自然保護運動発祥の地:尾瀬が目指す「サステナブルな観光」とは?|地域の取り組み事例|JNTO(日本政府観光局)
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自然保護運動発祥の地:尾瀬が目指す「サステナブルな観光」とは?

自然保護運動発祥の地:尾瀬が目指す「サステナブルな観光」とは?

自然保護運動発祥の地:尾瀬が目指す「サステナブルな観光」とは?

2022 年 4月、尾瀬国立公園/尾瀬かたしなエリアが全国で7番目のゼロカーボンパークに登録されました。尾瀬は、かつて観光客の急増による環境破壊を経験し、多くの人々の努力によって自然環境を回復させた経験を持っています。ゼロカーボンパークの取組を通じて、これからどのように「観光と環境保護の両立」を図っていこうとしているのでしょうか?「尾瀬かたしなゼロカーボンパーク」実行委員会の共同事務局である片品村むらづくり観光課の狩野久良さんと東京電力ホールディングス株式会社 ESG推進室の小暮義隆さん、お二人にお話を伺いました。

対象地域
群馬県・片品村
面積
391.8 平方キロメートル
総人口
​4,096人(令和4年12月1日現在)
主要観光資源
尾瀬ヶ原、日光白根山​、武尊山​等
公式サイト
https://www.vill.katashina.gunma.jp/

「日本の自然保護運動発祥の地」として脱炭素化に取り組む

―群馬/尾瀬かたしなエリアは、2022年4月に「ゼロカーボンパーク」に登録されました。その背景について教えてください。

(狩野)「ゼロカーボンパーク」は環境省の登録制度で、国立公園の脱炭素化を先行して取り組む地域を指します。国立公園を「カーボンニュートラルのショーケース」とし、訪れる国内外の人たちに「脱炭素型の持続可能なライフスタイル」を体験していただく場づくりを目指しています。

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ゼロカーボンパークのイメージ(令和3年6月9日国・地方脱炭素実現会議
「地域脱炭素ロードマップ(概要)」より):環境省ホームページ

 

(狩野)片品村においては、最終的には「村全体を脱炭素化する」ことを目標にしていますが、特に尾瀬国立公園は、村の主要産業である観光業を支える存在であることから、先行的に脱炭素化に取り組もうと、関係者と一丸となって今回の登録を目指してきました。

片品村は2022年2月に「片品村ゼロカーボンシティ宣言」を行い、村長が「片品村5つのゼロ宣言2050」を表明しました。 この宣言は、「2050年までに温室効果ガスの排出ゼロを目指す取組を進める」という内容で、「自然災害による死者ゼロ」「温室効果ガス排出量ゼロ」「災害時の停電ゼロ」「プラスチックごみゼロ」「食品ロスゼロ」という5つのゼロに向けて取り組んでいます。

このことをきっかけにして、片品村では自然保護運動発祥の地である尾瀬とその周辺地域の脱炭素化を図ることを目的として、環境省へゼロカーボンパーク登録の申請を行い、全国の村では初めてとなる「尾瀬かたしなゼロカーボンパーク」として、2022年6月に登録されました。

―尾瀬における観光と自然保護運動の歴史について、また、片品村と東京電力の協力の歴史について教えてください。

(狩野)尾瀬国立公園は、1934年に日光国立公園の一部として登録されました。その後、尾瀬と日光では自然環境や文化、利用の観点などが異なることもあって、日光国立公園から分離独立し、2007年に尾瀬国立公園が誕生しました。観光業が主な産業である片品村にとって、尾瀬国立公園はかけがえのない存在となっています。

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(小暮)自然保護運動の歴史については、大正から昭和にかけて日本の電力需要が高まった時期に、尾瀬の中にダムを建設する計画がありました。その時、地元の山小屋を中心としてダム建設反対運動が起こり、計画が中止になったという経緯があります。さらに昭和40年代に入ると、片品村から尾瀬沼湖畔を通って福島県檜枝岐村に至る道路の建設計画が持ち上がりますが、山小屋を中心とした人々の強い反対により、計画は中断されました。

その後、高度経済成長期に観光客が増加したことによって、今度はゴミの問題が深刻化しました。そこで1972年に「ゴミの持ち帰り運動」が始まり、現在まで続いています。こうした経緯から、尾瀬は「日本の自然保護運動発祥の地」と呼ばれています。

