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Full text of "Nans satomi hakken den"

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I 製 複許不 I 



(岡 山 3„< 本) 



大正 三年 五月 十七 日印 刷 有朋堂 文庫 

大正 三年 五月 二十日 發 行 贿里見 八 犬傳六 



(非责 品) 



編 轔 i 

發 行者 



■WWK! 錦 W 一 丁 H 十九 l»s 

三 浦 理 



Sf 京 市 木 所 S"1»SJ 町 EI8 地 

印刷者 ギ井登 



印刷所 凸版印刷 株 社 分工場 

!« 京 市 神 田 gjsw 1 丁 H 十九 » 地 

發行所 有朋堂 書店 



气 



ていつ に 訂校 



m 總里見 八犬傳 六 八 六 



w.fc . その は PS め. ふ じ な... び たか いね ほう ほい いね ものが 12 り つく 

夢に あらさり ける。 お 初夢の 富 十: 茄子、 鷹と 犬と は 朋輩の、 犬 物語 を 籤し ぬる、 詩 あり 歌 あり、 

又證 とす。 

! ぼ;:^ -丄ん き. のち ,た へ.;? もり このし よ まなびて せん をし ミ す ^>ん じゅ いなん. ちはい かに 

戯墨莉 ^^長。 多 編 有,, 是 S f 仙 師,, 硯 寰 毛 穎 汝 何 如。 . 

ほ ,みかくみ の がさ な *rs ちいで つち 

世に わ ひて 身 は 隱れ簑 かくれ 笠 あだなる 名のみ 打 出の 槌 

ー旣に 緒言に,. = 述べし が 如く、 一 に原本に準據して 1 字も漫に^^めす、 句讀の位 一 

置 亦 全く-腺 本に 從 ヘリ。 m、 原本 は 悉く 讀點 (。) のみなる.^、 意義に 基き て 句 

點ハ、 ) と讀點 とに 一 M 別 ぜリ。 

一作 者自 言の 如く., 本 喪の 末 部 は 作者 失明の 後に なリ、 婦 幼の 代筆に 係れる が 故 

にや、 秩祿の 祿.^ 「錄」 とし 「尙」 と 「倘」 -iis^ して 共に 「なほ」 と訓 じたる 等、 

誤字 誤き と! i むべき もの 往々 にして これ 有れ ども、 今 敢て改 Is ^せす。 

一 因に、 曲亭 翁、 及び翁の先考先妣の墓は审、京小1^川^«荷谷深光寺境內11在リ。 

併せて 讀 者に 吿 ぐ-云爾。 



南 la 里 見 八犬傳 大尾 



より おも ゆ .f なり,、 i も もち、 r- ぢ しひう ぢ X たうな り しけ うぢ さづ さら 、ミ. P 

けれ。 因て 憶 ふに、 結 城 成 朝 は、 持 氏 重 氏の 餘黨 也。 重 氏の 一 字 を 授けられ たる 歟、 然ば成 朝 

なり じ h€ よみ f 一 ためし さミみ 

の 成 も、 字の 如くに は あらで、 讀 てシグ トモと こそい ふべ けれ。 この 例 を もて 椎寸 とさ は、 里 見 

よしなり た, > じ ミ なへ t 一 ほんでん わざ ミ 

義成 も、 當 時の 稱謂 は、 ヨシ シゲ なりし 歟、 是も亦 知る ベから す。 しかれ ども 本 傅に は、 

• , すな はちよ ひ S な *• it - —一 一 - - ー つけが な じつろく A か 

其 實に. £ らす、 則 世俗の 訛れる 隨に、 ナ リウ ヂ、 ナリ トモと 傍訓せ し は、 實錄 ならぬ を諦す 

I モ なか りゃうく わんれ い さだま さ. きさ だ わ くん こミ かへ ついた いにしへ の 

也。 开が 中に、 兩 管 領、 定 正顯定 をば、 其 名の 和訓 を 異にせす、 反て 酷く 貶せし は、 古 

いくさ ぎみ もて あそ わ ざ かのり や- K れんれ い ふ そ くん 

將を、 弄 ぶに 似 たれ ども、 こも 亦 こ i ろ ある 所爲 にて、 彼兩 管 領は、 父 ig の 時より、 君 

しん れいせつ らんせい t ノリし で 3 たいへい ぎゃくしん かこく じャ、 フ つみ しんち ラ 

臣の 禮 節 を 思 はす、 是亂 世の 一 驍將、 太平の 逆 なれば、 下剋上の 罪 を、 心誅 せざる こと を 得 

さだま さ あ? さに ? へん ミも てうら く ふ そ 

t 且定 正の 不ネ なる、 顯定 の機變 なる、 倶に 久しから すして、 子孫^ 落に 至りし は、 父 組の 

ふ ち ラ よ あう つ ひ てんり じゅんぎゃく お ラはラ X ふる ひミ さミ つく. り 

不忠の 餘跌 にて、 竞に は天现 順逆の、 應報 ある を 世の 看官 に、 E らせんと て かくまでに、 作設 

おろか ころ こミ わざ 5 モ いで こミ r:- され 

けし 愚 意 は、 鄙 語に いふ、 胡虐 より 出し、 眞寶 とやい ふべ か,.^ ん。 然ば この 物の 本に は、 是 

ゝ はう そ、 フ • i ろう ねよ ミ かね 

等の 用意 多 かれ ども、 房 總の人 はさら 也、 こ を 悟らぬ. も 多 かるべし。 と 論す る に 入定の 錄の、 

响 くに 頭陀. は 驚きて、 憶す 小夜 を 深したり、 ilc 别稟 す。 と. 迪 しく、 身 を 起しつ.^ 跌 きて、 行 

さん は た おした ふ あるじ あな ャ さけ がくねん さめく 

燈!^;-地と推仆せば、 主人 は、 叶 嗟とば かりに、 叫ぶ 其聲に 驚かされて、 1: 然として 覺來れ ば、 

おも- ね ゆめ- あ. め. C せい えいぐ わ ねん ほ, C でんさく しゃ ひ.. つらう さ いづ 

疋 思ひ寐 の^な りき。 噫嗜盧 生 S 榮? 举は "ム 十 (ヰ、 本 傅 作者の 筆勞 は、 正に 二十 八, ギ、 f;^ れ. か 

奢ぶ. ま ^1 ^ r 3 ^ ,;" 臺 



^^總盟見八犬博. : I 六 A 四 . II 

ご,、 こミ わがくに も !; J なり たき や,..' およ は - ごくし えんぎ よま — I 

三 國の事 は 我國が 基本 也、 他鄉の 人. の 作 は 見る に 及 すと て、 三國志 演義 を讀 ざる 者 あらん や 

その かみ か、 ひづけ さ み 、入ち あ は さ W み f^ry iP, り ふ さ いじ 0-、フ ゆ らくに しゅ 

笑 ふべ し。 常^ 上野に も 里 見 氏 あり、 安房の 里 見と 同宗に て、 桐 生に 在 城す。 後に^ 良 11 重 (一 

しょ いふ けんしん ,r* ゥ! i. ろぼ そのな ごり ではいた も がみう 5 ごく ^r>7 

書に 云 謙 信) に 討 減 さる。 其 餘齓出 羽に 到りて、 藻 上 氏に 臣 とし 仕へ て、 六 千 石を領 すと いふ 

さ VJ み ろ" ちご たま i たお,、 ち. ひしん r さ J み ろ? も A 

里 見越 後是 なるべし。 この 人後に 罪 ありて 死 を 賜 ひに き。 其、 後、 又奧 に、 忠 Hli 里: 十.^ 衞門ぁ 

.?r そ. フ またな に され ほんでん . ちめい 

り。 房總の 人是等 をば、 亦 何とい ふや。 然ば本 偉に は、 地名な ども、 今と 同じから ざろ^ 多く 

たミゝ あ よ ミみ やま ミころ のひミ いま 一 , 一 なびよ ほんでん 

あり。 譬ば 安房の 505 山の 如きば、 士 人、 今 は是を トミ サンと 呼 5^1 たり、 しかる を 本 偉に は、 

一 一 が みく こんじゃく jt* ちめ またす さき ミニろ,^ ょフ M, V さ ほんでん 

ト ャ マ とす。 是等は 雅俗 今昔^ 差別 あれば 也。 又洲崎 は、 士 呼ス ノサキ 也、 然も を 木 に は 

1 よ * え さ ふ. K が は t さき おなじ ミ なへ ごく) えんぎ ら y ほ-い 

スサ キと讀 せて、 江戶深 川なる、 洲 崎と 同 稱 にす。 ロハ: Ij^ のみなら す、 三國志 演義なる、 落 脇 

X *i たす ゐこ でん し か >rt つくり ま 5 けだし はいしせ うせつ じ い 5 

^又 水滸傳 なる 家 村の 如く、、 作^の 作 設けた る 地名な きこと を 得す OT 益 稗 史小說 の 自由なる、 

4^11 こと 尠 からぬ を、 土 人 は、 今の 稱呼と 違へ りと て、 笑 ふ も あらん。 开は 小説の 小說た 

しら べん ひミ のな わ ズレミ W なへ じつ よ - 

ろ を、 知ざる なれば、 辨す るに 足らす。 又,: < 名な ども、 胡 意 稱呼を sJi; にして、 實に 据ら- さる も 

»*.• これ た へ あしか なりう ip i これ 一 — いかに モの 1 みめ ri^.".3;^ug, 、 、 . 

問是 あり。 譬ば足 利 成 氏 は、 讀て =9 をシ ゲゥヂ とい ふべ し。 何 となれば、 常^ 足^ 攀 校なる 1 

ら、 ひそう H,tQ ひつ t け、 っぢ かき みれ せいし .i^ くん-:: rr::::!^- 一 

老僧の 隨 筆に、 成 氏 を 重 氏と 窗 たる あり。 化に 山て これ を觀 ば、 成 氏の 和訓 シゲ ゥ.、 チ なる! iiX 疑 

ちかごろなん は い ラ±ん そのた ;マゐ ひつ のせ わが ベん また し し I 

ひなし。 この 義は、 近 < ^曰 +2 畝 莠言、 其 他の 隨筆 にも 載 たれば、 吾 辯を俟 すして 知る 人 は 知る ぺ 



*r で ミビむ らく, 0.0 わがち いん ミ fc ほんでん *A はて はャ 、- じ?^、 

峯 さへ 止る に 及べり。 只 この 落淚 のみなら す、 吾智音 の 友の、 本 傅な 見!^ すして、 せく.^ 絡に 

い もので は もて y たつ, 4 ^ .S が 》♦ ふ ひで y ね い せ れきてい-? ん ぎよ ぶんく わぶんせ い 

入りし 者、 出 羽に 茂木異 あり、 江戸に 蒲 生秀實 あり、 伊勢に 櫟亭 琴.? - あり。 疋等 は、 文化 文欢 

あは ひ を はり か. なり こ W し りんち こ ^'八 な r f ふ ろく -J-f 

の 間に、 終し 壯伎 也。 今 玆は又 輪 池 孤雲、 奈須の 三 翁、 不錄の 聞え あり。 :5=^、 數 にあら ね ども、 

こ .f- らうまい こ ミし らう けいゆ .WKS くん しょ わ せう やつ たし A f 

去 歳の 秋 は 老妹を 失 ひ、 今 玆の春 は、 老荆 逝きぬ。 又翠君 は、 寄畫 をよ くし、 小 說を嗜 たる、 同 

好の 風流 士 なりし に、 いまだ 初老なら すして、 陽 月 初 五に 彼訃 あり。 有 想れば 廣き大 江戸に、 

ち いん はら ひ ひさり た r じ れ t つ ざ か ふ;. i た ? 7 も;-り.,' でう さいけい そ-.' f 

智 音の 友 は 地を拂 て、 今 は 一 人 も あらすな りぬ。 只牟禮 松阪の 兩他鄉 に、 默老德齋:^魃の三同 

好 あるの み。 和漢の ネ子、 大部の 書 を、 著す 者 多 かれ ども、 一 世 一部に 過 ざざる のみ。 吾は大 

部の 戲墨四 本まで、 綴ら まくせ し 故に、 5^ さ r る 者 三本 あり。 まで や 一ても 足る ことな けれ 

ば、 長生 も 亦 妙なら ぬ を、 今 悟る こそ 悔し けれ。 とい ひつよ 歎息したり しかば、 頭 陀も俱 に 鼻 

おきな こうたん こミゎ た, t おきな さ-.' し ち いん よの M か たしめ わか 

うちかみ て、 翁の 洪歎理 り 也。 但 翁の 相識 智音 のみなら す、 江湖 上に、 物の 本 を嗜る 少^の、 い 

まだ 這 書 を 見 すして、 早 逝し ける も さぞ あらん。 獨安房 上總人 は、 八 犬傳を 見す とい へり。 

ゆ ゑい かに ミへ ri .r- ぢ わ?, くに も ミ なり た S や. つ およ a つぐ ある 

故 何と 問ば、 里 ns- 氏 は、 我 國が墓 本 也。 他鄉の 人の 作、 見る に 及す とい ふ^ 多し。 と 告れば 主 

じ る なか、? ど かたくな さ ひが ごころ けだし はいし, の ほん みなお i.y こミ 

人 はう ち 笑 ひて、 田 舍兒の 頑 なる、 然る 僻 意 も 多 かるべし。 稗 出物の 本 は、 皆 架 {4! の 言の 

なに その じ じつ W は しんき ぶん かう ち もても そ た.; ク、 r) しょ, Y 

み、 何ぞ其 事實を 問ん や。 只 其 作り ざまの 新奇なる と、 文の 巧 致 を 弄ぶ のみ。 謦ば CJ^S^ の 人、 

第^輯 卷之 *4 十 三下 六 八 三 



I 總里見 八 犬傳: I 六 八 二 

いみ ふ ん-フ だいし ャ はた あらず ず, ひつ 

旣に 上に もい へる 如く、 婦 幼に 代 寫 させ ぬれば、 桀 さんや 否や、 我ながらい まだ 知らす? 隨筆 

ぶんけいだ ラ も ミめ ぉラ ミ しごろ せ、 f ろく よま 

など も、 文溪 堂の li に應 じながら、. 年 來抄錄 しける 書 ども を、 讀 せて 聞 まくす るに、 其 人な け 

ながき よ つれ, i\ わがき うさく ほん ふそ ミせぁ *4 り ふ え. 3 

れば、 いよく かた かり。 只 長夜の 徒然に、 吾舊 作の 物の 本の、 三十 右餘 年に 及べる を、 婦幼 

に讀 せて うち 聞に、 世 を 隔たる 人の 戲墨 を、 創て 見る 心地して、 忘れた る ことのみ 多 かり。 況 

その ぶん つたな つく こ S すくな 

其 文の 拙き はさら 也、 作り ざまな どもい かに ぞゃ。 < 「ならば かくは あら じ、 と 思 ふ事尠 からす。 

むかし るで" きょはくぎ よく ひ かれ こ 、に たいけん いつ ミ せごミ 

有 昔 衞の蓮 伯 玉 は、 五十に して 四十 九. 年の 非 を 知る といへ り。 他 は 異邦の 大贊 なれば、 五 年毎 

に 一 化して、 非 を 知る 事 も 易 かるべし。 开に 及ぶべく も あら ざり し、 吾 は 偶 咋非を 知る のみ。 

され ほんでん しょ ひつ ねんさき き、 f さくな り しふ しふ ていさいい ** そ きの ふ 

然ば本 傅な ども 初 筆 は、 二十 八 年 前の 舊作 也。 四 輯五輯 まで は、 體裁 今と 同じから す。 开は咋 

われ あき かつり うかう おな より おも ほんでんたい しふ しふ やつぶ さ け いろ 

の 我に ®? て、 且 流行 同じから ねば 也。 因て 又 憶 ふに、 本傳 第一輯 ニ輯 なる、 八 房の 犬の 毛色の、 

かたち ぼた 八 いぶか このぎ われ ミひ くわん! *>ラ や、 リ ご { さんん いし 

形 牡丹の 花に 似た ると ある を 訝りて、 這義を 吾に 問し 荐、 關 東 陽、 後後 山英 子、 H 、他 も ありけ 

こ じ おきっ^ れいいう ねんで ふす る くん - いぶか その ミ きわれ こたへ ほんでんけ つきよく 

り。 „N (後 故兒 興繼、 鈴 有 年疊翠 君な ども 訝りし を、 當時吾 答す、 本傳 結局に 至りな ば、 おの づ 

S ひ ミ もび ミ みな^SJ、r'かぅ あるひ 

から 知らるべし とい ひしの み。 其 問け る 友人 は、 皆 同好の ネ 子な りしに、 或は 二十 四 五 歳、 或は 

ふ か ラ み ♦* か なり ひら あ そん わがみ み 

三十 七八歲 にて、 皆 不幸に して 身 故り にき。 業 平 朝臣の 歌なら ね ども、 吾 身 ひとつ はもとの 身 

さき かの やつぶ さ かい っビ ぶ ぜん くわい えたへ くじゅ 

にして、 ^に 彼 八 房の 犬の 毛色の、 一 解 を 綴る に 及びて、 憮然と して 懷蕩 に得堪 す、 口授の 



る は、 抑 何なる 意ぞ や。 世の 俗情の 偏强 なる、 理に喑 く 利に 捷れ たる、 はかくの 如し。 

こ •、』 わざ いふ ながいき はぢ わがう へ つぶや V 

鄱 詰に 云、 長生 すれば、 恥 多し と は、 吾 上に こそ あるべ けれ。 とうち 眩き たりければ、 頭^ は 

然 こそと 慰めて、 人文字 ある 時 は、 苦勞 多し といに しへの、 人の いひ けん も理り 也。 就て 又 

ミ ひ あさ y なじ ゆん;^、 7*- ** たけ ふかく でん び せ, y ねんろ く なほな かほ けっきょく 

問 まつる、 朝 夾巡島 記、 又俠 客傳、 美少年 錄な ども、 惝华 分に して、 結局まで は^かる べきに、 

お 3 な び や-.' がん つぎい ii も. •!= せ のち ぼん ひつ つ 

翁の 病 眼 かくの 如く なれば、 續 出さる i 事 かた かるべし。 百年の 後 凡輋を もて、 他人の 是を^ 

そこ あるじ *7 な づき さ なり からく に 一 

ぐ^^^ぁらば、 事 損ねに こそ 候 はめ。 といへば 主人 は點 頭て、 然也、 斑 山に も かよる 事 あり。 雁 

た. つさん せう すゐこ こうでん て 八 ひ f n する こ でん また <i くせい い、 7 き せいい. リ き さくし 0, 。ん び 

宕山雄 か水滸 後傳、 天 花 翁が 後 水 滸傳、 及賴 西遊記、 後 西遊記の 如き は、 作お の 隱微を 知らす 

みだり じ やそく な この ゆる? おこな は まった か はら お stjv 

して、 叨に 蛇足 を 做しよ^ 也。 這 故に 行 れす。 玉の いまだ、 全から すと て、 瓦 を もて 是を袖 

たれ h んじ やう かへ たミひ べんく わ つ おのれ し 

はぐ、 誰か 連 城に 代 まく せんや 卞 和なら すと も、 鼻を挖 みて 走るべし。 己 を 知らす 人 を 知 

X せ さくしゃ からく に -、 そ W かく じゅんた うきけ ふかく でん かんかうな 二よ 

ら ざる、 似而非 作者 は^ 山に も ありけ り。 开は左 まれ 右 もれ あれ、 巡 島 記 俠客傳 は、 刊行 浪速 

iti , しょぐ わ は- C した しゃほん り や .7 二. フ つか は われお い ぃミは かつこ-ろざし こミ 

の甞辦 なれ は、 其窖畫 板 下の 寫本 を、 兩ェ にもの させて 遣す に、 吾老て 厭し く、 且 志 も 異な 

らうが, < なほ ざ り た^.*けふかくでん わが ミ く、, ぎ £ く 

れば、 老服 かくの 如くなら ざる 時より、 等閑に して、 今に 至れり。 但 俠客傳 は、 意の 戲 

みろ ひミ しふ しふ いづ ま つぎい に 

にて、 世の 看官 も、 五 輯六輯 の 出る を、 俟っ者 多し と 聞え ながら、 是 まで 績 £3 さ、 r る は、 この 

一 ► _ び せラ ねんろ く ほんでん ひミし ぶんけいだ う さ、 フ はん けっきょく あみ はた 

故 也。 又美少,4^錄は、 本傳と 等き 文溪 堂の 藏板 なれば、 いかで 結局まで、 編果 さまく 思へ ども、 

第 九 輯卷之 五十 三 下 六み! . 



I , 南 總里見 八犬傳 , 六 八 〇 

さ ふら そ せんせい つゆ け- > えつ こ は せんせい かんこく そ あく きら 

候 ひぬ。 开を 先生に 告て、 校 阅を乞 ざり し は 故 あり。 先生 は刊 刻の 疎惡 なる を 嫌 ひ 給 ふに、 

刻 板 は 彫刻 宜しから ざれば、 見せ まゐら すると も、 意に 稱ふ ベから す、 と 思へば 也と いへ り。 

この ゆろ! われ こさび ミ つか は おもむき そのい: i そ あく われ? -ひミ 

這 故に、 吾 又 別人 を もて 遣して、 いはる. - 趣 こ i ろ 得が たし。 お 板疎惡 ならば、 吾 買 取る ベ 

その ゑり ♦* き み かさね -?' れ また こたへ いな ほん な にん しゅ ふ 

し。 せ 〈刻本 を 見せよ、 と 重て いはせ しに、 他 又 答て、 否 一 本に 做せし にあら す、 百 人 一 ^iH の附 

錄 にしぬ る 也。 其 製本 は皆寶 出して、 今 はなし。 srz 日搨 せて、 見せ まゐら すべし とい ひしの み、 

け ふ つ ひ か れ J=!=せ^^.^.り ミし, y ぼく あかほん じ-し > ま をん > な 

今日まで も竞に 見せす。 他 は十稔 許さき つ 比まで、 年々 に 吾に 戲墨を 乞 ふて、 赤本 事始、 又 女 

さいぎ や 5 また きんぎょ でん がふくわん ゑ ざう し や. ん いう . 3 _i!-r- じ ノ,、 、 

西 行、 又 金魚 傳 など いふ、 合 卷の畫 策 子 を、 多く 刊行せ し 者 なれ ども、 今 は 然る 耍事 なけれ は、 

自恣 理不盡 なる 事 をのみ いふめ り。 吾 ゆきて 談ぜば やと m-v へど も、 吾 脚 久しく 衰 て、 植^に 

まち ま い わ づらは 九き / 

あら ざれば、 一 町 だ も 出る 事 得なら す。 況てか よる 烦 しき 事に、 身 さへ 心 を 役 せられん は、 

ほんい むいか あやめ ミをか きく : 、 ,9 、 

本意に あらす 旣に 六日の 葛 蒲、 十日の菊に なりたる に、 いふと もい ふかひ あるべ 力ら す、 と m-.? 

ひ 捨て E;_- さ r りき。 只, 二 喪 を 具眼の 人の、 想る 故 をば 知らで、 論す る 者 も あらん 歟と て、 き S 

これ およべ なり ふみや ため ん こ,、 5 くしゃ は: - ひよ.,;;^ -. £ なに あ > ふ / I 

又是 にし も 及る 也。 寄郞は 利の 爲に刊 刻し、 作^ は 名の 爲に る 事 あり.、 氷炭 何ぞ 合よ しあら 

あるひ わがき、 ひさく さいはん しん はん いつは わがき、 う あ なひミ ほしい- Ht .?^んか、„' ひっき や, フォ 力ぶ 

ん。 或は 吾舊作 を- 冉 板して、 新 板と 惯り、 或は 吾 蕩稿を 拿り て、 や^ に 刊行す 。舉竞 吾 名 

が 5 -7 よし もし わがみ やうが.., - .7 われ つゆ おの >,\ ほ. ^やま t 

號を售 る 者に て、 其、 寄の 好 jy を 知れる にあら す。 吾 名 號を售 る 者の 吾に 告す して、 各 やん な 



** たおな じひ ミ ひや ラ りゃくち、 r' うち へう しきしよ ぅゐ のべん しも ri* きんぜ ノ くしょう なり 

いへ り。 又 同人の 評に、 略 註の 屮、 標識 稱謂辨 の 下に、 樣 とい ふこと は、 近世の 俗稱 也と あれ 

えいき ちう こミ こ • 、一れ 

ども、 永享 中の 古書に、 この 言 あれば、 近世と いはん は、 いか r あるべき といへ り。 理り ある 

に 似 たれ ども、 吾 思 ふよし はしから す。 いと も かしこき 天 朝 は、 天地 定り てより、 革命の 世 

たい なほ きんせい べん い じつ, T リ 

代なければ、 二三 百年の 昔 を も、 猶 近世と いふべ し。 この 辨は文 多ければ 略す。 wic 日 折 も あら 

が みく *1 うぶん も. すゑ くわん せいの ころ き や 5 なかが はしん しも ふみめ きび ビ九 

ば 又い ふべ し。 又 雅俗 要 文の 顚 末に 似た る 事 あり。 寬政 年間、 京なる 屮川新 七と いふ、 隶: E 賈江 

九 けうき よ かれ も • 、一め ぉラ くわて うぶん そ ^ な 一 ぶん まき つ \, ミら 

戸に 僑 居して ありし 時、 他が 需に應 じて、 花鳥 文 素と いふ、 婦女子の 要 i^l 卷を、 緩り て 取せ 

ぶんく わ はじめの ミし きのん ね あ ふみ や しん はち :^ふこく この ししん 

し は、 文化 元 年、 甲子の 春の 事な りき。 近 江 星 新 八と 合 刻に すべし とい ひしの み。 這 年 新 七 

は 一 M へ 還りて、 又來る こと もなければ、 其 稿本 はいかに なり けん、 こと も あらす して、 三十 

へ こミ しはじめの なつの ころ わが も ひしる ふみや もりや それ くわて 5 ぷんそ かう ほん あ, ふ ふめき びミ 

八 年を歷 たる、 今玆 初夏 時候、 吾 相識. I^E 蹄、 森屋 某と いふ 齐、 花 烏 文 素の 稿本 を、 一^賀の 

手より 買 拿て、 反て 吾に 告も 知らせで、 刊刻 すと 告る^ ありし かば、 IfjC 乂 うち 驚きて、 則 人 

もり じがり つか は くわて 3 ぶん そ むかし われな が はしん しち つ *5 り つか は そ ぶん いか かき 

を 森 次 許 遣して、 花鳥 文 素 は、 昔 吾 中 川 新 七に、 綴て 遣し よ 疎 文に て、 何なる こと を齊 たろ や 

らん、 今 は 忘れ たれ ども、 必 拙 かるべし。 然る を 吾に 告す、 校 閱をも 乞す して、 刊 刻し ぬる 

はなはだ ひ なり わ ねし これら さう し ゑら われ べつ つ まづ その かう ほん 

は 甚 非 也。 和主是 等の 策 子 を、 彫 まく ほしく ば、 吾 又 別に 緩り て 取すべし。 先 其 、稿 本 を 見せ 

れ こたへ くわて うぶん そ か 5 ほん しょりんぎ やう じ めんきょ いんしん さき .J- ん こく 

よ、 とい はせ しに、 他 答て 花鳥 文 素の 稿本 は、 旣に害 林 行事、 1;^ 許の 印 信 あれば、 翁に 刊 刻し 

, 第 九 輯卷之 五十! 一一 下 



南 sg. 里 見 八 犬 傅 —六 七 八 

いはん ャ ♦* た ほんもん -H たり やくち ラ もや まり え,. じゅ _たぅ こ もつ 

らす。 矧又 本文、 及 略 註に も、 訛 謬 ある を、 後に 思 ひ 得 たれ ども、 永裔 堂、 胡 踏の 如ぐ になり 

その はんした しゃほん い たづら これら ^-rb^i 二.、 

て、 久しくな るまで、 其 板 下の 寫本を 見せねば、 徒にう ち 過ぎに き。 是等も 必 樣刻すべき^!^ 

まづじ じょ ミ しっき はき A す ふや か けづ りさ かさね つか ** 、つす た i** 

也。 先 自序の 歳月と、 馬 琴の 二字 を、 速に 削 去るべし、 と 重て いひ 遣し しかば、 ゲ候 ひぬ。 

^く まつる ベ かりし に、 然るよ しに は 心 もっかで、 今 さら 畏 り:^ とい ふ、 答の み ii えたり 

さ はつゆ A 、,り おらず こ ** ろもミ 

嚮 に發販 したりし より、 旣に 一千 あまり 發 たりと いへば、 いふか ひ あるべし や、 否や、 心許な 

し。 然而其 印本 を、 婦 幼に 讀 せて 聞に、 咸 傍訓 はありながら、 文字の 轉讀 によみ 惑 ひて、 詳 

ならす 靴 を 隔て. 鮮を搔 にも 劣りたり。 然ば 今に 至りて 讀も さねば、 誤 を 正す に. S なし。 

たんん ふ つけが な あや. H り たぐ ひ ゎづか ふ ii つ A つ し ぐ わつ V 

ロハ 箪 葉の 傍^ ひとへ はななる を、 ヒトへ ハと誤 たる 類、 僅に 二三 を 知る のみ。 又 三月の 部、 

雛 遊の 略 註に、 飛鳥 井 榮雅老 君の 歌 を 引て、 

都に て やよひの そらの のどけ くて ひなの あそび も 思 ひやる かな 

と ある、 のどけ くて を、 のどかに てと 訛り、 あそび もの も を、 をに 作りし は、 肇ェの 誤 寫也。 

また ざ ふの ぶ ほんもん たけの みやこの かみみ や あやまりな り このぎ わが ミ も、. せ まつざ か な づ け、, を、 ラ 

又雜部 三十 八の 本文に、 竹 都 神宮と ある は 誤 也。 這義 は、 吾 友 伊勢松 阪 なる、 小 it 桂 意の 

かんかへ いらら たけ ふや こ さいぐ、 フ f じんぐう みち ほ-. ご あ ひさろ こミ り かり 

考 ありて 道く、 竹の 都 は、 齋宮の ありし 迹を いふ 也。 神せ :! より は路の 程、 相距 三 里 許なる 

し みづ はまお み じんぐう あやまり たけの みやこ ふるさ ミ 

を、 淸水濱 IS も 知らで、 祌 せ" の 事 也、 と 思 ひ 誤 たり。 竹 都 を故鄕 とよみし、 十 2 歌 も ありと 



もつ こ お, な じ じょ ぶん f ぶ? これ? うゐ かっそ^し よ ちょさく だ if- きんさ.、 しる 

に、 物故し 給 ひしに、 翁の自序の文と^^^月に、 是相違 あり。 且^ 寄に 著作 堂-: 作、 と錄し i 

it きん お ,な ひ が-., ;?, ふくわん も S ほん じしょ.,' た ミ へ なな ほ け f *f 

もこ i ろ 得が たし。 馬 琴 は 翁の 戲號 にて、 合卷 物の 本に 自稱し 袷 ふの み、 は 畝の 戯破、 狂 

し ね ぼけ が 5 き やう か よ もの. C から きャ S, 、わ ゑん しょ ラ おも が 唇く ぶん ^ さく 

詩に 寢惚 と號 し、 狂歌に 四方 赤 良、 又^ 花 1^ と稱 する. か 如し。 意 ふに 雅俗 要 文 は、 戯作なら ね 

± がう しる かっぷん ^?^' 一-一 しぞ おきな け てい へ この y 

ば、 戲號を 錄し給 ふべ くも あらす、 且 文中に も 誤寫 あり、 翁の 校訂 を經 ざろ おに 似たり。 這義 

い に あるじ こたへ され せっちょが あ: く is' ぶん ぶんせい ねん はる *! *. こ 

と SI れ しに、 主人 答て、 然.はとょ^=:ハことなれ。 拙著 雅俗 女 文 は、 文政. 十 一 年の 春、 江戸 

i ザ、 ら -っ ちゃう ふみや んぃ じゅ だう にし リら はち らミめ び 7 おなじ ミし なつみな づき か. r ほん;; り そ ミきょ 

们樂 町なる、 ま I 肆永壽 堂 西村與 八の^に 應 じて、 同年の 夏 六月、 稿本 成し を、 時與 八に^ら 

ケの ふみ? - なり は ひに よい かんか, フ i.0 く 

せに き。 :14、 後 彼齊肆 は、 活業如 ti ならで、 刊行し がた しと^え しのみ、 Jii 來る こと も あらす し 

V* ミ せめ リ こ ミし きさら: y のころ が tfj くん.,.' ぶんし ゆつ ^5 八 、ゥ i さ ?{ し 

て、 十.;;: 餘 年を麼 たりし に、 今玆ー 一月 時候、 雅俗 要 文出販 したり、 と 人の 噌に間 知りて、 うち 

ちのぃんJ^^ん だ ひ ふ よえ ?< いまき やくそう はん じ じょ 

驚きつ i、 其 印本 を S 只 取らせて、 婦 幼に 讀 せて ii に、 <「 客 僭の いへ るが 如し。 稿本の 自序に は、 

ぶんせい ねんな つみな づき きつ かつ; じょ ii いじゅ:;.: う f のせ の はなぶ み ほしい f 

文政 十一 年 夏 六月の. Hn と あり。 H5 北 (序に、 永壽 堂の 號をも 載し に、 彼 英文が 恣 に寫更 めて、 

: だ- ん じ W よ ミし, つき いつは ; £§る5 われす みや. t- はな ぶみ がりつ J- は その;. ん 

其、^«-號も自序の^|成月も、 皆悠^^たるにぞぁりける。 這 故に 吾 速 に 人 を 英文 許 遣して、 其 刊行 

し まつ ミは か, ュ いづ ゆ" う ャ いら わが か. 7 ほ A ぁ-^>なひも..> やが ひっこ..' ? いし ?• J, ん 

の 始末 を II せし に、 他 は永霄 堂の 宅静 より、 吾 If 本を購 求めて、 轆 て箪ェ に^ 寫 させて、 刊 

刻し 候と 云。 しからば; I: どて 夙く n^c に告 て、 校閱を 乞ざる や。 且 自序の 歯 W と、 序 巾の 堂號 を、 

ほしし. Hi かき めら-た ひが こさな り ちょじゅつ は きん ひ がう しる ふ さよ 

. 恣 に寫更 めた る は、 いよく 僻事^。 又是 等の 著述に 馬. 琴と いふ 戯號 を、 錄 したる は 相^し か 

M H^ . 輯卷. 之 五 十 一二 r . . 六 七 七 



南 總里見 八犬傳 . 六 七 六 

な か へんち、 r- この あくろん のせ そ かいて. r- か れ 

名を假 りて 編 中に、 這惡論 を 載た る歟、 是も いまだ 知る ベから す。 开を解 嘲の 文 を 作ら は、 他 

はか おら せ <ff.w るよ か- フ ひきふだ よ やみ おし ミ r ち ミ 

が 謀る 所に 陷て、 赤水餘 稿の 報簟 を、 世に 引く にし も 似 たるべし。 已 ねく、 と 推 制め て、 毫も 

けねん つゆ こミ びんぎ いで かビな ふ 

掛 念せ ざり しかば、 人に は告す 忘れたり しに、 言の 便宜に 思 ひ 出て、 僂 れば 三十 餘 年の、 昔に 

ぞ なりに ける。 人 さま <\> の 世に こそ。 とい ひつよ 火 盤を曳 よせて、 一 霎時烟 を 吹 程に、 頭 I 

ひたすらかん ぶく おきな た、,, - ちゃ, r- 二 i ゆ:. も h: う にんにく わが ほミけ ,*/ しヽ 

は 只管 感服して、 翁 は 唐の 張公藝 の、 亞 流に もや あるべ からん。 忍 辱 は我佛 の、 第一 の敎 なれ 

や な ふら およぶ ゆ からまな び かへ つて ミく きんしん こミ わり や e 

ども、 野衲 等が 及 所に あらす。 現に 漢擧 をすな る 者 は、 反 德 行 謹愼の 理 を 思 はす、 動 もす 

この"^ ** いて あく ろラ 、? らふ おも よ 

れば論 を 好て、 人の 惡を いふ 者 あり。 況惡 なき を惡 として、 論じて 怨を思 はざる は、 俗にい ふ、 

無法 馬鹿 物に 庶 かるべし。 翁なら すは勒 かよく、 其 惡論を 忍ぶべき。 只 感服の 外 候 はす。 就て 

ミひ ちかごろ このち ふみめ きび ミら おきな き、 ひ さく ゑ ざ、 T し もの ほん ほしい **t さい は 八 

又 問 まつる、 近售這 地の 喾 賈 等が、 翁の 舊 作なる、 畫策子 物の 本 を、 恣 に界 板して、 是を 

おきな つ: t おの じ し > さし S あたらし あまさへ y-.' さん こ ssr かき .《 -、 -'6 ん しん はん いつは ,Ji ひが こミ 

翁に 告す 己が 自ゃ气 出 像 を 新 くして、 剩 像贊詞 書な どを^ 減 もしつ、 是を新 板と 僞 り賣 僻 

は、 翁の 辯 論 ありて、 本 俥の 附錄 などに も、 識 著け 給 ひし かば、 是を 知れり。 しかるに、 今兹 

かの ミ の、, し は ろ む つきした や ふみや はなぶ さそれ かんか ラ が ifi くん うぶん おきな ちょじゅつ 、7 たが 

(辛 丑) 舂正 月下 咎 なる、 書肆 英 某が、 刊行した る 雅俗 要 文 も、 翁の 著述なる に、 猶疑ひ 5 心 ふよ 

じ じょ てんぼ ね. <: はるむ つき じょ そのつ き やが ゑり 丄っ. f-.^ 

しあり。 其 書の 自序に、 天 保 十二 年 春 正月と あり。 序し 給 ひし 其 月に、 纏て 彫な して、 發販す 

かつ へんさ こ けんら う きんれい くん りゃくち、 ジ けんら ラ な{ミ せ さ き きの の ひつじの なつ さっき や, J- か 

ベく も あらす。 且編 左に 故 賢郞、 琴嶺 君の 略 註 あり。 贊郞 は、 七 年 以前、 こ 未 夏 五月 八 日 



その へんち、..' われ ろラ ttM は; 1 かつ われ けんじ 9.i 、つづ. もって の- .* く 

お 編 巾に、 吾 を 論す る こと 酷 しく、 且吾を 比する に、 原 壊が 躇居 を以 し、 吾 を Si? しるに 賊を 

もって た、 r- じ わが ミも みやこ つの か びづろ つゆ ため かいて. フ つく 

以す。 當時吾 友 京師なる、 角 鹿 比 豆 流、 是を 吾に 告て、 爲に解 嘲の 文 を 作らん、 とい ひお こし 

かつ さミ い へら この, A せいけ A にく かれ し. ひミ 

し を、 吾 許さす、 且讒 して 道く、 好て 人の 惡を いふ 者 は、 聖 の 佾む所 也。 他と 吾と は 相識な 

かっちりは^*り うらみ れ なにら ほしい It ろ .r- いみ は *t か 

らす、 且繊芥 の怨だ もな きに、 他:!: 等の 人 なれば、 恣 に 吾 を 論じて、 忌!^ る ことなく 罵し る 

かならずき や. r- じ 八 ふ きャ. フ じん さも *f じん われね?. 

や、 是必 狂人なる べし。 狂人の 走る 時、 不 狂人 も俱に 走れば、 是 狂人に 異ならす。 吾少 かりし 時 

より、 爭氣 ある 人と ものい はす。 他が 如き は 齒に掛 るに 足らざる に、 可惜 紙筆 を 費して、 解 嘲 

ぉミな t われ せきす るよ か...' けみ かれ だいにの こ いた そのこ 

の 文 を 作らば、 大人 氣 なかるべし。 吾 今 赤水餘 稿を閲 する に、 他. か 第二 子 を む 文に、 其 子の 

い うぢよ や らラ あいぼ さか 九 しんじゅつ いやし われ ふ せ-,. こくき. < 

遊女 冶郞 に、 哀慕 せらる. -を もて 榮 とす。 北 〈心 術の 陋 きこと 知るべし。 吾不 なれ ども 國禁を 

を か ミし. あみつ い もの ほ 八 よ ひ 》is お ほやけ -ssi し 

犯さす、 不仁 不義の 行 ひなし。 年々 に 編 次す る 物の 本 は、 世に 稗 盆な しとい へど も、 大官 允可 

かんか ラ ふみや ならび しょ 4/ わ こ, 7 けつじん かしほんや ら より ひミり から 

ありて、 刊行の 書肆、 幷に寄 畫ェ厥 人 貸本屋 等まで、 是に 由て 衣食すな るに、 彼 一人 聲を 吸し 

かに かく の t みや, <■ り そね む おも え け さくしゃ かれ われ 

て、 云云と 罵し る は、 人の 名利 を媢嫉 にあら す や。 意 ふに、 今 江戸に 戯作者 多 かれ ども、 他 吾 

をのみ 論じて、 這 惡言を 出しぬ る は、 旣に舉 問 ありながら、 兒戲の 策 子 を 旨と 綴る を、 似け な 

あらそ ひ この ひ かれ いづく に わが こ ろざし しら さくこん せきす ゐ よ か 5 このち 

しとて 憎む にゃあらん。 是 爭 を 好 也。 他 焉 、ぞ吾 士 を 知ん。 咋今 この 赤 水餘稿 を、 這 地の 

ふみや ら たづね そのし よめい こつせ きなり かれ そのし よ うら わが 

書肆 等に 導し に、 其窨 名-たも 知る 若な し。 しからば 是__ おれざる 兀絡 也。 他 其 書 を赍ん とて、 吾 

第 九 輯卷之 五十 三下 I 六 七せ . I 



南 總里見 八犬傳 六 七 四 

なほ はらの-.' ち のこ ちミ しょ ぶん か きくの ,》 ふ ^.7 

から、 猶 肚裏に 殘 りたる、 些の窖 あり 文 ある を もて、 恁 ばかりの 口 を 利 而已。 不幸 かくの 如く 

**- ひかし か-.? 、にこ-..' もんしよ けん しか おい 、- 'しな つ ひ めし ひ な 

なる 隨に、 昔 唐 山 孔門 諸賢の 得失 を 思 ふに、 子 夏 は 老て子 を 喪 ひて、 竞に 失明に 做り し 時、 曾 

子 是を弔 ふて うち 哭き しかば、 子 夏 も 亦う ち哭 きて、 喧 天なる 乎 吾 罪な し、 と 眩き し を、 ^ 

し S, が しゃ. ノレ か ななり いまし なに みつのつ み あゆ せめ し. S- つ a 一 

子 咎めて、 商 (子 夏の 名 也) 汝 何 ぞ罪 なからん やとて、 其 三 罪を舉 て、 是を責 しかば、 子 夏 杖 

を 捨て、 謝しに きとい ふ、 語 は 禮の榜 弓に 見えたり。 夫子 夏の 賢なる を もて、 猶三 罪な きこと 

え まいて おのれ ざい そ ラレ し か みつのつ み 

を 得す、 況 己 が 如き 荐は、 五 罪 も 六 罪 も ありぬべし。 しかれ ども、 せ 子の 意 は、 子 夏が 三 罪 

あく は 5 めし ひ しか つみ つぶや その A ゥの つみ ^リ おい 

ある 惡報 にて、 失明たり とい ふに あらす、 子 夏が 罪な しと 眩く に 就きて、 其 三 罪 を 貴る に、 老 

うしな めし ひ あや まち しら もし ♦* くぎ ラ t,- け \ 

て 子 を 喪 ひ、 又 失明た る こと さへ 數 へて、 :N ハ 愆 を 知せ し 也。 倘 しからす は、 伯 牛の 大賢なる、 

その Vi く かう がん. 01 ん びんし けん はくち、 r- され かの み ふ かラ らい やみ いのち あや こ、 r し ミひ 

其 德行顔 淵 閔子騫 と 伯仲す。 然 ども 彼 身 不幸に して、 癩を 病て 命危 ふかり し 時、 孔子 是を訪 し 

し 5 き たへ やま ひ ゆか ♦* さ り し め 、- か この ひミ 

に、 其 臭 氣に堪 ざれば、 病の 牀に 入らす して、 :H 〈意より 手 を 取て- 死なん 命なる 乎、 肚 人に 

やま ひ な: b そのつ みせめ はくぎ 5 も およそ ひ 

して この 病 あり、 とうち 歎きし のみ、 其 罪 を 貴す、 伯 牛 素より 罪なければ 也。 約英 人の 非 をい 

ふたつ も ひ あやまち しら すな はち ほ, 7 い, フ ♦* こミ なり ft 

ふ 者に 二 あり。 X、 宜しから ざる を舉 て、 愆を 知し むる は、 卽 朋友の 信 也。 又 只 己が 好 情な 

その A は ミころ せひ このみ f ぶ -< くわの ころ なに は せきす る f 

もて、 其 合ざる 所 を 舉て是 を 貴る は、 好て 人の 惡を いふ 也。 文化 年間、 浪速に 赤 水と 號 する 者 

はんや 5 た; な けいてき あざな はぶ びん ねんつ ちの W たつの A き かれ ,^ら は せきす. よ f ま き 

あり、 播陽 五島 名 は 惠迪、 字 文 敏と稱 す。 五 年 己 辰 秋、, 他が 著した る、 赤 水餘稿 一 卷 あり。 



むらさきし きぶ :t んじ ものがたり つくり あく は、 f ぢ ごく おち 5 め t > 

あり。 又 紫 式部 は、 源氏物語 を 作し 惡報 にて、 地獄に 堕たり、 と 人の 夢に 見えに きとい ふ、^ 

もつ しふ まきのし この も かし t る こ ±5 んご はいし もの ほん VT-r- たいひつ め,,' ぶん A み ひ その でん さん * く ぎ 

物 集 (卷 四) に 這證文 あり。 水 滸源語 は、 稗史 物の 本 中の、 大筆妙 文に て、 或は 其傳、 山賊の 義 

け ふ あるひ き かいいん あ むね つ わ かん じつ モ しり もし 

俠を もてし、 或は 貴 介 淫娃の 事 を 旨と 緩り たれば、 和漢 同日に 是 等の 訕 ありし ならん。 倘 しか 

せいい つ ぼ たいひつ め 5 ぶん さくしゃ おふし t! - ごく あく は、,^ 

らす は、 西遊 宇津 保 も、 大筆妙 文なる に、 是 等の 作者に、 啞子 隨 獄の惡 報な き は、 いかに ぞゃ。 

この たラ かんゆ え ねれ £f そしり 4- な も- W たした がふ より われ 

這 故に 廚の韓 愈 は、 得, 譏 名亦從 といへ り。 是に 由て これ を觀れ ば、 吾も^ 八 犬傳を 作り 

し惡 報に て、 老て 半盲に 做り にきと いふ、 謖誚 もや あるべ からん。 非 如:!: ともい は いへ。 吾 

あゆま A!- ミ くしょ わ かん れきし しょ せラ つ でんき か しょさ 5 し ものが 仁り いた 、>.?* ビ 

奢 歳より 讀書を 好みて、 和漢の 歴史、 諸子 百 家の 害、 小說傳 奇歌赛 草紙 物語に 至る まで、 覘は 

せいけ うけんく わい かたじけな い. しょぶ つ A やう ぼく ぞい はう, A な その か;: はし 、ヒく がく こ 

ざる 所な く、 聖敎 贊誨の 辱 きはい ふ もさら 也、 醫書佛 經ト筮 方位、 皆 其 二 隅 を、 獨 舉 して 孤 

ろ 5 わかん ちらん ミ くしつ し の, r- こ 5 しゃ 5 か ラ せっかんち よく-、 わしょく せいひん たのし ミころ 

陋 なる も、 和漢の 治亂、 君臣の 得失、 士 農の 務 むべき 所、 ェ 商の 巧拙 奸直、 wtii 淸 貧の 樂む 所、 

れふ ざよ ぼくせ .7 めいしょき うせき きんじう さラ もく な にんじゃ 5 こ..' ミくふ はく お ほかた し 

獵漁牧 樵の ある 所、 名所 舊跡、 禽獸 草木の 名、 才と 不才と、 人情の 厚篤 浮!^、 其 大檗を 識るこ 

がくもん よ らく かつ も 5 まい さ ♦* ぎ ぼく さう し あみな し ふみや も.^ 一め お., 

と を 得た る、 擧 問の 餘樂を もて、 且 蒙昧 を 醒 さん 爲に、 戲 墨の 策 子 を 編 做して、 書肆の 需に應 

の じゅんびつ つね はぶ せっけん むね わ かん ひつ 九- リ しょじ ャく あが, M ひ 

じたる、 其 潤 筆に て 足ら ざれば、 毎に 衣食 を 省き、 節儉を 旨と して、 和漢 必要の 寄 絡 を、 購 

もミひ い そ ミ せめ まり しょ を さ ぐわん よ ひつ のこし あたへ さう せい 

求る 者 五十 有餘 年、 其書藏 めて、 五六 千卷、 六十 餘概に 至りし も、 船 # んと ひし 子 は 早 逝し、 

♦* たら がんすい はラ ミ くしょ な みなこ きゃく し み もら わへい 

吾 も 亦 老眼 衰蚝 して、 讀書得ならす做りしかば、咸沾却して紙魚も漏さす、^^^畫餅になるもの 

第 九 輯卷之 五十 三下 I 11^ 七三 



南 總里見 八犬傳 —六 七 二 I 

な むかしし んひミ i うせい ざん せう せつでんき このめ ま t かってさん ごくし 九ん き ひやう ちラ そのめ ラ 

做す こと を 得す。 昔淸人 毛聲山 は、 小 說傳奇 を 好る 隨に、 嘗三國 志 演義 を 評 註した る、 其 妙 

きんせいたん する 二 で, C ひ 《■ う ち- フ かみ かれ ふ か.,' め しひ な 

金聖 歎が、 水滸傳 評 註の 上に 在り。 しかるに 他 不幸に して、 老後に 失明に 做り しか ど、 好む 

所を棄 がた くや あり けん、 又 琵琶 記 を 評註し ぬるに 及びて、 一二の 子弟に 口授し、 代寫 させて 

/はて じ かしわれ び は き よみ かれ われ さ-' かラ かつめ f れひ 

もて、 稿 じ 架に きとい へり。 昔 吾 琵琶 記 を 讀て是 を 知りぬ。 他と 吾 はと 同好に て、 且 眼の 患 も 

ひや うら- r- i:t いめ •, ふで ミ けだしから く-一 もんじ 

相似 たれ ど、 其 評註の 精妙なる、 みづ から 筆 を 把れ るが 如し。 蓥唐山 は、 文字の 國也。 子弟に 

文字な き 者なければ、 其い ふ 所 を 一字 も 違へ す、 よく 代寫 せし ならん 。天 朝 は 言語 を宗 とす、 素 

• みく にぶ. 9 いはん や ふん、 1 だいしゃ ふで にぎ おも ひ か まふ はらんき よくせ つ ぶ, C いづこ 

より 文字の 國 風なら す。 矧婦 幼に 代寫 さする に、 管を搦 りて 思 を 構る、 波 瀾 曲折の 文、 何 所よ 

いだ ゎづか たつ され ひっこ、 r- か t モの り まき ふ んラ よ ** 

り 出し 来つべき。 僅に 其 意 を 達する のみ。 然ば筆 ェに寫 せた る も、 又 其 刻本 も、 婦 幼に 讀 せて 

校訂し ぬれば、 脫字 こそ 咎め も すれ、 誤字 は 吾見る にあら ざれば、 开を 正す に 由 もな し。 看官 

け, フ ていそ ろ わら 二 しゃ ぶんしゃ みもの もづか さ ラレ ぶん 

かくと 知ら ざれば、 校訂 疎. M 也と て 笑 ふ も あらん。 瞽者 は 文章の 觀に 管ら す、 と莊 子い へり。 文 

^^-7 ^.^^ . こ しゃ ぶん ぢ や?' ぁモは ゎづか し ふし、.' た よむ ま たはい じょ-..' 

章 は 文字の 事の みならね ど、 瞽者 はいかに して 文 場に 遊ん や。 僅に 詩 を 陚歌を 詠の み。 又枚乘 

かう の ふ すゐぼ はもて えび, J- なす ** な こに われん び まなこ か その.,.! び まこ ミ を 

が江陚 に、 水母 以., 鰕 爲, 眼 といへ り。 吾 鰕 子 を もて 眼に せん 歟。 其 鰕 子 も 亦 得が たし。 蹇に烏 

V, す さづ: , あざけ せう せつ もの ほん たいひつ めミ ぶん にく もの むかし わ 

滸 の!! 遊 なれば、 好まぬ 人 は 誹謗る も あらん。 小說 物の 本の、 大筆妙 文なる を 僧む 者、 昔 も 和 

: らくわん ち、 r- する こ でん わく せ おふし う& もくぶん けんつ、 ひか 5 そ,^ り 

漢に是 あり.、 羅貫中 は、 水 滸傳を 作りし 惡報 にて、 三世 啞子を 生に きとい ふ、 續 文獻迪 考に誚 



つけ. V な え よめ しひ よ けつぎつ し so Jm^b^ 

といへ ども 1 傍訓な き は得讀 す。 强て讀 すれば、 鴃舌 侏 離に て 要 をな さねば、 援用 ふべ くも あ 

らす。 寫 する こと は敎も すれ ど、 讀 する 事 は 吾見る にあら ざれば、 いよよ 難義 にて、 實 にせし 

方な し。 然 ども 敎誨を 承る 者の、 困 じながら も 倦で よく 勉 にあら ざれば、 ill 十卷を 船り し 

きょく ね ひ はり ゎざ^-しき ^ n. しょく おん お,, >MC み i 

て、 局 を 結ぶ に 至らん や 。縫 刺の 技 薪 炊の 事な どこ そ 他が 職分 なれ、 文 風流の 事に ぬらせて、 其 

耍を估 さまく 欲する は、 理 なしと も理 なしと、 知りつ よも 月を累 ねて、 今玆 辛 、^!;;の秋?^^^ニ 

つ- 力 ほ A でんだ い しょ、 つく わい 5 へんぷ ろく もく しょしゃ ラ せいはい その 4- はり つぶさ けっきょ くご、 

十日と いふ 日に、 本 傳第百 八十 勝 囘の下 編附錄 目、 諸將の 成敗; jiij; 尾 を 備にす、 とい ふ 結! J^:f^ 

だん ゑん や つ はて あな やくな おい くり ご ミ r { わら づ ご、, - 

圑圓 まで、 稍 稿 じ Ej^ たりき。 噫 無 盆し、 老の諄 言よ。 とい ひっぷ 呵々 とうち 笑へば、 頭が は 

たん こ ゑ しはらく い へら 44 こミ おきな ら、 ひじつ わ んぃ t 、し-しへ よ、, くわ、, ノゃ. 9、3 

嘆の 聲を 得た よす、 姑且 して 道く、 誠に 翁の 老實 なる、 和漢 今 も 古 も、 稗 官者流 多 かれ ども、 

かくまでに 苦勞 して、 書肆の 爲に難 義の筆 を、 果し給 ふ は 有が たき、 -、 仏 «u る il を、 S ぎド: な 

みる ひミ た r なほ ざり み すぐ かへ つ よしあし ろ- フ あ **1 た、 ぶ 

る看官 は、 只 等閑に 見過して、 反て好;0^を論するもぁらん。 逋 この 書の 大部なる も、 人の 爲二 

ひえき 5 よ、 フ ざっさん らラ いさを さ よの ひミ ミジ 

稗 盆 ある、 有用の 雜纂 なら まし かば、 勞 しても 功 あるべき に、 然る 物 は 世俗の、 見 まく 欲する 

は 稀なる 故に、 書肆 も 亦 刊行せ まく 欲せす、 求る 所 は只是 のみ。 這 故に 翁 をして、 ii^^sli 

^ / はた/ ** たてん か めい か をし くり かへ たん あ, ひじ V も 

做し 果し ぬる、 こも 亦 天 乎、 命なる 乎、 惜む べしく。 と 繰返しつ i 嘆 すれば、 主人 も 俱に嘆 

しか こミゎ さラし われ ミし, ぁ みついで かた, f,-rj 

して、 爾 いはる. -は理 りなれ ども、 是 等の 策 子に あら ざれば、 吾 年々 に 編 て もて、 半 業に 

第 九 輯卷之 五 一 下 六 七 一 



南 總里見 八犬傳 六 七 〇 

だいひつ をし く ごミ か な づ かひ をし ふ ふ つ 5 みく じ 

り 代筆 させて、 一字 毎に 字を敎 え、 一句 毎に 假名 使を誨 るに、 婦人 は 普通の 俗字 だ も、 知る は 

から もじが ゆん かな づ^-ひ わき ま へんつ くり こミま 

稀に て、 漢字 雅言 を 知らす、 假名 使 てにをは だに も辨 へす、 偏 傍 すら こよろ 得ざる に、 只 言語 

か t わがく しん ** い をし へ-.' け か ゆめ ぢ た-ど 

をのみ もて、 敎 えて 寫 する 吾 苦心 は、 いうべ う も あらす。 況て敎 を 承て 寫く者 は、 夢路 を迎る 

こ t ち こう はて さ て だいしゃ ひミ ひら みつ よふ かへ をし へ つけが な ^ t 

心地して、 困 じて Ei- はう ち 泣く めり。 然 而代寫 一枚に 満れ ば、 讀 反させて、 又敎て 傍訓 を寫す 

じ 9 くじ く ミラ よむ ミき もる ひ ぉミ おる ひ そへ よむ 

るに、 熟 字 を 知らす、 又 句 讀をこ i ろ 得ねば、 讀時 或は 字を脫 し、 或はな き 字 を 添て 讀 めり。 

よむ ヒ やす く じゅ か もの かんなん いた 

讀 すら 輒 からざる に、 知らす こ. -ろ 得ざる 事 を 口授 せられて、 寫く 者の 艱難 を 思へば、 いと 痛 

いくたび やめ またお も 

しさに、 幾度 か 巳ば やと 思 ひし を、 又 思 ひかへ して、 

ふです て まつ は こミ は こ ら 、ゥ 

肇捨の 松の ふる 葉 も 言の葉 も 子等に をし えて か i する ぞ 憂き 

*J い なぐさ ひ ま きふた まき だいしゃ かれ なれ く しん はじめ 

とうち 詠 じて、 且 慰めつ i、 ニー 卷代寫 させぬ る 程に、 他 もやう やくに 熱て、 苦心 初の 如くに 

は あらす。 偏 傍な ど は、 稍 わき まへ 知りて、 言 を 費す も、 舌の 疲る よまでに 至らす。 編 中の 出 

lc_! だいしゃ その じんぶつ けんてん ぐ ゎこラ こまか ちラ もん 

像 は、 代寫 さすべき 者なければ、 吾 只 其 人物 を園點 して、 もて 畫ェに 傅 ふるに、 委細に 注文 を 

-! て, しゃ かラ ほん しょぐ わ こ、 フ しゃほん わが かけ あら 5T ャ こ t ろもミ 

^寫 させぬ るの み。 稿本 はさら 也、 書畫ェ の寫本 も、 吾い ふ 如く 寫りゃ 否 、 心許なく 思へ 

すべ いて ぶんち ラ こ じ ひき. ち ! t んほん も; i もんき あやまち 

ども 術な し。 況 文中に 故事な ど を 引用 ひんと 思 ふに、 原本に 涉ら ざれば、 諳記の 失 あらん こ 

ミ h- いだ よま からぶ ふ か な 

と を 恐れて、 命じて 其 書 を 拿 出させて 讀す るに、 漢籍 は 及ぶべく も あらす、 假名 まじりの 古書 



に €^ 翁.;! な| 




第 九 輯卷之 五十 三 下 



六 六 九 



よみ そ やから お >』:-* は しもつき さながら; も? り 

ありて、 讀 かたしと いへば、 开を 宅眷に 補 せ おどしぬ る に、 十 一 月に 至りて は、 宛. m 夥の 

、7 ち あるつ ーミ おばろ づきよ たつに じかく - ii ; i ピ ひっけん ふ じい ミ 

中に 在 如く、 又朧月^^に立に似て、 一字 も寫 こと 得なら すなり ぬ。 只 筆 研不自 山なる のみなら 

しょぐ わ しか ゎづか ちう ャ べん ミ, r ざい すべ 

t 1^! 鳌を 見ても 楚と 見えす、 僅に 晝夜 を辨 じ、 束 西 を 知る のみ、 いかにと もせん 術なければ、 

ゥくゑ しり <i ふで な ゆすて ひミ りたん そく 

書 案 を 返け 筆を投 捨て、 獨 歎息の あまりに、 

ながら ふる かひ こそな けれ 見えすな りし 書卷 川に 猶 わたる^ は 

えい ろ より ^る ほ, ぶんけいだ うまた かし ほ A や 、> れは 

とうち 詠 じて、 爐に 寄ての み 居 程に、 文 溪堂及 貸本屋な どい ふ 者 さへ 間 知りて、 皆慨 しく 思 

にいし ャ たづ 5? こ,, ろ かな さ われ めし ひ 

はぬ はなく、 爲 に代寫 すべき 人 を 索る に、 意に 稱ふ 然る者の、 あるべく も あらす。 吾 も 亦 失明 

て は、 生 甲斐 もなければ、 年の 秋 九月より 次の ハ ヰまで、 人の 薦る 師を三 名まで、 i^i しぬ 

ちミ しるし さ れ こミし かの ミ のうし われ た こん 

れ ども、 いまだ 毫も 効驗 あらす。 然 ば今玆 (辛 5) の 春に 至りて、 吾 又お も ふに、 八犬撙 は、 今 

じゃく あり たいぶ もの ほん はじめ を はり み. ひ も か ぶんけい 

昔 有が たき、 大部の 物の 本なる に、 始 ありて 終な くば、 只 看 官の飽 す 思 はんの みならす、 文溪 

堂が 爲に は、 後々 まで も 利 を 全くし がたくて、 遣 憾 こそ あらん すらめ。 人の 爲に設 りて 忠な 

らぬ は、 吾 も 亦 i る 所 也。 然ば とて、 吾 孫與邦 は、 倘 乳臭 ある 机 心 うせす、 且 _^藝 を 好める 

本性 なれば、 恁る帮 助になる ベく も あらす。 他が 母 は 人並に、 にじり 書 もす なれば、 敎 て代寫 

させば や、 とやう やくに 思 ひかへ しつ、 第 百 七十 七囘の 中、 音 音が 大 茂林; m にて、 生の 段よ 

第 九 輯卷之 五十 三下 六 六 七 



南 總里見 八 犬^ 六 六 六 , 

し t ひ ひ ひっけん よいせ き はじめ す^りの なかみん かね ふで そむ ふ べん なれ 

と尋 思して、 一 日 も 肇硏を 排斥せ す、 初 は 視 心 見 難て、 毫を染 るに 不便な りしに、 それ も 熱 

ふ ,ぺ i こ じ 、^^ れひ あ;. i いみ はて ミ 

て は 不便に も 思 はす。 其 後 故兒の 憂に 丁り し 年 も、 世渡り なれば、 忌 ども 閣て は、 又 筆 を 把ら 

つぎ != し よつ や わた まし ひだりの め こミ : . f, よへ ^^.t^t 

ざる こと を 得す。 其 次の 年、 四 谷へ 移徙 しても、 左 明 は 異なる こと もな けれ は、 著 編は侣 年々 

つ つちのえ、 > ね はる こ ろ ひだりの め かす 

に 緩り ぬる 程に、 戊 戊の 舂の 時候より、 何となく 左 明 も 亦篛む やうな りしに、 夏に 至りて はい 

そのこ ミ おぼえ なほ さミ めがね くも あや おも よ ほ 八 

よく 其 異なる を覺 しか ども、 倘 悟らす、 こ は 眼鏡の 曇りた る 故なら め、 と 謬 忍 ひて、 俗に 本 

たま い す. しゃ 5 せい め がね あた ひた か ぃミ これ かれ あがな ひも ミ かけ かへ »^^、 

玉と 歟 いふ、 水晶 製の 服 鏡の、 價貴 きを 厭 はで、 ♦ 此 彼と 多く 購求め て、 掛替々 々凌ぐ もの 力 

ら、 つ 己 亥の 春に 至りて は、 いよく かすみて、 病 眼なる を 知りながら、 本傳 いまだ 大圍圓 に 至 

"みや もミめ 、 £5 な i から、 フ r もの かくて こ み かのえね 

ら ねば、 書肆の 需を 推辭も 得せで、 猶辛 じて 綴る 物、 この 外に も ありけ り。 恁而去 鼓 (^子) 

の 春まで は、 II 船の 稿^も、 故の 如く、 十一 行の 細字に ものせ しか ども、 夏に 至りて は、 只纖 

h^?^'7[, さ、 じ か,、 そ かう i ん いっく だり たいじ そ て さぐ 二 

蠓朧々 として、 紙 字を寫 こと 得なら ねば、 其 稿本 を、 五行の 大字に しつ、 其 も手捋 りに て、 去 

t め, • あい クき i ん でん. M、 し、 5 っ^ は tt かんか ラ ふみ?' ぶんけいだ ラ せめ ふさ ) 

歳の 秋 九月、 :i4. 傳 第九輯 四十. 五の 卷 まで、 綴り 果して、 刊行の 書肆、 文溪 堂の 責を 塞きに き。 

かくて は 明年 四十 六の 卷 以下 を、 綴り 果 さん こと 心許なし。 先ゃ倘 かくて ある 程に、 <r ー卷な 

りと も, i らば や、 一-お^ g いて、 &軲^^百七十七^" 一 顆の智 玉、 途に 一 騎の ii 將を懲 す 

ごん 、つく. --ク あるひ く. < 一り 二、 じ じの か; i ち し ,どろ もさろ かつす み つ ミころ 

とい ふ 一 段 を、 fpR 仃 或 は 四 行の. K 字に ものし ぬるに、 字 行 も:? i: 奵乒乓 にて、 墨の 績 かぬ 處 



こミゎ われ こたへ けう ゆうけ たま は みやう り む やく ひっけん ふけ 

の理 りなれば、 吾 答て、 敎諭 承 り 候 ひぬ。 名利の 爲に身 を 忘れて、 無益の 肇现に 耽る にあら 

わか ミき なまじ ひ ぎ け ふ いたり くせ たん ふみみ.? びミ 3 け 

ね ども、 少 かりし 時 愁 に、 義俠の 心 ありし かば、 今に 至て 其 癖う せす。 一 HS に諾 ひし 

か- < 'ほ A: なほ ざり な かれら はつ はん じ じつお く すくな ふ ぎ 

稿本 を、 等閑に 做す 時 は、 他 等 は 發販の 時日 後れて、 利 を 失 ふこと 尠 からす。 是も亦 不義に 似 

おろか さ ふら しゃ や がく もの ほん かう はん 

たれば、 事の こ i に 及べる を、 思へば 愚に 候 ひき、 と 謝して 是 より 夜 舉 せす、 物の 本の 稿本 も 

ミし はん あ ひさ だめ もミめ おう よ ゐ の !/> き かぎり くら つき 

年に 二 板と 相定 て、 其餘は 需に應 する ことなく、 夜 は 入定 を 限に して、 はやく 枕に 就し かば、 

身 も漸々 に 安くお ほえて、 仰臥しても 瞑肢 せす、 を さく 養生 を宗 としけ る 程に、 吾 遠 暦の 年、 

ひの ミの. たいび や、 -.' いのち あや ふ さい は ひ おこた ミ かく こ-の 

丁亥の 夏より 秋まで、 大病に 嬰り て、 命 危 かりし も、 幸 にして 瘥 りに き。 左 * する 程に、 九 

,ヒせ さ き A づの t-J のみ あき こ ろ あるめし; i ふ ミ お A いで * かん ふ 

年 以前 癸 巳の 秋、 八 九月の 時候 にゃあり けん、 有 一 朝 不圖起 出け るに、 右の 一 服 見る こと を 

お ろ かつい ぶか こ じ ひミ みの-..' へ かたながれ れ うぢ モの 

得す。 うち 驚き 且 訝りて、 故兒に 示す に、 瞳子 上の 方 流たり、 療治な さるべし とい ひけり。 其 

のち しん. 5j くほうい、 r- ふみ あきび ミら ぢ れ 5 す t む , われ あへ てしたが われ 

後 親族 朋友、 書 賈 等まで、 治療 を 薦る者 多 かりし かど、 吾 敢 從 はす、 且 おもへ らく、 吾 は 

め ラれひ はやり め やみし さ て、 フ A ぎの め ラ しな W しごろ 

幼稚より、 眼の 患な く、 流行目 だに も 病 こと あらす。 然る を 今一 朝に、 右 明 を 失 ひし は、 年來 

w くしょ ひっけん つかれ かつ ふゆ はろ-ご ミ たか ひ をけ ざ ぃラ き へん さむさ ふせ 

讀書筆 研の 疲勞 なるべく、 且冬春 毎に 高き 火桶 を 坐 右に si^ きて、 机邊の寒氣を防ぐ^5$.、 旣に久 

モの くわき い つ みぎの め かわ たミ へ おい 

しくな りし かば、 其火氣 n: 時と なく、 右 明に 入りて、 乾かされ たるに ぞ あらむ すらん。 譬ば老 

樹の片 枝立枯 たるに 異ならす。 非 如 醫療に 術を盡 すと-も、 草根木皮の よく 及ぶべき にあら す、 

第 九 輯卷之 五十 三下 六 六 五 



南 總里見 八犬傳 六 六 四 

かな づか あや まり よしや をし へ たやす この y 

假名 使 ひも、 皆 誤 あらざる は、 非 除敎給 ふと も、 容易 かるべき 事なら す。 這義も 示し 給 ひね。 

こ は あるじ さ たん たへ され こミ ゆる しづか ^ I 

と 請れ て 主人 は 嗟嘆に 堪す。 然ば とよ 其 事 なれ。 言 多くと も 緩やかに、 坐して 徐に間 給へ。 五 J 

あけ まき ふみよ ひ ひミ *- なる ひミひ しょくわん ミら 

髫 歳の 時より して/ 書讀 こと を 好みし かば、 成長に 及びて は、 一 日 も 書卷を 把ざる ことなし。 

かくてく わんせ い ねん はじ V- ぼく 3! vvr- し ふた まき もみ ふみや かんせんだ ラ かんか.? いたり 

恁而寬 政 二 年の 冬、 創めて 戲 墨の、 畫策子 ニ卷を 編て、 書肆 甘 泉 堂が 刊行せ しょり、 今に 至て 

ねん ^*んかぅ ざっしょ もの ほん ミも この; i かんぷ ひっき ざつ さ, r ft- る ひ 

五十二 年、 刊行の 雜 書物の 本 共に、 二百 九十 餘 筆に 及べり。 這他刊 布せ ざる 筆記 雜築、 或は 二 

え ふ 、フす も の なかんづくお A. くわの ころ よみ あきび ミ こ は ^ ついせ 5 もの 

三 葉の 小 紙子 多 かる を、 數へ盡 すべう も あらす。 就中 文化 年間 は、 書 賈 に 乞る よ、 大小の 物 

ほん さは ひ ーピミ っミ おきいで つく ゑ むか よ ゐのミ き か、 つ ほん つ 

の 本 多な りければ、 日毎に 夙に 起 出て、 机 案に 面 ひつ..、 其 夜 人 定まで、 稿本 を 綴りて、 人の 

つかれ ぃミ -0 さきす ぎ ねむけ よみ たのし もし かき や 5 

爲に疲 勞を厭 はす、 亥の 時 過て は睡氣 つくまで、 書を讀 て、 みづ からの 樂み にす。 倘 佳境に 入 

X t りん-,^ い おさろ か やが おきいで またつ く ゑ むか 

る 時 は、 天の 明る を覺 えす、 隣 鶏の 鳴く に 驚 されて、 纏て 起 出て、 又 机 案に 面 ふ 日 も ありけ 

かくて ? i し-ごろ ぎゃく じ や, つこう つ、 ひ うれ ひお こり ミし いたり は ミし, 5>- ねけ 

り。 恁而年 來を歴 ぬる 隨に、 逆 上 口 痛の 患 起しより、 年 五十に 至て は、 齒は皆 年々 に脫 て、 

ひら かつよろ まくら つ さきお ふ ふ めん ゆん たへ よこ ふ 

一 枚 も あらすな りぬ。 且夜 枕に 就く 時 仰ぎ 臥せば、 暝肢 して 堪られ す。 橫に 臥せば さもな かり 

き。 この 比 一名 醫と 晤譚の 折、 吾 この 事を告 しかば、 名醫 驚きて、 足下 生 來血氣 人に 勝れ たれ 

き こん かぎ き、 < 'せき つね きびし はり ゆる そのつ ろ,れ 

ども、 人の 氣根 は涯り あり。 九 石の 弓 も、 每に緊 く 張て 緩め ざれば、 其弦斷 ざる こと を 得す。 

そのたの し み T り じゅん けんしゃ す こ si よし 

樂む所 を もて、 名利の 爲に殉 する は、 賢者の せざる 所 也。 今より 些し 緩めよ、 とい はれし 義 



り,/ よせ そ つ r さ. 7 し かう ほん し わ ミ 6-0 ひ f ; 

流 も、 遙に 吾に 書 を 寄て、 开が 線り たる 策 子の 稿本 を、 示して 雌 黄 を 乞 ひし も あり、 或ば 教 Sri 

で し こ ひ 4* ミめ ちかごろ またみ .oo'.o め せ 5 そこ し, 4 

の 弟子に なら まく ほしと て、 其 親 を もて 請し 少女 も あり 近 曾 又 一 婦の f ^息して、 其、 子に 敎 

なさ じ ミひ こ *• ろざし さ か 

べき こと、 內を理 べき ことな ど を 問し も ありけ り。 士 ^ は 然る ことにて、 感じ 思 はぬ にあら ね 

ふ ぢ よし こたへ ふちの く 《4 くず さ いぢよ やもめ わ it 

ども, 婦女子 なれば 答 ざり き。 开が 中に 陸 奥なる、 風 葛て う 才女 も孀婦 にて、 吾に は 七ば かり 

i お、 つな よく やま VJ ぶみ つたな こさ こ, *t し-^ 

の姊 なりと 聞え しに、 この 老女 は、 書 を 善し 歌 をよ み、 和文 も 亦 拙から す。 殊 なる Ef- 魂 ゲ 

ひミ りかんが へ ぎ ろん ふみみ まき あ-ひし、 7 ひつ ま き いそ in? 

もて、 獨 考 とい ふ、 議論の 窗三卷 と、 奥州ば なしと いふ 隨 第一 卷、 又 機づた ひとい ふ、 紀行 

まき 、ひす Vvr し み ** きょ つ r われ よせ ひつ さく こ は せち われ や ±- 

ニ卷、 其餘 も小册 子、 三四卷 緩り しも 吾に 寄て、 肇削を 乞る よことの 切なり ければ、 吾已 こと 

?く かう ろん ふた ♦* き あ A のべ こたへ され if より、 フ じ 

を 得す、 獨考 論と いふ ニ卷 を編述 て、 もて 是に 答に き。 然 ども 是も 女流 なれば、 辭 して 久しく 

ぶんせい はじめの ミし のちな つ ひ きじ 0. く い 

は 交 はらす。 こ は 文政 元 年の ことなり しに、 後 七 称ば かり を歴 て、 ^に 鬼籍に 入りに き、 と 

たより た べん *4 こ W 

風の 便に 聞え けり。 是等は 要な き 多 辯 なれ ども、 門人なしとのみぃは^..、 實 言なら じと 思 はれ 

そ r ろ くひ; vj} つぐ づだ かんたん f> さくしゃ もんじん. >• しへ ご ひさり 

ん かとて、 漫に諄 言し つるに こそ。 と 告れば 頭陀は 感嘆して、 ^の戯作^1<?は門人弟子の、 一名 

も 多き を榮 にして、 某 甲 某 乙と、 其 書に 名を錄 しし も 見 ゆめる に、 翁の かい 意 は にて、 人の 

さて- V がんび や 5 そ やす びゃラ やく や、. -し, し 

及ばぬ 所なる べし。 扨 御 眼病 はいかに 候 や。 开は 易から ぬ 病 厄 なれば、 いかで 欲 養效驗 あれ、 と 

本復 を 祈る のみ。 然るにても 這 稿本 を、 女 筆に てよ くも 代寫 せられし もの かな。 見る に ^ 字 も 

第 九 輯卷之 五十. 三下 六 六 三 



南 總里見 八犬傳 六 六 二 

わがしん めく もく たんぼ きふ 5 f しょ ざく あがな は 

て、 吾 眞 面目に あらね ども、 是を もて 且暮に 給し、 又是を もて 有用の fill 絡 を 購 ん とてす る 也。 

よろし わざな り おのれ ほり ミころ なに ほ < ごこ に ふもん ぎ けっし うけ 

素より 宜き技 也と は 思 はす。 己が 欲せざる 所 ももて、 何ぞ 人に 施すべき。 入門の 義は诀 て 承が 

おの f» この ひ やく い、,' 6 つきひ つ ひや つき がくもん かならず ひえきお は 

たし。 各 這 無 盆なる、 遊戲に 光陰 を 費さん より、 其師に 就て 舉 問せば、 必 稗 益 多 かるべし。 

かつぎ ぼく まな おの {• その さ 九 ** か われ からく にび ミ はいし せう せつ 

且戲墨 は 師に從 ふて、 擧 ぶべき 者に あらす、 各 其才に 儘す るの み。 吾は麼 山人の 稗 史小說 を 

ぶん その か、 ち えら かれ なら こ だん さは いさ. * か ぃミは 

多く 見て、 せ、 文 其 巧 致なる を擇 みて、 他に 效 へり。 晤譚 の爲に 訪れん は、 聊 も 厭し からす、 

, しよ ひミ くにり た 九 おの.,. \ のみみ うしな なほこり をり? \ミ ひき 

御所 望の 一 條は、 思ひ絕 給へ などい ふに、 各 望 を 失 ひながら、 猶懲 すまに、 折々 訪來 ぬる も 

モの わか f どら を さ ミ きしめ ぃミま 

ありし かば、 其 壯佼 等の こよろ 得の 爲に、 身 を 脩め、 家 をと-の ふべき こと を說 示し、 又 暇 あ 

らラし さ、 rv じ かラ ねむり もよ ほ じふ もん ご じ たい 

る 折 は、 老子 莊 子な どを講 する に、 打肫を 催さ r る は 稀な りき。 开が 中に 人 門御辭 返の 義 はち 

から 及ばす、 いかで 戲號に 琴 字 を 許し 給へ とい ふ。 琴 字 を もて 名號に 做す 者 は、 吾の みならす、 

昔 も 今 も、 儒者に 琴 所琴臺 など あり、 开は 各 位の 隨 意なる べし、 とい ふに 皆歡 びて、 或は 琴 

が 9 Ay きんせん また きん V- よ の いったり むたり ひ! is せ ふた ミ せ , はャ 

雅又琴 格、 或は 琴 川 又 琴 魚な ど告る 者、. 五六 名 ありし かど も、 それ も 一 兩稳の 程に して、 夙 

く 胡 越の 如くに なりけ り。 今 思へば、 三十 餘 年の 昔 なれば、 其人猶 生る や、 死せ り や、 いまだ 

知らす。 是 等の i: 中に、 櫟亭琴 魚 は 同じから す。 他 は 吾 知 音の 友、 伊勢 人 德齋の 弟に て、 意^ 

X にん あつな ミの いしぶみ さくしお し み ♦* か このた ぢょ 

餘譚靑 砥石 文な どい ふ、 物の 本の 作^な りしに、 借むべし 四十 餘歳 にて、 身 故り にき。 這 他 女 



しょ. •> くわい け へん こ t の ま き きょく むす つ. こく しゅくわん ミも ぜんはん れい くわん なり 

八十 勝 囘の下 編まで、 九卷 にして 局 を 結びぬ。 追 刻の 首卷 と共に、 全 本 一 百 零 六 卷^。 其 四 

まき ちょす うお ほ さ かふし も いつまき こ ミし ふゆ はつ はん 

十七の 卷は、 楮數 多き を もて、 釐て 上下に 分ち て、 四十 六より 五卷 なる を、 今玆の 冬發販 すべ 

のこ ミころ まき しもい つまき つ V- み 'うし ん いだ か 人 かう ふみ ャ ぶんけいに 5 じ やうぐ わん 

く、 遺る 所 五十の 卷 より 下 五. 卷も、 續 きて 明 春 出すべし と 云 ふ、 刊行の 書 i -、 文溪 堂の 情 願 

ひぢ ちか か、.' ほんよ まきい つまき ミ りあ^ いだ づだ * つけいた r よむ 

に 任せたり。 是見 給へ。 と臂 近なる、 稿本 四五卷 を、 拿抗て 出し 示せば、 頭 陀は受 戴きて、 讀 

に 及す 甲乙と、 開き 見て 且, 訝りて、 御 稿本 は 女 筆なる べし。 何 どて 自筆に ものした ま はざる や。 

ミは あるじ さ たん たへ さ なり みミ せよ ミ せこな た わがら うがん ミし. 4.\ び やうす る こ ,5- ふゆ かりね づき 

と 問れ て 主人 は 嗟嘆に 堪す、 然也。 この 三 四 年來、 我 老眼 年々 に 病 表して、 去 歳の 冬 十月よ 

り、 書を讀 こと も 字を寫 こと も、 絕て 不自由に なりし かば、 只得婦 幼に 代筆 させて、 這 稿本 を 

綴りに き。 といへば 頭陀は 眉を颦 めて、 开は 不便なる ことに 侍り。 琴嶺君 世に いま そかり せば、 

.* でり ひつら う たすけ せん ♦* ん をし かう ほん だいし ト めい 

か. -る 折筆勞 の、 帮 助に ならせ 給 はんに、 今 は 千莴惜 むと も かひな し 。稿本の 代寫を 命じ 給 ふ、 

もんじん あるじ か ラベ ふり いな われら む 5" し ぎ ぼく もんじん 

門人 は 候 はす や。 と 問 はれて 主人 は 頭を掉 て、 否と よ、 洒家は 昔より、 戲 墨に 門人と いふ な 

わが 6 さく ゑ Vr つし もんじん くわいら いし またつ くろく わい らいし に みや、 3 がう いだ 

し。 三 四十 年 以前、 吾戲 作なる 畫策 子に、 門人 魁 蕾 子 (又 作,, 傀儡 子,) などい ふ 名號を 出した る 

みし ャ 3 ひミ たは じ さ 6 ぶんく わぶんせ いのころ 

も あれ ど、 开は未 生の 人に て、 一時の 戲れ のみ、 實に其 人 あるに あらす。 然を 文化 文政 年間、 

なまき や、 r- さい わかう さら わが をし iVj ゆかり せ. フ かい しだい ミひ 

生狂才 ある 壯佼 等が、 吾 弟子に なら まく ほりして、 由綠に 就き、 紹介の 人 を 求めて、 漸次に 訪 

5 にん われ ひミり その ミ もがら さミ y ぼく ミ くしょ よ らく 

來 ぬる 者 八 九 名 ありし かど、 吾一 人 も是を 許さす。 且 其 輩に 諭す やう、 戲 壘は讀 書の 餘樂に 

第 九 輯卷之 五十 三下 I 六 六 一 



南 總里見 八犬傳 I I 

ぎ 十二 〔も" ITS の i だ m まで、 Mi 二十 A 年に て、 本傳 稿本 思 ひの 隨に、 全 3^ を 結ぶ 折から、 

まが ザの 亂に 吹れ けん、 いと II ら かに も訪來 にけ り。 迭に 別後の ロ議訖 りて、 頭陀が 道く 

ト;ュ、 ご ナ 5 & ミ し-..) ろ さいかいなん かい こく こく あんぎ 《• 

ぉ|^^<敎1| を 1^ まつりし より、 忘れた るに あらね ども、 年 來西海 南海なる、 九 國四國 を 行脚し 

しし クラ いく *^ る あき かさね そく わつ ゆる こ 、あは 

て、 1, 留の地 も 多 かりければ、 幾 春秋 を累 たる、 疎 潤の 罪を饒 させ 給へ。 去 歳より 又 安房に 到 

が. - .0 ん りう か- r- じ も く お 9j ろか 

りて、 某 甲の,; に S1 り。 西に ありても 東に ありても、 只 八 犬 偉の 流行に, 耳目 を 驚 すの みな 

shr^ しか われ すゑ せ 3 ミ こん 

れ. H、 、< よく 翁 f のな つかし さに、 叱られ まつらん と は 思 ひながら、 俺から 居し 闢の門 を、 驗 

. >r^,fl ぶふ み そ ! i せ おきな い; i おい ii** ん れいくん 

て g 影 土り ぬ。 相^; - つりしより、 僂 れば 三十 稳に近 かり。 翁 も 痛く 老給 ひに き。 琴嶺 君の 

Ml. 八 犬 障の にも、 識 された る もの あれば、 驚き^む 所なる を、 今 さらに 又い ひ 出て、 

£ た ? i せ こ けんら、 r- きんれい タ、 r- きょ 

物 を 甲. -ょ せま つるべう も あらす。 二十 稳 あまり、 さきつ 比より、 故賢郞 (琴嶺 をい ふ) と 同居 

. \ '- ひさ v> て き やまのて ぼくき よ たづね わび 

こて、 igra にいます ると は 人傳に ii たれ ども、 この 山 懷にト 居の 事 は、 知らで 尋 佗たり き。 八 

t くゥ, リ '-. しふ * き ミレ ぐ つぎいだ t ちん けみ ,,v き, £ 

犬 靠 の多卷 なる、 第九輯 四十 五の 卷ま では、 年々 に續 出さる i を、 待 得て 閱 したり けれ は、 翁 

ots 、 よろこ ひ^,》ひ けっきょく へん 

の今も|、5がく、^^するを歡び思ふ、心ぃそぎのせらる--は、 一 日 もはやく 結局 編 を、 見 まく ほし 

^5iA. おち つ r はた い VI は ひミ まき ない け,^ A れ 

、i ^也。 || 私 は is もな く、 線り し 給 ひし 歟。 厭し からす は 一 卷 なりと も、 內 見を饒 させ 袷へ。 

と 1;^ れて、 お: < は て、 き fo 九。 紀は^ 編に て、 第 四十 六の 卷 より、 第 -hf- 十三の 卷 なる、 第 百 



おんちよ じゅつ さ *4仁 ひ つみ ゆる きい よろこ It 

御 著述の 妨 しぬ る、 罪 を饒 されし のみなら す、 一 を 問て 二 を 得た る、 歡び 何事 か是に 優べき。 

こ で いは € きふ ひミ よさ はなせ まされり ねん まなぶ に またい ふ きく はな を J1* しか,^ろにぉもて,^-み-0はぉもて,$-まされり きくに なを *4た 

古言に 云す や V 奥, 君 一夕話ば、 勝,, 於 十 年攀; 又 云。 間, 名不, 如, 見, 面。 見, 面 勝,, 於 問.' 名。 復 

±> ん ざん つかまつ ぃミ まご ひ いで この ミし ぶんく わきの 九い ね しはす v> め.^, リ 

こそ 見參 仕 らめ。 と 告別して 出て ゆきけ り。 是年 (文化 甲 戌) 冬 十二月、 八犬傳 第一 輯十囘 

いつ き か A: かう ふみ あきび ミさ A せいだう はつ はん その あけの W し ふゆ いつまき いづ このし よ も S 

五卷、 刊行の 書賈 山靑 堂發販 す。 其 明年の 冬、 第二 輯五卷 出る に 及びて、 這 書 をい ふ 者、 漸 

や、 7 いた ほんでんお ほ うれ さんせい だ 5 た じ ふけ もミ でつ %• か 

黻に多 かり。 第三 四 五輯に 至りて は、 本傳 多く 寶 ぬる ものから、 山靑堂 他事に 耽りて、 本錢續 

のち ふみ あきび ミ ゆせん だ、 つ そのき 5 はん あがな ひも ミ だい しふ か, C か、 フ され 

す や あり けん、 是 よりの 後 窨賈涌 泉 堂、 其 舊板を 購 求めて、 代りて 第六輯 み」 刊行す。 然 ども 

その ひ- ろ.? り ぶ, C けいだ う たすけ から はつに 

是も亦 其 人に あら ざれば、 第 七輯を 彫ぬ る 時、 文溪 堂の 帮助を 得て、 辛く して 發兌 しけり。 こ 

>..J ろ ほんで A じ かう かな すくな ふに ふ, C あきび ミ なほ ざり 

の 比本傳 はいよ i ますく 哧 好に 稱 ふて、 其 利 難から すと 聞え ながら、 この 兩窖 賈 の 等閑に 

かんかう ちう ザつ い たづら へ かくて いま ふみや ぶ. <: けいだ ラ そのき うはん みな あがな ひ 

て、 刊行 屮絕 しぬ る^、 徒 に 前後 五六 年を歴 たり。 恁 而今の 文 賈文溪 堂が、 其 葡板を 成 購 

得て、 第 八 輯九輯 を、 續刻發 行し ぬる 隨に、 是 書の 流行 頻稀 にて、 只 江 戶京攝 のみなら す、 縣 

た ,0 なか it- よ ほ せう ざん およそ そく^き しう しゃ かよ ミころ ねんぐ いづ ミころ たなちん はた けいけん 

田舍 問、 漁 浦 樵 山、 約莫 足跡の 至る 處、 舟 車の 通 ふ處、 年貢の 出る 所、 店賃 を 債ら るよ 所、 魏犬 

こ ゑ つりがね ひ r いろは よ そぢ な. * もじ でん を、 r- やし じう さ 八 さい ぼくさ、? およそ けっき このし よ 

の聲 する 處、 洪鏠の 響く 所、 國字 四十 七 言 を 知る、 田 翁 野 奶山妻 牧童、 約 莫血氣 ある 荐、 是書 

めで もて あそ いふ ふ 5 ぶんみ t ぃミま !i し. 4\ きか そ も C ほんでん しょ 

を 見て 愛 玩 ばざる はなしと 云、 風聲 耳に 暇な きまで、 年々 是を閲 ざる 日 はなし。 抑 本傳初 

aA くわう いんな が おい さくしゃ こ き t たな か は こミし てん 

板の 1^ より、 光陰 流る. 1 水に 似て、 老の 至る を 知ら ざり ける、 作者 古稀 又 半な りけ る、 今玆天 

.第. 几 辑卷- 之. 五 十 三 下 六 五 九 



南 總里兑 八 犬; 六 五八 



よりて、 米の 慣に 過不及 あれ ども、 其 大槩を 執て、 石 壹兩と 定め し^也 。是 に. 2 て 注 すれば、 穎覚 

くわん もん すな はち ゆん *4 い こく ? 5j しょ ラ このは ふそく く, 、もん 

la; 文 は、 卽 玄米壹 斛 にて、 其 實は三 斗 五 外 なるべし。 這 法則 を もて 推せば、 百 貫 文 は 百 石 也、 

f ベ 5 くわん たく わ こ ミこの ほか しさい 

千 赏文は 千 石に て、 4« ^(實 は 百 苞千苞 なる を 知るべし。 首; 多寡の 事 這 外に 仔細 あるべ う もお も ほ 

ちつろく たか かく た くわ か じ なり ま, f し ごくの たく わ おなじき ミきは あた ひち ひし か 

えす。 又 秩錄に 高と 書 は、 多寡 S 假字 也。 孟子に、 五穀 多寡、 同 則價相 如ん と あるが 如し。 



され た くわ 九い じ た.^ ひ かく わ づらは ベ 八り つき たか 

然 ども 多寡 も 穎 字の 類に て、 書に 煩 しければ、 便利に 就て 高と 書來れ るなる べし。 語 次 に 云、 



J しへから くに せいじん たラぐ だい たせいた 5 ぶんぶ 

, ,f ^一 



上古 麼 山の 聖人、 密戴 三代、 又 成 湯 文武の 時 は、 民に 取る に、 井田 を もてす。 井田 は、 譬ば田 

ひミ ** ち は V けん すな はち これ こ t のつ わり そのよ なか ひミっ こうでん こ. .-t* ん 

1 町 力 二百 四十 問 なれば、 則 是を 九 に界 て、 其 嵐 中の 一 を 公田と す。 公 出 

みつぎよ ね そな ふ よしなり し あめふりて わがこう でんに つ ひこ およぼす わが わたくしに あ つ 

と は、 貢 米に 備る義 也。 詩に 雨,, 我 公 田 一 遂 及 一一 我 私, といへ るは是 也。 天 

みか? >J いにしへ にん ミ くてん わ、 フ み W せ ずり io\> ミ ** 

朝 も 上古 はかく こそ ありけ め。 仁德 天皇の 御 時に、 三年の 貢を禁 めて、 民 を 富 

ふるこ ミ わ かんせん ごく ざ いようつ か 

し 給 ひしと いふ、 故事 ある を 思 ふべ し。 和漢 戰國の 世に 至りて は、 財用續 ざれ 



公田 



ば、 民に 取 事のお のづ から、 多くなる べき 勢 ひ 也。 今にして 井田の 法に 因ば、 士を tT ふこと を 

え: . いまよ うま いにしへ みち わ ざ は ひかの ふ せいつ 1 

得. さるべし。 今の 世に 生れて、 古の 道に かへ らば、 禍 彼 身に 及ぶ とい ひし、 聖語を も 亦 思 ふ 

た r ふるき たづね あたらしき レ 4* なび この:; 3 ていねい はんぶ く ミき しめ づ IT 一 き, 

べし。 只 故 を溫て 新 を 知る を、 擧を 好と いふべき のみ。 と叮寧 反復して 解 示せば、 頭 陀は听 

かん ほい J? かづ ^-け かつい へら なしへ ラ 4* すな はちくん し ちうじよ なり やな ふ はじめ す, さん 

つよ 感 佩して、 額衝き 承て 且 道く、 人 を詢て 倦ざる は、 则 君子の 忠恕 也。 野 ?w 初て 推參 して、 



こミ つ ♦* びら か このぎ ち:' お ほ?^ た んザ 

の 事 をい へれ ど、 詳 ならす。 這義を 注しし 物 を 見 ざれば、 其 大槳を 知るべき のみ 。愚按 るに、 

fc は;.! しゅな ふ えいいく くわん もんい くひ やく もん さんち やう これ 九い せ. < さんし をし ふ 

田圃の 收納に 永 幾 買 文 幾 百 文と いへ り。 今も算 帳に は是 を永錢 とい ふ。 算師の 人に 敎る にも 

このはぶ えいせ A 九い らくせん たが えい えいか じ し...' す ゐ よしなり たはたのも^:^なゥ その 

這 法 あり。 この 永 錢を永 樂錢と 思 ふ は 違へ り、 永 は、 穎の 假字 にて 秋 徳の義 也。 田圃 物 成、 其 

あた ひ しる えい いみ や、 フ フ えいし かたちい なほ はらめ さ えい 

價を錄 す 故に 穎と いふ。 筆の 異名 を 毛 穎 氏と いふ も、 其 形 稻徳の 孕る に 似 たれば 也。 然れ ども 穎 

じく わく よ ひ なかう iij かく わ づらは か えい えい きん り や、 フ くわん もん 

は 其 字 蠭 多くて、 世俗 田舍兒 などの 書に 煩 しければ、 假 りて 永と す 。永 は 金 愛 兩を壹 貫 文と す。 

きん ぶ えい もん しゅ ちん ぎん さう は 

金 壹分は 永 貳百五 拾 文、 威 朱 は 百 11^ 拾 五 文なる をい へば さら 也、 今の 銀 惯直を も すれば、 銀 六 拾 

め えい くわん もん ぎん いくおみ め もんめ からく に せ A しゃ ラ ぶんな り モ のか^べ いこく ザに たか 

錢は、 永 壹貫文 也。 銀に 幾 匁と 書く 匁は廣 山に も ありて、 錢の省 文 也。 當時 米穀に のみ 錢の 貴き 

ゆん こラ けん ひ ころ か みぜにお こな は S ゃラミ しゃ 5.5, ん なかつ 一.! J いよ/ \ぜ に すくな 

にあら す ー兀弘 建武の 比楮鈔 行 れ、 うち 續 きて、 京都 將 軍の 中葉より、 彌 錢も銀 も 寡き 故に、 

あた ひ やす ひろ *4 ち-どのに つきひろ tvt '、どのら のがたり より 

物の 價の簾 かりし 事、 室^ 殿 日記 室町 殿 物語な ども 見ても 知らる. 1 也。 是に. e て f J れを 観れば、 

むかし ぜに くわん もん ゆ Af** い こく かへ くわん もん きん り や- フ X いふ こく り ゃラ こく 

昔 は 錢壹貫 文 を もて、 立米 壹 石に 易し^。 其鱟貫 文 は、 金壹兩 なれば、 今 も 俗に 云、 石 堂兩是 也。 石 

こ J;^ . 'じつ ミ こく すな はち こく ゆ ゑ ちつろく ものな り ^さめ つが ひミっ 

は斛 にて、 十 斗を壹 石と す、 卽 石 也。 又 其 愛 貫 文に 所以 あり、 秩錄の 物 成の 收欽 は、 三 之 一にて、 

にめ, こく ,, , みつ わかち さ しょ ラ & つぎよ ね のこ ミ しょ ラ ふ; i つ その ひミっ たがやす もの 

米壹石 なれば、 是を 三に 分て 三 斗 五 舛を貢 米と す。 遣る 所 六 斗 五 舛を又 二に して、 :J:^ 、一は 畊者 

ミく みャラ ねん たね よ いふ みつもの なり よつ ものな り な *lEi ら され ちつろく 

の 得と し、 又 其 一 は 明年の 種子と す、 俗に 云 三 物成是 也、 四 物 成 も 是に準 へ て 知る ベ し 。然 ば秩錄 

えい くわん もん しゅし そのじつ もん *、i し ほ. r- きょ、 フ 

の 穎 萱貫文 も、 主士の 得ぬ る 所、: J4、 實は 三百 五 拾 文な りけん 歟、 いまだ 知る ベから す 。年の 豐 凶に 

第 九 輯卷之 五十 三下 六 五 七 



南總 m 見 八犬傳 六 五六, 

しょく おに もミ そのち い *♦ つ ♦* びら か ちゃ 5 なん はに ふの こほり たけに のぶよしき よじ や、 r- さミみ よしひろ こ ふの:;,! いはいせ きのち じ り ふ 

屬す 〇 鬼 本 (其 地 今 詳 ならす) 〇 廳南 (埴生 郡) 武 田信榮 居城、 里 見 義弘國 府臺敗 績後も 自立 

み わがみ あ ♦* はの こほり てんじん や ま うへ みねが み さミみ き みねが み じ や、 r- しゅ まり や じふ;.! うだ 、フ 

す 〇 峰 上 (天 羽 郡) 天神 山の 上に 峯 上と いふ 所 あり。 里 見 記に 載す。 案 上の 城主 就 里 谷 入道 道 

くわん ほん ベん のせ うだ ご ほり ** り や むら じ や、 フ しゅ これ また ミころ の ひミぁ ひった へ だ、 くわん 

環と あり。 本篇に 載た る 望 陀郡真 里 谷 村の 城主、 是又 土人 相 傳 て 同名と す。 思 ふに 道 環と い 

み a がみ ま り や かう だい ほん べん もらし おつ しるす ほんでん さくしゃ いはく おに もミ い 

ふ 人、 峯上眞 里 谷 を 交代に せし ならん。 本 編に 漏 たれば、 追て 記 (本 傅の 作者 曰、 鬼 本より 以 

V じゃラ っゐか いじ や、 フ じ やうな り なほ じ やういつ ほんでん たて や じ やう いま その かぶ • ふ 

下 三 城 は 追加に て、 以上 二十 五城 也、 猶 一城 逸す。 本 傅に 舘 山の 一 城 あり、 今 其 數に充 つべ し) 

く 1? か-あん みぎ かづ さ ミころ そのた しも ふさむ さし かう づけ ミ ぜん 

國香按 るに、 右 四十 八 城の 內、 上總 にある 所 二十 六 城、 其 他 は 下 總武藏 上野 等に あるべし。 前 

せつ よ こミ, f-,/ さミみ 、ムっ しょく ひ W りち やうなん じ やうし ゆ かふし、 3 しょく 

說に据 るに、 二十 六 城 悉 里 見 氏に 馬せ し 事 知るべし。 獨 廳 南の 城主の み、 甲 州に 屬 せり。 

かつより めつな, r- t? 一み ほ * ひで、 r- しょく じ り ふ いじ や、 ひ はう モ うし れぅ よみな は づ だ よろこ 

勝 頼 減 亡 以後、 里 見に も北條 にも 雇せ すして 自立せ り (以上 房總志 料) と讀訖 る。 頭陀歡 ひて 

まき さしお みろ じ い へら み か! 5 W しごろ 、フ たが ひのきり ミ みは はじめ あまつ ひ 

卷を閣 きて、 主人に 向 ひて 謝して 道く、 御 庇に よりて 年來 の、 疑 霧亟に 霽れて、 始て 天日 を 見 

,よ ひ つき ミ ひたて つ せんごく ミき しょし ちぎ や、 フ くわん たく わ 

るが 如し。 現に 誊は讀 べき ものな りき。 就て 又 問 奉 る。 戰國の 時、 諸士 の采邑 に、 赏 多寡 を 

しる このはう そ, リし れラ へんしゃ こミ さ? *J み ラぢ ミ きちぎ やう わり くわん たか 

錄し しもの あり。 旣に這 房總志 料に も 編者の 言に、 里 見 氏の 時 知行 割に、 貫 高 をい ふ荐 あれ ど 

つ t びら か おきな かなら-ず かんがへ でしへ た t こ は あるじ ラな づき 

も、 いまだ 詳 ならす とい へり。 翁 は 必 考 あらん、 いかで 敎給 ひね。 と II れて 主人 は點頭 

さ なり われ くわ <; たく わ ひそ ほ-, 'で、,.' ぶん 5" ん ちゃ 5 ちぎ? -5 なべ 

て、 然也、 吾 も 亦 其 貫 多寡に は、 思 ひを頻 めざるに あらす。 北條 分限 帳に は、 諸士 の采邑 を、 並 

い,、 く. n ん も., P いく ひ 0. くも, しろ ? si み うぢ しょし ろく か ひ めいしよ うし ほ くわん くわ 

て 幾 貫 文 幾 百 文と 錄し たり。 里 見 氏の 諸 士錄も かく こそ ありけ め。 s. 斐 名勝 志に、 粗 13:^ 多寡 



し S せいめい いつ つくろみ あま はの こほり しゅうら かつみ あ ま はの こほり らんき かつみ 1 ご しょ 

主の 姓名 逸す 〇 造 海 (天 羽 郡) 今の 百 首 浦の 事 也 〇 勝 見 (天 羽 郡) 房 總治亂 記に 勝兒 御所 薛田 

きひ やう ゑ まさた fO し はい くに かめんず 一 ゴ しょ かまく らもち うぢ よ えいか かしこの ひミ • 》i ノミ y 

左 兵 衞正垂 支配と あり。 國香按 るに、 御所 は 縑倉持 氏の 餘裔歟 と 思 ひしに、 彼 土人の 說 に、 御 

しょ じった よし さ だ こ. フんぃ てらさき てんしゃ、 r- ごし か. 4.^ まりや まう だの こュり ミ, ご -ヒ はんぺん 

所 は 新田 義貞の 後裔に て、 寺 崎の 御所と 稱す。 天 正 後 云々 〇眞 里 谷 (望陀 郡) 說 本 編に 見え 

いけの わ だ はじ ふの こほり かつ、? b いし みのこ ほり ! きご •、』 ほ 八 べん み いちのみや なが ら のこより ミ, ひミ i ん くん 

たり 池 和 田 (墟生 郡) 〇 勝 浦 (夷 震 郡) 說 本 編に 見えたり 〇 一 宫 (長柄 郡,) 說 本 編に 見 

を はま いしみ のこ ほり やりた み のの かみきよ じ やう は、 7 そうち らんき はじめさ ミ, c、. 'ぢ ..>.6 € かい 

えたり 〇 小濱 (夷 il 郡) 鎗田美 濃 守 居城、 房總治亂記に載す。始里見氏に從ひて三^^へ渡海す0 

いふ ミ き か しん やりた み のの かみ ま き しょく こうのに い いしみ のこ ほり しも ふさ 

又 云土岐 家臣、 鎗田美 濃 守と ある を 見れば、 後に 萬 木に 屬 せし なるべし 〇^s!- (s_ ぬ 郡) 下總 

こ ふの だい ほ、 r 'モラち らんき の が いづし よの すけき よじ や- r- まき ざき うぢ しょく ま き いし 

の 國府臺 にあら す。 房 總治亂 記に 載す。 三階 圖書助 居城、 後に萬木の土岐氏に^す〇ー^:木 (突 

スの こほり ^^ぅそぅち らんき ま きの じ やうし ゆ! i きだん じ やうの せう ひつより はる さ だよりに ふだう けいいん • 、二 めんず 

ii 郡) 房 總治亂 記に 載す。 萬 木 城主 土 岐彈正 少弼賴 春 は、 貞賴 入道 啓 岩の 子 也。 ^香按 るに、 

W ? 、0ぢ つか でら かい 9 うじ ぜん. ん ためひろ ためよりより は. せ えい ざ、 フ おく けいがん こミ かんがへ かふ や.' 

土 岐氏墓 寺 海 雄 寺と いふ 禪院 に、 爲弘 爲賴賴 春、 三世の 影像 を 置、 啓 岩 事い まだ 考 す。 甲 

ぐんかん しゃ、 r- ま きのせ う ひつ より はる や たけ いしみ のこ ほり ^^ぅそぅち らん あさぶ もん-;; の 

軍鑑 十三 將の內 に、 萬 木 少弼と ある は 頼 春の 事 也 〇 矢嶽 (夷 ii 郡) 房 總治亂 に 載す。 麻 生 中: 水 

すけき よじ や- r-IHS しょく つ ,0 のしろ ながらの こほり ち らんき つろ みの にんじゃ、 r- きょじ や, r-** き しょく なる ミ む ざ ご まり 

居城 萬 木に 屬す 〇 鶴城 (長柄 郡) 治亂 記に 又 云、 鶴 見彈正 居城 萬 木に 馬す 〇 鳴 土 (武射 郡) 

いつじつ く る なる ミ、 フには が い よの かみきよ じ? 'ラ ほの を か ながらの こほり 一-くろくま だ いぞんき よじ やうの ち ふ』 み け しょく ミ /..?^さかゐ ぅ,ち 

一 作-鳴 東, 羽賀 伊豫 守 居城 〇 帆 丘 (長柄 郡) 黑熊大 膳 居城 後に 里旯 家に 嵐す。 土 氣阪井 氏に 

ほろぼ くるり ま、 つ だの こほり いふ さミみ ゑち ぜんの かみきよ じゃラ さミみ き いふ さ- ヒみ さねた か くるり しろ ,づ 

亡 さる 〇 久瑠理 (望陀 郡) 又 云 里 見越 前 守 居城、 里 見 記に 云、 里 見 實堯、 久 理の城 を 築く と 

のち さ- ヒみ ゑつし <フ まも さ ねき あま は ご ほり あさ くらの ミ のかみ か かきょ じ や...' さ ミみ 、つぢ 

あれば、 後に 里 見越 州 をして 護ら せし なるべし 〇i^m (天 羽 郡) 朝 倉 能 登 守景隆 居城、 里 見 氏に 

第 九 輯卷之 五十 三下 



• 南 總里見 八犬傳 

かん しャほ A; なかんづく そろ かつ あや * り すくな か.. 'しょ...' そな ふ J-^>^r 

間に 寫本 あれ ども、 就中 疎.. 1 にして、 且訛 舛も齡 からねば、 考 證に備 るに 足らす。 里 見 記と い 

r- ' • ほん、 われ そのい ほん み よ ほうで ラ だいき かふ やう ぐんかん ** た ほん 

ふ 物、 四 五本 ありと 間し かど、 吾 I ハ 異本 をい まだ 見す。 この 餘は 北條 五代 記、 甲 陽 軍鑑、 及 本 

て、 ひ 一. M くし * くしょ さ! i み のせ たき ゃミ き ひが . 

朝三國 志な どい ふ 俗 害に、 里 見の 事 を 載 たれ ども、 他鄉の 人の 筆 なれば、 聞 僻めた る 事な きに 

レか ごろ かづ さの くにい しみの こほり 、r す, のが、 フ ちゃう じ やの さ びミ なかむ らくに か あら は ほうそ、 フし れ、 rv いつまき 

, あらす。 只 近會上 總國夷 讀 郡、 曰 井鄉、 長 者 里人、 中村國 香の 著せし、 房總志 料五卷 あり。 

.、 せん ヘラ みろ ff ち り -H たさ ミみ ふるき ぁミ ほ *5 のせ かつ-へんしゃ かんがへ 

いまだ 全豹 を 見に 足らね ども、 房總の 地理、 及 里 見の 蔡趾 など も、 粉 載て、 且 編物の. 考 あれ 

. . わが このち よ へん、 しをり おも かづ さ びミ わ f こたへ ラ ち モ, ん もの . 

ば、 吾 這 著 編の 菜と す。 憶 ふに 上總 人の、 和 憎に 答て 四十 八 城の 內中、 今 其 名を存 する^、 二 

. か へ ん 15 うそうし れ、 r- よ かの しょ かづ さ 

十六 城と いひし は、 恐らく 其、 人の 考 得た るに は あらで、 房總志 料に 憑れ るな らん。 彼 書上總 

. ふ. ろく *s - べん のす ぉミろ / モ のしよ で, J.;- 

の 附録の 卷に、 四十 八 城の 辨 ありて、 是を 載る 者 二十 六 城 也。 是見 袷へ。 と 驚して、 其 書 を 拿 

as て 開き 示せば、 頭陀受 戴きて 是 を讀。 國香 曰、 割 居の 時、 所謂 四十 八 城と 稱 する 教、 上總に 

二十 六 城 あり、 左に 錄す。 戰爭與 廢の事 は、 別にし るし.^ もの あれば、 今 こ i に 省く。 其 二十 

、 お ほた き, いし ふの こほり まさき! L! いぜん >T.; よじ やうね こやしろ のちし か これ しもし ろご ミ へん. i*-> 

六 城 は 〇 大田木 (夷 M 郡) 政 木 大全 居城 根 小屋 城と いふ。 〈後 云々 (是 よりの 下城 毎に 編物の 

.f- ん がへ f りゃく ミ き や M ベの こほり ミラかん やまべの こほり • こねり はに ふの こほり や はたごし よ 

考 あれ ども こぶに 要な き は 略す) 〇 土氣 (山邊 郡 )〇 束 鏡 (山邊 郡 )〇 舍人 (埴生 郡 )〇 八幡 御所 

いちはらの こほり を ゆみよ しあ きら ミき ごミ まへ つまびら か えの もミ ながらの こほり ..fi) ミ w^^^. ほう だ,)^, りミ ほ.;! ミ 

(市 原 郡) 小弓義 明の 事說前 に 詳 也 〇 棱本 (長柄 郡) 說 前に 見えたり 〇 椎津 (望陀 i$) 說 

くぼた ** うだの こほり さミみ き めいおう さミみ よしなり くぱ fc せひ じ や. d 

前に 見えたり 〇 久保田 (望陀 郡) 里 見 記に 明 鹿 三年、 里見義 成、 久保 田の 城を攻 ると あり。 城 



よみ こ?ろ^^^へ より みれ さ りつ じ だいくわん.?、 

にせん、 と讀給 ひし 心 操に 同じ かるべし。 是に 由て これ を觀 ば、 蓑 笠の 二字 は、 彼 人の 大關目 

よの ひミ なべ か, 1 めい ゆ ゑ たいめ よくて い ..-.o ひミ 

なる もの を、 世人 並て 是を思 はす、 其 高名なる 所 云に、 いかで 一 たび 對丽 して、 我^ 亭と 相識 

なり ひミ ま こら ほり tc( そ 1^ ろ なふだ f し; ミ りつぎ びミ わ づらは 

也と て、 俗に 誇 まく 欲する 隨意、 漫に刺 を 投じ、 厘 執 接兒を 烦 せて、 さ, t る も 多 からん。 

和 憎 先 この こ. 1 ろ を 得て、 非如那 里へ 造る とも、 紹介な しとて 鎞 されす は、 箇樣々 々にい ひ哄 

つぐ ゆめ さめ ま さ これれ いむ に こ 5 ろ ひそか よろこ ? さら づ ぶな の ひ はし 

へよ、 と告 ると 思へば 夢覺 けり。 正に 是靈 夢に 似 たれば、 心悄 地に 歡 びて、 木更津 船に 載 走ら 

かく ミひ はた たやす い ひきつけ いつは かの ゆめが み しへ 

せつ i、 斯は訪 まつりし に、 染 して 輒く容 れられ す。 紹介 ありと 伴り し は、 彼 夢 鬼の 敎に 依れ 

おきな さミふ ものの ほ, C したがき はじ かの しるし /.vr ろく ぐんき ち づ 

り。 翁 里 見の 小説 を、 線らん とて、 旣に 稿 を 創め 給 はぐ、 彼 家の 事を識 たる、 舊錄 軍記 地圖 

など を も、 多く 看 給 ひたるな らん。 先 彼 四十 八 城の、 ありし 地方 を 知ら まく 欲す。 いかで 敎給 

ひね。 と 額 窗き請 ふて 已ざ りし を、 主人 は听 つ. -フち 笑 ひて、 客僧 妄語なら すと も、 などて 

ぜんか ラ は、.' べん ゆめのう ち わ .J> へ た 

又 かくまでに、 善 巧 方便の 多 かる や。 夢中に 人 ありて、 吾に 問と いはれ しと は、 敲か でも 知る 

そら ごミ ミ かく わがつ *5 はじめ あだし こミ じじつ 

き 寓言な らん。 开は左 まれ 右 も あれ、 今 吾 綴り 創ぬ る、 里 見 八犬傳 は、 架空の 言の み、 事實を 

ん う も ミ しゃ、 2} くせ 4* り その ふみ めさろ み は かづ さ ち づ 

正す に 要な けれども、 素より 尙 古の 癖 あれば、 折々 其 書 を求猎 に、 安房 上總 の地圖 など も、 い 

いんか、 3 in は え やす き、 つき その しゃほん は、. 'かん わがし . ミころ 

まだ 印行の 本なければ、 究めて 得 易から す。 又 里 見の 舊記 は、 其寫本 坊間に なし、 只 吾 知る 所 

. さミみ き さ ミ,^ だいき はう そ、.' ち らん き さミみ この ラ ち さミみ ぐんき ま. ひ 

を もてい は r、 里 見 記、 里 見 九 代 記、 房 總治亂 記、 里 見 軍記 あるの み。 這 内中 里 見 軍記 は、 坊 

第 九 輯卷之 五十 三下 六 五 一 



南 總里見 八犬傳 I 六 五つ 

と 罵り 給 ふ は、 是 誣言に あらす や。 と詞 急迫く いひ 解けば、 主人 は 開つ. - うち 笑 ひて、 好是は 

i わ そラ らいい いかに ミへ づ V こ ti へ い へら われら かんじ C- くさん きょ この さ 八す ゐ 

いはれ たり。 然ば和 憎の 來意は 什麼。 と 問ば 頭陀 答て 道く、 咱等は 閑寂 山 居 を 好みて、 山水 を 

めづ くせ くわ ぶん さ さい こじん しか こ じつ さぐる た r 

愛る 癖 あれ ども、 寡 閒駑才 に 候へば、 古人の 詩歌 ある を 知らす、 其 地の 十:: 實を榜 にぬな し。 只 

めいざんれ いぢ ゃラ めぐ ほミけ が かくて この ひミ! U せ ふた ミせ しゃく も は かづ さ ミは けんえん ひさ 

名山 靈揚 を、. うち 巡りて 佛を拜 むの み。 恁而這 一 兩 年 は、 錫 を 安房 上總に 飛して、 募緣 久し 

なべ むかし ff こくしゅ さミ& ,ひぢ たづ き-' せき 

くなる 序に、 在 昔 房 總の國 守と 閒 えし、 里 見 氏の 事實を 尋ねて、 お 舊蹟を 知らば やと、 思 ふこ 

せつ ころの ひミ つ ** びら か あるひ ひ かし さミ み、 っぢ ミき 

と 切なれば、 是を 土 俗に 問 ふ ものから、 答 ふる 所 詳 ならす。 或はい ふ、 昔 里 見 氏の 時、 

上總に 四十 八 城 あり。 今 其、 地 を 考 るに、 僅に 二十 六 城の み、 其餘は 知る 者な しとい ひに き。 

また ミへ えき なほ あちこち めぐ あるひ つかれ 

是 よりの 後 又 人に 問 ども、 盆 を 得る よしな かりし かば、 猶! a- 西と なくう ち 巡る 程に、 一 日疲勞 

まつ した かけ ざ おも は ね: し つぐ お ほ,.! ぞ ちょさく-; J5 ひが もの 

て、 松の 下 蔭に、 坐して 思す 盹 りし 夢に、 人 ありて 告る やう、 今大 江戸に、 著作 堂て ふ 僻兒ぁ 

はくしきき さい ミむ. じ ゆ さ 、つし つ \. 1- ん 

り、 博識 奇才 なれ ども、 人の 師 になる こと を 好ます。 年々 に 多く 兒戲の 策 子 を 綴りて、 もて 旦 

ぼ ? k かの こ W し ふみ 5- もミめ おう しょめい た、.. ぶ ものの ほん 

暮に 給す るの み。 彼 人今玆 は、 書肆の 需に應 じて、 里 見 八 犬 傅と 書名せ る、 大部の 小說を 作ら 

さ? i& うぢ かならずかん が なに ゆき ミは f» 

まくす。 里 見 氏の 事實 において、 必 考 へたる 所 あらん。 盍ぞ 行て 問ざる や。 但し 彼 人 は、 未 

けんむ X-7 きゃく い w かつ その ミも えら だい ミ くわい あり さう か. r- ち き か 

見 無用の 客を敎 へり、 且其 友を擇 むの 故に、 大都會 に 在ながら、 同好 知己の 友な し。 此 故に 彼 

人み づ から 蓑 笠と 號す。 蓑 笠 は 卽 隱 逸の 義也。 衣笠 S 大臣の t に、 身のう きとき のか くれが 



寄す る も、 皆 かくの 如し。 多く は 吾 を 見 まくす る #、 m 國橋邊 なる、 ザ亂^ ^を Is^ て、 船へ 

かたりぐさ ほり や て ふれ : 7 ん J 

還る の 日, 話柄に なさ まく 欲する が 如し。 遣りね く。 と 手を掉 ば、 頑:^ こよろ 得て、 又 出て 

額陀に 謝す.^ に、 主人の 疾病 を もてす。 頭 陀是を ぼ" て、 徹は、 II, 銜 iii. ユか、 ぽ^の iifi 

簡を窩 したり、 枉て對 面を饒 させ 給へ。 と 連り に 請 ふて S ざれば、 が SI こと を 得す、 mi へ 

召容れ て、 對 面す。. 主賓の 座定 りて、 典 紹介の 書翰 を i へば、 ^^^v ず ま II は 成 はす、 お i 

した ミひ し る ひミ ひきつ ナ め, I 

はい まだ^らざる 者の、 只 名 を 慕 ふて 訪 まつる; i、 相識の 紹介なければ、 面し 5? はすと ひ 4! る 

しはらく これ い t.' は み ろ じ き. 《 .n t すぎ i 

るに より、 且 是 を^る のみ。 色 いふ を 人は閒 あへ す、 开は亦 輒戲に 過た るなら す や。 ,ぼぎ 

家の 五戒に、 妄語 を 一 戒 とす。 和 as は^に 破戒の 罪 あり、 Ifnl を か ギ何を か、 _.Ht4s ねく。 

. しな た- づ だ おし Ji*.- おきな * づぃ かり ,!o さ わ 5- f 

1螢":^て、 立.^くするを頭陀推禁めて、 翁 且怒 を 治めて、 吾い ふよし を閒 袷へ。 妄語 は;; -戒 

, の 一 なれ ども、 妄語に 亦 二 あり。 或は 伴り て 利 を 欲し、 又 誑り てき I を m 、ぬぎ J 女 ゲ もて、 人 

, の 中 を 裂き、 聖賢 佛 菩薩 を 誣る者 は、 必ャ 是 人に as あり、 秦 ^腐 fs; &是 也。 亦: が 如 

ま こミ こら あるひ いつ ** 、かジ 、つよ 、- 

く、 實 事なら ね ど 人の 惡を懲 し、 或は 佯りを もて、 人の 怒 を 解き、 誑^ を もてよ く 人 を m ジ养 

は、 §sfr. i ぎき, にあら す。 pil ず ¥を作 り 給 ふに、 觀. 3 

むね も、 まい さ. * ぜんかう は ラベ \ さる おきな おら hi b 

を 旨と して、 よべ 蒙昧 を酲 すが 如し。 こも 亦 善 巧 方便の み。 然を翁 は 思 はすして、 ^等 を 破戒 

第 九 輯卷之 五十一; 一 下 六 四 九 



南總 a^. 見 八犬傳 : 六 四 八 I 

第九輯 卷之 五十 三 下 

づ だ しん ち-..' わ せつ 

頭陀枕 中な 話說す 四十 八 城 

囘外^s^:筆 はい. 3 ほんでん たいせい 

稗史本 i^.^ 大成す 二十 八 年 

這 編に、 作者の 意 衷.^ 述て、 もて 惣跋に 代る 者 也。 升が 中 に 木 博の 遺漏ん 、稲 ふぶ しも、、 れ もリ。 譬ば 

俗 に 云、 幕の 間な ろ戲房 話說の 類なら まし。 , 



文化 十 一 年 甲 戊の 春 正月 下擀、 本 偉の 作者: g 亭主 人、 這 小説 を 綴る が爲 に、 案 を 拭 ひ 硯に呵 し 

まさに しんしゅ かラ ひらか くわい こく づ だ かづ さ あるひ ちょさく だミ ミぼそ た t 

て、 將 新 研 を 開 まくす。 時に 廻國 の頭陀 あり、 上總 より 到る。 一 日 著作 堂の 松の 一局 を敲 きて、 

あるじ たいめ 二 わんび あろ じ い へら われち り ぃミ つね & きゃく じ 

主人に 對面を 請 ふ。 頑婢 是を告 ぐ。 主人の 道く、 咱塵を 厭 ふの 故に、 間 省に 帷を 垂れ 客 を辭し 

よみ r はんせい のみ さ をち こらび ミ しんそ が -ci く 

て、 書 を 讀書を 綴りて、 もて この 半生 を 送る 而已。 然る を 世の 遐邇 人、 親疎と なく、 雅俗と な 

わがき よめい あや ** りした t ミひ、 レ たいめ こ いくはく たり われ その ひ V ご. いで こミ つ ひや 

く、 吾 虔名を 謬 認めて、 訪來て 對面を 請 ふ 者、 幾許 名ぞ。 吾 其 人 毎に、 出て 言 を 費し、 日 を 

ゎづら われいた づき かこつけ もへ て めん しる ひミ 

費やさば、 かば かり 烦 はしき 事 はなし。 この 故に 吾 疾病に 推 て、 敢 面する ことなし。 只 相識 

ひきつけ きゃく ぜひな くいで きく そ しろ ひミ めづ ゑん はう & けん 

の 紹介 ある 客に は、 只得出て來^;-1を閒のみ、 开は相識に顧れば也。 遠方なる 未見の 人の、 書 を 



つた よし ざね よしなり せ しゅん ミく じんぎ ザん せい よき 5- う 

なれ ども、 子孫 十 世に 傳 へし は、 義實義 成 二世の 俊德、 仁義 善政の 餘馨 にて、 民の 是を思 ふこ 

と、 深長な りし 所以なる べし。 誠に 是 美談なら す や。 詩 あり li^ あり 證 とす。 

.ri< みのめ いしん けんった ふ せいへん くわん もつ めて たま を ♦* つたし たれ かいふ われに くひ ミ かれが ぎ: 

里 旯名臣 八 犬傳。 精 編百卷 集. 珠 全。 誰云咱 惡,, 他 戲謔; 

お, どろ き;^んザりぅか,^^ひミりけ つ ぜん 

驚歎 流行 獨 傑然。 

ぬし をし る 犬て ふ 八の 氏人の こころ 玉な す や つのお こな ひ 

浮萍 のうきし す さび も いましめの 筆 をよ るべ の 根な し 言の葉 

し じふ はう ゆん よのなかお くて、 7 し もく ゆびさ A る ミころ の み され 、r 'き, S さ 

詩 は 自負 放言に 似 たれ ども、 江湖 億兆の 指 目の、 指し 見所、 實 にかくの 如き 而已。 然ば f む萍の 

ね よくみ るひミ いましめ いましめ さ これ より かの 

うきたる 根な し. ごと も、 好看官 は、 是を もてみ づ から 警 人 を 警 、 然らぬ も 亦是に 巾て、 彼 

岸に 到るべき、 迷 ひの 律 を 啓く も あらん 歟。 左に も 右に も、 病 服 衰瞥箪 砥不自 .i に 做り しょり、 

ぜひな く ふ え、 フ かな をし だいしゃ や t ぜんきょく むす を はんね る ひミ さくしゃ つ •、 "め しる 

只得婦 幼に 字を敎 え、 假名 を 詢 えつ、 代寫 させて、 稍 全局 を 結び 訖。 看官 作者の 勉 たる を 知 

ベ し。 又 

あはれ と は 見る. <; おも へ 八重す だれか かる やみ 目にあみ はたす 書 



m 九 輯卷之 五 十 三 上 六 四 七 



, 南 總里見 八 犬, 六 四 六 

ふの ご、 さ-, 一み ぐんき よしたか よしひろ せ しょちう-ご ふ っラ ぐんき えいろ く ;; 5 ん 

齓に戰 ふ 事、 里 見 軍記に は、 義 堯義弘 二世、 初 中 後三戰 とす。 又智 通の 軍記に は、 永 祿七年 

よしあきら 、つち じ あや ** り けだし こふのに い た e かい てんぶん 

の 一 戰 のみと して、 義 明の 陴^ も、 この 折の 事と なせる は 謬 也。 蓥 國府臺 の鬪戰 は、 天文 十 

,»,/-ょし1ー^1 え, ひろく よしひろ よしあきら 、! 'ちじに てんぶん た 》- かひ 

一 年 義堯の 時と、 永 祿七年 義弘の 時と、 前後 一 一度にて 義 明の 陴歿 は、 天文 十 一 年の 役 なれ 

しろ ころた が 4i う べん ついで しる また ミく はじめ あ 

ば、 軍記に 錄す所 違へ り。 是等は 要な き 辯 なれ ども、 筆の 次に 誌す のみ。 復說、 初 八犬士 の、 安 

i つ さ ひし ミき よしみち しゃ 5 す lO りく へい ほ てう れん やま ぢ 九 れいし き や、 フ て、 つ 九い 

ii5 に聚合 時、 義通將 として、 水陸に 兵馬 調練の、 山路に て 獲たり とい ふ、 靈芝十 華に、 凋榮ぁ 

さ ミみ せ えいこ ミ くしつ あ ひ てら かんが ふ ♦* さに もミ さが るひミ 

りし を、 今 里 見 十 世の、 榮枯 得失に 相 照して、 是 を考れ ば、 正 前兆た るに 似たり。 看 官是を 甲 

ナ にし 一 7 めい たかき めミり たいろく あけ さ" ミも かんか す ゐ ちゃう あん はんてん 

ふべ し。 蔬 八犬士 一 世の 功名、 貴 介を娶 て、 大祿 に飽る も、 覺れ ば俱に 南柯の 一 睡、 長 安餓店 

♦4 くら そ も 》\ ひミ のよ は V よ,、 ミ r じゃラ さ ぜん つ f な そのお-な 

の、 枕に 異ならす。 抑 人世の El^ 敢 なき、 您を禁 め 情 を 裂きて、 善を蘊 み、 惡を偶 さじと 其 行 

ひ を 愼 ば、 生て は 天地に 恥る ことなく、 死して は 子孫の 後榮 ある \古 の 人の 跡 を 見て 善を擇 

みて、 もて 異 世の 師と 做さば、 人 皆 八犬士 たらん 事 も、 かたきに 似て 難 かるべ からす 。約莫 人に 君 

たろ 者 は、 只 良 臣を擇 むに 在り、 庶人は 良友 を擇 むべ し。 良- iH ありて、 治らざる 國 なく、 良友 

ふ ぎん はらから 5- れひ たう じ らくはく ふ らう €^ な- > せき 

ありて、 不善の 人な し。 何ぞ 兄弟な きを 憂ん や。 當時 落魄た る 浮浪の 身 を もて、 §1 ガ嗚 く關の 

ひがし もミ ,0 ひら ひら つ ひ だいしう こう な のぼり さミみ ,< 'ぢ ほ、 つで ラぅぢ ほうで ミ さまみ 

東に て、 基 を 開き、 地 を 啓きて、 竞に大 諸侯に 做り 登し は、 里 見 氏と 北條 氏の み。 北 條は里 見 

t \ さう 5 ん うぢつな うぢ やす、.' * ち t さラぢ なほ せ のちた 九 さミふ ff こ,、 

に して、 多く 國を獲 たれ ども、 早 雪 氏 綱 氏 康氏攻 氏 直 五世に して 後 親たり。 里 見 は 房 總ニ國 



六 年義弘 卒して、 義賴嗣 ぐ、. 则 安房,:: に 任ぜら る。 又 鬼 本 を 居城と す o( 鬼 本 は 其 地 <fr 詳 ならす) 



:7 ねん ほうで う 5 ぢ わ ほく 、ん ちま さ むすめ め あはせ わ y やぶ しょら -ti め 

天 正 五 年北條 氏と 和睦して、 氏 政の 女 を 妻 らる。 其 後 和議 破れて、 小 傲 兵に 攻ら る。 十八 年 



しょり じうし 



以後 始て 安堵す。 この 時 義頼從 四 位侍從 たり。 是 より 後 三世 皆 侍 從に叙 せらる 。因て 時の 人、 安 

は じ じ, f ミな よしより そつ さ のかみ よしやすつ あ は たて o-i iK- よじ やう ょレ やす こ も 

房の 侍 從と唱 ふ。 義賴 卒して、 „ ^〈子 左 馬頭 義康嗣 ぐ。 安房の 舘山を 居城と す。 義康の 子、 安一: 

