【『ジドリの女王』②巻発売記念スペシャル対談】トウテムポール╳高橋ユキ「“田舎の事件”は、なぜこんなにも人の興味を惹きつけるのか?」|モーニング公式サイト - 講談社の青年漫画誌

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【『ジドリの女王』②巻発売記念スペシャル対談】トウテムポール╳高橋ユキ「“田舎の事件”は、なぜこんなにも人の興味を惹きつけるのか?」

23/05/23
「モーニング」で大好評連載中の『ジドリの女王 ~氏家真知子 最後の取材~』第②巻が、5月23日に発売となった。地方の町を舞台に、中学生が次々と失踪、殺害される異様な事件……。そこに古くからの因習や土地の複雑な人間関係が絡み、都会の事件とは違った「妖しさ」が漂う——。
田舎で起きる事件は、なぜかくも人々の関心を集めるのか。作者のトウテムポール氏と、山口県の集落で起きた連続放火・殺人事件を追いかけたベストセラー『つけびの村』がこのほど文庫化されたフリーライターの高橋ユキ氏がとことん語り合う!
※「モーニング」2023年19号掲載の記事を
ウェブで再録しました。

本当にあった「洗脳」
高橋ユキ(以下、高橋) 私もモーニング本誌で毎号『ジドリの女王(以下、ジドリ)』を拝読していますが、すごい展開になってきましたね……。最近はハラハラしっぱなしです。まさか、あの人が「黒幕」だったなんて。
トウテムポール(以下、ポール) ありがとうございます! 私も、地方で起きた事件をテーマにするにあたり、高橋さんの『つけびの村(以下、つけび)』(小学館文庫)を資料として読んでいたので、そう言っていただけてうれしいです。
——『つけびの村』は2013年、山口県内のわずか12人が暮らす集落で一夜にして5人の村人が殺害された事件の現場を丹念に訪ね歩いたルポルタージュだ。地元の人々のナマの声を聴くうちに、世間でまことしやかに囁かれる「真相」とは違う事実が、次々と浮かび上がってくる。犯人が残した「つけびして 煙り喜ぶ 田舎者」という張り紙はメディアで大々的に取り上げられたため、記憶している人も多いだろう。
『つけびの村 山口連続殺人放火事件を追う』文庫版は小学館より絶賛発売中(税込792円)。
高橋 『ジドリ』を読んでいると、最初は単なる突発的な殺人や誘拐と思われていた事件の裏に、地域独特の人間関係や家系の問題が絡んできて、妖しさが増していきます。あれは、都会が舞台の作品にはない雰囲気ですよね。
ポール あの辺の田舎の人間関係とか因習は、私が実際に見聞きした題材がもとになっています。先に作品にも描いたのですが、私が住んでいる土地も、昔の落武者たちが戦乱から逃れて隠れ住んだ場所で、長い歴史が語り継がれている。
高橋 『ジドリ』の中の話、本当にあったことがもとになっているんですね。じゃあ、途中に出てくる洗脳の話も?
ポール ええ、昔は本当に行われていました。落武者たちは先住の農民を洗脳し、自分たちの支配を確立していったので……。私がまだ小さかった頃は、「洗脳の儀式」みたいなのがしっかり残っていたんです。
高橋 それ、すごく気になります。
ポール 小さいとき、突然どこかの薄暗い部屋に連れて行かれるんです。そこに、長い袴姿の爺さん3人が入ってくる。明かりはろうそくだけなので顔ははっきり見えないんだけど、真ん中の人は顔を黒い布で隠している。それでもって、子供の目の前まで来て、よくわからない呪文をブツブツと唱えはじめるからめちゃくちゃ怖いんです。
高橋 すごくシュールですね(笑)。
ポール やっているほうはクソ真面目なんですよ。その後、同じような儀式が幾度か繰り返されて、洗脳にかかった子供が何か決まった言葉を発するっていう段取りがあったんだけど、その言葉がなんだったか思い出せないんですよね。ウチの親に「ねえ、洗脳された時に答える言葉なんだっけ?」って聞いても、絶対に教えてくれないんです。本当に忘れているのか、それとも親も洗脳にかかっているからその言葉を口に出せないのか……。たしか、3文字だったんだけどな。
高橋 「口に出してはならぬ」という不文律があるのかもしれないですね。
落武者伝説はトウテムポール氏の郷里の因習などをモチーフにしている。
「家」が一生ついて回る
ポール 私は性格が悪いので、姪っ子が生まれた時に「しめしめ、アイツもそのうち洗脳されるぞ……」とそれはもう楽しみにしてたんですが、その時はすでに洗脳係とおぼしき爺さんも亡くなっていて儀式は行われずガッカリしました。たぶん、ウチの母親のように外から嫁いできた人が増えてきて「洗脳? 気持ち悪い」ってなっていったんでしょう。
高橋 なるほど……。その点、『つけび』の舞台となった村は、もともと人数が少なかったのに加えて、外から人が来るいわゆる「Iターン」みたいなのもめったになかった。
