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商品の説明

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『説話大観 大語園 第十巻 索引』

「謂ふに索引編纂の業は、其事容易なるが如くにして、實は必ずしも容易ならず、其勞極めて多くして、其果甚だ尠きは、知る人ぞ正に知らむ。然り而して眞に之が完璧を期せむと欲せば、編中記載の事項は、其大小長短に拘らず、悉く之を自己藥籠中の物たらしめ、呑吐自在に、暗記自由なるに非ずむば、爭か成就し得むや。而も之固より凡庸者の能くすべき所ならず。編者不敏、事に擔りて益々不能無才の歎無くむばあらず。」
(『大語園 第十巻 索引』 「緒言」 より)


『説話大観 
大語園 
第十巻 
索引』



名著普及会 
昭和11年6月24日 初版印刷
昭和53年6月10日 覆刻版発行
2p+2p+2p+397p+2p 
A5判 
丸背クロス装(継表紙)上製本 
機械函
全10冊定価74,000円



本書「凡例」より:

「本卷は、大語園本文全九卷の各部門類別索引である。」
「分類目録に於ては之を二十五部門に大別した。」
「次に引用書目を羅列したる理由は、更に一々の原書に就いて、博覽傍綜、斯學の奧堂に達せむとする人々の爲に、何等か役立つべく慮りしに出づ。但此等の書中には、斷篇あり、殘簡あり、而して寫記あり、捜索上便宜乏しき者の多々存することは、豫め諒承を希ふ。」
「本索引の考案並に編輯は、主として編者巖谷榮之に擔り、文學士辻正三、及び石原千秋の二人は之が摘出淸記に當りしを附記し、聊か感謝の微衷を表す。」



旧字・旧かな(「刊行に際して」のみ新字・新かな)。「アルバム」に写真図版(モノクロ)8点。
元版(初版)は平凡社刊(巻末の「アルバム」と「刊行に際して」は復刻時に付されたもの)。編者は巌谷小波の次男・巌谷栄二。
「引用書目一覧」は書名のみで索引はありません。







内容:

緒言
凡例
目次

分類目録
 諸神
 書佛
 社寺
 佛陀
 帝王
 僧侶
 神仙
 功力
 別界
 應報
 夢想
 怨靈
 怪異
 魔性
 才藝
 奇蹟
 勇力
 人事
 寶器
 龍蛇
 禽獸
 草木
 蟲魚
 地理
 雜
引用書目一覽
總索引
 社寺名
 建築名
 外國地名
 地名(國郡町村)
 地名(山川湖海)
 帝王名
 神名
 佛名
 僧侶名
 仙人長者名
 怪名
 龍蛇名
 獸名
 鳥名
 魚名
 虫名
 草木名
 外國人名
 人名

アルバム――小波とその周辺
刊行に際して (名著普及会代表 小関貴久)




◆感想◆

『大語園』は、巌谷小波の遺志を弟子の木村小舟・小波の次男巌谷栄二が引き継いで完成させた「説話大全」で、「日本・中国・朝鮮・インドの神話・伝説・説話約一万を題目の五十音順に配列をし、口語体に書き改め、長大なものは要約をして読みやすくした」(本書「刊行に際して」)大著ですが、「当時の説話・伝説に対する一般の認識は如何にも低く、また『大語園』という書名が本書の内容を解りにくくしていたためもあって、本書の売れ行きは極めて不振であった」(同前)とのことで、しかしながら、本書自体の説話・伝説に対する認識もそれほど高くない、というか、『古事記』『今昔物語』から各地方の口碑集、新聞記事に至るまでの邦語文献(その中にはかなり怪しいものもあります)から、やや手当たり次第に選んで通訳的に当時の口語に書き直したもので、選択は恣意的かつ時局に左右された面もあり、原文の理解が不充分な部分も散見され(『風土記』説話など)、なによりも雑多な説話を編者が勝手に付けたタイトルによって辞典のように五十音順に並べるという体裁には無理があって、学術的な利用価値はほとんどないですが、しかし手塚治虫や澁澤龍彦(どちらも昭和三年生まれです)が本書から創作のインスピレーションを得たという話もあるように、むしろ学術的でない分、物語から物語を再生産する愉しみ(「説話」というのがそもそも物語のリサイクル作業です)という面での利用価値は高いです。











こちらもご参照ください:

『説話大観 大語園 第一巻 ア―エ』 巖谷小波 編






























































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『説話大観 大語園 第九巻 ム―ワ』 巖谷小波 編

「元來谷田の池には、古くから一匹の雄蛇が棲んでゐた。此の雄蛇は不圖(ふと)したことから、姫に戀慕(れんぼ)し、姫も又何とはなしに谷田の池を世にもなつかしいものに感じた。かうした双方の思ひと思ひとが、姫の姿を蛇に變じさせたのであらう。」
(『大語園』 「やノ部 七七 谷田(やだ)の池(いけ)」 より)


『説話大観 
大語園 
第九巻 
ム-ワ』 
巖谷小波 編



名著普及会 
昭和10年12月22日 初版印刷
昭和53年7月22日 覆刻版発行
2p+20p+771p+3p 
A5判 
丸背クロス装(継表紙)上製本 
機械函
全10冊定価74,000円



本書「凡例」より:

「本卷は大語園本文の終卷にして、『む』より『わ』に至る十三項目を收載した。但其うちの『る』のみは、其數あまりに少なかりし爲、殆ど之を削除し、若しくは他の部門に編入して、其一項目を立つるに至らなかつた。」
「前卷には、蛇に關する説話甚だ多かりしが、本卷には、龍の材料の夥しきは注目に値する。」
「蛇が主として暗黑方面に取扱はるゝに反し、龍に至りては、或は聖者の爲に良水を給與し、寶珠寶物の類を授け、又は人を龍宮に招き、若しくは經典を聽受して三熱の苦患を脱する等、著しく光明の世界に處する點は、固より前者と同架すべき者ではない。」



本文二段組。旧字・旧かな。
元版(初版)は平凡社刊。編者・巌谷小波は昭和8年没、本書は没後刊行で、実質的な編集・執筆作業は弟子の木村小舟と小波の次男・巌谷栄二による。

朝鮮昔話「物語の妖精」はウッドハウスの執事ものみたいで興味深いです。







内容:

凡例
目次

むノ部
 一~八八
めノ部
 一~七〇
もノ部
 一~七一
やノ部
 一~一六七
ゆノ部
 一~七三
よノ部
 一~九四
らノ部
 一~八四
りノ部
 一~一六八
れノ部
 一~四一
ろノ部
 一~三七
わノ部
 一~八〇

跋文 大語園本文完成に際して (巖谷榮二)




◆本書より◆


「むノ部 四 向瀨(むかせ)の妖華(えうくわ)」:

「元文六年の夏、能登國羽喰郡向瀨(はくひのこほりむかせ)村妙覺寺の老僧が、或日近郷の子浦へ行く途中、只(と)ある石に腰(こし)を掛けて休んで居た所が、前を流れて居る小川の大石が二つ並んで居る間から、鮮(あざや)かな牡丹に似た花が流れ出た。續いて三四輪流れ出して水面に並んだので、さて/\不思議な事と眺めて居ると、暫くして水を押登(おしのぼ)つて元の石へ引込み、又一つも見えなくなつて了つた。老僧は愈々不審に思ひ、石の廻りを覗(のぞ)いて見たが、一輪も見出す事が出來なかつた。
 暫くする中に日も傾(かたむ)いて來たので、薄氣味(うすきみ)惡くなり、此の流の岸に添(そ)うて子浦村へ下つた。七八丁過ぎてから夥しく蛙(かへる)が飛んで居るのを見て、先刻牡丹花の出た場所には一匹の蛙も居なかつたのに氣付いた。子浦村へ着いてから此の話をすると、隣家の息子喜八と云ふ者が居合せて云ふには、『昔話に毒じゃ(どくじや)が花になると云ふ事を聞いて居ますが、それも多分蛇の變化でせう。今日は最早(もはや)日も暮れたことですから、明日其場所を探したいと思ひますから、貴僧のお歸りに其場所を教(をし)へて下さい』と約束して歸つた。
 翌日喜八は一人の若者を伴に連(つ)れ、鍬や鎌を持つてやつて來た。僧の教へた場所で一時間程も立止つて眺めて居たが、花も出て來ず、蛙も澤山に跳(と)んで居るので、花の引込んだと云ふ兩石を押返して見た所が、其下に大蛇の蟠(わだかま)つた跡があり其脇に穴があつたので、それを掘下(ほりさ)げて行くと、又谷川の邊りに出た。元氣の喜八は尚ほ行衞を尋ね入つた所が、二丁ばかり上つた所に、草を押倒し、茨(いばら)など打臥せて大蛇の棲んだらしい小谷があつたと云ふ。(三州奇談)」



「もノ部 四一 物語(ものがたり)の妖精(えうせい) (朝)」:

「或る金持の家に、物語を聞くことの大好きな息子が居た。聞いた物語は、人に語つた事は一度も無(な)く、腰の巾着(きんちやく)の口を開けて、其中に物語を押し込んで、逃げられぬ樣にと、巾着の紐(ひも)を結んで置いた。
 十五六歳の頃結婚(けつこん)するとて、馬に乘つて花嫁の家へ行く事になつたが、其前夜のこと、準備(じゆんび)を整へて後、急用が出來て例の巾着を壁(かべ)にかけ、友人の所へ出向いた。家には息子の幼い時から仕へて居た忠僕が居たが、其留守中、居間の釜で火を焚(た)いて居ると、不思議な囁(さゝや)きが聞える。ぢつと耳を傾(かたむ)けて聞いて居ると、『明日は彼奴(あいつ)の結婚式(けつこんしき)だ。俺達をこんなに詰め込んだ腹癒(はらい)せに、一つ困らしてやらうか』『さうだ。明日彼奴が馬に乘つて行つたら、途中で俺は綺麗(きれい)な苺(いちご)になつて、彼奴が食べ度くて堪らないやうにして見せる。食べたら彼奴を殺して了ふんだ』『それで死なゝかつたら、今度は俺が、路傍(みちばた)の井戸水になつて、それに綺麗な瓢箪(へうたん)を浮ばせて見せ、彼奴が咽喉(のど)を渇(かは)かして水を飲んだら、うんと苦しめてやる』『それでもお前達が失敗したら、次には俺が眞赤な鐡の火叉(ひばし)になつて籾俵(もみたはら)の中に隱れて居る。そして彼奴が馬から下る時に、足を焦がして了ふのだ』『最後には俺が、細長い絲蛇(いとへび)になつて、新婦(しんぷ)の室の張板の下に隱れ、二人が寢るのを待つて彼奴を牙で嚙(か)む事にしよう』と壁に掛つた巾着の中から、物語の妖精共(えうせいども)が囁いて居るので、忠僕は吃驚(びつくり)して、明日は自分が屹度馬子になつて、若旦那を救はねばならぬと決心した。
 翌朝になつて忠僕は、飛ぶやうにして、豫定されてゐた馬子の代りに、自分が手綱を引き取るので、皆はそれを制止したが、死んでも馬子に成り度いと云つて聽(き)かぬので、仕方無しに忠僕を馬子にしてやつた。
 かくて一里行つた頃、路傍に眞赤な苺が枝一杯(ぱい)に實つて息子の眼(め)をひいた。息子は一寸馬をとめて、あの苺が食べたいと云つたが、忠僕は此處ぞと鞭(むち)を強く當て、無事に其處を通りぬけた。息子はぶつ/\不平を云つたが、我慢して又一里程行くと、路傍(みちばた)に淸く澄んだ井があつて、小さな水汲(みづく)みの瓢箪が浮いてゐるので、息子は急に飲み度くなり、『あの井戸水を一杯汲んで來い。咽喉が渇いて堪らないから』と命じたが忠僕は『今直に宿へ着くから、少し我慢(がまん)をなさい』と、關はず鞭を當てゝ通過(つうくわ)して了つた。
 それから間も無く正午頃に、新婦の家へ着いたが、忠僕は馬を庭に入れて、息子が馬から降りる時に踏臺にする籾俵の側に立つて、其瞬間に息子を一押押して、籾俵には足をつけさせず、すぐ莚(むしろ)の上に落ちる樣にした。その爲息子は莚の上に倒(たふ)れて、恥をかき、忠僕の無作法(ぶさはふ)に三度迄惱まされ、心中甚だ不平であつたが、叱る事も出來ず、默つて式場(しきぢやう)に臨み、やがて日が暮れて、新夫婦は室に入つた。忠僕は劔を用意して室の縁側(えんがは)に這ひ込み、いきなり其室の障子を開き、張板(たゝみ)を引つくりかへして、大きな劔を振(ふ)り廻し、大蛇を切つて投げつけた。
 二人の驚きはいふまでもなく、家中の者が駈付け、燈を持つて來て見ると、大蛇と思つたのは細長い無數(むすう)の絲蛇(いとへび)が柱のやうに卷き合つて居たもので、四方八方へ這ひ出さうとするのを、忠僕は飛廻つて悉く切り殺し、得意顏に太息をつき乍ら、今までの事情を明し、巾着(きんちやく)の中から聞えた、物語の妖精達の相談の事から、苺や井戸水の事や、籾俵(もみたはら)の中の火叉(ひばし)の事などを殘らず話したので、若旦那もすつかり感服(かんぷく)した。忠僕は其後いよ/\信用を得、一生此の主人の爲に幸福に暮(くら)したと云ふ。(温突夜話)」



「やノ部 六〇 夜叉(やしや)ケ池(いけ)」より:

「美濃國揖斐川(いびかは)の上流に夜叉ケ池といふ大きな池がある。弘仁八年の夏のことであつた。稀なる大旱魃(だいかんばつ)の爲め、農民の憂ひ一方ならず、諸所の神社佛寺に、數十日間の雨乞を籠めたが、何の驗も見えず、爲に田は悉く龜裂(きれつ)を生じ、水車は音を絶つて了つた。
 こゝに安八太夫安次(あんぱちだいふやすつぐ)は、溜息(ためいき)を吐きながら、赤く枯れた田の面を見廻つてゐると、足下の草叢から、不圖一匹の小蛇がぬら/\と這ひ出すのを見た。安次は端(はし)なくも、龍王が雨を招くといふ、古い物語を思ひ浮べて、何の氣なしに、『こんな小さな蛇でも、若し神通力(じんつうりき)があつて、雨を降らせて呉れるならば、其謝禮として自分の一人娘を呉れてやらう。雨を降らし得ぬやくざ物ならば、俺の田圃に棲ませることならぬ』と獨言をいふと、蛇は見る間に其姿を晦(くらま)した。」
「折から何となく、戸外が騷々しいので、驚いて箸を置きざま、外へ飛び出してみると、其所には四五人の農民が、頻りに乾(いぬゐ)の空を指さして、躍りながら罵(のゝし)り合つて居る。其指す方を何かと見れば、越前と江州の境の、三國岳のあたりかけて、一片の黑雲が湧(わ)き出したかと思ふ間もなく、巽の平野を向き卷いて、雨を帶びた風が走る。見る/\内に黑雲(くろくも)は、滿天に擴がつて、大粒の雨がパラ/\と降り出した。」
「其翌朝のことであつた。一人の若侍(わかざむらひ)が、安次の家へ訪ねて來て、『仰せの如く、雨は充分に降らせました。就いてはお約束に從つて、御息女を申し受けに來ました。かくいふ自分は、小蛇の化身であります』といつた。流石に安次は肝を潰して驚いた。不圖した愚痴(ぐち)小言が、事實と成つたのであるから、それも其筈ではあるが、さりとて前約を履行(りかう)せぬ譯にいかぬ。
 そこで最愛の娘夜叉姫に、因果を含めて、小蛇の妻とした。(中略)若侍は夜叉姫(やしやひめ)の手を取つて、水の中へ躍り込んで了つた。それから安次は、川の畔を傳つて、だん/\上流へ遡つて見ると、大きな水源地に達した。すると池の面に、夜叉姫が姿を現して、父に最後(さいご)の別れを告げた。
 夜叉姫は其後も、父親の存命中(そんめいちゆう)は、必ず年に一度宛里歸りをしてゐたが、或時蛇體の寢姿を見られてから、耻づかしいと思つたやら、遂に二度と來なくなつた。(後略)(土俗口碑)」



「やノ部 七七 谷田(やだ)の池(いけ)」より:

「石見國那賀郡國分村に、谷田(やだ)の池といふがある。こゝには執念(しふねん)深い大蛇の物語が、今も殘り傳へられて居る。頃は或年の四月の末、今年十六歳の一美姫は、心に念願(ねんぐわん)の筋あつて、父母や一族の諫(いさ)めをも用ゐず、遙々と出雲路より、此の嶮しい石見の山坂から、濱邊(はまべ)をさして辿るのであつた。
 姫の乘物は、日數經て此の谷田の池の畔に着いた。姫はここで乘物(のりもの)を下りて、池畔の祠の前に、何事をか一心に祈念(きねん)し平伏したまゝ何時までも、立去らうとしなかつた。里の人達は、此の姫の人間以上の美しさと氣高(けだか)さとに、恐くは白蛇の生れ變りであらうなどゝ噂をした。」
「姫は年頃になつて、只何となく谷田の池を戀しく思つた。國を距てた遠方の此の池に、ひどい執着(しふぢやく)を持つた結果は、遂に人のゐない室に、ひとり閉(と)ぢ籠つて、深い物思ひに沈む身と成つあた。
 或時一人の侍女が、姫の昨今の容子(ようす)を不審に思つて、密かに其室を覗(のぞ)いてみると、几帳の蔭にある其あでやかな姿は、意外にも一變して、身の毛も慄つ恐しい蛇體を現じて、鏡の面にあり/\と冩つてゐた。侍女はそれが爲に正氣を失つて一時其場に昏倒(こんたふ)したといふ事もある。姫は如何にして蛇體を現じたであらう。
 元來谷田の池には、古くから一匹の雄蛇が棲んでゐた。此の雄蛇は不圖(ふと)したことから、姫に戀慕(れんぼ)し、姫も又何とはなしに谷田の池を世にもなつかしいものに感じた。かうした双方の思ひと思ひとが、姫の姿を蛇に變じさせたのであらう。
 姫が一心不亂に祈請して、いつ立つとも見えぬに、從者達は心をゆるして、暫く四邊の光景に見入る時、姫は突如(とつぢよ)として、鏡の如き池水に我影を宿(やど)し、手に水を掬(むす)ぶと思ふ間もなく、忽ち水底の物に引入れられる如くに、身を躍らせて波に沒した。
 アレヨと愕く侍女從者達は、只右往左往するばかり、遂に其美しい姿は再び見ることを得なかつた。(後略)(石見物語)」



「ゆノ部 一八 雪(ゆき)の餅(もち)」:

「瀨部梅男(せのべうめを)は、阿波德島の風雅人(ふうがじん)である。或年の冬、雪の多く降つた日に、知人を訪れて好む道の物語などして、時の過ぎるのを忘れたが、知人の親しい友から、わざ/\童に簑(みの)を被(き)せ、小さな器に物を入れて、雪の中を贈り越した。
 使の童のいふやう、『これは今日、他よりの到來品、ほんの些少(させう)ながらお分け申します』と、主人の言葉を其まゝ傳へ、足早く又雪の中を歸り去つた。さて中には何があるやらと、器の蓋を取つて見れば、黄粉(くわうふん)をまぶした餅であつた。主人は一方ならず喜び、『今日は何もなうて、甚だ口淋しく感じてゐたところ此は思ひもよらずよい物を貰うた。人々にも分けて食べよう』と、箸を以て取らうとしたが、此の餅は存外に硬(かた)かつた。
 主人は又考へて、『さては此の餅は相當の日數を經たものらしい。燒けば幾分か柔かくなるであらう』と、金網を爐(ろ)にかけ、其上に此の餅を並べ置くに、怪しきかな火氣(くわき)の強くなるにつれて、餅は次第に融(と)け、水に變じて爐中の火は殘らず消え失せ、金網(かなあみ)の上には何も殘る物がなかつた。
 これを見て、主人をはじめ、一座の人々大いに驚き、『こは又如何したことやら』と、器の中に殘るのを見れば、意外意外(いぐわいいぐわい)、餅と思つたのは、雪を固めて其形につくり、米糠(こぬか)をまぶして、萩の餅の如くにしたもので、火にかけて融けたのも、道理と頷かれた。尤も此を贈つて來たのは、年來懇意(こんい)の友達である。戲れにかうして、雪の日の興を添(そ)へようとの雅びの下心であつた。そこで梅男は、主人に代つて、『浦島(うらしま)が、函かあらぬか器もの、あけてくやしき、雪のもちひに』の一首を即詠して、かの器の中に入れて、親友の許へ送り返させたといふ。(猿著聞集)」



「りノ部 四六 李審言(りしんげん)の羊(ひつじ) (支)」:

「唐の長安に李審言といふ男があつた。殊更官に仕へようともせず、若い身空を田圃(でんぽ)に出て、汗水たらして專ら農耕の業に勵むのであつた。或時審言は、不圖病氣に罹り、精神が狂はしくなつて、其家に飼ふところの羊と、同じ餌槽(えをけ)の食を好むので、これは大變だと、頻りに醫療を加へさせたが、少しも恢復(くわいふく)しなかつた。
 さる程にわが家を出て、西に向つて走ること百里ばかり、路の傍に、多くの羊の群れ遊ぶを見て、忽ち其中に身を匿(かく)すのであつた。
 後から追かけて來た者が、審言を捉(とら)へて連れ戻らうとすると、見る/\一匹の羊と化したので、どれが本物の審言であるか、いくら檢べて見ても、更に其見さかひがつかなく成つて大きに當惑した。
 家人等は泣きながら、羊の群中から、猶も審言を求めようとした。すると審言の羊が群を離(はな)れて、『吾を連れ歸ることはよいが、決して殺すことならぬ、吾は最早(もは)や羊と成つて、愉快此の上もなく、再び人間の苦しみを受(う)け度くない』と語つた。そこで家人等は、此の羊を連れて家に歸つたが、久しい年月を經(へ)て、自然に死んで了つたといふ。(瀟湘録)」