かみた ビ よし いた ひミ りよし ミょ の. «i せ いふ この か ふ で, 3 つく まう ナ 

ゆ 忠義に 至りて 十 世 也。 獨義豐 を 除きて、 九 世と すと 云、 (這 家譜の 一條 は、 作り 設 だるに あら 

こミ みな じつろく りゃく/ -J のぞ しきし P ろ 5 、よく よし ミょ 

t 事 皆實錄 によりて 略記し ぬるの み) しかれ ども 除く ベから す。 識者 是を 論じて ぼ、 義豐は 

な ぢ さ:; 5 た. 2- うつ じ り ふ ぎゃく さねた か * ろ 5* よ i 

叔父 實堯を 擊て是 を 殺して、 立せ る、 其 罪 五 逆に 常れ り。 しかれ ども 又 實堯も 罪 あり。.^ 義 

みち たぐ こ & めい 、つけ おの ほ. 9 よし ミょ ひミ かり i,,. そ, フ 

通の 託 孤の 遺命 を受 ながら、 己-か 子に 傅へ まく 欲して、 義豐が 人と な. るまで、 久しく 惜て 總 

を 返さす。 この 故に 禍 蕭牆の 巾より 起り て、 竟に身 を 殺す に 至れり。 有 ^ れば、 里見の1?^ 

よし ミょ の も された.? * の も さねた か のぞか よし W よ 

に、 義豐を 除く とき は、 又 12; 堯をも 除くべし。 今 實堯を 除ざる とき は、 義豐を も 除く ベから す 



といへ り。 本 傅の 作者 案す るに、 里 見 軍記に 義豐 を、 義 通の 弟 として、 實堯と 確 執の 事な 

かつ さね. uv> せいだい よしひろ よしたか お ミラ ミ ならび あやまり は M はだ よし! TJ.55 ち b し r- き^ 

し。 且實堯 を 世代に 載せす、 又 義弘を 義堯の 弟 とす、 并 に訛舛 甚 し。 同書に 義 IS は、 1^ inf 

ねんう づき なのか ほふが うけん じゅ, ん でんけん は * つきよう こうこ じ よしなり ほふが う ちゃう: t っゐん でんだ い々」 うしよ、 r- こ、 f 'こじ 

三年 四月 七日に 卒す。 法 號獻珠 院殿建 寶興公 居士、 義 成法號 は、 廳月院 殿 大憧捲 公 居士、 と あれ 



ども、 延命 寺の 過去帳に 据 にあら ざれば、 翼僞 いまだ 詳 ならす。 又按 する に、 里 見 北で M と、 國 



第 九 輯卷之 £ 十三 上 六 四 五 



南 總見里 八 犬 I 六 四 四 

かづ さの すけ てんぶん ねんさね たか よしたか た 5 へい 6 るりし ろ おそ けだしち t あ; i かへ 

上總 介に 任ぜら る。 天文 三年 實堯の 子 義堯、 亦黨 兵を將 て、 九 IF 璃の城 を 襲 ふ。 蓄 父の 響を復 

しろつ ひ おちい よし ミょ、 r ちじに よしたかすな はち じり ふ さ ** のす け より ろ り きょじ ひう 

す 也。 城 竟に陷 りて、 義 豐戰. 竣す、 義堯 則 自立して、 左 馬 助に 任す。 因て 九 iF 璃を 居城と す。 

おに も! i きづ -"? に ひしろ モ の,?.. りみ、?. n へい え を り .f- もた ふせが てん 

後に 鬼 本に 築きて、 其 新 城に 移る。 當時三 浦の 兵の 江 を 渡し 来て、 折々 寇 する を 防ん 爲也。 天 

ぶん ね, <も きふみ づき よしたか もし. J-i, よし も きら €b しも ふさ こ ふの だい ほ. つで.., -I ちつ, £ よし も きら その ミき かづ さ 

文 十 一 年 秋 七月、 義堯 足利義 明と 俱に、 下總の 國府臺 に、 北條氏 綱と 戰ふ。 義明 は、 當時 上總の 

八幡に 居り。 因て 時の 人 八幡 御所と いふ。 其性驍 勇に して 智 ^ なし。 此 日の 鬪戰、 初 は 勝に 乘と 

つ ひや はたて よしめ きら,.' ちじに ょした^1はぃそぅ かづ さ かっし かはんぐ- <- 

いへ ども、 竟に 八幡の 隊 より 敗れて 義明は 陣^す。 義堯 敗走して 上總に 還る。 是 より 葛 飾 半 郡 

か さい かづ さ しょじ やうし ゆ そむ ものお ほ ** り や のぶ まさ くわいし ゆ よしたかすな はちし ひつ せめ 

. 葛 西 を 失 ふ。 上 總も亦 諸 城 虫の 叛く者 多 かり。 眞里谷 信 政 魁 首たり。 義堯 刖 椎津の 城を攻 て、 

のぶ まさ ちう はつ のぶ まさ、 ひち じに しょじ やうし ゆ そ- :3 A なくに よ...: たか かづ さ へいきん かくて よした.?' てん 

信 政 を 誅伐す。 信政戰 歿して、 諸 城主の 叛 く者咸 降る、 義堯又 上總を 平均せ り。 恁 而義堯 は、 天 

ぶん み ** か すな はち ぼだいし よ ふ ち、 フ えんめい じ は、 r- む え. < めいじ よした ゲ ミき ふ ち、 r- うつ 

文 二十 年に 卒 りぬ。 則 秀華院 なる、 府中の 延命 寺へ 葬る。 延命 寺 は、 義堯 の^、 府中へ 遷さ 

よしたか そつ よしひろつ よしひろ また ゆ、 つゆ ラ かつた かひ すな はち さまの 

れ しなるべし。 義堯 卒して、 せ; ハ子 義弘嗣 ぐ。 義弘も 亦 驗 勇に して、 且鬪戰 を 好めり。 則 左 馬 

A じん かづき き a., y よじ 7 こ、 フぢ ねんよし ひろ そのこ よしより ミも へい ゐ 

頭に 任ぜら る。 上總の i^n を 居城と す。 弘治 元年 義弘、 其 子義賴 と俱に 兵を將 て、 江 を 渡して 

さ^み A 、? b せめ ほ、 フ で た か よしひろ かち 、? b がう さミみ 

相 摸の 三 浦 を 攻て北 條と戰 ふ。 義 弘大に 戰ひ克 て、 三 浦 四十 八鄉を 略す。 是 より 久しく 里 見の 

.9 ャラ ぶん *! いろく ねん よしひろ 、;' で、.'、, 'ぢ やす こふの だい よしひろい; i ** け こ ふの だい しろお ち;.、 

封內 とす。 永祿七 年、 義弘又 北 條氏康 と、 國府 臺に戰 ふ。 義 弘大く うち 負て、 國府臺 の 城陷人 

しも ふさ さ W み つか ほ、 ひ で、 フ もの な のち ほうで 5、r ぢ た t かひ や てんしゃ、 r- 

る。 是 より 下 總は里 見に 屬す、 皆 北條の 有に 做り ぬ。 是 より 後 も、 北條 氏と 鬪戰已 ます。 天 正 



にち みまか つぎ ミし ん八ミ く かいけん かきつ ぐわん;; しゅんじ. ひ 

十六 日に 卒 りぬ。 次の 年 延德と 改元 せらる。 嘉吉 元年より、 こ.. に 至りて、 春秋 四十 七; 小を麼 

よし ざね ゆ ふき もつ らく そつ ミし す ちしら i まんん め ,_ じ ようじ 

たり。 義實 結城沒 落の 時、 十八 歳なら ば、 卒する 年、 六十 五歲 なるべし。 則 白^ 延命 寺へ 

ちう こ、 フ そ ベう ぼ き は £> んぢ -リ き にち、.' づき ゆ ふきら くじ やう つきひ 

る。 中興の祖なる を もて、 廟墓 究めて 嚴重 也。 其 忌日 四月 十六 日 は、 結 城 落城の 月日と 同じ、 

き せ よしなり ぶんき わ,!; ねん 、つづき みまか せ よしみちつ よしみち ぶんき 2i 

人是を 一 奇 とす。 一 一世 義成 は、 文龜 元年 四 月 十五 日に 卒 りて、 三世 義通嗣 ぐ。 義迪 は文龜 I 一 一 

さ 5 せい ん いしゃう ねん きさらぎつ いたち そつ いづ e まこ ミ 

十八 歲 にて 早 逝す、 又ー說に永正十七,^^、 二月 朔日 四十 八 歳に て 卒す、 いまだ ^5 か實 なる を 

よしみち ひミ りつ; たけ わか まる さは じめ えう せ. フ よ しみち. / 、ろミ r- よ 1-V 

知らす。 時に 義 通の 獨 子筠赌 丸、 この 時 甫の七 歳 也。 其 幼 小なる 故に、 義通逍貧して、^5^;寶堯 

よしなり じ なん を さなつ ぐ i ろ たけ わかせい ちゃう か ミく なり さねた かよ じめ づさ 

(義 成の 二 男 乳 名 次 麿) を 立つ。 錢孀 成長に 及ばよ、 家督 を 渡すべし と 也。 實堯 ~ 初 は k, 總 なる、 

A ゃもミ じャ、 フ しゅ くろ り こ tJL! おいてい なむら い * ちラ ナな ちかづ さ" ぉナ : 乞 

宫 本の 城主に せらる。 後に 九 璃の 城に 移る。 於 是 稻 村の 城に 移住す。 則 I 上 總< ^に itf せら 

その さが ゆ、 つゆ ラ た よく たいえ い ねんさね た;' あは かづ さし も ふさ ひたち ひさし か こ,、 & さが A うら 

る 。其 性驍 勇に して 多 慾 也。 大永五 年 實堯、 房 總下總 常 陸武藏 五箇 國の丘 ハを領 て、 相 摸の 三 浦 を 

攻て戰 ひ 克ぬ。 同 六 年 鎌 倉の 戰 ひに、 再び 克事を 得たり。 左右す る 程に、 錢孀 成長. 3 て 名 を 

しミュ その さが ゅラ ぶ ゆい たし さぬ たかいろ ねよ しみち & けん よし ミょ か 

義豐 とい ふ。 其 性 勇に して 武藝 を嗜 めり。 しかれ ども、 實 堯兄義 通の 遣 首に 背きて、 義豐に 家 

で-く よし ミょ 、? りめ ほうそう しょし よし *ヒ よがた さねた がた よん *?リ ふ ii つ くわく しつ 

督を 渡さす、 義璺 是を怨 り。 是 よりして 房總の 諸士義 豐黨、 實堯齎 と、 藩中兩 個に 別れて 確執 

• , ち ゆうだい いは ゆるな いら.^ • よし ミょ そのた ラ へい ゐ しほ /\ いな ひら せめ. かたみし よ. ひぶ てんぶん 

す。 、大が 所 云 内亂是 也。 義豐 遂に 其黨 兵を將 て、 逮 稻 村の 城を攻 て、 迭に 勝負 あり。 天文 

ねん いね:: -ら しろた t か さねた.? > つ ひ うちじに よし ミ よすな はち じり ふ かづ さ くるり きょじ やう 

二 年、 稻 村の 城戰ひ 敗れて、 寳堯 竞に戰 残す。 義豐 則 自立して、 上 總の九 璃を 居城と す、 亦 

第 九 輸卷之 五十 三 上 六 四 三 In 



南 總里見 八犬傳 六 四 二 

やまの-. 'ち あ ふぎが やつ り 了け お i ひミり ほ、 つで うう: ? ぶ f あ ひだ ほつ こ されち は よりたね 

ぬ。 是 よりして 山內 扇 谷の 兩家衰 へて、 一 人北條 氏、 武 相の 間に 跌扈 せり。 然ば 千葉自 1 は、 

こじゃ, 7 ふせ ちからお よ つ ひ ほ、 r でラ しなの うつ し そん 

孤城 防ぐ に 力 及ばで、 竞に 北條に 降りし かば、 後に 信 濃へ 移されて、 子孫 閒ぇ すなり にけ り。 

み ,1 らょ しわつ ら 5 ご にふだ ラ ■ ほふみ や 5 だう すん ミも ゆ..' し こじゃ、 つ ぁヽ てく つ 

又 三 浦義同 は、 老後に 入道して、 法名 を道寸 とい ふ。 父子 俱に 勇士 なれば、 孤城 を 守りて 敢屈 

しほ {» ほうで- フ た t か えいしゃ、 フ ねん ふみづき にち つ ひいき ほひき は まねか , 

せす、 M 北 條と戰 ふ 程に、 永 正 十八 年 七月 十 一 日、 竞 に勢究 りて、 究 るべ くも あら ざり ける、 

よしんつ にふだう だう すん あら らラ もろ ミも つ すくな あら らラ うちじに かの み しろ しりぞ 

義同 入道 道寸 は、 其 子 暴 二 郞と共 侶に、 敞を擊 こと 齢から す。 暴 二 郞は戰 ^し、 那身は 城に 返 

やぐら か はら かききつ けぶり 、つち ふさ 蕃 

きて、 樓 城に 火 を 放け、 腹播斫 て、 煙の 中に 臥 まくせ し 時、 

5^ か はらけ く のち 

うつ もの も擊 るる もの も 土器よ 碎 けて 後 はもとの つちくれ 

じせい ぎん くわい じん な ラせ そ なか なり ラぢ さい *」 ひ き やうて き せめ 

と辭 世の 歌 を 高く 吟 じて、 灰燼と 做り て. U に 1? り。 开が 中に 成 氏 は、 幸 にして 敵に 攻られ 

のみ めいお ラ ねん く づきみ そか き や、 つねん み ♦* か まさ うぢ なが を かゆ はるに ふに う い 6 八 ラ しろみ 

す。 那身は 明 應六年 九月 晦、 享年 六十 四 歳に て卒 りぬ。 北 (子 政 氏 は、 長 尾景春 入道 伊 立に 後見 

こ が じゃラ ものから し そんな ほ さ. >.«J く も •= うぢ か ** くら 

せられて、 滸 我の 一 城 を 保つ 兀目、 子孫 猶 も相績 して、 基 氏より 九 世に 及べり。 世の 人 是を鎌 倉 

くわん れい だい なが を かゆ はる ため か ゆ ゑち n さ さ こミ, 3;\ くう ちした が 

管領 九 代と す。 又 長 尾景春 は、 爲景の 時に 至りて、 越後 はさら 也、 :!^ 渡まで も、 盡 伐從へ 一し、 

.f> すが や 44 きょじ や. P- はんじゃ, 7 d ふき なり ミ もりや, ひしゃ、 r- けづ 

春 日 山 を 居城と す。 子孫 是 より 繁昌し けり。 又 結 城 は、 成 朝良將 なる を もて、 地 を 削らる よこ 

す せ さ、 フ ぞく ものがたり され せきの ひが レ しょしゃ、 7 せい い た 、つじ 

ともなく、 子孫 數 世相 續 しけり。 こ は 皆 後の 話 也。 然ば關 東 なる、 諸將の 成敗 は、 當時か 

さミみ h- やう ぶんぷい 、ソ しろ やす よし V- ねらう こ, 7 ちゃうき や- フ ねん. ジ づき 

くの 如く なれ ども、 里 見 は 封 内 無 異にして、 後 安 かりけ る 程に、 義實老 侯 は、 長 享 二 年 四月 



まか くらつ ろが を か さんけい かの み しゅくしょ つぎ くにん きょうへん つたへ, t 

縑倉鶴 岡の 八幡せ :! へ參詣 せし かば、 この n:; 那身 は-: g 所に 在らす。 次の 日、 件の 凶 變を傳 間て、 

は くひし は 、_ 'らむ ぜひな くミ もび ミ ま I かの み 

齒を 切 りて 怨れ ども、 及ぶべく も あら ざれば、 只 得 伴當に は、 开が儘 身の 暇 を 取せ て、 郝身 

は 由綠の 家に 潛 びて 居り。 浮浪 旣に 年を歴 て、 北條氏 綱に 從 ひしに、 思 ふに も 似す 人. ^ にて、 

い たづら つきひ すケ ちようよ、 フ じ も は おも じ さミ A 、つぢ つかへ 

徒 に 光陰 を 過す のみ、 重 WE せらるべく も あら ざれば、 辭し 去りて 安房に 赴きて、 里 見 氏に 仕 

ほ., 'で...;.' ぢ たいか ひ し ぶよ、..' もら は され も. 4 ぎが やつ さだま 5 や * の-,, -ち. eij 

しょり、 北條 氏と 鬪戰 に、 逮武 を顯 して、 其 名高く 間え けり。 然ば又 扇 谷 定正 は、 山内顯 

さ: U はから つみ だ- 7 くわん しろい し を a た あやぶ ぐん い あ t さへ ャ まの. つち も さ ..a 

定に 謀れて、 罪な き 道 灌を誅 ししょり、 白 石 小 幡も殆 みて、 軍配に 從 はす、 山 內顯定 に、 

い さらつ J よ - つち か は ご ひ さ t しきぶ せう ふ さら やす うちじに お ほ 

五十子の 城 を夜擊 せられて、 走りて 河 鯉の 城に て 社へ けり。 この 時 式部 少輔朝 寧は戰 す。 大 

いしの りし ゆの りかた しろい しし; 5 かつら . あきさだ かう さん あきさだ いき ほひ 

石 驚重憲 儀、 白 石 重 勝 等 は、 皆顯定 に降參 しけり。 是 よりして 顯定 は、 威勢 あるに 似 たれ ども、 

うしろ きャ、 r てき ほうで、.' さう うん そのこ 5 ぢ つな ぶよ、..' たんりゃく 5i& し は v^a.b おしよせ か. M くら 

旣に 後に 就 敵 あり。 北條早 雲: f= ^〈子 氏 綱 は、 武勇 胆略に 富 たれば、 屢 小 俵より 推 寄て、 縑倉を 

せめ- 1 ち あきさだつ ひ た. * かい まけ むさし さ- « かくても ふぎ,. J> やつ さだま さ めいお ラ ねん かりね づきい つ 

攻伐 しかば、 顯定竟 に 戰 負て、 武藏へ 退きて 杜へ けり。 恁而 羸 谷定正 は、 明 應ニ年 十月 五 

か か は-..) ひ みえ か き ゃラ ねん そのの ちあき さ; M か は ご ひ せめ ミも よし た-か ほさ ほラ 

日、 河 鯉の 城に て卒 りぬ。 享年 五十二 歲也。 其 後顯定 は、 河 鯉の 城を攻 て、 朝 良と 戰ふ 程に、 北 

で、 ひ、 r ぢ つな モ のきよ ひさし くわ はん ラちミ り あきさ • ;,! つ ひ ミも よし わ ぼく ミも ほ、 つで う 

條氏 綱其虚 によりて、 武藏を 過^ 伐 柿し かば、 顯定 .s に 朝 良と 和睦して、 俱に 北條を 防ぐ 程に、 

めいお. 7 ねん みなづき にち た-かひ り? - うくわん れい いくさ ャぶ あきさ:;, r ちんち-..' 3 ちじに き や、 つ ねん 

明 應七年 六月 十二 日の 鬪戰 に、 兩 管 領の軍 敗れて、 顯定陴 中に 戦歿す。 享年五十七^^!也。 是 

あきさだ しゅく はつ ほふみ;'、 フ かじゅん のり ふささん ぺぃ ゐ かう づけ 

より 先に 顯定 は、 祝 髮 入道して、 法名, を 可 諄と いひけ り。 其 子 憲房殘 兵を將 て、 上 毛へ 走り 

第 九 輯卷之 五十 三 上 ^^¥1 



II I 南 §1 里 見 八犬傳 , ^〇 

ていへ い ひそ;, かす <?• おしよせ もんこ こぼ へい やぶ たんべ い せめい か , , 

の逞 兵を從 へて、 悄 地に 糟屋へ 推 寄て、 門戶を 毀ち 塀 を 破りて、 短兵急に 攻 入りけ る。 冇恁る 

り だう くわん l..^ み きくこ ミぉそ ちつ ミ さわ けしき しづか ゆ ふね たちいで 

折し も道灌 は、 浴して ありし かば、 是を111^9^遲けれども、 、毫も 噪ぐ氣 色な く、 徐に湯 盤 を 立 出 

ねぐ. ね » おび むす tt こみい よ せて ぐんぴ や 5 ふろや すぎさ け I はな 

て、 身 を 拭 ひつ i 衣 を 被て、 帶を 結ん とする 程に、 旣に稱 入る 寄隊の 軍兵、 浴室の 杉 戶を敏 放 

やり ひら だう くれん わき £5 ら ぐ さ さ され だ,.' くわん あへ てた ふ そのお び はて 

ちて、 鎗閃 めかして、 道灌の 腈 を禺^ と 刺す。 然 ども 道 灌敢 仆れ す、 先 其 帶を結 ひ 梨て、 

ひきね か やり ひろまき しか じぎり ミ V* まち ひミ うた f こ ゑた か 

引拔ん とせし 敵の 翁の、 蛭卷楚 と握禁 めて、 や をれ 等ね、 一 歌 あり。 と 制め て 又聲高 やかに、 

t くまう ざう い かんにんぶくろい まやぶ 

さま,^ の莫 妄想 を i 谷れ おきし 勘忍 籠 今 破れけ り 

よま はて やり ひきねき の fh さし つき ミめ ,どラ くわ A ありさま じ t からく に ゑい 'い、 つし 

と、 詠せ も El^ す 鎗引拔 て、 吮を 刺て ぞ衝留 ける。 道灌が この 日の 光景、 在 昔 唐 山、 衞の 仲. E 子 

ろ ラ ちじに もり てき ほこ <7 は かぶ ミ か たむ た r おなじ ひ ものが りなり 丄. しゃ 、ぷ, ベ 

路が 戦歿の 折、 敵の 矛に 縫れ ながら、 兜の 傾きし を 正しけ ると、 同日の 談 也と て、 識教 はお 

ほめ またく だん じ せい うた め やまり つた 

て譽 にけ り。 又 件の 辭 世の 歌 を 謬傳 へて、 

ミ き いのち t し みおも/ 

かよる 時 さ こそ < 叩の 惜 からめ かねてな き 身と E、j ひしら す は 

と ある 歌 を、 物にしる せし も あれ ども、 歌 は幕景 集に 昆 えて、 辭 世に は あらざる 也。 間 話 

さておきつ ひ 'すャ たち レ そつ ゎづか にん ふせ .た~ か ■ こ-ろ さし つ はもの 

休 題、 この 日糟屋 の舘に は、 士卒 僅に 五六 十 名 ありし かば、 防ぎ 戰 ふまで もな く、 士 3 ある 兵 

こ A い てき ひさく さしち が ひ K- おち 5 ちじに かくて お ほいし の, リ; kfc だ、 7 く.;^ ん ベ び * へ 

は、 稱 入る 敵と 引 組んで、 刺 違々々、 遺な く戰^ したる ける。 恁而大 石憲俄 は、 道 濯の 首級 折 

たち ひ か やき やが が、.. « 'ん ろ ほさ おはた しん らうす けミも しゅく. わん むお 

て、 館に 火 を 放け 燒 亡して、 纏て 凱陴 したりけ る。 爾 程に E 田 薪 六 郞助友 は、 宿 願の 旨 ありて、 



あらし やま いき ほひ ほり じ- *. 'ひや *7 すくな けだし さも ミ > 

て、 嵐 山の 城に 入る に、 威勢 を 見て 利 を 欲する、 不義の 從兵 ^ からす。 政 元は、 素より 外 

だ. 「 しゅ くわん ほく ひさつね こラ すゑの こ やしな €o ら .っ す ふゆき なのら 

道を修 する の 故に、 妻 もな く 子 もなければ、 關 白尙經 公の 季子 を 養 ひ 執て、 九郞澄 之と 名告せ 

ふ r き ひめ めみ は ふ ,1 き ひめ み *4 か まさ も ミ 

て、 雪 吹" 晚を 妻せ しに、 雪 吹姬は 多病に て、 幾程 もな く 身 故り けり。 其 後 政 元は、 又 四國の 一 

*| くさね きのかみ もミ かつ らうす みもミ や、 フし あ は ちゃう しん み よしな がて る すみ も •>) 

族 讃岐守 元 勝が 子、 六 郞澄元 を養嗣 にしけ り。 是 によりて、 阿波の 長臣、 三 好 長 輝 は、 澄 元 を 

りたて やが あは せめのぼ か r にし また ラ っほぞ は-かべ ちミ よし つら す ふもミ T 

執 立て、 纏て 阿波より 攻 登りて、 香 西 復六を 伐 程に、 波々 伯部忠 一義 列 は、 澄 元の 隊に從 ふて、 

ひミり まさき す t ミ くらけ, 3 ら、 ひ 、ひち •》 り さる ほタ また いき ほひ/.』 はま しろお ちい かの み ながれ 0- 

獨眞 先に 找 みつよ、 戶食 鵠四郞 を舉揭 けり。 爾 程に 復六 は、 勢 究 り城陷 りて、 那身は 流箭に 

あた しに され らうす みゆき ザ ひなく よせて か. つ さ A しゅく はつに ふに、 r- み よし 

中り て 死け り。 然ば九 郞澄之 は、 只 得寄隊 に降參 して、 祝髮 人^したり ける。 是 よりして 三 好 

、フぢ よ あら は いき ほひた け わろ- ピミ のちつ ひ あめ した まつり ごま ミる そ はおき て ふた tr, ミく あ ふぎが やつ さ;; i 

氏 世に 顯れ て、 成 勢 竹 を 破 如バ、 後竞 に、 天の下の 救 を 執に 至れり。 休 題 • 孙說、 扇 谷 定 

* さ はいぐん いくほ _>J もき さに すてら ケんゐ ふる ぜひなくぉほぃしのり^-た 

正 は、 敗軍の 後 幾程 もな く、 又顯定 に棄れ て、 軍 威 振 ふべ くも あら ざれば、 P 、得. K 石 憲^ を、 

縑 倉へ 遣して、 屢 和 を i ぜし かど も、 顯定 敢 從 はす、 且 欺きて いふ やう、 大夫 (定 }4 をい 

あや ふ お ほた だう くわん なり かれ あ ふぎが やつ おもから, r- あんき あん 

ふ) を危 くせし は、 E 田道灌 也。 他 は 扇 谷 の大 夫で ありながら、 君の 安危 を 見 か へらす、 安 

ぜん かす ャ あ ち、 フ しん はや だ くわん ち 、つりく われ A ふぎが やつ わぼく 

全と して 糟 星に 在り。 是を 忠臣と いふべき や。 夙く 道 灌を誅 戮し給 は r、 我 扇 谷と 和睦して、 

くれい けい はぢ きょ さ tl* さおろ か さ りん すな はちお ほいし のり かた 、フ つて ギフ 

兵 を 合せて 會稽 の、 恥 を 雪 めんと いひし を、 定正 愚に して 悟 得す、 則 大石憲 儀 を、 伐 隊の頭 

にん かす や いた だ.. 'くわん ち 5 ぶんめい ふみづき のリ かたすな はち 

人に して、 糟屋に 造りて、 道 灌を誅 せし む。 時に 文明 十八 年 七月 二十 六日、 憲儀 則 一 千 K 百 

第九輯 卷之 五十 三 上. 六 三 九 



南 總里見 八 犬 , ill 六 三 八 

ほかつ いさ., -か よだん ほんでん あら は しょしゃ ラす. のち せいほい ミ くしつ つまびら か 

猶且 聊餘譚 あり。 本傳に 見れ たる、 諸將 帥の、 後の 成敗 得失、 いまだ 詳 ならざる 者 多 かり 

rO かん じつろく より おの 》\ その 15- はり つぶさ ぜんご て 6 しみる さて ミく きャ ラ 

こも 遣憾 なきに あらねば、 亦 是實錄 に据て 各 其 尾 を 備にす。 こも 亦 前後 を 照 見べ し。 却說京 

ミ くわん れい ほそ か はま さも ミ ぶん, い **仁 めし かへ すな はち ゆん しょく ふくに, C しゃ- つ ぐんよ しひ さ 

都の 管領 細 川 政 元は、 文明 十八 年より、 復召 返されて、 卽 原 職に 復 任す。 其後將 軍義尙 二十 

さい ま がり ゲンん ち、 フ こ、 フ よし さよつ ぎ いろ ミ よしみ こ ょレ W やしな しゃう ぐん 

五 歳に て、 釣 里の 陴 中に 薨 じて、 義政嗣 なければ、 弟 義視の 子、 義材を 養 ふて 將軍 とす。 其 後 

よしまさ こラ まさ も? i けん もて あそ まつり/ ほしい ま t いき ほひ か; i ならぶ .t くて 

程なく 義政も 蔑 じぬ。 是 より 政 元權を 弄び、 政を恣 にして、 威勢 肩 を 比る 者な し。 恁而 

えいしゃ、 r- ねん まさ もミ へいきょ ちょ、 r- しん か *t にし また こ か *5 にし さい あるひ いた づき ミんし 

永 正 四 年の 春、 政 元が 屛 居の 家臣、 香西復 六が 子、 香 西 再 六 は、 一 日 疾病な くして 頓死し けり。 

ち また さき しゅっし ミ くよう 

父復六 は、 翁に 罪 ありて、 今に 至る まで、 久しく 出仕 を禁 めら れて ありし に、 其 子德用 はさら 

ま たさい に はか &»t か かなしみ なみだ かた ひそか つぐ いね 

也、 今 又 再 六 も、 暴に 身 故り しかば、 哀傷の 淚 やる 方 もな き 折、 悄 地に 告る者 ありて、 注る 日 

わがきみ さい あたご ♦! つり く もゥ たま は そ た ラベ さい ねし に はか こ. 《 ちな やま 

我 君 は、 界 六に 愛宕 祭祀の 供物 を 賜りて、 开を 喫しより、 再 六 主 は、 猛 可に 心地 惱 しくな り 給 

また ? { さて は わが こ さく さつ なり し、 フ *フら はなはだ 

ひし、 などい ひし かば、 復六 聞て、 原來我 子は秦 殺せられ し 也と て、 主を怨 むる 事 酷し く、 

つ ひ ま さも ミ い、 f ひつ W くらけ、 r- し らう VS びな こが U ミら まさ もミ しい えいしゃう ね A 

竞に政 元の 右筆、 戸倉 鵲四郞 と 喚 做す 者に、 黃金 多く 拿せ て、 政 元を弑 せし む。 時に 永 正 四 年 

みなづき じち まさ もミ あたご まつり しゅほぶ ふろや けう f.7r^t 

六月 二十 三日の 夜、 政 元は 愛宕 祭祀の 修法の 爲に、 浴室に 入りし を、 四郞脱 ひよりて、 只 一 

かたな さしころ その ミき まさ もミ it- ん しん は t かべ ちラ よし つら このめり さま はしり か t くま 

刀に 刺殺し けり。 當下政 元の 近臣、 波々 伯部忠 一 義列、 這 光景に 驚きて、 走 鬼り て 組ん としつ 

かたなて おひ た ふ しな かくて かビに しまた まさ もミ やしな ひごす A ゆき ミ りたて 

つ、 又 一刀 姨を負 しか ど、 仆れ たるの み 死 ざり けり。 恁而香 西復六 は、 政 元の 養子 澄 之 を 執 立 




第 九 輯卷之 五 寸三上 六 三; 七.. 



南 鋭 3.: 見 八 犬 六 三 




レ T ねんよし ひろ そつ i,- よ ! i*,.- つなに はか はま V ぎ かす その ミき てし ら *7 ひや. 7 いさめ 

正 六 华義弘 卒去の 時、 時綱猛 可に 兵 を 起して、 濱 荻の 地 を 掠めけ り。 當下隊 下の 老兵、 卒 E 岡 

し ら -r- よびな あゆ いさめ ミ * &っ なさけ 5 ひ 44 か いた f ゾちう こら ち P.,' 

四 郞と喚 做す 者、 其 非 を 舉て諫 しかば、 時 綱 酒の 醉に乘 して、 酷く 岡四郞 を、 鞭ち 您 して、 帳 

ちラ ゑ ひふ f ,? b ip ミき つな さ きつな? S こぶし か.;、 

中に 醉 臥しけ り。 岡 四 郞是を 怨みて、 ^ひよりて 時 綱 を 刺す。 時 綱 刺れ ながら、 攀を 固めて、 

f のさ ぼね J- ちくじ ,V か ら *7 W も ! ~J きつな c,.- し こさ も いれ irr- 

岡 四郞の 骨を撻 折き しかば、 岡 四 郞も俱 に 死にけ り。 畔綱橫 死して 兒 子な けれども、 他は當 

はんだい だんぜつ よしより すな はち、,. ろ! さ W みや ら, ゥ 

藩 第一 の 勇士に て、 敵に 名 を 知られし 者 なれば、 斷絕 すべから すと て、 義頼 :5^-里0«^箭九郞 

まさき うぢ みや, つせ.? i さき だ い ザん なのり り や, せつ -J た で、 r- りき ら f しいく 

を、 政 木 氏の 名跡に して、 又 政 木 大全と、 名告 たりと いふ 兩說 あり この 他 十 條カニ 郞!! < 八 も、 

よしたか つか いし かめ じ だんだ や, r- し こしの ふな ざ、 ひ つま めミ お 5 ゆきよ ら、 お ひく 

子孫 ありて 義堯に 仕 ふ。 石 龜次圑 太の 養 嗣越鯛 三 も、 妻を娶 りて 子孫 あり。 姥: 雪 代四郞 曳 

て ひさよ みなおい らく ちゃ、 じゅ あまさき ま ろ あ. CVV い いそざき; * な ** り あまつ よ t さ. r- ぞく 

手單節 は、 皆老樂 にて、 長壽を 得たり。 又 蟹 崎满呂 安西、 磯崎 金 碗 天津 も、 子孫 世々 相 續す。 

たビ しょせ その を はりつ *4 びら か ち せん な ミ やま まさか も く き 

只 初 世の 八犬士 は、 其 終 詳 ならす。 皆 地 仙に 做り て、 富 山に 在りと いふの み、 正 可に::; 1^ 

せし 者な し。 この 故に、 二世の 八犬士 等、 相 別れし 日 を 忌日に して、 延命 寺に 八箇の i を 

きミみ よしたか その さう 5 ふ こ、 しん る はい ちゃラ-^っゐんでん よしなり i ふが ラ 6 よ, 

けり。 里旯 義堯、 其 創業の 功臣なる を もて、 八 犬 士の木 主 を、 廳月院 殿 (義 成の 法號) の 位 W 

f つ" ねお か は, あきご ミ こくしゅ まつ けだし さ W み せ りゃく かふ yc しも 

堂に 列 置せ て、 春秋 毎に、 國 主み づ から 是を祀 りぬ。 蔬里見 十 世の 略 家譜 は、 實を扮 りて 下に 

> みる ひ ミ ぜんご あはせ みる - モも. I- さミみ か しん い., めい むか ふみ づぃ さんだ X タっこ す て *.i りら 

載たり。 看官 前後 を 併 見べ し。 抑 里 見の 家臣、 有名の 者、 向 水 五十 三 太、 枝獨站 素手宙 等に 

すべ お A しゃ ラ ぁづか おの >\ その レ よく つき かみ つく はぶ 

至る まで、 都て 恩賞に 與 りて、 各 其 職に 就し よし は、 皆 上に 盡 したれば、 省きて こ i にい はす、 

第 九 轔ぉ之 五十 三 上 六 三 五 ■ 



, 南 摁里見 八 犬^ - I 六 三 四 

おの おい つ: t- あへ つかへ つか よしたかすな はち そのこ も せ めしいだ ち 

ども 各 老を告 て、 敢て仕 途に就 ざり ければ、 義堯 則其兒 子、 三世の 八 犬士, 等 を 召 出して、 釆 

y やうお の {• ぐわん もん た ** は お ほ もの,; - しら この そ ふ ぉ^?じな ぶ ようち けい ふ そ 

邑 各 五 千 貫 文 を 賜りて、 俱に 大兵 頭と す。 這 八犬士 も、 父祖と 同稱 にて、 武勇 智計も 亦 父祖 

お S よしたかよ しひろ こくしゅ つかへ ぐ A: ぢん の も せんこ 5 

に 劣らす。 義 堯義弘 二世の 國^ に 仕て、 軍陣に 液む 毎に、 戰功 あらす とい ふこと なく、 其 名 を 

ほん さ 、ク あ 5 され まさき だい ぜんた 5* つぐ かつら ひめ めミ なん ぢょ • 5 ひな すけた 

阪 東に ぞ揚に ける。 然ば又 政 木 大全 孝嗣 は、 葛羅 緩を娶 りしより、 二 男 一女 あり。 家 子 は 佐 太 

ら 5 だい ぜん らミ めの こ ひミ t なろ された か そ め 

郞と いふ、 後に 又 大全と 稱す。 二 郞は世 を 早くせ り。 女子 は 成長の 後、 實 堯の惻 室に 做り ぬ。 

X よ お ほた き じ や, rv しゅ な おなじ たかつ ぐ せ まご ♦* さき だい ぜん- >i きつな ゆ 5 

世々 大田 木の 城主に て、 子孫 稱を 同く す。 孝嗣 より 四 世の 孫、 政 木 大全 時 綱 は、 一人 當 千の 

し さ!; y ふ よしひろ つか- よしひろ こ ふの だい ほ、 フで うう * ちゃす た S か しりぞ まさき だい ザん しんがり 

士 にて、 里 見 義弘に 仕 ふ。 義弘 國府臺 に 北條氏 康と戰 ひ、 利な くして 返く 時、 政 木 大全 殿 し 

きつ ぉミ しう すく ゆ ラレ つね が 3 い A よしひろ さ 

て、 敵 十五 騎を析 て 落して、 主を拯 ひし 勇士 なれ ども、 生 平に 强飮 なりければ、 義弘の 世 を 去 

ころ まさき ミき つな W けつ に か しに つぐ こさ も お ほ m まさき たん 

りし 比、 政 木 時 綱 は 吐血して、 暴に 死け り。 嗣 べき 兒 子な かりし かば、 大田 木の 政 木は絕 たり。 

二の ゆ よしより いろ ミさ みや く f まさき 、ラぢ みや. ゥ せき 44 さき だい ぜんよ しつぐ なのら あ は たてやま 

這 故に、 義賴の 弟 里 見 箭九郞 を 政 木 氏の 名跡に して、 政 木 大全 義嗣 と名告 せて、 安房の 舘 山の 

しろ ならび ちぎ や、 フ ぐわん もん た *4 この だい ぜん ぐん:; ゥ んごミ さきて ミ 5 にん -,? ゥ こち 

城、 丼に 采邑豐 萬 貫 文 を 賜 ふ。 這 大全 も 勇士に て、 軍陣 毎に 先鋒の 頭 人たり、 其 名 遠近に 間え 

され くにラ^^Jら お ほた き まさき う-ち か ち、 フ *4 さき ミな さミみ まさき 、ムっ 

けり。 然ば國 人 等、 大田 木の 政 木 氏 をい ふとき は、 家中の 政 木と 唱へ、 又 里 見の 政 木 氏 をい ふ 

み 5*0 まさき な あ る ひ いふ まさき つな せんこ、 フ よしひろ これ 

とき は、 御 S の 政 木と 唱 へて、 もて 是を 分ち ぬ。 或は 云、 政 木 時綱戰 功多 かりし かば、 義弘是 

ほめ は ぎ ち か ^5 'し あ へ ミき つな、?, て A 

を譽 て、 濱 荻の 地 三千 貫 文 を、 加增 せんとい ひし かど、 惜 みて 與 ざり ければ、 時綱怨 めり。 天 




お-お s.: 見 八犬傳 六 三 二 




た 〈? lie さら も,リ1.!かた*5^,*も**さし*4さの,リ よした ふの ぶみ ち すよ, ク {» そ,^ 二 , ' fc ^ ' J ハ 

に 他郷へ 去ざる や。 といへば 戌孝忠 與仁禮 儀、 義任信 道怫順 も、 % HIV を めて、..^ ss^ 

を 取りて、 其 職 祿ゲ惜 むの 故に、 おで する 事 あらば、 巧 や^の^ を i さん。 只す ^"におべ 

きのみ。 と酽 Ilslfe へ if ば、 isM^. 

い. ぷ g の. 5=- い Q た よりら かんる- o.vr ろ さしぐ しゅく ねん かしこ i-.r-*.- 

犬 飼 言 人 犬 田 理順等 は、 感涙 坐に 吒 むまでに、 蹴 然と 畏 みて、 頭 を 低て ありけ る 程に、 其 事 や 

うやく 果 しかば、 倶に頭 を 擦る に、 怪む べし、 八 個の 翁 は、 -お と あらす ぎりて、 1^1 お Lrs 縦 

たる、 異香 連り に薰 るの み、 其 適く 所 を 知る よしなければ、 皆 111 と 驚きて、 お ^観よ、 

^ が ゆつ I え-. 4** , さ ひろ この や ** いづこ さし たづ な i さ,. くウぃ は..?' t 

:a 術 を や 得 給 ひけん、 然し も 廣き這 山 を、 那 里と 投て 索ぬべき。 會 こそ 願 じ けれ。 とうち 

つ、, j ャ V , メ ベ もろ ミも つぎ ひ れんしょ はがひぶ,^- ひ M むら 

咳く のみ せん 術なければ、 共 侶に 山 を 下りて、 次の 日 連署の 踵眷 を、 稻 村の 成 へま ゐら せつ、 

おの >\ やま ひ かこつ ぃミま こ ひま-.^ さねた か じ や, っ- 7 I 44、 

各 病に 推け て、 身の 暇 を請稟 すに、 實堯 も、 思 ふよし や あり けん、 お、 情 g./ に if すべし とて、 

> . > -、 , > i ひ * た.:! は ちぎ ャ、 おの {• めし はなさ さほれ のち ミ も = くょヽ ib 

八 犬俱に 身の 暇 を 賜りて、 采邑 各 五 千 貫 文 を 召 放る。 遮莫 後の 八犬士 は、 ^に^つ^に 1^ しか 

ら ねば、 各 宅眷を 携 て、 是 より 久しく 他 あり。 其 後 幾程 もな く、 IrTssfesI と、 n 

いろね よしみち ひミ りご さミ みよし ミょ くわく しつお こ ほうそう はた しづか つ > さ i こかう i つじ 二 よぶ ,ひ t 

兄義 通の 獨子、 里 旯義豐 と 確執 起り て、 房總 果して 靜 ならす。 後竟に 實!^ 戰. ゆし、 義豐 も亦秦 

れて、 義堯の 世に 做り しかば、 士民 安堵の 思 ひ をな しぬ。 其 時 siik、 後の 八犬士 の、 ^ぎ を 

索ね て、 連り に是を 招ぎ しかば、 犬士等 は、 只 得 宅 眷を將 て、 上總 のおなず へ かへ り 来つ。 g 

第 丸 輯卷之 五 十 三 上 



南 fl 里 見 八犬傳 六 三 〇 

それ ゎづら ぃミ ミ けん 0J、7 きょ ふもミ はな ミり あき 

後に は 其 も 煩し とて、 皆 身の 暇 を 取らせて、. 八 犬 同居し ぬるの み。 春 は 麓の 花鳥 を 友と し、 秋 

でのへ もみ ぢ しミね なつ たにが は むすび ろ ♦* ミ る おち たく ミも t のし 

は峯 上の 丹 楓を稱 とす。 夏は溪 川. の 水 を 掬、 冬 は 爐に團 坐して、 落葉 を燒 のみ。 俱に 天命 を樂 

うきよ かくて はた ミせ はかり へ つ ひ くわしい をり 

みて、 浮世の 事 を 忘る. -に 似たり。 恁而 二十歳 許を歴 ぬる 程に、 竞に 火食せ す や あり けん、 折 

,V りこ ク J も ら しもべ おく よ.;? しほい しゃ ラ 、,け マ-ききの ミ ひめた けの ひめ 

折兒 子等が、 奴隸を もて 贈りぬ る、 米鹽 衣裳 も、 今 は 要な しとて 受す。 この 時 城 戶姬竹 野姬、 

ひな VJ ひめし 4- りひめ はま * ら ひめ を * み ひめ いろ ミ ひめ ミ しおの ?\ おい しだい {- みまか をつ ミ 

鄙 木姬菜 • 败、 濱路姬 小波 姬、 弟姬 は、 年 各 旣に老 て、 漸々 に 身 故り 給 ひし かど も、 其 良人た 

る 八 犬 士は、 今に 至る まで、 顏色衰 へす、 峯に 上り 谷に 下る に、 飛鳥よりも 易 ゆにて、 莽に在 

€b こ S ろもミ み る ひお の 》r\ ミ もびミ & 

る こと 稀 也、 と 聞え しかば、 後の 八 犬士等 は、 倶に 心許なく 思 ひて、 有 一 日 各 伴 當を將 て、 う 

つれだち ミ やま いほり おや ミ もりた? t たね ミも まさし t さの, -V よした ふた r ミも のぶみ ちゃす よりら かねて 

ち 連立て 富 山なる、 葺に 至りて 親を訪 ふに、 戌 孝 胤智、 仁禮 儀、 義任 忠與、 信 道 怫順等 は、 豫是を 

知る 如く、 うち 聚 ふて、 ^!;の內に在り。 旣 に座定 りて、 樹智諸 士に向 ひてい ふやう、. 汝等 いま 

つ J ふ し じんぎ よ W くお ミろ ないらん さ この ゅ& われら やたり つ ゑ 

だ 思 はす や。 先君 御 父子の、 仁義の 餘德衰 へて、 亂將に 起ら まくす。 這 故に、 我等 八 名、 杖 

ひ やかた さねた か ならび よし ミょ ぎふ たけ わか いさめ た、 < 'やかた やぶ 

を 曳き山 を 下りて、 舘 (寶堯 をい ふ) 幷に 義豐君 a ぉ孺 をい ふ) を諫 まく 思へ ども、 當 舘は吝 

さかなり かへ ラ は ん よ レミよ ぎふ か、 フ じゅん いさめ きか 

啬也、 久しく 借りて 返さ r れば、 是を楚 ふ 所以 を 知らす。 義豐君 も 孝順なら ねば、 諫て听 るべ 

そ きか えき モれ あや ふきく に い みだる t くに 

きに あらす。 开 を听れ すと 知りながら、 犯して 身 を 殺す は 益な し。 夫 危 邦に は 入らす、 亂邦 

この ゆ ゑ われら やたり た、 r- しょ あにし や #♦ うつ い ** しらな に !; "も ち し 

に は 居らす。 這 故に 洒家八 名 は 當所を 去りて、 他山に 移ら まくす。 汝等袁 ぞ俱に 致仕して、 共 



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卷 
之 
五 
十 

上 



おの (》 その しゅじ や 5 ミラ!! ん めい かくて もり; i かたね ミもら M pt J*^ 

返して、 改めて 各 其 守 城の 頭 人 たるべし と 命ぜら る。 恁而戌 孝胤智 の 八犬士 は、 富 山の 峯 

へ くわん おんに-' かたはら いほり む す かつ-ど ラ > よ おい やしな は な <1! り ひめ,, '/たち 

上なる、 觀音 堂の 側 に、 朞を 締び且 同居して、 老を 養 まくす。 七 個の 上達 も、 相 從んと 

なき おの /-> いさ 5 や 》♦ ふせ ひめ-.' へ おんこ W にょにん 

てうち 泣 給 ひし を、 犬士等 各 是を 諫めて、 富 山 は伏姬 上の 御^ ありし より?, 人の 登る 审を 

健され す。 いかで おん 身 等は留 りて、 兒 子の 養 を 受給へ。 足 も 亦 親た る^の 樂み にあら やや 

ねん ひろ なぐさ ひミり ふ 5 ふ ふ しわ かれ の. むミき けんおの- そ G こぞ も 

と叮 寧に 慰めて、 一 人も從 ふこと を 許さす。 旣 にして 夫婦 父子 別に 臨時、 八 犬 ^ =14、 兒 子に、 

る けん なん ぢ らもろ ミも つ V いめ ふ ち、,' か. フ つく ち I 

造言して いふ やう、 若 等 共 侶に よく 勉て、 に は 不忠の 行 ひなく、 母に は 孝を盡 すべし。 安 

ゎづか ケ わん もん せう ち さろ せんくん わくら やたり ちつろく ぐ わ, C もん たま は .^/< :こラ 

は 僅に 四 郡に て、 九萬贯 文の 小 地 也。 然を 先君 HH 等 八 人に、 秩祿八 萬 貫 文 を 賜りし は、 是 軍功 

おんしゃう くんしん そのろ く ひ わう せい たいふ し ろく はい ,み き や. リ ろく 

の 恩賞 なれ ども、 君 ほ 北 ハ綠を 等しく する に 似たり。 王制に、 大夫は 士の祿 に 倍す、 君 は 卿の 祿 

ミを され なん ぢら ケ わん もん なほす y をり いろ 

を 十に す、 とい ふに おらす。 然ば若 們が五 千赏 文も猶 過たり。 折 も あらば 辭 ひまつり て、 三千 貫 

もん くんし あまね た、 フ たう あまね なん ぢら やたり ミも 

文に て 事足るべし。 君子 は 周く して 黨 せす、 小人 は黨 して 周から すと いべり。 若 們八人 は、 S 

あ ♦* ね ぜんあく つき た 5 くにみ ち くにみ ち ち し せいひん こ ひし 

に 周く すべし、 善惡に 就て 黨 すべから す。 國道 あらば 仕へ よ、 國道 なくば 致仕して 淸貧 を染む 

たつ ミ ふ、 f き なし さら そのし よくろ く をし しりぞ しり,^ つ ひ やぶ 

べし。 貴き は、 :ala 货を 措み、 然ぬも (職 祿 を惜 みて、 退くべき 時に 返 かざれば、 竞に 敗れ を 

-ヒら . ひミ つくち もろ ミも け *r- くん つれだち さ 

取ざる 荐稀 也。 是を 思へ く。 と 一 口 \f!: より 出る が 如く、 北ハ 侶に 敎訓 して、 うち 連立つ.. 富 山 

やまごもり はじめ **めゃ^1 しもべ ふ; i りみ たり かしき わざ 、つち まか 

に 至りて、 山 居して 二た び 出す。 初 は老實 なる 奴 隸兩三 名 を 使 ひて、 薪 木の 業 を 任用せ しに、 



南 總里見 w 犬傳 六 二八 

おつよ な この こ f r こさ も ミみ かつ その さい ま うおろ か そのの ち あづまの 

一 女 は 那古小 七郞の 妻と す。 八 犬士、 かくの 如く 兒 子に 富て、 且 其才貌 疎なら す。 其 後 吾孺前 

せいきょ まさし 6 いは. せいが いは おい かくて よしなりね しょ さりた ♦* ちゃくしよ しみち 

は、 逝去の 聞え あり。 仁が 愛馬 靑海波 も老て 死にけ り。 恁而義 成 主 世 を 去 給 ひて、 嫡子 義通 も、 

けん. 9 や 、フ しょしん みなた ® も ふ か、. '仁ん めい この ミ S よしみち 

亦.. 良の 君 なれば、 諸臣皆 憑し く 思 ひたりし に、 不幸 短命に て、 其世ノ 久しから す。 這時義 通の 

ち i; くした け わか まる なほな さな よしみち & めい いろ ミっ ぐ** る この ミき さミ& らう さねた 

嫡子 錢孺 丸、 尙穉 かりし かば、 義 通の 遣 命に よりて、 弟 次 麿 這 時 は、 里 見 二 郞實堯 とい ひし 

かり よつぎ t けれ.?' ひミ t な か f わ た さに よ いふじ ゆ -CP- うし たぐ ひ さねた かすな はち 

を、 假に嗣 とす。 箔孺 成長ら ば、 家^ を遞與 すべし と定 せらる。 俗に 云 順 養 嗣の類 也。 實堯則 

こくしゅ な かづ さの すけ に. < さはれ そのこ. -ろ? ま ふ けい やぶ さか よろ づ 

四 世の 國 主に 做り て、 上總 介に 任ぜら る。 遮 莫其心 術 父兄に 似す、 勇 あれ ども 吝 にて、 萬 事 

きひ. しり も その W き えんめい じ ベ、 つさん かん 

に慘 しかりければ、 罪なくて 返 けらる.. 者 多 かりけ り。 當下八 犬 士は、 延命 寺へ 廟參の 折、 閑 

しつ かり だんか ふ よし にち へ ミ. b いな ひ ら さねた かね. t こ ひま ラ 

室 を 借て、 商量し ぬる 義 あり。 其 後 四 五日 を麼 て、 俱に稻 村の 城に 參 りて、. 實堯 主に 請 稟すゃ 

わくら せんくん ちょうお A おの {• ケ わん も. C たいろく たま は おの— ねし な 

う、 臣等は 先君の 寵恩を もて、 各 一 萬 貫 文の 大 祿 を 賜 りて、 各 一 城の 主に 做されし より、 

くら あた-か き おい ミ しすで むそぢ なま かく けんろ ふさぐ 

坐して 食 ひ 溫 に 衣て、 老の 至る を 知らす。 年旣に 六十に あまりて、 猶恁て 候 は *i、 賢 路を窒 

じ やうち かへ ちし たいいん ほり C モ くら £ かく 

の 恐れ あり。 いかで 城 地 を 返し まつりて、 致仕して 退隱 せまく 欲す。 愚息 等 は、 右に も 左に も、 

めしつか は れんしょ つ、 はが ひぶ ふ さねた かすな なち その じ やうぐ わん まか 

召使せ 給 ふべ くも や 1 いふ、 連署 一 通の 願書 を まゐら せし かば、 實堯 則 其 情 願 に 儘せ て、 

ぃミ ** たま は そのこ いね づ かし の いね さかけ の いねや ♦* みち い Cf か はがく Vv う いねむら かくた らう い <? かひ けんき ** 

犬士 等に は 身の 暇 を 賜り、 其 子犬 錄信乃 犬阪毛 野、 犬 山道 一 犬 川 額藏、 犬 村 角 太 郞犬飼 立 吉、 

いねた こ ぶんご いね...! しんべいら ちぎ や _7 おの... - ぐわん もん た. * は ミも お ほ ものが しら じ やうら 

犬 田 小 文 吾、 犬江眞 平等に は、 釆邑 各 千 貫 文 を. 賜りて、 恨に 大兵 賴 とす。 其 城 地 は、 皆 召 



いね ひ 6 ん ひやう 3: のぶみ ち なん ぢょ ひご いね かひ ゆ, C ,ちのり ミ x^v ん ,5 よ.,' 

又 犬 飼 現 八 兵 衞信道 も 三男 一女 あり。 〔漆 子 は、 犬 飼 立吉言 人と 喚 做したり、 後に 又 現 八 も 稱す。 

ら 5 いね かひ けんべ ゑ みちの ぶ ひ. ミ.., なる のち こ が つか は *♦ さ、 r- ぢ ら.. - .C まかす ねかす け 

二 郞は犬 飼 見 兵 衞道宣 と, いふ 。成長の 後、 滸 我へ 遣して、 政 氏に 仕へ しむ。 三郎 は:^ 糟稱 介と 

かづ さの くに ♦♦v' だの こほり が 5 し めの こ いねむら だいがく う ひご かくた らラ め あは いね 

名け たり。 こ は上總 國望陀 郡の 鄉士 とす。 女子 は、 犬 村 大蓽の 家 子、 角 太郞に 妻せ けり。 又 犬 

た ぶんご やすよ ひ なん ぢょ 、フひ 2 いねた こ ぶんご まさより なづ ぶんご ら 5 

田豐後 悌順 は、 二 男 二 女 あり。 家 子 は 犬 m 小 文吾理 順と 名け たり、 後に 又豐 後と 稱す。 ニ郞は 

ほんせいな こ うぢ な のら な この こ ら、 r- よりあき ひミ t なろ のち しも ふさ ぎ やう ミこ で n し ふたり 

本姓 那古氏 を名告 せて、 那 古子 七郞順 明と いふ。 成長の 後、 下總 なる 行德の 郷士と す。 兩 個の 

むすめ いね-. < しんべい いねん め あは いね づか しなの もりた か なん ぢ よ う ひご いぬ づ かし 

女兒 は、 犬江眞 平、 犬江大 八と 妻せ けり。 又 犬 塚 信 濃 戌 孝 も、 二 男 二 女 あり。 〔 承 子 は、 犬 塚 信 

の もりた ね よびな しなの しょ ラ いねん i さし むすめ めミ f ほんせいお ほつ か なのら 

乃 戌 子と 喚 做したり、 後に 又 信 濃と 稱す、 犬 江 仁が 女 兒を娶 りぬ。 ニ郞 は、 本姓 大塚を 名告せ 

お ほつ かはんし やう もり さ! = ひミ. - なる むさし お ほつ か つか は がラし ぢょ いね か はよ し t ふ こ 

て、 大塚番 匠戌鄕 とい ふ。 成長の 後、 武藏 なる、 大 嫁へ 遣して 郷士と す。 一 女 は 犬川義 任が 子 

めみ は いねた こ ぶんご いね さかし もっけた ねミも なん めの こ う ひ- ノ- い さ. S- 

に 妻せ、 一 女 は、 大田小 文 吾の 妻と す。 又犬阪 下野 胤智 は、 二 男 ありて 女子な し。 I: 承 子 は犬阪 

け の たね かさ よびな しもつ け らう ほんせい も ひ ほらう xf なのら も ひ はらお、 ミ たね 

毛 野 胤 才と喚 做したり、 後に 又 下野と 稱す。 ニ郞に は、 本姓 粟 钣原氏 を名告 せて、 粟飯原 苗 胤 

よし しも ふさ つか は ち は がラし いね か はなが さの しゃう すけよ した ふ なん V- よ なんし 

榮と いふ。 こ は 下總へ 遣して、 千 葉の 郷士と す。: 又 犬 川 長狹莊 介義任 は、 一男 二 女 あり。 男子 

いね か はがく ざう のりた ふ よびな さ, フ すけ しょう いなづか-? <ん しゃ 、ひ め あは あ. H さきてろ ぶみ 

は 犬 川 額藏則 任と 喚 做し, たり、 後に 又莊 介と 稱す。 一 女 は 犬録番 匠に 妻せ、 一 女 は 蟹 崎 照 文の 

まごよ め いねむら だいがく t さの り なん ぢょ 、フひ 一.^ J いぬ ひらかく た らうの ゥ** さ よびな 

孫 夫と す 。又 犬 村 大學禮 儀 は、 二 男 二 女 あり。 一!^ 子 は、 犬 村 角 太郞儀 正と 喚 做したり、 後に 又 

だいがく しょう らう あかい はしゃ、,.' がくの りたけ なのら しもつ け あかい は f し ぢょ いね かひ ゆん きち めめ は 

大 學と稱 す。 二 郞は赤 nS 正 學儀武 と名告 せて、 下野 赤 の 郷士と す。 一女 は 犬 飼 玄吉に 妻せ、 

第 九 輯卷之 五十 三 上 六 二 七 



羞 



南 總里見 八犬傳 六 二 六 

さら 也、 傳閒く 者 感嘆して、 敬服せ ざる はな かりけ り。 この 折 有人 遊 魂 を 知らす、 lis りて 是を 

> ai. た しミ しんべ ゑ こたへ いう こん ぶんがくぎ ゆいな に こり こ. -ろざ し 

犬 江に 質問 ひしに、 親兵衞 答て、 遊 魂 は 文. 學按藝 何くれとなく、 凝て 是を習 ひし 者 、其 志 を 

ん ミ少 ふ か、 フ たんめい たまし ひ し ふぢ やく 

得 5^ すして、 不幸 短命に して 死に 至れば、 其 魂、 いまだ 天に 歸る こと を 得す、 執著して 久しく 

^r^,^ あ なづ いう こん そのいう こん も. ひ えん ふれ あろ ひ を さな ご つ 

虔空に 在る を、 名け て 遊 魂と いふ 是也。 其 遊 魂 或は 綠に 觸、 或は 物に 感じて、 人の 稚 子に 週く 

ちる ひ たいない つ あろ ひ つ ぎょじ やく 

こと あり、 或は 其 子の 胎内に 在る 時より 憑く も 在り、 或は 生れて 後に 憑く も 在り、 皆 虚弱なる 

つ すこやか つ くし わらべ たんめい き は 

小兒に 憑く のみ、 壯 健なる に は 憑く こと を 得す。 この 故に 神童の、 短命なら ぬ は 究めて 稀 也。 

這理を もて 推と き は、 亦怪 むに 足ざる 者歟。 と 言 詳 に 解 示せば、 せ (人 深く 感 佩して、 盆 を 得 

よろこ あだし こミ はさて おきつ このた こ、 ども .f-t.^ いね ャ * だう せった r_ ヒ. も . なん ! 1,1- よ 

たりと て歡 びけ り。 間 話 休 題。 這 他 七 犬 士の兒 子を數 るに、 犬 山道 忠與 は、 三男 二 女 あり。 

ラひ f-i 、 まみち • らうな かひね ょび^^ だう せつ しょう なん おちあゆよ の ありた ね こ は 

〔涿子 は、 犬 山道 ー郞 中心と 喚 做したり。 後に 改めて 道 節と 稱す。 二 男 は、 落 鮎 餘之七 有 種に 乞 

かれ や I あり;. 1 ね つ * おも ミ めの こ うみ のこ より おちあ. f よ, 、の り 

れて、 他が 養嗣 とす。 有 種が 妻重戶 は、 後に 女子 を 生て、 ER 子なければ 也。 因て 落 鮎 餘之八 有 

ミも ^^のり i きた がラし な らう さなき しゅっけ をし へ ぶっき やう よふ 

與 と名告 て、 徳 北の 郷士に 做り ぬ。 三郞 は、 童 年より 出家 を 好みて、 敎 すして よく 佛經 を讀し 

すな はちえん めいじ つか ねんじゅつ しへ I ビ えい ざん ♦* たかう ャ さん けんがく 

かば、 則 延命 寺へ 遣 はして、 念 戌の 從芽 とす。 後に 歡山及 高野山へ 登りて、 兼 擧年 を經て 力へ 

ねんじゅつ をし や、 つ せん :£:> えんめい じ ぢぅぢ な ほふみ や、 フだ うく、 フ この しう し 

り來 つ、 念 戍和尙 遷化の 後、 延命 寺の 住持に 做り ぬ。 法名 を 道 空と いふ。 這 時より 宗旨 を 改め 

しんごんし 5 な ふたり むすめ ひ w*»Mto で 5 りき らう でう しゃく ら.' め も は 

て、 眞言 宗に 做れ るなる べし。 兩 個の 兒女 は、 成長の 後、 十條カ ニ郞、 十條 尺八 郞に 妻せ けり。 



是 十二分の 造化に て、 倘這 憂に 丁ら す は、 我 身 必 早 逝 せん。 世に 神童と 喚 做す おけ、 年十歲 

よく ゑ も .0 ひ し ふ X ぶんが,、 かぶら 

に 至らす して、 書 を 善し 躉を よくし、 或は 詩 を 陚し耿 を 詠み、 文攀を すら ぬる も あろ は、 必 

人の の、 虚弱の 小兒に 憑た る 也。 この 故にく 神童 は 短命に して 久しから す。 倘、、 T ザ に 不死し 

さ うねん い. こんけつき おさ V^A やさ こち ねん たちさる ゆ a! 

て、 壯 年に 至る 時 は、 其、 遊 魂血氣 に壓れ て、 久しく 那 身に { 伯る こと を 得す、 忽然と して 立 去 故 

に、 其 人 遂に 愚に 復 りて、 後 は 間 えす 做る 者 多 かり。 我 は 其 等と 同じから す、 ^八 九,; 成の-ぬよ 

のた け ぶんがくぶ ! b いきん りき はやわざ すぐ しんじゅ ゆ ゑ 

りして、 身長 は 四 尺に あまりて、 文 擧武藝 筋力 姚、 世に も 人に も 勝れし は、 ^:!;,^ 祌 校の 所以 

なれば、 三十に して 愚に も復ら す、 今にも あれ 姬祌 の、 我 身 を 守らす 做り 給 は- r、 立地に 命 I 

さ よめい むさぼ のち おひ めミ いにしへ なんし つ. 》 われ 

らん。 爾るを 餘命を 貪りて、 後妻 を娶 らん や。 十 2 は 男子 三十に して、 室 ありと いへ り、 我 は 

十 歳に して 室 ある 故に、 三十に して ii 失に 做り ぬ。 物の 發生 早き 荐は、 死亡 も 亦 速 也。 桃 は 

み かなら > か ,0 も { A ゃラ た,. r めいじ i ミり 

三年に して 花 さき、 實.^ 結ぶ 故に、 三十 年に して 必枯 。こよ ももて 桃の 一 名 を 短 (i. 松と す。 ^S| 

じち あろ ひ その かひ こかへ かひ さり かならずし けもの あろ ひ 

は十七日或はニ.^" 一 日に して、 :!::^^卵竽る。 この 故に 飼 鳥 は、 七 八 年に して 必 死す。 獸は 或は 

みつき もろ ひ いつ t き ラ i しよく くら かならずた ふ ミり けもの 

三月 或は 五月に して 生ろ よも、 人の 食 を 喫 ふ 者 は、 八 九 年に して 必 斃る。 R 酑 山に 在る 烏獸 

の、 天地と 其氣を 同く しぬ る は、 人に 神仙 ある 如く、 命の 長短、 この 涯 りに あらす。 我 も 山 

ミり けもの な ほリ やみ かう ベ ふ つぶさ かにち びミ 

の 鳥獸に 做ら はまく 欲す、 已 ねく。 と 頭を掉 りて、 說 くこと 備 なりければ、 姊阶兒 はいふ も 

第 九 輯卷之 五十 三 上 . 六 ニ^^ 



南 總里見 八 犬き . バニ 四 

ほんごく かなら 5W しも ふさ た r この か ら、 r- さ、.', ti く し S く 八 

本 世:: は、 必下總 なるべし。 只 這 四 家老の、 子孫 久しく 相續 したる のみなら す、 八犬士 も、 中: 君 

ひめう へたら めミり おの {- なんに よ こタも ミも そ なか い ねえ しんべ る? 

の姬 上達 を娶 しょり、 各 男女の 兒 子に 匱し からす。 开が 中に、 犬 江 鋭兵 衞は、 十八 歳の 時よ 

f なん およ ラ ひご い 0»! しんべい ゆきむ ね よびな ち * たいいん のち しんべ かいめい 

り 子を舉 けて、 二 男 一女 あり、 家 は 犬 江眞平 如 心と 喚 做したり 。父 返隱の 後、 親 兵衞と 改名す。 

なん いね 九 だい はち いねえ よりす け こ、 ども かれら ふ、 r- ふ ミら よ" すけ つうし はじめ しんべ 

二 を 犬江大 八と いふ。 犬江侬 介に 兒 子なければ、 他 等 夫婦に 取せ て侬 介の 養 嗣 とす。 初 鋭兵 

あは たてやま た は かしこ うつりす み お ほほめ,.' しん た > た む i> へミり かう ゃラ つく 

衞が、 安房の 舘 山の 城 を 賜りて、 那 里に 移住し 時より、 大 母妙眞 を、 瀧 田より 迎 拿て、 孝養 盡 

しづを ひめ しう! i め たは ひ め う し, C おはけな じ 7 しゅ お ほ: a なりの ぼ 

さ V. る ことなき に、 靜寄姬 もよ く 岳 母に 仕へ 給し かば、 妙眞は 過分き 城主の 大 母に 成 登りて、 

何 足らざる 事 もな く、 年 七十 七 八 歳に て、 病苦 も あらす 身 故り けり ロハ 親 兵 衞に闕 たる 所 は、 1^ 

^ ひめ ふ かう たんめい • あきみ まか この ミ ししんべ る! 、フ ひご しんべい さいつ ぎ 

1> 不幸 短命に て、 三十 九 歳の 秋 身 故り 給 ひぬ。 是年親兵衞は三十^!^、 戮子眞 平 は 十三 盡次 

のこ だい めの こ はじめ のち, ひ な i.* たも しんべ ゑ あへ 

子 大八は 十一 危、 女子 は^の 八 歳 也。 この 故に 後妻 を、 媒妁 する 者 多く あれ ども、 親 兵 衞敢て 

うけ ひか かつ おの {- つま めミ ほり のち ふ か、 フ われ 

承引す、 且ぃ ふやう、 人 各 妻 を娶る は、 子 を 欲する の 故 也。 後な きを 不幸の 第一と す。 我 は 

なんに よ こ-ども A たり かつな きつ ま しゅくん けっし のち ひ めミ おも た ひめ 

旣に、 BR 女の 兒子 三人 あり。 且故妻 は 中; 君の 姬上 也。 決て 後妻 を^る ベから す。 憶 ふに 舘の姬 

、つへ やた- リ 5 ち しづを その、 フ ひひす め われ ま 5 し この てんえん じす は みち 

上 八 人の 內中、 靜 5_ 「は 其、 長女に て、 年 十九な りし 時、 十 歳の 我 仁に、 這 天綠を 結れ し は、 盈て 

かく ゆ ゑ そ も (- まさし はる ミ や ** J* ゆつ せ な ノ 

齢る の 所以なる べし。 抑 仁 は 九歲の 春、 富 山に 出世した りしより、 事 皆 做し 得すと いふ^な 

しも ふ r 、いちか は いちび ミ ふさ ひ W りご ゎづか はじめ たて や ** りゃうし よ じ V うし ゆ な 

く、 身 は 下總市 河なる、 市人 房 八が 11 子に て、 僅に „e の 九」, 成より、 舘山兩 所の 城 に 做り し は、 



第九輯 卷之 五十 三 上 

I 八十 勝囘 下編大 I 犬 士;; -Ijl 命, 

諸將の 得失 其 尾な 備 L1 す 

さ る ほさ ちゆ だい ぞんじ わかれ よし こミゎ ミ. たいいん おも 

爾 程に、 八 犬士等 は、 、 大禪師 の 別に 臨みて、 いはれ し 義の理 りなれば、 伋に退 隠の 思 ひ あり。 

これ のちく にの つり ごさ すべ か らう -J ひゆ づ り-, \ いな:: ら しゅっし はう そ-.' すで ぶ い 

是 よりの 後 國 政 は、 都て 四 家老に 相讓 りて、 折々 稻 村へ 出仕し ぬるの み、 房 總旣に 無 異に 

ひミ もち ふ ? i き . なり か り ほふ j ミ うの ら. ゥミ きすけ あら か は ひや ごのすけき よすみ らうび や、.' すで A せ 糞 

して、 人 を 用る 時なら ねば 也。 有恁し 程に 柬六郞 辰 相、 荒 川 兵 庫助淸 澄 は、 老病 旣に 身に 逼り 

つ *t み ♦* か そのこ いん ぞ *フ こ あけす-^ あら か はた ろ らう, よ ひで ミも ち < しょく つ か 

て、 うち 續 きて 身 故り しかば、 其 子 印東 小 六 明 相、 荒 川太郞 一郎 淸英、 俱に 父の 職を紹 ぎて、 家 

らラ な これ じつせ た よし ! i き いた この しん し ん せいろく か らう t なか すぎ 

老に 做さる。 是 より 十 世 忠義の 時に 至る まで、 這 四 HH の 子孫^ 錄 にして 家老たり。 开が 中に 杉 

くら ひしゃの すけな ほ もミ こさ も sdt ぉミ. -it- その すけす ゑもミ やうし すぎ くら ほんせい き そ 、ひぢ な り ち t 

倉 武者 助 直 元は、 兒子 なし。 この 故に、 弟 木 曾 三 介季元 を養嗣 とす。 杉 倉、 本姓 は 木 «H 氏^、 父 

ラぢ もミ ゆる せい 4- か すぎ くら しょう すゑ もミ ほ 八せ い かへ, れ これ 

氏 元 故 ありて、 母の 姓 を 胃して、 杉 倉と 稱 したりし を、 季 元に 至りて、 本姓に 復れ り。 是 よりの 

のち せ すぎ くら せ I きモ なのり こき ろく のす ミころ さミ か らう すぎ くら ほり, ち f ら 

後、 一世 は 杉 倉 一世 は 木 曾と 名告 しかば、 十:: 記錄に 載る 所、 里 見の 四 家老、 杉 食、 堀 内、 東、 荒 

か はしろ きそ ほり, f ちい, c.rl 、つ あら;, は しる この ゆ al なり ミ 3 いん さラ りゃくし ゃラ 

川と 識し よも あり、 乂木曾 堀 S 印 束 荒 川、 と識 しし も ある は 這 所以 也 。柬は 印 束の 略 稱 にて、 

第 九 輯卷之 五十 三 上 



南^ sf 見 八 犬 



め お ほ. U き 、つらび ミ よろこ つ ひ ご *ゥ れい な かくて よし I.* り ミく 

とて、 甲 こ 俱に徵 されし かば、 大田 木の 浦人 歡 びて、 遂に 恒例に 做り にけ り。 恁而義 成の 德を 

し きん- *J く たみお ほ っぞ かづ さ ぐんけん はんじゃ、 フ まさき だい ぜんり がい のべ 

慕へ る、 近國のg^^く聚ひ來て、 上總の 郡縣、 ますく 繁昌したり しかば、 政 木 大全 利害 を演 

て、 請 ふて 處々 の 要害に、 城 を 築く こと 尠 からす。 後竟に 四十 八 箇所に 至りし かば、 世の 人相 



傳 へて、 是を里 見の 四十 八 城と いひけ り。 是 より 下 は、 又 本 囘の下 編に、 解 分る を聽 ねかし < 



り。 恁而許 多の ¥ を 麼て、 里 見 代の 國主、 寳堯の時に、機ぉ;の!^ぉに入る^|^?ぁり。 T-^T& の 

おい ほふし こち ねん いで , はるか きこり よび ちゆ だい ザ A じ 、J*4 しわ!? 'たり 、な ひら しろ 

老佾、 忽然と 出て 來て、 遙に機 夫 を 喚て いふ やう、 我 は、 大禪師 也。 汝我 爲に粧 村の 城に 參り 

さねた かねし つゆ ご ふ そ しゅ. <ミ くや t ぉミ ろへ ないらん #1 さに おこら よろし ひ c<_ f ん 

て、 實堯 主に 告ょ。 御 父祖の 俊 德稍 衰て、 內亂將 起 まくす。 宜く 仁義 忠孝 を宗 として、 善 

せい こ ミづて ゆめ のりし め t し Iv^ ごミ こち まち 

政 忘り 給 ふなと 言傳 よ。 努な 忘れ そ。 と宣 示して、 走る こと 奔馬の 像く、 忽地 見えすな りに け 

り。 しかれ ども 件の 樵 夫 は、 言の 忌々 しきに 憚りて、 此義を 訴 ざり けれども、 架して.;: 

, f • ものがたり さき いねた ぶんご きょじ やう な こ ,7 6 みや, フ rr^ 、?. T 

ざり ける、 こは是 後の 話 也。 是 より 先に、 犬 ffl 豐後が 居城せ る、 那 古の 浦 は、 一 名 を 親の 湳 

とい ふ。 這 地方の 棘 鬣 魚 は、 安房の 名物 なれば、 平生に^ 守へ 獻 じて、 もてお^^ W とす。 又 

たい/せ >ん , *- よじ ゃラ お ほた き た ひ^ 、- 'を かづ さ めいぶつ みち ミ は か, S しょく? t- ん tv^ 

政 木 大全が 居城せ る、 大田 木の 棘 鬣 魚 も、 上總の 名物 なれ ども、 路 遠ければ、 守 の 食^ tii に 

, さはれ お ほた き すな さりび W なほ ほこ わが うら た ひの う.,? * こ まさ 、 aA- 

れす。 遮 莫大 田 木の 漁 夫 は、 猶 誇りて、 我 油の 棘餵魚 は、 那 古に 勝れり とい ひし を、 ぉぽ 暨 

さ き 《- し _ ある はるし ほに ひ まさき だい ザん おく よ, 6 つ. S*?4 そ う;. Z 

後 聞知り て、 有 年の 春 鞭 鯛 を、 政 木 大全に 贈る とて、 歌 を 詠て 遣し ける。 :?:^ ハ耿 

ひき かす A あみ なみ はな た ひ な こ 、? b っミ 

曳 おろす 霞の 網に よる 浪の花 さくら 鯛は那 古の 浦裘 

/ , »♦ さき だい ぜん しほ だ ひ いねた おく かへ その.,' た 

と ありし かば、 政 木 大全 も 亦、 翻 鯛 を 犬 田に 贈る に、 歌 を もて 返しと す。 扑へ歌 

、つみ や へ しほ ぢ だ ひな お it き 

、 J i の 海 八重の潮路の さくら 鯛 名に 大田木 をよ しのと いふらん 

ぎ ip し、 此 f 傳へ g て、 00%fl 冬 はお & おのま &ift、 0f 

第 九 輯卷之 五十二 六 ニー = 



南 總里見 八 犬^ 六 二 〇 

しか よしなりすな はち ねんじゅつ めし く はしき 

かへ り來 つ、 事恁々 と is え 上れば、 義成 则 念戍を 召よ せて、 みづ からせ、 委曲 を 問 給 ふに、 念 

じゅつ かの いは ひろ ふさ まんじ やく よし C 'も, 》た, りちたり ちから たやす ひら 

戊 かいふ やう、 那 崛を 塞ぎた る 磐石 は、 非 如 百 千 人の 膂カ ありと も、 輒く 啓く ベう は 候 はす。 

お ほいし かきし る 、ひた 

其大 石に 書寫し i 歌 あり。 

こ i も 亦 浮世の 人の 訪 来れば 空 ゆく 雪に 身 を まかせ てん 

よ ほか いふ よしなりね し、.' ち i^it そ こか しんん い 

と讀れ たるの み、 外に は 見ろ 所 も 候 はす。 と 云 を 義成主 打^て、 开は十 :! 歌 か、 新 詠 か。 と 

しんべ ゑ こ へ こ か む a- し けん ひ ころ ちうな ごん ふぢ ふさき や i しゅっけ いん W ん のち がん 

給へば、 親兵衞 答て、 十 u 歌に て 候。 有 昔 建武の 頃、 中 納首藤 房 卿、 出家 隱遁の 後、 みづ から 侃 

ざ 人し ち ザん たかの す や *♦ い、. - せい にった ゆうしゃう は; i ら-っ ざ ゑ もんの じょう ミ きょし そこら 

山 子と 號 して、 越 前なる 鷹巢 山に 幽栖し 給 ひし 時、 新田の S: 將 畑 六 郎左衞 門 尉 時 能. か、 其頒 

パクん みづ もミ かね ふぢ ふさに ふだう ふ いだ いぶか そのし ゆつ 

に陴 して ありければ、 士卒 水 を徵め 難て、 山 深く 入る 程に、 膝 房 入^ を 見出して、 訝りて K 出 

處を問 ふに、 實を告 給 はす、 只 束 國の荐 也、 とのみ 答 給 ひし かば、 士卒 等い よ,... - 訝りて、 纏て 

ミき よし つぐ で-きょしき そ かなら f ふぢ ふ, に ふ:;,! -フ われ 

かへ り 来て 時 能に 告 るに、 時 能 て、 开は 必 藤 房 入道に こそ を はすべ けれ。 我 ゆきて 見ん と 

その ミころ いた ねし たちさ y かきのこ くだん 

て、 みづ からま、 地方に 至る に、 主 は 早く 立 去りて、 坐した る 石に、 寫 遺し i 件の 歌 あり。 この 

さ ふら ふなり ぞんじ そのこ . こ e ろ fi へ 

事物に 見えて 候 也 パ禪師 は を ひよ せて、 :!:: ^(古 耿を もて 心 操 を、 示された るに こそ。 とい 

ふ、 考照 具な り けれ, ば、 義成 つ. - 嗟嘆に 堪す、 原來 幾桥訪 ふとても、 稱ふ ベから すと て、 

ゥひ や ふ のち ミ や 4-り-\^>のぃは::ろ fSj き や. フ きく 

竟 にこの 議は已 にけ り。 是ょりの後富山に人る^!^ 折々 那!: £ 崛 にて、 讀 經の聲 する を こと あ 



• ほミけ す^ はち かたち あめつち たミふ ほミけ ひ.. -の A た 

き 者 也。 佛は 則 影像 あり。 是を 天地に 譬れ ば、 神 は 天 也、 佛は地 也。 又 人身に &.^ ば、 m よ 



» , すな はち はく つーミ や 5!?: け い./ 1 / ; f? I, . . 

刖 魂 也、 佛は 則 魄の 如し。 神 は 陽 佛は 陰、 陰、 陽の 理を 知らす して、 叨に る は^ 词也 ^ 



和なる 三輪の 祌は、 只 無 扉 門の みに して、 神殿な きを 見て 知るべし。 有 恁れば 今より、 3*^のが 

わが. C ね-か. € あんきょ は. みき-ご ミ この:? h- やう ぶん おち "i* しり 

の院 を、 我姊神 安居の 地と して、 春秋 毎に 祭るべし。 這 義を封 S なる、 士 民に 遺な く #示 しね 

ほせ かんぷく なほよ だん さろ ほ-. ご ちゆに い ミも びミら ぎ V じ ぶ ^ I ^ 

と 仰に 犬士等 感服して 猶餘 談にぞ 及びけ る。 爾 程に、 大の 伴當等 は、 &師 あらす 做り ぬと^ 知 

ろ さわ や, > えんめい じ ぢう xfc- ん じゅつ つ, c?/.--i つ 

りて、 驚き 噪ぐ こと 大 かたなら す、 纏て 延命 寺へ 走り かへ りて、 住持 念 戊に 告 しかば、 念が も 

亦 驚きて、 原來 師父 は 富 山に ゆきて、 定に 入り 給 ふならん。 いかで 今 一恭、 ■ ぃ& せまく ほしけ 

i,! なか ミ もび ミ ゐ ミ やま おもむ みち よ 3 い tl,** つ ふ" てら 

れ とて、 猛 可に 伴 常 を將 て、 富 山に 赴く に、 路 にて 日の 暮 しかば、 淮備の 燕 火 を 照 させて、 

そのよ. のい は:; ろ つき あやし いはむ ろ い ミすさ i んじ V く ヒて か, そのいり くち . おさ 

常晚那 nS 崛に 走り 著て 見る に、 怪む べし、 D£ 崛は、 最 凄じき 石 を建掛 て、 其 入處を 塞ぎし か 

- . » は?; ひにち か,:?, t> ,1 , たやす ねんじゅつ おも は たんそく r.- て は たいめ *.0 

は 縱多カ 雄の 神 也と も、 輒く 開くべく も あら ざれば、 念 戌 惊 す 嘆息して、 原 來對面 を鹪さ 

メ , いは.: しろ ひ ざま づ ねんぷつ ♦* か いなむら タの つかま ラ そ- さし 

れす とて、 UK 崛に うち 向 ひて、 跪 きつ.. 念佛 して、 返りて 稲村 殿に 告稟 さんと て、 其. 1^ を投 

、 : よ あけ され あした いねえ しんべ ろ? よしなり ねし お よせ &ゅ 

ていそぐ 程に、 旣 にして 天 は 明けり。 然ば又 この 日 一、 犬 江 鋭兵 衞は、 義成 主の 仰に よりて、 、 

だい じ あむ ゲ, たづね くんめい つたへ ミもび ミ ミ や ** さし ふち はんじゅ ジ 

大 師の 在處を 索て、 君命 を 傅ん とて、 伴 當を從 へて、 富 山 を投て ゆく 程に、 途 にて 念 戌に き 

, : : パ i^,!' お ti -〕 き . かひ ぜひな くねん じゅつ もろ ミ fc い な ひら しろ 

し 力 は、 件の 趣 を £5: 知りて, ゆく とも 甲斐な しと 思 ふに ぞ、 只 得 念. K と北ハ 55 に、 ^村の 城へ 



第 九 輯卷之 五十二 六 一九 



南 總里見 八犬傳 . 六! パ I 

まて- っ举 i の 歡びを g さんと て、 ま!^ の 城に 来に ける 折、 A 犬士 はう ち聚 ひて、 君逡に 

よしなりすな はちち ゆだい たいめ モの& や はて ちゆ. たい、 , , » しん, y、> 'た ► お; <j 、 

侍りし かば、 義成 刖 、大を 召よ せて、 對 面し 給 ふ。 せハ禮 果て、 、大 がい ふやう、 臣 僧 多年の 

IT 鼸んを まて、 & 山に 入りて 還ら じと 思へば、 見參は 今日 を涯 りなるべし。 就て 告稟 さまく 思 

V- ^ ,| やま 、- よむ 5 ふせ ひめが み ?^)ら おき もろび ミ をが *4 ひめ に- G:?- や、 、 I 

ふ義 あり。 富 山の 崛に、 伏姬 神の 禿 倉 を 置て、 衆人に 拜せ給 ふ. は、 姬 神の 御 本意に あらす。 

« となれば、 腐« は原是 SaS なる、 驟世 の 化 現 也。 然ば姬 稀を拜 まく 欲する 衆生 は、 富 山の 

^の, i 魁 W に、 に^ はなし。 きを 知る 故に、 ま11|っの勑^|^&、 峯の 背なる、 手 

i セ 動へ i め まつりぬ。 今より して 後 伏姬祌 を、 大 悲の奧 くの 院 として 拜せ たま は r、 利 

^hp"s ぜ仏 2 ふなるべし。 然ば臣 憎 は、 那 崛 を鎖垤 ぎて、 長く 定に 人ら まく 欲す。 とい ひつ 

f こうな りな ミ! 5 みしり も けん じ やうき つ な 

つ 八 犬 士を見 かへ りて、 和 殿 等 も 聞つ らん、 功 成 名 遂て身 返く は、 謙の 上吉 なる 者 也。 何 どて 

ss^l^ に ¥^ 諮りて、 Is してき 逸を樂 まざる や。 いふべき 事 は只是 のみ。 舘 願 く は 今日より 

して、 長く 我 身の i ゲ i るべ し。 とい ひも 訖らす 身 を 起して、 5| りて 庭より 出る と 見えし が、 

. a b よし? り i5 し この ありさま あきれはて ミも そな; U 

として あらすな りけ り。 義成主 も 八犬士 も、 這 光景に、 呆 架て、 俱に其 力 を 見送る の み、 

く よしなり a し くい さき われ ミ や ** ひめ ちょくがく 

又い ふよし もなかり ける。 姑且 して 義成主 は、 梅て 八犬士 等に 語る らく、 曩に我 富 山姬の 5^ 額 

を、 もて 嫩^ にして、 ssew なる nlsH 崛に、 宪食を 匿し は 慰 なりき。 何と なれば、 神 は 形質な 



山へ 赴けば、 明日より して 寺に 留, ぜ なし。 洒家は 這 里に て 祈 縛して、 .a 濱へ 還り てん。 ぉ^^ よ 

つ め ぎょくがん わ さ のら かん W く くし; i** おの (- ぶんし、 f-,* し V 

く勉 袷へ。 4=5ハ四 天の 玉 眼 は、 和 殿 等の 感得せ し、 靈玉を もて 造りし かば、 是 各 分身の、 善 神 

そ うづ ひ ミころ .C れら かねてし もし たて it- や 5 しゃく ち し せ 、ト -.> 

に 相 同じ。 开を瘦 る 地方に は、 洒家豫 表 を 建たり。 ^地 を 穿つ 事 一 丈 二:^ は、 是地枝 十二 ノ: z 

か i> r や きづ じつ さく じっかん かた 5j てん わ. 3 はいぶん ミ 5 ざいなん ぼ-、 

に 象る 也。 塚 を 築く こと 十:^ たるべし。 是十 幹に 象る 也。 四天王の 配分 は、 :^、一 ^西お 北 を 分ち 

な^ひつ しるし つか しろし ひがし やなぎ じし かへ で ふなみ ひのき yc, もち^;き it よし ゆめ みやま 

て、 長 植に寫 たり。 嫁の 表 は、 束に 柳、 西に 枫、 南に 檜、 北に 冬靑を 栽ろ を 好と す。 努な f 

ミ/: さ-. i すべ おの その さ かた いた み ** ぐん ひろ 

そ 。と說 諭せば、 犬. H 等 都て こ. -ろ 得て、 各 其投す 方に 到る に、 安房 は 四 郡に して 廣 からねば、 

ぶミ ひふた ひ Z よ す ふ さき ミころ むら を さ ひゃくし やうら く 二の か ^ > ぢ 

1 兩日 にして、 國の 四隅に 来に けり。 是 より 先に、 地方の 村長 ^客 ^は、 國 守ので 知に より 

いなむら いし . ら ひつ くるま ひ 3 T つ よ すみ ふな こミ 

て、 稻 村より 石の 韓榧 を、 ホ もて 牽 よせ 来て、 四 天の 舁れて 來給ふ を、 俟 こと 四隅 iilE 異ならね 

' . » : おの そのし ろしの き ミころ ほら てんしん わ. 7 しらき づし. Mt いし ひつ ,5, さめ こ ,ゥ づ .f- 

は、 犬士等 各、 其 表 木 ある 地 を 穿せ て、 天神 王 を 素樸の .M 子の 儘に、 石の 植を 飲て、 :: 疋 をお 

ちゆ にい をし へ たが かくて つか きづ たて 、つ t » さみ ビ $ こ. 5 

るに、 、大の 敎に逸 ふこと なし。 恁而塚 を 築き 立 させて、 栽る 樹も、 折から 五月雨の 時候 なれ 

, ふ おの „>» この y な はた いな ひら 2A 

は、 枯 るよ 者な かりけ り。 八犬士 各 這義を 做し 5^ して、 稻 村の 城へ かへ り來 ぬる 程に、 又 念 

じゅつ でし ほふ しら ミも ぶつ vvf く のぼ:? り や i うづ ** て えんめい じ > ち 

戌 は、 徒: 等と 俱に、 佛像 五十 魑を、 鋸 山へ め て、 延命 寺へ かへ り來 にけ り。 是 より 後 

ち a? だい じ たい, ん 二 ひ 44 ラ よし: -4ゥ ねし やむ ねム じゅつ えんめい じ き x?r,>3 

、大 禪師 は、 連り に 退院 を請棄 しし か は、 義 成主已 こと を 得す、 念 戌 を 延命 寺の、 ニ^の 住持 

. > / すな はちせ- 7 しょ たよ は ちゆ だい ベち は- -れ -,' みて おこな ちゆ だい 、;. 4 ふ 

たるべし とて、 則 照甞を 賜りつ、 、 .K に は 別に 坊料を 宛 行 ふべ しと ありし を、 、大は 固 辭て 

t ル九 輯卷之 五十二 六 一七 



南總 m 見 八犬傳 六 一 六 



種佛 五十 軀は、 政 木 大全、 江 田宗盈 等に 下知して、 多く 夫役 を 出さすべき 歟。 と gk"* れ てち、 1^ は 

f ベ ふり いな 9 .0 の />- f かしこ ねんじゅつ ぶ やく にん t ね 

頭を掉 て、 否、 然る 物々 しき 1£;>は要 なし、 郝 へ は 念 戌と、 夫役 十四 五名に て 事足るべし。 種 

、っバ わかき もの らう じん 、-' ゑ はっせい.,' す もの さて この こ W はた ねん 

を梳る は、 小 壯兒を 宜しと す。 老人の 植 たる は、 發生 薄き^ なれば 也。 却這亊 を しなば、 念 

じゅつ たうさん ぢぅぢ お ほせつ け しんそう すみやか ぃミ *4 た 4* は P よしなり ュし 

戍に當 山の、 住持 を 仰 付 させ 給 ひて、 臣 憎に は 速 に、 身の 暇 を 賜るべし。 と 願 ふを義 成;^, う 

ち 聞て、 开は左 も 右 も 異^ 制度 せん。 長 談 に E は阅 たり、 辛 返らん とて 立 給へば、 八 犬士ニ 



家老 は、 伴の 士卒 を 促し 聚 合て、 稻 村の 城へ 俱 しにけ り。 恁而ぉ 司 奉 りて、 四 天を欽 むべき 

しらき づし ぃレ から ひつ ぶつざ. r- く ,で さ こ. がめ いしす ろ" もの ヒ くみ ら お i およそ 

素樸の 厨子と 石の 韓榧、 怫像 五十 艉を 飲む る、 小瓶な ど を、 石 陶の 工匠 等に する に、 約莫 



三十日 許に して、 遣な く 作り出せ しかば、 、大禪 師は念 戊を將 て、 八 犬 士と共 侶に、 許 多の 夫 

やく - ミ や ** いは:. しろ おもむ ちゆ だい ぜんじ つくり;, i て かいけん てんぶ づざ、 フ r,L 

役を從 へつ よ、 富 山の DE 崛に 赴きて、 、大禪 師の作 立て、 開眼し ける 四 天き 像 を 出し まつる に、 

その ぶつざ、 フ く ねんじゅ つすな はちう けミり ようい かめ を さめ くるま の ぶ やく お IV. め、 じ 

其佛像 五十 軀は、 念. K 刖 受 拿て、 准 倫の 瓶に 歛っ i、 ^sfに登し夫役に推させて、 延命 寺へ か 

■ , つぎ ひよ たりい つたり でし ほふし -.; 、も ぶ やく そのく る ま お G ぼぎ り や *4 3 し 

へり 來っ、 Tt- の 日 四 五 個の 徒 15?^ と俱 に、 夫役に 又?: -js- を 推させて、 雜 山を投 ていそぎ けり。 

さろ ほぞ しゅみ て A しんわう もく よ ひ を なが ひつ ,^3 め まづ てく はり ひがしの 

爾 程に 八犬士 は、 須彌の 四 天神 王の 木像 を、 四简 の長概 にう ち 飲て、 先隊 配を定 むる に、 束 

^fc . い C づかぃ ね九 にしの かた • い 0V はいね ひ みな, C のかた い CJ むらい CJ た きたのかた い さかい;:! ャま おの .l- ぶ やく したが 

方 へ は 犬 塚 犬 江、 西方 へ は 犬 川 犬 飼、 ^ 方 へ は 犬 村 犬 田、 北方 へ は 犬阪犬 山、 各 夫役 を從 



へて、 立 別れつ. -路次 をい そぐ に、 、大は 一 人 nSH 崛を 出す、 犬士 等に 告 ていふ やう、 令 3 ^ 鋸 



むかし 4* さし ? M やま ひめが みで A じゅ しんやく ミ. 7!n いわ ぼ.、 のちぶ い て おひび ミ 

又 別 義に候 はす、. 昔 仁 が 富 山に て、 姬 神傳授 の神藥 は、 束 西 和^の 後、 無 異にして、 金瘡兒 

もち ふ ミ しごろ かの やくろ •<> ひさ 、リ ^ ぼく ,ふび や..' 

に 用る こと もなければ、 年 來那藥 籠 を、 祕藏 しぬ るの みなりし に、 咋 n 家僕に、 急病の^|<?ぁり 

しか は、 そ を 救ん と 思 ひつ 气 那藥籠 を 開きて 見る に、 ^は 耗て: もな し。 i に は 幾 Ki 幾千 

にん つき しんやく ミ t せ あ り きんう せ くし 

人に、 用 ひても 竭 ざる 神 藥の、 十餘 年を歴 たりと も、 銷耗 たる は奇 からす や、 是見 袷へ。 とい 

こし つけ やくろ、 フ つで やが ちゆ だい 、r 'な づき しゅく よしなり ねし 

ひつよ も、 腰に 吊た る藥籠 を、 拿 出て 纏て 開き 示せば、 、大 はさ こそと 點 頭て、 祝して 義成主 

f よろこ は たう ごく ぶ い せいかへ しんやく 5 せ 

に稟す やう、 君歡せ 給へ かし。 當國 いよ/、 無 異なる 故に、 死 を 起し 生に 囘す、 神藥耗 てあら 

^ いかに はじめ もミふ * ち ぎゃくらん り や- リ くわん れい こ, -fl つ この ゆ A ふ ぜひめ.;, A 

す 偶り ぬ。 故 何と なれば、 初 は 素 藤の 逆亂 あり、 後に は兩 管 領の攻 伐 あり。 這 故に、 伏姬神 

かねて いね 九 しんべ ゑ かの しんやく さ づけた *♦ てきみ かた すく すな はち h じんしん たす 

豫 より、 犬 江 親兵衞 に、 那神藥 を授給 ひて、 兩 敵の 死 を 救 ひ 給 ひし は、 1- 是 君の 御仁 心 を、 帮 

nr , しか か 八く わ を 5* ほうそうな が ぶ い ひめ^みすな はち のしん やく S りかへ 

助 させ 給 ひしなる べし 。爾 るに 干戈 理 りて、 房總 長く 無 異なる 故に、 姬神 则 那神藥 を、 執復 

た こ W わざ くすり しな び や、 フ じん ぢ み .^-、っぅん f ぶ もろ くにぶ い 

し 給 ひしな らん。 世の常 言に、 藥は 死ざる 病人 を 治し、 神は萵 運の 凡夫 を 護と いへ り。 國無35^; 

にして 非命の 者な く、 蒲圑 の..; i にて 病臥 者に、 姬 神何ぞ 佻々 しく、 神藥く を授給 はんや。 是に. E 一 

めで さが しゅく か らラ .^-fc せんざい ミ なへ その 々、> よし 一 

てこれ を 観れば、 愛た き 祥に候 ひき。 と 祝せば 犬 士等ニ 家老 も、 俱に 千歳 をぞ唱 ける。 常下義 

なりし ゆく ねん しゃ こたへ た , もミ はく ミく もし ぜんじ じつ さい は ひ はな は:: 

成 蹴 然と 謝して 答 給 ふやう、 我 身 素より 簿德 なれ ども、 惝禪師 のい ふ 如くならば、 實に 幸 甚 

?て しゅみ てん づか すな はち. せんじ せんだつ モラ;. つ のぼ! y り や i .yt 

し。 却 須彌の 四 天 爆 は、 刖 禪師 先達 たるべく、 八犬士 を總轄 にせん 。又 雜 山へ 梳 ろと いふ、 

第 九 輯卷之 五十二 六 一 五 



南 總里見 八犬傳 li II 六 一 四 i 

いね さかいね づか 5^ さな ゆ ゑ W も をん なよ そ ほひ しのけ の 5^- なご 

犬 阪犬嚴 は、 幼: W き 時より 故 ありて、 俱に 女.、 装して、、 名 も 亦 信 乃 毛 野なん ど、 女子に 似た る 

や、,' ちラ いん かつい ねづ か. .. ゆ ひな づけ ミめ いねむら ひなぎ ね けんさい 

は、 亦是陽 中の 陰 也。 且犬^ は濱路 とい., ふ、. 結髪の 少女 あり、 又 犬 村 は、 雛 衣と いふ 賢妻 あり。 

す^-はち ゃラ ひ ミリた- » よし しか はお * ち ひなぎ;? またい ねん は. S ねゐ りゃう ぜんしん れつ -,? - なご 

則 是、 陽は獨 立ざる の義 也。 爾 るに 濱路雛 衣、 及 が 母沼藺 は、 皆是良 善心 烈の 婦人なる 

ひ めい かの み く ははう ひなし ひ たミへ さう もく はなさき まさ 

に、 非命に 那身を 殺せし は、 栗 報. 虔 きに 似 たれ ども、 こも 亦 故 あり。 譬ば 草木の 花 開て、 將に 

A ひす tt かならず ま づぁ だはな この めだ はな のち なり はな か t くだん Aii りの, で な/. > いね 

.實 を 結 まくす る 時に、 必 先虔花 あり,。 這虚花 ありて、. 後に 實花 あり。 恁れば 件の 三 婦人 は、 犬 

づ かいね むらら あだ はな しんれ つてい じつ ざい のこ なほや へ T ぶ き ふ 

塚 犬 村 等が 爲に虐 花 なれ ど. も、 其心烈 貞實 なろ、 名 を 千載の 後に 貽 さば、 猶千 葉荼蘼 花の 實な 

しゃ 5 くわん この あだ はなち, ジ はま V- ひめ ひなぎ ひめ なり: aK , 

くして、 花 を 賞玩 せらる よ 如し。 旣に 這虚花 散て、 濱 路姬、 鄙 木 姬の實 花 あり。 こ.^ に 至り 

み た *t つか むら こうな りな ミ 6 ミも やた, リ ひめ 

て實を 結びて、.. 子孫 繁昌すべき 者 也。 又 只 嫁 村の みならす、 八 犬士功 成名遂 て、 俱に八 個の 小 

うへ おの., \ め W り い .< や、 1 はいぐう そな は こ. -ii おいて かじゅん や- ゥ ぼたん ts- 3 — いん 

姐 を、 各 娶 まつる に 及びて、 陰陽 配偶 備れ り。 於 是乎純 陽た る、 牡丹の 花の 痣子耗 て、 阴 

^象, 對の義 を 表したり。 誠 や 因果 も 盡る時 あり。 無 漏より 出て に り、 有 漏より 出て 無 漏 

せ うらう だ、 • じょう せう さう らラ れい ほざけ これ しへ おの ,c、.^t^ が ^ 

に 入る、 小中大 の三乘 は、 人に 少壯老 の三齡 あるが 如し。 佛是を もて 敎 とす。 各 疑 ひ 給 ふな。 

べんぜつ V てみ き ひら ミ きさ ミ よしなり ねし はじめ か ら ラ ミ. 力.^ 

と 辯 vf:i 水の 流る.^ 如く、 天機 を發 きて 解 論せば、 義成 中; を 首に て、 八 犬 士ニ 家老 も、 俱に感 

たん あ^ >ん め 5 なり た- -へ しはらく いねえ しんべ ゑ ちゆ だい ぜんじ 、 > 1 

嘆の I 降 を 合して、 立 妙 也と ぞ稱 ける。 姑且 して 犬 江 親兵衞 は、 、大禪 師に向 ひてい ふやう、 玉 

もんじ うせ つき ty》 くし m し- -'Sri たたん こミ おく 

の 文字の 耗, たるに 就て、 又 一 奇異 候へ ども、 衆議 多端な りければ、 言 後れて 今に 及べり。 そ は 



ちぎょく すな はち じ や 、ゥ ち なま-のし. リ 

智 玉なる も、 知らざる を 知らす とす、 是 则 上 知:: 也。 :^^^ は 知らざる こと も、 知らす とい ふ 

ほぢ しひ おくせつ な もの わら ひ ぜんじ レみレ, ご, C く 

を 恥と して、 ^て 臆說を 做す 故に、 ^ 鹰 になる こと 多 かり。 1: 師 は只是 神識 也、 何ぞ 一 言 一 句 

を惜 みて、 我の みならす 世の 人の、 疑 ひ を 解ざる や。 と徴 に、. K は 阿と 應て、 姑 c| して 答る や 

お ほせ まこ ミ こ ザ * わ .5* の やつぶ さ しゅっしんし ゆ つせ ,"なしん そラ い , 

う、 仰 に理 り^。 那八 房の 犬の 死 も、 又 八 犬 士の出 身 出 世 も、 皆臣份 より 出し 來 たれば、 

くだん いんび €r かならず ゅづ さる そ r ろ いなみ め やまて い t しんそ- フ y r 

件の 隱微を 解ん 事、 必 人に 讓る ベ か らす。 然を漫 に 椎辭し は、 愆 りく。 今 KHM が 一 解 

ふせ ひめが み ォ どし へ しづか ?二 めし しゃ すな はち ミき ちゆ だいかって はん ざラ もん 

は、 伏姬祌 の敎に 俊れ り。 徐 に^し 食ね かし。 と 謝して 刖 解て いふ やう、 、大 本草 を按す 

るに、 牡丹 は辦 なし、 這 故に i;^ 根より 幾 生す。 因て 名け て^ 丹と いふつ: ^だに. S りて 之 を 見れば、 

ぼ たん みな, y ぎ じゅんや 5 やつぶ さ た QA- はぐくま ,y い Q 

牡丹 は皆粹 のみに して 純 陽 の 花 也。 又 八 房の 犬 は、 :i=i (母 犬 死して、 兒に乳 育れ たる 牡狗 にて、 

しゃう がいつ ゐ めい i! え リ ゆん や、 r- ちくしゃ ラ かの ふ ぶ ち 5- たち ぼ たん 

生涯 對 すべき 牝狗を 得す、 是も亦 純 陽の 畜生 也。 こょをもて那身の雜\^^、形狀牡^.、の花に似て、 

やつ やつ すな? * ちいん すう , ではり や, r ちう いん いんす 5 , ではり お の 

其 数 八 あり。 八 は 則 陰 数の 終に て、 陽 巾の 陰 也。 十 は 一 に 通 ふ 故に、 陰數の 終と せす 。老侯 

這 犬 を 八 房と 名け 給 ひし は、 後 竞に八 犬. H 等、 安房に ま ゐり聚 ふべき 讖 也。 又 八犬士 は、 钇 

4* の しゅくいん お ふせ ひめ、.' へ はら か ら およそ この やたり 

其 父母 ありと いへ ども、 那宿因 を 推す 時 は、 伏姬 上の 御子に て、 胞兄 15; に 同じ。 約 英這八 個の 

はら^-ら なんし じゅんや. r- . かつおの 》\ み め y たち ぼ たん かの やつぶ 5 

兄弟 は、 皆 子 なれば 純 陽な り。 且 5$: 身に 在る 所の iiil 子、 形狀 社?; の 花に 似た る は、 那八房 

あやか ものから はらから じゅんやう よし あら は T ひミ りた.. ず い 力 ひ ミリ ゆかず 

に頻る 兀自、 亦:: 疋弟兄 純 11 の義を 表せし 也。 しかれ ども、 陽 は 獨 不立、 陰 は獨不 行、 この 故に 



南 總&: 八 犬;^ 六 一二 . 

たん 、し-しへこのぉほ,^1 くに え, C ぎてんり やく ぼっかい こく しゃ、 はく はじめ のせ 

のみに あらす。 牡丹. は 上古 這 大皇國 になし。 延喜天 曆の比 也 けん、 渤海國 の 商船、 創て 載て 來 

X .1- ん hz^p ラ ぼっかい か じ しゅ W くて い ぼ たん 

にければ、 ^丹の 和名 を ふかみぐ さとい ふ。 ふかみ は渤 海の 假字 也。 崇德 帝の 御 時より 牡丹の 

つ; i た V くがん W うなん,, 'ん だん ミころ ふさ は その かみみ こミ のり 

歌 あり。 且 牡丹 は、 極寒の 地に 《几し からす。 束 南?. r おの 地方に、 相應 しと^え しかば、 常時 詔 

さ 、, さつ *6 あは う ゑ のちし よ?.^ * わけね くに, i\ 

して、 其 根 を 紀伊薩 摩 安房へ 械 させ 給へ り。 是 よりの 後處々 に 分 根して、 今 は 諸國に 多く あり。 

31, お i やかに これら こ じ お? A しめしめ は やつぶ さ いでき h れゎか おんせつ うけた ♦* は 

然ば にや、 ぁ舘是 等の 故事に 思 召 合させて、 八 房の 名 は 出來し 也。 我少 かりし 時、 御說 を、 承 

さ な *4 ぶ. < じん こ ふ.^ きょし なまじ ひ さかし ら やつぶ さ 

りて 是を 知れり。 然る を^の 生 文人 は、 這深義 ある を 知らねば、 に ^2; して、 八 房 を 改め 

て、 Mi にきる も ある は、 老 館の 御 本 にあら す。 开は左 まれ 右 も あれ、 那八 房の 犬の 雜 毛の、 

かこち M た これい か いん 九ん かつい ましら や たり あ ざ れ .C やか 

狀^ „ ^の 花に 似た る は、 是甚麼 なる 因 綠ぞ。 且汝等 八 人の 痣 子 は、 他に 顔り たり とても, ヌ 

X CI いならず そのよし この ,か ミは たね ミも う ちあん 

皆 牡丹の 花に 似た る は、 必 其. E あるな らん。 這義を 解きね、 まく ほし。 と 問れ て胤智 沈吟 じ 

ちゃうう ナ わくら ふ よ- -' い かんがへ たミ ひち ミ かう しょ、 フ 

て、 御 fii 承 り 候へ ども、 其義は 臣^ 不用意に て、 いまだ 考候 はす。 縱 些 の考設 ありと も、 

事皆ほ等義兄^の、 身に§^9たる隱微に侍れば、 ざる こと を 得ざる 也。、 大, 禪師は 悟^の 後、 

,っ.;- がよ くし もの つぐ たちさ ころ はつめい た 

疑 しき;5;5,ぁれば、 神物ぁりて^^!:るが如く、 立地に 發 明す、 とい はれし こと も 候へば、 質し 給 

. ふん 'ラ ち :©に い おし ミ *5 いね さか そ r ろつ) ミ f わ タの せいち なり 

は r 分明な らん。 とい ふ を、 大 は推禁 めて、 犬 阪漫語 をな 离 しそ。 和 殿 は是生 §H 也、 何等の 知 

われら ゆ r- いなり よしなりね し, { ぜんじ しもつ け 

らざる こと あらん。 洒 家に 譲る ことか は。 と排辭 を義成 中:^ あへ す、 さない ひそ 祠師。 下野. 力 



なる を 知ろ 巾 あらん。 這兩箇 の照据 ある を もて、 常 舘に徵 使れ て、 功名 共に 做し 得て 後に、 

ち ざ な く は このく しこ ミ ^ao, >v A ざ 

玉の 文字 も 身の 痣 子 も、 あらす 做り しは是 * 也。 這奇 事の 終な くば、 玉に疵 あり、 人に 痣 子 あ 

V く せいはく .*《こミ ぶつ ほふむ り や •> M-r べん 九ん G ぎ やう じャ ふせ ひめ^み り やく か f<p せ、 ひに 

り、 無垢 淸白 とすべ からす。 誠に 佛法 無量の 方便、 役 行 者と 伏. 败 神の、 利益 鰍 造化の 小兒の 

所 爲歟、 思議す ベから す 候。 と 甲 一句 こ 一 句、 迭に 語を續 ぎ、 お^ を? g て、 各 H.i を 拿 出つ i、 

まもりぶ くろ のせ ミも ちゆ だい かへ その ミき よしなり ねし >ん せん t こ w 

護身 錢に うち 載て、 俱に、 大に 返しけ り。 當下義 成 中; 忻 然と、 犬士 や:^ にう ち. M ひて、 現に 物に 

ほんまつ わざ しラし - われけ ふ この ぼ たんてい い i しら いたち ぼ た 人 

本末 あり、 事に 終始 あり。 我 今日 這 牡丹 亭に來 て、 汝等. か 身に 在る 所の、 形狀^ 丹に 似たり 

あ S きえうせ まさか その あざち り かんお、 r- つい われ このぐ J し 

し』 iS 子の、 皆銷耗 しも 正 可に 知りぬ。 其 痣 散て 這 花 あり、 こも 感應 とい ひつべし。 就て 我 道 年 

,ろ ひそか いね さかし もっけ ちぎょく かならず た.:? ミも 

來、 悄 地に 疑 ひ 忍 ふよし あり。 犬阪 下野 は智玉 なれば、 必 や 知る £ あらん。 とい はれて 胤智 

ねか, き ミへ よしなりね しほ t る .i み され い t しら やたり あ ざ かた 

額を衝 て、 开は 何事に 候。 と 問ば 義 成虫 含 笑て、 然ば とよ、 汝等 八箇の 身に 在りし 想 子の、 形 

狀 牡丹の 花に 似た る は、 原是八 房の 犬の、 毛色に 類り たるなる べし。 那犬 は、 白き に it 〔き雜 毛 

や つ かたち ぼ たん そのをりゎがぉほゃ^*た なづ やつぶ さ よびな 

八箇 ありて、 形狀 牡丹の 花に 似 たれば、 常時 我老舘 の、 是に 名け て、 八 房の 犬と 喚 做し 給へ り。 

是 を八總 とい はす, して、 八 房と 寫せ給 ひし も、 亦是 所以 あり。 房 も總も 和名 ふさ 也。 蓥 あは 並 

屋也。 こ M を もて、 婦人の 乳 を 乳房と いふ、 其 兩箇相 並びて、 總の垂 たるに 似 たれば 也。 又^ 

幾を密 房と いふ、 こも 亦垂 たる 總に 似たり。 こ-を もて、 和訓 總と 房と 通用す。 担 這 字義 ある 

第 九 輯卷之 五十二 六 一一 



I 南 總里見 八犬傳 六 一 〇 

い ぎ もりた かたね ミも まさしら た *t いまし ふ け、 つゆ つき 

して、 異議す る者ぞ なかり ける。 开が 中に、 戌 孝 胤智仁 等が いふ やう、 目今 師父の 敎靝に 就て、 

わくら かん ミく くし; it つね ま も ひぶく ろ ^?-さ つき ついたち じふ ごにち-ご ミ 

思 ひ 合する 事 こそ 候へ。 臣 等が 感得の 靈玉 は、 生1^1«に護身鍵に藏めたるを、月の 朔望 毎に、 

ミり いに はい きの ふ いつも いだ をが いつ もんじ 、_ 'せ 

拿 出して 拜 する のみ。 然るに 咋日も 例の 如く、 出して 拜 ままく する に、 幾の 程に か 文字 は耗 て、 

i しらたま そ わくら & たり このぎ じ よ にラ せつ だいがく 

故の 白玉に 做り にけ り。 开は臣 等 三人の 玉の みならす、 這 義を自 餘の犬 士に問 ふに、 道 節大學 

さう すけ ゆん ぶんご ら >V3 しらた な 、 つぐ ゆん す t た *t た ** 

莊介^ 八、 豐後 等が 藏め たる も、 皆 白玉に 做り ぬと いへ り。 と 告れば 現 八找み 出て、 又 只 玉の 

も じ わくら やたり あ ざ かたち ぼ 仁ん りんごく わ ぼく 

文字の みならす、 臣等八 人が 身に 在る 痣 子の、 形狀 牡丹の 花に 似た る も、 隣圜 和睦の 比より し 

その あ ざ ミし, 5.- な t-e このつ き き 九、 _ 'せ ぁミ され ぎき や、 7 だい 

て、 其 痣 子年々 に 薄く 做る 隨に、 本 月に 至りて は、 皆銷耗 て、 迹 なく 做り ぬ。 然 ども、 義兄弟 

ら あざ あるひ かた ほね もる ひ わき はら そ びら る さら ひも t ひぢ めろ ゆ ゑ sa かく 

等が 痣 子 は、 或は 胛 或は 肋 背臂、 股 肘な どに 在 故に、 衣に 隱れて 人に 知られす、 其、 身に 

わくら あ ざ めんぶ か み てら 

も 見えざる が あれ ども。 臣 等が 痣 子 は 面部に あれ は、 人 はさら 也 鏡 を 照せば、 みづ から 見る に 

ご らん かた ほ よしなり ねし ちゆ だいし てい なほ も!/ * さ だず み ミ A 

かたから す、 是御 覽ぜょ C と 片頰を 示せば、 義成主 も、 大師 弟 も、 直元貞 住に 至る まで、 左 見 

かう A €6 ゆ いね かひ めんぶ も ざ ちかごろ、,' す な ,ん うせ 

右見つ.. 倶に いふ やう、 現に 犬 飼の 面部の 痣 子 は、 近 曾簿く 做り しかば、 旣 にして 銷耗 しに、 心 

じ よ かく くレ たへ た も さの り よし 

つきな く 候 ひき。 自餘の 諸 犬 も恁、 ぞ あるべき。 奇く 妙なる ことに こそ。 といへば 忠與禮 儀、 義 

た, ふやす より ひざ す.. こミ ひミ しく いん わ いん はじめな り くわ 4- はり われ. (- 

任 悌順 も 膝を找 めて、 言語 齊ー 答る やう、 事と 物に は 因果 あり。 因は始 也、 架 は 終な り、 我們 

もんじ み J3 すな はち もし あ 3 ふせ ひめう へ お A こ 

が 玉の 文字と 身に 在る 痣 子 は、 則 是因 也。 倘 この 玉と 痣 子な くば、 何 を もて 伏姬 上の、 御子 



したり 。今按 する に、 莲は其 字、 艸に從 ひ 审に從 ひ \ 逸に 從ふ。 輪囘 は^の 囘 るが 如し。 是 

じんしん ぜんせい せ く おん- 0" ん お.:' はう ,-v.o! まさ つく さが おの しょ? ラ くし fc44 じんぎ 

の、 仁心 善政の 積德 にて、 恩 怨應^ の 輪囘、 正に 盡 るの 兆なる べし。 义各々 所 藏の靈 玉 は、. 仁義 八 

V5 ,みじん また じ ベら --Ay たづく ら うし いは はろ 

行の 文字 ありと い へ ども、 君 仁に して HH も 亦 仁なら ば、 別に 仁義 八 行と 名る秆 なし、 老子に 所 云、 

いだう t た じんぎ おこ いは ゆろ にいに う し じんし ぜんな り ひミし じんし ザん ふ じん ふ ザん なづ 

大道 廢れて 仁義 起る とは是 也。 所云大過は至仁至善也。人至仁}^^-善なれば、不仁不善と名くべ き 

だい, た. 「すた ふ じんしゃ こ, - において.? t すいじん じん v> れ、, ち かうて いち. 1 し 八 かラ たて 

者な し。 大道 廢れ て、 不仁^ あり、 惡人 あり。 於是 乎、 聖人 仁義 禮 1= 孝佛 忠信の 八 行 を 立て、 もて 人 

, でしへ いまし わ さ のら で J も そく もじ あ -i 'は くしに t みや- じょ 

に敎、 人 を 警めたり。 和 殿 等 八 犬 は、^ に 八 行 具足の 人 也、 何、 ぞ其 文字の 见れ たる 議 玉の、 其 助 を 

たの * たミ ひその た M おの (- やたり しゃう がい ひめ^, C み .r て た r い 44 へ 

のみ 負ん や。 縱其玉 あらす とも、 各 八 人の 一 生涯 は、 姬祌^ 棄給 ふべ からす。 目今 玉 を 我に 返し 

ぎょく,!? I ん いにしへ のよ ひミ りゃうし やう ゆうしん すぐ よたり えらみ これ しゅふ 

ね、 もて 四 天の 玉 眼に せん。 十11 俗、 良 將の勇 l£H の、 殊に 勝れた る を 四人擇 て、 是を須 彌の四 天に 

な. f ら てん わ-,' しょ 5 いは ゆ. OA な も 1=»ょ りみ つ あそん じう じ ゑ ふ ゆ. フし わたな ベの つな? かたの 

擬 へて、 もて 四天王と 稱 する^ 尠 からす。 所 云、 源 頼 光朝 に從 事せ る衞 麻の 士、 渡 1^ 綱、 阪田 

き んミき うらべの すゑた け 5 す ひの さに みつ このた みなも ミ のよ しつね ねし かめ. かた^^-か い せ す. が よし さ だ も そん ゆうしん くり 

公 時、 ト部 季武、 碓氷 貞光是 也。 這 他 源 義經 主の 勇臣、 飽井 片鬧、 伊勢 駿河、 義貞朝 HH の ,K 臣、 栗 

ふ しの づか はた わたり ころ か. へ あぐ ぃミ さ た..' やかた かの てん わう はい 

生 篠塚畑 直 利、 皆是 人の 知る 所、 枚舉 るに 暇 あらす。 然る を 常. は、 那 四天王に 一 倍せ る、 八犬士 

の賢臣 あ. s^o 這 八 犬 を 四箇に 約め て、 四 天の 八 目と 做す 時 は、 八 犬に して 四 天 也。 天 は 一 に從 ひ、 

大に從 ふ。 四 天に して 八 犬^。 犬 は 大に從 ひ 、 に從 ふ。 八犬變 じて、 四 天と 做り て、 永久 常 家の^ 

じゅ そら べんろん せいさい よしなり わし はじめ しょけん か らう かんぷく 

守たら ば、 抑 亦よ からす やとい ふ、 竊論 精細な りければ、 義成 を 首に て、 諸 犬 二 家老 感服 

m 九 m ^ 之, 五十一 一 



南總1見八犬^^ • • 六 o 八 

かんた なほ b ミ さ だ H- み ?0 も きい な f ねんじゅつ グ 《 その-. i きょしな り 

感嘆せ ざるべき。 痕元 も负住 も、 倶に 奇異の 思 ひ を 做して、 數珠を 念 戊に 返しけ り。 常 下義成 

ねし ちゆ だい なう tfA じ つき ,„: ん かふ .» は 

主 は、 又、 大に うち 向 ひて、 喃 禪師、 這義に 就て 八犬士 に、 何等の 商量 ある やらん。 と 問れ て 

ちゆ だい こたへ いな べつぎ ふせ ひめ-.' へ おんかた み のす ゐ しゃ、 r- r r えんの y ャ う じャ 

、犬 は 答て いふ やう、 否、 別 議には 候 はす、 伏姬 上の 御紀 なる、 那 水晶の 數珠 はし も、 役 行 * 

の靈物 なれば、 愁 に 後に 至りて、 凡 僭の 手に 落す ベから す。 這 故に 那數珠 kn 顆の玉 を もて、 

い ぶつ さ-,' ぎょくがん ずミり や つ しゅみ てん ぎょく か 八 

五十 體の佛 像の、 玉 吸に 仕りぬ。 其 算識の 八 箇の玉 を、 犬士に i, 乙 ふて 須彌の 四 天の 玉 眼に せま 

ほり かいゆ 八つ ひ ぐ そく しんそう またし ゆく わん くだん しゅみ てんしん わう た-.' ごく 6 は よすみ .7 づ 

く 欲す。 開眼 遂に 具足せば、 臣 憎又裙 願 あり。 件の 須彌の 四 天神 王 を、 當國 安房の 四隅に n 

ぃミ かしこ へいあん.? や、 フ しゃう ぐん づか な もら じつ す ゆろ た、 つけ 

めて、 最も 畏き; 牛 安 京なる、 將軍 塚に 擬へ なば、 十 世の 季 まで 動ぎ なき、 當家 御子 孫の 爲に、 

しゅ,. 二 しん こ ぶつ ぼ 3 ク り!? -.7 ぶ <: たう こく のぼぎ り や ** あん さく 

守護神に 做る ベ し。 又 二十 五の 古佛、 二十 五の 菩薩 は、 御 封. 2: 當國 なる、 鋸 山 に 安 措して、 

だ. 3 つく そ ま S わか くだん やま 、ひづ これ ほミ け;. I ね 、つう よし なり しんそ、 つか つての ぼぎ り や .* ? 7 

堂を造らす^^<か儘に、 分ち て 件の 山に めん。 是佛 種を藝 るの 義也。 HH 份 嘗. 凝 山 を 相す るに、 

正に 是房總 餘ー潘 の佛地 也。 今 かくの 如く 做す 時 は、 二三 百年の 後に 至りて、 我 ii めた る 種怫、 

たい £5 い いし ぼ ミけ たて くだ 人 おく もの いまだし このしゅ くぐわん 

五十體に十倍せる、五^::の石佛を造り立て、件の山に措^|^ぁらん歟、未知るべ からね ども、 這-: 願 

すみやか ぃミ ** た ** は ミ はり ま; i このぎ やかた けん 

を果 しなば、 速に 身の 暇 を 賜りて、 富 山に 入りて 終 を 俟ん。 這 義は舘 に、 禀 上る のみに あらす、 犬 

し たち き- -t; 一き ねんす もりく せ ,r ? おの {- しょさ. > くした かへ われ このし sec ん 

士達も 間 給へ。 北 尸 小水 施 餓饑の 折、 各 所 藏の靈 玉 を、 我に 返さん とい ひし かど、 我 這- M 願 ある 

かふ み.? -そ しか そのみ. ^-そ へん きん れんき <: くわ ^^At せう め 

故に、 代る に雍 ffil の 玉 を もてせ り。 爾 るに; 龍の 玉 は、 變 じて 金 蓮 金 花と 做り て、 散亂 して m:^ 



WT r れん yr- さみん およそ このさいく ミ しっき や t らくせい て. こく 

て 数珠 一 聯を刻 得たり。 約莫這 細工 を 歳月 十餘 年に して、 稍 落成 仕りぬ。 是を常 寺に て彤 刻せ 

じ ない なほ. くき ほふし じ 0- くめつ. らく しへ おも り たつ ミ 

ざる は、 寺 S も 尙俗氣 あり。 今の 法師 は、 寂滅 爲樂の 敎を思 はで、 富 贵利達 を 願へば 也。 又 富 

や ♦* み むろ ま .1 づ き こり しんそう 4* いてき ざみ な おつ iv3 

山の 神 崛に詣 る^も、 樵 夫 も HH 傲 を 見る こと を 得す。 況 刻 做した る、 佛像 ある を 知らざる は、 

くもき りたち こめ ぼんがんけ が みれ こ ぶっしょ 

雪 霧 起 能た るに あらす、 =!=^<々の凡服汚穢れて、 視 ども 兒る こと を 得ざる 也。 旣 にして 十 2 怫諸 

ぼ さつ たい ゲ いげん てんしん わ i かい ん つき 

菩薩 五十 體は、 開眼し まつりし かど も、 四 天神 王 は、 いまだ 開眼 を 得す。 這 義に 就て 八 犬士等 

に、 商 t すべく 思 ひたりし に、 いまだ 其義に 及す して、 舘に 問れ まつりし かば、 憶す 多 3! 仕り 

ぶつざ- フ なほみ ひろ JV- ザ じふ もつ ねんじゅつ さら i^ya. お ぼ 

ぬ。 佛像は 尙神崛 に 有り、 數 珠は當 寺の 什物に せまく 思 ひて、 念 戊に 取せ 侍りき。 疑 しく 

しめ み そ はは ねんじ S つ ずず はこ ず V- f 

召さば、 御覽に 入れん 蠻 せ。 とい ふ を 念 戌 こ. -ろ 得て、 身 を 起しつ. - 數珠报 より、 數珠を 拿 

で ふた のせ よしなり ねし ら い か っミま A ち よしなり 

出つ 蓋に 載て、 義成 主に 見せ まゐら する に、 いまだ 手に 拿す して、 異香 一室に 満 しかば、 義成 

主 は 妙に 奇 しき、 お 言 を听 くの みならす、 數 珠の異 香に 驚き 感じて、 や をら 手に 拿う ち 戴きて、 

f..l はべ ま さの り だいがくい ♦* し せきねん べんろん ぜんじ 

後方に 侍りし 禮债を 見 かへ りて、 やよ 大擧汝 が 昔年の 辯 論 も、 當ら ざるに あらね ども、 禪師の 

ぢきゎ ねんごろ *ヒ く わたた t ザ ザ さの. けいた r 

直話 は叮 寧に て、 いよ.^ 疑 ひ を 解に 足れり。 是見 よかし。 と 渡し 給 ふ、 數珠を 禮儀受 戴きて、 

ちゃ、 f ぜんじ a ラ まく じん づ、 つじ ミく め、 7 んラ この!^ ず する せ ir.- ねん わくら かに かく す lO り 9-、7 

御 の 如く 禪師の 道德、 神 通 自得の 妙 要は、 這數珠 にても 猜 せらる。 昔年 臣 等が 云云と、 推量 

おろか うら はづか こたへ やが くだん ず ザ わた たれ 

せし は 疎に て、 心裡 恥し く 候。 と 答て 纏て 件の 数珠 を、 自餘 の犬士 に遞與 して 見 すれば、 敦か 

第 九 輯卷之 五十 n 



南 總里見 八 犬^ 六 〇 六 I — 

ぃミ かたち ね せいかへ がんき よす. いん しゅ しんせん な た V- し 

を 厭 ひ 山に 入りて、 遂に 形 を 煉り性 を 易て、 DgH 居 水飮、 修し得て神仙に做る^!^に似たり。 沮 神 

せん ほミけ の ふ ほふ じゅつ ひり や、 フ ほミけ た へ きんせん ミ 

仙の みならす、 佛も亦 雲に 駕り波 を 踏む、 法 術 無量なる を もて、 佛を稱 て 金 仙と す。 开は左 ま 

かく しんそう しゅつぼつ うたが は たち, どころ つ:. よぶ V- き 

れ右も あれ、 臣佾 出沒自 m を 得しより、 疑 しき こと あれば、 立地に 悟り、 人 召 時 は 遠き も 閒 

ね A じゅつ こ なら かね S やま わがみ, * たミへ からく に 

ゆ。 こ >M を もて 念 戌が、 請 ふこと ありて 鳴す は、 富 山に ありても、 我 耳に 入れり。 譬ば街 山、 

ろ そ、 しし しいか ラ いで ** ちわ び すな はち か.. ご たちいで のぞ ふ 

魯の 曾參が 至孝なる、 出て 日 募る. -ま でか へらざる 時、 お 母 俟不樂 て、 则 門に 立 出て、 望て 

ゆび かむ ミき そ、, 'し ひねた ちまち いたみ まつこ ミ , 'けだし ねんじゅつ 

指 を噬時 は、 せ 子の 胸忽地 痛て、 母の 待 事 を 知る 故に、 いそぎて かへ り來 ぬるが 如し C 蓥念戌 

らラ じつ つか ま 一 ごころ なら かね いうめ い / かふ ほミけ 

が老實 なる、 師に仕 ふるの 誠心 もて、 うち 嗚す紙 なれば、 幽冥に 通す るなる べし C ^に 神佛を 

、の りゃく し せいしん ,5-." 4* こミ かなら かみ のか ねんじゅつ なら 

^る 者に、 利 盆 は 其 人の 至誠 深 信に 在り。 誠 は 必 神の 如し、 那鉦念 戌が 鳴す にあら ざれば、 

その t こ しか いね ぶんめい この しらはま な み 

遠く 我 耳に 入る ことなし。 是其誠 を 知るべき のみ。 爾 るに 往る 文明 十六 年の 冬、 這白濱 に波簿 

うちよせ くし ♦* ろき そのき めぐり ひ- ヒか *» へ はかり ながさ ぢゃ v さく かう き 

の 打 寄け る 異圓材 あり。 其 材の周 ぼ 十 圍許、 長 は 一 丈 五六 2< な るべ し。 其色黑 くして 香氣ぁ 

いさ {i- け づりミ り たきこ- « ろみ 5 たが ぢ八 しんそ 5 すな はち こ びき お ほせ その き ?ら 

り。 聊 削 拿て 燒 試 るに、 疑 ひもな き 沈な り。 臣憎 則 木 匠に 課て 其材を 研せ て、 分ち て 五 

ざ い •.ip'** いはむ ろ * でさ . しん モラい ミ ♦* 

十五お とす。 是を富 山の 崛に藏 めたり。 しかれ ども 人是を 知らす。 是 よりの 後、 臣僭暇 ある 

へ、 ん ミ やま む. いた あさゆ ふ ひめが ふ お ほんた め ぎ 7 ひろ すな はち そのき き Vv ふ 

锦に、 飄々 然として、 富 山の 崛に 造りて、 ロー 夕は姬 神の 奉爲に 讀經し 奉り、 晝は 則 其 材を刻 

し isxs てんしん わ 5 たてまつ ぼ さつ こ ぶゥ つく よ ざい 

て、 須彌の 四 天 祌王を 作り 奉 り、 又 二十: れの 菩薩と、 二十 五の 古 佛を爲 り 奉り、 其 餘材を も 



せ 給へ かし。 と 亦 他事 もな く請稟 せば、 義成 ii つ i 沈吟 じて、 其 情 願 は 今に 創めす、 1^ 師常 

さん じゅ るん ころ お ほや かた さミ した ま ミ !i せ ちぎ •、? われ ミ しごろ たが ひ 

山に 入院の 比、 老舘の 諭 給 ひて、 .r^^と契り給ひしを、 今 さら 禁め がた けれども、 我 來 疑 

おも よし ぜんじ ぃミ *♦ こちえん ねんじゅから しょん 5 

思 ふ. H あり。 禪師は 身の 暇 ある 毎に、 忽焉 として 寺に 居らす。 留守す る 念 戌 等が 所要 ありて、 

こ は ほり ほん. ん かね なら ザん じ こち ねん 

急に 請 まく 欲する 時 は、 本尊 をう ち 念じて、 連り に 鉦 をう ち 鳴せば、 禪師は 亦 忽然と、 寺に か 

あろ ひ to や 4* かの いは ひろ ぜんじ きで > よじ こ ゑ も る 

へり 來 ぬるに あらす や。 或は 又 富 山に 入る^、 那 nS 崛に、 禪師 の經を 讀聲 SE え、 乂 ^一時 は、 

、ひが のみ お W かたち われ そのう はさ ,く や- 

木 を 穿つ、 鑿の 音す る 日も是 あり。 しかれ ど^ H 、形體 を 見す。 我 其 蟫を閱 こと、 稍久, ^くな り 

ぬれ ども、 よき 折なければ 問 ざり き。 この こと ある 歟、 いかに ぞ や。 と 問れ て、 大は 驚く 色な 

さ なり ♦* づ はじめ まラ しあ ±> しんそう しゅく はつに ふに、 r せ しゅ もてなし < へて くわしい 

く、 然也、 且始 より 稟 上ん。 臣 憎祝髮 入道せ しょり、 施主の 欽待 にあら ざれば、 敢 火食せ す、 

あ., もの このみ もくじき の ひ ふせ ひめが ふ おん ぼ だい t ラけ はんじゃう 

日毎に 蔬菜 架 子 を 生 食して、 只 水を飮 のみ。 願 ふ 所 は伏姬 神の 御 菩提と、 常 家の 御子 孫繁 an を、 

いの かんに. < たう じ は うぢ や、 フ ミ やよ いは ひろ およ々 

祈る こと 閒斷 なし。 この 故に、 身は當 寺の 方丈に 在り、 心 は 富 山の nm 崛に 在り。 約莫 かくの 如 

くにして、 喜 怒 哀樂の 境 を 免れ、 榮枯 得失、 好 憎 褒^に 掛 念せ ざれば、 我 身の 有 を 忘る i ゆ あ 

ほり ミころ こ ちんん ゆか か へら ほり 

り こよ を もて、 ゆか まく 欲する 地方 あれば、 忽焉 として 適ざる ことなく、 遠 まく 欲すれば、 

こちん ん さ あしち ふ の しゅつぼつ 

忽焉 として か へらざる ことなし。 然れぱ とて、 脚 地 を 踏ます、 雪に 駕る にあら ざれ ども、 出沒 

思 ひの 隨 なる は、 是 何等の 所以なる や、 我い まだ 是を 知らす。 我 知らす して 自 布なる は、 那世 

第 九 輯卷. 之 五十二 六 〇 三 



南 總里見 八犬傳 I _ I . 六 〇 二 ■ 

た ねんし ゆ せっく はいれい りんじ きっきょ ラ さんきん あろ ひ ま, りつ 5j くにの 

す。 但年首 五節 供の 拜禮、 臨時 吉凶の 參勤、 或は 事の 決しが たき 折 は、 八 犬 士皆參 集 ひて、 國 

,**っりご!^】 ぁづか ぶんめい つき かつち や 5 き や、 えん ミく き 

政 に與 めけ り。 旣に 文明 は、 十八 年に て盡 て、 且 長 享も 亦ゎづ かに 一 一年に して、 延 德と紀 

ゆん えん ミく めいお ラ あらた 象 かきつ ケ わん ねん めいお. つ ねん さしつ き ねん 

元 せら-る。 延德 より、 又 明應と 改 りぬ。 嘉吉 元年より、 明應九 年に 至りて 「星霜 六十 年を經 

この ミしラ づき にち あるひ はいふ か ゆ. 1- きらく じ や、 rs しの すゑ もミも そみ ねんき よし ざね 

たり。 這 年 四月 十六 日 ( 一 云 十四日) は、 結 城 落城の 昔 を 低ぶ、 季基朝 hS の 六十 年忌、 義實 

らうこう あた - よ しなり ねし 4H だき いな ひら しろ いで えんめい じ さ, C けい 

老 侯の 十三 年忌に 丁る を もて、 この 日 義成主 は、 早天より 稻 村の 城 を 出て、 延命 寺へ 參詣 あり。 

.!: 'や -r* から. r すぎ くら ほり、 T ちい ラし きんじゅ ミも がら ミも びミ さんく わい ベ、.' ぼ せ. 7^*7 はて よし 

兩家 老杉 倉 堀 内 有司 近習の 毎 伴當 たり。 又 八犬士 も參會 す。 旣 にして 廟墓燒 香^ 事 果て、 義 

なり;? し きゃくでん ぢぅ; f ちゆ だい ぜんじ しゃみ ねんじゅつ かんち ャ る や い づ かしな の もりた かし 

成 主 は 客殿に 在り。 住持、 大禪師 は、 沙彌念 戌 を もて 看 茶の 禮 あり。 八 犬 士犬塚 信 濃 戌 孝、 

いむ さかし もっけた ねミも いね 九 し ベ *! まさ /- いねやま だう せったて はきた r ミ, いねむら だい^く まさのり いね か はなが さの しゃ、 --.t* けよ- U ふ いね かひ ゆん 

犬阪 下野 胤智、 犬 江 親 兵 衞仁犬 山道 節帶刀 忠與、 犬 村 大擧禮 儀、 犬 川長狹 莊介義 任、 犬 飼 現 八 

ひや、 つ ろ I のぶみ ち いねた ぶんつ- やすより り や,^ から ラす ぎくら むしゃの すけ は ほ も.; * ほりう ち! TJ こ た らう さに だ ふ このき ャく 

兵衞信 道、 犬 田豐後 悌順、 兩家 老杉 倉 武者 助 直 元、 堀內雜 魚太郞 貞住ぞ 侍りけ る。 折から 這 客 

でん に は ぽ たんく わさき みち こ、 ひ はく まじ か-.' ふうふく いく ながめ 

殿の 庭に、 牡丹 花開满 て、 紅白 色 を 交へ たる、 香 風 龍 郁と して、 得 もい はれぬ 看 弄に あなれば、 

よしなり c レ たち かね はし.? ち & ちゆ; i いぜん じ ほふ だん おも は こミ のつ いで 

義成主 は 立 難て、 端近く 居 ましつ よ、 、大, &師に 法談 させて、 憶す 時 を 移し 給 ふ。 :N 〈語 次に、 

ちゆ だい しんそ..' たうさん ;?ん ち じ わん おんめ いもだし 

、大 のい ふやう、 臣佾當 山に 住持し ぬる は、 素より 情 願 に 候 はね ども、 恩命 默止 がた ければ、 

みそな は をし へ ごねん じ S つ S しごろ な なほ さう ねん はべ a, ゥ がくす で 

旣に 十七 八 年を歴 たり。 雷 する 如く、 徒弟 念 戌 は 年來に 做り ぬ。 ^壯 年に 侍れ ども、 佛學旣 

れんじゅく ほふみ やく つぐ でん ミ、 T そく わい VJt> ぃミ *♦ た は まり このぎ si 

に煉 熱して、 法 脉を嗣 に 宜し。 いかで 傳燈の 素 懷を遂 て、 身の 暇 を 賜ら まく 欲す。 這 義を饒 さ 



り た^-もミ あ U つか は ふ か は さな をの はう ぐゎ.<: これちか し しゃ じし. り はた *4 い せ こ.、 し > た 

利堯元 を、 使者と して 安房へ 遣し、 又 三 河なる 隣 尾 判官^ 近の 使^、 錦 織機 .iir ^勢の 國司北 

はたけち うじ やう し しャ あびき へいだ いふ のぶを ら おの ― いな:: ら らいへ い .f- いじ やうつ うせん よしみ 4- さめ よし 

^2中 將 の 使者、 網 曳平大 夫 周 魚 等、 各 稻 村の 城に 來聘 して、 海ヒ通 船の 好 を 脩 まくす。 義 

なりすな はち 、つけ あまさき らうて ろぶ ふ その じ こ じふ じ らうて. わきら た ちから ミが く ら. つ はや V き ミ まやの ら f かけよし 

成 則. 是を受 て、 更に 蟹 崎 十 一 郞照 文、 其 女增 十二 郞照 章、 田 税戶賀 九郞逸 時、 苦 屋八郞 お 能 

ら た ふれい つか ひ くだん しょこ、..' きょじ や 5 つか は おくり も おの C しな ミ しご ミ r れい 

等 を、 签 鱧の 使と して、 件の 諸侯の 居城へ 遣す に、 贈物 各 差 あり。 ".疋 より 年 に 蘇 例と な 

よしみち si もつ ミ ものち ゆ ふき は.,.' ぐわん なり ミ.. P の 5 け るん ごん そ .i' じ や- 3 

りて、 義 通の 時まで も、 疎から すぞ ありけ る。 最 後に、 結 城の 判官 成 朝 は、 能 化院の 權愤正 

え いづい を やまた いふじ らラ ミ もしゅ し しゃ さミ,^ よし & よしなり またち ゆだい ぜんじ い え, 

影 西と、 小山 大夫次 郞朝重 を 使者と して、 里 見と 好 を 結びし かば、 義成も 亦、 大^ 師に、 犬 江 

しんべ a? あ *< さ S てるぶ み あ ひそへ S ふき つか は おも ひき ザん ゆん くわい * r えびら の 

親 兵 衞餐崎 照 文 を 相 副て、 結 城へ 遣し ける 事の 趣 は、 前板 百 二十 九囘に 見えた る 如し。 又笳 

ぉほミ じ よしなり かんぶく わじ ゆん ぢ より 5 よし A 

大刀 自は、 義 成の 仁義に 感服して、 和 順の 思 ひ ありと いへ ども、 女流 なれば、 好 を 結ぶ に 及ば 

いなの ミっ もりより みつ W し はろ 1- ーミ つか ひ いね かはいね たがりつ か は よしなり ねし ざい こミぶ 

す。 只 稻戶津 衞由充 のみ、 年の 春 毎に、 使 を 犬 川 犬 田 許 遣して、 義成 主の 爲に、 千 歲を赛 きけ 

ほ、,' そうぶ い あへ てかん くわ 5 ごか みん: b ふ たのし 

る。 是 より 房總無 異にして、 敢 干戈 を 動す ことなく、 四民 業を樂 みて、 不孝の 子、 不忠の 臣な 

たがや くろ ゅづ あきな あた ひ ふたつ おち ひろ よる ミ さ I , I • ヒレく わ. -^s** 

く、 柳す 者 は 畔を讓 り、 商 ふ 者 は 價を貳 せす、 路に 遣た る を 拾 はす、 夜 戶を鎖 さす。 年に 荒 凶 

くわん くわ こ く 、* 'ゑ こ *t ん な これよしな りね レ X たく . み ふ じつ 

なく、 鰥寡 孤獨 も、 饑す 凍す。 皆 是義成 主の、 仁義 善政の 餘澤 なれば、 民の 是を 仰ぐ こと、 日 

月の 如く、 赤子の 父母 を 慕 ふに 似たり。 然ば里 見の 封 e 、かくの 如く 無 異なれば、 八 犬士等 は、 

ミも き-,' か お ほせ おの f そのき よじ ャ、 r- るの 3 ち いな ひら 3 い ,ん か は はんねん もって 

俱に 休暇の 命 を 得て、 各 其 居城に 在り。 其內中 四犬士 は、 稻 村に 在勡 して、 代る にネ 年を以 

第 九 輯卷之 五十二 . 六 〇1 . 