ポール 私は東京に住んだことはないのですが、都会だと、たぶん隣の家の人の顔すら知っているか怪しいでしょう? でも、田舎だと親の親のそのまた……ってずっと知り合いだったりするから、独特の「共同体」っぽさがありますよね。
高橋 「その家に生まれた」というただそれだけで、一生いろんな事実がついてまわる。地縁のいいところでもあり、重たいところでもあります。
ポール 特に、地域で支配的な家は、代々その土地に残り続けますからね。ウチの地域の祭りでは、支配的な家、名家と言われる家の前で、祭りの一行が立ち止まって踊るようにルートが設定されているんです。さっきの洗脳係の爺さんたちも、名家の人間です。
高橋 そういうお祭りや神社って、共同体の結束とか維持を目的として、地域に深く根付いていますよね。『つけび』の地域には神社があって、そこを中心に収穫祭とか疫病除けとか、いろんな名目でお祭りが行われていました。都会の「なんとなく騒ぐ」というお祭りよりも、目的意識が強い。
恐怖、うわさバアさん
——地域の風習や地縁と並んで、両作品を貫くもうひとつの大きな田舎文化。それが「うわさ」だ。『つけび』の事件で凶行におよんだ保見ほみ光成こうせい死刑囚(以下、保見)も、地域でのうわさ話をもとにあらぬ妄想を膨らませ、周囲への恨みを募らせていった。
高橋 『つけび』だと、「コープセンターでの寄り合い」が、あらゆるうわさの発信地として機能していたのですが、ポールさんの地元にも、人が寄せ集まってうわさをするような場所ってあるんですか?
ポール ええっと、特定の場所というよりも、ウチの近所には「うわさバアさん」っていうのが何人かいたんですよ。
高橋 うわさバアさん?
ポール ええ。「あの人に話を聞かれたら、村全体に筒抜けになるぞ」っていう、「うわさの伝道師」みたいな人。隠居してるから、村中を毎日ほっつき歩いてる。あっちの家からこっちの家まで回って、うわさを収集してくるんです。やれ「今日は公民館でなにがあった」とか「あそこの嫁は嫁いでくる前までヤンチャしてたらしい」とか、あらゆる情報が、細大漏らさず、そのバアさんから発信されるんです。
高橋 恐ろしい存在ですね……。
ポール まあ、何を聞いても知っているから頼りになる面もあるんですが、自分たちがうわさの対象になると面倒くさい。「諸刃の剣」みたいな存在です。
保見が住んでいた家。家の中には自作のポエムがびっしりと貼られていた。
『つけび』の犯人との面会
高橋 都会だとなかなか考えられないですよね。ポールさん自身は、うわさバアさんのうわさの対象にされたことはあるんですか?
ポール ありますよ。私、サイクリングが好きで、夏場は朝の5時くらいに起きて自転車にまたがり、近所をウロウロしてたんです。ある時、路肩でバアさんに止められて、「お前、なんでいつも朝5時に自転車に乗ってんだ?」ってあれこれ尋ねられたんです。あれは、確実にうわさのネタにされてる……。
高橋 なんか、職質みたいですね……。
ポール とにかく、バアさんたちは、村のあらゆることを把握したい。知らないことがあると気が済まないんです。
高橋 生きてる間に聞き取り調査したら、貴重な資料になりそう。柳田國男の『遠野物語』みたいな。
ポール 伝承とか怪談とかになると面白いんでしょうけど、単なる「近所のうわさに特化したバアさん」ですからね。汎用性はほぼゼロなんです。
高橋 確かに(笑)。
——『ジドリ』における中学生殺害の実行犯は安葉という男だった。自身の不遇をかこち、その恨みを周囲の人間へと向けて、やがて目を覆いたくなるような凶行に及ぶ姿は、『つけび』の保見死刑囚と重なる部分がある。
事件当時の地区の風景。左下が保見によって燃やされた被害者宅。
ポール 高橋さんは、保見を何度も訪ねて面会をしているんですよね?
高橋 そうですね。事件に興味を持ち、何度か手紙を送るうちに保見から返事が来るようになり、それで面会にこぎ着けました。私はさまざまな事件の被告と面会してきましたが、保見みたいなタイプは初めてでした。
ポール どこが珍しかったんですか?
高橋 ひとことで言えば、異様なまでの妄想の強さ。自分の頭のなかで情報の断片を結びつけ、現実とは全く違うストーリーを作り上げ、それを信じ込んでいる。たとえば、彼は「事件は警察がでっちあげたもので自分は犯人に仕立て上げられた」と真剣に訴えてくるんです。「現場に残っていた靴の跡は俺じゃない」とか。別に、罪状を否認するために噓をついている、というわけではなく、「警察の陰謀」だと心の底から信じているんです。
ポール ほう、それはなかなか取材するにもやっかいですね。
高橋 ええ、最近耳にした新たな話題や、読んだ本から得た情報すら、自分の妄想に取り込みかねず、余計な情報が与えられない。
