を 添へ て殘し 

置き、 吾 身 は 手 廻り 計. にて、 日 州都 1^ 置 迄歸陣 せられし が、 同 五:!! 終に 此 所に 於 

て 死去せられ たり。 行年 四十 歲と 閒 ゆ。 吉川藏 人 經言は 手勢 を 引 具し、 谷 I 同 全に 同 

國野 尻へ 移 軍して、 隅 州 本 鄕が家 城へ 押 寄す ? しと、 諸 勢 共に 覺悟 する 處に、 猿 瀬 

河と て 小川 ありけ るが、 五月雨の 後 なれば、 水增 して 渡.^ 難く * 諸 軍 暫く 猶豫 した 



秀吉 Ja, 功 

行 笠す 



るに、 吉川勢 iC? を 多く 取 集めて、 大綱に 打ち. 是 にて 釣梳. け、 旣に河 を 渡らむ と 

す • 城中ょり此^^^子を見及び、叶はじと20ひけるにゃ*木鄉則ち降ぉした.0。 此時 

秀吉 K 後ハ熊 木に 在陣 して. 諸 將の 軍忠を はせられ、 恩,肊に-!»る^|<?多し。 中に も筑 

後 « をば. 兼ねて 吉川矮 河 守 元 春に 給 ふべ しと 御內意 ありし が、 元 春 去 冬 0: 前の 姆 

に 於て 死去た るに 依 b て, 娘子治部少辅元長に宛,仃はるべしとの上^„:必なる處に* 元 

長 も = 向 國郤公 5^ に 於て, 此程^ 病に 捲りて 俄に 卒去せられ、 子な き 故、 其^5!-.^^.み 

ぬ。 其 後 殿下 前の 國协 多に :4 を 移され, 此に 於て 小 早 川 左 衞門佐 に、 筑前 一 

國 :3, 弓し 肥 前の 內 基^. 養父 兩邵 を, おはり 、名,:; 5 に^ 城す ベ き & 命 せらる。 毛 利^ 四 

郎秀 包に は、^ 後 31 久 52 米を給 はるな. -。? f 秀. ylf¥i^1 

〔頭書〕 此時隆 豫國 をば 差 上げら る、 に りて、 二つに 分ち て、 加 藤 左- ^5- 助 • 

藤 堂 佐 渡 守に 給 はると 云々。 



一 一 吉川經 言 本家 相續 * 秀吉 九州 凱旋の is^ 



經言? 川 

JM 維ぐ, 



藝侯 一二 家 誌 卷七 • S 

吉川治 部 少輔元 長、 今 歲天正 十五 年 六月 五 H、 日向 國都公 置の 陣中に 於て 死去 せら 

れ、 父 元 春 は、 去 冬 十 一 月 十五 日, 是も軍 中に 死して、 幾程な く 元 長 又斯の 如く なれ 

ば、 吉 川の 諳士は 云 ふに 及ば や、 輝 元. 隆景を 始め、 中 國の國 侍 笑 を 止めて 是を悔 

む。 殊に 元 長に 實 子なければ、 家 續の事 如何 有るべし と、 吉川 家の 老臣 等 集合 相談 

す。 元 春の 次男 左 近 丞元氏 は、 備中國 四 畦の 陣 より 病氣に なられ たれば、 相續成 リ 

難 か る ベ しノ 三男 藏人經 言 器量 相應 にして、 然も元長^4;生の中、 母 公に 常々 語られ 

し は、 經 一 一一 〔は 智勇 あ, 5 て 良將の 器な, o。 我實 子なければ、 幸に 渠に我 後 をば 譲 .9 與 

へ んと言 はれ、 其 上 末期に 至, 9 て も、 今 田 中 務少輔 經忠. 香 川 兵 部大輔 春經兩 人の 家 

老に, 此旨 遺言 せらる。 然れば 各>^ 曰 を 守, 9 て、 當 家相 續願 ひの 事、 經 言の 外 ある 

ベ から やと, 今 田. 香 川詞を 出す。 其 外の 家臣 宮庄次 郞太郞 春 直 は、 熊 谷 左^ 助直淸 

が 末子なる が、 宫庄家 養子と して 家督し、 未だ 年若く、 吉川 式部 少輔經 家が 子供 も 

皆 若輩 なれば. . 今 田 中 務少輔 經忠專 ら經言 相 續の功 を 成しけ るが、 宮庄已 下 も經忠 

に 一 致した, 9。 其 外に 二宮 右京亮. 山 縣越前 守 等 五三 輩 同意せ ざる 者 あ. と雖 も、 



元 t:sff: の 旨に して、 是を 守る 所の 者 は* お 家の 老は今 田. 川 を 合せて ell- を 計 

れば、 終に 內議 異議なく 經言相 接せら るべき に 定ま.^ ぬ。 其 後 今 ra 經忠 .1^ 川お 船 相 

談 しける は * 此 先づ險 景に訴 へ て、^元.隆:^3^ょ.^公依 へ_^^!^^せらるべし* 然るに 

去る 天 正 七 年、 石 州 小 笠 原の 家老 共、 少铺七 邠が娘 を 州へ 差 • ^し, 經言 を, 坊に耿 

KV て 彼 家 を相續 させし めんと て、 旣 に姊姻 をな さしめ つるに、 々の s. し 分 も 

りて、終に此事成就せす、彼娘をも離別せられた..^。 夫れ よ.^ して 降举經 一一 一 t 聊か 隔 

意 ある 樣に 人 言合 ?, 然 れば隆 景,^ 言當家 々督の^納得せられん事計.^難く、 

其 上 殿下の 御前 も 如何 ある べき なれば、 旁: 先 づ此事 內設に 於て, 黑 W 孝 1=5 に り 

て賴 むなら ば、 隆景も 定めて 彼 人に 相談 あるべし * 孝 高 は經ー H と 殊に 懇切 なれば、 

別 譏な く 同意せられ、 秀吉の 御前 迄 宜しく 取 持ちた るべ き なれば、 幸に 黑 m 殿 を^ 

みて 然るべ しと 密談し、 香 川 兵 部 大輔竊 に 彼陣に 赴き、 元- 长 f せ 一一 一 C の 趣、 其 外 家老 共 

の^ 分の 委しく 演說 し、 何と ぞ內 外の 沙汰 宜しく 御 才^ 賴み 奉る it-K ひければ、 

孝高此 事に 付きて は、 兼ねてより 聊か 思慮せ しむる と雖 も、 一 家中の. ss;t_g を も;;^ せ 

十:: 川 ic 本家 相", が, t ,^九 州 f^i^o 事 一 一 11 



意む^ て 15 揮 
する 繼吉 W 元 
にが 川;^ 隆 
同 し 家 し景 



爇 侯三 家 誌 卷七 1 一二】 一 

す、 他人の 意見に 及ばざる 事と 思 ひ 打 過ぐ と雖 も、 經言內 々の 懇意に 對 して は、 內 一 

證に 於て は、 あはれ 此度 本家 相續も あれ かしと 存じ 居た h^* 然れば 公儀の 事 はさ 一 

る 事な-.^、 輝 元. 隆景 我に 相談の 儀 も あらば、 各! 所存の 如く 宜しく 助言す ベ き 3 日 ま 

はれたり。 之に 依.^ て、 今 田 巳 下 評議して、 香 川 兵 都大輔 春繼. 今 田支蕃 tst 政 兩人ー 

以 つて, 輝 元. 隆景 へ、 今度 吉川家 後嗣の 事、 家中の 者 共 元 長 遺言の 旨に 隨 ひて. : 

藏人經 言 相續の 儀に 內議 一 決せし め 候。 此上は 各,. 存念の 通 b、 內外 御沙汰 賴み奉 

る 旨 申 述べた. 5。 輝 元 聞かれて、 元長實 子な しと 雖も、 元 氏. 經言. 故 元 春の 實 子と 一 

して 有- 5 ながら * 尤も 家 續の儀 他 を 求む べきに 非す、 然れば 元 氏、 經 言の 兄と 雖も、 1 

多病に して 相績叶 はすと なれば、 經言家 續の外 之な き 事な. o。 殊に 元 長の 遺言, 家 一 

中の 面々 一 決の 上 は、 旁! 以 つて 兎角に 及ばざる 儀と 言 はれければ、 隆景も 別儀に. 一 

及ばす 同意せられ たり。 其 後 輝 元. 隆景 相談せられ、 此事先 づ黑田 勘 解 由に 語, 9 て、: 

公儀 向の 儀 指 圖を受 くべ しとて、 頓て孝 高に 密談 せらる。 勘 解 由 聞きて、 經言吉 H 一 

家相 續の事 尤も 宜 かるべし。 秀吉の 御前の 儀 も、 我等に 於て 仔細 ある まじ と存す 一 



る 旨 先年元^!^.隆彔ょり、¥ー:!>秀包を以って大坂へ差上せられける時、 殿下 

我等に 御維談 あ..^ し は * 經言は 今 五 iw. 三お の將 としても、 總て 司る ベ き 器 J5» の者な 

b. 何れも 毛 利 家、 元 就よ.^ 巳來、 W 國の 大身と して 今に 至.. -て 此の 如し • =y とて 

も 元 就 稀 有の 名將 たる 上. 數 多の. U 子 を 持ち, 元 弃.? を 先錢 として、 尼 子 以下の 

大敵に 勝ちて、 數筒國 を 切 取.^, 西^に 威 を 振 ひしと 問け.^。 今吉川元.4^も摘子元 

長、 父に 劣らぬ. R 將 にして、 末子 經 言 迄 又 期の 如し。 我 今 天下に 將 としたれば * 染 

報 も 武略 も 元 就.; 兀^に さの み 劣る ベ きと 思 はね ど も、 彼等が如も^:^:^子を持て る_^1.、 

元 就. 元 春に 報 及ば や, 吾 如何にもして 男子 三人 持ちて、 總倾に は 天下 を 護..^、 二 

人 をば 閣柬 *關 西に 置きて、 天下 を 治めし めた き 事な. 9 と宣ひ * 後 は 大に笑 は せら 

れた hs。 經言事 殿下 此の 如く 思 召し入れられ たれば、 聊か 別 ある まじと 言 はれ 

ければ * 輝 元. 隆景、 然 らば 此儀 殿下 へ 宜しく披^^赖入 る 由 言 はれ、 毛 利 .小¥ 川 則ち 

黑田勘 解 由 孝 高を以 つ て 言上せられ ければ, 殿下 頓 て、 經言吉 川 本家 扣" 軸の 御朱印 

を 出された, 9。 

4csぉ言木^^相3a井^^乃^-九州^^旋の事 一一 ーづー 



is?; 侯三々 誌 卷七 -.5 

〔頭書〕 或る 書、 輝 元. 隆景 よ. 9、 香 川 兵 部大輔 • 今 田玄蕃 1^ 一. 粟屋 彥右衞 門 を以 つて 

言上の 儀、 黑田殿 へ 賴ま る 、 由 見えた b。 

^て 輝元經 言に 謂 はれけ る は、 吉川家 近年 打續き 不幸に 遭へ り。 諱の字 を 改めら 

れて 然るべ し。 內 意に 於て は、 毛 利 家相 傳の廣 の 字 今よ, 9 以後 吉川 家へ 契約す ベ 

M 言廣家 し、 許 用せられ ば 本 懷に叶 ふ ベ しと 言 は る。 經言 則ち 受 用して、 是ょh^名を廣家と 

と 改名 マ 

改めら る。 

、 斯て 同年 六 B 二十日ぶ 口川 藏人廣 家 服の 中な, 9 と雖 も、 殿下の 命を以 つて、 筑 前の 

廣 家秀吉 箱 崎へ 參 謁して、 家績の 御禮を 申さる。 殿下 對 面して、 元 春. 元 長打 續き 病死 殘 念の 

に謁す 

至,,^なト人廣家向後父兄に變らす忠勤を勵むに於ては、重ねて國地恩賜せらるべき 

3 ほ 命 せらる。 同 七日 殿下 箱 崎よ. 5 豊 前の 小 倉に 到, 5. 其よ,.? 歸陣 して、 同月 十四日 

秀 吉覬旋 大 坂に 到,..' て歸 城せられ た b。 其 外の 諸 勢 も 九月 上旬 悉く 歸陣 した, o。 

秀吉 班, 師于赤 間關; 大和 大納言 秀 長. 大友宗 鱗. 毛 利 輝 元 來會、 秀吉 賜,, 良 胄于輝 

元; 其 夜 輝 元 美酒. 佳 #以 饗,, 秀吉; 且 獻,, 千鳥 太刀; 秀吉取 乏揷廨 賜, -忠光 刀于輝 



元; 宗麟 獻-赢 

一二 九州 一 揆 蜂起 附吉 川廣家 再び 九國 下向の l^- 

殿下 九州 在陣の 中、 c!j"l國をばR.;iw勘M由•毛利壹岐守兩人に給はるに依..^て、 

W は iMI. 毛 利 は 小 倉に 在 城し ける 處に、 諸^ 解陣の 後、 九ハ屮 句より wi ま. 肥後兩 

州に 一 揆 起り、 黑田. 毛 利が 下知に も從 はす、 豊前城 井の 城に、 宇都お 彌三郞 と 云 ふ 

者- 一校 を 催し 栃龃 るに 依りて、 黑田 吉兵衞 •:? 叔父 兵 S に^ 元より 附^ かれた 

る內藤 庄右衞 1: 相 共に、 三千 餘騎 にて 城 井の 城へ 押 寄せ, 黑 W 丄:! ぉ衞 城險蛆 なる を 

も 厥 はす、 自ら 檢を収 つて 諸卒に 下地して 攻寄 する 處に、 宇都 宮猛士 を 左;^ にして 

銜 いて 出で, 吉兵 衞獾々 皮の 羽絨 紛れなければ、 敵是に 目 を 付けて 斬り 懸る 故、 危く 

見ゅる處に、小野江の小辨とて生年十七^^なる者、吉兵衞が羽織を取りて已が松の 

上に 打 懸け、 黑 W 吉兵衞 と名乘 h^、 敵敏 人斬り 伏せ 5^ 死し ければ、 士リぉ 衞は其 -n に 

場の 難 を遁れ たり。 其 外 黑田勢 魅々? S 死し, 內 藤が 手に も .isl- 上の 武^ 數 多.^ 死 

九州 ー授 ^llsil 附セ I: 川廣 家: 冉び 九^ 下向の 事 S 



錢; 侯三 家 誌 卷七 i 

す。 斯くて 豊 前. 肥 後の 間 一 揆所々 に 蜂起して、 領主 難儀に 及ぶ. m 上聞に 達し けれ 

ば、 毛 利 三 家 加勢して、 一揆 原 誅伐すべき 旨 台 命 を 蒙. て、 肥 後の 國へは 小 早川隆 

景 出張せられ、 豊 前の 國には 吉川藏 人廣家 ,雲-伯 二 州の 勢 一 萬 二 千餘騎 を卒ゐ 渡海 

し、 毛 利 輝 元は • 十月 朔日藝 州 吉田を 立ちて、 防 州 山 口 迄 下向 せらる。 吉川廣 家 小 

倉へ 渡海 せられし 處に、 毛 利壹岐 守、 先づ 岩石の 城に 榴 籠る 一 揆 原を攻 13 され、 然 

るべき 旨 申す に 依りて、 廣家 是に隨 ひて、 益 田 右衞門 佐. 熊 谷 畳 前 守. 天 野. 周 布. 赤 穴. 

宍道. 佐 波. 古志. 都 野 出 羽. 多賀. 杉 原. 湯. 福賴. 湯原已 下を從 へ て、 十月 廿五曰 豐前國 

岩石 の^を 取 圍み、 仕 寄 を 付けて 柵 を 振る 處に、 城兵 二 千 計, 9 討 出で、 柵 を 切 破ら 

ん とする を、 廣家 下知して 柵 際にて 大半 討 取りた ,c,。 殘る者 共 城 中へ 逃げ 歸る を: 

總軍附 入. 5 にして 乘 入る。 中に も、 吉川勢 木 次 孫 右衞門 一 番 衆と 名乗. 9 て攻戰 ふ。 

三村紀 $: 守 も 手勢 二百 計, にて、 續 いて 駔入, 5 分捕, 9 高名す。 殘兵も 七 八 百計 b 

堅固に 防戦す ると 雖も、 忽ち 乗 崩し、 討 取る 首數 八百餘 な.. 廣家頓 て 小 倉 へ 打 入 

P, 卽日此 由 京都 へ 注進 せら るれば、 殿下 御朱印 を 給 は る。 



秀 七!: 朱印 

かざ 



攻む 



去廿 五::: 窨狀 * 於,, 京都-被, 加,, 披 :!^, 候 • ? 石 t» 早速 乗 崩、 悉討 架. E 粉 竹 之. !:祌 妙 

0. ^天 之 刻な 陣入 由 11 召 候 • ^追々 可,, 注進, t 攸也" 

^^::: 七::: 秀吉御 S 

. 川 蔵人 殿 

十 一 =:、吉川廣家ょ..^勢を分ちて、^:^;:^に加§?-として肥後國 へ^し、 和 仁 り # 

^^を攻めさせ、自らは::^十ニ;!1小倉を立って.黑田勘解由父子^卄;ハに卞都ぉが域井 

.を攻むべしとて、近邊萱切山に打登,.^、 一 ぉ餘騎 にて 陣取ら るれば、 黑田 父子 も ニチ 

餘騎 にて、 同じく 陣を居 ゑら れた. o。 字 都宮は j 投 15- と牍じ 合せて、 三千 計りに て 

山 下へ 打 出で. 足輕を 出して 寄 手 を 呼 引けば、 是を 見て 先陣 古志 M 幡 守.^ 渡 守. 

都 野 三 左 衞門已 下馳向 ふ。 城兵 一 支もせゃ引?,^|く。 期て 宇都 宮、 後に は 谷 を ft ひ、 

前に は 小高き 峯を當 て、 勢 を 二手に 備 へ たれば、 廣家 後陣の 三 51^ 攝. 乎: 爲虎 が陣へ • 

粟屋 彥右衞 門を以 つて 敵の 備の樣 、寄 手押懸 らば 後の 山よ h- 打 出で、 跡 を 収:^ h- 挟 

ん で:?^ 取る? しとの 謀と 見えたり。 然 らば 三澤は 追手の 取に は 構 はや、 後陣 をよ 

九州 一 揆 蜂起 附 +H 川廣 (尔 再び 九國 下. S ジ § 



^秀 
下吉 
す 朱 
印 



る 宇 
都 
宫 
降 



爇侯ー n 家 誌 ^七 き 八 

くよ く 相 守るべき 旨 下知せられ、 粟屋 を 直に 三澤が 陣へ附 置かる。 ^廣家 は 宇都 

宫が陣 へ、 押懸 るべ きと 擬 せられけ るが、 黑田勘 解 由 如何 思 はれけ む、 今日の 合戦 

を 差 止められ よと、 頻りに 申されけ るに 依りて、 其 nj は箪を 止めら る。 翌日 又 押 寄. 

せて、 廣家は 城 井谷に 陣取られ、 左右の 陣は益 田 左衞門 佐. 熊 谷豊前 守、 其 次 三澤攝 

律 守. 三 刀屋彈 正. 同 監物. 羽根 彈 正忠. 佐 渡 越後 守. 同 又 左 衞門已 下陣を 取, 9、 敵 も 城 

中よ, 9、 足 輕を百 二十 程 差 出して 迫 合 ひける が、 宇都 終に 十二 日 初旬 降参したり • 

此事 未だ 上 開に 達せざる 前に、 殿下 御朱印 を廣 家に 下さる、 其 文に 云く、 

其 面 在陣; 色々 入 精 被,, 申 付, 候 趣 * 小 西 攝津守 申 上 候 處具聞 召 候。 塞 天 之 刻 長 

長 苦勞痛 被, -思 召-候。 城 井 事 取 詰、 落去不 JH\ 有,, 幾程, 候 之 由、 左 候。 將又肥 後 表 之 

事 和 仁. 邊春収 卷之由 候。 自今 以後 爲,, 見懲, 候 之 間、 一 人.? -不 k 可,, 攻 殺-候 儀、 黨 

之 事者迚 明春 御 人数 被, - 差遣; 無,, 殘所, 可 V 被,, 仰 付-候 條、 可 y 成,, 其 意, 候。 何" 戌 追々 

可 ,有= 言上, 候 也。 

十二月 十::: 秀吉 御朱印 



加來 城 



Klfti 城!^ 



吉川藏 人 敗 

一三 豐 前の 加 來福島 肥 後の 和仁邊 沒 落の ^5- 

十二: :!; 十七:::、 吉川展家诚井^;5-ょり加來ニ職£3の兩城へ2^せて、 福 の 城に は附 

城 を 構へ て 押 を^き、 加來の 城へ 押 寄せ, 仕 寄, 仅に 攻めさ せらる- 诚兵も 相 働いて • 

ii 口川^ 熊. 升彌 七郞. 佐 伯 小 次 郎!; S 死す。 彌. -仕寄 を 沢-寄.^ * 攻めら るれば、 加 來サ水 終 

に 降 を s_i ひて、 十二: 11; 晦:: : 下城したり。 s.^^^^^^ 福 の诚も :!=: に 

明波しければ、兩城の者殘らゃ誅し、其中に名ぁる者の^八•^=餘sl門に掛けられた 

り • 是ょ. y 璺": 刖 一揆 靜ま hv て、 同 :11 廣律に 到り、; i 陣 して^ 年 せらる。 肥 後^へ は 

小::十川隆2^-出.张せられ、 憑 春の 城へ 粟: i 四 郎兵衞 • 朝 枝 右京亮 已下 四千 储^、 差 向 

ひて 取 固み 攻めけ るに、 城 中よ, 9 弓 *鐵 炮^し く 射出せば * 異 先に 進める 朝 枝 右京 

亮 4、 中 を 射 かれて 死し、 粟屋 四 郞兵衞 も 手 を ふと 雖も、 少しも 疼 まや 攻 むれば、 

某 自害して、 殘竊の 一命 を 請 ふ 故, 其 旨に 任せられ、 殘る者 4^, 〈をば 命 を 助けら 

iJi-s の 加來ー 代の 和 仁邊眷 s!::^ の 事 一三 ル 



狀秀 す廣 
吉 家 
の 凱 
B 旋 



藹侯三家^1§ 卷七 I 

る。 和 仁の 城主 も降參 した. y。 其後隆 景は筑 前へ 打 入らる • il 口川 廣家は 明る 天 正 

十六 年 正月 十日、 長 門の 國府 迄歸陣 せら るれば. 此 所へ 殿下よ b 加來. 福 島 落 去の 

感狀を 給 はる。 其 文に 云く、 

於,, 豊前國 加來. 福 島-討 果首 上進、 悅 被,, 思 召, 候。 各別而 抽,, 粉 骨, 之 由 被,, 聞 召, 候 * 

神妙 候。 猶黑田 勘 解 由. 森 壹岐守 可, 申 候 也。 

正月 十九 日 秀吉 御朱& 

斯て 肥後國 未だ 靜 まらざる 由 聞え ける に 依.^ て、 同年 正月、 毛 利. 吉川今 暫く 九州 

在陣す ベ き 旨、 殿下よ.. y 仰せ 下さる に 依り、 輝 元は 筑前 へ 下. 9 て 博 多に 陣を据 ゑ 

られ、 廣家 は、 其 頃 隆景肥 後へ 出張せられ たる 故、 加勢と して 彼 國へ發 向せられ た 

る處 に、 肥 後 も i しければ、 I は 南の 關、 廣家 

は 小 代に 在陣 せられ けれども、 はや 一 揆 原も靜 ま.^ て、 九州 無 異に なれば、 同年 問 

五月 三 家 一圓に 歸國 せらる。 



三 家 ss^ 



一四 毛 利 吉川小 早 川 上洛の 事 

天正十六年七:1:;.毛利右32|>頭輝元.吉川藏人佐廣家.小早川左衞門佐隆《^1-相共に上^5 

として、 同月 七: n 國 元を發 し、 同 十九 := 攝州大 坂に 著せら る • 上使と して 前^^-ぬ 

守を以 つて、 船中 故な く 上 著の 嘉納 を 述べら る。 頓て 三. :!^ 大坂 を發 して 上 一 がせ 

らる。 此時淀 迄 前野但 州. 傻野彈 正 少弼を 差 出され、 入洛 を迎へ しめらる • 京 著の 

上、 同サ 三::: 淺野彈 正少弼 右田 治 部少 輔を以 つて、 輕兀 へ 米 干 石、 や 腐 家 へ 同 三 

百 石 宛 之 を 給 ふ。 廿 四::: 三 家 登城 せら るれば, 殿下 御 對而ぁ b て、 此般九 ほの 戰 

功 を 威 賞せられ、 臣の姓 羽柴氏 及び 桐の 御 紋を給 はり、 則ち 御 腊を 下さる。 

as 廿四" 御!^ 應のゅ 上 .Is- 吉, 客 }5 輕兀. 條: as 出 羽 守: 降:^" ゃ廣 家、 主 護 

院. 前 田筑前 守. 安國寺 .-4^ 岡 越 中 守. 池 m 三左衞 修现大 夫. 立 花 左 近將盐 

藏寺 山城 (や. 金 森 兵 部. 施 藥院、 末座 上向 稳 B 元淸. 福 原 元 俊. 口羽お. H 

此時毛 利の 家 K ^、穂 田 元淸. 福 原 元 俊. 口羽 寿 良 を も 末座 へ 召され、 其 後 波邊石 見守. 

il: 毛 利 小 早 川上 将め *— .[ rui ^.li ir:: 



位 元 
廣 
家 



翁 侯三 家 誌 卷七 S 一 

松 山 源 次 兵衞. 堅 田 彌十郎 • 林 土 佐 守 此外十 人、 隆景の 家人 井上 又 右衞門 • 同 五郎 兵 一 

衞. 鵜 飼 新 右 衞門. 乃 美 右近. 木 梨 平右衞 門. 裳 憑 彌右衞 門. 兼 久內藏 允. 粟屋 四郞兵 衞、: 

廣 家の 家人 今 田中務 少輔. 粟屋 彥右衞 門. 香 川 又左衞 門. 今 田玄蕃 允. 同 安右衛門、 此_ 

者 共 召 出され、 御 不服 を 下された.^。 同廿 五日 參內 せられ、 輝 元 四 位 侍從、 隆景. 廣家ー 

は 五位 侍 從を艘 許 あ.. -て 天盃 を 頂戴 せらる。 同廿 七日 重ねて 輝 元 を 參議に 任じ、 一 

其 ー上淸 華に 准 せらる。 ■gJIJ^ 隆景. 廣家 をば 四 位に 敍 せられた リ。 又 天 K 凰 を 頂戴! 

せらる。 此 H 輝 元の 臣稳 田. 福 原. 口羽. 渡邊. 松 山. 堅 W- 林 此七人 を諸大 夫に 成され: 

た hs。 是皆 殿下の 推擧に 依れ, c^。 在洛の 中樣々 の 御馳走 あ. y 。其 後 殿下 聚樂の 堀端 一 

へ、 装束に て 出御 あ 曲 求に 居 給 ひ、 在洛の 大名 殘 りなく 同じく 装 東を帶 し、 位 一 

階の 次第に f~ ひ 列座 させ しめられ、 金銀 を 折に 賴み、 註文 を以 つて 是を給 はれば、 

谷 家老 共 烏帽子. 靑截を 著し 罷 出で、 之 を 請 取る。 此時三 家 も 各 二列に 拜受 せら 

〔頭書〕 黄金 一 一千 兩. 銀 一 萬 雨 六 宮古佐 丸. 內 大臣 信 雄. 大納言 家康 ," 



L 



會聚 

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の 
砍 



黄金 三千 兩. 银 ニー 兩 大納 ttiT お 黄金 三千 兩. 级 一 萬兩 秀^5-.秀1& 

黄金 千兩. 銀 一 K 兩 毛 利炻元 • 上 杉 景勝 1 S 兩 前山 M 

又 金欽 二十お 七千兩 中將 二人. 少將五 人. 待從 十三 人 賜 V 之 i 

八:!: 十五夜、 聚樂に 於て 御 耿の會 あり、 此時も 三 家: 衆た. 一 

詠,, 八月 十五夜, 和歌 一 

, 閣 白秀吉 ; 

名 も 高き 今宵の 月の 音 羽 山 ながめに あかじ 夜 はふけ ぬと も 一 

>, ^護院 近隆 一 

今宵 見る つ きの 桂の 花 も さぞ 秋の なかばと さか, 5 なる らん 一 

同 梶井 宮^ . 

逢ひに5^^-ひて名もみかくらん〕伩半の月:|:ーなきさ へ 猶 正す 世に .; 

同 右大 晴季 一 

高き 名の かざしと ぞ見 ると きに 逢 ふ 今日の こよ ひの 月の 桂 は d 

利 小 早 川 上洛 S 事 Is J 



鶊 侯三 卷七 

同. 正 二位 雅春 

千年 經む ひか, 9 も わきて しるき かな 名立たる 月に 君が代の 秋 

同 ■ 大納言 親 綱 

天が下の こら や 照らす 月 も猶ほ 別き て 今宵の 名に ゃ滿 つらん 

同 . 權 大納言 家康 

見る 人の こ X ろの くま も 無 かりけ 今宵の 月の 影に ひかれて 

同 參議 右近 衞中 將秀家 

ところがら 猶ほも 光 hv ゃ增 さるらん こ ろ に餘る 秋の 夜の 月 

同 參議 右近 衞中將 景勝 

白妙の つき は あきの 夜 かくば か 越路の 山の ゆき も あ, 9 き や 

同 参議 輝 元 

君が代の 名 もた かして ふ あきの 月 幾と し < ^の 光り 添 ふらん 

同 * 左 近衞中 將雅繼 



空 は猶ほ 鍵らぬ 影 も 如何 なれば こよ ひの 月と わきて 愛づ、 りん 

同 左 近 衞權少 將顆隆 

月 こよ ひ 光. 名 だかき こ- -の へ の { 仝 Ish, なき 代々 の ゆく すゑ 

同 左 近 衞權少 將忠典 

大方の をて * こちび とのな がめ さへ 今宵の 月の わきて さやけ き 

同 侍 從秀ー 

ところがら 月 も ひとし ほ 色 添 ひて 猶ほ名 を 得た る 秋の の::: 

同 侍 從隆景 

を さまれ る 代 を こそ あ ふげ 九重の 今宵の 月 を 見る に つけても 

同 侍 從廣家 

玉 敷の みぎ. 5 も 今宵 ひさかたの 月の ひか hv を獪ほ 照らす らん 

同 安 國寺惠 現 

中秋 三 五 愛-宵 長, 唐 詠 倭 歌 登 „ 俊 良, 一 絲 乾坤 君與, 月 

毛 利 小 早 川 上洛の 事 tl£ 



赛 侯三 家 誌 卷七 震 

• 無-人 不醫, - 恩お 

法 印玄肯 

月 こよ ひお とばの 山のお とに 閒く 伯母 捨山 のかげ もお よば じ 

同 法 印玄以 

常に こそ 曇 もい と へ 今宵 ぞと おも ふ を 月の ひか b な, 9 け, ftN 

同 法 橋絕巴 

秋な かばみ ちの ぐ やまに く はな を かさね 上げた る 夜の 月影 

法 橋昌叱 

今宵な ほ 澄める がう へに 澄む 月 や 鷲の を 山の かげ を 添 ふらむ 

同 沙彌由 巴 

秋 ごとの 今宵ながら もところ がら 猶ほ 新ら しき nr を 見る かな 

〔頭 言 天 正 十七 年、 大佛殿 造營」 付、 毛 利 家へ 寺 澤志摩 守を以 つて、 材木 御馳走 

あるべき 由 仰 出さる。 毛 利. 吉 川よ.? 人數を 出され 運送 せらる。 藝州三 田と 云 ふ 



碟ょ. 本 ロニ 間 之 ある 大木 出づ ると 云 ふ, 

又 在京の 中、 殿下! 1: 家へ 廣家 未だ 妻室な き .5、 然れば 備前秀 .X 姉 を秀吉 女と して、 

廣 家へ 娘姻 をな すべき 旨 上意な り。 三 家 一同に 領 せられた..^ • 斯て三 家、 同 廿 

.VC3 暇 を 給 は.^ て、 裹. 院の 御所よ.^ も 勅使. 院使 を以 つて 品々 下し 給 へ 九 =; 

三;:: 京都 を 出で、 南都 を 經て大 坂に 下らる。 此時 殿下 も大 坂へ 出御 せらろ • 十 

1 ::3、滞國の暇を給はるに依.^て, 三 家 登 せられ、 御馳 iii- ありて 家人 等お 一 拜傲 物 

t 右 事 終 て, 殿下 三 家 を 御 同 近 あ,. > て 、天守 見物 させ しめらる。 じく 供の 

せ ハ迄召 出されて 見せ 給 ふ • 期て同月十ニ日、^元.廣家大坂を出船して、^|^せら 

れ ければ * 隆景 は是 よ. 5 直ぐに 野 へ 登山せられたり。 後 十: z; 十九:::、 十:!: 川 侍 

廣家. 家 城 州 新庄に 於て 娘 姻の醏 を 調 へらる。 殿下の 卷姬 たるに i^b て、 上使と 

して 黑田彻 解 由 孝 高を以 つて、 新庄へ 差 下された,. -。 

〔頭書〕 御 婚姻 新 庄告ケ 原に て栩調 ふ。 此 時 備前秀 家より、 {ほ 山 半右衞 門. 土井甚 

四 郞を姉 君に 附 けらる" 老女と して 殿下よ b お 內卿局 を 差 添 へ らる。 共 外 兩人老 

乇利小 早 川上 络の事 i 



藝 侯三 家 誌 卷七 i. 

, 無-人 不 a 槍,, 恩^ 

同 法印玄 3 ほ 

月 こよ ひお とばの 山のお とに 聞く 伯母 捨山 のかげ もお よば じ 

同 法 印玄以 

常に こ そ 曇. 9 もい とへ 今宵 ぞ とお も ふ を 月の ひか hv なりけ, 

同 法 橋絕巴 

秋な かばみ ちの くやまに く はな を かさね 上げた る 夜の 月影 

法 橋昌叱 

今宵な ほ 澄める がう へに 澄む 月 や 鷲の を 山の かげ を 添 ふらむ 

同 沙, 彌由巴 

ごとの 今宵ながら もところ がら 猶ほ 新ら しき 月 を 見る かな 

〔頭 言 天疋 十七 年、 大佛殿 造營」 付、 毛 利 家へ 寺 澤志摩 守を以 つて、 材木 御馳走 

あるべき 由 仰 出さる。 毛 利. 吉 川より 人數を 出され 運送 せらる。 藝州三 田と 云 ふ 



^よ. 本 二 問 之 ある 大木 出づ ると 云 ふ 

又 在京の 中、 殿下三家 へ廣家未•た妻室なき^、然れば•镯前秀.:^^姉を秀i^^«女として、 

廣 家へ 娘姻を なすべき 旨 上意な..^。 三 家 一同に ifflff せられた.^ • 斯て三家、^1=^ 

室 VJ- Aff 暇 を 給 は. i し、 禁¥院 の 御所よ..^ も 勅使. 院 使を以 つてお々 下し 給へ,. 九ハ 

三::: 京都 を 出で、 南都 を 經て大 坂に 下らる。 此時 殿下 も大 坂へ 出御 せらろ • M 十 

11 一家 大坂 一 m 、滞 國の暇 を 給 はるに 依りて. 三 家 $ ^-城 せられ、 御馳^ あ.^ て .:1^ 人 ii- お 一; tiw 物 

城 vj* 見物 

す あり。 右舉 終りて, 殿下 三 家 を 御 同 近 あ. 9 て、 天守 見物 させ しめらる。 同じく 供の 

^せ 〈迄 召 出されて 見せ 給 ふ • 新て 同月 十二 日、 輝 元 .HI 家 大坂を 出船して、 歸^ せら 

れければ、隆景は是ょ.^^^ぐに|€野 へ 登山せられたり。 1:^ 後 十::: 十九 =: ぶ" 川 恃^^ 

廣家、 家 城 州 新庄に 於て 婚姻 の^を 調 へらる。 殿下の^ 姬 たるに i^.^ て、 上 と 

して 黑田彻 解 由 孝 高を以 つて、 新庄へ 差 下された.^。 

〔頭書〕 御 娘 姻新庄 吉ケ Is- にて 相 調 ふ。 此時 備前秀 家よ, 9、 {ぉ 山 半 右 衞門. 土 井 4* 

四 郞を姉 君に 附 けらる- 老女と して 殿下より お內卿 :15 を 差 添 へ らる • 其 外 兩人老 

乇利小 of 川上 络の iaa- 一 5? 