南 捣里見 八 犬 it 六 〇〇 

しはらく よしなり ねし もり たかま さし べんろん い さ. h しもつ け はじめ 

感じけ る。 姑且 して 義成主 は、 戌 孝 仁 を 見 かへ りて、 是 まで 事 を 辯 論せ し は、 犬阪 下野 を 首に 

じ よ まさき いぜん われ そ C こミ ? f えき だいがく 

て、 自餘 の犬士 等と、 政 木 大全に 至る まで、 我せ ハ首 を听 て、 盆 を 得た る も 多 かれ ども、 大學は 

こミは すくな べん かの せんだつ べん わがうた が ひよ、 フ かい 

言葉 寡くて、 辯 を 好ます と 思 ひしに、 那蟬脫 の辨の 如き は、 人の 及ばぬ 所に して、 我 疑 ひ 氷解 

^ じゅっし や こし ,?0 れ その じ. ゆつ おこな は よし {• われ だいせ 八 た び, ち 

せり。 現に 術 者の 腰 を 折ば、 其 術 行れざる こと ある^ 也。 好々 我 こ i ろ 得たり。 大全 は 逆旅 

の 疲勞も あらん、 根 小屋へ 返りて 休息せ よと て、 开が儘 身の 暇 を 賜りて、 この 日の 餘談は に 

かくて ち し ら, r' しん すぎ くらき ろの すけ うぢ もミ こ もり ゑ じ あつ ひ は 、? r やす ひや、 f まの りか つら or 

けり。 恁而 この 年、 致仕の 老臣、 杉 倉 木 曾 介 氏 元、 小 森衞士 篤宗、 浦 安 兵 -iiil 乘勝 等、 うち 績き 

ちゃうき や、 つねん ほり、 ひち,、 らん ささ だ ゆき す rO び やう な すぎ くら 

て 身 故り ぬ。 又 長享ニ 年に、 堀內藏 人貞行 も、 衰祸 によりて、 古人に 做り ぬ。 しかれ ども 杉 倉 

む しゃの すけい < ほ もミ i りうち ざ こ た ら^^さビギふ . しょく か らミ こ もりた r らうた かむ ね 、つら やすうし 

武^ 介 直 元、 堀 内 雜魚太 郞貞住 は、 旣に 親の 職を繼 ぎて 家老な り。 又 小森伹 一 郞高 宗、 浦 安牛 

?^すけミもかっら たうし よく され なつ、 7 づき じ ち よし ざね らう こ、 み ** か よし V り ふ し 

助 友 勝 等 は、 皆當 職に あり。 然ば又 この 年の 夏 四月 十六 日に、 義實老 侯卒り 給へ り。 義成 父子 

な少 の は、 フ ひり じ そんしんみ くも ごもり すべてな ほざり • t 

君臣の 歎き、 いふべ う も あらす。 2 其 安 葬の 事、 兒孫 親族 楚 喪の 事な ども、 都 等閑なら ぬ を、 看 

ひミ よろし す lO きる ほタ き. or* くた きゃラ だいせ うみ や、 フ さミみ じんぎ かん 九つ あるひ ん:' ぶ は rjt おの 

官 宜く猜 すべし。 爾 程に 近 菌他鄉 の 大小 名、 里 見の 仁義に 感悦 し、 或は 英 に 憚る^、 各 々使 

よしみ むす ま さて そのし VS け あしか 、ひやう 3! のかみ なり 5 ぢ ち ほ C すけよ ひた.; i はじめ C しも ふ ちほの 

者 も をて 好 を 結 まくす。 却 =14、 諸家 は、 足 利 左 兵 衛赞成 氏、 千 葉 介 自胤を 首に て、 下 總には 千 築 

しんす けた かたは ひたち さ たけた かく か しま ミ もがら ひさし さ.? V み あ ふぎが, P つや まのう ち りゃうく わ, C れい み 、, 'らリ つの. 5* み-^ 

新 介 孝 胤、 常陸には^^武高久鹿島の 黨、 武藏相 摸に は、 扇 谷 山 内の 兩 管 領、 三 浦 陸 奥 i 寸義 

あつ なが, 5- の は、 r ぐ わ 八 か i;- はるら わ ぼく のち わう らい ちか ひ そな か ひ たけに のぶ * さ ちょうしん, 

同、 長 尾 判官景 春 等、 和睦の 後、 使^^^;往來して、 會 盟に叛 かす。 又 甲斐の 武 ra 信 ual は、 家 E 廿 



で、 目今 孝嗣 がいへ る 如く、 尸 解」 に 等しき 螺脫 ならん か。 ST は 無舉の 木訥 法師、 或は 無智の 愚 

ふ ぐ ふ ぎ や. ^ぢ う! TJe わ ねんぶつ t ノ-, 、ら, 、わ 《 'じ や ラ ねが し , 

夫愚婦 も、 行住座臥に 念怫 して、 極樂 往生 を 樂ふ者 は、 おの づ からに、 死期 を 知りて、 :一:iC 日に 

• - ( : まいて ち S だい ぜんじ し ャ、, 'ぢき むよく い S ぼ., - けなり そのし ゆつ け はじめ ふ ォ ひめ.,' ヽ ご A ん 

至りて 死す るも是 あり。 況ゃ、 大^ 師は、 正直 無愁 の活佛 也。 其 出家の 始 より、 伏^ 上の 御 恩 

€^ む k は ねん ^み えんめい じ * ち 5 ぢ しゅ ミ ^3 さ; "え € 

德を、 報ん とのみ 念す る 故に、 那身は 延命 寺に 住持して、 衆從の 長た るを榮 とせす、 いかで 富 

やま や ごもり いき かぎ ひめ、 リ へ おんぱ だい ミひ ^ 、き し 

山に 山 楚 して、 生の 涯り姬 上の、 御 菩提 を a? まつら まく、 願 ふ 心の 移らねば、 身 は 生ながら 尸 

かい たまし ひ ミヤ ** ゆき. * P かん かう そうせん ゆ なきが. ゾ ひつぎ 60 f 

解して、 心神 富 山に 往還す る 事、 是 なしと すべから す。 和漢の 高 憎 遷化の 後、 亡骸 柩を投 is し 

たき や、 rs さんたく からぶ ふ C .S* い v、3 A うそ、 ひで, P ^-61 ら 

て、 他鄉の 山澤に 遊ぶ 者 ある を、 漢 絡に 尸 解と いへ り。 15 の 高 偕 傅なる、 達 摩 多羅 是^。 又 我 

くに むらさきの き、,' を しゃ、 7 ちか ろし かい いき せんだつ -ゲ 

國 紫 野なる、 一休 和尙 も、 近 H 尸 解の 聞え あり。 只 生ながら 蟬脫 しぬ る #、 是 ある こと を 削 

, ノ. 、> すな はち-,; >ん^_. 一 いに, J へからく に くわ 5 てい ゆめ くわしよ こく あそ ふ. こミ 

ざれば、 則 新奇と いはまく のみ。 邀古唐 山なる 黃帝 は、 夢に 華 胥國に 遊びし とい ふ 故事 あり。 

あ ♦* つ A かさ ^?.-の*-たか::ら つね ぢ つ f く ゆきき し, c、,.7 たまし ひい、,' * い 

又 天 朝なる 小 野 篁 は、 生 平に 冥府に 往還せ しとい へり。 是等は 恐らく 神 遊に て、 魂 幽冥に 

さら しかい せん!;,: つ この ち Sii い ザん じ せん 

遊びし ならん。 然ば尸 解 蟬脫と は、 異なる に 似 たれ ども、 這理を もて 推す 時 は、 、大禪 師の蝉 

だつ : &-ん じゅつ さる い ♦* なまじ ひ その y ぜんし た ぜんじ ほ い 

脫も、 幻術なら ぬ を 知る に、 足れり。 然を今 愁 に、 其義を 禪師に 質し 給 は *i、 禪師は 本意 を 失 

さはり おも t ち ,? 'はり また かならずな 

ふて、 事の 障になる ベく もや 候 はん。 只 知らぬ 面色に て、 :i=^ 終 を 俟せ給 は r、 .必 做す こと あ 

いふ べんろ 八 つぶ fj よしなり Q し かんえつ もりた かま さし 仁 かつぐ せいろん 

るなる べしと 云、 辯 論いよ/、 具 なれば、 義成 i^, の感悦 はさら 也、 戌 孝 仁孝嗣 も、 ^論 也と て 

第 九 輯卷之 五 十 In , 五 九九 



I 南 總里 見 八犬傳 五 九 < 

あるひ さ こり S や いはむ ろ ほミり よぎ くだん くもき りたち こめ いはむ ろ うち クー、 や *7 

或は 又 樵 夫な どの 富 山に 入りて、 Eg 崛の邊 を 過る 折 も、 件の 雲霧 起 籠て、 ns 崛の內 に、 讀經. の 

聲の間 ゆる 日 も あり。 又 手斧の 音、 木 を 穿つ 鑿の 槌 音し ぬる 日 も ありければ、 其 人 驚き 怪 みて、 

つ: & こ ミっひ ん めいじ ねんじゅ つら や: さ W 

人々 に告 などせ しかば、 言 遂に 延命 寺へ 問 えに けり。 是 によりて 念 戌 等 は、 稍 悟る よし ありて、 

さて は し ふ ぃミ ミゃ ** い; i いは ひろ こもり t i 'ちつ S 

原來 師父 は、 暇 ある 毎に、 富 山に 造りて US 崛に、 籠 給 ふに ぞ あらむ すらん、 と は 思へ ども 覿面 

に、 問 質さん はさす がに て、 尙疑ひ は 解す とぞ。 こも 奇 事に 候 はす や。 遮 莫風聲 のみ なれば、 

きょじつ ぞんじ まゐ のぼ €u ふんみ や, フ こミ つまびら か つ! 5**、 フ 

虔實を 知るべく も 候 はす。 禪 師の參 上りし 折に、 問せ 給 は,. - 分明な らん。 と 言 詳 に告稟 せば、 

も-りた か わくら f あやし すぎ さ きょじつ はかり かね まう しあ t 

戌 孝も倶 にい ふやう、 其 義は臣 等 も 聞 しか ど、 事怪 きに 過 たれば、 然し も 盧實を 測 難て、 稟上 

す 候 ひき。 といへば 孝嗣も 亦い, ふやう、 臣等は 逆旅に 在りし かば、 其 風 聲は聞 ざれ ども、 -禪師 

だう ミく お し.? *, い ぞん だつ つうりき そら ごミ しう 

の 道德を もて 推す 時 は、 尸 解に 等しき 蟬脫 の、 通力 を や 得 給 ひけん、 虐談に は あら じと いふ 衆 

,/ よしなり ねし しんべ ゑ こ v> つぶさ だい ぜん ゆ ゑ より われお. b ちゆ だい 

評 を、 義成 主う ち 聞て、 親 兵 衞が言 具にて、 大全が いふ 所 も 亦 所以 あり。 因て 我 憶 ふに、 、大 

もミ ら、 I* じつ しゅっけ じん こミ わざ しゃ ラ ほふ よしやち ゆだい だう ミ くじゅ〉 

は 素より 老實 なる 出家 人な り。 世の常 言に いは fv や、 正 法に 不思議な し。 非 除、 大は、 道德熱 

つうりき じさい 、 ; b んじ ゆつ ゆ; II、 つ しゅつぼつ ふしぎ かへ つ 

して、 通力 自在な り とても、 幻術 外道に 等し かるべき、 出沒 ,不 则の行 ひ あらば、 君子 は 反て 信 

だいがく " きか ほし €^ まさのりね か つき 

すべから す。 但し 大舉 のみい ふよし t し、 意見 も あらば 聞 まく 欲。 と 問れ て禮條 額を衝 て、 

いな わくら ひつ ザん ま. r- しあ 6 -, - ぞんじ しゅつぼつ ふしぎ かの ひんじ S つ 

K ロ臣等 とても 必然の 義は、 稟 上がた く 候. へど も。 禪師 の出沒 不測なる も、 那 幻術に は 同じから 



あ. こ; i へつ ** びら か よしなり ね し い.:? づ; > い CJ え ら し 

し 上る のみと いふ、 答 詳 なりければ、 義 成^の 歡び はさら 也、 犬;;^^<江政木^の、 三士 も 

ち かんぶく そ なか よしなり ねし おも は ひた ひ なで :;.: いがく £きん こ- i よし い さ. J* しもつ け ちぎょく 

倶に 感服す。 开が 中に 義成 ギ, は、 憶す も 額を拊 て、 大舉說 得て 誠に 好。 犬阪下 は^ 玉に て、 

•.; ^くもん またせん はく こたへ あた さ この にい, やく れいじ C-5 

舉 も亦淺 薄なら ねば、 我 問 ふ 毎に 其 答、 屮ら すと いふ ことなし。 然る を义這 太樂 あり、 ? g 讅 

のみ か は、 理を 究めたり。 こも 學 問の 力に こそ。 と稱ぇ 給へば 三. H 等 も、 御意の 如し。 と 答け 

その ミ きいね 九 まさし こりょ、 T くわせき m だ厶 き だんさ ふら ふ ゃ^-た 

る。 當下犬 江 仁が いふ やう、 狐 龍 化石の 奇談に は 似 ざれ ども、 又 一 奇談 候 を、 雜は いまだ^し 

この/; ろひミ 、- 'はさ きく ちゆ だい ぜんじ こ ぞ えんめい じ のりの っミめ いま ま 

召さす や。 一 向 人の 噂に 聞に、 、 大禪師 は 去 歳より して、 延命 寺に 在りながら、 法 務の暇 あ 

こち 九ん いづち ゆき ひ ごミ 

る 時 は、 忽焉 として 那地適 けん、 人是を知る^!<;なし0 かくの 如くなる 事 ni 每 にて、 稍 久しくな 

**t しゅ ミ あやし ぜんじ かねて ..J, しへ ごねん じゅつ しへ しめ h れ は うぢ ャ、 つ f もしく. C きふ 

ろ隨 に、 衆徒 も 是を怪 ます。 禪師豫 より、 徒 IS; 念 戊に 敎示 すらく、 我方 丈に 居ざる 時、 倘 火急 

しょ 九、 つ こ は ほり いまし ほん.! fi ん ねん ね なら さら かならず 

の 所要 ありて、 我 を 請 まく 欲しな ば、 汝 本尊 を 念じ まつりて、 連り に 妊 をう ち 鳴し ね。 然ば必 

驗 ありて、 我 立地に かへ り來 てん、 努な疑 ひそ、 とい はれし かば、 念 戊 其 意 を 得て、 事 あ 

る 時 は、 敎の 如く、 鉦 を i してぎ 來た すに、 禪師は 5^ して 响に 1 じて、 忽然と かへ り來 て、 勤 

やめ .55 ん じゅつら いぶか その ゆき. - ミころ せんじ こたへ そ 

務に 就く こと 常の 如し。 念 戊 等 訝りて、 M 往復す る 地方 を 問 ふに、 禪師 答す うち 笑 ひて、 丌は 

いまい しら のち— さミ か t り ほさ ミゃ 

汝們が 知る 所に あらす、 後々 に 至りな ば、 悟る よし も あらんと いひけ り 。有 怨 し 程に 富 山なる、 

ふせ ひめが み みやし ろ **、1 つ もの ミき かの いは ひろ ほミり くもき り たちこめ .,v かま 

伏姬 神の 神社に 詣る 者、 時として 那 nE 崛の 頭に、 雪 霧 深く 起 籠て、 拜れ給 はざる: n もこれ あり、 

第 九 輯卷之 五十二 五 九 七 



南總里 見八大 3^— 五 九 六 

つくし がた まつら さ よ ひめつ まつ-ひ ひれふ おへ to-* 

築 志 潟 松 浦 佐 用 緩夫戀 に、 領巾 振りし より 負る 山の 名 

. こ .t^y ふく わい こミ かいへん たち てん ん せき たま. (》 ひミ のかた ち 

とい ふ 歌 あれ ども、 恐らく 古俗 附會の iiLX にて、 海邊に 立た る 天然 石の、 偶人 形 に 似た る を 

はう ふ せき おは からく に つ ふ せき わ かんさう じつ もの やたり 

見て、 a 夫 石の 名 を P 、せし にも や 候 はむ。 唐 山に も 望 夫 石 あり、 和漢 同日の 談 なる、、 へし。 又 

かのち やうり や、 ゥ かひ .0 け、 フ たう りゃく でんじゅ くわう せきこう f や- フ ぐう おん 

那 張 良が 下 B の渭 橋に て、 六 鞘 三 略 を、 傳授 せられし とい ふ 黃石公 は、 未 生の 人に て寓 f?_ 一:: の 

ちゃうり やうお のれ じゅつ かふ くわ うせき こう い じん つくり ま、 r- け のち 

み。 其實は 張 良 己が 術 を 神に せんとて、 黃石 公と いふ 異人 を 作 設て、 後 十三 年を歴 て、 其 

/ あ ひ ミき ひ!; >さ ミら こじ な 

師の 化して、 黃 なる 石に 做り しに 逢に きな どい ひし を、 時の 人 悟す して、 傅へ て 故事に 做り た 

たミひ ♦ かならず この 

るに もや 候 はむ。 縱是 等の こと あり とても、 求めて 得べき 事なら ねば、 必 とすべ からす 這 

S ゑ せいじん くわいり よくらん しん かたら € かく こ りょうく わせき おも かれい^ち を は 

故に 聖人 は、 怪 力 亂种を 語す 候 也。 开は左 まれ 右 も あれ、 狐 龍 化石の 事 を 憶 ふに、 他 命 終る に 

かならず な たミへ いかづち おち ぁミ Z 

及 ひて、 必 石に 做らん と 思 ひて、 石に 做り たるに は あるべ からす。 譬ば雷 霆の墜 たる 迹に、 小 

.-y の こ づち らい ふ らいつ ゐ よびな あるひ あう, r- ほくろ! つし もっけ 

斧に 似た る 石 あり、 小 II に 似た る 石 ある を、 雷 斧 雷 鎚と喚 做したり。 或は 又 奧羽北 越 下野な どに 

たいふうう き やじり に こ いし おつ ミころ のひミ なづ .?> みいく さ ね いし 

て、 大風 雨の 時鐵に 似た る 小石の、 墜る |ifi{ ある を、 土 人名け て、 神 軍の 矢の 根 石と ぞい ふなる 。是 

かぜ ふ A あゆ いさ, プ *フ ん らい むさ こ か;! ち な ベち 

等 は 風に 吹鼹ら れし沙 礫の、 雪 雷の 氣に 蒸れて、 凝りて 形 を 做せる のみ、 別にせ: (石 あるに あらす。 

こりょ、 r- くれせ き かれす で す-つっき いのち を は うん 

是に 山り て 之 を觀れ ば、 狐 龍の 化石 もこの 理に 等しく、 他旣 に數盡 て、 命 終らん とする 時に、 雲 

らい むさ おち 、. 'たが た V ぐ あん ま 5 

雷の 氣に 蒸れて、 石に 做り て墜 たるな らん、 と 思へば 疑 ひもな く候歟 。こ は 只 憑按の 及ぶ 所 を、 稟 



第九輯 卷之 五十二 

えん めい じ よし なり ぼ たんく わ しや •> 

譬 八十 勝 囘 中編 は if 花. S す 

富 山の 窟に念 戌 遺 超の 歌 見る- 

その. ミき よし M りね し こりょ、 r くわせき き だん かんたん いよ も,.:'; i か ♦< さした つぐ t さの りら 

登 時 義成主 は、 狐 龍 化石の 一 奇談に、 感嘆 愈 淺 からす、 戌 孝 仁孝嗣 と、 禮 等に うち 向 ひて、 

くわせき めづら きつね ちかごろな す の せっしゃ うせき 

物の 化石 は 珍しから す、 狐の 化して 石に 做り し は、 近 曾奈須 野なる、 殺生 石の 事 をい ふ 若 あり。 

くわ ぉほミ もの さで ひこ つま まつら さ X ひめ ** たち t ぶの し やす 

又 人の 化して 石に 做り し は、 大伴 左手 彥が 妻、 松 浦 用 緩、 又 秩父重 保が 妻の 如き は、 共に: fri^ 

こせき f.^ せき のこ からく Jl> かん ちゃうり ゃラ し くれ ラぜき 

十 :! 蹟 ありて、 望 夫 石の 名 を 遣したり。 斑 山に もこの 事 ある 歟、 漢の 張 jnsr か師 也と いふ、 黄 石 

こ. フ きょじつ つ びら か なかんづくき つね たつ 

公是 也。 しかれ ども、 虔實 いまだ 詳 ならす。 就 屮狐 の 龍に 化した るすら、 思 ひがけな き 事 

t だいがく わ かん *♦ なび ! め かならず 

なる に、 开が亦 石に 做り たる は、 一 大奇 事と いふべき のみ。 大學は 和漢の 舉に ins り、 必 意見 ある 

このぎ いかに *4 さの. C. こたへ さ さ ふら ふ ぐ あん くわせき す. 0さ 

ならん。 這義 怎麽。 と 問 給へば、 禮儀 答て、 然ン 候。 愚 按には 候へ ども、 化石 は 多く 水 土に よ 

.us へ かの くわせき たに はなかみ ての ご ひ たにみ づ ひ くわ 

れり。 譬ば那 化石 谷の 如き、 鼻紙 まれ 手拭 まれ、 ま; 溪 水に 浸す こと、 三 四十 日に 及ぶ 時 は、 化 

な ゲ のはラ ふ せき まんん ふし ふ 

して 石に 做る を 見て 知るべし。 又 那望夫 石の 如き は、 萬 葉 築に 

第 九 輯卷之 五十二 



南 總里見 八犬傳 . 五 九 四 

あたらしき まなび この これの ち ものがたり なり さて ミ くいね しんべ ゑ よし 

て 新 を 知る を、 擧を 好む とい ふべき のみ。 こ は" 疋 後の 話 也。 却 說犬江 親兵衞 は、 この 日義 

なりね し まさ 、つね もミす か や,? I , つ ひまう まさき たかつ.;!/ こりょう くわせき 

成卞, に、 政 木 狐の 寅の 顚末 を、 篇樣々 々。と 告稟 せば、 又 政 木孝嗣 も、 狐 龍の 化石に 做り て、 

き 八く ゎラじ もんぜん あまくだ t じない- t しなり しき るつぼ よ だ. レ 

金 光寺の 門前に 天降りし を、 寺 S に现 めし 事 さへ え 上る に、 義成 連り に 笑 局に 入りて、 餘談 

つき なほな が このし よ、, くわい じ やうち、 r'fj i しもの めぐり ミき わく き t 

盡 せす 見え 給 ふ。 この 段 は猶長 やか なれば、 這 勝 囘も 上中下に 釐て、 又 下 囘 に 解 分る を聽 

ねかし。 へ 



; y;; かひた けな は しろ - つし ろ こふい *..、.. ゥ 

て、 鬪 戰閬 ならん 時、 渡して 城の 後より 稠ん らば、 防 ざがた くや 候 はん。 とい ふ をう ち 間 犬 

づ かいねん がくね A おもて あは わくら さき かの じ やう ない つ. t- 9 

^^犬江は、 愕然と 面 を 注して、 臣 等も曩 に、 那 城内に 在りし かど、 せ、 義 にこ i ろ: f ざり き。 然 

た いぞん み い:;,! **、*' しあぐ さち よしなり;? し、 つな づき よし- ,(- われ 

る を 大全が 見出して、 稟 上る こそ 幸な り けれ。 といへ は義成 點 頭て、 好々 我 こ.. - ろ 得たり。 

0> お.,?!! そのの ち こ ふの だい しろ にん ** まの, あきす a! つぎほした f. やな し a しょ た. * は ひ *f- 

祕 よく。 と推禁 めて、 :f4、 後 國府臺 の 城の 頭 人 眞間井 秋季、 糖 橋 梁に、 手 IS を 賜りて、 悄地 

その! y い 》4 し たま そのし よ すゑ 

に 其 義を 戒め 給 ふ。 せ 〈寄の 末に 

ミほ かく て > ふ よラ じん 

遠くと もむ かへば 隱れ なき 敵の 見えぬ うしろに ^ 心 をせ よ 

あ in する! たかやな つ. * しみう け しろ うしろ ゆ だん まもり か; i のちす e 

と ありし かば、 秋季 喬梁 謹 承て、 城の 後に. E 斷 せす、 戌 を 固く したりし に、 是 よりの 後數世 

.» さね さ ミ み よしひろ ほうで 、>、_' ぢ こ ふの だい た: か 7 て ゝ、;^ 乃し ろ うしろ こふ おり 

を累 て、 里 見 義弘の 時に 至りて、 北條 氏と、 國府臺 の鬪戰 に、 敲那城の後の^^川に、 騸の 降た 

i / あさ は . , ひミて しろ め ひミて ひそか * つし ろ あ? わた 

る を 見出して、 淺瀨 なる を 悟りし かば、 一隊 は 急に 城 を攻、 一隊 は愤 地に 後なる、?^ 瀬 を 渡し 

いや r た A- ぺぃ せめい さ! る え たへ つ ひ らく じゃラ け: Ul しょし ひろ 

堀 を 破りて、 短兵急に 攻 入りければ、 里 見の 土卒得 勝す して、 竟に 落城した りと いふ。 t 盛義弘 

ぶよう あまり ぶんがく 5 ミ せん, «i fO くん しら し 

は、 武勇 餘 あれ ども、 文學に 疎ければ、 先祖の 遣訓を 知す や あり けん、 惜 むべき. 事なら す や。 

い 》< こ ふの だい しろ ぁミ かの 九 だか は よこ けん ふか A こふ あし たつ 

今 國府臺 の 城迹を 見る に、 那岐川 は、 撗八 九閒も あるべき、 深 水に て、 觀の 脚の 立べ くも あら 

す。 今の 如くな らんに は、 敵の 輒く 渡しが たからん に、 常時 は 實に淺 沼なる に、 暴 河の 水 を 人 

, < かぅでん^;^" こ こん へんかく、,' たが ふ. き t づ ね 

れて、 川の 如くに 見せた るなる べし。 畊田 鋤れ て 海と なる、 古今の 變革疑 ふべ からす。 故 を FJ 

第 九 輯卷之 五十 一 五 九 一一 1 



南 總 里見 八犬傳 I I , 五 九 二 

おち ざっぴ たすけ いねやま だ、 つせ つ ふたおや はらが はり いも ミ はま * ち はか あは 

時 遣な く 還して、 雜 費の 資 助に しけり。 又 犬 山道 節が、 ニ親と異母の女^5-濱路の墓を、 安房の 

九ん めいじ たつ もり t か その. U すけ すくな はま * ち はか いね づか たつ 

延命 寺に 建る に 及びて、 戌 孝 又其資 助になる こと 齡 からす。 濱路の 墓ば、 犬 爆が 建べ かりし を、 

だ、 r- せつ .♦i ろづ かや ま まぢ. .r,r- し めぐりあ ひ そのめ た あ ぼし さ も じ ら -.^ うちはた は *f* ち 

道 節 は、 圓爆 山に て、 濱 路の橫 死の 折に 環會 て、 且其寃 家、 綱 乾 左 母 二 郞を搫 し、 又 濱路の 

なきがら くわ さラ いんえん こミ はじめ 4- は. CN しひ せ しゅ 

亡骸 を、 火葬し ける 因綠 あり。 叟是始 ありて、 終な くば あるべ からすと て、 强て 施主に なりた 

かみ つまびら かに みる ひミ ぜん- ピ あはせ ふ さて ミく さき たかつ.: > お ほた 

る 也。 是等は 上に 略して、 こ よに 詳 にす。 看官 前後 を 併 見るべし。 却說政 木孝嗣 は、 大田 

y きじ ゃラ いなむら しろ *<*0 のぼ J? ふ つ: t たてまつ い a づ かい a ん い ひら しゅっし 

木へ 歸 城の 後、 稻 村の 城へ 參 上りて、 歸 府を告 奉 るに、 犬 藏犬江 犬 村の 三犬士 も、 旣に 出仕 

た J- つ しんべ ゑ こりょ、.' くわせき おも じき しか. 5.\ つ i, し しんべ ゑ じょ 

して ありし かば、 孝嗣は 親兵衞 に、 狐 龍 化石の 事の 趣 を、 云々 と 告知ら する に、 親 兵 衞自餘 

そのく しき お、.)) ろ れいぶ つ -,^-はり かくて くだん 

の ニ犬士 も、 其奇に 驚く までに、 靈 物の 終 ある を、 俱に 感じ あへ りけ る。 恁而 件の 三犬士 は、 

よしなり ねし まさき たかつ 4- ■ けんれ き はて しゃおん ため $3 のぼ つゆ よし 

義成 主に、 政 木孝嗣 が、 國中を 檢歴し 果て、 謝恩の 爲に參 上りし よしを、 告 まつりし かば、 義 

なりすな はちた かつぐ めし りよち- r- 一 ひ 仁 ま くだん はべ その ミき よしなり ねし たかつ ケ 

成 則 孝嗣を 召よ せて、 旅 中の 事 を 問 給 ふに、 件の 三 犬士も 侍りたり。 當下義 成 主 は、 孝嗣を 

近く 侍らせて、 汝經歴 の 間、 我 封 内の 要害 は、 皆檢 しつらん。 見 も あらば 聞 まほし。 と 仰に 

たかつ ケ CJ か つき さ さ ふら ふ, * 一 えう がいみ なけん- *1 -?, 'しあ 4z こ ふの だい じ や-,' t へ 

孝嗣 額を衝 て、 然ン 候。 御 要害 皆 堅^に て、 稟 上べき Isl^ も 候 はす、 但し 國麻臺 の 一 城 は、 前 は 

あら か は うしろ えだが は たいてき ?リ 、/'しろ は あさせ り ♦* 

河に て、 後 も岐川 なれば. K 敏をも 防ぐ に 足れり。 然 けれども、 後の 川 は淺瀨 にて、 u;、 實は沼 

さき わくら かしこ く V ん こふ おり あさろ て.? もし その あさね t 

也。 鍵に 臣等、 那 里に 在りし日、 件の 川に、 鶴の 降て、 求 食 を 見たり。 敲倘;=;、^^沼なるを知り 



ひ かさね かづ さ おち み はて しも ふさ おも;; - あちこち けいれ, ひ ?し たち. こ..; 

の 日を累 て、 上總を 遺な く檢 しかば、 下總へ 趣きて、 束 西と 經麽 しつ、 遂に 武藏へ 立 脇て、 

ふたおや はか **ゐ で さきの め り つぶさ こ? そ y しる み. ひミ 

二親の 墓詣 せし 事な ど は、 旣に前 囘 に 具 なれば、 言 削て 寫 さす。 看官 前後 を 照して 見るべし。 

かくて まさき たかつ ぐ W しきく づき す *! いた Vi ふしき むら やが きんく わう じ たち 

恁而政 木孝嗣 は、 この 年 九月の 下 潜に 屆 りて、 雜色 村まで かへ り 来つ、 雜て金 光寺へ 立より て、 

さき ぢ うぢ たの こりょ <フ つ; - けみ ひろつ ね りんせき t ふ j< a はかり くだん 

曩に 住持に 憑み たる、 狐 龍の 塚を閱 する に、 廣 常の 五輪 石塔 婆 を 去る と、 五十 歩 許に して、 件 

くわせき ,「づ つか ざく はかり ひ つ そ ミ » たて たか つぐこ t ろよ ろ こ 

の 化石 を 埋めた る 所 あり。 塚の 高さ 三 K 許に て、 上に 一箇の 窣都婆 を 建たり。 孝嗣 心 歡 びて、 

てら け ん くわん ぉミな さて やく そ, r- しゃぎ のべ ♦* か お ほた ,, ,じ や. フ その ちつ かひ き 入く" .1, 一 

寺の 玄關 に呼戶 ひつ.^、 却 役 憎に 謝 義を舒 て、 退り て大田 木へ^ 城し つ、 其 後 使 を 金 光寺と、 

たてやま つか は x?,' ぢ えだの ひねみ つ くわせき *♦ いさ ラ V- っぴ ,ん くわう じ ベ、, せん h 

舘 山の 城へ 遣して、 住持と 江 田宗盈 に、 化石 埋葬の 雜费を 還し つ、 又 金 光寺へ は、 米錢 さへ 布 

せ つくし さろ ほ、 ど !; 二 J ろの ひミら そのつ か m さく た へ なま きつねづか よびな 

施して、 歡 びの 心を盡 ける。 然程に 土人 等 其 塚 を 見て 奇特 を稱 て、 訛りて 狐 * 嫁と 喚 做し よかば、 

きんく わう じ さんが *フ こちよ、 r さん かへ こちよ ラ irj ん ?o なへ はう そうし れ- ひ. づさ fJ; ぶ ふし yrv 

金 光寺の 山號 なる、 古 嫁 山の 字 を 易て、 狐 嫁 山と ぞ唱 ける。 按す るに、 房總志 料上總 部、 雜色 

ひら で- フか いふ ふるん きんく わう じ きつねづか モの ミころ し より きんく わう じ さんが、 r- こらよう! ? ん 

村の 條 下に 云、 古 江の 金 光寺に 狐 嫁 あり、 今は^4、所知れす。 是に 因て 金 光寺の 山號 を、 古塚 山 

のち この じ きら い わ、 i-Vv 八 ひろつ ね せきた ふ は あ を ごけ わら は 0- ふ 

とい ひし を、 後に 狐 字 を 嫌 ひて、 醫王 山と 號す といへ り。 又廣 常の 石塔 婆の 苦 蘇の、. 竊疾を 治 

〔F. のせ しゃくよ. フ みろ ひミ さくしゃ あだし こミ はさて おきつ- 

する ことな ども、 同書に 載た る を 借用す。 看官 作者の 用意 を 知るべし。 間 話 休 題。 是年八 

► こんいん のち よしなり ねし こ ひ おの, (-こ S や. フ ふたおや また しん. く はか *.oe 

犬士 も、 婚姻の 後、 義成 主に 請 まつりて、 各 故郷に 赴きて、 二親 及 親族の 慕詣 せし ことな ど 

さきの めケり しる そ なか いね づ かしな の もりた か さき y き やう にいら いし か 

は、 旣に前 囘 に寫 しし 如し。 开が 中に、 犬 嫁 信 濃 戌 孝 は、 翁に 義兄弟 等が 貸た る 金 を、 この 

第 九 輯卷之 五十 一 ^ 



Dm 南 總里見 八 犬 5^ 五 九 _ 

つね P ミころ ひ えき or やうし ゆ, <は くせつ しらべ り じ 

常に 樂ふ所 は ロハ 是 のみ、 何ぞ稗 盆な しとい ふや。 然れ ども 陽春 白雪 は 調 高 かり。 恐らく 偶 耳に. 

いかに り おし こミっ 》* びら べん のぶた か あ し はしかん 

入りが たからん、 と 思 ふ は 什 麽と理 を 推て、 言 詳 に辨 すれば、 信隆は 阿とば かりに、 一 霎時感 

たん むねみ つ みち W よ .ひ!3 す.' おぼん At かたぶ ォ ** せいろん ( 

嘆の 聲を 得た よす、 又宗盈 も通豐 も、 膝の 找む を覺 ぬまでに、 耳 を 欹け心 を 澄して、 正論々々。 

た t へ しはらく のぶた か かたち あら; i たかつ. 3> あはれ めで わ, どの 九い さい 

とぞ稱 ける。 姑且 して 信隆 は、 急に 貌を更 めて、 孝嗣に 謝して いふ やう、 逋 愛た. き 和 殿の 英才、 

さミふ ぞの せい ミく わ さの わ、 7 さ さん けんしゃら 

今の 世に は 多く 得が たし。 里 見 殿の 盛德 なる、 八犬士 さへ 和 殿 さへ、 王 佐の 才 ある 賢^ 等 を、 

さい は ひ わがき く ミころ やま f< やし ふさ P ^>.-の :?フ くわ 

得 給 ひぬ る こそ 幸 なれ。 我 閒所を もてい は r、 山林 房 八と、 和 殿 を 犬士の 外にせ し は、 造化 

せう に て ねかり さら てんめい し ほじ たかつ ケ いらへ に は こだち 

の小兒 の手脫 落歟、 然す は是も 天命な らん。 惜 むべ しく。 と 譽るを 孝嗣應 はせ で、 庭の 樹 4^ 

ひ かゆ な.? め しょ 41、フ はや はて お ご だん まか 

を1111^^へりて、 日景は 旣に斜 になり ぬ。 所要 は 夙く 果たる に、 鈍 や 晤譚に 時 を 移しぬ、 退り て 

ふち のぶた かう ベ われら しのびの たび 、.^.JK - 4- ろ 

路を いそぐべし。 といへば 俏隆諾 な ひて、 咱 等も潛 行 なる に、 虔々 として 居べき にあら す、 

、にさ もろ ミも ひねみ つ みち ミょ ミ r めかね み おく やく そ、 フ かつ もてなし そ 

卒供 侶に と 身 を 起せば、 宗盈 と通豐 は、 留 難つ i 目送る 程に、 役 憎 も 亦 出て 來て、 且管 待の 疎 

りゃく わ び ん くわん かくて たけに のぶた か !-- もび ミら たて ちゃうなん 

略を陪 話て、 立關 まで ぞ 送りけ る。 惩而武 田信隆 は、 伴當等 をい そがし 立て、 別れて 廳 南へ か 

たかつ 4/ また もび ミ この ほミり むらさ ミ もら じゅんれき さる ほさ たけ だ 

へり ゆく 程に、 孝 嗣も亦 伴 當を從 へて、 這邊 なる 村里 を、 漏 さす 巡歴したり ける。 爾 程に 武田 

ぶた か みちす がらお も ひみ さミみ くんしん えいぶ さいかん *♦ さ たかつ ぐ めう ろんり べん かんぶく 

信隆 は、 其 通路 思惟る に、 里 見 君臣の 英武 才幹、 且政 木孝嗣 の、 妙 論理 辯に 感服して、 及びが 

こ * ろ *^ ぢ > へん しゃ, r- がいさ W る され まさき たかっ^/ い,、! く 

たしと 心に 恥て、 是 より 機 變を行 ふこと なく、 生涯 里 見に 從 ひける。 然ば政 木孝嗣 は、 又 幾 



後竞に 燃ず なりぬ。 有 恁れば 其 火 井 は、 g? 烈の爲 に は祥瑞 なれ ども、 後 帝に は、 又 g 

操 ^不一 は漢贼 也。 曹丕が 漢の獻 帝に 逼 りて、 =HC 位を篡 ふに 當 りて、 き^?£11^.なる&^ょり、1^ 

り V ,ついで ぎ i>J ミく JR たつ ミ t な はち これ さう ひ かんて ーづ り うけ ヒぃ, つく 

龍 出て 天に 升り ぬ。 魏 は土德 にして、 色 は 黃を贵 ベり。 則 是曹不 r か漢 帝の 禪を受 て、 大 位に 卽 

7?- ねんが、 フ くわう しょ さんだつ じゅ ザ 八 Z- ミへ さう ひ 

べき 祥 なりと て、 年 號を黃 初と す。 しかれども:|=^^實は篇楚也、 何の 受禪 か是 あらん。 s^. は 不 一 

I > しほり • そのいし や-.' は >』 ミ われ この ひミ いしゃ 3 め i-t さ o つ 

の 如き は、 人 を 結 4^ て 其 衣裳 を剝 拿り て、 我 這 人より、 衣裳 を惠れ たりと いふが 如し。 然を天 

かふくに つかみ じゅんぎゃく せいり こぶ もてしゃぅ:^ゐ くだ ミひ 

神 地 祇 順逆の 理を 知らで、 只 其 勢 利に、 媚 るの 故に、 以祥瑞 を 降さん や 。縱其 is;- あり とても、 

ケ:: : ぜん / か ず. され じゅん やくじ ?• しゃ.,' しな ぎ しょく;, ん ゎづか ひ ミ-せ 

偶然に して 嘉瑞 にあら す。 然ば にや、 順 逆 邪 正 差 あれ ども、 魏も亦 蜀漢に 後る i 者 僅に 一 稳、 

つ ひ し jf5 し さんだつ くにすで ょク 

兗に司 馬 氏に S 奪せられ て、 こも 亦 四十 餘年 にして、 國旣に 亡びに けり。 是に 由て これ を觀れ 

^^^i ろ、 フ ミく 4*rJ め しゃ、 fsw-o たの 

は、 成敗 を もて 人 を 論す る^ は、 天命 を 知らざる 也。 又 德を條 すして、 ? S 瑞を; ft みて、 みづか 

ゆる もの わら ひ ぃミは r か おえ やか; i のよ くりょ-?' しゃ、 ずゐ 

ら允 さば、 世の 胡盧 にならん のみ。 最 揮り ある ことながら、 老舘の 見 給 ひたる、 那 龍の 祥瑞 

ゆた に ぜんせい ほふ りゃく わがり ようぶ A ひろ 

も、 亦 當舘の 街 善政, も、 城 を 屠り 地 を 略して、 我 封. 2: を廣 くすべき 爲 にあら す、 民の 父母た る 

、 > く 1^ や. す おぼしめ ひミ ぶん し ら むさぼり あく むさぼり ,6- く 

、,;3 を もて、 國安 かれと 思 召す のみ 人 分 を 知 ざれば、 貪て 他 ことなし。 貪て 飽 ことな けれ 

: , .ps^, ひやび す.^ ひ.; , よし r わがき & SJi そ; りゃう ごく かみ * した 》♦ h< や., - しゃ ラ 

は、 苢害 随を旋 すべから す。 非 如 我 君、 房 總兩國 の 守に して、 地 を- 增給ふ 事 あらす とも、 良將 

>p な の,^ ゆよ りう はう --^ し モん じんぎ ぜんせい たいえき じんくん けんし V つ.. しふつ! = 

の 御名 後世に 流 芳して、 御子 孫 長久な らんに は、 仁義 善政の 大盆 あり。 仁君^^!^の愼 懋 めて、 

i 九 輯卷之 五十 一 五八 九 



南 捣里見 八犬傳 五八 八 

C こつ- たつ か 、ひべ V? お ほ ミのご ふ し じみぎ けんめい 

船ば、 匿の 股 をのみ 見 給 ひて、 龍の 頭 を 見給 はす。 因て 思 ふに、 老侯御 父子 は、 仁義 賢明の 君 

なれ ども、 德を屮 I に 施す こと を 得す、 反て 八 犬士の 如き、 .SMi ^腹心の 良臣 を、 得 給 ふべき 祥に 

- かの ミ き; W なじ i りゃう かし 八 すぎ,、 らう ぢもミ ほり-. -ち 5 だ ゆき そのたり _ し そんす a! 

や あり りん。 又 那時隨 從の兩 家臣、 杉 倉 氏 元 堀 S 貞 行が、 n ハぉ、 龍の 尾 をのみ 見た る は、 子孫 末 

衍に 至る まで、 l€ 家の 〔r^ 宰 たりぬべき、 祥 なりけ るか、 いまだ 知す。 银ば して、 臣も亦 

へんせ-' たも へい ほ れんす る たいけ, C S わ かん , すな はち てん 

贤 なれ ども、 只 福 小の 國を冇 ちて、 丘ハ -il 連 帥の. K 櫓 を 執る に 由な き^ 和漢に 多 かり, "I 刖天 

わ、 二 ;;5«-ズ、ニ?, -t,^ ごく せ、. S い ; i ミへ かの せ, ゥ れつ リラび めざな ゆん ミく けん くん たう じ 

也 <i 也。 請き 山 ぼ 末 三國の を もて、 是に 譬ん。 那昭烈 (劉 備守 玄德) は 也。 常時 十八 

諾矣 ありと いへ ども、 お 仁 1^ 忠信に よく 及ぶ 教 なし。 且是に 相た る 者、 諸 葛亮、 龐統、 法 松 費 

b 1 iA-- I i ^.7 >, i .J ナ、 さち 5.tJ、, し-ひしん こ ゆ、 r- しん くわん うち や、. -ひ て ララん ほ て-.' く.;: うち、 フ 

ま、 ^^、萎まの 如き、 !?^^忠誠の衆臣ぁり。 又 五 虎の sei 羽 張 飛、 趙 tfi 超 黃忠の 

」 —く: /. 一 ぎ うちた ひら かんしつ さいこ ラ は しょく へんせ- 7 

如き^ 妙 がらす。 しかれ ども、 魏を討 夷け て、 漢室を 科 興す る こと を 得す、. 巴蜀褊 小の 地 を 

- ?ク- て、 f う す- ち じんりき こラ ていり 、ひぜん ふ せ、 ゥ 

ちて、 Ki" 私 號を稱 する のみ、 是 肌 天 也 命 也、 人力の 及ぶべき にあら t 後 帝劉禪 不^に 

して、 が Ms, けゲ S しし かば、 父子 纖に 二世、 s> 餘年 にして、 國 亡びに け-り。 初 烈の に 

t , s くわ. b,- ひし だい さかん かん くむ くな り あか 3 たつ ミ 

うち 入りし 時、 1 ^都に 火 井 あり。 是 よりして、 其 火 漸に壯 になり ぬ。 漢 は火德 也、 色 は 赤を資 

ベり。 是 まに « て、 1 ^きに i べき^き ビぃ へり。 ぎば にや 其 帝 ii を稱 する に 及びて、 く 件 

c>^; .s- ん: Jft いくて せ 5 れつて い ほう しょ; * つぶ こ- 7 こラ ひし だい ぉミ ろへ 

の.^=^^ぃょ/、燃て1§斷なし。 恁 昭烈带 は 崩 じ、 諸葛武 侯も錢 じて より、 せ:,、 火漸に 衰 て、 



かって. r. くよ し Vv ね ..cs こうわ か 2 ふ/ くじ や、.^ t > I 

猶疑ひ 思 ふよし あり。 嘗 間義實 老侯少 かりし 時、 結 城 落城の n: に 死 を;^ れて、 いかで 安 1^ へ 波 

さんと て、 相 摸なる 三 浦の 海邊 に、 船 を 徵め給 ふ^に、 白 龍 俄然と 海より 起り て、 天に 登る を 

たフ *7 ろく づ ミく .c,r 'しゃ ひ A; じ も-.; J きん • 、了、 * i 

見 給 ひに きとい へり。 龍 は 鱗 虫の 君に して、 ぉ德を 王者に 比す。 源氏 は 素より 金^に て、 . ^は 

しろき たつ ミ され よし ざね ねし も は いた じんよ y> ) ^> くし- * や *4 しに 

白を贵 ベり。 然ば にや、 義實 i^、 安房に 造りて 幾程 もな く、 祌餘が 爲に義 故; て、 逆に 山 下 

さだかね ち-ひりく t ろ めんざい ふくち- ソ み は へい ウー. <: かづ さ ,< 'ちし ヒノ , 

定包 を、 誅戮 せし より、 满呂 安西 さへ 伏誅 して、 安房 四 郡 を 併^し、 更に 上總を 討從 へて、 を 

けんく, C しなり ねし し はつらん ほ ま かづ さ ぴミ したが は b ふく し 

さく 贤君 の^え あり。 其 子義成 中: 义 出藍の 譽れ 高く、 遂に..: 總 人の 從 ざる を 威服して、 下 

ふさ はんごく うちな び ぞ八 せいほ ク> こ くにた み みな ゆうしゅ x; な じ 人 ぎり や;,.! =ん 

總华國 を 討 靡け、 善政 施さ, r る 所なければ、 國民皆 堯舜の 忍 ひ を 做せり。 其 Li 義良 善の、 た 

る を 思 ふに、 今の 諸侯 多し といへ ども、 儔 あるべく も あらす。 矧 又、 八 犬 士又和 殿の 如き、 

えいぶ けんさい りゃう しん .a, つ はくりよ. リ しゃう 5^ ゐ つ ひ あし.? --l-r- ぢ あめのした れんす 6 

英武 賢才の 良臣多 かり。 且白 龍の 祥瑞 ありし を 思へば、 竟に足 利 氏に 代りて、 天 下の 速 帥た る 

かなら ザ さミ A うぢ さ fuA かた. r み へ. zf め は かづ さ り T 

べき 种は、 必里見 氏なる べきに、 然 はなくて、 鬼 の 一隅、 褊 小なる、 安房 上 總を領 する のみ、 

しも ふさ はんごく ますこ ミ こ -5- り ゃラ くわん れい た t かひ かち た ♦* — せめば 一り 

下 總半國 の 外に、 又 地 をお^ を 得す。 去歲の 冬、 兩 管 傾と 戰 克て、 偶 攻 怖た る 敵の 三 四 

箇城 も、 ^睦の 後 は 返し 與 へて、 鄙 語に いふ 濟ても 三百、 勞 して 功な きはい かに ぞゃ。 §ば, 

^る たの じんぎ ** たんき けんけい かなら f べん いかに ろん たかつ ぐ- -っニ 

瑞も負 みがた く、 仁義 も 亦 益な し。 資兄 必 辨 あらん、 爭: n ぞゃ。 と 論 すれば、 孝嗣 i^. 爾 とう 

s】 み いな かの はくりよう たかつ でんぶん りミ きた, ヒ お *4 

ち 笑て、 否、 我 思 ふよし はしから す。 那白 龍の 事 はし も、 孝嗣 も亦傳 ながら、 抓ゅ擺 田の あ 

第 九 輯卷之 五十 一 五八 七 . 



南 捣里見 八犬傳 五 A 六 

郝奈須 野なる 毒 石 は、 吡霜礬 石の 顔 なる を、 附會 してい ふならん。 非如^=|ハ事ぁりとても、 玉 

も のごミ じ 0- ぶつ わざ は ひ まさきぎ つね れいこ なり っミ む. OVJ ころよ いさを ひろつ ねこの り 

藻 如き は 邪 物に て、 至る所 人に 莩 す。 政 木 狐 は靈狐 也、 勤 所 世に 功 あり。 廣常 這理. を 知 

か ひ ミ.. しり 、ひ けっし いみきら ちゃうら, フ 

ら ざらん や。 那 人倘靈 あり とても、 決 て 忌 嫌 ふべ からす。 長 老 こよろ 安 か るべ し。 と 解れ 

X つ、 r- ぢ yif なな せつ モラ せんさい しつ ゆん かいよ ラ P ぶ むね A っミり あは 

て 住持 は 頭 を撫 て、 拙 佾輮才 にして 失言せ り。 いかで 海^ あれ かし。 と勸 解れば 宗盈執 合し 

ねし ミきん めうな り ちゃ 、ひら ラ しゅっけ ほ 八し や f あやまち かざ 

て、 政 木主說 得て 妙 也。 長 老も亦 出家の 本 性、 愆 を 飾らぬ は、 人の 及ばぬ 所に て、 共に 感 

かの くわせき ひきい ,ゥづ む ぶ やくら やつ がれす ベ もろ ひゃくし や 5 お ほせ 

心の 外 候 はす。 那 化石 を牽 人れ て、 埋 るまでの 夫役 等 は、 卑職 都て 衆莊 客 に、 課 て^?5-ょく 

ぢラぢ たかつ ぐ あ ひ よろこ しゃ えう だん はて ぢ、 っぢ 

計 ひてん。 とい ふに 住持 も孝嗣 も、 相歡 びつ i 是を 謝して、 要談 旣に しかば、 住持 は辭し 

その to き やくそう , しゃみ お ほせ す- のぶた, f\ た. 》 

て 返りけ り。 登 時 又 役 憎 は、 沙彌に 課 て、 茶 を 薦め、 染子を 薦めな どす る 程に、 ^2^隆 は 孝 

つぐ さん だいせ, C ねし ミし わか たまもき つね iC んべ <: ふろ はかせ 

嗣の才 を 感じて 且ぃ ふやう、 大全 主 は 妙 年 なれ ども、 玉藻 狐の 事な ど は、 論 辯 老儒 も 及ぶ ベ 

つき こりょ ラ のせ かな., Tsw しゅっしよ 

からす。 就て 擧 せま ほしき よ しあり。 狐 龍の 事 は、 何等の 書に 載た る を 知らす、 必 出 所 

あるな らん、 まく 欲しう 候。 と 問ば 孝嗣、 然ぱ とよ、 狐 龍. の 事 は、 囊に犬 江 親 丘ハ衞 が、 旣 

き じ き 、„ で いまわん ゑんかん ろる.? * ん つ はの ぶ のせ そら 

に 見る 所 ありて、 奇寧 記に 出たり とい ひに き。 今按 する に、 淵鑑類 fs、 狐 部に も 載 たれ ど、 空 

言な らんと 思 ひしに、 疑 ひ 解て 候 也。 とい ふに 信隆點 頭て、 現に 寄 は 見るべき 奢 也 かし。 今 

はくしき t へ たれ こ, リ t-.J しゅっしよ よろこ ます もの され こ, リょ. P しょうてん . つき ■ 

3& 識の敎 なくば、 難 か 狐 龍の 出 所 を 知らん。 歡び是 に 優お なし。 然 ども、 狐 龍 升 IK の 事に 就て、 



又い ふやう、 這 奇事は a- のみなら す、 5 お 時 犬 江 鋭兵 衞も、 E 掣 したる 所に て、 狐 龍の 先 言 Ei- し 

たが つ ** びら.?, しゅかく ひミ しくお ぶろ, た 八 い ぶん 

て 違 はす、 一大 奇 事に 候 はす や。 とい ふこと 詳 なりければ、 主客 ー齊駭 嘆 じて、 異^な り 

た-へ その ミき たかつ e つき われら じ やう ケ. ん くだん こりょ 5 くわせ? た.,' じ ない 

とぞ稱 ける。 ?: DS 下孝嗣 又い ふやう、 右に 就て 咱等情 願 あり、 いかで 件の 狐 龍の 化:,^ な、 $^ 

まい さラ つか /. つつか ほり ざ つび お ほた さ きじ や 、ひ のち かならずて. < 'しんい i つつ ぢ 

に 埋葬して、 爆 を 築 まく 欲す。 雜费 は大田 木へ 歸 城の 後、 必 調進 致すべし。., とい ふ を 住持 は 

うち ii て、 ぉ義こ >A ろえ 候へ ども、 C お 寺に は 上 總介廣 《5 の、 .r^^ 輪 石塔 婆あり、 在れ 近衞院 天皇 

ij-r- こ へん 八た 》* もの まへ なり A が-ど なや A こざの り て, cb 人 はかぜ yh^ やす 

の 御 時に、 妖狐變 じて、 宫嬪 玉藻 前に 化て、 帝 を惱し 奉りし かば、 詔 して 天文 博士、 加茂泰 

ちか よ-,? は えう こ つ ひ たへ しもつ け すの いたり かく こ .《に おいて み うら のす け 

親に 禳せ 給へば、 妖狐竞 に 勝す して、 走りて 下野なる、 奈須 野に 到て 躲れ たり。 於 は A 三 浦 介 

よしめ きら かづ さの すけ ひろつ. U ち はの すけつ ねた ねら みこ ミ のり なすの いたり きつね から くだん んラこ ひろつ ね 

義明、 上總介 廣^、 千 薬 介 常 胤 等に 詔 して、 奈須 野に 到 て 狐を獵 しむ。 件の妖狐は廣^8が、 

いる ャ つ ひ た ふ け ひミっ さくせ き な せっしゃ. r- せ/,, かれ これ こ ミ 

射箭に 宽に斃 されて、 化して 一 箇の ^1$ 石に 做り ぬ。 世に い ふ 殺生 石:! 疋也。 彼と 此とは 異なれ 

その ♦* さ.? ぎつ ね くわ いし な た, つじ まい さ. 7 いたし これひろつ ね い かの 

ども、 其 政 木 狐と やら ンの、 化して 石に 做り たる を、 常 寺に 观葬 致な ば、 :::^ 成^の 忌む 所、 那 

り や、.' やす このぎ いかに だん たかつ. zti ちゃ ラらラ こミ たが かの irl-r' 

靈 安から やや あるべ からん。 這義怎 麽と談 する を、 孝嗣は iw あへ す、 長 老 の言錯 へり。 那九 

ぴ ん、 r- こ た * もの へ ちか-.. f ろみん はく も;^り ほ-ひじん ん 八:? なら ^いく;;. C しゃり, ひ しんさく 

尾の 妖狐、 玉藻 前の 小說 は、 近智明 舶の齋 したる、 封 神^ 義に做 ひたる、 稗官 ^流の 新作 

なり さろ さくこん よ あ. b は か がくし ふ のせ のうがく え 5> よく 

也、 素より あるべき 事なら す。 然を 昨今 世に 見れ たる、 下舉蕖 に是を 載、 又能樂 の;^ |=§ にも、 

せっしゃ、 リ せき だいもく つくり ま うけ く t き よ ひミ こ じ 

殺生 石と 題 目して、 作設 たりければ、 奇 に 走, る 今の 世俗、 いひ もて 傅へ て 故事と 思 へ り。 

^H^, 卷之五 十 IT EAE 



. — 南 捣里見 八犬簿 五八 四 . 

たかつ ぐ たけ だ のぶた か 九 だの::! ねみ つ は fc みち ミ よら しろべ 》* づ ひろつ ね , ぼ: せき i I : /や ** のね;^ 

孝嗣 は、 武田信 隆江田 宗盈、 畑通豐 等に 案内 をせられ て、 先廣 常の 墓石 を 見る に、 染 して 山 脚 

もさ まら うち ゆ さ t やか ひ めい りんた う うせ さく , 

なる、 沙 洞の. 2: に 在り。 現に 蕞 小なる、 無銘の 五輪 堂 なれ ども、 半分 は 亡て、 高さ 二:; < に 足ら 

」 二. - あなごけ つ t ま たかつ ぐ ぶ ぜん しほ しんつ 

す、 只靑 苔に 裹れ て、 それ かと も 見え ざれば、 孝嗣は 憮然と して、 ー霎時 謁して 且 いふ や う、 

在 昔 上總介 廣^ は、 常國の 介に して、 ニ萬騎 の大將 なりき。 しかれ ども 身は誅 せられ、 函 」し び 

にん. せつ み る た r は, C たい りんた ラ そ, c(- 

て、 子孫 斷絕 したる より、 今に 至りて 觀べ き^は、 只 半體の 五輪 堂の み、 抑 亦 悲しから す や。 

しャう { . いき ほひ さかん しゃ!^ もん. せん みた もし そのし よく でん. て.^ じ 

世に 相將の 威權壯 なるとき は、 ホ 1^ 門前に 満 ざる 口な く、 倘其職 を 去る とき は、 殿 庭に^ 羅を 

よ る えいこ ミ くしつ こミゎ つ ひ ** ねか のぶた か むねみ つみち ミ よみな もろ ミも さ:た,^ , > > つち 

^べし。 榮枯 得失の 理り、 誰か は竞 に!^ るべき。 といへば 信隆、 宗盈通 豐皆共 侶に 嗟嘆し つお 

7 a にち くい, 1 やくそう は is- . や,. J- きゃくでん t や, つ だい たかつ.^ すな はちし やうき やく むね, ^ つ. の ふた •fl- 

痰ー立て^^關に赴けば、 役 憎 早く 出迎 へて、 纏て 客殿に 請 待す。 孝嗣 刖 正 客 たり。 宗盈信 降 

さ に. 7 をり み ちミょ しも くら かくて かんち? - .0 や を は ぢうぢ いで たいめん モの え • だの や .^^1;;- 

は 左右に 打、 通豐は 下座に ぞ 侍りけ る。 恁而着 茶の 禮维 りて、 住. 持 出て 對 面す。 1€ 下 汀 田 i 一 k 盈 

ぢラぢ ヒ かつ.;、、 ひきあ t- くわせ さ ミ しめ たかつ ぐすな は ちぢ、 フ; つ いまがたた うじ 

は、 住持に 孝嗣を 引合して、 化石の 事を說 示せば、 孝嗣 則 住持に, M ひて、 方條常 寺の 門前に、 

あまく:;: こりょ^.' くわせき わ 5i ら ゅ^^り びゃっこ しラ九 八 か や、 7 I まさき ざつ, ぶ 

天降りし 狐 龍の 化石 は、 咱 等と. E 綠 ある 白狐の、 終焉 を 示せし 也。 其 故 は 筒 樣々々 。 と 政 木 狐 

もミ する! かれ たかつ.^ は *- 5 け おん むく は を ミ i し なつ むかひ を か ん;; じお つ 

の 事の 顧 末、 他 は 孝嗣の 母に 受 たる、 舊恩を 報ん 爲に、 去々 歳の 夏、 前面の 岡に て、 妖術 を も 

た.^ つぐ ひじつ しけい その ひ かれ こうく わみ ち こりょ 5 なり しのばず 1 しょうてん 

て孝嗣 の、 冤 屈の 死刑 を 救 ひし 事、 當日他 は 功課満 て、 狐 龍に 變て、 不 忍の 池より 升 天し ぬる 

のちみ ミせ へ た- 2 ごく 、 ミ i!; しめ 

折、 後 三 稔を歷 たらん に は、 常國 にて 其、 終 を、 見ろ よし あらん、 とい ひし ことまで、 說 示して 



^!:狐旣に千歳を歴て、 :i=^ 功德多 かる 時 は、 化して 龍になる 物 あり、 是を狐 龍と 喚 做したり。 こ 

でん ふん を ミ ミし なつむ かひ を か わが ひっし すく **3/r>;:' ねすな はち この 象 さ, V らね 

は傳 聞 の 事なら す、 去々 歳の 夏 前而の 岡に て、 我 必死 を 救 ひたる、 政 木 狐 卽 nlo 這 攻木狐 

, ミゲ こミ -ヒ ふ • はし ふたり もろ ミち 

の 事 はし も、 說 まくす るに 言 多ければ、 14- には盡 しがた かりき。 とい ふ 閒 に: 吶 個の 武士 も 共 侶 

す { たかつ ぐ t さき ねし はじめ はいめつ か ♦* つ やつ がれら たてやま しろ 'にん え にの 

に、 找 みて 孝嗣に うち 向 ひて、 こは攻 木お、 初て 拜而 仕る。 卑職等 は、 誼 山の 城の 頭 人、 江 田 

らうむ ねみ つ はた なつさくみ ち- ヒょ ちかごろ やかた ちゃうなん い てん 12 て や i ざい は 八 

九 ー郞宗 盈、 畑 夏作 通豐 にて 候 也。 近 曾 Si の 仰に よりて、 廳 陶 より 移 特 してい 山に 在^ 仕り 

こ- * ら じんじゃぶっかく こ き ろく じふ もつ てんけん ため け ふ た、 ひじ 、 はか 

候へば、 這 頭なる、 神社 佛閣 の、 古記 錄 什物 を, 股 檢の爲 に、 今日し も 常 寺へ 來 にけ るに、 料ら 

す武 田虫に 來<1:: せられ、 今 又 和 殿に 對面 $-、 歡び は门ハ是 のみなら す、 耳新しき 狐 龍の 化石 を、 兒 

聞 幸 ひ 多 かりき。 と いへば 孝 嗣禮を 返して、 豫て ii 知る 江 田畑 兩生、 思 ひがけな き對而 は、 よ 

さ. てこの くわせ. 3 つき た-ひじ ぢうぢ めん にん こ は おも 

き 折からに 候 也。 却 這 化石の 寧に 就て、 常 寺の 住持に 面談して、 請 まく ほしう W 〔"ふよし あり、 

こ W ほ そへ たま たのめ むねみ つい ぎ そ 丸 さ ふら ふなり いざに ♦* > や くでん かつな は V* 

いかで 詞を添 給 ひね。 と 憑ば i 矛盈 異義 もな く、 开 はこよ ろ 得 候 也。 誘 給へ 容殿 にて、 ^^猶餘 

だん うけ ま は たけに ねし もろ ミも いさな ひたつ はたみ ちミょ さ? たち しろべ され さき たか 

談を 承 らん。 武田主 も 共 侶に。 と 誘引 立れば、 畑通豐 は、 先に 立つ. -案 €: をす。 然ば政 木 孝 

つへ.、 のぶた 5i むねみ つ もろ ミも ミも びミ ひか しゃ A て.. ミこ かた-へ 、き 

嗣は、 信 隆宗盈 と 共 侶に、 自他の 作 c?^ 相從 へて、 引れ て 寺 €: へ 人る 程に、 沙彌^ 入 は 側 問し 

ミ,、 は うぢ やう つゆ はし さき fr ぁミ きんじょ ひゃくし や S はら そら おら J 

て、 疾 方丈へ 告ん とて * 走りて 先へ 返りけ る、 迹には 近所の 莊 客 們、 天より 墜 たる 石 を见ん 

とて、 走り 聚ふ 齐堵の 如し。. 又. 寺よりも 年少き 生 an 等の、 立 出て 觀も多 かるべし。 爾 程に 政 木 

第 九 轔卷之 五十 一 五 < ; 



1 1 I 南 總&: 見 八 4<傳 I , 五八 〇 

おち くわせ さ たかつ ぐし ぼく た み ? 6 つぶ ゆび あの ひミ たら う. L1 

墜 たる 化石と 孝嗣主 僕の、 立 在た る を 見出して、 胆を 潰しつ 指さして、 那 人達 は 震れ もせで、 

たへ ぃミ S なり はし ひミり ぶ レ たかつ ぐ ミく Mrjuri ねし 

よくこ そ % たれ、 最奇也 。とい ふ 問に、 一個の 武士 は、 孝嗣を 得と 見て、 开は政 木 主なら ざる や。 

たけ:;.: のぶ 仁 V たかつ ぐ そなた さ なり ころい な ひら はじめ 

武 田信隆 にて 候。 とい はれて 又孝嗣 も、 急に 其方 を 見 かへ りて、 然也 いぬる 比稻 村に て、 初て 

たいめ いたし たけに ねし rv- が ち;' うなん たう じ まラ e たま 

對衝 致た る、 武田^ 恙なき や,。 廳 南より 路 近から ぬ、 常 寺へ 何等の 所用 ありて、 みづ から 詣給 

のぶた か さ f われら せんけつ わら は r- み い れ. うモく か- 7 tf" くせつ 

ひたる。 と 問れ て 信隆、 然ン 候。 咱等は 前 月癒疾 にて、 醫療卽 効な かりし かば、 俗 說に從 ふて、 

つか ひ つ か は かづ さの すけ ひろつ ね りんせきた ふ ほ こけ ミら ふくよ、 フ いた づきた ちさころ 

常寺へ使を造しっ、.上總介廣^5の、 五輪 石塔 婆の 苔 を 採せ て、 そ を 股 用し 候 ひしに、 疾病 立地 

おこた はて かんしゃ たへ しのび.. (- かへ り まう し わ さの こ t ら 

に 瘥り果 しかば、 感謝に 堪す悄 々地に、 をし ぬる 也。 和 殿は乂 何 等の 所用 ありて、 這 頭 

を 過り 給 ひぬ る。 折から 今の 雨天 變、 恐るべき 這大 石に、 僕れ 給 は ざり ける は、 是高 運の 致 

しんめいぶ つ: i か h まこ ミ が しゅく たかつ ^ro ャ さて は ひろつ ね ぼ せき 

す 所、 神明 佛陀の 加護な らん。 i 是に賀 すべし く。 と 祝せば 孝 嗣禮を 返して、 原來廣 常の 墓石 

こけ か-り ゆん きょ だ 人 われら い. H ま り tvr- し-り やかた たてまつ 

の 苔 は、 效 驗虚談 にあら ざ^けり。 洒家 は新參 にて、 いまだ ニ總の 地理 を 知ねば、 舘に願 ひ 奉 

りて、 隈なく 履歴し ぬる 隨に、 常 寺に 廣 常の、 五輪 塔 ありと 聞知り て、 見ば やと 思 ひて 來 にけ 

f^7 さり あまさへ く;: せき あまくだ あ ひ むかし からく にき しう a いしお つ ものし か.. i\ 

るに、 E^.f 雨に 路を去 あへ す、 剩 化石の 天降る に 逢ぬ。 在昔^12山姬周の時、 宋に石 墜る者 云云 

しゅんじ ラさ でん あるひ ほしお ち 

と、 春秋 左傳に 見えに り。 或は 又星薩 て、 石になる とい ふ 者 あれ ども、 是は それに は 同じから 

す。 旯 給へ 狐 龍の 化石 也。 とい ふ を 信 隆?? ^りて、 k 龍 は 抑 何 なる 物ぞ。 と ば 孝嗣、 然ば とよ。 



き も 力 より ミ 43 き やう うたが は ち、 つ そ じタ い .d-y の. 

忌 を 犯せし かば、 頼 朝 卿に 疑 れて、 罪なくて 誅 せられに き。 开は赛 永 二 年の 事なる を、 載て 

あづま かビ& つ 4* びら か いで われ たち せきた. i- は いらへ ちし xa- b-t き くわう じ 

束 鑑に詳 也。 先 や 我 も 立より て、 其 H 塔婆 を 見て ゆかん。 と應っ i 歩な, 饿 めて、 稍 金 光寺 

もんぜん さし そらに はか かきくも ミ きいな びかり ミ きケぜ さつ ふり そ b めつ *tu- ち 

の、 門前 投て來 にけ る 程に、 天猛 可に 結 陰りて、 疾 |£J 光 勁 風に、 雨 さへ 颯と 降沃 ざて、 乾坤 忽 

まちね ► a た* や - すだ <-> きんく わ..'. etc * ら ,J お つ 

地 野 千 玉の、 烏 夜に なりぬ る ほどし も あらす、 救 道の 金 光四 下 を 射て、 天より 挖と墜 る 物 あり 

ぉミ だいち くづ た ふ たかつ し S ぼく もな や はし ふり 

其 音大 地も頹 る-如く、 人堪 ベく も あら ざれば、 孝嗣 中: 僕 は 吐 嗟とば かり、 走りて 老 たる 松の 

もミ ひそ ま fS 、ひぜん っぞ ひたち しはらく あめやみ そら はれ ひ か^く さ li 

下に、 身を潛 しつ. -忙 然と、 聚 立て ありけ る 程に、 姑且 して 雨歇天 1; て、::: 光 隈なく 刺す 隨に、 

たかつ ぐ しゅぼく まなこ た *s いま そら おち ミ b ぃミ 

孝 嗣主僕 は睛を 定めて、 目今 天より 墜 たる は、 何なる らんと て、 偶に 見る に、 正に 是:: _取 大きな 

たミへ その かたち さながら わ.:,: かま たつ 一-》 ミ や、 r- ベ みづち みづち つね 

る 石に ぞ ありけ る。 譬ば其 形狀、 宛 蟠 る 龍の 像く、 頭 は 虹に 似て 虹に あらす、 狐に も 似た 

T こ の たてよこお よそ じゃく はかり ま が しろ, いし さもび ミ 

る樣 にて、 尾と おほしき 者 九つ ありて、 縱橫約 三 2< 計、 紛 ふべ くも あらぬ,::: 石 なれば、 伴 常 

ぶか そ たかつ ぐ はらのう ち さて は この こりょ. くわせ > さき y つね やく 

訝る 开ガ 中に、 孝嗣 はつらく、 と 見つ i 吐 嗟に 思 ふやう、 原 來這狐 龍の 化石 は、 政 木 狐が、 約 

そくた が かれ す. r- つき きなり? I ひたすら かんた. 

束 違 はす、 他は旣 に數盡 て、 終 を こ i に 示せし ならん。 奇 也々々。 とば かりに、 ,只 顧 感嘆し ぬ 

この てら もんない しゃみ てら を! C こ もろ ミも たち いづ みたり ひ ミリ >J しょ そぢ はかり ふた 

る 折から、 這 寺の 門內 より、 沙彌道 人と 共 侶に、 立 出る 三 個の 武士 あり。 一 個 は 年 四十 許、 兩 

P ,€ そぢ #-A_-w い.^ れ ひ.. != がら ひな つる おの も., - くず の はか- » すそ さき ひ ミへ: a お. 9 

個 は 三十 前後に て敦も 骨相 鄙なら す、 ー對 ならね ど 各々、 身に は 葛の 野 袴に、 裙 裂の 單 外套 を 

き だいせ う りゃうた. フ おび ミ もびミ くみこ じん およそ そう 《<i く 

被て、 大小の 兩 刀を帶 たるが、 伴當夥 兵と おほしき 荐、 十四 五名 ぞ從 ふたる 。約英 この 佾俗 は、 

第 九 輯卷之 五十 一 五 七 九 



南 總里見 八 犬 五 七 八 

およ こ さ じ やうし ゆ あは かづ さ なつよし なり; 3 し まう 

旣 に?^ 田 木の 城主 たれ ども、 いまだ 房總の 地理 を 知らねば、 この 年の 夏義成 主に 願ひ稟 して、 國 

へん, t き もミ しのびの たび ミ もび W ぃミ りゃく にん すぎ き £5 

中 を徧麼 す。 素より 微 行なれば、 伴當 など は最 略して、 士卒 六 七 名に 過ざる べし。 身 も 亦 騎馬 

かち べんり まづぉ ほた きね こや しろ いし ふ あ *♦ は ふた こほり 

ならす して、, 步 より ゆく を 便利と す。 先. K 田 木 根 小屋の 城より 遠から ぬ、 夷 ii 天 羽の 二 郡より 

** じ. A .1 せ ,• しらす り さミ ざ ふしき むら よぎ ミ もび ミ うち みちしるべ らう ひや- r- たかつ ぐ つぐ 

I- だとて、 他 In 村 硬の 里、 雜色村 を 過る 程に、 伴 常の 中に、 鄕 導の 老丘ハ ありて、 孝 嗣に告 る や 

、ま..? "に よぎら ふ せ ひら また ふ せ つく むかし かづ さの すけ ひろつ ね すみ たち ぁミ さ 

う、 が 僅 過せ 給 ひし I;: 善 村、 (又 布施 村に 作る) は 在 昔 上 總介廣 常の、 住し 所に て 舘の迹 あり。 然 

*ヒ こ- 3 の クミ たてやま あたり ひかし ひろつ ね や ** やしき 

る を 今 は 土 人 も 知る 者 稀 也。 又 こ. - より 程遠から ぬ、 舘 山の 城の 四 下 は、 昔者廣 常の 山莊な 

た cv ま f.< のこ され あ U たてやま まさし 

りナれ ば、 今 も 館 山の 名胎 りたり。 然ば 安房なる 舘 山と 同じから す。 是等は 見ぬ 世の 事 なれば、 正 

し す?, -り ISM お! i つぎ ひら かの くし わらべ *< しまつ わ こ 3 みのお や も A $ しゅくしょ 

き 照楚. も 候 はす。 今^に 硕に 隣れ る こ 接 村に は、 郝 神童、 增松和 子の 實父、 阿 彌七叟 の 宿所 あ 

この さ ふしき じら .y ち あざな ふろ 九 ミころ い わ-つ V」 八 きんく わ-つじ よ〕〉 P / . 

り。 それよりも 猶近 かる、 這雜色 村の- s: 中、 字 古 江て ふ 地方に、 醫王山 金 光寺と 喚^した る 一 

C b た、 か i ん みん V いこち じょら い この きんく わ、 つじ ひろつ;;? し そく お.? つき より ^1 

座の, 刹 あり。 こ は 台 家に て、 ボ尊は 大日 如來 也。 這 金 光寺に 廣 常の 子息の 墳墓 あり。 因て 山 

E.^ お 【辦 I とも^ 肥したり。 ー』ー| 寺 ほなる 山 脚 を^ち て、 洞の 如くなる 所に、 故た る 無銘の 五 

ミこ..' t ^ユミ も..! -っ たへ いづ さの すけ ひろつ ね はか わらべ や ふ 3 れふ せきた ふ あ^こけ 

あり。 爿 n% や 廣 常の 墓な りと いへ り。 疲疾を is- る 者、 其 石塔の 苔蘚を 

ナ づ > 'こ- こ P/Jyff^ そつ こ 5 おこたら -yh-l \ そのこけ ミ ものた 九 

ifcr て、 水 に^して 飲 時 は卽功 あり。 瘥 ざる 者 ある ことなし とて、 折々 其 苔 を 採る す 候。 

ヒ かつぐ St かづ さの すけ ひろつ ね か** くらさ ..-ij ふ ノ I い— さ を !^, こ い J^mJT か •、 

とい ふ を孝嗣 うち iw て、 上 總介廣 常 は、 縑倉 創業の 功 E なれ ども 功に 誇りて 忌 博ら す 屢嫌 



みに して、 いまだ 臥 箄を俱 にせす。 £ 地に是 に告 ていふ やう、 見ら る i 如く 我 身 は 大人 備て、 心 

ざま ? X ミし なほ はや しきじ や、 r- うごか .bt いまなん によ まじ はり な 

術 こそ 輝から ね、 年尙 十五に だ も 足らざる に、 夙く 色 を 励す ベから す。 倘 A「w. 女の 交 を 做 

さば 、襲に 八 西 比丘!:^! i の 妖術に て、 立し 浮 名 も 亦 さらに、 人の 疑 ひ を すべし。 この 故に、 我 

W し をのへ へに や f,>3 り め 4* ね ぐら ^.u-a ゆろ 

年 十七に 至る まで、 峰上隔 つる 山 の、 雌雄の に 傚 まくす。 こ の^を 饒し 給へ かし。 と 又 他 

ミ きしめ しづを ひめ ,t の 仁 ま おもむ こ £o はべ くれん しょ たのしみ い 八 ,i 

事 もな く 解 示す を、 靜峰姬 うち ii て、 宣ふ 趣 理 りに 侍り。 關 は て 、浮せ すと か^にき。 

夫婦 は 一^の 恩愛なる に、 なで ふ 添 臥 をい そぐべき。 左に もお にも 御 身の 隨总、 行 ひ 給へ。 と 

いらへ む ミせ まくら ならべ ねじ され つ ね をつ ミ 

應っ i、 是 よりの 後 六^ あまり、 枕 を 並て 睡る ことな けれど、 然ば とて 疎から す。 生; 牛に 良人 

かへ つ したし かくて しんべ ろ; ミし ふうふ はじ ふす i かさ.; 3 

を 敬 ひて、 反て 意中に 親み あり。 想 而親兵 衞が年 十七と いふ 赛の 比より、 夫婦 始めて 衾を累 て、 

ひ もくれんり まくら なら い .r- せんくつち, フ ひミ のち f レ かんたん 

比 E 連理の 枕 を 並ぶ る、 遊仙崛 中の 夢 を 結びし を、 人後に 知りて、 感嘆せ ざる はな かりけ 

これの ち ものがた. なり され こんいん まさ.? だい ぜんた かつぐ くんめい いね さかい a か は 

る。 こは是 後の 話 也。 然 ば犬士 等が 婚姻の 後、 政 木 大全 孝嗣 も、 亦^ 命に よりて、 犬 阪犬川 

なかだち ** り ややな ぎ ろ あ ね かつら ひめ こんいん よろこ かづ さ しひつ X- んぢょ ぞう こくいし 

媒阶 にて、 眞利谷 柳 丸の 女 兄葛羅 緩と、. 婚姻の 歡び あり。 上總 なる 椎 の 城より、 嫺女 :!!^ 爽 

みのこ ほり お ほた き む へい かいら. r さ、 ひけつ ち y り あさ て. ぶみ むすめ やま は W ぐ-し 

1, 大田 木の 城へ 迎 入れられて、 ^老; ^穴の 契淺 からす。 又 照 文の 女 兒山旭 は、 .^十 一 二の 

ぁづ のまへ みャづ かへ いさま 7L , じ ろく 

比より、 吾孀 前に、 給 事して ありし を、 この 時 十八」 J にて、 身の 暇 を 給 はりて、 養 嗣紀ニ 六の 

じふ じ ら. r- てるあきら め も は くんおん おの {- そのよろ 二 し さろ ほ- S まさき たかつ ぐ 

十 一 一郎 照 章に 妻 せけ り。 皆是 君恩の 厚き によれば、 :^、 歡び 知る ベ し。 爾 程に 政 木孝嗣 は、 

第 丸 轔卷之 五 五 七 七 



南 線 里 a 八 犬 W 七、 



警 八十 勝囘上 m ^け 石.; し 一に す 

八 行璧. ^反して 八 行 十 世に- S ふ 

のぶ たか ;; ね みつ ふろ 九 たかつ 

信 隆宗盈 古 江に 孝嗣 !.: ふ へ も ン 

まさ き だい - せん ろん ベん わ かん 1:= による ) 

政 木 大全 論 辯 和^.^ 引 く 

また ミく たけに のぶた.^ ちゃ、 つな A: !? げんにん ほんり や、 つめん,. ご ち i *4 る づ しょの す *:ミ よ し 

- 復說、 武 田信隆 が、 廳 南の 城に 還 任して、 本領 安堵せ しのみ ならす、 千代丸圖寄助歴3^俊も、 戰 

そのき うりや、 r- かづ さの くに ん のもミ け 人 にん やから 

功に よりて 罪 を 許され、 ま、 舊領 なる、 上 總國復 本の 城へ 還 任せし より、 宅 吞老黨 いへば さら 也、 

* は かづ さ かく れゐ ち よ まる ざん ぺ いら き-し かつお-どろ かつよろ こ いさ つ 9j 

安房 上 總に躱 居た る、 千代 丸の 殘兵 等、 n: 十く を ii 知りて、 且 驚き 且歡び 勇みて、 n ならす 聚 

じ や、..' ない ミ もし かもん はんじゃ- フ かくて つぎ W し はろ きさらぎ よしなり ねし や. U 

ひ來 にければ、 城 h 士卒に 匿から す、 家門 繁昌したり ける。 恁而 次の 年の 春 二月、 義成 主の 八 

り 1?.- ミめ ご よ め ひ なかだちび ミミう の VJ.? すけ あら か はきよ すみ このた ら./.'だぅぃラ^}、_'けた.56は なんに よ 

筒の 小 姐 子、 八 犬 士に遣 嫁の あり。 媒妁兒 束 辰 相 荒川淸 澄、 這 他 老黨ぉ 司 奉 りて、 女の 

ミ もび ミ てん はい ゆ ひな ふて 5 さ おく しき たラじ つまびら か あしか V* け じ ぞ,、 

伴 CUE を點 配す。 納采 調度 送りの 式な ど は、 當時 よめむ かへ とい ふ! に 詳 にて、 足 利 家の 時 俗 

ゐ ャ ほビし に ひしろ らくせい 

の 禮を粉 知る に 足れば、 又い ふべ くも あらす。 この 時犬士 等の 新 城 は、 いまだ 落成せ ざる も あ 

& たく すべ おの. {• その はなよめ V が さ、. 'ほ.,' くわしよ く くわん くわい 

れど も、 居 宅 は 都て 造り 出せし かば、 各 其 所 を 得て、 新 嫁 をぞ迎 へけ る。 洞 房 花燭の 歡 會 

けん ふ f モ いねん し 八べ ゑ このよ しづ, で ひめ いろな ほし G さか づき 

は、 §3; も不 $11 も 異なる 事な かるべし。 开が 巾に 犬 江 親兵衞 のみ、 常晚 |£ 峰姬 と、 阁 衣 合 已の 



く 欲しと 願 ひし かば、 开が儘 瀧 田の 城に 在せ て、 蟹 崎 照 文の 隊に 隸られ けり oli^:-.g 犬 阪^ 知:: は、 

た けだ のぶた か あ ひ ちゃ..' なん しろ ミミ にんん だ 0:1: みつはたみ ちミ よら くん.^^ぃ 

武田 信隆 に相俱 して、 廳 南の 城に 來っ、 城の 頭 人 江 田宗盈 畑 豐 J^;- に、 君命な 傅へ 示して、 城 

わたし お ほ れら たちさ ころ t^-t の のぶ かうたい ♦tii む; SA つみち./』 よ 

渡の こと を 課する に、 他 等 も 其 こ. -ろ得 あれば、 事 立地に 整 ひて、 信 降と 交代す。 又宗 盈道豐 

このたび はか. ゥひ よろ よしなり ひ かれら い C 九 しんべ ゑ かへ かづ さ 

は、 這 囘の相 計 宜しければ とて、 義成 下知して、 他 等 をば、 犬 江 親 兵衞が 返し まつりし、 上總 

くに たてやま ミラ にん な このぎ た, U ミも でん つ むねみ つみら ミょ ゃ^-ら ならび 

國舘 山の、 城の 頭 人に 做し 給 ふ。 這義も 胤智傳 達し たれば、 宗 盈趙豐 は、 宅^^幷に士卒四五百 

じん る に r たてやま しこ はんし -?. うたい しゃう がい そのし ろ いね さかた ね VI も 

名を將 て、 徑に舘 山に 赴きて、 那 里の 潘士と 交代して、 生 泥 北 (城 を -i^ir りけ り。 又 犬 阪肶智 は、 

ちゃうなん ひら, でさ ひゃくし や、? b よしなり ねし Js^ ぢ つたへ じ や、 フ しゅの ぶ たか わぼく かって ぞい じん ミ r 

廳^ の 村長 莊 客 等に、 義成 中; の 下知 を傳 て、 城主 信隆と 和^せし め、 且隊兵 二; C 名 を 留めて、 

い 〔^ ひら さ され のぶた や, やから ざ んぺぃ 4- ち こち し び. Q レ いに 八 

稻 村へ かへ り 去りぬ。 然ば 信隆の 宅存殘 兵の、 遠近に 潛, i? たる^、 の 還 任 を 傅 iE て、 皆歡び 

て かへ り來 にければ、 稍 大勢になる 隨に、 a 見の 士卒 二 Kn 名 をば、 武 田の 老黨な 相 添て、 稻村 

へぞ 返しけ る 。是 よりの 後信隆 は、 よく 其、 城 地 をぎ しかば、 久しく 廳ぃ S をお ちけ る。 桉す るに 

ほ、 7 そ ラレ れ、 r. かづ さ ぶ よしひろ ミき ちゃ T- なん じ やうし ゆ たけに のぶよし か • ひ たけ だ しょ 

房總志 55 上總の 部に、 里 見 義弘の 時、 廳 南の 城主に、 武 田信榮 とい ふ 者 あり、 甲斐の 武 田の 鹿 

hv.> I のぶよし さミみ くり ふ おも くだん のぶよし のぶた;. * 

流 也。 この 信榮 は、 里 見に 從 はす、 獨 立 也と いへ り。 意 ふに 件の 信榮 は、 信隆 より、 二三 世の 

なビ のぶよし こミ つまびら か さくしゃ ぜんご しゃくよ ラ みる ひミ 

孫なる べし。 胆信榮 の 事、 いまだ 詳 なら ざれ ども、 作者 前後に 借用す、 看官 是^の 川 窓 を 知 

るべ し。 

第 九 輯卷之 五十, 一 



imB^AS 五 七 四 J I 

ふく クル しやう: つみきら か のち け-,' しん こら のぶた か いん さぅ- こ もら J- はた 

伏せり。 然ば とて 賞罰 明 なら ざれば、 後の 驕臣 を懲 しがた かり。 信隆 をば、 印東 小 六 荒 川 太 

郞 一郎に 預け てん。 城內 なる 一室に、 五十: n 閉籠 措べ し。 恁 ても怨 むる こ.. ろな くば、 我對面 

き,, ち しもつ け だ ラ せつ こ たろ ら 、フ つた おきて え だのむ a みつ く;: 

して 舊地を 返さん。 下野と? 3 節 は、 この 義を小 六太郞 一 郞に傳 ふべ し。 と 捉て江 田 宗盈に は、 下 

し ぶ & た t は は;^ なつさく 、ねぎら ちゃうなん さろ ほ のぶ 二. < けす けき よ ひで めづか へいきょ 

知狀を 賜りつ、 畑 夏作 を勞 ひて、 廳 南へ 還し 給 ひけり。 爾 程に 信 隆は、 明 相淸英 管り て、 籠居 

にち およ いさ か ゑん: t ん おん めん こ よしなりね しあ はれみ -I のミし 

五十 日に 及ぶ ものから、 聊 も 怨言な く、 ロハ 恩 免 を 請 ふと^え しかば、 義成主 憐 て、 這 年の 

かりね づき たけに のぶた か めしいだ まん さ ころ たいめ か f ならび まさき だい ぜん いん. ど、 r--- 

冬 十月に、 武 ffl 信 隆を召 出して、 正廳 にて 對面 あり 。八 犬士四 家老、 幷に政 木. K 全、 印 束 小 六 

め らか はた ろ らうら はべ そ G ミ きょしな りね しお ほせいだ たけ だ のぶた^き へん ク』 くり ふ 

荒 川 太郞ー 郞等ぞ 侍りけ る。 登 時 義成主 仰 出さる よ やう、 武田信 隆機變 を もて、 獨 立の 罪 あり 

つ ひ もらた しんじつ, がう ざい しゃめん きうり や、? つや ラな. < 

といへ ども、 竞 にみ づ から 新に して、 眞實歸 降し ぬる 上 は、 舊 罪を赦 して、 蔡領 廳 い S の 城 

ちかへ, き へん f 化い ひね たミ ひ. 3 へん ほしい ま- 

地 を 返し 與ふ。 今より 機 變を行 ふこと なく、 只 善政 を 旨と せよ。 縱機變 を もて、 恣 に 城に 人 

ると も、 民 從 す は 誰と 倶に 守らん。 この 義を よく/ \» 思 ふべ し。 と叮 寧に 緘め 給へば、 信隆 

は. 頭を敲 きて、 服せ すと いふ ことなし。 義成又 仰す る やう、 信隆 士卒 减 少して、 五六 十 名に 

すぎ だ. r- じ や 5 か い tt? かし もっけ はや ゆん にん ぃミ i たま は 

過す といへば、 當 城の 士卒 を假 して、 犬阪 下野に 送らせん 。夙く 還 任 致すべし とて、 身の 暇 を 賜 

5 れ い C さかた ねミも じん る のぶた か ちゃ、 r' なん おもむく, でり よしな, リ ねし ひ ミ 

りけ り。 然ば犬 阪胤智 は、 士卒 三 四百 名 を將て > 信隆を 送りつ i 、廳 南へ 赴 折、 義成主 は、 保 

じち で-,' たん ら- < 'のぶ あ. 9 のぶた か かへ- れ つかへ 

質 一 條丹四 郎信有 を も、 信 隆に從 はせ て、 返し 給 ふべ かりし に、 他 は 里 見の 德を慕 ふて、 仕 ま 



仆れ しのみ、 是も 命に 恙なければ、 〈-, T 盈 急に 醫師を 招きて、 甲乙 俱に 療治せ しむろ に、 H 六":^ 

ゝ やす やくしゃ 、,はら て おひ, ミ や ) - - ^ ノ o«i く 

を 經ば安 かるべし といへ り。 2; 疋 によりて 莊 客 們 をば、 金瘡兒 と俱に 還し 遣りつ、 信 降 あ II- を 

そが 儘に、 城 內に扶 入る よに、 信隆 先非 を 後:^ して、 {ホ 盈に勸 解ろ やう、 等洲 に參ら 

た、 f じ や •r' ふたまたぶ し いかに さ: まさね し て 

すして、 常 城に うち 入りし は、 兩岐 武士に なら じと て 也。 故 1: とならば、 定 正卞: の隊を 離れて、 

? Jc ぎり もし あざむ -? りぎ り そ きょうぞく >*.;1 

惠伐 せざる は:: li^ 義也。 倘 欺きて 裏 伐 をせば、 开は又 惡の惡 たる^に て、 兇 賊に すし かるべし。 

然 ば漠仪 をせ ざれ ども、 當 家の 御 方に 參し上 は、 功な しとす ベから す。 父 里 見 殿に 請 -Bi^ さで、 常 

じ T さき あかしぶ み かっこの ち ^v-^ そ せ /f」7 り ^i^l 

城に うち 入りし は、 曩に 賜りし 照 喪 あり、 且這地 は 我 父 組 三世の 領 なれば、 2^ 皆お 恩 を 忘る 

, ^スた 力 ひゃく t や-., はら さ b C ぜんせい した 

る ことなく、 必 や 信 降に、 從 ふならん と 思 ひしに、 ひきゃ^ 容 們は、 鬼 見 の 善政 を、 慕 

ふて 信 隆を德 とせす、 反て 事 を 苦^ 出して、 這 辱 めにあ ひける は、 人 を 知す、 己 を-ざる、 信 

降が 不覺 にて、 後悔 臍を噬 るの み。 いかで 稻 村へ 推参して、 是 等の 罪 を 謝せ まく 欲す。 こ. の義 

を 執 達 あれ かし。 と. 1: 言が ましく うち 陪 話て、 则 祌 文の 臀蒈 一 通 を まゐら せて、 赤 心 を 示 

. むねみ つ 、つけい ぉみはたみち?^」ょ お せ も-い そたり ミも G ぶ づヶ おく 

し.^ 力ば、 宗盈 やう やく 受容れ て、 HH 畑透豐 に、 北 (義を 課て、 士卒 百. 五十 名と 供に、 信 隆を送 

さんちゃく こミっ I.* びら か つげ よしな リ . ^-i G ぶた か ちか ひぶ ふ ^-5^0 vr^ 

りて 參著 仕りぬ。 と 言 詳 に告稟 せば、. 義成是 をう ち 間て、 信隆 の誓窖 を、 道 節に 讀せ給 ふに、 

歸 降の 文 力 明 也。 義成 憶す 含 笑て、 然ば こそい はざる 寧歟、 信 隆_1:^ に败を 取て、 今 は 3 耻窗に a-S - 

第 九 輯卷之 五十 ~ 



南 總里見 八犬傳 五 七 二 



二の 城へ、 盾 籠るべし とい ひし を、 村長 等 は 承引す、 詞 ひとしく 辭 ふやう, 當所は 里 見 殿の 御 

り や 5 y じんせい 5 け おん しも , お <t> ぢ 1 

領 になり しょり、 御仁 政 を 承 まつりて、 御 恩の 下に 候に、 御身に 從 へと いふ、 御 下知 もな きに、 

さ ひが こミ つかまつ たちさら ほり のぶた かき ふ よび ミ r 

なで ふ 然る 僻事 を 仕 らん。 思 ひも かけぬ 事な りと て、 立 去 まく 欲し i を、 信隆 急に 喚禁 めて、 

さミせ きか つ ひ いかり えたへ かたな きら ひミり はた きりた ふ 

諭 ども 听 ざれば、 竞に 怒に 得堪 すして、 刀を晃 りと 拔く手 も 見せす、 一人 を磁 と研仆 せば、 

&な おさろ かつ、, かり ら、 リぞき もの すく さけ あたり ちか ひゃくし や、 つ ま てて からさ を 

大家 驚き 且 怒て、 狼藉者 ありく、 拯 へく。 と 叫ぶ にぞ、 四 下 近き 莊 客 們、 手 手に 連 枷 を 



携 て、 百 十數ぉ り來 つ、 信 隆主僕 を!^ 稠て、 面 も 振せ す擊惱 せば、 信隆 の伴當 も、 刀 を も 



つて 受 流し、 打拂っ i 戰へ ども、 多勢 なれば 物と もせす。 剩 加勢の 莊 客 們, 彌 が 上に 聚合 

き ひたう ち 5*» のぶた か ミ もび ミ ひミり おち うちた ふ のぶた か ふせぎ ね ひっし 

來て、 ロハ 直 打に 擊 しかば、 信隆 の伴當 は、 一箇 も 遺な く擊仆 され、 信 隆も防 難て、 旣に 必死に 



I 1 ミほ はせいで よ: a のりいれ n\ ひゃくし やう はら .bvo 

見えた る 折から、 城の 頭 人 江 田 盈宗、 馬を费 しつ 馳 出て、 喚 はりつ 騎 入々々、 莊 客 們を禁 る 



むいみつ て もの おひ しろ はし き ミも のぶた か すく その だの ひねみ つ t 

程に、 宗盈の 隊の兵 も、 赶っ. - 城より 走り 来て、 俱に信 隆を救 ひけり。 當下江 田宗盈 は、 村長 



しょりら よび 



故老 等 を 召よ せて、 事の 起原 を is- ぬるに、 信隆が 理不盡 なる、 然 まで 罪な き莊客 を、 矢庭に 手 



擊 にせし 故に、 壯伎兒 每が堪 難て、 この 趣舍に 候と いふ、 言 分明な り、 しかば、 宗盈は 村長 們か 



訟 に 及す して、 苟且に も舊 領 主と、 鬪 諍に 及びし を、 叱りて 病 負 を 勦ら する に、 研ら れ たる 

ひゃく, フ > it のぶた 5- * もび ミ うち-? H» くじ あし くじ 

庄 客 は、^ 听 にあらねば 死に 至らす。 又信隆 の仲當 は、 撲傷 なれば 手 を 折 かれ、 脚 を 折 かれて 



隆奸詐 也と い へ ども、 仙 も 一 すの K 傑 なれば、 道理 を 知ぬ 者に あらす。 他が 出没 恣 にて、 

tri^p なん , i- つし マく , され やかた おん?^;. ら くわん じんたい 9j ます 

磨お にう ち 人り し は、 棄解 よしある ならん。 然ば舘 の 御 計 ひ、 寬仁 大度に 優 こと あら じ。 とい 

こミは を はら ひミ. ひ わか ざ ぶら ひらや ラ えんが は つぐ ちゃ、 ひなん え にの ら、. > じね みつ たナだ のぶ 

ふ詞 いまだ 訖す、 一箇の 靑 侍、 廳の檐 廓へ 來て告 る やう、 廳 南なる 江 田 九ー郞 宗盈 が、 ^田 信 

た, > • つき ま. r- レ あぐ よし だい ミ i にん はた なつさく のぶた か 6 t 厶 のぼ よし 

隆の pi 就て、 稟 上べき 義 ありと て、 第二の 頭 人 畑 夏作が、 信隆を 將て參 上りぬ。 とい ふ を義 

なりね し f こミ わざに いふ 、つ はさ か: t さ *» まづ なつさく よぶ およせ わ か 

成 主う ち 聞て、 世の常 言、 暉を すれば、 影 刺と はこの 事な らん、 先 ns^ 作 を 召べ し。 と 仰に 靑 

さ, ぶら ひ いそが まか けんしり やう か f まつ ほさ は. U なつさく A ち ミょ たび 

侍 こ.. ろ 得て、 遽 しく 退り しかば、 八 犬士兩 家老 は、 席 を 正して 5^ 程に、 烟夏 作迎豐 は、 行 

よそ ほひ ま- « わかぎ ぶら ひ ひか よしなり ねし その ミ きょしな りね. :- いね さかい ャ 

装 の 儘に して、 靑 侍 に 引れ 來て、 義成 主に 拜見 す。 登 時 義成主 は、 犬 阪犬山 二 犬 を もて 先 

その ゆる】 ミは なつさくすな はち **- リ たけに のぶ たか ひり ひ はふ ていたら く さき 、つったへ たて. H つ 

其 故 を 問せ 給 ふに、 夏作 則 稟す やう、 武田 信隆. か、 非理 非 法の 爲體 は、 【漉に 訴 奉 りし 如 

しか のぶた か てのもの か ひ * たけ 11 y .a い iK. ほひせ ケ ま ひ r, ',? J- う つく 

し。 爾 るに 信 隆が隊 兵 は、 甲斐の 武 田の 士卒 なれば、 他が 威勢^り て、 戰粟 さへ に^る を兒て 

ミ V- まら り ひ ーピミ じん じん T ひ かこつ か ひ さり 

久しく 留 ん こと を 欲せす。 日毎に 十. <; 二十 人、 病に 假托 けな どしつよ、 甲斐へ かへ り 去し か 

のころ のぶた. じ, ひらい て もの じん のぶた か 、つ れ 

ば、 殘 は信隆 が從來 なる、 隊の兵 五六 十 人に 做り にけ り。 信隆是 にこ.^ ろ ひて、 いかで こ 

ひ^?-くしゃぅ^-ら きラ おん きしめ わが ぐんやく みて あ- ひこ た.: V かり かこつ 

の 地の 莊. 客 們に、 舊, 恩を說 示して、 我 軍役に 充んと 思 ひて、 有 一 日 小魔猎 に假托 けて、 士卒 

たり は> り a ひそか じ やうぐ わい たちいで ミころ ;3ら,^-さ!=しょひら いくたり よび なん * ち 

十 名 許を將 て、 悄 地に 城 外へ 立 出て、 地方の 村長 故老 等 を、 幾 名 か 召よ せて 且ぃ ふやう、 若 

ら わがき う. 9 や 5 , A つぎもの さかん もの. ども J-t ナ - -、, 

們は我 舊領の 民 なれば、 今より 我に 從 ふて、 二 季の調 貢 はさら 也、 壯 なる 兵 每は、 我 を if:!: で 第 

第 九 輯卷之 五十一 五 七 一 



南 總里見 八犬傳 11, 五 七 〇 

くわい むねみ C 'みら そ ひかね すな はち はやう ち しし; U のぶた か 

悔 あらん。 この 義を思 ひ 給 はす や。 とい はれて 宗盈 爭 難て、 則 急遞 脚の 使者 を もて、 信隆 

ひ. り. ひ はふ や "た 、つったへ たて * つ おん ひね こ ひ やかた おタろ ししゃ おは 

の 非理 非 法 を、 舘に訴 奉 りて、 御 旨 を 請ける に、 舘は 驚き 給 ふこと なく、 =1::^ (使者に 仰す る 

i> J たけに のぶた か ち けい * のさが か A けん ひミ りた- » ほ, リ た,.' 

やう、 現に 武田 信隆 は、 智計 あるに 似 たれ ども、 其 性奸慳 にして 獨立 まく 欲す。 こよ を もて 當 

じ や、 き しゃ た き-つじ や、 T いり はャ ひね & つら かれ り ふ じん もちろん 

城に 來て、 恩 を 謝せす、 徑に舊 城に うち 入て、 蚤く 宗盈 等に 代ら まくす。 他が 理不盡 勿論 なれ 

、つち はた ふ じん なら よしやき ラじ や、 フち 5- うな A MrO こも , ゎづか 

ども、 今 急に 擊 51- さば、 人の 不仁に 做 ふに 似たり。 非 如舊城 廳 南なる、 二の丸に 籠る とも、 僅に 

て ぜぃ なしう ち 'う. y ん たみ かれ き、 フ おん ミく よしなり ほり 

三 四百の 隊兵を もて、 何事 を か 做 得べ き。 廳 南の 民 他が 舊恩 を德 とせで、 義 成が 民たら まく 欲さ 

ば、 信 隆竟に 身 を 措 難て、 ぎて 罪 を 謝する 日 あらん。 他が 敗 を 取 折まで、 うち 捨て置べ しとて、 

すな はちく だしぶ み むねみ つら たま は そのし しゃ かへ これ のちのぶ たか まる 

刖 下知 狀 を宗盈 等に 賜 りて、 其使^!^を返し給ひけり。 是 よりの 後信隆 は、 二の 城に 在る 所の、 

ひや、 r, つ.? ミ ひもち おの じし 九 だの: : ねみ ついき さほり ん たへ .^,5^?-っかひ 

戰 粟 を 拿 用 ひて、 己が 自恣 せざる 事なければ、 江 田宗盈 憤忿に 得^す、 屢 使 を參ら せて、 

、-, -ち はた こ ひま- 7 やかた ゆるし すて おく おん^ ぢ 

擊 架さん とて、 請稟し i かど、 舘は なほ も 許 給 はす、 只う ち 捨て 閣べ しとて、 殊 なる 御 下知な 

わ 一 のら お? * せわ;,! ひミ じら でう たん ら、 フ そ た >」 た お ゲ つぐ 

• き 故に、 未だ 和 殿 等に は 仰 渡されす、 保 質 一 條丹 四郞を も、 开が儘 瀧 田に 閣 るよ のみ。 と告る 

だ, r- せっき t やかた つ, じんじょ のぶた.^ かんそ さ き やかた めざ ひ かへ つ 

を 道節閒 あへ す、 そ も亦舘 の 御 仁恕ながら、 信隆 が奸詐 なる、 曩には 館 を 欺き まつりて、 反 

よせて > 、?. Tv」 り おし ちゃ、,' なん おも: 3 fh. わ- r- り や. 7 ほり 

て 寄 隊を裏 伐せ す、 推て 廳 南に 赴きて、 舊地 を橫領 せまく 欲する、 其 罪い よく 輕か ら す。 

そ をし も誅找 做されす は、 猶叛く 者 多 かるべし 。と議 する を 胤 智推禁 めて、 犬 山开は 遠へ り、 信 



こ ひま ラ ひミ じち で -っ たん ら, つの ふ あり * きう けいしゃめん ゃ^-たそのぎ 

と請棄 しつ、 保 質 一條 丹 四 郞信有 を まゐら せて、 舊罪 赦?! ^を 願 ひし かば、 誼 其、 義を御 許 i みあり 

その ひせ A: こ 5 あやまた すな はち かれ *4 に- f» ?み f ちゃ、 つなん じャ. r ち tx5 

て、 當日戰 功愆す は、 則 他. か 願 ひの 隨意、 其蔡領 なる、 廳 南の 城 地 を 返し 袷 ふべ しとて、 照 

も ん ミら このぎ いね さかいね やま ,< 'けお こな S ころ はじめ 

文 一通 を 拿せ 給 ひき。 這義は 犬阪犬 山の、 奉行 ひし 所 なれば、 いはで もしる き 事ながら、 端倪 

まづ かく しか のぶた か しはす や を か た t かひ さだま さねし t さ S 

は且 如の ごとしく 爾 るに 信 隆は、 十二月 八日の 闘戰 に、 定正 主, に從 ひながら、 洲 崎へ はう ち 向 

た r ふね よこぎり かづ さ 3 らべ おしわた ひそか ちゃうなん しろ いた しろ ミ うにん 九 だの ら .7 

はす、 徑に 艦を橫 行て、 上 總の浦 邊に推 渡し、 悄 地に 廳 南の 城に 造りて、 城の 頭 人 江 田 九 一 郞 

むねみ つ つぐ われら さミみ さの やくそく すな はちよ せて あざむ は た-. * いまきち やくいた 

宗盈 に告る や う、 咱等は 里 見 殿と 約束 あるに より、 則 寄隊を 欺き 離れて、 n 今歸著 致したり 

たうし よ さミみ さの かへ わがき うじ やう すみやか あけ わ いさ むね A つき 

當所は 里 見 殿の 返し 給 ひける、 我舊 城で 候へば、 速 に 開 渡し 候へ とて、 挑みし を、 宗盈听 か 

され やかた おん あかしぶ み いま::,! たラ しょ おん 5 ぢ たう じ や、? わ た 

す、 然ば とよ、 舘の御 照 書 ありと も、 未當 所へ 御 下知な きに、 なで ふ當城 を遞與 さんや。 :i=i^ 義 

まづ しりみ のち ;^』 さ た のぶた かき, * あかしぶ & 

ならば 且返 きて、 後の 御沙汰 を俟 候へ。 とい ふ を 信隆閲 あへ す、 旣に照 害 ある 上 は、 又 今 さら 

また 、つたが は いなむら はや つか ひ い すみやか P たし われ わがに まる 

に 何も か 俟ん。 疑 しくば 稻 村へ 夙く 使 を 走らし ね。 今 速 に遞與 がた くば、 咱は我 二の 城に、 

いり こたへ はてむ に ひざん てぜい にん す.^ 16 こ い かし 

うち 入 てん。 と 答 も す 三 七 二十 一 に、 隊兵 三百 四 五十 名 を、 薦めて 二の 城へ 稱 入りつ. -、 

こ まも らう ひやう ひ,. i り もら おひいだ もんこ ミぢ り あは 九 だの ひねみ ついかり 

里 を 守る 老兵 を、 一人 も 漏 さす 追 出して、 門 戶を閉 て 執 合ねば、 江 田宗盈 怒に 得^す、 急に 士 

おしす S 、f ^ち は M い/.. J** だい ミラ にん はた なつさく いそが は のぶた か 

卒を 推薦め て、 攀果 さんと て敦圉 きし を、 第二の 頭 人 畑 夏作、 據 しく 諫めて いふ やう、 信隆 

はう じゃくぶ じん やかた めかし うつたへ さし うち こラ 

傍若無人 なれ ども、 舘 の御窨 を照据 にしぬ るに、 其 義を 訴 まつらす して、 同士 躋 をせば、 後 

第 九 輯卷之 五十 一 五六 九 



南 總里見 八犬傳 五六,^ 



且 甲斐 峯の奇 事 あり。 竞に我 戌 孝と、 婚婣 自然に 定 りし は、 造化の 小兒 の, g# ぼ、 一 大奇 事に 

候 ひき。 といへば 禮 儀も倶 にい ふやう、 臣等 とても 雛 衣が、 腹 を 劈き 玉 を-きて、 親の ii たる 船 



怪を、 仆を せし 他が 功 を 思へば、 i^- 娶 るべ くも あら ざり しに、 雛 衣 鄙 木の 稱呼 似た る は、 實に 



や. た も 八さミ 》:> たち うの を つが よし. M ふお し いざ ま 3 やか- * よ、 ナん く, T-*^<* 

舘の御 諭に て、 斷し那 緒を續 る. -者歟 とい ふを義 任推禁 めて、 卒先 館に s^sl- して、 君恩 を 謝 

, たて ,** つ r みな /-、 つべ - ミ a- すけき よすみ もろ ミも よしなり ねし ほミり きょか おんぐ V 

し 奉 るべ し。 とい ふに 大家 諾な ひて、 辰 相 淸澄共 侶に、 義成 主の 身 邊へ參 りて、 許嫁の i 心 偶 

. I / / よしなり ねし ゑ おの.. {* てんん <r すで じゅく わがむ すめ さもつ 6 

を拜 しまつり しかば、 義成主 笑し ゆに、 各 天 緣旣に 熱して、 我 女 兒每對 を 得た れぱ、 歡び是 

, /> r,*5 iS. き ま り や やな: る あね かつら ひめ こん,. J ん おも 

に 優す ことなし。 就て 嚮 にもい ひけら し、 眞利谷 柳 丸の 女 兄、 葛羅 緩の 婚婣の 事、 我意 ふに、 

まさき だい ぜん めめ は さい ま、 フか もん ふさ は みや 、ひしゅ, しもつ ナ な!;; 5 さ ら な.?. *i-*ev ろし よ.? -ら -S 

攻木. K 全に 妻せ なば、 才貌 家門 相應 しからん。 この 義は 明 春 下 7£a ^狹 等媒妁 して、 宜く, 相;^ 

、 _ . ^せ たかつ ぐ いま ま. り きんこう yf ん 

得させよ 力し。 と 仰に 犬士 等皆歡 びて、 孝嗣も 亦新參 にて、 勤 功久し からざる に、 今 又 恁る恩 

A い,.' . ^ポ. つ:^ た ** は :, かんえつつ かまつ ミ きすけ きょす み ミも しゅくしょ 5 

命 を、 他 承 り 候 は r、 さ こそ 感悦 仕 ら め。 とい ふに 辰 相淸澄 も、 俱に祝 頌 したりけ る。 

» ^はらべ だラ せつ し き や、 r- ^^i く 4h .1 二 ちゃ、 つな ,レ 

姑且 して 道 節が いふ やう、 四 境い よ/、 理 りて、 君恩 隈なく 候に、 只廳 南の 一 條 のみ、 いまだ 

' * * ' i tL- iLJ た • 、つけた ♦* か 力ぎ いかに さ ひ 4*3 よしなりね しう.: ふづき され らう 

其 後の 御^度 を 承 はらす。 那義は 什麼。 と問稟 せば、 義 成主點 頭て、 然ば とよ 其 事 は、 六郞 

こ r 、「一 I まづ じめ つゆ お ほせ ミき すけき よすみ あ いらへ たビミ も ら おの {• 

丘ハ庫 こそよ く 知り たれ、 先始 より 告す や。 と 仰に 辰 相淸澄 は、 阿と 應っ i 忠與 等に 向 ひて、 各 

^..n I か、.' にん. 4 はだ さき や、.' のす けの ぶた か こ も しはす はじめつ かた ふな ぢ よせて うらぎり 

位 も 知 如く, 降 人 武^ 左 京 亮信隆 は、 去 歳の 十二月 初旬、 水路の 寄 隊に從 ふて、 裏 伐す ベ し。 



水の 皮 也。 こ. ^ももて^ 字 水に 從ひ 皮に 從ふ。 智も亦 動か ざれば 用ち,^ 所な し、 是智 化の.^ づ.^ i 

- ^a-A ,いろ ミ やすより 5^ らケ てい すな はち あに つか ふ *-4.-t り •* さし J*-.?" た <WJ.*4n 

む 所以 歟。 又 弟が 梯 順に 歸ゃ、 悌は 刖 兄に 仕る の 道な り。 悌順 は、 仁が 外: £ 父 なれ ども、 

か へつ ていぎよ く その か、 ク よ is き じんぎ ぉミ- ふ いろ ミ ひめ つま 

反て 怫玉を 得たり。 其 八 行に. a 時 は、 仁義の 弟なら ざる こと を 得す。 こ€:パぉに^5^姬をもて妻と 

> みやう ぷん あんが ふ こミ ふ しぎ おし ミ きすげ きょす み" んぶく 

す。 皆是名 詮喑合 あり、 5^ に不则 の; ならす や。 と: 理を 推て 解き 袷へば、 辰 相淸澄 感服して、 

隱微發 揮の 御 妙 解に て、 肇て 解語 仕りぬ。 ^に 天綠 の. 動きな き、 自然の 妙 契な 知る に 足れり 。と 

稱て敬 就し 4i りし かば、 義成又 課る やう、 配偶 旣に定 り ぬれば、 ^ く納 ^ の 義を行 ふべ し。 i 

ども 犬士等 は、 いまだ 其 城に 徙ら ねば、 是 等の 事に もず 自^な らん。 六 船 2f へ S 能 し、 西み あ 

つ!^ sr. の/ . > おち. ミ きすけ S よすみう けた *♦ は f--,., て t か いで 

質素に 整 へさせよ。 と 遺な くこよ ろ を 得させ 給へば、 辰相淸 澄 承 りて、 臃ぞ 返り 出に ける。 

され きすけ きょす る しゅっし よしなり ねし t= きヒ t みや、 f せんちん!?' ふ .r-,r 'ナノ a J*4.J5 しんじ pi 

然ば辰 相淸澄 は、 次の 日犬士 等が 出仕の 折、 義成 主の 解 給 ひたる、 名詮暗合^妙l^o、 W^II!H 

, , . ほせ つぶさ つゆ しら みな /\ かん .U ね ミ も めいぎ <- んがふ 

すべし と ある、 仰 を 具に 告知 すれば、 大家 感 する 开が 中に、 胤智が いふ やう、 名義!? 合の 事 は 

よん ,ぺ わくら ふ ミ さ かん へ ** た まこ ミ 

しも、 昨 宵 臣等も { 伯 所に 還りて、 不圖思 ひ 得たり しか ども、 然 までに 深く は考 ^ さす。 ^に 

^ひた 1* 一、 わう さい ミ きしめ *0り たか も: 一 えま ぢ 

舘の御 宏才、 感心の 外 候 はすと て、 其 一 ニを說 示せば、 戌 孝も惧 に, いふ やう、 故の"&路の^?1-は 

ゆ ひな づけ く せつ いのち し わろ もの さ も じ ら f れつ; 1- よ 

しも、 只結髮 のみなる に、 苦節 を 守りて 命を惜 ます。 一:2- 人 左 母 ニ郞に 殺されて、 烈女の 名 をの 

のこ われ あだ なご めミ おそれ ひめう へ いれ お M じ 

み 遣し よかば、 我 他し 女子 をば、 娶ら じとの み 思 ひしに、 恐ながら 姬上 も、 亦 他と 同名に て、 

第 九 輯卷之 五十 一 5 ハ七 



南^ 鬼 見 八 犬 I 五六 六— 

あ し らう ぢょ わたせ うけいた *5 まか かくて た- 3 せき しりみ .VI しゅくしょ ** か 

照に とて 老女に 遞與 ば、 受 戴きて 返りけ り。 恁而 八犬士 は、 當席を 返き て、 俱に 宿所に 罷 るな 

ミき すけ >ょ すみ や.; - お く よしなり ねし ItA ざん ひめう へたち おん ミり むすび r ゃラ , f» 

るべ し。 又 辰 相淸澄 は、 纏て 後室へ 赴きて、 義成 主に 見參 して、 姬 上達の 御 配偶 は、 箇 樣々々 

しる ていん つ よしなりね しほ ゑ ふ . J らラ ひや S な 

と II え 上て、 寫 し- - 一通 を 呈閱し ぬれば、 義 成虫 含 笑ながら、 つらく と是を 見て、 六 郞兵庫 

っゲ ゎ^-ひすめ f こんえん ** ヽ いかに みや i せんじし ャラ 

は 心 も屬す や。 我女兒 毎の 婚婣 は、 前より して 定まる に 似たり。 故 何となら ば、 皆是名 詮自性 

たミへ しづを まさし つ. 5 f> いは S る じん しづかな り じんしゃ たのし ちか, され つ 

あり。 譬ば 靜峯が 仁の 妻た る は、 語に 所 云 仁は靜 也、 仁荐は 山を樂 むと あるに 庶し。 然 ども 靜 

崔は 十九 鼓に て、 仁には九^!:!の姊也。 何ぞ這 年の 長た る を もて、 那 年の 殊に 劣た るに 合せし や、 

かっき の ミ よした ふ おけ こ ^ しろ 

こも 亦 後に 知る よし あらん。 且城之 戶が義 任に 於る や、 古語に 義を 守る こと 城の 如しと いふに 

ひな: y ♦* さの り おけ も ミっ ** ひなぎ ね も じ こ W , なへ - かつ. ひな い Q ひら 

由 あり。 又 鄙 木が 禮 儀に 於る や、 其 故 妻の 雛 衣と 文字 こそ 異なれ、 唱は 似たり。 且鄱は 犬 村の 

^6 たナの た V> ミも おけ く せつ わら は せつ だ5 せつ すな はちた けの よな り 

忖に對 すべし。 又^ 野が 忠與に 於る や、 忠は 苦節に 顯る、 節 は 道 節の 節に て、 卽竹節 也、 野 は 

、 ato-** つな ** ま; i- か ひ もりた か たすけ だう せつ かの き、 7 やく すく は 

f ぎの 山に 對 すべし。 又 【後路 は 甲斐に ありし 時、 戍 孝の 帮助を 得て、 且道 節に 那窮阨 を 拯れた 

い ** ん to- もりた か もミ S ひな づけ タミめ は ちち t そくせつ 

り。 ^ 又 戌 孝が、 故の 結髪の 少女の 名 も、 濱路 とか 間にき。 开は 苦節に 身 を 殺して、 今ヌこ 

よま ぢ さ、. ff、 かれ か は しをり のぶみ ち ミっケ 

こに^ 路 あり。 これ 挥生 にあら すして、 他に 代る とやい ふべ からん。 又 菜が 信 道に 歸ゃ、 こも 

ぉミづ I な しをりな り よら まよ なみ たね ミも ミっ 

由 あり、 道の 信 を 做す 荐は菜 也。 粟に 据 ざれば 道に 惑 ふべ し。 又 小波が 胤 智に歸 や、 こも 亦 

&に^ fw 智は誕 く、 智荐は 水を樂 むと あるに 鹿し。 水の 動く 時 は、 波なら ざるな し。 波 は 則 




第 九 輯卷之 五十 



六 "や 




南 總&; 見 八大傳 五六 四 




、T らふ V . く みや づ かへ ら、 7 ぢ よいで か らラ こ よ ひ こミ えぎ ウベ 

えざる を憾 とすべし。 姑: して、 給 事の 老女 出て 來て、 二 家老と 八犬士 に、 今宵の 毒.^ を舒な 

さて ミ きすけ きょす ふ かけひき かたら こミ はて しり も ふ t ラ t ひ CX- ぶ .》 

どして、 却 辰相淸 澄に 事の 進 返 を相譚 ふよし あり。 其 言 て 退けば、 翠簾の内に^;^色して、 錄 

そ., め hit , や すぢ ふミを いだ ミき すけ はや たち その を はし ざり し 

に染 做した る、 八條の 太緖を 出されけ り。 辰 相 夙く 是を 見て、 立て 1=. (^の 端 を 拿て、 徐に曳 よ 

ぢゃ 5 し く はかり ひきいだ 4* は や す * ち そろへ せきじ や 5 5 しお 

する に、 長さ 一 丈 二 尺 許 あり。 旣に曳 出し 舉 りて、 八條を 揃て 席上に 閣 けば、 八 犬 士等こ M 

しづか その 1^ はし ミり おの- -\ ゆんで ひ 、さ ft 

ろ 得て、 俱に徐 に 進みより て、 手に く 其 緒の 端 を 拿て、 各 左手にロ!^^を結びっょ、 k;; け. i 柳 

て ごた へ かたみ つ ひ はな おの -C たぐ xfc 

手 敵 あり。 迭に 引きつ 引れ つして、 竞に 放ち 給 ひし を、 各 急に 手繰り 寄 すれば、 iKして^^^ 

V おの そのな さ つけ ミき すけすな はち ひざ すミ ひミっ , I- その ふ, し lio^- 

の 絡の 端に、 各 其 名簿 を 附られ けり。 辰 相^ 膝を找 めて、 一箇々々 に: f4、 牌 を、 拿抗 ゆつ よ 

得と 見て、 聲高 やかに、 是を讀 を、 內外齊 一 うち 听 くに、 第一 靜峯姬 上 は、 犬 江 鋭兵 衛仁、 11 

き の ミ ひめう へ いね か はなが さの し;? -ぅ すけよ し; i ふ だい ひなぎ ひめ、 r- へ いねむら だいがく さの り だい たォの ひめ 5 へ い 0ゃ1 

二 城 之 戶姬上 は、 犬 川長狹 莊介義 任、 第三 鄙 木姬上 は、 犬 村 大舉禮 儀、 第 四 竹 野姬上 は、 犬, 山 

J-:-,; 卞 つたて はきた *1 ヒ だい は *. ち ひめ 5 へ い づ かしな の もりた か だい しをり ひめ. 7 へ い かひ £>ん ひャ、 フゑ のぶみ ち だい ^ な A 

道 節帶刀 忠與、 第五 濱路姬 上 は、 犬 塚 信 濃 戌 孝、 第 六 菜姬上 は、 犬 飼 現 八兵衞 信? r 第 七 小波 

ひめう へ いね さかし もっけた はミも だい いろ ミ ひめ へ いひた ぶんご やすより おの- (- ひきえ てんえ y 

服 上 は、 犬阪 下野 胤智、 第 八 弟姬上 は、 犬 E 豐後梯 順、 各 是を引 得たり。 天綠の 致す 所、 御 

え <: ぐみ みなさ;;: ま ノ せんしう ?\ ほん — - ゆん しゅく み す じょう: a うら もろ ご ゑ ほんぷく {• 

配偶 皆定 りぬ。 千秋々々、 离々 春。 と 祝 すれば、 翠 簾の 內 にも 女房 等の 衆聲 にて、 ^神々 々o 

こた ,*-のミきめらか^^きょすみ ようい れ、 つし す r り くだん なんに よ にん み T じ 、ひつ 

> とぞ應 へけ る。 當下荒 川淸澄 は、 淮備の 料紙 硯を もて、 件の 男女 十六 人の、 名字 二通 を 寫す程 

みや づ かへ らう ぢょ いで き り や 5 から ミ のべ きょす み .i* な はちん んぐ& 

に、 給 事の 老女 又 出て 來て、 兩 家老 八犬士 に、 事の 歡び を舒 などす。 淸澄 则疋 配の 一 迎を、 

第 九 輯卷之 五十一 五六. 1 



南 總里見 八 犬 傳 五六。 

こ ぎんしよ く ふ す ひ ** もる ミ もしの はな に ほひ ゆ ふぐれ 

處 にも 銀 燭多 かるべし。 翠 簾の 間洩 灯 花 は、 馨こ ほれて 風 さそ ふ、 春の 曛昏 にも 似 たるべく、 

いろ こ もみ ぢ よこ ひ さ まこ ミ よしなり ねし や り まな ひす to- ? 1 一い 

色 濃 かりけ る 丹 根の 山に、 秋の 斜 日の 刺す が 如し。 誠 ゃ義成 主の、 八 個の 伶 愛の、 第一 の 君 を、 

-;^ づを ひめ ょリ, な f , だい き& き の ミ ひめ だい きみ ひなぎ ひめ おなじ ミし 

靜峯她 と 喚 做して、 十九 歳に ぞ なり 給 ふ。 第二の 君 は 城 之 戶姬、 第三の 君は鄱 木姬、 こ は 同 庚 

^ ^ だい きみたけの ひめ だい きみ はま ぢ ひめ だい きみし をり ひめ だい きふ を なみ 

にて、 十八 也。 第 四の 君 竹野姬 と、 第五の 君 濱路姬 も 十七 八 歳、 第 六の 君 菜姬、 第 七の 君 小波 

ひめ • , だい きふい ろ W ひめ し なま ごころ つき みのた け ぉミ 

姬は、 共に 二八に なり 給 ふ。 第 八の 君 IS; 姬は、 年 三 五な り けれども、 旣に生 情 憑て、 身長 も大 

なび あね ぎ A たち まさ かへ つ だい きみ かたち ち-ひ や せじし かの たな そこの 

人備 給へば、 女 兄 君達に は 優れる に 似たり。 反て 第一 の 君 は、 形貌 小さく 瘦肉 なれば、 那 掌 

5 ち てう ひ えん いづれ はだ,、 ゆき つか のべ 

中に 舞 ひしと いふ、 趙 飛燕に や 似 給 ひけん、 敦も 稀なる 美人 なれば、 肌膚 は 雪 を 塊ね、 玉を延 

くろかみ た S ものす そ ひらき そろ 

たるに 異ならす。 翠 雪の 長 やかなる、 立ば 裳裙に 至るべし。 花なら ば、 いまだ 開 も 揃 はす、 月 

ふか かゆ おろか はしりがき a ひ はり わざ なり 

ならば 十 あまり、 三日の 影と やい ふべ からん。 心 ざま も 皆 愚なら す、 走 筆 縫 刺の 技 はさら 也、 

ぃミ たけ す さ ふ 、フミ つね ラ つぼ げんじものがたり まくら よみ 

管 終の 游に しも 疎から す。 生 平に 宇 通 保 源氏物語 を、 枕の 友に して、 歌 を さへ 讀給ふ も あり、 

或は 物の 本 を 好みて、 文の 才 ある も、 綴りて 人に 見せ 給 はねば、 世に は 閒 えざる なるべし。 間 

こミ はさて おきつ かくて この や たり ひめ 5 へたち か、 つべ たま ちり: め かんさし いた r ね ひ はくす り はく 

話題 休。 恁而這 八 個の 姬 上達 は、 頭に は 玉 を 鏤 たる、 花の 釵兒を 戴き、 身に は縫箔 措 箱、 色 

きね き かさ * で け むしろ みや づ かへ によ ら こ よ ひ はれ いでたち おの も >\ じ y 

色の 衣 を 被 飾りて、 儲の 席に 就 給へば、 給 事の 女房 等 も、 今宵 を晴 と打扮 て、 各々 も 侍 坐した 

り。 是ゃ この 錦の 上に 花 を 添た る、 溫柔 妖艷の 妙なる も、 皆珠 簾の C なれば、 犬士 等の E に 見 



ミも そ つねび ミ ろう かに かく 

しぬ ると も、 又惧 にせざる とも、 开は我 知る 所に あらす。 :: ハ {ぉ 人の 上 を もて、 年 を 論じて 云云 

いなり こミ わりせ め ささし ミ きすけ きょす み ひ V; す t つつ ちゃ..' ♦* こミ 

と、 推 辭は耍 なき; にこ そ。 と 理 逼て讒 給へば、 IIM 相淸澄 膝を找 めて、 御諌楚 に^ 理 あり 

親 兵衞が 奇才なる も、 其 義に思 ひ 足ら ざり し は、 年に 泥み し 故に こそ。 と 執 合すれば、 八犬士 

いねた ぶんご はじめ ま さし けラ めい f しんべ ゑ や, f- 

等 も、 犬 田 豐後を 首に て、 仁に 代りて 敎 命の、 歡 びを稟 すに ぞ、 親兵衞 今は已 こと を 得す、 四 

か らうら そつじ い ぎ しゃ くて か ら •> こ よ ひ 

家老 等に うち 向 ひて、 卒爾の 異義 をぞ 謝しに ける。 想而八 犬士四 家老 は、 今. W の 一義 をい そが 

ぃミま たま は まか ようい くれ そめ ひミ. し- M ろ な 

れて、 身の 暇 を 賜りつ、 返りて 准備を 做す 程に、 秋の 日 早く 慕 初て、 點燭 時候に 做り しかば、 

いなづ.^ しなの いね か はさ ラ すけ いねやま!;: ラ せつい ね.?, ひけん ひや- 1! いねた ぶんご いねむら だいがく い;:?? かし もっけい ん し. <べ a! €6 

犬 嫁 信 濃 犬川莊 介、 犬 山道 節 犬 飼 現 八 兵衞、 犬 田. 豐後犬 村 大擧、 犬阪 下野 犬 江 親兵衞 は、 ^に 

のしめ ぎね なが かみしも ミラの きすけ あら か はきよ すみ ひか おく おもて あば ひ やま さり ま し こラ 

光 Si 衣 長社奸 にて、 柬辰相 荒川淸 澄に 引れ, つよ、 後 堂と 前亭の 問なる、 山鷄の 問に 伺候して、 

ついで ゐ なが ぎんしよ く たてつら ま ひる あか よる 

序次 程よ く 羅列れ たる、 左右に は 銀燭、 いくら ともなく 建 列ね て、 白晝の 如く 明かる に、 衣の 

さくら こず ゑ ひミ がらお な いづれ はたち ぜんご tO ふ、 r- りん- (- かへ つ たけ 

櫻の 杪に 似た る、 犬士の 骨相 同じから ね ど、 n 執 も 二十 前後なる、 威風 療々 として、 反て 猛 から 

ゑめ ち つ) がいせい ゆうし は か おもてし ろ あ さ 

t 笑る とき は 三 歳の 小兒 もな づく ベく、 怒る とき は、 蓥 世の 勇士 も谉 るべ し。 面. m き あり 沒 

ぐろ みのた けた か はなな ほ くちびるよ こた は ひミ のお もて 广 なべ 

黑き あり、 身長 高き あり、 高から ざる あり。 鼻 直く 唇 橫る、 人面 の 相似た る も、 並て は 

か, \ たんし ぉミり さ V 

同む からざる に、 こは是 仁義 八 行の、 玉 を 連ねし、 好男子、 劣 勝り はな かりけ る。 このと き 前 

かひ ざ しき じしき へり みす すきま かけわた このう ち ひめ、 フ へたら ちゃくざ そ 

面の 座席に は、 錦 縛の 間道 ある 翠簾 を、 透 問 もな く掛 直して、 這 裏面 を姬 上達の 著 座と す。 其 

第 九 輯卷之 五十 一 五 五 九 



商 總里見 八犬傳 五 五 < . 

