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UNIVERSITY OF TORONTO LIBRARY
PL Ota, Nampo
797 Shokusanjin zenshu
A
Al
1907
v.l
East Asia
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in 2009 with funding from
Ontario Council of University Libraries
http://www.archive.org/details/shokusanjinzensh01tana
新 百 家說林
蜀 山人 全集 卷ー
目 次
三 餐餘興 :.: ; V ;… :: 一 頁
改元 紀行 : : に ;… 七 頁
葦の 若葉 - ;… 五 十 三 賈
千: 戍 紀行 : ぼ 三十 一, 賈
革 令 紀行 百 八十 五 頁
小春 紀行 パ 1 …パ: :: ヒ…: 二 百 一;. 頁
調 布 日 記 :… ::.".:.-: 二百 七十 一 買
玉 川披砂 …:, 三百 八士 ニ賈
武江披 砂 …;… 四& 十九 買
新 百 家 說林 目.. h、
革
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新 百 家說林 解 題
餐 餘 其
〇 遊 ニ隳鹿
明, S 丁亥 秋 九月、 川仲裕 自,, 南紀, 至,, 東都 7 同廿 八日、
顕ニ余 卞門ハ 岡 公修 在.:, 坐 曰、 _ ^^不 レ 便,, 山水 ハ無, 已 其
勝 鹿 乎、 二 北總; 去.. 都 五里而 近、 i 「か 一一- It 六 三
餐莽 蒼、 行 與レ子 遊、 忡浴 曰諾、 越廿九 H 、 與,, 仲 浴 , 會,,
公修、 : ^樓々 、高談 轉淸、 乃寢、 偶有.. 城鈹 報,, 五更,
者:; 仲 擧」 百 曰、 鷄旣 鳴矣、 余復 盥漱、 公修旣 理,, 行
厨 T 高 仲 幹 從焉、 東方 未, 明、 蓐食 而發、 步レ 自,, 牛 門;
歷,, 小石 川: 一 里 許 至,, 淺草 門ハ 過,, 柳 橋-則 雨國橋 也、
せ:: W ナ ZJIf. 、苦. レ駕, ー靑 右竪 河、 左 人家、 第 一 橋以達 一一
第五 橋; 一 里 許 渡,, 逆 井河; :n 出 之 光、 照,, 耀廣屮 7 直
収,, 路於 東, 者數 牛 、野、 縣. 敞寡レ 仇、 過 二 野 橋-
而 茶 4^ ハ數 W 歩 至,, 市 川 gf: 市 川 之 源、 出 レ自 二 刀 綱 八
過レ關 乘,. 卅、 秋水 汎々、 中流 東 望、 平楚 蒼然、 遍覽之
亭、 i 树然^ 存、 石 壁 千 »、 是 爲ニ國 府臺: 上., 岸 則 道 口
徑、 蓋 古城 門 所..,; if 、路 威:::? 而修 通、 落 落 長 松、 落,, 蔭 左
右? 化 h,, 安!: 山 三 大字? 是總筝 寺 也、 又 有, 一 門ハ
三餐 興 , — I ]
東西 之 牌、 各 約 三條、 天 正中 官所, 令 云、 門 之 西、;; 一
水: 名 二 羅漢 水; 登 i 從倚 久, 之、 將:, 問,, 其墟- 也、 公修
故甞 遊、 謂. 余、 當,. 從-, 後山-入 健, 前 入 者、 不 JI,, 寺
せ』, 則不, 得 、決,, 策 後山: 而 出,, 東門; 北 折 田 間 半里 許、
復南 得, - 一 徑於 松柏 中? 或 高 或 下、 草莽 塞, 之、 窮,, 山 之
高: 而有ニ 一 祠: 蓋 古城 樓所 t 住、 傍 有,, 石槨? 半已沒
に 地、 甞發, 之 得,, ; 金 甲: 然必 逢, 一山 靈之 怒, 云、 東 列,,
墳塋: 西帶 n 白雪: 而 直上 者 芙蓉 乎、 雉 塊歷々 、出,, 沒佳
氣 中-者 東 城 乎、 下 頗刀禰 如, 帶、 千餘 W j 壁 也、 於, 是
乎、 余 獨悲地 利不ぃ 如,, 人 和; 昔 里 見 氏 割,, 據此地 ハ北條
