そもそも庶民は病院に足を運んだのか?『JIN-仁-』江戸のリアル医療事情 - BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン)

江戸時代

そもそも庶民は病院に足を運んだのか?『JIN-仁-』江戸のリアル医療事情

再放送で盛り上がるTBSドラマ『JIN-仁-』。

仁先生の私生活描写と言えば、徐々に江戸時代に染まりつつも、現代人としての風習をどんどん取り入れるというかなり特殊な設定である。

江戸時代にタイムスリップしたと仮定して、あの日常描写は実現可能なのか?

当時の医療事情をまじえつつ、考察してみた。

 

疑問1・橘家で居候はどう?(咲さんとのやりとり)

お堅い母上殿がツッコミを入れているように、当時の武家では未婚女性が他人の男性と仲睦まじくすることはありえない話。

一緒に並んで歩く、一緒に茶屋で一休みする、治療現場へ走る、同じ部屋で一晩中治療に明け暮れる。

そんな行為は、江戸時代の武家では起こりえない。

しかし、漫画『仁』では、このあたりも母親の存在でうまくカバーしているように思う。

橘家のことを第一に考える生粋の江戸武家の女であり、そこから発信される言葉は現代人に対するツッコミの役割を果たしている。

JIN-仁-450

 

疑問2・無所属の医師が受け入れられるのか?

仁先生の医療は最新技術である。

しかし、蘭学者でもなければ、奥医師でも無い。どこにも所属していないタイムスリップ医師が、「私は医者です」というだけで、医療行為などできたのか?

江戸時代の医師は大きく分けて、藩や幕府のお抱え公認医師と、それ以外の町医者に分かれる。

特にこれといって免許が有るわけではなく、どこそこで学んだ、という経緯が重要だったようだ。中にはヤブ医者も居れば、それ以下で、まともに治療することもしない「自称医師」はざらに居た。

ならば仁先生が開業しても不可能ではなかったかもしれない。

当時は、「私は医者です」という自己申告の言葉さえあれば、医療行為も行えるし、仁友堂を建設することは不可能ではなかった。

どこで看板を上げようと、医師免許がない江戸時代であれば可能である。
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