よう、 な かくて こ し ぢょ んん. みめ ひさに ま ゅひJ^^ぁ 

せし かば、 淮備を 做す にぞ あらん すらむ。 恁而這 八. H 八 女の 婣組 相定 りて、 納采の 義を行 ふと 

こんい、 fcs K.yl こん はるき さら * きのす ゑ な しろ しゅ. 3 うれ, V 

も、 婚 m は、 桃の 夭々 たる、 來春 二月 下旬に 做すべし。 犬 士の地 ありて 城な き^に は、 修造 料 

『 かね すみやか たく ふ おこ じ や、?,、 ひく しゅさ. f こん はる こんいん 5*り 

として、 金 三千 兩を給 ふべ し。 速に ェを 起して、 城郭 修造 をい そぐならば、 來春 婚姻の 折まで 

か さく お = らく- iJ い ねて こミ ねん-,. 一ろ けんし ら tV ヒ しくね 力 

に、 家作 は.! <槩 落成すべし。 豫 この 義を こよろ 得て よ。 と言叮 寧に 示し 給へば、 犬 士等齊 一 額 

フ. 5 くんおん のこ ミころ i い そのよろ こ ** う しほら く しんべ ろ: 

を衝 て、 君恩 遣る 所な きを、 拜 しまつり つ、 おそる く、 # 、歡 びを稟 しけり。 姑且 して 親兵衞 

-., -if . けき よすみ こミモ つじ れい 4- のこ ,ハ そぢ . つま ) の f のよ 、& ひ、 

は、 辰相淸 澄に うち 向 ひて、 言 卒爾に 候へ ども、 鱧に 男子 は、 三十に して 室 あり。 後世 は 和漢 

これ か.. は めミ わくら ミし なほ もちろ いはけ な ん 1, 一よ 

是 に拘ら す、 十七 八より 娶る者 あれ ども、 臣等 は年尙 十. 五に 足らす。 勿論 你 くして、 男女の 

こ V んん さ* 二 ひ からく 二 けつ. W つ ふ さい fvi ゾ いは ゆろ ひミ t な. 

^媼 を定る を、 唐 山に て は、 結髮の 夫妻と いふ、 國 俗の 所 云 ゆ ひな づけ 是 なり。 しかして 成長 

こん、 ん ミ, リ おこ-よ さいみ まん こんいん のこ 

に 及びて、 婚姻 を 執行 ふ^ 多く 是 あり。 いまだ 十六 歲未满 にして、 婚姻 を 做す 男子 ある こと を 

わくら ゆ ひな づけ 、つけ こんいんが ふきん たいれい 一..》 い 5 よ ねが は 

閲 かす。 臣等 も亦是 によりて、 結 髮の義 は 承 まつるべし、 婚姻 合 香の 大禮 は、 御 猶豫を こそ 願 

い X ひ よしなり Q し f しんべ ゑ そ こミゎ : 、 - / 、 

しけれ。 と 推 辭を義 成 主う ち 聞て、 親 兵衞、 开は理 り あるに 似 たれ ども、 我 2、.^ ふよし はし 力ら 

す。 汝は 生年 二 五 なれ ども、 身の 長 は 十七 八なる、 少年に 異ならす。 膂カは 萬 夫に 敵すべく、 

こ t ろ ff せ およま な-一 二ん いん ち f .ft つみ やうし ゆん こん 

心術は^:!頭なる、 1 伯 儒 も 及ざる 所 あり。 H ぞ只 年を數 へて、 婚姻 を遲礙 せんや。 且明 春 の婚 

、. 'ん いまし ひミり もら いまし かならず 、?. C めミ のち さい _ .£ さ ミ f 

姻に、 汝 一 人 を 漏 しなば、 汝の 妻た らん^、 必ゃ怨 むべ し。 娶 りて 後 十七 歲 まて、 閨房 を俱に 



からび ミ ミころ あるひ つきの も ひミり お yr, な しょさつ 1 の 

いへ り。 又 ilx いふ 所も是 に 似たり。 或はい ふ、 月下に 一 個の 翁 あり、 齊册を 開きて 是を 見る、 世 

な;; -り やう せんなん によ せいめい そ し しろ め. きな は なんに よ ^ つな 

問良賤 男女の 姓名と、 其 年 歲を識 さ r る^ ある ことなし。 是 によりて 赤繩を もて、 男女の 脚に 教 

よし to 'みたが たきな り ふ 5 ふ な あるひ こほりの しも ふた c おきな も ひ 

ぐと き は、 非 如 響 敵 也 とても、 夫婦に 做らざる こと を 得す。 或はい ふ、 氷 下に 兩 個の 翁 あり、 相 

むかひ ものがたら ひ ひのう へ きけ を ミこ をん な えんむす ri 

對て相 譚 す。 氷 上の 人是を 聞ば、 W に 在る 所の、 男 女の 疋 配の 事な りきと いへ り。 こ を も 

なか!! -ちヌ ミ A つら、 フ いひ ひょうじん からく に ぎ ,0 ん はくび じ 八 みく: Jf さ いは ゆる 

て媒^3-を、月老と云、又氷人とぃ ふ。又^12山の妓院にて祭る神を、,日眉神と いふ。 國 俗の 所 云、 か 

よふ 神に 似て、 月老 氷人と 同じから す。 开は左 まれ 右 も あれ、 我女兒 等の 疋配 は、 他 等に.' 各 

ひミ すぢ なよ ミら ひか な は もミ ひ ミすぢ ごミ な ふだ む す Vi つけ たがな は 

1 條 の^を 拿せ て、 犬士 等に 是を牽 せん。 北 (繩の 本に は、 一條 毎に 名簿 を締 著て、 誰繩 なる を 

し おの- モの ひく ミころ な は かれ これ これ かれ つま 

知らすべし。 犬士等 各、: j:^ 牽 所の 繩 によりて、 甲 は 乙、 丙 は 丁と、 妻た るべき を 知る とき は、 

てんん ん たミ ひち ミ くわ ふ さ ふ ,フ つたへ 、つらみ このぎ いかに つまらお 

こも 天綠 とい ひつべし。 縱些の 過不及 ありと も、 誰に か 訴 誰 を か 怨ん。 這義 什麽。 と詳な 

じ だん ミ きすけ きょす みら なほ もミ さ;: Jt* み もろ ミも ひたすら や いざき 

る、 示談に 辰 相 淸澄等 は、 直 元 貞住共 侶に、 R 管に 感じて 已 ます。 八 犬 士等も 今 さらに、 異議 

>s はから せいめ ラ た-へ しよう ふく よしなり ■» し , さら 

すべく も あら ざれば、 其、 計 ひの 精妙なる を、 稱て求 服したり しかば、 義成|^.^ぅち含笑て、 然ば 

こミ せいき ふ に け ふ くわう だう きちにちな り まづ 九ん むすび おこな よろし 

我 も歡び 思へ り。 事 生 急に 似 たれ ども、 今日は 黃道吉 H 也、 先 赤 繩を行 ひてん。 女子 は 夜 を.:? 一 

二ん ノん こ 八 じ でんな したが くれ けんし ら ひミ もし ご ろ ミも はれ! yu の 

とす。 この 故に 婚姻の 婚の字 は、 女に 從ひ 昏に從 へり。 犬士等 は點燭 時候より、 俱に 朝^ を 整 

ら、 r- ひや、 r- ごの ォけら しろべ いで tO かた じすめ ら 二 

へて、 六 郞兵庫 助 等 を 案 にて、 出 居の 方まで 參る べし。 旣に 我女兒 等に は、 這 こよろ を 得さ 

. 第 力 輯卷之 五十 1 五 五 七 



南 捣里見 八犬傳 五 五六 " 

g し:^ め 給 は r、 猶 この 上の 幸 ならん。 いかでく。 と 諄 返す、 甲 一句 こ 一句、 迭に 語を續 

Si を 編て、 ひ f ねがより K るが 如く、 連り に稚 辭て已 ざり し を、 義成 主椎禁 めて、 然 ないひ そ、 

の-、" ¥b ぎ 辦&. 銜 なりと も、 賢き に 憑す して、 富貴 を 負む は、 我欲せ ざる 所 也 

忠臣 は ひ、 低^く して、 また 掌ビ ありと いへ ども、 いよく 忠誠に して、 其 君 を 後に 

しょく 5" ん しょかつお こう わがく;! な 八て-. - きた はたけ じゅ こ...' r : i) いはや ** た 力. 』 けん > t . , 

する ことなし。 蜀漢の 諸葛武 侯、 我國 南朝なる、 北 淮 后の 如き 是也。 ^ 又 f お八 犬の 賢臣 

よわら や - J ひすめ つ ひ けんし めめ は そ も てんん ん わが こ ろす で 

を 得て、 いまだ 家ざる 八 俯の 女兒 あり。 竞に犬 氏に 妻す る は、 抑 又天綠 ならす や。 我意 旣に 

, M-t-lu 、 ろ ぉも』>^« ささした ま くんめい のが みち や I い 

決せり。 ^ ^:^!^ひそ。 と 面 正しく ぞ諭給 ふ。 君命 脫 るよ 路 もな き、 八 犬士等 はお そる く、 稍 

-: ナ ミ きすす きょす よろこ なほ .5 一 さ だず み もろ ミも しゅく さい ミな その ミ き..^; 3, i;!,.^ ► 

一一 is:l^> ますに ぞ、 辰縦溃 澄も歡 びて、 直 元 貞住共 侶に、 祝して 千歳 を ぞ唱 へけ る。 當下義 成 又 

き 曰 T ふやう、 ^を 似 il は、 を もてす、 妻 を 1^ る 者 は 力 I ず" 媒 を もてす、 周 人の 詩 に 詠す 

る 所、 三百 i の 中に 在り。 今^ 六^ 4 庫 助 を もて、 這婚 婣の媒 約に せん 。武者 助雜 魚太郞 は、 

おに この 義を樹 ii で、 に ^ を ii すべし 。伹し 我 八 個の 女兒 は、 年に 多少 ありと いへ ども、 犬 

士の年 ま 相似たり 。お" i お 是 のみ、 自餘の 六 犬士に stK りたり。 然ば 今、 割 を もて 孰に 妻せ 

** こミ b かんこ ろく こミ わざ およそ なんに よ んんむ すび つ 1\ ささ r^ゎ.*^ 

ん、 この 義 分別す ベ からす 。誠 ゃ和衡 古俗の 常 言に、 約莫 男女の 疋配 は、 其 神 ありて 是を 掌る。 我 

f ■ ひ、 の ¥ 環に、 iS きの!? S 脇鲈 I ひても ie* おの i に 、難が f 給 ふと 



ほり けんさい そのち、,' そのこう や たり わが: J こ な た おの- 1» このい 

欲す。 いはで もしる き 犬士の 賢才、 其、 忠其 功、 八 人ながら、 我 女壻に 做す に 足れり。 各 這 窓 

九 お ほ いらへ かね * ほさ ! =#- す :2 

を 得よ かし。 と 亦 他事 もな く 仰 すれば、 八 犬 士等は 阿とば かりに、 應 難た る开が 程に、 辰 相と 

きょす み こたへ ま 5 、フ けた *♦ は ふ ぜ ひめう へ おんこ く ゆく いん 

淸澄 は、 俱に 答稟す やう、 御意 承 り 奉りぬ。 八犬士 は、 伏姬 上の、 御子た るべき 因 あり。 

され けんりょ いたる ミころ たれ ふ f わくら その ざ かねて ねが は 

然ば 賢慮の 至 所 誰か 不の 字を稟 すべき。 臣 等,, ^其 義を豫 より、 願し くこ そ 候 ひけれ。 とい ふ 

だう せつおし ミ X* ご か らう そ わくら そ も わくら ぎき やう だい や 

を 道 節押禁 めて、 御 家老、 开は 憚りながら、 R 等が 思 ふよし はしから す。 仰 E 等 義兄 S ;、 八 

たり た, 7 け しゅくいん び こう おの /\ じ やうし ゆ むね やす 

名は當 家に 宿 因 ありと も、 只 一 戰の微 功 を もて、 各 城主に なされし すら、 胸 安から ざる 所 あ 

さ いはん や ひめ!! みたち みち あ ふ みやう が つ? ひミ りた r ミも 

り。 然る を 況、 .嫩 君達 を もて、 萎と し 下し 給 はらば、 盈て 溢る よ 冥加に 盡ん 。この 義は 獨忠與 

さか しら, にち いろ ま、 フ すべて しんい たい ぎき や S だいら >J 

が、 賢 達て 辭ひ稟 すに あらす、 都 一 心異體 なる、 義兄^ 等 も! II 意に こそ。 と議 して 左右 を 見 

b りた かたね W もじ よ さ なり . ( - うな づき いねやま ビきぇ ♦* こミ よし かく かしこ 

か へれば、 戌 孝 胤 智自餘 の犬士 も、 然 也々々。 と點 頭て、 犬 山說得 て^に 好。 恁 いは r 畏 けれ 

た- いまや かた お A いき ほひ ひめう へたら きんごく ;.! いしょ こラ め も は い 

ども、 目今 舘の 御威德 もて、 姬ヒ達 を近國 なる、 大 諸侯に 妻せ 給 ふと も、 ぉ歡 びて 是を容 れん。 

なに かしんつ ま な わくら や たり ふせ ひめが み はや 

何ぞ 家臣の 渾 家に 做さん や。 且臣等 八 名 は、 伏姬 神の 故 を もて、 夙く 知られ まつりし かど も、 

い ♦* まゐり きんら う おもから ラ むしろ おか り や、 つ ぶん ケゎ A じ やうし ゆ ぃミ 

仕 ふる 所 は新參 にて、 勤勞 久しから ざるに、 上大 夫の 席に 匿れ て、 采地ー 萬赏の 城主た る は、 最 

お ほけ な く A おん そ,!:? み うしろめ た さる おん W りむす び じつ もったい およそ 

過分き 君恩に て、 人の 娟嫉も 影 護 かり。 然を又 御 配偶 は、、 實に 是物體 なし。 約 I 乂 人の 臣 として、 

ふラき そのき ふ おす ほろび ふして こふ ごか うたち わくら お, 5 一. リむ *• び ご さ た 

富貴 其 君 を 推と き は、 亡ざる 者 ある こと 稀 也。 伏 請 御 家老 達、 臣 等が 爲に御 配偶の、 御沙汰 を 

第 九 輯卷之 五十 一 五 五 五 



南 總里見 八犬傳 五 五 四 



第九輯 卷之 五十 



よし な, りこ- フ しん ちょうしゃ、 f :1c- よ めめ は 

II こ 1, 義成 功臣.^ 重 賞して 八 女.^ 妻す (重出) 

^ のぶた かき- フじ やう けんにん ざい くれ まねか 

信 隆舊城 LL 還 任して 罪過.^ 免る 

I i けんし か f ミき すけき よすみな ほ もミさ だず み ら めしつ 0., へ のた ま 

# 說、 義ま主 は、 八 犬士四 家老 (辰 相淸澄 庫元桌 住) 等 を召聚 て且宣 ふやう、 這囘柳 丸に 從ふ 

さんかう * り や おいさ も わが きんじゅ つき こむ ね -ゅ ゑ ^^!ぎぉる ひ ミ.^ ^ a 

て參 向した る、 眞利 谷の 老 毎が、 我 近習に 就て、 請 ふ 旨 あり。 せ M 以は柳 丸に. 1 個の 女 兄 あり、 

脇と きぎして、 た &は 十六 歳に 做り ぬ。 是が爲 に婚婣 を徵れ ども、 いまだ 相應 しき 所綠候 

はす。 頃 ふ は IKSISB ぼなる、 諸 1?$ 子息 達 を 擇せ給 ひて、 這 婚姻 を 御媒約 あらば、 幸 甚し 

まり わがぐ わい せき れら じ やうぐ わ A よし おも よし 

. ^らんと いへ り。 眞利谷 は、 我 外戚 なれば、 他 等が 情 願 由な きに あらす。 我 も 亦 憶ふ義 あれ 



ども、 それよりも 猶 いそぐべき は、 汝等も 知る 如く、 我に 八 個の 女兒 あり。 开が 中に 妾腹なる 

わる ひ さんご あるひ たんめ:. ぁづ ** やしな ミし ろ 

も 多 かれ ど、 其 a 或は 産後に 身 故り、 或は 短命な りければ、 皆 吾 孀が養 ひに て:; g ^追に なりに 

, < *づ1 i ん まら 二-二 かれら い £ ん ら ^ ひミり 

たり。 有恁れ ば、 一就 も嫡 腹に 異ならす。 我 も 亦 他 等が 爲に、 を さ ノ\ 增を擇 みし かど も, 一 女 



もい まだ^^な き は、 で 他, が .¥,、 なる かな。 我 今 八 個の 女兒を もて、 八犬士 等に 妻せ ま, 



寺の 衆徒 證經 して、 遷座の 作法 を 遂られ しかば、 遠近の 男女 山路 を 厭 はで、 詣る^ ぞ多 かりけ 

) か-り、 —ほク i かづ さ もミ しひつ じ や..' しゅ * り や のぶあき ち PV, し やな! ?*♦ る はじめ いな 

る。 有恁し 程に 上總 なる、 故の 椎津の 城主、 眞里谷 信 の 嫡子、 柳 丸、 年十ー^!^にて、 初て 稻 

むら さ. C きん らう だ、 ri り や け だ いふみ やた へら さもび ミ きょ, 55 んち, * のぶめ き もつ ご か しんら くわく しつ 

村へ 參 勤す。 老黨鞠 谷 毛 大夫綺 妙 等 伴 常たり。 去 穢父信 の^ 後に、 家臣 等 確執の こと あるに 

,3 ん きんす こぶる んん いん まりや さ V み ん八じ や しはらく いなむら じ to -、 f な、 - ミ r め や-、 -*ざ 

より、 參勤 船 延引に 及ぶ とい ふ。 眞里、^$:は里見の通家なれば、 權且稻 村の 城. 2: に留ら る。 柳 

まろ ゆん ざん こ がね いっひら ミころ のめい ぶつ にへ よしなりす:^ はちゃな y*4 る たち た t 

丸 見參の 日に、 黃金五 枚と、 土 直 を虽 して 贄 とす。 義成 則 柳 丸に 大刀 を 賜 ふ。 この 又 

よしな,.^ ねし けんし か ら、 r- ら めしつ さへ や たり そく ぢ よたち こんえん モ この め ぐり のし も 

義成 は、 八 犬士四 家老 等 を召聚 合て、 八 個の 息女 達 を、 婚婣の 一 義 あり。 开は乂 本 囘 下の 

編に、 解 分る を聽 ねかし。 



第 九 輯卷之 五.^ 五 五! 1 一 



南總 a 見 八 犬 博 五 五 二 

お ほせ . ミぅ さい わ ぼく こミ ほぎ f かん あまり すみの すけ ひろよ し しゃ あ ♦* つ ら 5 

と 仰ら る。 又 東西 和睦の 祝 壽を稟 さんと て參 りぬ る、 上 甘理墨 之介弘 世の 使者、 天津 九 三四郞 

か! 1» あき またす, <れ の-あみ つ ほい:; 1 ら おち じ だんだ ら つき い * ゐ が はら ぼけ あは かづ さ しも ふさ 

員 明、 及 直 野 阿 彌七精 村の 墜八、 次圍太 等に 就て 來 ぬる、 今 井河 原の 木瓜 八、 安房 上 總下總 な 

ひら をさミ しょりら もの たま すくな そのの ちち ゆだい. せんじ めし よしなり 

る、 村長 故老 等に 至る まで、 柬西を 賜 ふこと 尠 からす。 其 後、 大禪師 を 召よ せて、 義 成み づか 

その ミ し/二ろ だいく さく ほめ そ、,' はん さいき や、 フ た、 ソ えん ほんり ふ ゑが びやくん くわん おん お ほかけ もの ぢん 

ら、 „N (年 來の 大功 德を譽 て、 宋 版の 一 切經 と、 唐の e 本 立が 畫 きたる、 白衣 觀 音の 大懸 幅と、 沈 

かラ た まため うし, C ぉミね ひくて ひミょ ぢ よりう べっせき めし よしなり いさを 

香 十 斤 を 賜 ふ。 又 妙 魔 音 音 曳手單 節 は、 共に 女流 なれば、 別席に 召よ せて、 義 成み づ から 其 功 

ほめ い、 7 めい たんた-.' おの ひ ミこし なつ ふゆ きねおの —ふた か 3 ね か ね おの-, - りャ、 r- た ** は され この くんおん 

を譽 て、 有名の 短刀 各 一 口、 夏 冬の 衣 各 ニ龔、 金子 各 一 百兩を 賜りけ る。 然ば這 君恩に 

ぁづか たれ はいぶ 、つち ミ かつ つれ まか しほし おしわけ 

預る 者、 教か拜 舞せ ざるべき、 歡 びの 聲 内外に 充て、 被ぎ 連つ i, 退る とて、 一 霎時は 推 も 分ら 

こくしゅ じ ぜん その •.= & も ふ かくて よしなり レ ちゆ-たい ザん じ 

れす。 國 守の 慈善と 其 富 を、 仰ぎて 感ぜざる はな かりけ り。 恁而義 成 主 は、 又、 大禪師 と 八 犬 

めし あは のた *♦ さき みか タ わが あねぎ ふ か,^ な たま は ちょくがく われお も 

士等 を、 召 合せて 宣 ふやう、 嚮に 朝廷より、 我 姊君を 神に 做されて、 賜りた る 勅額 は、 我意 ふ 

ミ や ** いはむ ろ いし ほこら たて 5 でさ しんたい な かつい はむ ろ まへ ミ り 

に、 富 山の ns 崛に、 石の 宪倉を 造り 建て、 藏 めても て 神體に 做さん。 且 nS 崛の 前に、 石の 無 扉 

る たて ちょくがく うつし かく このぎ ぜんじ ぶ や、 フ はや せきこ お ほせ なほ! 3 り 

門 を 建て、 勅額の 摸寫 字を掛 べし。 這 義は禪 師と八 犬士等 奉行して、 早く 石工に 課て、 等閑に 

しゃう, 5\ むね こ! S ねん-.. J ろ お ほ ちゆ だい けんし ら さく じ 

すべから す、 只 淸淨を 旨と せよ。 と言叮 寧に 仰 すれば、 、大 犬士等 承りて、 其 次の 日より 作 事 

たく ふ ら およそ にち はかり はャ らくせい す ちちよ くがく しんたい 

を 起して、 匠ェ等 をい そがす 程に、 約莫 三十日 許に て、 夙く 落成して ければ、 則 勅額 を神體 

す? きみや、 r- じん はふり ら のつ ミ X はふら く たてまつ ち §:;i い-せんじ かいし お ほや ** でら またえん めい 

にして、 洲崎明 神の 神人 等、 祝詞 を誦 み、 法樂を 獻 り、 、大 禪師を 開始に て、 大山 寺 及 延命 



よ _し な ゆね し :t, にぎ. C かれ みやこ いねえ しん-.! ゑ たすけ M 、-. 'こ. r- 

義成 主に 見參 す。 他 は 京師に 在りし 時、 犬 江 親 兵 衞の帮 助に 做り しとい ふ、 ^功の 者 なれば と 

たきた しろ a ん そつ ミ、 フ にん な このた せんこ. フ S 、フし W もがら こ りに r らラ ti- ひ i • .i 一 こ 

て、 瀧 ほ の 城の、 番卒の 頭 人に 做されけ り。 這 他戰功 ある 勇士の 毎、 小森但 一 郞^ll^%tk杧 

. あけ ts> あ..^ か はた/.? フ> ら --.-/r" よ ひで ミりゃ *** ひミ よしよ ものが しら じ や、 7 せ S so 、フら やす V しのす け まもかった ち.!:.? のす ナ 

六 明 相、 荒 川太郞 一 郞淸英 鳥 山 魔 人. m 世 は、 兵 頭の 上席 を饒 さる。 又 浦 安牛ぎ 友 ぎ 力ぎ 

はは-. i も のぼき りさん ら,フ よしゆきき その すけす ゑもミ たちから ミ が らう は o-s きミ やの ら か, ょレ 、: M ひら も?^!^しら ぶ 

逸 友、 登 桐 山 八 郞良于 木 曾 三介季 元、 田税戶 賀九郞 逸時苫 屋八郞 Z 一八:? れを、 俱に稻 村の 兵 頭に 做 

こ, C なビ さくわん かたむね たこ ふね かひ らラ しゅた. £ うがね もん. rj ラ はるた か たきた しろ もの^しら し. b**** f it 

さる。 又 小水 門 目 堅 宗鯖船 貝 六郞繁 足、 柬峯萠 三春 高 も 瀧 田の 城の 兵 頭 たるべく、 Aif 十郞七 

、ひら じ らう あさひな や もミ う ゑ もんの すけ の きんじゅ じ や、 r- せき す,. f t り 

沛 ニ郞、 朝き ニ彌は 故の 如く、 右 衞門佐 殿に 仕へ まつりて、 近お の. 4 席 たるべし とて、 & て, 

^-^ , I ,f^n, X、 、 » おの; (- し, な. '» ら stiftsry は.,. わた ..5 たかやな わして : ない よしかた 

秩 っ鲥 を、 加 增し給 ふこと、 各 差 あり。 又 眞問井 縱ニ郞 季秋繼 橋 綿 四郞喬 梁、 潤 驚 手 古. 2: 美容 

ふるてら ケ けう じ ひろつ ねら きうろ くお の ― ほい す { り にん らう やつ もたり き しゃ f おん 

振 照俱敎 ニ弘經 等に は、 舊綠 各 一 倍の 加 恩 あり。 又須々 利 壇 五 郞ニ四 的^ 舍 五郎 は、 旣に恩 

しゃ, う こ ふの だい しろ さいはん こ たび めし そのて した しう ひやう しろ かね ひら 、. 

i ありて、 國府臺 の 城に 在番 せし を、 今番乂 召よ せて、 其 除 下の 衆 兵に、 白銀 二百 枚 を 賜 ふ。 .K^ 

きんだす てきち こ ぼ 八す にん た まもの または やうち は らラ さ.?^-か まねさろ を. 2- つく さる 

十三 太 素手 吉が乾 兒數十 名に、 賜 も 亦是に 同じ。 又 鏡內葉 四郞、 緩 岡 (又 狙 岡に 作る) 猿 八、 

一 1^ も き,.^ k た つめ もて か きつら つきぶ ち か f しろ かねお の {• はた; vb た * いね さかし もっけいね え しんべ 0; しつ 

^地 喜 傲 太 詰 茂 住 橘 等 は、 月俸 を 加. 堆 ありて、 且 白銀 各 二十 枚 を 賜 ふ。 犬阪 下野 犬 江 親 兵 衞執 

^-^ - かや b はいけん このよし よ ぐんび や. つ すべ おんし ャ 5 もる もつ ミ ものち ち し 

達たり、 他 等は拜 見せざる 者 なれば 也。 這餘諸 軍兵、 都て 恩賞に 漏る^ なし。 最 後に 致仕の 

らラ しん すぎ くらき そのす け うぢ もミ ほりう ちくらん ささ だ ゆき ならび こ もり あつむね ラら やすのり かつ めし こタも ら ひん こ ラ し b-5 

老臣、 杉 倉 木 曾 介 氏 元 堀 内 藏人貞 行、 丼に 小 森 篤 宗沛安 乘勝を 召よ せて、 其兒 子等の 軍功の 賞 

、^'ぢ もミ さだゆき いんき よれう び でんお の. (- くわ 八 もん ゑ じ ひやう ま おの .^1 - くわん もん ij* 

として、 氏元貞 行に は、 養老 料、 美田 各 五 百 貫 文、 衞士 兵馬に は、 各 三百 貫 文 を 賜 ふべ し。 



第 九 輯卷之 五十 五 四 九 



南 捣通見 八犬傳 五 四 八 

珍 說を授 りて、 利害 あらば、 稻 村へ 注進すべし。 又 一 i 荆は、 當 家の 祈願 所に 做さる。 今より し 

ベい もく も- -だ はら た ** おんめい ありた ね つま おも ミ け A ぢょ 4- っミ いさ 

て 年毎に 米 粟 百 苞を賜 ふべ し。 と 恩命 あり。 且有 種の 妻、 重 戶は賢 女に て、 よく 良人 を 諫めて、 

あや まち きこしめし ほめ つぎ いし かめ じ i レんだ こレの ふな ざミ むか ふみ づ 、< さん 

愆 なから しめしよ しも、 閒 召たり とて、 譽 させた まふ。 次に 石 龜次圑 太 越 鱗 三、 向 水 五十 三 

fc> えさつ 二 す て きち いねん や よりす けら きも : &んざ ん ゆる おんしゃ、 フ じ だ, C だ ye- 、つ ミこし ほ は * もさ 

太 枝獨鈷 素手 吉、 犬 江 屋依介 等 は、 倶に見 參を饒 されて 且 恩賞 あり。 次 園 太 は 行 德墜濱 の 長に 

な かつ ふな ざう その じ やく よりす けい さ- < だ すて きち も! i いちかより P うごく がよ.. -さ いぢ、 フ 

做され、 且鯛三 は 其 次 役に せらる。 又愤介 五十 三 太 素手 吉は、 故の 如く、 市 河兩國 河原に 在住 

, こ ふの だい ふなて ミラ にん つきぶ ちお の,— に, c ぶち このよ たり 

して、 國府臺 の 城に 事 ある 時、 船隊の 頭 人 たるべし とて、 月俸 各 五十 口 を 賜 ふ。 這 四 個の 

** ちび ミ あろ ひ いね 九 しんべ ゑ あろ ひ まさき だい ぜん せんこ、 フ 

町人 は、 或は 犬 江 親 兵 衞に從 ひ、 或は 政 木 大全に 從 ふて、 忠 あり 義 あり、 戰功 あれば、 俱に武 

ミり たて め、 フじ たいた ミ ゆる みなしん おん ミ もがら はラび さき 

士に執 立て、 廣字帶 刀 を 允し 給 ひけり。 是等は 皆 新 恩の 毎 なれば、 賞 を 先にせられ しなる ベ 

ふ だい いさを おんしゃう あ さき ら 5 てろ ぶふ はじめ そ も. {■ てろ ぶみ せう けん うけた ま は 

し。 譜 第の 家臣の 功 ある 者に 恩賞 は、 蠻畸十 一 郞照文 を 首と す。 仰 照 文 は、 招 賢の 使 を 承 

ちゆ だい ほふし もろ ミも せき じゅんれき はじの みやこ つか ひ いさを 

りて、 、大 法師と 共 侶に、 關の 八州 を、 巡歴し ける 始 より、 三た び 京師に 使し ぬるまで、 功 あ 

しょくろ く おしの ぼ たきた しろ お ほ ものが しら ちつろく か ^.y 

ら すと いふ ことなし こ.. を もて、 職 祿を推 登して、 瀧 田の 城の 大兵 頭と す。 秩祿も 亦 加增し 

ぐわん もん た *♦ かの ふ をの こ-.. J しん. «J く わかた. - 'ひたつ かき じ む 

て、 二 千 貫 文 を 賜 ふべ し。 且那身 は、 男兒 なき 故に、 親族の 子 也と いふ、 若 黨直爆 紀ニ六 を、 女 

Z や、 7 し ひすめ やま ほミ め あは しゅく ケゎん めしいれ 

靖養嗣 にして、 女兒 山鳩 を、 妻せ まく ほしと いふ、 宿願 も、 旣に 間し 召容 させ 給 ひぬ。 願 ひ 

まに すな はちき じ めしいだ され ひたつ. f- き じ あ *i さき じ- じ らラ てるあきら かいめい 

の隨 意た るべ しとて、 刖 紀 I 一六 を 召 出さる。 然ば 直嫁紀 I 一六 は、 蟹 崎 十 一 ー郞照 章と 改名して、 



ら、 フ ミ もやす まつ) で、 r りき じ ら 5 5 しゃくはちら、 r' ま ろ また ら、 I-Lf: ミき t ろ さ、 -た ら.. 'のぶし > も 八 In 、- なりす ナか. し > 、そ;? *• ** し 4*> 

郞與 保、 其 孫 十條カ 1 一 郞十條 八 郞、 满呂復 五郞重 時满呂 # 太郞信 重,、 安西 就 介: 松 

6.0 ちか たても ち またたても ち つく けん ぢゃラ さもつ ね お ほくす すぐり ミ しふ ろら タラ めし \だ ミも やす 、らこ ざき ,く 

有 親、 舘持 (又 盾 持に 作る) 條仗 朝經、 大樟村 主 俊 故 等 を、 一同に 召 出して、 與保は 子 崎の 贼 

なんこの かた しほ {• いねん #4 さし たすけ おし G- ぽ ものが しら な で 5 り > じ しゃ,、 

難 以來、 屢 犬 江 仁を帮 助て、 大功 あり。 こ t を もて 推 登して、 兵 頭に 做さる。 十 條カニ 尺 

なほん、 ゥ せラ お ほ a ぉミね t た ふた は. -ぉャ ひくて ひミょ く にく はかり ごミ いのた 、こ、 7 しゃ 

は、 尙幼小 なれ ども、 大 母音 音 又兩 母親、 曳手罩 節が、 苦肉の 計 を 行 ひ 得た る、 那 大功の 赏 

はらから ミも つ ひ 4* ろ: y み ミ ぎ な つきぶ ち にんぶ ち にんぶ ち r f 

として、 弟兄共にん^, 次麿君の陪堂に做さる。 月俸 は、 二十 口に、 十 口 を 加^して、 ^ 三 

. に A: ぶち た. , (-ゅ W きのぶ しゅか £> しゅめり ちか せんこ ラ いづれ +. くな f>f,t=»* もの.?' しら 

十 口 を 賜 ふべ しと 也。 又 重 時 信重景 重お 親 は、 戰功 载も尠 からす。 こ i を もて、 重 時 を 兵 頭 

な のぶ L;^ か; t し; 5 ありち か ゑ もんの すけさの よし ふちぎ ふ んじ S お ii* たミも 

に祸 さる。 信 重 景重有 親 は、 右衞門 殿 (義通 君) に 仕へ て、 俱に近 や:: たるべし 。と 仰ら る。 又 朝 

つ .55 ミ しふる さき おんしゃ 5 おこな は な あはれ じゅんり みさ や つ 

經俊故 は、 嚮に 恩賞 を 行 れて、 其 地の 長に 做されたり。 いよく 民を憐 みて、 循 吏の 操 を!;?』 

おきてた ま おち も ゆよ の ありた ね ぎ け ふ rQ ん が-ひけいら よしなり: S し ^ん! n ん この ありた ね 

ベから す。 とぞ拉 給 ふ。 其 後 落 鮎 餘之七 有 種、 誼夾 院豪荆 等、 義成 主に 見參 す。 這お 種 は、 義 

i たうけ そのたす け すくな 

士也、 八犬士 のい まだ 當 家に 仕へ ざる 以前より、 其帮 助に なりし こと 齢から す、 と 間 え. U り。 

**:^ て ゎづか こ ぜぃ しのぶの を か しろ ね および いねや ** だ, -' せつ み ら,7 も フミ もしゃ- 7 

況 僅なる 小兵 を もて、 忍 岡の 城を拔 くに 及て、 犬 山道 節が 軍勞に 代りし こと、 E:^ 賞す ベ 

/ ^- ,ほひ ありた ね たすけ た、 7 け り t ね しも ふさ かつ 

し。 豪^も 亦俠 者な り、 よく 有 種を帮 助て、 當 家の 爲に忠 あり。 こ i を もて^ 種に は、 下總^,5? 

しか こほり し A り や、 つ くわん もん たま き ラち ほ きたつ; か むら よろし くわん りゃう た ビし あは かづ さ 

飾の Is にて、 新 領五百 貫 文 を 賜 ふ。 舊地德 北 五 筒 村と 共に、 宜く是 を 管 領 すべし 。伹 房總 は、 

タ J うなん たす ふ たき T ふうみく つぶさ ありた ね さい は ひ むさし つね りんごく 

東南の 一 隅に て、 他郷の 風俗 を、 具に 知る に. S なし。 有 種 は 幸 に 武藏に 在り。 生 に 隣國の 

第 九 輯卷之 五十 s¥^l 



南 總虽見 八犬傳 . 五 四 六 



同 國神餘 城主 采邑 一 萬 莨 文 上大夫 犬 飼 現 八 丘、 ^ 衞 金 碗 信 道 

f こく P この じゃラ しゅ しょり や 3 くわ, C もん おもから 5 いね た ぶん ごの すけ かな まりの やす より 

同 國那 古城 主 采邑 一 萬 貫 文 上大夫 犬 田 豐後介 金 碗 悌順 

, -'』 ミ,. 'の ら-. 'ミ きすけ あら か は ひや、. 'ごのすけ きょ fa めし おんしゃう このり や-? ちう せいき、,' 

とぞ ありけ る。 次に 東 六郞辰 相、 荒 川 兵 庫 助淸澄 を、 召よ せて 恩赏 あり。 這兩 家老 は、 忠誠 舊 



老、 氏元貞 行に 劣らす。 曩に 素藤對 治の 折 も、 這 囘大歒 防 戰の日 も、 進, 退よ く 度に 稱 ふて、 靓 

レょカ T ひわん もん きラち おの { - ヶ わん もん か ICJ^ iA: りゃう 

ら ざる 所な し。 こよ を もて 采邑 三千 貫 文の 舊 地に、 今 亦 各 二 千 貫 文 を加增 す、 井、 に 本領 五 千 



. ^わ.^.,^ ん お ほせ すぎ くらむ しゃの J* けな ほもミ ほりう ち ざ こ た らう さ だ f ふ おんし to. ラ かれら こ たび .Mt 

貫 文 たるべし と 仰ら る。 次に 杉倉武 § 直 元、 堀 内雜魚 太郞貞 住に 恩賞 あり。 他 等 は 這 囘の斷 

かひ いさをし はくち、 r- ミも そのち ぢラ しょく つ. 5/ か らラ しょり a -、 フ 

戰に、 勳績 伯仲す、 俱に其 父の 重職 を嗣に 足れり。 こ. -を もて 家老と す。 采邑は 父の 時の 如く、 



三千 貫 文 たるべし。 と 仰 渡されけ る。 却 其 次に、 政 木 大全 孝嗣を 召よ せて、 大田 木の 城主に 做 

かれ もミ ふぢた いぢ いね 九 しんべ ゑ たすけ せんこ、 フ さき かっし か ---t かひ その ミ- 0*5, ら 

さる。 他 は 素藤對 治の 日 も、 犬 江 親 兵 衞を帮 助て、 戰功 あり。 嚮には 又 葛 飾の 瞰 戰に、 其 每 

い, さん, たす て きちら す にんる おん ざ..' し き せん たすけ き や て s なが, N か. よる 

五十 三 太 素手 吉等、 數十 名を將 て、 御曹司の 危 戰を援 まつりて、 强敵 長尾景 M 春 を 防ぎ 得た る、 

1 r i せんせ ラ より このお A しゃ、 r- かくしき か f じ せき しょり -、 r- ぐわん もん た t 

其 軍功 鮮少なら す、 因て 這 恩賞 あり。 格式 は、 四 家老の 次席に て、 采邑五 千 貫 文 を 賜 ふべ しと 

ほせ つ, >ー ち よ まろ づ しょの すけ W ょミし めし かの み すべ やくそく たが ひみし たね-、 -も はかり-.. ーミ 

仰ら る。 . ^に 千代 丸 圆書助 豐俊を 召よ せて、 那身は 都て 約束 遠 はす、 軍師 胤 智の計 策に 從 ふて、 

^^x^ やき は • たいこ、 -.' f ざ:. あがな きうち かへ たま は fc.、 一 

よく 大敵 を火攻 したる、 其 大功、 旣に舊 罪 を 償 ふに 足れり。 こよ を もて、 舊地を 返し 賜りて、 故 

> I i r.^3h^^^s^ じャ うし ゆ な きう しん めしつ さ ゆん にん おきてた *♦ つぎ ぉ;?^ゅきょ 

の 如く、 上 總國梗 本の 城主に 做さる。 舊 Si を召聚 へて、 還 任すべし。 と捉給 ふ。 . ^に姥 雪 代 四 



第 九 輯卷之 五十 五 四 五 



お^ じ や ねし な しょり やうお の まんぐ わんらん たま A ほせ かづ さ ぐんけん ひ 10 

て、 各 一城の 主に 做されて、 采!: 巴 各 一 萬 貫 文を赐 ふべ しと 仰ら る 但し 上總は 郡縣廣 く、 且 

ぶ ねラ ち いなむ b こ Z5 か しん おく わざ i た. r ごく もてお こな 

富 饒の地 なれ ども、 稻 村へ 遠ければ、 股肱の 家 ほ を ベから す。 この 故に、 胡 意常國 にて 宛 行 

うちい ねん しんべ ゑ さき かづ さ たてやま じ や 、つし ゆ な たじ ざい 

はる。 この 中 犬 江 親兵衞 は、 曩 に上總 なる 舘 山の 城主に 做されし かど も、 多事に してい まだ 在 

にん ちつろく さ だ さ こ たび た、 ゥ I ピく たて や しろ すみ や.? > 

任せす、 且秩 祿の定 なかり き。 然る を這囘 改めて、 常國館 山の 城^と す。 其 城な き 地に は、 速 



に 城 郭 を 執 建て、 在任すべし。 格式 は 家老の 上席に て、 上大夫 たるべし。 とほ 親 仰 渡されて- 

ミラの すけ その じ や- フ いふ もくろく なしく;.! も *4 

且柬辰 相 ももて、 其 城:: 巴の E 錄を成 下されし かば、 君恩 旣に 身に 餘る、 八犬士 はお そる- 

しり も もくろ.' 



共 侶に 承 まつりて、 返き て 其 目 錄を拜 見し ぬ 

そのし だい さ y€ 

其 次第 左の 如し。 



ば、 恩赏 都て 同な く、 仁の 字 を もて 首 とす。 



あはの くにた て や- 

安房 國舘 山城 主 

f こ, ヽ, ヒ、 r で、 r- のじ や、 f し, 

同 國東條 城主 

f こくいね かけの じ や ラレ- 

同 國犬懸 城主 

?? 二,、 みくりゃ のじ や、 r- し; 

同 國 御厨 城^ 



采:: 3 一 萬 貫 文 

しょり やう くわん *D 

采邑 一 萬 貫 文 

しょり や 、ひ くわん. b 

采:; 3 一 萬貫乂 



采邑 一 萬 貫 文 



同 國朝夷 城主 

タ、 I' こく こ ながさの じ やうし ゆ 

同國 小長狹 城主 



采邑 一 萬 貫 文 

しょり やう くわん も 

采邑 一 萬赏玄 



上大夫 

おもかろう 

上大夫 

おもから, 5 

上大夫 

おもから う 

上大夫 

上大夫 

おもから *f> 

上大夫 



犬 江 親 兵 衞尉金 碗 仁 

いね づか しな の t すけ かな まりの もり たか 

犬 塚 信 濃 介 金 碗 戌 孝 

いね さか しも つけの すけ かな まりのた ね ! i も 

犬阪 下野 介 金 碗肶智 

いね むら だい がくの かみ かな t りの t さ のり 

犬 村 大擧 頭金 碗 fj 儀 

いねや にう せつ t! て はき せんじゃ ラ V なまりの た X* さも 

犬 山 道 節帶刀 先生 金 碗忠與 

いね か は なが さの しゃう すけ かな. ** りの よした ふ 



- 南 總里見 八犬傳 五 四 四 

さ t ? お ほせ くだん やが たきた よし! TJ ね 

の 沙汰に あるべし とて、 休暇の 命 さへ ありし かば、 件の 九 士ー佾 は、 纏て 瀧 田へ 赴きて、 義實 

ら、 つ こ、 r xr^i そのつ > こミ よし さね ? * のかへ さぢ みつの さくろ きり 

老 侯に 萍 見す。 其告 まつる 事毎に、 義實歡 びい ふべ う も あらす、 那歸路 にて 三 髑餿の 事、 桐 一 

もんじ たち みの きん れんじ しなの ねん ゆ あん くし こ ミ いねた ぶんご ちからわざ 

文字の 大刀の 事、 美 濃の 金莲 寺と、 信 濃の 拈華 庵に て ありし 奇事、 犬田豐 後が; R 技の、 千 萬 人 

すケ こ. 《 はじ き t レ かんたん こミ よし. さねね し 

に 勝れし よし さへ、 越に 鄉 めて 聞知り て、 感嘆 特に あさから す。 只義實 主の みならす、 後に は 

よしなりよ しみち ぎ 2? りゃうから、 r- しょし くだん くし こミ お f>J ろき たん もりた か か、 7 かん 

義成義 通 君、 兩 家老 諸士さ へに、 件の 奇事を 聞知り て、 駭 嘆ぜ ざる はなく、 皆 戌 孝の 孝感 を、 

ぎへ て稱贊 したりけ る。 恁而義 成 主 は、 有功の 諸 臣等を 賞祿の 沙汰 あるべし とて、 一 日 瀧 田へ 

おもむ よし ざ ねら 5 こう だんか ふ こ ふのに い しろ はんし ミ,. 'にん ま の る も ふ つ. ? はしわたし ら. r- 

赴きて、 義實老 侯と 商量 あり。 こ. -を もて 國府臺 の 城の 番士の 頭 人、 眞間井 縱ニ郞 糌橋綿 四郞、 

、, 'ろ わして こ ない ふろ てらぐ け 、りじ ふ め 4- か ミり や- * まひ ミ 5 よ、 フミ?^^ケ ち まもり おか いし かめ じ だん 

潤 鷲 手 古內振 照俱敎 二、 文明の 岡なる、 鳥 山眞人 はさら 也、 行德 口の 戌に 置れ たる、 石 龜次團 

つ こ し^ふ ざ、..' いちか? <1 いねえ や よりす け り や、 r- ごくが はら むか ふみ づ いさ ん た ん さつ こすて きち いた みないな 

太 越 鯛 三、 市 河なる 犬 江屋侬 介、 兩國 河原なる、 向 水 五十 三 太 枝獨鈷 素手 吉に 至る まで、 威稻 

むら * し か 》- り おち も ゆよ の ありた;; 5 r け ふゐん ひら ほふ いんがう けい る せ し ャ 

村へ 召よ せらる。 有恁し 程に、 t 洛鮎餘 之 七 有 種 は、 設夾院 村なる、 法 印 豪 荆を將 て、 先度の 謝 

おん ほ き t しゃう まゐき さい は ひ すな はち いねやま だラ せつ お ほせ その 

恩の 爲に とて、 錄 北の 莊 より 詣來 にければ、 开は 幸 の 折な りと て、 則 犬 山道 節に 課て、 其 

ミ もび ミ ミも いなむら じャ, つない めしお か は づき もちの ひ くわ、 だう じ やうき つ じゅんじつ くにの かみ さミ みさ 

伴 當と俱 に、 稻 村の 城 內に召 置る。 時に 八月 十五 日 は、 黃 道 上 吉の順 日 なれば、 國{寸 里 見 左 

せう しゃ、 つよし なりね し 1C-I f{ ラレ はれぎね け さ たつ ころ ほひ まん ころ ちゃく! 3 りゃうから ラ けんし しょさ ひら ひ 

少將義 成 主,、 爲 帽子 朝 服に て、 今朝し も 辰の 比 及に、 正 廳に著 坐 あり。 兩 家老 八 犬士、 諸 侍 

みなの し め きね なが かみしも しゅっし だい ほん めしいだ こ たび んこ、 フ しゃ ラ 

皆^ 斗 目 衣 長 社 にて、 出仕せ ざる はなし。 第】 番に八 犬 士を召 出して、 這囘の 軍功の 賞と し 



に、 恁 まで 佛 事のう ち續く を、 厭 はで 線り 某し ぬる、 作者の 用意 を 思 ふべ し。 蓋 先 ig 父母 

はらから まつり なほ ざり つ ゐ. せん しゅ よし じゅん そん ざし 

弟 兄の 爲に、 祀を 等閑に せす、 追 薦の佛 事 法 八 1" を修 する 義は、 孝子 忠信、 順 孫 義士の 上に、 

かく :;2 いくわん もく す こら を はり Z0 

必 欠べ からざる 所に て、 本傳 の大關 目、 善 を勸め 惡を懲 す、 約束の 終に て、 這 事な くば あ 

され いづれ べつ おもむき 

るべ からす。 然 ども 佛事 は、 敦も佛 事に て、 別に せんかたな き^なるに、 其 事相 似て 其 趣 

よくみ ろひミ よくお も ひミ も かへ つ よ, < 

の 異なる を、 好看官 は、 おの づ から 知るべく、 克念ふ 者 は、 饗 かで 反て 葚 する も あらん。 

€ かく ら 、つ は しんせつ ひやう ちラ ふくしゃ ラ ちいん ち 

左に も 右に も 老婆 深切、 みづ から 爱に 評註す。 覆醬を もて 見る ことなくば、 知 音の 友に 鹿 

幾と せん 歟。 

f». 』 * 1.1 I よしなり こ-. 'しん ちよ、,' しゃ 5 i つよ め, C は 

第 百 八十 囘中 義成 功臣 重 賞 して 八 女 V ^妻す 

さて ミく ちゆ だいて る ぶみ しゅぼく すうにん その ふねす さき すな はちち よくが く み 、ひしょ . ^ひさ t 

却說、 八 犬士、 大照文 は、 主 僕 百十數 名、 其 船 州崎に かへ り來 つ、 則 勅額と 御 敎害を 相捧け 

いなむら きじ ゃラ このぎ りゃうから う ミラの ミ きすけ あら か はきよ すみし つたつ よしなり し 

て、 稻 村に 歸 城して、 這義を 聞え 上し かば、 兩 家老 東 辰 相、 荒 川 淸澄執 達に て、 次の 日 義成主 

げんざん みやこ し ゆび ふせ ひめが み ちょくがく ち s:!^ い たいせ, C じ つ 》♦ びら か 

に見參 す。 京師の 首尾、 伏姬 神に 勅額の 事、 、大を 大禪師 に 做されし よしまで、 詳 に 閒ぇ上 

くだん ちょくがく むろ**ち^>」の み ゆうしよ よしなり ねし はい いきん えつ ち d ゾ-ぃ 

て、 件の 勅額と、 室町 殿の 御 敎書を 見せ まゐら すれば、 義成 主、 拜戴 欣悦 大 かたなら す、 、大 

てるぶ みけんし ら ねぎら い ** しら た *5 たきた このぎ お ほや か 11 まう しあ ゆ ちょくがく こミ い じつ 

照 文犬士 等を勞 ふて、 汝等 は、 徑に瀧 田の 城へ 參 りて、 這 義を老 舘に稟 上よ。 勅額の 事 は異日 

第 九 輯卷之 五十 五 四 三 



南 總里見 八犬傳 

しょ さる みい. せ おそれ ひさ ぼ た r しも、 かさ へ か. つ さ く. *^ 

敎書 あり、 然を濤 風の 害 怕を思 はで、 近き を 貪るべき にあら す、 只 下 總を麼 て 上總に 至る、 陸 

ぢ ぎ ちゆ だい き t さ ま はり さほ みち いね づか 

路 こそ 宜しから め。 と議 する を、 、大 は閒 あへ す、 いかで か は 然る li^ 遠き 路を, ゆかん。 犬 塚の 

V > rj^ の 5 みか つ ひ^ ち r なほし うしよ 156 

改葬に て、 美 濃路に 三日 を 費し たれば、 日 を 縮めて 早く 還るべし。 今尙秋 暑の 時 なれば、 冬の 

,ゥ み b らき まいて け、 し まも れいぎよ く ちょくがく ゆる! ふせ ひめが ふ お- Z 一 I 

海の 暴に 似す。 況 八犬士 は、 身 を 衞る靈 玉 あり。 且 勅額の 故 を もて、 伏姬 神の 擁護 も あらんに 

£ こら お,: れ *\ ぺ し ふ けつだん ゅラ た r ふな ぢ 

何等の 害怕 あるべき や。 と議 すれば 犬士等 皆諾な ひて、 師父の 决斷勇 あり 理 あり、 徑に 水路 を 

すな はち この ラら お ほぶね f ゃミ ん このよ ふみづき にち \{ » 

か へ らんす とて、 則 這 浦に て、 E 舫 一 艘を傭 ひ 得て、 這 夜 七月 一 一十一 一日の 月の出る 時候より 

>j もづ. y !. 1 か はた おひて せん しゅぼく す 、ひにん ま くら たか / ゆ, めの _ うち * UI > 

纜 を 解す るに、 果して 順風な りければ、 同船の 主 僕 百十數 名、 枕 を 高う しぬ る 夢 裏に、 船の 

み ころ ほひ V? き みな S 

走る こと 幾 十 里な りけん、 次の 日の 巳の 左側に、 洲 崎の 港口に 入りに けり。 

*jC く か、 フ す V て きのは じめ 

作者 云、 本 編 は 腹 稿より、 都 文 多くなる を もて、 四十 六の 卷 端 に 附錄目 を 追加し たれ ど 

も M ふ ろく もく はぶ もミ 

も、 本文に は、 皆 故の 題目の みに て、 附錄目 を 省く ものから、 這ー囘 は、 故の 題目に なき 

所に て、 且 長編 なれば、 別に 附錄目 を もて 一 囘 とす。 こも 腹 稿に ありながら、 法 會の屢 な 

すてさら のこり を すてが たく この そ:!: 

る 故に、 棄 去ば や、 と 思 ひし かど も、 开も 又遣憾 しければ、 うち 棄 難て 這 ー囘 あり。 抑 

ゆ ふき しらはま 九ん めいじ かいさ、 フ する ひくせ がき I 

結 城の 法會 より、 うち 續 きて 白 濱 延命 寺に 改葬の 事 あり。 其 後 又 水陸 施 娥饑の 大法 會 あり。 

既にして 最後に 至りて、 金莲 寺に て 追 葬の 事、 及拈華 庵の 結 35 あり。 約莫 一部の 稗 史小說 



い た ぶん-ご お ほ ぢぉほ は ぎ や、 ひミ こ ち t ぶん ベ はか たきた いね 九 しんべ 

又 犬 田豐後 は、 祖父母と 母の 墓 は、 行德に 在り、 父 文 五兵 衞の墓 は、 瀧 田に 在り。 又 犬 江 親 丘 ハ衞の 

ぉほぢ ならび ふたおや やま はやし ふ S & はか いちか は さビ さミみ h 'や-.' ぶん かつい ねん や 

大父、 幷にニ 鋭、 山林 房 八と 沼 蘭の 墓 は、 市 河の 郷に 在り。 是等は 里 見の 封 内なる に、 且 犬江屋 

よりす け そのつ まみ かたみが はり ま. で きにち う ゆ たつ ** ささ だい ぜん か は-.. 一 ひもり 

依 介と、 其 妻 水 lifT 迭 代 によく 詣て、 忌日に 香華 を絕 ことなし 。又 政 木 大全 も、 父 河^ {寸 如 

は たて fn み タの P f かの むさし ミ し *4 ひ r は、 で A; じ おも:: J 

の 墓 を 建 まく 忍 ひて、 、. J の 後里旯 殿に 願ひ稟 して、 那 武藏豐 島なる 、日 比の 寶傳 寺に 赴きし に、 

かしこ いね さかた ねミも い さら ご しろ たかつ ぐ もり ゆき はか つくりたて かってら たいは 

那里は 犬 阪胤智 が、 五十子の 城に 在りし 時、 孝 嗣の爲 に、 ,》 如の 墓 を造逮 て、 且 寺の 額 破に 及 

しゅふく ^り はじめ き し かんろ ゐそ ろ さしぐ 

びし を 修復したり、 とこの 折 播て閒 知りて、 感淚 坐に 吒 むまでに、 歡 ぶこと 大 かたなら す。 又 

えいね A ^.y^ じ しょれ う たね きふ 、く や., P 

永年の 香華、 墓所 料な ども、 旣に胤 智が寄 布したり と 間え しかば、 今さら別に供養すべき19^-ぁ 

た r ぼ だいしょ はか そせん は.. ため お ほ かう ゆ n.7 きしん さ い. Q さか 

らす。 只 香華 院に墓 ある、 祖先と 母の 爲に、 多く 香華 料 を 寄進し けり。 然るにても、 犬阪 は、 其 

朋友の 爲に しも、 恁る 大功 德を 做しながら、 反て 孝 嗣に告 も 知せ す、 ^おの づ から 知る に隨せ 

たかつ かん い いな:: ら き このぎ たね ミも いで た { へ はい $ 

し を、 孝嗣 深く 感 佩して、 稻 村へ かへ り來 つ、 這義 を胤智 にい ひ 出て、 君子と 稱て、 三 拜の禮 

のち たね ミも あ かならず その ひしろ さけ しょけい ,:? ャ 

を 行へ ども 足れり とせす。 是 よりの 後、 胤 智に逢 ふ 毎に、 必 其 席 を 避て、 諸兄の 禮 ある 如く、 

うやま は みなの ち ものがたり こ?; J のつ ひで よろ あつ こ t 

敬 ざる 日 はな かりけ る。 是等は 皆 後の 話說 なれ ども、 今 語 次 直しけ.;; ば、 築めて 玆に 結ぶ 

あだし こミ はさて おきつ さろ ほさ ちゆ だいて るぶ ふ し^^?ら き ほ-ど ゆくて すなり" びん y たら 

のみ。 間 話 休 題。 爾 程に、 八 犬 士、. K 照 文 は、 柴 浦へ 來 ぬる 程に、 去 向 水陸の 便 in: を 相議ふ 

てるぶ み こ t ふな ぢ すさき かへ すみやか びんろ ちょくがく み 

に、 照 文が いふ やう、 這 里より 水路 を洲 崎へ 還らば、 速 にして 便路 なれ ども、 勅額 あり、 御 

第 九 輯卷之 五十 S¥l 



南 總里見 八犬傳 , 五 四 〇 ! 

むさぼ f かの & だい モ A いた わ! 3 は ひ A な 5 しな は 

貪りて 翻 ことなければ、 那 身に 大損な しとい へど も、 子孫に 迨 りて 禍 あり、 咸 失 ざる 者な 

くわよ く し そんち や、!.' きラ し は, r- なり つ t しま あだし こ!, > はさて おきつ さろ ほ 、ど 

し。 寡欲 は 其 身の みならす、 子孫 長久の 至寶 也、 愼 す は あるべ からす。 間 話 休 題。 爾 程に 

ちゆ^- 'てるぶ み にち たびね • むさし のく にミ しま しほ ラら 

八 犬士、 大照文 は、 又 五 七日の 旅 をし つよ、 武 藏國豐 島なる 柴 浦に 來 にり り。 今來 ぬる 路の 

すが も お ほつ か さミ いね づか しなの ふろ さミ ふたお 0- はか ぼ だいしょ いね か はさう すけ にび め 

程、 菅 一 孤大 塚の 鄉は、 犬 塚 信 濃の 故鄉 にて、 二親の 墓 は 香華 院に 在り。 又 犬川莊 介の 母の 行婦 

づか ち- - ひね か はろ! じ はか いづ ほり こし あ お ほつ か いね かひ ±- ん ひや.,.' ゑ ,r- みのち ねかす け 

稼 あり。 父 犬 川 衞士の 墓 は、 伊豆の 堀 越に 在り。 又大 塚に は、 犬 飼 現 八 兵 衞が實 父、 糠 介の 墓 

たち はかま ゐで こうらい ふ てん か, ^-fj れぅ き しん 

も あれば、 俱に 立より て墓詣 をすべく、 後 來不轉 の 香華 料 を も、 寄進せ まく ほし けれども、 旣 

みの ぢ かいさ 5 しょく ゑ やひ *! んり、 r- み か モ こら みちくさ はま 

に 美濃路 にて、 改葬の 觸稳已 こと を 得す、 淹留 三日に 及びし に、 今 又 其 頭に 路草を 喫ば、 親の 爲と 

お ほやけ のみち おろか わたくし ごミ ふけ はか で い じつ びんぎ まつ 

はい ひながら、 公 道 を 疎に して、 私 事 に 耽る に 似たり。 墓 詣の事 はし も、 異 日の 便宜 を俟に 

しか じ おも もろ ミも くだん ラらべ い; i され この つぎ よしなり 

は不 如、 と 思 ひかへ しつ 皆北ハ 侶に、 件の 浦 遣に 造りし 也。 然ば這 三犬士 は、 ft- の 年に 至りて, 義成 

? H に 願ひ& ^つ、 ぎに 大 つきの 観に ゆきて、 是 等の 本意 を S1- せし 也。 又 道 節 は、 父 犬 山道 策と 實母 

、-も ミ i まぢ n その はか あ は えんめい じ • こんり ふ い さかし もっけ そのち. -めひ ほらお、 っミ たねのり ちゃ k 

と、 女 弟 濱路の 魂 を 招きて、 其 墓 を 安房の 延命 寺に 建立す。 又犬阪 下野 は、 其 父 粟原 首 胤 度と、 嫡 

ぼ いなぎ はらが はりの あに ゆめの すけ あね たま くら また、,' みの は t はか • たて (> i そん (■ , , 

母稻 城、 異 母 兄、 夢 之 介、 女 兄 玉 枕、 及實 母の 墓 さへ、 右に 同じ 寺に 建て、 子々 孫々 に 至る まで、 

ねんきぐ わつ き まつり おこた このた いね ひら だいがく はじめい ねか ひゆん !^』 もな は ふ る さミも かいは いで 

年忌 月 忌の 祀、 怠る 事な かりし とぞ 。這 他 犬 村. K 學は、 初 犬 飼 現 八に 伴れ て、 舊里赤 を 出し 時、 

、つみの ち t は t やしち. 《 は,' またな きつ *♦ ひなぎ ね かう ゆ れ, つ ぼ だいしょ き ふ はかたい てん 

實 父母、 養父母、 及 故 妻 雛 衣の 香華 料 を、 多く 香院華 へ 寄 布し たれば、 其、 墓類轉 すべ くも あらす。 



,t.t やつ がれ くさの や さき ぃミ t はしり めの を 人な みた * もの 

留めて いふ やう、 小 可が 白 屋は是 よりして 遠から す。 簡に暇 ある 折に 走 かへ りつ、 老婆に 餌 賜 

たる- しゅび つ ±> かれ よろこ いで さき に まち はべ い.?. li ちょら 

の 多 かると、 垂, 井の 首尾 を 報し かば、 他 も歡び 意外に 出て、 前より 茶 を 煑て待 侍り、 卒立 寄せ 

こ もりた かき t いな このみ ちづれ びミ いづこ , のこ ^ 

給へ かし。 と 請 ふ を 戌孝閒 あへ す、 否と よ、 這 一路 人 多 かるに、 俟- せて 那里 へいな わん や。 遣 

^ し たも •、> t づミも わかた, フ いひつ け たづ さへ きり もんじ 

憾く 思へ ども、 こよに て袂を 分つべし。 とい ひつ. -先 伴若黨 に吩咐 て、 携 たる 桐 一文字の、 

たち こり ,J5 さてつ ぼへい ぃミ ミ やが もろび S ろ じ 

大刀 を 裳 箸の 內に藏 めさせて、 却 局 平に 身の 暇.^、 拿ら せつ 嬤て 衆人と、 俱に路 次 をい そぐ に 

つ 《 ^へい なほ さり かね ぁミ つき き もりた か じ: さに , I 

ぞ、 局 平 は猶去 難て、 後に 跟 つ- -來に ける を、 戌 孝 も 諸犬士 も、 見 かへ りつ 辭し 諭し i か は 

みち w*6 ち; a かりき ぜひな くそ こ わかれ つ: t おの しゅくしょ つぼへ いならび せ 》., こ -7 の み, r _,) めし も 

路十 町許來 て、 ひ ハ得其 里に て 別を告 て、 己が, 3^ 所へ 還りけ る。 局 平 丼に 石工 野 見 六の 事、 這 下 

ものがたり され いね づ かもり たか くだん きり もんじ たち い じつ ミぎし さが ^5 

に話說 なし。 然ば大 潔 戌 孝 は、 件の 桐 一 文字の 大刀 を、 異日 刀匠に 研せ ける に、 素より 雙 なき 

めいた う ミし, ごろ さち 5 いさ-か つち ほみ ノ, . す^ち . 

名刀 なれば、 年來 土中に 在りし かど、 聊 も 土 蝕せ す、 又い ふべ くも あら ざれ は、 桐 一文 

じ め a き つま かいぐ こしら へ きり もんじ たんた う だいせ ういつつ ゐ めい 

字の 輔と、 鍔 さへ 是に皆 具して、 表装に 手を盡 させし かば、 桐 一 文字の 短刀と、 大 小一 對の名 

ぶつ な のち じ そん もりた か ち、 つか ラ V の むらさめ ; f ち 

物に 做り しょり、 後兒 孫に ぞ傳 へけ る。 故 ある 哉 戌 孝の 忠孝なる、 那 村雨の 大刀の 如き は、 久 

な i やぶ さか a くん はた なりう し ぶ 

しく 其 身の 物に 做り しも、 毫も 吝嗇の 心なく、 父の 遣訓を al- さんと て、 成 氏 主に 返しよ より、 

いまだ 幾 ならす して、 於が 1^1 に 祖傳の 名刀 を 得たり。 便 是 天の 配 劑、 善に 報 ふに 善を以 す、 

そん.,.! きすべ てみ な ぞん * くじ やしゃ-..' よ.. n よの ひミ このり ら - j ? I5-- - I 

物の 損益 都 皆、 善惡邪 正に 緣 ざる ことなし。 世人 多く 這理を 知す、 只 不義の 利 を 欲する までに、 

第 九 輯卷之 五十 五三九 



南 總里見 八犬傳 五 1 一 K 

■/ たの ふ ミころ か, -ケ こ はん り や、..' か. へいだ ** づモの りで 7 あんじ 9 ほ- >- こ 

を 守りね かし。 と 憑み つ、 懷 を搔榜 りて、 圓金十 兩を數 出して、 先 其 五兩を 庵主に 施し、 五 

つぼへ い , り や 、つ こ 力 り p., & .7^ ため か- 1: & れ 5 そうぞく ふたり ふりわけ 

兩を局 平に 與へ ていふ やう、 其 五 金と 這五兩 は、 井 氏の 爲に 香華 料な り。 憎俗兩 個に 等分て、 

も. たか すんし ほ- «10! あんじゅ つぼへ い あき かう ベ かき すり 

戌 孝が 寸志の み。 とい はれて 含 笑む 庵主 はさら 也、 局 平 は呆る よまでに、 頭 を 搔っ手 を 摩つ、 

さき 、一 おん こ- -み はか 

こ は 又 思 ひがけ もな き、 嚮には 身に 餘り ぬる、 御 恩を受 まつりし に、 這 里の 御 墓 を 守れば とて、 

つなり {- くさ かり はら きにち たむ く いか っひ夂 さ この おんい ね うナ 

折々 草 を斐拂 ひ、 忌 nz に 檎を賻 るの み、 何ば かりの 費 あるべき。 然る を 又 這 御金 子 を、 ^まつ 

いなめ あんじゅ さき ゐ i>9 た ちんかい き 

るべき ことか は。 と 椎辭ば 庵主 も倶 にい ふやう、 餺 にもい へる ことながら、 井 氏 は當庵 開基の 

しゅ るる だい だんな あはれ み せん ぢぅ ミき はか たて まいて きにち かう A 

施主に て、 累代の 檀那な りし かば、 其 後な きを 憐 て、 先住の 時 墓 を 建に き。 況 忌日の 香 『难を 

このつ I せ. に ふ 九、 フ いろ もりた かおし かへ そ その は! !• わい そ まつり まか 

や。 這 御 施 入 は 要な し。 と 辭ふを 戌 孝推復 して、 开は 其該の 事ながら、 外 祖の祀 を 人に 任せて、 

か およ は なき ひ W よろし ま f> さミ y ね ぅナ 

恁 ばかりの 義に 及す は、 枯 者の 爲に宜 かるべ からす。 枉て 愚意に 從ひ てよ。 と 諭しつ 金子 を受 

ミら わかれ つげ きり もんじ た ち ひさ ゆ あんじゅ あ t まんめん しゅんしょく む ざラさ 

拿せ て", 別 を 告て桐 一文字の、 大刀 を 引 提て立 出れば、 庵 中; と 女佾は 満面 春 色、 こ は 無造作 

ゃ物體 なし。 御蔭で 水 を 得たり しに、 千 楚荼蘼 の 花 をし も、 開せ 給 はる 功德 廣大、 彌陀 佛彌陀 

ぶフ ねん っぽへ い ぜひな く か ね 、フけ 4- さ はしりお り もろ をり さ ほミ りつい ゐ まつ 

佛。 と 念じつ よ、 送れば 亦 局 平 も、 只 得 金子 を受 飲めて、 走 下つ i 兩折戶 の、 邊に跪 居て 待な 

この ミき いね さかいね え いぬ 7 いね ひらいね た いね かひら ちゆ いてろ ぶみ もろ! M も もん せん 

るべ し。 這 時 犬 阪犬江 犬 山、 犬 村 犬 田 犬 飼 等の 諸犬士 は、 、大照 文と 共 侶に、 旣に 出て 門前に 

もりた か やが ミ もび ミ ぶやく ろ じ その ミき つぼへ い いね づか 

在り、 戌 孝が 來 ぬると 纏て、 伴當 夫役 を從 へて、 又 復路 次 をい そが まくす。 當下局 平 は 犬 塚 を 



賛歌 第三、 

賛歌 第 四、 

歌 第五、 

贊歌第 六、 

贊歌第 七、 

Is 第 A、 

贊歌第 九、 

贊歌第 十、 



信 濃なる 戶 がしく 山に 在 神も豈 まさらめ や 神なら ぬ 神 

山 を 拔カも あるに 健 雄 等が 移す に 石の かたき もの かな 

る なり く くもち か み づミほ や *4 いほ 

井 は 成ぬ ひさ ごもて 汲め 雪 近く 水 遠 かりし 山 もとの 庵 

たらち ね すみ さミ きて み. e や ♦* ゃョ 

垂 乳母の 住に し 里に 來 見ば 山 ふところの { 伯 もな つかし 

つろ ぎた ち み X くし こミ も!, * すゑ のち いほ 

劍 大刀 三世 奇 事の 本末 をむ すぶ は 後の 庵 あ る じかな 

^ ざき はらわけ きそ やま fO こ ろくみ み こ W は 

つ ほ 扱 M は § , Jk き ゆ 紫, 



糸 芳宜に 交る 山邊 のしの す i きそよ ゆば 匂 ふ 秋の 初 風 

みね i っ兩 露; tt?i なりい <i> かせ こ ゑ ふ もて !^-無ぉ 

峯の 松う ろに 生 出て 風 さそ ふ聲を 麓の むろに 人る めり 



た やす より 

田 悌順 

やま fcr ミも 

山忠與 

; 伊 孝 

ru よし た ふ 

川義任 

ん まさし 

江 仁 

さき てる ぶみ 

螯畸照 文 

だい It ん じ ちゆ だい 

大 禪師、 大 



善業 不滅 不斷 加持、 劫.^ 卽減 八功德 水、 平等 利 盆と ぞ ありけ る。 巧拙 各 差 あれ ども、 皆實詠 

T I, おしなべ かんたん かくて いね づか もりた か 

にあらぬ もな けれ は、 知る も 知らぬ も 推 並て、 感嘆し ぬる も 故 あるかな。 恁而 犬^ 戌 孝 は、 又 

あんしつ つぼへ い よび あんじゅ われら つかへ 

庵室に かへ り 坐して、 且 11^ 平 を 召よ せて、 更に 庵主に 向 ひてい ふやう、 咱等 は是紈 袴の 身に て、 

あ ひさる いじつ はかま *0 り >」 もめ rvi へ、 b の 

其 地 も相距 こと 亦 近から ねば、 異 日の 墓 詣は究 て かた かり。 とい ひつ i:!! 平 を 見 かへ りて、 那 

つぼへ い わ: ^ひわい モ ゐ のな ほひで ぉミな きうんん かれ Iv.'h- ん せしゅ M 

局 平 は 我 外祖、 井 直秀の 老僕の 子に て、 舊綠も 候へば、 今より 後 は 他 を もて、, 常 庵の 施主に 做 

, つぼへ い よびち か いまし も ミこれ まめ やかび ミ & うぢ はか 

すべし 。とい ひつよ 局 平 を 召 近づけて、 汝は素 是老實 家 也。 今より して 我に 代りて、 井 氏の 墓 



第 九 輯卷之 五 



五三 七 



犬ば ぶ 

Ml 村 ^ 

智 f m 



南 ila 見 八 犬^ 五三 六 



し *7 ちあん T お ほいし しろし つく ち S だい す t につ こ ,0?^0 し ナん うま 

時 沈吟 じて、 稍 其 E 石に 窨寫れ ば、.、 大も找 み 近づき 來て、 よみ 見て 篼爾 とうち 笑て、 諸 ilsj^ 旨 

く やられし な。 我 も 亦 蛙に 劣りて、 歌ら しき 歌 は 得よ まね ども、 並べ て 恥 を 遣す ベ し。 いで 

i づ てるぶ み かり しる はて おの .(• かうた * つら じ ひつ 

いで。 とい ひつ よも、 且照 文に 筆 を 借て、 寫し 5^ て 又い ふやう、 各々 恁玉を 連ねし 歌 を、 自筆 

にものし たれ ども、 是鏤 たるに あら ざれば、 竞に 風雨に 磨 威して、 一句 も あらすな りぬべし。 

あんじゅ かぢ H* ず おし もみ しほし じゅもん 

庵主の 爲に 加持し てん。 とい ひつぶ 又 石に 向 ひて、 數珠 さやく と 推 揉て、 ー霎時 呪文 を唱へ 

かつ しり も され この ふくせん き :?^っさん ミ うた のち も t ミせ へ いしのお もて 

つよ、 一喝して ぞ 返き ける。 然 ば這復 泉の 記 も、 践贊の 十 歌 も、 後 百年 を歴 ぬるまで、 石 面に 

せ かすか よ ものがたり その ミき つ さ ひ ふくせん らく f 

耗 すして、 幽 に讀れ たりと いふ、 こは是 後の 話 也。 當下 八犬士 は、 聚 合て 復 泉の 記 を默讀 す。 

讀 る 時大舉 は、 代りて 贊 歌を险 誦しけ り。 其聲 朗 にして 妙 なれば、 拙き 歌 も 聞に 堪 たる、 

これから かたる しゃう たん され き ぶん こミ はがき かつ ミ 、ひた いはく ぶ A めい 

自他 迭に唱 嘆して、 歡 ばざる はな かりけ る。 然ば其 記 文の 後に 詞章 あり、 且十歌 ありて 曰、 文明 

ねん あき ふみづき じち い;? むら だいがく のかみ かな まりの まさのり ねん ゆ あんじゅ のべ ふくせん 

十六 年 秋 七月 十六 日、 犬 村 大學頭 金 碗禮 儀が、 拈華 庵主の 爲に述 ける、 復 泉の 記の 後に 題せ 

みちづれび 1= ら うた さんさ ...J- い Q づか しなの のす け もりた か か. つかん くわいき、 r- *4 さ 

る、 一 路人 等が 十 歌 一 贊 左の 如し。 犬 塚 信 濃 介 戌 孝、 孝感、 懷舊の 歌 も 亦 この 中に 在り。 又禮 

のり はじめ せ S めん おの {• そくじ じ ひつ いはく 

儀 を 首と す、 石 面 各 卽事 自筆な り。 歌に 曰、 

さんか だい ♦* すら を ちび き いし いほ こけし みづ 

貲歌第 一 、 壯士が 千 曳の石 をお きか へ てす みよき 庵の 萏淸水 かな 

贊歌 第一 一、 埋れ 井の 石 _査 ひらき 涌く 水に おほし 力の 名 を や 流さん 



ほ ちる みづ も 仁り へきん き みな? - さつ わら ひ しはらく い; 3じら だいがく いぬ t UH 

て、 撥と 散水に、 四 下の 人 さへ 辟 易して、 犬 家咄と 笑け り。 姑且 して 犬 村大畢 は、 犬 田 遭 後に 

わ のなら び いねん いねや ま い <? かひ りき ひい あら は あんじゅ 

向 ひてい ふやう、 和 殿 丼に、 犬 江 犬 山犬 飼 は、 カ藝を 見して、 庵!^ に 水 を 得させたり C 是も亦 

じん じゅつ ぶ われら ぶん ふくせん き のこ やたて •< で 

仁の 一 術に て、 武の 至りと いひつべし。 咱等は 又 文 を もて、 復^1^の記を胎さんとて, 墨 斗の 笨 

ねき いだ しづか くだん たていし す t ふで そめ いし ひらめ ミころ ,ぶん y な し ろ しっく 

を拔 出しつ..、 徐に 件の 立 石に、 找み 近づき 翰を染 て、 石の 平坦なる 處/、 -記文 一 編を寫 著る 

ちミ したがき まラく はちす す A やか っ^ へんさ f 

に、 毫も 稿 を設る ことなく、 蓮の 糸 を 引く 如く、 速に 綴り 某て、 編 左に 耿 もて 贊 しけり 。(作 

しゃい はく この ふくせん き かならずから ぶみ からぶ み みる ひミ かへ つ おも かフ ぶ、 お i 

者 云、 這復 泉の 記 は、 必 漢文なる べし。 漢文 は 看官の 反て いぶせく 思 ふ も あらん、 且文の^^^!; 

ぃミ ゆ ゑ はぶ のせ なり その ミき たね まも いねに ち^^ら 

くなる べき を 厭 ふの 故に、 省きて こ t に は 載ざる 也) 當下、 胤 智是を 見て、 犬 田が 齊 力に は 及 

いねむら さ れ こミ くや *! せ 

ぶべ からす、 犬 村の 文 も 亦 得が たし。 然ば とて 今一 一一 一 n なくば、 後に 悔し かりぬべし。 我 も 似而非 

うた そへ すな はち その ふで かり **J い しる ir- よ, n *4 か おの {• よふ 

歌 を 添ん とて、 隨卽其 毫も 借て、 又 一 詠 を寫し よかば、 餘の六 犬士も 興に 乘 して、 各々 耿を詠 

いで しだい しろ あまさき てるぶ ふ に t4 ひち rc つ ら{. ひた t らかん 

出つ よ、 次第 を 追 ふて 錄し よかば、 蟹 崎 照 文 も 庭 門より、 找み 入りつ よ 列々 と、 見つ i 只管 感 

たん しんべ ゑ きふ よび vx>- あまさき. ち ( わ f ごの な ぅヒ し ? =,0 pi 

嘆し ぬる を、 親兵衞 急に 呼禁 めて、 蟹 崎 叟々々 々、 和 殿 は 何 どて 一 耿を、 惜 みて 俱に贊 せざる 

てるぶ みか., 'ベ かき われら みやび -ii このな かま いろ 

や。 とい はれて 照 文 頭を搔 て、 咱等 は、 風流に 疎ければ、 這夥 計に は 人り がた かり。 と 辭ふを 

しんべ ゑ わら ひ めへ て ゆる そ よく わろ く このお ほみ くにび ミ このお ほ A くに 

親兵衞 諸犬士 も、 うち 笑つ.^ 敢饒 さす、 开は好 も あれ; G> も あれ、 這 大皇國 人に して、 這 大皇國 

5^ xt す かはづ うぐ ひす お W せめ こう し A 

歌 を讀す は、 水に 柄む 蛙、 花に 鳴く 鶯 にも 劣るべし。 よみね く。 と 譴られ て、 困 じて ー赛 

第 九 輯卷之 五十 五 i 



南 總里見 八 犬^ 五三 四 

たか 5t そ ふべん さら こだち しゅ あ * さへ ひがし お ほいし ふさが 

孝う ち 聞て、 开は 不便なる ことなりき。 然 でも 庭の 樹拉繁 く、 剩 東を大 石に、 窒れ たれば、 

この ざしき すぐら モの いし えんが は し り かけ い ぶん >* 一 

這 座席の、 薄 闇き も 故 あるかな。 とい ひつ.. -も又 其 石 を 見て、 檐 廓に 尻を掛 たる、 犬 田 豐後を 

よびかけ あにき わ 5_J の ちから あのお ほいし .J* ろ は/やら やす , , ,、や^ 

呼 被て、 哥々 よ、 和 殿の 膂 力に は、 郝大石 を 北の かたへ、 轉し 遣ん も 易 かるべし. - といへ ぱ梯 

より ほ t ゑみ いな われ だいり きし な; J_JS . i 

順 含 笑て、 否、 我 とても、 五大 力士に あら ざれば、 よくすべく は 思 はね ども、 何事 も 人の 爲也。 

な ろ だ ならね か こ. t ろみ うす ほおり ねぎお き の a かま そ ほつ はさ かたな モ びら / 

成歟 不成歟 試 てん。 とい ひつ i 羅外 赛を脫 措て、 野 袴の 稷 格み、 刀 を 背の かたへ 繞 して、 

お ほいし ほミり す- むね たかさ さく はかり か KS ミが 

身 を 起しつ ょ其大 石の、 邊へ找 み 近づきて、 猶 よく 胸に 是を 計る に、 石の 高 は、 五 尺 許、 上 尖 

しも ふ W わたり さく ゐ ふ 3 こミゎ いく くわ 八め ちび き: 

りて 下 太く、 徑四五 K なる ベければ、 井 を 蜜ぎ しも 理り にて、 - 幾 百 貫目 ある やらん、 實 に千曳 

お ほい レ やすより かたて かけ おしこ S ろみ ゆる 一 * ーミ ゆら 

の大 石なる を、 梯順は 物と もせす、 隻手 を 掛て推 試 るに、 齒の搖 ぐが 如搖 めきけ り。 是 では 

よし もろて かけ えい うめ ねぢ かへ ちび き おはいし ね うす まろ は 一: さ 一 やすより 

好。 と兩 手を掛 て、 曳と嗜 きて 振 反せば、 千 曳の大 石 根 を 離れて、 只是臼 を轉す 像く、 悌順の 

ふたつ ゑみつ るき た しか おしす ゑ お ほいし の みか ぁミ いづ, わ J5^ いで I 

手に 從 ふて、 二三 杖 北の かたへ、 移る を 楚と推 居け り。 大 石旣に 除れ し、 迹には 地 泉 涌 出て、 

に は あ ふ や しんべ ゑ だ、 つせ つ ゆん ひやう ゑ そこら ** ろい し お. さあろ ひ ある ゾ 

庭に 溢れて 已 ざれば、 親 兵衞道 節、 現 八兵衞 は、 其 頭に ありけ る圓 石の、 輕重 或は 八 九十 斤、 或 

あ *り ぃミ やす ミ りめ i つ さ ふる. め ひり すゑ たちさ ころ .01: たいで S 

は 百 斤有餘 なる を、 最も 易 像に 拿撓聚 へて、 敗 井の tii に 居し かば、 立地に 井 幹 成て、 其 水 溢れ 

この こミ ありさま あんじゅ に は ち ほミり つぼへ い た *! いま . く,^.、 

すなり にけ り。 今 這 事の 光景に、 庵主 はさら 也、 庭 門の、 邊に 在りけ る 局 平 も、 目今 水 を 汲 拿 

さう しゅく ちま きもつ ぶ ひさげ て をけ ミ りお ミ たが ち ぎ 

りて、 かへ り來 にけ る 同宿の、 女 憎さへ 俱に膽 を 潰して、 引提し 手相 を 取 落せば、 箱は斷 離れ 



め ね き すな はち このかたな めね き しか この こ ち の A>。*>J く. 5 

鞴は 則 這 刀の、 鞘なる こと、 n; ルも 亦、 自然に 出て 疑 ふべ からす。 爾 るに 這 大刀 は、 那 三^^ 

なほし も あり つぼへ い ,i りい に かゝっ <v じ A- Ifco 

より、 猶 下に 在し ならん。 這 故に 局 平 は、 知らで 穿 出さ r りけんに、 反て 庵.^ の 獲に せられて、 

わがめ か t か、 フ しら かの *^り きん れんじ き しん もミ こ?^-こ ち かざ ク 

我視に 被る 不思議 さよ。 恁と 知ね ど那 折に、 金 蓮 寺へ 寄進せ で、 故の ごとく 這 大刀の、 装に 做 

たより あんが ふ いで め 0-S しゅっしよ い さか し in はら f^.l ち じ 

すに 便よ き、 事の 嗜合是 も 亦、 自然に 出て 鞭の 出處 を、 今 正 可に 知る 嫂し さよ、 と 肚裏なる 自 

もんじ た ふ i いだ さりげ あんじゅ このた ち われら かひ あた ひ いか 

問自答 を、 言に は 出さで 然氣 なく、 又 庵主に うち 向 ひて、 這 大刀 咱等 1风 とるべし、 惯は: 1: ばか 

りに 候 や。 と 問 ふ を 庵主 は 聞 あへ す、 否、 惜は 愚佾も 知す、 鍵 二 K: まれ 三 Kn まれ、 宜く 取せ 袷 

もりた かふ ミころ W りいだ こつぶ がね ひら はながみ のせ いざ あんじゅ あ ふ あん 

ひね。 とい ふに 戌 孝 懷 より、 取 出す 小 方 金ニ片 を、 暴 紙に うち 載て、 卒 とて 庵主に 與れ ば、 庵 

じゅ ラけ *J いえつ たへ くわ ぶん しあ はせ なり しャ す ひ, ;' け! =り てがた もり たか か, 

主は受 得て:^ 悦に堪 す、 こ は 過分なる 造化^。 と 謝して 舰を曳 よせて、 受取 手 實を戌 孝に、 寫 

あ まぜ そこら ます ミ の f ねし みちづれび ミ おしなべ 

て 渡しつ 聲高 やかに、 尼 前よ、 其 頭に 在 刀禰們 は、 主の 一路 人に ぞ あらむ すらん。 推 並て 茶 を 

っゐ しょう もてなして ふ >-.- あ t こたへ いな くみ て. V け ひさ ナ 

まゐら せす や。 と 追 從欵待 蝶々 しき を、 女 僭 は 答て、 否 水な し、 汲 もて 來 てん。 と 手 梱を引 3^ 

いで ひがし も.!? たか いぶか あんじゅ このい ほり も 

て、 出て 束の 方へ ゆきし を、 戌 孝 は 訝りて、 又 庵主に うち 向 ひて、 這 庵に 井 はなき や と 問へば 

こたへ さ もミ このに は かた よきみ づ じ ちう わきいで ! M ふ ミせ あま 

答て、 然ン 候。 素 は 這 庭の、 東の 方に 淸水 あり、 二六時中 涌 出て、 水に は 富 候 ひしに、 十^ 冇 

り > さき いた な. ふり うへ やま お ほいし ♦* ろび おち .0 ひた ゆりこ, e & 

餘 前つ 秋、 酷く 地震し 時、 上の^なる 大 石滾墜 て、 井 幹 をう ち碎 きしの みならす、 $S 入て、 井 

ふさ ちゃ、 r- ひがし しみ づ くみ ミ つぐ もり 

を 望ぎ しかば、 是 より 水 を 失 ひつ、 今では 四 五町 束 なる、 石.: g を 汲 拿り 候の み。 と 告るを 戌 

第 九 輯卷之 五 十 五 量 



南總 見 八犬傳 五三 二 

思 ふ 心 をい へばえ に、 いはで ぞ 忍ぶ 故事 を、 人 こそ 知らね、 それならで、 壁の 下に 倚 かけた る、 

ふる かたな ふり つか さや くちはて よ し あんじゅ くだん かた X 

敗 刀 一 口 あり、 柄と 鞍は朽 たれ ども、 由 來 ありぬべく 思 ひし かば、 庵主に 向 ひて、 件の 刀 

► . たづね あんじゅ こたへ いな あの ふ. かたな さ s を か あ. H り さき 

は、 故 もや ある。 と尋 るに、 庵主 答て、 否、 那敗刀 は 然した る 故 も 候ば す。 十日 有餘 前の 夜の 

事なる べし、 只今 詣給 ひし、 墓の 邊を、 穿 起し i 者 ありし 歟、 とお ほしくて、 其 頭の 土の 異なれ 

せつ そ. フ もしね、 7 し なきがら ひそか 、フづ わろ もの わ 

ば、 拙 佾是を 見て 思 ふやう、 こ は倘枉 死せ し 人の 亡骸 を、 悄地 にもて 來て 埋めた る、 y 人の 所 

爲 ならす や、 と is- 思し ぬれば、 うち も 措れ す、 鍬 もて 其 頭 を、 穿 返して 見て ける に、 那敗 刀の 

いで はく こつ かたな さちう あり くち ぞ に 

出た るの み、 白骨 だに も ある ことなし。 刀 は 土中に 久しく 在け ん朽 たれば、 錢に はなら ね ど、 

このむ ひ W ,7 つぐ もりた か . おも ひ あは さり ゆ 

好 者 もあるなら ば、 售 らば やと 思 ふの み。 と 報る を戍 孝う ち iE て、 思 合する よしある を、 然氣 

くだん かたな こひミ さち 5 いく ミ せか 5 づも あり こしら へ みな 

は 得せで、 件の 刀 を、 請 拿り て、 是を 見る に、 實に 土中に 幾 稳歟、 埋れて 在に けん、 表装 は 皆 

.7 せ つ は やい ほくち つかした よじめ い きり よ 《4 がくねん 

亡 たれ ども、 II: と 刃は朽 もせす、 且柄 下に 四字銘 ありて、 桐 一文字と 請れ しかば、 愕然と 驚く 

かん よろこ はらの、.' ち さて はこの かたな わがお ほぢ ,フ ちじに こし おび 

までに、 且 感じ 且歡 びて、 肚裏に 思 ふやう、 原 來這刀 は、 我大 父、 戰 死の 折まで も、 腰に 佩 給 

わがち t しゅき ふ ,7 ほひ ミ はや た ぜぃ きりね け そのく び もろ ミも かしこ 、-' づ 

ひし を、 我 父 其 首級と 共に、 奪 拿り て、 蚕く 多丘ハ を殺脫 て、 其 首と 共 侶に、 那 里へ 埋め 給 ひけ 

ものが; 2 り しゅき ふ たち ir, か このた ち 

ん。 我 は 親の 話說 に、 首級の 事 を 聞し のみ、 大刀の 事を閗 ざれ ども、 這 大刀 あれば かの 折に、 埋 

され ころ ぉほぢ り や、 つ てつけ じろ のみ S 

め 給 ひしに 疑 ひなし。 然ば こそ あれいぬ る 比、 大 父の 靈の前 憤 代に、 野 見 六に 拿ら せ 給 ひたる、 



小道 揚 なれば、 客殿 はなし。 多 客 を-がる よに 足ら ざれば、 、大と 自餘の 犬士等 は、 退きて 外面 

V あるひ いほり えんが は しり かく 5 ち あんじゅ さ., 'しゅく 9., .a 1 

に 在り。 或は 庵の 檐廊 に、 尻 を 掛るも ありけ り。 裏面に は 庵 まと 同.: の、 老女 佾 とのみ 居れり。 

その ミ きもり たか あんじゅ それがし あ は さミみ か しん いね づ? -し なの もりた か よびな 

當下戌 孝 は、 庵主に 向 ひて、 在俗 は 安房の 里 見の 家 HH にて、 犬 塚 信 濃 戌 孝と 喚 做す^ 也。 當所 

はか る のたん ざうな ほひで, J- ぢ そのお くが わが は. - おや ひわいせ きなり たま (- こ^ち xr さん 

に 墓 ある、 井 丹 三直 秀 翁と 其 孺人 は、 我 母の 二親 なれば、 外戚 也。 as 這 地 を 過る を もて、 參 

けい つゆ かう でん つ t みがね ひら は かり あんじゅ まんめん 10!t -r- ナ いた rfc" ぶつ 4i ん 

詣し候 ひぬ。 と告て 香奠の 裹金、 一枚 可 を nif: すれば、 庵主 は满 面う ち 笑れ て、 受 戴 つよ 佛前 

きょ、 フ さて .S* の tQ うぢ ひかした ん だいだん な かきつ み, 一 I 力、 へ 1,3 

へ、 供 じて 却 答る やう、 那井 氏の こと はし も、 昔當 庵の^ 擠那で 候 ひしに、 嘉 吉の亂 那 〔豕^ 

び はか じる し ぜんだい あんじゅ ミ, いく ミせ くわん け この. C ん しつ く じ ん 

亡て、 墓表 だに なかり し を、 前代の 庵 中: の 時、 幾稳 か券綠 して、 這 庵室 を 再興の 折、 件の 墓 を 

たて むかし ぶんぎう よびな あんじ S ゎラし いほり やけうせ む ¥? 

も 建た る 也。 昔年 蚊^と 喚 做し i 庵主 枉 死して、 庵 も 共に 燒亡 たれば、 久しく 無住で 候 ひし 

ぜんだい でんしん も _ 八 じ S せつ そ...' さて は わ ぎみ かの. うぢ 一 ひわいせ き なほ ミし わか 

を、 前代の 傳眞 庵主 は、 拙 僭の 師 にて 候 ひき。 原 來和君 は、 那井 氏の 御 外戚に 候歟 o 尙靑 年に 

I , &、 < 'じゅん はし さ-つし ゆく あま ちゃに す. - その 1=*:. もりた か 

見え 給 ふに、 御 孝順なる ことかな。 とい ふ 間に、 同稱 の、 女 僭が 茶 を 煮て 薦めけ り。 常 下 戌 孝 

うけの つら >.\ あたり むかし わ:^ ち わか この あ. < しつ やさり もミ 

は、 茶 を受飮 みつ i、 列々 と、 I 四 下 を 見つ i 忍 ふやう、 昔 我父少 かりし 時、 這 庵室に 歇を投 め 

はかい. - むざん あんじゅ ち.,' はか わが は. じ な のり あ ひ てんえん つき いも 

て、 破戒 無慙の 庵主 を誅 して、 料ら す も 我 母 刀自に、 名 告會給 ひし は、 M; &天 綠の壶 ざる 所、 孺 

せ はじめ.: 釭 わが あ: t-** き よ. W なレ 、,i り 

伕の創 成りし とぞ。 我總 角の 比、 親の 夜話に、 閉に しこと を、 思 ひき や、 今 其、 庵に 立より て、 

のち あんじゅ あは ひミ きょ らい 、つ? よ たまき 

後の 庵主に 逢ん と は、 一 善 一 惡人 同じから す、 一 去 一 來其地 は 同じ 浮世 は 環に 似たり けり、 と 

第 九 輯卷之 五十 1 -. 



南總 里! 4< 犬傳 五三。 

み- J しらへ *4 つ かくて ちゆ だいしょ けんし しゅぼく あさい ひ はつ やが もミ たびよ そ ほひ ミ のへ 

身 装して 俟 なるべし。 恁而、 大 諸犬士 は、 主 僕の 早飯 果 ると 纏て、 故の ごとくに 行 装 を 整 

ぢ、 r ぢ やく そ 5 ら -.;、4i つ; ミ もび W ぶ やく つぼへ いら .0 きん れんじ たちさり 

つよ、 住持 役 憎 等に 別れ を告 て、 伴當 夫役と 局 平等 を將 て、 金 蓮 寺 を 立 去つ、 ゆく ことい まだ 

ふた ち すぎ てるぶ み きじ いか ミも I ひミ かのちよ くがく なが ひつ 4X6. こなた さし 

二 町に 過す。 照 文 も 亦、 紀ニ六 以下の 伴當 に、 那 勅額の 長 植を舁 せつよ、 這 方 を 投て來 ぬるに 逢 

その ミき かたみ »{ しほし みちの ベ fcrir み つも i ものがたり そ て. ぶ& け 

ひけり。 當時迭 に 近づく 隨に、 一 霎時 路傍に 立 在て、 會 話 をす めり。 开が 中に 照 文 は、 今 

さ き-し 1 かの くし こミ いで いね づか か. 7 かん い 5 めい しょ さん ち りた か を y さむら 

朝 聞知り たる、 那奇事 をい ひ 出て、 犬 塚が 孝感 の、 幽冥に 通ぜし を稱贊 す。 戌 孝 は 亦、 小德村 

たち ほり つゆ しゅぼく もミ す 5 にん 

に 立よ らまく 欲する よし さへ、 告っ i 皆 ゆく めり。 是 より 亦 主 僕 故の 如く、 百十數 名に なりし 

ぶやく, ら たち か は なが ひつ かき ふた ひ ひつじく だ ころ を ざ5 む. r. 

かば、 夫役 等 は立替 りて、 長 榧を弃 つ.^ 從ふ。 この 日より、 二日に して、 未 下る 時候、 小德村 

つ, ぼへい ねん 6 みん はか さ ころ る ラぢ ふさい おきつ き しるべ しもべ ミも ぶやく ら 

に來 にければ、 局 平 は拈華 庵の 墓所なる、 井 氏 夫妻の 墳墓に 案內 をす。 奴 隸の每 と 夫役 等 は * 

いこ しほの ミ ミ のかた つぼへ い はな. くだん はか たて その ミきら りた か 

憩 ひて 柴 門の 外面に 在り。 又 局 平 は 水 を 汲み、 機 を 求め 来て、 件の 墓に 建な どす。 當下戌 孝 は、 

す t ものがたり なにび ミ たて ぢラ はかいし なほ ひで 

找 みて 其 墓を旯 るに、 親の 話說に 間 しに は 似す、 何人の 建たり けん、 三重の 墓石 ありて、 直秀 

ふさい ほふが 5 しっき ろ く そ むかし ち はんさく -G みつのく び ひそか ,^^ づ 

夫妻の 法號 と、 歳月 を勒 したり。 开が 右の 方 は、 昔年 父番 作が、 那三 首級 を、 悄 地に 11 めけ る 

ミころ さき つぼへ い ほりおこ つち なほ かわ う-ごも てる もりた. はか 

處 なるべし。 曩に局 平が 穿 起しよ 壤の、 尙乾 きも 得せで、 土 潑迹に 似たり。 戌 孝 はこの 墓 ある 

いぶか ひざ まづ がっし や、 3 しりぞ ちゆ だい ぜんじ か. U みが はり ゑ か、 ヮ 

を 訝りながら、 跪 さ 合掌して、 念じ 架て 退けば、 自餘 の犬士 も、 大禪師 も、. 迭 代 に廼 向し 

かくて もりた か っぽへ い しるべ ねん ゆ あん ぉミな ひ すな はち あ, C じゅ たいめん もなか 

けり。 恁而戌 孝 は、 又 局 平 を案內 にして、 拈華 庵に 呼 門て、 則 庵主に 對 面す。 素より 村落の 



たのま モも {• いま- J まめ や f はか みつ の タくろ r *'?7 

憑 まく 思へば 也。 抑 汝 の老實 なる、 德 によりて、 料ら す も、 三髑體 を、 改 難しけ る歡び は、 

はう び ミら こはん は た ひら あた- A つ へい め 

亦い ふべ くも あらす かし。 是を 褒賞に 取す るぞ とて、 圓金 二十 枚 を與れ ば、 局?^ は 夢 かとば か 

りに、 天に 歡び 地に 喜びて、 受 戴きつ i、 懷 へ楚と 5^ めて 答る やう、 きまでの こと をせ ざり 

この たま は み T が たはた かひ ふャ やから ゆ. M か やし *4 ひ 

しに、 這 大金 を 賜りぬ る、. 冥加 あまりて 胸 安から す。 是 もて 田圃 を 苑 して、 宅存を 優に 養 

いづこ みら しるべ はや もりた か わら ひ いな こミ 

てん。 那 里へ いなせ 給 ふと も、 鄉導を 仕らん。 と惴 るを戍 孝う ち 笑て、 否と よ、 異なる 路 にあ 

らす。 改葬 三日の 忌 はし も、 今日まで にて 梁 ぬれば、 明 E より 東へ 還る 序に、 小篠 村へ 立より 

わが は t かたのお ほ; つお ほ は る のたん ざ 、つな ほひで, V ぢ ふさい はか まう で ほり そこら しもべ たのむ 

て、 我 外 祖父母、 并丹 三直 秀翁、 夫妻の 墓に、 詣 まく 欲す。 、頭の 案内 を 憑の み。 とい ふ を 

つぼへ い <^ こたへ やが、 ミ もび ミ を いこ ひ ころ * か モのミ きもり たか 

局 平 開 あへ す、 开は 易しと も 易 かりき。 と 答て 纏て 伴 常の 居る、 憩 所 へ 返りけ り。 常 下 戌 孝 

ぶ やく おもだち ふたりみ たり よび かれら つかあな ほ ぼひた て しよくろ! ぃミは 

は、 夫役の 老立 たる 者、 兩三名 を 召よ せて、 他 等が 穸 を 穿り、 墓碑 を 建て、 觸 Si を敎 ざり け 

まめ やか はたら ほめ みぎよ め さかし ろ こ つぶ かね ミ ひら ミ ぶやく ら じゃく 

る、 其老實 なる 掙 きを 譽て、 身 淨の折 乾に とて、 小 方 金 十片を 拿ら せし かば、 夫役 等 は、 皆 雀 

でき よろこ ミ かく ち S だいけ A し ら ぢぅ; め す 

躍して、 歡 ばざる はな かりけ る。 左右す る 程に、 m の暮 しかば、 、大 犬士等 は、 住持に 明日の 

つゆ こよ ひ また このて ら あか あけの あさ し S ぼく はや おきいで やく モラ ふろや it うい 

別れ を告 て、 今宵 も 亦 這 精舍に 明し つ、 詰 朝 は 主 僕 夙く 起 出け るに、 役佾 浴室の 淮備 あり。 と 

みな, たみ: £ 'はり ゆめ ふ いみあけ いさぎよく この r/j き こ ち き かんた てるぶ ふ しゅくしょ 

いへば 大家 迭 代 に 浴して、 忌 闋の身 を 潔 す。 這 時 犬士等 は、 潜 地 喜^ 太 を、 照 文の 宿所へ 

つか は け ふ このち たちさる かいさ ラ または かいし くし こ v> つゆ てろ ぶふ 

遣 して、 今日 這 地 を 立 去べき 事と、 改葬 及 墓石の 奇 事を告 などす。 照 文 もお こ. -ろ得 あれば、 

第 九 輯卷之 五十 STi^s 



南 總里見 八犬傳 I 五 二八 — , 

し S ん わ、.' あん わ, フ はか じ もし さいじ やう く は ぞん f» だい たラじ ぢ 

見る に、 寿 王 安 王の 墓表 は、 石 も 最上に て、 細工 も 精し く、 前々 代なる、 當 時の 住持 S 命じた 

はらから ほふが ラ ゑり な かきつ ぐわん ねんさつ き じち ろく この き ?^かじろし たる, t 

る、 弟 兄の 法 號を彫 做して、 嘉吉 元年 五月 十六 日と 勒 したり。 這 二 基の 墓表 は、 今も垂 井の 金 

れんじ お ほつ かみつら り はか じろ し ぉミ かたち ち ひ ぎれつち よ、 r をう の は.;' ろく 

蓮 寺に 在り。 又. K 録三 戌の 墓表 は、 石 も 劣りて 形狀 小さく、 是には 只 義烈 塚 翁 之 墓と 勒 したり。 

このは かじろ し ,7 ひ しら され いね づから ちゆ だい ぜんじ もろ! も かのり 

這 墓表 は 今 有無 を 知す。 然ば犬 塚 等 諸 犬 士、. K 禪師 は、 共 侶に 是を 見て、 是も 亦那靈 の、 心 を 

! i ころ か かんたん きる ほぞ むすお つぼへ い ぶ やぐら くだん くし こミ 

用 ひし 所歟、 と 思へば いよく 感嘆す。 爾 程に 息 部局 平 も、 夫役 等 も、 件の 奇事 を閗 知りて、 

お、 どろき たん ** ねか いで つち はこつ か きづ のみ たすけ 

駭 嘆 ぜ ざる はなく、 招 ざれ ども 出て 來て、 壤を 運び 墳を 築き、 よく 野 見 六を帮 助し かば、 未 

みつの はか たて はて のみ じさ つ ゐ ぜん ク} き T 

だ 半日なら すして、 三 墓 を 皆 建 果て、 野 nB^ 六 は辭し 去りけ り。 折から 追薦 の讀經 すと 開え しか 

ちゆ だい いしゃ, 7 ほふえ あらた れつざ きの ふ ぢぅ; n だ 5 し ちゆ だい 

ば、 諸 犬士、 大は、 衣裳 法衣 を更 めて、 本堂に 列 坐し ぬる こと 昨日の 如し。 住持 は 導師 を、 大 

あへ て ちゆ だい なほき やく y * じょせい このつ ぎ じつ 

に讓れ ども 敢 せす、 、大 は猶客 座に 在りて、 助聲 しぬ るの み。 這 次の 日 も かくの 如し。 三日に 

つ & ぜん はて もりた から はかま. つで かラた たむ き to- くでん し. CN& ぎき や ラ 

して、 追薦の 佛事果 しかば、 戌 孝 等 は墓詣 して、 香 を 燒き花 を手賻 け、 又 客殿に 退きて、 義兄 

だいら だんか ふ やく そ、 r- もくろく ふ せ かいさ ラ か ほふ じ れラ きん り や 5 しゅ 

弟 等と 商量し つ、 役佾を 招きよ せて、 目錄を もて 布施 を 渡す に、 改葬 三日の 法事 料金 十兩、 主 

ぼく よ にん みよ さ やさ せんきん り T し S んゎ うもん ゎラ ならび みつもり し だ、 ひれ ラ きん り ゃラ すべて は きん 

僕 三十 餘名、 三 宿の 房錢金 五兩、 春 王 安 王、 丼に 三 戌の 祠堂 料、 金 三十 五雨、 通計 五十 金なる 

► やく モ、. 、フけ しり. 《i ぢぅぢ つゆ しょ、 ゥ もん てい え つ もりた か つぼへ い きゃくでん 

を、 役佾 見つ よ 歡び受 て、 退きて 住持に 告て、 照 書 一 通 を呈閲 す。 其 後 又 戌 孝 は、 局 平 を 客殿 

い t し をミっ ひ じさら われ ミビめ あ しろべ 

へ、 招き よせてい ふやう、 汝は大 昨日より、 辭し 去ん とい ひし かど、 我留 在らせし は、 案内 を 



なる 哉。 都の 價は 幾許 ぞ。 と 問へば 野 見 六然ン 候。 三 箇の御 墓の 石の ^ と、 と 相 共に、 

* • , う Mi もりた か、 > 'な づ、. i ォな はち こ はん ひら ミ りい V ち ひら あ ひそ、 

十五 金に て 承 まつりに き。 とい ふに 戌孝點 頭て、 則 圓金 十五 枚 を 拿 出し、 別に 一 枚 を 相!^ て、 

のみ 、 ♦* し ♦* じめ 、ヮ たが 一つ ちつら へ •* 

是を野 見 六に 拿ら せて いふ やう、 汝 始 より 疑 はで、 那 說 を 果せし かば、 我 は. 意外の 便. 1 几 を 

得たり。 其の 一 兩は賞 錢ぞ。 とい はれて 野 見 六^ 悦に堪 す、 こ は 有が たきまで 辱 き、 御が 意 

、-' け いらへ かね さいふ を さ いざ みは か たて や 5- さき て もク 

を受 まつりぬ。 と 應て金 を 財 囊に藏 めて、 卒ゃ御 墓 を 建 候 はん。 とい ひつ- 1 嬷て 先に 立ば、 

たか ** づ そのいし ミも ち 妙-たい ぜんじ つれだち JfJ の. たさ 》J 、で しまらく 

孝 は、. 先 其 石 を 見ん とて、 俱に身 を 起す。 、大 禪師 もうち 連立て、 外面 投て 出に けり。 姑且し 

て 道 節が いふ やう、 哥々 等 はいかに 思 ふやらん、 昨今の 奇事 は、 去 歳の 四月、 結 城に て 法會の 

すゑ もミ あそん & はかいし いだ かの f くし こ s t づら 

折、 季墓 朝臣の 御 墓石 を、 造り 出せし、 那十 佾の奇 事に 似て、 二の町 なれば 珍しから す。 とい 

たね ミも おし ミ^* さ いねやま かれ これ おも f- き すぶ よち 

ふ を 胤 智推禁 めて、 然 ないひ そ、 犬 山。 甲と こと は、 其 事相 似て、 其 趣 は 同じから す。 

せいつ な.^ いはん や > いね づか ぎょく かん ミく もり. U か ヒ.' か A 

正對 也。 矧 又 犬 塚 は 孝子 也。 こ. -を もて 孝 玉 を 感得して、 其 名 を 戌 孝と す。 是 等の 孝 感 なから 

くわん ちょ- T か t めく そ うせ 

す や。 是も亦 勸 懲に、 係る 所 を 思 はすして、 只 相似たり とのみ いは r、 目屎の 亡ぬ 人なる ベ 

し。 とい ひつよ 呵々 とうち 笑へば、 道 節も自 笑して、 敢又掛 念せ す、 自餘の 犬 士と俱 にい ふや 

いね さか! きえ ん; i5 いざた 象 はかいし ミ くみ ミも かこ 54 ひさ 少 

う、 犬阪解 得て 穩當 なり。 誘 袷へ、 墓石 を、 疾見 すば あるべ からす。 とい ひつ.. 俱に刀 を 引, 提 

ミ のかた たち かくて ちゆ:;.! いぜん じ のみ みたり ぼ ひ 

て、 外面へ とて 立に けり。 恁而八 犬士、 大&師 は、 野 見 六が 造り 做した る、 君臣 三 個の 某 碑 を 

第 九 輯卷之 五十 五二七 . 



南 總里見 八 犬傳 五 二 六 , 

憎 驚き 見て、 否々、 鍔 はありけ るに、 幾の 程に か 失に けん、 不思議々々々。 とば かりに 尙疑 

け され ちゆ だい W も さだか その 

は 解 ざり けり。 然ば、 大も 諸犬士 も、 俱 にこ. - ろに 悟れ ども、 安定に いふよ しな かりけ る。 當 

ミき もりた かひ ざ うちなら さき このの み ふつ はかいし あつおへ つく 

下 戌 孝膝拍 鳴らして、 是 にて 思 ひ 合すれば、 曩に這 野 見 六に、 三箇の 墓石 を て、 爲ら せし と 

かの ぶ し わがお ほぢ お? 1 つか をぢ なきたま かり あら は され 

いふ、 那 武士 は、 正に 是我大 父、 大塚 翁の 亡魂の、 假 に顯れ たるに ぞ あらんす らん。 然は こそ 

りゃう きんだち つ: てつけ かへ このめね き さしよ く わがお ほぢ こしがたな 、;' ちじに 

あれ、 兩 公達の、 鍔 を 前 憤の 代に したり。 且這鞴 は 土 蝕 あり。 意 ふに 我大 父の 腰刀の、 戰 死の 

• おんしつ ,ヒ しごろ さちう うづ も めね き ミ りいだ いま その ミころ ゐ かん 

折 紛失して、 年來 土中に 埋れ たる、 其 鞭 をのみ 拿 出され けん、 今 其 所 を、 知りが たきを 遣憾と 

す。 勗も 怪しき 事なら す や。 とい ふに、 大も 諸犬士 も、 住持 役 佾野見 六まで、 憲に然 也、 然も こ 

かんたん かくて ち りた か くだん ふたつ a もミ ふ fc こし たんた、 r- つかした 

そとて、 感嘆せ ざる はな かりけ る。 恁而戌 孝 は、 件の 二 鐸 を 故の 如く、 兩箇の 短刀の、 柄 下に 

返し 納めて、 桐 一文字の 鞴を 留めて、 短刀 をのみ 返して いふ やう、 目今 見聞 給 ひぬ る、 一大 奇 

じ ねが そのた. C た 、つ さう じ は、 フ m ろく のせ 

事 も 候へば、 願 ふ は 其 短刀 を、 いよく 雙 なき 寺寶に なされて、 記 錄に載 させ 給 へ かし。 と 

たの ぢ うぢ い ぎ ほふ 丸ん さ き や、 r- まか vr つい 

負めば 住持 は 異議 もな く、 其 義心 得 候 ひぬ。 法筵讀 ぎに 程 もなければ、 退り て准備 をし つべ しと 

た.^ た ラ ふた こレ やく そラ .1 け W じ おく i か かくて もりた か の み 

て、 其 短刀 兩ロ を、 役 憎に 拿受ら せて、 辭 して 奥へ ぞ 返りけ る。 恁而戌 孝 は、 又 野 見 六に 向 ひ 

ていふ やう、 汝も旣 に 知る 如く、 汝に 墓碑 を 作らせし は、 我^<;父の靈なるべし。 事怪 きに 過た 

, もし そのこ v> なか け ふ ぼせき たつ 九 お ほ.; つ た ♦* もの 

れ ども、 倘其、 事微 りせば、 いかにして 今日 速に、 墓石 を 建る こと を 得べ けんや。 實に大 父の 賜 



もんじ そ あんき あやまち A な 象さ きり もんじ つく 

文字と しるしし も ありし 歟 とお ほ ゆ。 あらば 开は 暗記の 失 なり 皆 當に桐 一 文字に 作るべし) 

これ かれめ き あ ひに 5 ちあん やく そ、 フ こま そつじ 

自他 輔の 相似た る は、 要な からす や、 と 沈吟 じつ i、 役 佾に向 ひてい ふやう、 肯 卒爾に は 候へ 

た.. 'ざん はう ざ 5 しゅん わ .r- あん わう ぎみ かたみ たんた- r かつ その か A この ちじに 

ども、 常 山の 寶藏 に、 舂王安 王 君の 像 見なる、 短刀 は 候 はす や。 且當 日、 這寺內 にて 戰 死した 

お ほつ かしゃう さくみ つもり ひくろ その りみ つもり つけ くさりかたびら はら ♦* きたち 

る、 大塚匠 作 三 戌の 嫗 はいかに なりに けん。 且其折 三 戌の 身に 著た る、 姆 衣 身 E- 大刀な ど を 

を さ やくそう 、ひち めん いな お ほつ か を;; つ な, がら その.. V り そ, つたいし や 5, よか;^ し ゆ ぢ 

藏 めら れ す:! や。 と 問へば 役 憎 も 沈吟 じて、 否 、大塚 翁の 亡骸 は、 當時總 大將淸 方 主の 下知に よ 

いちす て きけ モ たち しゅんれ • ひ あん わう ぎみ たんた 5 >y3 

りて、 市に 棄 たり、 と 傳へ閒 るの み、 开が 大刀な ど は 候 はす。 促し 春 王 安 王 II;:- の 短刀 は、 今も藏 

ff S レ な づき ご •、> むし はら もりた か い ミ 

めて 寶藏に 在り。 只 年の 六月 毎に、 出して 虫を拂 ふの み。 とい ふ を 戌 孝う ち 聞て、 しからば 最 

たんた ラ は うぢ やう .sf が は si く け,.^ ゆる こ は 

自由ながら、 せ 〈短刀 を 見 まく ほし。 いかで 方丈へ 願せ 給 ひて、 疾一见 を饒し 給へ かし。 と 請れ 

やくそう いなむ いらへ しり tfi また はん!^き;?^^-り かくて ii?-- ぢ ff かの たこし たん 

て 役 佾推辭 に 山な く、 應を しつ i 返き て、 俟 する こと 半响 許。 想而 住持の:^ 憎 は、 那兩 口の 短 

f ふくろ ま t やく モラ もた きゃくでん いで もりた から くし こミ 

刀 を 表皮の 儘に 役僧に、 持せ て 客殿へ 出て 來っ、 戌 孝 等に うち 向 ひて、 R 今 何か奇 isi- あるに よ 

けん こ は .?! のりやう き Ar だち .U んたラ や-,' ミり いだ やく モラ 、,ざ わ 

り、 一見 を 請れ たる、 那兩 公達の 短刀 を、 稍 拿 出させ 候 ひぬ。 といへば 役 憎 心得て、 卒 とて 遞 

た たんた, つ ふ; i ふり もりた か 、r 'けミ ふくろ ひも W きひら ミり いだ すな^*ら 

與す 短刀 兩ロ を、 戌 孝 や をら 受拿 りて、 表皮の 籾 を 解 開きつ. -、 拿 出して 是を 見る に、 是 则, 

め て ざし ながさ さく あまり こしら へ さ. r や、 T ふ;^ こし つ 一が ひ 

右手 挿なる べし、 長短 は 共に 一 尺 有餘、 表装 は同樣 にて、 兩 口ながら 鍔 なければ、 いよく 疑 

いぶか ぢ うぢ やくそう このたん たラ つ は かくて さ ふら ふ ミは 0^,7 

訝りて、 住持と 役僧に 示して いふ やう、 這 短刀に は 鍔 あらす、 素より 恁而 候 や。 と 問れ て兩 

^九 輯卷之 五十 五 二 五 



南 總里見 八犬傳 五 二 四 

づか ぼ せき あた ひ ミら ^り ひき かへ こミ まめ お i 

嫁が 來 ぬるに 及びて、 墓石の 價を 取す る 折に、 互 易に こそす ベ けれ、 と 言 正 曾に 謝すれ. ま、 ^ 

がれすな はち - て がた かき ミひ , な の およ は ^-,1 

可 則 、も 得 て、 手實ー 通を寫 てま ゐら する 時、: 姓名 を 問け るに、 否、 我 名は告 るに 及す、 徑 

いね づ かしな の しる かの ひミ かならず ミ きしめ てが こ 、r ',ミ へ、 fjc* レ 、で 

に 犬 稼 信 濃と 錄 しね、 那人 必 知る よし あらん、 と 解 示しつ i 手實 を^ 拿り て、 飄欲 として is 

かくて きの ふ さいく じ やう じゅ やくそく かた え ク よて せしゅ がた まつ 

て 行 給 ひに き。 恁而咋 日 は、 細工 成就の、 約束の 日で 候へば、 形の 如くに 彫 て、 施主 方を俟 

ほぶ よんべ みてら やく モラ さ ま おんつ かひ きゃくじんい ねづ かねし しょえ、 フ あす もさけ 

程に、 咋 御寺の 役憎樣 より、 御 使 を 下されて、 客人 犬 嫁 主の 所要 あり。 翌の朝 開に 来よ、 と あ 

, , かならず これ あつら へ み つ はか じ. し やつが ぢぐ. ま 

りし 力 は、 必 是 說 られ たる、 三箇の 墓表の ことなるべし、 と 小 可 早く 心得て、 皆 地 車に う 

ひ, か io . こ! S つ *s びら か つ 6 い づか ぎ わく ちゆ:, 二い いぶ. 5- 

ち 載て、 牽 せて 參候 ひぬ。 と 言 詳 に 報し かば、 犬 凝が 疑惑 はさら 也、 諸 犬士、 大も 訝りて、 

まゆ ひそめ その W きも. C たか の み いまし つ > しら 

俱に眉 をぞ攀 ける。 當下戌 孝 は、 又 里 見 六に うち 向 ひて、 汝が今 告知せ ぬる、 此 事は實 なる ベ 

か のうち きん か ヘラけ つ は め C き の ふ 

し。 なれ どもい まだ 心得す。 郝 内金の 代に 受 しとい ふ、 鍔と 鞠 を もて 來 ぬる や。 と 問れ て 野 見 

, ^ら へ,, ふ ミころ が,^ そ くにん ふたく さ わ 1- 4>hvi 、か、 T ナミ 

六 應も果 す。 懐紙 をう ち 開きて、 开 はこ i に 候。 とい ひつ. -、 件の 二種 を 渡せば、 戌孝受 拿り 

ミ み か-ひみ じ X この こ フ tt わらお 13 し 

て、 左 見 右見ても 思 ひ 得す、 自餘の 犬士に 示して いふ やう、 見 給へ 這 小 鍔 は、 童 佩に ぞ あらんす 

め なき きりの は ゑり すな はち おび たんた-つ め き この; i ん ir7 

らん、 鞭 は 桐 葉に 一 の 字 を 彫たり。 是 刖 今 我 佩た る 短刀の 鞭に 似たり。 這 短刀の 事 はし も、 

い, ぷかは 1 , むかしお ほぢ しゃ 5 さく, 5- い * V » . めざさ ミ じ J: ら 

犬ハ こそよ く 知り たれ。 昔 大父匠 作 翁の、 世に 在 そかり し 時、 小 母龜襟 刀自に 取せ 給 ひし を、 

r k われ もりた;, つた きり もみじ すな はち さくしゃい はく 3 り もんじ さ く XI い め やちつ きく 

故 ありて、 我 戌 孝に 傅へ たる、 桐 一文字 卽 是也 o( 作^ 曰、 桐 一文字 を 先々 の囘 に、 謬て 菊 一 



いし つみの ぼ しゃりきい つたり: :- たり ひか お. < きゃくじんい G づか ねし はいめ 

石 多く 積 登し. -を、 車 奴 五名 六 名に 牽せ來 て、 御 客人 犬 塚^に、 拜面 せまく ほしと いひけ り。 

めし もりた かいぶ か そ ぃミは よは 

こよ へ 召よ せ 候 はんや。 t いふに 戌 孝 訝りて、 开は 心得ぬ ことに こそ 候へ。 敎 しからす は 召せ 

ぶま いらへ やく モラ てら を ミこ かの の み よは しはらく せ *6 こ. < 'の 

給へ。 と應を すれば、 役 佾は道 人 を 招きよ せて、 那野見 六 を 召せけ り、 姑且 して、 石工 野 見 六 

ちゃ * め きね ひミへ はおり た ** み t< もち ,やく でん ほミり まづ やく モ、 f ゑし to 'く 5 て 

は、 手に 茶染の 鍋の 無裡 外套 を、 疊し隨 に 握り 持て、 客殿の 邊に來 て、 先役 憎に 會釋 しつ、 却 

つぎ 1 ひ vi づ やつ がれ ラ がちの み いね づかさ い 4* まへ も h- たかす < ?で 

次の に 跪 きて、 小 可 は 宇賀地 野 見 六に て 候 也。 犬 • 象樣は 在す る や。 と 問ば 戌 孝找み 出て、 

い a づ か,. - なの すな はち い *♦ し しり か ミ ひかへ の み ひざ す * 5 

犬 鎵信濃 は 則 我 也。 汝は我 を 知た る歟。 と 問 返されて 野 見 六 は、 膝を找 めつ 近づき c、 然ン 

さ ふら ふ にち あ ♦* り さき ミ し ひミり わが a-^vi.* y 

候。 今より 三十日 有餘 前の 日に、 年紀 五十八 九なる、 一 個の 武士、 我 店 鋪に來 給 ひて、 三 座の 

1 ゆいし あつ;^ へた i いし お ほき さ ち 5 もん たラ しゅくない ir- ん れんじ たつ はか じ, し ふみづき そ e 

墓石 を 跳 給 ふ、 石の 小大に 注文 あり。 是は 當驛內 なる、 金莲 寺に 建る 墓表 ぞ かし。 七月 某の 

, ち つく いだ モの 4- りめ は さミみ か しん い づ かしな の もりた か よびな ぶ し 

日までに、 遲滯 なく 造り 出しね。 其 折 安房の 里 見の 家臣、 犬 塚 信 濃 戌 孝と、 喚 做す 武士の 来ぬ 

. はかいし あた ひ ;^】 た, のた i は やつ がれ こた、 お ほせ- r' けた *♦ は 

る こと ありて、 墓石の 價 を遞與 すべし。 心得て よ、 と宣 せし かば、 小 可 答て、 仰 承り 候 

さり ち ミ ちきん た ♦* は さく じ てはじめ か ね たづ さ 

ひぬ。 然 けれども、 些の內 金 を 賜らす は、 作 事の 手 創 を 致しが たかり。 其 金子 携 へ 給 ひしゃ、 

I , かの ぶ し ラ ちあん いな け ふ わが ふ ミころ もの され ち ぎ 

と 問へ は那 武士 沈吟 じて、 否と よ 今日は、 我 懷 に 財な し。 然 ばと て遲凝 すべから す、 とい ひ 

ふ ミころ か ケ きんむく こつ ふた ひら きんむく ふたつ めね き まりい XI to 'つが わ 1* し 

つよ 懷 を搔授 りて、 純金なる 小 鍔 二 枚と、 又 純金なる 兩箇の 輔を拿 出して、 そ を 小 可に 渡 

み つ きんむく あた ひ よ きん も の しはらく ミ r お いね 

て宣 ふやう、 こ は三箇 ながら 純金 なれば、 價十餘 金に 當 るべき 東西 ぞ。 權且是 を 留め 措きね。 犬 

第 九輯卷 之五ナ 五 二三 



南 總里見 八犬傳 . 五 ニニ 

やかた た i は ろよう か ね なほ ある わがし! & ぼく すラ にん やさ せん 

に舘の 賜りた る、 路 費の 黃白猶 有べ し。 しかれ ども、, 我 主 僕 百十數 名、 この 地に * 逗留の 房踐 と、 

つ ゐ さう み か ほふ じ れ、 ス ならび し だう きん こんり ふみ つ ぼせきれ ラ かならず われ じ よ 

追 葬 三日の 法事 料、 幷に祠 堂 金と、 建立 三 個の 墓石 料に、 必ゃ 足らざる べし。 故に 我、 自餘の 

ぎき & -sli いら はや だ ん かふ よし ろよ, つ きんわ ぞの か 

義兄弟 等と、 夙く 商量した る義 あり。 我 先 盤 纏の 餘 るべき を、 三十 金 和 殿に 借すべし、 いでく。 

ふ ミころ か. 《ケ り くだん ミ りい:;. I しもつ けしんべ ゑ さ^.'すけぶんご ゆん ひやう 5 だいが Y おの f» 

とい ひつ.^ も、 懷 を播搏 て、 件の 金 を 拿 出せば、 下野 親 兵衞、 莊介豐 後、 現 八 兵 衞大擧 も、 各 

財 爨を解 開きて、 手に 手に 拿^す 三十 金 を、 纏て 一 緒に うち 合すれば、 一 一 百 十雨と ぞ數れ ける。 

その ミき ミも いね づか この かね ゎク J の きふ たすけ われ? \ ん きんこ t ろ さ レ 

當下自 餘の六 犬 士も俱 にい ふやう、 犬 塚 今 這 金 を もて、 和 殿の 急を資 助ぬ る、 我 們が斷 金の 志 

かへ つ やかた ごおんた く は わ さの か、 1 かん - 

は 反て 薄く、 舘の御 恩澤は 究めて 厚 かり。 そ も 和 殿の 孝感 にて、 よき 折からに ありけ るかな。 

い く _ピ うや、 フ た. -ふ もりた か さ いらへ くだん 、フ けいた r ふ ミころ さラ まき しか を さ 

と異 ロ同樣 に稱れ ば、 戌 孝は然 也。 と應 て、 件の 金 を受 戴きて、 懷 なる 勒肚 に、 楚と歛 め 

こ ト> ふ まこ £ し. C い たい ぎき やう だい たれ 1 たすけ やかた 

て 答る やう、 塞に 一 心異體 なる、 義兄弟に あら ざり せば、 何人 かよく 我を資 助ん。 开も 亦舘の 

こよ もの い この づあづ か こたへ かんたん この ミ きち ゆだい 

賜 也。 恁 ばかり は沒ら ざるべ けれど、 這 儘先預 りてん。 と 答て 感嘆したり ける。 這 時、 大は 

.5 'よ や しまらく こ t あら よし き きしる つきいだ ねよ ミ のかね 

iS に 登りて、 姑且這 里に 在 ざり ければ、 後に- -そ義 を 聞知なる べし。 折から 又撞 出す、 人定鐘 

ひ r しゃみ てら., こ r< で かち ゃラ た ふし さ 4*、 つけ しり. 5* ちゆ;! いけんし もろ ミも やが 

の晌 くに ぞ、 沙彌道 人出て 来て、 爲に 蚊帳 を 垂れ" 臥 簟を設 て 返けば、 、大 犬. H は 共 侶に、 嬤 

つぎ もした ちゆ だ いけん しら はャ おきいで ミき はて やく そ、 リ つぐ 

て 枕に 就きに ける。 この 次の 朝、 大犬士 等 は、 俱に 夙く 起 出て、 齋も旣にE^^折、 役 憎が 告る 

よんべ よし いしき h- の み がり つか は の み た V. い **ぢ ぐろ ま り T はか 

やう、 昨 宵 示させ 給 ひし 義を、 石 匠 野 見 六 許い ひ 遣し ける に、 野 見 六 は、 目今 地 审三輛 に、 墓 



s 什麽。 と談 すれば、 役佾 答て、 开 はいと 易 かり。 方 僅 住持い へる こと あり、 赠 T^" の, 

じ いき ぼミけ ます ひミ よさな り あろ じ けちえん しん*:^、 さ -n て £ し 

師は、 活佛 にこ そ 在べ けれ。 一宿 也と も 東 道せば、 結 綠の歡 び ありと て 信服せ り 。然 せる 欸 

なき を 敎ひ給 はす は、 幾まで も 在せ かし。 とい ふに 戌孝歡 びて、 开は IT 多 かりきし i て i ま 

/ よし この ラ 4* ゃぢ せきこ、 フ お ほせ み つ はか じ, し つくら i, リ 

く ほしき 義 あり。 本 驛 に 石工 あり や、 あらば 課て、 三 個の 墓表 を、 作せ まく 欲する のみ。 と 

やくそう . ,t さ このし S くない ラ がちの み よびな ひ ミリ 、し, ク ^ >^ V- 

いふ を 役僧う ち閒 て、 然 なり、 這驛 内に、 宇賀地 野 見 六と 喚 做した る、 一個の 石 1^ あり、 ^^^! 