氏 滅.. 之、 城闕爲 レ墟、 今 也 則 、千齡 萬 代、 唯 有 二 山川
丘陵 之險- 耳、 思 レ古之 情、 威 レ物而 作、 四 人相 與、 行 厨
班し 别、 遊覽旣 周、 將.. 下,, 後山 ハ俄而 林木 自振、 山鳴溪
應、 古 墓 崩、 斷 岸頹、 抑山靈 怒, 魄、 而欲 "週,, 俗 士駕,
乎、 速 下,, 後山? 從ニ 前路, 出、 有,, 一 田 父 偶語 者: 午前 地
震、 集- -我墻 壁; 於ら 疋始 知,, 地震 r 而相與 笑:, 之、 又 取,,
路於 東南: 行將, 遊,, 眞間之 山ハ北 望,, 林 中: 有,, 一 刹ハ
問-之 田 父: 曰,, 國分寺 T 在 昔 聖武皇 時、 國 造-, 二 寺:
一 曰-入. - 光明 四天王 護國之 寺., 一 曰-, 法 華滅罪 之 寺: 總
稱-, 國分 寺; 是其 一 、而 所謂 護 國之寺 者 也、 仲裕 請, 遊、
一
三 g 餘與
余 亦諾、 北入-,田問:^^到ニ寺門:堂下有-,古1^ 蓋千餘
年 問 物 云、 好事 者 以爲, 視、 余與 n 公修- 拾., 之 不., 巳、 仲
幹 履敞徒 跣、 請,, 之 田家: 卽得, 履、 又從ニ 前路, 到 ニ眞間
後山: 崩榛 塞い 路、 ^嶸 墳塋、 是爲 n 弘法 寺: 堂 前 有-, 一
大 楓樹: 有,, 山門? 石磁而 下、 石 磴之上 右折、 則 所謂 遍
臨 3 亭也、 亭 向,, 西 商: : 覽殆遍 、刀. 1 千 帆 出,, 沒樹抄 :享
保 中、 柬郤 有 德公攸 レ曁、 卽此、 下.. 徑 左折、 有, へお 胡
神祠: 傍 有,, 一 井? 名,, 眞 間 井: 元祿 中、 鈴長賴 建., 碑、 其
銘曰、 瓶 喪 可い 汲、 固志 何: 嗚呼 節婦、 與ぃ水 冽淸、 據,,
稗官: 氏 胡 神 烈女 也、 林貌 閑暖、 人欲, 誘い 之、 自盟投 n
此井, 而死、 一 說爲 n 繼 1^, 困、 投 二 此 井- 而死、 故お n 眞
間 及 繼橋之 名 二 K 、繼 與ニ眞 間: 和訓 相 通、 於 爲 t 近、
左折 一 路、 有,, 一 小 橋: 名,, 繼橋? 有レ 碑、 復鈴 長賴所
レ建、 其銘 曰、 繼, 絕 興つ M 、維文 維 橋、 詞林 千載、 萬葉不
ン凋、 入,, 一 酒肆? 酒 薄 難 b 、相 與求ニ 茶菓- 而食、 度 二 小
橋: 夾,, 長 松? 左折 右轉、 可,, 一 一三 里 マ ;述. 牛 原、 施 以,, 溝
渠, 有 レ魚數 百 頭、 正與 n 夕 照, 相 映、 四 人脚 酸、^ 步不
レ止、 旣 到,, 行德 浦: 少 入 家: 食 二 熱湯 餅: 蓋 名品 也、
日將 W^H 夭、 就 ニ卅中 川? 有, 關、 關法過 ニ哺時 一則 不, 出、
須臾 到, 關、 卽得レ 出 、同舟 之 客、 多是商 旅、 高談 更發、
河 上 逍遙、 過 n 小名 河; 而 達,, 大川? 舟行 二三 里、 到 n 小
網坊; 捨, 舟 而步、 仲 幹 就 二 弟 家, 宿、 以,, 孔速 故; 仲裕
歸 n 神 門? 余與コ 公修? 甲夜 歸, I 牛 門 T
畝 子 曰、 余少好 遊,, 山水: 而實有 n 濟勝之 具: 天 胺,,
我 一 爵ハ 而不ん お, 遊,, 履 於 天下, 也、 一 朝 宛 其 死矣、 名山
恐 難 fe 、観 二 夫 勝 鹿; 去 僅 五 里、 與-- 同好 三 子: 頗 窮,,
其 幽峻: 使,, 我 志願 畢- 矣、 其 在ニ斯 遊-哉、 時 皇朝明
和 四 年 丁亥 九月 晦遊, 之、 越 間 九月 三日 東海 田覃 記、
勝 鹿 六 詠
國府臺
萬 古荒牵 上、 穴 留國府 名、 悲風吹 不レ盡 、日暮 起 ニ邊聲 r
總箏 寺
淸秋 古寺 中、 落 H 穴 >i 山上、 不ぃ 見,, 釆 樵人ハ 但 聞;, 鐘磬
響;
悠悠 刀禰 水、 遠 自,, 總州, 來、 萬 里 長 風 色、 布 帆 破 浪囘、
眞間山
山上 丹 楓樹、 蕭蕭 昨夜 霜、 徘徊 人不ぃ 見、 石磴 下,, 斜陽?
