パンやお菓子などの加工食品をはじめ、洗剤や石鹸、化粧品など、普段よく目にする様々な製品に使用されている「パーム油」。私たちの日常と切っても切り離せないパーム油ですが、実はその生産が熱帯雨林の破壊につながっていると問題視されているのです。

​​パーム油の生産がもたらす問題点と、今私たちができることについて、WWFジャパンの南 明紀子さんに伺いました。


【INDEX】

  • パーム油とは?
  • 広く利用されている理由
  • パーム油の生産がもたらす問題
  • 私たちにできること

パーム油とは?

「パーム油」は、世界で最も多く使用されている植物油。インドネシアやマレーシアなど、赤道直下の地域で育つアブラヤシの実や種から採取されます。

パーム油が使われているもの

お菓子やパン、カップラーメンのような加工食品をはじめ、洗剤や石鹸、化粧品などスーパーに並ぶ商品の約半分に含まれていると言われ、「目に見える商品には、様々な形で使われている」と南さん。

「食品の揚げ油によく使われるので、ポテトチップスのようなスナック菓子や、ファストフードのフライドポテトやドーナツ、コンビニのホットスナック類などに使われています。バターの代わりに使われるマーガリンやショートニングもパーム油由来のことが多く、パンや甘いお菓子類にも使われます」

さらには、多くの人がカロリーを気にするようになったこともあり、植物性のホイップクリームが使われるようになったとのこと。

「コーヒーチェーンでよく見かけるコーヒーフレッシュやホイップクリームも、パーム油なんですよ。日本では特にカロリーを気にされる方が多いようで、生クリームに比べてカロリーを抑えられることから、植物性のホイップが好まれるのかもしれません」
 
Leslie Kirchhoff//Getty Images

また成分表示にはパーム油と書かれていない場合でも、パーム油が使用されている場合は少なくないそう。

「たとえば石鹸は、パーム油を主成分とするものの代表例です。昔は牛脂や他の植物油脂で作られていましたが、パーム油が流通するようになって、多くがパーム油に切り替わったようです。成分表示上は『石鹸素地』のように記載されることが多いですが、もとをたどるとパーム油の場合が多いです」

広く利用されている理由

1960年代にマレーシアで生産が始まったパーム油は、1980年代頃から日本へ輸入されるように。それから輸入量は年々増加しており、今では数ある植物油のなかでも「なたね油」に次いで2番目に多く使用されています。

それでは、なぜここまで広くパーム油が使われるようになったのでしょうか? 南さんによると以下の理由が挙げられるとのこと。

高い生産効率

ここまでパーム油が浸透した理由の一つは、他の植物油に比べて、生産効率が高いことが需要の高さにも繋がっているそう。

「たとえば、1トンのパーム油を生産するのにだいたい0.26ヘクタールの面積が必要とされていますが、大豆油はその約10倍の面積が必要。2050年には世界の人口が98億人になると予測されているなか、増え続ける人間の消費を満たす生産量を確保するには、生産効率の高いパーム油にも期待されているんです」
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© WWFジャパン

価格優位性

そして1年中収穫ができ、大量生産されるため価格も安くなります。

多様な使い道

パーム油は酸化しづらく、トロッとした食感もサックリした食感も出せるため、様々な用途に利用できるというのが特徴。価格優位性だけでなく、おいしさや保存性を考慮したうえでも、パーム油を採用する企業が増えていったそう。

「酸化しにくいので、インスタント類や冷凍食品に使われることが多いです。特に揚げ物に使うとサックリ仕上がるので、フライドチキンやポテトチップスに使いやすいと聞きます」

パーム油の生産がもたらす問題

日本をはじめ世界中でパーム油が広く利用される一方で、その生産に伴う開発が東南アジアの自然破壊につながっていると指摘されてきました。

それに加えて、地球温暖化や生態系への影響、開発に伴う人権侵害、劣悪な労働環境など、様々な深刻な問題を引き起こしているそう。

プランテーション開発による森林破壊

パーム油の約9割が生産されるインドネシアやマレーシアは、豊かな生態系を持つ熱帯林が広がる地域。その熱帯林を大規模に伐採して、一面アブラヤシ農園にするという、大規模なプランテーション開発が行われてきました。