「りノ部 五三 鯉女(りぢよ) (朝)」:

「或處に一人の貧しい漁夫が居て、或日一尾の大きな鯉を釣つたが、何としてもそれを殺すに忍びず、臺所の甕(かめ)の中に入れて養ふ事にして、夕方家に歸つて見ると、美味しい御飯が膳の上に整(とゝの)へられてあるので、どうした飯かと疑ひながら、それを食べようとすると、急に膾(さしみ)が欲しくなつたので、思はず甕の中の鯉を覗(のぞ)いて見たが、どうしても殺す氣になれなかつた。
 翌朝早く起きて竊(ひそか)に臺所を覗いて見ると、甕の中の鯉が美しい女になつて飯を炊(た)いてゐた。漁夫はいきなり女の手を執へると、女は哀訴(あいそ)して、『妾は水國の龍王の娘で、貴方に縁(えん)があつて來たのだが、もう三日經てば完全に人間となる事が出來る。どうか三日の間だけ待つてゐて下さい』と云つた。果して三日目に、鯉は立派な美しい女になつた。
 其後鯉女の法術(ほふじゆつ)に依つて、大きい家が建てられ、食物も着物も思ふまゝに出來たが、女は家を建(た)てると共に、大きな浴室(よくしつ)を拵へ、毎日一二回づゝ水浴をした。而も其の入浴の樣子は決して覗(のぞ)いては不可ぬ、覗けば必ず不幸が起るからと、繰返し/\云つた。二人の間には、早や三人の男女が生れ、至極幸福に暮(くら)して居た。
 或日のこと、男は到頭我慢(がまん)し切れなくなつて、女の入浴の樣子を覗いて見ると、女は大きな鯉になつて、悠々と浴室の中を泳(およ)いで居た。覗かれたと知つた女は、直に浴室から出て來て、さも悲しげに、『もう一年の我慢で、私は永久に人間になる事が出來たのだが、私達の縁(えん)はこれで切れた。併し三年の後には人間界ならぬ天上界で、再び一緒(しよ)に暮す事が出來ませう』と云つて、忽ち鯉になつたと思ふと、男の止めるも聞かず、海中の龍宮へ歸つて了つた。すると同時に、大きな家も三人の子供も見えなくなつて、漁夫は再び元の貧しい生活に陷つた。
 ところが果して三年の後には、鯉の女は天から來て、漁夫を連れて昇天し、天上には三人の子供も待つて居て、其處で樂しく暮したと云ふ。(朝鮮民譚集)」



「りノ部 一五二 呂后(りよごう)の殘虐 (支)」:

「漢の呂后は嫉妬深き性質とて、戚夫人を憎むこと甚だしく、先づ其手足を切斷し、兩眼を抉抜(くりぬ)き、兩耳を煇(くすべ)た上に、瘖藥(おしぐすり)を飲ませて厠の中に押籠(おしこ)め、之を名けて人彘(てい)と稱し、かくて後に孝惠帝を招いて人彘なる者を見させた。帝は其あまりに酷たらしい有樣に、思はず面を被うて哭(な)き、遂に病床に臥(ふ)して、一年あまり起つことが出來なかつた。
 或時帝は人を以て呂后に請はせるやう、『かゝる所業(しよげふ)は、人の爲すべき道ではありませぬ。私は太后の子として、此の上天下に君臨(くんりん)することは出來ませぬ』といひ、それより日夜酒に浸り、專ら遊樂(いうらく)を事として、毫も政事を見ぬやうになつたといふ。(綱鑑)」



「わノ部 六四 忘(わす)れ病(やまひ) (支)」:

「むかし宋陽里の華氏(くわし)といふ人は、中年に及んで物忘(ものわす)れをする奇病に罹(かゝ)り、坐ることを忘れ、行くことを忘れ、食ふことを忘れ、寢(ね)ることを忘れ、起きることを忘れる有樣で、大きに當惑して醫術(いじゆつ)祈禱(きたう)と、いろ/\に手を盡したが、何としても癒らなかつた。
 そこで華氏の妻子等は心配のあまり、會ふ人毎に此の事を語つて、何か妙法(めうはふ)は無いものかと、頻りに苦心を重ねてゐた。すると或一人の儒者(じゆしや)が此の話を耳にして、『それは何の造作もなく根治(こんぢ)することが出來る』と云つて、早速華氏の家へ招かれ、先づ病人を裸(はだか)にすると、暫くして寒いといふことを覺え、『衣類を着せて呉(く)れよ』といひ出した。又其次には、體を思ひきり熱くしたり、或は長い間何も食べさせなかつたりして一つ/\熱(あつ)いといふことや、飢じいといふことを思ひ出させてゐるうちに、遉に執拗(しつえう)な忘れ病も、それこそ忘れた如くに快癒(くわいゆ)した。
 すると華氏は何と思つたやら、いきなり刀を執(と)つて、儒者を斬殺(きりころ)さうとするので、家族(かぞく)や知人等が吃驚(びつくり)して制止しながら、『どうした事だ。大恩ある人を斬らうなどゝは、氣でも狂つたのか』と問うと、華氏は首を振つて、『否、さうではない無心(むしん)は吾の第一の樂みであつた。ところが此の儒者は却(かへ)つて忘れを治して憂苦を增させた。大恩人(だいおんじん)どころか、正しく大敵だ』と答へたといふ。(義楚六帖)」










こちらもご参照ください:

『説話大観 大語園 第一巻 ア―エ』 巖谷小波 編
『説話大観 大語園 第十巻 索引』
クードレット 『メリュジーヌ物語』 (西洋中世綺譚集成)
オリバー・サックス 『妻を帽子とまちがえた男』 高見幸郎・金沢泰子訳 (晶文社サックス・コレクション)





















































『説話大観 大語園 第八巻 ヒ―ミ』 巖谷小波 編

「むかし或人が、二人づれで此の野を通つてゐた。折から秋の半とて、月も淸く、草葉に鳴く松蟲の聲も殊更(ことさら)面白かつた。そこで一人は其まゝ此の野に留つて、草の上に坐して、蟲の聲に聞き惚れてゐた。
 連の一人がいつ迄も歸つて來ないので、どうして居るやらと、又一人が尋ねて來てみると、其男は草を枕にして、もはや息も切れて居るので、泣く/\屍骸(しがい)を土中に埋め、松蟲塚と呼んだといふ。」

(『大語園』 「まノ部 一〇三 松虫塚(まつむしづか)」 より)


『説話大観 
大語園 
第八巻 
ヒ-ミ』 
巖谷小波 編



名著普及会 
昭和10年11月24日 初版印刷
昭和53年7月22日 覆刻版発行
2p+19p+784p 
A5判 
丸背クロス装(継表紙)上製本 
機械函
全10冊定価74,000円



本書「凡例」より:

「本卷は大語園第八卷にして、前卷の後を承け、『ひ』『ふ』『へ』『ほ』『ま』『み』の六項目を登録した。(中略)猶本卷中には平田篤胤の稻生怪談、若くは萬の長者の如き、長篇の説話を掲載した。」
「本卷中の『へ』の部門には、蛇に關する説話が、特に多きを占めて居る。」
「因果應報の道理を説破せむに、蛇は眞に好個の材料である。されば少なからぬ其説話中、殆ど之が大部分は、執念、愛欲、邪惡等、總じて暗黑の方面にのみ應用せられ、報恩、忠孝、陰德、功驗等の如き、光明の世界には、全く其影を沒せるも、亦面白き現象である。」



本文二段組。旧字・旧かな。
元版(初版)は平凡社刊。編者・巌谷小波は昭和8年没、本書は没後刊行で、実質的な編集・執筆作業は弟子の木村小舟と小波の次男・巌谷栄二による。







内容:

凡例
目次

ひノ部
 一~二三一
ふノ部
 一~二一四
へノ部
 一~九〇
ほノ部
 一~一一七
まノ部
 一~一五七
みノ部
 一~一四一




◆本書より◆


「ふノ部 二二 不可説(ふかせつ) (朝)」:

「高麗(かうらい)の地に、不可説(ふかせつ)といふ獸があつた。其形は猫に似て居たが、食べる物と云へば、熱鐡(ねつてつ)の類迄も、平氣で嚥下(のみくだ)して了ふので、鐡砲彈では撃ち捕へる事も出來ず、時々人家へ侵入して鐡瓶、鍋、釜、鍬、鎌、釘に至るまで、口に委せて食ひ荒した。
 それが李朝になつてからは、何所ともなく姿を晦したが何しろ奇怪な獸で、名も附けられないといふ所から『不可説』と呼ばれたと云ふ。(傳説の朝鮮)
 〔別説〕 高麗の末に、ある未亡人(みばうじん)が針仕事をして居ると、其目の前へ、一足の蟲が匍つて來たので、戲(たはむ)れに手にする針を出すと、蟲は逃げるかと思ひの外、針の先を嚙んで食ふのでそれが面白さに、未亡人は其蟲を飼育して、毎日針を食べさせて居ると、蟲は次第に大きくなつて、はては金屬の容器迄も食ひ盡し、やがて食べる物が無くなつて、市中にまで匍ひ出し、家々の金物を片端から食ひ出したので、さア一大事、官廳でも捨て置かれずと、刀で刺(さ)し殺さうとしたが、金物を食ふだけあつて、刃は通らず、燒いて了はうと火の中に入れても、火の玉のやうに眞赤になつて、町中を走り廻つた。其爲に玉の轉り行くところには、悉く火事が起つて、遂に開城の都が全滅して了つた。此の不思議な蟲は名を『不可殺』と呼ばれたと云ふ。(同上)」



「へノ部 四 平太郎(へいたらう)と怪物(くわいぶつ)」:

「寛永二年の頃、備後國三次郡に稻生平太郎(いなふへいたらう)といふ男があつた。或夜隣家の權八方で、百物語といふ怪談會を催し、其どん尻の鬮(くじ)が平太郎に當つた。そこで平太郎は、丑滿頃に會場を出て、比熊山(ひぐまやま)といふ深山へ登つて行つた。元來此の山には、千疊敷と呼ばれる平場があつて、大木森々と茂り、樵夫(きこり)の道も絶え、且此の平場の脇には、三次若狹の古塚(ふるつか)があり、塚の後方には、千年を經た大杉があつて、之を天狗杉と名づけ、木に觸(ふ)るゝ者は、祟があると言ひ傳へる。併し剛氣(がうき)の平太郎は此の天狗杉を三度廻り、木蔭の草の葉を結びて、印をつけて歸つて來た。彼の剛膽には、誰とて舌を卷かぬは無かつた。
 平太郎は角力を好み、諸所の素人相撲(しろうとすまふ)に出場して勝利を得てゐたが、かの百物語を催して數十日の後、近所の小者(こもの)一人を連れて、相撲場から我家へ歸らうとすると、今まで晴れ渡つてゐた空が、比熊山の方から、一朶(だ)の雲の湧き起るよと見る間に、滿天墨(すみ)を注ぐが如く、大粒の夕立が、パラ/\と降つて來たので、平太郎も其從者も、大急ぎで走り歸り、平太郎は雨に濡れた帷子(かたびら)を乾し、やがて蚊帳(かや)を張つて休息した。
 雨はいよ/\烈しく、雷の鳴る音は頗る物凄い。やがて眞夜半と思ふ頃、小者の權平(ごんぺい)が、急に苦しさうな聲を發するので、平太郎は叱る如くに之を呼起せば、權平は呼吸も苦しげに、『何だか知りませんが、大きな男が現れました。あまり恐しさに、今夜は隣室(りんしつ)に眠ることは眞平で御座います』といふ。平太郎は聲を勵して、『馬鹿な事を申すな。それは貴樣の臆病から、夢を見たまでの事だ。心を鎭(しづ)めて眠れ』と諭した。
 ところがそれから又暫くして、前と同じ樣に權平が苦悶するので、又々叱(しか)りつけて休ませた。此の時尅に至つて、雨はます/\烈しく、車軸を流すばかりである。折から颯と吹き來る一陣の風に、平太郎が枕元の燈火(ともしび)は、フツと消されたが、又點(つ)けるのも面倒なればと、其まゝに棄てゝ置いた。すると暫くして、障子にパツと赤い火の影が映(うつ)るので、さては近所に火事が起つたかと、驚いて起上つてみると、今まで明るかつた障子が、又元の如くに暗くなつた。さては愈怪しいと、障子に手をかけて開けようとしたが、釘で打付けたか容易に開けられない。
 剛氣の平太郎は、柱へ足を掛け、力委せに兩手で強く押開けば、障子一枚碎(くだ)けて漸く開いたが、今度は兩方の肩と帶とへ手をかけて、力強くも前へ引出さうとする者がゐる。平太郎は心得たりと、足で鴨居を強く踏(ふ)みしめ、左の手で柱をしかと摑(つか)み、右の手を伸ばして對手を叩(たゝ)き伏せようとした。何分暗夜のこととて、更に目には見えぬが、丸太(まるた)の如き物に、粗(あら)い毛がモジヤ/\と生へてゐる、これは肩と帶とにかけた手の指らしいが、さて何處に本體のあるやも解らず、三四間も彼方から、材木などに引かけて引かれるやうに感じられた。平太郎は少しも屈せず、鴨居(かもゐ)に右の手をかけて、一歩も進まじ退かじと、はげしく爭ひ續けた。
 此の時彼方の大手の屋根(やね)の上から、強い光がさして、一時に怪物の手先なども見えたが、ハツト思ふ間に、又眞暗(まつくら)に成つた。かうした光は一度ならず、二度も三度も見えたが、よく/\思ふに、此の光は怪物の眼で、一度カツと開く時は、蟻の這ふさへ見え、爛々(らん/\)たる光輝は太陽に等しく、殆ど面を向けることもならず、尋常の者ならば、直ちに氣絶すべきを平太郎は元より剛氣の男とて、少しも恐るゝことなく、心を鎭めて睨(にら)み返すと、怪物は忽ち眼を閉ぢて眞の暗と化し、猶も力に委(まか)せて平太郎を引立てようとする。
 そこで平太郎は、大聲をあげて、『刀を持つて來い/\』と、小者を呼んだが、彼等は既に正氣を失ひ居ることゝて、誰とて返事をする者もない。平太郎も今は絶體絶命(ぜつたいぜつめい)、エイとばかり掛聲して、一層強く引く。怪物も同じく強く引く。之が爲に衣服の兩肩裂(さ)け帶も切れて尻居に瞠と倒れ伏した。併し平太郎は直に起上り、刀を取つて飛出せば、怪物は一歩退いて、床の下に潜(もぐ)り込み又もや爛々たる眼を輝かすに、平太郎は續いて打つて入らうとしたが、床が低いので入ること叶はず、床越しに一刀を浴せようとする。
 すると不思議や、床の疊が一度に散亂(さんらん)して、宙に舞ひ上り、只平太郎の弟の勝彌の寢てゐる疊一枚だけ、何の異状(いじやう)もなかつた。之より曩權平は、疊と共に跳ね飛ばされて、全く正氣を失ひ、物の役には立たなかつた。然るにかく散亂した疊は、自然に座敷の隅(すみ)に積み重ねられ、其作業(さげふ)は大勢の人足の手で運ばれるのと異らぬ。
 平太郎は怪物の猶も床下に潜み居ると信じ、床の透間から刺通したが、何の手答もなかつた。折しも門の戸を激しく叩き、慌しく駈け入る者がある。こは必定怪物の襲來(しふらい)に相違なしと、其方を見たれど、何の影も形も見えない。兎角して漸く入來るのを見るに、三井權八ではないか。權八は平太郎に向ひ、『實は先刻家來を召され、刀を持つて來いとの事、何か變事(へんじ)の起つたやらと、急いで參りました。然るに只今御門前にて、一人の小僧が茶碗(ちやわん)に水を入れ、スツとばかりに拙者の面前を通り過ぐるよと見るや、其まゝ總身痺(しび)れて聲も出ず、如何にも口惜しきことながら、暫く心を鎭めて後、漸く内に入ることを得ました』と、聲を顫はせた。
 此の怪事の起つたのは、寛永二年七月一日のことで、而も之より平太郎の身邊(しんぺん)には、連日怪しい事件が發生し、其評判いよ/\喧(やかま)しく、遠近より見物に來る者も少くなかつたが、六日に至つて遂に一大怪事が發生した。そは何所からともなく抜身の刀が、鳥の飛ぶが如くに空より鳴りひゞいて來り、平太郎の義兄なる新八の帷子の右袖を、少しばかり切つて、後方の地に鍔元(つばもと)まで突立つた。
 意外なる此の出來事に、皆々大きに呆れたが、中にも新八は、殊更危いことであつたと、切られた袖を檢めながら、身を顫(ふる)はせたも道理である。かくて其刀を抜取つて見るに、意外にも之は平太郎が、家來に貸し置いた脇差であつた。鞘(さや)は如何なつたやらと、念の爲に諸所捜索したが、皆目(かいもく)判らなかつた。すると何所からともなく、どんとこゝに(引用者注:「どんとこゝに」に傍点)と、どうやら人間の口利くやうに聞えるので、皆々何所か/\と、聞耳を立てると、座敷にかけた額(がく)の邊から起るらしい。
 そこで先づ額を下すと、其後から脇差の鞘が、パサリと落ちて來た。家來に貸したもので、其室に置いてあつたのが、如何してこゝに在つたか、實に不思議である。併し怪物も流石に心ある者で、此方があまり熱心に捜索(さうさく)した爲に、其在所を教へて呉れたのはしほらしい。
 さて新八や其他の者も、時尅の都合で、それ/゛\歸つたが、其後は日中と雖、時々怪しい事件が突發(とつぱつ)して平太郎を惱ました。或時平太郎は夕飯を濟(す)ませ、湯に入つて後、一休みしようと思ふ所へ、叔父の川田茂左衞門がやつて來た。堀場權右衞門も同道であつた。此の兩人は平太郎の口から、連日の怪事の模樣(もやう)を聽取つた上、『然らば今夜は、吾々兩人にて伽をしよう』と申出た。平太郎はたつてそれを斷つたが、兩人は、『では兎も角も雜談(ざつだん)して一夜を過さう』と云つた。
 やがて暮方になつたので、夜食(やしよく)を用意させて與に食ひ、世間話に時を移した。此の夜はいつになく物靜(ものしづか)であつたが、夜半時になると、臺所の方に、大さ一抱ほどの、白くて丸いものが、ふわり/\と舞(ま)ひ上つた。兩人は氣味惡く思つたやら互に顏を合せ、無言のまゝで身を顫はせてゐた。
 かういふ事には、馴(な)れてゐる平太郎、何をするかと見てゐると、此の白い物は、次第に座敷の方へ舞ひ來て、權右衞門と茂左衞門との、頭を合せてゐる中央へ、バサリと音して落ちかゝつて來た。兩人はキヤツと叫んで、思はず其場を飛退いたまゝ、生氣(しやうき)を失ふばかり、口も利き得なかつた。後で平太郎がそれを檢めて見ると、鹽俵(しほだはら)の古いのであつた。
 七月七日の朝になつた。平太郎は七夕の禮を述べるとて、家の戸を引立てゝ兄新八、叔父川田茂左衞門の兩家を訪れ、其他の家々へは出向かずに歸つて來た。其理由は、途中で出會ふ人々に、怪物の事を尋ねられ、又一度も見ぬ人々は、よい加減の嘘(うそ)を云つてゐるのであらうと、平太郎を疑ふ者もあるので、煩しいことに思ひ、態と他家へは廻らなかつたのである。