ポール 際限なく妄想が広がっていくって、大変ですね……。
高橋 彼の場合、集落で交わされるうわさ話もどんどん妄想の種として取り込んでいった可能性が高いです。
殺人のトリガー
ポール 『ジドリ』に出てくる安葉も、保見と似たところがあります。確かに貧しくていじめを受けるなど不遇な身の上なんですが、大人になってから自分が起こした不始末も、すべて周りのせいにして恨みを募らせていく。どこまでを不憫に思って、どこからを自業自得とみなすべきかの線引きがとても難しいです。ちなみに、高橋さんは、殺人を犯すような人間が一線を越えるときの「トリガー」って、いったい何だと思いますか?
高橋 これは、圧倒的に「カネ」だと思います。もちろん、心の中のいらだちとか、周囲とのトラブルというのは、オーケストラの低音みたいに彼らの胸の中でずっと響き続けているんです。でも、それとは違う部分で、どんどんカネがなくなってる場合が多い。それが「完全に底をつく」というタイミングで、本人がヤケを起こすとか、一線を越えてしまうケースが多い印象です。カネがないこと自体もそうだし、「自分がカネを稼げないという事実を認めたくない」というプライドもある。そこから目をそらすために周囲とのトラブルに偏執的になっていく。私はそういうふうに感じています。
——東京に住んでいる人間が、地方で起きた事件を調べるため、現地に赴く。『ジドリ』の主人公・真知子がたどる道のりは、『つけび』の取材時の高橋氏に重なるものがある。
高橋氏が久々に現地を訪ねると、保見家の墓が無残にも倒されていた。
ポール 高橋さんは、住民の少ない『つけび』の集落に、いきなり訪ねていったわけですよね。ウチの地域もそうですが、「外」から来た人って、すぐにわかります。変な反応をされることはなかったんですか?
高橋 特に邪険に扱われる、ということはなかったんですけど、「あとで、あ、自分もうわさされるんだろうな」っていうのは感じました。「こんな女がウチに来た。明日はたぶんお前んところに来るぞ……」みたいな。
ポール 狭い世界になると、「Aさんの家でこう聞いたんですけど」みたいな取材もしにくそうですよね。
モチベーションは興味
高橋 そうですね。「アイツ」がしゃべったらしい、というのが、またうわさのタネになりますから。「ネタ元を隠す」という意識は、都会での取材より大切かもしれません。
ポール 『ジドリ』には、ある登場人物のセリフとして「真実を早く正しく客観的に報道し、オーディエンスに適切な社会参加を促し、貢献することこそメディア活動の理想である」という言葉が出てきます。これは、作品を通してのひとつのテーマでもあるのですが、実際に事件を取材される方々も「真実を伝えたい」というモチベーションで動いているんでしょうか?
高橋 実は、私自身は、取材をする中で「真実を知りたい」とは別に思っていないんですよね。その「真実」と言われているもの自体が、誰かの考えが積み重なって紡ぎ出された「なんらかの物語」なんじゃないかって思ってしまうんです。それよりも、シンプルに情報を集められるだけ集めたい、という感覚が強いです。
ポール 『ジドリ』のなかでも、主人公の相棒で新米記者の小谷田が、「情報が欲しい!」と強く念じるシーンがあります。
高橋 私、彼の悩みながら取材していく感じ、すごく好きなんですよね。今回、鷲尾という最大の謎を残しつつも最初の物語が幕を閉じて、これから二人がどんな事件に足を踏み入れていくのか楽しみです。
ポール ありがとうございます! 引き続き皆さんに『ジドリ』を楽しんでいただけるよう頑張ります。
取材・文=モーニング編集部
  • 高橋ユキ

    ルポライター。裁判傍聴を中心に事件記事を多数執筆。著者は『つけびの村』の他、『逃げるが勝ち』(小学館新書)など。

  • トウテムポール

    東北地方在住。代表作に『東京心中』(全9巻/茜新社)、『或るアホウの一生』(全4巻/小学館)など。現在、「OPERA」(茜新社)にて『一二〇〇年前の春』連載中。

『ジドリの女王』最新②巻、絶賛発売中!

得意の芸能ネタが下火になったのを機に、記者人生の「一発逆転」を目指し、地方都市で起きた中学生の怪死&連続失踪事件の取材に赴いた週刊誌編集者・氏家真知子。

後輩記者・小谷田を従え、スクープ狙いで意気揚々と現地で取材を繰り広げるものの、浮かび上がってきたのは地域の複雑な人間関係、そして陰惨ないじめの実態だった。

刑事との直接対決、ライバル誌との駆け引き、そして、いじめ被害者の少女との対面……。

事件はなぜ起きたのか。事件の糸を引いているのはいったい誰なのか。

最初から最後まで目が離せない展開が続く、緊迫の第2巻。

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