藝 侯三 家 誌 卷七 g 八 

女 之 あ,. >。 宮內卿 は 老後 岩國萬 谷に 居住の 由、 今の 桂 市 郎左衞 門 屋敷な り • 此家 

に 長刀 一 振 あられ、 鐯子 一 っ今にぁ..^。 是宮內 卿の 時よ b 之 ある 道具な- 5 云々 • 

一 五 秀吉關 東 御進發 により 三 家 上洛の 事 

天下には來春相州御進發ぁ.^て、 北 條氏政 返 治せら る ベ き 評定 事 終 b て、 今年 天 正 

十七 年 十二月、 三 家 へ も 明年 二月 上洛 あるべ き 由、 御朱印 を以 つて 仰 下さ る。 廣家 

に 給 は b たる 御 書に 云く、 

北條儀 爲,, 誅伐; 來寿 至,, 關東, 被, 成,, 御 進發, 之條, 其方 事 人數五 百騎召 連、 1 一月 中句 

有-上洛; 尾 州 星 崎 之 城 請 取 自身 可, 被-在 番, 候。 委細 輝 元. 隆景江 相 達 候。 猶 淺野彈 

正 少弼. 黑田勘 解 由 可,. S. 候 也。 

極月 四日 秀吉 御朱印 

吉川 侍從殿 

是に 依. 9 て、 天 正 十八 年 二月、 三 家相 共に 上洛 せらる • 殿下 秀吉 公三 月 十九 日、 聚 



へ秀 

出?? 

マ 束 



樂の 御所 を 出お して 、^束に 赴き 給 ふ 

〔頭書〕 北條公 を 蔑に して 參內せ や. 秀吉律 miii- た -{:3田 左 近を以 つて 兑 せら 

る、 と雖 も- 是に應 せ や、 仍て 三月 朔:! 2、 信 雄: :l^i^ を 左右に して、 小 を, なめ 

さ せ、 同 十九 21、 秀吉 京都 を發 して 小 田 原に 赴か る。 或說 に. :l^i^* 北 倐と緣 お 故、 

自然 氏 政 に 心 を 寄せ らる、 事 も あら ば、 家康共 に 0^ さ る ベ さとの^ にて、 先手 

とせられ ける 由な-^。 

聚樂御切守は、大和大納言秀_4^京都の守??^は、安^^宰相,兀、^外近中傅ひの城々 

に 在 番を入 置かる。 尾 州淸洲 gglig;. お 張 に は 小:: f 川 侍從 で の 城 

は 吉川侍 從廣家 を在番 せしめら る。 其 後 大和 大納首 -ii^i^ に 依って * 聚樂を 元に 

预 けられ、 秀長は 程なく 死去 せられた, 5* 關まへも毛利家ょ.^._.:::兄^河守^倾八处 

田 越 中 守 元 祥. 山 內大隅 守 廣通. 三 澤攝摔 守 爲虎. 熊 谷豊前 守 元 度. { 六逍 五郎 兵 衞尉正 

吉. 阿曾沼 豐後 守. 小 笠 原 彈正忠 巳 下、 一 萬 餘を差 追し、 豆 州 下田の 城 を 収^んで、 天 

下の 勢 を 引受け、^ 城 叶 ふま じ、 速に 下城すべき 3H": 送れば、 ig て降參 して 城 を 

秀セ: ^iB- 御 進 により 三 家 上洛の 事 一? 5 



鶴 侯三 家 誌 卷七 ISO 

渡した. 9" 

〔頭書〕 下田 城に は、 志 水上 野 介信久 籠る。 九 鬼, 尾.^. 遠. 駿の海 贼を以 つて、 之 を 

攻む 云々。 一 說 下田 城に は、 北 條左衞 門 大夫. 朝 倉 能 登 守 籠居る。 11 ー說、 寄 手 仕 

寄 を 付け 相 戰ふ處 に、 態 谷 豊前守 內波多 野次 郞左衞 門 調略に て、 城 を 明 渡す と 云 

云。 

小 田 原へ は 中 國勢海 邊の警 固 を 奉る に 依.^ て、 數百雙 の 船 を掛: i ベ て 固め 居た,. y。 

四月、 吉川廣 家へ 殿下よりの 御朱印 到來 す。 其 文に 言く、 

急 與,, 染筆, 候。 中納言 山中 城 江 今 nn 廿九 午刻 取懸、 則時乘 崩、 城主 之 事 者不, 及 V 申、 

首 千餘討 捕、 其 外 追 打不, 知, 數候。 然者 明曰朔 m 箱 根 出峙江 爲,, 陣取; 至,, 小 田 原 表, 

可, 令-手 遣-之 條、 落 去不, 可^ k 候。 猶追々 吉 左右 可,, &開 • 候 也。 

一一 一 月廿 九日 秀吉御 判 

羽 柴新庄 侍從殿 

其 後 又 殿下 御朱印 を 給.^ て、 尾 州 星 崎 を 小 早 川 隆景へ 渡して、 參州岡 崎の 城在番 す; 



べき 旨 命 せらる • 其 御朱印に 云く、 

山中 城攻 崩, 伊豆 國 平均 被 = 仰 付-候" 小田说 面な 御先 手 一里 五十 町 之 ilt; 収候、 

然者御 跡 在 城番事 次 i-.^ 送に 可-, 入 候 之 、其 地 小 n 千 川 方扛相 渡^ 而、 岡 之 城 請 

取、 番等 無-油 斷_ヌ 被,, 申 付-候 也 • 

四月 二月 秀吉御 朱 M 

羽 柴新庄 侍從殿 

is 星 崎 诚在番 へ の 御朱印に 云く, . 

當城 爲,, 留守; 被 吉川, 可, X©- 候。 就其泰 公ん 妻子 共有と; >T 

被,, 仰 付-候, 可お-其 意-也。 

二月 廿 四日 秀吉 

尾 W 星^ 留守居 中 

S 山中 城に は、 松 田 兵 衞大夫 秀植. 北 條左衞 門大夫 • 間宮 S 前 守. 朝 念 能 等 

循 籠る。 

毛5:小13^川上^5の1|5- § 



-褻 侯三 家認 卷七 一" 一 . 

是に 依りて、 廣家 四月 十八 日、 星 崎 を 隆景に 相 渡し、 參河國 岡 崎の 城 I 藤 まへ 移られ 

ず。 . 

〔頭書〕 四月 三日より、 小 田 原の 城 を 園み、 七月に 至る。 同 十 S 氏 政 自害。 

〔同〕 岡 崎の 城 は, 家康 御居诚 たるに 依りて、 御 留守居 內籐彌 次 右衞門 • 木 多作 左. 

衞門差 置かれた る處 に、 廣家在 番の中 は 城 中 一圓に 明 渡したり。 然れ ども 御座 

の 間 をば 遠慮せられ、.^ の 間に 御座の 由- 

〔同〕 一書に 云く、 氏 政 降参の 上、 家康陣 所に 於て 切腹 させられ * 氏 直 は 高 野へ 遣 

さ れ、 北 條左衞 門 尉 .1^ 左 衞門大 夫兩人 をば、 毛 利 輝 元 へ 預けられ、 廿 H 市に 置 力 

る > と あ-. 9 

〔同〕 或 書に 云く、 岡 崎に 於て、 秀 fa よ. -廣 家へ 三 原の 御 腰 物 を 給 は."、 又 厩へ 御、 

同道 あ, て、 望の 馬 遣る ベ しとて 御 選ばせ * 月 毛の 馬 を 給 ふと あり。 秀吉 S 立 日 岡 

崎 を 御 立の 時、 送 馬 二百 五十 匹、 廣 家よ. -差 出され、 1.i^^香川又左衞門馬に、秀カ" 

二三 里释 召された ちと 云々。 



同年 五:::; 下句、 小w原の御陣所ょり、小せ川?t!:^^•.H3川腐家 へ 仰 下されけ る は. 5^ 

群の 城々 家人に 守らし め、 兩人 lin 時の 問 小 wl^ の御陣 所へ^ b 越す ベ きけ 命 せら 

る。 Eni に:^..^ て 兩川小 田! へ 下. 2 せらる * 殿下 宣 ひける は. <;s 城 の 外 能く:—. 

て.. 卽 時に 攻 崩し 難し- 然れば 先年 毛 利 元 就で :4 州七简 年在陣 して、 尼 子 を, なめられ 

し^、 《H- めて 良 謀 奇策 を勉ら された るなる ベ し。 如何 樣な る 術 か あら ん, 夫れ を W 

かん 爲 めに、 俄に 兩人を 召 下すな h- と 仰せら る。 隆3^!^其時の謀略のぁらまし*,^$^{ま 

に 言上せられ ければ、 殿下 成悅 し^ひ, お 後 ひの 城々 心許なき 間、 兩 人::. f く: i 城 

せし むべき 3:: 命せられ て、 差!: された. o。 其 頃. 一.::: 川廣 家.:;^ ハ itiiiij 起.. r ければ * 殿下よ 

^延 壽院. f> ;朔法 印を附 S かれ、 岡 峰に 於て 痰 せらる。 斯て小25-^;^落去して、殿. 

下 陣しハ おひければ, 廣 家家 は 今 m 中,:^ 少輔經 忠を路 fiur^J 差 出し 迎へ 舉ら化 殿 

下 御 l^uu ゆ ど 立てられ、 今 出に 上 命^り。 頓て岡 崎 御 著の 上 炭家魏 膪を獻 せられて、 

殿下 藏 人へ- を!^ は. 9 た. 其後徳川權大納言家^l:崎著诚ぁ..^て、 诚^ 中: W 除 

等 念 を 入れられ、 殊に 御座の 問 遠慮 させられ 叨^ かれた る. s、 御 祝 著の It 懇に抆 

乇利小 早 川 上洛の 審 S 



虜家歸 城 



毛 利 輝 元 

領國の 御 

朱印^ 給 

ス 



廣 家賞祿 

な 給 ふ 



襄 侯三 家 誌 卷七 § 

せられた h,。 其 後廣家 聚樂へ 上られければ、 長々 の 在 番苦辛 御 祝 著の 皆 上意 有ジ 

て、 頓て暇 を 給 はりて、 藝 州新庄 へ 歸 城せられ たり。 

一六 毛 利 輝 元 領國の 御朱印 を 給 ふ 事 

Iv^c- 十九 年 三月、 殿下 毛 利 輝 元へ 領國の 御朱印 を 給 はる。 ^又 吉川廣 家事 度々 の 

軍功に 依りて、 其 賞 を 宛 行 ふべ しと 雖も、 便所に 於て は闕國 なき 間, 輝 元 分地す ベ 

き 旨 命せられ て、 伯 耆半國 出 雲 三 郡 if 意 t. 隱岐國 、外に 藝州山 縣の內 一 萬 石、 

廣 家の 領地と 定めら る。 住所の 儀是又 殿下の 指 圖を以 つて、 六月 十八 曰 雲 富 田 

人 減 せらる" 是 より 富 田 侍 從と稱 す。 

〔頭琶 或 書に 云く, 隱岐國 は 前よ 御持懸 b にて, 元 春より 讓ら せられた.^ • 前 

方 黑田官 兵 衞-廣 家 へ 申されけ る は、 御領 地 を 給 はらば、 何國 にて 望ま るべき やと 

言 はれければ * 廣家 高校 陣引 分の 時の 辻 なれば、 定めて 中 國の內 なるべき と 思 は 

雲. 伯 J にて 有る ベ き やと 言 はれた, 9。 隆景 へ も 官兵衞 右の 如く 尋ねら.^ じ 



おに 御 さ 輝 

地': Ml 元 
印たへ 
目 tt る 下 



れ ば, 御意 次第と. S- された 其 節 は中國 石高 僅か 七十 五^石 之 ある 故. 御^ 割 

成 難く、 隆; に は別國 を^ はる • 廣家 にも 別處を 下され けれども、 右の, 招 子に 依り 

て、 石高 僅 かな. -と雖 も、 伯の 內ほ岐 國に差 添 へ 、 先-つ 宛れ は る X .H 秀 被 〔£ い〕 

元へ 下された る 御朱印に 云く, 

安 周 防. 畏 門右兑 .出. 宰備 後. ^岐. 伯 香^. 備中 1^ 々之 內, 

右國々 撿地 任,, 帳面, ほ 十一 一萬石•^III.相副、 目^ 別紙 宛;, な 訖" 全 可, あ,, 領地, 也" 

天 正 十九 年 三月 十三::: 秀吉 御お 判 

羽柴 安藝 宰相 殿 

知ハ 1- 方 目錄事 

1、 寺社 額 之 事、 ニー ss: 石 分 輝 元 次 に 可 立 支配 不入 ill:- 社 之 お 方 次お: 

vfl ぶ 事 

1、 七 千 石 羽 柴小早 川侍從 § 麵ぉ 

1 、十一 萬 石 羽柴吉 川侍從 ,! fellifl! 

毛 利 輝 元^^の 御朱^ 給 ふ 事 一一 S 



藝 侯三 家 liw 卷七 駕 

伯 耆三郡 有 次第、 其 外に 出 雲 國富田 城、 伯 香 方に かたづ き、 都合 十 一 萬 石 相 渡、 

富 田 居-城 可, 然哉之 事。 

1、 隱岐國 羽柴吉 川侍從 • 

一 、 十 萬 石 輝 元 國之臺 所 

〔頭書〕 §MA 萬 三千 石 京都 臺所 入" も 

合 十八 萬 三千 石 臺所入 

一、 七 卞三萬 四千 石 之 軍役 , 

右 之內、 廿三, 萬 石 無 役. 八十 九 萬 石 之 軍役、 但小早 川. 吉川相 加 可, 勤 也 • 

天 正 十九 年 三月 十三 日 秀吉 御朱& - 

羽 柴安襲 宰相 殿 

此時黑 田 孝 高よ, 9、 廣家 へ 書 通 あ. 9、 其 文に 云く、 

中國御 知行 割 之 儀、 拙者 相 煩 候 故、 昨 曰 遂,, 披露, 候處 に、 則 被, 成,, 御 割 御朱印; 對„ 

輝 元, 被; 退 候。 t 所 之 儀 者、 伯耆 半國. 出 雲爾而 伯耆の 左, 9 を 被,, 仰 付; 隱岐國 も 同 



爾候 • 富 田之诚 可, お,, 御 抱, 之 通、 御意 攸* 御 外 11 可, 然攸 • i^.^H 聊如在 

不, 存候。 猶御 使者に 申 候條: チ委 候。 いりこ ホ鲍. 御^な ど 御 進上 候. 加: 3\然 候 • 

恐 惶譴言 

三月 十四 H 黑 W 勘 解. H 孝せ 2 

羽 藏核御 返報 

廣 .5^ の 家 ほ、 香 川 又 左衞門 へ も、 孝 高 狀を以 つて R 細 を 述べ られ たり" 文な 之 を 略 

す。 

C 姐 書〕 廣家 御身 上 之 御 外 ilf=^ 相 泣、 於, 我^- 滿足 化: r 御前 御 収成之 隨分 

巾 上 候" 其 段 は御氣 逍^ 問 敷 候。 とかく富田之城御抱_攸^^,御外^にて攸。 御身 

體成候 樣に御 分別 肝耍に 候 * 御 ふげんの 程 を 御^知 候而、 手前 舞-御 不 如な i 核 御 

心 持 に 候。 =: 本 静謐 之 上 は、 不, 入,, 御人數 など-も 多 御持攸 て、 御 ふ. - よく 候 

へば 笑止 存候。 只: <r 之 御 覺悟 肝要 候。 恐々 謹言 

三 H; 十四::: 勘 解. H 

毛 利 輝 元 領^の 御朱印.^ ふ 事 -^3 



期 

鮮 
渡 
兵 



藝 侯三 家 誌 卷七 一 18 八 j 

香 川 又左衞 s: 殿 - - 

一七 朝 鰊 渡海の 人数の 事 . 一 

秀吉 朝鮮 征伐に 依. 9 て、 毛 利. 吉川. 小 早 川 三 家の 戦功、 普く 梓 行の 書に 漏れた る 事 一 

を 載す。 文祿 元年 正月、 大 明. 朝鮮 征伐 あるべき 由に て, 軍役 其 外 御 淀の 條目 御朱印 一 

を 諸 將に給 はる。 斯て 朝鮮 征伐の 先手、 小 西 攝津守 行 長。 加 藤 主計 頭淸 正に 仰 付け 一 

る。 一 番小西 攝津守 手勢 七千餘 人、 宗對馬 守 義智五 千 人、 平 1!^ 法 印 其外此 一 手 都合 一 

一 萬 八千餘 人。 1 1 番加籐 主計 頭、 手勢 六 千 八 百 人、 鍋 島 加賀守 一 萬 一 一千 餘人、 相 良 一 

宫內少 輔相加 はり、 此 一手 都合 ニ萬餘 人。 一日 替に鬮 を 取- 9 て 先手に 進む。 其. M 

黑田 甲斐 守 長 政 羽 柴豊後 侍從. 大 友義 統 1<ハ 千. 羽 柴薩摩 侍 培 島 律義 弘 I, 其 外 伊一 

膝 秋 月 等 一 手の 勢 都合 二 萬 五 千な り。 其 次 羽 柴福島 左 衞門大 失 正則 s!!^ 八 • 田 民 一 

部少輔 5 千 .蜂須賀 阿波 守 家政 I や 羽 柴土佐 侍 從畏曾 我 部 元 親!^ 千、 其 外 一 手勢 ニー"^ 

千餘 人、 其 次 羽 柴小早 川 侍 從隆景 J ^萬. 久留米 侍 從秀包 羽 柴柳川 侍 從宗茂 Jiw 五一 



^^^^^M^^ 其 外の 勢 せて 二 w 七千餘 人な ^次5-柴安務^?5«$^元 

二 5-. 羽柴富 E 侍從 •i.w 川遗家 15 千、 此手 合して 三 _ ,あ 餘人秀 さの 名代 前宰 和字 多 

秀 5^ 手勢 一 离 人な b。 船 手に は 九 免大隅 守. 藤 堂 佐 渡 守、 ^外此 手 合せて 一 お 人。 

〔頭 寄〕 藤 堂 佐 渡 守 下に. 脇 坂中務 少輔. 加 藤 左- 助. 久留 ^ 出 ザ: ャ ザ.^ ギ左衞 門. みん 

山 堀 內とぁ h -。 

後陣 淺野左 京大 夫. 岐 n ぶノ將 • 前 野但. がク: 長 泰* 長 谷川 藤 五^ • 00$ 伊達 改宗. 

其 外 合せて 五 千 餘人. 三 奉行 のん ま 合せて 六 千餘、 此 外の 諸 勢 太 問 記^に 記す が 如 

し" 總勢 合して 二十 is? 餘人、 谷: 渡海の 用意 をな す。 浙く. て 先手の 諸將 to^ に 京都 を 

打 立ちければ、 秀吉 公三: 》; 下句 京-帥 を發駕 せられ、 肥" • 刖の國 名 護 星に 下."^ ふ。 (女 

教國に 雨 U 御:?, b 留 あ.. > て、 嚴 S3 へ 祉參し 島の 奇景 など 詠^ ありて、 一 竹 5 御、 冰歌ぁ 

り。 ^^〈ょり長州赤31ケ阅に到..>、安徳天^1^1の御影-ど拜せられ、諾將をして"壯"忖の^ 

歌 を:^ ねさせら る。 其 後 關の戶 を 押 渡りて、 名 護 屋に著 御 ありて、 此 所に 花 陣し給 

ふ- 徳川家い お. s^?. 大和 大納言 秀俊 i 滅. 加贺宰 相 前 田 利 家^ ^ み 織 田 信 雄. 上 杉 巾 

W 鮮 渡海の 人數の 



勢 侯三 家 卷七 一一 さ 

將 景勝 已下 • 東海. 北陸の 諸 勢 都合 八 萬 餘騎、 此外 御前 備. 御^ 廻. 御 弓. 鐵炮 等に 至る 

迄 一 1 1 萬餘、 總勢十 萬餘、 名 護 尾の 城の 四方に 充滿 して 在陣 せらる。 

一八 小 西 攝津守 三 城 を 陷る事 , 

同年 四月 十二 H 、總勢 名護屋 よ, 9 出船して、 壹岐 の嶋に 著し、 逆風に 依,.^ て 數日逗 

^し、風少し^^^"りたれば、小西攝津守夜半に潜に船を33.して、 對 馬の 港へ 押 渡る • 

諸軍是 をば 知らす、 夜明けて 小 西が 船の 無き を兒 て、 行 長拔懸 な. 9 とて、 ^船 を 出 

すと 雖も、 風又惡 しく 成り、 終に 元の 湊に 推し 屍り た. 小 西 行 長は對 馬に 四 五 H 逗 

留 L 、順風 を 得て 签山 浦へ 乘 渡す。 愛に は 朝鮮人 二三 萬 計 b 籠,^ 居た るに、 小 西 

弓. 鐵砲 にて 稠 しく 攻 むれば、 敵 も 半弓 を 隙な く 射て 防戦す と雖 も, 終に 攻 敗り、 一 M. 

餘討 取. -、 生 捕の 者に 國 中の 事 を 問ひ尋 ぬれば、 近 處に鬼 萊の城 あ,^ と 語る に 依. 9 

て、 小 西 又 數十里 隔てた る 東 萊へ押 寄せ、 城下の 在家 を 打破..^ 込 入れば、 签山 浦に て 

の 1i 武を 閒 き、 畏れて 落ち ハ I; く を 追討に、 首 千 計, 9 討 取 b たり。 此時加 藤 主計 頭、 其 



外の 後; g: 签山 へ 著く と 間いて, 行お^ 士と 評^して 、後陣 来ら ざ も 先に. 忠 州の 城 

を 攻め 取らん とて 押 寄す る。 お 域 は 王城の 衞 なれ ば、 四 五お の人數 籠お たるが、 多 

分 落 失せて、 英士 一 萬 計.^ 殘 おて > 數 刻防戰 すると 雖も、 終に 打ね けて 逃げ-打く 

を、 小 西が 兵 共 追 駅け て 分捕したり。 小 西 三 所の 戰 功名^ 屋へ 注進し ければ, 秀 

成 じて 、御太刀. 御- iT を 給 はりた..^ と ゆ。 

一九 諸勢朝鮮の都に入る^^ 

签山 浦の 城 を、 =: 木 勢の 本 城と して、 安 錄宰. 元;^ 城 せらる。 加 藤 主計^ 淸正、 

签山 浦に て 小 西が 働 の^子 を 間き、 〔f バ; 忠 州に 馳 行く は、 黑出 Si.t4s. 鍋 

ci-加貧守^^茂. 其の 外 九闽. 四國. 中 國の諸 勢 追々 忠 州に:^ b、 朝鮮の 都へ 打 入る ベ 

き 3:: 評定す。 加藤淸 正と 小 西 行 長と 先陣の t せ あ b て、 旣 に:: 1論 に 及びし に 依.^ て、 

鍋, 22. 黑田扱 ひて、 兩. 道に 路を 分ち, 共に 先陣と 定めて、 淸正は 签山滞 をお にして、 梁 

山海 道へ 推し I,!;: く、 是れ 本道 筋な り。 主計 頭忠 州の 古 俯に、 在所 カ者數 w^as たる 

朝鮮の 都に 入ろ 1* S 



蔡 侯三 家 誌 卷七 S 

を 乗..^ 崩し 切捨てに して、 郤 へと 急ぎ 行く。 行 長 は 釜 山 浦 を 左に して i: し 行きけ 

るが、^ itr は險蛆 にして 道 も 少し 遠ければ、 淸 正に 先 を せられん とて、 生 捕の 者に 

道筋の檁子を尋ぬるに、本道筋には數恼所の河ぁ.^て、殊に都近き所に大河ぁる由 

. 申 すに 依って, 行 長生 捕の 者に 宗對 •£! 守が 者 を 差 添へ、 主計 頭 行 懸らぬ 先に、 河水 

に 有らゆる 船を燒 捨て、 綱 を 切 つ て 流す ベ しと 下知して、 船 を 悉く 流し 捨て さ せた 

-.^。 王城に は 日本の 軍乒、 キ 安. 忠淸. 黄海の 三 道 を 打ち破って 寄せ 來る 由、 日々 注 

進 あるに 依. 9 て、 國王 父子 を 始め、 都 城に 居る 者 悉く 落ち 失せ たれば、 小 西 頓て都 

へ 入る と雖 も、 敵 一 人 もなければ、 人數を 配. 9 四方 を 固めて、 後 勢の 來るを 待つ • 

加 藤 主計? g 淸正 は, 道々 の 小川 をば 或は 步渡 し、 或は 筏 を 作. 9 て 渡 b ける が、 都 川に 

著いて 見れば、 水面 十 町 も あらんと 兒 えて 船 もな し、 一 二 里が 間 尋ねさす ると 雖も、 

一 艘も なく、 日 は 早 や 慕に 及べば、 爲方盡きて居た,.^ける處に, 淸 正の 家人 曾 根 孫 

六と いふ 者、 元 越 中 國礪並 河の 邊に 住みて、 水練に 達しければ、 某 明朝 水を游 いで 

向へ 渡り、 小船な,. y とも 一 艘 乘り來 るべ しと 言 ひける が、 夜叨 けて 孫 六 を游 いで、 



小船 一 艘乗 h- 來れ. 9. 此の 船に 二三 十 人乘. ^淀. 9 て、 赏 ねて 大船 を 、ゆぎ 來れ ば、 據 

勢 河 を 渡..^、 都へ 入る, こ雖 も, 行-ぉはゃ昨=先立ちて打入.^ければ、淸正甚だ^^.5 

て、 是 よ.^ 彌! 兩人 不和に 成. 9、 互 に 功 を ひたり。 其 後 九州^ 都 川 へ 到る^^に、 船 

は 苦 向に 有って, 此方に は 一艘 もな し • 小 n 十川隆 S:I$、 船の に:: « じたる 乃 や 孫お 衞* 

村上椅 部. 同 八. 郞左衞 門に 才^す ベ き 33 命せられ て * 水練の K 三人 を 選びて 船を乘 

來ら せ、 若干の 勢 を 渡したり、 其 次に 中國 勢の 先手 吉川 率: >r 此 河に: 仃懸ら る、 に、 

同じく 又 船 向に ありて 汲る ベ き^なき.; に、 家人 相兑^ 四郎サ 游ぎ 渡りて、 船- f り 

求るべし とて、 則ち 船 を 漕ぎ 歸れ ば、 先势 より 次, a に 河を趙 えて、 殘 なく, 郤へ打 入 

二 〇 れ い せん 合戰の 1^ 

開亭 より 二十 ©1 餘 都の 方 門慶と 云ふ處 に、 .11 口川 侍從腐 家陣収 つ て 居られけ る に、 

12::御^^海ゎるべしとの到來-」ょりて、 廣. }; ^御宿 a 、 4j んと、 -, V おり. U こ * sr-^ti- お /2 

誘の爲め3門麼迄.ほられ、 在陣せらる>由14^:。 -^,:'セ/と.--,.^£-の.=,» ゥ fis ソ 1?;.-=?- しす 

れいせん 合戦の 事 一一 _5 



鶴 侯三 家 誌 卷七 . i . 

る を 見て、 廣家 同年 六月 十五 日、 敵の 心 を 引き 見るべき 爲め、 石 州 益 ffl の玄藏 司と- 

いふ 僧に 課せて、 日本 大將軍 朝鮮の 亂政を 正し、 窮民 を 救 はん 爲め 近日 渡海 せら 

る。 山上に 屯す る 事 謂な し、 速に 陣を 引き、 己が 在所に 歸 つて 安 培すべし とい ふ ii- 

を、 礼に 書かせ、 二 宫兵介 .內 藤兵衞 門に 命じて 之 を 山 下に 立つ ベ きぼ 下知 せらる。 

二宮 *內 藤 等、 門慶ょ b 1 里程 馳 行き 見る に、 朝鮮 入 四 萬 計, 5 山上に 陣取る に 依,. > 

て、 則ち 山 下に 彼 礼 を 立て 置きた るに、 敵 三十 人 計.. > 山 を 下り、 礼 を 暫く 見け る :$i、 

其 札 を 散々 に搫ち 破, 9 た. 9。 此 由門慶 へ 注進し ければ、 廣家 則ち 駆 付けられ、 又 前 

の 趣に 書翰 を 認めさせ、 長 新右衞 門に 命じて、 是を 敵陣へ 送らせら る。 新 右衞門 

書翰 を 持 出で、 向の 山 を 招き たれば、 敵 三人 出で た る に、 此 書翰 を 渡せば, 則ち 陣中 

へ 取. 9 歸り、 頓て返 翰 を 持 來,. > て、 新右衞 門に 渡す。 長 返 簡を請 取って 廣 家に 見 

する に、 一 戰を遂 ぐべ しとの 趣な,.^。 其 後 鬼 角陣を 下るべし と 言 ひ 送らる X に、 是 

非 共ー戰 すべき 旨 返事す るに 依 b て、 然 らば 合戦 を遂ぐ 可き 間、 其覺悟 仕る 可き 

3 ほ 捨文を 遣し、 其の儘 討懸ら る。 敵 麓に 下 て 手強く 防戦す。 朝鮮 四れ. 3: 計りの 中 



へ、 廣家五 千 % にて 1 文字に^ 入.^、 先手の 勢 を 突崩せば、 後陣 もた まら や 敗 ^す* 

哝方ニ 里 計.^ 追龊け て、 切捨 つる 者 三千 四 五 !.= に 及 ベ 5. 味方 引返しければ、 = も 

^^れぬ" 其の 翌 =1 早天に, 昨 = の 敏の退 口へ 打! の 者 共 行きて 兌る に, TO: 五 里が 

S1 の 水 i_ 逸に 倒れ伏して. 死した る 者 又 多し • 

ニー 平 壊 合 戰の事 

同年 七 e; ト: 句- 石 m 治 部 少輔三 成 -大 谷 刑 部 少铺吉 糙.^ 田お 衞 門 尉- 4i 盛、 ^辟の 都 

へ 著いて、 諸 大名 所々 の 城々 緩き なく 相 守るべき 3H 上意の m 巾 渡す • 

8S 秀吉御 渡海な きに 依 b て、 三 舉行を 渡さる、 と 云々。 

其 後 小; €攝 、律 守 行 長. 加 藤 主計 頭 淸 }ii 先 乎と して、 同^に 郤を 出で、 開城 を 過ぎ、 

南北 兩 道に 別れ、 行 長 は • 平 安道へ 推 行き、 遼 東の 境 近き; 牛 壊の はてん の 城に 

る。 是ょ. 四 H 路 都の 方、 ゑなん の^に、 大 友義: i 在陣 せらる。 小: „ ^はてん の 城と. 

大友 ゑなん の 城との Si に、 傅の 城 あ,^。 nli- に は 小 西 一 手の ^af 士を入 ii^ き * 加脾 iS: 止 

平壤 合戦の 事 S 



藝 侯三 家 誌 卷七 霞 

がニ王子を生捕,9た,.^と云ふ事を聞き、 吾 も 朝鮮 王 を 生 捕る か、 大明勢 を 待ち受け 

て 一 戰 して 勝利 を 得る か、 如何 樣 にも 淸 正に は 劣る まじと 思 ひ 定めて 居た. y。 是 

よ.^ 都 迄の 間 ゑなん の 次へ ぐさん の 城に は、 久留米 侍從秀 包、 其 次う ほんの 城に は 

富 田 侍從廣 家よ.^、 香 川雅樂 助. 森 脇 加 賀守を 籠 置かる。 其 次 河 安の 城に は黑田 甲 

斐 守よ, 5、 家老 栗 山 四 郎右衞 門に 士卒 を 加へ て 入れ 置き、 其 次 開城に は 筑前侍 從* 

小 早 川 隆景. 富 田 侍從. 吉川廣 家 • 柳 川 侍 從* 立 花 左 近 將監宗 茂 、はおう に は黑田 甲斐 

守 長 政在陣 す。 宇喜多秀家 竝に三 奉行 石 田 治 部 少輔. 大谷刑 部 少輔. 增田 右衛門 尉 

は、 都に 留,^ 居られた る處 に、 小西攝 寸飛 檄を以 つて 吿げ ける は、 朝鮮 悉く 切 取 

る 上 は、 大 明へ 討 入るべし。 後 詰の 勢 を 給 はらば、 某 先陣す べしと 言 ひ 送る。 諸將 

評議して、 未だ 朝鮮の 內全羅 道. 慶尙 道、 其 外 所々 の 小 城 共に は、 朝鮮 勢 籠り 居て, 

時節 を 窺 ふなれば ,先 づ方々 の手當 こそ 大事な り、 其 上 日本よ b の 淀に も、 要害 を 

能く 構へ、 人數を 籠め 置いて、 油斷 なく 守るべし との 事な, 5。 然れば 先づ大 明發向 

の 事 は 遠慮 有る 可き 3 曰 返事 せらる。, 小 西 不安に 思 ひ、 頓て 朝鮮 王に 書翰 を 送る。 ; 



其 趣 は. =本元來大明に怨有,.^、 故に 彼の 國を攻 むべき ため^ 勢 を 渡し、 迸 を贵 

國に借る處に、签山浦を初めとして、數ぉの勢を出し、防戰に及ぶに依"て、.^.む^|' 

を 得 や 矛盾 をな せ. 9、 先年 三使來 和の 返簡 にも、 大明を 討つ 可き 問案內 あるべし と 

こそ 有.^ つるに 、合戦に 及ぶ 事、 in 本の 木 意に あらや。 今:! 1 本 一 統に. 治まり * 财< ぼみ 

R 豊な り、 何故に 國を奪 ひ 戦 を 貪らん や。 ::: 本に 一味し 給 ふに 於て は. 朝鮮 を?^ つ 

事 あん-ベ からす、 然るに 大 顷鴨綠 江^に 陣を 張.^、 我 を 抠ぎ給 はんとの あ h^、 

さるに 於て は、 近日 兵 を 出し 討 取る ベ しとぶ a ひ 遣し けれに、 朝鮮 王 驚き, 火 明へ 援 

兵 を? ふ。 大明 にも 近年 方々 に寇 I:- 起り て 兵 を^し、 京師 無勢な.^。 其 上 = 木 勢 

を 思 ひ 侮りて、 祖 承訓. 史儒遊 齷と云 ふ^を 大將 として, 遼ま邊 りの 兵 三千 餘人朝 

鮮を救 はんとして、 鸭 綠江を 渡る 處に, 行 長 敵の 強弱 を 試ん とて "化に 入 b 足輕を 出 

し、 炮を 打た せ 挑みければ、 敵 周章て 拒ぐ ベ き義勢 もな し、 行^、 大叨 の-お 思の 外 

拙な しと m.) ひ 知って、 翌朝 東せ- A に 兵 を 進 むれば、 敵の: iir4i 途に 疲れけ るか、 又 .= 本 

の 兵器に 恐れて か、 進み 兼ね;^ る 故、 皆步 立に なって^ 戦す。 行^ 5^ 士に 下知して 

平壤 合戦の 事 § 



5* 
惟 
敬 



褻侯三家^!| 卷七 一一お 八 

稠 しく 相 戰ひ、 終に 大將史 儒 を 生 捕れば, 祖承訓 も 叶 はや 落ち行き、 三千 餘 人の 兵 

多分に討たれて、逃れ歸るもの饞に四五十人計,.^なb• . 