ふたりみ たり つたな さし- * 一ろ たうさん いでいり ぢ やうし よく .<-ゃ.3 こよ-.' クミ 

兩三名 を 使 ひ 得て、 細工 も 亦 拙から す。 年來當 山へ 出入し ぬる、 定 職 匠で 候へば、 今ば 人 を 

つか は そのぎ あ す つミ いらへ *0 りた かよろ こ 、> け びんぎ 

遣して、 其義を 心得させ てん、 明日 は 夙め て參 るべ し。 と 應に戌 孝歡び 承て、 そ も 亦 便宜の こ 

かなら たのみ やく そラ いそが は -H か し i ノ らく ;? ゥぢ らう そ、 つ 

となりき。 必 憑 奉る。 とい ふに 役 憎 心得 染て、 又 遽 しく 返りけ り 。姑且 して 住持の 老 $3 ユ、 

ひミり しゃふ しそく ミ しづ ちゆ だ f," 少 じ そりゃく ; J 

一個の 沙彌 に指燭 を秉ら せて、 徐 やかに 出て 來っ、 、大 と犬士 に、 非 時の 疎略な りし を !£ 話 

, , 、 , , やく そラ f> つ ゐ ぜん さき や 5 おの (> た-.' じ しし ゆく すべ 

て且 いふ やう、 R 今 役僧に 示させ 給 ひし、 御 追薦の 讀經の 事、 各 常 寺へ 丄 -Hi のこと は、 都て 

心得 候 ひぬ。 禪師は 實に神 憎に て、 野 Iffl 等が 及ぶ 所に あらす。 明日より 二日の 法事にば、 

たのみた てまつ ゅづ ちゆ だい そのぎ わ モラ 、, んぜふ せ し at 

に 憑 奉 る。 と讓る を、. K は 間 あへ す、 いかで か は 其 誼に 當 らん。 只 是和佾 の 引接 こそ、 施主 

の 願 ふ 所 なれ。 と 答て 餘談 に曁 びし かば.' 住持 はいよ く 敬服して、 敢又多 辯せ す、 辭 して ¥5 

ぢゃ 、つ 1^ このき やく でん あだし ひミ だ ラ せつ い. Q づかゎ タの さ, 

丈へ 退り けり。 旣 にして 這 客殿に、 他人 あらすな りし かば、 道 節が いふ やう、 犬 塚 和 殿 も、 異 

第 九 輯卷之 五十 五 ニー 



I 南總 al 見 八犬傳 五 二 o 

きんれ じ まふし ら このめり さま おさろ きたん けいふく > 一/の ーパ 

を 照す に 似 たれば、 金 連 寺の 法師 等 は、 這 光景に 駭 嘆 じて、 敬服せ ざる はな かりけ り。 這 時 

KiTll お は、 S こと 西へ 七 八ほ步 にして、 ¥&la? も i.^s^ しかば、 戌 孝 則 其 髑體を 安 

, して、 iTti>g、 ^Mmt 其 めに 異ならす。 事旣 におし かば、 だき 手に く 

^ を ^ りて、 三 個の 葬 穴を埋 るに、 穿る 時よりも 最ス €i くて、 故の 土饅頭に 做しよ かば、 寺 僧 等 

? 1 &の犖 & きを 建て、 あつ i を備 ふるに、 犬 塚 を 首に て、 諸犬士 都て 燒 香し てノ fi. 夫役 等を譽 

てち、 ゆだい と俱 に、 ? ft に^れて、 又 i^^ti かへ り^ぬ る 程に、 夏の 夜 なれば 短くて、 道 人が 撞出 

一 At-JS-r ひ で p-rj-rji? 'くそう、 で ちゆ だい けんし ら さき t{ やぶん ひ じ ミな 

す、 初酽の i 鏡々 たり。 登 時 役 憎 ia て 来て、 、大 犬士 等に 齋を薦 む。 夜分な れぱ非 時と 唱 ふ。 

S づ. 7 , J みつよつ fti せ もの ミ もび ミ《1 やくつ ぼへい みな ミ もべ や つ ャとは やはん ズぷレ 

ii^ ュ d なれ ども、 fiM の 蔬菜^り。 伴當 夫役 局 平まで、 皆 從者子 舍に聚 合せて、 夜 の;^ 待に 

あへ その ミ きちり. U か しょ ナ, C W も やく f かいさ ラひ じ もてなし ゆや 

遇る なるべし。 當下戌 孝 は、 諸 犬と 俱に、 役佾 にう ち 向 ひて、 改葬 非 時の 欽待を 謝して、 且ぃ 

ュ, i ここ メ みやこ しんが、 フ ちょくがく もりたて ま あ は いな ひら 《 ろ し 力 さ" つ 

ふやう、 ,我們 は 這" 囘 京師より、 神 號の勑 額を衞 奉つ りて、 安房の 稻 村へ 還 者 也。 爾 るに 改葬 は 

三^^の^|ぁり。 この 故にみ 蟹 % 照 文と 喚 做す 者、 伴 常數十 名を從 へて、 守 て 本 驛の客 

に^り。 借 三十 餘^、 今 Si 葬 事に 觸し者 は、 他と IS 宿す ベから す。 勿論 郝三 髑髏の 爲 

に、 今 Si よりして 三箇日、 追 薦の佛 事 をせ まく 欲す。 殊に 自. S に 候 へ ども、 三日の 讀經柴 る ま で、 

^,|^^|?三十ま^に、 れ を i し 給 はんや。 饒 され 難ば 驛内 にて、 別に 歇店を 求むべし。 この 



を,>^<ぃは船ぁへす、 いかで か は 北 i に 及ん。 拙; 椚は客 憎の み。 那三 li 餺は、 和^の 道德 に、 緣 

ざる こと を 得ざる べし。 先 追 葬 をい そがせた まへ。 とい ふに 住持 は應 をし つ i、 辭 して 方丈へ 

i か かくて い C- づ かし:.' の もりた か ミも わか; 2i こぐち きかん りすぶ つぼへ い よびの ぼ / , ふた^: こ k ザ ゆ- 

返りけ り。 恁而犬 信 濃 戌 孝 は、 仲若黨 13 地 喜 勘 太と、 息 部! II 平 を 召 登して、 兩简の 小瓶 を 拿 

おさせて、 綱! Hi^ に gr&l へば、 I 仏 g す艇, 。先に S て、 安 王の 驅を めし、 蒸 塚の 邊にま ロ3 

らしむ。 諸 犬士、 大も戌 孝と、 共 侶に 行て 是を 見る に、 只 一 丘の 土饅頭の み、 朽 たる f キ郴婆 二 

.b り r-.?- しう ねん くわいき うくね いこ うれ はしみ たへ さても 

本 あり。 戌 孝 も 亦 諸犬士 も、 愁然と し 一し、 懷舊懷 古の、 憂 情に 勝 ざり し を、 然而 在る ぺき にあ 

ら ざれば、 ? 化 に^ずて、 件の 塚 を 穿 起さす るに、 夫役 等 は 皆 こ i ろ 得て、 刖當 寺の 道 人に、 

r .. . ' >• s すな はちゃく そ 5 たき 

^ぎ^^ させて、 カを軌 して^^に、 旣 にして 日の 暮 しかば、 犬士等 役 偕に 薪材を 

-5 か ,5 りび や 5 く たより ここつ およ ほふし ょたりは^^りぃで f\ * ひ、 - fitU 

乞て、 もて 飾 火に して 夜 作の 便に す。 旣に故 骨に 逮ぶ 時、 法師 四 口許 出て 来て、 或は 線香 を燒 

或は 木魚 をう ち嗚 しつ- -、 異口同音に 讀經 すろ 程に、 、大 も亦復 是を帮 助て、 設 こと 約 ^半响 

i かり よみ, はり まづ しゅん わう めん わ-つ f ろ なさ こがめ し つゆ あな くだ - • > モの マき „^,1f,J.fF』k、 

,0. 旣 にして 讀訖 て、 先 舂王安 王の 髑髏 を歛 めた る、 小瓶 を 穸 に 下さし む。 當下 法師 等 は、 

ち、 ゆお に wii を il しかば、 、大は 謙讓三 # にして、 饒 すべく も あら ざれば、 竟に 左に 蒸 火 を 採り、 

g にお 酽 をた 衡 へて、 ^みて ピ うち, て、 高く 引導の 語が を 誦して、 偈を唱 へ喝を 吐く、 其 

こへ こつが. ゥ, たナ ,そ^ み けん ごく わう さんぜん さんて つ さながら つかあな 

聲の 妙なる のみ か は、 骨相 威 ありて 猛 からす、 且其眉 問より、 毫光续 然と 散德 して, 宛 ^ 

第 九 輯卷之 五十 E 一 九 



南 總里見 八犬傳 五 1 A 

ぞん 、< す か t ふたつ こがめ まなこ ミ ねんじゅ こら かう そくはつ せい ほふし その. C は ひご ミ 

前の 倚子に 凭りて、 兩箇の 小瓶に うち 向 ひて、 眼 を閉て 念誦 を 凝せば、 高足 發聲の 法師、 其 間每に 

fx^^ なら き ゃラ うな し、 r- そうお の—. -きゃ 、ひくわん ひも ミ い く さ 5 せい よみいだ ぢ うぢ 

錢^ をう ち 鳴して、 旣に 讀經を 促が せば、 衆 憎 各經卷 の繙 きて、 異ロ同 聲に誦 出せば、 住持 も 

そらよ み はん? i き はがり ち §• たい たすけ f ヒ うき やう ぞうて ラ こ ゑ をし せいり やう 

俱に聲 を 合せて、 諳讀 する こと 半响 許、 、 大も俱 に 是を帮 助て、 同經 同調、 聲を惜 ます、 淸亮 とし 

さながらよ る も ち タり も さへ づり かりょう びんが せいだく、 フんじ や、 T- あらそ ひかね 

て 高ければ、 宛 の 百千鳥、 百 囀 の そが 中に、 迦陵頻 伽の 聲 ある 如く、 淸獨 雪壤 爭 難た る、 

しう そうお もよ 4* な こ ち.^ お 0』 ろ かくて ぞき や、 T はて x?r>xf い す しり も しう そう もろ ミも 

衆 僧 憶ず 睛を 象て、 驚き 見て 憚る 色 あり。 恁而 讀經果 しかば、 住持 は 倚子 を 退けて、 衆 憎と 共 侶 

き や-.. - よみ ひや ラし y めぐ あまた. -び めぐ ぢ. r. ぢ すな はちほん * ん ぱ はい 

に、 又經を 讀梆兒 もうち 鳴して、 うち る こと 許 多番、 旣に 輪り 果し 時、 住持 則 本尊 を膜拜 し 

f ヒ ぶっそく いた r ねん を は しりぞ こがめ f ろ ゑ か, フ たむ けしきみ の ミ ちら 

て、 香 を 燒き佛 足 を 戴き、 念じ 訖 りつ 退きて、 小瓶の 驟髏に 廻向し つ、 水 を 手 膦樯葉 を 採りて 散 

まなこ ミぢ がっし ャ, 7 しゅん わ 5 もん わ..' はらから お ほつ かしゃ ミ さく ほ. ふが づ . ^おこ / か 5:- ば だい ミな せ;^, S . I i 一く,、 ^ 

し、 眼を閉 合掌して、 春 王 安 王 弟 兄と、 大塚匠 作の 法號を 起し、 且 菩提 を 唱 へ 、 施主の 功 德を讚 

じゅ ぶん あん さく はり しづか やが あ ひら か-つ そくはつ せい ほふし た .《.*J がね な, れ 

し、 更に 諷誦 文 を諳讀 し、 訖て徐 に 返き て 、纏て 胡 床に 著く 程に、 高足 發聲の 法師、 ^ をう ち 鳴 

みや、 フがラ ミなふ しう そう ミも あはせ ひミ りの ほふし 

して、 高く 六 字の 名號 を唱れ ば、 衆 僧 俱に聲 を 合て、 連り に念佛 する 程に、 一 憎 身 を 起し 來て、 

きしゅ せ. r か、 フ す t ひ すな はち もりた か はじめ みな. J-;^ みが は す S いで せう かう らいはい しり も さい-, -J 

施主に 嬈香 を薦れ ば、 則 戌 孝 を 首に て、 犬士 等皆迭 代りに 找み 出で、 燒 香禮拜 して 退けば、 最後 

らゅ せう ラ はて その ミきぢ うぢ あ ひら まづ もり;. i から 力い 

に、 大も燒 香す。 是 にて 法事 は 某に けり。 登 時 住持 は 胡 床 を 離れ 來て、 先 戌 孝 等に うち 向 ひて、 改 

さ 5 く f ヒ- « ち S だい な だい めん す ひん だい ぞんじ かう モ、? 

葬の 功 德を稱 えて、 更に、 大 に名對 面して、 且ぃ ふやう、 師兄 は. K 禪師の 高僧に て、 を はする 

ぅナ n まよ だ 5 し たの き t しり おも は ぶ らい わぶ. 

と 承 れば、 導師に 憑み 奉る ベ かりし に、 其義を 後に ffl 知 たれば、 憶す 無 鱧 を 仕りぬ。 と勸解 



きゃくでん いた も h- たか ゅづ かいさ ミ しか, 5\ すみやか つけ しら Ictt (. ^よろこ 

客殿に 造らし む。 戍孝是 に 坐を讓 りて、 改葬の 事 恁々。 と 速 なりし を 告知 すれば、 大家 歡ぶ 

そ ち S だい さ ほ 》-t_>Id われら つか ひ き やが そのぎ ぶ 

开が 中に、 、大 は然 こそと 微笑て、 } ^家 は 使の 來 ぬると 纏て、 其 誼な ちんと 思 ひし かば、 夫 

役 等 を さへ 將て 来れり。 他 等に 課て 故墳 を、 穿 起させん 爲 なりき。 とい ふ 問に 役佾 は、 乂 

もろび ミ むかひ ちゃうら, つし よ:^ ん くわ、 ひりん かたじけな ilvr'* ち はいめん ほふ じ 

しく 出て 來っ、 衆人に うち 向て、 長 老諸 彥光臨 を 辱 くす。 住持 拜而 すべ けれども、 法事に 

程なく 候へば、 葬采て 見参 しつべし。 各禮 i の 御 淮備候 や。 と へば 戌 孝 \1ン 候。 衣 

裳 は、 皆准備 あり、 いそがせ 給へ。 と 促せば、 役 僭 は 阿と 應も 5IH^、 走りて 奥へ ぞ 退り ける。 

かくて しゃみ がっしき. b ちゆ だい ** たしょ けんし す くわし す ft さ/., や、 r- ほふし つ さ ふ 

恁而沙 彌喝食 等 は、 、大及 諸 犬 士に茶 を 着め、 果子 を薦る 程に、 讀經の 法師 等 を、 本堂へ、 聚る 

かね つきなら しゃみ ら モのミ き ミ もび ミ もた ふろし きづつ み ミ きひら 

鐘を撞 鳴せば、 沙彌等 も 侍らすな りに けり。 登 時 八犬士 は、 伴 常に 持せ たる、 袱 を 解 開き 

ミ りいだ しろ あさ きね あさ かふし も きか ふ ちゆ だい け さ ころも ミ りよ そ ほ 

て、 手に く 拿 出す、 白 麻の 衣、 麻の 社奸を 被更れ ば、 、大は 素より 彀裟 法衣に て、 又 執 装 ふ 

こ ともなく、 犬 士と惧 に 身 を 起して、 齊ー 本堂に 赴きつ、 俗 を 離れて 客 坐に 居り。 施主 は 戌 孝 

はじめ れつざ , さき やう ほふ. J ミ たり はかり おなじい ろ け さ ころも 

を 首に て、 犬士等 程よ く 列 坐せ り。 旣 にして、 讀經の 法師 十 口許、 同色の 袈裟 法衣に て、 うち 

つれだち いで ま づ ほん ん ぼ はい き や、 つづく ゑ さ いう ふ たかは つらな たち さ ら なら もく 

連立て 出て 來っ、 先 本尊 を膜拜 して、 經 案 を 並べた る、 左お 二 側に 連り 立て、 銅 織 を 鳴し、 木 

ぎよ た t ぼん は ひすせ ぃミな ふ しづか いでく X? ムっ らうそう もんぎ もんし や のり-ごろ も あか ぢ にしき け さ かけ 

魚を敲 き、 梵唄 數聲唱 る 程に、 徐に 出來る 住持の 老憎、 胡 葱 紋沙の 憎 衣に、 純 綠の錦 綉の裝 装 被 

て、 手に 拂子を 採れり ける。 左右に 從ふ兩 個の 沙彌 あり、 手爐を 執り、 如意 を 執れり。 住持 則佛 

第 九 輯卷之 五十 ST^ 



南總 a 見 八犬傳 —五 一六 

家に、 禪 りなき にあら ね ども、 旣に許 多の 年を歴 て、 三 四の 御代 代らせ 袷へば、 今 は 忌べ くも 

さ ふら ふ こたへ さは もりた かよろ こ われら 

候 はす、 心得て こそ 候 なれ。 とい ふ 答に 障りな かりし かば、 戌孝歡 びて 又い ふやう、 咱等は 

ゆくて かつみ ちづれ しゅぼく に, C な. "たり われら ぎき ャぅ だい ひミ 

去 向 をい そぐ 者 也。 且 一路の 主 僕 百 二三 十 名 あり、 开が 中に、 七. < は、 咱 等が 義兄弟に て、 一 

り こたび みやこ だい ぜんじ な ちゆ だい よびな し ふ は ラひ り たすけ 1= も 

個 は今番 京師に て、 大禪師 に 做された る、 、大と 喚 做す 師父に て 侍り。 皆 葬 事 を資ん とて、 俱 

たうし ゆく はたへ- >ャ % なほ ひか & かい 5 ラ ほり ぎ , ,けい 

に 常 驛の客 店に 在り。 尙 日影 は 高 かるに、 今より 改葬せ まく 欲す、 この 誼 を 許容れ 給 ひね かし。 

こ は X? っぢ いなむ よし そ せいき ふ こミ りよち う ぜ ひ およ ミ かく 

と 請れ て 住持 は 推 辭に出 はく、 开は 性急なる 事ながら、 旅 中と あれば 是非に 及す、 左に も 右に 

こたへ じ ざ やく そ、 フ しか,^ いひつ け じ ** か その ミき もりた か くだん 

も 行 ひてん。 と 答て 侍 坐の 役佾 に、 事恁々 と吩咐 て、 辭 して 奧へぞ 退り ける。 當下戌 孝 は、 件 

ちゆ だい ぜんじ つゆ ゆん くわん いで ミも わかた ラ いひつ け しゅく はたご や つか は 

の 一義 を、 大 禪師、 と 七犬士 等に 告ん とて、 ^關に 出て 来つ、 伴若黨 に吩咐 て、 驛の客 店へ 遣 

さてつ ぼへい もたら ふたつ . こがめ あ ふご ミか ひそか ふ; i ひミっ 

しつ、 却 局 平が 窗 したる、 兩箇の 小瓶の 枋を 解せ て、 悄 地に 蕕を 開きて 見る に、 EI- して 一 筒の 

こがめ ち ひさ ふたつ さくろ ひミっ こがめ ぉミな ,どくろ もいた、 フ なんだ ひね , ^ち 

小瓶に は、 小き 兩箇 の髑體 あり、 又 】 箇^ 小瓶に は、 大人の 髑髏 ありければ、 哀悼の 淚 胸に 滿て、 

ゆん ぜん さり 4j てはャ ふた お ほ もミ i. さ かく な は つぼへ い てつだ は さ て やく 

然 たる を然氣 なく、 手早く ー査 をう ち 覆 ひて、 故の 像く に 掛る索 を、 局 平に 手傳 せて、 然而役 

そ- r- ; h くろ さ しづ ** か やくそうすな はち ひミり ふたり てら を ミこ ふ 仁つ こがめ ラけ 

佾に 髑髏の 事 を、 告げて 指禪に 任せし かば、 役僧 刖 心得て、 一 兩 個の 道 人に、 兩箇の 小瓶 を受 

,t やが ほんだ う ほミけ み *4 へ すゑ さる ほ-ど い ね さかい Cf え いねやまい ねむら い <? かはいね; i い???. ひら 

拿ら せて、 纏て 本堂なる、 佛の 御前へ ぞ 居に ける。 爾 程に、 犬 阪犬江 犬 山犬 村、 犬 川 犬 田 犬 飼 等 

ち S だい ぜんじ さき たて ミ もび ミ ぶやく くわ はん も きんれ, C じ てら ,V ミこし るべ 

の 七犬士 は、 、大 禪師を 先に 立て、 伴當 夫役 過 华を將 て、 金 蓮 寺に 來に ければ、 道 人案內 して、 



ひめが ふ ちょくがく さ おの がた さき われら このぎ な 

姬 祌の勑 額に、 然し も 揮り なきに あらす。 各 位 は 先 へ いに 給 へ 、 咱等は 這 誼 を 做し し て、 

後より こそ ゆく ベ けれ。 とい ふ を 七 犬 士等は 聞 あへ す、 いかで か は 然る 僻 こと を せん。 和 殿の 

ぉほぢ われ-^ ぉほぢ され もろ? /、も ミ、/ 'り、 フ その は むり たすけ 

大父 は、 我們. か、 大 父に しも 異ならす。 然ば共 侶に 逗留して、 其 葬 を帮助 てん。 と議 すれば 

、大 も倶 にい ふやう、 佛 事は是 出家の 役 也、 見捨て ゆくべき 足 は 得 もた す。 g 等も俱 にと 議し 

しぶ てろ ぶみ おし r、 しょせん たれかれ みなこの しゅく ミラり ラ は、 r- ひり 

^^るを、 照 文 は推禁 めて、 所詮 甲 ことい はんより、 皆這驛 に返留 して、 弗 葬 を 架して 後に、 

俱 にかへ り ゆく とても、 旣に 御名 代の 事 たれば、 澥る に似て 忘る にあら す。 咱等は 勅額 を 守 

たうし ゆく ゃぞり このぎ だん ,^ な き t うな づ 》- そのぎ ミきん *J- ん びん 

り 奉りて、 當 驛の歇 店に 在ん、 這義 いかに。 と談 すれば、 大家 閒 つ.^ 點 頭て、 其議說 得て 穩便 

なり はや しなの ミ r そ かたじけな こミ た にんず 

也。 と 惴るを 信 濃は禁 めて いふ やう、 开は 辱 き 事ながら、 今 多人數 にして、 寺 に 入らば、 

かへ つ さは • おの -f- が;.! まづ やさ ミり t ちた ま われら このつ ぼへい ミも びミ よたりい つた. CN 

反て 事の 障り あらん。 各々 位 は、 先宿投 て、 事の 成る を竣 給へ。 咱等は 這 局 平と、 伴 5 お 四 五名 

じ そう かたら A な C ラベな ま づき じ ろくき かんた ら いひつ け よき やさ 

を從 へて、 入りて 寺 僧に 相譚ふ べし。 とい ふに 大家 諾 ひて、 先 紀ニ六 喜 勘 太 等に^ 咐て、 好 宿 

で J つか は さる ほ いね づ かしな の もりた か つぼへ いら きん れんじ ん くわん お ミなひ すな はちゃく 

執れと て 遣し けり。 爾 程に 犬 塚 信 濃 戌 孝 は、 局 平等 を從 へて、 金 蓮 寺の 立 關に呼 門つ、 刖 役 

そ、? めんだん つぐ つるさう やくそう ミみ こたへ かね やが きゃくでん しャ ラ;! い す .《 

佾に 面談して、 告 るに 追 葬の 事に 及べば、 役 憎 亟に答 難て、 纏て 客殿に 請 待し つ、 茶 を 看め な 

ぢ、 r- ぢ いで たいめん その W きもり たか ぢうぢ つぐ かつつ ぼへい くし ゆめ 

どす る 程に、 住持 出て 對 面す。 當下戌 孝 は 住持に 向 ひて、 告る こと 右の 如く、 且 局 平が 瞜< 々の 

こミ あからさま ミき しめ ぢ うぢ き { かんたん かのり やう きんだち さ き や 5 ミ しゃう ひん 

事 さへ、 明々 地に 說 示せば、 住持 は閒 つ.^ 感歎して、 郝兩 公達の こと はし も、 然し も 京都 將軍 

第 九 輯卷之 五十 五一 五 



it 



I 南總 見 八犬傳 , 五一 四 

ふるさ ミ ^ みづ のみ しうか き t しら いね 

舊 里に 在り。 寒 農で 候へば、 母の 世に 在りし 時 も、 主家の 後の 事な ど は閒も 知す 候 ひしに、 去 

よ みよ さ くしゅ^^ つか たミへ ものの ぐ ひミり らう ひしゃ わが 44,、 らべ われ か きつ 

る夜三^|^、 靈 夢の 告 ありけ り。 譬ば 甲胄した る 一個の 老 武者、 我 枕 方に 立 給 ひて、 我 は 嘉吉に 

、ひち じじ しゅう わ 5 あん ゎラ ぎみ すけの かし づき お ほつ かしゃう さくみ つもり そのころ わが こ はんさく かずもり はたら 

戰 したる、 春 王 安 王 君の 小 傅、 大録匠 作 三戌是 なり、 當日我 子番作 一 戌が、 忠義の 猙 きに 

り や ,-' きんだち おんしる L ミ わが かう ベ 、乙つ め しか,^ ミころ され みの きん れんじ りゃうき A: だち ごし- r- えん 

て、 兩 公達の 御 首級 及 我 首 を、 埋て恁 々の 地方に 在り。 然 ども 美 濃の 金 蓮 寺 は J 兩 公達 御 終焉 

て ら かしこ かへ ほり いまし ひモか しゅぼく ふ つ ?れ か、 ベ ほり たろ lO 

の梵钊 なれば、 那 里へ 返し まゐら せまく 欲す。 汝悄 地に 主 僕の 三箇の ^髏 を 穿 拿り て、 垂 井の 

もて かなら V- わが まつ】 さミみ にん いね づ かしな の もりた か よびな もの も 

寺へ 齎 ゆかば、 其 日 必 我 孫なる、 里 見の 家臣 犬士の 一 人、 犬 塚 信 濃 戌 孝と、 喚 做す 者に 逢 ふこ 

その をり このぎ かれ つ it- もりた よろし はから ゆめ 、, 'たが 

と あらん、 其 折 這 誼 を 他に 告 なば、 戌孝宜 く 計ぶべし。 努な疑 ひそ、 よくせ よ。 と 示さる よこ 

くし ゆめみよ さ おか なし もたら はた 

と 一度の みならす、 靈夢三 夜に 及びし かば、 うち も 閣れす 件の 如く、 做て 裔し候 ひしに、 EF^ 

€ の あ ひ あなく し くし かん はかり こ? i ま め ビち つぐ 

て 刀 禰に逢 まつる は、 嗉奇 かりと も異 かりけ る、 神 謀に 候 はす や。 と 言老實 達て 告 るに なん。 

も りた. J- がくねん かつよろ こ さて はい し さ ひミ なり よんべ ゆめ ぎ おつ- 

戌 孝 は 愕然とう ち 驚きつ よ、 且歡 びて、 原 來汝は 然る # 也 し歟。 我 も 1^ 昨 の 夢に、 其 誼 を 親 

つ. *- た ♦* くし ゆめ は 5 まつむ & ん はか たの > 

の告給 ひき、 と 見し 靈夢 はありながら、 泡沫 夢幻の 栗敢 なき を、 憑むべき にあら ざれ は、 人に 

ミき しら これ かれ ゆめ こミ うたが • まこ ミ L» 

は說も 知せ ざり しに、 自他 夢の 異ならす は、 今 さら 何ぞ疑 ふべき。 誠に 不思議の 事な りき。 と 

こ へ やが じょ けんし ちゆ だいて るぶ み おの .,\ た *1 いまき か われら たう: P s,rs つ „^ 

答て 隨て 自餘 の犬士 と、 、大照 文 を 見 かへ りて、 各 目今 間る. - 如し 。咱 等は當 寺の 住持に 告 

り やう きんに ち わがお ほち f>j くろ あらため はう ひ りつり や、/.' かいさ、 つ しそん かならずみ つか いみ ふせ 

て、 兩 公達と 我大 父の、 髑髏 を 改 葬るべし。 なれ ども 律令に 改葬 は、 子孫 必 三日の 忌 あり。 伏 



第 
九 
輯 
卷 
之 
五 
十 



V .... 



Id 



五 



? y ,なにがし .1 ち ミ しゅん わ..' あん わ. - 'ぎみ おんし. し ち.. しゃ .r- さく か...' ベ 、-' S1 た ザい ,りね か ら 

蠛崎某 甲を擊 怖りて、 春 王 安 王 君の 御 首級と、 父 匠 作の 首 を 1^ ふて、 多 兵 を 殺脫け 辛く して、 

しなの ぢ はし み たけお ほゐ あは ひ こ で ら むしよ & つ か. ,ベ ひそか -づ たて 》♦ つ 

信 濃路に 走りつ.^、 御嶽 大 井の 問なる、 小道 場の 墓所に 三級の 首 を、 悄地 に^め 奉 りに き、 と 

あけ まき むかしがたり はか このち よぎ いざた ち ふり 

我身^!?;:歳なりし時、 親の 昔 話 に 問 知りたり。 今 料ら す も 這 地 を 過れば、 誘 立より て、 故にし 

迹を 見て ゆくべし。 とい ふに 大 家諾 て、 しかるべし。 と應っ i、 ゆく こと 兩三 町に して、 と 

ざ て ら * の もん か, - へんがく きん れんじ しろ . ミ は 

見れば 一座の 梵钊 ありて、 其 三門に 揭 けたる 扁額に、 金 連 寺と 窨 したれば、 問で もしる き兹也 

いね づか さき みな -(» じ ない い みろ ひがし ミ しのよ は ひよ * 

けりと て、 犬 を 先にして、 大家 寺 内に 入ら まくせ し 時、 祖見 東の かたよりして、 年 鈴 四十 

ぢ あまり しづの を t びよ そ ほひ ひなび ふたつ こがめ から A- つけ あ ふご かけ いそが は 

有餘 なる 賤 夫の、 行 装 鄙 俗た るが、 兩箇の 小瓶 を 膝 著た る、 松 を 肩に うち 掛 つ.^、 ^ しく 來 

みいだ はし ちか いね づか しなの おそれ 

ぬる 程に、 八 犬 士等を 見出し けん、 いよく 走り 近づきて、 犬お 信 濃に うち 向 ひて、 恐ながら 

ミひ はべ この ミ の はら おんな か あ は さミみ タの h か しん いね づ かねし いま しなの 

問 侍らん。 這 刀 禰們の 御中に、 安房の 里 見 殿の 御 家臣なる、 犬 塚 は 在 さす や。 と 問れ て 信 濃 

いぶか そ なじつ) ミ いまし ミ いね づ かしな の われな り なのる くだん しづの な , なり {• ほ- 

は 訝りながら、 开は 何事 ぞ。 汝の問 ふ、 犬 錄信濃 は 我 也。 と 名告に 件の 賤夫 は、 奇 也々々 と 含 

ゑみ あ ふご おろ つい lO しなの つぐ ぃミ そつじ やつ がれ しな 

笑て、 や をら;; W をう ち 下して、 跪 居て 信 濃に 告る やう、 最 卒爾に は 候へ ども、 小 可ば 信^な ろ、 

お ほ. しゅく ,1-13 さ ひら ひゃくし や 、フ むすぶ つぼへ い よびな こミ ,こ 

大 井の 驛に 程遠から ぬ、 小 襟 村の 莊 客 にて、 息 部局 平と、 喚 做す 者で 候 也。 言 長く とも 聞し 

めし こ きご ミ やつ がれ ひすぶ ザ ひ しなの t くに ;? フ に A: なり る のたん 3ラ 

食ね。 為滸 がまし き 說 ながら、 小 可が 親 也け る、 息 部 是非 六 は、 信 濃 國の人 氏^し、 井 丹 三 

なほ ひで ねし ぉミな か きつ みだれ おひ ほらき り ほめ その ミき やつ がれ あゆ き は t ミも 

直秀 主の 老僕に て、 嘉吉 の亂は 殉肚析 て、 人に 譽られ 候 ひき。 當時小 可は總 角に て、 母と 俱に 

第 九 輯卷之 五十 五一 一 



, 南 總里見 八犬傳 . 五 一 〇 

わうな り いよ ぜんせい ほ a- こ りんごく わじ ゆん ミラ ごくたい へい いさを あやま お ほせいだ かつみ 

妙 也。 彌 善政 を 施し、 隣 國と和 順して、 束國 泰平の 功を愆 つべ からす。 と 仰 出させて、 且御 

しょ わた き こく ぃミま た ま は よし ひさこ、 フ かねて ほり ぶ こ t ろ 

敎書を 渡し、 歸國の 暇 を 賜りけ る。 義尙 公は豫 より、 欲し 給 ふよし ありて、 八 犬 士の武 藝を試 

ふ すケ ミ r みやこ まもり おぼしめし き やうけ 

相て、 殊に 勝れた る 者 を、 留めて、 京師の 扦城 にしつべし、 と 思 食たり けれども、 京 家の 武士、 

きんじゅ わかものら かの さ 九 い のう そね かたみが は さ i> しら た ひ f ものお ほ 

近習の 壯佼 等が、 郝才を 忌み、 能を媢 みて、 迭 代りに 讒 しつよ 、傾け 稟す者 多 かりし かば、 遂 

やめ きこく かつ ミき くわん れい ま さも ミ たラ しょく やめ ほんり や .7* は 

に 其義を 停ら れて、 歸國を 許し 給 ひし 也。 且 この 時 管領 政 元は、 當職を 罷られ て、 本領 阿波に 

みなさい は ひ おん ゑん さか ひ まねか あは ^く ふ ぜひめ しんが、 フ 

在りし かば、 八 犬 士は皆 幸 に、 恩 怨の閒 を?^ れて、 安房へ かへ り 行の みならす、 伏 _姬 の神號 

ちょくがく ちゆ だい ザん じ そうくわん おも ♦* し て, つ おん よろこ ひろ *♦ さな ほち か かれ つ! & 

勅額、 、大 禪師 の憎官 は、 思 ふに 優た る 朝恩なる に、 歡び 勇まざる はなく、 廣當直 親に 別を告 

ゃぞり たち, 3 ミ もびミ ぶやく したが きモぢ わ は ち: a だい 

て、 次の 日 三 條の歇 處を立 去りつ、 伴當 夫役 を從 へて、 岐姐路 を 安房へ いそぐ ものから、 、大 

は 禪師に 做されし を、 敢 歡 ぶ 心なく、 あらす もがな と 思 ひけり。 1^ 而這 一 惽九士 は、 主 僕 百 

十數 名、 柬を投 て かへ り ゆ、。 其 路只ー 日なら す、 又 日に 歩み 夜に 歇り、 美 濃の 垂井を 過る 時、 

いね づか しなの ちゆ だいて るぶ み じ よ よび ミビ こ t きん れんじ むかし か きつ 

犬 塚 信 濃 は、 、大照 文と、 自餘の 七 犬 士等を 喚 留めて いふ やう、 這 里なる 金 蓬 寺 は、 在 昔嘉吉 

ケ わんね. < さつ *- じ ち しゅん わ V 'もん ゎラ ぎ. < おんこ ミ わがお ほぢ お ほつ かしゃ -7 さくみ つ. .PC ,n し、 フ *I ん 》.!, たへ た 

元年 五月 十六 日、 春 王 安 王 君 御 事 ありし 時、 我大 父. K 潔 匠 作 三 戌、 其 御 終焉 を 見る に得堪 す、 多 

ぜぃ あ ひて けっせん つ ひ 、つち じに わがち はんさくかず もり その ミ きせ 、フ ねん *?f か- 7 

丘ハを 敵手に 血戰 して、 竞 に戰殘 してけ るに、 我 父稱作 一 戍は、 當年 少年な り けれども、 忠孝の 

ぶ ミも モのひ くんじ S うち も おや たす .> さりいで h- やうき A だち .? りて か 

武 に E しからねば、 當日 群集の 中に 在り。 親を援 けて 跳 出つ よ、 兩 公達 を 割 手な りけ る、 牡 



でん ぎ ミも てん はい くだ そ G のちお ほせい: a さ v=s 5 f し 7 * のち.' y- ^fri 

殿に 擬 せられて、 俱に 天盃 を 下されけ る。 其 後 仰 出さる i やう、 里 見 左 少將、 其 父 治 部 卿と、 君 

しんおん くわん しょく いろ ひたて ♦* つ ほり よし ちょくき よ よろし ザ 人く わん 

臣新 恩の 官 職 を、 辭奉 らまく 欲する 義は勃 許 あり。 今より して 後、 1^?^-臣俱に宜く前官たる 

つき さ f レゃラ み ね ふせ ひめ か 5 れつ し 一 し しんれい あ..:' は たす たい 

べき 者 也。 就て 左 少將の 女 兄、 伏姬 の孝烈 なる、 死後に は 屡 祌靈を 顧して、 祐け てせ、 國に大 

こラ ちゆ だい た ね, C あんぎゃ こミし す. り, ゝせ が-き 4- り ふゆん りゃく い C- ち 二 -?. - しのし やう 

功 ありし 事、 又、 大が 多年 行脚の 事、 今茲は 水陸 施 餓饑の 折、 法驗 利益 揭焉 なりし を、 秋條將 

さう ひろ ♦* さ そうもん えいかん こミ ふせ ひめ いつ ミヤ な ちゆに いほ ふ 

曹廣 當が奏 ii にて、 叙感 特に 淺 からす。 . この 故に 伏 姬を、 齋 きて 富 山の 神に 做すべく、 、大法 

レ おしの ぼ だい ぜんじ せん ゆ しかの みなら 51» い ミ かしこ みかさ しんかん そめ や 《♦ 

師を推 登して、 大禪師 に 做すべし、 と 宣下 あり。 如 旃 最も 畏き、 帝窟 翰を染 させ 給 ひし、 富 山 

ひめか ふやしろ だいじ ちょくがく た は ちゆ だい ぜんじ fO き のり ごろ も おんし てろ 

姬 神社と いふ、 五大 字の 勅額 を 賜りつ、 且、 大禪師 に は、 位記と 僭 衣 を 恩賜 あり。 八 犬 士と照 

ぶみ ♦* きぎね おの f- まき まこ ミ い れい てう おん ちゆ だいて. ぶみ せん 

文に は、 卷絹 各 二 卷をぞ 下されけ る。 違に 異例の 朝恩 なれば、 、大照 文 八 犬士等 は、 俱に戰 

せんきょ、 つ {• はい よろこ さながらめ *♦ 、r 'き はし こ t ち いづ つれ 

戰賊兢 と、 拜 しまつり つ、 歡び あまりて、 宛 天の 浮 橋 を、 渡し せし 心地して、 被き 連て ぞ 

まかで され くわん ほく タの はじめ も,. のっか さそくたい そで つら み ものす くな Ars 

返 出け る。 然ば この 日 闕白殿 を 首に て、 百 官束 帶の袖 を 連ねて、 是を觀る^^紗からす、 帝 も 

たまだれ うち かの Ji もがら -, C そな は ほ t ゑ ま され ち ゆだいて る ぶふ 

珠 簾の 裡 よりして、 那 每を轡 して、 うち 含 笑せ 給 ひけり。 然ば又 この 次の 日に、 、大照 文 

むろまち さの まる よし ひさこう :^^Aざん くわん れい さなが ひや うぢ ゃラ し- ソ しょ ざ じら ひ く t が やな ほち か いた 

八 犬士等 は、 室町 殿へ 詣 でつ i、 義尙 公に 旯參 す。 管 領政 長、 評 定 衆 諸 侍、 熊 谷 直 親に 至 

みなまん ,どころ しゅっし さミ& ミ もがら めし むろまち、. JJ のち ャくざ くわん れい まさな が 5 けた は ちゆ 

るまで、 成 正廳に 出仕して 里 見の 毎 を 召よ せらる。 室町 殿 著 坐の 時、 管 領 攻良 奉りて、、 

だいて るぶ みけんし ら たいめい つたん ほうし、 r て ぶ おんめい さ だ まさ,? さに P ばく もつ ミ もしん 

大照 文犬士 等に、 台 命 を傳る やう、 房 州 朝武の 恩命に 從 ひまつり て、 定 正顯定 と、 和睦 尤神 

第 九 輯卷之 五十 . 五 〇 九 



南 總里見 八犬傳 五 〇 八 

かも t り みかさ あきしの ひろま さ モ う も 八 きこしめ さミみ よしなり じんぎ ぞん せい なら-び 

餘日 になり しかば、 朝廷に は、 秋 篠廣當 が、 奏閒 にて 閒 召す 所、 里旯義 成の 仁義 善政、 井に 八 

ちう か、 f ちゆ 5 そ^みな も VJ ふせ ひめ かう れっしん れい いたす ミころ かつち ゆだい ほふし は;. i ミせ あまり あ, C ぎ や-ごんく 

犬士の 忠孝 智勇、 せ; 淵源 は伏姬 の、 孝 烈祌靈 の 致 所、 且、 大 法師が 二十 餘 年の、 行脚 勤苦の 

り やく たづ ねん さミみ か しん な かれ しゅっけ けんご く, どく すべてぶ つい かな 

利益 を もて、 八 犬 士を索 得て、 里 見の 家臣に 做し よこと、 他が 出家 堅固の 功德、 郤佛 意に 稱ふ 

** たも ** さきてる ぶみ ミし ごろせ うけん つか ひ いさをお ほ ひろま さ も は いな ひら 

べき 事、 及 蟹 畸 照 文が、 年 來招資 の 使して、 功多 かりし 事まで も、 廣當が 安房の 稻村 にて、 人 

うよ さ f レ ミころ まさ もミ すゑ くし たへ はじめ. U て ♦* つ くわん はく でんか でんじ や 5 

の^に 閒 知る 處、 正し かりけ る其顚 末の、 奇 くも 又 妙 なれば、 帝 を 首 奉り、 關 白 殿下 殿 上 

び,》 ぢ > ミ もがら -ヒ くその ミ たり そうみく おぼしめし しほ { - ひろ. H ち さの かれ 

人、 地 の 每 に 至る まで、 疾其十 個の 憎 俗 を、 見 まく ほしう リ 5 召し かば、 屡 室町 殿へ、 他 

ら さんだ ひ h さ、 - そく か- « り よし ひさこう いた づきお こに ま づさミ ふ ししゃ さも 

等. か 參內を 御 催促 ありけ り。 有恁し 程に、 義尙 公の、 病 著 瘥り給 ひし かば、 先 里 見の 使者 每を、 

さん- -1 、 たう ご しょ すな はちくわん れい まさな が ちゆ だいて ろ ぶみ 

させて、 後に 當 御所へ 召すべし とて、 則 管領 政 長より、 、大照 文 八犬士 等に、 この 義を 

> * ち ち *S だ、. - てるぶ みけんし ら つぎ ひ はれぎね ミ S の かつ ミ もび! ぶ やく りんじ ,^ゥぎもの さ. * 

jL 知 ありし かば、 、大照 文 犬士等 は、 次の 日朝 服 を 整へ つ、 且伴當 夫役に、 臨時の 調 貢 を 捧ゅ 

ひの ご もん さんだい あきしの ひろま さし. ベ たち みはし も ミ ま &ら その きち ゆにいて るぶ み よし ざね 

させて、 南 大門より 參 内す。 秋 篠廣當 案内に 立て、 御 階の 下に 參 しむ。 當下、 大照文 は、 義實 

よしなり i. つけ, レ じ やうし よ た 5 しょく じ へ、 > てい しつ モラ くぎ や、 rv うけ ミ お ほ よし てる ク,^ ち 

義 成の^ 獻の 上書と、 當 職の 辭 表を呈 すれば、 執奏の 公卿 受皐 りて、 且 仰す る義 あり。 照 文、 

ビぃ さ せう しゃ、..' ぢ ぶき ゃミ みや ラ だい かり しょうでん ! » る . はいしん -じ 

大は、 左少將 と、 治 部 卿の 名代 なれば、 權に升 殿 を 許させ 給 ふ。 又 八 犬 士等は 陪臣に て、 卫自 

ぞ U ^、, -、 なさ あるひ くし ミら た いぢ しんきん やす たてまつ その いさを 

分の 拜禮 なれ ども、 國の爲 に亂を 撥め、 或は 靈虎 を對 治して、 へお 襟 を 休め 奉 りけ る、 其 功、 共 

せんき、 rs さき もちす けに ふだう だう くわん じ や 5 らくさん だ い ためし かり しょ、 フ 

に 鮮少なら す。 こよ を もて、 翁に 持贊 入道 道灌 が、 上洛 參 e の 例に 侬る べしと て、 是亦權 に 升 



, , ちゆ だいて るぶ み まん さ ころ めし くわん れい は U けャ i まさな がたいめ く t が やな ほち しったつ * の 

しかば、 、大照 文 八犬士 を、 正廳へ 召よ せて、 管 領 5i 山 政 長對面 あり。 熊 谷 直 親 執 達たり。 常 

ミき まさな が ちゆ-たいて ろぶ み よし V.J ねよ しなり ふ し ち 5 しん ザん せい く i 

下 政 長 は、 、大照 文 八犬士 等に うち 向 ひて、 義實義 成 父子の、 忠信 善政と、 八 犬 士諸臣 等の、 軌 

こ- フ まづ ほめ け ふ なんた ちしゃう ぐんけ あしか ,*- よし ひさ はいけん ぎ S る ラ へ ,の ふ おん 

功 を先譽 て、 今日し も 汝達將 軍 家 (足 利 義尙) に、 拜旯の 誼 を 腱 さるべき に、 上に は 昨 口より、 御 

つ が た r い ♦* ぎ およ は なんたら さんだい い じつ ご 5 た しゅくしょ 

欠 安 を はし ませば、 目今の 誼に 及れ す。 且汝 達が 參 内 も、 異 日の 御沙汰に あるべき 也。 ^£所に 

まか ** ち ちゆ-たいて. ぶみ せん さ こ ^5 

返りて 其 折 を、 俟 奉るべし と ありし かば、 、大照 文 八 犬士等 は、 先度に 懲りて 妙なら す、 と 思 

からい ろ ひかね ぜひな くゐ { うけ まか やが ひがし やま さの tto で も め If すくな 

ふ もの 兀辭 難て、 只 得 唯々 と 承 まつりて、 退り て 纏て 東 山 殿へ、 詣て束 西な 獻 する も 尠 からす 

かへ る さ くわん れい ** さなが また ひや、 ひぢ やうし、 フ やしき { めぐ けんざん おくりもの もたら しな しょ. .t い 

其 歸路に 管領 政 長、 及 評 定 衆の、 諸 邸 をう ち 巡りて、 獻殘の 人 估な 窗 すろ も 亦 差 あり。 諸禮 

• はて しゅくしょ かさ ご さ た たれ ^o^? つれ, 4\" 

やう やく 事 架て、 三條 の-; 所に 還りし より、 日を累 ぬれ ども 御沙汰なければ、 誰か 返留の 徒然 

たへ ちゆ だい ほふし 九ん しょ を か ひ ご ミ - や <jj り いで らくない らくぐ い なリ ひ 

に堪 ざるべき。 、 .K 法師 は 炎暑 を 犯して、 日每々 々に 歇店を 出て、 洛. 2: 洛外い へば さら 也、 日 

X くらま あたご や あるひ むらさきの だい ミ くじ さん-せん き.? V しゃ-つ f たづね れいざんれ いも めいしょき ラぜき 

枝 鞍馬 愛 { 石の 山、 或は 紫 野なる 大德 寺に 恭禪 して、 一休 和尙の 迹を尋 て、 靈山靈 地名 所 舊蹬に 

いたら くま いね づ かいね さか じ よ てるぶ ふ かたみが ば つ a! ふや こ なさ ころ ひけ 

至ざる 隈 なかり しかば、 犬 嫁 犬 阪自餘 の犬士 も、 又 照 文も迭 代りに、 杖 を 京師の 名所に 曳 ども、 

ひミ りい ね 九 しんべ ゑ き やう わらん ベ くし ミ らい ゆうせう ねん き み かれ 

獨犬江 親兵衞 のみ、 京 童 が 間 知りて、 靈虎 射け る 勇 少年が、 復來て 在る を觀 つべ しとて、 仙 

が 出る を 等と 聞え しかば、 うるさく 思 ひて 所に 在り。 他 は 京師に 去 歳の 秋より、 逗留 久し か 

じ よ けんし かくい たづら 中ぐ ミ 4* 

りければ、 自餘の 犬士に 同じからで、 珍ら しからぬ 故 も あるべし。 恁 徒 に H を 過し つ i、 十 

第 九 輯卷之 五十 五 〇 七 



南 總&: 見 八犬傳 II 五 。六 

はや、 r- ち は ら、 さろ を かさる ひたつ や. き じ ろく こ ち き かんた はじ も あしが ろし もべ ぶ やく ひろ 

して 多から す。 姽內葉 四 郞猨岡 猿 八、 直 塚 紀ニ六 漕 地 喜 勘 太 を 首に て、 輕 卒奴隸 夫役 あり。 廣 

まさ ザ さ にん ほかり みな づ.? ひい か あさま だき しゅぼくお ほふね お ほい そ 

當の從 ^と俱 に、 百 五六 十 名 許なる べし。 六月 六日の 早天に、 主 僕 IP ー妨 にう ち乘 りて、 大磯を 

さし こが あさけ すビ おひて ♦* ひる ころ ほひ くだん こ t 

投て 漕す るに、 日 一 開 涼しき 順風に て、 この H 亭午の 時候に、 件の 浦に 來 にければ、 這 里より 船 

す さき かへ くが *ち はこ, U あし がら たね ミも こき 7 い づ ; rs' すォ こ こく 

を洲 崎へ 返して、 陸路 を 西へ 赴く に、 貌姑辜 足 柄 は、 胤智 が故鄉 にて、 伊豆 は莊 介の 故國 なれ 

さすが くわいき ラ こ ろ かくて やさ ミを かみ まり 

ば、 有難に 懷舊の 情なき にあら す。 恁而、 日に 歩み、 夜に 歇り、 ゆく こと 十餘 日に して、 障る 

みやこ その !0 きも;? しの ひろま さ ひろ ちぞの みか ク J か へり ごミ f 

ことなく 京師に 來に けり。 登 時 秋 篠廣當 は、 室町 殿へ も、 朝廷へ も、 返 命 を 奏せん とて、 別れ 

そな. U ちゆ だいて ろ ぶふ けんし ら で- r わたり 'クーり やが くまが や しゅくしょ 

て 其方に 赴きし かば、 、大照 文 八 犬士等 は、 三條 頭に 歇店を 求めて、 纏て 熊 谷が 宿所に ゆきて、 

よし ざね よし.; A リ よしみち ふや、 r- だい ちゆ:.! いてろ ぶみ ならび ミ ラ ざい わ ぽ くおんめ い おんこた へ くんしん はいにん お八れ い さん 

義實 義成義 通の 名代、 、大照 文 丼に 八犬士 等、 束 西 和睦 恩命の 御 答、 又 君臣 拜 任の 御 鱧に、 參 

じ や. 7 よし つゆ なほち かすな はちたい め じ や すみやか ねぎら あ す むろ ちひ^し C- ま りゃう ごしょ 

上の 義を告 しかば、 直 親 則 對 面しつ、 其 上洛の 速 なる を勞 ひて、 明日 室町 東 山の、 兩 御所 

ま ゐ のぼ かけひき さ しづ あ ふぎが C- つや まの ラち しし ャ しろい ししゅ.? -っ さい ミ 5 たか Vv ね はいれい こミ 

へ參 上るべし とて、 其 進 返 を 指揮 あり。 且 扇 谷 山內の 使者、 白 石 重勝齋 藤高實 は、 拜禮の 事 

はて ,Mj つ ひ きそ ぢ ぁづ. * まか v'« おの. C ち さん 

Ei- て、 大 昨日 歸國を 許されし かば、, 岐蛆路 を 東へ 退り たり。 恁れば 各 も、 遲參 すべから す、 と 

n お. J そ ま S りよし ゆく かへ され ちゅだぃてるぶ,^ けんし ら ミも はれぎね ミ の ミも 

期 を 推て、 开が儘 旅 宿へ 返されけ り。 然ば 次の 日、 、大照 文 八 犬士等 は、 俱に朝 服 を 整へ て、 伴 

び ミぷ やく したが みの ミき ころ ほひ むろ i ちク J の のぼ さ ミみ よ し y.u よしなり おやこ みや 5 だい ししゃ ならび 

當 夫役 を從 へつ i、 巳 牌の 左側に、 室町 殿へ 參 上りて、 里 見 義實義 成 親子の、 名代の 使者、 并 

しゃおん じ やうら く よし よしなり.; 3 し たてまつりぶ ふ はいにん lU くさぐ 

に 家臣 八犬士 等、 謝恩の 爲に 上洛の 義を 聞え 上て、 義成 主の 呈 書と、 拜 任の 費 多種 を 進ら せ 



じ^* お ほせ くにん つ: b し ち S だい >t まなこ A はり そ なんぎ .'ivi 

恁の仰 候 ひきとて、 件の 一議 を 告知ら すれば、 、大 は听 つ、^ を睜 て、 开 はいと 難 義の御 也。 

しゅっけ にん おの {- がた も, C ミも さ はれ -.*ー,^ャ•っだぃ たち A や こ 

出家 人が いかにして、 各 位と 共 侶に、 然る 晴 がまし き 御名 代に、 立て 京師へ ゃ參 るべき、 と 

は 思 ひ 候 へ ども、 我 身の 昔 を 見 か へ れば、 必死の 罪 を 者め られ て、 頭髫を 首に 換 させ 給 ひし、 老 

si の ご たいおん いま あだ 》♦ いてい まかの きみ h みや ラ" い えら ま い, が ひ 

侯の 御大 恩 を、 今 さら 空に 仕らん や。 況今那 君の、 御名 代に 擇れし は、 生 甲斐 ありと いひつ ベ 

た W ひひみ づ うち いろ ごぢ や,? _ 'けた は くり .》 へ 

し。 縱 水火の 中 也と も、 豁 ひまつら ば 不義 不忠 也。 御 ;認 承り 候 ひぬ、 參る べしく。 と緣返 

こたへ まラ よしなりね しょろ こ さ てるぶ ふ あ す ちゆ だい ,0 たきた 

しつ i 答稟 せば、 義 成主歡 びて, 然 らば 事 旣に急 也。 照 文 は 明日、 大を將 て、 瀧 田へ まゐ りて 

お ほや かた つぶさ なほ おんむ ね こ ひ しんべ ゑ しなの しもつ けら じ よ もろ ミ. 

老舘 に、 この 義を 具に ii え 上て、 猶御旨 を 請 まつりね。 親 兵 衞信濃 下野 等、 ,::!: 餘の犬 士も共 侶 

たび ぢ xi^ らラ ひやう 一 ごのすけ みハ .ioj ならび ひろ. H ち f)JG たて まつ も の いうし 

に、 逆旅の 准備 をい そぐべし。 又 六 郞兵庫 助 は、 朝廷 丼に 室町 殿へ、 默 るべき 西 をお 司に 

お ほせ てう だつ こミ おち のた みな?. \» ひ ミ しく こミ、 け つれだち まかで かく 

課て 調達すべし。 と 言 遺 もな く宣 はすれば、 大家 齊ー言 承して、 うち 連立て ぞ返 出け る。 左右 

あっさ いやます A な づきい つか あした あきしのし やう さう ひろま さ あ す あさけ たうし よ ♦* か きき ゃラ 

する 程に、 暑熱 彌增、 六月 五日の 朝、 秋篠將 廣當 は、 明日の 旦 開に 當所を 返りて、 歸京 すべ 

.. つ: b よ しな, りね し .* た しんべ ゑ て. ぶみ i-i の はなむけ おくりもの ゆくて す 4 

しとい ふ、 告 ありし かば、 義成主 は 又、 親 丘 ハ衞と 照 文 を もて、 錢 別 の 人 あり。 去, :!: は洲崎 

,c なミ さが & お ほい そ おしわた ミ-っか いだ i のぱ かねて 3だ いね ん. 

の 港口より、 相 摸なる、 大 機へ 推 渡して、 束 海道 を 上り ゆくべし、 と豫 定められ しかば、 犬 江 

しんべ いね づ かしな の いね さかし もっけいね やまに うせつ いね ひらにい がくいね か はさ、/^ すけ いねた ぶんご い if かひ ゆん ひやう ゑら あ さ/., てる 

親 兵 衞犬爆 信 濃、 犬阪 下野 犬 山道 節、 犬 村大學 犬川莊 介、 犬 田 豐後犬 飼 現 八 兵衞等 は、 蟹畸照 

ぶみ ちゆ だい ほふし みな ひろま さ め ひぐ で ぶね ミもづ な ミか およそ このそう ぞく ミ;| り W もび! i わ ザ、 ミ りゃく 

文、 大 法師と、 皆廣當 に相惧 して、 出船の 纜 を 解 まくす。 約 iaK 這 愤俗十 名の 作 5 おは、 

第 九 輯卷之 五十 五 〇 五 



南總 見 八犬傳 五 〇 四 

しんべ ゑ てろ ぷ& およ は it まか づ. OS や, ひ から- rv つ jj, し 

りし かば、 親 兵 衞も照 文 も、 - 一議に 及す Si な ひて、 返りて 先兩 家老と、 七犬士 等に 告知ら せて、 

さて よしなり ねし かの ぎ よしなりね しうな づき さ よしみら みや、 ひだい て & ぶみ けん 

却 一同に 義成 主へ、 那議を 間え 上し かば、 義 成主點 頭て、 然 らば 我と 義 通の 名代に は、 照 文 兼 

たい ずり や、 フ はいれい じ やうら く た お ほや かた よし ざね 

帶 たるべき 者歟、 八 犬 士等は 受領の 拜禮 に、 上洛せ すば あるべ からす。 但し 老舘 (義實 をい ふ) 

みや •> 'だい たれ が なま ゐ.. n i か r w は しんべ a! てるぶ, e * いらへ 

の 御名 代に は 11: 人 を 欲得 參 すべき、 御意 を 伺 ひまつらん 歟。 と 問れ て 親 兵 衞照文 は、 阿と 應っ 

もろ ミも ひざ す t いねる ひ お ほや かた ラけ たま は こたび じ やうら く 

つ 共 侶に、 膝を找 めて 稟す やう、 其義は 往日、 老舘 の、 御意 を 承 りし こと 候 ひき。 這囘 上洛 

ービ みや、 フ だい ちゆ だい ふさ は よす て びミ よしやしょう しん てラ おん よし 

の 御名 代に は、 、大 こそ 相應 しからめ。 我 は 久しき 桑門 兒 なり、 非 如 升 進の 朝恩 ありと も、 義 

な.;: 'よしみら かつち ゆだい はた ミせ もまり みん ぎ や ひがし わ, f じ や 5 

成義 通と 同じ かるべ からす。 且、 大は、 二十 餘年、 行脚 は 束の 八箇國 のみ、 いまだ 皇 城の 地 を 

ふ *♦ お ほせ よしなり ねし 'な づき & t その 

踏 ざれば、 よき 折からに てあらむ すらん、 と 仰ら れ候 ひき。 とい ふに 義成 主又點 頭て、 有理其 

い タ1 めラ さ ちゆ だい よぶ てるぶ みこた へ いな かの ほふし ミラー さい 

御意 こそ 最妙 なれ。 然 らば、 大を 召べ し。 といそが し 給へば、 照 文 答て、 否、 那 法師 は、 東西 

おんわ ぼく よろこ 、フ しあ: いまがた ミほざ むら ひ つぐ 

御 和睦の、 歡 びを稟 上ん とて、 方僅參 りに き、 と 間え しかば、: 遠 侍 にも や 候 はん。 と 告れば 

よしなりね しほ t ゑ ふ そ さい は ひ ミ くめし いひつ け ぁミべ きんじゅ ミ もがら 

義 成お 微笑て、 开は 幸 のこと 也 かし ミ疾 召よ せよ。 と吩咐 給へば、 後方に 侍りし 近習の 每、 

いらへ はて つぎ おさし まか し?^らく ちゆ だい ほふし きみの ほミり モの 

應も す 身 を 起して、 次の間 投て 返りけ る。 姑且 して、 大法 師は、 引れ て 君 邊 に來 にけ り。 當 

ミきミ きすけ きょす みて るぶ み いざ やが むしろ ゅづ ちゆ だい ほふし *7 や i よしなり 

下 辰 相 淸澄照 文 も、 大士 等も卒 とば かりに、 纏て 席を讓 りし かば、 、 大法 師は 恭 しく、 義成 

ねし はいけん わ ぼく よろこ しんべ a! てるぶ みミり * は し ふ しりた ** fcr い しか 

主に 拜 見して、 和睦の 歡 びを稟 すに ぞ、 親 兵 衞照文 執 合して、 師父 はい まだ 知 給 はじ。 目今 恁 



第九輯 卷之 五十 

警 八十 囘上 附目錄 1^ ぷ あ i す 

孝 感カ藝 詠歌 奇異.^ 贊す 

さて ミく .C ふぎが やつ やまのう ち りゃうく ん れい さだま さめ ir,- さ だ わぼく ミ ** の くわいめ い ぎ xfj-.r レ くま 

印說、 扇 谷 山 內の兩 管 領、 (定正 顯定) 里 見と 和^ 整 ひて、 會盟 の義を 果せし かば、 諕使熊 

が やじ ら,、 f 'ざ ゑ もんの じょ. ひな ほち か きき や、 > さだま さ- C きさ:: ししゃ むろ *4 ち の 

谷 二 郞左衞 門 尉 直 親 は、 旣に歸 京の 間え あり。 是 により 定 正顯定 は、 使^|<?を室町殿へまゐらせ 

! TJ いく わおん めん はいしゃ たてまつ さだま さ し しゃ しろい しじ やうの すけし け;' つ .c きさ だ し しゃ さい ミラ さ ひや、 フ 

て、 罪過 恩 免 を、 拜 謝し 奉 らんと て、 定 正の 使者、 白 石 城 介 重 勝、 顯定の 使者、 齋滕左 兵 

ゑの すけた かざね りゃうけ W もび ミす くな すな はちな ほち か も ひ.^ め すかし ま にち なほち か 

衞 高實、 兩 家の 伴當尠 からす、 隨卽直 親に 相倶 して、 明日 啓 行 を 致す とい ふ。 この 日直 親よ 

はや ふね つか ひ ちょくし だい あきしの ひろ *6 さ くだん よし つ: t> ひろ t5 あへ て まづ つか ひ 

り、 快 船の 使 を もて、 勑使代 秋 篠廣當 に、 件の 義を告 しか ど、 廣常 は、 敢 いそがす、 先 :!::!; 使 を 

かへ し 遣りて、 却 犬 江 親兵衞 と、 蟹 畸照文 を 招きよ せて、 告 るに 件の 義を もてして、 聲を 低て 

くまが やきき や、 フ つ 4- こたび われら かれ みちづれび ミ な いかに れ 

又い ふやう、 熊谷歸 京の 告 あれ ども、 這 囘は咱 等、 他と 一路 兒に 做る ベから す 。何となら ば、 他 

は兩 管 領の 使者 を俱 したり。 我 は 是勑使 代に て、 且 各 { を 伴 ふべ ければ、 他が 下風, に 立が た 

よかい つか へ . へさち おも ひか まづ よしみ は さの *4 ラ 

かり。 こ.. を もて 四 五日 を歷 て、 歸路に 赴 まく 思 ふ 也。 先 この 義を 安房 殿へ、 稟し 給へ と あ 

第 九 轔卷之 ^ 五 〇111 



南 總里見 パ 犬傳 五 〇 二 

^^るひミ はや けっきょく だいもく つけの せ ぁ みつ いづ 

ど、 看官に 夙く 結局までの 趣 を、 知せ まほし くて、 其 題目 を 總目錄 中に 附載 しに、 今 編 次 

かねて まし めら ため 

るに 及びて、 豫思 ひしょり いと 長くなる ものから、 其 題目 を 增改ん はさす がに て、 一 囘を 

せつ ふた まき くわん たん 

上下に 分ち、 或は 三 折して 上中下 をニ卷 にしつ る者是 也。 是 故に 四十 六の 卷 端に 附錄目 を 

出したり o( 本書 は目錄 中に 納む) 宜く 是と倂 見るべし。 

かんか、 フ ふみや ぶん: t- いだう ぜぃ ゆん こん はんけつき よく へん vr リ しも 

本傳 刊行の 書肆、 文溪堂 贅言す。 今 板 結局 編、 第 H 七十 七囘 以下の 題目 は、 前板に 出され 

あらた む t き くわいぐ わい じょうひつ 

しょり、 文 多くなる を もて、 附錄目 數囘を 新に 題して、 全部 一 百 零 六卷囘 外 剩 筆まで、 

だん ゑん なる さく, $-ぅ しか この 

1 百 九十 一 囘 にて、 結 3! 大圍圓 に 成べき よし は、 作 翁の 自注に 見えた る 如し。 爾 るに 這 大 

よも ひんつ そうさく ゐ f そな. it 

部の 書に 總 Q 錄 なくば、 四方 の^子、 披閱の 時 に、 搜 索に 便りな かるべく、 a 遣 忘に 備る 

たら こたび おきな かん ふ いは ゆる 

に 足ざる ベければ、 今番又 翁に 乞 ふて、 曾 卷一卷 を刊附 す。 首卷は 所云總 序、 全部 總目 錄、 

このまき みろ ひミ それ 

八犬士 略傳、 姓氏 目 錄等是 也、 這卷 あるとき は、 刖看官 時に 臨みて、 某の 事 は、 某の 卷某 

すみやか ちかき まいて 

の囘 にあり、 とい ふよし を、 知る に 速に して、 利便 是 より 捷 はなし。 況全傳 中に、 善 惡賢不 

もら こ なくき おく さ せいめい よる そうさく ぃミ 

背の 人物、 せ、 姓名 を 漏 さで、 悉皆 記憶す ベから す。 爾るを 姓氏 目 錄に据 時 は、 捜索の 暇 を 

たな そこ さす こ t なか ひら し こ お,、 て、 フ 

費 さすして、 當に掌 を 指が 如くなる べし。 言に 半 冥の 餘紙 ある を もて、 賜 顧 億兆の 君子に 

この ゆ ゑよ し っ沙 たて まつ 

這 故. S を告 奉 るに なん。 



si も かへ. o ご ミ せき や、 f にし な め その ミき よしなりよ しふち fO 、> てな く *) も な ふ 

俱に反 命 を 致す 程に、 夕陽 西に 斜也。 登 時 義成義 通 は、 八 犬 士を將 て、 臺を 下りて、 俱に 波? ぼ 

、ひち ぎ は たつ ほ 9j さ だ さあき さ だ らいく わい だいせ、 ひ みや ラ ゐ ミも はまべ たちいで ミ、 r-y いし は し の ふ おの/.. * 

盡處に 立 程に、 定 正顯定 も、 來會の 大小 名を將 て、 俱に濱 邊に立 出で、 束 西 一 霎 眺望て、 各 

ゑし やく たいさん くわいめ いはて 5 る ほさ む さし さが,^ あ は かづき すな さりび W ら 

揖讓 して 返 散す。 是 にて 會盟果 にけ り。 爾 程に、 武藏相 摸 安房 上總 なる、 漁戶等 は、 この 次の 

か ラかぃ さか ひ ろん これ かれ まじ あ ふ おろ も ,ゥ みさち さは な.". 

日より、 江 海の 境 を 論ぜす、 自他う ち 交りて、 網 を 下す に、 俱に海 幸 多な りければ、 いよ i 生 

は ひ たづき むさし しも ふさ さか ひ りゃう ごくが はまた すみ だが は ,r-ir, はし かけわた り や *r せん S き t たより 

活の便 著 を 得たり。 又武藏 下總の 境なる、 兩國河 及 墨 田 河に、 ^橋 を 架 渡して、 良賤 往還の 便 

り o-.z 一く あ ひした し こ ゑつ かんたん な あ、 人 ふ ぼくし ふ .{-,1 せい 

とす。 こ-. ももて 兩國 の士 民、 相 親み て、 胡 越 も 肝胆に 做り にけ り。 按す るに 夫 木^に、 康正 

こ ろ すみ だ が は うきはし かけ よめ そのうた 

の 年間、 墨 田 河に 浮 橋架し を 詠る 歌 あり。 其 歌 

すみ だ 河む かし は 間 かす 今 こそ は 身 をう き 橋の ある^な り けれ 

かう せい ぶんめい ミほ み. ひ? さくしゃ よ、 7 い し 

康 正より 文明まで 遠から す、 看 官作荐 の 用意 を 知るべし。 

ほんで, C ミょミ し !?ぅ さん 

本傳豐 俊の 像贊 に、 

墨 田 河す み わびて 渡り やすから ぬ 世 をう き 橋 は 昔な りけ り 

よめ ひっき や、 r- あ ふぎが やつ ャま のうち h- や 3 くわん れい き! = み -rs わ ぼく くわいめ い 

と 詠り し は、 右の 歌 を 取れる 也。 ffif 竞扇谷 山 内の 兩 管 領、 里 見 氏と 和睦 <1"盟 し て、 後の 

ものがたり いかに そ またし ものめ ぐり !i きわく f 

話 甚 麽ぞ や。 开は又 下 囘に解 分る を聽 ねかし。 

作者 云、 前に もい へる 如く、 本輯百 七十 七囘 以下 は、 前板 發 兌の 時、 尙腹 稿の みなりし か 

第 九 輯卷之 四十 九 I I 五 51 1 



南 總里見 八犬傳 五 〇〇 

われ つか さら き、 フり や、 ン ほい び ろく はま ほり このぎ いかに いさ たかつ ひ 

て、 我に 仕へ よ。 然ば 舊領に 十倍して、 多く 美祿を 食せ まく 欲す、 這義 誰何と 挑みけ り。 孝嗣 

こミ しづか こた ふ つ r ちゃ-,.' うけた は わくら もミ すゑ よら 

是を うち 閒て、 詞徐 に 答る やう、 御諌 承 り 候 ひぬ。 臣等も 又是人 也、 其 根 を 忘れて 杪に憑 

んゃ。 しかれ ども HH が 君を棄 たるに あらす、 君が 臣を 殺せる 也。 夫 覆 水 は 盆に 復ら す、 咄言は 

よつ の、 ひ をり くしき つね みや ラ じょ ゆん ざん てい ゐ のゥ かた 

駟 も 及ぶ ベから 1^。 かの 折靈 狐の 冥 助な くば、 今い かにして、 君に 見參 せん。 廷尉 (憲儀 を 

しャ にく か は ひすけ た ら、? みまか よ X 

いふ) 我爲に 謝せよ。 君が 惡 ませ 給 ひたる、 河 鯉 太 郞は旣 に 死り ぬ。 今 は義に 便り 恩に 緣る、 

さミみ ち、 r- しん まさき だ いぞん る のり そ- « のか ふ ぎ やっこ ぃミ う つれ 

里 見の 忠臣 政 木. K 全が、 榮 利の 爲に哄 誘され て、 不義の 奴になる ベく も 候 はす、 暇稟 すと 面 も 

なく はら も W びミ たて はや ふね のり す さき のり か. U きょうさめ ザ ひなく 

强、 袖を拂 ひつ 伴當 を、 いそがし 立て 又 快 船に、 乘 てぞ洲 崎へ 還りけ る。 憲儀 は興醒 て、 只 得 

たかつ ぐ かへ りご ミ さ;.! まさき- * まなこ みは つぐ はないき 

孝嗣の 答へ を もて、 返 命 をして ければ、 定正听 て、 眼 を 蹄り、 口 を 鉗みつ 鼻息の み、 又い ふよ 

され ミラ ざい し しゃ はや ふね ふな ぢ ゆき S す さき うてな 

しもな かりけ り。 然ば この 日 束 西の、 使 荐の快 船、 水路 六 里 を 往還し ぬる 程、 洲 崎の 臺 にて は、 

たうし よす さきみ や 3 じん はふり ら ぶ がく そう いね づ かしな の いねやま だう せつ ミも あ ふぎ たも ま 

常 所 洲崎明 神の 神人 等、 舞樂を 奏す。 犬 塚 信 濃 犬 山道 節、 倶に 扇子 を 開きて、 立て 舞 ふに、 よ 

きょくせ づ かな みなおさろ いづ かん 

く 曲節に 稱ひ しかば、 人 成 驚き 見て、 何れの 日に 舉び 得た る やとて、 感ぜざる^ なかり ける。 

され み ラら はま かりや かま くら の, f がく にんら しう: &ん のうが、 え、 rs しょ 5 その ふん 

然ば又 三 浦の 濱 なる 假 家に は、 鎌 倉より 招きよ せた る、 能樂人 等、 祝言の 能藥 を謠頌 す。 其 吹 

つ r み お W かたみ 、ひら かぜ かさ は い! C かすか すけ ミも はるた つ ちか ひぶみ さ t ゆ み 5 ら 

鼓の 音迭に 浦風に 勾引れ て、 最も 幽に 間え けり。 旣 にして 助 友 束 震 は、 誓 書 を 捧て三 浦に かへ 

たね ミも たかつ ぐ れんしょ ちか ひぶ ふ さ さあき さ だ .L やしよ ラけミ す さき J' てな 

り來 つ、 又 胤 智孝嗣 は、 連署の 誓 書と、 定正顯 定の謝 書を受 拿り て、 洲 崎の 臺 にかへ り來 て、 




第 九 輯卷之 四十 九 51 凡 九 



' : ノ.. ク V.,. 、-- 



南 總里見 八犬傳 L 



か t おめ おく あ ふぎが やつ うちび ミ このしゅん けつ ふた. せん タ は; n , よ 

恁る 時に も阿容 す、 後れす。 扇 谷の 內 人に、 ロハ 這 俊傑 二 名 ありて、 先度の 恥 を 雪め たりと て、 

ほめ され この ミき いね さかた ねミも 象 さき たかつ ぐ うら かりや いた さ だ *4 さあき さに くわいめ い 

人 皆 是を譽 にけ り。 然ば這 時犬阪 E 智、 政 木孝嗣 が、 三 谏の假 家へ 造りて、 定 正顯定 に、 會盟 

ちか ひぶ A- てい 九つ にへ もの ふた が まへ しる おも; .JS 9 け; 》* 

の 誓 書 を呈閲 しぬ る も、 贅 物の 二 樽 三 荷 を 進 M せし も、 前に 寫し. - 趣 と、 然 ばかり 差別な け 

れば 備にせ す、 其誓甞 は、 犬 村 大學が 線る 所 也。 是も又 五茵條 にて、 自他 示し 合さね ども、 道 

り ? 7 さな *i らふせ つ よく あ ひに B さだま さ これ しろい し 

理を知る^^^;の藻する文は、 宛 符節 を 合せた る 如く、 好 相似た る を、 人ー奇 とす。 定正是 を,::: 石 

しゅかつ よ ♦* あきさだなら び らいく わい しょこ、 フ ミも き * はて ♦* た- r/ た ♦* さもき さ:. I しも なが, V かひ はる みや .7 

重 勝に 讀 せて、 顯定 幷に來 曾の 諸侯と 供に 听 けり。 听 娘て、 又定 正顯定 より 下、 長尾景 春の 名 

だい なほ 九 かねみ つ れんしょ せいめい しも おの >\ かきはん しる おの も {•© び 5 し ち そめ 

代、 直 江 兼充に 至る まで、 連署 姓名の 下に、 各 花押 を寫 して、 又 各各 指 を 刺、 血を染 ける を、 

さ だ ♦* さ v り たね ミも わ た 、つけいた だ ミく しゃ ふ ミころ ま a. り いづ i-J き さ だ さすな はちた ち ひま 

定正 拿て、 胤智に 遞與す を、 受 戴きて 得と 見て、 謝して 懷 にして 罷 出る 時、 定正 m 大刀 一 

こし ひきで もの まさき たかつ e かりや くんめい のべ にへ もの もくろく 

ロを牽 出物と す。 次に 政 木孝嗣 入り 替り、 假 家に 登り 來て、 又 君命 を演 て、 費 物の 目 錄を虽 す 

さだま さは ぢ こた ふ あ, さ V. Lr たち ひ ミこし ミ この 2 きいね さかし も 

れば、 定正羞 て 答る 所 を 知らす。 顯定 代りて、 謝して 亦、 大刀 一 口 を 拿ら せけ り。 這 時 犬阪下 

野は旣 に、 作の 士卒 を將 て、 船に 乘 りかへ り 去りぬ。 孝嗣 も推續 きて、 船に 乘 らまく する 程に、 

さだま さ お ほいし のり かた きふ おは さき われめ やまち つみ いまし し 

定正は 大石憲 儀 を もて、 急に 是を赶 しめて、 且 いはす る やう、 前に は 我 愆 て、 罪な き 汝を死 

ち おけ た& .X^T いね !=も よし ミ もやす いな ひら つ * びら か つゆ 

地に 置り。 其 冤枉の 分明なる よし は、 往る 日朝 良 朝 寧が 稻 村よりか へり 来て、 詳 に告 しかば、 

た r こうく わ i- . い *♦ しもし せ おんぎ ら 5 か 5 5 つ たち 

只 後悔の 外 あらす。 汝倘 三世の 恩義 を 忘る よこと なく、 忠孝の 心、 今 も 移らす は、 立 かへ り來 

第 九 輯卷之 四十 九 四 九 七 



南總 見 八犬傳 . 四 九 六 _ 

すけ ミ もすな はち はかま く. -り, s- ミ きすて ちか ひぶみ さう St きざ はし , いね ひら だぶ がべ たち ひか, へ ひい 

む。 助 友 則 袴の 括 緖を解 捨て、 誓 書 を雙の 手に、 捧 ゆて 階 を 登れば、 犬村大 擧立迎 て、 引て 

よしなり ね し ** みん すけ. ヒも * づ. H しな & ねし よしなりき ふ a*; かへ / 』■ らいい * きか . ^の ミき す,. け 

義成 主に 見し む。 助 友 先義成 ifi を拜 すれば、 義成 急に 禮を 返して、 其 來意を 閗 まくす。 當下助 

sb ミう ざ いり まく くわいめ い ぎ のべ もたら ちか ひぶみ ていえ つ すな はち もちす けに ふだ-. 'だ、 フ くわん かす ャ 

友 は、 柬西 和^、 會盟の 一 義を演 て、 裔 したる 誓 書 を呈閱 す。 則 是持資 入道 道灌 が、 糟 星の 

たち • さだま さ. C きさ; U つ よしなり いね ひら;;: いがく よも ちか ひ すな はち f 

舘に 在りて、 定正顯 定の爲 に 綴る 所 也、 義成是 を 犬村大 擧に讀 する に、 誓 は 則 五 简條に て、 

ぜんせい ほクーこ のう す- てんし しゃう ぐん みつぎもの おこた - i;l ご" ほじ は . あ.; f び > さ.^. 力 

善政 を 施して、 農 を 薦め、 天子 將 軍に、 調 貢 を搬る 事な く、 よく 隣國に 交りて、 暴 ももて、 境 

を 犯す 事な く、 赏罰を 正く して、 贤を 求め、 化 を 遠ざけ、 嫡子 を廢て ffii 子 を 立る ことな かれ、 

,5- ぶめ つま ぶ きょ、 fa ん りんごく あ ひたす け おぎな 

^ を もて 妻に 做す ことな かれ。 凶年に は 隣 國相資 て、 其 足らざる を 補 ひ、 不忠 不義の 行ひ是 

i^io-v^y のせ よしなりすな はちせ いめい しも かき は A しる ゆび さし ち 

あるべ からすと いふ、 お 要領 を 載 たれば、 義成 M 姓名の 下に、 花押 を寫 して、 指 を 刺て 血 を 

tt ォすミ ら わたし そ し せつ ねぎら た ち ひ ミこし さづ けり すけ ミ もし ャ しり を はた はる 

濺ぎ、 是を助 友に 遞與 て、 且其 使節 を勞 ひて、 大刀 一 口 を 授け 亮。 助 友 謝して 返ぞ けば, 小幅 束 

t ゥ いこ 二へ もの しんてい さ ミ み わか ざ むら ひら ., 'けミ しろき ひ ミたほ くろき ひミ ^ し M. がん 

震の^ 旣に 造りて、 is: 物 を 進呈す。 里 見の 靑 侍 等、 是を受 拿る に、 白酒 一 撙、 黑酒 一 櫞観屬 

^ ひ, j5 こ を) -> つ まし、 !',^ ふた A.9 ひつ はろ たっすな はも もくろく ミ き ザ J はし いねん レ化 I ゑ 

ギ鼴 iTi 肥、 1^41 『&ま 是祖。 東 震 則 其 目錄を 執りて、 階 を 登る 時、 犬 江 親兵衞 

こち f-i' ヽ v^. よしなり. CS し つぐ はるた つ もくろく ていえ つ ミぅ ざいく わい めい はて り や、 くわん れい 

立迎 て、 s;^ て赣成 主に: H 〈義 を告れ ば、 束 震 は目錄 を呈閱 して、 東西 會盟の 事 たる、 兩 管領 

よろこ で V- 、つ よし M り し 0- は. たつ た ち ひ ミこし ミら そ も {• お ほた すけ ミも こ. -ろ p*4 ひミ が; J 

の 歡びを 傅〕 達す。 義成是 を 謝して、 又 東 震に 大刀 一 口 を 寧せ けり。 抑 巨 田 助 友の 心 術 人柄 は、 

人の 知る 听 也。 這 小 幡束震 は、 年尙小 けれども、 父 束 良の 風 ありて、 忠義 舰 恥に 薄から ねば、 



ぢゃ、 r- しくまが やな ,ミ ちか r さき ,, 'てな ちょくし だいめ/.」 しの ひろ 13 ミも このく わ、 - めい け, 

に は、 使熊ハ 4: 直 親 あり、 洲 崎の 臺に は、 勅使 代 秋德縻 《tm あり、 俱に這 盟を檢 する 也け り 。こ 

5^ た そら はれ こ t J- しこ ミほ めがね .= .-' じん すん f< れ T- 九ん 

の 日 は 朝より 天よ く晴 たれば、 這 里よりも 那 里よりも、 千里 鏡 を S ひすして、 1§ 人寸 H:! 咬焉た 

かくて み ころ ほひ み 、?. CN はま みひづ のろし あ ひ r ? tr 一 ろし こたへ 

り。 恁而 巳の 左側に 三 浦の 濱 にて、 號の鋒 火を颺 しかば、 洲畸 にても 亦 蜂 火 を もて 答と す 

その ミ きみ うら かた お ほた しん ら. < 'すけ-、 "も t かたぎ なが はかま こがね づ くり たち おび おじ ちか ひぶ A 

登 時 三 浦の 方より、 1E 田 薪 六郞助 友、 麻の 肩 衣 長 袴に て、 黃金 装の 大刀 を 跨た る、 • ゆに は is?:: 

を藏 めた る、 細 小 植を掛 て、 船の 中央に うち 乘れ ば、 從ふ 士卒 五六 名、 舵 ェは八 名 將も八 船、 

, ^び や.,' し そろ - こ いだ はや ふね ** た な はたむ く た らラ は. Oil つ このく.;: いめい に、 づ かひ *c れいふく すけ 

船 拍子 揃 〈て满 出せば、 次に 快 船 又 一艘、 小幡 木工 太 郞束靂 は、 這, $:: 盟の^ 使に て、: 服 は 助 

ミも たる が あ ひの せ にん ちゃ、/' ろ こが か t り 

友に 異ならす、 二 樽 三 荷 を 相 載て、 從ふ 士卒 八 九 名、 こも 八 梃 船 もて 消せたり。 右 想 し^に、 

r さき こぎい に はや ふ U ひミ ふね こ ミびミ ちか ひぶみ おも づ かひ いね さかし もっけた ねミも 

洲畸の 浦より、 漕 出す 二 艘の快 船 あり、 其 一 船 は 別人なら す、 暂褂の 正使、 犬阪 下野 肶 也。 

にへ づ かひ *♦ さきだい ぜんた かつ おの. (- れいふくず さ じへ もの かみ し 4 め じ; .-リ 

次なる 船 は、 費 使 政 木 大全 孝嗣 乗れり。 各 禮服從 ^贊 物、 上に寫 すと 相似 たれば、 今 亦名狀 

され ミ、 つ ざい さラ はや ふね なみのう へ り はし ゆきめ ものから ミき ひ て. フ 

すべから す。 然ば 東西 四 艘の快 船 は、 波 上 三 里の 程に て、 端な くも 遭 際 ふ 兀自、 疾 こと 飛. a に 

すけ ミも はろ たつ たね さもた かつぐ かた ふ もくれい *6 た t くひ ま ゆ >す ぎ およそ ふね すみ 

異ならねば、 助 友柬震 も、 胤 智孝嗣 も、 迭 に目禮 しぬ るの み、 一 瞬 閒 に 行 過け り。 約 船の 迅 

やか からく に くねい せん こ t ろよ みく に. 飞ど いは ゆる く, ちら ぶね い 44 のよ ひ W いふ 

速なる を、 唐 山に て は 快 船と いふ、 快 く 走れば なるべし。 國 俗の 所云齡 船、 乂今 俗 の 云、 

おしお く ぶ, a た ひひ いまこの さ 5 すみやか あだし こミ はさて おきつ さ. ほさ お ほた すけ v-fc モの 

推 送" 船の 頻 にて、 今 這 四箇の 船の 迅速なる を 思 ふべ し。 間 話 休 超。 爾 程に 互 田 助 友 は、 其 

ふ、 a は ャ す さき いた ミ もび ミ ゐ 、?.f ベ のぼ けい-ご あしが ろ ふたり ふた, リ しるべ ; てな のもミ い;.! 

船 畏く洲 崎に 届り て、 作 當を將 て 浦邊に 登れば、 警 固の 走 卒兩三 名、 案 S して 察 T に 造らし 

第 九 輯卷之 四十 九 S 九 五 



. 南 總里見 八犬傳 i 四 九 四 . 

ふミ もやす お? 1 いしい はみ のかみ のりし; b :6 んざ ゑ も A: のじよ ラの りかた さい ミぅさ ひや, r's のす けた かざね ひゃ、^^ゑた ら、 r 'もり ざね 

輔朝 寧、 幷に. K 石 石 見守 憲重、 其 子 源左衞 門尉憲 儀、 齋藤左 兵衞佐 高實、 其 子 兵 衞太郞 盛實、 

なが た らラためか^^> しろい しじ やうの すけし ゆかつ お ほ fc しん ら ,7 すけ ミも a た ひ く た らう はろ たつ はら はり ♦* のす けたね ひさら 

長 尾太郞 爲景、 白 石 城 介 重 勝、 IB 田 薪 六郞助 友、 小幡 木工 太郞東 震、 原 播磨介 胤 久等是 也。 

こ よ あしか さ ひや、 ゑの かみな, リラ ぢ みやう 11 い しも かう Y しゃ 、ひじ ゆきかね なが をの はう. わん かゆ はる ふや ラビい なほ 九 しゃ ラ じかね みつ らいく わい 

這 餘足利 左 兵 衞督成 氏の 名代、 下 河 邊莊司 行 包、 長 尾 判官 景 春の 名代、 直 江 莊司兼 光來會 す。 

なり うぢ せんぞ こり かゆ はる さくり ふ こ t ろざし おの H* いた づき かこつけ らうに 5 みや ラ だい 

成 氏 は 先度に 懲 たり、 又景 春は獨 立の 志 あれば、 各 病 著に 假托 て、 老黨を もて 名代と す。 

たんぴら ぉほミ じ ぢょ りラ くわいめ い ぁづか かっこし ぢ ミほ い,、.? のミっ もりより みつ じ 

この 他 煎の 大刀 自は、 女流 なれば 會盟 に與ら す、 且越路 は 遠ければ、 稻戶津 衞由充 も、 辭 して 

らいく わい しょけ じ. r- しん か ぞへ, CV 、る ぃミ *4 かりや めん むらさき 

來會 せざる 也。 この 日 諸家の 從臣 士卒に 至りて は、 枚 舉 に遑 あらす。 假-屋 の 三面に は、 紫 

** ん ま く むらす ビめ も ん そめな かけめぐ しゃう. f ひ かも むしろ 

の 幔幕に、 白く 竹に 群雀の、 花號染 做した る を、 掛匝 らして、 猩 餅の 耗を もて 席と す。 其 左 

か ザ やり、 * そ す ぢ かけ わ. U こ はた 、つ i じろ し せき ぼ、 フ ミれ *c しがろ じん みぎ は けい ゑい 

右に は、 數鎗 五十 條を架 渡して、 小 幡馬纏 あり。 捍棒を 執る 走卒ニ 百 名、 汀济に 在りて 警衞 す。 

こがしら おの { - もさが みし. 4> たか つま £i さ W れ よたりい つたり ま へ はま ようい は ャ ふね ?? 

其 小頭 人、 各 麻社杆 を、 卬く みて、 十手 を 執る 者 四 五名 在り。 前 濱には 淮備の 快 船ニ艘 

を 維ぎ て、 其 船 毎に 究竟なる、 舵ェ八 九名ぞ 侍りけ る。 然ば又 安房の 洲畸の 浦に は、 去 歳の 初 

,か らせ たる、 望 海の 臺 あれば、 別に 假星を 儲る に 及す、 只中黑 の、 花號 ある 幕 を、 漲 一旦した 

ミ つもの かざ かくて このみした さミふ させ、 しゃうよ しなり う ゑ もん すけよ しみち ミも て, い くわん 

るの みに て、 外物 を 飾る 事な し。 恁而這 朝 里 見 左 少將義 成、 右衞門 義通、 俱に朝 衣 朝 冠に て, 

くにん 、*. 'てな ち く ざ りゃう^ら, フ けんし しょ ものが しら いうし きんじゅ れいふく 

件の 臺に著 座 在り。 兩 家老 八 犬 士諸兵 頭、 有司 近習に 至る まで、 皆禮 服の 袖 を 連ねて、 相從ふ 

すくな はぶき つぶさ はや ,^? ね f,l これ かれ こミ • "ら や, 

者尠 からす、 其、 姓名 は 省て 具にせ す。 快 船の 淮備 など も 自他 異なるべく も あらす。 三 浦の 假屋 



ぢ やうし くまが やな ほち か たきた しゃう だい けん ほいき や ぜん もてなしお ほかた るりつ か 

諫使熊 谷 直 親 を、 瀧 E の 城へ 請 待して、 勸 盃饗饌 の、 欵待大方ならざれば、八犬士等^^仕へて、 

むしろ ぁづか ひろま さな ほち か このち しょ 1.7 >>^-ざぃ くわいめ い ,A はて 

其 席に ぞ預 りけ る。 是 よりの 後、 廣當直 鋭 は、 這 地に 所要な けれども、 束 西の 余" 盟を見 siH^ し 

き らく なほち か ふな ぢ か ♦* くらま 仁い さら ご ,V さ >\ さく そく ひ.? 

て、 歸洛 せん はさす がに て、 直 親 は 水路より、 縑食及 五十子に 赴きて、 其義を 專 催促す C 

i なほい な ひら じャ ない ミ、 ざい し しゃ ゎラ らい くわいめ い からく にせ 八 ごく しょ 

當 は猶稻 村の 城内に 在り、 這 故に 東西の 使者 往來 して、 會盟の 日 を 定めら る。 ,^3戰國の時、 諸 

こうその くに ざ かひ いで ミも ち す t ちか ひ な むさし さが & み は かづ さ 

侯 其 國 境に 出て、 俱に 血を馱 りて、 誓 を 做せり。 しかれ ども、 武 藏相換 と、 安房 上總 は、 海 を 

へ て くわい より さがる 、?, ゥ みは すさき かいじ や. ひ ゎづか t ぎ 

隔たれば、 會 すべき 所な し。 因て 思 ふに、 相 摸の 三沛 と、 安房の 洲 it は、 海 上 僅に 六 里に 過 

そ ら はれ も ひの も ミまャ は こ まつ れ うせん よくみ 

す。 こ. -を もて 天よ く晴 たる 日に 相 臨めば、 浦の 苫家 も、 港の 雛 松 も、 瞭然と して 好 見えざる 

され くわいめ い さだま さ あきさだ 、つら はま いづ よしな. リ f ,? ,_ 'ら いで はるか あ ひの .fi 

者な し。 然ば 會盟の 日に、 定正讓 定は三 浦の 濱に 出べ し。 又義 成は洲 崎の 浦に 出て、 ., ^に 相 臨 

J= う y い し しゃ はャ ふね かつ ゎラ らい せいしょ けんし. すな はちく わい めい 》-ぎ 

む 時、 東西の 使者 快 船に うち 乗りて、 且往來 して、 誓 喾獻酬 の 義を行 ふとき は、 則 會盟 粉れ 

くまが やな ほち かかね て あきしの ひろ さ だんか ふ あ ひさ だむ ミ. つ ざい そのよう い 

あるべ からすと いふ、 熊 谷 直親豫 より、 秋篠廣 常と 商量して、 相 定る所 也。 是 より 東西 其准備 

みなづき ついたち ほい、 7 あらた はれ はくしょ 九ん ねつ *< す をり くわ、 < 'だ -> じャ. r- きつ かつ 

あり。 時に 六月 朔 は、 黴雨 新に 霧て、 薄 暑 炎熱 を增 折なる に、 この 日 は 黄 道 上吉 にて、 且 

かいへんな ふりやう かね 5 らさだ さる ほ 9.- あ ふぎが やつ さ だ** さャ *< のうち. & きさ;! A 

海邊納 凉の爲 にも 宜しければ とて、 豫 てト定 せられけ り。 爾 程に、 扇 谷 定正山 內顯定 は、 三 

、? b はまべ ざ す けん かり ャ かけ その ひたつ のさき てう ふく しゅつ ざ この ひらいく わい ,しょこ, r- 

浦の 濱邊に 一座 數 間の、 假屋を 架 させて、 當日辰 牌より、 朝 服に て 出 座せ り。 這 日 來會の 諸侯 

ち はの すけより たね 、つらむ つの かみよし あつ あら じ らラ よしたけ 3 へす ぎ らうの り ふさ あ ふぎが やつ らぅ^^ るミ もよ し しきぶの せ- フ 

は、 千 葉介自 三 浦陸奧 {寸義 同、 其 子 暴ニ郞 義武、 上 杉 五郞憲 房、 扇 谷 五 郞丸朝 良、 式部 少 

■ 第 九^ J iT 九 — I 四 九 三 



I 南 餽里見 r< 犬傳 四 九 二 _ 

ふたて まんよ じん いん さう こ あら か はた ら ラ ら, ヮら *1 も よ さラ のり はし おなじみな ミ 

が 一 一隊の 士卒 一 萬餘 名、 印東 小 六 荒 川太郞 一 郎等と 俱に、 一 百 餘艘の 船に 乘 走らせて、 同 港口 

きちゃく いなむら *t.o りつ さ いへ うへ いへ かさね にぎ は ひ 

に歸 著せり。 皆稻 村の 城に 參集 ひし かば、 屋の 上に 屋を 重る までに 人 多くして、 熱閙 いふべ う 

され い a 九 しんべ ゑ いで お ほほ め、 フ しん &なミ むか おは ゆきよ f で, フり きじし P く たづ さへ 

も あらす。 然ば犬 江 親 兵衞は 出て、 組 母 妙 崖 を 港口に 迎へ、 姥雪 代四郞 は、 十 條カニ 尺八 を 携 

いで ぉミね ひくて ひさよ はや この わらべ はらから ほり およそ この そ そん ぼ しいさ つ * が 

て、 出て 音 音 曳手單 節に、 夙く 這 童 弟 兄 を 見せ まく 欲す。 約 莫這祖 孫 母子の 功 を ありて、 恙な 

さいく わい おい かせ づ S つき かたみ なが. *> のがたり みじか さいし ヤ 

き再會 に、 老を 忘れし 鹿 杖の、 つくと も 盡ぬ迭 の 長 談 は、 短き 筆に、 細寫 すべく も あらす、 

みろ ひミ さつ かくて その いね さかいね: 3 らいね や i ら はじめ ひ さし さ!?" み ざい じ や 5 

看官 是を查 すべし。 恁而ぉ 次の 日に、 犬 阪大 村 犬 山 等 を 首に て、 武藏相 摸に、 久しく 在 城せ し 

しょ ミ うにん よしなり ねし &ん ざん ちう せん i, んこ -5 しや. 7 め 5 しんお W ね ひくて ひミょ この 

諸 頭. < は、 皆義成 主に 見參 して、 忠戰 軍功 を 賞 せらる。 妙 眞音音 曳手單 節 は、 別に 又 這 事 あり、 

よしなり おくがた あづまの まへ はいけん ものお ほ た *♦ は このよ みなおん めい ,r- け 

義 成の 夫人、 吾孀 前に も拜 見して、 束 西 多く 賜りけ る。 這餘の 士卒 も咸 恩命 を稟 ざる 者な く、 

すべ f か お ほせ おの あん? な にち いね づか しなの しも ふさ 

都て 休暇の 命 ありて、 各 安堵の 思 ひ を 做す めり。 是 より 又 五 七日 を經 て、 犬 録信濃 は、 下總 

かっし か あら か は ほミり なりう * ちね し はて よにんる いなむら 

葛 飾なる、 暴 河の 邊に、 成 氏 主 を 送り 架て、 士卒 二百 餘名 を將 て、 稻 村の 城へ かへ り 来に けり。 

かく ミラ ざい みだれ な-ごり ft ほ-. 'そうへい あん り ャラ せんし みん ち しゅ ざい 

恁てぞ 東西の 棧亂、 餘波 なく 治りて、 房總 平安な りければ、 良賤士 民相賀 して、 置 酒して 千歳 

ミ なへ さろ ほさ t き. U .M し ざ ねら、 フこ、 フ よしなりよ しみち しょ、,.' しん 

を唱 ざる はなし。 然程に、 瀧 田なる 義實老 侯 は、 義成義 通 其 身まで、 思 ひがけな き 升 進の 事、 

やたり !^•りゃ^,' たへ われお いさら ぼひ こよ て、,' おんぶ おん ,1 けたて *♦ つ 

且八 個の 犬士 まで 受領の 歡 びに 堪す、 我老 饒 たれ ども、 是 なき 朝恩 武恩 を、 稟 奉 りながら、 

そのり やう おんつ かひ たいめ .0 このい きの,!' むさぼ ひ W ひ ちょくし だい あきしの ひろ. * さ 

:s=r 兩 御 使に 劉 面せで、 居ながら 這生緖 を、 貪るべき にあら すと て、 一 日 勅使 代、 秋德廣 常と、 



ひミ おの c こ が り .< つ 一く すん ち- r- 

ぬ。 人 各 其 君の 爲 にす。 滸我 は隣國 也と いへ ども、 今より 後 は 君の 爲に、 寸忠だ も 致す ベ か 

らす。 願 ふ は 御身 を 愛し 袷 ひね。 夜 も 深て 候へば、 枕に 就せ 袷 はす や。 といへば、 成 氏 嗟嘆し 

ミ ころ ** こ しか あす わかれ もちみ の ら、. - しな: s> は * ら f もろ ミも 

て、 いはる-所 l«y に爾 也。 明日 こそ 別にな りに けれ。 とい ふに 又 望見 ー郞、 科 革 七 郞も共 侶に、 

*0 りた か じ べつ こミ は つく そ も — JJ の わかものら さき いね ん し 人 やく 

戌 孝に うち 向 ひて、 辭 別の 詞を盡 しけり。 抑 這 壯伎等 は、 異に 犬 江が 神藥 にて、 死 を 起され 

おんぎ いね づか ち、 f かラ こ *• ろざし み ? f けいふく ひそか ゎ^-れ 

し 恩義 あるに、 今 亦 犬 塚. か 忠孝の、 志 を 見聞し かば、 いよく 敬服の 思 ひ あり、 怕 地に 別 を 

かくて そらよ く はれ なり 5 ぢ たつの こ ろ こ ふのに い しろ たちいで あら か は いた 

惜 みける。 恁而 次の 日 は、 天好晴 しかば、 成 氏 は 辰 牌 時候に、 國府臺 の 城 を 立 出て、 I: 恭 河に 造 

しも か- フべ じ ら. フ t なかお ほく ら もち ふ なが は はじめ こ が W もび W す-' にん い <7 

りて、 船に 乘る 程に、 下河邊 ニ郞、 凰中大 內藏、 望 旯科革 を 首に て、 滸 我の 伴 當 K:! 十數 名、 犬 

づか しなの 6 ふな は そ はおき て ふた V* びミく いね じち ♦* さ, • たいぜん 象 ろ ♦* た 

塚 信 濃 も 士卒 を將 て、 其 馬頭 上まで 送りけ る。 休 題說、 往る 二十 一 日に、 政 木 大全 满呂復 

ら- つら しょはい しやう す さき みな ミ いね S* はさ.? T け いねに ぶんつ》 ら いなむら 

五郎 等 は、 諸 敗將の 還る 船 を、 洲畸の 港口に 送り 果て、 犬川莊 介、 犬 田 豐後 等と 俱に、 稻 5; の 

まか いねむら だいがく ほり 、つち! TJ こ fc らう たちから ミ が ら、 つ ? 0** ャ ら ** 'ら ひミて よにん 

城に 返る 程に、 犬 村 大學、 堀內雜 <^ 太郞、 田 税戶賀 九郞、 サ M 屋八郞 等が、 一隊の 士卒 三 IC 餘名 

6 もら. さ 、つ はかり r さき みな ミ はて めうしん お W ね ひくて ひ W よ 

を將 て、 新 井よりか へり 來 ぬる 船十艘 許、 洲 崎の 港口に 架に けり。 其 後 又 妙 凰 音 音 曳手單 節 は、 

、?リ やすうしの すけ さろ 4- かさ. ら X にん さラ せん す さき その A けの めさい ねさ かし もっけ 

浦 安牛 助と、 猨岡猿 八 等の、 士卒 三十 餘名 同船して、 是も洲 崎に かへ り 来つ、 其 詰 朝犬阪 下野 

二ん ふね f こ もりた^ f さ その すけ ち よ **.0 づ しょの +• け こ A な V 

は、 士卒 三 四千^、 船 七 八十 艘 にう ち乘 りて、 小森但 一 郞、 木^ 三 介、 千代 丸圖寄 助、 小水 門 

さくわん はやうち は ら、 ひら ミも い さら ご き はん い i? やまだ、 つたて はき のぼき りさん らう 

目、 覦內葉 四 郎等と 俱に、 五十子より 歸 帆の 聞え あり。 この 日 又 犬 山道 節帶 刀と、 登 桐 山八郎 

第 九 輯卷之 四十 九 四 九 I 



南 總里見 八犬傳 ■ 四 九 1..^ 

こ が たびび ミ さめ i 大刀 » . ■ ^ ^ ; 

まくら かの 滸 我の 旅人 むら 雨の たち かへ り來て ぬらす 袖 かな 

t た そのつ ぎ 

又 其 次に、 おなじ 心 を、 と ありて、 

そらにし るき 人の 誠 は 雪なら で ひと ふりお くる むら 雨の 大刀 

と i^HL かば、 Mi し うち 险 じて、 深く 感じて 且ぃ ふやう、 恐ながら 當意卽 妙、 是を こそ 子 

ei たいら つ-? 'まつ しゃう たんよ きょ 5 みづ から きん なめ: ^カウ / 

i に傳 へて、 家の 寶に 仕 らめ。 一 唱三 歎餘興 自 禁ぜす。 いと 無 禮には 候へ ども、 御返し を 

つ y つるべう もや。 といへば, ぬ 、がつ、 それよ かんなん。 いかに ぞ やく 。と 問れ て 戌 孝 阿と 答へ て、 

こま ほがらか えい 

朗 に 詠す らく、 

、ま ぎ ざめ おや のこ こミ は つゆ 

今ぞ ほす 身の ぬれ 衣 は むら 雨に 親の 遣せ し 言の 紫の 露 

lifilif がる 程: tSl 耳 を.. i てて、 つ-ま f Era 鳴して、 逋 愛た き實詠 達意、 求す してお の 

KV : > • きっナ こ ひ いたぶ ふくろ ミ ラら きしょ もりた 力 

づ からま, 也。 願 ふ は 是へ寫 _眷 てよ。 と, Hi つぶ 刀の 嚢を 拿り て、 裏 を かへ して 差 寄す る を、 戌 孝, 

は あまて せす、 ?|ぎは|^.-せ給ひね。 と ども 何で ふ ii べき。 望見 科 革硯を 薦めて、 卒 とば 力り 

に, S ぜば、 ^^EiK る i 路な く、 の^!^ 絹へ 件の 歌 を、 書寫 てま.^ ら すれば、 成 氏 は、 其 

す齓 の tj く を i て、 ^を &くろにま23 程に、 i がよ iiii ずめ て、 二 -sf の ilffi えけ り。 登 時 犬 

'-(1 > « , 'こ i 二 5 し' tj ぢ ま, フ この W しごろ こ t ろざし つ 力まつ 

ま、 ^の «!k を嫩 S 鲈で、 % に& と! < めて、 又 成 氏に 稟す やう、 旣に這 年来の、 志 は 仕り 



も、 我 一介つ 微恩 もな きに、 いかにして 其 名刀 を 得受ん や。 願 ふ は 和郞の 家に 傳 へて、 子孫の 

たから いろ もりた かき t ご* ちゃ ,^^ わくら ,り もんじ 

贅貨 にせよ かし。 と 辭ふを 戌孝閒 あへ す、 御諌 では 候へ ども、 臣等は 家に 傅へ たる、 桐 一文字 

たん; i-r- ちかな ろ さ •.;> み さの た は めいた う じ よ たちつ る y ほし この:; 3 ら 5 め お 

の 短刀 あり、 近日 又 里 見 殿より 賜りた る、 名刀 も 候へば、 自餘の 刀劍は 欲から す。 這 村雨 は 御 

いへ ちょ、 フ は、..' たから な しゃ、 r- さく はんさく ふし せ t ごころ わくら いた 

家の 重寶、 他人の 貨に 做す ベから す。 この 故に 匠 作 恭作、 父子 二世の、 忠心 を、 臣 等に:! りて 

いろ ミ?^ なり ざかん しゃ たへ *4 こミ し. ?> われ あや t ち 

粱 せる 也。 辭 はせ 給 ふこと か は。 と 解れて 成 氏 感謝に 堪す、 塞に 然^、 我 愆 ぬ 。いでく 。と. 

いらへ た ち 、フ けミ しゅかく むね なか ちら はれ かみ のき た ** みづな ほの こ した り 

應 つ.^ 大刀 を受 拿れば、 主客の 胸 も 上天 も、 霽 けん 雷の 音絕 て、 機の 溜 水猶逮 る、 殘 滴の みぞ 

その ミ きな, リ ぢ かんる ,0 そビろ さしぐ ;. 3 ら さめ た ち いくたび か たへ おき 

聞え ける。 當下成 氏 は、 感淚 坐に 唱 むまでに、 村雨の 大刀 を 幾 桥歟、 うち 戴きつ i 傍に 問て、 乂 

もりた. しなの わ ろ しいかう き やうぎ はづか わが ひ ミく いか r 

戌 孝に 謝する やう、 信 濃よ、 和郞の 至孝 颇義を 思へば、 いよく 恥し き、 我菲德 を爭: 1: はせん。 

くした から めど ま たび むく は も の ひ! i ふでし め じ y もち, C の 

今此 奇貨 を惠れ しに、 旅に しあれば、 酬ん束 西な し。 其義を 一 擎 示さん とて、 侍 座せ し 望見 一 

らう たびす り ミり いだ す A すら ふで モひ しなが は ら- -.' し そく w り 

郞に、 逆旅 視を執 出させて、 墨を搨 せて 毫を 染れ ば、 科 革七郞 こよろ 得て、 指 燭を秉 て 照す 程 

なり うぢ さ いう べん めん ひら ふで に y 5 ちあん いくけ たか かきつけ よ A 

に、 成 氏 は 坐 右なる、 便 面 をう ち 啓きて、 管 を 握りつ 苦吟 じて、 幾 桁歟寫 著し を、 みづ から 讀 

^ ほ t ゑみ さな ひぢ の は it さづく あ ふぎ to 

見 て40 晚 ながら、 拙 けれども 是を 見よ。 とい ひつ i も臂を 伸して、 開きし 隨に授 る 便 而も、 戌 

たか いそが は ひざ す 5 いた さて W もしび もミ まなこ 

孝 は 遽 しく、 膝 を 進めつ、 受け 戴きて、 却 燈燭の 下に 身 をよ せて、 睛を 定めて、 是を 見れば、 

なり うぢ じえい うた 

正に 是成 氏の 自 詠の 歌に て、 

第 九 輯卷之 四十 九 四 八 九 I 



1^ 南 總里見 八犬傳 四 A 八 

^w-^-r ひ 、< ぉタ ろか たてまつ ふ けい ゆろ ぁミ 

心 慌 しく、 愚意の 及ぶ 所 を もて、 うち 驚し 奉る、 不敬 を饒 させ 給へ かし。 とい ひつよ 後 

ベ おき かたな はこ ひき ふた wh- いだ くだん た ち . ふくろ ひざ おしたて か. た 

方に 措たり し、 刀 榧 を、 や をら 曳 よせ _ 在 を 開きて、 拿 出す 件の 大刀 を 、籠の 儘に 膝に 推 立て、 隻 

て ,き 15 この & た ち すな はちき み せんかう もち うぢ あ そん おんかた み しゅん ゎラ 

手 を 衝て蘖 す やう、 いはで もしる き 這 御大 刀 は、 則 君の 御 先考、 持 氏 朝臣の 御紀 にて、 春 王 

あん わう ぎふ ご 6 もつ まるら なきち t こ t ろざし わくら よろこ 

安 王 君の 御 遣 物 なれば、 いかで 君に 獻 せよ、 と敎 えたる、 亡父の 志 を、 今 £1- しぬ る臣 等が 歡 

ます さはれ せん 0J あやまち まこ!^> むらさめ まる おんまの もたり こ { ろみ 

び、 何事 か是に 勝べき。 遮莫 先途の 失 あれば、 凰の 村雨 丸歟、 あらざる 歟、 御 面前に 試 て 

^ 6 そ - ま t すこしし り も ふくろ ひも ミ ミ りいだ くだん かたな ひきねけ 

ん、 饒 させ 給へ。 とい ひつよ も、 开 が儘些 返 きて、 護の 籾 解き 執 出す、 件の 刀 を引拔 ば、 三 

ざく こほり なつな ほさ ひ き せい ミ もしび たち t ち ひかり まし あたり か r やく はかり つか き にぎり もち 

尺の 氷、 夏猶 寒き 稀世の 名刀、 燈燭忽 地 光を增 て、 四 下も赫 可なる、 其 柄 を 洁と握 持て、 輪 

り. 7 ち s-ラ ぁャレ きっさき さ ほ! />ほ し すゐき つゆ か しづく は..^ J.- このせ きじ や 5 ふり 

輪 丁とう ち 振る 程に、 怪む べし 刃 尖より、 諷と 漠 る水氣 あり、 露歟 雹歟、 潑々 と 這 席上に 降 

tt なり ラぢ しゅ く おも は はら ミ もしび はね き 九 り のき すぐ 

沃ぐ を、 成 氏 主 僕 は 憶す も、 袖 もて 急に うち 拂 へば、 燈燭 反て 減ん とす。 折から 又 篌上を 過る、 

むらさり お ミすさ ** は > し なる かふ おさろ -\ なりわた 、つづきの す ゑ くら ひ * も いなびかり 

驟雨の 音 凄じく、. 風 さへ 烈き 雷霆 の、 搬々 と 鳴 百 一る、 四月 下旬の 闇き 夜に、 窓の 隙洩る 電光、 走 

る や 雪の 行 住 ひ、 それ かとば かり 見えね ども、 彼と 此とは 一 時の 感應、 又い ふべ くも あら ざれ 

りラぢ おも ^4 かけ しなの うたが ミけ * の やい !《 4- さ こミ はせ は ^o^^ 

ぱ、 成 氏 憶す 聲を 被て、 やよ や 信 濃 疑 ひ 解たり。 先 其 刃 を 飲めす や。 と詞 急迫し く 5^ れは、 戌 孝 

あ いらへ ょラぃ ふくさ ふ ミころ さぐ いだ ねれ やい は おしね ぐ ひ さや t ひ, ざ tl 

は 阿と 應て、 ^備の 帛紗を 懷 より 捋り 出しつ、 濡 たる 刃 を 推 拭つ. -鞺に 飲めて、 膝を找 めて 

さ う さ t いざ るら なり うぢ さ ♦? 、つけ こ 》* ろざし さる 

左右の 手に、 捧 けて 卒 とて 呈 する を、 成 氏 は 左右な く受 す、 やよ や 義士、 志 は然 ことなれ ど 



みつ にん る いで ? もち ふの ら 5 しなが は らラら たいめ このつ き 

充は、 士卒 a 六十 名を將 て、 船より 出て 城に 來っ、 望見 ー郞科 革七郞 等に 對 面して、 本 月 二十 

じち むかひ ケぜ ふねす お. ち さん かっきの ふ t だき 6ら か は おんかへ る 

1 日に は、 逆風に て船找 まねば、 憶 はす 遲參 したる 事、 且昨 早 に 暴 河まで かへ り 来て、 御歸 

さ ま ちた てまつ もミ すゑ なり ラ: ifyr,: せいき ふ かれら k た あや 東ち 

路を俟 奉 りしと て、 :H 〈顧 末 を iE え 上し かば、 成 氏 間て、 其、 身 も 性急に て、 他 等を俟 ざり し愆 

あへ て そのち さん ミが さら われ あす あさけ こ が ようい 

あれば、 敢其 遲參を 咎めす。 然ば我 は I 立の 朝 開に、 船に て滸 我へ 還るべし、 其准備 をせ よと あ 

ゆき t さな! 1 みつ ゆ ぢ つた かの & だい じ や.. 'ない 

りし かば、 行 正直 充こ. -ろ 得て、 船な ろ 士卒に 下知 を傳 へて、 那身は 臺の城 S に 在り、 船まで 

ミも され あきす ゑた かやなら じ はか にん St りき やく しほし こんざつ 

伴 を せんとて 也。 然ば 秋季 喬梁等 は、 猛 可に 二三 百 個の 歇 客 ありて、 一 霎時は 混雜し ぬれ ど 

ミ も ようい まも しんそ いこ ひ、 どころ てん! い じャラ i> ゆ ふぜんめ さけ ♦* うけおろ か 

も、 素より 淮 備に 匮 しからねば、 親疎の 歇 處 を點 配して、 上下の 夕鑕 朝餉の 儲 練 ならす 。旣 

くれ なり, ゥぢ ゆ あ ふ ゆ ふぜん はて ふし^«.- ミな こざし き もちみ の らうし なが は らラ 

にして 日の 募し かば、 成 氏 は、 浴し 夕饌 架て、 臥 房に 隣れ る褊 室に 在り、 望見 一 郞科革 七郞の 

ぃミ つれ,^ いね づ かしな の もりた か **ゐ よも や も ものがたり なぐさ 

み 侍りて、 最 徒然に 見えし かば、 犬 塚 信 濃 戌孝參 りて、 四 表 八 表の 話說 などして、 是を 慰め ま 

をり むらさめ ふり ふ $ 5 よ かぜ ぉミ つね くさ * くらたび 

ゐら せけ る。 折から 驟雨の、 降み 降らす み 窓 を 打つ、 夜風の 音 も 1^ ならぬ、 身 は 草枕 旅ながら、 

しひ も いひ なさけ あさ なり うぢ い *4 むかし いで かん 

椎の 葉に 装る 飯なら で、 人の 情の 淺 からぬ を、 淺くは 思 はぬ 成 氏 も、 今昔の 事 をい ひ 出て、 閑 

だん しめ やか その 50 きもり たか つ ん なり うぢ f さき おんき < たて まつ ひら さめ ま. 

談 いよ/、 蕭然 也。 登 時 戌 孝 は、 謹 で 成 氏に 稟す やう、 曩に御 ii に 入れ 奉 りし、 村雨 丸の 

たう C ふ いぬ づ かはん さく まつご ゐ くん は. U いな 

一刀 は、 いかで 君に 進ら せて、 愚 父 犬錄番 作の、 末期の 遺訓 を 梨 さば や、 と 思 ひしの みに て、 稻 

むら i.i さ、 フきょ はいしゃ うたち はビか ♦* ラ いづ びんぎ こ よ ひかぎ 

村に て は、 御 同居の 敗將 達に 俾り あれば、 稟し 出る 便宜 もな く、 今脊涯 りの 御 別れに、 なりて は 

第 九 輯卷之 四十 九 



南 總里見 八犬傳 四 < 四 

ふね ? 9 ミ にんし も か、 r 'ベ じ らう ゆき ** さ t なかお ほ く ら なほみつ よ にん にち 

船 三四艘 に、 頭 人 下 河 邊ニ郞 行 正、 間中 大內 藏直充 と、 士卒 二百 餘名 うち 乗りて、 二十 一日の 

な t つ さ:?' り す さき らいちゃく この ひ じゅぶ、 フ ち さん この ミき 

下 晡に、 洲 崎の 浦へ 來 著せり。 這 日 順風なら ざれば、 遲參這 時に 及びし とい ふ。 しかれ ども 

なり うぢ くが ぢ こ が さミふ いなむら しろ たちさり 

成 氏 は、 陸地 を滸 我へ かへ らんと て、 里 見の 士卒に 送られて、 稻 村の 城 を 立 去 給 ひぬ、 と閗ぇ 

ゆき まさな ほみ つお さろ きお そ しか おひた て まつ *t く ふね こぎ かへ かつ 

しかば、 行 正直 充 駭 怕れ て、 爾 らんに は、 赶 奉 ると も 及ぶ ベから す。 疾船 を港復 して、 葛 

しか ま t まちた てまつ すな はちみ なミの やくにん つき よし, いなむら 

飾眞 間の 渡りに て、 待 奉 るに しく こと あら じと て 則 湊 吏人に 就て、 來. E を、 稻 村の 城へ 

か, つ * つぎ しづか おひて ** ち 九 おの. —ほ あゆ しも ふさ さし さる ほさ なり-,' ぢ 

告訴し つ、 次の 日徐に 追風 を俟 得て、 S 〈船 各 帆 を 杭て、 下 總を投 て 走らせけ り。 爾 程に 成 氏 

いね づ かしな の みかよ か たびね あ は かづ さ ぢ / • しも ふさ < 

は、 犬録信 濃に 送られて、 三 四日の 旅 病 をし つよ、 安房より 上總路 み- 經て、 下總 なる 眞 間の 里 

さるの ミき むらさめし き ふり そ S いね づか しなの はから な、?,, -ぢ の.^ もの こ 

に來 にけ る 時、 既に 申 牌に 及びて、 驟雨 連り に降沃 ゆば、 犬 爆 信 濃 計 ひて、 成 氏の 轎子 を、 國 

ふの だい かきい すな はち や- ど り た. r- じ や、..' ほんし ミ にん の. も,? じ ら-っ あきす は iti レ 

府臺の 城へ 羿 入れさせて、 則 こ. - を歇舍 とす。 當 城の 潘士の 頭 人、 眞間井 縱ニ郞 秋季、 繼. 檢 

わ こ らうた かやなら か a あへ て あわ すな はち ふろ てらぐ けう じ うるわして こ ない , 

綿 四 郞喬梁 等 は、 豫 てこの こ i ろ 得 あれば、 敢 慌てす、 則 振 照 俱敎ー 一 潤 鷲 手 古 內を もて、 是 

むい、 き く ** しゃ、 フ;: い す t りにん ら 5 や つ あたりき しャ らうら この じ や、 7 ない €6 この 

を迎 させて、 城の 客の 間に 請 待す。 須々 利 壇 五郎 二 四 的 寄 舍五郞 等 も、 這 城内に 在り、 倶に這 

、—で じ i 'へ ぁづか さき なり ラぢ ひかへ ミラ にん しも か ラベ ゆき * さま なかな ほみ つら モの ふね さくて. .-.s- らかは さかのぼ 

應 接に 預 りけ る。 是 より 先に 成 氏 を 迎の頭 人、 下 河邊行 正眞中 直充等 は、 其 船 咋朝暴 河に 泝 

こ ふの だい きの もミ か f きの ふっか ひ たラじ やう ほんし ら なり うぢ このち よぎ . 