一 遍覽亭
遍覽亭 何^、 {<H 山^ 不レ 移、 自傷 千里 目、 非,, 是 一 時悲 r
ti^ 胡祠
粉 黛 {4i 黄土、 祠壇 赛,, 美人: 請 看 山 下 井、 千古 塋,, 心神:
〇 遊,, 玉 川-記
遊 M 勝 鹿 > 後 四日、 又 遊 二 玉 川ハ從 行者、 房 人 川 生、 郡 人
岡 生 高 生、 先い 是、 立 子 玉 爲.. 我 言! n、 子 若 遊 二 玉 川 T 必
宿,, 府中 驛: 有,, 一 主人: 頗好 J 曰 者、 岡 生 介,, 子 玉 書: 而
請レ 遊. 之、 約以,翻九„^四曰ハ 川生期ニ三日 ,不fe、佘
卽,,岡生 , ^=^、高生狂奴、 自.,傍請,往 、 佘謂 :"暮塗遠禁
レ之、 不 ^ 可、 往、 余 亦歸, 舍 J 忟已 初更、 高生將 n 川 生 >
來、 ^定、 川 生 曰、 余 偶有, 事、 業 巳辭: 諸子 玉? 恐 未
、余 笑 曰、 覃也幸 二 千 玉 之 未 乙-;^ 已、 川 生不. 得. 已、 而
將 JSL 之、 於 jn お 乎 高 生 之な: 可, 知 也、 高 生 歸吿ニ 之 岡
生? 且約ニ 質 明, <Sm,, 岡 生: 余 留,, 川 生, 宿、 就」 疆夜 過, 半、
小雨 滴々、 聲 聞,, 板屋: 質 明 始冀、 相與蓐 食、 余起觀
. 夜 、明星 癩兮、 余 與ニ川 生, 會,, 岡 生 T 而高生 與焉、 卽發、
由,, 門, 而西人 ニ3 谷: M ニ內 藤驛: 抵-- 高 井驛: 是道峡
第 一 亭也、 れい 木"," 落、 家 翁然、 數里 得,^ 衬 、曰,, 餳川:
有, つ- P 餅 者: 就ぬ^. 之 、有. 犬 相 前後 者數 里、 爲ニ衬 童
,失^、 川 生 曰 、請 先,, 武野, 後,, 玉 川: 先,, 玉 川, 者、
大道 如, 砥、 可 之甚 也、 問,, 路田 父; 田 父 曰、 右平 田
曠野、 縣敞之 地、 流 泉界, 道、 喬木 造レ 雲、 紅 揪黃雜 、與 --
諸 峰 蒼翠, 映、 萬 狀之奇 、足與 目 謀、 久之 爲,, 大野; 高 生
行 拾, 菓、 曰 午、 余 與,, 三 生: 行 厨藉, 草、 從, き 川, 入 者、
可,, 三 四 里? 所謂 武野、 而國風 所 レ詠嘸 拿 支 野 者 也、 川
生 左 入 二 一 間道: 復左 一得 二 國分 寺; 入. 門 登い 堂、 USUI,,
金 光明 四 天 護國之 寺? 在 昔 聖武皇 所 一 若,, 勝 鹿
所, 也、 堂 下 多,, 古 瓦ハ余 與,, 岡 生, 拾レ 之、 堂 後 題レ名
而去、 門 之 左 有, 碑、 篆曰ニ 武藏國 府中 國分寺 碑 記: 銘
則 忡英服 先生 所,, 勒也、 余 甞謁ニ 先生 一 者 三 四、!: L 幾 先
生 逝矣、 不二 啻爲 之墮 淚、 且 攄,, 懷蕩 之菩 念: 下, 山而
南半 5; 土 許、 道左徑 有,, 華表? 所謂 六 所 神 祠首逕 也、 大木
輪菌、 七 K 八 園、 中欝結 之、 多 爲,, 野火, 燒、 久之 出,, 府
中驛: 古 吾 先王、 邵,, 縣 天下: 國司 所, 治、 是爲 ニ!:府:
府中 其 一 驛、 是以名 云、 長 K, ぼ餘 家、 相 與求ニ 《^ 麵- 食、
蓋 府中 佳味 也、 余與ニ 岡生ハ 以 レ酒 繼, 之、 川 生 高生不