ニニ 大明 和議 井 李 如 松 合戦の 事 

大明. 帝是を 聞きて、 重ねて 李 如 松 を大將 とし" 宋應昌 を副將 とし、 大 軍を以 つて tn 

本 勢 を 討たん と擬 せらる。 朝鮮に は 石 司 馬と て 事 を 司る 官人、 朝鮮 平 治の 謀 を 廻 

らして、 日本の 事 を 知.. > たる 者 を 尋ねけ るに、 沈 惟敬と て 口才 勝れた る 者 あり。 後 

大 明より の 使と して u 本 へ 來..^遊擊と言ひし者なb。 此者和 國の事 を 粗" 知. た 

る 奴 僕の ある を 近付けて、 日本の. 事 荒々 尋ね 聞きて, B 本の 事よ く 知- 9 た b と 人 

毎に 語れり。 石 司 馬 聞いて 沈 惟敬 を 近付けて 事 を 謀る に、 先づ H 本に 僞 つて 和平 

を 請 ひ、 和議 を 調 ふる 間に 兵 を 集め、 河 氷の 厚くなる を 待って 軍 を 起し、 氷 上 を 渡 

つて 日本 勢 を 討ち .C ぼす 可し。 和議の 事 は 某に 任せら るべ しと 言へば、 石 司 馬 則ち 

彼に 金銀 を與 へ 、 €. す 如,., -に 許したり。 沈 惟敬 頓て行 長が 陣 へ 書簡 を 贈って、 和!^ 



の 事 を 告げければ、 行 14- は 大^ 勢 はさ. I の 軍兵, なめ 來 ると 聞き * 小勢に て 防戦 せん $ 

叶 ふま じきと 思 ひ頌 ひたる 折節 なれば * $f びて 返简 を, へ、 其 後對の i>i, 蘇-.^ 老を 

惟敬に 對談 させ * 互の 心 を 通じければ、 惟敬 はや 和議 1 ふ 可き 祝?^ とて, ^々の 物 

.^fuo. 其 後, 仃長 欲する 所 を 七 筒條^ きて、 惟敬に: a- せ にれば • 一 々應^^§し 

て 打 解けた る 顔色 を Eg す。 惟敬 = 本に 向うて は、 好む 如くに 約 をな し * 乂大明 帝へ 

は 言を變 じて、 :::本ょ..^和を乞ふ樣に誘ひける故•大明帝も是を信じて和議を許容 

せられた..^。 小 西む 長 使を以 つ て、 宇喜多秀家: に 三 奉行.^ 大將等 へ 、 大 明と 和 淡 

し、 人!^ の 官人差 出す si、 の 用意お るべき 言 ひ 送る に 依りて * 刖ち 其の 川^ を 

なし, 名護屋 へ ゆ 此の 趣 注進し ければ、 秀 吉成悅 して、 彌 t 和 キ調ふ 可き It 下知 せら 

る。 斯くて 朝鮮の 都に 在陣 する::: 木 Ig- は. 大 明の 使來 ると 間き、 {伯 々を 掃除して 合 

戰の 沙汰に も 及ばざる 處に、 沈 惟敬 大 明に つて * 石 司; lil- に 右の 趣 を: Jja げ ければ、 

和議 は赏 ねても 調 ふ べし。 先づ Sef 兵 を 出すべし とて、 數十 n の 勢 を: t ゐて、 十二:::; 

の 末に 江の 氷 上 を 渡る に、 河水 はく 氷りて 地の 如し" 明 くれば = 木の 文 祿ニ年 

大 和?! S 井ぶ 十 如 松 介 戦の S 



藝 侯三 家? § 卷七, . 二 さ 

正 日 四 R、16- 壊の 境に 著陣 す。 小两 驚き、 先 づ足輕 を 出して 挑む と雖 も, 敵 取り込 

めて 數 人生 捕に しける 問、 行 長 も 大勢に 怖れて 戰 ふべき 術な く、 城に 籠りて 敵の 寄 

する を 待つ 處に、 同 六日 早天に、 大明勢 はてん の 城に 押 寄せ、 三方ょb乘,.^崩さん 

とす。 城 も 兼ねてよ,. y 摒. 柵 丈夫に 構へ 、弓. 鐵炮 にて 稠 しく 防ぎければ、 敵 少しく 引 

色になる。 诚 兵力 を 得 * 大手の 門よ.^ 突き出 づる。 然れ ども 寄 手荒 手 を 入 替々々 

三方よ. 9 攻 寄せ、 1 一の 棚迄乘 入れば, 行 長 叶 はや 本丸 へ 引返く。 敵 末 丸 へ 押入らん 

とする を, 鐵炮稱 しく 打懸 くれば、 攻 入る 事 も 叶 はす、 日 慕に 及べば、 寄 手 も 本陣へ 

引退く。 杌 夜に 入, 9 て 城外 を 見れば, 敵..^ 方 手 負. 死人 數 知れす、 小 西が 弟 彥右衞 

門 を 始め、 味方 三千に 及び 财 死し、 殘兵六 千 計り なれば、 斯くて は 籠城 叶 ふま じ、 大 

友が 陣 ゑなん 迄 引返き、 人 i=T を 休めて 都へ 歸. 9、 ^31|ねて大勢を催すべしとて、 一方 

を 打破.^ て 返き た, 9。 ゑなん と はてん の 間の 小 城に、 小 西 一 手の 勢 籠.^ 居た るが、 は 

てんの 城 を 多勢 取圍 みたる を て、 二三 百 人の 者 共、 大 友が ゑなん の 城へ 逃 行き、 小 

西 は 大明勢 百 萬 計りに て 打ち 園み 候が、 早 討 たれた る やらん * 次第に 敵攻 寄せ 候と 



言 1 二し、 逃れ^..^ た 6。 大友此 由 を 間く と 等しく 取る 物 も 取 あ へ や. ^§を^けて久 

^米 侍從秀 包の 陣處 へく さん 迄 引來. 5、 小西^^死の由LT攸ir 〈に 引き |?.| く ベ しと 

言へば 秀包 は、 行!^^^^死の赏否をも礼さす、 雜統の11逃れられたる^1!!-=:;^^^^なき^?- 

第な りと て, 義 統を秀 包の 城に 留め置き、 次々 の 城^に 都 在陣の 人々 へ此由 注^せ 

〔待 力〕 

られ、 則ち 大 友が 明 きたる ゑなん 城へ、 小 W 條受 のおめ、 秀; 3 よ b 人 數を差 出さ 

る。 秀 包の 陣 へく さんの 次う ほんの 城に は、 .Hs 川賤 家より 家人! k ば川雅 助. 森 脇 加 

贺 守に SBf 士を附 けて^; ぬかる、 411- に、 小 西. 火 友が 様子 を? i き、 雑兵 共 殊の外^ ぎ 

出で. 旣に 逃げ 落つべき 校樣に 見えければ、 1^ 川 雅梁助 彼等に. M つて、 城々 在^の 

事 は斯る 時の 爲 めな, 5。 然れば 雑人 逃げ 落つ るに 於て は、 吾等 も 力なし, 明 退く ベ 

し。 敵 を 押 へ ん爲め に 我等 式在陣 して、. 問 逃げした らん は、 主人 迄の 名 を 折.^ て、 1 1 

ま 

皮 人に 面 を,: 1: く ベく にも あら ざれば、 自^!:!に及ばん. 又 逃げ 落つ る^!^:::惜しとて、 

無勢 にて 城に 留まらば、 敵に 取 籠め られて 死す ベ し。 と て もせ々 生く ベ き 命なら 

ねば、 敵の 爲に 刺殺 されん より、 今 當陣を 跡に 兌て * 逃サ: ^つる 者と 刺 f) 比 ふべ しと 言 

大明和 并李 如. 松 < ぬのが 二 SI 



赛 侯三 家^ 卷七 S , 

ひければ、 下々 の 者 共 谷,. 覺悟 是非に 及ば や 候 • 此の上 は 必死の 覺悟を 究め • 踏み 1 

留る ベ し。 兩 人心 强く 籠城 せらる ベ き 旨. e. すに 依.^ て、 香 川-森 脇、 小 西が 實, » の 到; 

來を待 居た,^。 斯る處 に、 秀包 城を蹬 詰めて、 ゑなん へ 人數を 差遣 さる 由 を閡き * 一 

香 川. 森 脇 へく さんへ 駆 付け、 秀 包の 人數に 相伴 ひ、 ゑなん へ 赴きければ、 黑田長 政; 

の 家老 栗 山四郞 右衛門が 籠居る、 河 安の 城よりも 長 政の 家人 後藤 又 兵 衞人數 を述: 

れて相 加 は. 9、 共に ゑなん 表へ 馳 行きけ る處 へ、 小 西; 一;: 長返來 なり。 右の 者共是 に. 一 

て 暫く 疲れ を 休めら るべ しとい へば. 小 西 ゑなん に 一 日 留ま て、 翌 曰 引返けば、 一 

秀 包. 廣家 • 長 政の 人 數かは るぐ 殿して 河 安 迄 引返く。 小 西へ くさん の 城へ 立 寄 一 

り、 大明勢 百 萬 計.^ な.^、 頓て是 へ寄來 らん。 取 籠 めら れては 叶 ふま じと て、 秀包. 義ー 

統を伴 ひ 河 安へ 著き ければ ,苦 川 廣家此 由 を 聞き、 開城よ, 9 打 出で • 黑田長 政 はは, 

ぢぅょ.^谷ノ河安へ到って敗軍の衆に對談ぁり。 其 後 行 長. 秀包. 義統 は、 打 連れて 一 

都へ 上らる。 黑田. 吉川は 河 安に 一夜 在陣 せられて、 是 より 奥に n 本 勢 は 有る まじ 一 

き 間、 開城 迄 打 入る べしと て、 廣家 殿して 引取ら る X 處に、 道中に 敗軍 衆の 雑人、 或 一 



は 煩ら ひ 或は 疲れて、 倒伏し., ィ居 ける を、 ^5|に乘せ^城迄:5^3り、 夫々 の 主人 を-? 

ねて-^.£>ゃられた.0^* 黑田長 政 は、::: より はぢ うへ 婦られ た h- 小:: 十 川 お. 城 

に ゆて 大明勢 を 引受け、 一 戰を15^^ぐべ しと巾されければ、.?-:-川.立花も* 此. 淡 然るべ 

しと 同 せらる。 然るに 三 奉行 之 を 聞いて、 tj^lt 同前に 早く 都へ 引 入らるべし と. 使 

を以 つて 申 越す。 ^3;;$* 谷! 秀士 2 の 命 を 受けて よ..^、 生きて 二度^るべし と^は や、 

大 勢 火 軍な,.^ とて、 道々 の 城に て 一 戰*^这げざらんは、 々"ひ&斐なき^^-な..^。 我 

老後の思出に^^死すべし。 .^-;! 川. 立花兩 三人^ 死す とも, =: 木の 瑕 に はなる i じ 

き 間、 御免 あるべし と 返 Is?- せらる。 宽 ねて 大谷刑 部少輔 in: 身 迎に來 て 、核々 巾し け 

れば、 降景. 然 らば 吾等 は 仰に 隨 ふべ けれども、 川 廣家若 役に 殘.^ らんと. S. し 

候へば、 見捨て 難き なりと 一一 一一 C はる、 によ.^. , 刑部少 輔乂说 家に 逢うて、 此處 にて 敵 

を 待 受けら れんとの 依 尤もながら * 谷- 1 同に 都へ 引退 かれ、 梵 しき. E 强 いて 巾す 

にょ.^て、.一.:::川.小早川.立花, 大谷 :! 道して 都へ 打 入られぬ。 miw-:^ 攻 もはぢ うに 

て 敵 を 待 受け、 戰ふ べしと 言 ひける を、 是も三 奉行より 右の 如く .5. 來 るに 依りて * 

大明和饑:s^:ゃ如松合戦の事 二 g 



« 侯三 家 誌 卷セ 一一 S 

都へ 引返き たり。 

〔頭書〕 秀吉 責,, 大 友義 統 -曰、 先陣 之 諸 城 若 有-急難; 則爲, 救つ!^ 故、 築;, h 城 於,, 處々 - 

耳。 而 當,, 行 長 平壤之 急難; 而義 統不, 能, 救, 之、 w\ 罪 也。 况, 其 間 明 兵 之 多 而遽逃 

乎、 前代 未開 之 怯 弱 也。 尤可 h 之甚者 也。 ,抑. t ま 口 數十年 來以- 武道- 爲_ -桌 業: 我 兵 

未, 有,, 敗衂之 恥; 而今 我與, >大 明-構 k 〈之 時、 義統 始爲レ 之、 匪- -獨 一 身 之恥ハ 是秀吉 之 

過而 H 木 之瑕瑾 也。 我欲, 刎,, 義統 首, 溢 _,于 胸懐; 然大友 家 者 • 賴 朝以來 世々 相承、 吾 

不, 忍,, 一 朝殲, ^ 之、 故强^l^,,其死-耳。 往年 義統與 = 島 律-相 持 之 時、 乞 = 援兵 于我; 我 元 

無,, 可 之 好; 雖 示, 有,, 相 知; 而我爲 ,,武 將-不 其 請-則 非-武門 之 素 S 故 速 欲, 出, 

援 勢; 時 義統不 fe!,, 我 兵, 忽 及,, 挑戦; 爲,, 島 雜氏, 被,, 大破, 而不 本 城; 逃 ¥ 妙 見. 

龍王; 淺智 云、 大怯 云、 武家 之 所 k 妓座也 * 前歲 諸侯. 大夫" 升 殿 之 時、 義統請 望-我 

姓-切 矣", 余 請, -大 友-者 其 家 舊矣- 故不, 欲 y 授 K 之、 然 依-其 志 之 懇切- 而卽授 ^ 之。 其 

加 階 亦 五三 人 之外尤 高矣" 我 今 罪,, 義統; 故 使,, 安爇 宰相 輝元衞 7 之、 義統 子亦雖 y 欲 

, 授,, 輝 元, 而 近-, 侍 於お 久矣》 且 其性頗 俊、 故瘠乏 。 雖 使.. 彼 爲-, 武士-則 義統之 恥 



可 其 面: 依; & 余將 伺:, 良^-使 K 陪- 侍于禁 庭: 然則 加-.^ 淸 ..i- 助,, 其資 m,h:r 莪統朝 

暮資給 之 事 者、 可 __重 命乏 云々。 

〔頭書〕 就, 大友入 迫 上 浴; 九州 分 目 相定候 U 遠ぉ候條、彼國.^<-共ぉ介雞^^,.1^、 , 

下人 數, 之 間、 右 .ijl. 頭 相談、 此方 城々 丈夫 可-申 付-候。 次 人 tl" 寧 入念 可お-皮 黑 sa 

兵衞 尉; 猶具 安國寺 可, 被, 申 候 也, 

四:!: 十日 ■ 秀告朱 

小 早 川 左 衞?: 佐 殿 

吉川^ 河 守 殿 

吉川治 部 少輔殿 

二三 n 本 勢 張番, y 陽 合 戰の事 

大叨 勢、 旣に 開城 表 迄 寄^る 由 se えお るに 依.^ て、 諸將 より 物見 張浪を 一 口 咎に差 

出さる。 文 祿ニ年 正月 廿 五日 は、 宇喜多 秀:^ の番 にて、 はしう. 江陽邊 迄 张番を 出さ 

れけるに、大i^勢江陽の坂本に伏兵を^^き、宇喜多勢江陽へ越ぇんとする^sを, 一 ^ 

n 水 来 a 附江 K 合 の 



努 侯三 家 誌 卷七 

に 起, 9 て 透 間な く 矢 を 放つ。 . ^方 暫く 戰 ふと 雖も. 敵 不意に 起る 間、 防ぎ 兼ねて 引 

返いた, 9。 翌廿 六日 は、 小 早川隆 景の番 にて、 家臣 井上 五郞 兵衞. 粟屋 四郞 兵衞. 桂 

. ^內少 輔 三千 餘人、 :!^ に隆景 一 手の 立 花 左 近將監 • 同 舍弟. 高 橋 主 膳 • 人 數も千 計. 9 

相 加 は b 出づ る。 吉川廣 家、 翌廿 七曰番 に當れ ば、 今日の 樣子 見計ら ふ ベ しとて、 

福 島 與右衞 門. 境與 三右衞 門に、 鐵炮百 挺 差 添へ て 遣され、 何れも 都よ. 本路ニ 

里 計 b 打 出 づる處 に、 大明 勢百餘 人馳來 た, 9。 立 花 勢 彼等 を 討って 軍神 を 祭ら 

ん とて、 切って 懸れ ば、 敵 忽ち 引返く。 立 花 勢 逃ぐ る を 追うて、 江 陽の 近所の 坂 迄 

1 里 計. y 追 立て、 小 坂 へ 登 b て 鄕中を 見れば、 江 陽の 鄕 中に 大 明の 南 兵 百 萬 計,^ 充 

滿 したり。 立 花 勢 見 あぐんで 控 居た, 9。 口川 勢 福 富 與右衞 門. 境與三 右衛門 馳來 

.9、 是 を; 25- て、 あの 大勢 寄來 るに、 斯樣の 處には 居ぬ ものな, *y とて、 一 町 計 引退き 

跡 を 見れば、 立 花 勢 も 一 同に 逃 返く。 福 富. 境、 坂の 麓に 小川 流れ- 柳 一 叢有,.^ける 

所 を楣に 取, 9 て. 鐵 炮を備 へ 待 懸けた る に、 立 花 勢 退き 來れ ば、 谷! も 此處に て 一 戰 

あれ かしと 言 ひけれ ども、 立 花 衆此所 をば 退き 過 ざぬ。 大 明の 先 勢 早 攻來れ ば 、福 一 



お.. お^ 炮三简 度 討た せけ るに • 敵 十 人 計.. > 馬上より 打 落す と 雄 も. m ともせす、 猛 

勢に て進來 たり、 収^いて 散々 に 財け る 問、 兩人 終に 力 及ばす 退く 處 に、. おき 二 右 

it 門が -ii^ 収、^ V-H? かる、 處 にて はおる まじき と 言 ひて、 の n を 取 返す。 與三右 

衞 1: 己 等 はが じ まじき とて 引!^, I く を、 -il. 取 兎角.^ S めて • 境 與三 右銜門 終に 此 所に 

て:^s死し、舍人ニ人も共に討た;-た..^。 福 富 は切拔 けて 引;^ j きた.^。 立 花 勢 も 立 

ま. て 防ぎけ るが、 池^ 龍右衞 門 など を 始め、 宗徒の 兵 三十六^ 討死し. 雑-お 數 

を 知らす! Sis たれて 引返けば、 高 橋 主 膳 一足 も 引か じと て 針って i』 る。 小 V 川坊井 

〔1〕 五郎 兵衞 や fei 四, 郎兵衞 も、 同じく 突縣? りて 敵 3 先陣 を 突崩し、 小!^. を し 

た. o。 此時^ 勢 江 陽の 鄕の丸 出に 先手 を 悩へ Oi? たるに、 ?^へ;13£四郞兵衞千!!^5..^にて 

1 番に^ 入 h^, 追 ひつ 追 はれつ 戰 ひた.^ • 然るに 敵 兵彌坩 に, なめ 近付けば * 粟 終 

に 引 色になる。 井上五郎兵衞扶合せんと言ひけるを•:^^伊ーwi守、敵勝に乗.^たる 

鋒 先に は 叶 ふま じ、 粟 SSi 引返 かば、 大 明;^ - 備を亂 して 駔 くべ し. ^時 待 受けて 圆 

ひなば、 利 あるべし と 言へば、 井上 さな.^ とて 待つ 4!S に、 案の 如く 粟 21i 引 一けば、 

a 張 番附江 陽 合戦の 事 S 



養 侯三 家 誌 卷七 1H;,J 

敵 頻.. に 追 駆く る。 井上 時分 能き ぞと 下知 をな し、 鐵炮を 討た せて 突いて 懸る。 

乃 美 主 殿. 村 上 八 郞左衞 門. 佐 世 伊豆守、 勇み 進んで 防戦 すれば、 粟屋 も頓て 取って 

返す。 益田修 常 年 十五 歲 にて 檢 提げ、 眞 先に 進み 名譽の 働きな, 9。 高 橋 主 膳 

も小早川勢と相共に切って懸..^けるが、敵.味方戰ひ疲れて相引にした,^。立花左近 

將監此 樣子を 聞 付け、 其儘駔 付けられた hN。 其 後 右の 趣 都へ 到來 あるに 依, て • 諸 

將追 々駆 付けら る。 吉川廣 家 五 千餘騎 にて.」 番に馳 著き 見られければ、 立 花 左 近、 

家の 子 小 野 和 泉 を 先手と して、 小丸山に陣取,.^て居られけるに*廣家如何せられた 

るぞ と、 詞を 懸けら るれば、 家中の 者數人 討死して、 是非な き 仕 合な, と * 武勇 强き 

立花も、茫然として見ぇた,.„^。 其 後 黑田長 政馳著 かれければ、 廣家後 詰 勢? i き 候 や 

と 尋ねら るれば、 長 政、 頓て 何れも 著き た る ベ し。 廣家は 何と 見られ 候 やと 言 へ ば、 

後勢續 かば 唯今 取懸, 9 て 然るべ しと 言 はる。 宇喜多 安心 も 頓て此 所へ 求り、 彼是 一 

所に 居て-後 詰續 かば 則ち 討って 懸る べしと 控へ 居た る處 に、 宇喜多秀家、 竝に三 

奉行. 小 早 川隆景 . 加 藤 遠 江 守. 小西攝 守. 前野但 守 * 其 外, 諸將馳 著き て 評定 あ. 



廣 
家 
暫 

戦 



しに、 三 奉行、 先づ今 一 度此 所に 陣を, お ゑて.. 敵の 働に i^.^ て 戦 ふべ しと 1l!l2 はる • " 

+: 口川 廣家ー 夜 陣を懸 くる。 に 於て は、 下々 の 者 夜 巾に 都へ 逃歸 る? し。 然 らば 味方 一 

勢 透いて 防戰利 ある まじ" 雜兵 ども 機 後れぬ 先に、 今一 = 戦 然るべ しとつ:: はる, 三 ^4; 

行 は. 鬼 角 一 夜陣 して 後、 一 戰すべしと言はれけるに、Eiiffi-4^収も廣家のt^sにIWじて•i 

早々 一 戰 然る ベ しと 一 一一:; はれ. 衆謁 K 々なる 處に、 宇? 3i: 多 安心、 人に 鬼 も あれ. 秀家 11 

SiT に乘ら るべ し * 宇 喜 多勢 は 切って 憑かれと 下知して 打 出 づ る • 小:!: 川 成 家^ ねて 先 

登に 心 を 掛けて、 手の者 を 道に 倫へ 置かれし 故、 宇 In:?: 多勢より 先に 馳 2 ふ。 卞? 多! 

も 吉川を 越えん とて、^ とも 田と も 言 はす. ^逍 より^け 行き • 總勢 八お 餘 次^に 一 

駅 出づる * 立 花 は 今朝お 干の 家人 を 討た せて、 無念に や 思 はれ けん, 一際 進んで 兌 _ 

えた. *^。.1.::1 川廣 家具 先に 駅 付け、 小 坂へ 乘 上ら るれば、 せ1 梳. 井上. 粟屋 rrl- 此 所に 陣収; 

b^h^c 廣 }^ 直に 打 下し、 總勢も 幅て 切って 懸り、 吉川藏 人 敵勢の a^; 屮へ 一文, ij^ に i 

疏入. 9、 大 明の 先陣と 揉 合 ひ、 观 しく 扣戦 ひ、 廣家 自身 敵 一 人^^1-上ょり突落し、^をー 

取らる。 大將 自身の 分捕 外にな し。 家人ォげ川又左衞門.今田玄^^允.松岡安右銜門.ー一; 

^本3^-張ゃE附江™B合^の^^' 一 



狀穷 

士 

の 
想 



IHi 卷七 § 

宫兵 介. 前 原備前 守. 境 次 郞左衞 門. 長 谷川 源 介 等, 分捕.. > して 得る 處の首 二百 餘な 

bo 綿 貫 藤 次郞、 其 外足輕 多く 討死す。 其 後 宇喜多 勢 も押續 きて、 首 六 七 討 取り, 小 

早 川 勢 梨 和 壹岐守 を 始め、 數十人 分捕,..^ す。 黑田長 政の 手へ も 八 九 人 討死したり。 

歜百 萬に 及ぶ と雖 も、 先手 突立 てられければ、 一とた まりもせ や 引退く。 敵 早く 引 

きたる 故、 諸 HI 共、 に 多く 分捕な く、 日 漸く 慕る X に 依りて、 一 諸 勢 都へ 打 入.^ た,^ • 

其後此 軍の 趣 日本 へ 注進 有 b ければ、 秀吉聞 給 ひ、 小 早 川. 立 花. 高 橋 等 不意の 働、 比 

類な し。 黑 田. 吉 川. 宇喜多 は 一 夜宿陣 すべ きとの 評定 を 破. 9 て、 卽 時に 大敵 を 追 崩 

す條 神妙な.^。 殊に 吉川 先手に 進みて 粉 骨の 段、 勇 功 少なから やと 御感 あり、 感狀 

を 給 はる。 

今度 於,, 先手, 粉 骨 之 趣 被,, 聞 食 屈, 候。 其 許 仕置 等 之 儀、 以,, 御 一 書, 被,, 仰 出, 候條、 

彌! 可, 入 Js^ 肝耍 候" 猶墦田 右衞門 尉. 石 田 治 部少輔 .大 谷 刑 部 少輔可 fe. 候 也 • 

五月 一 日 秀吉 ® 朱 3 

羽 柴吉川 侍從殿 



河 T 對?" i: 

の 敵^ 打 

む 



二 四 河 下城 攻の事 

秀セ " 公 5: 鮮 渡海 あるべ きと, 仰 出された るに 依. ^て. 天下ょ..^今?^§文^^ニ年五パ、 

國々 へ 下知 を 傅 へ て、 ^事 を 觸れ? ^せらる。 秀^の 御朱印, 名 ^SJ-S 陣所 へ 來 

る。 に 都 川の 逸三 M 計り 河 下に, = 本 勢の 兵糧 入れ S きたる 藏 あ.^" 河 向の 山に 

朝鮮人お を 構へ、 二三お 籠 b 居て、 一一ず; 三^に 棚 を 紡 ひ、 石垣 をお く 築き. 逆茂木 を 

引いて, 陣 への 通路 を 塞ぐ によ b て、 是れを攻^すべしと諸將<^^|ぁりて, 先::: 江 

g^<^^戰に先駆して高名ぁ,.^し面々は、 後陣に 備へ、 乎に 合 はざる 衆 先陣と {! えめて、 

一番, 加 藤 遠 江 守. 同 子息 左 近. 前 野 守。 二番、 小 两 攝. 律 守。 三番、 三 行。 四番、 

宇喜多秀家。 五^、 毛 利. 川. 小 n 十 川 一 y^f に 成 b 、久ぉ 米 侍從. 毛利內 七, 郎^ 銜 

元庶已 下、 都て 中 Is 三 一 5 餘ー 備にして、 文 祿ニ年 二月 十二 =、 敵 城へ 押 f ら 

る。 诚中 物音な きに 依. て、 先手の 物見 城の 棚 際 迄 近付けば、 此時诚 よ b 大石を 

,投 懸け、 半弓 繁く 射出し ければ, 寄 手, 手负. 死人 多く 出來 て、 物兑の^^ハサ:^へ引退 

河下城攻の^5?' S 



察 侯 一 一一 家 誌 卷七 . 一一 七 一一 

,く • 先手 加 藤 遠 江 守、 攻め あぐんで 少し 引返けば, 後よ..^ 引くな、 退くな と訇. 9 て、 

攻 近づけば、 遠 江 守勇氣 勝れた る大將 なれば、 取って返し居,.^しけと、 軍士 を 下知 

して、 的に 成って 射られた, 9。 寄 手 三番 備迄 城べ 付け 攻む ると 難 も、 唐人 弓の 逢 者 

にて 射 崩せば、 後陣より 下知して 突 懸,. ^* 三度 迄 押 懸か b けれども- 城へ 乘 入る 事 

能 はす。 四番. 五番 備は先 勢つ か へ て 進み 得す、 吉川廣 家是を 見て, 右の 手 へ 打 廻.^,. 

少し 低き 尾 崎に 三の 曲 輸の樣 に 構へ たる 所の 有る へ、 五 千餘騎 にて 取 懸け、 卽時乘 

込まれければ * 敵 二の 構へ 引退く。 吉川勢 松 岡 安 右 衞門. 祖式九 右 衞門. 二宮 兵 介 • 

森 脇 一 郎右衞 門押績 き、 一 度に 逆茂木 を 越え、 二の丸へ 押入 b、 分捕す。 此外 先手 

四 五 百 人 同時に 切入 b 攻めん としけ るに、: 此構取 分け 難所に て、 其 上 敵 雨の 降る 

如く 射出し * 稠 しく 防ぐ 故、 味方 手 負 多く、 廣家も 額に 矢疵を 被られ、 眼へ 血 入る と 

雖も, 少し, £ 疼 まれす、 各! 早く 乘 取るべし と、 頻りに 下知 せら るれば、 三 四百 人 石垣 

に 取 付き、 二の丸へ 押入る。 城兵 も 身命 を 捨て、 防戰 ふ。 然る 處に、 三 奉行より、 

4r 日 は 味方、 手 負. 死人 多く 之 ある 故、 明日 一 同に 乘 崩すべし と. 各.^. a. し談 じ, 大手 



^元 の 杏 

; 9 



の 寄 手 も 引取. V 候 間、 早々 引取ら るれば、 諸 勢 は 早 山 下お 一!^ きたり • 此 = 諸手 へ は 

一 人 も 分捕な く、 苦 川 勢 松 岡 安 右衞 !:• 祖式九 右 衞門. 二お 兵 介, 森 脇 市 郞右衞 !:• せ 

福紀伊 守, 右 五 人 分 描して, 廣 家の 手 計 b 首 五つ 215 取った hs* 吉川 勢、 綿 W 半 介. 

井上 卒三 討死す。 其 外 手 ft 三 六十 餘 人, 一?^ 手の 手 ft;. 死人 は數 知らす。 氷の HH 

吉川期 左衞門 尉一 組を備 へて, . ^方^、 „ ^ハーき ける 跡に 未. た 居た る 故、 傍 § ^屮 より 大 

將 引取らる、 上 は、 一 同に 引返 かるべし と 言 ひ迅 せば、 廢 家の 下知な き. は 引く ま 

じと 申す に 依 fe- て. 廣家ょ,.^引取る ベ き旨下知せられて、 後に 拗左衞 門 は 引取り 

た. 寄手《:引ぃて後、宇喜多秀家.吉川廣家.久52^^秀包三將ょり、 三^ 行へ 使 を 

立て、 今 = 當城を 今一 攻 攻められ 候へ かしと、 1K ひ 送られ けれども、 三苯行 堅く 差 

止められし が、 t^- (夜 城兵 悉く 落 失せたり。 1=! ほの 見舞と して、 重ねて it 元よ.^ 说家 

へ 消息 を 通せら る。 

元 御 著大 存候。 今度 屮之御 苦 勞中は 疎 W 候。 先^に 被, 遂,, 御 粉 t::, 被, 被, 御疵, 

之 由、 千 ieS 無 „ 心 元, 存候。 則 申 度 候 ひつれ 共, 通路無,,其^^,無沙汰.5.攸* 御いた み 

河 下城 攻の事 § 




鶴 侯三 家 誌 卷七 . 

無, 之 由 承 安堵 申 候。 萬 吉面上 之 時、 可-申 承-候 恐々 • 

五月, 五日 輝 元 

廣家 御陣所 

■ 〔內 力〕 

〔頭書〕 御 ffi^ 控 

吉川勢 手 負 討死 註文の 內に、 今 田 內手負 



三吉茂 右衞門 f 寺 本 三次 兵衞 f 炮 島 岡 長右衞 門? a 中原 孫 左衞門 f 



安原 作兵衞 f 

市藏 f 炮 

久四郞 ?炮 

同 討死 者 

山 孫 忠右衞 門 

林 助兵衞 

吉川勘 左衞門 



井藤 六 右衛門 f 

太 郞右衞 門 f 

作兵衞 1 炮 

吉岡角 右衛門 



原 宗右衞 razY 

與九郞 f 炮 



三吉 久右衞 門 

新 介 



朝 枝 藤 三 J 炮 

六 右衛門 f 炮 



岡 村宗介 

助 六 



§^ 實宗宅 事 也 . 

今 E 安 右內手 ft 坂 手少七 f 炮 

二 五 諸將 連判 誓^の 155- 

§0 _ ^將、 一 =十:::川廣家の陣所へ橥會して、相談ぁ.^しは、三舉行^^^^谷"へ:^向の1^<" 

は 之 あ.^ と雖 も、 is づの仕 i!s、 n 本へ の 注進 等に 私 多く、 其 上 武邊不 ^^^內 にして、 

他の^^兌を用ひす,其場に臨みては,各^^も舉行の評議に任せざる樣に之ぁり、:^;;?' 

奉,れの指11をぃなみ申す15^-も如何な.^。其故若き衆は舉打方の機嫌を::1ひて,奉;,一;: 

よ..^ の 仰な どと 言 ひて、 聊爾の 働な どと 存.^ て 越 Sil 多く 攸" 河 下の 城 も、 1^, に 任 

せられば、 t^lI^:-の批判の如く、落城疑ひぁるまじきな,.^。 跡 勢の 衆 車;;; 方へ. に 

て、 近:::. 登 州へ 向 はれ 候。 是も 多分 味方 越度 たるべし。 斯樣に 候て は、 今度 御^の 

各, 御爲 を;:^ せす、 私の爲めするに似た..^。 異國 大事の 御 弓箭 なれば * 谷-身上 を 

fe,^ す-心底の 長き 存じ 寄 を殘 すま じくとの にて、 奉行 方へ 訴へ, IJ^tlKC 紙 を 

は 連判 の 事 i 



n 
將 
食 
盟 



^^侯一ー^家^ 卷七 . 二お ハ 

調 へらる。 此 誓紙 吉川 家に あ.^。、 

各 々 

1 、 今度 言上 之 趣、 竝御 仕置 等 之 事、 相談 之 儀、 存 寄逋不 .殘- 心底-可 V 申 候" 向後 一 

分 之 身上 之 儀 を かば ひ、 公儀 之御爲 にならざる つよみ 又よ わみ を 审間敷 候 

とにもかくにも、 公儀 之 御爲可 V 然様に □ 心底 及 y<K 分別; 存分 之た け 可 候。 

1 、 面々 存分 申出す 上に おいて、 多分に 付 可 fe. 事。 

i、k 談〕 相究 言上 之 以後, 善に も惡 にも 衆議 次第^るべく 候。 私 之 存分 申立. 一 

分の 申 ひらき 仕 間 敷 候 事。 

右條 々八幡 大 菩薩. 愛 白山 偽 有 V 之 間 敷 候。 仍如 V 件。 

二月 廿 七日 備前 宰相 秀家 

筑前侍 從隆景 

豊後侍 從義統 

小 西 攝津守 行 長 



毛 利壹枝 守吉. .、、 

黑 田甲变 守畏. , : 

» 藤 遠 守 光桊 

大谷飛 部 少喊吉 « 

石 田 治 ^18 少铺三 ぼ 

增田右衞門は!:«^^ 

軀ぉ左 街 門 正則 

生 is 雅樂 頭 近 則 

5^ 須贺 w;^ 守 家!^ 

* 藤 主計 頭淸正 

« 島 加 突 守 K 茂 

吉川侍 從廣家 



^s?;侯一ニ家^l§ 卷 p 一て 八 

斯の 如く 判 形】 紙に 調へ て、 諸事 私な く 取 行 はる • 晋 州へ は、 三 奉:, 打 詮議して、 兼 

ねて 相 極めし 諸將向 はれた. 9。 毛 利 安藝 宰相 輝 元、 釜 山 浦に 在 城せられ しが、 同年 

四月 秀吉 より、 歸 朝して 休息す ベ き 旨 命せられ け るに 依りて、 養子 右 京大 夫 秀元を 

名代と して 渡海せ しめ、 签山 浦に 在陣 させ、 I 輝 元は 頓て歸 朝 せらる。 , 

二 六- 晋 州城攻 * 牧 司の 首 日本に 渡る 事 

牧司 判官が 籠りた る晋 州の 城 を、 前方 細 川 越 中守忠 興. 長 谷川 藤 五郎 • 木 村 常 陸 守. 

小 野 木 縫 殿 助. 牧村兵 部 少輔. 糟屋內 膳 正. 太 田飛驊 守. 靑山 修理 亮. 岡 本 下野 守、 攻め 

損じ 敗軍の 事、 日本の 弓矢の 不足なる 間、 早く 彼 城を攻 落すべき 3 曰 下知せられ、 文 

祿ニ年 六月、 淺野彈 正 少弼. 黑田勘 解 由 入道 如 水 を 差 渡され、 御朱印 を 下さる に 

依. -て、 宇喜多秀家. 毛利秀 元大將 として, 加 藤 主計 頭 淸正. 小 西 攝津守 行 長 先陣に 

進み、 黑田 甲斐 守 長 政. 小 早 川侍從 隆景. 吉川 侍從廣 家. 毛 利 壹岐守 吉成. 福 島 左衞門 

大夫 正則. 長 曾 我 部 元 親 • 柳川宗 茂. 蜂須賀 家政. 鍋 島 直 茂. 島 律義 弘. 伊達 政 宗* 淺野已 



森 本 SSE 

£t —ー 



下 * 總勢五 i« 餘 六月 廿四 =晋 州の 城下へ 押 寄せた..。 此城 一方 は 大河に て • 三 

方は險難にして人-^^^通ひ難し。 大將牧 司判宫 は、 加 藤が.^ 捕りた る © 皮 使と 兩人、 

朝鲜 に隱れ なき 武將 なれば, 容易く 攻 落さるべき ものに 非 や、 ^將^ して, 兔^ 

御朱印の 旨に 任せ、 人數损 せざる 樣に、 代 寄..^ 攻め にす ベ しとて、 J^MB 'と 云 ふ 化 寄り 

逍具を 作らせ. 上べ になめ し を 幾重 も 張れば * 矢. 錢炮も if 平らす. 其內に 二三 十充 

入って、 大手の 檢の 下に 付いて、 命 :4 夜 を 限ら や 態 入.^ け.^ 诚 巾よ 砂 を 煎.^ て 

ほき 、又は 明 松 を 投げ掛けて、 化 寄.^ 道具 を燒 きければ、 ^^手熱さに堪へ^ねて^? 

退いた..^。 翌= 又^ 用 怠して 石坦の 下に 押 寄せた.^ つ 黑田甲 寸此 手に 附 いて. 