り 来て、 國府臺 の 城下に 歇 りて 在り。 咋日使 を もて、 當 城の 恭士 等に、 成 氏 這 地 を 過ら せ 給 は 

しら はんし ら すな はち このつ & SS* さ なほ 

ば、 知せ 給 はるべし、 とい はせ しかば、 潘士等 則 こ- -ろ 得て、 今這告 あるに より、 行 正と 直 



つ もり. u か ねぎら ひかへ しなが は らう も ちみの らうら いそが さミみ しょしん れ^-れ つゆ 

きて、 戌 孝を勞 ひて、 迎に來 たる 科 革 七郞、 望見 一郎 等 を 急し つ i 、里 見の 諸臣に 別を告 て、 

いそが は たち いづ い ひづ かしな の もりた か たびよ そ ほひ 5-".- のへ もちみ の ら.,' しなが は ら-. 'ら ミ も ないひん くわん 

しく 立 出る 程に、 犬 嫁 信 濃 戌 孝 は、 行 装 を 整て、 望見 一 郞科 革七郞 等と 俱に內 立闕に 

まち あ こ が W もび iM にん さミみ にん よしなり ねし めい いぬか ひゆん たち; -ら. きのす け 

俟て 在り。 滸 我の 伴當 五十 名、 里 見の 十; 卒ニ 1C 名、 義成主 又 命じて、 犬 飼 現 八と 田 税カ助 を も 

やさり ゆか ミ もび ミ じん な; 》i7 ぢ たち いづ よし ふち 

て、 其 夜 は歇舍 まで 送り 行し む。 是 等の 伴當も 二三 十 名なる べし。 成 氏 旣に立 出る 畔、 義通君 

すぎ くらな ほ もミら んく わん このた び ょラぃ なり うぢ のりもの もり たかのぶみ ち 

は、 杉 倉 直 元 等を從 へて、 立關 まで 是を 送りぬ。 這 逆旅の 淮備 は、 成 氏 は^子に て、 戌 孝信逍 

はや ミもら おの {• き は 5 みや てつ は 5 や り やない はこ もて すくな かく いなしら 

逸 友 等 は、 各 騎馬に て從 ふめり。 弓箭 銕砲、 鎗棒柳 箱 を 執る 者紗 からす。 恁 てぞ稻 村の 城の 

からめて もた 6 い-た *J い {- かづ さ ぢ さし ぐ ゆき され このき ふじ よしなり しか. A\ 

後門より、 擡 出しつ 齊々 と、 上 總路を 投て俱 して 行ける。 然ば這 急 事に て、 嚮に義 成の 云云と 

お ゆみ しゃ ミ なりう, ち いろ ま やみ G ち さ *:み よしたか 

ありけ る 御 弓の 莊の事 は、 成 氏の 辭 ひし 隨 にて、 =H 〈議 は 巳し かど、 是 よりの 後、 里 見 義堯の 時 

こ が あしか よしあきら まね かづ さ お ゆ ふ あら ほ. r- でう ベ- ぢ た t だ ひ うしろだて 

に 至りて、 滸 我より 足 利 義明を 招きよ せて、 上 總の御 弓に 在し めて、 北條 氏と カ戰 の、 後 盾に 

よしあきら お g み ご しょ た- « へ こミ のもミ あだし こミ はさて おきつ さて ミく 

したりし かば、 時の 人義明 を、 御 弓の 御所と ぞ稱 ける。 是其綠 故な ろべ し。 話 不題。 却說 

ミ もび ミ • な ゆく ほ、: Jj この せき や. 7 

成 氏 は、 自他の 伴當 に、 俱 せられて かへ り 行程に、 這 日 は 三 四 里に して、 旣に 夕陽に 及びし か 

いねつ かいね かひら はから ひ みちの ベ じ ゐん やさり 6 ん り きのす けら こ なり, っぢ *| つ じ 

ば、 犬 紫 犬 飼 等 相 計て、 路傍なる 寺院 を 宿と す。 現 八 力 助 等 は 道 里に て、 又 成 氏に 謁して、 辭 

なり うぢ ねぎら よしなり なさけ しャ is んら モの& ミも 5vi ん はャ 

し 去 まくす る 時、 成 氏 是を勞 ふて、 義 成の 好意 を 謝せら る。 現 八 等 は、 其 身の 作 當を將 て、 逸 

ミき もろ ミも みち モの あけがた いなむら され ま たこ が なり、.' ぢ む;' へ 

時と 共 侶に、 路を いそぎつ 其曉 天に、 稻 村へ ぞ歸 りけ る。 然 ば又滸 我より 來 ぬる 成 氏 を、 迎の 

第 九 辑卷之 四 4» 九 , 四 八 三 



南 總里見 八犬傳 四 r< 二 

よしなり たいめ な ひさ そのこ ミの ついでに h しょ なり、 っぢ しゅ. < わう あん わ ぎみ いろ 

程、 義 成又對 面して、 みづ から 是を 慰めら る。 其 語 fJT 御所 (成 氏 をい ふ) は 春 王 安 王 君の 令 

ミ わがお ほ i ゥ さ ざみ すゑ もミ さ きうえん た かひ ミ かく 

弟に て を はすれば、 我. K 父 里見季 基と、 然し も舊緣 なきに あらす。 是 までの カ戰 は、 右 まれ 左 

か、 ひ した ま じ は たてまつ きう か 5 ほり ーピり や、 r- ^/んけん i!:-* 

まれ、 旣に恁 親しう 交り 奉 れば、 舊交を 結ば まく 欲す。 今 はし も 御領の 郡縣 多から すと 聞ぬ。 

かづ さ お ゆみ しゃ ラ かひれ ラ なり うぢ ざん ぎ たへ おし ミ こた ふ 

上總 なる 御 弓の 莊を、 馬の 飼料に まゐら すべし。 とい はれて 成氏慙 愧に堪 す、 推禁 めて 答る や 

そ かたじけな おろか じゅんぎゃく まよ わ 、ごの うた こうく わい 

う、 开は 辱 く 候へ ども、 我 愚に して 順 逆 の 理に喑 く、 惑 ふて 和 殿 を 伐 まくせ しすら、 後悔 

i& かめ しゃう ゑん うけ ねが は きき やう おくね, C や ちミ 

臍を噬 るの み、 いかにして 其莊阅 を受ん や。 それよりも 願し き は、. 歸鄉の 憶念 箭の 如し。 些の 

mis を 貸 給へ、 當國 より B 總を膨 て、 k 路を滸 我へ 還るべし。 今の 情 願 は是 のみ。 と 又 他事 も 

こ ひも ミ よしなりき S い ぎ そんこう そのぎ やす ご きうんん いね づ かしな 

なく 請求 むれば、 義成閒 て 異議 もな く、 尊公: 義 はいよ く 易 かり。 御 舊綠も 候へば、 犬 塚 信 

の もりた か きみ たて ♦* つ こ .^i ひ なほ ミ、 つり. フ あ す ミビ 

濃 戌 孝 を もて、 君 を 送らせ 奉 りてん。 今宵 は猶又 逗留 あれ、 明 口 こそし かるべ かめれ。 と留 

なり うぢ f を は か、 7 ベ ふ ぃミじ い、 7 た r さら ほり しょはい しゃ ラ 

むる を、 成 氏 は、 聞 も 訖らす 頭を掉 りて、 最 自由に 候へ ども、 今より 徑に去 まく 欲す。 諸敗將 

み M いへ われ えんり, フ のち ひミ ぎき うしろめ た もしおく きふ の わが 

は 成 返されし に、 我の み猶 も流留 せば、 後の 外聞 も 影 護 かり。 倘 送りの 士卒、 急に 整 はす は、 我 

ミ もび ゐ せいき ふ もミ よしなり ミビ めかね ざリぃ •』 

伴當 をのみ 將 ていなん。 いかでく。 と 性急なる、 需 めに 義成禁 難て、 しからば 御意に 任せん 

しりみ』 、,u づ. 2- しなの しか. ひつけ もり たかは や ミ { の ふ もミ 

とて、 退きて 犬 揮 信 濃に、 事恁々 と吩咐 給へば、 戌孝ス*^くこょろ得て、北ハ士卒を 整 るに、 素よ 

ぶ び ひ wv> き し たくな なり、 1 ぢ いき ほひ 

り 武備 ある 家風に あなれば、 いまだ 一 時なら すして、 士卒の 支度 成りぬ とい ふ。 成 氏是に 勢 



*i しゅはん もてなし もミ ま さか 6 ず ふ また ひろ もちら な ははり、 ち ミの すけ いねん しんやく , 

問に て 酒 飯の 欸待 あり。 職政景 澄、 及 弘望等 は、 其 身 丼に サ粘 ,2: 外 介の 爲に、 犬 江が; t 藥の奇 

^5 ひっし たち きず いえ よろこ へ され のり ふさ ミも よしい か はいしゃ、.' さい Vvr- もり ざね ひかへ 

效 にて、 必死の 刀瘡の 愈た る 喜び を演 などす。 然ば憲 房 朝 良 以下の 敗 將齋藤 盛實に 至る まで、 迎 

ちわ び かれら やう ぜん はつ やが おの -\ きふ わかれ つ fc ち さ ほり よし 

の 士卒 を 待不娛 て、 他 等が 饗饌 s!- ると 纏て、 各 急に 別を告 ゆて、 立 去ら まく 欲せし かば、 義 

なりすな はちし よはいし ャミ よき-.' ** おの { - びき ひきで もの まさき たかつ ぐ ろ しひ ミきら A なミ 

成 则 諸敗將 に、 良馬 各 1 疋を牽 出物と して、 政 木 孝 嗣満呂 重 時 等 を もて、 是を 港口まで 送 

ひミ りい なの ミ つもりより みつ き はん ま づ もろび ミ いだ はた しづか じ さら 

らしむ。 惟稻戶 津衞. S 充 のみ、 歸帆 をい そがす、 先 衆人 を 出し 梁して、 徐に辭 し 去 まくす る 時、 

よしなり ねし いね か はさう すけい;?. U ぶんご いなの ミをぢ この き,, 'おん かれら 

義成主 は、 犬 川 莊介犬 田 豐後を もてい はする やう、 稻戶翁 は、 這 二 犬 士に舊 恩 あり。 他 等は旣 

はう おん こ t ろざし ミゅ si あきた ゑち ご しほ ミ もし ミころ 

に 報恩の 志 を、 遂 たりと か 聞 ぬれ ど、 いまだ 嗛 るべ くも あらす。 越後 は激に K き 地方 也。 我 

よした ふやす より ミ し/.】 ミ ぎ や 、フミ こじ ほ ぺミ おく かなら f いろ 

今より、 義任 悌順に 代りて、 年毎に 行德鹽 一 千 想 を 賜る ベ し、 必 辭 ふべ からす。 と ありし か 

よりみつ ひた ひ あせ そ S る いなな きか 

ば、 山充は 額に 汗して、 开は思 ひがけ もな き、 いかで 饒 させ 給 ひね。 と推辭 めど も、 11: でふ听 

のち ミ し/.) ミ おくりもの かくて よりみつ つ まり ぎの ゐ ら いね かはいね 

れん。 是 よりの 後年 毎に、 其 餽送物 ありし とぞ。 恁而. e 充は、 妻 有 荻 野 井 等を從 へて、 犬 川 犬 

た おくら むかへ はや & 、つら くが ぢ ち-" > w リ A つ 

田に 送れて、 迎の 船に うち 乘 りつ.^、 夙く 三湳 へう ち 渡して、 陸路 を 越後へ 還りけ り。 只巾充 

しょはい しゃう むかへ & 5 ら い X! き ミ もみ ラら きちゃく けにし も は r さき 

のみなら す、 諸 敗 將の迎 の 船 も、 皆 三 浦より 出し 来て、 俱に三 浦へ 歸 著せり。 _ 益 安房の 洲 崎よ 

さがみ ふ 、ひら かいじ やう ゎづか そ な. うぢ ひかへ 

り、 相 摸なる 三 浦まで、 海上 僅 に 六 里 なれば、 其 近き に 由れ る 也。 开が 中に 成 氏の み、 迎の 

ミ もび ミ のり ふさ ミも よし か ふ ラ たち さがみ くち をし たち えさ 

伴當 多から ぬに、 憲房朝 良の 下風に 立て、 湘 摸へ 渡さん ことの 朽惜 ければ、 立 も 得 去らで 在し 

第 九 輯卷之 四十 九 四 八 一 



南 總里見 八犬傳 四 八 〇 

じ わか. このめし たいな ひら じ や.. 'ない しょはい しゃ,..' hi' べつ き や..' ぜん ちラ しゅ よしなりよ しみち いで いん 

頭。 這 朝 稻 村の 城内に は、 諸 敗將に 留別の 饗饌 あり。 中 酒の 時に 及びて、 義成義 通、 出て 態 

ぎん 一? a つく ミ かく しょはい しゃ ラ むかへ す さき だい ほん の,.:' ふさ 

憩の 詞を盡 さる。 左右す る 程に、 諸 敗 將を迎 の 船、 多く 洲 崎の 浦に 来に けり。 第 一番 は、 憲房 

むかへ やまの 、ひち か しん たけし ほ、? リの すけ ひろ もち らラ ひや -riv たり ざ ふ ひやう よ にん だい ミ ちょし ミ もやす ひかへ 

を迎 として、 山內の 家臣、 建柴 浦介弘 望、 老兵 十 名 雜兵三 kn 餘名、 策 二に 朝 良 朝 寧を迎 として、 

i ご つきつ じ しゅくじり きさ すけ たお ほいし のりし ゆ もの * かしらす が もみ ふ せき ち を だら よ 

萬戶月 十字 七 宿 Ik 城戶 介、 及 大石憲 重が 兵 頭 菅菰三 布 七、 關ロ小 田 八 等 是に從 ふ、 士卒 二百 餘 

にん このよた, リ ミ 5 じん こも しはす ほんじよ はい ケ, C おの I- - ふかで たへ かね た A た ふ , / 

名 也。 這 四 個の 頭 人 は、 去 歳の 十二月、 本 所の 敗軍に、 各 深 痍に堪 難て、 一 且 仲れ しも あり 

から いのち ねか か は-..? ひ き やう じ やう そのき f や. * いん かみ f みそ ぢ いる 

しか ど、 辛く 命 を れて、 河 鯉へ 來て將 息して、 せハ瘡 稍瘥し 也。 上に 見えた る 三 三、 三十 は 入 

-H の ら、 r- まつや ま うから あだし こミ はさて おきつ だい はん よりた 55 むかへ じん 

間 九 郞松山 五六の 子弟に ぞ ありけ る。 閒 話 休 題、 第三 悉は、 自胤 を迎の 士卒、 一 百 五六 十 名 

よらた ひさこ t たねす けら いふ だい ほん ため かゆ むかへ W うにん ラ さ みの らラ もミ まさ 

也。 原 久這 里に 侍れば、 胤 介 等 は參ら すと 云。 第四潘 は、 爲景を 迎の頭 人、 宇佐美 三 郞職政 

か V 'よら ご へいじ か. み よ にん い ほん よし もつ よしたけ むかへ ミラ にん こ いそ まさ;^》 しそつ よ にん VI い 

梶原后 平ニ景 澄、 士卒 三百 餘名、 第五 番は義 同義 武を迎 の 頭 人、 小磯眞 砂、 士卒 二百 餘名 也。 第 

はん 、< なの ミ よりみつ じかへ ミ -1 にん つ まり また .V でぎ の ゐ ら 、フ よ にんな り なり ラぢ むかへ ミ もび ミ 

六 番は稻 戶由充 を 迎の頭 人、 妻 有 復六荻 野 井 三郞、 士卒 二 Kn 餘名 也。 只 成 氏の 迎の 伴當 のみ 多 

もちみ の ら うしなが は ら、 r- し そつ よ じん さう か は ご ひ きた こが; 

からす。 緩 見 一 郞科 革七郞 士卒 五十 餘 名と、 船 一 艘 にう ち乘 りて、 河 鯉の 城より 來れ り。 滸我 

みち ミ i かしこ らぃち^-く モのミ きさ W み い、 フ し ^tなミ こ やくにんいで 

は路 遠ければ、 郝 里の 士卒 は、 いまだ 來 著せざる なるべし。 當下里 見の 有司、 一港 口の 小 吏 出 

むかへ その にんら おの {. . にん ひい いなむら 

迎 へて、 其 頭 人 等と、 士卒 各 二三 十 名 を、 引て 稻 村の 城に 来に けり。 :14 、他 は 皆 船に 在らせて、 

らん 5 つ ふせ いなづか しなの いね 大 しんべ ゑ いね か はさ、 1 すけい た ぶんご い a かひ ゆ,^ ひや -.i! ら <r け ii** は きゃく 

亂雜を 防ぐ とい ふ。 犬 嫁 信 濃 犬 江 鋭兵 衞、 犬 川莊介 犬田豐 後、 犬 飼 八 兵衞等 奉 りて、 客の 



あけすけ きょひで ありた ねら ミも しのぶの を か しろ じし さ あ ふぎ:; 一 やつ いり^ は しろい ししけ かつい もまの 

は 明 相 淸英有 種 等、 と俱 に、 忍 岡の 城を辭 去れば、 扇 谷 の 士卒 入替 りて、 白 石 重 勝 入 問 三 

ざう ♦* つや ま みそ ぢ ら ミも しん たいかう じ や、 r- ニミ じゅん さかし このき よ おい 

三 松 山 三十 等と、 俱に是 を 守れり。 一進 一 退 交情 異也、 人^ 順なる を もて Si とす。 這舉に 在て 

も 里 見の 德を、 思 はざる 者な かりけ る。 然ば 這時邀 節が 准 備の船 は、 兩國 河に 多く あり。 且附 

したが もの、 ども ま ぶち は C ら、 r- v.i ん; i5 む さし さがみ の ぶ L f)l しろ り 

從 ひし 兵 每は、 馬 淵 場九郞 の殘黨 と、 武藏相 摸なる、 野 武士 毎 なれば、 城に 留 らん 事 を 欲せす。 

さミふ たみ だう せつ て よ にん i.! うせつ ゐ 

里 見の 民たら まく 願 ひし かば、 今 道 節が 隊に 在る 者、 九千餘 名と えたり。^ 節は是 等な 將て、 

りゃう/. 一く が はら あ. C- たね さ ミ びミ & みづ おくり ミも か S のぼ, りさん ら, よし 

兩國 河原に 趣く 程に、 有 種も鄉 人を將 て、 水 送に とて 俱に ゆく めり。 恁る 折から $11- 桐 山 八郞良 

于は、 石 濱の城 を 原 服 介 等に 遞與 て、 士卒 一千 許を將 て、 這 河原に 返き 来つ、 逍節 等と 共 侶に、 

ふなで ほり きく ち a らうに-' はらた ねす けら さき v, やう ミこぐ ち はいぐん お- >」 ろ.? おそ 

船出 をせ まく 欲すれば 也。 聞に 千 葉の 老黨、 原 胤 介 等 は、 曩 に行德 口の 敗軍に 駭 怕れ て、 主 

ならび やから ゐ か は-ご ひ のが もり かへ よろこ こ < 二し ろ みら され 

君 丼に 家臣の 家 眷を將 て、 河 鯉へ 脫れ 去りし に、 この::: 皆衞復 して、 歡 びの 聲 城に 滿 けり。 然 

よしゆき だ 5 せつら たいめ かつ よ- フぃ のら このち ふ: ク さい さ 

ば良于 は、 節 等に 對 面して、 且是 等の よしを 告 けて、 淮備の 船に 乘 まくす。 這 地の 船長 五十 

ん だすて きち あ ふぎが やつ りゃう ぶん をら ほり ひがし さし 、つつ ミも き ミ しも ふさ 

三 太 素手 吉は、 扇 谷の 封 内に 居 まく 欲せす、 東の 岸へ 徙 らんと て、 俱 にお を 採りに、 f 總へ 

る す ふなび ミら さミみ か こ あ ひたす もろ ふね やら よ、 つい さは 

ゆきし かば、 留守なる ill 師等、 里 見の 舵ェ を相資 けて、 衆 船 を 遣 まくす。 淮 備に 辱り なかり し 

だ、 r- せっさん らラ あけすけ きょひで.,:. もろ ミも おの ?- の はかり 

かば、 道 節 山八郞 は、 明 相淸英 等と 共 侶に、 各 士卒 を 分ち 乘 する、. =14、 船 一 Kn 許なる べし。 お 

たね そのの. C- はつ さ- S びミ もろ ミも か はら しほし み おく ひ くれ ほ きた ものがたり ふたつ 

種 は其乘 某る まで、 鄉 人と 共 侶に、、 河原に 一 霎時 目送り て、 H 暮て秘 北へ 遠り ける。 話分兩 

第九輯 卷之 四十 九 四 七 九 



南 總里見 八犬傳 . 四 七 八 _ 

り PT> ょレ いひ お ほた すけ ミも おさて おも ひき つ!^ しら わ ,: の われら も ろミも いなむら 

領 たるべき 義を、 往る日 Em 助 友に、 拉 たる 趣 を 告知せ て、 和 殿は咱 等と 共 侶に、 稻 村へ 參 

さミみ さの うしろだて さミ あり; i ね さ モれ がし もミ 

り 給へ。 里 見 殿 を 後 盾に せば、 入 「より 後 も 安 かるべし。 と 諭せば、 有 種、 然" 候。 在 下 素より 

こ < ろ ミ5 ざい わ ぼく わ ぎみら あは かへ わが さ ミのミ もが. らぁ ャぷ ,? しろめ 

其 意 あり、 なれ ども 東西 和睦して、 和 君 等 安房へ 還り 給 は r、 我鄉 黨 阽 みて、 影 護く ぞぁ 

まづ わがやから おち ゐ いなむら- い な だう せつり 

ら むすらん。:, 先 我宅眷 に、 よく 安堵 させて 後に こそ、 稻 村へ 參 るべ けれ。 と推辭 めば 道 節理ぁ 

こ 仁へ よ だん しろい しし; b かつら る しろうけ ミり だう せつ まづ しゅかつ 

りと 答て、 猶も餘 翁に 及-ぶ 程に、 白 石 重 勝 等が 士卒 を將 て、 城受 拿に 来に ければ、 道 節 先 重 勝 

いろ ** のさん ざ 5* つや まみ そ; t- ミ もび ミミたり はかり あけすけ きょひ. で .©h- たね もろ ミ b し: つら たいめ I 

と、 入 問 三 三 松 山 三十と、 伴 當十名 許 を 城に 入れて、 明 相 淸英有 種と 共 侶に、 重 勝 等に 對 面し 

たう じ や、 r- ありた ね ゎづか ぴ せめ ミ くわいけ い はぢ きょ され 

ていふ やう、 當 城は是 なる 有 種が、 僅に 1 臂の力 を もて、 攻 神り て會 稽の恥 を 雪め し虛 也。 然 

わ s.< く かへ . 'いぎ た V- しほき た か むら あり 仁ね じ ミく しょり や, 1 なり も 

ども 今 和^の 上 は、 返し まゐら する に 異議 あらす。 但德北 五箇村 は 有 種が 自得の 所領 也、 以て 

這 城と 易 まく 欲す。 この 義 はいぬ る 日 tpl- 田 生に、 我談 する 所 也。 こよろ 得られし 歟、 甚麽ぞ や。 

し- かっこた へ すけ ミも ズ つじ や, f くわ くん さだま 3 あかしぶ み 

と 問へば 重 勝 答て いふ やう、 其 義は助 友が 言上に て、 赛君定 正の 證文 こよに あり。 とい ひつよ 

p.^ つ- ゥ ミ、 ひ で わ た だう せつ 、< 'けミ ありた ねじ f し ャ、. 'ゑん あ ふ y が やつ さ ゆ fcu 

纏て 一 通 を、 拿 出て 遞與す を 道 節 は、 受拿 りつ 開き 見て、 お 種 自得の 莊園 にて、 扇 谷 殿の 賜 

このみ かしぶ ふ んラ しのぶの を か じ や, つく わく かう えき もん ごん 

ふに あらねば、 這 照 書 は 要な けれども、 忍 岡の 城 郭 と、 交易すべき 物 也と.^ ふ、 文 言 を 

^ られ たれば、 後 W に 子孫の 爲也、 藏め 措く もよ かン なん。 と 應て纖 て 有 種に、 渡せば 有 種 も 

けみ 5 て しゅかつ しょたいめん こうぎ かに かく のべ ィ 、つ:^ り.^ 卞し トは: た ✓、 C 、* ^u-^^ 

亦閱 して、 然而重 勝に 初對 面の 口 誼 を、 云云と 舒 などす。 旣 にして 受 授 の事果 しか は、 道 節 



じ や-つぐ わい -ヒビ め もら すけ ミも は. たつ い.,' めい らう ひ も.. たり はか り しづか い a 

く 城 外 に留 在せ て、 助 友と 東 震 は、 有名の 老兵 百 名 許 を從 へて、 徐に 城に 入りし かば、 犬 

さかし もっけた ね •、- も はや、 ゥ ち は らラ むか こ もりた かひね き その t&i もミ ち よ **も さよ まし こ At さ か li 

阪 下野 胤 智は、 舰内葉 四郞を もて、 是を迎 へさせて、 小 森高宗 木曾季 元、 千代 丸豐俊 小水 門 堅 

むねら ミも す けミも はるた つ たいめ 人 か; i み こ -r- ぎ こミを はり か は ほり さの はこ ひめ つ t が つ 6 

宗 等と 俱に、 助友柬 震に 對 面す。 迭のロ 誼言訖 て、 河 堀 殿と 貌姑姬 の、 恙なき よしを 告 などす。 

かくて しろ わたし さ はふ そ いね ひら:.! いがく な おも: 3 き こ ニミ そぎ 

恁而城 遞與の 作法 あり。 开は犬 村 大學が 做しよ 事の 趣 と、 異なるべく も あら ざれば、 首 省て 

つぶさ その ミ きいね さかし もっけ じ や、 7 ひや、 rs か、 つさん みなす けミも かへ ケ じ 5 らい 

備にせ す。 常 下犬阪 下野 は、 城 兵 の降參 せし は、 皆 助 友に 返して 俱 せす、 ロハ 從來の 士卒 三千 

よにん るて わかち その ふたて たか ひねす ゑ も W ミょミ しかた ひね さ 5 にん みて いだ はて すけ まも 

餘名を 三隊に 分て、 其 ニ隊は 高宗季 元、 豐俊堅 宗を頭 人と す。 三隊の 士卒 を 出し 架て、 助 友が 

亦 城 外 に 在せ たる 人馬 を 徐に繰 人れ けり。 出る 者 も 入る 教も、 齊々 整々 として 混雜 せす。 犬 

さか ようい La ラら かの、? b おも ひき A ふ y が や ゥ しのぶの を. S* 

阪が淮 備の船 は、 多く 柴浦 にある を もて、 皆那 浦に 赴 ける。 この 日 又 扇 谷より、 忍 岡の 

しろ ラけビ り ミ、 r- にん しろい しじ やうの すけし: & かつ い to** のさん ざ, ゥ つや まみ そぢ たすけ そのて あまり きの ふ 

城受 掌の 頭 人 は、 白 石 城 介 重 勝に て、 入 間 三 三 松 山 三十 を 副と す。 其隊の 士卒 一 千 有餘、 昨 

X なか か は ご ひ しろ いで しのぶの を か さし さき いねや. * だ、..' せった ミも いん eiji こ A けす け 

夜半より 河 鯉の 城 を 出て、 忍 岡 を 投て來 にけ り。 是 より 先に 犬 山道 節 忠與は 、印東 小 六 明 相、 

もら か はた ら、 フ ら 5 きょひで ミも しろ. たし ょラぃ つか ひ ほ きた つか は おちあ 9 よ の ありた ね わ ぼく 

荒 川太郞 ー郞淸 英と俱 に、 城遞與 の淮備 あり。 使を徳 北へ 遣して、 落 鮎 餘之七 有 種に、 和睦の 

ぎ つ:^ しら かれ か せい ざ いぢん ゆ、 7 へい しのぶの を か よび * のミ きおち あ S 

一義 を 告知せ て、 他が 加勢に 在陣 させた る、 五 百の 雄 兵 を、 皆 忍 岡へ 召よ せけ り。 登 時 落 鮎 

あり, U ね ぉミな こ さいじ せ ち すけ きミび W あ #4 り る しのぶの を か き だラ せっすな はち あけすけ 

冇種 は、 家僕 小才 I 一世 智 介と、 郷民 一 百 有 餘を將 て、 忍 岡の 城に 來 にければ、 道 節 則 明 相 

きょひ でら もろ •>』 も たいめ こ たび わ y な もミ すゑ ほ きたなら び りんり か むら ありた ね しょ 

淸英 等と、 4i ハ 侶に 對 面して、 今番 和議の 成りし 事の 顔 末と、 德北幷 に 隣 里 四箇村 は、 右 種の 所 

第 九 輯卷之 四十 九 四 七 七 



南 總里見 八犬傳 四 七 六 

かこら す.!^ はち こぎいだ かの ラら かけ ぉミね ひミり ざ ふ ひやう 

ふ。 舵ェ等 则 こよろ 得て、 漕 出して 程 もな く、 船を那 浦に 歇 しかば、 音 音 は 一個の 雜 兵 を も 

の ,ひ ふ 5 ふ いま しら われ こも しはす や か われ 

て、 海 苦 七 夫婦 を 召 よせてい ふやう、 汝等咱 を 見忘れ はせ じ。 去 歳の 十二月 八日の 事ぞ よ、 咱 

ながれよ いのち を は い しら かいは、 フ つ なが **t はか 

この 浦に 流寓 りて、 命 終らん とせし 折に、 汝 等の 介抱に て、 身 は 恙なく 思 ひの 隨に、 敵 を 謀り 

いさ, 5- な この ひミ t もろ ミも たビ いま も は われ すな はち さ さの か しん , おは ゆきよ ら 5 

つ、 功 成りて、 此人々 と 共 侶に、 目今 安房へ 遠る 也。 咱は 則 里 見 殿の 家臣なる、 姥雪 代四郞 

つ お ミ ね この さ ラ せん,;: >た り い s^x しんべ ゑ ねし おは ほ め *フ しん ミ じなら び わが ふたり よめ ひく 

が 老婆 一お 音 是也。 又 這 同船 三 個の 婦人 は、 犬 江 親兵衞 1^ の大 母妙眞 刀自 幷に我 二 個の 媳婦、 曳 

て ひミょ よびな い. ** し^み t そこ -, J* さめ ものがたりぐ さ され たび いま しら 

手翠 節と 呼 做す 若ぞ。 汝等 耳の 底に 藏て、 後の 話 柄に せよ。 然 ども 今 も 旅 なれば、 汝 等に 報 

な もの まづ ら さき か は ほり の た ** は からお り あはせ ぎね ひくて ひミ 

ひに 做すべき 鬼 西な し、 先是を 取す るぞ とて、 簡に河 堀 殿の 賜りた る、 唐 織の 夾衣 を、 曳手軍 

よ * ぶん みかさね ミ うで あた ふ め, r- しん そのき ね かの はう び ミ され 

節が 品まで も、 三 龍 拿 出て 與れ ば、 妙眞も 又 其 衣 を、 那賞錄 にと て 拿ら せけ り。 然ば こそ あれ 

の り ふうふ おも か のお ラな ありさ ♦* i. つぶ あき はん ミき はかり ふうふ もろて くだん 

海 苦 七 夫婦 は、 惊は ざり ける 那媼 女の、 此 光景に 胆を溃 して、 呆る. - 事半响 許、 夫婦 兩 手に 件 

のが を、 Ik けつ S ゆつ 夢 かとば かりに、 满: rm 都て うち 笑れ て、 K 歡び をい はまく する を、 音 音 

さ ふ おし! =r われら ゆくて ぃミま いな ひら じャ、 ない たづね こ 

は 急に 推禁 めて、 啦等は 去 向 をい そぐ 也。 暇 ある 日に、 稻 村の 城内へ 尋來 よ。 さらば ノ、。 と 

はし こぎい だ おひて ミ r かね の り つま もろ ミも たけし は たちつく 

いふ 問に、 又 潜 出す 順風の 船 を、 禁め 難た る 海苔 七 は、 妻 共 侶に 建柴 の、 立盡 すまで 見送りけ 

の り ふ、 フ ふ このし も ものがたり か り お ほた しん も、? T けミも を a た ひ くの かみ はるよ し ひミり 

り。 海 苦 七 夫婦の 事、 這 下に 話 なし。 ぉ恁し 程に、 互 田 薪 六 郞助友 は、 小幡 木工 頭 東 良の 獨 

y を. S たむ く た らう はるた つ V も ゐ い さら ご にん は 

子なる、 小幡 木工 太郎 1^ 震と 供に、 二三 千の 士卒 を將 て、 五十子の 城に 來 ぬる 程に、 人馬 を 多 



われ やかた おん ひかへ か は ご ひ つぶや そりはし ざつ *- & » じん a いくら 

我は舘 の御迎 に、 河 鯉へ こそ ゆく ベ けれ。 と 眩き つ、 反橋雜 記が 將て來 たる、 人 HI を 幾許 か 

わか ミ もび の つな さか f もろ W も そ いで われら すゑ もま 

分た せて、 伸當 にしつ 馬に 跨りて、 綱 坂 四 郞と共 侶に、 开が儘 出て ゆきし かば、 咱 等は季 元と 

相北ハ に、 雜記畔 四 郞に城 を遞與 て、 且從來 の 隊の兵 をのみ、 俱 して かへ り來 つる 也。 と 告れば 

またき その すけす る; もミ そのた おぎな かしこ ありさ ま つぐ り めラ しんお W ね ひくて ひミょ お 

又木 曾 三 介季元 も、 其 足らざる を 補 ふて、 那 ESI の 光景 を 報る 折から、 妙 £ 音 音 曳手單 節 は、 後 

く ミも しりぞ おもむき いね さか つ- ± ^しら たね ミ もき- ほ. i! み こ も.? フぢ 

堂より 供に 退き 来て、 ありし 事の 趣 を、 犬阪に 告知 すれば、 胤智閱 つよ 含 咲て、 小 森 生の 

はから めうしん お W ね ミ じら くわよ く ち、 ひ vi しんめんもく もミも くわい しろ. ofc し 

計 ひも、 妙 眞-? ^音 刀自 等の 寡欲なる も、 皆是 忠義の 眞 面目に て、 最 愉快と いひつべし。 城遞與 

じぶ. C まづざ ふ ひやう 、ブら やすうしの すけ ミも かつ よび け ふ しろ 

の 時分 も 近づきぬ。 とい ひつ i 先 雜兵を もて、 安牛 助 友 勝 を 召よ せて、 且ぃ ふやう、 今: n 城 

わたし たて われ ?\ いなむら まが このよたり , でうな コ さラ せん かに かく のち ぎろん わ 

遞與 の事染 て、 我 們稻村 へ 返る 折、 這 四 個の 婦女子 を、 同船せば 云云、 と 後に 人の 議論 あらん。 和 

さの はじめ この S ラふ れつ ぢ よら ミも たいこう うせん いなむら 

殿 は是始 より、 這 勇婦 烈女 等と、 俱に 大功 を 成し. -人 也。 いかで 今より 同船して、 稻 村へ 送り 

され さるな かさ. ざ ふ ひやう じん したが は まも かつ い 

ひね。 然ば猨 岡 猿 八と、 雜兵 二三 十 名 を 從 せん、 こ. -ろ 得て よ。 といそが せば、 友 勝は異 

ぎ たかむ ねす ゑもミ め 5 しんお ミね ひくて ひミょ わ ぼく よろこ のべ 44 か ようい な 

義も なく、 高宗季 元、 妙 眞音音 曳手眾 節に、 和睦の 歡 びを演 などして、 返りて 准備を 做す 程に、 

たね ミも さる ら いひつ く し は 、7 ら つな され ぉミね ら よた. ^ ^ 

齔智は 又 猿 八 等に、 其 事 を吩咐 るに、 船 は 多く 柴 浦に 維ぎ て あり。 然ば音 音 等 四 個の 婦女子 は、 

いね さかい か ミラ にん & しらへ ミも つ さ. ら ミも ざ ふ ひャラ -0 いで に a 

犬阪 以下の 頭 人に、 別れ を告 けつ 身 装して、 友 勝 猿 八 等と 俱に、 伴の 雜兵 を將 て、 城 を 出て、 柴 

、? b ぉミね か こ よび われら お ほ も り しょえう かしこ よせ 

浦より 船に 乘る 時に、 音 音 は 舵 H を 召よ せて、 咱, >J ^は大 茂林に 所要 あ 力、 那 里へ 船 を i ゆよ とい 

— 第 九 輯卷之 四十 九 四 七 五 



II 南 總里見 八犬傳 四 七 四 11^^^ 

うし 八お ミね ひくて ひミょ もろ さら わかれ つゆ わ ぼく ミ.^ の ひ け ふ 力へ, 、• 

なかり しかば、 妙 眞音音 曳手單 節 は、 共 侶に 别を告 て、 旣に 和睦 整 て、 今日は 城 を 返さる ベ 

わら ** さも い? =* た ** は ふなで も は はべ fc*<w は, ャち 40 せ つ;;; が 

し。 111^ に^ ii- は、 身 の^を 賜りて、 船出して 安房へ 還り 侍らん。 玉 椿の 八千歳まで、 羊』 なく 

1^ さん こと を、 i り まつり 侍る のみ。 舘 (定正 をい ふ) 程なく 還らせ 給 は, r、 憂を轉 して 御歡 

び は、 ^^^|ならん、 と1,«^^っりぬ0 今 はし も 御 別にな り 侍りぬ。 とい ひ 5^ て 俱に身 を 起せば、 

i こ ひめ s*- めかね 一 かく こミ a すくな ねぎら モ きじ ざ ,1^ よう tt-r; ひ!? 9 ふ^ 

も貌^ -i も、 I ぉ鰣っ i 云 Ik と、 詞 寡く 勞ひ給 ふ。 當下侍 坐せ し 女房が、 一 兩個こ i ろ 得 

. r r k .J".. り こ もりた *t らうた かむ ね き その すけす ゑ もミ せいへい , .>^、 に,^ 

て、 ぎ錄の SS まで ぞ^りけ る。 有恁し 程に、 小 森 伹ー郞 高宗、 木 曾 三介季 元は、 正兵 一千 餘人 

> . 、なさい しもつ ナ つぐ 3 き お ほいし のりし 5> ものが しら そりはし ザ;!;,, き, よ ぼろ 

を^て、 ? <ほ» の 城よりか へり 來っ、 下, にわ 口る やう、 嚮に 大石憲 重の 兵 頭、 反橋雜 記、 丁 

贿^ 四 船 と^ぎす 者、 ^お 二三 百^ を^て、 城 を k ス 拿ん とて 来に けり。 开が頭 人 は、 豫 より 

せらるべし あえた る、 ぉ大ほ のま 也、 四 i 相從 へり。 議に iii さす、 

Ms は、 S 0$^f. ^ ^ぎり^き せられし、 ぎ i 

l^f 四 g も是に 同じ。 pli/t にあら す、 あ Irl^l に M しま 

ぶこ わ = -c^ タの ふたり まづ しり も あ ふぎが やつ タの つか は 

ゐら する なれば、 g ぞ^ 餘の 人に 遞與 さん。 和 殿兩個 は、 且 退きね。 扇 谷 殿よ 遣され た 

る、 g 概?^ ^に 城 を is^、 ま #0 りて 後に こそ、 II 人 は 和 殿 等の、 隨 意なる こと 勿論なる 

ベ けれ、 た《^ぉは縱がたしとて、 %!: より 內に i さねば、 く 腹 を 立て、 好々 其義 ならば、 




m 總 e ^見 八 4<iS 四 七 二 



A きょ らラミ もやす つ 彖 よめ もの ミ も たま t1 

雪 代 四郞與 保が 渾 家よ、 媳婦 よと 人に 知られて、 柬西廣 しく は 侍らぬ に、 是 賜りて 何 にせん。 

かしこ この おか い く fT いろ あへ て く こ t ろ か は 1り さの 

畏 うは 侍れ ども、 是は這 儘 措せ 給へ。 と異ロ 同 樣に辭 ふの み、 敢受 べき 意なければ、 河 堀 殿 は 

こう はて あ- ミべ によ、 r- は、 r- , しか 》1\ - いひつ け からお り あはせ ぎね らん じ や -^VKVX よ さね 

困 じ て、 後方に 侍る 女房に、 恁々 と吩 付て、 街 織の 夾 衣の、 繭 奢の 熏得 もえなら ぬ を、 四 態 

はかりいだ ひろぶ た のせ め ラレ A ら よたり ー-ー rt のた ふ ぃ釁 しら かた いぢ 

許 出させて、 廣^_ 直にう ち 載し を、 妙眞等 四箇の 婦女子に、 みづ から 薦めて 宣 やう、 汝 等の 缺直 

なる、 束 西 受られ ねば、 術 もな けれど、 時 は 今 四月の 下浣 にて、 今::: は 殊更 溫! S なる に、 去 歳 

tt こ そで あせ たへ せめ うけ こミ ねんごろ さミし i.J*4 め、 フ しん 

の 儘なる 小袖で は、 汗に « す や あらんす らん、 切て 是 をば 受 てよ。 と言叮 寧に 讒 給へば、 妙眞 

ぉミね ひくて ひミょ あてび ミ かく こ •、」 わ せめ かに かく のた ま は なほ いくたび いな 

音 音 曳手眾 節 は、 貴人の 恁 までに、 理り:^^て云云と、 宣 する を、 猶幾恭 も、 固辭ん はさす が 

ぜひな くミも かつ やが しりぞ おの (• き いで しも くら ゐ なら その 

にて、 只 得 俱に受 戴きて、 被ぎ て鑣て 退きて、 各 うち 被て 出て 來っ、 皆 席 末に 居並びて、 其 

よろこ まう す か は ほり さの ほ い しづか そなた かれら あはせ 

歡 びを稟 にぞ、 河 堀 殿 は 本意 ありと て、 徐に 其方 を 見 かへ り 給へば、 他 等 は 今 給 はりた る、 夾 

ぎね ふ. ぎね おの ~» わざ ミ ラへ き か は ほり タの いぶか ** づ その ゆ ゑ 

衣 を 下にして、 今 まてなる 蔡衣 を、 各 胡 意 上に 被 たれば、 河 堀 殿 訝りて、 先 あ 所以 を 給へ 

ぷ、 つ しんお ミね ら こたへ この ふるぎね こ .V ふゆ わがた きた お ほミの かづ おんし も 

ば、 妙 翼 音 昔 等 答て いふ やう、 這 舊衣は 去 歳の 冬、 我 瀧 田の 老 侯の 被け させ 給 ひたる、 恩^の 柬 

の はべ あはせ ぎね すな はち これ ミ きのき ね かっき ら この 

西で 侍る かし。 今 給 はりた る夾衣 は、 則 是時 服に て、 且 綺羅 やかに 侍れ ども、 いかにして 這 

じひた もの かの きう おん かへ ふろぎ Q なほ、 つへ , よき ャラ も 》 

新 賜 を、 那舊 恩に 思 ひ:^ 力ん や。 こ. -を もて 舊衣 を、 今も猶 上に 被た る は、 餘 馨を拜 して、 本 

おろか-ごころ ミか . か は ほり,〉】 の きょ ラ さめ 

を 忘れぬ、 愚 意 にこ そ 侍れ。 と 解れて、 さて はとば かりに、 河 堀 殿 は興醒 て、 又い ふよし も 

第 九 輯卷之 四ナ九 i^J 



南 總里見 八犬傳 四 七。 

は ぢ おめ /.» しり ,5- かつじ やう ひや ラ おく い さ.. いで 

恥て お 歡び をい ふの み、 阿容々 々として 返き て、 且城 兵 に 送られて、 五十子の 城 を 出し かど、 

さし ゆく へ ミ かく おもぶ せ やが た さだま さ む.? -へ か は- V ひ 

投て往 方 を 定め 得す、 左に ももに も而伏 なれば、 ^ (定正 をい ふ) の迎 にまゐ らんと て、 河 鯉 

みら あまり お ほつ か しろ ものが しら そりばし ざっき よ ほろ たくろ らラら 

の 城へ いそぐ 程に、 其路 一里 有餘 にして、 大 塚の 城の 兵 頭な りけ る、 反橋雜 記、 丁 田 畔四郞 等 

お ほつ か しろ 、つけ ミら, ざん べいわ づか にん *0 か は ご ひ のり かた 

が、 大溪の 城を受 寧ん とて、 殘兵 僅に 二三 百 名を領 て、 河 鯉の 城より 來 ぬるに 逢 ひけり。 憲儀 

これ いき ほひつ さら まづ わがしろ *ブ けミり あ す か は- *j ひ まるら そ こ みち ひき かへ つな 

是に 勢 憑きて、 然ば先 我 城を受 拿て、 明日 河 鯉の 城へ 參ん とて、 其 里より 路 を引復 せば、 綱 

さか ら、 r- やひ のり かた み ひぐ お ほつ か され こも い さら 

坂 四 郞も已 こと を 得す、 憲 儀に 相倶 して、 大 塚の 城へ いそぎけ り。 然ば又 去 歳の 冬より、 五十 

ご めうしん ぉミね ひくて ひミょ か は ほり タの は こ ひめ まもり つけ かの ミ たり 

子の 城に 在りけ る、 妙眞音 音 曳手單 節 は、 河 堀 殿と 貌姑姬 を、 守護の 爲に g られ て、 郝十 個の 

によう は うら ミも ぃミ めゃか つか ミ うざい わ ぽくミ の しろ わたし 、 な この A 'したたね 

女房 等と、 俱に最 正 首に 仕 ふる 程に、 東西 和睦 整 ひて、 旣に城 遞與の 日に 做り しかば、 這 朝 胤 

2 も か は ほり タの 4- ん わ ぼく レ かぐ しろね 仁し つ £> かつめ. つ しんお ミね ひくて ひミ 

智は、 河 堀 殿に 見參 して、 和睦の 事恁々 と、 城遞 與の亊 さへ 告ま ゐら せて、 且妙真 音 音 曳手單 

X た 1 !ミ もら あは かへ こ t ろん いそが は ミ のかた ま;- で 

節 は、 胤智 等に 先 だち て、 船 もて 安房へ 返さん とて、 心得さし つ 遠 しく、 亦 外面へ 返 出し かば、 

め 5 しんお ミね ひくて ひミょ じし さら Iff り か ははり さの は C ひめ かれら ひ つ 一ろ t め やか 

妙眞音 音、 曳手單 節 は辭丟 まく 欲する 程に、 河 堀 殿 も 貌姑姬 も、 他 等が 日屬正 首に、 仕へ たり 

なさけ かん わ^れ こがねし ろかね ちり はめ て f5 こたいまい くしかん 

けろ 好意 を 感じて、 別 を 惜み給 ふ 事、 大 かたなら す。 金 銀 を もて 鎗 たる、 手 匣玳耀 の櫛釵 

ざし てづ からこち くミ りいで はなむけ めラ しんお ミは ひくて ひミょ いなみ あへ て ひミっ うけ 

兒 など を、 手 自許多 取 出て、 錢 別にと て 與へ給 ふ を、 妙 眞音音 曳手單 節 は、 推 辭て敢 一箇 も受 

わら はよ たり か! T も ミ し づ のめ さミふ さの ご お八 いね 九 し A ベ 10! まさし お ほ は § 

す。 奴 四 人は數 ならぬ、 原は賤 婦人に て 侍れ ども、 里 見 殿の 御 恩に て、 犬 江 親兵衞 仁が 大母姥 



ミ.. PX; な ふつ > りすつ おひて t か か こ さも も ミムね ミも ふね よ さ、 3 ろ ぴ やうし ひミ こぎ 

、て、 1 弗と 祈 拾れば、 順風に 任す る 舵ェ每 が、 本船 伴 船 十餘艘 、艫 拍子 齊 しく 漕 もて 去る を、 

まねく ひら ひゃくし や、 フ い 3 まろ いは すが よぶこ ゑ ,?. かぜ ふきおく ミほズ か めく 

招か ひなき 村 長莊 客、 沙に滚 び 1® に携 りて、 喚聲の みぞ 浦風に、 吹 送られて 遠 離り 行、 船 ま 

かすか され のち さミみ さねた かまた さ *ヒ み よしひろ ち か *4 くら みだれい 

で幽に 間え ける。 然ば この 後 里 旯實堯 又 里 見 義弘の 時に 至りて、 伐て 嫌 食に 亂 入りし 日に、 三 

、7 ら f ,り ミ さミみ しょり や、 フ な この ミき すで かのち V r'Hy 

浦 四十 八 鄉を殺 1^ りて、 久しく 里 見の 所領に 做しし は、 這 時 旣に那 地の 民の、 德を 慕へ る餘波 

よしなり ねし まさのり 3 ゑ ぜ AT こん まき しきしゃ ろ- T ものがたり さ ろ よさ 

にて、 義成 主と 禮 儀の、 植し 善根なる べし、 と 時の 識者 は 論じけ る。 こは是 後の 話 也。 爾程 

いね さかし もっけた ねミも い さらつ? しろ わ た おち あら, お ほつ か t たいし は *4 

に、 犬阪 下野 胤智 は、 五十子の 城に かへ り來 て、 城遞與 しの 事 遣 もな く、 新 井 大塚及 石: m なる 

A つの しろ よしなり ねし Jt- ぢ つた かつ うらやす うしの すけ ち よ まろ づ しょの すけら !f> も おの !> そつ てわけ 

三箇 城へ、 義成 主の 下知 を傳 へて、 且浦 安牛 助、 千代 丸 圖誊助 等と 俱に、 各 士卒 を 部して、 

くだん ようい な な この あしたい ねさ かたね! も こ も fv^i !^ら へお き 

件の 准備を 做す sii に、 二十 一日に 做り しかば、 這 朝 犬 阪胤智 は、 去 歳の 冬より 常 城に rasy たる、 

お ほい 》.* のり かた つな, か らうら ひきいだ つぐ わぎ かつ われた ラじ や、 r- 

大. 石憲 儀と、 綱 坂 四 郎等 を牽 出させて、 告 るに 和議の 成りし を もてして、 且ぃ ふやう、 我 常 城 

わ さ のら ミぢ こめ か は?! りさの は こ ひめ い *4 わ さ のら もろ 

に 和 殿 等 を、 久しく 屛居 あらせし は、 河 堀 殿と 貌姑姬 の、 こ.^ に 在す る 故にして、 和 殿 等と 共 

ミも この じ や、 r く. C く ぁづ かりま も たね ミも うざい わ ぽく け ふ この W ころ おはつ か 

侶に、 這 城 郭を 領 守る、 2i 智が 用心な り。 しかるに 束 西 和睦 成りて、 今 H は c€ 所と、 大塚 

しのぶの. か あ ふぎが ャク さの かへ わ 5j のら こ t あ よし 

忍 岡の 城まで も、 皆是扇 谷 殿に、 返し まゐら する なれば、 和 殿 等 這 里に 在らで も 好、 在ら 

めんぼく はう めん ゆくて おの —まに ?-- たね ミも すんし たちもの 

ば 面目な かるべし。 この 故に 放 す、 去 向 は 各 隨意 せよ。 こ は 胤智が 寸志な りと て、 大刀 兵 

のぐ はじめの りかた つな さから の. ひきい i: S のり かた つな さか らラら 

具と、 始憲儀 綱 坂 等が、 乘 たる 馬 さへ 牽 出させて、 皆是を 拿ら せし かば、 憲 儀と 綱 坂 四郞等 は、 

. I 第 九 輯卷之 ki 十九 四 六 九 



南總 s« ^八 犬 I _ |_ 5 ハ八 _ . . 

^ さき あ ♦t.c さ こ 、- そま rji.} ざん ベい にん .0 ねまた こ ( だいがく ならび さ だず,^ はや ミき かゆ 

水 it 蟹 人 小 機眞砂 は、 殘兵三 四百 人を將 て、 沼田の 城より 這 里に 來て、 大舉并 に 貞澄逸 時、 景 

よしら わ ぼく よろこ のべ その ミ きだいが く ひや,?,?..' ぜにかね ぶ ぐ てう さ さんち や、 フ しろ 

能 等に、 和睦の 歡 びを演 などす。 當 下大攀 は、 戰粟錢 財、 武具 調度に 至.^" まで、 皆箕 帳に 寫し、 

•b く. 5 く S** あまん さま さ ごら わ た めいはく を か かすむ かつ かふら のかめ 

EH 錄に <^ して、 是を蠻 人 翼 砂 等に 遞與 すに、 明白にして犯し掠る^|<?なし。 且ぃ ふやう、 甲良龜 

f ら じ? ひ C.5 し 《 らく われ じ やうない A どの やから め こら ,, か::, 

九 郎等、 城 兵 の 苟且 我に 從 ひし は、 城内に 三 浦 殿の 宅眷 と、 士卒の 妻子 等の あれば 也。 恁れ 

れら つ ふ われ そのよし しろ f? ん くわん て ふ よし あつよし たけ おの f 

ば 他們に 不忠の 罪な し、 我 其 義を寫 して、 立關に 貼し 39 きぬ。 義 同義 武 かへ り 來 まさば、 各 

こ 力、 ゥこ こミ つまびら. 4* しへ さミ も- HA さまさつ マ b よろこ 、r 'け ちへ てた が され 

這 を傳 へよ かし。 と 言 詳 に敎 諭せば、 蟹 人眞砂 等歡び 承て、 敢違 ふ^な かりけ り。 然ばこ 

1 ノ o'.r'Ml さ 5 ぢ ず, r か がう ま A ぶ れい 4* さの り ま r- のり むな 

の 日 城内の 掃除な ども、 届ざる 所な く、 傲慢 不 鱧の 事 あらす、 禮 儀の 禮 儀た る、 =^=^、名虔しか 

あまん {>J4* さ ごじう ひや、 フ けいふく わかれ こ t ろ かくて いねむら だいがく 

ら ざれば、 蟹 人 眞砂從 兵まで、 いよ i ますく 敬服して、 別 を 惜む意 あり。 1^ 而犬 村大學 は、 

if うち さに みたちから ミき ミ まや よしら ミも あ は て ザい ゎづか よにん ,0 あら. 

i 內貞澄 田税逸 時、 苫屋景 能 等と 俱に、 安房より 從ひ來 つる、 隊兵 僅に 三百 餘名 を將 て、 莉井 

し. 5 じ ふ: あは かへ み、?. f f むら 4* さ ひゃくし やうら 

の 成 を辭し 去りつ、 水路 を 安房へ 還ら まくす る 程に、 三 浦 四十 八鄉 なる、 村長 莊客等 は, 猶別 

W もがら す こん いさ け ぁナ おひ き だ い? i く のつ も づ-な ひ, ミ r 

を 惜む者 あり。 =5=;、 每 數 百お、 沙を IS 揚て赶 もて 來っ、 大 學が乘 たる 船の、 纜 を曳止 め て 

船が * などて^ m を、 て IT 房へ 1^ り 給ふぞ や。 願 ふ は 這 地に 在 城して、 猶 善政 を 施し 給 は, i、 

ミ、 ft / * う やから to- しな .fc ろご ゑ さけ はな , 

凍鲥死 Ij の聂 ひなく、 ^^^く妻孥を養ふべし。 いかでく。 と諸聲 に、 叫びて 放つべく も あら 

ご、 く 2 ぐ さ さミ ** つ は さに み はc'ミきか:s^ょし w**^ かね > たち ひ > ね 

ざれば、 ^^學是を慰めて、 諭せ ども ロハ 资綠 なを、 貞澄も 亦 逸 時景能 も、 禁め 難つ よ 大刀 き 



ない か,; J ら のかめ く らうす *• いで そのぎ *7 らお ゆ こ あらし をな. 9 た. じ や- r- かへ こ われ .(- 

: か 中に、 甲 良飽九 郞找み 出て、 其 義心 得 候へ ども、 三 浦 i 子 は 暴 雄 也、 當 城に 遠り 来ば、 我們 

こく it なら f ころし 6 a C こ A ,? b が f 

が 敵に 降りし を、 憎みて 必 殺 やせん。 願 ふ は 安房へ 俱し袷 ひね。 と 請へば 又 三 浦 四十 八鄉な 

がう し が- 7 みん むら を さら い く f9:7 おのれら おんいき ほひ お々 したが ひ , 

る、 鄉士豪 民 村長 們も、 異ロ同 樣に願 ふやう、 己 等 は 御 威勢に 怕れ て、 從 まつりし に 候 はす、 

A X や. ?4 た こ じんせい し いつ h り や .7 た A ほり 

安房の 舘の 御仁 政 を、 其 * ひまつれ る 故 なれば、 いかで この 儘 幾まで も、 御領の 民たら まく 欲す。 

このぎ ゆる わぶ だいがく しか われし か か へ,, , , 

這 義を饒 させ 給へ かし。 と勸 解る を 大學開 あへ す、 爾 いふ を 我 叱る にあら ね ど、 城 を 返して 其 

地 を 返さす、 且其民 を 奪な ば、 和睦の 名 ありて、 和睦の 實 なし。 我何ぞ 然る 變詐を せんや。 甲 

ら fxn このぎ たん 5 ら e_J のお ャこ せん 9】 こ なん. ちら . 

良 生 も 這 議を思 ひね。 一旦 我に 降りし とても、 三 浦 殿 親子 は 先度に 懲りて、 若們を 罪す ベから 

こ-ろ もミ われ こ t に すべ かならずお そる さミし し かラ ぶん かう じんか ふ 

す。 心許なく 思 ひなば、 我 又在是 せん 術 あり、 必 怕 ベから す。 と 論つ 一 紙の 告文に、 降 人 甲 

ら のかめ らう み 、つら fc みさ も かきしるし :&ん くわん て ふ か ,ゥ ほり 

良 趣 九郞、 丼に 三 浦の 民 毎の、 罪な きょし を書寫 て、 城の 立關^ ぞ貼 しける。 有恁し 程に、 堀 

'ち さ だず み か ** くら すな はちい ねむら だいがく かま くら おもむき しゅ t つ > , だぶ がべ す はち 

内貞澄 は、 嫌 食より 返き 来て、 則 犬 村大學 に、 鎌 食の 事の 趣 を、 恁々 と告 しかば 大事 則 

そのて し モっ み うら が •i' し みん ぃミ ♦* ぉの.^そのち かへ や れん { 

44、 隊の 士卒と、 三 浦 四十 八 鄉の士 民に、 身の 暇 を 取らせて、 各 ^地に 返し 遣る に、 皆戀々 と 

さ し^^ な i か:.;' く こ だいがく ゆる なん; P らしら こ S わざ 

して、 去る に 忍びす、 猶 云云と II ふ 科 ありし を、 大舉饒 さす、 且ぃ ふやう、 若們 知す や、 鄙 語 

1! い h€9 *4 さ 、?ら き しんおん あ ん き 5 ち こラ くれい さり よるべ 

云、 幹 木に 勝る 杪 おなし。 今 新 恩 を 甘 じて、 舊地を 去らば、 後悔 あらん。 然と も所侬 なき 者 あ 

らば、 異日稻 村へ まゐ るべ し。 今 番は俱 しがた しとて、 皆 悉 出し 遣りけ り。 有恁 りし 程に、 

第 九 輯卷之 四十 九 四 六 七 



南 總里見 八犬傳 四 六 六 

しろ わ た ほり 5 ち さ だず& こ もりた かひね のぼき りよし ゆきら むね 

して、 城遞與 しの 事 を 命ぜられ、 且 堀内貞 住、 小 森 高宗登 桐良于 等に も、 この 旨を傳 へよ とて、 

*. フ しょ つ. r- けんし ら うけ fc ま は まか 9- が S も し そつ た ふな ぢ, 

照 書 一通 を 渡し 給 ひし かば、 三 犬 士等承 りて、 返りて 纏て 伴の 士卒 を、 いそがし 立て 水路 

もら. い さら 一- i しのぶの を か さし かへ ミ かく * つづき, • / i ■ * 9 

より、 新 井 五十子 忍 岡の、 城 を 投てぞ 還りけ る。 左お する 程に、 四月 二十 一 日に なりし 力 は、 

や * のうち から,..' さい ミ -r- たか ざね ものが しらな は aft-- つち ミの すけ これ. 1^ だら し モっ • ほ >り .or ,ば" ら cr * 

山 内の 家老、 齋藤 高實、 丼に 兵 頭 m 内外 助. 惟定 等 は、 士卒 一 千 許を將 て、 鎌 食に 力へ り來て 

tf;:' しう や ま のうち も き さビ 仁 ち うけ ミ そのて ミ, フ にん たけし は うらの すけ ひろ もち し そつ にん 6. 

船主 r I: 顯定 の、 舘を受 拿ら まくす。 又 其 隊の頭 人、 建柴沛 介弘望 は、 士卒 一 二百 名を將 て、 

の.? < さ ひかへ !. 1 り-.' ち ざ こ た ら -7 さ だ ザみ いね さか t もっけ でんたつ , モの 5> ^ 

船に て憲 房の 迎に ゆく めり。 この 時 堀 2 雜魚太 郞眞澄 は、 犬阪 下野に 傳 達せられて、 下知 を 

すな はち さい? = うたか ざね か まくら たち わた へて ちり はかり ^» I • • 

得たり しかば、 隨卽齋 藤高實 に、 縑 倉の 舘 を遞與 すに、 敢 秋 毫も 犯す ことなく、 隊の兵 三千 

t 二 V 5 ま づ, C ら. し そっすべ て ^ いじ ゃラ かたち ちミ らんざつ こミ い ミリた かざね 

^粗 を^て、 ^^s; まで 返く に、 士 あぎ 禮 讓の貌 あり、 毫も 亂雜 ある 事なければ、 齋 藤高實 

to- まのう ち し そつ 3 なナ い. く およ がた さる ほ-ど もら ゐ いねむら だいがく • 

よさら 也、 , 山!: の 士ぉ咸 敬服して、 及び難し と 20 ひけり。 爾 程に 新 井なる、 犬 村大學 は、 旣に 

し. た ようい たちから ミ が ら ゃミき ミ ** や ら .7 かゆよ しら だんか ふ かラ にんか ふら ゆ はく, -g.:^-* 

g ま與 しの 淮備 あり。 田 税戶賀 九郞逸 時、 苫屋八 郞景能 等と、 商量して、 降 人 甲 良能 九郞, 等 を 

もて、 f 一一? ii 同の ず眷 に、 和議の 成し よしを 告て、 且城 兵 の降參 したる、 と 三 浦 四十 八鄉の 

し みん あ ひした が よ ひつ さへ すな はちの りしめ す なん ぢら! = き いき ほひ ,- 乂 Ja ら ベ-, - ■ • 

士 民の、 相從 へる を召聚 合て、 則 宣示 やう、 若們 時の 勢 を 見て、 苟且 我に 從 ふといへ ども、 

今 は iii^yi て、 yEl, に 亦 i の 如く、 三, i 殿に 返し まゐら すれば、 若們も 故の 如く、 f 疋城 

しゅ おの. (- この * え こミ ねんごろ ミき さミせ みな. (-き t たんそく こたへ かね fv- 

主の 民 たるべし。 各々 這 意 を 得よ かし。 と言叮 寧に 說讒 ば、 大家 閒 つよ 嘆息して、 答 難た る开 



のべ くだ 八 うだい のせ こ はこ わ た すけ! = も つ..,; > -1 け まづ そのこ はこ よくみ 

ひね。 と演て 件の 三カ托 に、 載た ろ 小箱 を遞與 すに ぞ、 助 友 は 謹み 承て、 先 其 小箱 を熱覽 るに、 

ふた もみじ ま めにあり けつ ながすぎ じな き はき よしよ しなり ふうず すけさ もま ゆ ひそ 

蓥に 十二の 文字 あ, りて、 豆 有,, 一 H, 長 杉 無, 木. Hn 。義成 封、 と ありし かば、 助 友 53 をう ち ® ^めて、 

ミ f おも み まめに けつ これ ミラ じ なり ながすぎ よし • ちゃラ さん 

左 さま 右 さま、 思 ひ 惟る に、 豆 一 貝 ある 者 は、 是 頭の 字 也、 又 長 杉に 木な くして 吉と は、 長 ノ\ノ 

V, つ じ なり これ あは その じ これ も ミ \-り なり V7 ベ れん * くな すな は ち これた ぶ さ な h- in このは こ 

吉: の 三 字 也、 是を 合すれば 子"; キ髻 也。 頭と 連績 做す 時 は、 則 是頭 髮^。 然ば這 箱の 內な 

こも レ はす やなお よ さ り わがきみ や 4- ち か はべ ふせぜい t ねか かね かの て •/>、.' にん こ A な 

る は、 去^の 十二月 八日の 夜艾、 我 君 矢 口の 河 1 ^はに て、 敵の 伏兵 を?^ れ 難て、 那隊 の" 頭 人 小水 

ミ さくわん W お, < たぶ さ かへ はャ さ ミ は ぢ 

門 目に、 拿ら せ 給 ひし、 御頭髻 を、 今 返さる i にぞ あらむ すらん、 と 夙く 1^ りつ 且 恥て、 うち 

い; ふ ミころ し; * v^-® さてた ねミも こた ふ じんくんち かひ A た ** もの ぎょい おも ひきう げた *4 は 

戴きつ..;: :4、 箱 を、 懷 に 楚と夾 て、 却 胤智に 答る やう、 仁君 誓の 御貺、 御意の 趣 , 承 りぬ。 

たら くわ くん よろこ しろ ラけミ り 

立歸 りて 寡 君に 渡さば、 さぞな 歡び候 はん。 城 受取に 定められ たる、 二十 一 u に は 程 も あらす、 

ぃミま こミ はせ は わかれ つ りょくわん さし たち いね さ; - しもつ はま ささ だい ザん ミ r め 

身の 暇 を 給 はり てん。 と詞 急し く 別を告 て、 旅 舘を投 て 立て ゆく を、 犬阪 下野 政 木 大全、 留も 

もろ ミら ±>ん くわ, C- かくて お ほた しん らうす けミも よくわん かへ る やが たか ざね 

あへ す 共 侶に、 まで ぞ 送りけ る。 恁而互 田 薪 六 郞助友 は、 いそぎて 旅舘へ 還と 鰓て、 高資 

S きかね たねす けら いったり し しャ だ, cJ. ふ はて かつ もき しの ひろ ** さく * が やな ほち か おも ひき し 

行 包 胤 介 等の、 五 個の 使者に 商量し 架て、 且秋德 廣赏熊 谷 直 親に、 ありし 事の 趣 を、 想々 と 

つゆ しら き はん ゆるし いったり もろ まも このよ す ささ みな ミ おの {» はやぶ ね 

告知せ て、 歸 帆の 免 を 得たり しかば、 五 個の 使 希と 北ハ 侶に、 當晚洲 崎の?!^ 口より、 お 快 船に 

のり その さ ュ* かた ミ もび ミ いづれ r こ ゃミひ 九 ミ A しょよ、 r- みて 

うち 乘て、 :?^ 投 方へ ぞ 走らせけ る。 伴當, 1^ も 多から す、 船 さへ 舵ェ さへ 偷 得て、 f^: の 所^に 充 

この こ? のち され いね さかし もっけいね やまだう せつ いねむら:. I いがく よしなり. 3 し ん ざん 

しと ぞ、 這 事後に ig えけ.^。 然ば =1=; 、次の: n に、 犬阪 下野 犬 山道 節、 大 村大攀 は、 義成 主に 見參 

第:, 九 輯卷之 四 .F^ I I I , 四^ 五 



南 總虽見 八犬傳 四. 六. 四 

ぃミ わ 5^-,..^ 4* づり よく ん ♦* か き はん ようい なほん A さ 3 もろ ミ. b ぃミ まつ 一 ひ 

んを敎 ふて、 我 們拉先 旅舘に 返りて、 歸. m の淮 偏.^ すべ けれと て、 直 江水畸 も. 共 侶に、 告別 乞 

ぃ§ かしな のい そが は たち その W きいね 九 しんべ ゑ すけ ミも 

つ 身 を 起せば、 犬 塚 信濃遽 しく、 立て 遙に 送りけ る。 當下犬 江 親兵衞 は、 助 友に 向 ひてい ふや 

こミ もヒら r おいへ か は-ご ひもり ゆき ひ ミりー*) か は- ゴ ひすけ た ら たかつ ぐ くし 5 つね みや, 7 じょ 

う、 言 新しく 候へ ども、 御 家の 忠臣、 河 鯉 守 如の 獨 子なる、 河 鯉 佐 太 郞孝嗣 は, 靈 狐の 冥 助に 

ざんし ,いは まねか まさき だ いぞん もら た け か し 人 そめ ひ じ j 

て、 讒 死の 刃 を 免れし より、 . ^木 大全と 名 を 改めて、 今は當 家の 家臣たり。 其枉 冤の 罪なる よ 

ち ふぎが やつ り や こうし たかつ ぐ きこ あゆ かの しへ た! t さき ,か 

し は、 扇- 谷の 兩 公子に、 孝 嗣みづ から 開え 上て、 那寃, を 解た れば、 後に こそ 听る ベ けれ,。 

こ 》 ぎ こ-ろ つぐ . すけミ もさ た ん 尸 . か は ご:. J おやこ . ち.,' しんな り 

這義を 心得 給 ひね かし。 と 告れば 助 友 嗟嘆して、. 現に 河, 猶 親子の 如き は、 忠臣 也 孝子な るに、 

VW し 6" そこ/" ま U りんつ 一く ここ,, な くい 

讒 者の 爲に害 はれて、 親 は 死し、 子 は かれて、 今より 隣國の 股肱に 做れ る は、 悔て 及ばぬ 

事ながら、 i 折 を もて 對 面して、 後の * 交 を 結ば まく^す。 這 誼 を 饒し給 はす や。 とい ふに 親 

y S よ. r こ そ .f* しぶす 44 なら ミ のかた た rju み *4 さき だ いぜんた かつ は、 すん きり 

兵衞歡 びて、 悄と 重紙戶 をう ち 鳴せば、 外面に 立 在た る、 政 木 大全 孝嗣 は、 方 三四寸 なる 梧桐 

こ A こ だい のせ そ たづ さへ t づ そのこ a こ ■ い ねさ か" ほミり さしおく 

の小& を、 三が 托に うち 載て、 开を 携 っ內に 人り て、 先 其 小箱 を犬叛 の、 身邊 にや をら 閣 

ま? し VV t すな ** ちたいつ ぐ まづす ナミ も ひきめ は かたみ こうぎ わ ぼく よろこ のべ 

is に、 親 を ハ^ ^ 孝嗣 を、 先 助 友に 引合 すれば、 迭 のロ宜 他事 もな く、 和睦の 歡 びを演 にけ る。 

t^z€^sh7 、 さかし- つけ iu\ まう だ、 < ひき さてす け! i も つぐ さき あ ふぎが やつ タの ゎぼス *f かひ 

nilinlir し^ g 下^ は、 件の 三方 托を曳 よせて、 却 助 友に 告る やう、 嚮には 扇 谷 殿 和睦の 誓に 

P おく ^/£くん はいじゅ よしなり こ .5 くさ おく もの 

とて、 箭 を.^ て, り 給 ひし を、 寡君旣 に拜受 せり。 是 によりて 義成 も、 亦 這 一 種 を もて 贈り物 

k さ これ ミ, つ ざ、 しんし まじょり A ひそむ か も かし このよし よろし けんこ ラ きこ あ ひ 

とす。 正に 是 東西 唇齒 の.. 交 I を、 結びて 相! fnc ざらん 照据 なり。 這義 宜し 賢 侯へ、 節え 上させ 給 



ミの ぃ;^ し はぶき つ これすな はち こ ミびミ い a や **1!、 つせ つたて は せんじゃ、.' た r ミも 

る 程に、 外面に 咳 して、 突と 内に 入る 者 あり、 是 則 別人なら す、 犬 山道 節帶刀 先生 忠與 也。 

いね づ かいね さか A は ひ ざ 9 すけ ミも おもしり t 

犬 5^ 犬阪の 問に 坐して、 と 助 友に 向 ひてい ふやう、 旣に面 善に て 候へ ども、 折なければ いま 

ぎょい *! わぎな じ や ラ ち かへ もちろん なり さはれ 

だ 御意 を 得す。 和議 成りて 候へば、 約束の 日に 至りて、 城 地 を 返し まゐ らせん 事 勿論 也。 遮英 

せん ぢゅ たけの つか ほ きた レゃラ おちあゆよ の < りたね お やぼん ひ が, す. Cy5 なつ ゆ S じ ミく. 5. いほつ 

千 住 竹^に 遠から ぬ、 徳 北の 莊は、 落 鮎餘. \ 一七^ 種の 乾 父なる、 氷垣殘 三夏 行が、 自得 開發の 

しんで., C ありた ft しょ ミく なり i ありた ね ね づのャ ちラじ ざ ん 1>ん たん もつ らく あ ふ >i 

新田に て、 今 は 有 種が 所得 也。 然を有 種 は、 根 角 谷 中二が 讒言に て、 一 且沒 落し たれ ども、 扇 

が P つ-どのよ いぶく 6 りたね ひそか びんぎ しのぶの を か しろ ほ きた しゃ、 フ ミ りかへ じ はぢ 

谷 殿 敗北の 折、 有種悄 地に 便宜 を 得て、 忍 岡の 城を拔 き、 且德 北の 莊を 怖復 して、 1 時に^ 

きょ され ミ、 っざ いわ ぼく ありた ね ミ きさ ミ しのぶの 4* か しろ かた かへ 

を 雪め たり。 然 ども 東西 和睦の 上 は、 有 種に 説諭して、 忍 岡の 城 は、 形の 如く、 返し まゐら 

い ぎ た r しほき た しゃ. 7 その ザ 人-. M むら もりた ね ず ゐじラ 

せん 事、 異議 あるべく も 候 はす。 但徳 北の 莊と、 其 前後左右なる 四箇村 は、 皆 有 種に 隨從 せり。 

y I くだん ひら ありた ね . じ != く かへ しゃ, Is ん かの A りたね 

有 恁れば 件の 五箇村 は、 有 種が 自得に て、 返し まるら すべき 莊園 にあら す。 那有種 は、 いまだ 

^^>け その, J, ゥミ なつ ゆき ミも も ミこれ ミ し 》* ざん た. フ われた V. ミも くうこく S ょラ おん お. 5 ひ 

當 家に 仕へ ざれ ども、 其 岳 丈 夏 行と 俱に、 原是豐 島の 殘黨 なれば、 我忠與 と、 空谷 跫 音の 憶な 

きに あらす。 這 義什麽 。と 論 すれば、 助友听 つ.^ 點 頭て、 其義 こよろ 得 候 ひぬ。 豫 より 聞く、 郝 

ftk^fcu ぶ ょラ ぎ し なり *f5 しょ ミく しャ、 ゑん たれ りゃう だつ そのよし くわ くん さだま さ 

有 種 は、 人の 許せる 武勇の 義士 也。 其 所得の 莊園 を、 今更 誰か 掠奪 せん。 其 義寡君 (定 正い を 

_き こ も, し, そん — の. きち こミ もちろん なり このぎ こ-ろ やす 》f.;> I 

ふ) に閒ぇ 上て、 子々 孫々 に 至る まで、 除 地た らん 事 勿論 祖、 ,這 義は 心安 かるべし。 と 誓 ふが 如 

こた い ctj しんべ ゑ いで S このむ しろ たか ざね S*- かねた ねす け こミ 

く 答 ふる 折から、 犬 江 親 兵衞も 出て 来て、 這 席に 入りし かば、 高 實行包 胤 介 は、 言の 長くなら 

第 九 輯卷之 四十 九 四六ョ 



南 總里見 八犬傳 四 六 二 

第 九 輯卷之 四十 九 

もりた かかう つ. U. フ こ くん わか 

?ー ョ: 戌 孝 孝 V ^全して 故 君に 利る f=S の 題目 も 附) 

第 百 七十 九 iHi 下 たかつ X I いろ r 錄は よる } 

孝嗣義 LL 仗 リて舊 主に 辭ふ 

び ミ くお ill すォミ もさい ミラた かざね しも^-5べ ゆきかね はらた ねす け なほん しゃう じ かねみ つ & さき もまん さら いね さかいね づか いねむら 

m ^、! 友 1^ 藤 高實、 下 河 邊行包 原 1 介、 直 江 莊司兼 光、 水 崎 螢人等 は、 犬阪犬 塚、 犬 村 

, r" かよら しょ ナ、 し しも V おく り かけはなれ ざ しき いた なり うぢの h- ふさ ミ もよ しミ もやす 

ガ^ 等の、 諸犬士 に案內 をせられ て、 在 奥て 乾淨處 たる 坐 席に 造る に、 成氏惠 房、 朝 良 朝 寧、 

ょク. ii はら しょよい しゃう * のつ: t つ さ ぁづ かり にん モの 

自 I 等の 諸^ 將は、 旣 に其告 ある を もて、 皆う ち聚 ひて こよに 居り。 管衞の 武士 二三 十 名、 其 

i ぐち t..f その! = きすけ ミ もた かざね S きか a& ひたり しょけんし も ひひ か おの .(-• し S はャ 

口に ぞ 侍りけ る。 當下助 友 高實、 行 包 等の 六 個の 使者 は、 諸 犬. H に 相 引れ て、 各 其 主に 拜 

えつ お b に r b. ざ つ .《 が しゅく わ y っ^ むかひ 

謁す。 面 正し くもなき 所以 なれば、 只 恙なき を 祝し つ、 且 和議の なりし を吿 て、 近き 日に 迎の 

し tfN *♦ いてし よはいし や-.' たれ ひ! =り はぢ いらへ は rr. t 

士卒 を まゐら すべし などい ふの み。 況 諸敗將 は、 ^^か 一 人 も 恥ざる べき、 應だに 5^ 敢々々 し 

のりし >.M ね ひさ ミり あは さミみ じぜん いね 九 しんや,、 かう けん つゆ へつ JJr^ ひ 

からぬ を、 憲\1* 跳 久執 合して、 里 見の 慈善と、 犬 江が 神藥 の、 効 驗を告 などす。 是 だに 諛 言 

すけ ミも よく ャが ぃミ *♦ つ: i> ; 9 きかね たか y ねら ミも き やく t ' » 

に 似 たれば、 助 友 は 好 も 聞かす、 鑣て 身の 暇を告 て、 行 包高實 等と 俱に、 皆 客の 間に 返けば、 

、 さ- Js し b っタ、 a づ しなの これ 、< じつ すけ ミ もら たいめ よろこ のべ じ さら 

^阪下 7 虬犬塚 信 濃、 是を 送りて 異日を 契る に、 助 友 等 は、 對 面の 歡 びを演 て、 辭し去 まくし ぬ 



月 二十 一 nz は 吉日 也、 この: :! しかるべ しとて、 這 議を以 答 しかば、 ニ犬士 則 義成 主に 閒ぇ 

あゆ くだん む たり つか ひび ミ ひ. い なり- フ g い か しょはい しゃ. r- たいめん ゅろ この だん なほな が 

上て、 件の 六 個の 使 人 を、 引て 成 氏 以下の 諸败將 に、 對面を 健し ける。 這 段 は尙長 やかに て亟 

に盡 すべく も あら ざれば、 又 卷を更 めて、 且本囘 の:^ 末に、 解 分る を聽 ねかし。 



第 九 輯卷之 四十 A 四 六 1. 



南 縐里見 八犬傳 四 六 〇 



こて i きいね. ひ-^, r ひやう ゑら りゃうお, C つか ひ はいけん H* り や. フ よろこ ま 、ひ . のち けんそん 

帶ガ犬 飼 現 八兵衞 等、 兩御 使に 拜見 して、 受領の 歡び を稟す ものから、 是 より 後 も 謙遜して、 

-Js みす: h じょうかみ おの/. \ はぶき あへ てミな へ なかんづく. ミも よした ふ のち. ― だラ せっさう すけ よ £< くわん 

守 介 尉 頭 は、 各 省て 敢唱 す。 就中 忠與義 任 は、 後々 まで も? 猶只 道節莊 介との み 呼せ て、 官 

みや ラ しょう まいて, かく しら きこ これ 

名を稱 する 事な し。 況六位 U る 事 は、 祕 して 人に 知せ ねば、 世に は閒 えすな りに けり。 こは是 

のち ものが ヒり なり いくて りゃうから ラし よもの がしら り や., おんつ かひ はいん つ は いぞん もてなし きふ じ わかさ ぶら ひ 

後の 話 也。 恁而兩 家老 諸 兵 頭 も、 兩 御 使に 拜 謁して、 配饌の 欽待淺 からす、 給 侍の 靑 .H 

いよ さんか、 1 び& つく せいぜん もつ ミ ものち よしみちち t 

入り り 立^り、 山海の 美味 を盡 せる、 盛饌 はいふべ くも あらす。 最 後 に、 義通 父に 代りて、 

ひろま さぶ i ちか さか づき す t たち は しろお の 》1\ しろ かね ひミも t ひら ひか され き やうけ ざっし やう ミ もび ミ しもべ 

^當 親に 酒杯 を 薦めて、 大刀 馬 代 各 白銀 一 枚 を牽れ けり。 然ば京 家の 雜掌、 伴 當奴隸 に 



至る まで、 =1^ 珍 饌に飽 ざる はなく、 且折 乾さへ 賜りて、 いよく 醉を盡 しけり。 旣 にして 日 は 



vt^ この ひしろ り や、 r- おんつ かひ ひろま さな ほち か じし てろ ぶふら t ミも . r ま 力 

傾きて、 又當*£も5|^^かば、 兩 御 使 廣當直 親 は、 辭て照 文 等に 送られて、 俱に 旅舘へ 返りけ 



り。 この 日 がぎ 藤 高實、 下河邊 It^ 原亂 柳、 直 江 水 崎 等 は、 客の 問に て 饗饌の 儲に あへ 

、 さいし.. 3 つ ナ、. CT う. Si し. の 、• ^?ひらビぃがくぃ^?かはながさ ら か; i みが はり いで き さか づき す すけ •、、 もら 

り。 14^1 下,^ &信 濃、 犬 村 大舉犬 川長狹 等、 迭 代 に 出て 來て、 酒 盃を薦 むれ ども、 助 友 等 



は^ひて 多く 喫ます、 ロハ 城 遞與の 日 を 定められて、 返りて 淮備 せまく ほしと いひけ り。 旣 にして 

さ. づき, V さま いね づ かい £3 さか もろ ミも いで き くだん む たり つか ひび ミ くんめい つた ふ わ ぎ.! 

酒盃納 りて、 又 犬 録犬阪 は、 共 侶に 出て 来て、 件の 六 個の 使 人に、 君命 を傳る やう、 和議 旣に 

£ い C 、つ t のしろ i いしゃ、 r-ii ち し さい かの きみたち めんだん 

だる 上 は、 箇成を 返して、 ^將達 を 送り 遣らん 事、 今 さらに 仔細な し 。那 君達に 面談して、 

ノゾ -っ すけ ミも. U かざね ゆ さか ねら あ ひよ ろ-一 だんか ふ むいか この 

時日 を定 むべ し。 と ありし かば、 助 友 高 實行包 等、 相歡 びて 商量す るに、 今より 六日の 後、 本 



一 ミも かま くら う だいじん さね ミも ゐ たいじん ラげ ざ いこ; ro-v--/ 

一 俱 にい ふやう、 昔 鎌 倉の 右大臣 (實 朝) 居ながら 大任 を稟 まつりし より、 =1=^ 身 は 在^して、 受領 

す,、 な さる せんごく かっきょ じゃラ らく もつ: M もた やす なに ゐ 

. しぬ る も 砂から す。 然 をい はんや、 戰國 割据の 今の 世 は、 上 洛最 溶 易から す。 :!: ぞ 居ながら 

うけ せんじゃ ラ これ むろまち^>.-の しっそ ラ そ 

: 受 まつる を、 僭上との み 之 せんや。 この 義は 室町 殿の 執奏 にて、 定められ たる 恩 赏な るに、 开 

しひ いろ まラ ゐ ちょく いか *t おん 5 け ミか よしなりの: r\ みち 

を强て 辭ひ稟 さば、 逯勑の 罪 を爭何 はせん。 御 承 勿論なる べし。 と 解れて 義成脫 る i 路な く、 

ラ ちあん かう ベ もた ゆ やたり い ** しら うけ lit は わがた うわく さつ 

沈吟 じたる 頭を擡 て、 八 個の 犬 士を旯 かへ りて、 汝等も 承 りつらん、 我當 惑を查 しね かし。 と 

けんし ら め いらへ けの く は けの はや すな はち こ. U へま ,> す 

いはれ て 犬士等 阿とば かりに、 應て毛 野に 目 を 注 すれば、 毛 野 は 夙く 心得て、 刖 答 稟 やう、 

わがきみ ご ふ し ご えいしゃく わく ら ミころ なり され わくら ザ. C や. ひ やす 

我 君 御 父子の 御榮爵 は、 臣 等が 願 ふ 所 也。 然 ども 思 ひがけ もな き、 E 等が 受領 は 胸 安から す。 

た V へち ミ かいき ふ ザり ゃラ これ みだ このぎ いく たび 

縱些の 階級 あり とても、 君臣と もに 受領の 名 あらば、 是 上を亂 る. -也。 這義 ばかり は幾悉 も、 

f> じ ? ねが しんべ a しの だ、 ゥ せつ だいかく さう すけ ん -- ぶんご もろ ミも い > 

只 御 辭表を 願 ふの み。 といへば 親 兵衞信 乃、 道 節. K 角 莊介現 八 も、 又 小 文 吾 も 共 侶に、 同意の 

_ よしなり きふ おし ミ r ろんぎ ふ けいなり まづ うけ のち 

よしをい はまく する を、 義成 急に 推禁 めて、 こ- - にて 論議 は 不敬 也。 先 承 まつりて 後に こそ。 

一 さミ ひろ t さな ほち か ちょくた ふいぎ ひろ t さな ほち かも ひ よろこ た •* へ 

一と 諭しつ 又 廣當直 親に、 勑答 異議 もなかり しかば、 廣當直 親相歡 びて、 いふか ひ ありと ぞ稱け 

きれ つぎ ま この もんだ ふ f り や、 T から、 r- しょし ! もがら おも は ざい 

一 る。 然ば 次の間に、 這 問答 をう ち閒 ぬる、 兩 家老 諸士の 每、 憶す も歡 びの 聲を 合せて、 千歳 を 

- ミ なへ ちょくた ふ はて き やうお、 T しいね え しんべ ゑ あ ** さきてる ぶ みら りゃう おんつ かひ しろべ 

ー唱 ざる 者な かりけ り。 勑答旣 に しかば、 饗應使 犬 江 親 兵衞、 蟹 崎 照 文 等、 兩 御 使に 案内し 

こミ ひろま はいしゅ ゐ や いなづか しなの いね さかし もっけいね ひ. b だいがく いね か はなが さの しゃう すけ いねた ぶ A ご いねや 

一て、 別廳 にて、 盃 酒の 禮 あり。 犬き 信 濃、. 犬阪 下野 犬 村 大擧、 犬 川 長狹莊 介、 犬田豐 後、 犬: 山- 

^|九|輯 卷之 四十 八 四 五 九 



南 總里見 八犬傳 • 四 五 < 

; ちょく. いおみ ひろま さ あ は てう おん しら このお むね むろまち さの お ほせ あは 

一 勑使代 臣廣常 を、 遙に 安房へ 遣され て、 朝恩 を 知 しめらる。 這 御 旨 は 室町 殿に、 仰 合さる i 所 

• くまが 《■ うぢ If み f, うしよ つぶ. 3 つ t びら か ょラぃ ひろぶ fc かむ り 

也。 態 谷 生の 窗 したる、 御 敎書も あるなる べし。 と 備に 告ゅ 詳 に 示して、 准 倫の 廣蓥 に、 冠 

一 iO> まう し しゃぅ.^^く いくよろ ひ のせ す つ、 フ & き ミも ひ た くま.:^ やな ほち か むろ ち さ ^ ^ 

烏帽子、 朝 服 を 幾領か 載た る を、., 數 通の 位記と 俱 に遞與 せば、 又 熊 谷 直 親 も、 室町 殿の 御敎 書. 

f ミラで よし, り Cf し わ; i よし! TJ ねら ラこラ &ャ うだい ほりう ちぐらん * ヒ さだゆき りゃうから、? ら ミも つぎ 

を、 拿 出て 義成 に 渡しけ り。 這 時 義實老 侯の 名代なる、 堀內藏 人貞行 は、 兩 家老 等と 俱に、 次 

t わさ た, r- せき はいち o*,,.' され んんが は はべ けんし ら て、 7 しやう お ほけ な 

の 間に 在りし を、 召れ て當 席に 人り て拜聽 す。 然ば 外廂に 侍りた る、 八 犬士等 は、 朝 賞の 過 

1.^ な ひれふし ま t かう ベ もた ぐ その ミき よしなりね し つ 5 しん ちょくた ふ 

: きに うち 驚きて、 皆 平伏た る 儘に して、 頭を擡 る はな かりけ り。 當下義 成 主 は、 謹 で 勅答す 

お ふよし なり せん.?. い び こ、 フ ふ そ み り か しん それら やたり .ife ちょうしゃく ちょくしゃう うけ; i^i は 

らく、 臣義成 繊芥の 微功を もて、 父祖 三人 家臣 某 等 八 人も惧 に、 重 爵の勅 赏 を 承 る 事、 

こん こ ためし ち t よし ざね すて ゑ のり こ ろ らうび や、 < 'かの み せま 

今古に 例 あるべく も 候 はす。 且父 義實の 如き は、 捨て 榮 利に 心なし。 老病 那 身に 逼 るの 故に, 

みやう にい ぶい そ、..' これ ふ けい なに さんる かたじけな つかまつ まいて いねん しんべ ゑ ら やたり 

名代 を もて 拜 走す。 是 だに 不敬に 候に、 何 ぞ散位 を 辱う 仕 るべき。 況犬江 親兵衞 等、 八 人の 

ずり や、 フ もったい よしなり. は、 7 モラ 二く かみ H» りゃラ か しんやたり よしやち よくし や、 フ 

受領 は勿體 なし。 義成 僅に、 房總ニ 箇國の 守に して、 受領の 家臣 八 人 あらば、 非如勑 賞な りと. 

せ,, - じゃラ つみ か も のみつ か:: i.b„i«.f- ていご にち^ めい: t つ い れ かたぶ 

て も、 懵上 に似て 罪 免る ベから す。 物 盈る時 は 必 氍く、 亭午の 日輪、 三 五の 明月、 孰 か 傾き 

■s. ナ よし より そのつ み るた かけ じ 7 てまつ iJ? 力 

齢ざる べき。 義成は :54 盈るを 願 はす、 盈す辭 すして あるべき のみ。 いかで 辭表を 獻 らまく 欲 

„ お A ミり なし ュがは いろ ひろ ** さき t その けんそん さ わう じ "fczsy / 

す、 御. 執 成 こそ 願し けれ。 と 辭ふを 廣當閒 あへ す、 其 謙遍は 然る 事ながら、 王事 監 ことなし。 

一 綸言 は 汗の 如し、 出て 二た び 返さる ベから す、 只 承 まつる にしく こと あら じ。 と讒 せば 直 親 も 



そ s ち 5^ い さいさ いはん や ** たこ も ろ たいてき ふせ » さか ひ い 

其 忠誠 を 致す 事、 再度に 及べり。 矧又去 歳の 冬 は、 三路 の大献 をよ く 防ぎて、 ー步も 境に 入 

じ き や、,.' てき ラ ちしり <J くにた みミ たん ♦* ねか これ L かしながら その か しん よびな 

るよ ことなく、 一 時に 强敵 を擊 退けて、 國民 塗炭 を 免れたり。 是. 併 お 家臣、 八 犬 士と喚 做 

ち けいぶ よ 、フ たすけ よ そのい さ あに せんせ 5 それたい こ- 3 かならずち よ 5 しゃ、 r- おこな 

す 者の、 智計 武勇の 羽翼に. a れる、 其功豈 鮮少な らん や。 夫 大功 ある # は、 必 重 賞 を 行 ふ 

しゃう ほった し けんろ ふさが せう じん ミ き え た ふ よしなりみ そん しゃ ラ 

べし。 賞 罰 正 からざる とき は、 賢路 室れ、 小人 時 を 得て、 民從 はす。 この 故に 義成 朝臣 を 正 

るの じ やう させ 5 しゃ、 フ あ はの かみ けん? -づ さの すけ もミ ちゃくした ら、 r- よしみち じラ ゐ, の は ゑ もんの すけ 

四 位 上、 左少將 とす。 安 1111^ 守 兼 上總介 故の 如し。 嫡子 太 郞義通 を、 從五位下、右衞門^^とす。其 

よし ざね も そん いんさん すで さう &ふ ぶ こ、 r- ひな りんじ ほ、 r- そん よ き f つ 

父義實 朝臣 は、 隱遁旣 に 久しと いへ ども、 創業の 武功 虚しから す、 麟兒鳳 孫、 克く獎 裘を嗣 ぐ 

Ai * ちぶ き や、 フ その か しん い ねん しんべ ゑ きょねん みやこ つか ひ たやす 

に 足れり。 こ. M を もて 治 部 卿と す。 又 其 家臣、 犬 江 親 兵 衞てふ 者 は、 去年 京師に 使せ し 時、 輒 

くし ミら た いぢ りゃう せんめん, ど な ちょくし だい あきしの ひろ t さ ちラミ かれ 

く 虎 妖を對 治して、 良賤 安堵の 思 ひ を 做せり。 この 故に、 勅使 代、 秋 德廣當 を もて、 中途に 他 

を 追し めて、 爵位の 宣下 ある ものから、 他 亦 綮す出 ありて、 辭 ひて 稟 まつら ざり き? 故に 今度 

fp なべ モ の けんし じ. rv , ゐ t じょ いねん しんべ ま まさし ひや、 ri; のじよ- r- . いね さかけ の 

改めて、 並て 其 八犬士 を、 從六 位の 下に 叙すべし。 且犬江 親 兵衞仁 を、 兵 衞 尉に、 犬 阪毛野 

たね ミも しもつ けの すけ いね づ かし の もりた か しなの のす け いねやま だ 、つせ つた ビミも たて はき せんじゃ 3 いねむら だいかく まさのり 

胤智 を、 下野 介に、 犬 嫁 信 乃 戌 孝 を、 信 濃 介に、 犬 山道 節忠與 を、 帶刀 先生に、 犬 村 大角禮 儀 

だいがく のか & い か はさ- すけよ した ふ ながさの すけ いね かひ ゆん のぶみ ち ひや、 r- ゑ ごんの すけ いねた こ ぶんご C- すより ぶんご 力 

を、 大學 頭に、 犬 川 莊介義 任 を長狹 介に、 犬 飼 現 八 信 道 を 兵衞權 佐に、 犬 S 小 文 吾 悌順 を豐後 

すけ な ミも ちう せんたい こラ て、 r 'しゃうな り このぎ よしなりめ そん、 け く;.!, < やたり たいた う 

介に 做さる、 俱 に忠戰 大功の 朝 賞 也。 這 義は義 成 朝臣 承 まつりて、 件の 八 人に 配當 すべし、 と 

あまつ すべらみ こミ みこ ミ のり のた ま これ よ しやう けいまた だいしう せう べん 3 けた ま は りんじ ぢ もく おこな は 

天 皇 が 詔 して 宣 へり。 是に. E りて、 上 卿 及 大使 右少辨 奉 り、 臨時の 除 目 を 行 れて、 

第 I 九 輯卷之 四十 八 ^ 1 s,^ 七 



南 總里見 八犬 傳 四 五六 

らんぐん 、ヮち おもて みし そ なか る さき あ ♦* ん? >J *^-りぃねむらね^> 

は亂 軍の 中に して、 面 を 認られ ざるなる べし。 开が 中に、 水 it 蟹 人の 如き は、 かの 折 犬 村 主に 

た t か まけ こ いそ まさご もろ ミも ふかで たへ まね か は ご ひ しろ き を こ 

戰ひ負 て、 小磯眞 砂と 共 侶に、 深 瘐に堪 す 身 を?^ かれて、 其 後 河 鯉の 城に 來て 在りし かば、 今 

たび つか ひ たて この., v./> こ こ い そ ま, 二 が きんしん もちみ の らうし なが は ら ラ いなの ミ 

番の 使に 立ら れ たり。 只這漢 のみなら す、 小 磯 真砂、 又滸 我の 近 HH 、望見 一 郞品革 七郞、 又稻戶 

つもり じう 4^ ん つまり また ぎの & らラ ほんじよ せんちょう まねか あへ てこし かた? * ひ かへ 

津 衞の從 軍なる、 妻 有 復六荻 野 井三郞 も、 かの 折 本 所の 戰場を 免れ たれ ども、 敢 越の 片 貝へ 還 

つもり もんき しら か は ご ひ しろ なほん ん りう つもり む へ もの 

らす。 津衞の 安危 を 知 まく ほしと て、 河 鯉の 城に 來て、 今 も 猶流留 す、 津衞の 迎に來 つべき 者 

なり きの ふ ご ゑつ * でんて き け ふ ぐ ぜぃ りゃう りん な よ f ..V しへ 

也。 咋は 5. 力 越の 怨敵たり、 今 は 虞 w の 良 隣に、 做れ な は 仁義の 餘德 ならん。 いかで 敎を願 ふの 

しゃ けの しの しんべ ゑ だいかく さラ すけ けん こ ぶんご わぎ な し うぢ やく 

み。 と 謝すれば 毛 野 も、 信 乃 親兵衞 も、 大角莊 助、 現 八 小 文 吾 も、 和議の 成りし を 祝 著す。 

そ だ..' せつ きか ごミ もくねん その ミ きょしな りたな そこなら たれ も このむ たり つか ひび ミ > やく 

开が 中に 道 節の み、 聞ざる 如く 默然 たり。 當下義 成 掌 鳴して、 誰か 在る、 這 六 個の 使 人 を、 客 

ま しるべ よびたて あ こた ふ たちから はャ S もま ろ し &ミき つぎ ま 

の 間に 案內 をせ す や。 と 喚 立ら れて 阿と 答る、 田 税逸友 满呂重 時 は、 次の間より 身 を 起し 來て、 

すけ W もい か つか ひび ミ しるべ .0 ぁミ * こ-こ VV つし や、 7 いったり むたり のこ さる ほさ 

助 友 以下の 使臣に、 案 をし つ. - 以て 返けば、 迹には E の雜 掌の み、 五六 名ぞ 遣りけ る。 爾程 

あきしの しゃ-つ さ 5 ひろま さ よしなり はラ しう しょ ラ しん せん: 5? つぐ よしなり こたへ はて よし 

に、 秋篠將 Si: 廣當 は、 佶と 義 成に うち 向 ひて、 房 州 升 進の 宣下 あり。 と 告れば 義成答 も す、 義 

t もろ ミ も せき さけ はいち やう ひろ y つくろ せん おもむき べつぎ あ つす ベら ふこ ミ みこ ミ のり 

通と 共 侶に、 席 を 避て 拜聽 す。 廣當 威儀 を 繕 ひて、 宣下の 趣 別義 にあら す。 天 皇 詔 

さ め はの かみ けん かづ さの すけ みなも ミ ぁモん • & ャ S め おご ザん せいじんぎ _ 

しての たま はく、 里 見 安房 { 寸、 兼 上總介 源 の 朝臣 は、 禮を 好みて 富 ども 驕ら す、 善政 仁義に 

を- r、4i したし けんさ こ f もって はろ? t こうけん レ しゃ 

あらざる 者な く、 國 治りて 民 親み、 賢 佐 多し と 開え たり 。是を 以逾に 貢獻の 使者 を まゐら せて、 




第 九 輯卷之 四十 A 四 五 五 



南 縱里見 八大傳 , 四 五 二 




うや { よしなり け, OJ,? その y a やす わくら ,や-.' け ま 二 £ 

めつ、 恭 しく 義 成に うち 向 ひて、 賢 侯 其 義は御 こよろ 休 かれ。 臣等 は、 京 家の人なら す、 實 

あ ふ がャ つや まの うちこが レゃ. 7 おはた しん らうす けミも さい ミ, さ ひや、 r-a! のす けた かざね しも か .fv し C-5 じゅき かねら 

は、 扇 谷 山內、 滸 我三將 の老黨 なる、 互 田 薪 六郞助 友、 齋藤 左兵衞 高實、 下 河 邊莊司 行 包 等で 

さ ふら ふな .9 われ- ち らう;.! うはらた ね ひ S はら あかしの すけた ねす け なが,? - ら だ、 つ なほ 九 しゃ f 

候 也。 又 ロハ 我們 のみなら す、 千 紫の 老黨原 胤久の 弟なる、 原 赤 石 介 胤輔、 長 尾の 老黨 直江莊 

じ み ラら ものがしら,^さきぁ*4人さら こ t はべ くわ くん さ だ t さもき さ だ しゃ •r' ぐんけ ご けんせ ir- しこ わ ぼく 

司、 三 浦の 兵 頭 水 崎 蟹 人 等 も 這 里に 侍り。 寡 ili^ 定 正顯定 は、 將軍 家の 御 讁贲 に畏 みて、 和睦の 

おんう け つか ** つ けんこ ラ f.l いなや しら き 7 け おんつ かひ こ ひ 

御 承 を 仕 ろと いへ ども、 いまだ 賢 侯の 同意 あるべき や 否 を 知す。 この 故に 京 家の 御 使に 請 ま 

われ f» その ミ もび ミ いでたち ぐ す. さんつ. J- まつ 》> へん ;- へん かいよ -7 

つりて、 我們 其伴當 に打扮 て、 俱 して 推參 仕 りぬ。 事機變 に似て 機變 にあら す。 いかで 海容 

ねが ひたて まつ い く さ 3 ゃラ ちんしゃ たづ さへ き しらき f^^r さ; i** さも, さに 4- り わ ぼく ちか ひ 

を 願 奉 る。 と 異ロ同 樣に陣 謝して、 携來 たる 素朴の 三方 托に、 定 正顯定 の、 折て 和睦の 誓に 

しらは そ や す • ち のせ すけ ミ もた かざね ミり も: t よしなり ねし しんてい その ミ 》- しも か..' ベ はら なほえ ふ 

したる、 白羽の 征 箭ニ條 載た る を、 助 友 高 實拿揚 て、 義成 主に 晉呈 す。 《=5 下下 河邊 原、 直 江 水 

^iisi^li も、 俱に義 成に うち 向 ひて、 額 を 衝き拜 謝して、 和親の 使养の 禮を盡 せば、 熊 谷 直 

ちか ミりぁ ♦* し は、 し. ひそり やく が たま り や、!' くわん れいしょ はいしゃう ひたすら わ ぎ われ そのつ かひ 

親 執 合て、 房 州 疎略 をな 咎め 給 ひそ。 兩 管 領 諸敗將 は、 只管 和議 をい そぐ の 故に、 我 其 使 を 

將て れり。 と陪 語れば 義成 異議 もな く、 其義 こよろ 得 候 ひぬ。 と 應て傍 を 見 かへ りて、 件の 

し しゃ こ K ふ おも は ミみ つ- 7;,、フ よしなり よろこ わ ぼく Y つ y i じ 

使者に 答る やう、 憶 ざり ける、 !^: の 通交、 義成も 亦歡び 思へ り。 和睦の 事 は別議 なし、 餘;? 3- は 

一 J こく だん ミも きゃく t 象つ びんぎ ミみ いらへ すけ ミもら め ひ よろこ 

後刻 談 すべし。 俱に 客の 間に 退きて、 俟 こそ 便宜なる ベ けれ。 と 亟の應 に 助 友 等 は、 相歡 びて 

こ 、つけ さて けんし な だい めん 3m りゃうて きめ ひ、 ひつ ミき あろ ひ たそがれ 

言 承し つ、 却 八犬士 にう ち 向 ひて、 名對 面して 且ぃ ふやう、 襲に は 兩緻廝 殺 時、 或は 黄昏、 或 

一九 輯卷之 四十 < 四 五一 



南 總里見 八犬傳 四 五 〇 _ , 

しんし ^s このぎ そ; 5 てんち. 「こく i:i つ ふたつ し そん tl んゼっ 

て、. 唇 齒の思 ひ を 做すべき のみ。 這 義に叛 き 候 は r、 天誅 國? is.g ながら、 身に 受て 子孫 斷絕せ 

、 こミ いつは あかし すな はち れんしょの ちか ひぶみ そ t おの モ や 4* り そへ あやま 

ん。 言佯 りなき 照据 にと て、 則 連署 誓 文に 血を濺 ぎ、 各 征箭を 折 添て まゐら せたり。 人 過 

あらたむ は *t か り や、 くわん れい か ん しょしゃ うたれ たが は ui' し、 r- ち 5 ぎかラ じゅん 

ちて • ? ^るに 憚りな し、 兩 管 領 かくの 如くなる 上 は、 荷擔 の諸將 1 まか 逮ん。 房 州 は 忠義 孝順 

- むろまち.?, - の しろ めし おん、 7 け ミ ろ ミころ てきじ ゃリ ミりこ はいしゃ、 > 

の 人 也、 其義は 室町 殿 も 知し 召ぬ。 速に 御 承 ありて 柿 所の 敵 城 を 返すべく、 慮に したる 敗將 

ら すみやか はなち かへ こうし さい は ひ はなはだ このぎ g や. つい い W かしこ も つみ か 

等 を、. 速に 放 還 さば、 公私の 幸 甚 しからん。 這 義は詖 意の みならす、 最も 畏き天 朝 も、 

九い りよ A- す a うしう さい こうけん モ のか しん けん せんこ ,> ん いぶん 

叙 慮 安から ざる 所 あり。 且房州 再三 貢獻の 忠誠と、 其 家臣 八 犬と 唱 ふる 者の、 戰功 を^ 聞 あり 

L き y よかん ちょくし だい あきしの うぢ そへ ぶ い お A うけ ミか xo.^p 

て、 連り に 御愁の あまり、 勑使代 秋 篠主を 添ら れ たり。 無 異の御 承し かるべし。 と說 れて義 成, 

9 えつ たへ つ-しんで こた ふ ご • ちゃ. 7 うけた ** は 5 き よしなり す. 0. リく ろ あに 

喜悦に 堪す、 謹 答 る やう、 御 $^ 承 り 候 ひぬ。 翁に は義 成、 水陸 三路 の、 大敵に 常る とい 

ふせ むね さつ はつ よし もろて ゎか、-.-^>" けんし ら にぐ お 

へど も、 ロハ 防ぐ を 旨と して、 殺伐 を 好と せ ざり しに、 諸隊 の^ 伎 八犬士 等が、 北る を逐 ふて、 畝 

.r て X これ ころ いけさり さ ふら てきしゃ..' その もらび こら 

の棄 たる 城に 据 りたる も是 あり。 或は 又 殺さで 生拘候 ひし、 敏將も 多 かる は、 只 其! f を懲 さん 

. ;-め ミ たいてき ぁミ 、.. 'づ わ f 

爲 のみ。 久しく 留 むべき にあら ざり し を、 いかに せん、 大敵 遠く 跡 を 埋めて、 和を講 する 荐な 

さ てんな ご ぶ ミく お ほけ な おんめい かたじけな なに る はいつ か つ 

かりし かば:、, 今に 至り 候 ひぬ。 然る を 天威 御 武德の 過分き、 恩命 を 辱 くす。 何 を か 逮背仕 

か f5 しろ はいしゃ, フ おく やら お ふ じ や, フ ぐれん りゃうく わ. C れい わ f 

らん。. 速に 郝城を 返し、 敗將を 送り 遣ん 事、 臣が情 願 に 候へ ども、 いまだ 兩 管 領 より 和睦 

ぎ いか- - こひミ え. < が は る な^ き や、 7 け ざっし やう ふ; i りみ たり いそが は す 

の 使者な し 。この 義誰 n: と 請 問へば 、外 靡に 羅列れ たる、 京 瘃の雜 掌 兩三 個、 邋 しく 膝を找 



よの ほ さた あ の & もみ らうつ:? はし わ; i らう ;-る わして こ ない ふろて らケ けう じ や つ あたりき L 千 らうす 

餘之七 は 北に 在り。 又 眞間井 樅 二 郞繼橋 綿 四郞、 潤 鷲 手 十: 振 照很敎 二、 二 四 的寄舍 須 

すりだん らうら > こ ふの だい しろ あ ミり やま *4 ひ ,s かや 象 !*』 りで あ いし かめ じ だ 、だ こしの ふな ざラ 

須利園 五郞等 は、 國府甍 の 城に 在り、 烏 山眞人 は、 岡 山の Eiii に 在り、 石 ^ 次阁太 越螂三 は、 行 

タ J こ たても ちけん ぢゃラ おはく すすぐ り ぃミ * た ** その はんり や、 フ *4 た ひたつ か, じ 

德に 在り。 又 楣持係 杖、 大棹村 虫 は、 旣に 身の 暇 を 給 はりて、 其 本領に 在り。 又. M 塚紀ニ 六、 

いねえ や よりす け いうこう かれら あ まさき か ぼくな り いちか は ま ちび ミ かも 

犬 江 屋依助 も、 右功の^^!?なれども、 他 等 は 蟹 崎が 家僕 也、 市 河の 町人 なれば、 こよに 數ふ ベく 

むか ふ,^ づ いさ ん • た ん さつこ す てきち ら これ みろ ひ ミこれ さて ミく く. ** がャ なほち か 

も あらす。 向 水 五十 三 太、 枝獨欽 素手 吉等 も是に 同じ、 看 官是を 思 ひね かし。 却說、 熊^ 直 鋭 

よしなり ほうしう しゃ、 f ぐんけ ービぢ ゃラ よしなり や いらへ ひざ +« はいち や、 フ な は 

は、 義 成に うち 向 ひて、 房 州將軍 家の 御諌 あり。 といへば 義成 阿と 應て、 膝を找 めて 拜聽 す。 直 

ちか だいもん そで か, あは そ も-.,. \き う ミラへ いらん こミ そのき ほん たづ あぶ y が やつ さだま さ い ri{ か うらみ 

親大紋 の袖搔 合せて、 抑 舊冬 兵亂の 事、 其 基本 を 原ぬ るに、 扇 谷 定 正が、 聊 なる 怨 によ 

や i の、 ちあき さ だ き, ごくら い 5r> つら あは かづ さ うた そのた t かひ やぶ 1= うごく 

りて、 山 內顯定 と、 近國 雷同の 兵 を 連ねて、 安房 上 總を伐 まくす。 :I„^M 戰 破れし より、 隅い 

しづか このよし すで みャこ 、r 'へ みこ t ろ やす より せんぎ ミゅ だまさ あ?.? だ 

まだ 靜 ならす。 這 義旣に 京師に 開え て、 上の 御 心安から す。 因て 議 を遂ら るよ 所、 定 正顯定 

ひ り ふんみ や 5 なり われな ほち か おんつ かひ な,:, - けんせき .《は^-ちすなはちか5づけ0»*た しろ .0 tii 

の, 非理 分明 也 。この 故に、 我 直 親 を 御 使に 做され. て、 御 譴責 あり。 直 親 则 上野 沼田、 C 井 及 

か は ご ひ しろ はっか ラ じ やうい せ じ さ だ さあき さに なか を ためか^ おの その ひ 

河 鯉の 城に 發 向して、 上意 を 傅へ て:! を 貴る に、 定正 顯定、 長 爲 1: 一 2^ に 至 乙まで、 各 =i= ^、非 

こうく わい まミ € こミほ ざいく わ おん めん さ ミ み ょレ なり P ぼく ミぅ く. U いへい いさを 

を 後悔して、 稟し 解く に詞 なく、 罪過 を恩究 あるならば、 里 見義 成と 和睦して、 is- 國. H 平の 功 

f た r しさ だ まさあき さ だ d * たかつ せん レょ しゃ ラ いけ 9j いなむら しろ - 

を 奏すべ し。 胆 定正顯 定の兒 子、 及合戰 の諸將 の、 敵に 生拘 られ て、 今猶稻 村の 城に 在る 教、; 

しゅぼく よしなり わぎ い そ 0- はいしゃ 、つら かへ りゃう ごく これ よし 

虫 僕 十二 人 なるべし C 義成 速に 和議 を 1 解れて、 :!^ハ 敗., 等 を 返し 候 は. r、 兩國是 より 好み を 結び 

九 ほ 之 四十 A I 1 rasi 九 



南 總里見 八犬傳 , 四 四 ス." 

ベ る- もま さきてる ぶみ . のしめぎ ね あさがん しも き やうけ りょくわん し こラ じぶんよ ろし つ 6 ち,, よ,、 し 

兵 k5? 蟹 崎 照 文 は、 光 絹 衣麻 社 11^ にて、 京 家の 旅舘に 伺候して 、「時分 { 旦 きょし を 報し かば、 使 

51 一、., ひろま さぢ ゃラし なほち か たて a ;« うし だいらん ひた. -れ ち ひさが たな おび いで. しろべ つ 1 , . ずる 

. 代 廣當諫 侦直親 は、 立 烏帽子 大紋 の直垂 にて、 小 刀 を 腰に 跨て、 出て 案内に 就きし か は、 隨 

じ 5 つし やう り あまり す はう ゑ ! うし . た ち ミ そ や !i おの/ \ し, フ ひ 

從の雜 掌十餘 名、 素袍 烏帽子に て、 大刀 を 執り、 征箭を 執れる も ありて。 各 主に 似して ゆく 

V くて く ビ,. * り ゃラ おんつ かひ ひか -? フけ ひしろ こくしゅみ はの かみよし なりね し ♦^o- くし. HC みち もろ 

めり。 恁而 件の 兩! 御 使 は、 引れ て 億の 席に 近づく 程に、 國 守 安房 守 義成主 は、 嫡. 通と 井、 

>J も て, r- ふく ミ. * のヽ み ** よ ** いで **A 、どころ かみ くら しゃ 5:L! い ず. じ- フ ざっし や 5 ち ラ— 

侶に、 朝 服に 身 を 整 て、 三 四 問 出て 是を迎 へて、 正 廳 の 上 坐に 請 待す。 隨從 の雜掌 は、 磨の 

えんが は その ミき このむ しろ ぁづか いね さかけ の いね づ. ;- し の い a や t だ 3 せつい ね ひら だいかく いなか は す, けい は 6.;^ 

外廂に 羅列たり。 當下這 席に 與れ る、 犬阪毛 野犬 潔 信 乃、 犬 山道 節 犬村大 角、 犬 川 莊介犬 飼 現 

いねた こ ぶんつ > おの .(• れいふく いねん しんべ もま さき .J ミも また これえん が は はべ - にの, ぶ 、 

八、 4^ 田 小 文 吾 は、 各 禮服 にて、 犬 江 親 兵 衞獲畸 十 一 郞と、 慎に 亦 是外廂 に 侍り。 這 他 次の 

t ミ うの らう あら か は ひや. i のす け すぎ くらむ しゃの すけ. Mr-S にい ぜん たちから りき ゆすけ おは ゆきよ らう ..Jil ろ ** す hy^^i A^I^^^^V 

問に は、 柬六郞 荒 川 兵 庫 助、 杉 倉 武者 助 政 木 大全、 田 税カ助 姥雪代 四郞、 满呂復 五 郞满呂 # 太 

f も- IV- 、な) '.I.- ナ、 そ rj き ** しきつ あさひな や しらはま らう な じ ら う ミう がね もえ ざ、 r- たこ ふね かひ らうお ほきし ほふ らう いた 

郞、 お 西 1i<g 磯崎 增松、 朝 夷 三 彌白濱 十郞、 七 浦ニ郞 東峯萌 三、 鯖 船 貝 六 郞大岸 法 六郞に 至る 

まで、 皆 i. まの 袖 をつ 跳ねて、 伺き せす とい ふ 者な し。 又 義實老 侯の 名代に は、 堀內 藏人ぞ 侍り 

\ すぎ: らき すナ、 r' ら il. す少 0'、^'-* こ も, もに -.0 ち し ら、 r- じん めさ あ ♦* つ く さ らラ これ 

ける。 この 餘杉食 木 f<s 浦 安 兵馬 小 森 靳門等 は 致仕 の^人 なれば 召れ す。 天津 九 左 四 郞も是 に 

お" .(. . i り ち さ -V らう ! いぢん こ りた らラづ ら やすうしの すけ ♦f i 

同じ、 ョ竹 其 宿所に 在り。 又 堀內雜 魚太郞 は、 縑 倉に 在 陣す。 又 小森但 一 郞浦 安牛 助、 千代 丸 

づ しょ。 t ク き その すナ こみ; t こさく,!:! ん ぉミ a め ラレん ひくて ひミょ さる. かさる はや、 f ち は らうら い さ らご たお ほつ 力 

0¥ 木 か 一一 ^44 門 K、 铲铲 妙眞、 曳手 m 節、 猨岡猿 A 鮑 內葉四 郎等 は.、 五十子 及大 嫁の 

しろ も 、ん OJ-r' こ あら か St f 7 た み のぼき りさん ら J いし は ** トしろ も お 

^ に 在り。 ^小 六 荒 川 ~ 太郞 一 郞は、 前に 見えたり。 又 登 桐 山八郞 は、 石濱の 城に 在り。 落:^ 



一 お w ぁ ふぎが やつ w もやす しも ふ? かっし か や i?s.. が は いた , . い;? ひけ,? 』 すく は, か 

一 墜 したる、 扇 谷 朝 寧 は、 流れて、 下總葛 飾なる、 矢析 河に 造りし 時、 犬 飼? S 八に: S れて、 且 

; しん V ゑ しんやく そく かラ よみ ぢ がへ や きずい 九 いけさり び さら もろ ミも いなむら しろ き t し 

一親 兵 衞が神 藥の卽 効に て、 甦生り っ矢慯 愈て、 生拘兒 等と 共 侶に、 稻 村の 城に 在りと 聞知り て、 

一 いかりの t し お ほかた .5* つ やかた じ ザん むね ご ぐんれい い ぉミ 

一 怒 i 馬 る こと 大方なら す、 且ぃ ふやう、 舘は 慈善 を 旨 とし 袷 ふ、 御 軍令 あり とても、 射て 墜し 

一 たる 敵の 大將 を、 救 ふて 活し 置なら ば、 戰 ざるに しく ことなし 。好々 那 奴が 稻 村に 在る 程 は、 

一 よしや いくたびめ え いき t きたけ むつ かり あけすけ いさ もミ つし ろ 

一 非 如幾番 召さる よと も、 我 は 得 § かじく。 と敦圉 猛く發 憤し を、 明 相に 諫められて、 本 城に 

一 き いき 0) ほ ! U その あけの もさ まづ しの くだん ラら& いで かに かく ろ 5 し 

i 來に けれども、 尙 愤 り 解け ざれば、 其 詰 朝 先 信 乃に、 件の 怨を いひ 出て、 云云と 論ぜし を、 信 

の しづか なだめ い や そ U り .J* の あ ふ V; が やつ わ さの こ し、 7 A 仁 こ 

乃 は徐に 和解て いふ やう、 犬 山开は 無理 也。 那 扇 谷 は、 和 殿の 故主の 菟家 なりと も、 去歲の 

かの かぶ W い ぉミ はた され こ » たい かひ た、. 'や かた おん だ いじ 

春、 那頭錯 を 射て 墜 して、 志を果 し.^ にあら す や。 然ば去 歳の 冬の 鬪戰 は、 當舘の 御. K 事に て、 

わが わ 仁く し おこな いわか ひい ねん このぎ ミも かの し すく ひ みへ てて き 

我 私 の 志 を、 行 ふべき 時に あらす。 犬 飼犬 江 は、 這義を もて、 俱に那 死 を 救し のみ。 敢敵を 

ミ もやす いのち を は わ ぼく ラらみ のこ さ のち 

; 愛する にあら ね ど、 朝 寧 かの 折 命 終らば、 後に 和睦 あり とても、 猶怨を 遺さるべし。 然 では 後 

一 5n ぎ か ミ :.!、> ぜつごん か さミ t こミ しかな り ( いらへ た 

; の 患 ひ 也。 この 義を 忘れ 給 ひし 歟。 と 解かれて 道 節 言下に 悟りて、 宽に爾 也々々。 と 應て又 多 

. べん これ おん しんべ ゑ l.^s この y ちミ いで もし ミ ふひビ 

辯せ す。 是 よりの 後 現 八 親兵衞 と、 園 坐す る 日の 多 かれ ども、 這義を 毫もい ひ 出す、 倘問 人の 

モ たじ 》♦ ぎ ミき ほこ し の ひそか かんたん A に, 

ある 時 は、 开を しも 他事に 紛らして、 說 誇る ことな かりし かば、 信 乃は悄 地に 感嘆して、 哥々 

りひ さめ まよ ふう ぁだしこ^^はさてぉきっ 5 づき この あしたい ねんしん 

は 理非に 醒て惑 はす、 君子の 風 ありと ぞい ひける。 間 話 休 題、 時に 四 丹 十六 日、 C ぉ旦犬 江 親 

第 九 輯卷之 四十 A 四 四 七 



南 總里見 八犬傳 , 四 四 ■ 



澄ば 下の 衆臣、 各 主 に從 ふて、 うち 連立て 返 散す。 登 時 預 人 等、、 多く 出て 来て、 成 氏 以下 

え 、しやう こ ふし さ しろ,、、 さ ろ ほさ しの けん なり うぢ おくり つか けの よりたね 

の 十二, g 將に、 請 ふて 臥 房へ 案內 をす。 爾 程に 信 乃 現 八 は、 成 氏 を 送て 枕に 就せ、 毛 野 は自胤 

く . まさき だ,, ぞ, -« ミ もよ しミも e- す さう すけ こ ぶ. 0, 一 いなの ミよ りみ つ • , おの. 》.-.•..;> よ-^; i . 