,嗜 、起 入 二 六 所 神祠: 石 華表 旣領、 唯 有 : 柱, 已 、祠後
題, 名而 出、 囘ニ 顧所レ 入路: 森 木 幽遂、 甞子玉 所 逆
旅 生 人 者、 卽此、 見,, 子 玉, 二 失 J%、 而唯 Si-M 四人亭 I
耳、 蓋亭名 也、 問.. 之、 主人 出 未, 歸、 其婦 曰、 尋歸矣 、少
憩, 之、 偶有,, 群 書堆ぃ 案? 相 觀而喜 曰、 我輩々々、 問
s 餘 興
w 之、 主人 歸、 通 二 名刺 ハ野維 ほ.::? 則 者也ノ JjlMP
將. 遊 二 玉 川? 使, -.H. 人嚮, 一 導 之: 西 行 數步而 左、 達 海 1: 牛
田、 民家,, 其 間 rk 川 之 源、 出レ自 n 秩父嶺 : 秋水 未』 ™、
分流 者數、 お, へ k 堤、 防 未, 然、 キ: 人先赛 k 而涉、 四 人
隨レ 之、 洲多 一一 白 礫: 河 上 乎縱々 、一一: 子 拾い 之、 余 座い 石而
?r 前山 ;翠、 倒,, 景淸流 ハ水聲 鏘々、 i^n 鳴 玉, 然、 有,,
漁 人 結 Z 網者ハ 然未 ぃ宜, 得., 食、 望 二 西南 7 爲ニ 玉山ハ 爲,,
小 佛嶺, 焉、 或 蒼 或 赤、 以,, 夕 照映 之 故: 其 間 芙蓉 雪 近、
刖, お,, 玉 几, 然、 余 賦,, 一 ー絕, 歌. 之、 歌 聲縹緲 、雨隨
矣、 問 二 主人 一、 W 一, 此地諸 勝 T*- 入 曰 、お-に 之 敉墟、 有ニ淸
巧橘: 未 以 爲ーレ 勝、 不, 行 而:, 主人 少如レ 倦、 使 一, 之
歸.. 家、 四 人相 與、 月、 密雲 不レ 霽、 殊爲, 可 レ恨、
m 葛 宿,, 府屮驛 T 主人 出 二 圈分寺 碑 記 , 示い 之、 余 欲レ寫
,之、不^,堪ー&淚:卽寫,,之燈下:夜已初更、相與賦^^
一 一更 就 レ寢、 五 曰 H 卜^ ノ 仪將ン 遊,, 玉 川 一 觀,, 日出 一也、 自こ
昨所レ 從路, 人、 玉 川 E 如,, : 匹 練? 紅 H 徐出 n 氾東ハ 正
與,, 芙蓉 雪 色, 對、 其餘 諸, 岬 若, 燒、 爲,, 凝睇, 者久, 之、
水分 レ流而 B1 欲つ 絶、 將レ 跨,, 長 堤: 铺 匐而 上、 得.. 上,, 間
道: 而 大道" 歷,, 府中 布 田 諸 驛ハ抵 二 仙 川 村, 而息 焉、
是 昨日 攸レ曁 也、 曰 午、 抵,, 高 井驛; 余 脚 酸矣、 お,, 跛 鐘,
i I
然、 與,, 川 高 一 一生, 相 後先、 岡 生 捷甚、 先行 數_ 白步、 抵,,
四 谷, ".s 甚、 川 生 就,, 友人, 而 1, 附具? 高 生從レ 之、 余
與,,岡生:出,,四谷街:而至,,五級阪:高生^^^.^!?之、川
生後 與ニ岡 高- 一生? 分,, 手賀邸 之墟: 八 鼓: i レ家、 川 生 尊
一 到矣、 留, 之 宿、 而明 HI 歸 n 神 門客舍 T
南 畝 子 曰、 業已 遊,, 勝 鹿: 以爲 n 志願 畢, 矣、 勝 鹿 之 勝、
乃不, 能い 當,, 此半ハ 異曰遊 二 名山 水: 則 何 有-, 彼 善,, 於
此,^ 、鳴 呼 山水 之 勝 、漸近,, 自然, 者、 亦 邪、 時 丁亥 之
秋 ra: 九 四 = -遊レ 之、 越 七: n 東海 田覃 記、
同,, 川 仲裕、 高 仲 幹、 岡 公修 _ 遊,, 武野,