懇手を 出して^ら せら るれば、 諸 勢 も 石 一際に 攻寄 b て、 1. 格 を 掘 崩すべき 巧 

して、 黑田長 政 下知して、 の 隅 石 を 鐵捧數 多に てこね 落させら るれば、 火手の 

栴崩れた,.^。 城 中是に 騒いで 導ら に 防戦す。 加膝淸 正の 家人 森 本 太夫. 饭 m<?: 

兵 衞 一 番に乘 入り、 後陣 も 後れ ャ押績 く • 黑田畏 政も此 口よ.^ 乗 入られけ るに、 飯 

田 角兵衞 分捕..^ して、 主に 見せん 爲め 城より 出で ける が、 長 政に^ ひて、 唯今 御 乗 

Si 州 城.^ 井牧 の 首 H 本に 渡る 事 二 ま 



^^ハ侯!1ー家誌 卷七 一一 さ 

.^候か、 某は早分捕仕た.9ぇ詞を憑けて通りた,^。 大手の 大 將秀, 永に は. 小 西. 淺 

野. 伊達 等 相 加 は b て 押入.^、 思 ひ-.^ に 分捕.^ す。 搦手より は、. 毛利秀 元. 小 

鍋 島. 柳 川 等 一 手に 成 b て、 城門 を 打破り て 敵 數多討 取りたり。 牧司 判官 は 城 を 落 

ちて 隱れ 居け る を、 宇喜多秀家の 家人 岡 本 權兵衞 3^ 似權 切ち 伏せて 首 を 取る。 河の 

方 は 岸 高く 嶮蛆な る 故、 寄 手近 付く。 されば 城兵 皆 此方 へ 逃 行き、 岸の 上よ.^ 飛ぶ 

も あ. C /岩間 傅 ひに 下る も あ, 9、 水に 溺れて 死す る も あり。 吉川廣 家 は 後 詰の 請 手 

として、 河 向に 居られけ るが, 家人 桂 六 郞右衞 門. 菅 甚兵衞 分捕. す。 其 外 頸 五 百計 

、吉川 勢へ 尉 取 b た, 9。 又 敬 河 を游ぎ 渡, 9 て 逃げん とする を、 吉川勢 討 取らん と 

て、 香 川 又左衞 I: 1 番に馬 を 乗入れ、 河 を 渡れば、 同勢 祖式 九右衞 門. 桂次郎 兵衞. 前 

原備前 • 山縣 淸右衞 門. 森 脇 太 郎兵衞 • 飯 田四郞 兵衞. 小 野太 郞兵衞 一, f^IJi 一:^ 。書. 佐 伯 

彌 三. 安達 淸右衞 門等續 いて 渡. 9 て、 何れも 分捕りしたり。 其 外^ 方 三百 餘 人相 績 

ぃて*頸百五十三吉川勢へ討取りた^^。 此時 森脇彌 三. 熊 谷 卒內. 秋 01 主 水 水に 溺れ 

て 死す。 藝 州!? 周 布 孫 右 衞門敵 一 人 切 付けた るが、 河へ 逃 入. M.」 、河 中 にて 死した i 



が. SG.J' 日 

本」 波す 



〔頭書〕 其 外 桂 六 郎右衞 門. パ t 脇志麼 •:!? 四 郎兵衞 • 市 川 五郎 右衞門 • 山形 新 右銜門 • 

〔同〕 熊谷16.內^^!.、若林宗甫培にして、 炭 正 公 母 公大 方 先夫な.^ • 父 は 平野 又 右 

衞門、 尼 子 家の 平野と は 別人な り。 

〔同〕 ^_|脇彌三云々、同名相模の子、後の和羧父なり* 始め 彌 三と 云 ひ、 此時は 助 

兵 衞と云 ふ • 本文に は 初 名を以 つて、 之を截 す。 1:^ 本文に、 水 牲脇太 郎兵衞 と 之 を 

載す。 是 則ち 後の 和 か。 和, M は 三 郞右衞 門 父に して、 後の 太郎 兵衞視 父な. 

秀 家の 內宇喜 多 河內守 も、 河の 方に 備 て、 落來る 敵の iia 三 巧 餘?^ 取 b た. >。 大手 

秀 .:;^ の 手へ 首 六 千餘、 搦手 秀 家の 手へ 入 千餘、 又 河の 手に て 宇喜多 河內 守が 手 へ 三 

巧餘、 吉川廣 家の 手へ 六 百 餘討収 .9 て、^ 合 頸 数 一 一:, 3: 五千餘 な.^。 其外岸ょ.-^^§ち 

て 水に 溺れた る 者、 數 知ら や。 斯て牧司判官が首、其外大將と^しき^1<?の":》共名^ 

屋へ 渡し • 秀 吉實檢 して 幅て 上方へ 上せて、 京. 大;^ を 渡された b。 今度^ 州の 城 

l_B州城.^^林牧.5^の:MH本に*iるv^- I 一八 1 



養 侯三 家篛 卷七 1KI 一 , 

1 番乘は 加 藤が 家人 飯 田. 森本兩 人な り。 大將 自身の 一 番乘 は、 黑田 甲斐 守 長 政な 

り。 八月 廿三 :!:、 秀 公よ. 9 今度 戰 功の 諸 將へ、 感狀を 給 はる" 吉川廣 家へ 給 は. > 

たる 御朱印に 云く、 

七月 十九 日 之書狀 今日 到來、 委細 被, 加,, 披見, 候。 仍 高麗 晋州之 城 落 去 之 事、 皆 

其 地在陣 面々 無,, 油斷, 抽,, 粉 骨, 故 候 • 彼是 具 注進 之 趣、 被,, 悅思 召, 候。 尙白 江備後 

守 可, 申 候 也。 

八月 廿 三日 秀 ii^ 御朱印 

. 羽柴藏 人頭 殿 . 

二 七 諸勢歸 朝の 事 

大明. 朝鮮、 日本と 和議 調 ひて、 朝鮮の 二王 子 日本よ. 9 歸 父 王 も 都へ 歸られ し 後 

は、 大明勢 も 次第に 歸陣 す。 朝鮮人 は亂を さけて、 皆幽 僻に 引 籠れり" 曰 本 勢 今 は 

何の 手當り もな く、 其 上 士卒 疲勞 して、 煩 ひ 死す る 者 多ければ, 多勢 在陣 無用な り 



se 軍お s 



在 ほの 



にリ たる 



とて、處々の在番の外は^^=:|朝させしめらる- 朝鮮に f ^ろ!?^ 將に は、 i_ お 山?^ の 域に 

毛 利 右京 大央秀 元、 束萊の 城に i^c 川藏人 fs^ 家、 熊 川の 兩 城に は 小:: 小川 左^ 1: 佐 

隆": :ッ 久^ 米 侍從秀 お、 かと かいの 城に は 柳 川 左 近將^ お サル、 竹 の 城に 鍋^ 加贺 

守 K 茂、 機 張の 城に 黑田 甲斐 守 長 政、 iwft の 三 城に は、 畏付我 部 +: 佐 守 元 親.; ic5 左 

衞門大 夫 正則-蜂 m 贺 阿波 守 家政、 西 生 浦 〔1 パ〕 の兩 城に は、 加 藤キ; 計. g 淸正 

宫內少 輔* やぐ 山に 小 两攝. ポ守 行-お、 せいく はに 毛 利 f お岐守 成、 顺 天に. :2 、化お it 

頭 篛弘、 かとく に は 御船 大將車 巧 其 外 小 城の 在 番少々 之 あ. -。 ^くて在诚の?^^將 

攻 むべ き 敵 もな く、 寂英 として: :! を 送らる • 秀次 上使 を 渡して、 在 游の? Si 將の 

お 勞を訪 はる。 i^:! 川廣家 へ 下された る御來 印に 云く、 

爲,, 見廻, ま, 逍 使者, 候。 其 表彌 t 靜謐 に 候 哉、 年 花 番苦身 之 尤. 00 

追 可 仰 越, 候 也" 

八月 廿七 n: 秀次 御朱印 

戸田 侍從殿 

IS 勢歸 朝の iE$- 二 <1_1 



秀吉 より 

の 御朱印 



戌 狩,^ 催 

す 



整 侯三 家 誌 卷七 二八 3 

同秀吉 よりの 御朱印に 云く、 

其方 手前 居城 普請 等 之 儀、 度 々如, 被,, 仰 遣, 候。 彌" 入念 丈夫に 可,, 申 付, 候 • 大明無 

事 之 儀、 總別正 儀に 不 k= 思 召, 候。 付而城 々被,, 仰 付, 各,. 在番 候。 九州 同前 4=,, 覺悟, 

有 付 可 % ^候。 東國. 北 國之者 在洛; 普請 等 仕 權校候 へ ば、 其 地 者 心 易 儀 

候。 篥; 而諸勢 渡海 之 儀 被,, 仰 付; 東 國を始 可, 被, 加,, 御成 敗, 候。 猶其上 大明御 詫 言 

中 上 候 は い、 隨, 其 可, 被,, 仰 出, 候條、 彌,^ 不, 可 油斷, 候。 猶增田 右衞門 尉. 石 田 治 

部少輔 可&. 候 也。 

九月 廿 三日 秀吉御 判 

羽 柴吉川 侍從殿 

猶以態 御 使者 可, 被 k 候。 岡 田 相 越 候條、 具 被,, 仰 合, 候 間、 能々 可,, 承塌, 也 • 

朝鮮 無 異に 成. 5 て、 近年の 闘爭に 死人 骸骨 山野に 多き 故、 是を喰 はん 爲め 猛虎 多く 

山 下へ 出で、 1^ に 入. は 人家へ 入りて、^ たる 人 を哈ひ * 人民 を- 谒ま しける 故、 在 

番の諸 將* 慰みが てら 虎 狩 をして、 此害を 除くべし とて 打 出 でられけ るが、 吉川廣 



(y J 手へ 長 一 丈 餘の虎 を 生 捕.^ にした. 是を秀 吉へ獻 せられければ、 方 ど 

め、 大名 家より 下々 に 至る 迄 * 是を 兄せられ たる ゆ- 此 時の 公狀に 云く、 

於,, 高麗-狩 取 虎一 到來 候。 誠 古今 希お 之 Y 斛攸條 、別 而悅 思お iT 殊: ぱ路」 あ^ 候 段、 

造 佐 共 候。 隨而其 表在 番辛勞 候。 普請 已下無 um 斷 -.5. 付!^ it ,尤 候。 然, お 方 

事不, 冷樣に 令,, ^悟; 不,, 相 烦- 樣に狭 生 肝耍候 • 猶木下 大脑大 夫, HVS. 候 也, 

十二月 廿: z 秀吉 御朱印 

羽 柴吉川 侍從殿 

此時木 下 大膳大 夫よ ひも、 狀を以 つて 巨細 を 答 ふ • 

虎 御 進上 候 、令- -披. i^- 候." 御 使お〕 如 K 中 候。 庭 上 わ 被, 成-御 下-ま, 御 ss-.iT 希;:? 之 儀 

に 候 へ ば、 御成 不, 斜 化合に 候。 家 率筑州 fiPs れ illl 其 外 御伽 衆に も 被 k 成-御 兌せ- 

候" 使者 三人に 小袖 被, 下、 御 食 迄 被, 入。 御念. 被 ^ 下、 114^ 共 候。 恐忮謹 

十二月 廿日 木 下 大腿 大夫 

羽 柴吉川 侍從樣 

資報 

勢: 朝の 事 S 



蔡 侯三 家 誌 卷七 II 八 六 

朝鮮 和議に 依 h- て 、彌, 軍事なければ、 在陣の 諳將、 文 祿ニ年 暫くの 間歸 朝して * 伏 

見 へ 上.^ て 太閤に 目見え せら る。 小 西攝津 守. 宗對馬 守 は、 朝鮮の 使來朝 の 由に て. 

其 案 內の爲 めと て、 朝鮮に 殘.^ 居らる。 秀吉 今年よ. 9 伏 見に 城 を 築かれけ るが、 毛 

利 三 家へ も 同所に 於て 屋敷 を 給 は.. y、 吉川廣 家に は 伏 見 田 町の 屋敷 を 下さる に 依 

b て. 則ち 普請 を營 まれた. 9。 其後歸 朝の 諸將、 又 朝鮮へ 渡海せられ た.^。 文祿四 

年 正月、 朝鮮 在番 の諸將 へ 、 秀吉 御朱印 を 給 は る。 吉川廣 家 へ 下された る 文 言 に 云 



態 被,, 仰 遣, 候" 

、當年 働 之 儀、 可, 被,, 仰 付, 與思 召候處 に、 寺 澤志摩 守參上 仕、 先 當年之 働 無用 之 

由、 谷. -言上 之 通 被,, 聞 屈, 候 事。 - 

、來年 關白殿 有,, 出馬; 諸 勢 渡海 之 儀 被,, 仰 付; 城々 並 傳之城 迄 此方 御人數 被,, 入 

0,. 谷 勸之儀 丈夫に 可 仰 付, 候條、 其 意 可, 用意, 事。 

、 兵糧 之 儀、 最前 被&候 分、 何 范入替 候 由、 尤 被,, 思 召, 院。 猶 以,, 只今 三莴 石餘, 



被, 遣 候條、 各" 介 割符; 签山 浦に 藏を 作、 可,, 入^ 候 *勖 之 時 兵穢に 可;^ へ 

1 、大 明より 詫 言 之 筋目、 兼日ょ..^寶議とは思不,被,,召, 候條、 城々 丈夫に お;^, 

仰 付, 係に 候 • 然^ 朝鮮 之 係、 九州 同前に 思 召 候 行々 は 何も. 2: 輪 i^" に 被。 仰 

付; 面々 も歸朝 仕、 致.. 御 目 見, 候而ょ b 可, 被, 遣 候。 此通下 々 に も. S. 問、 無,, J^IS, 

候樣に 可, 令,, 覺悟, 候。 關 東. 北國. 出 羽. 奥州 之果 迄、 不, 殘 4=, 花 京; * む uig- 被,, 仰 

付, 候。 其に たくらべ 候へば、 各,. 在 陣不, ^候 事 • 

1、 城 廻 介 開 作, 彌,. 苻付可 候 • 猶寺 深志麼 守に 被,, 仰 八-:, 饩 並 御 目 付と し 

て重而 別人 可, 被, 追 候 也" 

正月 十六 日 秀吉 御朱印 

羽 柴吉川 侍從殿 

同:;: 別紙に 公狀 あ. >。 せ- 〈文に 云く、 

其 表 長々 在番辛 勞不, 被, 及,, 是非, 候。 仍 小袖 二 被, 下 候* 狼 毛 利 前 守 •; 牛 野 新 八 

可,. 5. 候 也" 



藝侯 一二 家 誌 卷七 二八 八 

正月 十六 日 秀吉 御朱& 

羽 柴吉川 侍從殿 

同年 五月、 又 御朱印 を 給 はる, 

長々 在陣辛 勞不, 被き-是非-候" 仍 帷子 二 被』、? 一 候。 舍 彌 -VXJI 候。 就-其 御 

仕置 等 之 儀, 以= 御 一 書, 被-仰 遣, 候 * 猶熊谷 宇 次. 水 野 久右衞 門 可 fe. 候 也。 

五月 一 日 秀吉 御朱& 

羽 柴吉川 侍從殿 , 

秀吉養 君 闆白秀 次 公と, 太閤 御 不和の 事出來 て、 讕白 殿洛を 去.^ て、 紀州高 野に 出 

發 せらる。 秀吉其 事 を 告知 せらる • 

今度 關白 不,, 相 屈, 仔細 有& 付而、 高野山ね 被 k 候。 其 外 無-別 條- 候 間、 不 ^5:\有_ - 

機 遣, 候。 猶民部 卿 法 印. 石 田 治 部 少辅. 增田 右衞門 尉. 長 東大 藏大輔 可 fe. 候 也。 

七月 十日 秀吉 御朱印 

羽 柴吉川 侍從殿 



二八 大明 朝鮮 使 來朝井 和議 破る、 1$- 

元年、 大明. 朝鮮 兩國 より、 和議の 使來 朝す るに 依りて, 朝鮮在番の^^|將:;|,?:せ 

店 使 來朝ー らる。 大明ょ.^の使者楊方亭•沈惟敬、!j^に朝鮮の使i^慎.朴弘長、 三 月 に 彼 地 を 出 

で. 八月十七曰^!^州!^ の 浦に 著舶 する 由 聞え あ るに^.. > て、 兼ねてよ. e 馳走の 士を 

定められ、 其 用 怠 をな し、 道々 の警 固、 £ 仂々 の ^應、 善美 を^さ る。 へ 到り 

て、 旅館に 三 B 休息し、 九月 二 n 登城す。 大明帝ょ.^秀吉へ金印、 竝に 異朝の 装束 

を寄與 し、^ 外^々 の 賜物 あり。 秀吉大 明の 兩 使に 對 して 饕應 あり。 

〔頭書〕 i,2 使御對 面の 時- 秀吉を 始め 諸 大名、 異朝の 装束に て 出 座 せらる と、 00 

にあり。 又朝鮮軍功の諸將の旗の紋を織.^たる衣裳_七っを添へ て贈..^たるを、 

夫々 の 大名へ 給 はると なり。 加 藤. 小 西. 小 早 川. 吉 川な ども 其 中な,.^ と 云々 • 

太閤 を 始め、 徳川家 康. 前 ra 利 家 ん千 喜多秀 家. 毛 利^ 元 秀元. 岐布秀 信な ど扣 作に 

候せられ、 其 外 侍從已 上の 大名 緣 間に 伺候 せらる。 今度 大 明よ.^ 贈. y たる 装束 を, 

大明 朝鮮 使 來朝弁 和議 被る、 事 S 



藝侯 一一 一家 認 卷七 二 さ 

家康を 始め、 諸 大名 へ 頒ち給 ふ。 所謂 島津 義弘. 小 早 川 隆景. 吉川廣 家. 黑田長 政. 鍋 

島 直 茂. 加 藤 淸正. 小 西 行 長. 立 花宗茂 等、 其 外歷々 なり. 偖て 朝鮮の 使 黄 慎. 朴弘長 

秀吉 朝鮮 に は、 秀吉對 面な き 故 は、 二王 子 一 命 を 助けて、 都へ 歸入 られ たれば、 朝鮮 王 自身 渡 

使 LL 對面 

せす 海 あるべ きものな るに、 I 無禮な b との 事の 由 聞え た- 5* 其 後日 本. 大明雨 國の通 事 

• に 異議あって、, 秀吉 怒って 和 年 を 破られ、 大 明の 使 をば 歸唐 させられ、 朝鮮の 使者 

和議 破る をば 誅伐 あるべし との 事なる 處に, 兌 長老. 三 長老. 哲 長老な ど、 樣々 詫 言せられ て、 

是も大 明の 使と 一 同に 歸 された hv。 

〔頭書〕 秀 吉憤發 曰、 明主 封 ^ 我爲, -B 本國 王; 我 以= 武略- 旣 主,, 於 B 本; 何 藉,, 彼 之 力, 

乎。 前 曰 行 長 曰, 大明 封^ 爲,, 大明國 王; 故 吾 信, 之而旣 班, 師矣" 行 長 誘 甑加之 

其 在,, 本朝; 通.., 志于大 明; 其 罪不, 可,, 勝 言; 速 可 K 呼、 我 斬-其 首- 而 甘つ 心 耳。 

二 九 日本 勢 又 朝鮮 渡海の 事 

日本. 朝鮮 和議 破れければ、 同年 又 諸 勢 を 渡して、 國王 父子 近臣 迄虜 にすべし とて、 



fsis* 科び 



惟お 小 

西に 通信 

マ 



51^役を定め、諸將年.2:ょb分國に:gh^て用^i:^し、&-4ニ年:止=:ょ.9ae勢.^t^^に出爐 

す。 加^ 生計 §f は 正月 十 ralu、 小., w 攝? i 守 同 十五 n, 其 外の 詣將: 迟々 签山. g に 著 

朝鮮の 民. 商人に 至る 迄、 驚き 骚 いで 逃 1^ れ ければ、 汝等を 殺す 爲 めなら 

す, 朝鮮 王 父子; だに 近お を 捕 ふべ き爲 めな.^ と 言 ひて、 所々 に 城 を 構へ 兵^ を貯 へ 

て、 畏陣の 支度 なれば、 後に は 國人も 心 少し やすまると 雖も、 大 明へ 加勢 を 乞 ひ、 一 

向 合戰の s^-i^ と閒 ゆ。 沈 遊聲、 再び 加 藤-小 西へ 和議 を 通 やる と 雖も、 兩人 承引せ 

す。 沈镞-^は和^«相遠の事に依..-て、廣土に於て狱へ入れられけるが、 如何したり 

けん、 使を以 つて 潜に 小 西方へ 通^け る は、 吾::: 本へ 志 ある isj- お 鎖して, 狱に W は 

れぬ。 然れども^|心未だャ¥きす、爱に南1^は全羅^3ぃ耍害なり。 南 Is- を攻 取らる 

るに 於て は、 全羅迫 の 城々 5^ くべ し。 南 に は叨人 si^ 元が 努 に、 朝鮮人 扣加 へ 

て四五千にて柄籠れ,.^。 又. 学 全 州. 閉山 52 等に 兵 を S いて 南 "说 を 救 ふべ き 川^ 

す。 是南*3^は肝要の所なるに^.^てな.^。 是を攻 取れば、 u 本の 大利 なる ベ しと 

內 通す。 小两是に隨ひて、諸將へ此旨をfi^!^して、何れも諸勢^ぬへ向ひたh^• 一方 

n 水! S カ乂 朝鮮 渡海の 事 . . 一; え 一 



侯三 家 誌 卷七 -. 二ち 一 

は 小 西 行 長 先手と して、 宇喜多秀家. 島 律義;^. 立 花 左 近將監 • 蜂須賀 阿波 守 • 加, 藤 左 

iiil 助 已下五 萬 餘騎、 慶尙道 を 右に して、 鳥峯を 押して 南 原へ 向 ふ。 一 方 は 毛 利 右 

京大 夫秀 元. 黑田 甲斐 守 長 政. 吉川藏 人頭 廣家. 毛 利 壹岐守 吉成等 六 萬 餘騎、 加藤淸 

正 を 先手と して、 慶尙道 を 押して 南 原へ 向 ふべ しと 定め、 橫目衆 三人 づ つ 一 手に 加 

へて、 旣に打 立たん とする 處に、 七月 初よ.^ 霖 雨して、 卒地 海の 如く、 通路 叶 ひ 難 

し。 然るに 閑 山 島に ある 朝鮮 船 手の 老、 明 兵 を 語ら ひて 船路よ. 9 釜 山の 城 を攻落 

すべき 支度す る 由、 大明 勢の 中より 吿來 る。 是に 依りて, 諸將 評議 せられて、 南 原 

を攻めん時は,觅角彼方の手當も入る事なれば、早々是ょ..^逆寄して追拂ふべしと 

て、 籐堂佐 渡 守. 菅原 }^ 右衞 門、 其 外 船 手の 大將問 山 島へ 寄せ たれば、 敵 思 ひも 寄ら 

ざる 事に て、 一 支 もせ や 敗軍したり。 是に 依りて 寄 手 は、 直樣南 原の 近邊へ 向へば、 

秀? 秀元兩 手の 人數、 同月 末に 次第に 打 立 も、 三 道 を 押し、 秀 元の 一 手 は 敵 出でば 

戰ふ べしと て、 忠淸 道を經 て、 全義 館へ 赴き、 秀 家の 一手 は 海邊に 付いて 雲 峯を經 

て 押し けれども、 敵 一 戰 にも 及ば や、 逃 返けば、 是も南 原へ 向 ひた, 9。 釜 山 浦の 城 



m 

ぬ、 

城 



番小早 川 金 吾秀 秋の 勢 も、 山 ロ支蕃 允に 六 千騎を 差 添へ、 屮近ょ.^忠州に向ひた 

h。 ^^li將南^を^^^ぴべしとて、1<^州の勢後?-i押のぉめに、加i^左•ぬ助.^^兵^-ぬ 

一 ぉ餘^ にて 全 州へ 向 はせ、 秀 家の 勢 八月 十一 一 1U の 早天に、 小 西れ ^先手と して、 三 

萬 計 の 勢 城 を 固み て iit 波 を 作る。 诚ょ も 火矢. 半弓に て 手強く 防げば. 寄 手 入 

替 へ,, ,\. 三且 二: 化攻 むれ ども • 死人 多く、 落城し 難き に 依 h- て、 堀を掘.^柵を 

結 ひて、::: や なにすべし とて、 攻 U を 少し 引退く。 诚 兵も戰 疲れて、^ を 脫ぎ休 

息す。 小而城兵油斷すべしと推;^^-りて、 同 十六 = の拂^ に, 一手の 勢 を 引 し、 商 

H の 前へ 忍び寄.^、 一 度に 扉 を 打破り、 喚いて 城へ 駆 入れば、 總勢も 我先にと 攻入 

れ ば * 城兵 防戰 する 者な く 皆 逃散 じたり。 大將^ 元は 视 にて 只 一 人^失せ、^^に-ハは 

殘 りなく 討 たれた リ- 諸手へ 取る 處の甘 三千 餘と間 ゆ。 全羅には^15^ど救はん爲 

めに、 大 明の 大將 ちんく ちゆん^り、 南 原の 後- 叫 せんと すれ ども、 加^ 龙に. M 

ふ に 依りて • 拨兵を 出す ベ き樣 なく、 我 城 へ :::本勢の少^?せ來らん^^^-を怖れぉた.^。 

然る 處に同 十七 u、 南 is- 落城の 事 聞え しかば、 全羅の 城兵 逆心して、 兵糧 藏に火 を 付 

^^s^又朝鮮渡保のi5^- 0^ 



f§1 一家 II 卷セ 

け, 多く 方々 へ 逃 失せた. 9。 日本 勢 南 原より 全 羅へ押 寄す る 由 開え ける 故 外の 

殘兵も 驚き 騷 いで、 城 を 明けて 落 行きた. 9。 日本 勢 則ち 城 中へ 入. 9 て、 捨 置きた る 

兵糧. 武具な ど 取, 5 て、 暫く 在陣 し、 人馬 を 休む。 毛利秀 元の 一 手の 勢全義 館に 著陣 

すれば、 其 處の敵 共 皆 王城 へ 逃 入. 9 た h^。 其 後 朝鮮人 五 百 人 計..' にて, 物見に 出た 

る を、 黑田長 政の 先手 栗 山某馳 向ふ處 に、 大 明の 大勢 敵に 相 加 は る。 栗山稠 しく 働 

い て 十 餘人斬 伏す ると 雖も、 敵大軍 なれば 終に 栗 山 引退く。 長 政 是を聞 いて、 二 千 

餘 にて 打 出 でら るれば、 中國 勢も續 いて 攻懸 り、 二百 餘人討 取りた, 9。 此時吉 川廣 

家 も 一 同に 駆 合せて、 家人 多く 分捕したり。 味方の 後 勢彌. Is りて 攻 寄れば、 敵悉 

く 敗軍す。 拆 日本の 總勢 全羅 道の 內 せんしゅと 云 ふ 所へ 集.^ ける が、 次第に 塞氣 

に 向 ふ 間、 先 づ签山 浦へ 引返いて、 在陣 すべし とて、 諸 將全羅 道 を引拂 ひ、 二方に 

道 を替へ て、 傳々 の 城 番を引 具して 返 かる。 宇喜多 一 手の 勢 は、 其 次に 退きけ るに、 

大明 • 朝鮮の 兵 跡 を 慕 ひて、 引殘 りたる 者 ども を 討 取らん とし けれども、 淺野左 京 

大夫、 毛 利 家 手下の 小 將{ 六 戶備前 守 殿して、 事故な く 引 入.^ た.^。 此度 は秀吉 の命ノ 



暴廣 

文の 家 

手 

取の 



にて、 手に 礙 はる 者 は 悉く 幾 切に しける が、 後 は? S 捕.^ たる 印に、 鼻 を 取るべき 旨 

にて、 吉 川 廣 家の 手へ も鼻數 一 离八千 百 五十 取って, 橫 n の 方へ 渡さ るれば、 糖 取 

-.^の證文ぁh^, 

りお 礼 拜見. 本 SI! 之 fJH 候。 隨而珍 原 9- 光於,, 南 郡; 少 々之 御成 敗 之 數、 一 お 四十、 

惜に請 取 申 候- 今 U 從, 是委敷 巾 入 之 間、 不 J^,, 多笨, 候- 恐愧 謹言 

九 =: 廿六ロ 



垣 見 利, 3^ 守^ リ 

熊 谷. S 藏.^ ^成 

CJi. 川 生 .iil^ ,お 政 



吉藏 人様 

御 報 

請 取 頸 之 暴 數之事 

合 三千 四百 八十 七 也 

右 糙に請 取 申 所 也。 

廣長 二十 月 九日 

吉川藏 人 殿 

御宿 所 

B 本 SSi? 又 朝鮮 渡海の^ 」 



熊 谷 內藏允 ^ 



i 



藝侯ー 11 家 誌 卷七 . 

此 外に も 證文ぁ hz 悉く 之 を 略す • 

三 - 小 早 川隆景 卒去 * 毛 利 秀元小 早川秀 秋の 事 , 

小 早 川 隆景、 筑前國 を 養子 金吾秀 秋に 讓 b て, 我 身は備 後の 三 原に 居住して、 三 原 

中納 言と 號 しける が、 六月 十二 H 、行年 六十 五歲 にして 病死 せられた b。 此人其 頃 

巾國 の賢將 なりと、 世擧 りて 擧げ敬 ひける が、 隆景金 吾 を 養子に せられた る 其 故 

を 尋ね 開く に、 毛 利 輝 元年 四十に 至る 迄實 子な き處 に、 宍^ 安藝 守隆 家が 嫡孫 部 

少輔 は、 輝 元の 奥 室の 猶子に て、 幼少の 時よ. 9 器量の 人なる 故、 輝 元も淺 から ゃ寵 

愛せられければ、 諸人 毛 利 家 をば 此人讓 ,9 を 請くべき やと 思 ひ、 裏方の 女中 は、 事 

定 b たる 樣に 私語け ども、 傍に は 又 民 部 少輔、 時の 寵愛に 預る とても、 毛 利 家相 續 

の爲 めに は 有る ぺ からす、 毛 利 家 をば 一 族の 中へ こそ 謹ら る ベ しと, 一 K 合 ふ^も あ 

る處 に、 太閤よ 朝日 孫兵衞 尉の 子息 右 衞門督 の 舍弟左 衞門督 を、 II 元の 養子に 

せ させら るべ き 旨、 御內意 の 由、 或 人 小 早 川隆景 へ竊 かに 語れ b 。 隆景此 事 を 聞き 



植田 SCJJ 元 

揮 元の 

子と なる 



て * 思 はれけ る は、 彼 朝 U が 次男 は 中々 毛 利. :!^ など 柑" 紿 さすべ き§^„:?^のぉにぁらす、 

彼家發 する に 於て は、 忽ち 家 を 失 はん isa- 必 せり。 あはれ 此 が 虚妄に て 打 過ぎよ か 

しと. 思 ひ 居られし が * 或 時 太 問、 隆 :=^-!- 拉に安 國寺を 召され、 自然の 物語の 序でに、 

,,兀今に至る^.:?!實子なく、^§旣に四十に及ぶに、後嗣の_„*未だ其沙汰なき^は、^1 

• ぃ忽 諸な.^ と宣 ふ。 隆彔す は內々 ^きつる 事、 是な るべ しと 20 はれ、 先 づ取敢 へ す 

^き 上意に て、 其 に 於て は、 未だ 其 事披. を げやと 雖 も、; g 元? 仗 子の n-f 內 

にて は、 士:: 川 や 吾等 共へ は、 內談 化" & きたる 3:1 巾 さる。 秀士: : 夫 こそ さあるべき 事 

よ- St 元は 誰 をか卷 子に す ベ きと 存じ 寄 h- たる ぞと、 ねら る 、 に、 §^ ^^ハ戶民部 

in はん は、 祖父 隆家、 元 就の 培な- 9 と雖 も、 是は 一 門に あらす、 今一 族の 中には, 

年齡. 器量-稼 田秀元 こそ 似合 はしけれ と、 屹と 思^られ、 吾等が wi; 母 穩田 元淸が 

嫡子 をと 郞元 存じ 入り、 養子に 申し 名付け 候と 答 へ らる • 太 raim ねて、 ^は 宜しき 

事共な b 、我等 は 左様の 事 をば 知らす、 朝:! 1 孫 兵衞が 三男 左衞 門 督を、 口入れすべき 

と 思 ひたる に, 一族の 中 幸の 人柄 之 ある 上 は、 是に 過ぐ る isj- なしと 宣 ひた. 5。 „f ^(後 

小D^川SMS卒去井モ^秀元小!^•川究秋の事 S 



勢 侯三 家 SI 卷七 二 九 八 

隆景、 右の 趣 を 使を以 つて、 急度廣 島へ 委細に 言 送られければ、 輝 元 も 則., £ -秀元 を 

養子な b と 披露して、 頓て備 中の 猿 憑よ. y 、右 京大 夫 を 喚 越し、 藝 州に 置かれたり。 

之に依,9程なく秀元、諸大夫ょり三位の宰相に經上.=^、今度朝鮮へも輝元の名代と 

して 渡海せられ、 諸 勢の 渴仰を 受けられたり。 其 後 輝 元の 實子長 門 守秀就 出生の 

後 は、 長門國 にて 二十 萬 石 を 知行して、 格別に 子孫 を 立てら る。 ^隆景 は、 金 吾 を 

毛 利 家 養子に と 有る 事 を申斷 -9、 太閤の 上意に 叶 ふべき 事 計 b がた し。 若し 此事 

を术 意な く 思 はる、 事 も 有りて は、 行末 毛 利 家の 爲め 如何な り。 然れば 我 彼 金 吾 

を 養子と して、 筑前國 を讓. CV 、上意 宜 からざる を 縫 ふべ し。 尤も 我家 他人に 績が 

せ ん事、 本意なら やと 雖も、 父 元 就 多年 軍勞し て、 斯く立 置かれた る 毛 利 家 を. 親族 

歷々有.^ながら、他人の有となさん.事、 元 就に 對し 不孝 なれば、 吾 家 を 他人に 渡す 

としても、 心外 滑と せす、 所詮 彼 秀秋を 吾 養子に 申請け、 毛 利 家長く 俾 はる 謀す ベ 

しとて、 此旨 言上せられ ければ、 太閤 御氣色 快く、 則ち 金 吾 を 養子に すべき 由 上 命 

おり, 是に 依. 去る 文祿四 年、 隆景三 原へ 隱 居して、 筑前を 金吾秀 秋に 讓られ お 



り 

〔頭 窨〕 秀^ 譜曰、 麼長ニ 年 丁 IS 六!:;. 從 三位 中 納 1":^ 前州牧 小:: い 川险: gK K«w 

者 毛 利 元 就 子、 中; 5 一 i 元 之 伯父 也。 It 元 1; 附 于秀士 2, 之 移、 秀吉 以,, i 乎 M 國, 

景; 隆 M::^ 謂、 我 於,, 秀 賜,, 大國, 之 親好: " ぶ 非-其 i_ ^ハ 心, 乎, 乃 A; 于秀 い;::, 曰、! S 

以 U 金吾秀 秋- 爲, -養 嗣; 我 死後 使/先 秋 領,, 筑 前^- ぜ" 秀 ぶ: 而許 ふ〕) 此而陡 

受,, 秀吉之 恩顧, 尤厚、 遂 備,, 五 大老 之 列; 至; 年 六十 三。 遗言 曰, 天下 雖, 崩 離, 

而 輝元荬 K 與焉、 唯 堅守,, 己 倾國, 而 可也- 必不 遗 忘,. K や 何 則 毛 利 家 1^^,:3: 舉 

宇內, 之 勢 H 則 固 可也。 然 無,, Q 擧之 勢; 我 熟,, 察 之; 後來^^出,,領國,千戈之^^ 則 其 腿 

削身危 也。 不%, 疑焉" 是後閥 原 之 役 隆景之 一 K 菜 ダ驗矣 云々。 

三 I 蔚 山城 合 戰并大 明 勢 敗軍の 

慶長 一 一年 雜 月の 末に、 大 明の 猛勢 朝鮮の 都 へ 著陣 す。 H 本 勢 は、 i^^ へ 打 入り 

て 、傅の 城々 に 諸 將在陣 せらる • 斑山には加藤主計如を籠^^かるべき出にて、太田 

山城 合戦 井大明 S-Jalj- の 16^ 



藝 侯三 家 SI 卷七 §0 一 

飛 驟守を 奉行と して、 淺野左 京大 夫、 :g に 毛 利 家よ bi 六 III 備前 守. 吉 見大藏 大輔. は 

野 上 總介. 冷泉 民 部 大輔. 阿曾沼 豊後 守. 三 刀 屋監物 • 三 村 紀伊守 • 和 知 左 兵衞. 都 野 三 一 

左 衞門. 口羽 十 郞兵衞 巳 下、 勢 を 集 め て 城 普請 させ られ、 漸 々 出來 寄りければ、 加 藤 一 

淸正、 其 身 は 西 生 浦に 在って、 先づ 同氏 淸兵衞 尉を蔚 山の 城へ 籠め られ た, 5。 然る 一 

に 大明勢 寄 求た る由閡 えし かば、 淺野左 京大 夫. 宍戶備 前 守. 太 田 飛 驊 守 城 を 出で、 一 

打 廻し ける 處に、 十二月 廿 二日、 大 明の 先 勢に 行 逢 ふ。 宍戶が 手に 於て、 . ^方 手 强 1 

く防戰 すと 雖も、 敵 多勢 なれば、 毛 利 勢 阿曾沼 豊後 守. 都 野 三左衞 門. 冷泉 民 部大ー 

辅、 其 外 宍戶が 家人 江 田. 藏田. 井上. 兒 玉. 大垣. 若 林. 板 花, 其 外 足 輕百餘 人 討死す。 一 

淺野. 太 田 も 數刻嚴 しく 相戰 ひ、 是も危 く 見 ゆる 處に、 龜 田と 云 ふ 者、 大明 勢の 魁の. 一 

大將 と覺し き^を 討 取れば • 敵 少し 引返く。 此 隙に 城門 を 開かせ、 打 入りたり。 宍; 

は戰ひ 疲れ て、 引取, 9 難き 處に、 同勢 吉見 大藏 大輔、 手勢 五百餘 人に て 駔合は せ、 : 

一 方 を 突崩し、 味方 を 助けて 城 中へ 打 入 b た..^。 加 藤 淸兵衞 是にカ を 得て、 城兵お 一 

分ち 出城の 島山 其 外 持 口々々 を 固む。 旣 に:!: 暮れた る 故、 敵 も 亦 引返き た. 5。 < &. 