を! <」 り、 政 木 大全 は、 朝 良 朝 寧 を 送り、 莊介小 文 吾 は、 稻戶 由充を 送りけ り。 名 緣 あれ は 

なり た さい ミラ もり ざね のり ふさ != も たち * たため かゆ の^し 6 たね ひさ レ. や ゑ ぁ,ゥ!^ゎび"】 おく r ゆの fr 

也。 この 偷齋 藤盛實 は、 憲 房の 伴に 立ぬ。 又 爲景憲 重胤久 は、 鋭兵 衞と 預 スに? r^i られ て、. 各 

ふし ぞ い 

臥 房に ぞ 入りに ける。 

よし なり いしゃう めん 

fhf つ: ^] J 羲成 十二 敗將に 面す へ WGm 目も總 目緣ン 

第 百 七十 力 £1ゅ すけ! ひ f f 54 U よりて 3s たし 

助 犮秘封 一 匝^ 受 

さて ミ,、 よし,;, <ク お や こ そ^=?ょ さり なり うぢい か じん はいしゃ 5 たいめ みやこ ,リ や、 つ 力 ひ 

i す、 義^ I 子 は、 其 夜分、 成 氏 以下、 十二 個の 敗將 に、 對 面の 次の 曰に、 京師の 兩 使に 

f - fhJ^J.h^/ ぶろ k』fh り こ、 め、 うすた あしたち よくし だい あきしの しゃ 、"'さ、 フ ひろま さ V. や 、-' 

そ、 誕 i m に、 lii のム &Ai を ^ るべ しとて、 この 朝 勑 使 代 秋條將 曹廣當 と、 諌 



し く t 一.^ らう さ る? もんり じょ、 r- ぶまち い いな^ら まん さ ころ しゃう 一;.: い いわ? - ま;: うせった も いわ もら 

使 熊 m 二 郞左骱 門 尉 直^ を、 稻 村の 城內 なる、 正 廳ぺ請 待す。 この 故に 犬 山道 節 忠與と 犬 村 

^if. 召れ てお の 1 より、 .TM にう ち f て、 謹て、 i に 

JT」、. 二 0-ぅ f)s IA そ 二り すぎ の- Jj たしろ たちから ミ が らう は -ミ きミ to- らう か: よし い, cOr つ こ あけすけ 

す。 ぎ l。i に? 一一 十お に 過す。 又 那兩城 は、 田 税戶賀 九郞逸 時苫屋 八郞景 能、 印 束 小 六 明 相、 

聽 ikgli 攀、 S が &て是 きれり。 は、 荽の 冬の 禁、 まて 謹に 



さたんた へ そ せっかう なに たの た もり! 3 ねま づ いけさ のち そ. 7 はいぐん 

嗟嘆に 堪す、 并は いはる i 事ながら、 拙 巧 1: ぞ負 むに 足らん。 盛赏 光生 拘られ て、 後に 總 敗軍 

な S りこ あんき しら かくて も Li こミ 

に 做り しょり、 身 も亦擒 にせられて、 いまだ 親の 安危 を 知す。 1^ 而 在る 事、 一 口 も 千秋に 異な 

このい -シ. ゾ よしなりかん たん かラ かな かくの ご! すゑた の も ほむ 

らす。 這 意 を 察し 給 ひね。 と 謝すれば 義 成感欽 して、 孝なる 哉 若 き 人、 末^し く 候。 と 春れ 

なり 5 ぢかヒ へ さ なり { . 、T な づき この こ あやまち あやまち われら 

ば 成 氏 側より、 然 也々々 と點 頭て、 這 子の 如き は、 親に 從ふ、 に似て 愆 にあら す。. 响等は 

** じめ こふの だい しの ゆん よし あやま あらため あや *4 いかが くい およ 

初 國府臺 にて、 信 乃?^ 八に いはれ し義 あり、 過ちて 改 ざり ける、 過ち を爭可 はせん。 饰て及 

あり むら ;らめ わ ぶ よしなり おし wr もてび ミ きう かラ 

ばぬ 事ながら、 只 在 村 こそ^し けれ。 と陪 話る を義 成推禁 めて、 ^は贵 人に して 且藉好 あり。 

かの おん あやまち が へいはん まゆ い 5 く てん よろこ な 

那御 愆 なかり せば、 駕を蔽 藩へ 枉ら れんや。 憂苦 を i! じて 歡 びと、 做し 給 はんも 遠から じ 。と 

こ は はて ミ けいきし しょか 5 のりし: t これ き たね ひさ もり ざ ねら 

慰む る 詞も果 ぬ 折から、 土圭轔 りて 初更に. なりに けり。 憲重是 をう ち ii て、 胤 久盛實 等に:::! を 

く は す S いで よしなり ねし こ よ ひ たいめ やり ご ーズ めい たれ かんん つ 

注して、 找み 出つ i 義成 主に、 今 の 對面を 謝して いふ やう、 おがた きまで 御 懇命、 孰 か感悦 

しょや さ ふら くわしよ ぃミま た ま は り あは ため か 1> ひ りが う ぜん 

せざる べき。 旣に 初夜に て 候へば、 華 胥の暇 を 賜るべく や。 と 執 合すれば、 爲 ^_パ -は獨 傲然とう 

もみ 6 はいぐん しやう へいだん ふ し -7 あんらく わが こミ 

ち 笑て、 現に 敗軍の 將に は、 兵を談 すべから す、 俘 M の 人に は、 安樂 を 示す ベから す。 我:; 一-" な 

ゑな り なめ ま^* なり うぢ にら *4 ミ Oj のり ふさ ミも よしよ. 9 たねら ミも 

き はこの 故 也。 不禮に は あらす 返り てん。 と 誇る を 成 氏 睨へ 禁 めて、 憲房朝 良自胤 等と、 俱に 

しゃぎ こミは つら あるじ たい さ こ ひ よしなりき t あへ しひ ゆ こよ ひ しょたいめん ちゃう だん 

謝 義の詞 を 連ねて、 主人の 退 坐 を 乞し かば、 義 成^て 敢て强 す、 現に 今宵 は初對 面な り。 長談 

しょく つぐ また > ん; TJ ん よしみち もろ ミも い ,.i*i ご ひ しりぞき たま さ, すけき よ 

燭を續 べきに あらす、 復 こそ 見參 すべ けれと て、 赣迎 と共^に、 辭 別して 返 給へば、 辰相淸 

笫九輯 卷之匹 十 A 1 四 四 五 



南 總里見 八 犬^ 四 四 g 

たけ いさ ひ ふか は わろ おひつ め *♦ ろ t たら、 5 も そ は そか ふね 

れど も猛く S の あまり、 深 川に 和老 を赶稠 たる、 满呂復 五郎 もこ. -に 在り。 开を悄 地に 船 を も 

ミも よし. SJ し もろ ミも ひ. S- へミ えラ ラ ちじに その さくしゃ 

て、 朝 良. と 共 侶に、 迎拿 りし は 要 ある 事に て、 陴^ させ じと 思へば 也 。其、 作者 はこ.^ に 在り。 

ナ ひ さしめ よりみつ あ いらへ はて ミ み か J' み ±. け A く/ しも 

とい ひつ..^ 野 を 指示せば、 .E 充は 阿とば かりに、 應も 梁す 左 見 右見て、 現に 贊 君の 下に は、 八 

y.7 しんお ほ よりみつ ふ f わがみ ひ 》 つ はいひん その ひ しな パ:. b み よ. 7- や 1 おお i > 

行の 臣多 かり。 巾 充が不 竹なる、 我 身】 個の 敗軍なら ね ど、 £ ほ 口 死ざる を怨 とす。 非 如 報恩の 

ぎ もって かう..、 つが めんぼく こし ぢ まか こミ しめ や 力 

義 を以、 首.;^ 接る >M こと ありと も、 今 さら 何 を 面目に して、 越路に 退り 候 はんや。 と 言 蕭然に 

こた ふ け の な ケ3 そのうれ はし & こミゎ わ ゥ J の す y . . ,^lfiw 丄 、、え „cu 

答る を、 毛 野 はさ こそと 慰めて、 其、 條 慨は理 りながら、 かの 折 和 殿の 拯 ふたる、 朝 良 i は、 M 

S の mi にて まします に、 當日那 君陴沒 あらば、 和 殿 も 必 命. MS さん、 この 故に, 我 胤智先 

^1 こう,. -A- 、つ S ミ りこ な これすな はち さ 、ひすけ こ ぶんご か は 

見 あり。 計りて 當 城へ 迎へ 拿り し は、 虜に 做すべき 爲 にあら す、 是 则 莊介小 文 吾に、 代れる 

タ ようおん さう すナこ ぶんご なケさ €t いなの ミ ねし わ さの せつ くじ し せん 

二度の^ 恩の み。 といへば 莊介小 文 吾 も、 慰めて 俱 にい ふやう、 稻戶 主、 和 殿 節 を 折き 自然に 

ま > て/ -Jc-r- ! 0: かけ モ のけん り や. フ かくべつ もてなし 

^せて、 身 を 敵 城に 置と いへ ども、 忠義に 厥た る 所な し。 其資 良の 故 を もて、 我 君 格別の 管 待 

こ. * まこ > くら しづ S き i, ゝ まち のち よしみ 1y さ さミ よりみつうな づ 

あり。 亦 5h 等が 願 ふ听、 徐に歸 ^の 折を俟 て、 後の 好 を 修め 袷へ。 と 諭せば 由充 頷く のみ、 又 

その よし i.. り <3 し のり ふさ やまの 5 ち こ、..' し かのへ いは れんしゃ • ; 

いふよ しもな かりけ り。 當下 義^ 主 は、 憲 房に うち 向 ひて、 山內 の八ム 子、 那駢 三連 車 は 奇妙 

さ, 9 こ. フ きぶつ わぎみ おく ,^ 

なりき。 然 けれど-^ 奇功 あるとき は、 奇物是 を 破る こと あり。 和 君の 後れた るに あらす ^般 

が 雪 梯 も、 墨餐に ^ かれたり。 さの みな 思 ひ 屈し 給 ひそ。 と 慰められ てき 房 は、 憮^と して 



かならず ふ めい モ しり のこ くしき つ. a A や.... じょ けん くん つか ふ すな はち じ 

で、 殺さば 必 後の世まで、 不明の 譏を胎 さんに、 靈 狐の 冥 助に て、 今^ 君に: ろ は、 自 

た さい は ひなり あひこ t ろん いらへ よしな ひねし しゃ it やす 

他の 幸 也。 相 心得て 候。 と應を すれば、 義成主 は、 謝して 且笑 しけに、 この 義も 亦:^ かりき。 

さて 、- 'らク J の おやこ ほん タ、 フ ゆ、 つし いね ひら だいかく **さ の. 9 ゎづか こ ぜぃ tK 

却 三 浦 殿 親子の 如き は、 阪東 一 の 勇士なる に、 犬 村 大角禮 後 か、 僅に 三百の 小兵 を もて、 克得 

うけ ミり ねし たうし よ 、フっ せいほい じ 5 ん よ いはん やまた ちから り y 

て 城を受 拿て 「 主を當 所に 徙 しょは、 成敗 時運に 由れ るの み。 矧 又 筋力 を もて、 理義を 破ら 

その かけひき まかせ そこな は これたい ゆう しきしゃ かなら ザかん たん 

す、 其 進 返 を 敵に 儘て、 多く 士卒 を 害 ざり し は、 是 大勇の 致す 所、 識者 は 必 感 欺すべし 。且 

わ タの おやこ わがた う ぜん ミく おく かへ およ a わが この こ-ろ 

和 殿 親子 は、 我 當然の 敵なら ねば、 疾 にも 送り 還すべき を、 いまだ :5=^ 義に暨 ざり し は、 我 這 意 

しら のち よしみ .*^さめ なり しほし なぐさ よし あつ し 5 くねん 

を 知し めて、 後の 好 を修ん とて 也。 今一 霎 時の 程なる べし。 と 慰められて 義同 は、 跑 然として 

こた ふ じ け. フ おもむき うけた ま は ほこ わがち から や *♦ ね じ- < 

答る やう、 示敎の 赴 承 りぬ。 かくいへば とて 誇る にあら ね ど、 我 力 山 をも拔 くべ し、 in ハ仁 

ぎ われ もし おか わがみなら び けんし ら たいじんたい y つぶさ せが 

と 義には 敵し がた かり。 我倘こ i に 置れ す は、 和君幷 に犬士 等の、 大仁 大義 を 具に 知らん や。 孩 

れ こうがく よろこ しャ よしたけ か、 7 ベ もた つね t は. C さは 

兒が爲 にも 後學 にて、 歡ば しく こそ 候 なれ。 と 謝すれば 義武頭 を 擦け て、 間 常に は 廷 遠な りと、 

じんぎ び めラ たミへ きき さ 

思 ひし 仁義の 微妙 を 知りぬ。 譬ば 雪と 水との 如し、 斫れ ども 祈れす、 拂へ ども 去らす。 然る を 

ぶよ 5 たの おろか つぶや よしなりき ふ おし _ノ ふ レ は:^. そ if! さ , これ 

武勇 を 負み し は、 愚な りき。 と 眩く を、 義. 成 急に 椎禁 めて、 御 父子の 謙 適 常り がた かり。 是 より 

の 後 交 を、 結ばれな ば 幸 ならん。 とい ひつ. - 傍を旯 かへ りて、 稻戶叟 徒然な らん。 和老は 

さう すけ こ ぶんご き うか ラ こたび ぎ やう ミこぐ ち た t かひ かれら はう おん ほ r き * し さ 

莊介小 文 吾と 舊交 ありて、. 且這 囘行德 口の 鬪戰 に, 他 等が 報恩の 事 はし も、 我 も 籾 間 知りぬ。 然 

. S 九 輯卷之 四十 八 四 四 三 



南 總里見 八犬傳 .四四 二 I 

【 V こ われ まさし まラ よし き た t たかつ. えびら のお ほミじ かたち へん 

烏滸がましく は 候へ ども、 我 仁が 稟す義 ある を閒給 ひね。 孝嗣が 死刑の 折、 笳大 刀自に 形を變 

ね づ や ちうじ ら おろか かの し びやく こ たかつ 5 け むくい 

一 じて、 根 角 谷 中二 等 を 愚に しつ.^、 旨く 那死を 救 ひし 白狐 は、 孝嗣の 母に 受 たる 恩 を、 報ん 

わ ざ のち つぶさ ころ それがし む さレ たびね 

爲の 所行なる よし も、 後に 備に 知られたり。 この頃 某 は 故 ありて、 武藏に 旅 宿し ぬ る 程に、 

ー豫閗 知る 孝嗣 が、 冤 屈の 死刑の 痛まし さに、 いかで 末期 を 見 まく ほしくて、 忍 岡 邊に赴 きづ、 

- かれ ひっし まねかれ はか * の じゃく S 、-' け ふ ため W もがき むす さる ね づのャ ち..' じ ら あさ 

他が 必死 を 究 し 時、 料り て其强 弱 勇 怯 を 試して、 友垣 を締 びに き。 然を根 角 谷 中二 們は、 淺 

. はか おくだん たかつ ぐ し 八べ ゑ :b ん じゅつ いたす ミころ きこ あ; t *4 よは 

慮なる 臆斷 もて、 孝 嗣を救 ひし は、 親 兵衞が 幻術の 致 所 と 聞え 上て、 いよく 君 を 惑し し、 と 

;- うは さ それ;!? ん じゅつ ま ほふ じんじん けんしゃ な それがし ひめが み でんじゅ しゃ やく 

一人の 噂に 閗 えたり。 夫 幻術 は 魔法な り、 仁人 賢者の 做す 事な らん や。 某 は姬 神傳授 の神藥 を- 

ひっし おこ お ほ いね i ひミ もやす ねし よみ ぢ がへ わがしん やく き こう 

もて、 人の 必死 を 起す 事 多 かり。 往日 朝 寧 主 も、 死して 甦生り し は、 我 神 藥の奇 功 なれ ども、 

かの ねいじんら しひ ; ん じゅつ ぎ さミ たかっ^> 

:那 佞人 們は、 亦誣て 幻術な りと いひ もやせん。 この 義 によりて 悟らせ 給 は r、 孝 嗣が忠 と 不忠 

一 おんうた が ミ さんしゃ した つるぎ いち こ な そうし あさむ 

の 御 疑 ひ は 解けつべし。 讒 者の 舌 は劍に 似たり、 市に 三 虎 を 做す とき は、 曾 子の 母 を も 欺く ベ 

おそ か ミ きさ ♦* ミ もよ しミ もやす さミ ミも あき 

-し、 怕 るべき に 候 はす や。 と 憚る 色な く解酲 せば、 朝 良 朝 寧 やう やく 悟りて、 俱に呆 るよ こと 

一はん ミき まかり し tt らく ミも よし いろね き t た ♦* たかつ ぐ こ こミ §101 いね 4! ぎ 

半响 許、 姑且 して 朝 良の いふ やう、 家兄 はいかに 听袷 ひけん、 孝 嗣の言 誠に 以 あり。 犬 江 • ガ議 

; ちん めうな. 9 われら ゆる きじ ゃラ かならず おや つ! & ミ もやす ミも 

;論 はいよ く 妙 也。 咱等饒 されて 歸 城せば、 必 よ 親に 報ん。 といへば 朝 寧も俱 にい ふ やう、 

一 さき たかつ ざ、,' くわ けつだん わがし その ミき きょじつ た r 

- 翁に 举嗣が 罪過の こと は、 親の 饊斷 なりければ、 我 知る 所なら ね ども、 常時 虔實を 正し も 得せ 



意に 稱 ふて、 最芽 出た し 。就て 又 扇 谷の 兩 公子に、 請 まく ほしき 一 義 あり。 御 家の 忠 HH 河 鯉. >如 

ひミ. り/」 な. 9 か は-. T ひすけ た ら 5 たかつ ぐ まさ? だい ザん あらた このせ き ** つ あ vn 

が、 玀子 也と ii えたる、 河 鯉 太 郞孝嗣 は、 簡に 姓名 を 政 木 大全と 改めて、 今 這 席 末に 在り。 他 は 

刑 餘の人 なれ ども、: 罪に あらす と ぬ 。いかで 御 n を 賜りね。 と 引合 すれば 孝嗣 は、 找み 出つ 

ミ もよ レ ミ もやす ねか つ しはらく t. フ ひ か 3 わくら ^ 

つ、 朝 良と 朝 寧に うち 向 ひ、 額を衝 きて、 姑且 して 棄す やう、 身の 非 を 飾る に 似 たれ ども、 臣等 御 

家に 在りし日 は、 只 忠孝の I 一 を もて、 仕へ 奉る の 外 あら ざり しに、 讒? の はに 誣られ て、.^ 兄に 死刑 

おこな はくじん か. つべ のぞ くしき つね ふや V 'じょ ふ し ざ ひっし *4 ね い;? ん しんべ ゑ .J* いこう 

に 行 はれ、,: n 刃 頭に 液む 折、 靈 狐の 其 助に よりて、 不測に 必死 を;!^ かれて、 は. 犬 江 親 兵 衞に避 の 

歡び あり。 それより 後 は简樣 々力、 如此々々の^^^-候とて、親丘ハ衞に從ふて、素藤對治の首ょり^ 

たび また しんべ ゑ おんぎ かっし か た. -;, ひ しふち ぎみ せん <>j たすけ き? ■•, てきな が を か: t は. ふせ 

囘又 親兵衞 の、 恩義の 爲に葛 飾の 闘戰 に、 義通 君の 先途 を煖 て、 强 敞畏: 京赛 を、 防 ざ 得た る 事の 

を はり その もら ** し のべ これ これ たん おんぎ ひく さ ふら ふ はくめい »5 

尾まで、 其 崖 略を陳 ていふ やう、 是は此 一 旦の 恩義に 報 ひ 候の み。 身の^ 命 を 見 か へれば、 榮 

利 を 求む るに 意な きを、 愁 に犬士 等の 薦めに より、 里旯 殿に 知られ まつりて、 ^に 亦 脱る よ 

みち さくこん て ,5*3 しり さり り ャ 3 

路 なく、 昨今 仕へ て、 一隊の 長の 後に こそ 候 なれ。 然とても、 今 この 時な くば、 いかにして 兩 

きん:; Z ら :&ん さん ゆる f よし さミ たま ご きじ やう のちお ほや かた さだま 5 お ほせ あ ひ 

公達に、 見 參を燒 されん や。 稟す義 を 悟らせ 給 ひて、 御歸 城の 後 老^ (定正 をい ふ) に 仰 上ら 

わくら ひ じつ つ.^ ミ さい は ひ なきち くさの は ら 

るよ 事 あらば、 臣 等が 冤 屈の 罪 解けん。 只 身の 幸 のみなら す、 .U 父 も 冥土 黃, :!^ にて、 さぞな 

よろこ この y- 5*-.^ひたてまっ こ またし A ベ ゑ す t いで ミも よし ミ もやす 

歡び候 はめ。 這 義を願 奉 る。 と 請へば 亦 親兵衞 も、 找み 出つ i 朝 良と、 朝 寧に うち 向 ひて、 

第 九 輯卷之 四 



南 總里見 八犬傳 四 四 〇 

v、r 'ベ も; i よりたね さき あさく さの ベ はか んざん 

きたる、 頭 を 擦け て自 胤に、 うち 向 ひて、 且ぃ ふやう、 1® に 淺草野 にして、 料ら す 見 參に人 

のち こミ また まう しミ きさ ふら をり.? ふ し さ おんぐ ラ ぎゃく 

りし 後の 審を、 又稟 解 候 はん。 かの 折 君に 知られ まつりて、 然し も 恩 遇な きに あらね ど、 逆 

しん ** く はり;;^ いきつね たけ さ t し たく お レミ *t ひそか かれ y, やく ぼ、.' おすけ ほり それがし 

E 馬 加 大記常 武が杜 へて、 私宅に 抑留め て、 悄 地に 他が 逆 謀の、 帮 助に せまく 欲せし を、 某 

緊 しく 說 破りて、 其 非 を舉飞 窘めし かば、 常武 陽に は從 へど も、 是 より 言の 漏れ もやせん、 と 

おそ やが それがし べっしつ ミ g こめ はな や つねた け こ! =ぶ きのむ しろ 

怕れて 纏て 某 を、 別室に 閉篛 て、 久しくな るまで 放ち 遣らす。 折から 《ぉ武 が 賀 席 にて、 

はじめ たいめ k ひこ あ さけの じ な, V./ 、め し かれ あた ラち のち かたみ くし すくせ 

肇て對 面した る、 憐妓且 開 野 は、 少女なる を 知らす、 他が 復 霧の 後に こそ、 迭に奇 き 過 世 あ 

V ,や、 r だい こミ つく リ i fcr そのたす け まか た >」 や, フ 

る、 義兄^た るべき よしを 悟れ ども、 言を盡 すに 遑 なく、 但其帮 助に 儘せ つ i、 他鄉に 走り 候 

さは; i きみ み つねた け よ たう なほた ねミも モれ がし しひ かに かく 

き 。遮莫 君が 御內に は、 常武が 餘黨多 かれば、 猶胤智 と 某 を、 誣て 云云と いひし も あらん。 今 

:t んざん たね ミも もろ ミも ふるきし へた: S> * ヒか ほり このぎ お ぼ めさ こミ さわやか べん 

又 見 參の折 を もて、 齓智と 共 侶に、 舊 寃 を 解 まく 欲す。 這義を 思し 召れ す や。 と 言 爽 に 辯 すれ 

よりたね こミ, は V おく ミころ たんねん こた ふ いね *• か いね 仁 いひ われ 

ば、.! H 胤 は^く 事毎に、 恥て 身 を 措 所 を 知らす、 赧 然として 答る やう、 犬阪 とい ひ 犬 田と 云、 我に 

ゆかり われお ろか も. f ふ かへ つ け ふ つねた けら ..?, ん そぎ やく ぼ 5 さミ 

.£ 綠の ありけ る を、 我 愚に して 用る こと を 知らす、 反て 今日まで 常武 等が、 奸詐逆 謀 を 悟る に m 

さヽ こた ぴり '、ひくわん れい さいそく も はい ^/ ん はづ かしめ あ ひ こうく わい ほ^* なほ さい は ひ 

なく、 剩 這 囘兩 管領の、,^ 催促に 從 ふて、 俱に 敗軍の 辱 に 遇け る を、 n 後悔の 外 あらす 。尙 幸 

に 和 $ ^成て、 城 m に 還る こと を 得て、 使 札の 往來 を饒 されな ば、 敎を承 まく 願 ふの み 。と 謝する を 

よし;;." り f ft タの しかお も た *t たね ミ もやす より よろこ た ほ 

義成 うち^て、 千 葉 殿 恁思ひ 給 は *i 、只 齓智 悌順の 歡び のみなら す、 我 も 亦い ふかひ ありて、 本 



いさら h しろ こ ぞ むつき すゑつ か;^ さがみ つか ひ -I' け; i ま は かのち かし よだち ,二 す r 

五十子の 城に 在り。 去 歳の 正月の 下浣、 相 摸へ 使 を 奉 りて、 郝 地へ 啓 行す と えし かば、 鈴 

も りべ し; 2 まち ミっ おや はらから 5ら,^ きょ つき でんぷん 3f ぶ, - . 

の 茂林 邊に埋 伏して、 其首铺 て、 親 弟 兄の 怨を 雪め 候 ひに き。 この 義に 就て 俾 ii の 鉛 誤 も 候 は 

あ ふぎが やつ り や- 1* ん;; i ち ミも きこ めし わくら のち * た;。 ち すな はち これ.^ い <; > 

ん。 いかで 扇 谷の 兩 公達 も、 俱に 間 し 召ね かし。 臣 等が 後の 復馨 は、 便 是御 家の 忠臣、 河 

_ ^一 ひごん のす け もり ゆき て びき X もり ゆき かのより つら かんね い t よ ^く aA-ft ^ ; 

鯉權 守 如の 汲 引に 由れ り。 it 如 は那綠 連が、 奸佞君 を 惑 はする を 、憎みて 除 まく 欲する 程に、 

か at りくら あ た fL モの たびだち つぐ その ひ いねやま だラ せつ あたう ち 

他は臣等.か寃家なる.^^聞知りて、 其 起 行 を 報ろ のみ。 當日犬 山道 節が、 復ー S の 事 あらんと は, 

これ しら わくら その をり だ ラ せつ あ ひしら こ W がつ こ - あ.!?" がャ/ 'ば S I 

夢に だ も是を 知す。 臣等も 亦 „|=^ ハ 折まで は、 道 節と 相 知す、 事お のづ から 合 期して、 扇 の 

だう せつ およ いさら ご しろ い a づかレ の ねか よ ひつら ばらび ミ 

道 節に、 遂れ給 ひしの みならす、 五十子の 城 はし も、 犬 鬚 信、 乃に 拔れ しかば、 綠 連の 黨人 5;! ノ 

.phi き. r- i ん しこち よ A はれ もり ゆき かなめの まへ タ, ぶ 一 

守 如 謀,^ 叛 ありと P て、 . いよく 君 を 惑 はせ しかば、 憐 むべ し、 i 寸 如と 蟹 目前 さ へ 身 を 措 難て、 

ミら P > i 、JS し ijt "うぶ V わくら これす くせ たり y ,や、 フだ いさ ふら ふ さミ- 

俱に writ 給 ひき、 と 世の 風聲に 開え たり。 臣等は 是過世 ある、 八 個の. 義兄^ 候 を、 後に 1^ 一 

»o ろミも ち". ピ! OJrT +' もち あさ び こ *T なす i- ぐ 

りて 共 侶に、 近 q«B 當 家に: H へしより、 皆 用 ひらる i 事淺 からす。 旣に微 功 を 成と いへ ども、 

ii ザ はお の&の 111^ にて、 君が 御 隊に向 ざり し は、 是切 もの 幸 也。 いかで 惑 を 解せ 給 ひて、 佞 

g き 辦. か、 き の IT しかりけ ると、 mslniir 死の 、玉と 石と あた せ給 ひ 

】 ご フ. W つ 力て さ こ ?ん *j 、こ こつ お, ".5 このぎ 、フ つ. U へ おも は た ベ < 一 

て、 死 _ 後に 賞 Ig の 御沙& あらば、 蓍政 枯骨に 及と いはん。, 這 義を 訟 まつらん 爲に、 憶す 多 辯 

に 做り 候き。 と 報る 誠 は 感激の、 目 皮の 露に 知 ちれけ り。, 當下犬 田 小 文 吾 も、 膝を找 めつ 額衝ー 

第 九. 輯卷: 之 四十 八 1 四 三 九 



南 總里見 八犬傳 四 三 A 

び や 5 ぶ か, ひかへ いね さかけ の まさき だい ぜん ミも れいふく はれ いで せきじ やう 

を 見 か へれば、 屏風の 陰に 扣 たる、 犬阪毛 野と 政 木 大全 は、 俱に禮 服 暗 やかに、 出て 席上に う 

あ ふ ミん しゅ その ミき よしなり ねし まづ よりたね つぐ ち a さのこのゎか5^SJ みし 

ち 向む て、 仰ぎ見つ 頓首 せり。 登 時 義成主 は、 先自 胤に 告る やう、: 千 葉 殿這壯 佼を認 り^へ り 

これ これへ いはん ぐんし いね さかけ. の かな i りの たね ミ もこれ なり. そのす じ や 5 たづね 9 . ^ 

や。 是 は此蔽 藩の 軍師、 犬 阪毛野 金 碗 胤智是 也。 其 素 生 を 原る に、 貴 藩の 忠臣と えたる、 粟 

ひ ほらおう ミ ぉミ し: L- ね こなり よじ かれ -、 たね ミ もす- &ん ざん , け の 

飯 原 首が 遺 腹の 子 也。 餘事は 他が 口中に あらん、 胤智找 みて、 見參 せす や。 といわれて 毛 野 は 

ち. ひらへ iLK9 よ. たね vr つぐ こミ あたら わくら ち t み ひ ほらお、 フミ 

阿と 應て、 恭 しく 自齓 に、 うち 向 ひて 告る やう、 言 新しく 候へ ども、 臣 等が 父 粟 顿原首 は、 

,も ミこれ it しんみく わたくし いさめ たてまつ あ, C き みぜん- I 

原是千 葉の 親族に て、 君に 仕へ て 私 なく、 常に 諫を 呈 りて、 安危 を 未然に 計る ものから、 

.f ^、、し 八 まくより つね. M> ざんそ あまつ さへ こみ やまより つら 5 た つねた けな ほ ざん: t ん わくら はくぶ 

&臣 馬: S 常武 に、 讒訴 せられて、 剩 籠山綠 連に 擊れし を、 常 武猶も 讒言して、 臣 等が 嫡 母と 

ら-- も a ひ ごくち、 フ りく わくら ん なめ かの み お し;: ね な 八 

女 兄 さへ に、 慘 刻誅戮 せられたり。 臣 等が 母 は 妾 にて、 那 身に 遣 腹 ありければ、 難 を 免 か 

か- b さ "ふ あし がら ふ もミ いね さか むら しのび t わくら ひ. M ,なる 、 わ, 

れ辛 くして、 相 摸の 國、 足 柄の 山 脚なる、 犬阪 村に 潜て 居。 臣 等が 成長に 及 ひて、 父の 枉 死と 

V » こミっ t びら か ミ きしり いく i タ みまか zn, のち わくら あた, ち こ t ろざし 

寃{豕 の 上 を、 言 i^i に說 示して、 幾程 もな く 身 故り にき。 是 より 後 一 日 も、 臣 等は復 響の 志 

, フク こせ を ミ め ♦% ひこ あさけ の よは つ ひ まく はりつね たけ む しろ まねか 

,ら す。 ^少女 子に 身 を 做して、 憐妓且 開 野と 喚れ つよ、 竞に馬 加常武 か、 酒宴の 席に 招れ た 

そのよ か t き つねた け け しゅ まく みな-ごろし のり いづ - にの ミき すくせ ^ 

る、 當晚菟 家常 武と、 一家の主 僕 を 離. にして、 垣 を乘て 出る 程に、 這 時まで は 宿世 ある、 義 

き S- ラだぃ しら い oft こ ぶんご やすより つねた け おし- ii^ , べっしつ あ , X, » KC > 

兄弟と は 知 ざり し、 犬 田 小 文吾梯 順が、 常武に 禁錮ら れて、 別室に 在りし を帮 助に して, 城 を 

、c たき や、 ン かの.? * にき こみ やまいつ ミ. つた よりつら モの のち も ふぎが ゃっぞ の 

is 船に 乘 りて、 別れて 他郷に 走りに き。 又 那寃家 籠 山 逸 東 太緣連 は、 爾後 扇 谷 殿に 仕へ て、 



つ ひ 乙よ くんし くつ じ や, フ たう じ や、 r- ミ V* はべ これ あによ し::^ り じ やうぐ C ん ぃ^-に り や く ん 

く、 竟, に 諸君 子 を 屈 請して、 《a 城に 留め 侍る は、 n 疋豈義 成. か 願 ならん や。 爭; I: せん、 兩 管 

れい はい ケ人 のち *.c 、ひづ わ ぼく >> その か しんら すて その a くへ 

領は、 敗軍の 後、 跡 を 埋めて、 和睦の 議 なく、 其 家臣 等 は 守る 所の 城を棄 て、 走りて ^、往 方 を 

し., しょくん むかへ ミ ひミり これ き h ザ ひなく こん こち さ 

知せ す。 諸君 を迎 拿ら まくす る 者、 一人 も 是 ある を ii ねば、 只 得 今日に 至れる 也。 然る を ひ 

みやこ り 、つ おんつ かひ ひ ミ り ちょくし:.: い あきしの しゃ ラさラ ひろ **さ ひミり ::ろ まち々』 の つか は 

がけ もな く、 京師より 兩御使 あり。 一個 は 勅使 代 秋 篠將普 廣當、 一個 は审; W 殿より 遣され け 

く 4* が? - らう ざ もんの じょうな ほち かこ れ なり け ふ へいはん くわ、 J りん たいめん , 

る、 熊 谷 二 郞左衞 門 尉 直親是 也、 今日し も蔽 藩に 光 臨 せらる。 いまだ 對而せ ざれ ども、 ii くに 

わ ぼく ぎ なり よしなり いやしく .0 みこ ミ のり たいめい 5 'けた ** は ぶ もん めんぼくみ <>-7 が 

和睦の 一 義也 といへ り。 義成 苟 も、 居ながら 勃 誌と 台 命 を 承 らん i5^、 武門の 面:::: 其 加に 餘 

よろこ ま しょくんし い ち 5 つゆ ほり おし ゆん ざん 

れる歡 び、 何者か 是に 優すべき。 この 折 を もて 諸君 子に、 意 衷を告 まく 欲する 故に、 推て 見參 

こラぎ は * ち り f ぢの, リふさ い か はいしゃ ラ いらへ かね め こまつ ♦* びら か 

に 入り 候 ひき。 と 口 誼に 羞 たる 成 氏憲 房、 以下の 敗 將、 應 難つ i 阿とば かりに、 首 詳 なら ざ 

お ほいし のりし, はらた ね ひさ せき まつ f いで こた ふ y こんめい われ— 

れば、 大石憲 重 原 胤久、 おそる く 席 未より、 找み 出て 答る やう、 今に はじめぬ 御 懇命、 我們 

しゅぼく 1! ん ミ b ふ ざ くら あた-? か き もさ ゆ ふ やす はくめい よ 

主 僕 十二 名、 俱 に俘囚 でありながら、 坐して 食 ひ 溫 に 衣て、 朝夕の 安 かる は、 おが 博愛の 餘 

おん じんし ャふ さつ ころ かん はい ほか さ ふら ミり あは なり うぢの り ふさ さもよ し •、" も c-*» よ, リ; i ね €b 

恩に て、 仁者 不殺 の眞心 を、 感 佩の 外 候 はす。 と 執 合すれば、 成氏憲 房、 朝 良 朝 寧自胤 も、 供 

ひ 一,? ろ じおん モの くわん じん しょうさん しょな り き *- こ が タの わがお! ぢ +i! もま 

に 日 場の 慈 恩 を 謝して、 :i=j; 寬仁 を稱賛 す。 義成是 をう ち 聞て、 滸我殿 は 我 大父季 基の 時より、 

ff りゃラ くわん れい けんそく 仁ち もし か- せ あは , へ,, いはん 

舊交 なきに あらす。 又兩 管 領の腎 息 達 も、 惝恁る 湍に遇 ざり せば、 いかにして 蔽稱 に、 雜を 

まゆ つ ミも よし ミ もやす ねし ち A さの こ は ぎ あ ミべ 

枉ら る. -ょ しあらん や。 就て 朝 良 朝 寧 主、 井に 千 紫 殿に 請 まほし き 一義 あり。 とい ひつ. - 後方 

第 九 輯卷之 四十 八 四 三 七 



南 總里見 八犬傳 I S 三 六 

はて きふ じ しょ ざ むら ひ なり うぢい か にん はいしゃ. つ こ ひろしよ るん ,?ゥ その ミ きい Cf づか 

染 しかば、 又 給 侍の 諸 士 は、 成 氏 以下 十二 個の 敗將 を、 請 ふて 廣ま I 院へ遷 しけり。 當下 犬^ 

し の いぬか はさ •f' すけ いね かひ ん いねた こ ぶんご い なん しんべ ゑら みなれい ふく いひ , ミも うや C せきじ や、 r- 

信 乃 犬 川^ 介、 犬 飼 現 八 犬 田 小 文 吾、 犬 江 親 兵衞^ 皆禮 服に て 出て 來っ、 俱に 恭 しく、 席上 

しの こが ぞ のい か しょくんし つ; & たてまつ く. C くんよ しなり こ .7 じ や 5 

にう ち 向 ひて、 信 乃が いふ やう、 滸我殿 以下の 諸君 子に 告 奉 る、 寡君義 成の ロ狀 あり、 久し 

りょく わ. < お A: つれ, たいめん ぎ i これ ゆ ゑ 

く 旅 舘の御 徒然 を、 慰め まゐら する よし もな く、 對 面の 義に 及ば ざり し は、 素より 是故 ある 事 

よしなり ほんい びんぎ こ よ ひゆん ざん い ほり ** づ この y 

にて、 義 成の 本意に あらす。 ^^ゃぅゃくに便宜を得たれば、 今宵 見參に 人ら まく 欲す。 先這義 

つ も r- くんめい なり、 7* ちい か はいしゃ ラ な t いらへ はぢ 

を造稟 せと ある、 君命に こそ 候 なれ。 とい はれて 成 氏 以下の 敗將 は、 生應 して 恥. たる 色 あり 

せきじ ゃミ いくら たてつら ir, くミ、 つ だい ミ もしの はな まし き ひろ も か 

この 時 席上に、 幾 筒 ともなく 建 列ね たる、 菊燈臺 は、 灯 花の 色 を^て、 {n 晝の 如く 明ければ、 

て きんび や.,' うしろ さミみ あ はの かみよし なりね し た ら, ひよ しふら ミも たて ゑ はう し なが はか *4 ち ひさが たな 

照る 金屏の 後より、 組 見 安房 守義成 主、 其 子 太郞義 通と 俱に、 立^:!帽子長袴にて、 小刀 を 腰 

いで あるじの ざ つきた- « り <>■、,- から 5 ミき すけ S よす A ならび すぎ くら" しゃの すけ おは ゆきよ ら 5 tti ろ また ら. 7 

に路 て、 出て 主 坐に 著 給へば、 兩 家老 辰助淸 澄、 丼に 杉 倉 武者 助、 姥雪代 四郞、 及满呂 復五郞 

さき ざ 7 ミニ めし かへ ミも も ひした が せき ♦* つ よ ** ろ さいた ら、 7 ル ざいな りすけ いそざき 

も、 嚮 に行德 より 召復 されて、 俱 に相從 ふて 席 末に あり。 この 餘満呂 W 太郞、 安西 就 介、 機 崎 

まし つ り ゃラ しゅくん た ち ミ てしょく ミり こしょ、 ク はべ しんべ ゑ さ 5 すけ 

^松 は、 或は兩主^^!^の大刀を執り、 或は 手燭 を秉 て、 扈從 して 後方に 侍り。 鋭 丘ハ衞 と莊介 は、 

この:: しろ そ-ひしゃ しう しょはい しゃ T- せいめい つ うに つ よしなり これ き t r{ くだん ひミぐ 

這席の赛^19にて、 主に 向 ひて 諸敗將 の、 姓名 を 通達す。 義成是 をう ち听 て、 找 みて 件の 人々 に 

うち 向 ひて、 名對 面の fj 正しく、 且ぃ ふやう、 諸君い よく 恙 まさす や。 義成 不慮に、 罪 を兩 

iin 領 家に てし より、 料ら す も 水陸の 鬪戰 に、 八犬士 等が 防禦の 備は、 反て 勝に 乘 ざる ことな 




第 九. 輯卷之 四十 八 四 三 五 



いく ひ うづき みやこ おんつ かひ あきしのし s-.r さ 5 ひ さ く 》4 がャ ら, ひさゑ も A のじよ-,' な! * ちか う **55 

幾日も あらす、 時に 四月 十五 日、 京 帥の 御 使、 秋德將 §1 廣當、 熊 ハ<: 二 郞左衞 門 尉^ 鋭 は、 儲リ 

のり す さき 、ひら らいちゃく ミもふ U い ん し. <: ベ ゑ あ *4 さ? て. ぶみ こミ さき す. 》 

船に うち 乘て、 洲 崎の 浦に 來 著す。 從ふ伴 船 五六 艘、 犬 江 親 兵衞、 獲 崎 照 文 は、 別 船に て 先に 找 

いね さ. J- け の ぁミ この し ず さ A なミ いた ビ I ころ こ やく 

み、 犬 阪毛野 は、 後に 從ふ、 這 三士の 從 者も少 からす。 旣に 港口に 造りて は、 右 司 地方の 小 

にんら いでむ か ぜんく いな ひら しろ しるべ ま うけ りょくわん しゃう だい き や,, 'おうしい づ. し の いね か はさ-? 

人 們出迎 へて、 前齟 して 稻 村の 城に 案 S しつ、 ^の 旅館に 請 待す。 顆ハ應使犬^3-信乃犬川?^介, 

いねが ひ;^ ん . いねた こ ぶんご じょやく まさき だい ぜん h- やう おんつ かひ はいん つ もてなし たいひん & ャ もって け の しんべ 

犬 飼 現 八 犬 田 小 文 吾、 助役 政 木. K 全 も、 兩 御 使に 拜 謁して、 欽 待大贫 の 禮を以 す。 宅 野 親 兵 

ゑ てろ ぶみ ミも よしなり ねし ほ 1,』 り つ よし しな リ よろこ で しょ-? * く 

衞照文 は、 供に 義成 主の 身 邊に參 りて、 報 稟す義 あり。 義成 いよく 歡 びて、 大故旣 に 承服の 

り. ノ、 つお, <: つか ひらい りん かたじけな たいめん かなら ザめ す こ よ ひわれ 

ii え ある、 兩 御 使 來臨を 忝 くす。 對面は 必 明 H なるべし。 しからん に は、 今齊我 久しく 

-ヒ*5 め あ こ が タ のい か てきしゃ うら t いめ ぐ い まづ こ G 

こ.^ に留 在らせた る、 滸我殿 以下の 敲將 等に 對而 して、 憑 意 を 示さす は あるべ からす。 先 這 一 

ぎ いそ こミ はよ いひつ けた 象 け の しんべ ゑ てるぶ A ら あへ てい V、 こ ミ、. -' け *4.?* ミき 

義を 急ぐべし。 と詞委 なく 吩咐 給へば、 毛 野 親 兵 衞照文 等 は、 敢異議 なく: iH 承して、 返りて 辰 

すけき よすみ し の さう すけ ゆん こ ぶんご ならび まさき ;: いぜんら むね もろ ミ b ようい 

助淸 澄と、 信 乃^ 介、 現 八 小 文 吾、 丼に 政 木 大全 等に、 旨を傳 へて 共 侶に、 ^^^の淮備をしたり 

かくて なり のり ふさ ミ もよ しミ もやす よりたね ため かゆ よしおつ よしたけ のりし ゆた ね ひさ も, り y ね ま たより A つ あつか 

ける。 恁而 成氏憲 房、 朝 良 朝 寧、 自胤 爲景、 義 同義 武、 憲重 胤久、 盛實 及. E 充に 至る まで、 預 

しょ ざ むら ひ ひミり t かみあ ひゆ あみ • 6 たら いしや、 フ す t な. ^うぢい ^* 5=ら はれび ミ この 

りの 諸 士、 ー简々 々に、 沐 浴 させて、 新しき 衣裳 を 薦めな どす。 成 氏 以下の S1 徒 は、 此 

ありさ > むね やす さて は こ よ ひわれ (• かう ベ はね この もてなし -な 

光景に 胸 安から す、 原來 今宵 我們 が、 せ を 刎ん 爲に こそ、 這 管 待 を 做すなら め、 と m、5 へど も 今 

ミふ よし なか {" かくご き は かれら ♦* に (- かくて ゆ ふぜん 

さらに、 人に 問べき 由なければ、 倒に 覺期を 究めて、 仙 等が、 隨意 せざる はなし。 斯而 夕餵も 

第 九 輯卷之 四十 A . ilinf! 



南 總里見 八犬傳 四 三 二 

われ またお も かの おんつ かひ らいちゃく , す > じつ かに * ほふ ら 、<.- *s か のち 

ふべ けれ。 我 亦 思 ふに、 那御 使の 來 著まで は、 猶數 日の 暇 あらん。 法 六郞も 宿所に 返りて、 後 

っミめ つく きすけ きょす このい よろし かれら いた は れい じんじ みな 

の 勤に 就べき^ 也。 辰 相 淸澄這 意 を 得て、 宜く他 等 を 勦るべし。 と 例の 仁慈 を 示し 給へば、 大 

み £ かんぷく ひしろ はて これ いなむら みやこ おんつ かひ もてなし 

家い よく 感服して、 この U の 席は果 にけ り。 是 よりして 稻 村の 城内に は、 京師の 御 使 を 管 待 

よういい S あか くら か あまり へ あるひ いさら - しろ いわ さケけ の はャ ぶね 

の、 淮備遑 なく U. 一し 暮 して、 十 有餘: n を歴 ぬる 程に、 右一 日 五十子の 城より、 犬 阪宅野 は 快 船 

せう そこ もたら りャ、 つから ラ け A し らっケ こ たびさん か、 3 ちょくし だい あきしの うぢ むろまち, X- の 

の 使に 消息 を責 して、 兩 家老 五犬士 等に 報る やう、 這囘參 向の 勑使 代、 秋德 氏、 丼に 室町 殿の 

おんつ かひ くまが や うぢ りゃうく わんれ い i -】 けんせき こミ はて きんじつ ミ ふっかみ か すぐ 

御 使、 熊 谷 生 は、 兩 管 領を御 譴赏の 事 娘て、 近日 渡海 の^え あり。 兩三. に 過 ベ からす。 

での おんま 5 ナ たね ミ もしろ ベ つか つ きふ f- によりつ り ャラ よしなり これ さ i 

:|=j ハ御儲 をい そがせ 給へ、 胤智案 内 を 仕 らん。 急々 如 律令と ありし かば、 義成是 をう ち iE て、 

y ら-ゥ W きすけ きょす み ま;. i し の しんべ ゑ さ、 ひすけ こ ぶんご ら めしつ £ だんか ふ お ほす かのお <: 

家老 辰 相 清澄、 及 信 乃 鋭兵 衞、 莊介現 八、 小 文 吾等 を、 召 築 合て 商議 あり、 且 課る やう、 那御 

つか ひ ヒち いさら ご てきじ や, フ あ うきたから みなこれ いくさぶね そのけ がれ * 

t|T か 立よ ると も、 五十子 は 敵 城な り。 又 在る 所の 浮寶 は、 皆是戰 艦なる べし。 其 汚穢た る 物 を 

v^a,--»v "かへ ふ けいなり し A ベ ゑ てろ ぶふ す さき 、? b お ほぶね さラ し そソ 

もて、 那人々 を 迎んは 不敬^。 この 故に 親 丘 ハ衞と 照 文 は、 洲 崎の 浦なる InE 五六 艘と、 士卒 一 

IV & かの おんつ ひ レ の さ、 フ すけ ゆん こ ぶん- •*) こ たび き やうおう し f ひやう 

百 五六 十^も 將て、 那御 使を迎 ふべ し。 又 信 乃 莊介現 八 小 文 吾 は、 這囘 の饗應 使と す。 六郞兵 

: のす け い ひ a てろ ぶみ けの つか ひ -f* へし ! i こ ろ 

庫 助 もこの 意 を 3^ て、 IE を 照 文に 傳ふ ベく、 又 毛 野が 使に は、 囘翰を 拿ら せて、 この 意 を 得さ 

すべし。 事忽 緒に すべから す、」 と捉 ていそが せ 給 ふ》 ぞ、 大家 都て こよろ 得 果て、 次の 日 親 兵 

ゑ てるぶ み よ、 ひい す, * しそつ, ちな き しf^?.^^ さし これ 

衞と照 文 は、 淮 倫の 船 を找 めつ よ、 士卒 を將て H ケ天 より、 柴 浦を投 ていそぎ ける〕 是 よりの 後 



しっか. フミん しゅ V 'けいた r お *f けな みたま もの こミ わざ じい. i" あや まち こうみ ゃラ A やうが 

とば かりに、 膝行 頓首受 戴きて、 こ は 過分き 御 賜、 鄱詰 云、 愆 の 功名に てこ そ 候に、 其 加に 

あま かしこ まラ すこしし り も さて か らラ けんし くんおん しャレ その ミ, おはきし はふ f 

餘る畏 さよ。 と稟 しつ 些 退きて、 却 二 家老と 五犬士 に、 君恩 を 謝に ける。 常 下火 岸 法六郎 も、 

.RJ ん. S の あたり めしいだ てるぶ ふ た けづ かひ は ,ゥび こ r-Jtt た *♦ は 

御 目前に 召 出されて、 先に は 照 文に 從 ふて、 副 使 をよ くしたり とて、 褒美の 詞を 賜りけ る、 

これ 力れ めんぼくみ あ *4 きょす み £ り あは こ も ふゆても ぶふ ス や こ 

甲 こ 面目 身に 餘る を、 淸澄さ こそと 執 合して、 且ぃ ふやう、 去 歲の冬 照 文 を、 お 師へ遣 さる i 

たてまつり ぶみ も li.b きっきょ *っ はか かのち し. b かみ 一い んレ ゃラ 

時、 呈 書 を II せ 給 はす。 宙凶 料り がた ければ、 那 地に 到りても のせよ とて、 R 素 紙に 御 印章 

ほふ ら-フ つけ びんぎ な かみ かねて 

を、 做されて 渡し 給 ひしに、 法六郞 さへ 附られ し は、 後の 便せ に 做り ける を、 祌 ならす して 豫 

より、 知る よし もな く 候き。 といへば 辰 相、 然 也と 應 へて、 ii くが 如き は 阿漕に て、 那疑 

S /"いんし や 5 みやこ あまさき お fc t< ウ i しょ じ ぃラ rt 

を 解きた る も、 御 印章に よりて 也。 又 京師に て 蟹 崎が、 思 ひの 隨に 計り 得て、 御齊を 自由に 寫 

: いんし や- r, そのめ う ほむ しの しんべ S もろ 》 も 

せし も、 御 印章 ある 故 なれば、 其 妙 さらにい ふべ からす。 と 譽れば 信 乃 も 親兵衞 も、 共 侶に う 

* つ. :ぶ づき こミ みな じんい ヘラ いで らう はか すべ の これ ご せい ミく 

ち點 頭て、 事 皆 人 意の 表に 出ぬ る、 十一 郞の瑞 る 所、 術よ く 事の 整 ひし は、 是我 君の 御盛德 と、 

ふせ ひめが ふ みやう じょ ミ かく あまさき、 r-xf ぜんこ、 フ !? y あは さう すけ けん 

伏姬 神の 冥 助 も あらん。 左に も 右に も蠻畸 生の、 全 功に こそ 候 なれ。 と 執 合すれば、 莊介現 八、 

こ ぶん-. 二 かん やま ^ あまさき しんちぎ よく かならず いね さか かい ゅづ た t へ ゑ つぼ いり 

小 文 吾 も 感じて 巳す。 現に 蟹 崎の 新智 玉に は、 必 ゃ犬阪 も、 一階 を讓 るべ し。 と 稱て笑 局に 入 

てろ ぶみ ひた ひ あた しゃし その- ヒき よしなり てろ ぶみ お ほ い ♦* し 

しかば、 照 文 は 額に 汗して、 常り がた しと 謝に ける。 當下義 成 は、 又 照 文に 課する やう、 汝は 

つかれ た た.? た ** かり かへ みやこの しゅび お ほや か;. i かく つゆた てよ つ よろこ 

疲勞も あろべ けれど、 徑に瀧 田へ 罷歸 りて、 京師 首尾 を老舘 に、 恁と告 奉 らば、 さぞな 歡び給 

第 九 輯卷之 四十 八 四 三 I 



南 總里見 八犬傳 四 一 二 〇 

け- の てるぶ み だん むろ ** ち,: の おんいき ほひ りゃうく わんれ いしょ、 r- ふく かのお- <: つか ひ あきし。 くまが や かな., つず 

. 毛 野 又 照 文に 談 すらく、. 室町 殿の 御威德 もて、 兩 管 領承 服せば、 那御使 秋 篠熊谷 は、 必 

ti ラじ ai? らいちゃく. ふ iT ち あ は われ たね ミも りャ 5 おんつ かひ しるべ たち い.^ 

當城 に來 著して、 水路 を 安房へ 渡す なるべし。 4=^06、 我施智 は、 兩 御 使 の 案内に 立て、 稻 

村の 城に かへ り參 りてん。 和 殿 は 夙く 歸 城して、 この 義を舘 へ 告まづ りね。 この 餘の 事は恁 

* ひか のち かナ 15 き S さし.^ し ん す 》- くれ おひて し は、? i\ 

恁と、 後の 進 返 を 解 示して、 酒 飯を羞 めな どす る 程に、 日 は暮て 順風な りければ、 柴 浦に 

£^ わくら し6!-?,^く のせ やす よすがら はし す ささ きちゃく つかまつ 

i せた る、 船に 臣等主 僕 を 載て、 波の 上 安らかに、 通 宵 走る 風の まに く、 洲 崎へ 歸著 仕 

こミっ ** びら か ゥ: t*. フ よしなりね レ はじめ しんべ a! じょ • けんし か f お^は . > 

りに き。 と 言 詳 に告稟 せば、 義成主 を. 首に て、 親 兵 衞自餘 の 四 犬士ニ 家老、 憶す も 皆う 

ろ: ま きなり- (- しょうさ 八 そ なか よしな, リ ねし こミ い えつ たへ てろ ぶふ ほ リ 

ち UK れて、 奇 也々々 と稱贊 す。 开が 中に 義成主 は、 特に 抬悦に 堪すゃ あり けん、 照 文 を身邊 

す. < のた ま はか いまし は. U ら これ くしい さ. * はくち ラ 

近く、 找 ませて 宣 ふやう、, 料ら ざり ける 汝の掙 き、 是 第一 の奇 功、 八 犬士に 伯仲す、 とい ふと 

すぎ > く. C ふく あざな な は およそ き ふく こミ さい をう 

も、 過たり とすべ からす。 ^に 禍福 は糾ふ 纏の 如し。 約莫倚 伏の 至る所、 事 塞 翁が 馬なら ぬ は 

よじめ わ. -て ちお み お i せ いさね みやこ まさし むか ミら ためな. リ さ まさし ** た 

なし。 ^我 照 文に 使 を 課て、 重て 京師へ 遣せ し は、 仁 を. 迎へ 執せ ん爲 也。 然る を 仁 は. 使を俟 で、 

か さい 4/ んこ 3 て. ぶみ かぜの なや & へ、 はく / め 

おの づ からに かへ り 来て、 且葛 西に て 軍功 あり。 又 照 文 は、 風 難 に 船 を 破られ 漂 治して、 阿 

こぎ こ も くら さら みやこ のぼ わがた め • たいてき わ へい じぎ • いた 

漕に 去 歳を暮 しつ i、 この 春 更に 京師の 上りて、 我爲 にし も 計り 得て、 大畝 和平の 時宜に 造る 

これり,? - そく. い *< た ゆ ゑん その いさを ほっす *0 けんし ャラ い じつ これ た 5 ざ はう び きふ 

は、 是我 素懷を il- せる 所以、 其 績拔萃 なり。 勸 賞は異 日に あらん、 是を當 座の 褒美に とて、 急 

かこへ なかす pr いたな さり も ゆ いざ これ てろ ぶみ も 

に 傍 を 見 かへ りて、 刀架に 措れ たる、 刀 を手づ から 拿揚 て、. 卒 とて 是を與 へ 給べば、 照 文 は 阿 



たいこ 5 かんじお ぽ しめす ちょくし r か は ,こ これ あ, し G しゃ 5 

と、 八犬士 の. K 功 を、 忍 召よ しあり て、 勑使を 遣 さるべし と^えけ り。 是 によ. りて 秋德將 

さ ラ ひろ ♦* さ ちょくし だい な む ろ** ち 一の おんつ かひ く ** が やじ ら, ゥ ざ 5 もんの じょうな はち か も ろ ミ も あ は さんか 

曾廣常 を、 勑使 代に 做されて、 室町 殿の 御 使、 熊 谷 二 郞左衞 門 尉 直 親と 共 侶に、 安房へ 參向 

さる ほさ くだん り や 5 おんつ かひ あきしの ひろ. S さ く t が やな ほち か 霍も びミ お ほ ゐ やよひ かし. * だち 

すべし と 也。 爾 程に 件の 兩 御 使、 秋篠廣 常、 熊 〔4: 直 親 は、 伴當を 多く 領て、 三月 十二 日に 啓 行 

き そ V まづか 5 づけ いた この ミきゃ ** のうち あきさ;: かう づけ JSJt た しろ なが を か t は- 

して、 岐蛆路 より、 先 上 毛に 造ら まくす。 這 時 山 内顯定 は、 上 毛 沼田の 城に 在り、 义長!:^^;^养 

さ 5 こくしろ ,0 しろ あ あ ふぎが やつ さだま さ むさし い るお か は-ご ひ ざ いじ ゃラ その, こ 

は、 同國 S 井の 城に 在り、 又 扇 谷定正 は、 武藏 なる、 入 問の 河 鰓に 在 城す と 云 ふ、 其 ii ぇ紛 

れ なければ、 那三將、^2上意を示して、 „J=ja 非を譴 め、 以後 を儆 め、 承服 和平に 至る の n、 兩辦 

つか ひ モ のか しんら & ふな ぢ * ji じ や. フぃ 

使 は、 其 家臣 等を將 て、 水路 を 安房へ うち 渡して、 上 意 を 傅 ふべ しと 定めら る。 是 によりて 

てるぶ みら かう づけ りゃう おんつ かひ かの てきじ やう たち その ミ, く. 》 が やな ほち か てろ ぶみ 

照 文 等 は、 上 毛より 兩 御 使 に 相 別れて、 那敵城 へ は 立 よらす。 登 時 熊 谷 直 鋭 は、 照 文に 示 

はや あは ま か は ラしタ むさし さがみ あら. い 5 

してい ふやう、 汝は 夙く 安房へ 返りて、 この 義を房 州へ 傅 ふべ く、 又 武竊相 摸なる、 新 井、 五 

十 子、 忍 岡の 城に ありと か えたる、 三犬士 にも 告示して、 返 城の 准備を 做さ しむべし、 と 

ち -r- ミ さ しづ ** か わくら ほふ ら -rs ミも J もび W ぶ やく きの ふ い さら ご しろ 

ある、 中途より この 指撅に 儘せ て、 臣等は 法 六 郞と倶 に、 伸 常 夫役 を從 へて、 昨 口 五十子の 城 

くだん しゅび い さかけ のら つゆ け のら よろこ やが しのぶの J- か 

に 来つ、 件 の 首尾 を、 犬 阪毛野 等に 告 しかば、 毛 野 等が 歡 びい ふべ う も あらす、 嬷て 忍 岡 

ぁらゐ しろ だ うせった いがく でんたつ た お ほっかいし は ** しろ のぼ *- り ら 5 よし 

と 新 井の 城へ 使 ももて、 道節大 角に 傳 達す。 この 他大嫁 石濱の 城なる、 桐 三八郞 良于、 

こ も. 9 た *t らうた かひね ほ きた おちあゆよ の ありた ね べつ つか ひ かなら すつ.,' たつ , 

小森但 一 郞高宗 と、 植 北なる 落 鮎 餘之七 有 種に は、 別に 使 を もて、 必 通達す ベ し と いふ。 

第 九 輯卷之 四十 t< 四 二 九 



南^ 里 見 八 犬 博 . I 四 二八 M 

べん じ やう、, よ ^vio, ま か ご さ た まち いらへ てるぶ みら かへ さてて るぶ ふら ミラり、 3 

貶 は 上意に 依らん。 旅亭に 退り て 御沙汰 を 等ね。 と 應て照 文 等 を 返しけ り。 却 照 文 等 は 逗留の 

あよ せつろ く くわいき 八 ,< か-ど みつぎもの たて 》 つ ながそでび W おくりもの せんれい , 

問 ひ、 攝錄へ も 廻 勤して、 朝廷へ 貢を獻 り、 搢紳 家へ 人情 も、 先例に よりて 漏す ことなし。 

さる ほ 0J ひろ ** ち !>.- の かの、 フ つたへ きこしめ レ くわん れいなら び ひャ、 \ ち? "、ひしゅ めしつ <*j せん さミ, 0, よしなり - -^. 

爾 程に 室町 殿 は、 郝訴 を閒 食て、 管 領井 に 評 定 衆 を、 召聚 へて 詮議 あり。 里 見義成 は、 是 

きんしん こ-つ しん る や ふ fct び A たび これ • ^うる じ. や、 フ^ん ち" 

謹慎の 君子に て、 貢 進の 禮兩 三番に 及べり。 是 によりて 之 を 観れば、 今 愁訴す る 所、 情願忠 

y たれ しろ < んげみ たれ うつたへ はャ しの 

義を 知る に 足り。 しかれ ども 子路 ならぬ 者の、 片言 を もて 教 かよく、 訟 を定 むべき。 夙く 間 

びの も むさし あ は い のりや、 r 'てき ザん あくお やしゃ、 3 さぐ し、 f ぎ けつ 

,諜兒 を、 武藏と 安房へ 遣して、 那兩 敵の 善 惡邪正 を、 ^らせ 給 ふべ くも やとい ふ、 衆議 1 诀し 



I i お ほ まさな が これ 、ひけた ま *♦ か やが しのびの もの ぁづ ** 

たりし かば、 義尙 则 政 長に 課する よし あり。 政 長是を 承 はりて、 退り て 纏て 閒諜兒 を、 柬 



へと てぞ 遣し ける。 恁而 三月の 初旬に 至りて、 那問 諜兒等 かへ り來 て、 定正 顯定兩 管 領の、 非 

ぎ つぐ つぶさ わがや かた h じんしん ならび しょ ゆ、 r> し さいかんぶ りゃく せんこうた いぎ いちぶ し じミ 

議を告 る 事 具にて、 且我舘 の 御仁 心、 丼に 八 犬士諸 勇士の 才幹 武略、 戰功 大義の 一 伍一 十 を、 

きけ まな まラ しあ, ぎ のち もれき こ され むろ t ち さの かさね せんぎ £6 ミゅ - 

聞る が 隨に稟 上, しと いふ、 この 義も 後に 洩 聞え にき。 然ば 室町 殿に は、 重て 設議を 遂られ て、 

べんしゃう つ 3 11 てるぶ みら くわん れい やし *- めし *< さなが すな はち じャ、 つい つた ふ に _g は,. -しリ 

»^ 賞罰の 制度 あり けん、 照 文 等 を 管 領邵 へ 召よ せて、 政 長 則 上意 を 傅る やう、 這 囘房竹 

し,, そ そのじつ おんつ かひ ミ うごく つか は さに 44 さあき さ-た つ) けんせき f 

の 愁訴、 旣に 其實を 得たり。 こ. 1 を もて 御 使 を、 束國へ 遣され て、 定正顯 定を御 譴責 ありて、 房 

し、 ひ わ まくつい まつ .J ね おん > ぢ い しら おんつ かひ みちしるべ ミも もづ まか 

州と &气 るべき、 を 御 下知 あるべし。 汝等は 御 使の 鄉導を 仕りて、 俱に 東へ 退り ねとて、 

& >-r- しょ ウ ,-_ びん S かけ t く い Is かしこ <-»♦ つみ か わ? 5 やかた 1;^.- ち.; 'しん 

裤敎書 を遞與 され:: り。 事の 便 { 且は是 のみなら す、 掛向は 最も 畏き天 朝に も、 我 舘の御 忠信 



こう つら あは よしなり 、r 'た よしなり もミ れん t ゐ ル のが みち 

侯 を 連ね 兵 を 合せて、 義成を 伐 まくす。 義成 素より 罪なくて、 罪 を 連 帥に 得て、 脫 る- -路 なく、 

はう そう へんせ ラ しそつ ろ たいてき ふせぎた. * か fcr にち かつ す 

房總褊 小の 士卒 を もて、 三路の 大敵 を 防 戰 ひしょり、 只 一 日に して 勝 こと を 得て、 水に は數 

いくさぶね やき しづ くが す まん たいてき *1 ち はしら これし かしながら へいはん けんし いね さかいね づか いねむら 

千の 戰艦 を燒淪 め、 陸に は數 萬の 大敵 を擊走 せたり。 是 併蔽^ の 八 犬士、 犬阪犬 塚、 犬 H 

一 い 5J 九 いねや. * いね かひ いね かはいね た よびな ち けいぶ. よ 3 たいてき 5 づ す. 

; 犬 江、 犬 山犬 飼、 犬 川 犬 田な ン ど 喚 做す 者の、: 智計 武勇に よ.^ て 也.。 大敲旣 に迹を 埋めて、 水 

一 りく みちひら つか ひび ミぁ まさき らうて ろぶ, n お ほきし ほふ ら、 すみた へら すな はちび こう 、? つたへ 

陸の. 路闢 けし かば、 使臣 蟹 崎 十 一 郞照 文、 大岸法 一 ハ郞澄 妙 等 を もて、 隨卽微 功 を 訴 まつりて、 

き, C ぎ, C はう もつ こうしん はや ご さ た りゃうく わんれ い あらび さ *t く だいせ うみ やう わへい 

黄白 方 物 を 貢 進す。 願 ふ は 夙く 御 制度 ありて、 兩 管 領の暴 を 禁め給 はり、 束國 の. K 小名 和: 牛 

くにた みミ たん まねか ひミ りよし なり よろこ か こく りゃう せんなん によ みなり.? えい ご ぶ f 

して、 國民 塗炭 を?^ れ なば、 獨義 成の 歡び のみなら す、 八简國 の良賤 女、 = ^柳營 の 御 武德を 

あ ふぎ いへ に t ひいへ に、 r- た ひて ち しゅ たいへい ん びん おん ひ ぢ 

仰 まつりて、 家舞戶 謠、 置 酒して. K 平を樂 むべ し。 この 義を 以て 穩 便なる、 御 下知 を こそ 

ねが は これすな はちよ しなり たて ♦* つ; ぶみ の はいしんて ろぶ みら い けん t 、フ 

願し けれ。 是 卽 義 成が 呈 書に 載す る 所、 陪臣 照 文 等が、 意見 ももて 稟す にあち す、. いかで 

よろし 一- J りゃう さつ し、 つ そ すな はち ひろ 4* ち さの あしか r よし ひ 3 

宜く 御亮査 あらまぐ ほしう 候 なれ。 とお そる く 愁訴して、 則 室 W 殿 (足 利 義尙) へ 一 千金、 

ひがし や ま さの よしまさ くわ-, C れい まさな がまた けんか い せ うぢ はじめ きんぎん おくり ミこ 

束 山 殿 (義 政).. へ 一 千金、 管 領政 長及當 時の 權家、 伊勢 氏 を 首に て、 黄白の 贈 もの あり。 土 

ろの めいぶつ かた かず し さつ ゐゃ さなが すな はち そのぎ いれ ミラ ごくひ や、? らん 

-宜方 物 も 形の 如く、 數を盡 して 使 札の 禮 とす。 政 長 則 其 義を容 て、 且ぃ ふやう、 東 國兵亂 の 

• 二 きこしめし お, どろ おぼしめ ミころ なり ほ、 r- し- フ よしなり しう そ じつ これ そのり いはん ャ 

事 はし も、 上に も旣に 間食て、 驚き 思 召す 所 也。 房 州 (義成 をい ふ) の 愁訴 實に 是其理 あり C 矧 

0* たこう しん fO やし は- (- ちう せい 7 . たが ぎ つぶさ あゆ f 

叉貢進の禮^^々にて、 忠誠 を 表せら る、 今 さら 何等の 疑 ひ あらん 。この 義を 備に え 上て、 褒 

第 九 輯卷之 四十 A 四 二 七 



南 總里見 八 犬 , . 四 二 六 

ゾろ > y しゅび ほふ らラ しか, い ちラ こく 

を、 I しせな ば 後々 まで、 首尾よ からす や、. と 思 ひ 得て、 法 六 郞に恁 々々と、 意衷を 示しつ、 國 

し お, cy も びき のぶを かつ わかれ つ 6 わがし 9 ぼくす ^ ^ ひミ り つ; -が , ^の, おは:. \? • 

司の 義を、 網曳周 魚に 謝し、 且 別を告 て、 我 S 僕數十 名、 一 人も恙 ある 事な く、 那 一お 船に う 

ゥ、 .-b5£ ミ ちさナ お て 二し さし かくて きさらぎ はじめ ふねな じ は 

ち I て、 あ, を, く 旦^の 獻 風に、 Si を 投てぞ 走らせけ る。 恁而 二月の 初旬に 至りて、 船 浪花 

づ 律に I しかば、 にや あ、 めて、 fffMT i にかへ し, つ、 i 

の-、 ^"^1- る を、 .M¥ ぎ 船に に 遣して、 事の 便宜 を^ら する に、 當春 京都の 管領 政 

; g おは、^ ありて 【I られ にき。 Sii おお 主、 一個 管領たり といへば、 こも 亦 幸 ありに り 。因 

J i .^ き X- つ し.^ かの 一 ご、 -ん しゃ 5 も むろ *4 ち さの *4ゐ たて *4 つりぶ ふ 

て?? isk に、 機 あ を 示し 心得させて、 那御 印章 ある 紙 を 用て、 室町 殿へ 進ら せ 給 ふ、 呈 書 

? 1 t、r 'ナ、 * ノ 、つし よ =>.P かき、 つつ & つぎ こがねく に つもの もくろく はいた ラ 

と、 の 上書 を さへ、 形の 如くに 書寫 させて、 調 貢の 黄金 土宜 を、 目錄に 合せ 配當 して 

^Kim にか i めし を、 お^に 射せお" i におり て、 の 秋 相識れ る、 客舍を 宿と しつ、 次の 

v-irzit £b て. く ! 2 もび ミぶ やく ひろまち の まるの ぼ ほふ らラ たすけつ かひ 

n4<i£& 六と ^ に、 ず肶を 整へ て、. 伴當 夫役 を從 へつ i、 室町 殿へ 參上 るに、 法 六 郞を副 使 

とす。 の兩人 は、 ま iK の 故 を もて、 や」 江灘 にて 相 別れて、 御 使に 人足らねば 也。 恁 

^pt. Skgi は、 li^T. &づ ITS ま i を i ら せて、 且 i ら すく、 Ms. 

民を 鼸ぁ めて、 gip 犯す ことなく、 常に ドー あ て、 imyl 

おこ; - し. J- くわん ミ、 フ りゃうく わんれ い ■ さに is も; さ だ その *♦ つ. お ほやけ &だり わたく 化の"、 ら &.' 

體る こと あらす。 爾 るに 關 束の 兩 管 領、 定正 顯定、 =1=1- 政 〈ム ならす、 叨に 私 怨 を もて 諸 



ふ も ミこれ なんて 5 わが せんぞ さ. r ぎ れつ よし ふ ふや 象 ぶんきよ そく わつ こ 

見 は原是 南朝の 忠臣に て、 我 先祖と 同 義烈の 好 あり。 今 は 山海、 千里に 分据し ぬれば、 疎 潤 胡 

air その か しん ミ かいさち は きん わがり ャ うぶん A こ y よ かへ つうた?, 

越に 似 たれ ども、 其 家臣た る 者の、 渡海 幸な く 破船して、 我; 内 阿 漕の 该に、 寓 りし を 反て 疑 

ふて、 禁 i 久しくなる までに、 留め 措し こそ 無慙 なれ。 夙く 異船 もて、 =^投 方へ、 送り:^ すべ 

あびき へいに いふの ぶ 4-、7 けた ま は わくら しゅぼく ひミゃ たす い:: いた は こく 

き荐 也。 と ありし かば、 網 曳平大 夫 周 魚 奉 りて、 臣等主 僕 を牢舍 より、 抉け 出しつ 勦り て、 國 

し お ほせし か. 4- こ S わ け W すな はちお ほふ 5J ? 7 レょぢ きんぎん はう もつ ひ 》 つ おち 

司の 仰 恁々 と、 事の 情 由 さへ 解き 示しつ、 则 巨船 一 艘に 、所持の 金鈕方 物まで、 一 箇も 遠な 

かへ のせ か こ かん タり たりめ まり か ふなで まか しんせつ はじめ 

く 返し 載て、 且舵ェ 篙師、 十餘名 を假し 加えて、 船出 を 風に 儘され たろ、 深切 初に!^ じから ね 

わくら よろこ はらの ラち わがきみ てん たすけ す, りく はい 

ば、 臣 等が 歡 びい ふべ う も あらす。 且 肚裏に w、0 ふやう、 我 君 天の 資 によりて、 水陸の 大敞 成敗 

績 して、 房 總無異 の え あるに、 今 さら 這 里より 船 を 返して、 安房へ いなん は、 要な き 所行な 

され いねん こふの だいた t かひ くしい さ を たけ しみ 

り。 然ば とて、 犬 江は旣 にかへ り參 りて、 國府臺 の鬪戰 に、 奇功 ありと いふ、 こも 亦 多 氣の問 

びの もの こくし ち、 C しん き *• さ みやこ ん,プ わさ 

諜兒 が、 國 司へ 注進せ しと か 間ぬ。 然 らば 京師へ 赴く とも、 是も 要な きおなる べし。 いかにせ 

まし、 と 分よ しもな く、 左 さま 右 さま 尋思 をし ぬれば、 究竟の 一義な きに あらす。 この 折を以 

みやこ のぼ り や、... - くわ. C れい あらび な たいへい せめほろぼ ほり 4it かひ もます ゑ 

て、 京師に 上りて、 兩 管 領の暴 做す、 大兵 を もて 我 君 を、 伐 威 さまく 欲した る、 鬪戰 の顚末 

むろまち ぞの つ ひたて まつ あ ♦* つ ふかさ そうもん へ みつぎ かね くにつ もの こ、 つぶ てい たてまつ 

を、 室町 殿に 告 奉り 、天朝 に奏 閗を經 て、 調 貢の 金子と 土 in! を、 公武 I 一 庭に 獻 らば、 我 

ち、. -じ よか、 7 じゅん 2 し > ごろ や i じんしん もら は むろ ♦* ち さの A かさ モの わたくし ま ごころ 

君 忠恕 孝順なる、 年來の 御仁 心、 この 時に しも 顯れ て、 室町 殿に も 朝廷に む、 其 私 なき 誠心 

第 九 輯卷之 四十 八 四 二 五 



I I 南 總里見 A 犬 博 四 二 四 

舘 を功攻 伐の 事の 風聲、 那 地へ も閒ぇ しかば、 臣等 はいよ く 胸 安から す。 いかで 身 を れて、 

た r かへ ,,j せんぞ あは はかりつ】 ミ いづ しら ぜひな くや かた いんし ゃラ しゅぜん 

徑に 還りて 御 先途に、 ^3ゃと思ふのみ、 計 の 出る 所 を 知ねば、 只 得 舘の御 印章 ある、 修善 

じ がみ さりい" みび き のぶを さミみ つか ひび ミ あかし な ,た たけけ ひミ しょ 

寺 紙 を 拿 出して、 網曳周 魚に 示しつ よ、 里 見の 使臣なる 照据に 做せ ども、 北 CS 家と】 たび も.、 書 

さつ わう らい のぶを そ ** こミ はな かへ きた はたけ さの 

札の 往來 なき 故に、 周 魚 は 其 をし も 信と せす、 放ち 還すべく も あら ざり しに、 :J4、 頃 北 畠 殿 は、 

あづまの た t かひ いづれ はい.?/ ん ふね、 "'み このち y か 、* 'みべ まも かた 

束 鬭戰敦 まれ、 敗軍の 艦 海 を 渡して、 這 地に 來 ぬる も あらん 歟 とて、 海? r ぬの 戌り を 固く しつ、 

しのびの もの ひさし あは りゃうて き かちまけ つぶさ L.b ほり こミし じっき 1* ゑつ か; i くにん 

且 問諜兒 を、 武藏と 安房へ 遣して、 兩 敵の 勝敗 を、 備に 知 まく 欲し けん、 今玆 正月 下浣 1 件の 

しのびの もの さも た け しろ りゃうく わんれ いはい ぐん こミ おおび, なり いね さかいね むら いねやま 

問 諜兒每 は、 多氣の 城に かへ り來 つ、 兩 管 領 敗軍の 事の 趣、 いへば さら 也、 犬 阪犬村 犬 山 

にぐ おひ むさし いさら 、一 ffi お ほつ か しのぶの を か X つのし ろ .UC- す ミり も-: 

は、 北る を赶 つよ 武藏へ 渡して、 五十子、 新 井、 大塚、 忍 岡の 四箇城 を、 輒く铺 たる 事の 顚 

すま >.- よ ミこ こ ふ の:;.! い た. - かひ わが おん ざ-..' し はじめ いね かはい ひた いね づか いね かひ ぶ よ-.. f けい て S し 

末、 又行德 國府臺 の鬪戰 に、 我 S: 曹司 を 首に て、 犬 川 犬 田 犬 塚 犬 飼の、 武勇 智計を もて、 將 

ミりニ やまの、.' ちあき さに ぬし あ ふぎが やつ ミ もよ し cj し ち は ながな はいぼく つぶさ ち、..' し. C 

多く 虜 にせられし、 山 內顯定 .f: と、 扇 谷 朝 良^、 千 葉 長 尾の 敗北まで、 具に 注進したり とい 

びん y これ わくら こ ? 4 つ ふゆ ふ 'こ つか ひ * おな ぢ にし 

ふ、 事の 便. I?:; は是 のみなら す、 臣 等が 去 歳の 初冬に、 京師へ 使 を 命ぜられて、 船路 を 西へ 赴き 

その ひめへ、 ニヒ しのびの もの さ ひりき t し ,M し すべてき たはた け^の つゆ ま.? のち 

ける、 :^::^ハ秘事さへ問諜兒が、 榜 開 知る 據ぁ りけん、 都 北 畠 殿へ 告稟 しょ と いふ、 この こと 後 

これ はじめ わくら こミ いつはり さミ のぶ 

に 知られけ り。 是 によりて 始 より、 臣 等が 言の 僞詐 ならぬ を、 やう やくに 悟られ けん、 周 か" に 

つ-、 -ん しゃ ミ みし かしこ 、. 'たが ミ きた はたけ さの ゆ * ち さミ 

見せた る 御 印章 を、 ょく認る^_<;ぁりしかば、 いよく 那 里の 疑 ひ 解けて、 北 SB 殿下 知す らく、 里 



きこ めし すな はち か やう d .1! ちから ミ が ら * つ ミ **ャ ら *3 ら し S 

よし は、 故 ありて, 旣に 聞し 召ぬ。 其義は 則 箇樣々 々と、 田税戶 賀九郞 と、 苦 屋八郞 等が、 主 

まく よ にん あら IO 5.b ヘラち A. く くし いさを おも ひき そのたい りゃく ミ きしめ わ ,の なにら 

僕十餘 名、 新 井の浦に 漂 著して、 奇功 ありし 事の 趣 の、 其 大略 を 解 示して、 和 殿 は 亦 何等の 

a ャこ 九ん り- フ きはんお そ いかに て 4 ぶ A 3 は タミ, かひ 

故に、 京師に 久しく 流留 したる、 歸 帆の 遲 かりし は 甚麽ぞ や。 と 問へば 照 文、 然ン 候。 逸時景 

よし わくら き-し モのぎ のち **5 し <1> しろ めさ かの. C やか, し 

能の 事 はし も、 臣等も 故 ありて 聞知り ぬ。 其義は 後に 稟 上ん。 旣に 知し 召れ たる、 那類怪 の 

やく ミ わくら にし さし にちやつ 5 みち か ミ きか ザに!^ か ふきお に 

厄 解けし 時、 臣 等が 船 は 西を投 て、 走る こと 一 日 一夜、 津の海 近くなる 程に、 勅風猛 可に 吹 起 

ほ》 しら 4- かぢ くだ ふねく つがへ いくたび し J;* yw も われ も いづ 

りて、 樯 を 折り 揖を摧 き、 船 複 らんと しぬ る 者、 幾潘 とい ふこと を 知ねば、 人 我 生た る 

♦4 か た*1 よ じち や なみかぜ ti かみかぜ い I 

心地な く、 波と 風と に 儘し つ i、 漂 ふこと 又 一日一夜、 風波 やう やく 歇 りて、 我 船 は 神風の 伊 

せ め 二 ざ より すな はちい せ こくし きた tt たけ 5j の りで ゥ ぶん ぢん だい, A びき へいだ "い _ふ> のぶを * 

勢の 阿漕に 寓 にけ り。 この 地 は、 則 伊勢の 國司、 北 畠 殿の 封 S にて、 陴題網 曳平大 夫 周 <w と、 

よびな さ fc はんし はんし ャ. r- われ (- - しゅぼく ;ら もり ャ たすけ いれ くす しな..^ で すな? >」 りび;. ji, 

喚 做す 者の 沙汰と して、 半死半生なる 我 們主僕 を、 浦の 守屋 に扶容 させて、 醫師并 に 漁 夫 等 

お ほ a .!= りな ほ ざ り ひ? 9 n くすり す t いた は ねん, バろ ,, わ ぶ , 

に 課せて、 看病 等閑な く、 一 個々々 に 揚掖を 薦めて、 勦り 叮寧 なりければ、 我 身 夫役に 至る ま 

しな.. かね は 5も つ ぃミぉ ほ いぶか のぶを ひそか 

で、 死ざる こと を 得 たれ ども、 船に は 金子と 方 物^、 最多くなる を 訝りて、 周魚悄 地に 5、^. ^や 

かれら さき あ ひつ: t>. * は さミ& つか ひび! i かならず いつはり * こミ r 

う、 他 等は嚮 に相告 て、 安房の 里 見の 使臣な り、 とい ひし は 必 詭言 にて、 實は 海賊なる べし 

あへ て ひ!? c- もら きび ひ ミヤ .. つなぎお か X. し こくし .3<^il へ れ, こ. ) 

とて、 敢 一人 も 漏す ことなぐ、 緊 しく 牢 舍に繁 措せ て、 来由 を國 司に 訟 けり。 然ぱ是 等の 穿 

さく... こも はか くれ か ~り -も ふぎが やつ ャま のラも りャ, つくわん れい しょこ 5 つらし , f は, » 

鑿に、 去 歳 は 果敢なく 暮ん とす。 有恁し 程に * 扇 谷 山 內の兩 管 領、 諸侯 を 連ね 兵 を 合せて、 

,1 第 九 輯卷之 四十 t< 四 二三 



南總里見八犬^^ _ 四 ニニ 

こミ まがた き され ま た ひたつ かき じ ろく あ さき すな はち あるじ 

き 春の 日の、 詞 敵 にし 給 ひけり。 然 * は 又 直 媒紀ニ 六 は、 饔 it の 家に かへ り來 て、 則 主人の 

こよう. み PIJ y や、 /\ つぐ さき て.? ぶふ いねん しんべ ゑ むかへ! 2 ら ため 

が 房に、 京師に て ありし 事、 箇樣々 々と 報る のみ、 曩に照 文 は、 犬 江 親 兵 衞を迎 執ん 爲 に、., 二た 

3 や こ ふなち あやかし け ら いねる ひミ まや ら i か & よし ち 5 しん 

び 使 を 命せられ て、 京師. へ 赴く 水路に て、 類 ^怪異 ありし 事 は、 往日 苫屋 八郞景 能の 注進に 

そ ひお i か: あんき しる いたり お ミづれ 

て、 其 丸槪を 知られし のみ、 後の 安危 を 知よ しもな く、 今に 至て 信 なければ、 いかに \ 、-. - 

思 ふの み、 胸 I- からねば 紀ニ六 も、 俱に額 を 病し めて、 慰め 難つ 過す 日の、 春い たづら に暮ん 

ちり わか ま な あ を や ちか なべ おも ひ f- 、フき > ) 

とす。 花 落て 若葉 做す、 蒼 山 近く 見る 序に、 懷日 はいと r 遙 なる、 薆苦を やる かたな かりけ り。 

このはる *-iy あ * さき らうて るぶ & つ-が みやこ き r はん つゆ 

有恁し g に、 當春 三月 廿 八日に、 蟹條十 一 郞照 文が、 恙も あらで 京師より、 歸 帆の. 告 ありし か 

.* しなり ねし よろこ り や- フ から, ゥミ きすけ きょす み ならび いね づ かし の いね *!• しんべ ま いね か は *^、 つす け ぃ^?はひ^;:^ . い 

ば、 義成 主は歡 びて、 兩 家老 辰 相淸 澄、 丼に 犬 潔 信 乃、 犬 江 親 兵衞、 犬川莊 介、 犬 飼 現 八、. 犬 

t 1 お- V- #4 さき ^ tftLW すぎ くらな ** もミら よびつ タ ♦i* さ { '^4 れ まちた ♦* てるぶ,^3 い ラ ひつお ほ 

f 政 木? <#、 杉 倉 鼠 元 等 をお 聚 へて、 專 他 を 俟給ふ 程に、 この 日照 文 は、 刀 维吏大 

きし i.ij ら、 リ £ も くみこ ミ もび ミぶ おくら -0 き -r さき A なミ はて け さ みの さき 

岸 六 郞と俱 に、 夥 兵伴當 夫役 們を領 て、 かへ り來 ぬる 其 船、 洲崎仍 港口に sj- し は、 今朝 巳 牌 

二ろ これ ろじ およそ ふた ミ きみ ミき ほさ はや - いなむら ま るり よしな.^ 

の 待!^,^ るべ し 是 より 路次. をい もぎつ i、 約莫 二三 時 程に、 夙く 稻 村の 城に 參 しかば、 義成 

.UM よちし う ぎら ^.5 こいわ ほふ らラ めし てるぶ み ミも ん さん りゃうから, フ けんし ^ S 

^ 衆 if li にて 對面 あり、 法 六郞も 召よ せられて、 照 文と 俱に 見參 す。 兩 家老 五犬士 は、 侍 坐 

そのこ ミ 气, そ r ミき 、ねし しんべ a くんめい す .》 いで てろ ぶふ あ ** さき 

して 其 言 を I せらる。 當下犬 江 親兵衞 は、 君命に より 找み 出て、 照 文に 向 ひてい ふやう、 蟹 崎 

ラ! T f よし のら- きか さき ミ ほた ふみな だ わ さの もや かし つ 

縱歸 束の 義は、 後に こそ S るべ けれ。 又曩に 遠江灘 にて、 和 殿の 船に 類怪の 憑きけ る 



第九輯 卷之 四十 八 

てる ぶみ 5 f は う い Ji ひお ほ 

第 百 七十 九囘上 ,び f ,て し 

朿西 和睦して 兩國涞 ^開く 

じんじん じん ほり じん じん ほか じんかな.. r> A り >, ほか y 

仁人 仁 を 欲すれば 仁 こ i に 至る。 仁 外に あらす、 仁 必 其 人に 在、 義 外に あらす、 義 必 :^; 人 

あり -0 ミめ さまみ め はの かみよし なりね し はくめい じんじょ す. りく 化 が ? はて ち 5 

に 在、 R 求る と 求ざる のみ。 里 見 安房 守義成 主、 博愛 仁恕の 心 もて、 水陸の 施娥饑 しかば、、 

だい はふし はじめ らいく わい だいし *っ す じん いなむら めしの ぼ よしなりす if はちたい め ミき 

大法 師を :}0 にて、 來會の 大衆 數 百 口、 次の 日稻 村の 城へ 召 登され て、 義成隨 卽對面 あり。 齋を 

たま は ふ せ ひか モの もてなし あさ おの 》\ ^ ぃミ ま た M は &な かへ いね 

賜り 布施 を牽 る、 其、 管待淺 からす。 各 身の 暇 を 賜りて、 成 其 寺に ぞ 返されけ る。 是 よりして 犬 

九 しんべ ゑ い v£ たきた おは ゆきよ ら、 t.- もろ ミも よし ざ ねら 3 こう 

江 親兵衞 も、 暇 ある こと を 傅て、 瀧 田の 城に かへ り 来つ、 姥雪代 四 郞と共 侶に、 義實老 侯に 見 

ざ ん くんおん かたじけな その ミき よし ざね ねし しんべ ゑ A や こ くし こ ミ 

參 して、 君恩の 辱 きを 拜 しまつり などす めり。 當下 義實主 は、 親 兵衞が 京師に て ありし 奇事、 

こ たび せんこ. フ もミ すろ? またよ ら? か は いらこ ざき もく なん みやこ し. f ベ a! たすけ 

tn; 今 番の戰 功の 事の 顚末、 又 代 四 郞が三 河なる、 子 崎の 賊 難と、 京師 にても 鋭兵 衞の帮 助に 

な なほつ ♦* びら か つく これ かれ き t たま まづ たま は たま は ぜん 

做り し 事まで を、 猶 詳 に させて、 甲 ことなく 听給 ふに、 先 茶 を 賜り、 51- 子 を 賜り、 几饌を 

たま は ひね もす あか このら うせう ふたり めさ 

しも 賜りて、 終日に してい まだ 飽 ねば、 其 次の 日 も 次の n も、 只 這 老少 兩個 をのみ、 召せて 長 

第 九 輯卷之 四 十 lt< I I 1 四 二 • 



南 總里見 八犬傳 四 n〇 

よし ミ もやす よりた は M しもつ おやこ のりし 5> たね ひさた めか! 6 もり ざね ミも がう まん つ 力 を 

良、 朝 寧自胤 はさら なり、 義同 親子 憲重、 紕久 爲景、 盛實に 至る まで、 俱に 5^ 慢の角 折れて、 

り to -, てき、 フ ちじに すまん なきた ** つく よ らく りゃく み まさ これ さミみ じんぎ ちゆ だい ほふし だいく f 

兩敵 戰死數 萬の 亡魂、 拔苦 與樂の 利益に 遇 へ る は、 正に 是里 見の 仁義と、 、 大 法師の 大功 德に、 

1> れ かんたんけ いふく ねめ かたち こ、 くわい 

あらす と 孰 かいふべ き やとて、 感嘆 敬服せ ざる はなく、 爲に貌 を 改めて、 いよ/、 後悔した 

より おも ふか そ ち す, くわ ふラ だい おこ へいせん 

りけ る。 因て 憶 ふに、 甕 壟の 玉に は、 地 水火 風の 四大 あり。 よく 其 風を發 すに 及びて、 兵 焚 を 

す もりく たいお これ そのし よよ 5 だい はじめ びくにん 

もて 水陸なる、 大敵 を對 治せり。 是其 所用 四大 ならす や。 且始は 八 百 比丘尼に 獲られて 風 を 

ザん わ ざ は? - け の はかり ごミ たす これ せいつ ゐ • あ の tv 

起して 善に 災 し、 後に 毛 野が 八 Ki: 八 人の、 害 策を資 けたり。 是八 百 の正對 ならす や。 阿 1: 

JJ ら み C 'く ぼ だい ひん や つ な ほんき さいさ り やく か- けん . -かミ ^ 

多羅 三藐三 菩提の、 九 言 八箇の 玉に 變 りて は、 萬 鬼を濟 度の 利益 あり。 恁れば 八 犬 八 行の、 仁 

はくち 、つ はじめ じ おぶつ たすけ かの そう ひミ ふ き しゅ くすり たさへ ひっき やうち い 

義の 玉に 伯仲す。 初 邪 物を帮 助し は、 那宋 人の 不龜 手の 藥の、 比喩に も 似 たるべし。 畢竞 、大ガ 

すゐ りく!: r,- ぢゃ、 7 だ、., せ:?' き i んケ わん じ p-r じ a のち-' も { ^がた, リ いかに そ しも め ひり ミき わく き 

水陸 道揚大 施餓饑 の、 本願 成 就して、 後の 話說 甚麽ぞ や。 开は又 下の 囘に解 分る を聽 ねかし。 

作者 is、 前に もい へる 如く、 本 囘は曩 に、 腹 稿の みなりし 時、 全部 百 八十 ニ囘に 定めて、 

ill 局までの、 題目 を 出し 措きし かば、 今 綴る に 及びて、 題 nn 外の 話說 なき こと を 得す。 こ 

の 故に、 本輯 四十 六の I 端に、 出せし 附錄目 數箇條 これ あり。 道 節 湯 島に、 兩奸賊 を擒に 

する 段、 里 見の 三陴、 凱旋 衆議の-段 を 照し 見るべし。 




第 九 輯卷之 四十 七 下 四 一-九 



し その ま/ .,ミ もよ し ミ もやす のりし け たかつ ケ はづ たかつ ぐ 

使たり。 當下朝 良、 朝 寧憲重 は、 孝嗣を 見て 羞る色 あり。 孝 Si も 亦、 この 折 を 得て、 いはまく 

ほし こミ は *t か よそ. (》 も てな し さ せき や 5 な t め ほふ *| 

欲き 事 多 かれ ども、 憚り あれば 外々 しく、 管 待 を 致す のみ。 然る 程に 夕陽 西に 斜 にして、 法會 

,5J き やう はて ちゆ だい ほふし へ さき が き だな f た づ たむ 

の讀經 51- しかば、 、大法 師は身 を 起して、 舳 頭なる 餓錢 架に、 うち 向 ひつ i 香を燒 水を將 け、 

まなこ ミぢ がっし やう きうら ふや を か する りく しょ 、_ 'ちじに じ た はんれい 4* しゅさ ミ A さの しょ. i/.c.<t 

眼を閉 合掌して、 舊臘 八日 水陸 nt 所に 戰 したる、 自他の 萬靈、 施^ 里 見 殿の 所願に よりて、 

き やう てんさく じゅ り やくた が わ、 ひじ や くにつ れんた くしゃ ラ ミ 5 けんぼ だい ねん > ミなふ >ん く 

經 讀誦の 利益 遠 はす、 往生 得脫、 一蓮托生、 等晃菩^^^^念じっ.^、 nr 愒 を^る^ 五 言 四 句、 

„H( 聲淸亮 にして 高ければ、 上 は 紫 微ぉ頂 天に 届るべく、 は 金輪 捺 落まで、 ^え やすらむ と 思 

はかり くが もろび S がくねん なめ はる ながめ その! "きち ゆ;.! い め のく 

ふ 可に、 水と 陸との 衆人 は、 li!: 然とう ち 驚く までに、 威 眼も遙 に長視 たる。 常 下、 大は、 阿溽 

た ら みゃく ぼ だい かず ミり «T -T ミ うで おし もみ ゆ ミ. y レゃラ じゅ ねんぶつ べん うち 

多羅 三 貌三菩 5^ の識算 ある、 數珠を 取 出つ 椎 揉て、 又 偈を唱 へ 章 を 誦し、 念 佛十遍 1^ の 巾に、 

數珠 もうち 揮り うち 拂ふ、 縱橫無 121^ の 法力に、 奇し きかな、 識 葬の、 八の玉を€^^cし、 數珠の 

4* ふつ ふりち ぎ んぶ いる かの ミき この ミき はや 5 づま 、, 'しほ な み さ i-t! ち 

緒、 ^と 振斷 離ら れて、 海へ 水 < と 入よ と 21^ へけ る、 郝時遲 し 這 時速し、 渦く 潮水に 波満 逆立て、 

も.. ちょろ づ しろこ た * こち. k! ん たちのぼ はくき ミも なかみら ひい さながら ねかば し や み S らめ 

百 千 萬の 白 小 玉、 忽焉 として 立 升る、 白 氣と俱 に 中天に 冲 りて、 宛 衆 足の、 ,::? 夜に 晃 くに 異 

その あまた しろこ だま す ま 八 きん れんきん くわ か r やく くわう A やうさん ぜん い- ひ 

ならす。 又 其 許 多の,: n 小 王、 亦只數 萬の、 金 蓮 金 華と 變 じて 赫 |^<、 光 明 1^ 然、 沒日 と共に 西 

なび かきけ it そら ふた あ ゐ み くも 、つち おんがくき 二 くれはつ 

に 靡きて、 搔銷す 如く 見へ すなる 隨に、 天に は 殘るニ 藍の、 瑞雲の 中に 音 樂間 えて、 一 果るま 

そう ?\ この.? f もく^, よしみちし うじう けんし ミも がらい なの ミょ りみ つ てき はいしゃ、 r なり うぢ のり ふさ ミも 

で奏々 たり。 今這奇特を目擊せる^!^、 義通 主從、 犬 十: の每、 稻戶. E 充、 敵の 敗將成 氏、 恵 房 朝 

第 九 树卷之 四十 七 下 四 一七 



南, 總里見 八大傳 四 一 六 

すみ しう こ, つ た *t ぜっ いづ さいだいお ムじ やう く てうた が り、 フ.? フじゃ 、つ かよ 

聲 澄て、 衆 口の 多 かる も、 只 一 舌より 出る が 如く、 細大 音聲、 口調 鉛 はす、 其、 聲龍 宮城まで 暢 

ふべ く、 }K 衆 も 越に 來 向して、 這 大法 會を貿 くるなる ベく、 江河の 鱗 介 波禱を 開きて、 菩提心 

をゃ發 すらん。 この 七 箇曰雨 ふらす、 この 日 は 特に 海 暖 く、 虛 空に 蕭 慾の 風なければ、 潮水 

た ひらか みん ぉラ なが いく ひれ ち f さも いは は 4- さ いそまつ る ラの V- り 

平坦に して、 眠鷗 流れす、 幾 群の 知 鳥 は、 俱に 5 品に 羽 を 飲め、 礎 松に 集る 老鵜 は、 これが 爲に 

あ さ いなむら さミみ よし ふちお AVV つし いろ ミ きみ つ ひまろ わく-ご もろ ミも す 

求 漁らざる べし。 この 日稻 村の 城内に は、 里 見 義通御 背 司、 舍 弟の 君、 次磨臉 子と 共 侶に、 洲 

ささ おか もの ふのうて な いでた ま りャ、 つからう ミ うの ミ すすけ あら か はきよ す ふ またお は 5 きょ ら. r- しらは らラ 

崎の 浦 に^れた る、 望 洋臺に 出 給へば、 兩 家老 束 辰 相、 荒川淸 澄、 又 姥雪代 四郞、 白濱 十郞、 

あさひな や な 》» うら ら、 r- ま ろ さいた らう あんざいな りすけ いそ y さ し *6 つら ミ もび ミ で、 r りき じ らラ で、 <. 'し a 'く はら 

朝 突 三彌、 七 浦 ニ郞、 满呂再 太郞、 安西 就 介、 磯崎 增松等 伴 常たり。 又 十條カ ニ郞、 十條 K 八胞 

か ら ほりう ちがり めし りゃう きんだち ±- んざん こしょう くん べん あ 

兄弟 は、 この 時堀內 許より 召よ せられ、 兩君 公達に、 見參 しまつり て、 扈從 して 君邊に 在り 

ミ しな ほミ ^ た い ミぉミ な ほめ 

年尙ニ 五に 足らね ども、 最大 人し やかな ろ を、 人 見て 譽ぬ はな かりけ り。 この 折 を もて、 敵の 

はいしゃ、 フ こ が なり、 r^v ねし ならび りゃうく わんれ い し モく のり ふさ ミ もよ しミ もやす ち よりたね はじめ いなの ミ よりみつ ふ 

敗將、 滸 我の 成 氏 主 丼に、 兩 管 領の 子息 憲房、 朝 良 朝 寧、 千 葉 自胤を 首に て、 稻戶. E 充、 三 

、? b よし あつ そのこ よしたけ お ほいし のりし ゆ なが を ため かゆ はらた ね ひさ さい ミラ もり ざ ねら ミ りこ な も 

浦義 同、 其 子 義武、 大石憲 重、 長 尾 爲景、 原 齓久齋 藤盛實 等、 俘囚に 做り てこの 地に 在る 希 も、 

、フ つさん ゆる いで かりや あ けいつ; し そつ よしみち まづ もろ? - 

散の 爲に とて、 皆饒 されて、 出て 左右の 假屋に 在り、 警 固の 士卒 こ. -に多 かり。 義通先 諸 

の 敗 將に對 面して、 禮 正しく、 親の 誠心 を舒傳 ふるに、 態戀の k を さる。 この 故に 犬 塚 信 乃、 

いね 九 しんべ ゑ いね か はさう すけ ** さ S だいせんた かつ ぐら よしなり ねし お ほせ す ささ 

犬 江 親 丘ハ衞 犬川莊 介、 政 木 大全 孝嗣等 は、 義成 主の 命に より、 船 を 洲畸の 浦に 返して、 この 日 



らう こ がしら つし かめ じ だ, C だ こしの ふな vv> ら これ こ ふの だい か さいかめ あり いね かひ f:< ^=.ゥにん 

郞 小頭 人たり。 石 龅次團 太越鯽 三等 是に從 ふ。 又 國府臺 より^ 西龅^ は、 犬 飼 現 八 頭 人に て、 

*4t の .0 も ふじ ら、 フ つぎはし わ ら-、 これ 、r,0 わして こ ない ふ ろ てら け-,' じ こ がしら す, C に が は にし; - はら 

眞 間井縱 ニ郞、 繼橋 綿四郞 是に從 ふ。 潤 驚 手 十 振 照 俱敎ニ 小頭 人たり。 又 墨 田 河の 西 河原、 

いし は *4 き もミ のぼき りさん らう ミ., 'に 八 らう ひや-. 'しそつせ! y や, rs ぁづか ものす くな 4-" よ ? M りで S ラ 

石濱の 城の 下 は、 登 桐 山 八郞頭 人に て、 老兵 士卒 施行に 與り、 從 ふ者尠 からす。 又 岡 山の 壘の頭 

に A W り やま ま びミら いで この こミ ぁづか すべて このす か しょ つみお か vf, せん に はか こ や 44 

人、 鳥 山 真人 等 も、 出て 這 事に 與 るなる べし。 都這數 箇所に 積 措れ たる 米錢 は、 猛 可に 小山の 

いでき ごミ ます ミり ぞ にみ ォ: y ゃラ ひミ ごミ こめ *♦ すぜ にいつ さ し ご ち ひさ ご 

出來し 像く、 舛奴 あり 檢鈔 あり。 施行 は 人別に、 米 一斗 錢五百 文と 定めら る。 女子と 小兒 は、 

なか は ► ぶやく ひゃくし や 5 そのち むら 4* さら かもへ あぐ ぃミ *♦ さも ほさ 

この 半分 を 取ら するとい ふ。 夫役の 莊 客、 其 地の 村長 等、 相從 ふ^ 枚舉 るに 返 あらす。 爾程 

ミ しごろ ケん やく はて 、r 'しな うり やから り さん き かつ たへ た f ,,つみん 

に、 この 年來、 軍役に 疲れ果て、 家 を 喪 ひ 子 を 售、 妻孥 離散して、 織? g に堪 ざる、 他方の 窮民、 

かたな の ぶ せり おい た 1* を さ M き ひ あろ ひ ち ご せお ひや ぶれ ふくろ ひさけ りく .c^ く 

乞兒 襯草兒 は、 老 たる を 抉け 穉 を 被き、 或は 赤子 を 舵 敗 艇 を引提 つよ、 陸績 として 來 ぬる 

あ り あ ** つ さ /二ミ そのべ いせん さは ほ, どこ も の お ほけ なき きも つぶ か 人 

者、 鎖兒 のせき に聚 ふが 像く、 其 米錢の 多に して、 施さる.. 束 西 も 亦、 過分に 胆を溃 して、 感 

るゐ わな か をが あ ふ しゃ そのべ いせん た ♦* は いへ 

淚を 流す も あり、 手 を 戰 して 拜むも ありて、 德を 仰ぎ 恩 を 謝し、 =!=^^米錢を賜りて、 還り ゆく 

き ひ がんな のか かぎ ほ、. *=J つかさび? *J あへ てお ご .7< さ らい 

あり、 來 ぬる あり、 彼岸 七日 を涯 りに て、 施す 吏 は 敢泰ら す、 受る者 は 嗟來の 怨みな く、 今 

ふだれ よ あらび このい き あ みに いま r よろこび こ 6! やう {" みた 

戰 W の!: 恭處の 巾に、 這活阿 彌陀も 在せ し歟 とて、 喜悦の 聲洋々 と、 耳に 盈 ざる 日 はな かりけ り。 

すでに ■ けちぐ わん な ち S だい ほふし せ が ? ぶね あらる おき , や 5 よみ はて す 5 き こ 》- 

旣 わて 結願の 日に 做り しかば、 、大 法師の 施 餓饑船 は、. 新 井の 澳に 經讀 某て、 洲 崎の かたに^ 

もて 來 ぬれば、 隨從の 一 西餘艘 は、 相 去 こと 遠から す、 導師の 船 を 阁 繞 しつ、 いよく 讀 の 

第 九 輯卷之 四十 七 下 四 一 五 



南^ 里 見 八犬修 , , . - en 四 

ャっじきぎゃ、7^>.-ぅしゅろ ミ じょい *ヒ も ひたつ もの にん さき やう ほふし にん さ ぃミ か は fO ながれ ふね 

喝食行 童 手爐を 執り、 如意 を 執りて、 相 立 者 三 四 名、, 讀經の 僧 一 百 名、 左右 二 側に 排列た る、 船 

h ミ まんまくみ づ ひき ひきわた へさき つく たて ,がき だな かこ ぶつ ふやう がう またね はん! 5 く は;.! 

毎に 幔幕 舷帷を 引渡して.、 舳 頭に 造り 建ね る 餓饑架 あり。 過去 七 佛の名 號.、 及 涅槃 偈四 句の 幡 

- す& たて がい は, C れい る はい くさ,^ く もつ こまか めいじ や、 フ 

を、 八 隅に 建て、 三界 萬靈の 位牌 あり。 種々 の 供物に 至りて は、 細に 名狀 すべから す。 かくの 

せ が き ぶね れい f また ミも ぶね ミきム ね しょくぜん つかさど これ 

如き 施餓饑 船、 一 百 零 八艘、 又 伴 船 あり、 齋船 あり、 三た びの 食饍 を、 掌 る 者 是に從 ふ。 又 

し の しんべ さ、 ひ すけなら ひ まさき たかっ^/ すぎ くらな ほ もも たちから はや もミら はらまき: てラ ふく おの /-! ふね なか 

信 乃 親 兵衞、 莊介 丼に 政 木 孝嗣、 杉 倉 直 元、 田 税逸友 等 は、 身 甲の 上に 朝 服して、 各 船に 中 

ケろ もん しらはた たて ゆみ ャ てつ: e3 やり なぎな た かざりお き. ひじ ャ、 -.' ■• ため し そつお の >.» に ん る 

黑 の花號 ある 白旗 を 建、 弓箭 銕砲、 鎗棒眉 尖 刀 を 飾 措て、 非常の 爲に、 士卒 各 一 百 名を將 て、 

ォ J も いで すべ むさし かた さかのぼ すな はちす, S だが は ほふる はじめ •• だい にち 

俱に 出て 海上に あり。 其 船 都て、 武藏の 方へ 泝 りて、 則 墨 田 河 を 法 會の始 とす。 第一 日 は 

すみ-;! が は り や 5 ごくが は だい じち りゃう ごくが は しなが はおき はたし だい お なのか あら, 

墨 田 河より 兩國 河まで、 第二 日 は兩國 河より 科革澳 まで、 是 より 將 次第 を 追 ふて、. 七日 は 新 井 

f す さき けち ひわ. < ふね ごミ だいし S にん じ ちう "暴. 7 じょう {-こ ぶん 

の澳 より、 洲 崎に 至りて 結願と す。 船每に 大衆 一 百 名、 二六時中 讀經 の聲、 蠅々 乎と して、 蚊 

-? フ un. くが せぎ や、 フ さが ふ かま くら もら 10 ラらが いねむら だいかく ほりう ち ざ 

の 群た る 如し。 この 時 陸に は 施行の 事 あり。 相 摸 は 嫌 倉より 新 井浦 河まで、 犬 村大角 堀内雜 

こた ら. フミう にん きの もミ あるひ みな ミぐち ベい せ A こちた つみお き らら ひやう しそつ これ もづか かなが は 

魚 太郞頭 人と して、 或は 城下 或は 港口に、 米錢許 多く 積 措て、 老兵 士卒 是に與 る。 又 假名 川よ 

たかな はて いね さかけ の うらやす うしの すけ ち よ ** もづ しょの すけら おこな こみな ミ また こ みな ミ つく さくわん 

り 高 啜まで は、 犬 阪毛野 浦 安牛 助、 千代 丸 圖書助 等是. を 行 ふ。 ふ湊 (又 小水 門に 作る) 目 舰 

,f 'ちょ ら, I- ら こ ; しら お ほつ かこいし か は ほミり こ もりた r らうき その すけ りゃう ごくが はら たこ ふね かひ ミ-フ 

內築四 郎等 小頭 人たり。 又 大塚礫 川の 邊は、 小 森 伹ー郞 木 曾 三 介、 兩國 河原 は、 綽船貝 六、. 束 

がね もん いさ 人 だすて きち たすけ ぎ や. 1 ミこ ほんじよ ふか は いね. U こ ぶん- ミラ にん t ろ まぶ • 

峰萌 三に、 五十 三 太 素手 吉を 副と す。 又行德 より 本 所 深 川 は、 犬 田 小 文 吾 頭 人に て、 滿呂復 五 



ひ がん かにち これ な ま t しも ふさ t. ろ また らミ の .0 もみ f.^ お. -せ さいぎ や..' ./l こ 

にて、 彼岸 七箇 日、 是を 做すべし。 又下總 は、 满呂復 五 郞、 A 間 井 縱ニ郞 等に 課て、 葛 西 行 i!S 

こ ふの だい せぎ や 5 こ? もちろ し; t-w ,も S す S ら その ひ V 

國府查 にて、 施行 せん 事 勿論なる べし。 なれ ども 重 時 秋季^の みに て は、 其 人た るべ からす。 

ぎゃラ ミこ ほんじ vi こ ぶ ,0 ご こ ふの だいか さい ゆん €e せぎ ゃラ ミ にん しそつ ゐ かのち いた 

行 德本所 へ は 小 文 吾、 國府臺 葛 西 へ は 現 八、 俱に 施行の 頭 人と して、 士卒 を 將て那 地に 造りて、 

しう き あきす ゑら .r 、しづ また ふなせ が ? ミぅ じ. < しんべ a? しの さ 5 すけ まさ, だい ** ん す V.A^ ら 

重 時 秋季 等に 指揮す ベ し。 又 船 施 蛾 饑の頭 人 は、 親兵衞 信乃莊 介た るべ く、 政 木 大全、 杉 食 

ひしゃの すけ たちから りきの すけ たすけ こ のぎ はや け の だいかく だラ せつら つた も は かづ- P しも ふさ 

武^^助、 田 税カ助 を 副と せん。 這議を 夙く、 宅野大 角、 道 節 等に 傳ふ ベく、 安房 上 總下總 なる 

そう. く ふれし. b またち S;: い か やう {" こミね A ごろ お ほす Attxi こ ミラけ 

佾 俗に 狗 知すべし。 又、 大に は儲樣 々々。 と言叮 寧に 課れば、 大家 ひとしく 首 承して、 この 

ひ しゅぎ はて .?* くて モのひ **t あは かづ さ しょざん しょじ ち ャ、? b5 だ、 7 ミこ せが, ほふ たす 

日の 衆議 は 架に けり。 却說當 日 になる 隨に、 房總 なる 諸 山 諸 寺の 長老 道德、 施 S の 法 會を帮 

け おの? しへ ご したが 九ん めいじ らいく わい ** たた r も は かづ さ む さし さがみ ^if,v 

助ん とて、 各 徒弟 を從 へて、 延命 寺に 來會 す。 又 ロハ 房總 のみなら す、 武藏相 摸な ろ、 老偕智 

.U みな こミ つたへ き t ミも かんえつ おの m*- は おしわた 9 ほふ A ぁづか ほり 

識も、 皆 この 事を傳 間て、 俱 に感悦 せざる はなく、 各 安房に 推 波り 來て、 法 愈に 與 らまく 欲 

もの も * かも ち Sii いすな はち その S く おし さん こ t ろ & やく お ほす おの .f> しな 

する 荐、 百 を もて 計 ふべ し。 、大 則 其德を 推、 才を 試 て、 役 を 課る こと、 各 差 あり。 こ 

ミ きし の しんべ ゑ さう すけ たかつ ぐな ほ も!;』 はや ミ もら きも す さき ,つら せがき ぶね すう, TJ ラ も ひ- f^- 

の 時 信 乃 親 兵 衞莊介 は、 孝嗣直 元、 逸 友 等と 俱に、 洲 崎の 浦に、 施餓饑 船、 Kn 卜 數艘を 相^め 

くだん たいし わか の そのち、 フ あ 5 お ほふね ちゆ だい ほふし かう もめ ころも くろ.?^ ず け さ かけ 

て、 件の 大衆 を 分ち 載す。 其 中央なる E 舫に は、 、大 法師、 香染の 法衣に、.::! 綸子の 毀裟 被て、 

て しろけ ほっす ミ いでたち はなやか まゆ ひいで はなたかく おも t ちる たけ さながら だる 

手に 白 毛の 拂子を 拿れ. る、 打扮 華美なら ね ども、 眉秀 鼻 阜、 面色 威 ありて 猛 からす、 宛 達 

1 こ < 'しんか おも ほかり こつがら し、 r' モラす ベ けいふく あ ひ S づ めミべ しゃみね. C じゅつ 

磨の 後 身歟、 と 思 ふ 可の 骨相に、 衆 憎 都て 敬服して、 相讓ら ざる 者ぞ なき。 後方に は 沙彌念 戌、 

第 九 輯卷之 四十 七^^^ W 1 ; 11 



南 總里見 八犬傳 ^JJJ 

ノ ベ a! さ、 つす ナ まこ ミ さ らへ よしなり わた ず ず 、つけ ミ い xir 

といへば 鋭兵 衞莊 <S も、 Isi 然 なりと 應っ气 義 成の 見て 渡し 給 ふ、 數 珠を受 拿り うち 戴きて、 

C こ vil も ff- ミも そのかず ミり ひミ しく かんたん モのミ きょしな り ねし ち: W だい 

都 八. 吾と 共 侶に、 其 識數の 玉 を 見て、 齊ー いよく 感歎す。 當下義 成 主 は、、 大に向 ひて、 

お t 1*** じ ぶつ ,づ か くし かぜ おこ たすけ 

现に 窗の玉 はし も、 邪 物の 手より 出る といへ ども、 那奇 風を發 すに 至りて、 我を帮 助て 大 

5 ちしり. S- fc 、- こラ そのの ちゃ つ こ たま へん かラ 9 f . に た, び? SU が zi: ほゥ, ぐわん 

f > 擊返 げたる 大功 あり。 其 後 八 箇の小 玉と 變 じて、 斯る 奇特 を 示す 事、 今 番施餓 饑の發 願 

"ク、 , £ % ま づ お、 <さ も しめ せぎ や、 フ お ほせ しのら 

よ、 ふ^ にゃあらん。 先 このよし を老每 に、 示して 施行 をい そぐべし。 と 仰に 信 乃 等 

さ て ミ きすけ きょす み なほ もミ はャミ もた かつぐ おなじ ja しろ めしつ-ど こミ しゅ, • » ► 

まこ.. ろ 得て、 然而 辰相淸 澄と、. 直 元 逸 友孝嗣 さへ、 同 席 に召橥 へて、 事恁々 と傳 ふれば、 

;ー-ゥき こん せぎ ひ、 f じ しょ、 ひさん その,. i きょしお り ま たお ほ ぐんし たね ミも い けん よろ 

家 ぁ奇に 驚き 嘆 じて、 施行の 一事 を稱贊 す。 當下義 成 又 課すら く、 軍師 胤智の 意見に 由に、 

ぎで フ <ぃ せん みなて きじ やう 1» な はち これ そのし よよ •> み 二 ひ; **、;^ , ; . 

や の米錢 は、 皆 敵 城に 多く あり。 則 是を もて、 其 所用に 充てん と請稟 したり。 然れど 

yl S f V. おこな てき もの != り そのし よ...?.' みて ほこ たて 、r 'る に.' 

も、 ^今 作 善 を 行 ふに 及びて、 只 敵の 束 西 をのみ、 執て 其 所用に 充 なば、 矛と 盾と を寶 に似て、 

--a>,- こいら I さ こ お f5 れ f な こたび んょラ たく はへ べいせん 

がの ^ももて、 是を 人に 跑 して、 己が 德と 做す に 同じ。 我 も 亦 這囘の 軍用に -肸 たる、 米錢 

ttet ち こ かれ せぎ や、..' しょよ,..' な これ じ た び や、 75J、r りゃく >< し *4 こミ 

なきに あらす。 肌 甲と こと を もて、 施行の 所用に 做す 時 は、 是 自他 平等 利 盆の 義 にて、 滇の 

すな. i ち ふ. ft 、,か しゅ ミ さき ャミ り ゃラ てき *? んき すく くが すな はちせ 

42;: とい ひつべし。 水に は m 船 を 浮めて、 衆徒 讀經 して、 兩敲 の^ 鬼を濟 ひ、 陸に は 則 施 

じて、 § 民 を あ ふべ し。 法會は 則 、 大を もて、 導師たら しめん 事、 い ふまで も あらす。 

* ぎ ゃラ すな はちけ の だいかく だ.1 せった かむ ね fai も.、 i し ら お ほせ .5 ょモ ふ.! t ベら ャ しセュ » ^"し?;!^,^: T.ir.LI 

施 1^ は 则 毛野大 角、 道 節 高宗、 季 元良于 等に 課て、 約莫縑 食より 石濱 まで、 武 相 なる 海邊 



t: い せつ あ のく た ら みゃく ぼ だい じ a いは ゆろ じん し じん かならず これし やう.; -、 

提 とす。 又ー說 に、 阿耨 多羅 三 親 三 菩提 は、 儒に 所謂 仁に 同じ。 人 至 仁なる. 時 は、 必 是正 覺 

を 成して、 菩 に 至らざる 者な し。 譬ば 孟子に、 君 仁 なれば 不仁な く、 君義 なれば 不義な し、 

とい ふが 如し。 人の 一身 五臓の 神 君 至 仁なる とき は、 手 脚の 是を資 るお、 敢不 jj を爲す こと あ 

これ み ら みゃく ぼだい より & かん ミく .J. の 

らす。 是 を阿耨 多羅 三貌三 菩提と いふべ し。 是に. m て 之 を 観れば、 八 犬 士^の 感得した る、 郝 

じんぎ か、 フ やつ じん ゆ 八し よん ラ し は、 フ ほろ ぶる すく ぶつ ゑ ふさ はし 

仁義 八 行の 八の 玉 は、 人間 所要の 至寶 にて、 死 を 弔 ひ を濟 ふ、 佛會に は 相 腐から す。 この 

かふ こたび しょよ ラ これ また,.; ん のぎ や..' じ や ザん か i は-' べん 

故に 易る に、 此 八の 玉 を もて、 今恭の 所用に 做さし め 給 ふ。 是も亦 役 行^の、 善 巧 方便なる 

ぶつ ほふ ふ かしぎ くわう だいむり や 5 き I ;t んめミ こミっ 》* びら か ミ, レめ くだん た 》4 rr 

べき 歟、 佛法 不可思議、 廣大 無量、 奇々 玄妙に 候 はす や。 と 言 詳 に說 示しつ.^、 件の 玉を識 

ミり つらね す& しゃ、 フ ず ず ミ、 ゥで よしなり ねし はじめ し の しんべ ゑ ? 7 

數に、 ^&きとめし水晶の、 數珠を 取 出て 見せ まゐら すれば、 義 成ち, を:! G にて、 信 乃 親 兵衞、 赃 

すけ こ ぶん ゆん もろ ミも き- かん • かたぶ あは しょうさん ひ v し 

介 小 文 吾、 現 八 も 共 侶に、 其 事 を听、 其奇に 感じて、 耳 を 傾け 目 を 注して、 稱贊 聲を齊 くす。 

モ なかしの しふ あ のく た ら ち 5 しゃく まこ ミ これせ いめ ラ が f IV* さ*4 た 

开が 中に 信 乃が いふ やう、 師父 阿 轉 多羅の 注 釋 は、 達に 是 精妙に て、 雅俗の 惑 ひ を^す に 足 

れり。 昔 後醍醐 天皇、 叙 山に 行幸の 折、 津守國 香の 歌に、 

契り あれば この 山 も 見つ 阿耨 多羅 三貌三 菩提の たね ゃ槠 けん 

とよみけ る を、 太平 記 第二の 卷に 載たり。 意 ふに 國香 は、 阿耨 多羅 云云 を、 ロハ 正覺 を、 成す の 

義 とや 見たり けん、 國香を 今 も 世に あらせて、 師父の 諺 解 を 間せ なば、 他 其是を 何とかい はん。 

第 九 輯卷之 四十 七 下 四 二 



南 镍里見 八犬傳 四 10 

ご さ た こた モのミ きし の しふ こ たびせ が き だう し 

に 御沙汰 ありて、 しかるべし。 とぞ 答へ ける。 當下信 乃が いふ やう、 師父 今 番施餓 譏の、 導師 

な ふせ ひめう へ おんか; i み かの す ゐ しゃ 5 f r. かならず もち か H, ミり や つ 

に 做り 給 は..^、 伏姬 上の 御紀 なる、 郝 水晶の 數珠を こそ、 必 用 ひ 袷 ふべ けれ。 = ^(記 數の八 個 

た ♦* われ-,, ^かん ミく かへ し ぎ き や、,' だいら まったくつ さ つかへ たてまつ 

の 玉 は、 我們 感得した りしより、 今に 至りて 返 まつらす。 義兄弟 等 全 聚 ふて、 常 家に 让 奉 

かならず もミ かへ も の しんべ -a さ ラ すけ こ ぶん :t ん もろ W も 

る 上 は、 必 本に 返すべき、 東西に こそ 候べ けれ。 といへば 親 兵衞莊 介、 小 文 吾 我 八 も 共 侶に、 

く; ん ず ず えんの ぎ や ラじゃ ふせ ひめ ラへ さ づけ くしみ たから さ こたび だい ほふ じ 

件の 數珠は 役 行 者の、 伏姬 上に 授袷 ひし、 靈寶 物に 候 はす や。 然 らば 今 番の大 好事に、 一 百 八 

ぎょく ケモく このく さく かの ゑんき しづ ちゆ だい き- » いな 

玉 具足せば、 這功德 ももて、 那冤鬼 を、 鎭む るに 足りぬべし。 と議 する を、 大は閒 あへ す、 否 

こたび わ <ヒ のら かん ミく か およ は ぃミ ふしぎ かた きこしめし , > 1^, 

とよ、 今 番は和 殿 等の、 感得の H.I を 借る に 及す、 最も 不 溯の 事 こそ 候へ。 舘も聞 召ね かし。 ft 

し A そう やつ やま くし かぜ おこし みか そ ふくろ -, J- さ ふ S ころ ? で ,- 

に 臣佾谷 山に て、 奇 風を發 たる、 甕 纏の 玉 は、 爨に 藏め懷 にして、 寺に 還りて 取 出て 見け るに、 

あやし くだん た i .,1 はか はし ぜん さけ ャぶ うち や ゥ しらた * .5^ さろ あ:!^ i , ; 

怪む べし 件の 玉 は、 毛皮 自然に 裂 破れて、 內に八 個の 白玉 あり、 うち 驚きつ. -拿抗 見る に、 亦 

是 K 玉 毎に、 自然と 顯れし 八箇の 文字 あり。 奇き 事い ふべ う も あらねば, 件の 玉 を 甲 こと、 う 

ち 合せつ.. 讀見 るに、 正に 是阿耨 多羅 三 親 三 菩提と 讀れ たり。 但 三の 字 ある 玉 は 一箇なる を、 

♦4 づ こ S しも みゃく か,^ おき みゃく よ ぼ だい かふ おきかへ ぼ だい よむ も t 、 

先 多羅の 下、 親の 上に 措て、 是を三 親と 讀み、 又 菩提の 上に 措更 て、 三 菩提と 讀 べし。 有恁れ 

や、? よう C ぎょく あん f や だいす ゐ へん あ のく. a ら ミ う 

ば 一字 兩用 にて、 九 iji 一 n なる も- 八 玉に て 足れり とす。 按す るに 瑯瑯 代醉篇 に、 阿 1: 多羅 を、 等 

ナ、 >」 ら、 r- みゃく ! A だ、 - じ やうし やうが く すな はち ひミし しゃ ラ がく なす みる よし しゃ、.; - がく ぼ 

の義と 注し、 三貌三 菩提 を、 成 正 覺 とす。 是 等く、 正 覺を成 を 見の 義 にて、 正 覺を菩 



士、 阿とば かりに、 頭 を 低た る开が 中に、 信 乃 先 答て まう す やう、 :^::^ 義は HH 等 も 1- てより、 心 

かたら かのちん きゃく もてなし ぃミま 4S »*ミ しあ 6 

づきて 候へば、 うち 譚ひ 候の み、 郝 珍客の 欵待 にて、 暇 を 得す 候へば、 いまだ 稟上 ざり き。 と 

さ- リす けこ ぶんご げん し A: ベ S もろ ミも け の はじめ おも はか し ふ 

いへば 莊介小 文 吾、 現 八 親 兵 衞も共 侶に、 毛 野が 意見 は始 より、 思 ひ 量りし 所 也。 いかで 師父 

めしよせ お ほせ あは い く さ, 7 や、 7 こ よしなり さ 、r 'な づ, そ わが しゅくい 

を 召 寄て、 仰 合さ せ 給へ かし。 と異ロ 同様に 請 ひし かば、 義成然 こそと 點 頭て、 は 我 夙 意 

ちゆ だい こ * レはす かの くし かぜ いさ,? -な けの つか ひ もろ •、> も す さ、, 

も 相 同じ。 、大は 去 歳の 十二月、 那奇 風の 功 成りし 後、 毛 野が 侦と共 侶に、 洲 崎へ かへ り來に 

モ **t 九ん めいじ まか こ ひ!!』 り はう ぢャラ こもり lO さき ャ, フ た t あは 

ける が、 开が儘 延命 寺へ 退り て 出も來 す、 單 方 丈に 屏 居て、 口に 讀經の 1^ を 絶す、 人に は 逢 

さはれ これら ほふ じ つゆ よろこび われい ♦* しゅしょ つか は よびよせ このい 

すと 簡 えたり。 遮莫是 等の 好事 を告 なば、 歡 て參 るべ し。 我 今 手書 を 遣して、 召 In ゆて 這 意 を 

得させん。 然 はとて 使者 を 走らせて、 、大を 召せ 給 ひけり。 恁而 次の 日、 、大 法師 は、 一 僕 を 

したが いなむら よしなりすな はち めし あは く: i ん およびた ま ち は!:.! い 

のみ 從 へて、 稻 村の 城に 來 にければ、 義成 則 五 犬 士を召 合せて、 件の 一義に 及 給 ふ を、 、大 

き-はて まう かの みなごろし ゆき さく しんそう はじめ よし かに かく ろラ いな, C け の だノ かく 

は 聞 桀て稟 す やう、 那 衂 の 劇 策 は、 臣佾始 より 好と せす、 云云と 論じて 推辭し を、 毛 野 角 

くち ケるま のせ ざいあく かも ざいし や ,つさん 6 ため み 0- う ふく しゅ 

が 口車に、 載て こよな き 罪 惡を釀 させたり。 しかるに、 今 罪障 纖悔 の爲 にと て、 冥福 を修 させ 

ほこ たて 、フ ふ じん はじめ ほふ じ 

給 ふ は、 矛と 盾と を寶 るに 似たり。 人 を 殺す を 不仁と 知らば、 始 より 殺さす して、 好事 をせ ざ 

るに しく はなし。 然れ ども 今に 至りて は、 經典 供養の 力 を 借らす は、 何 を もて 無數無 I の、 お 

き さいさ な よし いてきう みんかた, ら べいせん せぎ や、 つ き ゃラ よ, C ミむら なほ t さ すみやか 

鬼 を濟度 做す 據ゃ 候べき。 況 窮民 丐兒們 に、 米錢 施行 は、 經を讀 て 死 を 弔 ふに、 猶 勝れり。 迹 

第 九 輯卷之 四十 七 下 



南 總里見 八犬傳 _ 四 〇 八 

いつしか あた ,か の ベ 、フ ぐ ひ す のき ほ き なき さかり や t すぐ 10 かく きさらぎ 

早晩に 暖 くて、 野邊の 柴鶄鴿 軒端に 來嗚 て、 梅の 盛 も 稍 過め り、 左右す る 程に 二月に なり ぬ。 

みろ ひい ,"ら h いね さかけ の つか ひ ゴふ ひや、 -. 'ふたりみ たり はやぶ ね r さき らいちゃく いな ひ. 

お 一 日 五十子の 城より、 犬阪毛 野が、 使の 雜兵 兩三 名、 快 船に うち 乘 りて、 洲 崎に 來 著し、 稻村 

まるで けの いけん つ、 フ てい 九つ よしなりすな はち ざい じゃラ けんし いね 九 いね づ かいね かはいね かひい ねた めレ 

の 城に 詣て、 毛 野が 意見 一通 を呈閱 す。 義成 则在 城の 五犬士 (犬 江 犬 塚 犬 川 犬 飼犬 田) を 召 

つ 0.: しんべ ゑ it けの い へら おみた ねミ もす で にん はかり 

聚へ て、 =H 〈書 を 親兵衞 に、 讀 せて^ 給 ふ に、 毛 野が 意見に 道く、 HH 胤智旣 に、 八 百 八 人の 計 

f す て せん や, つく ぎき やう だいら くが す まん てきへ い り Jra ラそラ しう 

略 を もて、 水に は數 千の 敵 船 を燒盡 し、 亦 義兄弟 等 は、 陸に 數 萬の 敲 兵を斩 て、 もて 房 總三州 

を、 泰山の 安に 置り。 是豈我 仁君の、 御 本意な らん や、 實に已 こと を 得ざる のみ。 時 は 八 「仲春 

かつじ せい なん 》— じ せい t や ミ、. 'おん. よし ぶっせつ しち か にち ひがん ひ がん 

にして、 且時 正に 向 とす。 峙正 は晝夜 等分の 義 にて、 佛說 にこの 七 箇日を 彼岸と す。 彼岸 は 

さぃはぅじゃぅ^;」 このき し すな はち さ ちう り、 r-. ぼんな ラ こ 5 ねんぶつし やりう おい や、 ふく 

西方 淨土 也。 此岸 は則裟 婆に て、 中流 は 是煩惱 也。 是を もて、 念 佛者流 この 日に 于て、 冥福 を 

しゅ すな はちし に -< じ や 5 ぶつ ふして こふ ちゆ!;.! いし ふ お ほせ じ た うちじにす ま A 

修 する 時 は、 則 死人 成佛の 便りと す。 伏 請、 、大師 父に 課て、 自他 戰残數 萬の 士卒の 爲に、 

すゐ りく せが/.. > し S ぎゃラ かつ ミ し- * 一ろ ぐんやく つかれ た はう きう みんかた ゐ ら べいせん _ ミら 

水陸の 施 餓饑を 修行せ しめ、 且年來 の 軍役に 疲勞 たる、 他方の 窮民 丐兒們 に、 米錢 多く 取せ 給 は 

じんせい まさ かっこ こつ むさし さがみ あら. いさら お ほつ かしの ぶの を かこの 

ば、 仁政 正に 死 を 起して、 且 枯骨に 及ぶ とい ふべ し。 武 滅相 摸 は、 新 井 五十子、 太 塚 忍 岡、 這 

もろ- {» のしろ ケん よう つ A たく は ベい せ. C しかしながらた A あぶら しぼ 

諸 城に は、 軍用の 爲に、 敵の 精-肘へ たる 米錢多 かり。 是 併 民 の 膏腴を 絞りた る 者 也。 宜 

かの せぎ や .フ みつ うしな おみた ね ミもひ きふ, いた- 7 いたり たへ せいく わう {- し . 