日本の約2倍の大きさとなるインドネシアのボルネオ島も、急速にアブラヤシ農園が広がり、島の面積の約3分の1にあたる森がすでに失われた一因となっているのだとか。

 
©WWFジャパン
「これはボルネオ島の上空を飛行機から撮った写真です。写真の上部に、まだ少し熱帯雨林が残っていますが、下部の区画整理された部分は既に全部開発されたアブラヤシ農園です」

世界で最もパーム油の生産が盛んなインドネシアのスマトラ島も、年々森林面積が減っており、30年前と比較すると森は半分以下に減少、低地の森はほぼなくなっているそう。

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© WWF Indonesia
「熱帯林は、高さも種類も様々な植物が生い茂る、まさにジャングルという雰囲気。日本でイメージする森に比べて、かなり密度が高いです。『皆伐』といって、この土地を全部切り開いてプランテーションにする、ということが起きています」
 
©WWFジャパン

地球温暖化への影響

「最も問題なのが、プランテーションを作るために行われている『火入れ』です」と南さん。

法律で禁止されているものの、植物の生い茂る熱帯林を安価に手早く切り開く方法として採られるのが、火をつけて燃やす「火入れ」。雨が少ない乾季になると各地で放火が相次ぎ、そこから発生する煙は海を越えた隣国にまで広がることもあるそう。

「2015年はエルニーニョ現象の影響もあって、かなり広大な面積が燃えました。ある研究によると、インドネシアの森林火災によるCO2排出量が、日本の年間のCO2排出量よりも多かったという報告もあります」
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Ulet Ifansasti//Getty Images
2015年11月1日、インドネシアのボルネオ島。

さらにアブラヤシの栽培が盛んなスマトラ島やボルネオ島は、多くの炭素が貯えられた「泥炭地」が広がる特殊な地域。泥炭地は、森林を切り開く過程で排水され、泥炭層が露出するだけでも、今まで蓄えられていた大量の温室効果ガスが放出してしまう土地なんだそう。まして燃やすことになれば、さらに多くの二酸化炭素などが大気中に放出されることに…。

「泥炭地を開発してしまうと、ものすごい量の炭素、つまり温室効果ガスが放出されることになります。そのうえ、CO2の吸収源である森もなくなってしまうので、世界的に問題となっています」

国際的な指摘を受け、インドネシアでは、アブラヤシ農園の新規開発を認めない大統領令が発令。ちょうど先日その期限が切れたため、CO2対策に関する動向に注目が集まっているそう。11月にイギリスで開催されるCOP26(気候変動枠組み条約第26回締約国会議)を前に、追加施策への期待は高まります。

野生動物への影響

「皆伐するだけでも当然この森はなくなりますし、そこにあった生態系が全てなくなってしまうのも問題です」と南さん。

 
© Shutterstock / Perfect Lazybones / WWF-Sweden

トラやゾウ、オランウータンなど、絶滅危惧種に指定される動物も多く生息している熱帯林。皆伐によってもとの熱帯林は失われ、住みかや食料を奪うばかりか、火災による被害も。

森を追われた野生動物がアブラヤシ農園に踏み入り、人と衝突する事故も少なくなく、人々の命と農園を守るため、野生動物を害獣として殺してしまうという悲劇の連鎖も起きているとのこと。

先住民の人権問題

野生動物だけではなく、森の中に暮らす先住民や森を利用して生きる地域の人々も、プランテーション開発の被害を受ける場合も。

「先住民と呼ばれるような、森の中に住んでいる人々もいますし、『慣習林』といって所有権はないけれど、慣習的に使用権が認められているような森林もあり、そこで植物や果物を採って暮らしている人たちもいます」

「その方々はある日突然、開発によって住む場所や生活の基盤を失ってしまうのです。『土地紛争』と呼ばれる衝突に発展することもあり、人が亡くなったり、示談をさせさせられた、といったことも起きています」