秋風 吹,, 百卉ハ 千里 絕,, 人烟 r 針 噴 無,, 行 客、 都遙 眺,, 遠
天?征途^:4^翠裏、高樹夕陽"_§、 爲,, 是幽情 切 T 轉堪, 懷,,
舊 年つ
郊 行
聊伴兩 三人、 行 尋來去 客、 丹楓 與,, 白雲; 何處無 n 秋色 T
府中.^. - 光明寺
尙 有,, 招提 境: 武皇 安:^ 哉、 草 從,, 原 上, IT 門 對,, 府中 _
開、 古-丸 留,, 遺構? 深山 瓣ニ刼 灰: 蕭蕭 松柏 裸、 懷 ^ 舊 一
徘徊、
遊 こ 玉 川,
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影
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吹
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翡
翠
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蘭
明
月
昭
長
橋
樓
船
遡
暮
潮
已
凰
調
玉
野
火
數
株 1
枯 1
柳
自
嶒
1
三 s 餘興
山ハ
香 閣秋陰 鎖 ni^ 蘿ハ 同人 令 節此經 過、 風雲 意 借 二 玄談 -
盡、 牛 女 光 窺 二色 相, 多、 e: 照,, 高 松, 疑,, 鶴 影? 鐘 流 二 下
界, 雑,, 笙歌ハ 登臨 : 出 諸 天外、 不 fcft 様逼 ニ綠 河-
〇 寄,, 山 田 君 忠-
長 謝靑ぉ 昔日 情、 抽簪 散髮賦 n 遺榮ハ 才高 一 臥終稱
レ疼、 身;^ 」 千秋 欲, 遂レ 名、 曾 引 二 書生 縫掖 服: 兼 影 一一 靱客
曼胡 i^: 更 聞 門下 吹 二 龍^ ハ自 使,, 雌雄 m 裏 鳴 T
〇 壬::^ 八:::: 二日 風雨
萬竅八 rC, 風 風 怒號、 夜來 風雨 夢 魂勞、 城 邊忽拔 千 章 木、
海上 高 翻 八 31、 流 決,: 水田-漂 M 黍稷? 徑 荒ニ籬 落-捲-
蓬蒿: 細 推,, 物理-何 曾定、 心事 唯 ;ゅ 、レ附 M 濁醒?
伏 乞 正 田 覃
し郊行 示,, 叔成,
七 H 嫩風 禾泰 秋、 相,, 將 社友-入, 郊遊、
貪,, 看 野 興 班 荆路: 行 和 二 村 農撃レ 壤謳?
樹 裏桔槔 懸,, 落 照? 橋 邊水碓 激,, 長 流?
與 ン君聊 欲., 追? m 溺: 無い 那 吾生 旦未, 休、
〇 漁 樵
漁 海 樵 山 一 放歌、 長 將,, 丘壑, 對 n 煙波:
江 流 迎 n 垂釣: 谷 響 丁 丁 答 二 伐 柯-
拾 レ菓行 隨,, 榛路, 去、 得. 魚 時 向 n 酒家-過、
羡君 各自 安生 計、 世上 機 心不, レ 耐, レ 多、
〇戯詠,,酒中花,;!^^
一 芥之舟 浮 M 酒 中 T 花卉 點點 動而愈 出、
繊 妙可レ 愛、 名,, 酒 中 花 ハ貴游 子弟 駄. 也、
芳樽綺 席 絕, き: 埃? 怪; 芥舟 yf」 舉,
珠 蘂 漸 含,, 華 露, 動、 金 花 忽 映,, 玉漿, 開、
非レ關 一, 一廣 客僧 二 nr 影: 還 比 ニ壽陽 一向 ニ鏡臺 T
點點細 鬪纖麗 巧、 何人 好 剪,, 綵 裁、
◦ 古意
昨 栽,, 桃李 樹? 共 約 及,, 花時? 花 散實還 結、 佳人 無,, „nw 期?