お 山城 外 

の 戦 



B 三村紀 守 も 比類な き 働して 手柄 あ { 六 BS が 家人 末 兼 孫 兵衞も の 働した 

〔頭書〕 淸正 欲, 構,, 水路 之 諸 城; 故 往:, 两生 浦, 而 在,, 機 張; 加藤淸 兵衞^ _,于 ^山; ^ 

利 家 兵 加 明將, 刑; ^分-其 兵, 爲, Jl: 協; 朝鮮 Jaf 士 亦,: 三 協; ^1: や 三 協お 

將, 攻,, ^山; 麻 食 遣,, 軍士 於彥 陽. 梁 山; 遮,, !Si 山. 签山浦 通路; 時 i 六 BS 備前 守. 淺 St 

左 京大 夫 幸 長 • 太 田飛驛 守爲, 入 ,_蔚 山,, 于彥 陽; 淺野. 宍 B, ふ 出、 サ: N 、進而 與,, 明 兵, 

相 做 明 兵 重 園 斬 剪 ^ 淺 野. 宍戶. 太 田; 13 戰馳 出、 明 兵? 3, 之。 ^野^:::^ 戦 退 

其 問 三 i。 幸 長 被, 疵 旣危。 此時幸 •feiHH 龜 W 大 iS 守^ 戰而 討,, 取 敵將; 依, 之 敵: 卓 

散亂" ^加 藤 淸兵衞 開,, 城門, 迎乏。 淺野. 太 E 得, 入 ,,城 屮; i 六 U; 被,, 明 兵. 不ぉ 

义ぉ 、轉 自,, 問 道, 而入 lk々。 

翌廿 三日の 早天に、 一 方の 大 勢 三 萬 計. y 、城 近く 押 寄せたり。 城兵 敵の 拊 51 近く 

寄するを待ちて、鐵炮をも打たゃ、靜ま,.^返って居たる處へ、敵千人計.o咄と押寄す 

れば、城兵そこにて鐵炮頻.^に打出し•敵少し猶豫する處へ、 一 皮に 突出で、 寄 手引 

一 5 山城 合戦 井大 S- 勢败 1*3 事 §1 



戰 k 
山 

城 



豁 侯三 家 誌 卷セ § 

返くを、遠く追駔くれば.敵四方ょ,,^寄合はせ、 入亂れ て.^ 戦ふ處 に、 敵 彌,. 大勢に 

成.^ 襲 ひ 来れば 、味方 取 籠め られ じと 引いて 入る。 敵 付 入りに せんとす る を、 返 <a 

はせ 追拂 うて、 城 中へ 入. たり。 此時敵 三千 餘人討 取. 5、 睐方三 ぼ餘人 討死す。 又 

淺野左 京大 夫が 持 口へ も,、 敵攻 寄せた る を, 穉 しく 防いで 追拂 ひた..^。 同廿 四日に 

• も, 多勢 攻 入る を 拒ぎ ければ、 敵 一 方 を 打破り たる 計 b にて 引退く。 此 = 敵 一 萬餘 

討 取, 9、 味方 六 百 餘人討 たれたり。 又同廿 五日に は、 本 城へ は 押 を 置き 島山へ 敵 

數十 萬騎押 寄せた, 9。 此 山に は、 毛 利勢吉 見大藏 大輔. 日 野 上總介 ニー 一村 紀 1: 守. n 

羽十郞 兵衞. 和知庄 兵衞. 三 刀 尾 監物等 籠, 9 ける が、 普請 半ばに て、 大手の 城 戶ロぁ 

ら はなれば、 杭 を 立て、 小 竹 を 束ね 竹 束の 如くに 搔 付けて, 普請の 石材 木 を 壁 際に 

重ね 置き、 敵 岸に 上らば 跳 落さん と 用意したり。 敵 旣に攻 付けば、 城よ,.^ 鐵炮に 

て、 一 打に 二人. 三人 打倒し けれども、 敵 是れを 事と もせす、 岸. 岩石 とも 言 はや、 手 

負. 死人 を 踏 越えて 攻 上れば、 矢. 鐵炮 にて は 叶 はじ ふて、 彼 木を轉 ばし 懸 くれば、 一 

度に 五十人. 百 人程づ っ雪頹 落ちて、 手 負. 死人 數 知らす。 餘 りに 手 搭く拒 がれて、 



浩 .ル_ 按兵 



寄 手 暫く 引返き たり。 城 中の 者も複 乏しく, 塞氣强 ければ、 日々 の 迫 合に 多く:^ 死 

す • 其上敵遠^?- に 火 欲 i など 射 かけて 堪へ 難く、 雑兵 疲^ て、 明 H にも 大敵の 寄 来ら 

ば、 防 戰のカ もな く覺 えたり。 斯て西 生 浦 へ 木 村と 云 ふ 者 を W つ て、 此. S 注進し け 

れば、 淸正 驚き、 總勢 をば 機 張の 城に 歿 置き, 七お 計 b 船に 乗り、 夜中に 漕 付け * サ 

六::! の 早天に 蔚 山に 著 かれければ、. 敵 川 際に 出向 ひたる を、: IT. 鐵饱 にて 追拂 ひ、 城 

巾 へ 入られければ、 城兵 力 を 得たり" 

® 書〕 加藤淸 兵衞、 欲. 造 &于機 張-召 *淸 正: 因 P, 武使幸 f4i に 木: r 粉 母; 

卽馳到 = 機 張; . 

斯て淸 正 評議して、 各,. 持 口 を 堅む。 然る 處に、 廿七 H の 黎明に, 敵陣よ.^ ijsl- 武者 二 

人出で城を招き、日本詞にて、城中へ申す事ぁ..^。 我等 は元來 U 本. < にて、 一 人は淸 

正の 家人に て- 岡 本 越後 守と 言 ひし 者な り。 今 一 人 は、 宇 多 家の m 原 七左衞 門な 

る が、 先年 仔細 あり て、 大 明へ 奔 b たる 處に、 今度 總勢 七十 一:. 5 の 先手に 加 は b て、^ 

向 ひ 候。 淸 正の 勇武、 大明. 朝鮮に 其 名高し と雖 も、 城兵 ニー: 山に は 過ぎ まじと 承り 

IS 山城 合戦 井大 s-s^ 力 の * Islll . 



藝 侯三 家 誌 卷七 i 

ぬ。 寄 手 は 兩國の 勢 を 合せて、 百 萬に 餘れ, 9。 淸正 如何に 勇猛な りと も 、防戦 叶 ひ 

候 まじ- 和睦して 城 を 明 渡されば * 雜兵迄 も 城 を 出し 申すべし。 吾等 兩人、 昔の 報 

恩の 爲め罷 出で た- 5,0 言 ひければ、 淸正も 城 中 矢種 • 玉 藥 悉く 盡き、 援兵 來る迄 城 

を 抱 へ 難し。 和睦 取扱の 中 五三 曰 士卒 を 休めば、 後 詰も來 るべ しとて、 人を以 つて、 

和睦の 事 庶幾す る處 なり。 然れ ども 城 を 明 渡す 事 はなる まじ。 人質 を 取替 はして、 

互に 陣を 引くべし と、. 返事せられ けれ ば、 雨 人馳歸 しが、 又 求..^ て、 鬼 角 城 を 明 渡 

さるべし と、 度々 言へ ども * 淸正 納得な し。 さらば 先 づ大將 と 大將、 城外に て參會 

し、 和議 を 調 へ て 後、 寄 手陣を 引く ベ しと 言 ひければ • 淸正領 掌して、 互に 小勢に て 

出逢 ふべ しと 約 をな す。 旣に 同月 晦: n 辰の 時、 參會と 約 東 なれば、 其 日に 至り、 雨 

陣の 間に 四 五 間 四方の 假星を 造 b て、 參會の 所と 定め、 淸正旣 に 立 出 でんと せられ 

け る處 に、 淺野左 京大 夫、 兵 は 誠の 道な, 9, 敵 如何なる 謀 を かなす ベ き、 能 々思慮し 

て參會 せられよ と 言 はれければ、 淸正 感心して、 今日は 先 づ會盟 を 止む ベ しと 言 送 

らる。 敵 兼ねて 僞の 謀に て や 有,. y けん、 苒三使 を W つて 銜 面の 儀 を 申す と雖 も、 淸 



正出 逢 はれ ざれば、 敵 怒って、 ^tsf を 逝め て 城 を 攻めん とすれ ども, 士卒 々の 戦 

に多く討たれ、其上塞^^强き故にゃ、進み兼ねた.^。 斯て大 明の 大 山 一 Si ひ 

由 所々 へ 到来に 依 て、 麋畏 三年 正月 元 0、 小 西 行お、 ^外 四國の ^ii 將 ニー S 餘騎 *順 

天ょ.^船にて著陣す。 毛利秀 元の 一手、 黑 田. 鍋 等 は、 签山 浦よ.^ 馳著 かる • 小 Of 

川 金 吾 秀秋は 、釜 山 浦の 守護に 殘られ 、山 ロ支蕃 允に 一 お 餘騎を 差 添へ て 山へ 差 

出さる。 大明勢 後 詰の 手當 てな どし ける にや、 城を攻 むる 狭 かなり. ^將: S 二 

日の 朝、 大河 一 つ 隔て 此方に 陣取られ しが、 三; :5 の 朝. 各" 毛利秀 元の 陣 所へ:^, 

て, 合戰 延引せば 7.21 山 落城すべし。 明 = 河 を 渡して 一 戰 すべき 3Mfr- 談 して、 一群、 

田 甲斐 守. 蜂須贺 阿波 守。. 二番、 鍋 島加贺 守. 山 ロ玄蕃 允" 三番 • 毛 利 右 京大 夫と 備 

定めして、 谷ノ 退去 せらる。 吉川廣 家 は 古 i!^ の 城に 居られけ るが、 十二 パ廿九 = 右の 

到来 之 あるに 依りて、 同 晦日 古 衆 を 出で. 毛 利 豫守 まねて 同 進の 約盟 ある 故、 彼 

が 在 城 茶碗の 城 迄馳著 かる >-處 に、 伊豫 守拔^ して 早 打 立ちけ る 故、 质家は 其より 

正月 朔: n、 かと かいの 渡 へ 著き、 其ょ..^船にて夜中に签山沛 へ ^く。 同一 一 =、 两生 

^山城 合戦 井 大叫勢 敗軍の 事 邑-れ 



廣 家先づ 

山に 向 



察 侯三 家 誌 卷七 i 

浦に 到, 9. 翌 三日の 畫蘇 山へ 著 かれた...、 毛 利 伊豫 守 は 船に て拔駔 すると 雖も、 風 

惡 くて, 廣 家よ, 9 遙々 後に 到 著したり。 廣家は頓て秀元の陣所へ見舞はれ,夫ょ,.^ 

黑田. 蜂須賀 が陣へ 參られ ければ、 甲斐 守、 古 5!^ よ は 何と 急がる、 とも • 三::; は 後 

れ給 はんと、 谷-申 合 ひける に、 早速 到 著な りと 挨 接せられ、 其 後 今朝 諸將の 評議の 

趣、委細に語られければ、,廣家各!の相談尤もな.^と言.はれて、 我陣 へ立歸 ると て、 

渡 口の 山に 打 登, 5、 敵陣 をつ くぐと 見られけ るが、 家人に 向 ひ、 唯今 河 を 渡る ベ 

し。 其覺 悟す べしと 下知し- 黑田 甲斐 守 へ 使を以 つて、 軍 は 明 曰と 定めら る 、の .3 

候へ ども * 見 及ぶ 事の 候 間 、只今 河 を 渡し 候。 河 も總懸 然るべ しと 言 捨てさせ、 馬 

,に 打乘, 9 山 下へ 打 下さる。 〔^,s^^ 一 然る 處に、 安國寺 馳來, -て、 軍 は 明 

日の 箬 にて 候に 緩 かの 一 手を以 つて 懸られ 候 事、 危 かるべし。 其 上 軍法 を 御 破り 

候 段、 如何な b と 言へば、 其方 は 施餓鬼 行 導 を こそ 存 すべ けれ、 軍法の 指南 推参 無 

用の 由 言 はれ、 河 へ さ つと 乗入れ、 馬 印 を 立てら るれば、 總陣 より 是を 見て. す はや 

何^|<?ゃらん憑かるは、績けゃ者共とて* 山々 よ 下し かけたり。 黑田長 政も廣 家に 



^山の 敵 

却す 



同^して 、諸 陣へ使 を 廻し 打 出られ、 諸 W!. 河へ 乗:^ くれば、 大明の大^^大朋に成.^ 

て 逃!^.! く。 吉川廣 家具 先に 進みて、 河 を 渡さる、 に • ^の 殿の 兵の 中、 黄なる 印 指 

したる 武者お を 返して、 突^ かる を、 资家扮 にて 突 落し- 首を;!^人に^^たせらる。 

其 外 .ii^^ 今 田 i>s 允 政. 森 脇 作 右衞門 ff.5〕ggl§IF 已下、 數^ 分捕りしたり. 

目 附衆垣 早 川 求て、 廣 家の 一 番龊、 自身の 分捕 委し iia 上す? しとれ,.^ ける 處 

へ、 黑 政も^ り會 して、 共に 成せら る • 毛利^豫守^,.^たるに, 先::: の拔^ を 

惡 しと 思 はれければ、 敵 は 早 一 人 もな し、 是ょ.^:gらるべし^4cはれければ• n.f く 

出られ ^と 計. ylK ひて、 先へ 馳、 s?:.^ たり。 長 政 も 敵:!:. HJ^rl 切,. ^たりと 雖も、 今少し iSl 

ひて 見 候 はんとて、 先へ 通られけ るが、 引 後れた る 敵 少な?^ 取.^ た..^。 ^f0< 

故*諸手へ得る所の^13四五^::には過ぎす。 翌 =1 淸正後 _ i の陣 所へ 來 りて、 大^ ゅ收 

^の 事、. 後! Its の 早き 故な..?」、 諾將へ 謝詞を 述べ、 殊に 中國 勢の 中より、 三 引 兩の如 

くなる 馬 印の 大將、 一 番に 下し かけた る は 誰なる らんと M はれければ * Ki-W 長 政刖 

ち廣 家の 魁な, 9 と、 働の 樣子 語られければ、 淸正、 廣 家の 陣に來 b て- 謝 詞 を 述べ, 

IS 山城 合戰井 大^^^ 軍の 



藝 侯三 家 誌 卷七 きへ 

1^ 功を感 せらる。 其後淸 正の 內、: M 河 金右衞 門と 云 ふ 者, 廣 家の 家人 山縣淸 右衞門 

に 逢うて、 先日 廣 家の 手柄 故、 淸正運 を 開きて きぬ。 城 中より 見 候に、 蒲の 頭の 馬 

印 遠目 見分け 難し、 目立ち 候 樣に之 あ, 5 度き 儀と、 淸正 存じ 寄るな. y と 語る。 廣家 

此由 聞かれて、 さらば 淸 正の 馬 印 を 申請け、 色を變 へて 持すべき と、 此由言 入れら 

れ ければ、 淸正 此度廣 家の 魁 故, 城 中 早速 運 を 開き たれば、 所望の "ij^ 驗を以 つて 其 

恩 を 謝すべし とて, 淸 正ば、 らの 馬驗を 持参して、 旨 趣 を 述べ しめらる。 淸 正の- ijl' 

印 は、 其 色白き 故、 廣家は 赤く せられたり。 山の 城、 同年 三月 迄に 普請 成就 

しければ、 淸: 止 入城せられ た, 5。 其 外 諸 所に 城 番殘し 置き、 其 餘の諸 將皆歸 朝 せら 

る。 朝鮮 在 番の人 々はぶ M 山に 加藤淸 正、 西 生 浦に 毛 利壹岐 守、 かと かひに 黑田 甲, 

斐守, 竹 島に 鍋 島加賀 守、 釜 山 浦に 寺 澤志摩 守、 古泉に 柳 川 左 近 將監. 久 米秀 包-高 

橋 ま 膳. 筑紫 上野 介、 順 天に 島 律 兵 庫 娘.、 から島に小西攝^守な^^。 朝鮮に 止まる 諸 

將の 勢、 都て 六 萬 餘と簡 えたり。 今度 毛 利 右京 大夫秀 元は、 輝 元の 名代と して 在陣 

故、 一手の 感狀秀 元に 對し、 差 出さる。 其 文に 云く、 



人-に? - 



^の 尺 

お 



今度 <S ^南季 郎耶. 硕郞耶 兩將: 卓、 率_,1«ー與^兵:朝鮮爲,救,,^!,^雄,战出張. 备.^ 及, 難 ig: 

總陣^ 勢周隶 ^動、 評定 IHI 々之 所、 其方 爲, -先 勢, 挑,, 合戰; Ms.^. 所: 人 頸 三お 

八 千 餘級討 取、 唐人 敗北 仕 之 由、 從,, 備 前中納 言, 所,, 注進, 之 趣. 被 to 召 M, 候。 川. 

小 早 川. 立花已 下、 古今 之 剛、 武^ 不, 始,, 于今, 候。 倂 其方 雖,, 若年, 下知 無,, 比類, 被,, 

思 召-候。 殊ー 2- 山、 加 藤 主計 ili 城之砌 も、 爲,, 後 詰, 數 一:. C 之 5^ 勢 引 廻、 皮々 働 神妙に 

候" 彌 I 可 V 抽,, 忠節, 候" 龄 歸 朝 之 0, 敍,, {R 位, 可, 被, 加,, 御 褒^,^ 也。 仍^!-狀如^件* 

二月 廿 八::: 秀苦 御朱印 

毛 利 右 京大 夫 殿 

此 折節- 輝 元、 .H" 川廣家 へ 狀 を^られ て 云く • 

1 、 其 表 御 方樣御 一 人 御座 候而、 秀元 被,, 仰 f^; 一 入御 心 や」 候。 元 次 m も、 

節 可 y 爲 候。 

1 、 正月 後 卷之時 は、 御自身 御手 を 被 K 碎候 而、 御高 名 之. S 、减に 御^入 之. は、 不ヽ仅 

fe. 候。 元 次 被,. S. 候 を こそ、 承知 s. 候。 殊に あぶなき isili- にて 候 ひつる. s、 御 乎 



m 
將 
歸 
朝 



f 一 侯三 家 卷七 ISO 

抦 にて 候。 我等 進 候 御 刀 御 遣 候、 傥申 候。 今度 御用に 立 候錢、 本望に 候 • 

一、 御 留守 御 無事 候、 可,, 御 心 易, 候。 猶面上 之 は、 萬 吉可-中 承-候。 恐々 謹言 

卯月 二日 輝 元 列 

. 藏人殿 

斯て 諸將歸 帆して、 六月 中句 各 i 伏 見へ 上 著せら るれば、 秀吉對 面して, 諳將の 功 を 

i らひ給 ひ、 中に も 毛利秀 元は、 在 陣中 能く 下知 を 加へ、 殊に 小 西 等が 順 天 を 明 退 

かんと騷ぎし時、主計頭と言合せて踏靜めし事、神妙な.^。 又 吉川廣 家 は、 蔚 山の 

先駆して、 大 軍の 敵 を 敗る 事、 勇 功 少なから すと 感 せられた..^。 

BS 或說 に、 廣家戰 功に 依 b て、 南 條跡式 伯 州 半國、 因 州の 內 御藏 入 を拉べ て、 

十五 萬 石加增 ある ベ き 旨、 上 命の 處に、 石 田 治 部 少輔. 安 國寺兩 人、 吉川を 大身に 

成さる、 儀 は、 御 思慮 ある ベ き な り。 今 1:^ 朝鮮 蔚山 に 於ても • 百 一 に餘 りたる 敵 

に 如何様の 見切り 之 あ, 9 とても. 手廻,.^錢かの人數にて突憑かる事、尤も至剛な 

,5 と雖 も-不敵 者の 樣に覺 え 候。 斯樣に 候て、 大身に 成る に 於て は、 行末 如何 樣 



の 儀 を 存じ 立ち 候 はんも 計. - 難し * 鬼 角 御 思案 あ..^ て 然る べしと • 强 い て さ、 へ 

け る に依..^ て、 先づ 延引し 給 ふとな り。 ^又^元.隆;^は* 官位 H, 進の 節. ^家, ゅ鮮 

在陣に 依りて、 歸 朝の 上隨ぁ hs て、 進せ させら るべき .3、 ふ = ^に; なく 他 

界 まします 故、 其 偶な しと 云々。 此時 宰相に 任せら るべ きとの 御. S 总の. H* 

II 一二 秀吉公 蔑 去 * 朝鮮 在 « 諸將 K 朝の.^ 

!^^!舞去 一 慶 三年 七月 末より、 秀吉 御不豫 にて、 終に 八月 十八 HIiJ- 去し 給 ひぬ. 几 A に 依.^ て 

朝鮮 在 城の 將、 早く 朝すべき 由に て、 谷,.: g 帆せられ しが, 此ポ 敵方へ 深く 5? 

と雖 も, 早く 洩れ 閒 えてけ る 故、 大明勢 順 天 表へ 向 ひて、 ,:5^ 兵^ • 如の 陣へ ^寄せ 

た ^ sn^l 0$a 5i にて 終" 力戦 

し、., お 方 多く 討死 マと 雖も、 終に 大明勢 を 突崩せば、 百 おの^ 兵 悉く 敗: 水す。 之に 

依 て 諸 所の 城番. 寧 故な く歸 朝せられ た.^。 五大老此:?!^を^;^ぉひて、£3^:;が武功 

SS 軍 歸朝ー に 依.. > て 、諸 勢 安穏に 歸り たれば、 軍功 奠大 な.^。 秀 ^^に:ぬ じ 給 ふとても、 此功 をば 

秀吉 公楚去 井 朝鮮 在 雀 狩: E 朝の 事 S 



鶴 侯三 家 誌 卷七 i 

賞 せらるべし とて、 日向 國の 御藏 入 を 盡く加 恩せられ、 子息 又 七郞へ は, 吉 光の 御 

腰 物 を 下された, 9 と閡 えし。 五 大老の 感狀、 今に 島 律 家に 在 hi 閱き傳 へたり。 



侯三 家 誌卷七 大尾 



めネや . 



吉田 物語 卷第 一 



有 田 中 井手 合戦の 武田刑 部 元繁討 取らる、 事 

抑 g 州;^ 田 中 井手 合 戰の濫 脇 を? ぬ る に、 足 利 氏 公 御 嫡流、 慈 照 院義政 公 御^子 

義尹 公. 義^ 公と 中して 御兩人 これ あり。 義政公 <ル 御の 後、 義 尹征& 大將: 水に 任せら 

る。 玆に 因.. >雜 泣 公と 御 仲 不和に な.^ 給 ひ、 互に 天下の 檑を 1 卡ひ, 明應七 年より 同 

九 年 迄ノ數 度の 御 合戦、 終 は 義尹公 打^け 給 ひ、 細 川. ぉ國. 細 川 航^ .cm 山修 f 火夫. 

山名佴 _户ゅ 守. 间左衞 門 佐. 一 色 式部 少輔. 上野 民 部 大輔. 勢 伊勢 守 W 下、 僅 三":: 計り 

にて、 明 應九年 二 H: 都 を 落ちさせ 《和 ひ、 四國 阿波 國の it 門に 御船 を « めら れ、 ^人 

を 賴み給 ひけれ ども • 照 掌 仕らざる に 付、 同年 三月 十六 = 周 防^へ 御 下向お, 9 て * 

防^ 天神の 宮守 大全 坊を 旅館と し 給 ひ、 上野 民 郃大輔 を 上使と おし. 大內^ 典 を^ 

<« 田 中 井手 合戦の 事 武 S 刑 部 元お は 取らる ゝ S 



セ. 3 田 物語 卷 第一 一 i. 

み 思 召す 旨 仰 遣され 候 へ ば、 剛ち義 典 御旅館 へ 出 伺 致され、 直に 御請 申 上げ、 頓て山 

口 神 光寺に 御所 を 建. て、 御座 を 移し 奉らる。 之に 依. 9 義興 分國の 諸士、 御 番を勸 め 

守護 奉る。 明應九 年よ b 永 正 五 年 迄 十三 箇年、 山 口に 御 在な. 9。 右の 御 樣體に 依. 5 

て、 義尹 公の 公方 職 召 上げられ、 義澄公 征夷 大將 軍に 任せられ、 天下の 御 仕置な..^。 

然る 處に永 正 五 年の 六月、 中國. 四國. 九州の 勢 を 催され、 義尹公 御 上洛の 時、 明 石 表 

に 於て 京 勢と 御 合戦、 御 勝利 を 得られ 候へ 共、 其 後 東 寺. 相國寺 合戦に、 義尹公 打 負 

け 給 ひ、 丹 波の 長 坂へ 落ちさせ 給 ふ。 其 後 永 正 八 年 八月 ^四日、 船 岡 山に て 義澄公 

御合戰 これ あ... -、 管領 細 川 政 賢 を 打取, 9 給 ひ、 天下 篛尹 公に 歸す。 義尹公 び征 If!- 

大將: 束に 任せられ、 御實名 を義鱸 公と 改號 せらる。 義澄は 近 江國へ 落ち 給 ひ、 岡 山 

に 於て 薨去な 。義澄 公の 御 嫡男 義晴 公、 御 忍び 御座 成させられ 候 通.^、 義箱公 聞 召 

され 御 和睦、 御 養子の 御 契約 遊され、 永 正 十三 年 相 調 ひ 候。 然 b と 雖も國 々穩 便な 

らゃ、 殊に 藝州衆 面々 の 領地 を爭ひ 、地取り 相 仕る の. S 上聽に 達し、 藝 州の 採 題武田 

刑部少 輔元繁 に、 國中 を鎭め 申すべき 旨 上意に て、 御 暇 下され. 居城 佐 東 郡 金山へ 



勢 元 

ほ 

爭武 
ふ 田 



の 
雇 

は 



11』 下り、 國屮 和睦 させ 中すべき 手 立 は 仕ら や、 在京 衆の §2 守 を 窺 ひ、 地 を^ 頒仕 

るべ き 略 を らし、 永: 止 十四 年 二::::、 金山 を 打 立ちて 数ぬ 所の 城 を乘収 り、^ 力の^ 

を 招 ^ S. 其 勢 三千餘 にて. 同年 十::; に 同^ 山縣ぃ 小 出 刑 部が お 城^ 田の 城 へ 押 寄 

する- 此段元 就 公 され、 元繁 振舞^ 國を 和睦 さすべ き 略に あらや、^ 主 在京の 

隙 を 窺 ひ、 所^ を押倾 すべ き企な.^。 お 田 l^i^ 去に 於て:: r ^um へ f マら るべ きか, 

^rr; なくば 我等 居城 洁懸へ 取懸. e 攻 む-べき 必. な. o。 敵に おせられて は、 大: 水と 

云 ひ、 勝利^る まじく 候。 お W の诚 堅^なる 内、 後? i して!^ 屮をも 3K" せ 打^さる 

べしと 思 召し、 此段 如何 之 ある ベ き やと. 志 逍太郞 三 郞_说 好に 御 淡 合 遊され^": i に、 

廣好 承り、, 仰の 通り 御尤 にに 候へ 共、 此節は 一 入御 小人 數に 御座 候 へ ば、 御 勝利 心 

元な く 存じ 琴.^ 候。 先づ御 延引 遊 さわ、 敵: 永 の^子 を:^ 合せ 然るべ しと 巾す に 付 • 

其^に 任せられ 候處、 十月 廿 一 :=、 武田 方の 侍 熊せ 山中. 一 條. 板 垣. 小 河内.. 紫 2!: 以 

下 六 百 計. > の人數 にて ぶ!: 田と 多 治 比 の^へ 打て 出で、 在家 を 放火: id る • 此« 子 を 

元 就 公 御 成され、 緣せ 五十の 御 人 數を召 れ られ、 御. 塒を 出され;^ 處 に. 熊 (4! 人 

有 田 中 *-H! 人 i の^ W 武 EH 刑^ 元繁 せ^らる、 iaa- 



. 吉田 物語 卷第 一 一一 1=; 

數に行 合 ひ 給 ひ、 元 就 公 御歲廿 一 歲、 自ら 將 としての 軍 は 今日 初め なれば、 敵 大勢 

たりと 雖も、 物の 數 とも 申; 召されす、 眞 先に 御馬 を 進め 給 ふ。 敵 は 此方 を 小勢と 

侮, 9、 我意 地增 しにて 突いて 懸か ふ。 元 就 公 一 陣に 進み 給 ひ、 勢 ひ 懸る熊 谷 勢 を 突 

散らし 給 ふ。 然れ共 二 陣^ 武田勢 入 替,. > て相戰 ふ。 此御方 は 小勢と 言 ひ、 以前よ 

りの 戰 ひに 谷! 勞れ 候に 付、 御城 下へ 引返き 給 ひ、 深 田 を 前に あて 待 請け * 大 懸に來 

る武田 勢と 迫 合 ひ 給 ひ、 板 垣 喜 四 郞. 水 落 源 之 力. 佐々 村 玄蕃を 先と して、 敵 雜兵共 

に 七十 餘人討 取り 給 ふ。 さ候處 に、 御 合戦 これ ある 通,^、 志 道 廣好聞 付け、 多 治 比 

に合戰 有, と 早速 谷.^ へ 吿げ ければ、 御舍^^栩合四郞元綱.福原.桂. 坂. 井上. 赤 川. 粟 

屋. 渡邊、 其外吉 川國經 よ, 9 の 加勢 二百 餘人 一騎 駆に 蒐付 くる。 此樣子 を 見て、 敵 

段々 に 引返き ければ、 元 就 公 も 御城へ 引 入り 給 ひ、 其 夜 は 明日の 御合戰 御手 配の 御 

つ 二 力.〕 

談合 遊 さる。 翌廿 1 日 寅の 上刻、 多 治 比 を 御 出馬な され、 武田陣 所へ 押 懸られ 、武田 

方よ b 熊 谷 元 直 五 百計り の人數 にて、 吉田 勢の 押と して、 中 井手 表 へ 出づ る。 此方 

の 先手 桂 元 澄. 井上. 河內. 兒 玉. 志 道に 行 合 ひ、 矢 軍を始 むる。 其 時 熊 谷 元 直 叔父 水 



武 
田 

部 



谷^網、弓;21計.0揃へて射立てければ、先駔の^^者共、 十人計.^矢に當.^死す。 元 

就 公 此樣子 を 御^な され、 矢 軍に 移しな ば. 敵勢 か さなる ベ し。 IJIT き 切 崩 せ と 下知 

し 給 ひ, 御自身 3 ^(先に 觝 出で 給 ふ 時、 志 近 太 郎三郎 御^の 先へ 乘 付け、 大將の 先^ 

は 時に 寄るな b とて、 侍 二人に 御- £| の 口 を ひか へ させ、01^^_具先に進む* 元 就 公 も 

镇 いて 進み 給 ふに 付、 總勢面 も 振ら, や 一 文字に 突 i.7 え 一 群に 井上 源 三郞、 二很に 

同源 次郞、 三番に 粟屋 源 ニ郞. 末 田源內 、敵 を 突 伏せ 甘を収 る。 ^後 は 敵 味方 入亂れ 

相戰 ふ。 元 就 公 は 熊 谷 旗本へ 懸.. > 給 ひ、 卽時 切- M さる \ 熊 谷 元れ 取って返し、 蓬 

なし 返せと 下知して、 檢 にて 数人 突 伏せお ー散 らし、 元 就 公 を心懸 働きけ る を、.^ -:: 川國 

經家中、宫庄下野守元^^を能見知突伏せ首を取る。 大將熊 谷 や」 討ちた b と、 商聲に 

名乗..^、 熊 谷 郞從水 谷. 大坪. 細 迫. 桐 原 等 之 を 聞き、 此上は 何の 爲に命 を 惜しむべき 

と 、言 ひも 架 さや 取って返し、 一 所に 三十 餘人 討死す る。 殘 るお =1^ 〈は 跡 も::^ や 敗北 

仕 候 事。 

熊谷元直討死の通.^、元繁本陣へ吿げければ、有田の押には、 仲 五 郞繁 品 川 左 京 

有田中并手合戦の^^^附武田刑部元s*^s取らる 、事 0^ 



It 
取 
る 



吉 ra 物:, 品 卷 第一 一一 一一 八 

亮信定 に、 七 百 餘の人 數を附 けて 差 置き、 殘る人 數を五 手に 分け、 先陣、 毛 木 信大. 

筒瀨信 賢. 部 坂道 海. 同小 ニ郞. 久村. 溝 田. 山中 一 千餘 人、 ニ陣 は、 一 條彌 ニ郎. 板垣婦 

部 七百餘 人、 三陣 は元繁 旗本 一千 五 百、 此外 粟屋 一手 は 山へ 押上げ 悩 を 立つ る。 

內藤 一 手 は、 後陣に 控 へ さ 多 治 比 勢 一 手 は 相 合四郞 殿、 桂 元 澄 を 差 添 へ られ 

三百 餘. < 一 手 は 福 原 上 總介. 井上 河內 守. 粟屋 四百 餘人、 元 就 公 は 旗本 四百 餘人有 

,^。 福 井 三百 計.^ は 御 跡備、 志 道 太 郞三郎 一手 は、 右の 方 山陰に 備を 立つ る。 执雙 

方の 先陣 相懸. ^に懸 つて、 一時 計.^ 相戰 ふ。 然る 處に毛 木 民 部少輔 しどろ に 成.^ 

て 崩れければ、 一 一陣の 一 條. 板垣受 留めて 相戰 ふ。 此時 此方の 衆 突立 てられ、 三 町 計 

,9 しざる。 元 就 公 御 采配お 持ちて、 突 懸る人 數をも b 返させ * 一二の 先 衆と 御 旗 

本と 一手に 成り、 一千 計,.^ の人數 にて、 武 田元繁 旗本へ 驀 直に 懸 b 給 ふ。 敵 も 元 就 

公 御 旗本と 見 屈け、 能き 敵な.^ と 存じ、 競ひ懸 つて 相戰 ふ。 大將と 大將の 御 旗 三度 

迄 行 合 ふ樣に 見えけ b となり。 然れ共 味方 は 小勢と 言 ひ、 早天よ.. > の戰 ひに 勞れ、 

其 上 敵 は 荒 手を以 つ て 入替 へ く 戦 ふに 付、 川 を 向 へ 押 立 てられ 引退く 時、 元繁自 



身扮を 取って、 逃ぐ る 味方 を 追 Ji め、 川へ Si? を乘 込み 候處 を、 馬上よ h 莫逆に 射 落 

す。 井上 左衞 I: 走.^ 憑り て 甘 を 収.. ^、刀の 先に K き * 高く 差 上げて、 大將 の元繁 

尉 取.^ た.^ と 名乘る • 此 を閒 きて 味方 は^ひ、 鬨を揚 ぐる • 敵 は大將 死なれ 

ば、 もん { 敗北 する 其 中に、 殉死す べしと 思 ひ 切った るお 共 illw 計り、 此方の^ 

へ 1^ 込み - 討死す。 其 外 は^ 追 打に 討 取る 甘 數七 n 八十 餘 級な b。 永 正 十四 1 年 

元 就公廿 一 1^^ の 御 時、 御 自ら 將 とし \ し 初めての 御 <a 戦、 四千 餘の 敵^に 一 千の.^ 方 

を もって 御 勝利な 件の 如し。 , 

右 御 <2戰 高名の 衆、 井上 左衞門 尉. 宮庄 下野 守. 井上 源三郎 源 次 源 1 S. 