東京電力と尾瀬との関係は、尾瀬の豊富な水を発電に活かそうと、1916年に当時の電力会社である「利根発電」が、私有地であった尾瀬の群馬県側の土地を取得、1922年には「関東水電」が水利権を取得したことをきっかけに始まりました。尾瀬は1951年(昭和26年)の東京電力設立時に、前身の会社から引き継がれました。現在では、尾瀬国立公園全体の4割にあたる土地を東京電力リニューアブルパワーが所有しています。

(狩野)東京電力グループ皆さんのご協力のおかげで、木道の設置、湿原の植生回復、トイレの維持管理などを約70年間行ってもらっています。また、片品村には水力発電施設が数多く設置されるなど、昔からさまざまな分野で協力してもらっています。今回のゼロカーボンパーク登録にあたっても、取組項目や設計手続等に関して、東京電力グループの全面的なご支援を受けています。

 

地域関係者すべてが主体的に関わる仕組みづくり

―ゼロカーボンパークの実現に向けて、「尾瀬かたしなゼロカーボンパーク実行委員会」が設立されました。設立の目的と、委員会のメンバーについて教えてください。

(小暮)今回の実行委員会の設立目的は2つあります。第1に「尾瀬国立公園内の脱炭素化を図る」こと、第2に「尾瀬国立公園だけではなく、尾瀬国立公園周辺の観光エリア、アクセスを含めた脱炭素化を図る」ことです。

「尾瀬国立公園内の脱炭素化」については、国立公園の中に立地する山小屋などの施設における再生可能エネルギー利用、省エネの推進、地産地消などが挙げられます。

「尾瀬国立公園周辺の観光エリア、アクセスを含めた脱炭素化」については、例えば、EV(電気自動車)をはじめ、電動バスや電動バイクなどを活用することによって脱炭素化を図る取組を進めます。もうひとつが「脱プラスチック」です。尾瀬を訪れる観光客の皆さまや周辺の観光施設の皆さまに、マイバッグやマイボトルなどをご使用いただくことで、サステナブルな観光地づくりを目指しています。

委員会のメンバーは、片品村で「観光」「環境」「暮らし」に関わる地域関係者です。片品村長が会長を務め、地元の観光事業者、スキー場経営者、交通事業者といった民間事業者だけでなく、IターンやUターンで片品村に居住している若い個人事業主など、これからの片品村を担う世代も含めたメンバーで構成されています。これまで5回にわたって活発な議論を行い、重点実施事項「6つのチャレンジ!アクションプラン」を決めました。今後は重点実施事項に基づいて具体的な行動内容を議論していく予定です。

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「尾瀬かたしなゼロカーボンパーク」6つのチャレンジ!アクションプラン

 

―実行委員会では2022年に「関係者と村民によるワークショップの開催」「村民アンケートによる観光/環境/暮らしを視点にした"脱炭素"に向けた意識調査」を実施されましたが、その狙いと成果について教えてください。

(小暮)ワークショップや村民アンケートを実施したねらいは、ゼロカーボンバークの取組を、すべての村民が主体的に参加できる取組にしたいという強い思いからです。

村民アンケートでは、尾瀬の未来を担う片品中学校や尾瀬高校の生徒の皆さんにもご協力をいただきご意見をお聞きしましたが、その回答内容がとても印象的でした。それは、「片品村に暮らす私たちにとって、尾瀬のアヤメ平は本当に大切な場所である」という意見が中高生の皆さんから数多く寄せられたことでした。これは私たちにとっても新たな発見であり、アンケートの大きな成果でした。

尾瀬にある「アヤメ平」は、かつて「天上の楽園」とも言われた非常に美しい場所なのですが、高度経済成長期に観光客が集中したことにより、植生が破壊されてしまった歴史があります。しかしその後、多くの人たちの努力により、現在は9割以上まで回復しています。私自身はアンケートを通じて、中学生や高校生たちがその場所を見て、歴史を学んだ結果として「未来に向けて尾瀬を守っていこう」と感じてくれていることに胸を熱くしています。

