朝ドラ『虎に翼』モデルの「帝人事件」は日本が戦争へ向かうきっかけのひとつだった 裏で起きていた二・二六事件と日独防共協定締結 | 歴史人

朝ドラ『虎に翼』モデルの「帝人事件」は日本が戦争へ向かうきっかけのひとつだった 裏で起きていた二・二六事件と日独防共協定締結

朝ドラ『虎に翼』外伝⑬


NHK朝の連続テレビ小説『虎に翼』第5週「朝雨は女の腕まくり?」では、昭和初期の日本を揺るがす大事件「帝人事件」をモデルにした「共亜事件」と主人公・猪爪寅子(演:伊藤沙莉)らの闘いが描かれた。その一方で、ドラマでは描かれないところで、当時の日本を揺るがす大事件がいくつも起きている。開戦へのカウントダウンが始まっている時代背景を解説する。


■帝人事件による内閣総辞職 

 

「帝人事件」(ドラマ内では「共亜事件」として描かれる)が発生し、大臣らを含む16人が逮捕・起訴されたのち、その疑いはさらに政財界大物の関係者にまで及ぼうとしていた。元々昭和恐慌等で不況が続き、なかなか打開策を見いだせなかった政府への不信感は高まっており、時の斎藤実内閣は激しく非難されて総辞職せざるを得なくなった。

 

 内閣総理大臣斎藤実は、五・一五事件で犬養毅首相が殺害された後を引き継いだ、海軍大将である。背景には陸海軍を含めた数多の思惑があったが、昭和天皇の対米英協調路線を尊重する形で最終的に斎藤が選出された。「英語に堪能で、条約派に属する国際派の海軍軍人であり、粘り強い性格、強靭な体力、本音を明かさぬ慎重さが評価されていた」という。

 

 斎藤の後任として同じく海軍出身の岡田啓介が内閣総理大臣に着任したが、陸軍の皇道派や平沼騏一郎周辺の国家主義勢力からも攻撃されることになり、やがて二・二六事件の後に総辞職するに至る。

 

■二・二六事件を経て陸軍主導の政治が始まる

 

 『虎に翼』の「共亜事件」は、第1回公判が昭和11年(1936)1月、同年10月に判決が出た。そして、モデルとなっている「帝人事件」は、開廷が昭和10年(1935)6月22日、判決が昭和12年(1937)12月26日である。

 

 いずれにしても、公判期間中に重大な出来事がいくつも起きている。なかでも日本という国の行く末を大きく左右したのが、昭和11年2月に発生した「二・二六事件」だ。陸軍青年将校らが1,000人を超える下士官・兵を率いて蜂起し、政府要人を襲撃するとともに永田町や霞ヶ関などの一帯を占拠した。

 

 これにより、帝人事件をきっかけに総辞職に追い込まれた元内閣総理大臣の斎藤実のほか、大蔵大臣・高橋是清、教育総監・渡辺錠太郎らが殺害され、負傷者も出ている。

 

 首謀者は陸軍のなかでも天皇親政を目指し、そのためには武力行使などを辞さない「皇道派」だった。貧しい農村出身の青年将校が中心で、政財界の不祥事や汚職事件、不況への政策に憤りを覚えていた。彼らは天皇を中心とした新しい政治体制を築く「昭和維新」を掲げていたが、肝心の昭和天皇の怒りをかって鎮圧、処断されるに至る。以降、政治の実権は陸軍のエリート派閥「統制派」が握るようになった。

 

  次に「日独防共協定」の締結である。昭和11年11月25日に日本とドイツの間で調印された条約だ。日本は昭和6年(1931)の満州事変、その後の満州国建国で国際社会から非難されていた。国際連盟が派遣したリットン調査団の調査を経て「中国の主権を守り、日本軍は満洲から撤退すべし」とする決議文を可決すると、日本は国際連盟を脱退する。

 

 日独防共協定は、翌年昭和12年にイタリアを加えた「日独伊防共協定」に発展し、これはやがて「日独伊三国同盟」へと繋がっていく。これによって太平洋戦争における枢軸国対連合国の構図が出来上がっていくのだ。

 

 ドラマ内では触れられないものの、寅子たちが生きる時代は日中戦争、そして太平洋戦争へと着実に進んでいる。前作『ブギウギ』に続いて、戦時中のヒロインらの生き様がどのように描かれるのか注目である。

斎藤実は在任中、陸軍関東軍による前年からの満州事変など混迷した政局に対処し、満州国を認めなかった国際連盟を脱退するなどしている。
『斎藤実伝』より/国立国会図書館蔵

<参考>

■NHKドラマ・ガイド『虎に翼』(NHK出版)
■筒井清忠編『昭和史研究の最前線─大衆・軍部・マスコミ、戦争への道─』(朝日新聞出版)

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