末 田 源內、 此外 三戶小 五郎 • 粟屋 助 四 郎. 玉 八 郎左衞 g:. 桂三郎 太郎、 何れも 幸 松 

丸樣 御成 狀造さ る に、 今 子孫の 衆 持 傅 へ 居らる 、なり。 

上使の 事 

S 州の 探題 元^ を 討 栗され 候に 付、 公 Y:^ 如何 御座^るべき やと 忍お され、 is- 都 



吉田 物語 卷 第一 . さ10 

へ 御使卷 を以 つて、 委細に 仰 上げられ 候。 其 節 は 吉川經 基 も 在京 候 故、 興 元 公 御 談合 

遊され、 公方 義爐公 へ 上聽. に 達せられ 候處 に、 上意に は、 武 ffljt 國中靜 謐の爲 め 差 下 

され 候處、 却て 兵亂を 企て、 御 下知 を 背き 候に 付き 討 果し候 は、 忠節 少 から やと 御感 

遊され、 上野 民 部 大輔を 上使と して、 吉田 へ 差 下され 候。 元 就 公吉 田 へ 御 出馬 成さ 

れ、 其 後 猿 憑 の 城 へ 御 待 請け 之 あ り, 御 內書御 頂戴、 種々 御馳走 遊 さ れ、 其 上 に て 御 

請 仰 上げられ、 御 首尾 好く 上使 歸京 仕られ、 御機嫌 大方なら ざる 事。 

高 橋 大九郎 輿 光 父子 御 退治の 事 

大永元 辛 巳 十二月 十三 日、 橫田村 接尾の 城主 高 橋 大九郞 興 光. 岡 治 部 少輔弘 厚 御 退 

治の 爲め、 元 就 公吉 田 衆 召 連れられ, 不意に 松 尾の 城へ 御 取 憑 け 成さる." 大九郎 殿 

家中の 侍に も、 能 者 數多罷 居り 候に 付、 手強く 相 働き、 井上 源 四郞. 櫻井與 一 兵衞. 波 

多 野 甚右衞 門. 田邊 某、 其 外數多 討死 仕り ノ手負 も歷々 御座 候" 然れ共 井上 新 五郎 • 

內藤小 五郞. 轉四郞 左 衞門. 中原 孫 四郞、 一番に 城へ 乘 込み、 四 人 共 高名 仕 候 • 1^ 



の 化ん、 R 



此勢 を, 以 つて S 時 r お を され 候 • さ 候て、 お: 十四::: Sf 天 る 

廿北 〈御お^、 諾士の 手柄 甲乙 御 突^の 刻 .轄 四 郞左衞 i:?^ 取 b 候: &御 g:-^ され 候へ 

ば、 興 光の 甘に て 候。 則ち^ をお 出され、 其方^|^先年飢コ兀^御上ー2-の御供化り、船 

岡 出合 戰に、 今出^ 太郞と 云ふ剛 のお を, 國司助 六と^ 打に 化り K 名^す に 付, 

元樣 御; お i;^ として、 御成 狀に添 へられ、 告 田の 內秋 い::; と 云 ふ 所 をば 助 六に 下され、 

さかまきと 云 ふ 所 をば 其方に 造され 候。 其 節 新 九郎と 一一":: ひし 時な り。 渐 くの 如く 心 

け 能く 候に 付、 此皮 も比頻 無 き 候 と御^!:!心 に て 、 多. 治 比の 內 S 屮と 巾す 所 

を 御 感狀に 添 へられ、 四 つゆ 左〉 3門 に f5 され 候。 其後ー=2梳殿似地、横出.本村.?^^.池山 

四^: *r 四: C 貫の 地 御手に 入れ、 多 治 比 三 1.=$3- に.? 加へ、 七 fcla! の^ 主に 成らせら 

れ候。 元 就 公廿五 歳の 御 時な .9。 せ 2^ 殿御? S 果し 成され^ 仔細 に は.?::^ え 巾 

さす 候 • さりながら與光^;;-幸松九^御祖父にて御座候に付,大小の^?^^共御下知に 

應じ 巾され す, 其 節 は 高梳殿 は大內 殿御 ^1 下にて、 御 懇切お t;i けられ 候。 此御方 は 

尼 子 殿 14 下に 成らせられ 候に 付、 大. W: 殿御 助力た ••:: け、. Inm を押倾 仕るべき ぬ^に 

為校大九^§;光父子御ぉ治の^& . さ U 



吉 ra 物語 卷 第一 . S 

. 付, 不意に 御 返 治 遊 さると 閜ぇ 申し 候 事 • " 

坂の 城攻 崩され 候 事 . 

大永 1 1 壬 午 尼 子 豫守 經久、 大兵 を 引率し、 藝州發 向 有 b て, 多 治 比 の问西 光山に 膝 

を 取. o、 坂 を 返 治 仕られ 候 間. 彼 城 へ 先手 を 頼み 存じ 候 通り 巾 懸けられ 候。 御 家老 中 

御 相談 候處 に、 幸 松 丸樣御 幼年に 候へば、 異議 無く 御請 遊され 然るべきの 由 ^"ゆ 上 

げられ 候。 夫に 就き 元 就 公よ 御 別 心 之れ 無き 旨 御 返答 成され、 卽時 坂の 城へ 御収 

懸け 候" 城よりも 出 下へ 人数 を 出し 〔my と 申す 所に て、 大きに 合戦 之れ 有り、 福 原 

貞 俊. 志 道廣好 * 桂 元 澄、 其外國 司. 粟屋. 兒 玉. 井上. 轉四郞 左衞門 以下 歷々 の 恭_ 身命 を 

惜しま や 相 働き 候に 付、 敵 を 追 崩し 城 を乘収 坂 殿に 切腹 させられ、 首 を 尼 子 殿御 

本陣へ 御 持たせ 成され 候へば、 經久 褒美 淺か らゃ、 是非々 々 此方 陣所 へ 御 出 候へ、 

對而 仕. 9 1 f& 申す 考の由 *苒 三 使^ を W つて 中越され 候へ ども、 元 就 公 をた ばか ft^ 

呼 寄せ、 打 架すべし との 策な,.^ と、 御 內意申 上 候 者 之れ 有る に 付、 御 病勢の 通り 御斷 



氏の 祗 



- . て、 御 出 遊され す 候 • 此皮 御自身 御手 を碎か れ、 坂 殿御 討 架し 成さる 御覺^ 堅阁 

に卸^攸故、豫州も手立に及ばす、•i?.•i^州へ御^を納められ候。 此 時よ.^ 尼 子お 下に 

成らせられ、 幸 松九樣 よ. C '人 ig; として、 光永 中務. 赤 川 十 郞左衞 i: を. ャ;? 州,:: へ逍 

され!^ • 尼子殿|2|下に成らせられ^^^^幸松丸樣御幼年に依りてなり、御代代大內 

家に 御隨 成され 候、^ 中 守?;^ 元 公 御 加冠、 文 W 十 年 二月 十二 日, 大 内政 弘の御 判 物 

なり。 治 郁 少輔興 元 公 御 加冠、 永 正 四 年 十一月 六日、 是又左 京大 夫 義典御 判 物に て、 

御座 候 事、 件の 如し • 

右に 記す 坂 氏 元祖 は、 右" ijs- 頭 表 元 公の 御 舍笫、 坂 大脑大 夫 1M 時な.^ • 是 より 坂 

氏 始まる。 医 時の 子孫 坂 長 門 守廣秋 §M 娘 SK 坂 兵 部少輔 .1 一男 杜左衞 門 尉 ^泣. 三 

男 光永 三 郞兵衞 尉 II 下. 四 男 志 道 大藏大 夫 元^。 元 .::^ 顿子 上野 介 淡 好. 二 sf- 口羽 

下野 守 通 良な.^。 光永 下 總守懒 男 中務 は、 雲 州 大本に て 討死 仕.^ 候。 此屮務 子 

孫 は、 渡 邊助五 パ〕 な 又 或る 葡記 に、 悩 屮守弘 元 公 御 .:;^^^ に 付、 永 正 五 

年 公方 御 上洛の 御供 成されす、 同 六 年 fii 月廿ー H 御 逝去に 候。 夫に 就き 典 光 公、 

«の¥ 攻 崩され 俟事 00 



吉 田 物語 卷第 1 . 奪】 

付、 不意に 御 返 治 遊 さると 閡ぇ 申し 候 事 • - 

坂の 城攻 崩され 候 事 , 

大永 一 一 壬 午 尼 子 豫守 經久、 大兵 を 引率し、 藝州發 向 有. 9 て, 多 治 比 の 问西 光山に 麒 

を 取り、 坂 を 返 治 仕られ 候 間. 彼 城 へ 先手 を 親み 存じ 候 通り 巾 懸けられ 候。 御 家老 中 

御 相談 候處 に、 幸 松 九樣御 幼年に 候へば 、異議 無く 御請 遊され 然るべきの 由せ! 申 上 

げられ 候。 夫に 就き 元 就 公よ. y 御 別 心 之れ 無き 旨 御 返答 成され、 卽時 坂の 城へ 御 取 

懸け 候" 城よ. C も 出 下 へ 人數を 出し 〔gy と 申す 所に て、 大きに 合戦 之れ 有. 9、 福 原 

貞俊. 志 道廣好 ♦ 桂 元 澄、 其外國 司. 粟屋. 兒玉. 井上. 轉四郞 左衞門 以下 歷々 の 恭_ 身命 を 

惜します 相 働き 候に 付、 敵 を 追 崩し 城 を乘収 hz 坂 殿に 切腹 させられ、 首 を 尼 子 殿御 

本陣へ 御 持たせ 成され 候へば、 經久 褒美 淺か らゃ、 是非々 々 此方 陣所 へ 御 出 候へ、 

對而 仕. 1 禮 申す 考の. 再三 使者 を つて 申 越され 候へ ども、 元 就 公 をた ばか h- 

呼 寄せ、 打 Ei^ すべ しとの 策な, 5 と、 御 內意申 上 候 者 之れ 有る に 付、 御 病勢の 通り 御斷 



氏の 祖 



にて、 御 出 遊され す 候 • 此 £^ 御自身 御手 を碎 かれ、 坂 殿御 討 架し 成さる 御覺^ 堅 困 

に 御座 攸故、 豫州も 手 立に 及ばす、. ぉム 州へ 御お を 納められ 候 • 此^よ..^ 尼 子お 下に 

成らせられ、 幸 松 九 核よ. > 人質と して、 光永 中挤. 赤 川 十 郞左衞 門 を. ャ:, J 州お 山へ 遣 

され 候 • 尼 子 殿 幕下に 成らせられ 候. S 、幸 松 丸^ 御 幼年に 依りて なり、 御代 代大內 

家に 御隨 成され 候、 備中守 弘元公 御 加冠、 文明 十 年 二月 十二 日, 大 内政 弘の御 判 物 

なり。 治都少輔興元公御加冠、永正四年十一 月六日、是又左京大夫^1??典御判物にて、 

御座 候 事、 件の 如し, 

右に 記す 坂 氏 元祖 は、 右;^||:娘_^!^元公の御舍笫、 坂 大膀大 夫: HI 時な..^, より 坂 

氏 始まる。 医時の子孫坂長門守^;秋§^^嫡5^坂兵部少輔.1 1H8 左 衞門尉 1 せ 一一 

男 光永 三 郞兵衞 尉 If 下. 四 男 志 道 大蔵 大夫元 良。 元.:^^嫺子上1^介圾好.1 一 sf- 口羽 

下野 守 通 良な り。 光永 下總 守, S 刀中務 は、 雲 州 大本に て 討死 仕. o:r 此屮務 子 

孫 は、 渡邊助 五郎 家 〔g パ; 1 な 又 或る 蔡記 に、 中 守 弘元公 御.;^ に 付、 永 正 五 

年 公方 御 上洛の 御供 成されす、 同 六 年 正 廿ー = 御 逝去に 候。 夫に 就き 典 光 公、 

«の¥ 攻 崩され 候 事 き 



. セ: ra 物お M 

翌六年 御 上洛 遊され 候 由。 公方 義箱 <ム 、永 K 五 年 六月, 防 州 山 口よ? 御 上洛の. 昨、 

州 赤 石 表の 御 合戰、 其 後 東 寺. 相國寺 合戦の 時、 藝州 衆の 働 御座 候 へ 共、 御當家 

の 働 御座な く 候。 永 正 八 年 乂月廿 四日、 般岡山 御 合戰に は、 御 家中 衆 働き 御座 候 

へば、 永 正 七 年の 御 上洛 紛れ 御座 無く 候" 又 御 暇に て 與光公 御 下向 は、 永 正 十 

1 年に て 之れ るべき 哉、 永疋十 一 年 五 月 より 同 十三 年 七月 迄 は、 吉田 近所に 於 

て、 御 取合の 時 手 傅 仕 候 衆へ 遣され 候。. 典 光 公 御成 狀數通 之れ 有 b 、第一 幸 松 丸 

樣御 逝去 の 御 歳 九 つ と 記し 置き 候舊記 多く 御座 候。 御 出生 の 年を考 へ 候へば、 

永 正 十二 年の 御 誕生に て 御座 候。 又 永 正 十四 年 十月、 中 井手 合戦より は、 幸极丸 

樣 御成 狀 手柄 仕り 候 衆へ 遣され 候て、 永 正 十四に 又 興 元 公 御 上洛 遊され 候と 相 

見え 候" 右 御感狀 遣され 候 衆 は、 左に 之. を 記す。 

永 正 十 一 年 五月 三: n 甲 立に 於て、 { 六戶元 源と 御 合戦の 時、 兒玉八 郞右衞 門 高名 仕り 

候に 付、 與元 一公 御 威 狀之を 下さる。 永 正 十二 年 正 月 廿 七日, 髙田原 御 合戦の 時、 赤 

川 十 郎左衞 佐 藤., 四郎 高名 仕り 候に 付、 興 ?兀 公 御成 狀之を 下さる。 永 正 十三 年 



^^パ州へ出 



乇 利?, 力 尼 

子 LLbl マ 



二月 廿 四::;、 甲 立に 於て 宍戶元 源と 御 合戦の 時、 • 架 31 助 四郞. 挂三郎 太 郞商名 仕 h- 

候に 付、 典 元 公 御^ 狀之を 下さる, 永 正 十三 年 七 :!::. 十七 :n、sgw. 松 rsx:: 戦の 時、 

河 野 左 近大夫 手柄 仕. 9 候に 付、 典 元 公 御成 狀之を 下さる。 此左近 は 今お 神主 河 野 

肥前先祖な,.^。 永 正 十五 年 八月 晦: :!、 ^後^!!;屋陣の時, • 鬼: 彌! ニ^.! € 名 仕.. > -攸 に:^、 

幸 松丸樣 御成 狀 下され 候。 右幸 松 九樣 御成 狀に御 印判. T これな く 候へ 共 * 同^ M 

紙に て 第 法^ 定 り、. ^ ^御座な く 候 事。 

西條 鏡山攻 崩され 候 事 . 

大永ニ 年の 卷、 大內^ 興疵】 州へ 出 Hiirwb て、 尼 子方の 城 数ぬ 所攻 取り、 1:?^ 西條の 

^山に 城 を 築き、 藏田備 中 守. M=r 向 守 を 籠, 叙き、 防 州へ: ^障な り。 北; 節に ャハ p.!^ 

贺. 天 野. 阿贫 沼. 竹 Is- は、 大 内殿 下な, 5。 御 常 家. 武 田. 告川 は、 尼 子方に て: r 仔細 

は,尼子伊豫守は.:w川經^*の壻なるに付、御緣ぉに依.9て::::ilの如し。 然るお に、 

大永三 癸未 六月、 尼子,經久數ー:山の人數を卒し、^州 へ出iTな.^• 北 rsw に^ 取 b、 先 

^^^^^^山.?^55され候|4?- § 



山 
城 
合 



吉田物 mi 卷 第一 i ハ 

手の 龜 井能, 登 守 を 使と して, 鏡 山の 城 を攻取 b 候 間、 先手 を 賴み存 やる の 通り、 此 

御 方へ 申 懸けられ 候。 幸 松 丸樣御 幼年の 事に 候 間、 元 就 公 御供 成され、 御 後見 然る 

べしと 御 相談 相 定ま. 9 候。 然れば 多 治 比. 猿懸に 御 留守居 之 無く 候。 尼 子 殿へ 番勢 

〔通力〕 

の 儀、 仰 M さるべ き 哉と 御 談合 候處 に、 桂 左 衞門元 澄 御 S 守の 龍 は、 我等 堅固に 相 勤 

む ベ きの 旨 申 上げられ 候に 付、 則ち 元 澄 を 猿 憑に 差證 かれ、 同月 十三:!: 鏡 山 へ 御 取 

懸.^ 成され、 城下 民家 等 放火 仰 付けられ 候 刻、 城よ. 9 打 下し 終日 迫 合 御座 候。 幕に 

及び 城兵 引取, 9 候處 に、 城への 道 狭く、 人數 込み 候 様子 を晃 切り, 此御 方の 衆 押 詰 

め、, 數十人 討 取 候。 , 伊豫 守 殿 も 鏡 山の 向 下見 峠に 本陣 を 居 ゑら れ、 夫よ b 湯船の 

谷へ 打續 き、 尼 子 勢 陣取る。 此御 方に は、 鏡 山の 麓 満願 寺に 御在陣 遊され 候。 然る 

ト, % . 〔曲 力〕 

處藏田 備中守 事、 本丸 狭く 候に 付、 叔父 日向 守 を 差 置き • 自身に は 二の i ^輪に 居ら 

れ候。 元 就 公 御 計 策に て、 日向 守 心變. ^仕り、 御 家 來衆を 引 入れ 申すべし と 企つ る 

手 立 顯れ、 本丸 二の 2^41 つ 隔て 相 戰ひ候 • 日向 守 家 來も數 人 討死 仕. 9、 備中守 

方に も賴 切り 候 侍 三十 九 人 討 たれ 候。 此迫 合の 宇ば、 寄 手も稠 しく 攻め 候へ 共、 城 



a 山城!^ 



菊 法師の 

一 



四方の岸險蛆にて、輙く攻込み候|5^..^成らゃ候虑に* ^^中ょ..-使ゲ」出し、 ! i 巾 守 一 

人 切腹 仕るべく 候 問、 妻子 n 下 雑兵 御 助け 下され 候樣 にと、 御;^ 化 巾し^ に;:^、 御 分 

別 を! げられ、 5! 中 一 人 切^ 仕 b 、菊:^ 師と. S. す 娘 子、 其 外 子. 雜兵 御: i け 成され、 

同月 廿 八日 下城 させ 城 を 請 取,.^, 妻子 をば 竹 13- の. I ^谷^ 中に 御预 成され、 久しく 木 

谷 方に 抱 置き、 其 後山 口 へ 御 送! し 成され 候。 錢出^ 去の 後、 藏田 = ,w.:irjs、 尼 子 

殿御 許容に 預 くべ しと 存じ 出で 候^に、 總倾 の備屮 守に 逆心 致し、 不^の 至 木?;^ 

に 非す とて、 經久ょ b 切腹 巾 付けられ 候 • ^又^^1-法帥^;5.成-.^^し、大內^^:^^御代に舉 

&に罷 出で 候。 律 和野發 向の^ 供 仕り: r 義- ぉ沒落 2 後、 元 就: 公へ 召 出され、 0: 後 

守に 成され 召 仕 はれ 候。 宽永の15-の藏出豊後守爲めには組父にて御^^:^ 

中守忠死仕.^候に付、世枠^法師に對し、 義與ょ..^成狀下さる5に、 今 彼::^ に 所持 



幸 松 丸 様 御 逝去 W 元 就 公 御 家督 ゆ 御 夢想の 事 

*^松丸.1-;6逝去^-兀就,ぃ;御««=并御夢?-の事 さる 



吉 a 物語 卷 第一 き! 八 

繞 山御歸 陣 のきよ. り、 幸 极丸樣 御 煩 付き 成され、 樣々 御 保養に 懸られ 候へ 共、 御 養生 

御 叶 成され や、 同年 七 月 十五 H 御 逝去 遊され 候。 失に 就き 御 一門 中 御 家老 衆、 其 外 

限. C 之れ 有る 面々 相談に 及び 候處 に、 半分 は 尼 子 殿御 iElli. は御緣 者. と 巾し、 殊に 弓矢 

盛に 候 了 嵌の 內 何れな b 共 申請け、 御 家の 御 相 續に備 へ 然る? しと 申し、 半分 

は 元 就 公 御 器量 能く 御出^ 成され、 幸 の^に 候 il、 主お と 仰ぎ 然るべ しと. 5. され 

候。 時に 志 道 上野 介 谷.^ に 向 ひ、 尤尼 子の 一 族を£1^み候は.^別條無く倾掌たるべく 

候 へ 共、 彼 家 の 一 族 を. & 受け 候 時 は、 御 家 の 俄 は、 尼 子に 取られ た る 同前 に 候。 元 就- 

公、 弘元 公の 御 次男 なれば、 主君と 仰ぎ 候ても 不足な り 共存せられ まじく 候。 他 

家 批判 も 之れ 存る まじ。 殊に 御 生付卒 人に 非 や 候 間、 御相續 させ 参らせ 然るべ し 

と 申され 候へば、 一 座の 衆 巾 皆尤と 同意 仕..^ 候に 付、 談合 相濟み 候。 其 後上 野 介、 

粟屋 縫 1: 允 を 招き, 各". 5. し 談合の 通りに 相濟み 候へ 共、. 元 就 公 御 納得 如 W 之れ 有 

を つ 50 

るべき 哉、 卒皮御 內意を 得 巾 皮し と 巾され 候へば、 縫 殿 允 水. 9、 兒玉小 四 郞.; ^內々 

御 入魂に 候 問、 兒 玉を以 つて 御內意 然るべき 哉と 巾す に 付、 則ち 小 四郞を 呼び、 右 



の段ケ e. 合せ、 御 內意を 得 候:^ に、 元 就 公 n;^ され、^々 ij^" 心 入滿足 之れ に 過 ざ や 

候-併し谷..存寄られ候心入にも??^はす,向後^!€士の恨も之れ無き樣に"化ひ、,.^百 

姓に 至る 迄、 闲窮 せざる 様に: tfs 等 を 中 付くべき. 串、 ,M 後 心?::: 難く t 攸問、 倾^ 成る 

まじく」 攸。 され 共 我等の 足らぬ 處 V は^! 用扮 なく 兑を加 へられ、 跟ぉ 常:!^ のお 

に 候 取 立て 巾す ベ くと ぶ :3 1 に;:^ せられ 候 は.^、 御 別 心 は 之れ なき; 逋 b 仰^け 

られ、 小 四郎能 り御內 おの、, F, 一り、 委細 巾 上げ 候へば、 上野 介 承り、 谷, 中へ 其 段物 

t:£..^仕られ候に付、同七=;廿五=、 1^ 判の 替 紙を以 つて、 別條 なく 主お に仰舉 るべ 

き 3:; 中 上げられ 候 故、 日の 下に 福 .:5^ 左 近 允 • 做 俊 上 判、 志道上^:介^-::^^ 外^ 左^ 

門尉-•f-澄•井上河內守元兼.中材ぉ內少元叫•圾4R守^秀•.渡.,妖n.vp〔滅¥M^i 

前守元秀.赤川左京允元助.并上五郞三^就^^* 井上 源 三 郎元盛 • 井上" 脚左衞 門 元. U* 

赤 川 十 郎左衞 尉 就秀& 3 次郞 四, 親. 井上 七郞 三郞: 兀^ 以上 十五 人、 ^司 右 

京. 井上 與三右 門兩 人を以 つて、 誓紙 差 上げ 巾され-仮。 智紙 にも 谷! 所^の 通 h- は, 

兩人 山上ぐ べしと 之れ おる 由に 候。 经に 困って!^ 領 eg- 遊され、 問 年 八月 十::: 滿願 

幸 松 丸樣御 逝去 附 元 就 公、^ 并御 夢? -の ¥ . 九 



元 
m 

生 



吉田 物語 卷 第一 一 i 一 

寺 榮秀法 印 御曰収 仕られ、 元 就 公 御 歲廿七 歳に て, 猿膙 よ, 9 吉 S 郡 山へ 御 入城、 下 一 

下に 至る 迄陶奉 b 候 事。 一 

或 夜 元 就 公 御 夢想に、 毛 利の 家、 鷲の 羽 を 脇 柱に 繼ぎ、 頓て御 連歌 御 興 (J; 之れ 有る 一 

丄 

由, 古人の 覺 書に 之れ 有,. >。 又 或る 舊 記に、 御 母堂 元 就 公 を 御 懐妊の 時、 此御夢 I 

御覽 成され、 奇異なる 御^ 想と 思 召され、 占 仕 候 者に 仰 けられ、 御 占 はせ 候處 

に、 判者 考へ申 上げ 候 は、 此 御子 樣は必 す 御 男子 たるべし。 御成 長の 後 は、 西 國の主 一 

共 成らせ 給 ふべ し。 仔細 は、 脇と 申す 字 は、 月 を へんに 仕. ^ 、國と 云 ふ 字 を 書け-. y。 一 

柱と 申す 字 は、 木 へんに 主と 書け り, 月 は 陰な b、 西國 な, 9、 木 は 十八と 蒈 く なれ 一 

ば、 西 州 十八 箇國の 主と 成, 給 ふ、 目出度き 御 夢想な. 9 と 判じ 奉る 由な, 5、 件の 如: 

し, 

隆元公 御 誕生の 事 一 

大永 三年 癸未、 隆元公 御 誕生に 付、 御機嫌 斜 なら や 候 • 吉田御 譜代 衆 は 申す に 及ば 一一 



我與 父子 

s 州へ 出 

15, 



す 候 • 御 幕下の 衆 中、 殘らゃ 御 祝 上げられ 候 事 • 

大內義 典 父子 藝州 出馬の 1^ は 坂の 上 合戦の 并 七月 

三日 合戦の 事 W 雲 州 勢 金山 後 詰 の 事 m 夜 討 の 1^ W 義 

隆 金山 表 退陣 の 附大 內義興 樱愿表 退陣の 事 . 

大永四 年 五月 二十: n、 大內左京^^典.御子恳周^2介義隆、 防.,.: 《. 悩 ふ.^ の 勢 ニー W 五 千 を 

引率し、 岩 國永與 寺に 著陣; ^h- て、 愛に て總 勢お 二手に 分けて、 一 手 は 子お 義隆 を大 

將 として、 陶入 道道 麟後兒 にて 二, =3: 五 千、 武 田 光和: 城^ 州 佐;^ の 山へ 取 せ、 

一 手 は義興 自ら 將 として 一 萬の 勢 を 率し, 同國 草、 雄 仁 保 as の 城を攻 落し、 夫よ.^ 脇 

島; t 主 城 櫻 尾へ 押 詰め、 仕 寄 を 付けて 攻めさ せらる * 此 等の 趣 一兀就 公^ 召され、 

早速 飛脚 を以 つて 雲 州へ 告げ 給ふ處 に、 經久御 事、 正::; より 伯 州へ 出" 股;^ りて、 山 

名と 相戰 ひ、 數简 所の 城 を攻収 り、 山 名 入 近 を 困 州へ 一 退けら ると 雖も、 彼^ を d 

取 給 ふ 事 成 難き に 付、 载州 へ の 後 詰 延引 候。 然れ 北ハ 金山. 樱 の :附城 多勢^ け 

大內 お?? ぉ乂 川 出 もの^?^ 贝のヒ 八^ ^ の * け 二 

幷七 二 = 合戟の 《 -?? ,州 勢 <!* 山 s« 詰の 本附. の $ 附教 金山 

表;? SiS の 16^ 附大內 (櫻 尾 表? 5S1 陣の * 



吉田 物語 卷 第一 量 一 . 

れ ば、^ 固に. 持 慊へ候 事。 , . 

愛に 同 國の士 、熊 谷 兵 £ ^介-, 山中 佐 香 川. 飯 田 山 琴 1 島、 此六人 は、 武 S 光和の 

慕 下 なれば、 此度 籠城 見繼ぐ ベ しと 談合 仕り 候 へ ど も、 敵大軍 なれば 後 詰 も 叶 ひ 難 

く 、顧の 坂の 上に 在 it して、 敵の 樣體を 窺 ひける 處に. 此^ 共 坂の 上に 存 陣 して 居 

. ^候: 遗. 9、 敵陣 へ 聞え、 杉 伯 耆守. 同彻 解. 婦部介 .;1^ 紀 守. e. 談じ. 谷.^ 馳,: 1: ひ 

追拂 ひ. S. す ベ しとて 支度 仕り 候。 陶 入道 問 付け、 無用の 働な ひとて 却て 留まり けれ 

沘っ 曾て 承引せ や、 二 千餘の 人數を 催し • 同 六:;:; 廿 grn 夜 平よ. 9 打 立ちて、 谷 道 一 里 

計. e- 行き、 未だ 夜深ければ、 夜の くる を 待 居て、 熊 谷 方に も 敵^る と 聞いて, 所. 

所の 峯 谷に、 所の w::^. 共に 侍 二三 人に 手 を附 けて、 伏兵 を いて 相 圖の貝 を^い 

て、 紙 小 旗 を 揚げよ と. S. 付け、 熊 谷 は 若武; なれば、 吞川美 作 を 道し、 坂の 上よ,^ 

七 八 町 下- 5, 高き 峯を 前に 常て. ffl 恃っ處 に、 夜 巳に 明 方に なれば、 大內勢 時分よ し 

とて 押來 る。 山中 佐 渡 守. 飯 田. 山 縣.; i 島 二百 計りの 人數 にて、 十 町 計 出向 ひ、 少 

少矢^^して引退く。 大內勢 勝に 乘 じて 押 登る 處を、 熊 谷 • 香 川 能き 程へ 引受け、 n 妈 



七 R 三 B 



に 切って 懸れ ば、 一 たま.9,i.溜らす、三町餘,^引退く* iff 時 熊 谷 も ォば川 も、 元の 陣 

所へ?? 上 rs, 大內, や 見て取って 返し、 又 押 る * 折: siK 介お^ 4r 怖より、 相 岡の 

を 吹 立 つれば、 一 支 も 支へ や 崩れて、 夫より は 返す-:^ もな く、 木 i: へ 逃 込 ひ • 熊 

谷-香 川 追 駅け、 三十 餘甘を 取る。 坂の 上の 合戦と は是 な. 5。 

同 七::: 三 =、 武田 光和 城兵 三千 を 五 手に 分けて、 诚の足 崎に 打 出で、 先 g をば 被へ 

おろし、 -诚を 立つ る • 大內 勢, 樣 |g を 見て、 杉 伯智. 右 S.Eiw 三千^の 人^にて 出向 

ふ。 杉 勘 解 仁 保右衞 門大夬 も、 三千 計. 9 にて? おいて 出づる • 城兵 弓 を 摘へ て 透 

問な く 射ければ、 射 散らかされ、 進み 翁ね て 見 ゆる- され 先錄森 坂と 云 ふ 

者、 五 百計 b. にて 無二 |fi 三に 切って 懸る。 城兵 も相膙 りに して 戰 ひければ、 小^な 

れば、 終に 突立 てられ;^」 く處 に、 內 マお 湖四郎 只 一 人 蹈^ まる をお て 、^木. 堺湘, 條付 

三人 取って返 へす。 彌四郎 敵 四 人 突 伏せ, 其 身 も 手お 引 兼ねた る體 なれば. 光和 自 

身 旗本 五 百 勢の n 覉 先に 進み、 彌四郞 を 助け 、杉. 右田 兩 人の 備を取 ,9 仰 崩し、 陶阿波 

守 入 tz-cig いて 相戰 ふ。 光和に 勝れた る强弓 • 六 七 人 にても ぬる 程の 大. T 



た內 お; 《 父 f ^ の 乃 上 化 の $ 井 ^^-n,^^ ク ぉ 



一一: 一一 



吉田 物語 卷第 一 一一 一 急 

にて、 循も鎧 もた めす、 人馬 を 重ねて 射 賞 かれければ、 敵此 弓勢に 恐れて 進み 得 や。 

され 共 阿波 守 一 手 を 五 備に 分けければ、 入替々 々相戰 ふ。 其 後光 和 弓を投 捨て、 槍 

を 取って 陶若黨 七 人 迄 突 伏せ、 其 身 も疵を 被られ、 殊に 五箇 度の 懸 合に 時刻 移 h^、 

日の 旣に 暮れければ、 敵 味方 共に 相 引に 引 入 、璺 島. SB 田を始 として、 大內勢 を 討 

取 b 、其數 三百 七十 餘 人な hv。 味方に も 能 1^ 百 七十 餘人 討死す るな. 9、 俾の 如し。 

尼子豫 州經久 は、 伯 州 表 を引拂 ひ、 出 雲. 隱岐. 伯耆. 備後. 備 中の 勢を 催し、 雲 州 赤 穴 

迄 出張し, 井能 登 守. 牛 尾 遠 江 守. 高 田. 淺田 を大將 として、 五 千 餘の人 數を後 詰と 

爲し、 先達て 差 向けられ 候に 付、 元 就 公 を 始め 奉り、 士 口川 元經. 宍 BJ 兀源 * 賀. 宮. 三 

吉. 小 早 川. 熊 谷 以下, 四千 餘 にて 尼 子 殿 先 衆に 相 加 はり、 一 手に 成 、同年 七 H: 八日、 

金山 城 後 詰の 爲め 出張な り。 同 十日に, 龜 井. 牛 尾 先陣 を 乞 請け 五千餘 人、 ニ陣は 平 

挈宮. 三吉 ニ千餘 人、 三 陣は元 就 公. 吉川 元經. 小 早 川 • 熊 谷 以下 一千 七百餘 人、 此の 

如く 備定有 b て、 大內義 隆の陣 所 へ 押 寄す る。 先づ雙 方より 足輕を 出し、 矢 合し て 

少間 有- 9 て、 陶 阿波 守. 問 田 部 介. 靑景 越後 守、 三千 計. 9 にて 龜 井能 登 守備へ 憑 b て 



up 利 S 力 5* 

す 



相 戰ふ處 に、: 後守橫 松に 入 立ち、 能 登 守 人数 突崩す • 二の 手の 牛!: ^5 入 5^.9、 折 

節 杉 伯笞 守. 式部 少. 仁 保 右 mi: 大夫 以下 五 千餘の 人數を W つて 突立て ければ、 牛 

尾 も 崩れて 引返く • ニ陣の 16. 賀等請 « めて 扣 戰ふ。 元 就 公 • 北 (外 ^^=川. 小 n 十 川. 熊 谷 

備へは、;;^中三河守.狩野.冷^1^.秋月等五千餘人にて打って憑.-扣戰ふ" • 牛 twl 、手に 

て 敵の 先鋒 を 突 散らし 追討に する 處に、 陶逍蟒 、三千 餘の 勢を以 つて 助け 懸る • 之 

に 依りて 16. 賀叶 はす^ 5^r! く。 ^後 は 敵. 味方と もに 相 引に 引 入る * 尼 子方^ 山 七^ 

四郞. 展出 十六 島 を 初と して、 能^ 七十 餘人^ 死す。 此;: : の.^ 戰は大 内.^ の 勝利な 

ち、 件の 如し. 

元 就 公 御陣所 へ 、 山內. 宮. 三 iic. 杉 "5- を 招き 給 ひ、 此度龜 井. 牛:: に 先錄を f, . ^方 

聊か 勝利 を 失 ふ 事、 初^の 合戦と は 言 ひ、 無念の 满共 是非 無く 存 するな,." • 何卒 能き 

手 立 も 之れ 有る に 於て は、 申 談じ让 .5 たし、 敵に 一 i-t け^く^ じ:^ • ^"思 召 寄ら 

るる 〔f〕 共 は 之れ 無き 哉と 仰せられ けれ 北ハ、 谷"^ おの 御 返答 も屮 上げられ や 

に、. E 內 大和 守 巾され 候 は、 敬大: 本に て 候へば、. 平 場の As は 勝利, くお 先づ 二三 

父 M-J^ ノ州 出馬の ポ附 坂の ふ^ の お; «: 七 =-111 n へ: のド S 



00 卷 第一 J 一一 一-六 

百計. 9 人數を 出し 足 11 を は 敬の 模樣を 見せた く 候。 敵 小勢なる を 侮. C. 備を亂 す 

に 於て は、 そこにて 谷,^ 打 出で、 I 戰を 仕るべき 哉と 言 はれければ、 元 就八ム 召さ 

れ、 仰の 通 b 尤 然る ベ く 存じ 候。 さり 乍ら 手前 存 やる 處は、 此中兒 合せ 申す に、 敵大 

第に て 捉も碇 と 之れ 無しと 見え 中し 候 間、 夜 討 を 懸け 候 は J- 、勝利 疑 ひ 有る まじと 

存じ 候。 如何 思 召され 候 哉と 仰せられければ、 谷! 承, o、 尤 一 段 然るべ しと、 同意 仕 

られ 候に 付、 八月 五日 夜 大雨 なれば、 今夜々 討 を 御 懸け 成さる ベ くと 御 議定 之れ 有 

り。 雲州殿へは御使道され、今夜歜陣へ夜討壮.^候間- 一人 にても 御 出合 之 有る 間 

敷 候。 出會 巾され 候 衆 之 有る 時 は、 夜 討の 妨に相 成 b 候。 若し 仕 很じ候 は J.、 御 加 

勢 頼み 存じ 候 通, 仰 造され、 夜 討の 御備定 は、 御, 被 方 を 五 手に 御 分け 成され、 山內. 