実行委員会では、現在、若い人たちにゼロカーボンパークの取組に主体的に参加してもらうプロジェクトを検討しており、2023年度より一緒に取組んでいきたいと思っています。

 

「新たな時代の尾瀬観光」をみんなでつくる

―「サステナブル・ツーリズム」や「ゼロカーボン観光の推進」について、具体的な取組を教えてください

(狩野)地元NPOと民間事業者の連携事業として、2021年度から「Eバイク(E-BIKE=スポーツバイク型の電動アシスト付き自転車)を使った周遊ツーリズム」を展開しています。現在はモニターツアーや試乗会を開催している段階ですが、2023年度は、より本格的な運用を目指しています。通常は通れない約7キロの未舗装の村道をEバイクで走って尾瀬国立公園の入山口の一つである富士見峠にアクセスし、現在整備を検討しているキャンプ場までの道のりを楽しんでいただく計画です。

また、今後は「冬の尾瀬」にもぜひ皆さんに来ていただきたいと思っています。現在、地元のスキー場やガイドが団体をつくり、小型の圧雪車で峠まで行き、スノーシューを履いてアヤメ平を散策して尾瀬の雪景色を楽しんでもらおうというツアーが計画されています。

こうしたツアーを催行する際に、山小屋でマイバッグやマイボトルを提供することにより、観光客が排出するゴミを抑制するとともに、自然環境保護への理解を深めていただきたいと考えています。こうした取組は、尾瀬だけでなく、周辺の観光地を含めた広域エリアで行う予定です。

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尾瀬認定ガイドによるサステナブル・ツーリズムの実施風景(尾瀬ヶ原山ノ鼻にて)

 

(小暮)尾瀬国立公園の入山拠点となっている鳩待山荘(東京パワーテクノロジー(株)運営(東京電力グループ))では、インバウンド需要など多様化する観光に対応できるよう、2025年のリニューアルオープンに向けて建て替えを進めています。建て替えにあたっては、CO2排出が少ない高効率給湯機器を利用するなど、脱炭素な山小屋づくりを計画しています。今後は、こうした取組を他の山小屋にも広く展開していく予定です。

さらに、尾瀬の象徴的な風景「木道」に関連する取組も進めています。湿原を守る木道にはカラマツ材が使われていますが、尾瀬の主要入山拠点である鳩待峠からの木道は、東京電力リニューアブルパワーが所有している近くの尾瀬戸倉山林から伐り出したものを利用しています。この山林は、国際森林認証制度「FSC認証」を取得しており、適切に管理された木材を「地産地消」という形で使用することによって、輸送時のCO2排出とコストを低減しています。さらに、使用済みとなった木材は尾瀬の木道ペーパーとして再生し、観光パンフレットやポスターにも活用されています。

―これまでの取組によって、どのような効果があったと評価されていますか? また、今後は?

(狩野)尾瀬国立公園は、1996年に66万人と利用のピークを迎え、その後は右肩下がりの状態が続いています。先日公表された2022年度の入山者数は16万3000人でした。もちろんコロナの影響もあるでしょうが、ピーク時の4分の1以下まで減少しています。

現在、来訪客の減少によって観光事業者の経営が苦しい状況にあり、村としても観光客の来訪を回復させていかなければなりませんが、高度経済成長期のオーバーツーリズムによって環境破壊や渋滞などの問題を招いた歴史を繰り返してはなりません。今回のゼロカーボンパーク登録によって、域内では「環境」と「暮らし」の両面から、50年、100年というスパンで考えていこうという合意ができつつあると感じています。

日本の自然保護運動の原点......これは尾瀬ならではのオリジナリティだと思います。他の国立公園も、それぞれの独自性を発揮するような形で、ゼロカーボンパークをみんなで盛り上げていくことが大切だと感じています。

―「サステナブルな観光地」を目指す全国の自治体・DMOの方々に向けてメッセージをお願いします。

(狩野)脱炭素化は、世界共通の重要課題です。私たちも、「ゼロカーボンパーク第1号」となった乗鞍高原など先進地の視察を行って意見交換をしたり、地元住民の声を聞いたりすることを通じて、今後の取組に活かしていこうと考えています。サステナブル・ツーリズムの取組を日本中で進めるために、一緒にがんばっていきましょう。