劣悪な労働環境

また、アブラヤシ農園で働く人々の劣悪な労働環境や、違法な児童労働も問題に。

経済発展の進むマレーシアでは、インドネシアやフィリピンなどから来た人々が移民として働くことも多く、そのなかで強制労働の問題も起きているとのこと。

「アムネスティインターナショナルなどによると、パスポートを取り上げて、無給で働かせたり、厳しいノルマを課すことで、子どもも一緒に働かざるを得ない状況になっている場合も。妊婦が危険な農薬散布の仕事をさせられているなど、様々な問題が報告されています」

「人権問題はパーム油だけではなく、繊維や漁業などさまざまな業界で指摘されています。環境問題と違い、人権社会問題は見つけること自体がとても難しいのです。だからこそ、消費側となる企業や消費者が声をあげなければ改善されません。イギリスの現代奴隷法制定など、国際社会でも対応しようという動きが出ています」

私たちにできること

これまでパーム油による様々な環境問題や人権問題を紹介してきましたが、問題なのはパーム油を使うことではなく、“どのようにパーム油を生産するのか”という点。

「WWFとしては、『パーム油を使わない』という選択肢は取りたくないと思っています。理由は、他の油脂を使おうとすると、もっと多くの土地が必要になってしまうからです。だからこそパーム油の生産自体を、持続可能なものにしたいと考えています」

先ほど紹介した通り、パーム油は数ある植物油のなかでも、生産効率の高い油脂。いま食品から日用品まで幅広く使われているパーム油を、他の植物油でまかなおうとすると、その生産過程でさらなる森林破壊が生じる恐れがあるのです。

それでは、私たち消費者にはどのようなことができるのでしょうか?

パーム油の認証制度「RSPO」を知る

「RSPO」は「Roundtable on Sustainable Palm Oil=持続可能なパーム油のための円卓会議」の略で、環境や地域社会に配慮した“持続可能なパーム油”の生産を広げる国際組織。

「『RSPO認証』は、先ほど紹介した環境面や社会面の問題が起きてないかを全部チェックした上で、大丈夫な農園にだけ下りる認証です。私たちが働きかけているのは、パーム油の購買や利用に携わる日本企業が、『RSPO認証』を取得した、環境や社会に配慮したパーム油の調達を選択することです」

「RSPO」マークのついた商品を選ぶ

 
©WWFジャパン

ここ数年で、日本でも洗剤や石けん業界をはじめ、小売業界、食品企業などで、RSPO認証油を導入する動きが活発に。「RSPO」マークのついた商品は増えてきているそう。

「RSPOマークが付いている商品もだんだん増えてきています。読者の方にできることの一つは、見かけたらぜひ購入していただきたいなと思います。購入が次の商品開発につながるので、マークがついている商品が売れれば、『やっぱりマークをつけた方がいいのかな』と作る側の企業の方も思うはずですよね」

「RSPO」マークを望む声を企業に届ける

「あとは、まだマークがついてる商品は多くないので、消費者として企業に声を届けていただきたいなと思います」と南さん。

「企業側はすごく消費者の声を意識していて、『こういう商品が欲しい』という手紙が一通来るだけで考える、と言っていた企業もあるほどです。成分表に『植物油脂』と書いてある場合、パーム油の可能性が高いですが、マークがないと環境面、社会面で大丈夫なのかわかりません」

「今は時代的にも、『サステナブルな調達をしてください』とか『サステナブルな商品開発してください』ということは伝えやすいと思うんです。『消費は投票だ』『消費者の声が一番変える』ともいいますよね。WWFのようなNGOだけがこういった取り組みを働きかけるだけでなく、ちゃんと企業に使ってもらうためにも、消費者としてぜひ声を上げていただきたいなと思っています」

環境に対する意識がより高まり、サステナブルな商品やサービスが増える昨今。私たちの生活とは切り離せない「パーム油」を持続可能な生産にしていくためにも、今できることを考えていきましょう。