 此の日も暑氣殊の外にきびしく、凌(しの)ぎ難かつたが、夕方からは空も曇(くも)り、七つ過に夕立が來て、又間もなく晴れ上り、星會(ほしあひ)の空も美しく、平太郎は心ゆくまでに眺めてゐたが、今夜は殊更人も居らず、結句(けつく)伽は邪魔とばかり、早く戸を閉めて臺所へ上らうとすると、こは如何に、奧の入口一杯の、大きな白い袖が見える。
 不思議な物が現れたと、暫く目を据ゑて見てあれば、袖口から大きな手がヌツと出た。而も此の手は丁度擂木(すりこぎ)に似て、指の部分は握拳の如く、丸くてしらけた手である。すると此の奇怪の手の先から、今度は普通の人の手と同じ位の一本が現れたが、之も又擂木の如く、見る間に三本五本と、次第に其數を增し、蠢々として動く有樣は、二目と見られぬ無氣味(ぶきみ)のものであつた。
 併し平太郎は少しも驚かず、進み寄つて之を捉へようとすれば、パツと消えて影も形も見えぬ。ハテ訝(いぶか)しと遠退いて見れば、又あり/\と見える。進みつ退きつ、やゝ暫くは爭つてゐたが、やがて夜半の鐘の音さへ耳に通ふので、かゝる者を對手にして、徒らに身を疲らすも甲斐なき業と、平太郎は蚊帳(かや)の中に入つて、横に成るや否や、彼の怪しき無數の手は、面や頸へ冷々と當る。柔かく氣味の惡いこと此の上もないので、跳(は)ね起きて拂ひ退ければ、パツと消え、寢れば又するすると摩でられ、あまりの煩さゝに、たうとう一晩眠られなかつたが、曉方(あけがた)になつて、手は次第々々に消え失せて了つた。
 かくて七月の晦日になつた。此の日は午後から夕立が降り、風さへ加つて、縁側(えんがは)へ横降がして障子がぬれたので、押入の戸を外して、其所に立てかけ、雨の降込むのを防いだが、如何なる故か、雨と共に激しい家鳴りが起つた。これも正しく怪物の仕業(しわざ)である。そこで平太郎の思ふやう、『さて/\いつまで怪物に惱まされることやら、併し此の二三日間の樣子から考へるに、日中さへ樣々の惡戲(いたづら)をするのは、怪物も大分油斷があるらしい。此の上は機會を捉へて、必ず對手の正體を觀破り、屹度成敗(せいばい)して呉れよう。それにつけても刃物が無くては勝目がないから、脇差ばかりは四六時中、身を離すまい』と、秘藏(ひざう)の一刀を取り出して腰に挾み、食事の場合にも、必ず片手は脇差にかけ、少しの油斷(ゆだん)も隙も見せなかつた。
 さしも烈しかつた雨も、暮方(くれがた)より漸く止み、雲も名殘なく晴れて、美しい星空になつたので、平太郎は立てかけた戸を取入れ、雨にぬれた縁側の樣子を見ると、未だ幾分じめ/\するに、障子を引立てゝ内に入れば、此の時早く他の障子カラリと開きて、大いなる手がヌツと現れ、いきなり平太郎を捉へようとする。待ち構へたる平太郎は、こゝぞとばかり抜打に斬りつけると、早くも手は引込められ、したゝかに障子を斬つた。
 失敗(しくじ)つたかと平太郎は、其まゝ外に飛出さうとする。此の時意外にも障子の外から、『先づ待たれよ、それへ參らう』と、大音聲に呼び立てる。平太郎は心の中に、『さて/\之は面白い、出て來た所を待伏せして、只一打に斬つて棄てよう』と、思案して待つ程に、障子をサラリと開き、現れ出でた大男は、鴨居(かもゐ)よりも一尺ばかり上に、其首が突出し、至極肥滿(ひまん)して居るが、人品といひ骨柄といひ、只人とも思はれず、花色の帷子に、〓(衣偏+上)〓(衣偏+下)(かみしも)を着し、脇差を横へ、靜に歩み寄つて、平太郎の向ふの座に直る。
 此の時隙(す)かさず平太郎は、エイと一聲斬つてかゝる、大男はさながら風に吹かれる如く、ふら/\として後方の壁(かべ)の内に、影の如くに入りながら、カラ/\と笑つて語るやう、『折角話したい事のあつて、態々(わざ/\)參上致したのである、其御樣子では話も出來ぬ。先づ/\刀を收められよ』と、落ついた物のいひ振に、平太郎も考へて、『此の樣子では、容易に打止め難い、對手に油斷(ゆだん)させて置いて、然る上にて退治しよう』と、脇差を鞘に收め、其場に坐つて待つ程に、壁の中からは、後方に人がゐて押出す如くに大男現れ出で、『さて/\汝は剛氣の者ぢや』と、平太郎を褒(ほ)める。此方は言葉も鋭く、『さういふ汝は何者か、いで正體を現せ』と、激しく問ひかけると、對手の大男は、『吾こそは、山(さ)ン本(もと)五郎左衞門と云ふ者だ』と、初めて其名を明した。
 併し平太郎は隙かさず、『さういふ名は人間らしいが、汝はどう見ても人間とは思はれぬ。狐狸か天狗(てんぐ)か、何れにしても正體を現せ』と詰め寄れば、大男は案外素直に、『日本にては山ン本五郎左衞門といふが、如何にも汝の申す如く、吾は元々人間ではなく、實は魔王の類である。而も吾の類は、日本にては神(か)ン野(の)惡五郎只一人だ』と、素性を明(あ)かして平太郎を睨(にらま)へる、其姿の恐しさ。
 兎角する程に、平太郎の居場所より四尺ほど左の方に、炬燵(こたつ)を置いて葢(ふた)をしてあつたが、其葢自然に舞ひ上つて、ふら/\と次の間へ飛去つた。平太郎は怪物が又何を仕出來すやらと、默つて見て居ると、今度は炭櫃(すみびつ)の炭が次第に卷上つて、茶釜を架けた如くに丸くなつた。丁度茶釜の釻(くわん)のついてゐる邊に、小さな丸い物が出來て、其所から湯氣をたてゝグラグラと煑え上り、遂には煑え溢れて、疊の上へタラ/\と流れ出した。見ると溢れたものが、變にウジ/\動くので、何かと目を据ゑて眺むれば、これは殘らず蚯蚓(みゝず)である。
 平太郎は此の世の中に、嫌(きら)ひな物は一つもなかつたが、只蚯蚓を恐れること甚だしく、途中にて、其乾上つた屍骸を見ても、胸先(むなさき)を惡くする程である。然るに今室一杯の蚯蚓を見せられては、何で恐れずにゐられよう。こは不思議と、猶も心を鎭めて釜を見れば、其釜と思つたのも、又蚯蚓の塊(かたまり)ではないか。
 さて煑え溢(こぼ)れた澤山の蚯蚓は、頭を揃へて段々平太郎の居る方へ這ひ寄つて來る。かゝる場所に、かくも多數の蚯蚓の居る道理はない。これは必定(ひつぢやう)怪物が、平太郎の蚯蚓嫌を知つて、いやがらせをするに相違ない。かう思ふと幾分か氣味の惡さも忘れ、屹(きつ)と睨み返して居ると、一時間ばかり過ぎて、蚯蚓は又元へ引返し、遂には一匹も見えなくなり、炬燵の葢も、元の場所へ舞ひ戻つて來た。
 ホツと安心の胸を撫(な)でる間もなく、彼の大男は平太郎を見て、呵々と笑ひ、扇子(せんす)を使ひながら、『さて/\汝は氣丈者である。だが其氣丈の爲に、之まで餘計(よけい)な難儀をしたぞ、汝は當年十六歳で、危難(きなん)に曹ふ年廻りだ。さういふ者に逢へば、驚かして行くのが俺の仕事だ。俺は汝に比熊山で初めて逢うたが、其時から俺は熱心(ねつしん)に汝を驚かした。併し汝は豫想外に氣丈な男で、思はず日數を費やしたが、斯くては俺の修行の妨(さまたげ)になる。俺もよい加減に此所を去つて、九州の島々へ渡る。就いては今夜出立するから、此の後は何の怪事もあるまい。殊に試驗濟(しけんずみ)の汝だ、もはや神ン野惡五郎も來なからう。尤も今日以後に、猶怪しい事が起りもすれば、北の方に向つて、山ン本五郎左衞門が來たぞといへ、イヤ、長い間逗留(とうりう)して、一方ならぬ厄介をかけた』と、禮を述べて辭儀をした。
 此の殊勝(しゆしよう)さに、平太郎も會釋(ゑしやく)すると、大男は重ねて、『念の爲に俺の歸る所を見屆けるがよい』と、座を立つので、平太郎も山ン本五郎左衞門がどんな樣子で歸つて行くか、是非それを見て置き度いものだと、後について縁側(えんがは)まで出ると、大男の五郎左衞門は庭へ下りて、又一寸會釋するので、平太郎も同じ樣に腰をかゞめると、其機會(きくわい)に大男は、グツと平太郎を抑へつけて、動かれぬやうにした。平太郎は口惜しさやる方なく、脇差へ手をかけようとしたが、手は縁に附着けられて、それも叶はず、全く鷲に摑(つか)まれた小雀同樣である。
 暫くして大男が少しく手を緩めたので、やう/\起上つて見ると、いつの間にか庭には駕籠、挾箱(はさみばこ)、槍、長柄、傘、若黨、小者に至るまで、狹い地面に隙間(すきま)もない。殊に駕籠は普通の大きさで、又供廻りも常體(じやうたい)の人間である。此の普通の駕籠に、どうして彼の大男が乘り得るやらと、平太郎は不審(ふしん)に思つて見てあれば、大男は片足(かたあし)を駕籠に入れるや否や、身體はさながら疊み込む如くに、何の苦もなく乘り、先供其外行列を立てゝ、影の如くに消え去つたが、其後は果して何の怪しいことも起らなかつたといふ。(稻亭物怪録)」



