僧帽弁手術:複雑病変に対する僧帽弁形成術のエキスパート - 東京ベイ・浦安市川医療センター

僧帽弁手術:複雑病変に対する僧帽弁形成術のエキスパート

僧帽弁に重度の逆流や狭窄が生じると、薬での治療が困難になってきます。そもそも逆流や狭窄そのものは薬では改善しません。そのような場合は手術治療が必要になります。僧帽弁の手術には、僧帽弁形成術と僧帽弁置換術があります。どちらの手術も弁の逆流や狭窄を改善し、心臓の中を効率よく血液が流れるようにすることで、心臓や肺の負担を減らす効果があります。

僧帽弁形成術は、心臓を自然の形に保つことで心臓のポンプ機能をより良く保ち、心臓内の異物を最小限にすることで血の固まりを作りにくいといった点で優れています。当センターでは僧帽弁形成術を第一選択にしています。弁が広範囲に激しく傷んでおり、弁の温存が困難な場合は、人工弁に置き換える僧帽弁置換術を行います。

1.僧帽弁手術のアプローチや基本的な方法

通常は胸の中央を縦の創をおき、胸骨を真ん中で切って、心臓にアプローチします(図1:胸骨正中切開)。当センターでは、骨を切らずに右胸の小さな創で内視鏡下手術を積極的に行っています(図2:右小開胸アプローチ)。詳細はMICS(ミックス)の紹介ページをごらんください。右小開胸アプローチは僧帽弁形成術、僧帽弁置換術のどちらも行うことができますが、患者さんの病状や体型などで向き不向きがありますので、十分に検査をしたうえでアプローチを選択します。僧帽弁の手術は、骨を切る方法でも切らない方法でも、人工心肺を使用して心臓を止めて行います。

2.僧帽弁形成術

(ア)手術の特徴僧帽弁というのは、弁のフタ(弁尖)が心臓の筋肉とヒモ(腱索)でつながっており、ヨットの帆のような構造をしています。僧帽弁形成術は、この構造を保つことで、効率よい心臓の動きを実現します。
また、心臓内の異物が最小限になるため、血をさらさらにする薬も短期間(3カ月間)の服用で済みます。
僧帽弁形成術は主に弁のフタがめくれあがる(逸脱)ことによる逆流に対して行われますが、一般的に2枚のフタのうち後ろ側の逸脱(後尖逸脱)は形成術がやりやすく、前側(前尖逸脱)や両側の逸脱(両尖逸脱)は後尖に比べるとやや難しく、逆流が再発することも多いと言われています。
僧帽弁形成術は、患者さん一人一人の弁の状態に応じたオーダーメードの手術であり、弁を丸ごと置き換える弁置換術よりも高い技術が求められます。当センターでは、前尖逸脱や両尖逸脱、バーロウ(Barlow) 病、感染性心内膜炎による逆流など、非常に複雑な病変に対しても僧帽弁形成術を積極的に行っています。また、これらのように難易度の高い弁形成術をさらに高度な技術を要するMICS(ミックス手術、完全内視鏡下手術)でも行っています。また、僧帽弁形成術では術中・術後の仕上がり評価も重要です。当センターでは心臓エコー図を専門とする医師が全手術症例で仕上がりを厳しく評価しています。

(イ)僧帽弁形成術の方法僧帽弁逆流の原因は様々ですが、もっとも多い原因は、弁のフタ(弁尖)を支えるヒモ(腱索)が切れたり伸びたりして、弁の一部あるいは全部がめくれあがること(逸脱)が原因です。弁形成術では、逸脱部分を切り取って縫い合わせたり(図3)、逸脱部分に人工のヒモ(人工腱索)をつけてめくれないようにします(図4)。前者の方法は弁尖切除術、後者の方法は人工腱索植え込み術といい、両方の方法を組み合わせたり、その他の方法を加えることもあります。どのような方法を用いるかは、それぞれの弁の病変によって異なります。

また、多くの僧帽弁逆流は弁の輪郭が崩れているため、本来あるべき弁の形をしたリングを逢着して、輪郭を矯正します(図5)。リングをつけると、つけない場合に比べて逆流の再発が少なくなることが知られているため、ほぼ全例の僧帽弁形成術でリングを使用します。

弁の修復が終わったら左室内に水を入れて、弁の形と逆流を評価します。逆流があれば修復を加えます。逆流がなければ、次は心臓を動かした状態で心臓エコーを使って仕上がりを評価します。もし逆流が残っている場合は、その場で修復をやりなおしたり、極めて稀ですが人工弁置換に切り替えることがあります。

