コロナ禍では健康保険証を活用した多元的な政策が登場

コロナ禍で導入されたマスクの実名制販売も、健康保険証を通して医療情報クラウド共有システムを利用することにより実現されたものである。薬の指示が重複しないようにするのと同じように、マスクの購入も重複すると薬局の人が簡単に分かるようになっている。現在では既にマスクの自由販売が開始されているが、引き続き薬局でも購入できるようになっている。

マスクの実名制販売が始まったばかりの頃は、システムの仕組みを理解していない高齢者が、A薬局でマスクを受け取った後にB薬局でもマスクを受け取ろうとして薬剤師に怒られる、というニュースがネットに掲載されることもあった。また、コロナ禍で話題を集めた「バーチャル海外旅行」へ参加した人が歯医者へ行き健康保険証を提出したところ、健康保険証を差し込むカードリーダーに「要自宅検疫」の文字が出たという話もメディアで話題となった。台湾は海外からの渡航者に対して一律で2週間の自宅検疫期間を設けており、その検疫期間が過ぎていないことを示していたわけだが、航空会社が実施した本格的な「バーチャル海外旅行」サービスでは、健康保険証にオンライン体験での出入国の記録もきちんと記録されてしまったのである。

さらに、以前筆者が銀行にクレジット機能付きのキャッシュカードの更新に行った際、身分証として健康保険証を提出したところ、銀行側に記録されている健康保険証のパスポート番号と当時使用していたパスポート番号が異なるために健康保険証が身分証として認められず、新しいパスポートの提出を求められたことがある。台湾での健康保険証の徹底した管理には大いに驚かされるものがある。

コロナ禍で受けた経済的ダメージを立て直すために発行された「振興三倍券」を受け取る際にも、健康保険証が用いられる
コロナ禍で受けた経済的ダメージを立て直すために発行された「振興三倍券」を受け取る際にも、健康保険証が用いられる

このようにクラウド上の個人情報に紐付けされている健康保険証は、その利便性から医療面以外でも様々な政策に活用されている。例えば2020年7月、台湾当局が経済の立て直しのために国民の消費行動を促す目的で発行した「振興三倍券」の受け取りにも、健康保険証が用いられた。健康保険証を持って郵便局やコンビニへ行くと、窓口で受け取ることができたり、コンビニのマルチメディア機器で予約と受け取りができたりというものである。中華民国国籍を持つ国民と在留資格を持ち台湾人と結婚している外国人配偶者が対象となっているため、台湾人の配偶者ではない筆者は振興三倍券を受け取ることはできなかったが、この他に台湾当局が発行したスポーツ系振興券の「動滋券」や芸術系の振興券「動滋券」などの受け取りについても、主に使用されたのは健康保険証であり、健康保険証は日々の生活の中において、重要な身分証明書として大活躍しているのである。

コンビニにマルチメディア機に、健康保険証を差し込んで使用することができる
コンビニにマルチメディア機に、健康保険証を差し込んで使用することができる

様々な場面において、誰もが共通して持っている健康保険証を有効利用する。今あるものを上手く活用して、全ての人々の利便性を図る。台湾当局のこうした合理的な部分には、感心せざるを得ない。

さて、そんな台湾当局であるが、2019年3月に新たな身分証「数位身分識別証、New eID(デジタルIDカード)」についての発表を行った。このカードは現在使用されている紙の身分証に代わって使用される予定のものであり、身分証に加え、健康保険証、運転免許証などの機能も兼ね備えている。また、個人情報と各公的機関のデータバンクを繋げて、24時間行政に関する手続きが行えるようにするという。2020年10月から導入が開始される予定だったが、どのような機能を持たせるかという点で最終的な議論がまとまっておらず、実用化までにはまだ時間がかかりそうだ。

コロナ禍の台湾において、健康保険証は今まで以上に国民にとって重要なカードとなっている。今回取り上げた健康保険証の活用システムは、健康保険証の利用機会がほぼ病院でしかない日本にとって学ぶべきところが多いはずだ。今後もIT技術力を駆使して世界をリードしていくであろう台湾の動きに注目していきたい。

この記事は、TNCが主宰する世界70ヵ国100地域に暮らす約600人の日本人女性ネットワーク「ライフスタイル・リサーチャー」からの情報をもとに制作しています。日本と海外の価値を結ぶさまざまな企画・マーケティング分野で活躍しています。