〇 秋 夜襲 明師 見, レ過
偶 座 聽,, 秋雨 ハ 蕭蕭倚 二 北 窓: 迷 心 兼,, 淨理ハ 同 照 一 靑
釭、
〇 擬 i^n 邊將,
帳 飮更闌 月色 淸、 一 聲: 笛 動, 一連 營 T
今宵 但盡 蒲萄 酒、 莫ぃ說 關山萬 urTj 情、
〇 七夕
天上 佳 期 看 又 過、 人 問 幾度 3? 星 河 ハ
秋風 日夕 紘歌 起、 何 處高樓 乞 巧 多、 』
攻元 紀行 卷之上
享 和と あらたま. 0 ぬる 年、 難 波なる 榷 銅の 座に のぞ
むべき 仰せ こどうけ 給. 0 て、 二月 1,^ 拾 七日 卯の 刻す
ぐる 頃に 出た つ、 兒淑 定 吉弟榮 名; ^請 金 甥義方 5g 其
の 外 親しき もの これ かれ 旅よ そ ひして 送れ tig
屋县兵 衞柳屋 長 次. 郎 J ^也 ^?-カ らfi2:マてほ^l-9 て||^; :5«の達も
うる ほふば か. 9 なるべし、 市 谷 赤 坂 を 過ぎ 赤 羽根の
はしの 前なる 立場に いこ ふ、 品 川 大佛の 前なる 鍵屋
といへ る 高 どのに て、 酒く みか はし、 ある は 歌よ み、
詩つ く, o、 聯句な どして 別 をし まぬ にし も あらす、 こ
ゝ にて 送 b 求れ る もの を か へす、 兒淑宫 原 氏ば か, 0
は、 大師 河原に 遊ぶ たよ h- よしと て、 大 森まで 求れ
b 、こ 、におく ま. 0 たる 茶店 あ. 9、 數寄屋 河岸の すき
もの ども まちつ けて 小 竹筒み さかなと, 9 出て す、 む
北 川 慕乓衞 坂 甚兵衡 、よ」、, -よ, 5、 4lf ケマ 萬屋助 .IN b ら 二
石 川 五郎 兵 衞±^^農 夫 なと,^. 寸千享 一一郎 cyv«- るし
はおくれ たりと て 息 も つきあへ すして 追 ひ 來れ. 5、
よく 一 の 酒 を 盡 して 肩 輿の うちにね ふ..^ 給 ひね か
しとい ふに か、. 0 て、 醉 心地に 人々 とわ かれて 六鄉
の わた- o- に のぞめる 頃, 同 里の 三 子 井上 子蹊作 右衛門
鈴木猶 人文 左 衛門辻 知 篤忠左 衞門送 b 來 b て 手 を わか
つ、 あかす かへ-. > みかち なから ついに 輿に ゆられて
臥しぬ、 從 者なる もの、 や、 目覺し 給へ、 こ ゝは金 川
の臺 にて 候と いふに 驚きて 輿の 簾 を か、 け 見れば、
いにし 東南 は 海 はるかにして 本牧 のかた に辨 天の 森
み ゆ、 明 和 四め とし、 四 m 陳ん SMgl き南條 山人
I 献滅畔 仲な とともに 遊びし 事 思 ひ 出る も、 三十 年 あ
まリ. 3 むかしに て予 がま だ 卜 九 歳の 頃な, 9 け. o、 右
にみ ゆる 山 を かい ほ 山と いふ、 子 安一 の^ 大明神 あ
,9、 入れ 川の 橋 を 渡, C て 浦 島觀世 音に 常燈 あ. o、 洲崎
大明 神の 社 勝 軍 飯 綱大權 現の 宮を 過て、 富士淺 間の
人 穴 あり、 本 町の はし を わたれば 程ケ 谷の
宿つ いきな.. > ほ-; 森 右に 圓海 山道の 碑た てり、 屮の
橋 を わた. 0 右 か はなる 澤^ 屋 彥右衞 門と い へ る 宿. 0
につく、 酉の 時に 近し、 床に 掛し 書に 夷 曲うた あ. 9