3.僧帽弁置換術

(ア)手術の特徴傷んだ僧帽弁を人工弁に置き換える手術です。弁の狭窄や逆流を確実になくすことができます。僧帽弁形成術に比べると定型的な手術ですが、きわめてまれに心臓破裂などの合併症が起こることもあり、外科医には十分な経験が求められます。
古くは自分の弁をすべて切り取って行われていましたが、一部または全部の僧帽弁を残してその内側に人工弁を植え込む方法(弁下組織温存の僧帽弁置換術)のほうが、術後の心臓機能が良くなることが知られ、主流になっています。すべての弁尖・腱索が傷んでいたり、全部の弁を取らないと人工弁が入るスペースがないような場合を除き、当センターではできる限り弁下組織を温存して弁置換術を行っています。
高齢や人工透析を行っている患者さんでは、人工弁を縫い付ける部分(弁輪)が激しく石灰化している場合があります。その場合の手術には高度な技術を要しますが、当センターでは高度石灰化の症例にも積極的に手術を行っています。石灰化の少ない症例では、MICS(ミックス手術、完全内視鏡下手術)を積極的に行っています。
(イ)人工弁について人工弁には機械弁と生体弁の2種類があり、それぞれ利点と欠点があります。どちらを選択するかは、それぞれの患者さんの年齢や病状、ライフスタイルなどを考慮して、医師と患者さんがよく話し合って決定します。僧帽弁用人工弁のサイズは直径23㎜から33㎜までありますが、患者さんの弁の大きさや体格によって選びます。
機械弁(図6)はカーボン製の2枚のディスクが開閉するしくみです。利点は耐久性に優れていることです。血栓(血が固まったもの)やばい菌がついたりしなければ、一生壊れずに使えます。欠点はカーボンの部分に血栓がつくことがあり、ワーファリンという血をサラサラにする薬を一生飲み続けなくてはならないことです。弁に血栓がつくと開閉できなくなったり、血栓が飛んで脳梗塞をおこすこともあります。ワーファリンは定期的に効き目を採血でチェックしながら、毎日欠かさず飲まなくてはいけません。ワーファリンはビタミンKを抑える薬ですので、ビタミンKを多く含む食材を摂るとワーファリンの効き目が落ちることがあります。逆にワーファリンが効きすぎると出血する危険が高まります。

生体弁(図7)はウシやブタなど動物の組織で作られています。生体弁は血栓がつきにくいので、ワーファリンは手術後3ヶ月で中止できます。また、人間の弁の形に似ていて血液の流れが生理的である、開閉の音がしないなどの利点があります。ただし、耐久性は機械弁より劣ります。年月がたつと弁が徐々に変性し、かたくなってくるため、再手術が必要となることもあります。僧帽弁の生体弁は、大動脈弁の生体弁よりもさらに耐久性が低く、弁の寿命は10~15年、場合によっては10年未満のこともあります。一般的には、若い方の場合は弁の変性が早く、65歳以上の方では弁の変性が遅いといわれています。

傷んだ生体弁の中にカテーテルで新しい生体弁を植え込むことは、海外ですでに行われています。しかし、2014年2月現在日本では保険適用が認められておらず、また長期的な成績も明らかではありません。
将来的には、耐久性も抗血栓性(血の固まりがつきにくいこと)を兼ね備えた人工弁が登場する可能性は十分ありますが、現時点では機械弁と生体弁の利点・欠点をよく理解してどちらかを選択しなくてはいけません。それぞれの患者さんがベストな選択をできるよう、我々は十分に説明し、患者さん・ご家族といっしょにじっくり考えます。

(ウ) 僧帽弁置換術の方法
心臓を止めたのち、左房側から僧帽弁が見えるようにします。僧帽弁の傷んだ部分を切り取ります。前述のようになるべく自分の弁を温存するようにします。弁輪が石灰化している場合は、石灰を削って取ります。温存する弁は弁輪に縫い付けます。人工弁の形を模したサイザーで弁のサイズを測り、適切なサイズの人工弁を針と糸で弁輪に植え込みます。僧帽弁の周りには重要な血管や電気の通り道、さらには大動脈弁があるので、それらを傷つけないように慎重に植え込みます。植え込んだ後は、弁が正常に開閉するかを確認します。その後心臓を再び動かして、心臓エコーにて人工弁の開閉を再び確認し、また人工弁の脇漏れがないかを確認します。

(文責:平岩伸彦、田端実)

メニュー