宮.杉¥三吉入道は陶{^>51!:5守陣所、 志 道 上野 介 は 杉 伯耆守 陣 所, 吉川 元經は 千壽秋 

巧陣 所、 小 早 川 正 天 野. 竹 原 は內藤 下野 守陣 所、 元 就 公 は 熊 谷. 香 川. 三須. 遠 藤 を 

.ffl 具し 給 ひ、 若し 陶入^ 人數を 出す に 於て は、 敵の 模樣 を以 つて 御 一 戰之 有るべし 

とて 、中途に 控へ給 ふ。 御 約束に て 相 印. 桕言を 定め、 大雨 降り 一 入" 踏き 夜半 過に、 



敵陣 は J!^- 思 ひの 儘に 忍 込み、 鬨を 揚げて 切入れば、 敵は思寄らざる!5^.なれば、俄に 

驟 動し、 同, 数 を 知らす、 陶入^ 使 武者 を以 つ て、 夜 討と 云 ふ 共 小勢なる ベ し- 

而の □ 處を 守り、 他陣へ 交る ベから す、 定め^く 相 一; リど以 つて、 敵^ 方 を 分 知る ベ 

しと 觸れ さする。 杉. 內 藤. 靑 や 右田. 千 毒. 秋 =:、 是 等の 陣に は、? S たる、 者數れ 人、 

手 負 は數 知れす。 陶 入道 下知と して、 後陣の 弘中三 河 守 SK 和 勢 守に、 自分の 人數. 

四 五: C 計, り 附 けて、 夜 討の 後 へ 廻し歸^^を遮る ベ し • 夫に 就いて 元 就 公. 足 ii 共に 傍 

なる 松の 枝 を 手 に 切らせられ、 敵 寄す る 近の 繩 手に 捨てさ せ^ひ、 其 近 を 前に 常 

て、^ を 立て 待 受け 給 ふ。 il^ の 如く 敵勢 松て たる 松の 枝に ハ!; :懸 b 、柳 不. なるお 

を、 井上 河內守 一 族の 精兵 共、 矢先 を 揃へ て 射け る g 、矢場に 大勢 射 伏せら る。 此時 

山の 尾 崎に 伏せられ たる 者 共, 二 所より 立 起り、 弘中三 河 守 後陣、 深 野. 野 上-.. M 人備 

へ 切って 懸れ ば、 四 五町 計.^ 逃 退く。 表に 於て、 先陣の 弘中も 一 時に^ 崩されて H? 

く^!£を、追駄けく對^むる。 深 野. 姊 S を 先と して, 七 八十 人 討 たれた.^ と 後 = に 

取 開え けれ。 其 後 元 就 公 御木 陣に相 岡の Erv^J 吹かせければ、 總勢 一 所に^る • 1 

大內 f« 力; 父 出 ^附 坂の 上 Z 々?? ^井 七月 S 

?«ゃ.1州:&カ*!山.;《;???,の^5-附在討の事附^,ぉ金山^.ぼ陣の^附大內ぉ 



吉田物 mi 卷 第一 量 八 

; 同に 引取 b 給ふ已 前. 仰 合された る 首尾 一 つも 違 はや- 思 召の 儘 御 勝利 を 得らる 

な. 9、 件の 如し。 - 

義隆 金山 右の 夜 討に、 陶 入道 も 勇氣 後れて、 義隆御 初陣に 大势 味方 を 討た せ、 此後又 如何 樣 

城な 退去 

す の 儀 之 有るべく も 知れす、 仕 損 ひて は 向後 弓矢の 瑕 なれば、 先 づ此處 許 を引拂 ひ、 

. . 廿日 市に 到って 義 興と 一 手にな.=^、重ねて御本意を遂げられ候へと諌めて、同月十 

, 六 曰の 未明に、 金山 表 を引拂 ひ、 痕ケ 森の 城 を 一 刻 攻に乗 崩し、 男女 二百 八十 人切捨 

て、 夫よ h- 廿日 市へ 退陣の 事。 

義與御 嫡子 介 殿御 初陣 御手 際 宜しから や、 金山 表 退陣に は, 是非 無く 思 ひ 給 ひ、 先 

づ樱 尾の 城 を 政 崩し 歸陣 して 後、 元 就 を 味方に 招き、 重ねて 尼 子 を 退治すべし とて、 

城攻稱 しく 申 付けられ けれど も、 究竟の 勢 二 千餘騎 籠.. y た る 事 なれば、 急に 落 つ ベ 

き樣 もな し。 さるに 付陶 入道、 義 興の 機嫌 を 見兼ね、 今日は 其 荒 手に て 一 戰仕 るべ 

しと g.: み、 義隆を 後陣に 備へ、 手勢 三千 を 率ゐ、 佐 伯 與藤館 を 打破. 9、 首 三十 八 討 

取, て燒 立てければ、 義與 も少々 機嫌 を 直さる-。 然りと 雖も大 明 神の 御 神威に 



て 候 哉、 寄 Hf の陣 所に 色々 怪しき 事お るに 付、 諸卒の 恐怖 止ま や、 接 典は此 儀に も 

構 ひ 給 はす、 彌, > 诚攻の t ^柳し く 巾 付けられ 候 處に. 尼 子勢樱 Ili^ の 後 l_i として 佐 束 

に著陣 の. 5 告げければ、 先 づ當城 をば 閣き、 尼 子 御 一 戰 之れ 有る ベ きに 議定 候 へ ば、 

又 小 S. 滅 藏寺筑 前へ 出張の 通.^、 早 打を以 つて 吿來 る。 義興も 家老 を^め 評定し、 

先づ自 國を鈸 むべ しとて、 同廿 五: n サ^ を引拂 ひ、 防州へ:i^^乞納められ候な.^、 件 

の 如し。 

大內義 輿 逝去の 事 • 

大永五 年 十一 一 月 中旬、 義典其 勢 三 萬 計り にて、 筑 前へ 出 iii^ 有..^ • 龍藏^ と i 化 後. 境 へ 

出張し、 四月より 十月 迄對陣 の內、 六篚 度合 戦 あり。 終に 小 田 • 龍 藏寺. 星 野. 銜池等 勝 

利 を 失 ひ 和 を 乞 ふに 付、 義 典も領 掌し 給 ひ、 人質 を収 り、 同 六 年 1 1 月、 山 口へ 歸陣。 押 

付け 三 R: に は 石 州 へ 馬 を 寄せ、 尼 子方の 城 六 箇所 攻 落し、 其 後 三 隅 入道 居城 へ ;jfs め 

られ、 七月よ. 9 十月 迄 攻められ 候に 付、 同月 五: w 三 隅降參 す。 玆. に 因って 義興 は^ 

大內義 興 逝去の 事 S 



吉田 物語 卷笫ー 

田 へ 陣を替 へ、 雲 州 勢の 出張 を 待ら 給 ふ。 尼 子經久 も、 頓て 大兵 を 率 ゐて是 も濱田 

へ 著陣 な.^。 兩陣の 間 五十 餘町を 阻て、 數日對 陣の處 に、 又 伯 州 へ 山 名 但馬守 働の 

通-り 到来に 付、 經久 より 義 興の 陣へ、 使者 を以 つて 右の 趣 相 斷り、 雲 州へ 馬 を 入れ 

らるヽ 義與は 此時雲 州へ 打 入る ベ しと 議定 候處 に、 俄に 風 氣を煩 ひ 給 ひ, 大永七 

年の 春、 山 口へ 歸陣 有- 9 て、 醫術を 加 へらる と雖、 扶 か.^ 給 ふ 事無く、 享祿 元年 十 

二月 廿日 逝去し 給 ふに 付、 御子 息 周 防 介 義隆, 廿 一 1 歲 にして 御 家督な, 5、 件の 如し • 

武 田 光和 熊 谷 信直不 和の 事 

武田 光和. 熊 谷 信 直、 不思議の 意趣 出來 して 不和に なり、 巳に 天文 二 年 八月、 光和 一 

千餘の 人數を 催し、 二手に 分けて 三 入の 高 松の 城へ 取懸ら る。 信 直 も 此趣を 聞い 

て- 舍弟平 藏直績 に人數 を附, けて、 橫川 表へ 差 出す 處に、 武田 方に は 伴 五郞. 香 川 光 

景を將 として、 己斐 入道 を 相 添へ、 入百餘 にて 大手へ 寄す る。 卒藏 一 足 も 退かす、 

<^&を限.5に防戰に付、 武田方にて軍奉行と開ぇし粟屋兵庫を;HI-上ょ,.^射落す。 其 



武田 光和 

逝去 



上 小 河內ー 旌七人 迄 一 所に 射 留めし かば 、武田 方の 者共氣 を 失 ひ、 忽ち,:^ れて 敗^ 

する • 光和 は 搦手よ, 高 松 へ 押 寄せ、 攻 破れと 下知せられ」 攸處 に、 -キ藏 大手の 寄 手 

をお 散らし、 直樣 光和の 後へ 廻り, 閲を 揚げ 魅れば、 光和の 旗本 も fj^ 外なる^ なれ 

ば、 れて返 散す る。 光和 は漸々 我 城 へ 引 入られ、 其後乂 i»2 松 へ ^らる バ しと. $ 

せられ けれども, 元 就 公 ギ贺 へ仰談 せられ、 武田, おし 1„2 松 をな むる に 於て は、 後;!! S 

之 おるべし とて、 御人數 催さる、 に 付、 重ねて高松を攻ひる^?;-成難く、 一 ;:: 々々と 

延 d に 及ぶ 內、 光和 重病 を;? 一? け、 gci^ 驗 無く、 翌 天文 三年 二月 死去な.^。 玆に w り 

家老 共^ 會ひ、 家^に は 何れ を 取 立つべき 哉 人 ゆ 議^々 にて、 剩へ, 論に 及び、 同 

士軍, 仕出し、 方々 へ 立 返く に 付、 武 W 家斷絕 する。 ^:^後は蘇州の國衆三十六人も、 

多分 元 就 公 へ 風し &さ れ候 件の 如し。 



吉田 物語 卷第 一 終 

武 S 光和 熊 谷 1;? 直 不和の 辜 



吉田 物語 卷 第二 . 一") S11 

吉田 物語 卷 第一 一 

iK 戶元源 御 和睦の 事 附山內 大和 守御內 通の 事 

元 就 公 常に 思 召され 候 は、 御當 家の 儀 は、 御代々 大內殿 慕 下にて、 互に 御 疎 意 有る 

まじき 旨、 御 誓紙 を 御 取替 はし 成され 候處 に, 去る 頃 幸 松丸樣 御代に、 尼 子 經久大 

軍 を 率し、 多 治 比の 向 ひ 西 光寺に 本陣 をす ゑ、 奴 を 退治の 節、 - 先手 賴存 やる の 通 

使者 を以 つて 申 通じ 候。 幸 松 丸樣、 御 幼年の 御 事故、 仔細 無く 請 合 ひ、 坂の 城攻崩 

し、 夫よ, 9 以來雲 州の 幕下に 屬し候 事 木 意 を 背き、 何と ぞ 御手 切せられ、 大內 殿へ 

御先 代の 如く、 慕 下に 成られ 度く 思 召され 候へ 共, 御 近所に 宍 tt; 殿、 ! i 後に は 雲 

州境に 山內 大和 守 居られ 候に 付、 先 づ此兩 家と 御 和睦 成され、 其 上に て 雲 州 御手 切 

に 遊 さるべし と 御 工夫 之れ 有 b -。 志 道 上野 介に 御內通 遊され 候。 其 時の 御 書に、 



逮く 虎狼 を 襲 はんと すれば * 近く 毒蛇お h と 遊され たる 由に 候 • お 後 御 一 門 巾. 御 

家老 衆御內 淡に て、 天文 三年の より、 {六戶 元 源へ 御手 を 入れられ、 御 和睦 遊され 

候 * 元源も元就<ムの御弓矢^^第に御盛にな,.^候間、 和睦 化ら れ 度く^ せられ 候 折 

柄、仰入れられ候故、卽時傾《:_^-の御返答にて、互.の御§;^:1等相調ひ候。 元 源 も 後年に 

f て、 元 就 公. お 顔^る ベ く、 先づ 互 に 途中 へ 出合 ひ 相 對爲さ る ベ しと;:^ せられ 候 

處に * 天文 四 年 正 =: 十八: n 、年. g の 御 r 軋の ハ:;^ め、 元 就 公に 供迥 五十人たら すに て、 ャハ 

UI 殿お 城 3. 立へ 御 越 成され 候。 士:: 田と 甲 立の 間 一 里 計り 之れ おる に 付. 先 て 御 使 

者?、 3 され 候。 夫に 就き 甲 立 城下 川端;,: T 御 案 內の爲 め 差 出され 候 使者の 口上に、 御 

出^の 通り 巾 上げられ 候へば、 扣當の 御 返 il にて、 直^ 城へ 御 入.^ 成され 候。 元 源 

父子 御 入^^ち、 御 一 禮相濟 み、 其、 後 種々 御馳走 から や、 御 勝;^ 上られ t 攸。 頓て 

御 立 遊され 候と おじ 候處 に、 si^ 々御咄 成され 候。 元 就 公 御 f はに 、新^に 御 心安く. S. 

談 じ!^ 1 世なら ぬ奇緣 にて 御 !^候" 今 は" お 切 化 b 、終" 伙 御物? £ 巾 承 り^く 

じ 候と 仰せられ 候へば、 元 源 機嫌 大方なら や、 夜陰に 成り 候ても^々 御馳走に て、 

» 宍戶元 源^ 和睦の 大和 守 御. S 通の iss- S 



元 就宍道 

ふ 



元 就 <s 源 

互に 相 信 

す 



i 吉田 物語 卷 第二 

其 後 御 寢所を 同う し、 御座 敷 へ 構へ、 元 就!: ^や 元 源 も 御 枕 を紋べ られ、 終夜 御 雜談の 

御 序でに、 元 就 公 御意に、 御 嫡子 雅樂頭 殿に 未だ 御 綠職御 取組 も 之れ 無き 樣 承り 

候、 さ も 候 は 我等 娘 年齢 も 御相應 たる ベ く 候 間、 進 じ 申し 度く 存じ 候。 御 奥方 御 

談合 成され、 御領 掌に 於て は、 御 本懷思 召さる べきの 通.^ 仰せられ 候へば、 拆は御 

年相應 なる 御 息女 樣 御座 候 哉、 幸の 儀 共に 存じ 候。 奥方へ も 申 聞かせ、 御 談合の 上 

奥へ も 元 就 公 を 御 招請 候て、 御 相 對の上 御 綠談相 調 ひ、 御 雙方御 祝詞 仰せられ、 御 

悅氣 限, 5 無く 候。 其 後 御 表に て、 御 朝 御 膳 召 上られ、 御心靜 に御咄 成され、 御歸 b 

遊され 候 事 • - 

又舊 記に、 前の 夜、 元 就 公よ.^ 期 様 御 心安く 罷 成..^ 候 段、 之れ に 過ざる 本懐に 存じ 

候。 彌,. 向後 阻 心なく、 互に 申談 すべき 爲 に!^ 間 、御 奥へ 御 目に 懸け 度き 由 御咄成 

され、 元 源 猶又悅 び、 同道に て 御 奥に 於て、 御綠 組の 儀、 元 就 八ん 仰 出され、 御 首尾 

好く 相 調 ひ、 其 後 御 表 へ 御 返 出 候て、 御寢 成され 候 刻、 御供の 衆 いづれ も罷 出で、 御 

馳走の 段 申 上げられ 候 節、 御供に 召 連れられ 候 御茶 湯 坊主 罷 出で、 此度 御供 仕, 5 見 



山內 大和 

守 元 就に 

内 刚ォ 



及び 候處. 兼ねて は 城 に 之れ;:? るべ しとお じ候處 に、 案外 左樣も 之れ 無く、 此 

5^なる儀に.候は.^、 頓と朝懸..^に化懸け、 手間 も 入る まじく- 殘 念に;:^ じ 候と. S. 上 

候。 元 就 公^ 召され、 の 外 御 氣色途 ひ、 御 呵.. > 成され、 すでに 御 脇 #i へ 御 乎懇け 

ら るべき の處 に、 早速 駆拔 け, 4> ;關の 外お 一 逃 出で 候。 其 時 元 就 公 仰に、^, 能く 間 

け、 元 源 父子に 御竦总 無く 仰談 せらる ベ き 爲め御 出 成され、 セ:; 夜 北 〈に 御馳走 御木^ 

之れ に 過ぎざる 處、 あの 樣 なる たはけ 者、 主人 を輕 じたる や:;々 なれば、 以來御 化 ffi 

の妨 に. W 成 候 問、 一麼仰付けらるべしと思召の通り御^:-】成され候。 此^ 子 を 御. お 

處の 床の 下に、 元 源 附© かれ 候 侍 承り、 元 源へ. S. 問け 候へば、 ^こそ元就は利^^な 

る 仁と 問 及び 候 虞に、 11 れー、 赏 なる 心 入れ、 向後に 違 ふ 事 毛頭お る まじと て、 一入 深切 

に 仰 合された る 由に 候 事" 

元 就 公、 或 時 n 羽 下野 守 を 召して 御意 成され 候 は、 其方 は 山內和 州へ 取 入.. >、 何卒 

入魂 候樣に 仕るべく 候。 先づ其手立には、一 字の契約を仕.^然るべしと仰^けられ 

候に 付、 大和 守 方へ 使^ を つて、: ft の 字 所 申され 候處、 用扮 多く は;^ じ攸へ 共、 

宍 戶元源 御 和睦の 本 附山 內大初 守御內 通の 145- S 



浸の 氏 元 

に 由 < ^就 
通 ゃ斷尼 
す 義絕子 



吉田 物語 卷 第二 誘お 

御心入千萬忝く存じ奉,.^候。以來疎意無く申談ゃべく候爲に、御所sl-に任せ候とて、 

1 字の 契約 相 調 ひ、 實名を 通 良と 改め 申され 候。 夫に 就き 此度も 下野 守を以 つて、 

Mii 仰談 せられ 度き の 由、 仰 遣され 候へば、 大和 守 御 口上 承り、 我等 も內々 申し 談 

じ 度く 存じ 居り 候 折節. 仰下され御心入,.^、 別 て^く 奉じ 奉. y 候" 向後 相違 無く 御 

意お 得べ く 候。 さり 乍ら 尼 子 家 を 手 切に 仕 候 儀 は、 何共 仕 難く 候。 雲 州境 目に 居 

られ 候へば、 手 切に 仕り 候て は、 一 日 も 相 成らざる 儀に 付、 內存は 聊か 別 心 御座 無 

ぐ 候 通. 9、 誓紙 を以 つて 御 返答 申 上げられ 候 事。 

■ 防 州へ 御 使者の 事 

天文 三年の 夏、 宍 11; 殿御 和 談調ふ 後、 元 就 公 御 一 門 御 家老 衆 召 出され、 雲 州 を 御手 

切に 成され、 大內 殿へ 先年の 如く、 御 案內仰 入れら るべ しと 思 召 候 通. 御 密談 候 

處に、 何れも 御意 御尤に 存じ 奉, 9 候。 御先 代の 通り 大內 殿御 慕 下に 成させられ 候 

へば、 御國雙 びの 儀に 付、 萬 事 御 自由 も 能く 御座 候。 尼 子 家の 儀、 彌.. 御手 切 御 議定 



へ K: 
下 元 
向山 
マロ 



遊 さるべく 候 段、 然るべき^と 仰せられ 候へば, 各" 承 b、 一 g^^御尤に存じ舉.^候通 

b 申 上げられ、 兒玉 木工 之 允 を 御 使お と爲 し、 山 口へ 差 下され, 近年 尼 子.;^ の^ 下 

に 成らせられ 候 次第、 御815:紙にて御斷.^仰上げられ候。 義隆 n 召され、 御 筋.? I 

錢らす 仰 越され、 彌,. 御滿悅 遊され、 木工 之 允に 御對 面な され、 源 全に 仰 八 n さるべ き 

の 旨 御 返答 相 調 ひ、 兒 玉に 御 暇 下され 罷歸 b、 登城 致す 越、 委細に 巾 上げ!^ へ ば、 御 

大慶 遊され 候 issi- . 

隆元公山ロ御下向の^:- 

右 の 通.^ 大內殿御幕下 に成 ら せ ら る X に付、 御^人1」し て、 ,^^元公山 口 御 下,!: 遊 さ 

れ! r 御供に は、 志逍下野介廣.:^^典禪寺の龍i^堂•^i^少輔十郎•赤川又三w.兒H-ig 

七郎、 此外 小身 衆 御供 仕 b 候。 山 口 御 著 遊され、 翌;: : は義隆 公よ.^ 御 使^ 之 wh.、 

御 家來衆 殘らす 御旅 {i? 御見舞 中 出 でられ、 御^も 御馳走 御座 候 

防 州へ 御 使 A の 元 公 山に御下向の^5$- S 



尼 子 氏と 

,i け. , 



宮若俠 守 

元 就に 降 



吉田物 St ゾ 2 卷 第二 二 S 八 

雲 州 御手 切の 事 

山ロの儀御首:Ii^-好く相調ひ、 K 後 雲 州 富 田に 差 置かれ 候證 人、 光永 中務少 • 赤 川 十 

郞左衞 門 方へ、 尼 子と は 御手 切に 遊され 候 間、 早速 忍び 候て 罷歸り 申す ベ き 旨 仰 遣 

され 候。 央に 就き 雨 人 談 じ、^ 中に 忍び 候て 罷 退き 候處、 何と 仕 洩らし 巾 候 哉、 

宫田衆 聞 付け、 大勢 追 駆け、 大樂と 申す 所に て、 光永 中務 一 所 衆, 共に 十五 人 討死 仕 

b 候。 其 問に 赤 川 十 郎左衞 門切拔 け、 無異吉 田へ 罷歸, 9 候 事。 

宫若狭 守 降 參の事 , 

天文 三年 七月、 備後 國衆宮 下野 入道 居城へ 御 取 懸け 成され 候。 御先 手に は、 熊 谷 信 

直. 天野隆 重. 香 川 光景. 同 弟 光忠、 御 旗本 共に 二 千の 御人數 なり。 然る 處に 入道 急 

病 を 煩 ひ 死去す。 嫡子若狹守^_^年た,9と雖も,家老に丹下與三兵衞と申して、大剛 

强の者 有. 9、 彼が 一 族 共 何れも 忠義の 侍に て、 城 を 堅固に 守り 防戦 仕り 候に 付、 城 



下 等に 放火 仰 付けられ、 御引収 b 攸節、 彼 與三兵 衞五ぱ 計 b にて 附送. ^候 故、 

何れも 取 懸け 戰 ひければ、 丹 下 叶 はや 引^く • 此御 方, にも 打 も 仕らす、 御 納め 

られ、 其 後 節々 合戰 之れ^..'、 始終 御 勝利に 付て、 城屮 降^す る 御 分別 を 遂げられ、 

若狭守に下城仰付けられ、城を受取.<^申し候事。 

武田 信實吉 田へ 働く の 事 

武旧光和死去の後、跡職の《^^論出來、 家老共ニ手に分れ、同士:4仕..^:^ 武 田の 家 

斷絕! ^處 に、 尼 子 殿 ic^ 下に 依りて、 武 田の 一 族 武出刑 部少輔 信. おに 家^ 巾 付けられ 

候 • 家老 共 家 を 立て. E. すべき 爲に候 故 中 を 直し、 信赏を 主君に 仰ぎ 立てられ 巾す 

べき 通 bf,i 合. e. すに 付、 信實 金山へ 入 域して 後, 尼 子 殿へ 加勢 を f;i ひ、 手勢 共に 一 

千 五 百の 人 數を举 し、 ii" 田 御領 分 相 働き、 放火 仕.^ 候 • 此段間 召され、 卽時 御お を 

出され、 福 谷と 中す 所に て 御 一 戰^. o。 武田勢 を 追 崩し、 御 勝利 を^られ:^。 此時 

高名 衆舊 記に 之れ #: く、 又 御 合戦 場 般若 谷と 記した る舊 記に も 一 處、 二 名 は S3 つて 

m:: ム州 御手 切の! せ: li!; 狭 守 „^<1_. ^め 事 武 へ勵 くの 事 S 



なす 尼備 
攻ろ子 後 

む にの 
城騸中 



吉田物 卷 第二 5} 

究む ベ き 事。 

ffi 後 諸城攻 m 桂 元 澄 弓勢 m 井上 源 五郎の 事 

尼 子 一 味の 藝州衆 抱の 城 御取懸 成され、 藝 州に 於て 五箇 處の敵 城 御 攻収. ^候て、 失 

より 天文 四 年 三月に、 備後 高野山の 城へ 御 取 詰め 遊され 候。 尾頭ょ.^仕寄仰付け 

らる。 城 生 は 高野山 休意と 中す 者な り。 備 前の 侍 赤松 方へ 加勢 を 請 ひ 候 故、 城 中 競 

ひ堅固に固め居り候へ共、糧1^-しく、 本丸より 二の丸の 間に 深 丈 谷 あり、 大網を 張 

つて 瓢箪 を以 つて 兵糧 を 運び、 谷. -綱を 射 切るべし とて 手立て 候へ 4^ ハ相 成ら や 候。 

元 就 公御覽 成され、 桂 右 衞門尉 を 召し、 御 射させ 成され 候處 に、 あやまた す 大綱 を 

射 切り、 甄簞は 谷底へ 落つ る。 元 就 公 御覧 され、 弓勢 を 御成 遊され、 則ち 能 登 守 

に 受領 仰 付けられ 候。 城 中も糧 絶ち 候 故 降 參し城 を 渡す。 此勢を以って備後^!處 

城 七 筒 所 落 去す る。 愛に 井上 源 五郎と 中す 者、 武功 有り 智峪ぁ h^、 殊に 忍び を 能く 

仕 候 故、 六 箇所 輙く落 去 候處、 七 箇所の 城市 川の 城と ゆす へ 忍 入 b、 深手お ひ、 頓 



高野山 休 

意.^ 攻む 



井. M 源 玉 

£1 死去 



合戦 



子 氏の 



て 相 果て 候" 元 就 公 御 惜に思 召 候。 此 節^.^ にて 十餘简 所い 城お 去に 付、 彌.^ 御昧 

方に.^ られ候 衆多く 御座 攸 SF 

生 田の 诚^ 去に 付 戸坂 八:! 戰の 造 合戰 の , 

天文 六 年 三月 七 曰, 生 田の 要害 御 切 崩 遊され 候。 其 節 岡 乂四郞 m 、尼 子方^ 新 五 右 

衞門を討収.^、高名仕b候に付、元就公御成狀下され候。 同 八 年 六:;:; 十六 = の 夜、 

藝州 造賀に 於て、 平 I:!; 隆 家と 御 <:: 戦お り。 平ぉ勝利を失ひ、5^^|散化り候。 此 時お 名 

の C 內藤小 五郎; ハ, 井上 新 三郞. 兒玉 木工 之 允、 何れも 敵 を?^ 収り、 i^M 名:^ h- 

候に 付、 元 就 公 御戚狀 下され 候 事。 

尼 子 家 由來の 事 附晴久 吉田發 ,:i; 評議 の 事 

尼 子 家の 由來を あらまし 擧げて 記す るに、 宇多天皇の末流佐な木源:ニ秀義の後^!^ 

なり。 尼 子と 號 する 事、^ 前 守 高久ょ b 始まる" 然るに 高 久ニ男 尼 子 上野 介 * 始め, 

生 E の 城!? 5 去に i: 戶坂 <f【 戦の 率 井 合戦の 事 尼 子 家 由来の S 

久吉田 《HE 評議の 事 . 



議た元 尼 
すん 就 子 
事^ 晴 

な m 



吉田 物語 卷 第二 Is 

て 雲 州へ 下向し、 武威 を以 つて 因. 伯. 隱. 石 を切隨 へ、 本國 共に 五箇 國を領 せられ, 

高久ょ h- 三代 目 を 經久と 云 ふ。 此人軍 術 法に 叶 ひ、 武勇 他に 勝れ、 右 五箇 國の 外、 

雲. 藝. 備後. 備中. 備前. 播磨. 美 作、 此國々 、或は 半國 或は 二 郡. 三 郡 切 取らる。 依って 

幕下に 屬 する 者 多し。 夫よ,. M 二 代 目 を 晴久と 云 ふ。 親父 は 民 部少政 久と號 す。 永 

正 十 年 九月 六日、 雲 州 阿與の 城に て 流 矢に 當 つて 逝去な. y。 因って 家督し 給 ふ 事 

早し。 然る 處 天文 八 年 十 一 月朔 日、 新宫の 一 門 衆、 其 外 家老の 面々 悉く 登城 有りて、 

來 年中の 備定の 談合 有..^。 是尼子 家の 舊 例によって 是の 如くな り。 其 節 晴久宣 く、 

毛 利 元 就 事、 我等に 背き、 幕下 大內義 隆に屬 し, 今年 備後外 郡の 侍 共 を、 元 就 調議を 

つて 大內 幕下に 招き、 或は 己が 手に 附 くる 事、 當 家に 對し 大敵な, 5。 往々 子孫の 

爲め にても あれば、 來 年は藝 州へ 發 向し、 彼れ 退治すべし。 谷-如何 存 せられ 候 哉 

と宣 ひければ、 何れも 尤と 同じけ, 9。 尼 子 下野 守 は 元 就 武勇 勝れ、 智謀 た 深し。 

其 上 大內殿 を 後搪に 持ち 候 へ ば、 小身な りと て 侮 b 候 事 不覺な ,9 1 申さ れ候 へ 共、 

晴久 止む 事 を 得られ やして、 旣に 評議 相 定まる. と^も、 春夏大 軍の 糧米 不自由の 由 



に て、 秋に り發 向の 通 h- 圃中 へ 陣觥 あ, 道筋 晚難 《^ 合して、 ^久 の权父 尼子紀 

伊 守 久. 式部 少輔 ^久. 尼 子 上お 介に 巾 付けられ、 又 伯 州^ 條ノ 打 松 等^ 衆の 守 

を 窺 ひ、 本領へ 打 入る s!- も おるべし とて * 此 押に は 後. i^. 同お 左 一 2- 一ぬ に 二 千 

人 を 附け殘 し SK かれ 候 • 此御 方の 物 に は、 內別作 助 四 郎と云 ふ 近お の 者 を、 作 ひ 

科 を以 つて 追放し 差 越され 候。 則ち. 吉 田へ 來.^ て 元 就 公へ 御舉 公. S. 上 候 • 前廉ょ 

h- 御存じ 成され 候お と は. &し 乍ら、 御身 近く 召 化 はれ 候 事、 勿體 無き 儀な b とて、 

^家老 衆 を 始め 巾し 候 事。 或 時睛久 當地發 向の、,? nib, 世上に 取汰沙 之れ 有 h- 候 間、 

^?實にて石州ロょ.^押入.0、 ロ羽•河根•河井の渡..^淀へ押通.^、多治比.^へ打出で• 

齊光 as 山へ 御 陣取.^ 候 はい、 防 州への 通路 絕ぇ 手^む つかしく、 常時難^^たるべ 

し。 何卒 三^ 方角に 陣取られす 候^ 然るべきの 段、 御 家老 中、 外滿 の 節 御^ 成 

られ候 へ ば、 助 四郞吉 田の 取沙汰 承る より 欠落 仕り、 や.: A 州 へ り、 暗久 へ 委細に 

右の趣中上げ候故、石州ょ,9打入.^候處、 定めに 大方. W 成 b 候 寧。 

尼 A,0 ^由来の * 附晴久 田 發向評 謹の 事 JlJ-m 



雪 州 勢 八 

幡 山の 城 

に 入る 



吉田 物語 卷 第二 さ s 

新宫衆 備後表 働の 事 

尼 子紀伊 守國久 事、 岡 式部 少輔 • 尼 子 上野 介 道筋 見 分と して、 三千 餘の 人數を 率し, 

備 後の 國 衆三吉 式部 少輔隆 信 は、 雲 州の 味方 なれば、 彼れ を 案内 者と して 打 入る ベ 

しとて、 天文 九 年 六月、 彼 表 へ 出張し、 隆信頜 智志和 地と 云 ふ 在所、 三百 五十 貫の 所 

に 八幡 山と 云 ふ 城 有- 9。 诚主、 隆信 家老 中 村 石 見と 云 ふ 者な,^。 三 大將此 城に 在 

陣し、 諸 所 手 遣の 働 あ,. y。 元 就 公 此樣子 を 聞 召され: 御馬 廻 b 計. 9 にて 甲 立 へ 御 出 

馬な され、 元 源 父子 御對面 遊され、 此度御 籠城の 備に: T 諸事 御 密談の 時、 元 就 公 御 

意に 、宍 sllsi 兼 持 口 祝 山の 儀 十 死 一 生の 地な り。 ザれ も を 之.^。 M ほ。""' 

追って 之な 尋 S べきな り。 榮通宍 戶系圔 見る LL 、隆觥 は 安藝 守 元 家 次男 元 源 9^ws。 ハ^ゅー。兀1^?.立れ! 