「へノ部 七七 蛇息子(へびむすこ)」より:

「〔別説〕 或る夫婦が何年經(た)つても子が出來ず、年を取つてしまつたので、神樣に願かけたところ、女房は急に孕んで一人の男の子を産んだので、名を龍吉(りゆうきち)と名付けて大事に育てゝ居たところ、龍吉は始めの中は普通の人間の子であつたが、月日が經つにつれて身體がだん/\長くなつて、遂には手も足もない、蛇に似た樣になつて來たので、もう捨てるより外はないと、或日夫婦は龍吉を箱の中に入れて、山の上迄行き、『神樣から授(さづ)かつたる故捨(す)て度くはないが、斯う長くなられちや家に置(お)けないから、お前も自由だと思つて山に連れて來た。用があつたら、何時でも呼ぶから、その時は來てくれ』と、涙乍らに云ひ聞すと、龍吉は嬉しげに、ヒヨロ/\何處とも無く駈けて行つた。
 幾年もの後、その國中が旱魃で、稻といふ稻は枯れ凋み、いくら雨乞の祈禱(きたう)をしても、甲斐のなかつた折、お上では少しでも雨を降らす事の出來たものには褒美をやるとの布告を出した。今は爺婆になつた夫婦は、ふと長い蛇の樣な龍吉の事を思ひ出し、あの子なら何か出來るかも知れぬと、山へ行つて捜(さが)して見ると、もう大きな大蛇になつて居た。爺が理由を話して、雨を降らせる事が出來るかと聞くと、出來るといふので、七日の間吹かず荒れずの靜かな雨を降らすことを約束して、爺婆は代官(だいくわん)の許へ赴き、俺等の子の大蛇が斯ういふ具合に雨を降らす筈だが、屹度御褒美を下さるかと尋ねると、代官は雨さへ降れば何ぼでもやると約束した。
 するとその翌日から七日の間、龍吉の云つた通り、荒れもせず、風も吹かず良い鹽梅に雨が降り續いたので、爺婆はお上から澤山褒美(ほうび)を貰ひ、長い子でも龍吉は、一生安樂に親達を過させることが出來たと云ふ。(甲斐昔話集)」



「まノ部 九三 松食蟲(まつくひむし)」:

「寛永年中武州川越(かはごえ)邊の松の木に、一種の蟲が發生して、松葉を食ひ、木を枯らすこと甚だしく、領分の百姓が此の事を訴へ出た。伊豆守は智慧深く、謀遠き名將である。其訴へを聞くと共に、松の蟲を悉く取つて壺(つぼ)に入れ、一壺の價何程といふことを定め、百姓に命じてこれを取らせた。
 百姓共は、吾先にと松林に入つて蟲を取り、壺に一杯充たせたが、其の數數百壺に達したから、深い穴を掘つて、壺ごと埋めて了つた。かくて三年程過ぎて、其壺を掘り起して、内部を改めて見るに、意外にも蟲はなくて、只松脂(まつやに)ばかりが殘つて居たといふ。(諸國里人談)」



「まノ部 一〇三 松虫塚(まつむしづか)」:

「後鳥羽院の宮女(きゆうぢよ)に、松蟲鈴蟲といふ二人の美女があつた。其頃法然上人が、東山で別時念佛(べつじねんぶつ)を催し、聽聞の貴賤老若群集する中に、此の二人の宮女も居たが、遂に發心して髪を剃り出家の身となつた。
 院は此の事を聞召して大いに逆鱗(げきりん)せられ、上人をば土佐國へ流した。さて鈴蟲は其後如何したか、消息も知れないが、松蟲は此所に來て、やがて空しくなつたので、しるしの塚を築いて松蟲塚の名に呼ぶといふ。(芦分船)
 〔別説〕 東成郡阿部野の松蟲塚は、むかし農繇(のうえう)と呼ぶ琴の名手があつて、小野小町と同棲(どうせい)してゐたが、或時琴の音が蟲の聲に及ばぬのを歎じて、琴を投げ棄てゝ蟲聲喞々(そく/\)滿荒野、闇釀酢戀情琴瑟抛と詠じたので、それよりして松蟲の局と呼ばれた。
 松蟲の局は此の阿部野の生れであつたが、成長の後に宮中に仕へ、老後此の地に歸つて草菴を結び、遂にこゝで空しくなつたので、後の人が記念の爲に此の碑(ひ)を建てたのであるといふ。(東成郡志)
 〔別説〕 むかし或人が、二人づれで此の野を通つてゐた。折から秋の半とて、月も淸く、草葉に鳴く松蟲の聲も殊更(ことさら)面白かつた。そこで一人は其まゝ此の野に留つて、草の上に坐して、蟲の聲に聞き惚れてゐた。
 連の一人がいつ迄も歸つて來ないので、どうして居るやらと、又一人が尋ねて來てみると、其男は草を枕にして、もはや息も切れて居るので、泣く/\屍骸(しがい)を土中に埋め、松蟲塚と呼んだといふ。(攝陽群談)」



「みノ部 五 木乃伊(みいら) (支)」:

「回々(ふい/\)の田地に、七十八歳の老人があつて、一身を棄てゝ衆生を濟ふことを念願(ねんぐわん)とし、久しく普通の飲食を斷ち、身を淸めて蜜ばかりを食べてゐた。かくて數月を經て、此の老人は大小便にまで、蜜ばかりを漏(も)らし、他の汚穢物は更に交へなかつた。
 死んでから後に、土地の者が、其石棺を改め見ると、棺に溢(あふ)れるばかりの上等の蜜が溜つてゐた。やがて永い歳月を經たから、其次第を棺の蓋に彫(ほ)りつけて、地中に埋めて置いた。それから百年過ぎて、棺を掘り出して、蓋を開けて見たら、見事な蜜劑(みつざい)に變じてゐた。不幸にして手や足を折損じた者が少しばかり此の蜜劑を甞(な)めるのに、どんな重傷者でも忽ち全治する。かくして回々の老人は、生前の思ひ通りに、多くの人を救(すく)ふことが出來たといふ。(輟畊録)」










こちらもご参照ください:

『説話大観 大語園 第一巻 ア―エ』 巖谷小波 編
『説話大観 大語園 第九巻 ム―ワ』 巖谷小波 編
『謡曲集 下』  横道萬里雄・表章 校注 (日本古典文学大系)
『稲垣足穂全集 第三巻  ヴァニラとマニラ』





































































プロフィール

Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
なぜならわたしはねこだから
 
◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

Koro-pok-Guru
Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。
歴史における自閉症の役割。

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