しく是 を もて、 彼 施行に 充 べし。 時 は 失 ふべ からす。 HH 胤智 悲泣哀 St の 至に 堪す。 誠 惶誠馏 死 

ざいし いつ-しんで *4 うす かき よしなり い *i しら ミは けん 

罪 死罪 謹 言 とぞ 害たり ける。 義成是 をう ち て、 汝等 この 義を いかに 思 ふ。 と 問れ て 五 犬 



かちいくさ おも ひ、』 おの?^ ちう し,; * つぶさ 

が、 勝 軍の. 趣 は、 各 旣に其 注進に よりて、 こ i にも 具に 知られし を、 又い ふべ くも あらす。 

され じんく, C けんそ A: た t かひ ぜんしょ ラ いき ほひ か ,リ 0- く ラ は 

然ぱ とて、 仁君 謙遜の 心に 似 ゆなく、 鬪戰 全勝の 勢 に乘 せて、 人の 地 を 略し、 人の 城 を楚ふ 

かれ すて ねし しろ こミし ひ ゲ ず ゎづか rt 

べきに あらね ども、 他が 棄て 中: なき 城 を、 守ら ざらん はさす. かにて、 今玆 も日數 僅に なりぬ。 冇 

り いね か は 35 すけ いねた こ "k ん h いなの ミっ もりより みつ ねん- V ろ ひなぐ さ よし t< り じんじ こ 

恁し 程に、 犬川莊 介、 犬 田 小 文 吾 は、 稻戶津 衞巾充 を、 叮 寧に 訪 慰めて、 義 成の 仁慈の 心 操 を、 

しら かつ さき ^ た< かひ こ ぶ, ch お *♦ 

俥へ 知せ すと いふ ことなく、 且曩に 深 川の 鬪戰 に、 小 文 吾が 心 ありて、 赶 ふことの 通 かりし に、 滿 

ろ ** た らラ せ *4 ねか ぐんし い. a さか かねて ひそか はかり ご W €iy^ 

呂復 五郎が、 旣に逼 りて、 免る ベ くも あら ざり し を、 軍師 犬阪が 逆より、 悄 地に 簿策を もて、 束峯 

もん ざ、 フ たこ ふね かひ いねん や よりす けら お ほせ むか ミら その ひ こ ぶん々 一 さラ すけ また f しら 

萠三、 縴船貝 六、 犬 江 屋侬介 等に 課て、 船 もて 迎へ捉 せし を、 常 日 は 小 文 吾莊介 も、 復五郞 も 知す 

えん •、 い かに かく ミき よ.::' みつ ミ もよ し い ね か は 

して、 歒の馁 兵な りとの み、 思 ひしょし を 云云と、 解 も 示せば. B 充も、 朝 良 も、 亦 今 さらに、 犬 川 

いねた は.,' お A;-= くぎ けの ちけい かんたん 、フ ら はづか よりみつ ミも よし の 

犬 田が 報恩 德義、 毛 野が 智計を 感嘆し つ i、 心 程 恥し く 思 ひけり。 又 u ハ. E 充朝 良の みならす、 憲 

ふさ ミ もやすな り-. 'ぢ よりたね い か はいしゃ. リ のりし it たね ひさ , も り ざ ねら S やう S うはん ぶ よ 卜し ft つ 

房 朝 寧 成 氏、 自胤 以下の 敗將、 憲重 胤久、 盛實等 はさら 也、 鏡 萬 夫 を 物と もせ さりし、 義同 

よしたけ さミみ くんし 八 もてなし じん れい せいしんせいい かんぷく せんぴ くい 

も義武 も、 里 見 君臣の 欵待 厚く、 仁に して 且禕. ある、 誠心誠意に 感服して、 先非 を 梅ざる 者 も 

かたち もら. U ミも き f た ** さ けんじゃ ほうしつ む めい いくさ •, らめ 

なく、 爲に 貌を更 めて、 俱に歸 降の 心 あり。 定 正が 賢者 を媢嫉 して、 無名の 軍 を 起せし を、 怳 しと 

、て めら たま ミ したち ぶんめい ね A たか いやし それ れい それ 

のみ 思 ひけり。 恁而 新の 年 立 かへ りて、 文明 十六 年に 做り. ぬ。 舂は贵 きも 賤 きも、 某の? fe* の 

しき こミ ほぎ わ ざ しゅ た A ゆきか ひ さか づき す t つきひ すぐ おぼん ひ かゆ,?. f ( - 

式と て、 壽 祝に 事 繁く、 迭に交 加て、 盃 を 薦めな どしつよ、 光陰の 過る を覺 す。 日影 週々々、 

第 九 輯卷之 四十 七 下 四 七 



南總 見 八 犬^ , 四 25 1 

い ね ごろ お ほ また らう おやこ なりす けら よろこ し つ お A: ゆん 

ころ を 得よ かし。 と最 懇切に 仰 すれば、 復五郞 親子 就 介 等が、 歡び はさら 也、 增 松は是 等の 恩 言 

かん. 0ゐ モ ろ レぐ ミも こミ、 7 け フ よしなり ねし いねん しんべ ゑ い Cf か はさう すけ ** ろ 

に、 感淚 漫に唱 みて、 俱に言 承を稟 しけり。 其 後 又 義成主 は、 犬 江 親兵衞 犬川莊 介して、 満呂 

ま. U f いし かめ じ にん:;.! こしの ふな ざ、 フ や つ あたりき しゃ らラ す t り だん ら、 r- ら めしいだ いわか はさ 、つす けい ね た こ ぶん 

復 五郎、 石 龜次團 太、 越 鯛 三、 二 四 的 寄 舍五郞 、須々 利團五 郎等 を 召 出し、 乂犬川 莊介犬 田 小 文 

つ > たても ちけ A ぢゃ 5 お ほくす すぐり あまつ くさし ら、? めしつ S のた ま なんた ち せんこ, フ 

吾して、 盾 持 億 杖、 大樟村 主、 天津 九 三 四郞等 を召聚 へて、 且宣 ふやう、 汝 達の 戰功 は、 旣に 

かんじお ぼしめ し お 0-C ちつろく い じつ さ だ つき たいぎ ろ また ら. 7 ぎャう ミこ 

感 思 食ぬ。 各 秩 綠 は、 異日 定めら るべ し。 就て. K 義な るべ けれども、 满呂 復五郞 は、 行德 

いた しはらく か ち を さ いし かめ じ !!-< だ こしの ふな ざ ラ じ やく やつ あた, ひき しゃ f す t 

に 造りて、 權且那 地 を 治むべし。 石 龜次團 太 越 鯛 三、 を もて 次 役と す。 又 二 四 的寄舍 五郞、 須々 

り だ 乞 ら *3 こ ふの i て- しろ こ がしら ミ もがら よ にん ミも たかやな もき すゑ C つき よろし かの 

利 園五郞 は、 阈府臺 の 城の 小頭 人と す。 其 徒 六十 餘 人と 俱に、 喬梁 秋季の 隊に 就て、 く那 

ち i たても ちけん ぢ やうお ほくす すぐり い た ♦* は たちお の /- ひ ミムり ミき のきね ひミ かさね かづ 

地 を 戌るべし。 又 持 铺杖大 樟村虫 は、 身 の^を 赐 りて、 大刀 各 一 口と、 時 服 一 德を 被け て、 

ゥか さび.. i な か^'そのさ•.iの^^*もxく.I^ す、 フ にん すべ ミ せ り めん ぢょ まため まつ く さ 

お (地の 吏 に 做され、 且其鄕 黨、 千 in 十數名 は、 都て 三 稳の調 貢 を、 免除 せらる。 又 天津 九 三 

し ら 5 ぃミま た. W は お 人し た ち ミき のきね みぎ そのし ゆかん あまり すみの すけ 

四郞 にも、 身の 暇 を 賜りて、 且 恩賜の 大刀、 時 服 は 右に 同じ。 =s=^、 ま 上 廿理墨 之 助に、 いよく 

お ほせ たぁ& おち め この ふたり すみれの つ はい ひら むら を さ ^ 

忠義 を盡 すべし。 と 仰ら る。 この 他 阿 彌七墜 八 を も 召させて、 這兩人 は、 董 野 椿 村の 邑長 に^さ 

かっしよ やくめん ぢょ ぃ^-』ま た ** は なほ いさ^ いちか は よ りす け り や, 7 ご < 

れて、 諸 役 免除 せらる。 是も又 身の 暇 を 賜りけ り。 猶 この 外に 功 ある 者、 市 川の 依 助、 兩國 

よら ひか ふみ づぃ さんた え ぞっこ すてきち -れら い じつめ し おんしゃう 

河原なる、 向 水: A 十三 太、 枝獨鈷 素手 吉は いまだ 参らす。 他 等は異 日 召よ せて、 恩賞 あるべし 

* づぉ ほかた さ -に つく さき いね ひら だ いかく い さ;, け の いねや **だ うせつ おち. C ゆよ、 の ら 

とて、 先 大檗の 制度 を盡 されけ り。 是 より 先に 犬村大 角、 犬阪毛 野、 犬 山道 節、 落 鮎 餘之七 等 



さに S きミ きすけ きょす み また さう すけ ゆ 八 こ ぶんご 

あらま ほしく 候 なれ。 と議 すれば 貞行 辰相淸 澄、 及 莊介現 八 小 文 吾 も、 大家 是に從 ふて、 しか 

こたへ よしなり tfi もり; i か よる し5ぎ^*くのごミく しはらく たいめ 

るべ し。 とぞ 答け る。 義成 つらく うち 听て、 今 戌 孝が 意: nl- に侬、 衆議 恁 地なら ば、 權且對 面 

の議を 止めん。 朝夕の 起臥、 三た びの 饗饌、 何くれとなく、 心 を m ひて、 我恁 までに、 客 を 愛 

まごころ なかんづく いな GV- より A つ けんり e.3 しる さ、 7 すけ 

する 誠心 を 傅へ よかし。 就中 稻戶 m 充は、 其 心 ざま 賢 良に て、 且人を 知の よし あれば や、 ^介 

こ ぶんご 、ひけ きう おん かれ ミ りこ ぇぴ らお ほミじ ミっ 

小 文 吾は受 たる、 舊恩 ありと か 聞ぬ。 この 故に 他 をば、 靡に すべから ざり し を、 液. K 刀自の 外 

おご -ヒ もよ し いけ タ rnrff^^. ため しな たね まも 

孫なる、 朝 良 をのみ 生拘 らば、 他 必 忠義の 爲に、 死ざる こと を 得ざる べし。 こよ を もて 胤智 

.fl ねて よか はろ; i?4 しゅたる かれ ミも ミり よせ より さ,? f. けこ ぶん, >j ミ もよ しょり 

は、 豫 計る 所 あり、 さて こそ 春高繁 足して、 他 を も 倶に钸 ^たれ。 因て 莊介小 文 吾 を、 朝 良. a 

みつ めろ じ よろし このよ しか, 5-- こミ おち お ほ A な {• 

充の 爲に柬 道と す。 この 意 を も 宜く傳 ふべ し。 這 餘の事 は 想々 と、 首 遺 もな く 仰 すれば、 大家 

ミも こミ うけ まづ このち や、 フ かくて よしなり ねし いね か はさう すけい ねた こ ぶん- *) 1 ろ た ら f さい 

惧に言 承して、 先 這廳は si^ にけ り。 恁而又 義成主 は、 犬 川 莊介犬 田 小 文 吾して、 滿呂復 五郎、 1^ 

た ら, フ あんざいな りすけ いそ ざ きまし ま つら めレ また ら、 リ ま ろ さいた らラ やうし 

太郞、 安西 就 介、 磯崎 增松等 を 召よ せて、 復五郞 は 願 ひの まに く、 满呂 # 太郞を もて、 養嗣 

あん y いなりす けい モ y き- W しま づ なほ あ i?** き こたび ぐ <: こう しょ ゆ 5 し ,つか.,.' なき 

たらしむべし。 又 安西 就 介 磯崎. % 松 は、 尙總 角に して 這囘の 軍功、 諸 勇士と 梏抗 す。 こ は 其 4J 

おや り? フ ** こミ き たうけ ふだい 力 しん **t 

親の、 靈の 致す 所歟、 lei 奇 どくと いひつべし。 こよ を もて、 常 家譜 第の 家臣と す。 間く に、^ 

まつ を さな t じつみ やう も み 、^'みのぉャ な A やしお ャ 

松 は 乳 名のみ、 いまだ 實名 なきに あらす や。 彼 は阿彌 七と いふ 實父 あり、 又南彌 六と いふ 義父 

ひミり ミ くじつ ぎ れつ このお や この こ ありち か わ-か 

あり。 一 人 は篤實 一 人 は 義烈、 這 親に して 個 子 あり。 こよ を もて、 名け て 有 親と す。 我 この こ 

s.^ 輯卷之 四十 七 四 〇 五 



南總 Bf 見 八犬傳 四 〇 四 

おこな t こたび ぐんこ、,' しゃ.,' あら か ts>R よすみ ほり、..' ち さだゆきら このむ じろ ぁづか その ミき よしな.^ ね. > 

をノ: T れて、 這. 囘の 軍功 を 賞 せらる。 荒 川 淸澄堀 內貞行 等 も、 這 席に ぞ與 りけ る。 當下義 成 主 

> .^5 Ja-r- あら か は らう しん ほりう ち けん レ いね 九 いね づ かい かひい ね かはいね た ほミり めし 

は、 二 家老 (東 荒 川) 一 老臣 (堀 €:) 五犬士 (犬 江 犬 塚 犬 飼犬 川 犬 田) を身邊 近く 召よ せ て、 

おの ?\ こたび いけ タり ひミ, 》\ これ あてび ミ じ や I ゆ われ いづく に まんぶ v^os 

各 いかに 思 ふやらん。 這囘生 口の 人々 は、 皆是 貴人 也、 城主 也、 我 焉 ぞ慢侮 せんや。 昔 源 

V、 t.*.J- ひ へい fQ し ひらい オタら かま くら vt.:' へお か より ミも たいめ ふ f る もん よし 

^の 鬪戰 に、 平 三位 衡 生拘れ て、 鎌 倉に 囚 置れ し 時、 賴朝對 面して、 K 不幸 を 慰問の 義 あり。 

•ui も クミ ゆ こ かま くら ていそう よ. C- ミも これ たいめ れ すな はち, たいじん 

其 後 { 一 一? 盛虜 になり て、 縑 食に 呈 送せられ し 時、 賴朝 是と對 面せす、 他 は 刖 大 HH なれ ども、 旣 

> くわん つみび ミ あたり より ミも くわん fO しょうしん そ も へいけ ゆん じ *0|0*.-ぃ ^ 

に の 罪人 也。 是 時に 常て、 賴 朝の 冠位 13^ 進し たれば 也。 抑 平家 は 源氏の 爲に、 是 累世の 菟 

f ぎに して、 1^1 人 (i^ 白 W) の 爲に は、 是驕 僭の 亂賊 也。 今 他 を もて 例., とすべ からす。 我ャ 

?^^?^の義にょりて、 對 面すべき や、 せざる べき や、 各 意見 聞 まく 欲し。 いかに ぞゃ く。 と 問 

,で.,, »5 ミみ こ. U へ しはらく いね づ かし の ミき すけき よす ふ さだゆきら a 

れて、 .R 家 阿とば かりに、 に 答 はな かりけ る。 姑且 して 犬 塚 信 乃 は、 辰相淸 澄、 貞行 等に 會 

科. :) て、 51" に 向 ひて 答 ひやう、 諸 老の御 承 を 等す して、 答 まつる は 烏滸がましく、 最 俾 に 候 

、 , fn^f かの てきしゃ ラ; i ち _ たいめ 八 で、 -.' くわん じ 人たい さ はス A いし,/ 1";^ 

へど も, ti- を もて 稟 上:; e。 君 今 那敵將 達に、 御對 面の 一 條は、 實に寬 仁 大度に て、 博愛 至極と 

わ かラ かろ,^ たいめ かれ はぢ 

いひつべし。 しかれ ども、 いまだ 和 を 講ぜす して、 佻々 しく 對面 あらば、 他い かにして 恥ざる 

よ、 へつ *v つ i 'し ク よろし んべ さ 

べき。 人 を 愛する 心 を もて、 反て 人 を 辱 る は、 事の 宜き にあら ざるべし。 といへば 親 兵衞も 

よ A > も りたい ぐ い あ ひお なじ かの ひミ, f 'ご じんしん かんぷく のら -;^ た.. い^ 

この 議を 好して、 ^に 戌 孝が 意見 は、 愚意 も 相 同。 那人々 御仁 心に、 感服の 後に こそ、 御對面 



しょこう はな そ ひ かつ、?, C む もの よしなりね しすな はち ±> ぢ い *i り や S ぶん ざ いぢん 

なく、 諸侯 離れ 叛 きて、 且怨る 者 多し と^えし かば、 義 成主刖 下知して、 今 は封內 に在陴 は、 要 

こ ふの だい ♦* た y やう ミこぐ ち しょ レ T みなよ びか ヽ yn よしみら yfo い;? づ かし の いな 

なかるべし とて、 國 府臺、 及行德 口なる、 諸 將を皆 召 返させ 給 ふ。 然ば義 通 君 は、 犬 塚 信 乃、 犬 

かひ^ん ミ うの ら、 ひ ォぎ くら ひしゃの すけ たちから りきの すけら ミも いけさり てきしゃ. 7 なり うぢの り ふさ ミ やすため か 5 ならび ?ぃ 

飼 現 八、 束 六 郞.' 移 倉 武者 助、 田 税カ助 等と 俱に、 生拘の 敵將、 成 氏 愚 房、 朝 寧爲景 、幷 に、 齋 

ミう もり V/ ねら 6 い:^ むら が いぢん こ ふの だい しろ ♦!» 'の ゐ も ふじ ら つぎはし わた ら 5 .,-.0 わして こ ない ふる 

藤盛實 等を領 て、 稻 村に 凱 i: す。 國府臺 の 城に は、 眞 問井縱 ニ郎、 櫬橋綿 四郞、 潤 鷲 手 古內、 振 

てらぐ け、 じ ら もミ i い *4.0 さく い Q か は,. -っ すけい;? た こ ぶん-ご これ きゃく 

照俱敎 二等 ありて、 故の 如く こよ を 戌れ り。 又 今 井の 柵 は、 犬 川 莊介犬 m 小 文 吾、 是を破 却し 

まろ また ら * つ おやこ めんざいな りすけ お ほくす す. り たても ちけん ぢ やうら ミも いけさり よりたれ のりし ひ た::! ひさ tO 1^ 

て、 满呂復 五郎 父子、 安西 就 介、 大樟村 主、 盾 持慊杖 等と 俱に、 生 口. P 胤 ま 重、^ 久を領 て、 亦 

これいな ひら が いぢん そうぜい にん き ほ ひ .t やかち だち な ふ よろ ひかぶ ミ はなや.?' せい- \ 

是稻 村へ 凱陣 す。 總兵 一 萬 五六 千 名、 騎馬 武者 歩兵 列 を 正して、 甲 IS 華麗に、 齊々 たらす と 

いけさり ひミぐ みなこれ め た き かいの こラし じ や; しゅしゃう ! i ら はれ 

いふ^な し。 しかれ ども 生拘の 人々 は、 皆是寃 家ながら、 貴 介 公子 也、 一 城の 將也、 囚徒 を 

もてす ベから すと て、 猛 可に 數 間の、 房 屋を造 立て、 其 第一 の 房に は 成 氏、 第二 は惠 房、 第三 

ミ もやす だい よりたね だい ため かゆ へや またのり しゅ たね ひさ もり ざね おの- — そのし ゆの リふ さま もやす より 1- ね 

は 朝 寧、 第 四は自 胤、 第 .Ki は 爲景の 房と す。 又憲 重、 胤久、 盛實 は、 各 其卞: 憲房朝 寧、 自胤 

ため か! b ? >j 、ひきよ こもり, つれ t なぐさむ よしめ つ よしたけ なかには 、にて 

爲景と 同居に せらる。 屛 居の 徒然 を 慰 る こと も あらん かとて 也 C 又義 同と 義武 は、 天井 を隔 

こミ ざしき おか ひ ミりミ もよ し よりみつ きゃく ざしき さながら はう めん もてなし 

たる 別室に 置る。 唯 朝 良と 由充 は、 客 房 に 在らせて、 宛 放;^ の 如くに て、 欸待も 亦 重 かり。 

いねん しんべ ら みなす さき めし かへ かしこ さほみ にん おか よし A ち 

この 時 犬 江 親 兵衞們 も、 成洲 崎より 召 返して、 那 里に は 遠見の 士卒、 一二 k: 名 を a?- れ けり" 義通 

い か は、 7 ぎよ レ しょさう にんが いぢん つぎ みなめ L つ さへ よしなりすな はち おもざしき たいめ もろち やかたち や .0C- 

以下、 防禦 使 諸 頭 人 凱陴の 次の 日に、 皆 召集 合て、 義成 則 正廳 にて 對面 あり。 兩茶片 茶の 鱧 

第 九 輯卷之 四十 七 下 四 〇 三 



I 南 總里見 八犬傳 四 〇 二 — H 

ち 5 かづ . ?', 一 ^て >こ しめす ミころ なり 50 も たラけ こ こ. r- な もる たち ひ ミこし 

忠孝なる、 豫聞召 所 也。 今より して 犬士 等と 俱に、 當 家の 股肱 たるべし とて、 名刀 一口 を 

た- » は ほりう ち さだゆき しったつ かつ さだゆき しんべ ゑ X らう めうしん ぉミね ひくて ひ €H い さら n しろ 

賜りけ る。 堀 內貞行 執 達たり。 且貞行 は、 親兵衞 代四郞 に、 妙 眞音音 曳手單 節が、 五十子の 城 

くし いさを け の ち、 f しん おも:!? き つ :6 しら これ かれ つもる ものがたり つぶさ く だ ( . 

にて、 奇功 ありし 事、 毛 野が 注進の 趣 を 告知せ などす。 甲 この 會 話 を 具に せん は、 腐々 

く は すぎ -i* そぎ ちら みる ひミ さつ さき ミ 5 がね はるた か たこ ふねし ゆた る 

しくて 細し きに 過 たれば、 言 省て 漏し つ、 看官 是を査 すべし。 是 より 先に 東峯春 高、 銷船繁 足 

ぐんし い iif さか みつ さく ひそか ミり ぎ や、 フ ミこ ぐち よせて てきしゃ、 7 あ ふ ザが やつ まもよ し 

か、 軍師 犬 阪の密 策に よりて、 悄 地に 铺 てま ゐら せた る、 行德 口へ 寄隊の 敵將、 扇 谷 朝 良と、 

えびら のお ほミじ だ いぐん ぃなの^>】っ もりより みつ いねむら だいかく *i り- J てきしゃ, r, うちよ しもつ よし 

液大 刀自の 代 軍、 稻戶津 衞由充 あり。 又 犬 村. K 角が、 虜 にして まゐら せた る、 敲將 三浦義 同義 

たけ よしなり これ ^>ん ち v.- ミ r やがてい な ひら しろ つか はし つぐ i ろ ぁづ ミら は. i 

武 あり。 義成 是を陴 中に 留めす、 纏稻 村の 城へ 遣 て、 . ^麿に 預けら る。 しかれ ども 囚徒 を も 

まら、 さ ざ ね る や もつ く もてなし もさ しんべ ゑ yn, 

て 見る ことなく、 賓客 の 鱧 厚して、 日毎の 欵待淺 からす 。親 兵衞 がかへ り來 ぬる 上 はとて、 他 

す さき し しゃ ラ よしなり さだゆき 6 いなむら . ^へ たま たかつ ヶミ もやす い か ^tbf しん 

を洲 崎の i 寸將 にして、 義 成は貞 行を將 て、 稻 村へ 還り 給 ひけり。 孝 嗣與保 以下の 輩 は、 皆 親 

ベ ゑ したが そ す さき ざ いぢん まさし さき こ ふの だい つか ひ はャ 

兵 衞に從 ふて、 开が 儘洲畸 に在陴 す。 仁が ごと は、 嚮に 國府臺 より、 使价を まゐら せし 時、 夙 

たきた よし: n ねら 5 こ-つ よろこ ミくふ なほ ぢん ち、 ゥ 

く 瀧 田の 城へ も iw えて、 義實老 侯 歡び大 かたなら す、 疾見 まほし く 思 ひ 給へ ども、 猶陴 中に 在 

*s り 》\ しょくじきろ もの たま は ^n-Krl ミは ミかく こミし まさ くれ 

る を もて、 時々 食^ 衣服な ど を 賜りて、 其 徒然 を 訪せ給 ひけり。 左右す る 程、 今 玆も將 に 多ん と 

さき す. りく しょ たいてき おなじ ひ ふ i.* はいぼく のち や *♦ の, つち. C- ,さに か. つづけ ね1 た なが- 

す。 囊に 水陸 三 所の 大敝 は、 同日に 咸 敗北の 後、 山 內顯定 は、 上野なる、 沼田の 城に 在り、 長 尾 

か^はる しろ tO あ ふぎが やつ さに ♦* さ ひさしの くに いるまの こほり か は _ ご ひ S6 さいせん いき ほひ 

景春 は、 白 井の 城に 在り、 扇 谷 定正 は、 武藏國 入 間 郡、 河 鯉の 城に 在り、 俱に 再戰の 勢 も 



あん む さレ しのぶの を か ミなふ ! ころ こ か よめ しのぶの か すな はちた tt ご はり 

に從 ふ。 按 する に武 蔵に 忍 岡と、 唱る 地方 二箇所 あり。 古耿に 詠る 忍 岡 は、 卽多摩 郡に て、 

た fi が は またた まが は つく しの: alT いけ むかひ S しま はづれ で ?? しの はず な 

多摩川 (又 玉 川に 作る) に 遠から す。 又不 忍の 池の 前面、 湯 島の 稍 處の出 崎 をも不 忍の 名に 

むか X しのぶの 4- か A やう;^ かひの を か くしょ ラ あだし こミ はさて 

對 へて、 こ.. を も 俗に 忍 岡と いふ。 一名 向 岡 是也、 こ は俗稱 なる を 知ろ べし。 問 話 休 

おきつ または ,;. 1 レャラ おちあゆよ の -oh- たね い や t かせいい ほたり .0 A fc.bfc 

題、 又 北の 莊に は、 落 鮎 餘之七 有 種、 犬 山が 加勢 五 百 名を領 てこよ に 在り。 乂机 摸なる 新 井 

は、 r- ぎよし いねむら だいかく まさのり り 八 じ つ. か ミ にん た ち; -らミ が ら * つ はや! き S 象ャ ら. ゥ かひよ しこれ 

の 城に は、 防禦 使 犬村大 角禮憐 あり。 臨時 追加の 頭 人、 田 税戶賀 九郞逸 時、 ャ:: 尾 八 郞ぉ能 H 疋に 

したが か まくら ほ リち! I.J こ た ら, フさ だず ふ あは す さき ほん * ちん fisy よし い ね ん レん. t ゑ し 

從ふ。 又錄 食に は、 堀 内 雜魚太 郞貞住 あり、 安房の 洲 崎の 本^に は、 防禦 使 犬 江 親 兵衞仁 あり、 

まさき にぃせ八た.?5っ おは S ぎよ ら、 r- さち やす * ヒう がね もえ ざ- r はろ たか たこ ふね かひ らうし 6 たる す-り だん ら. 7 ありか H* や つ あたり 

政 木 大全 孝嗣、 姥雪代 四郞與 保、 束 St 萠 三春 高、 艄船 0^ 六郞繁 足、 須々 利 壇五郞 お数、 二 四 的 

? しゃ らう みつひら あ つ くさし ら、 r か JJ* あき いそ ざ きまし まつ ありち か ひたつ かき じ こ ひち y かん. U ら ぃし^-ん 

寄 <?: 五郞圑 平、 天津 九 三 四郞員 明、 磯崎 增松有 親、 直 揮紀ニ 六、 潜 地 喜 勘 太 等 是に從 ふ。 石龅 

じ こし C ふな ざ. r- すみれの あ み つ はい おら ま; i このて けだしし ゆ I やうよ しな ひも そん たいて, はいせ 

次圍 太、 越鯽 三、 蕙 野の 阿 彌七、 祷 村の 墜八も 亦這隊 にあり。.!^ 虫將 義成朝 HH は、 .K 献敗績 

いねえ しんべ ..5: おは ゆきよ ら 、ひら ミも みやこ か さい た t かひ ぐんこ まさ 

の 後、 犬 江 親兵衞 が、 姥雪 代^ 郞 等と 俱に、 京師よりか へり 來て、 葛 西の 鬪戰に 軍功 あり。 政 

き たかっ^ら ゆうし ?0 もび ミ すうにん ゐ きの ふ す さき H つんん い よしなり ねし t さし みやこ 

木 孝嗣們 の、 勇士 伴 常 十數 名を將 て、 咋日洲 畸の陴 營に參 りし かば、 義成 i^, は、 仁が 京師に 在 

くし ものがたり また か さいぎ やう ミこぐ ち た t かひ もミ すゑ つ. びら か あろ ひ お ろ < ろ ひ . *s! ま 

りし pi の 奇 談、 及 葛 西 行 德 口の、 闘 戰の顚 末 さへ、 詳 に 間 知りて、 或は 驚き、 或はう ち 笑 

しゃ J- かんこ ミ まさき-た つぐい か おは S きょ ら、 またい 彖 まもり せんこう もの け;; i ざん ゆみ 

れて、 賞感 特に 淺 からす。 政 木孝嗣 以下、 姥雪代 四郞、 及新參 にて 戰功 ある^、 皆 見 參を饒 さ 

なかんづくた かつぐ じだん;: ら もミ ふぢた いぢ ひ せんこ 5 かった かつ. 1/ 

れて、 其忠其 義を譽 させ 給 ふ。 就中 孝嗣 ft^ 圑太等 は、, 翁に 素藤對 治の 口 も戰功 あり。 且孝嗣 が 

第 九輯卷 之. S 十七 下 四〇 一 



南 總里見 八 犬^ - 四 〇〇 



第九輯 卷之 四十 七 下 



さミ み しょしゃ、.' し いなむら しろ がいせん 

里 見 諸 將士稻 村の 城に m 旋す 、此の 附晨本 S レ £) 

^_rpL^Jr /^T. も は こ 5 はくあい りん, --く 35 みん じ y は IS^H によ リて稱 ヘリ 一 

安房 侯 博愛 隣國の 窮民.^ 賑す ー 

され この ミ 3 しも. 4 さかつ しか こ ふの だい さミみ あ はの ら、 ひよ しふち も そん じ 5 ぐん しつじ ミ うの ら. っミ きす? 5 

然ば這 時下 總葛 飾なる、 國府臺 の 城に は、 里 見 安房 太 郞義通 朝臣 あり。 從 軍の 執事 東 六郎辰 相、 

すぎ くら ひしゃの すけな ほ も. .-> たちから りきの すけ はや ミも つぎ 15 しわ; i し ら. -' たかやな のる もみじ ら、 7 も S すゑ わして こ ない よしかた ふるてら 

杉 食 武者 助 直 元、 田 税カ助 逸 友、 繼橋綿 四郞喬 梁、 眞問井 縱ニ郞 秋季、 潤 驚 手. 美 溶、 振 照 

ひ ナ. r じ ひろつ ね なかんづく このて は 5y よし い <3 づ かし の も, リ たか い a かひ ゆ A のぶみ ち . y やう >」 こぐち い *< 

俱敎 ニ弘經 あり。 就中 這隊の 防禦 使 は、 犬 塚 信 乃. 戌 孝と、 犬 飼 現 八 信道是 也。 又行德 口なる 今 

5 さく り はラ ぎよし いぬか はさ- 7 すけよ し. た ふ い た こ ぶんご やすより その Ilk ミ-. 'にん 象 ろ *< た 45 し 5>ミ き たて 

井の 柵に は、 兩 防禦 使、 犬 川 莊介義 任、 犬 田 小 文 吾梯順 あり。 其 隊の頭 人 满呂復 五郎 重 時、 盾 

もち ナ. ぢゃ、 f 'ミ もつ. a お i くす すぐ.^ ミ しふる ま ろ さ いた らうの ぶしゅ あ Ay いなりす け かゆし ひ む さしい し は ♦* しろ のぼき りさん 

持^ 仗 朝經、 九樟; 1^;: 主 俊 故、 满呂再 太郞信 重、 安西 就 介 sil- 重 あり。 武藏 石濱の 城に は、 登 桐 山 

らラ H レタさ さ、 7 こくい さらへ」 しろ .S^A し い 3 さかけ の たね V- も * のて Viv 'にん うらやす、..' しのす け * へ も かつ ち よ 

八 郞良于 あり。 同國 五十子の 城に は、 軍師 犬阪毛 野服智 あり。 其 隊の頭 人 浦 安牛 助 友 勝、 千代 

**.0 づ しょの す ナミよ ミし こみな ミ また こ みな ミ つく さくわん かた:: ね. b 55 ふ ぉミね ♦* ため、 つ しん ひくて ひミょ は 0- 

丸圖 寄^ 豐俊、 小 (又 小水 門に 作る) 目 堅 宗等 是に從 ふ。 勇婦 音 音、 又妙眞 曳手單 節、 鯢 

、■ 'ちょ f さろ をい さ 5 このて お ほつ か しろ こ もりた r ら 5 たかむ ね き その すけす *! もミ 

內^ 四郞、 緩 岡 猿 八 も 亦 這隊に 在り. - 又大 塚の 城に は、 小森但 一 郞高宗 、木 f 三助 季元 あり。 又 

しのぶの か しろ は Tyfi レ いね ま:;.! 5 せゥた r ミも そのて ミラに 八 いんぞう こ あけすけ もら か はた ら、 フ ら、 ひきよ ひ でら 

i の あに は、 防禦 使 犬 山道 節忠與 あり、 其 隊の頭 人 印東 小 六 明 相、 荒 川太郞 一 郞淸 英等是 



I* 一 ひ よろこ ? 9 は た なほて ir, ち い tJ や ♦* V きい 

子の 手を掖 きて、 皆歡 びて か り 来に けり。 然 けれども、 秘北は 猶敏地 なれば、 犬 山が 加勢の 

いほたり そ ま こ 霧 y いぢん も 

五 百 名 は、 开が儘 這 頭に 在陴 して、 久しくな るまで 戌り けり。 



第 九 輯卷之 四十 七 上 . 111 九九 



總里見 八 大^ . 三 九 < . : m 

とし g て、 其議^;2しかるべし。 遮 莫敵を 侮らば、 必 や 愆 あらん 。我 五 百 個の 雄 兵 を もて、 

JS » > や, r らうぐ V よ v ザ: かね た、 ひ じ やうない V さの まに 

ま 殿 等 を 送らせん。 ^顿 軍用の 錢 < 財 は、 當 城内に 多く あり、 和 殿の 隨意 たるべし。 とい はれて 

に す、 い S はしく 返き て、 德北人 等に 那議 な告 て、 准備 夙く も 整 ひし かば、 次の 日の 

0. 證 if 鍵 は、 栌ぉ r 一 胪铲謎 八 i^、 f ^m^i 

て、 y# めしき 辭證、 ,s おべ からす。 旣 にして 鍵 は、 i 

ノ P 一一: は づのゃ ちうじ ちな ぐり せんさくら やから さけ な あ る ひ 

の 1 に 近づく 程に、 這 里に は 根 角 谷 巾 二、 穴 栗專作 等の、 宅 眷の敵 を 避て 在る も 多 かり。 或は 

又 rri にへ i ひ i て、 利 を i する rs* の、 Ispf も、 s-r ざり しに、 し 刃 n か 

のし 城ろ は、 P ねに 禁 V, れて、 ハが?.? 一環 は、 ¥ &て隊 に 夢ら れ、 i に ii せられし と r 知り 

て、 れ ilma. て、 らまく まし. -ゲ、 緲 S の imBi^^^ て、 齜 i よ を もて、 し-も 多 

され あ り弋 ね こ * に かさ Q ら もミ しャ, r-*! ん •、 、り 力へ 

かりと ぞ、 :5::!r- 事ぎ に 聞え ける。 然ば有 種 は、 於是 重ねて 手も濡 さで、 故の 莊阁 を、 拿復 しける 

のみなら す、 か^て、 n 麟 き 多く あれば、 はさら fi 鄉人們 にも、 分ち 拿せ つ、 

>-t * J よ. J '、つや へて さ ミびミ 、, くたり? t しも ふさ-.. - VW け. 4,0 ん っ^^は 力」 7 出, * 

i を 〔ある. M に便 りよければ、 四 ii-B を歴、 鄉人を 幾 名歟、 下總緩 島の、 誼 夾院べ 遣し つ、 豪 

lf:、 ?^, ^なる^ it に、 多く^ 1! を^り などして、 自他の 宅 眷を召 返せし かば、 有 種の 妻、 



h» ほふ いんが 5 けい めり たね だう せつ. C けす け きょひ でら わケれ つけ しも ふ 3 なほお ち あ S 

稲え ける。 この 日 法 印豪荆 は、 有 種 道 節 明 相滂英 等に 別を告 て、 且ぃ ふやう、 下! 8 には^^ 

ほ き ii びミら やから それがしら ひさ いま ♦< fc** は 

と德 北人們 の宅眷 あり。 野! ^ 等、 久しく こ. i に留る ベから す、 身 の^を 賜るべし とい ひし を、 

み. たね だ、 つせ つ いま ミ r めかね すな はち モ のい 44 か だう せつ ひたすら ひん こミ ほめ 

有 種 も 道 節 も、 今 さらに 禁 難て、 則 其 意に 任す る ものから、 道 節 は U ハ管 に、 其 軍功 を簪 てい 

わ そうこ た び はたら S.I い じつわが もけ おん レヤ うの- t» 

ふやう、 和 僭 今 番の掙 き は、 勇士 も 及びが たき 所 也。 異日寡 1^?; に 聞え 上な ば、 恩 賞 望の 隨な 

がう けいこれ mi 9 おちあゆ It- く 

るべ しとて、 其 こよろ を 得さ すれば、 K 荆是を 聞 あへ す、 いかで か は 然る 望 を せん。 落 鮎 は 俗 

えん よ ミころ やむ いさ か あは ら A かへ ほん 

緣 あり、 義に 仗る 所已 こと を 得す、 聊 こ. -に カを勠 して、 爲に 怨を復 しょの み。 其 義は、 本 

い ぃミ ** まラ ひミ も., -ぁ 象り さ、 ひる ゐ ^なよ びつ、 ヒへ たて ぐ ぎ 

意に 候 はす。 暇稟 すと 身 を 起して、 一 百 有 餘の黨 類 を、 咸召 集合つ よい そがし 立て、 俱 して 誼 

け ふるん むら ほめ のち きん ケ ん きんが う が. 1 し が. ん ザ A くみ 

夾院 村へ 還りし を、 譽ぬ荐 なんな かりけ る。 2f りの 後、 近 郡 近郷なる、 郷士 豪 民の 善 に^し 

さ!; ミく した うせつ て つか ほり た •《 'じ や、 フ ひ h*j> { 

て、 里 見の 德を慕 ふ 故に、 道 節が 隊に附 まく 欲して、 當 城に 來 ぬる 荐、 日每々 々に 多 かり けれ 

だラ せつ ぐん *0 かり t んょ き な その ミき もりた ね だ- せつ だん 

ば、 道 節が 軍 威い よく 壯 にて、 ー萬餘 騎にぞ 做り にけ る。 當下有 種 は、 又 道 節に 談 する やう、 

たラ じ や、 フ .7 し しゃう いん もら か は S ラレ ん. ひや .フ ! -> も それ s-t り 

當城は 大人 旣に將 として、 印東 荒 川の 勇士 あり、 且 軍兵に S しからねば、 在 下 こ- -に 居ても 要 

きく わが ほ きた しゃ 5 ね づのゃ ちうじ べつ さう か さくい か たてつら 

なし。 聞に 我徳 北の 莊は根 角 谷 中二が、 是を i にして、 家作^ めしく 建 連ねたり と ぞい ふな 

この! t き ミり かへ いづれ 象つ あす ふるさ r= び? S ら る かしこ 

る。 今 這 時に 拿復 さす は、 敦の日 をか俟 べき や。 明日 は 故郷 人 等を將 て、 那 里に うち 入り 候 は 

てき もしの こり を かりほ けもの ひミり もら うち ミ a r ^ だう せつゆう 

む。 敲倘殘 居る 者 ありと も、 獵揚 の獸に 似た るべ し。 一 個 も 濁さす 擊抓 りてん。 と 情 を 道 節 SR 

第 九 輯卷之 四十 七 上 I 三 九 七 



南 總里見 八 犬傅ノ " 三 九 六 

** づぃ !<..- らク 1 , いた い iJAV か べつぎ ふな ぢ ナ さき . たて つか は 

つ、 先 五十子の 城に 造りて、 犬阪 に別議 なくば、 水路 を洲 崎へ 參れ とて、 いそがし 立て ぞ 遣し 

かくて つぎ この ミ しまの こほり ひゃくし やう じつす 5 にん ほ きた りんそん もの さも さき たて しのぶの 

ける。 恁而 fj- の 日、 這 豐島 郡なる、 莊 客 H 十數 名、 秘 北の 隣村なる、 若 毎 を 先に 立て、 忍 

だう せつ うった ふ こ たびい け-どら み たのぎ よらん じ ね づのゃ f あなぐ り せんさく 

同の 城に 來て、 道 節に 訴 る やう、 今 悉生拘 せ 給 ひたる、 焚 ra 馭蘭 二、 根 角 谷 中二、 穴 栗專作 

われ 》>..• ぉャ はらから も た かの み た 》* は きりさいな な S ひミ - .^i かへ さ ほり 

は、 我們が親兄^5;の冤家にて候へば、 いかで 那身を 賜りて、 析切 みて 亡 人の、 怨を復 まく 欲し 

候 也、 この 義を 許させ 給 ひね かし。 と 異ロ同 樣に願 ふに ぞ、 道節听 つ.^ 額き て、 現に 然も あら 

このさき 、? b み ミか ぜんめ くおう は 5 むな かれら じゃラ ぐわん まか 

む、 今 這 時に、 民の 冤 を 解す も あらば、 善惡應 報の、 天理 空しき に 似たり。 他們が 情 願に 任 

すな はちぎ よらん じ to* ち、 r- じ せんさく ひミゃ いだ ひゃくし や,,' ら ミ けみ し 

せよ とて、 隨卽馭 蘭 二 谷 中二 專作 を、 牢舍 より 出させて、 其莊. 客們に 拿ら する に、 檢 使の 士 

つかぶ みな- (» すべ よろこ すな はち ざよ らん じ や ち、 つじ せんさく 、ひけ ミ ひきたて やが 

卒を さへ 造 じ.^ かば、 大家 都て 歡び 勇みて、 則 駭繭ニ 谷 中二 專作 を、 受 拿り っ牽 立て、 纏て 

じ P 、つぐ わい ひき, ひ i 一 そのつ る せめの し ぎよらん じ や ちうじ せんさく ひミり C まづ /. りお ミ 

城 外 に牽 出して、 其 罪 を貴詈 りて、 駭蘭 一 一谷 中 一 ー專作 を、 一 個々々 に誅 する に、 先手 を析 落し、 

きりお ミ むね つんざ &の わた ほそ わた さきいだ つ ひ か、 んへ 、< 'ちお ミ なほ.? b みつ S ひゃくし や 5 たけ さかり 

足を析 落し、 胸を勞 き、 大小 腹 を 裂 出し、 竞に 首を擊 落す に、 猶怨盡 ざる 莊 客 の、 悍く壯 

も のぞ も し t ひら くら けみ し すな はち そのく び 鲫 J ふ きりかけ ,1* ち こち 

なる 者每 は、 其、 i 六 を 啖ふも ありけ り。 檢使 則、 其 首 三級 を, M 首て、 もて 遠近に 示し i かば、 

,^ろひミひ y ミ こ t ろよ ^< ! iin- せ ち すけな し ふうふ ならび ほ きた ミな りむら びミ ひミ 

觀^ 日毎に 堵の 如く、 愉快し とぞ稱 えけ る。 この 時世 智介梨 八 夫 ST 幷に德 北の 隣村 人の、 牢 

P つかれ やみ ふ もの^5」も その やま ひお こた はて に •< 'せっすな はち その ひらび ミ 

舍 に疲勞 て、 病臥しょ^ 毎 も、 其 疾病 瘥り 架し かば、 道 節 則、 、村人に 是を 渡して、 皆 甘: (家に 

還る こと を 得さす るに、 大家 其 W 生の 恩を拜 しつ、 喜悦の tr 洋々 と 耳に 盈て、 民の 父母と ぞ 



O マら 、ノ ちゃぶ あ ** さへ ぎよらん じ や ちうじ いけさ こ i ひかれき ひ きん;: もさい ち ざっき くろ も 5 

英 等に 擊 破られて、 剩 馭蘭ニ 谷 巾 二 は、 生 拘られ て 這 里に 牽來 つ、 利金 太淺 市、 雜記畔 郞 

» * のに * もの S ももろ W も 5 た に: 5j いき,; i にしら な され い *♦ おちみ!? あり たね 

等 は、 其 隊の 每 共、 侶 に、 擊れ たる 歟、 逃た る歟、 存亡 知す 做り し 也。 然ば今 落贴ぉ 種が、 

いねやま だう せつ W きしら かの み こしかた がう けい ぎ け ふ t たた ラじ ゃラ せめお ミ -fcvJT-i! いけさり てき 

犬 山道 節に 解 知せ ぬる、 那 身の 來方、 豪荆が 義俠、 及當 城を攻 落しぬ る 事の^ 末、 又 生 口の 敵 

へい はくじ や. rs ね づ の?' も、 > じ み たのぎ よらん じ そりはし 13 つき .b おちあ ひ すべ かふ 

兵の、 招 了に て 知られた る、 根 角 谷 中二 獎田駭 蘭 二、 反 橋雜記 等. か • 落合し^?^!^までも、 郡て 上 

だ、 r- せつ きくこ ミ, 4\ かんたん こ ゑ X た t かたち あらに あり t-d 

の 如くに あなれば、 道 節 は 聞 事毎に、 感歎の 聲 を得斷 す、 爲に貌 を 改めて、 お 種に 向 ひてい ふ 

) • » まし わ 0J の ぶりゃく がう けい ほふ いん ぎ け ふたん ゆ-' び にん かな つき このい け り 

やう、 思 ふに 優た る 和 殿の 武略、 豪荆法 印の 義俠胆 勇、 多く 得が たき 美談なる 哉。 就て 道 生 口 

VJ よらん じ や ちラじ せんさくら ミし ごろ そのき ふ ま よは ゑの り ほ かの たみ しへ 仁 * ^ 

馭繭ニ 谷 中二、 專作等 は、 年 來其君 を 惑して、 榮利を 欲り し、 那民を2^ゅて、 なき を 害する 

すくな され こ たびさ だまさ ミ きす i む めい いくさ ,つし M 

も、 尠 からすと 間 えたり。 然ば 今番定 正に、 說 薦めて、 無名の 軍 を 起させて、 人 を も 身 を も 喪 

ふ は、 皆是 這奴們 群小の、 致す 所と 我 聞ぬ。 異日 安房へ 牽 もて 參ら は、 lny^ (義成 をい ふ) の 

ご じんしん いう めん すみやか ち、 f くわん ち.? フ 

御仁 心に て、 宥寃 あらん も 知る ベから す。 今 速 に誅 せす は、 何 を もてよ く勸 懲 を 正さん。 

しはらく ひミ C- つな おき も す やつざき いきまき たけ のりし め て もの 9.- も あ いらへ や ち、 フ じ 

權且 牢獄に 係ぎ 匿て、 明日 八 創に 行ぶべし。 と 敦圉猛 く 篤 示せば、 隊 の兵每 阿と 應て、 ハ合 中二 

ぎ よらん じ せんさくら ミも ひきたて ♦* かで かくて いぬ や ** だう せつ このち おもむき おちめ ゆ あり ヒね 

馭蘭 二、 專作等 を、 俱に牽 立て 返 出け り。 恁而犬 山道 節 は、 這 地の 事の 趣 と、 t 洛鮎冇 種の 事 

す さき 一 一 V- ん ち、 ゥ しん いね さか やが たて M つりぶ み っラ け の 

まで も、 洲 崎の 御陴へ 注進すべく、 犬 阪へも 示し合せん とて、 蠊て 呈 書 一通と、 毛 野に 與ふ 

て が& おち みづ からかき した, * こ t ろき t じん しか. a\ いひつ-け く ん しょかん も ら 

る 手簡 さへ、 遣な く自 書 寫 めて、 心 利た る 士卒 四 五名に、 事恁々 と 分 付て、 件の 窖翰 を裔し 

, . 第 九 輯卷之 四十 七 上 三 九^ i.1 



南 總里見 八犬傳 三 九 二 

い ご い * しめこら れ、 7 や 5 よ せちす け かつお そ かっかん ぶく の& 

只 其 以後 を警 懲 して、 療養 餘の 人に 異ならねば、 世智介 は、 且 怕れ、 且 感服して、 聲を吞 つ 

£ き さる まさ ね づのゃ ちラじ あかみ S らミ あて は あ た らうら じ やう ひやう ふせぎ 

つ 泣に けり。 爾 程に 根 角 谷 中二、 赤 耳 九 ニ郞、 當揚阿 太 郎等 は、 一 千の 城 兵 ありながら、 防 

た * か あわて に ±, さ こラ なん おそ た r い さら ご 

戰ふ 心なく、 慌て 城 を 逃 去る ものから、 又よ く 思へば、 後難の 怕れ あり。 徑に 五十子の 城に 參 

^ たのぎ よらん じ ら ちから あは かしこ てき また そ なた さし ゆく ほ、 5j また かの み たのぎ よらん じ 

りて、 衝田馭 蘭 二等に カを勠 して、 那 里に 敏を 待ん とて、 =^*.-を投て行程に、 又那獎 H 馭蘭ニ 

いぬ さかけ の たね ミも お t^i しろ せめお ミ にらみ り きんだ ふ る か はめさい ちら S6 じ やう ひや. r- お ほ 

は、 犬阪毛 野^ 智に、 鈍く も 城を攻 落されて、 韮" 見 利金 太、 布 留川後 市 等と 惧に、 城 兵 多 ,、 

しこが こ な さし お ほつ か しろ ミラ にん そりはし ざっき よ ぼろ 

從 へて、 這 方 を 投て來 ぬるに 逢 ひけり。 又只是 のみに あらす、 大 嫁の 城の 頭 人、 反橋雜 記、 丁 

た くろし らうら しう やから も ひぐ おち や ちラじ -.i* ろ こ いまこの ふ; i て * たすけ 

田 畔四郞 等 は、 主の 宅存 に相俱 して、 城 を 落て 來 にければ、 谷 中二 は歡 びて、 今 這 二 隊の帮 助 

か しのぶの^?*か しろ ミ りかへ ぎよらん じ ざっき ら だんか ふ さっき 

を 借りて、 いかで 又 忍 闹の城 を拿復 さんと て、 馭蘭 ニ雜記 等に 商量す るに、 雜記も 亦 この 議 

ょレ さら ぐ によし ゃラ たち い はっき つか は うしろやす な しラ のりし ひ 

を 好と して、 然ば俱 したる 女性 達 をば、 五十八 月の 城へ 遣して、 後 安く 做さん とて、 主の 憲重 

のり かた やから おのれら やから らう ひや、 フ に <! したが は しこ やろ ほ, ど た r い 

憲 儀の 妻子と、 己 等が 宅存に は、 老兵 八 九 名 を 從 せて、 那 S へと て 落し 遣 程に、 但見る 西北 

て てきへ、, その ミラ にん いねや i だ、 フ せった r ミも や ちうじ ぎ 

のかた よりして、 來 ぬる 一隊の 敵 兵 あり。 其 頭 人 は、 正に 是犬 山道 節忠與 なる を、 谷 中二、 敗 

らん じ ざっき ら ゆめ しら 、フ がふ のぶ f> ら & かた はいぐん き t し あるひ おちう はぎ ミろ 

蘭 二 雜記等 は、 夢にも 知す、 只是烏 合の 野 武士 等が、 御 方の 敗軍 を 開 知りて、 或は 落人 を, ま i" 

あるひ しろ きめ やぶ ほり まづか やつら うち ミ そのいき ほひ まか 

ベく、 或は 城を攻 破りて、 不義の 利 を 欲するな らん。 先 那奴們 を搫铺 りて、 其 威勢に 乘し てこ 

しのぶの, 5- か しろ ミり かへ て わか よ ミころ した ** ち かへ つ だ. せつ あけ t. け きょ 

そ、 忍 ^の 城 を拿復 さめと て、 三隊を 分ち て 四 所に、 埋伏 をして ける に、 反て 道 節 明 相、 淸 



あ S ありた ね じ や 5 ひや ラ もろ る たちさ ころ -r- ら A かへ くわい い よ, 

鮎お 種 は、 思 ふに も 似す 城 兵 の、 脆くて 骨 を 折まで もな く、 今 立地に 怨を, して、 會稽の 恥 

きょ が J- けい ミも み かた そ、 r'.ti く ねぎら i ミ てきへ い じっけん たラ じ や, r- こ がレ 

を 雪め しかば、 豪 荆と俱 に、 躬 方の 憎 俗を勞 ふて、 S. 柳る 所の 敲兵 を實檢 する に、 常 城の 小頭 

ら あなぐ り せんさく はじめ てお ひし にん にん このよ こ ミ》4\ くお ちう せ 

人、 穴 栗 專作を 首に て、 刀瘡兒 死人 七 八十 名 これ あるの み、 這 餘は智 ^落 亡て、 一 時に 城 を 

え そ あなぐ り せんさく ふかで .f- れ ね づのャ ち、 ゥじ A liGy よらん じ 

獲たり ける。 开が 中に 穴 栗專作 は、 深瘦 なれ どもい まだ 死なす、 他 は 根 角 谷 中二、 ^田 馭繭ニ 

ら さ 、-' あく しへ た ひ ぎ ほしい . かんもく び しほら じ や- r-M い 

等と 同惡 にて、 民 を^ ゆて、 非義を にした る奸贼 なれば、 そが 儘緊 しく 結 ii^ せて、 城 2: 

てんけん をん な こ ,ども のこ ベい- JE- くもつ ミも やが もん さて ひ!; J や 

を展檢 する に、 婦 幼 も 遺る 者な く、 米 粟 尤 多く あり。 纏て 四 門 を ,:>ら せて、 却牢舍 より、 

せ ち すけなら び なし ふラふ また ほ き I! りん そ 八 ひゃくし や、 r- つ ** こさ も つ A ミらは 

世智介 井に 梨 八 夫婦、 及徳 北の 隣村なる、 莊 客 と K 妻子 5?^ まで、 罪なくて 輯铺れ たる 荐、 二 

にん たすけいだ かれら -ん f 一く かしやく しも ミ たへ は A しはんし や 5 

三十 名を扶 出す に、 他 等 は 久しく 禁獄 せられて、 且呵贲 の 笞に祺 ざり ければ、 皆 半死半生 にて 

ありし かど、 幸 に 命 恙 なければ、 右 種 豪荆、 勦り 慰めて、 淮備の 藥を與 へな どしつ、 皆 閑 

しつ ふさ かの ふ あた t せ ち すけな し ふうふ ミも がらお し に ごく 

室に 臥しめ て、 火 を もて 那身を 温めし かば、 世 智介梨 八 夫婦 はさら 也、 其 毎 推な ベて、 ^獄 

が き ぶつ ぼ さつ すく かんろ. Q ぉミ よろこ そ 

の 餓鬼が 佛 菩薩の、 救 ひ を 得た る 心地して、 皆 感淚を 落す までに、,: 歡 ばざる はな かりけ る。 开 

せちす け さき こ さい もろ ミ. b ■ みそ かづ かひ たち なし がりた ちょ. 9 さけのみ だれ 

が 中に 世智介 は、 曩に 小才 二と 共 侶に、 主の 密 使 に 立し 時、 梨 八 許 立 寄たり とも、 酒亂に 

おのれ かの まがつ み ひきいだ おち *ゅ け りんそん ひゃくし やう i f あは つみ かろ 

己 を 忘れて、 那禍 鬼を惹 出しし より、 落 鮎 一家、 隣村の 莊 客 まで、 :?4、 餘.^ に 遇せた る、 罪輕 

くちの もや ♦* ち もミ あくい もりた ね に く 

きに あらね ども、 只是 一時の 口 過, にて、 素より 惡意 ある 者なら ねば、 お 種 今 は 深く も愤 ます 

第 九 輯卷之 四十 七 上 三 八 九 



南 總里見 八犬傳 HAA 

いか 二 きょじつ fcr ぉほミ まづ おん ざ、 つし きんじゅ いれ 

に 甚麼ぞ や、 いまだ 虚實を 質さす して、 大門 を 開く 事 や ある。 先 御曹司と 一 二の 近習 を、 容ま 

おん ミ もび ミ るす く rh- も A ^ ぢ かさ もり いらへ い 13 まづ わか 

ゐら せて 後に こそ、 御 伴 當を饒 ベ けれ。 角 門より とくく と、 下知に 門子應 をし つよ、 卒先 郞 

ぎみ く? 《り もん っミぃ こ ミびミ おちち ゆよ の もりた ね ぎ け ふ, 人 

君 入らせ 給へ。 とい ひつ.. 開く 角 門より、 衝 入る おは 別人なら す、 落 鮎 餘之七 有 種と、 誼夾院 

w フぢ ほふ いんが,.' けい また その しへ ごふたり S うそ ラ W ち めん 》 、つが. 1 てき し ,わん ほ-,' が, - 'せい よ?^ P / 

の 住持 法 印 豪荆、 及 其 徒弟 兩 個の 勇 憎、 突 町坊豪 的、 師: §坊 豪菁、 なン ど 喚 做し. U る、 武勇 劍 

うらおば よ じり ひミ しく こしがたな か もり ざぅ ひや 5 にんきり た ふ かへ やい £5 せんさく 

法覺 ある、 四 人齊ー 腰刀 を、 拔く手 も 見せす 守 門の、 雜兵四 五 人析仆 して、 返す 刃に 專 作が、 

ぃヒぅで^*_ た こて き ぁゥ さけ はて しり, だ 5 へ.1^^^り おさろ きお そ しう ひや、..' 

片腕 托 地と 釺 かけて、 祈られて 苦と 叫び も す、 臀 居に 樘と平 張け り。 是にぞ 駭 怕る. H ポ兵、 

x^k にぐ すか おっかけ きりた ふ りちら その はし ミ のかた モラ, 5- く 

敲 あり 敏 あり。 と 喚り て、 逃る を 透 さす 赶览 て、 析仆し 又 研 散す、 其 間に 外面なる 憒俗 二百 五 

にん く r り もん こみいり ( かね よ、 r- い たづ さへ き なかぐろ は lis し ** はた しゃく 九 やりの ほ むすびつけ 

六十 名、 角 門より 稱 入々々、 豫て淮 備に 携來 つる、 中黑 の旅豐 島の 旗 を、 九 尺 柄の 鎗 尖に 結附 

つ おしたて さミみ は- r ぎよし い かはいね た さ きて ミ うにん おちあ 9 もりた ね 

て、 突と 推 建つ ょ聲高 やかに、 里 見の 防禦 使 犬 川 犬 田が、. 先 隊の頭 人 ノ落鮎 有 種 こよに 在り、 

しん ふ , やまぶ し ぎ け ム&ん がう けい な のり か あ ひよ fi は S さ さし せめい ね, づ や • 

新附の 修驗^ 證夾院 豪荆、 こ i に 在り。 と名告 被け 相 喚り て、 二の 城門 投て攻 入る 程に、 根 角 谷 

ちラじ ち み *• ら 5 あて ほ も た らラ ら、 r- ひやう ミ、 ひにん すで みなお それ やから ぉミ はた 

中二、 赤 耳 九 ニ郞、 常 場 阿 太郞、 老兵 頭 人、 旣に皆 鬼胎を 抱きて、 宅存を 落せし 折なる に、 架 

てき さかよ * いね かはい ねた おちめ S みな じ や,,' ない せめい な の. もろ ゑ . / » 

して 敵 は 逆 寄して、 犬 川 犬 田、 落 鮎な ン ど、 咸城 內に攻 入り けん、 名 告諸聲 えしより いよ 

おそ ひ W さ- «へ ふせん ひた なるこ むらさり は ョー からめて 

いよ 驚きます く怕れ て、 拄 I 柱 も 防ぎ 得す、 曳 板の 响 子に 群 鳥の、 潑と 立つ 像く 後門より、 

K,^^ つ? に t いづ じ や、.' ひや ラ およそ あまり f ふ f おしなべ 1:1^ に^ 3 され、 お f 

薜を 突て 逃 出れば、 城兵 約莫 一千 有餘、 勇 も不 e も 推 並て、 うち 續 きて ぞ逃 去りけ る。 然ば落 



そう .tj く じん せ おひ た むしろ づ つみ おの {- ミ, ひら ものの ケ たち おび 

佾俗ニ fn 五六 十 名、 搭 i ^来れる 筵 裹を、 手ば やく 各 解披 きて、 武器に 身 を 固め、 太刀 を 跨、 

,r 'ち も D t づ さへ ひミ しく あし みに しのぶの か お ほて いた き 0> た- ふりたて 

器械 を 携 て、 齊 一 脚を亂 しつよ、 走りて 忍 岡の 正門に 造りて、 城門 を 鼓き っ聲震 立て、 や 

じ や, い け ふ た t かひり y や、 フミ こなら び こ ふ G だい モ 、づ な 

をれ 城内の 人々、 誰か ある。 今 n の 鬪戰利 あらす して、 行 德 井に 國府臺 まで、 總 額れ に 做り 

み かた いく にん.? - ラ ちじに そ おん 3、フ し ! ~| もよ し さい は ひ はラ 

しかば、 御 方の 士卒 幾千 名歟、 陣沒 したる 开が 中に、 御曹司 (朝 良 をい ふ) は 幸に、 一方 を 

きりひら た 1* い じ や-ひ ひ V へ たて t つ くり へ 

殺 啓きて、 目今 常 城に 渡らせ 給へ り。 とくく 迎 奉 らす や。 と 繰返しつ H いそがし けり。 こ 

このし のぶの を か じャ 5 ひや-?. n ぎ やう ミこぐ ち よせて いくたり か いまがた のが , よせて > はいぐん てい 

の 時 這 忍 岡の 城 兵 們は、 行德 口へ 寄隊の 士卒 幾 名歟、 方 僅 こ i に 脱れ 来て、 寄隊 敗軍の 爲 

たらく さらよ し から きんじゅ さむら ひ たすけ りャ ごくが はら おち お •< ゆ くへ しら 

體、 朝 良 は 辛く して、 近習の 士 に資 られ て、 兩國 河原の 方に や t 济 させ 給 ひけん、 御 往方を 知 

じ や 5 ひやう これ おさろ, 3れ ミ .r- にんね づのャ ち、..' じ つ i> しら ものが しらめて Ja* た f わ だみ t く じ ら 5 こ 

すと いふ。 城兵 是 に 驚 譟 ぎて、 頭 人 根 角 谷 中二に 告知せ、 兵 頭常揚 阿 太郞、 赤 耳 九 ニ郞、 小 

がしら もな ぐり せんさくら つ さ ひ だんか ふ や ちラじ さ! ふ かつ のり たう じ や う 

頭 人 穴 栗專作 等、 うち 第 合て 商量す るに、 谷 中二が いふ やう、 里 見の 犬士等 勝に 乘て、 常 城に 

さかよ せ このし ろ ふせぎ いつ さ t ふ しょせんて き はし やお 

逆 寄せば、 人 多から ぬ 這 城に て、 防戰 ふと も、 幾まで か 注べき。 所設 敵の 旗と 見えぬ 問に、 宅 

ら きた べつ さラ ぉミ や 、r 'しろ やすく かけひき に はか じ やうたい をん なわら ベ ら 5 ひやう つけ 

眷を徳 北の 別莊へ 落し 遣りて、 後 易 して 進 返せん とて、 猛 可に 城內 なる 婦 幼に、 老兵 を隸 

ひそか からめて いだ や あわ fcr い ♦♦♦♦ たさに ま 3 ちゃくし ミも よし はいせ? 

などして、 悄 地に 後門より 出し 遣りけ る、 事 慌 しき 折なる に、 今又定 正の 娘 子、 朝 良の 敗敏 

s? や 17 ミこ のが もの たれ おさろ か あわて き さ ひらか このて こ 1- し 

して、 行德 より 脫れ來 ぬる、 と 聞く 者 誰か 驚 ざらん。 慌て 城門 を 開む とせし を、 這隊の 小. 职 

ら あなぐ り せんさく あな や おし? =r *^ ち もの さも よしや おん?、 r- し わた. ね £i た t よ 

人、 穴栗專 作、 吐 嗟とば かり 推禁 めて、 等ね 兵每、 非 如 御曹司の 渡らせ 給 ふと も、 千 玉の 夜 

第 九 輯卷之 四十 七 上 三 八 七 



南 總里见 八犬傳 一 -八六 — _ I 

、< 'せ 5 た ひミり た しさ ミふ ほ、 つぎよ し た, ひ じャラ こず 

亡た る歟、 擊れ たる 歟、 敵 は 一 人 も あらすな りぬ。 但里 見の 防禦 使 は、 いまだ 當城 にかへ り來 

そのこ ミ うたが み. C たねが、 けい このて そう くた ちまち のみみ あき 

とい ふ。 其 言 疑 ふべ くも あらねば、 有 種 豪荆、 いへば さら 也、 這隊の 僧俗 忽 地に、 望 を 失ひ呆 

はて かたら あり t ねし は し 、フ ちもん た t かひす で こミ はて 

れ 果て、 いかにせ まし、 とうち 相譚 ふに、 有 種 一 霎時 沈吟 じて、 鬪戰旣 に 事 果て、 今 さら 城に 

こミゎ ざに いふ け; <S 、わ のち ぼ、. 'ざん まい た *. 'もの わら y な よ り おも よせて いた ** け 

參 りなば、 鄙 語 云、 鬪 諍の 後の 棒 三昧、 只 胡盧に 做らん のみ。 因て 憶 ふに、 寄隊 酷く うち 負て、 

往方も 知す 做り しとい へば、 約莫豐 島に 在る 所の 敵の 城 は、 士卒 咸耳怕 して、 脫路を 見るなら 

なかんづく しのぶの を かしろ W 、つ にん われさ ミのミ もがら 、ひらみ ね づのャ ちうじ 5 らか かれ むさぼ あく 

ん。 就中 忍 岡の 城の 頭 人 は、 我 鄕 黨の怨 ある、 根 角 谷 中二 麗簾 ならす や。 他 は 貪りて 飽 こと 

た& したへ っ& たいぎよ 3 こ の ひ , f み たのぎ よらん じ はくち、,' いで 

なく、 民を虐 ゆて、 罪な きを 殺す こと、 大 魚の 細 鱗 を吞が 如く、 其惡究 田馭蘭 二と 伯仲す。 先 

こ ,i ひかの しろ せめお ミ や ちラじ いけさら お ほっかいし はま ふた しろ せめ かならず おち いかに 

や 今^ 那 城を攻 落して、 谷 中二 を生拘 ば、 大塚石 濱の兩 城 は、 攻す とも 必 落ん。 この 義什麽 

と 請 問へば、 大 i ひとしく ii な ひて、 开は 究竟の 便 直な り。 然ら ぱい そ ゆ,。 と 矢 斩の河 も、 宮 

ミ が は わた L の ほ V いけ ほミり ラレ A つ な いた 

門 河 をもう ち 渡して、 不 忍の 池の 畔に來 ぬる 程に、 夜 は 5 三に 做 りぬべし。 酷く 走りし ことな 

さむき よ みな あせ ん たへ あへ ぎ f こ こ かしこ たち やすら かたら がう けいこ ゑ ひそ t 

れば、 寒夜 も 皆 汗に 得堪 す、 喘 を 止めて 這里那 里に、 立 休 ひつ i 又相譚 ふに、 豪荆 聲を悄 して、 

いまこの こ ザい しろ ねか ほり ちから かち きり いつはり はかり ーごミ 

今 這 小 丘ハを もて、 城を拔 まく 欲する に、 筋力 を もて 勝 を 取が たかり。 只 詭の計 にしく こと 

はかり ご か ゃラ {• こミ ほせ は さ <ゃ ありた ねじ よ そうもく よろこ は 

なかるべし。 其 計 策 は^ 樣々 々o と詞 急迫し く き 示せば、 有 種 自餘の 憎 俗 も、 閒く者 歡 ざ 

かれ つた これ つた みな {• そのい *! ありた ねが.,' けい A かた 

る はなく、 甲に 傳 へこに 傳 へて、 大家 其 意 を 得たり しかば、 有 種 豪荆、 いへば さら 也、 躬 方の 



M/. / しの ゆ もの よせて こしかた *♦ つじ たれかれ ほ 4? た * ミび ミ よびつ oj rn. 

助 ざらん や。 先 問 諜兒を もて、 ! N は 隊の來 方を榜 るべ く、 子 院の甲 こ、 秘 北の 鄉人を 召 第へ て、 彼 

ら つぎ ひ くだん ミ もがら ねき. C つ つ, A な- (- し 

等が 意見 を 間べ しとて、 次の 日 件の 锦 を、 招鳩めて、かの義を告て^1;^^兒を問ふに、大家死をも 

たすけ おの.,^ しんす rt ちか ひ レ のび. C ぐん ぢん ようい な しはす よじめ 

て資ん とて、 各 神 水 を 啜り、 誓 をし つ..、 悄々 地に 軍陴 の、 淮備を 做す 程に、 十二 n: の 初:^ に 

がう けい つか は しのびの もの よせて こしかた つぐ く:? -ぢ こ ふの 

なりぬ。 この 時 豪荆が 遣した る、 問諜 かへ り來 て、 寄 隊の來 方 を 報る を ii くに 、陸路 は、 國府臺 

よせてり ャ うたいし ゃラ しか さミみ かた よしみち y み たいしゃう い づ かいね かひ は-,' y ぶ. J 

へ うち 向 ふ、 寄隊 兩大將 にて 如此々 々也 。又 里 見方 は、 義通君 を大將 にて、 犬 塚 犬 飼 防禦 仗たり。 

す や、 つ to こぐち し すさき か 7 ( しょり てき け、 rs みや、 フ 9{ it り" その ミ *6 あり 

又 行德ロ へ は 如此々 々也、 洲崎 へ は 简樣々 々と、 三 所 兩敲の 交 名 を、 問ぬ る隨に 報に けり。 -時冇 

たね がう けいら だん わがぎ m きん ぐん い す さき みち はるか ,ふ 

種 は、 豪荆 們に談 する やう、 今 我 義梳勤 軍の 屆る 所、 洲 崎は路 逸に して、 事の に?^ ひがた かり。 

ぎ やう ミこ こふの:;.: い びんろ ミほ なかんづく こふの だい よせて す まん たいぐん .? さ だな り -1 ちり ゃラ しゃ, f 

行德 國府臺 は便路 にて、 且 遠から す、 就中 國府臺 は、 寄隊數 禹の大 軍に て、 顯定 成氏兩 將 なら 

まい さミみ かた よしみちぎ,!: たいしゃ い CJ づ かいね かひ は-1 ぎよし このて つ *- ぐん,?,' ? 

す や。 況て里見方は、義通君大將にて、犬^^犬飼防禦使ならば、這隊に就て軍忠を盡さん。然はと 

ふ りよ んぢん ミ かく も の ミ1 の すぐ し 

て 事 をい そがす るに、 不慮の 軍陣なる 故に、 左に 右に 束 西 整 はで、 思 ふに も 似す 日 を 過し つ- -、 十 

は す や を か あさ ♦* だき ありた ね, £ら び ほふ いんが ラ けい りゃう ミ うにん ゐん や ♦* ぶし ほ きた さ ミのミ もがら 、r- か 

二月 八日の 早天に、 有 種 丼に、 法 印豪荆 を兩頗 人に て、 四十 八院の 山伏、 徳 北の 鄉 黨、 そが 子 

ら さかん にん よ ろ ひかぶ 1= うちもの むしろ つ t おの {• せ f 

弟に 至る まで、 壯 なる 者 二百 五六 十 名、 甲 E: 器械 は、 筵 席に 一教み などし つよ、 各々 是を 搭^ 

こ ふの だい さし さみ ころ ほひ こ ふの だい ,ん 

て、 國府 臺を投 ていそぐ ものから、 路 近から ねば 時 移りて、.. この 口 巾の 左側に、 國府臺 の、 近 

そん f つ ひ た < かひ よせて いた まけ け ふ や のうち こが りゃうし ャラ おち 

村に 來て 間に、 隔阼 日よりの 鬪戰 に、 寄隊は 酷く うち 負て、.. 今日し も 山内滸 我の 兩 將は、 落 

第 九 輯卷之 四十 七 上 三 八 五 



薛總里 見 八犬傳 . . I 三 八 四 

あは す ,0 りく いふ たいへい およ モ &んょ き くが ぎ や、 < 'ミこ こふの だい ふな ぢ みは すさき 

を 合せて、 水陸より うち 向 ふと 云、 大兵 約莫十 萬 餘騎、 陸 は 行 德國府 登、 水路 は 安房の 洲崎を 

さし せめよ ふ.? -H ん モ のこ ミ おぼろ ゆ めり た. US- おさろ ひそか ほふ いんが-つけい い 

投て、 攻寄 すると 風聲 あり。 K 言孟浪 なら ざれば、 右 種 聞て 驚き 憂 ひて、 ^地に 法 印豪荆 に、 意 

ち、 r' しめ だん さミ さの さき わがお やぼん ひ がきな つ S ,を. ぢ ら 、ゥ び やう ふ ,y り 6 の たま は 

衷を 示して 談 する やう、 里 見 殿 は、 翁に 我 義父、 水 垣 夏 行 翁の、 老病に 臥しよ 折、 is- 西 賜りけ 

めぐみ さ かの われら さい は ひ めん *♦ じ はり かたじけな モ いねや ti: うせつ 

る恩惠 あり。 然ら でも 彼 八犬士 は、 我等 幸に、 一 面の 交 を 辱 くす。 :开が 中に、 犬 山道 節 

た 1^ ミも も これね り ま ざ,< たう わが rj. 、つくん !i しま さの fs.J うそ ラ か し A さき かの けん 

忠與 は、 原是煉 馬の 殘黨 なれば、 我舊 君、 豐島 殿と 同宗の 家臣な りき。 この 故に、 翁に は那犬 

し ミ もがら いくたび われ す- * さミみ ^ ころ ひ がき, V ち f び 7 み はな 

士の 每 幾悉か 我に 薦めて、 里 見に 仕へ よ、 とい はれし かど も、 其 比 は、 氷 垣 翁の 老病 を 看 放 

かつ, 3- ぢ .ft いほつ さ 5 でん た はた すて たき や、 フ ほい はた 

ちがた く、 且 翁が 開 發相傳 の、 田 阅を棄 て、 他鄉へ 移らん 事の 本意なら ねば、 いまだ S1- さ、 r り 

いくほ さ まがつ みお こ ほきた すて みは つき さミみ さの 

ける に、 幾程 もな く禍鬼 起り て、 德北 を棄て 走る 時、 いかで 安房に 赴きて、 犬士に 就て 里 見 殿 

に 仕へ よ、 と 人の いひし かど、 然し も 一介の 功 もな きに、, 身の Si 處 あらす とて、 安房へ いなん 

つ ひ このち しか さ ミ み fSj の たいてき き き、 つ そん a-r- ミき f 

はさす がに て、 竟に此 地に 來 つるな り。 然るに 今 里 見 殿に 大敵 あり、 危窮 存亡の 秋と 聞ながら、 

は, つ おん ; s-.' し ほい ぴ ちから あは たすけ ぐんこ-..' 

報恩の 義に 及ばす は、 勇士の 本意と すべから す。 おん 身 一臂の 力 を 動して、 我を帮 助て、 軍功 

たつ いさ 4* さミ A ぞの ふ ii いかに 

を、 立る こと を 得させ 給 は.. -、 其 功 を もて、 里 見 殿に、 仕へ て 二た び 家 を 起さん。 此義 誰何。 

こひミ うけい につ こ *1 み わ ^^の じ やうぐ わんき はめ よし さミみ タの けん くん 

と 請 へば、 裹荆 はつらく と、 听っ it 究 然とう ち 笑て、 和殿の^^ 願 極て 徒。 里 見 殿 は 賢 君 

じんせい わ の y ? *ゅ たす 

にて、 且 仁政の 閉ぇ あり。 和 殿 この 折 ももて、 義; S を揚 なば、 名 あり 忠 あり、 我い かにして 帮 



やつ がれ • 二 はじめ か やう J\ はり しか t な こミっ ♦* びら か ミ 9 い Xi M.,' せつ あけすけ, よ 

小 可が 上 はし も、 首 をい へば 箇 樣々々 、 尾 は 又恁々 做り とて、 言 詳 に說 出す を、 道 明相淸 

ひ でら ひミ しくみ そ はだて ミも かき や l.' も^^すゑ たづ はじめ おら あ りたね め ふぎ やが つ 

英等 は、 齊 一 耳を欹 て、 俱に 佳境に 入りに ける。 其顚 末を尋 ぬるに、 初 落 鮎お 種 は、 扇 谷 

、7 つて ミ i にん ふ 仁の ぎよら, C じ ね づのゃ *? ブじ fc ザい ,0 つ おも ミ いさめ 

の 討 隊の頭 人、 箕田馭 蘭 二に、 根 角 谷 中二が 多勢 を領 て、 うち 向 ふと 聞へ し 時、 妻の 重戶 が諫 

きふ さ^0のミもがら つゆ しら ほきた いへ じ せう さ ミびミ A なミ もな おも ミ V ぢ 

によりて、 急を鄉 黨 に 告知せ て、 _ ^北の 家 を自燒 しつ、 郷 人を咸 相伴 ふて、 重戶の 叔父の い 

しも ふさ くに ? しまの こほり y け ふ .0 んひら おもむ かの を ぢ » f つゆ しはらく こ I しの 

ま そかり ける、 下總 の國、 猨島 郡、 設夾院 村に 赴きて、 那小 父に 危窮 を告 て、 權且這 里に 潛び 

そ も { た.,': b ら ぎ け ふるん ざ やまぶし でら ぢうぢ が 5 けい やまぶし 

て 居り。 抑當 村に 請 夾院と 呼 做した る、 一座の 修驗院 ありけ り。 住持 は豪荆 とい ふ 山伏に て、 

むかし まつじ じ きんせいい ぉミ ろへ ほんざん なごり き A: が 5 

昔 は 子院、 四十 八 筒 寺 ありし に、 近世 痛く 衰 て、 今 は 本山の みなれ ども、 其、 餘波 近郷に 在り、 

は A そ- r- はんみ く ぶ ほい この かつおの {• たが ャ くさぎ もら もし ほんざん • 

皆 半 僧 半 俗にて、 武藝を 好み、 且 各 耕し 転り て、 もて 口 を 細へ ども、 倘 本山に 事 ある 時 は、 四 

るん みなつ さ あ ひたす まい が- けい ほふ いん さが こ! i ミこぎ ほふし 

十八 院咸集 ひて、 相資 けす とい ふこと なし。 況て豪 荆法印 は、 ^=!ハ性特に任俠にて、 法師に 似け 

5 で こき - つねよ わ くじ ふへい ミか され いまおち. ふ-..' ふ 

なき 腕 扱 なれば、 平生に 弱き を 助けて、 强 きを 折き、 人に 不; 牛 を 解 まくす。 然ば今 落 鮎 夫婦が 

もた ちす ていへ や やから たづ さ さ ミのミ もがら ミもな ひそか たづ 

寃 家の 爲に、 地 を棄、 家を嬈 き、 宅 眷を携 へ、 鄉 黨 を 相伴 ふて、 悄 地に こよに 尋ね 來っ、 事 

なんぎ つゆ しら たすけ たの がう けい いなむ け しき ぃミ かひ, i\ もてなし おちあゆ やか 

の 難義を 告知せ て、 其 資助を 憑み しかば、 豪荆は 推辭氣 色な く、 最精惇 しく 管 待て、 落 鮎の 宅 

* ほ きた さミび W そ め こ こ !_J も あちこち しの tt かく t ふ いつつき v ゥき 

眷 はさら 也、 徳 北の 鄉人、 开 が妻孥 子弟まで、 西 束に 潛 せて、 よく 是を 舍藏 こと、 五六 箇月に 

な たちまち あ ふぎが やつ さ!;,! ま3 さミふ こうまつ や の -f' ち. C きさ 5,1 ふた は; i かっしよ こ 5 つら へい 

做り し 比、 忽地 扇 谷定 正の、 里 見 を攻 伐の 事 聞え て、 山 內顯定 と兩換 にて、 且 諸侯 を 連ね 兵 

第 九 輯卷之 四十 七 上 llltsl 



南 總里見 八 犬^ lll^lJJ 

ぁナ すけ > よ ひで かねてき t し かの ひミ ひい だ- 7 せつ みは だう せつ 

く 程に、 ^相と 淸英 は、 豫 聞知る 那 人歟。 思 ひがけす とば かりに、 引て 道 節に 逢 すれば、 道 節 

、そ よ ひら おり たち おちあゆ 5 ぢ べつい らいつ.' がな き わ さの ** たいつ i たう じ や. フ 

は しく、 馬より りと 下 立て、 こ は 落 鮎生、 一別 以來 恙無 や。 和 殿 は 亦 幾の 間に、 當城を 

t>f. ヒ いめ 9 a! ミへ ぁ り; i ね やつ がれ "^ゆつ 

か? 洛 したる、 粋 ら ざり ける 對 面に こそ。 其 所以き かま ほし けれ。 と IT は 有 種 さ ン候。 小 可が 出 

W つ こミ て-' つく まづ じ やうない はべ じん a いこ こ *i へ S て. C けす け きょ ひ でら 

没 は、 言ー朝に!^^がたかり。 先 城内へ 倶し 侍らん、 人馬 を 憩へ 給 ひね。 と 答て 却 明 相 淸英等 

•A .--、 め、 ぎら ひき じ is-J 'ちう しゃう だ ラせゥ めけ すけ きょひ でら -t じ 

に、 ぉ龆 面しつ 勞 ふて、 引て 城 中に 請 すれば、 道 節 は、 明 相淸英 等と、 俱に找 み 入る 程に、 自 

に >i>^5- ノ i *f. ノ t つ しづい くり、 1 て *c ち こち つ さ らんざつ i く 

^の i^sf ハ 小ぎ 人們 も、 士 を I に 繰 人れ て、 三隊に 別れて 束 西に、 聚 ひて 亂雜 ある 事な し。 恁 

て .: & ち... -ゅ もり i*JC* .--.r- せつ また あ ナすナ きょひ でら い 13 な、 ソ しろ おもざし S いた い そ ぢ り ほふ t ひ I しゃ おち 

Ikfrfe^g は、 にあ ル叽柳 淸英等 を 10 引て、 城の 正廳に 造る 程に、 五十 有餘の 法師 武者と、 落 

6S 、 , fci.i こ さいじ ほ きた !=し よりら いでむ か か, 4 くら しゃ .Iti い ひ A しゅ むしろ さ だ * て あぶ..; - 

の k の 老僕 小才 二と、 徳 北の 故老 們出迎 へて、 上 坐に 請 待し つ、 賓 主の 席 定 りて、 手 炙の 

J まち r{ かっせんち P す t その ミき だラ せつ ありた ね きの ふ す さき おき ふ いくさ いね 

火 を 薦め、 且 煎茶 を 看め などす。 當 下道 節 は、 有 種に うち 向 ひて、 阼日洲 崎の 澳の 水戰 に、 犬 

i 、 f- クー- -ミ t 、てき み 一ろ し はじ il、7 せ r- てき ふしゃ ,フ ミもャ 4» い す, ち, フ 

K が Js< 略 ももて、 丸歒を 蜒 にしけ る、 事の 始めより、 道 節が 畝の 副將、 朝 寧 を 射て、 水中に 

II し.. 事、 又^ it は i にて、 ?弓 1« を IS し i で ^た 田す &^ が^;^ t の 事、 又 こ i へ^ぬ る 時、 Is 

^-M-o-t a づ ちうじ ^ ヒ のぎよ らん じ そりはし ざっき ら & つのし ろ がふ ひやう かひ かち やちう じけ はら,^ じ, 

なる 酣山 にて、 根 角 谷 中二、 獎田駭 蘭 二、 反 橋雜記 等の 三 城の、 合 兵と 闘戰克 て、 谷 中二 馭蘭ニ 

ら 、ナ タク >>0 たいりゃく きしめ さておち わ ゆ うへ もりた お きく 

等 を 5tl^ て、 St もて 來 つる 事の 終りまで、 其 大略 を說 示して、 却 落:^ が 上 を 問へば、 冇 種は閒 

一 v.tt ^ よし; 4 り ぶ ミ くじん せい けんし さいりゃくぶ よ、 フ ほひ お ほ.^ 仁 • 

おきに、 せす とい ふこと なく、 義^の 武德 仁攻、 二 犬士の 才略 武勇 を.、 譽る 事大 方なら す 



5 ち や ぐら もミ なかぐろ また あゆは て ふ b ん * めな し は fc うま じろ〜 いくな- ^ た C い U 

內、 城樓の 下に、 巾 黑及揚 羽の 蝶の、 花號染 做た る、 旌放 騎竭表 を、 幾旒か 建た るが、 海き 西 

ゐ へん ほん ありさま あれ いかに あけすけき よ ひ C に, --l.:- つ 

北の 風の まに く、 翩飜 たる 光景に、 他 は 甚麽、 とば かりに、 明 相 淸英、 いへば さら 也、 ^節 

ならび じ. フ ひや. 7 ら まゆ ひそ .r- たが ひま さ かね モ あけすけ, よ ひ C 

幷に 從兵們 も、 屈 を 報め つ 疑 惑 ふて、 思 ひ 難た る开が 中に、 道 節 は 人 を もて、 明 相淸英 にい 

い ** このし のぶの を か しろ みかた はた たて - ■ わ れ. > よは てき はかり-ご ミ i 

はする やう、 今 這 忍 岡の 城に、 躬 方の 旌旅を 建た る は、 n ハ是我 を 惑す る 、敵の 計 策なる か、 然 

ちゑに うたて われ だ はや このし ろ せめ ミり ♦* づ しろ むかひ なの よは は 

す は亦智 玉が、 薄情 や 我 を 脫し拔 きて、 夙く 這 城 もも 攻铺 たる か、 且 城に 向て 名告 喚り て、 那 

きょじつ うか r あ; b すけら お ほて はしち ケ のりす t よは は 

虚實を 脱 ふべ し。 とい ふに 明 相 等 こ M ろ 得て、 を 正門の 橋 近く 騎找 めて、 聲高 やかに 喚る や 

じャ うない このし ろ ミ, > にん てきか み かた か ささ ふ 

う、 や をれ 城内の 人々 にものい はん。 這 城の 頭 人 は、 敲歟 躬カ鳅 こよろ 得が たし。 我 は里兒 の 

はう ぎよ こがしら いん ,ど-っ こ みけす け ぁら^1はた ら、 r- きょひで これな り このて は、 rvy よし いねや ♦* にう せつね し ぶ ょラ い *4 

防禦 小頭 人、 印 束 小 六 明 相、 荒 川 太 一郎 溃英是 也。 這隊の防禦使犬山道節主の武8^ゲもて、 力 

がた き ち、 ひ ミ たう じ や、 r- さ、 r- にんね づのゃ ち-.' じ ** たい さらつ) しろ t/vl' じん み たのぎ よらん じ ら 

2^ 來 ぬる 中途に て、 1 お 城の 頭 人 根 角 谷 中二、 及 五十子の 城の 頭 人、 ^田^ 蘭 二等と 戦 ふて、 且 

瘦 員せ て生拘 りし を、 牽せ來 て 這 里に 在り。. 門戸 を 開 て迎 へす や。 と 繰返し. つよ t. 門ば、 城 

ひや、? b お 5 こたへ ま づは ざま ひら S み ^-ラみ はん ミき はかり や;? t き さ ひらか ミラ にん 

兵 等 は、 應と 答て、 先 挾 n を 開きつ. -、 左 見 右見る こと 华响 許、 纏て 城門 を 開せ て、 d 人と お 

む しゃ もえぎ, て どし よろ ひ しゅび や. rjr つ こて しこめが しら すね . あてつけ ひもみ じか むすびな こ がね づ.、 i-..: た ち 

ほしき 武者、 葱 白滅の li に繁叙 打た る 好、 媿 頭 の 腔 衣 穿て、 籾 短に 締 做し、 黄金 製作. の 大刀 

は かぶ ミ ず さ もた はたたり はかり いそが いで なの 

を 佩きて、 頭 鎧 を從^ に 持せ たるが、 士卒 二十 名 許を從 へて、 迪 しく 出て 來っ、 み. つから 名 

りこ; 2 ふ いねやま ねし いづこ いま かく おちあゆよ の ぁケ たね つゆ しら 

告 答る やう、 犬 山 主は那 里に 在す る 。恁 いふ 我 は 落 鮎 餘之七 有 種に て 候ぞ。 と 報知せ つ i 近づ 

I 第 1^. 輯 卷 之 四 4 '七 上 .H< 一 



, 南 總里見 八犬傳 3 A り 

なほ や ち- r- じ しのびの もの わが ゆくて f レ ひそか しろ いで 

あるべき を、 猶 よく 思 ふに、 谷 中二 は、 問 諜兒を もて、 我 去 向 を 聞知り て、 悄 地に 城 を 出て、 - 

こ t ら しこよ ち ラた ほり ぎよらん じ ざっき ら ふ. U しろ おちむ し ャぞも はか モこ おち 1 

這 頭に 埋 伏して、 我を擊 まく 欲する 程に、 馭蘭 ニ雜記 等、 兩 城の 落 武若每 は、 料ら す 其 首に 落 _ 

^て、 鞭 繁に 做り たるな らん。 といへば 明相然 也。 と 答へ て、 現に 御 推考 然も 候 はめ。 愚按 

てき ぉミ i た さしもの そ ね づのャ ち 5 じ いつは 

に は 候へ ども、 敵の 遣せ し 旌旗戰 幟 あれば、 开 ももて 根 角 谷 中二が、 かへ り來 ぬると 徉 りて、 

し のぶの を か しろ いた じ や"' ひや 5 かならず あ. さ むか さ さ ひら われい,, • ■ よつ ) i J 

忍 岡の 城に 造らば、 城 兵 必 欺れ て、 城門 を 開きて 吾を容 れん。 といへば 淸英 もこの 義を 

よ, r- モゎミきゎれ*^さき す 》* つ ほき しろ ミろ すいむ た 5 せつ 力,;^ ベ 

喜して、 登 時我們 先に 找 みて、 手に 唾して 城 を 柳べ し。 いそがせ 給へ。 と薦れ ば、 道 節 頭 を 

ふり. はかり > ごミ わろ ね づの ざん ぺ いに 6 かへ じ やう ひや、.' はや わが いつはり /| か 力 5, は, 

うち 棵て、 其、 計略 liJv きに あらね ど、 根 角が 殘兵脫 還らば、 城 乒资く 我 詭群を 知らん。 且^ 千 

4 一 i P はかりつ 二." おこな しゃ てき は た さしもの はか ュり に *^ 

玉の 烏 夜なら ば、 其 計 行 はれ もせめ。 非 如 敵の 旌旗戰 幟 もて、 揣 らまく 欲する とも, 今 這 

** ひる の& おもしり 5v.i じ や- ひや 5 かならず、 r- たが さる あや ふ わざ . い fte. 、ち.., じ. 

白晝に 城に 花 まば、 而善兒 のな き 故に、 城 兵 必 疑 ふべ し。 然危き 技 を せんより、 今 谷 中二 

ぎよら.. --じ ら あいら さま ひきつり じ や,.' ひや ラら の- * し おさ じ や..' ひや、 ひかなら ずお ぢ おそ く》 

馭蘭 二等 を、 明明 地に 曳吊 ゆきて、. 見せて 城兵 等 を 罵り 權 さば、 城兵 必害 怕れ て、 我に 降ら 

もし し,:^ も さ ふせぎた ほり ちから ミ よそ たすけ .r』 

ん。 倘又喊 に猛若 ありて、 防戦 はまく 欲. するならば、 筋力 を もて 是を 柳らん。 外に 援の なき 城 

ふみつぶ ひ i いら いざ す. -む あけすけ, よ ひで ** か I は;. - 

也、 踏 潰す に 手の 隙沒む や。 卒 ゆくべし とて、 馬 を找れ ば、 明 相淸英 この 議に 任して 旣に半 

しゃうよ、 し や ,?r じ ぎよらん じ ら V/ ふ ひや, つ つ さき たて あけすけ きょひで さきて だラ せつ おし pr- 

生^ 死なる、 谷 中二と 馭繭 二等 を、 雜 兵に 吊らせ 先に 立て、 明 相淸英 先鋒たり。 道 節 も 推續き 

て、 三千の1^ゃハ3||^^^亂さす、 旣 にして 忍 岡の、 城に 近づき 來 ぬる 程に、 と 見れば 正門の 稱の , 



され またい んタ、 r- あけすけ めら か はきよ ひで この ミき fi づのゃ ち、 r- じ あか, etc じ ら、 7 あて も 

る 者ぞ多 かりけ る。 然ば又 印東 明 相 荒 川淸英 は、 這 時まで も 根 角 谷 中二、 赤 耳 九 ニ郞、 當揚 1: 

た ら 5 ら て い >>>A た-か ご ぢん てきへ い みな だ、.' せつ - つち やぶ たつ A し な 

太郞 等の 一隊と 挑戰 ふ 程に、 左右 後陣の 敵 兵 は、 或 道 節に 擎 破られて、 立脚 もな く 做り しか 

てき うにん 9. ちうじ らラ ミも おさろ きお そ わさけ やぶ あけすけ きょひで 

ば、 敏の頭 人 谷 中二 九 ニ郞、 士卒 も 俱に驚 怕れ て、 呀と 叫びつ i 敗れ 走る を、 明 相と 淸英 は、 

て ザい かゥ せめ ふせ ft あけすけ ね づの, ちラじ やり あは おは ^.7 つ, お W その はし 

隊兵を 新て 攻 伏々々、 明 相 は 根 角 谷 中二に、 鎗を 合せ 手を瘦 して、 馬より 控と突 落す。 其 間に 

あら か はきよ ひで あ. み t f さした ふ あて: H も た らう おは ならび i ^ このれ かも のら 

荒 川淸英 は、 赤 耳 九 一 一郎 を刺仆 し、 又 當場阿 太郞に 手を姨 して、 猶も雙 て 敵 を a. 、 這壯伎 等の 

はたら み かた いさ おく おそ か^ かく f うづむ た t かひ はャ はて だう せつ 

掙 きに、 躬方は 勇みて、 後れん こと を 怕れ、 敵 は 影 を躱し 迹を埋 る、 鬪戰 夙く si- しかば、 道 節 

そ t-f この も! i の. Cv すゑ しモっ つ さ いん さう あけすけ めら か は, よ ひで いけ ぞりね づのャ 

は开が 儘に、 馬を樹 下に 騎 居て、 士卒の 集合 ふを挨 程に、 印東 明 相、 荒 川淸英 は、 生 口 根 角 谷 

ち 3 じ ざ ふ ひや、 フ ひか よ てき こ がしら あかみ- らラ あて ほ あ た らう よびな もの タも ふか 

中二 を、 雜 兵に 牽せ來 て、 この 餘敏の 小頭 人、 赤 耳 九 二 郞當榻 阿 太郞、 とか 喚 做す 兵 毎 は、 深 

で, たへ し- ミら いふ だ 3*- つ て いけ 9j り & たのぎ よらん じ ふかで 

痍に堪 す 死 たれば、 其 首 を 柿す と 云。 又 道 節が 隊に 生拘 たる、 ^田 散 繭 二 は、 こも 深瘐 にても 

じらみ り きんだ ふ る か はめさい ち そりはし ざっき よ ぼろた くろ ら、 つら あるひ 、,た に ±- うせ 

のい ふ 事 を 得す。 韮 見 利金 太、 布 留川淺 市、 反橋雜 記、 丁 田 畔四郞 等 は、 或は 擊れ 或は 逃亡て、 

その ミき だラ せつ あけすけき よ ひ でら け ふ は. U ら ほめ かつ われき くみ たの 

敵 一人 も あらすな りぬ。 當 下道 節 は、 明 相淸英 等が、 今日の 掙 きを 譽て且 いふ やう、 我 閒獎田 

ぎよらん じ い さら 一") しろ るする そりはし ざつ よ ぼろた くろ らう お ほいし ものが しら に ひ 

馭蘭ニ は、 是 五十子の 城の 留守居な り。 又 反橋雜 記、 丁 田 畔四郞 は、 是大 石が 兵 頭に て、 逃て 

お ほつ か ね づのゃ ちうじ i も かみ s らラ あて は も た ら、 フら すな はちし のぶの か うにん さ 

大 塚より 來 つるな らん。 又 根 角 谷 中二、 赤 耳 九 ニ郞、 當揚阿 太 郎等 は 、則 忍 岡の 頭 人 也。 然 

い さら, お ほつ しろ おちむ しゃら や ちうじ て な われ ちう ミ 5.U 9 10! 

る を 五十子. K 塚の、 城の 落武 等が、 谷 中二と 一隊に 做り て、 我 を 中途に 擊 まくせ し は、 所以 

第 九 輯卷之 四十 七 上 三 七 九 



IjS 總里見 八犬傳 三 七 八 _ 

か t あけすけき よ ひで ちつ さわが しづ {- す わら はし ,r- た だう せつ 

て蒐れ ば、 明 相 淸英毫 とも 譟す、 徐々 として 士卒 を找 めて、 中 を 割せ す 左右 をも擊 せす、 道 節 

たす いき くれ いさみた-か もり かた たつ ふたて ぐんび や 3 み たの 

も 亦是を 助けて、 息 を も 養す、 挑戦 ふ。 左右の 茂林の 方より して、 又 起り 立 ニ隊の 軍兵、 箕田 

ぎよらん じ にら ふ り きんだ ふ る か は あさいち これ かれ き モ のへい およそ ほかり だ、< 'せつ そな へ ** なか タっ ..y めい 

馭蘭 二、 韮 見 利金 太、 布 留川淺 市、 甲 こ 三騎、 其 兵約莫 一千 許、 道 節が 備の眞 中へ、 咄と嚷 て 

おしか t だう せっさ わ あは ひき ラ さ t へ つか て あし ちつ ミ すきま 

推菟る を、 道節譟 がす 開き 合せて、 右に 引受け 左に 拄て、 士卒 を 使 ふに 手 脚の 像く、 毫も 透 問 

あけすけ きょひで くだ た t かひた けな は n ぢん 

ある ことなければ、 明 相と 淸英 は、 是に氣 を 得て 手を摧 く、 鬪 戰 閱 なる 折から、 後陣の かた 

これすな はち こ ミびミ お ほつ か しの ミぅ じん そりはし! r/ つ.? よ ぼろた くろ らラ そのて ざん ぺぃ 

に又敲 あり、 是則 別人なら す、 大 嫁の 城の 頭 人、 反 橋 雜記丁 田 畔四郞 が、 其 隊の殘 兵 四 五 百 

にん ま さき す t いねや ♦* y ぢん うつ きふ だう せつ モ のて ら 5 ひや、 フ こ がしら おさろ 

名 を、 ま 先に 找 めて、 犬 山の、 後陣 を擊 こと 急な りければ、 道 節が 其隊の 老兵、 小頭 人 も皆駭 

あわて かへ あは 、lvi このて やぶ てき いき ほひ ザん な も, e 

き 慌て、 返し 合する に 暇な く、 這隊 よりして 敗れし かば、 是に ぞ敲は 威勢 を 得て、 前後左右 揉 

あは もら せめた,' か ほこ さ ir- する ぞ だ、 -' せつ ぜんご はせ ミほ 

合せつ..、 洩 さじと て ぞ攻戰 ふ。 鋒尖銳 かりけ る を、 道 節 は 物と もせす、 馬 を 前後に 馳融 し、 

あ ひ あた やり てき さした ふ ぶ げ いげ ラゅ .7 まへ じんた、 5 

又 只 左右に 相 中り て、 鎗 もて 敲を刺 倒す、 武藝饒 勇 向 ふに 前な き 一人 當千、 いはで もしる き、 

たれ か み たのぎ よらん じ にらみ り ,ん 5 い おも は へきえき sfc ふかで おひ モの 

犬士に 誰か 克っ者 あらん。 獎田駭 蘭 二 韮 見 利金 太、 憶す も 辟易して、 俱に 深瘦を 負し かば、 其 

て ものら くづ か ザ こ ち コミ ほこ た ふ に ゆ だ、 1 せつ ふんぜん n *ちん 

隊の 兵們、 潑と 頸れ て、 風に 木の葉の 散る 像く、 鋒 を 倒して 逃し かば、 道 節 は 又 奮然と、 後陴 

つ か t て なみ なら らう ひや う こがしら ミっ かへ ちから あは は ぢ 、, よめ 

の 敵に 突 蒐る、 本 事に 做 ふ 老兵 小頭 人、 取て 返しつ カを勠 せて、 皆 只 恥 を 雪ん、 と 思 はぬ 者 も 

いき ほひ そりはしよ ぼろた し! a し こらへ かね じ :6 さ 、つた 

なき 勢に、 反 橋 丁 田が 五 百の 士卒 は、 ー霎時 こそ あれ;^ 難て、 逃ん としつ よ 度 を 失 ふて、 擊る 



いね さかす で しのぶの か しろせ め われら ゅづ たミ ひかの しろ い ? zi お ほつ. おち 

して、 犬 阪旣に 忍 岡の 城攻 を、 咱 等に 讓 らんと いひし といへば、 縱那 城、 五十子 大 塚の、 落 

ひ t やら く tst いく いく にん たてこ fe ふせぎた-か け ふわれ じ ふみつぶ おの 》\ ふんこつさいしん 

武者 等が 加り て、 幾千 幾 萬 人、 质 籠りて 防戰 ふと も、 今 口 我 一 時に 踏濱 さん。 各 粉骨报 身し 

たす たいこう な いざ あけ r けき よ ひで み i 十ん、 な 

一し、 我 を けて 大功 を 做しね。 卒 とくく といそが せば、 明 相淸英 いへば さら 也、 士 卒成諾 

そのて く り あけすけき よ ひで さきて だ 5 せつ ちう ぐん ら J ひャ うこが ら ご * ちん 

ひて、 勇みて 其隊 配に 相從 ふ。 明 相淸英 先鋒たり、 道 節 は 中 軍に て、 ニーの 老兵 小頭 人 を後陴 

たいご せい/ \ せい しの i5 ず あ なた しのぶの を?" さし この-, 一ろ こいし か は S し 》4 あは ひ 

とす。 隊伍 齊々 整々 と、 不 忍の 池の 那 方なる、 忍 岡の 城を投 てうち, M ふ。 ?:? EH 礫 川 湯 島の 問 

しん, かや ま ミころ,^ しゅ たち -ャ S き みち さり いねや ** ぐん 

は、 森々 たる 岡 山に て、 處 々に繁 り 44 たる、 冬 靑樹に 路を去 あへ す、 旣 にして 犬 山が 一車 は、 

ゆ しま よぎ だ うせつ はじゃ ラ ゆくて きつ み わた ?ぶ さ/' て ら よび ミ r 

湯 島 を 過らん としぬ る 時、 道 節 は 馬上より、. 去 向 を 化と 見 亙して、 急に 先鋒の 士卒 們を喚 止め 

かつのり しめ ■ われい *4 ひか ひ も り ちら f- たちのぼ さっき おも 

て、 且宣 示す らく、 我 今 前面の 茂林 を 見る に、 正に 是隱々 として、 立 升る 殺氣 あり。 意 ふに 敵 

ふせぜい ミく かりいだ 、rM ゥミ ,で しふ 5Jfi はて くだん も り こちん ん - ミき のこ ゑい 

の 伏兵 あらん、 疾猎 出して 搫柳 りね。 と; i る詞も ぬ 折から、 件の 茂林より 忽焉 と、 成 聲大く 

おこ 、つちい-.;.! てつ! § 、フ けぶり *JJ も ちら は いづ およそ あまり まさ/,." す •》 そのて ミ うにん くろ か は を クーし 

發 りて、 擊 出す 火 銃の、 煙と 俱に 顯れ 出-る、. 敵 兵 約 一千 有餘、 處 先に 找む其 隊の頓 人、 in 革滅 

よろ ひ おなじけ まい かぷミ くわが た. フ つ る くび S X こし だいせ、 フ ふた ふり かたな i こな 

の 鎧に、 同 絨の五 枚 首 甲の、 火 形 打た る-を 緒 頸に 被 做し 、腰に 大小 二 口の 刀 を 跨へ て、 lit を 跳 

やり ひねり . あ. たり ひ さミみ は む し? -ら sfc .C 'ぶ あ ふ: y が ャっタ の み .1 ち しのぶの, v か 

せ 鎗を拈 て、 四 下に 响く聲 高 やかに、 里 見の 築 武者 們胆 な漠 しそ。 扇 谷 殿の 御内に て、 忍^ 

しろ 1/ ケ ひにん ね づのゃ ちう ラら^ f》i このて せん さ はぢ きょめ て なみ よは は 

の 城の 頭 人、 根 角 谷 中二 麗廉、 這隊に 在り。 先度の 恥 を 雪 まくす、 本 事 を 見よ や。 と 喚れば、 

ふたり こ がしら あかみ- « く じ らラ あて は も た ら, T かつ むにむ Vv A きりく づ ,そ 

左右に 從ふ兩 個の 小頭 人、 赤 耳 九 二 郞當揚 阿 太郞、 士卒 を 断て 三 七 二十 一 に、 殺頹 さんと 競 ふ 

第 九 輯卷之 四十 七 上 3 七 七 



. 南 總里見 八犬傳 三 七 六 

おち よ si ろた, 、ろし らう W も おの ('し ざい じふ もつ あろ ひ くるま のせ 

第 一 番に城 を 落し かば、 丁 ra 畔四郞 は、.. 三 四百の 士卒と 俱に、 各 資財 什物 を、 或は 車 に 載、 

N-^^ う f からめて いで さる ほ-ど われ f- はや おしよせき .*h つ をめ せめ、 ひち さ みな 

或は 馬 に^して、 後門より 出 去 程に、 我們 夙く 推寄來 て、 咄と きて 攻擊 しかば、 然ら でも 皆 

二 おく お、 つ,. デ さそよ じ c-- つ ひや うら たれ ひミさ S へ さ *» くもみ こ ちら ; N ミ に^? ち リ》4.\ほら 

是 i& 鬼に、 誘^れぬ る 城兵 等 は、 敦か柱 一 柱も拄 ゆべき。 只 雛嬉を 散す が 像く、 逃て 四 零 八 

まら ぶ わ j> f- ひら た、 じ や、 フ え もちろ かの ぎ いけさり てきへ い 

f 济に 故り しかば、 我 們は手 も 儒 さで、 常 城 を 狼て 守る のみ。 勿論 那義 は、 生拘 の、 兵に 間く 

!= ころ つぐ き: あけすけき よ ひで おも は ほ. こミ びんぎ • い 5? さか ぐんり. く, ちけい 

所な り。 と告る をう ち听 く、. 明 相 淸英、 憶す もうち 含 笑れ て、 事の 便宜と、 犬阪 の、 軍略 智計を 

r^'rv そ :5 せつ かたぶ き S はて かつ ゆ せっそく たつ ミ 

感, す。 开が 中に 道 節 は、 連り に 耳 を 就けて、 閒 て且 いふ やう、 現に 兵 は 拙速 を 貴ぶべし、 

-S さ . こく N3 i! し いね さか な ミころ すみやか つたな われら よんべ なまじ ひ ち, r-ti 

がくして、 巧なる を 良と せす。 犬 阪が爲 す 所 は、 速に して 拙から す。 咱等は 咋宵愁 に、 屮途ょ 

よ a くよ.. もの-ども か. - おく くや しか し S ぶの を か 》* たい さか 

り^1^-.^りぬる、 兵 侮に 拘づら ひて、 時 後れぬ る 悔しさよ。 然 らんに は、 忍 岡 を も、 亦 犬阪に 

さき たかむ おし ミ*~ いな しのぶの を か しろ. せ. S よんべ われら す. - / 

. 先せられ し歟。 とい ふ を 高. 宗椎禁 めて、 否と よ。 忍 岡の 城 攻の寧 はし も、 咋宵咱 等. ガ. 薦めし 

かど も、 す、 那里は 和 君に 讓らん とて、 士卒 を紛 けて 伐せ 給 はす。 然れば 亦 五十!, 1- 

と、 一 i 一 p/mj^ る就& ^の、 §ir 附 へや 集合 けん、 然 らば 那里は 大勢な らん。 と 告るを 道節閱 

ょン t 、- J* あけすけ きょひで たか ひね す A もミら 

あへ す、 好々 我 こよろ 得たり。 暇 まう すと 身 を 起せば、 明 相と 淸英 は、 又 高 宗と季 元 等に、 別 

っ少 あ ひ f かね たかむ ねす ゑもミ なほ ゆくて ようじん ねが は, ) , 、 、 

れも it て 相從ふ を、 留め 難た る 高宗季 元、 猶も去 向の 小心み」、 願し くこ そ。 と は 力り に、 門內 

、 Jo- まだ ミ せつ おまつ か しろ そ *7 らう ひや ラレ そつ ぃゝ ち、.^ 

まで ぞ 送りけ る。 然れば 亦 犬 山道 節 は、 丸 塚の 城 を、 返き 出る と开が 儘、 老. 兵 士卒に 意 衷を示 



かくて いねや まだう せつ お ほつ か しろ まづ き ものみ つか は A りさ 象 しら 

びけ る。 想而犬 山道 節 は、 大 嫁の 城に 近づく 程に、 先 一 ニ騎の 斥険を 遣して、 敵の 形勢 を 知 ま 

もの! >j も かしこ み た いり か は たて た, ゥ け は 

くす るに、 其兵每 かへ り 来て、 那 ■ の 城は、 御 方の 士卒 入替 りて や 守る らん。 建た る當 家の 旌 

た さしもの つゆ だう せつ のつ •yjr あき はん かり さて は たち ゑ 

旗戰 幟、 多く 見えて 候。 と 報し かば、 道 節 は、 騎 たる 馬 を、 駐 めて 呆る i 事半响 許。 原 來亦智 

ぶく ろ かしこ ミ り され こ t ミぅ にんら たいめ 

籠が、 那 里の 城 を も 怖た るよ。 然ぱ とて、 這 里まで 來 ながら、 城 を 守る 頭 人 等に、 對 面せす は 

あるべ からす。 さても く。 とば かりに、 跌ぬ 馬に 鞭う ちつよ、 旣に其 、城門に 近づく 隨に、 纏 

ひミり ふたり しろ にん っ^ こ もりた r ら 5 たかむ ね , その すけす ゑ もミら ,よ 

て 一 兩 個の 士卒 を 走らせて、 城の 頭 人に 告 しかば、 小森伹 一 郞 高宗、 木 奮 三 介 季元等 は、 ^0 

じつ ミ ひた r うたが すな はち も A こ だ、 r- せつ その ミ, い J? やまに ラ 

實 を問糾 すに、 疑 ふべ くも あら ざれば、 隨卽 門戸 を 開かせて、 道 節 をぞ迎 へけ る。 當下犬 山 353 

せつ て もt!^ そ ま t お ほつ か じ や、 r- ぐ わい ミ *t r^^ あけすけ よ ひで ゎづか > 

節 は、 コ 一千の 隊の兵 を、 开が 儘. K 嫁の 城外に 住め 在らせて、 那身は 明 相淸英 と、 僅に 三騎、 士 

も * たり はかり ゐ いり たかむ ねす ゑ もミら たいめ たう じ やう せめお ミ- いちは や 》- ほめ かってき 

卒百名 許を將 て、 城に 入て 高 宗季元 等に 對 面して、 當 城を攻 落した る、 =i= ^、敏捷 を 春て、 且敏の 

おち かに たづね たかむ ねす ゑ もミ われら よんべ いね さかね し さレ づ,. • は> り て 、ザい .0 

落 方を尋 るに、 高宗季 元が いふ やう、 咱 等は咋 宵、 犬阪 主の 指禪 によりて、 一千 許の 隊兵 を將 

fc.,- じャ、 3 こ t お ほいし くわん れいきの ふ ふない くさ おち 

て、 當 城に うち 向 ひしに、 這 里 を 守る 大 石が 士卒 等 は、 管領 昨日の、 水戰 にう ち 負けて、 落て 

その ゆく へ あまさへ い さ i いね さか さかよ せ もつ らく fc ラじ や, r- ミラ 

其 往方を 知らす、 剩 五十子の 城 は、 犬 阪に逆 寄せられて、 沒 落しつ とい ふよし を、 當 城の 頭 

にん そりはし ざっき よ ほろ たくろ らうら さ このし ろ; it さかよ せ ひ *4 しのぶの 

人、 反橋雜 記、 丁 田 畔四郞 等 間 知りて、 然 では 這 城 保ちが たかり。 敵に 逆 寄せられぬ 間に、 忍 

P かしこ てな ざっき お ほいし やから おの め こ ら も ひそ は 

岡へ 退きて、 那 里と 一隊に 做ら むと て、 雜記 は、 主の大石が宅^^に、 己が 妻 孥等を 相 添して、 

i' 九 輯卷之 四十 七 上 三 七 五 



—.^ 總里見 八犬傳 三 七 四 

第九輯 卷之 四十 七 上 

ありた ね はぢ きょめ ,やうた、 7 ふく , 

警七 十八 囘上 ^5は5:鄉,黨4?す 

、 大水 陸に 衆 鬼な 濟 度す 

• い 0ャま だラ せった *t ミも しはす や か たそがれつ J ろ か はさき ャ ぐち A ひが はら さ だ 象 さ もんぺい 

是 より 先に、 犬 山道 節忠與 は、 十二月 八日の 黄昏 時候、 河 崎 矢 口の 間 河原に て、 定 正の 援兵な 

お ほた すけ S も ,f ち はし いんぞう あけすけ あら. h はきよ ひ でら 4* か もミ 3 みべ 44 

る、 Ipj 田 助 友を擊 走らせし 折、 印東 明 相 荒 川淸英 等の 意見に 任せて、 故の 海邊に 退く 程に、 馬 

ぶち f< らラ y んぺぃ ♦* たきん 5,-7 が-.' みん 、r- から -ども く は- た ぞい な し £4 

淵榻九 郞が殘 兵、 及近鄉 なる、 豪 氏の 子弟 每が、 多く 走り 加り て、 旣に 多勢に 做り しかば、 姑 

らく そ こ にん: a いこ かつ そのよ しのびの もの い さらな きょじつ ラか r は かしこ はや いね さか 

且其 里に 人 HI を 憩へ て、 且當晚 間諜 兒を もて、 五十子の 城の 虚實 を蜕 せし に、 那里は 夙く 犬阪 

けの ねき いき ほひ ま3 は ちく ごミ .U 、-. 'け はた もん たて ♦* が 

毛 野が、 江 を 渡し 來っ 城を拔 て、 威勢 正に 破竹の 像く、 當 家の 抜 を 四 門に 建て、 紛 ふべ くも あ 

だう せっき t よろこ はぢ あけすけき よ ひ でら き t ちゑぶ くろ いちは ャ い さら 一 *) 

ら すと いふ。 道 節 聞て 且歡 び且羞 て、 明 相淸英 等に いふ やう、 閒ね。 又 智錢が 逸早く、 五十子 

しろ せ e ぉミし r t われ お ほいし お ほつ か しろ ねく しのぶ^ を か しろ ミく*,^ちたち 

の 城を攻 落たり。 右 恁れぱ 我は大 石が、 大瘃の 城を拔 ベく、 忍 岡の 城 を も 柳るべし。 疾打立 

f ひや うら、 f つか まぐ さ か こ t のか あけがた か は 

ね。 といそが して、 人に は飽 まで 戰飯を 使 はせ、 馬に は 多く 豆 草 を 飼 ふて、 九日の 曉 天に、 河 

-r-A ベ たち くが ぢ すが も お ほつ か さし おしよ そのせ いしんき ミ あは よ にん 

崎なる 海畔を 立て、 陸地より、 菅菰大 塚 を 投て推 寄す る、 其 兵新舊 うち 合して、 三千 餘 名に 及 



不平に 思 ひしに、 毛 野が 是 等の 善政 を、 歡 ざる はな かりけ る。 こ は:! 予 1^ の話說 也。 ^兗犬 1^ 

ミも い さら ご ミり かけひき いかに そ しも めぐり ミ きわく ,„ 

智が、 五十子の 城 を 3^ て、 又^ 節が 進 返 甚麽ぞ や? 开は又 下の 囘に、 解 分る を聽 ねかし。 



第 九 輯卷之 四十 六 三 七三 



- 南總 Ef: 見 八犬傳 ,1,1, ー,^ I 

ナの つぐ はじ の かつ かの? * は ご ひ. * でぢ われら まじ はり れ あ ふぎが やつ こ 

に、 毛 野 又告る こと 初の 如く、 且ぃ ふやう、 那河鯉 翁 は、 咱等 lira の 交 あり。 他 は 扇 谷の 孤 

忠 にして、 反で 枉 死の 悼 あり。 - 其 子 孝嗣、 亦是 忠孝なる も、 反て 奸黨に 誣られ て、 死刑に 逮び 

ま. C? か V なま さち モム^^ぅぃま つまびら か い さら 一 た ふ い- フく ミ 

て 免れ たれ ども、 猶 幸なくて、 存亡 今に 詳 ならす。 我 今 五十子の 城に 在りて、 民の S 苦 を 解 

まり いよん かの おやこ t ざ のちのよ つたへ. すみやか ぼ せき つくりたて ; il に うれ 

まく 欲す。 矧那 親子の 如き は、 忠義 を 後世に 傳すは あるべ からす。 速に 墓石 を 造 建て、 祠堂料 

き 、4 みろ .U うじ す こぶろ たいは よろし しゅふく いた ざいよう かた あ だ 

を 寄附すべし。 且觀 に、 常 寺 は、 颇頹 • 、に 及べり、 {且 く 修復 致すべし。 其 財 用 は 形の 如く、 明 

すじゃぅ^*ぃ わ た こミ ねんごろ ミ きしめ す r り こ てづ から 

曰 城. 2: にて 遞與 すべし。 この 義を こ. -ろ得 給 ひね。 と言叮 寧に 解 示しつ i、 硯を請 ふて、 手自 

しょうもん つ 5 かきした t め ミら !; つ うぢ VC ろ こ うけ を さ さて *6 こミ ぎょい か はこ ひ うぢ 

證文 一 通 を、 書 寫 て 取 すれば、 住持 は歡 び受攸 めて、 却い ふやう、 塞に 御意の 如く、 河 鯉生 

さ. 3 し , でり たんしろ おちい た 、クじ だんろ 一つ すけた らうね し おや し がい かきい 

は、 曩に枉 死の 折、 一 旦城陷 りし かば、 當 寺の 櫝 越なら ね ども、 =14、 子 佐太郞 主、 親の 屍骸 を 入 

ようむり たの ** すな はち ミ りお くわん れいけ は r か ぼ せき たて 

れ させて、 ,安 葬の 議を 憑れ しかば、 則 執 ild き 候の み。 管領 家へ 憚りて、 いまだ 墓石 を 建 さり 

さミふ さの せ しゅ な わが てら し S ざ 5 さち はな は; i お ほせ 

しに、 里 見 殿 施主に 做り 給 ひて、. 我 寺 をし も 修造 ある は、 幸 甚 しく 候 なれ。 仰 こ- -ろ得 候 ひ 

ぬ。 と Ml し 又 Ku-ii め、 子 を 薦めて 管 待し けり。 恁而 次の n -、 寶傳 寺の 住持 は、 一 ニの徒^?; 

い さら,, J しろ S ■ けの すな はち £ も かつ ミょミ しら くだん よし のりし め 

を從 へて、 五十子の 城に 來 にければ、 毛 野 は 則 友 勝豐俊 等に、 件の 義を言 示して、 住持に 幾 

裘の金 中を取らせて、 いよく 修造 をい そがし よかば、 守 如の 墓石 はさら なり、 寺 も 程なく 造 

y へ むかし され い さら, たみ! >j も もり S5 わ, つし たかつ ぐ ひじつつ A ひ ろ 

り更 て、 昔に か はらすな りに けり。 然ば 五十子の 民每 は、 守 如の 枉死、 孝 嗣の無 實の罪 を、 日屬 



の沙彌 出て 来て、 うち 驚きた る 面色し つ i、 おそる く 左 見, 右見て、 那 里より ぞ。 と尋れ ば、 

け の みづ からす. - われら さ- ぐんし い a さかけ の たね £も た 5 じ か は ご ひつ 一ん のす け 4., ち .* ,つ, 

毛 野 は 自 找み向 ひて、 咱等 は是里 見の 軍師、 犬阪毛 野胤智 也。 常時 河 鯉 横 翁の、 墳恶 あり 

,ー1 はい てん たち しろべ たの しゃ,^ み いら 

と渊 知りて、 拜奠 の爲に 立よりに き。 いかで 案内 を 憑む のみ。 とい はれて 沙彌 は!: と應 へて、 

ぃそ,^は ば しはらく へり ミり じしろ みさせい じ か. r- ろ A ぎ たづ さ ひだ ひ さ ひ •* た 

^ しく 又 内に 入りぬ。 姑且 して 間道 筵と、 淺 青磁の 香爐と を、 右に 携 へ 左り に W 提て、 

いそが は いで さ いざ に は ぼくり はき ささ たち けの ひか ほん;, !3 かたへ 

しく 出て 来つ、 誘とば かりに、 庭木 履 を 穿つ, -、 先に 立ければ、 毛 野 は 引れ て、 本堂の 傍 

そ ミ £4 かき ミころ いた も &ぢ やなぎ こ もミ く い さ んぢ. f 

なる、 卒都婆 牆 ある 處に 造れば、 花 も丹楓 もなかり ける、 冬の 柳の 樹の 下に、 只 一塊の 土饅頒 

ひ つ そ ミ :《 たて そのし. し か は ご ひ J. ぢ お, f 

ありて、 一箇の 卒都婆 を 建た るの み、 いまだ 其 墓表の 石 あらす。 是なん河鯉翁の^^墓なりとて、 

しゃみ むしろ し . ;', r ろ すろ! かたへ たち ふ ミころ りん ミ りいだ f ! t ?M なへ ねんぶつ かり 

沙彌は 筵 を 布き、 香爐を 居て、 傍に 立て 懐より、 鈴 拿 出しう ち嗚 しつよ、 偈を 唱念佛 して、 那 

る〕 f たすけ その ミ きけ の ぁミべ らラ ひや、 r ら こ じ A まつ ほり 

廻向 をぞ帮 助ける。 登 時 毛 野 は、 後方なる、 老兵 等 を 見 かへ りて、 我 今 故人 を 祭ら まく 欲する 

に はか さいもん ** うけ ぶん こミ じつな り はラ すん おも のべ t こミ つく なき 

に、 猛 可の 事に て 祭文の 儲な し。 文 は 花 也、 言は實 也、 只 方寸の 懐 ひを述 て、 誠を盡 さば、 し」 

た ** うけ わがった な かたち はか か 5 た ひ.! n まづ がっし やう 

靈も 受ん。 我 拙き を 笑 ひなせ そ。 とい ひつ i 貌を 改めて、 墓に 向 ひつ 香を燒 きて、 跪き 合掌し 

こ ゑ ほがらか 5P んじゅ ち ラ しん ケのレ いた そのこ ミ かんやく かのこ あはれ せいしんせいい 

て、 朗に 吟誦し けり。. 其 意 忠信に して 那死 i み、 其 言 簡約に して 那子 を憐 ぶ、 誠心誠^3-ょ 

なきたま なぐさ や たい ねぶり さま たる つり を は しゃみ さき たち きゃくでん しろべ 

く 亡靈を 慰めて、 夜臺の 眠を覺 すに 足べ し。 祭举 りて 返けば、 沙彌は 又 先に 立て、 客殿へ 案 

ちゃ す t ぢ -1 ち らラ そうた ちいで けの たいめ せいめい ミひ らいい たづね 

をし つ..、 茶 を 看め などす る 程に、 住持の 老憎立 出て、 毛 野に 對 面して 姓名 を 問、 來意 を尋る 

第 九 輯卷之 四十 六 三 七 一 



南 總里見 八犬傳 三 七 

さも ミき ゆる くりや な か は ほり ぞの は こ ひめ みたび のい _ひ つね か は 

每 を釋饒 して、 泡 廚の事 を 做さし めし かば、 河 堀 殿と 貌姑姬 は、 三 冶 も 生 平に 易ら す、 又 

めラ しんお ミね ら さ VJA さの じんしん こミ ふ ミ きいで さだま さねし あやまち かに^^く さミ 

妙 眞音音 等が、 里 見 殿の 仁心 を、 言に 觸れ ては說 出て、 定正 主の 愆 .5,^ 云云と 諭しし かば、 

か は ほり- 5j の は こ ひめ や t さめ ミ r,c ねいじん ほら f にくた ** か 

河 堀 殿 も 貌姑姬 も、 是 によりて ぞ稍覺 て、 左に も 右に も 侯 人們 の、 不忠 を 憎み 賜 ひける。 有 

かけの ゅぢ もん ちょ まる ミょミ し 、ゥらゃすミも?^っ こみな. 》 かたむね さる 

恁れば 毛 野 は 士卒に 下知して、 城の 四 門 を 守らす るに、 千代 丸豐 俊、 浦 安友 勝、 小湊 堅宗、 ^ 

, でかさる ら *ヒ うにん また こ がしら さる ほさ りん. 9 きんが ラ が し がう みん ひゃくし やうら さミ& じ みせい 

岡 猿 八 等 を 頭 人、 及 小頭 人と す。 爾 程に、 隣 里 近郷なる、 鄉士豪 民 莊容們 の、 里 見の 仁政 を 

慕 ふ 者、 招かざる に 聚ひ來 て、 請 ふて 軍役に 達 まく 欲する 者、 千 を もて 數ふ べし。 こよ を も 

い tty か 4/ ん. いやち こ くさき なび はかり つぎけ の の 

て犬阪 が、 軍 威い よく 揭焉 にて、 草木 も 靡く 可な れぱ、 次の 日 毛 野 は 馬に うち 跨り、 二三 

て もの じ やうぐ わい き や、? めケ た A 、つった き さ だ さミ こ f 

百の、 隊の兵 を相從 へて、 城外 四 境 をう ち 巡りつ. -、 民の 訟へ を听定 むる に、 鄉の 故老 

ら たんし こしゃ 3 よろこ むかへ かくて ひ び よびな きさ はづれ ざ こ で ら 

們、 簟 食壺漿 して、. 歡び迎 ざる はなし。 恁而 ゆく く、 日 比と 喚 做す 鄉盡處 に、 一座の 小道 揚 

ザん もん やぶ かたぶ たれ 九 お ほ しゃ ラこ ぉミ ちか ゆ il っミめ こ a! 

ありけ り。 前門 破れ 傾きて、 松の 垂 枝に 掩 はれ たれ ども、 証 鼓の 音 近く 間え て、 %讀 經の聲 す 

しろべ び 1= け のつ ゆ ひび は でんじ よびな ふ. でら この じ ない 

なる を、 鄉導人 毛 野に 告て、 こよなん 日 比の 寶傳 寺と 喚 做した る、 舊院 にて 候が、 這 寺 2: に、 

も ふ ザが やつ ち ラレん か は ご ひごん のす け もり ゆき はか けの き t €r じ ない 

扇 谷 の 一 忠臣、 河 鯉權佐 i 寸 如の 墓 候 也。 とい ふ を 毛 野う ち 聞て、 馬を駐 めつ 寺內を 見入れて、 

さて は これ. *1、 フ おきつ き いざた ちょり ゑ かう おりたち やが す .》 : 

原 來是要 ある 人の 填 墓な り。 卒立 寄て 廻向 を せんす。 とい ひつよ 馬より 下 立て、 雜て找 み 入る 程 

すべ やり たて 5t つな もんぜん も らラ ひやう i? ん くわん お ミ:; * ひミり 

に、 士卒 は 都て 鎗を 建、 馬を繁 ぎて、 門前に 在り。 一二の 老兵 從 ふて、 立 關に喚 門へば、 一個 



か や, r- f- G りなし へ たて つりぶ み っラ さ:;: まさ たぶ さ はこ , でさ てづ から ふラ hi- J 

箇樣 々力。 と宣敎 て、 ,呈 寄 一通と、 定 正の 頭 響 を 営に 載め、 手 .521 封 じて 遞^ せし かば、 ^四 

f 1 はて ょラぃ な ち S だい け の W は やつ や ** . いつい Q 

郞 はこ.. ろ 得 果て、. 事の 淮備を 做す 程に、 、大は 又 毛 野に 1^ れて、 谷山に在りし:::の^5^-、 且犬 

むら だいかく た ふな ぢ み かな t いくさ このい さら ご しろ けの はや せめお ミ かしこ ふ; ふ,, - 

村. K 角の 事、 又 水路 躬 方の 勝: 車に て、, 這 五十子の 城 さへ、 毛 野が 夙く 攻 落しよ を、 那 里の 風 

き tl ふね から た- じゃラ き ょレ かじかく . つ ひ そのこ?? ,や V 

に 聞知り て、 船 を 借ん と 思 ひつ i 、《ほ 城に 來 ぬる. H を、 云云と 告 などす。 お 言 佳境に 入ら まく 

は らう ようい はて いざ ちゆに い うなが ちゆ だ-ひ け のら わかれ つ 

せし 時、 紫 四 郞は淮 倫し て、 卒 とて、. K を 促せば、 、大は 毛 野 等に 別を告 けて、 身 を 起し 

つ i 葉四郞 等に、 別れて 很 に柴沛 に、 出て 快 船に うち 乘 りて、 洲崎を 投てぞ 消せけ る。 ば 又 

あした いね さかけ の め 、つ しんお ミね ,?ら やす ミも かつち しろべ す^<ばちぉ く おも, J ; * よえり タの ** 

この 朝、 犬 阪毛野 は、 妙 翼 音 音沛 安友 勝 等 を 案 h にしつ よ、 : 則 後 堂に 赴きて、 堀 河 殿と、 貌 

こ ひめ ゆん ざん なんに よ る や みに せん さだま 3 ねいじん まさ こ た s> ぐんりょ 

姑姬 に見參 す。 其 事 男女の 禮を亂 さす、 nil^ する 所は定 正の、 佞人に 惑 はされ たる、 這囘の 旅 

. あゆ よしなり くわん じん ミき しめ かつ わくら ; i うじ やう U よせ あへ て さつりく む; J 

の 非を舉 て、 義 成の 寛仁 を說 示しつ ょ且 いふ やう、 臣等當 城に 艦 を 寄し は、 敢 殺戮 を B としぬ 

た, i くわん れい かたはら ねいじん はら すきの も りゃうけ わ ぼく はか され あは ひり や i 

るに あらす、 只 管領の 側 なる、 佞人 們を鋤 除きて、 兩 家の 和睦 を揣 らまく す。 然 ば :l:4^?i、 兩 

一 * 一 たち あは ふなち なみかぜ おそ 1{ 

御 達 を、 安房へ 移し まるら す: ぺけれ ども、 水路 は 風? B の 怕れを はしまず ベければ、 猶 この 儘な 

こ t はべ めうしん お W ね ひくて ひミょ ちラ しんてい じつ を 八な ども 

る もけ しう は あらす。 這 S に 侍る 妙眞音 音、 曳手 節 は、 皆是 忠信 虑實 なる、 女 毎に 候へば、. 

おん ミ ぎ た ミ しごろ みや づ かへ によ. つ は うら _ かならず ふこ t ろ や. す こミ ねん- *J ろ 

御陪 堂に まゐら する。 この 他 ギ來給 事の、. 女房 等 も 候へば、 必 御必安 かるべし。 と 叮. ¥ に 

なケさ のち あさ S ふ あんび ミは かつい けさ 5 ち く: ::>ャ び この もの . 

慰めて、 是 よりの 後 朝夕に、 安否 を訪 ざる 事 もな く、 且生拘 りの 內屮 に.、 泡 人 も あれば、 . 這 # . 

第 九輯卷 之 四十 六 ニニ. 六 九 



I 南 總里見 八 犬 it I !ニ 六 八 

つか さるから い a さかけ の け ふ かちいくさ おもむき す さき -* 一 :! つ A: つ: fb** う 

鎵へ とてい そぎけ り。 爾 問に 犬 阪毛野 は、 今日の 勝 軍の 事の 趣 を、 洲 崎 の御陴 へ、 告稟 さん 

ふで ミり よ S3 そのぎ ざ ふ ひや うら かし はて ひや、?. T ラ す さ かく 

とて、 祐筆 を 召よ せて、 旣 にせ: ハ義に 及ぶ 程に、 雜兵 等が 炊き 架た る、 戰像を 薦めな どす。 左右 

よ お ほて ** も しらべ ちゆ だい ほふし やつ やま いで 

する 程に 天 は 明けて、 正門 を衞る 士卒 等が、 案. 2: をし つ i 、大 法師の、 谷 山より 出て 來給 ひぬ、 

け の たち ひ;' かみ くら おしの ぼ かっかの ゝし かぜ たいこ .7 しょ ラ さん ちゆ 

と li えし かば、 毛 野 はみ づ から 立迎 へて、 上 坐に 推 升し、 且那奇 風の 大功 を稱贊 しぬ る を、 、 

だい よろこ け しき し- 7 ねん さ たん たへ 乙 ほらく んし ,の ふ かちいくさ が 

大は 歡ぶ氣 色な く、 愁然と して 嗟嘆に 堪す。 姑息して いふ やう、 軍師 昨日の 勝 軍 は、 是賀 すべ 

わが ミ し-, 二ろ しゅっけ くさく つ ひ だ h く あ, ゝ しゅ な そ も (. の ふ や,、 r- ち てきへ い 

きに 似 たれ ども、 我 來の 出家の 功德 は、 竞に墮 獄の惡 趣に 做り ぬ。 抑 咋 日の  然 らば 那空城 を、 我より して 守らす は、 yk 士、 此^の tjiil あ 

わ さの きその すけ もろ?, J も てぎ., 6 ** や かしこ おも r 、 ラ t、 

らん。 和 殿 は 木 曾 三助と 共 侶に、 一 千の 隊丘 グダ 將て、 ^く那 里へ 赴きて、 き,々 { 々に 抓 is ひた 

まへ。 と 具に こ.. ろ を 得さ すれば、 高宗 si て、 其 i え はり 候 ひぬ 。粗し? I きの 城よりも,. ITi 

こそ 耍緊 ならめ、 この 義 誰何。 と 請^へば、 ^ぎ は §tt うち て、 きなり、 モ の^はし 

も、 道 節が 神る にゃあら む。 灘 にい 匁 や あは、 を IS しに、 が^おに!^ にれ て、 遂 

に i せし にあら す や。 III 今羅や 議 f f たれば、 ^^.iT. し 刃 ri かへ s 

寄て、 那城を 怖る なるべし。 爾 らば 那 里の 敲城 は、 他に! i らまく 思 ふ 也 o!j4sm おも;!! ^を 得て、 

ミ. お ほつ か おしよせたい たう じ や、 r- てき すてお ひや、 ひしょ 》(- 二し- SCI ?? fst 

俱に. K 潔へ 推 寄 給へ。 當 城に 敵の 棄匿 きたる、 冷 傲處々 にあるな らん、 腰 像 を I 堪 るべ から 

t とくく。 と 急せば、 高 宗季元 敬服して、 kli 一千の 士卒 を, て、 搬 ぎに^ を て、 お 

第. 九輯卷 之 四十 六 I 



南 總鬼見 八犬傳 三 六 四 

や に は ミ りこ さ だ さしゅ ぼく かなし こ こミ はつ すな はちし 

に 起して、 矢場に 俘に すべ かりし に、 定正主 僕 は 悲み請 ふて、 言 ET へく も あら ざれば、 則 主 

ぽく さ だ ** さ てづ からさり しゅき ふ かへ たぶ さ 、ひけ W いのち ゆる こミ あかし 

僕の 願 ひに 任せて、 定 正の 手自 剪て、 首級に 換 たる、 頭 鬈を受 拿り、 命 を 免し つ、 且 事の 照 驗 

のり かた る さだま さ はや 5 ち は ら、 リ も f f てのもの わか かれ 

の爲 に、 憲儀を 領て來 ぬる 故に、 定 正に は 維 内 葉四郞 に、 一 百 個の 隊兵を 分ち て、 他 を 送らせ 

つぐる は らう またお ほた すけ ミも はや ふね のり S かの ぼ も ひ すな はちす けミも 

しょし を 報に、 紫 四 郞は又 互 田 助 友が、 快 船に うち 乘て、 泝 り來 ぬるに 逢し かば、 則 助 友 

が 乞 ふに 任して、 却定 i4 を郝隊 に遞與 して、 河 崎に かへ り 来つ、 堅宗と 一隊に なりけ る、 事の 

おもり えんじゅつ かたむね しのびの もの はや だう せつ て さ だ t さ おひ、 つち 

趣 を演述 す。 又堅宗 は、 間諜 兒を もて 夙く 知りけ る、 道 節が 一 除 を もて、 定正 を赶搫 ける 折、 

お ほた しん らラ すけ ミも ゎづか て ぞい • たう ぜっ ふせ ありさま f ft っ^ 

互 田 薪 六郞助 友が、 僅に 五 百の 隊兵を もて、 道 節 を 防ぎ 戰 ひし 事の 光景 を、 閒 つる 隨に告 にけ 

その きけ の ゆん ぜん のり かた お ほいし ラぢ わ タ のお ャこ くわん れいけ ゆん ら-フ 

り。 當下毛 野 は、 儼然と、 憲 儀に うち 向 ひて、 や をれ 大石 生、 和 殿 親子 は 管領 家の 元老に して、 

={nj015J- を輔 けても て、 賢 良たら しむる 事 を 要せす、 反て 那惡に 逢 ふて、 無名 非理の 大兵 を 起させ 

て、 罪な き 隣國を M« まく 欲す。 この 故に、 十 萬の 衆 ありと いへ ども、 小敵に 擎 敗られて、 終に 

はづ かし ミ りこ な わがきみ さミみ タの じ れいち その 

せ、 君 辱 めら わ、 其 身 は 俘囚に 做り ぬ。 しかれ ども 我 君 里 見 殿 は、 仁義 禮智の 心 を もて、 oc 其 

暴虐 を 防ぐ のみ。 今 全勝の 勢 に乘 して、 人の 地 を 略し、 人の 城 を 神に あらね ども、 我 常 城 に 

よせ その あく こら さき われ ふせぜい くわん れい や ^/ちか はら ミ りこめ 

船 を 寄し は、 ロハ 北 r 惡を懲 さん 爲也。 この 故に、 嚮に我 伏兵 を もて、 管領 を 矢 口 河原に 稱籠 たれ 

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ども、 胡意饒 して 廣に 做さす。 是 則 我 君 仁義の 本意に て、 然し も大 職た る那人 を、 楚囚に 做 



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每 と 共 侶に、 立 躲れて 在りけ る を、 見出されて 捕 怖られに き。 といへば 女房 們も俱 にい ふや 

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う、 簡 に敲亂 入りぬ と iE えし 時、 朋輩 等と 共 侶に、 慌て 走り出し かど、 御 母君と- 嫩君 を、 俱し 

まゐ らせんと 思 ひし かば、 我 們十名 は 立 離れて、 後 堂に 還り 來 にけ るに ニー 方 は を はし まさで、 

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