城 娘 子 元 源に 讓リ、 E 州 SS 岩屋の 城-, L 隠居す 後に 二 男隆缺 に. B る、 仍っズ 子孫 深瀨 と琉 マ。 宍戶 と號す 

^S^^^^M 勿論ながら 少 も弱氣 無く. 堅 E に 防戦の 樣に申 付けら る ベ く 

候。 隆兼相 叶 はざる 時 は、 御 自分 御 父子 御 加勢 有るべし と宣 ひ、 御 談合 終って 御歸 

城 遊され 候。 拆又 新宮黨 在陣の <幡 山と ニ兀源 領分 祝 山の 城 は、 中間 一里に 足らぬ 



_s 山の 城 



所な h,. 祝 山 敵 寄の 面に、 犬 飼 1^ と 云 ふ? 山お 前に は 十; 口田へ 流る ゝ 大河 あ 

ち。 敵陣 來る 道筋 を 七 八 谅所报 切 、馬 防ぎ を鎮 せ、 大石 を^め 弓矢 を 張."、 城 W 

に は 井樓を 上げ 堅め、 かい. たて を かき 筵 を 釣.^. 見 透され ぬ用总 をして 柑 待つ 處 

に、 ^^::^州勢山体ひ に押寄せ、 祝 山の 麓 石 見 堂と 云 ふ 渡.^ を 心 懸け 和 働く • 手勢 

僅な,. r と雖 も, 悉く 麓へ おろ し^を 立つ る。 で :4 州 勢 小勢なる を 見切.. -、 人 數を渡 

h- 口へ 向け、 我先にと 河 を 越えて、 彈正も 一 命を惜 まや 防戦 ひ』 怏に 付. 流石- 5^ み 

し 新 宮黨ぇ 渡らす して 少し 引返き、 人お を 休む。 彈: 止 も の 一 戰に 1^ れ たる 士 

卒を 勇め、 是も少 七 退いて 備を 立つ る。 此 折節 元 源 父子 後 詰の 爲め出 して、 旗 先 

を 見せら る、。 城に は 老若. 男女 軍用に 立たざる 者 共に 甲 育 をよ ろ はせ. 銷 杭.!^ 

^-小 旗 を 持たせ 申し、 ^取より 押出す。 諸 所に 隱し 置きた る 者 共 石弓 を 切って 放 

せば: ャ ffl: 勢の 倔へ 數 多の 大石 崩れ 懸 るに 付、 人數噪 5 し^もめ 候。 三大將 此^ 子 

を 見て- 发 にて 人數を 損じさし 如何と 思 召け るに や、 總勢を 繰^に して 本の 八^ 山 

へ 引 入. 0. 失よ. 0: ぉム州 へ f 備 後より 郡 山 へ 通路^ 難の 地 多し。 殊に^^ハ戶^^地の 



■sc ほ 物 .-.i 卷 第二 一 i 

城々 堅固に て、 大軍た.=^と雖も諸所の城を攻め破らば、 郡 山 へ 御發 向日, 數懸る ベ し 

と 委細 申されければ、 此方に も ほのかに 聞きつ る 事と 仰せら る。 石 州の 發 向に 相究 

,.^候事、爱に古老の物語有.^、左に之を記す。 或 時 吉川元 春 様より 宍 隆 家へ 年 松 

彌 六と S. す 者 を 御 使に 差 越され 候處、 甲 立 登城 仕, =>、 御 口上の 趣 申 上候處 に、 隆家 

は 元 就 公 御 忌日に 付、 書院の 床に 御 位牌 を 御 懸け 候て、 御 牌 前に 御座な され 候處 

に、 御 使者の 通, 5 .6. 上 候へ ば、 則ち 彌六を 召 出され、 直に 御 口上 閡 召され、 今: n は 元 

就 公 御 忌日に 付、 出家な ど 招請し 燒香 仕. > 候。 家來共 へ は 燒香差 免され す 候へ 共、 

御 自分 は 元 寿 名代の 儀 なれば、 尊靈の 御燒香 仕るべき 3n 達て 仰せられ 候に 付、 年 松 

承.^ 辭退 候へ fir 再三 仰 付けられ 候に 付、 御 次へ 立 たれ、 別の 香 爐へ火 を 入れ 持^ 

仕 引下. 候て 燒香 致し 候。 其 時隆家 御意に は, 其方な ど は 年若く 候へば、 元 就 公 

御 生 付 常住の 御行 跡を存 やまじく 候。 先づ 《s に は 物靜 にして、 いそが はしき 氣色少 

しも 見えざる 人な, 9。 如何程 諸方よ, 急難 を吿來 b 、大敵 を 御 引 請の 時 もぶ; に 鍵 

, ^たる 氣色聊 もな く、 却 つ て 春 は 花 秋 は 紅葉、 其 節の 風景に 依. て 連歌の 會又 歌な 



ど:^|まれ.^多し- 我 Si 業 成る. まじく と 2b へ ば、 馬 を 乘- 弓 を 射、 太 を 遣 ひ 走 & 

くらこの 飛 奥 H 一勝れ たる 人な り。 家中の: &共は 云 ふに 及ばす、 ^^下に成.=^、初て對 

〔衍カ 〕 

面する 者々 il- 此人, どこ そ 主君と 頼む ベ きな. 9。 一 の 約^た とへ ば., T=: を^る 共、 

違 ふ 事 有る まじと. 思ひ忖 く^に 律^^ 一 にして、 夫々 に對し 蹄^^し。 慮外なる 

振舞、 奢. - たる 行跡お rfel もな し U 土民に や: る^ 無 非 分 少しもなければ、 悉く 

思ひ附 き、 何, ii^ の 役 依な.^ とも. H. 付けられれ? へ かし。 奉公 化 しと:! i やる 程の 仕 

^なり。 又 心 を 細かに 逍 はれ!^; 大方に 非 や。 "化 はとく と .ぉ ら る、:^ なく、 说. 料 

紋. 灯 を 枕元に 置きて、 諾處境 H に, や はかれ 候 侍 „ ^ハ へ、 北 〈節に 隨ひ 川狀の 案文、 北 パ外川 

^の^ 思 ひ 出され、 次第に 害 付け^き. 翌朝 家老 共 出: の 時、 1=- 品々 の 川め t 巾 付け 

られ た, る. H に: r 一 年 尼 子 ^出 3 田發 向の 風 IS 、他國 よ.^^ れ 無く 候 時節 も、^ 城 

の 支度 之れ^ るかと 思へば、 又い つもの, く 歌 を 詠まれ 述欲會 など wh- し。 尼.^ 

の 一 門 宮黨、 備 後口より. g 方 領分へ 働 入る の. His 召さる. -に, お廻り 駭の はに て、 

.1:1父=^^§へ见廻.9.&され、^^所の働相國ぉー元源をぉ?談有^'て、 邶出 へい ^ られ、 加势と 

新^^"た備^表©の事 



吉田 物語 卷 第二 X 

して 恃兩人 差 越され、 其 後 新 宮黨三 吉隆信 を 語ら ひ、 隆兼 居城 祝 山の 城へ 懸られ 、彼 

山の 麓に て 防戦 月 数 刻 、 敵は數 多の 勢な り。 旣に 味方 敗軍に 極.^ たる 處に、 元 源 我 

等 打: a で、 諸 所の 相圖 首尾せ し 故、 終に 雲 州 勢 引返き 候。 此時元 就 公より 檢使 とし 

て 差 越され 候兩 人、 一命 を惜 まや 軍 忠を 遂げ 候 故、 兩 人の 者 共働の 樣子、 次に は此 

方 家来の 働 迄 委細に 書付け、 元 就 公 へ は 云 ふ に 及ば や、 家老の 面々 へ も 申 送. > 候 故, 

家老 〈元 就の 前へ 出で、 披露 致し 候へば、 元 就 公大に 氣色變 .y、 宍 to, 父子 はさ も 有 

るべ し。 目 代と して 差 出し 候兩 人の 者 共、 是非に 及ば や 働く との 事に て、 對 面に 及 

ば や 追 込み 置かれ 候 • 家老 共 打 寄,. ^ 、忠を 賞む る 事 古今 一同の 儀な り。 大敵 を 御 

引受の 前廉、 案外なる 儀せ 〈に 候と て、 各" 悔返 出仕り 候。 又 翌日 登城して、 彼兩人 

の 事隨分 働き 仕 b 候 事, 案外の 仰 付けられ 様の 儀に 御座 候。 御 奥意 承らざる 內は、 

谷, 安 培 も 御座 無く 候。 餘..^不審に存じ奉.^罷出で, 御意伺ふの通.=^中し候へば* 

元 就 公 仰に、 其方な ど は 常 家に て歷々 の 衆な り。 場所 も 之れ 有る 事 なれば 會得も 

有るべき に、 さもな き は 是非 無く 候。 先 事の 仔細 を惜に 開かれ 候へ。 此度新 宫の者 



共 備後表よ. ^働き 候 は、 晴久當地發向の^^筋案內を知る ベ き爲な 六 SS 父子 其 

外 家来の 者 共、 发を 限. 9 に 手 を碎き 傲き 候に 付、 敵 敗 取して 引返く • 二度 備 後口よ 

-.^ 働く 事 有る まじ • 幸 此度暗 久の大 第に 切 所 を 越させ、 た ふくと 引 入れ, 一入 も 

殘らゃ 討果し 度き なり • 兩 人の 者 北 〈智謀 あらば、 城 を乘 取らざる^ に^ 阁 に.:^ 

ち、 少々 人數を 出し、 ぎ 兼ねた る體 にして 引取らせ、 敵に 一 利 付けて こそ、 後の 大 

利 は 有る ベ けれ。 宍D^父子はさもぁれ、 兩 人の 誤り 大方なら す、^ 時對 戦に 大敵 剛 

敵の 暗 久を對 洩らす 事、 逆心 同前と 思 ひ、 右の如く申付けた..^と仰せられければ. 

^< 1 言の斷もなく御意を承り、御尤至極に存じ奉.^候とて返出する。 斯 5^ に 諸人 

の 思 ふ 處に變 ,0 たる 事 多 か. し。 能く 覺ぇ 候へ と 仰せられ、 御け "終り て 御 返答 承 

P, 御 暇 下さる。 彌 六罷歸 り、 元 II ^様 へ 右の 段 申 上げ 候 へ ば、 間 召され 候て、 家. 5. 

されし 如く、 0^ (似 もなら ぬ 御行 跡な り。 御 智惠の 深き 事 ども 多 か,. >し と、 仰せられ 

候處已 上。 



产 J? 元 

定就 
む 部 



吉田物 Si 卷 第二 tl§ * 

御 籠城の 御手 配の 事附御 籠城 奇特 之 有る 事 . 

尼 子晴久 彌.! 口田 發向之 有る 通. 9、 元 就 ヘム 問 召され、 先づ宍 殿御 父子へ 御 使者 を 

以 つて、 甲 立の 儀 は、 郡 山に 續き 三の 城 に 候 間、 堅固に 御防戰 有る ベ き 由 仰 遣され 

候。 國 衆の 內別心 之れ 無き 衆 三.^、 高极. の 城キ; 熊 谷 伊豆守 信 直 豐前 守. 天 野中 務 

隆 首:. 同 民 部 少輔. 香 川 又 左 衞門尉 光景. 同 弟 元忠、 此衆 中へ も此 節の 儀に 付、 粉 骨 を 

盡 され 候樣 に御賴 なされ、 何れも 人質 を 御 取な され 候。 御城に 置かせられ 候宍戶 

元 源よ &は、 嫡子 雅樂 頭に 人 數を相 添へ、 郡 山へ 籠られ 候に 付て、 彌ノ深 重の 心 入と 

思 召され 候。 御 一 門中には福原左近將監廣俊計,.^、 鈴の尾と^5.す所の小城に籠.9 

守.. ^ 申され 候- 防 州 山 口へ も 御 加勢 賴み 奉る の 通. y、 廣 俊よ. 9 使を以 つて 申 上げ 

られ 候。 此外御 一 門 衆 志 道 上野 介廣 良. 口羽 下野 守 通 良. 桂 左 衞門大 夫 元 澄、 郡 山 籠 

城な h^。 然る 處に尼 子 殿より、 武田 刑部少 輔信實 への 加勢、 牛 尾 遠 江 守 を 金山の 城 

へ 籠 付けられ、 此押付 兒玉周 防 守 を 御 目 代と して、 熊 谷 信 ^5ぃ 香 川 光景 を 彼 表へ 遣 • 



籠城に 就 

いての 奇 



され 候。 人数 七 はに て、 佥 山^へ 出陣 を 構へ、 = ひ 足輕迫 八:: 化, り 5^ 义邶 m 御 防 

戰 S 御 配な.^。 御城の 後 をば 一 向 手 明に 成され、 谷々 の 茂..^ 森林の 中に ffi き 給 ひ、 

相 圔を以 つて 働くべき 旨、 手 頭の 侍 共に 其 利 究を仰 小 3 めら れ 候- 就中 三 山の 

錄多治 比の 方に は、 茶 垣 を 柵の 如くに 御 結 はせ、 «sl を 張.^ 旗 を 立て * 此所を肝耍に 

守ると敵の見る,^;^に仰付けられ候。 是又手 頭の 者 共に 樣子を 委細に 仰 八-:: めら れ差 

^き 給 ひ、 總て御城へ^-^中し候^?;女董共に八千なり。 その 屮に^ 川に 立..^ 候 者 

は 二 千 四 五; C に 過ぎ. S. すま じく 候 事。 此皮 御^ 城に 忖 * 前麼 奇特なる 卞ぉ 之お h^。 

常 八月 十五: :! 、宮崎 八幡の 御供に、 人の 頭の 如く 毛 はえ 巾し 候 を、 £^玉 內藏允 M 出 

し、 奇特に おじ、 轉新九 郞を以 つて 差 上げ 候。 夫れ に 就きお 崎 八幡 を祇 の 社へ 

宮 させられ 候。 又 祇圚繩 手の 深 田に、 毎夜 光物 之^.. y 、見る 者 不-莕 に じ 沙汰 化り 

候。 御 掘らせ 成され 候へば、 太刀 一 腰 之お b 、則ち^ 光と 名付け 給 ひ、 御 藏に備 

へらる V 此外 御城 下 七: w の 松 場に も 奇特 之お り • 又 御城 下の W 姓. 町人 も、 御城 

へ 妻子 召 連れ 能. 9 中し 候 まに、 己が 家屋 放火に^ ひ 候に は 一 ^心 はら やして、 誰敎 

域の 御手 配の^ 附 5 籠城 特!! W 之 i9 る 事 一 さ 



出喑 
陣久 
富 
田 



吉 EH 物: f!i 卷 二 一き 一 

ふると も 之 無く,; 尼 子 殿 は 雲 客 引お ろして やん ぎ 、をめ き. S す も 自然の 奇特な 

七ロの槍場の名を、岡本繩手•ぉすくひ繩手•かと,.^繩手.祇園繩手•大田ロ•砂は 

し,? 槍な はてと 記す る 書 も 之 有, o、 一 所の 名 二つ 又 三つ 之 有る 事 改めす 候。 左樣 

の 儀に て 之 有る ベ くと 存じ 候。 

尼 子晴久 吉田發 向の 事 , 

天文 九 庚 子 八月、 尼 子 民 部大輔 晴久、 藝州發 向と して、 富田の诚を出馬ぉ.^• 1 門 

衆に は 經久の 4n 弟 下野 守 與久. 同 紀伊守 國久. 摘 子 式部 少輔 誠久. 誠久の 嫡子 刑部少 

輔 氏久. 同 兵 部少輔 豊久. 同 左 衞門大 夫 敬久、 此外 家老の 面々 殘ら す、 晴 久領國 雲. 伯- 

因. 作. 隱. 石. 備 後半 國. 安藝 半圃の 軍士 三 萬 五 千の. <數 を 引率し、 石 州へ 打 出で, 同 

年 九月 四 曰 早天に、 多 治 比の 郡へ 著陣 有りて、 此方の 樣體を 窺 ひて、 見合すべき 爲 

なれば、 總軍を 返け、 遠 卷に陣 を 居 ゑら れ候 事。 



兒玉與 八 

.0 



兒玉與 八 郞の事 

九: C! 四: r: 暗久 著^の 夜、 元就公御物ー^:2に、敵兵の首片時も早く御實檢遊され皮く思 

召さる ゝの S1H 御 願 成され 候。 兒玉 與八郞 承. り、 輙き J ^なり。 明:::: fi? 取.. r 御: U に 8^ 

くべ き 物 をと;:^ じ、 破れた る 笠 を 著し、 網 を 持ち 1^ 中に 出で, 多 治 比 川と て 敵陬の 

前に 小川お..^、 一 人 行きて 魚 をす く ふ。 敏ょb此川へ手水に出て&"^.^水を化舞ひ、 

陣屋 へ 歸..^候跡に、 兩人殘,.^手水をっ か ひ候を、能き折柄と^じ、^の下ょり脇#^を 

拔 出し、 一 刀に 货を討 落し、 提げて 出づる • 敵陣 見て 大势進 想る, 與八郞 若 盛.^ な 

れば、 難無く 御城へ 駆 込み、 御感に 預かる べしと 此段申 上 候 • 元 就公閒 召され, 大 

敲御引受御^城の時節に、_^^氣とは云ひ乍ら、 一 fi はざる 仕方と 之 有り, 御機嫌ち が 

ひに て 御 勘氣を 蒙り 候 事 • . 

御城 下 諸 所 合戦の 事 

兒 玉 ス鄹の 事 御城 下 諸 所 合戦の 事 nl さ 



九月 六 nl 

,. ゆ 合, , 



九 B の 合 



吉 H 物語 卷 第二. 一一 一六 S 

九月 五日, 雲 州 勢 吉田を 打 出で 殘らゃ 放火す る。 同 六日 諸 所へ 相 働き、 民家に 火 散 

じ、 二手に 成. 9 て、 太 郞丸其 外 町 宿を燒 立つ る 時, 元 就 公 御手 廻の 若き 者、 共々 打 廻 

b に罷 出で、 敵の 模樣 見合 候 樣に深 入 仕る まじき の 由に て、 五 百足ら やの 人數に • 

て、 各. -打 廻. 9 候處 に、 敵 小勢と 侮..^、 卽時追 散ら さ れ * 首 十 II 1 討 取. 9 候 故、 初 合戦 の 

勝利と 之 有 御滿悅 遊され、 高名 侍 衆 三 tr; 小 三郎御 感狀之 有. y 候 事。 

同 九::: 郡 山 の 山 下 へ 押 寄せ、 放火し 引返く 處を 此方よ. 9 打 合 はせ、 本 城 越 中 守 一 族 

本庄 何某と 渡 邊太郎 左 衞門检 合 突 伏せ、 本 庄首を 取る。 渡邊十 郎三郎 之に 續き、 高 

橋 を 討 取る" 岡與三 左衞門 は、 弓に て 數十人 射 伏せ、 高名 仕り 候。 敵方 宇山 を 始め 

として、 能者數十人討取^^、 . ^方に は 渡邊源 十郎. 樋 爪 何某 討死す る。 雲 州 方に も 本 

庄越中 守 • 赤 穴 右京亮 手柄 仕りた る 由に 候 事。 是を检 分の 合戦と 申 候 事。 宮の 足に 

陣取 b. 候 高 尾豊前 守. 黑山甚 兵衞. 吉川 興經三 大將、 郡 山の 山 下へ 相 働き 候。 則ち 吉 

川 左 京 .样 左衞 門" K 外 打 出で 相戰 ふ。 此時 桂左衞 門. 新庄衆 山 縣と云 ふ 者 弓に て 射 

伏せ、 高名 之 有, 候に 付、 御成 狀 下され 候: 爭。 



十二 H の 



廿三 B の 



同 十二:::、 尼 子 總勢殘 らゃ郡 山の 山 下へ 押 寄せ、 此方ょ..^も^出で防戰- ^^切 

し、 十::: 市 迄 詰め、 数十 人 H 取り、 高名の 衆 三 戶 小 三郎. 屮材彌 ニ郎. 5iw 新右衞 

門、 何れも 太刀 打な h-" 是又 御威狀 下され^ m -。 13^ 繩乎 にて:?」 A" 之お.. お 名 

の衆佐藤彥三郎.5%玉木ェ之允.國司助三郞、 何れも御^^-狀下され候^??." ^!祇^^!^手 

にて、 高名の 衆岡惣 右^ 門 敵 を? =」 伏せ、 能き 敏を討 3H め 御 H 狀 な.^。 井上 新 三郞同 

斷な..^。 同 :》、 モ :ム 州 勢 三 猪 山の 典- -を攻 むる。 本ょ^-仰合められたる^^-なれば,防矢 

少し 射、 難なく 打破る とな. o。 

同 廿 三:::、 暗 久^ 上 伏 山へ 陣を 築き. 本陣 をお ゑら る \ 此. は 元 就 公 御 iS5 成され. 

御 破らせ 成され 度く 思お され:^ へ 共、 此屮戦 度々 利 之 有る 55$/ 身命 を惜 ます、 

粉 骨 を す 故 な 。此上 難き 乍ら 仰 付けら る、 の 通り 、御总 成 さ れ 候 故、 1;^ く^じ 率 

り: r 夜^^を仕るべしと談合仕.^候處に、山の手の中村?„:後守 一 放 共 打って出 づる 

に. 取る 物 も 取, 5 あへ や、 中原 善左衞 門. 井上 長 門 守. 间與 三左衞 1: 以下 雜兵七 W に て 

打 出で * 風 越山宫 崎の 敵陣 を 打破る に、 淀 井 • 福 毒 杯と 云 ふ 者?^ 取.. >!K 事。 御^本に 

, お 城下 諸 所 合戦の 事 S 



合 * 

戦,、 
Q 

の 



士:; 田 物語 卷 第二 一 

て は 三 11; 六 郞左衞 門 高名 仕.^ 候に 付、 御感狀 下され 候 事 • 牛 尾 三 河 守家久 〔1^ 球 1 

彌と 申す 者、 大力の 剛の者な るが、 三 河 守 討死の 時 は、 病 氣故供 仕らす 無念に 存じ、 一 

手 向の 勝負 せんと 御城 近く 名乘, 5、 高聲に 申す。 井上 與三左 衞門强 弓の 射手 故、 1 一 

合 ひ名乘 b. て, 一 矢に 琢阿彌 を 射 伏せ、 首 を 取, 9 候 事。 に 

同廿 六日 晴久 出頭 湯 原 彌ニ郞 、備. 藝の元 就 一 味の 侍 共 加勢 を 差 越す ベ き 由に 候條、 一 

私罷出で討捨て仕るべきの通^^、 晴久に 申 上げ, 豊島 池の 內へ 働き、 處々 放火 仕 一 

る。 小 早 川 殿よ.. > 加勢 梨 羽 中務" 坂と 云 ふ 所に 在陣 し、 此樣子 を 見て 手勢 を 率し 出 一 

向 ふ。 折節 杉 二 郞左衞 門 三百 人 連れて、 防 州よ, 9 御 加勢と して 罷登. 9、 兩人 申談じ • j 

池の 內へ 出向 ひ、 稠 しく 相戰ふ * 御城よ b 粟屋 與三 右衞 門. 小山の 佐 武吉左 衞門. 羽 一 

仁 藤 兵衞罷 出で、 終日 相戰 ふ處 に、 湯 原 墓に 及び、 深 田 へ 乘 込み、 終に 山縣源 1 一郎が: 

弓に て 射 落し 、苗 を 取り 討 たれ 候 故、 家來共 退散す。 此時岡 惣右衞 門 高名 仕り 候に 一 

付, 御感狀 下され 候 事。 . 

同年 十 一 月 十二 日、 尼 子 式部 少輔誠 久. 男子 刑部少 輔氏久 兩將、 一 万 針.^ の 人数お 一 



引率し、 吉田鄉 へ 打 落し、 燒殘 りたる 民家 を 放火す る • 元 就 公 御 成され、 一 散に 御 

;J^^^出され、 御 勝利 之せ.^, 暗久の 本陣 三 猪 山の 収 出の 陣城、 に 二の 九 迄 此方の 

衆攻 入るな り * 其 時 高名の 衆 三戶小 三郞. 國司助 三郞. 內 九 郎右衞 門. 井上 新 三 郎. 

三戶六 郎右衞 門. 中衬新 右衞門 • 岡 惣左衞 門、 何れも 成狀 下され 候- 此御 合戦 を大収 

場の 御 取合と 申し、 御 勝利 之 有り 候 事。 三戶 藤次郞 儀、 風 越の 通路に て 手柄 仕.^ 候 

に 付, 上座に て 田 三 反、 御成 狀を 添へ 下され 候 • 是は 十月 十: 》 な.. >• 

大內勢 後 詰の 事 

郡 山 御 籠城の 趣 * 大內義 隆公間 召され、 援兵 をな さるべし とて、 陶中, ぉ大輔 ?M お ..s 

藤 下野 守 興 盛 を大將 として * 人數ー ^差 越され 候" 同 十一 月廿六 H 、山 口 を 打 立つ 

て、 同 十二月 三 曰 郡 山の S 共 山 田 山中に 著陣な h.。 此段元 就公閱 召され、 義隆 への 御 

^、且 亦 兩將の 苦 勞御尋 として、 陶 方へ は 國 司 助 六 * 內藤 方へ は 粟屋 太 郞左衞 門 御 

使に 遣され 候- 御用 も 候 はい 仰 付けら るべ しとて. 井上 新 三郎逍 され 候 * 陶 方よ 



十 Mffl 物語 卷 第二 一へ-一 〔八 , 一 

、り も 姊並佐 渡 守 を 使者, として、 義隆公 御意の 趣 申 越され 候。 年 內は雪 降 b 寒 氣甚し 一 

きに 付-年 明き 一 戰 なさる べきの 由. 御雙 方仰談 せられ、 兩大將 の 人 數白豆 峠よ. 9: 

さい 谷 迄 半里 計. 立ち 候て、 敵陣 見させられ 候に 付、 大內勢 三 萬 餘も之 有りと 見え, 一 

舌 を傈ひ 恐れ 申し 候 事。 

失 戶元源 御馳走 働の 事 一 

同年 十一 一 月 十一 一 日、 宫崎長 尾の 敵陣 へ、. t 六 BJ 兀源 自身 千 萬 坂よ,.^ 風 通り へ 打 出で * 宫ー 

崎へ 打 下, 9、 小 加 茂 陣へ懸 つて 切 崩し 申され 候。 此御 方よ,..' 御手 合と して、 岡惣 左. 一 

衞 門. 井上 新 三郞差 出され、 高名 仕 b 候に 付、 御感狀 下され 候" 此外 追って 之 を 記す 一 

べし。 宍戶 方に も數多 高名の 仁 之 有る 由に 候舉。 其 時 元 源の 嫡男 雅樂 ー暖隆 家へ、 ® 

後の 內小國 と 申す 處、 御 勝利の 後 御 褒美と して, 拜頷 させられ. e. 攸事。 1 

翌 天文 十 年 正月 九日の 夜、 高 尾 黑山陣 所へ、 內 藤九郞 右衛門 物 聞に 遣され 候に 付? 

宮^ 長足 へ 忍 入り 承り 候へ ば、 明 後 十 一 日 に は陣拂 退き 申す 支度 仕..^ 候に 付、 九 af! 



右衞門 歸. 9、 其 後 委細に 申 上げ 候 事 • 

陶隆房 內藤輿 盛 陣替の 事 

同パ十 一 H、 陶屮務 .s: 膀野 州、 天神 山 へ 陣を咎 へ られ候 • 是は 一 戰す べしと 治定 に 

て、 此の 如/、 に 候。 然 らば 十一 一::: に は 元 就 公より、 兒玉: 一; 郎右衞 門 御 使者と して、 

兩將 へ仰逍され候は、明十三=ぉ^牛愿に陣取,-ぉ,.^候^^足豊"¥£.:^正^兵衞.^.:=川 

興經 を、 拙者 能 出で 切 崩し. S. すべく 候 IT 尼 子 本陣より 加势 化るべく^ 11、 御人數 

出され、, 1 押 へ 下さる ベ く 候 通 b 仰 達せられ 候。 夫に 就き 降お よ. o、 0^^0^^0 

として,^;-越され候。 滿願 寺に 於て 御對 面、 明 U の 御合戰 御手 合 御^ < "^て、 北,、 後 御 

暇 下され 候 事 • • 

宫崎長 尾 御 合 戰の事 

翌 十三 卯の 上刻、 元就公邵山を御出.^5?.成され候. 御供の 總 人数 三千に 少し 不足 

,s 陉房 內 成 興 盛陣 の 事 SM^0^s^-^ 



吉 H 物語 卷 第二 一 ,ーさ 

なに S 手配 有りて 御: It の 前後に 人 數を備 へられ、 敵陣の 樣子を 御 見合せ なされ 

候處、 次郞 殿御 歳 十二 歲、 元 就 公 御 出: It の 側へ 御座な され、 御供な され 候 由頻, に 

御 申な され 候 故、 井上 河 內守を 召して、 次郞を 連れて 歸れと 仰せられ 候。 井上 抱き 

奉り * 御城 內へ歸 り 候へば、 中々 立腹し 給 ひ、 太刀に 手 を 懸け 已に拔 打に 切. さ 

る ベ き 氣色候 故、 河 內守も 逃げ 申 候。 其 後 又 御馬の 側へ g 出で 候て、 是非 御供と 仰 

せら わ 候 故、 御 笑 ひ 成され、 さらば 具す ベ しと 御意に て、 召 連れられ お。 敵^51-ニ,ょ卸 

馬 を 出され 候 を 見て、 一 陣の高 尾 豐前ニ 千 計 b にて 柵 際 を 打 出で 候へ 共、 押 破. 切 

込み、 3>:前 守 も 叶 はす. 左右の 谷へ 引返く。 二 陣の黑 正甚 兵衞、 一千 五 fH 計. にて 

入替 ^ 、數 刻防戰 ふと 雖も、 終に 叶 はす 引返く。 三 陣は吉 川與經 なり。 吉川 衆に は 

歷々 の 侍 共 之 有る に 付、 手强く 防ぐ と雖 も、 元 就 公 御自身の 御 下知 なれば、 4K 卒に 

至る 迄 命を惜 まや 持ぎ 戰 ふに 付、 事故な く 切 崩す。 高 尾. 黑正. 吉川三 大將、 共に か 

, さ 尾と 云 ふ 所へ 敗北して、 御 勝利 を 得られ、 敵 を 討 取る 事 五 百 七十 餘な. 0, 元 就 

公 はさい かいしと 云 ふ 所に 御馬 を 立てられ、 首 共 御實檢 遊され、 一 所に 集め 首冢を 



築かせられ 候- 栩鄕の首塚とは是な.^. 高名の 衆數多 之^.^ * 御成 狀 下されし とな 

b。 此時暗 久へ貌 井能 登 守 中し 候 は、 元 就 城 を 出で 戰ひ t 攸 へば 無勢 たるべし。 乘^ 

..^.s.すべしと巾し候 へ共、大內勢を恐れ、 其 無しとの に 候。 御 诚御衍 守! 11- 兒玉 

就忠 母^ 落ち、 うばの 才^に て 小屋々々 に 居 S. し 候 町人 や:: 姓 女サ: ハ 呼^め、 一 千 計 

5 の 人数 を 作. c^、 竹の 先 范紙佥 銀 の 扇 を 結 付け か つ がせ、 竹に て 杭 を^ へ 持たせ、 御 

本丸よ. osif- 略 仁王 堂へ 差 出し 時 を 揚げさせ 候。 さ候内に、御勝利?:^られ、 別條 無く 

御: S 城 遊され、 御-お 斗. ¥::^ 布 出し 、御酒お 上らる 、問、 元 就 公御謠 に、 上? S む 時 は 

下 も I おらす、 君 な たれば R 又臣た h- と、 遊され 候" 下々 共に 悅合 ひ. S. 候 isa-* 

大內勢 合 戰の亊 

尼 子 暗久の 本陣 三^ 山、 陶中,:^木陣天神山のglに大河有.^。 木逍 筋に 淺湘 渡り 有 

ひ。 (友に て 働く^ に、 山 口 勢 十三 口の 未明に^ 松を以 つて 物兑 をす る。 夫れ に 就 

き S 州 勢 悉く 木 道筋へ 出で、 備を 立つ る。 山ロ勢は天神山ょ..^南の山,はを忍び、本 

大內 S 力 合戦 si*- S 



告田 物語 卷 第二 f 一 

渡 より 二十 町 計, 5 河 上 高原と 云 ふ 所 を 渡り、 晴久の 本陣 三 猪 山へ 一文字に 切つ 

て懸 る。 晴久は 旗本 計..^ にて 小勢 なれば、 大將 討死に 相 極る 處. 伯父 尼 子 下野 守 興 

久 手勢 五 百計 b 具し、 三 猪 山の 坂 口へ 突いて 懸り戰 ふ 內* 陶 先手 深 野 平右衞 門. 宮 

川 善右衞 門. 內藤 先手 曾 原 五 右衞門 H 人 共、 下野 守 手 へ 討 取り 候。 末 富 志 摩 守 は 深 

手 ifi? ひぬ • 然る處に中原善右衞門射手の上手にて,晴久を心懸け候へ共、矢懸.,^出 

〔冒 力〕 

でられす 候に 付、 野 州與久 諸卒を 下知して 居る 處を、 大腸 股 を 負 間へ 射 込み、 Sit 上 

ょ..^落っる處を走h'懸って首を取るべ しとす る處 に、 野 州の 奮朋駆 塞がり 候 故、 是 

も 切 合 ひ、 首 を 取る。 其間に與久の死骸家人共陣星へ取入るな,0^。 今 E の 合 戰、 尼 

子方 野 州 を 初と して、 討死の 士 四百 除 人な, 9。 手 負數を 知ら や、 山 口 勢に も 深 野、 

其 外 E: 百 七十 討死す る。 H 旣に暮 に 及びければ、 山 口 勢 引 55^ 一く • Is!! に 勝負 は 決せ 

ざるな り、 伸の 如し • 

民部大 輔晴久 敗北の 事 



同 十三!!: の jl^ 方、 防 州 山 口に 附? S かれ 攸物閒 の 者罷: i り、 大 內義隆 大兵 を 他し、 防 

府迄 出張に 付、 杉. 靑景. 弘 中. 右田. 問 W 、同^ 岩 國 迄 出 "吸 仕り 候 • 不 口に 此^^ 陣す 

べしと 巾し ければ、 暗久 大きに^き、 大雪 降る を 幸に して、 小 :$i 々々のか まど を烟 

らせ、 十四日の 未 叻に返 散な り。 小 池 田. あすなへ に 返き 候" 夫卒は にこ. six* 川 

にて 水に おぼれ 死す る 者數を 知らす 候。 殿を仕..^ 候 由 に て、 高 尾 豊前守 五 百.^ h- に 

て 罷ws,.^ 候へば, 此方へ 打留 b 候。 豐前守 昨 口の 合戦に 無念に::^ じ、 殘らす 取って 

返し 討死す。 晴久 は^ 贺に 三日 逗留し、 其 後 雲 州歸陣 なり。 各! 三 化 山へ 行いて 陣 

場を兑 るに、 尼 子 野 州^ を 桶に 入れ、 深 野 川兩 人の 甘 は あな かけに 入, EJ^ き 松! S き 

たる、 諸卒取 あわてた る 印な り。 去年 已來 數齒 度の 御合戰 に、 一 度 も 味方 败£ ^化ら 

t 全く 御 勝利 得られし 事 * 古今 稀なる 名大 將と * 近國は 申 すに 及ばす、 國端 に 

至る 迄奏め 奉る。 元就公御豫四十ー 歲,降元公九八^|„,の御時な.=^、仍て件の如し, 

佐 東 金山 落城 井 伴の 構に 於て 武田衆 御成 敗の 事 

武 u 衆お 成敗の 樓 ^城攻 り 候 事 



吉田 物語 卷 第二 一一 一七 :! 

. 附櫻 尾城攻 取り 候 事 

武 S 刑 部 少信實 事, 晴久 敗軍 を 聞いて * 加勢の 牛 尾 遠 江 守 同前に、 金山の 城 を 捨て 

雲 州へ 歸る。 此段を 見付け 熊 谷 信 直. 香 川 光景 未 吸に 追躯 け、 取 後れた る 雜兵共 三 

十 餘人討 取りて、 武 ffl 譜代の 侍 何れも 审ん=: せ、 城 を 枕に: 死と 覺 悟し 居られ 候。 

夫に 就き 同年 五月 七: n 、元 就 公. 宍 III 隆家御 同道に て • 彼 城へ 押 寄せ 攻め 給 ふ。 城 

中の 侍 共に 靑木太 郎右衞 門. 大乃 美. 細 野 其 外 雜兵共 三百 餘人 討死と 極め、 { 六 11; 殿 寄 

口 へ 突いて 出で 相戰 ふ。 宍戶衆 手 負. 死人 四十 餘人 有.^ て、 敵 を も 數十人 討 取 b 、手 

柄 仕. 9 候。 終に 城 中 弱 果て 降参 仕り 候に 付、 下城 させ、 金山の 麓 伴の 屋敷 構に 置 

かれ 候 • 然る 處に、 兎角 は 敵方よ, 5 やみ)/^ に 殺し 申す にて 之 有るべく 候條、 打屮 いで 

申す ベ きの 通り 申談じ 候。 此段元 就 公 聞 召され、. I 六戶隆 家. 熊 谷 信 直. 香 川光畢 V 己斐 

豊後 守. 飯 田. 山 田 等に 討果 さるべ きの 旨 仰 付けら る。 仍て 同月 八日の 未明に、 伴の 

屋敷へ 押懸 り候處 に、 雜兵は 大方 欠落ち 仕り、 申 合 ひたる 侍 五十人 手強く 討死す 



模 尾^!^ 城 



元 就陘元 

山 口へ 下 

向す 



る。 殿方 手柄 仕る 衆 も 之 有 手; 52;. 死人 も 之お.^: r 又樱 足の 城に は、 脇岛 

の 祌主佐 伯 式部 大輔興 勝 嫡男 四郞、 佐 西 郡の 者 共 を l^s らひ, 五 t 餘人循 節. 同年 

四:!; 五 U に, 大內勢 押 憑.^ 候處 に、 城の 者 共 一 命 を^ かるべき 手: U てに、 神主 父子 

を 討 果し首 を 捧げ-命の 詫 言 仕れと 云 へど も、 陶 中将 承引せ す、 一 人 も殘ら す?^ 捨 

に 仕.^ 候 事 • 

元 就 公隆 元 公山 口 御 下向の 事 

天文 十 年の 秋、 元 就 公. 隆元 公山 口 へ 御 下向 遊され 候。 御供 は^. 京 .2- 玉 n; 郎右 

伤門.平佐源七郞此外御近ぉの衆召^?!^れられ候。 隆元公 御供に は、 mK^^t^^ 

彌 三郎. 赤 川 源右衞 i: 、此外 御手 廻ト. '小身 衆な り。 御 父子^ 御 間の 御供 頭に は、 志^ 

上野 介に 仰 付けられ、 山 口に 於ても 公 係 向の 御用 相 勤められ 候 • 然る 處に in 田, t 出 

馬の 刻、 備 後の 國衆 安田 右衞 門、 山 田の 渡邊四 郞右衞 門, 吉田 へ 參上 致し、 此度御 下 

向の 通,. >承り 、御 家中 衆 同前に 御供 仕度き 由 申 上 候。 元 就 公 間 召され、 兩 人心 入御 

元 就へ ム隆元 〈ム山 口お 下向: 事 S 



$s 卷 第二 i; 

滿 足に 思 召され 候へ 共、 備 後の 國衆 なれば、 家來 同前 供の 儀、 輕き 儀の 由 仰 出され 候, 

へ 共、 達って 御斷申 上ぐ る に忖、 御 同道な され 候。 渡 邊事四 代 御 家中 同前に 御 心安 

く仰談 せらる、 由に 付、 二 代 目 岀雲守 へ は、 秀岳 院樣. 常榮樣 別て 御 目に 懸けられ 候 

御手 筋を以 つて、 元 就 公 御代に も 御 裏 向 迄參. 5、 御伽 衆 同然に 仕, 候。 夫 故 代々 小 

身に 候 へ 4r 無二 御 味方 仕 候 事。 拆元就 公 御 父子 樣山ロ 御 下向 遊され、 此 たび 御 

籠城に 付、 御 加勢 遊され 御 運 開かれ 候 儀、 ひと へ に義隆 公の 御 心 入 有難く 思 召さ る 

の 通, 5、 御禮仰 上げられ 候處 に、 卽時 御對顏 遊され、 御屋 形に 於て 樣々 御馳走、 御 家 

老中 殘らゃ 御旅 宿 へ 見廻,.^申され、 御 首尾 好く 御 暇 出し、 吉田 御歸城 遊され 候 事。 

附、 郡 山 御 籠城の rgr 隆元 公は證 人と して 山 口に 御座 成され、 敵 敗北の 以後 御 暇 

にて、 吉田 御歸宅 成され、 此度又 元 就 公 御 同道に て、 山 口 御 下向 遊され 候な 以. 

上- 

吉田 物語 卷 第二 終 . 



大 


大 


正 


正 


七 


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年 


年 


月 


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