くたびれて やう/^ 足 もお もた か屋
よい 程 かやの 宿 をと, 9 けり
いかなる 人に やとお かし
廿 八日。 雨 はれく も て ほの くらき にいで たつ、 宫
攻元 5? 行
ケ谷 村よ.^ 左へ 折れ 坂 を 上る、 權太 坂と いふ、 松の
林 あ, o、 屮里村 を 過て 境 木 村の 立場に いたる、 地藏
堂 あ. o、 是 なん 武藏相 模の國 境なる とい ふに、 はし
めて 異鄉 にいり ぬる 心地 せらる、 燒餅坂 を 下.. > て 左
のかた に 永 谷 八 郷の司 夭 神 山 天 滿宮に ゆく 道の 碑た
て.^、 日本 三體の ひとつな b とい ふ、 信 濃 坂 を 下れ
ば、 左に 尼將 軍の 御本尊 正 觀音堂 あり、 又 坂 東 十四
番の觀 昔に ゆく 道 あり、 かし 屋の 立場に いこ ふ、 こ
の あた,. > 左右の 山の た、 すま ひ、 都下の けしきに 檨
か は. > て、 垣 ほの 桃 くれな ゐに、 野菜の 花 黄な り、
下 飯 田 村と: g 出 村の 間にて 筵つ、 みの 長 持 ひきつ 、
き 求れ.^、 陀人獻 上物と いへ る 札た てたり、 四
夷 八 蠻も譯 を かさねて 來る事 おさまれる 代の いさ ほ
しなるべし、 桃靑 翁の ほくに、 「阿蘭陀 も 花に 來 にけ
.9 馬に 鞍、」 とい ひし 事な ど 思 ひ あは せらる、 右に 大
山路 爲ニ 處橋 供養 一と かける 碑み ゆ、 左に 十九 番櫻
堂觀音 道 あ り 、松 間 をす き 、 上 橋 を わたり、 戸 塚の 宿
にぃるに、雨i-..^きぬ、左 に觀昔 党 あ b 、 行 墓 菩薩 の
作な. 0 とい ふ、 右に 淡嶋明 神の 道 あ, o、 左に 鎌 倉 道 あ
b、 この 所よ, 0 鶴が 岡, まで 二 M ば SI. りと なん、 吉
橋 を わた. o、 伊勢屋 源 七と いふ もの を訪 ふ、 問屋の
むかひに すめ.^、 年頃 和書 多くた く はへ たると きく
に たかはす、 去々 年金 澤 文庫の 印 ある 尙書 正義 一 卷
公に たてまつ b て、 金 五 兩を賜 はれる よしな どかた
る、 萬 代 和歌 集月詣 集な ど 北 川 氏よ.^ かりし 事な ど
あ. 0 しが 此 人の もてる ふみと きけ, o、 高 どのに 折 か
らの雛 あそびの 調 度め くも のた て わ たして 賑は 、
し、 茶な ど烹 てす \ めんと い へど、 さき をい そぎて い
づ、 左に 鎌 倉 道の 碑 あ, 5、 天 王の 宮. 八 轍の 宮 あり、 所
の鎭 守な りと て i 番坂ー 一番 坂と いふ を こ へ つ、 ゆけ
ば 松の 林 あり、 此の あた b 松露 多し とい ふ、 白 この
ー臺 といへ る 所 を 俗に 女殺しと いふ、 一とせ 旅人の 女
を殺せる所な,.„^と輿かくもの .、 いふに、 ぁた..:^をみ
一 れば 人家な し、 物す ご き 事い はんかた なく、 やう
一 やう 行きて、 右に 靑陽 院專念 寺に ゆく 道 あり、 又 富
一 士淺 間の 社み ゆ、 松原 を 過て 立場 あり、 かげと. 0 と
一 いふ、 右に 智證 大師の 作らせ 給 ふ不励 尊に まう つる
. 道 あり、 左の かたの 蛆に 一 木の 櫻 さきそめた,.^、 げ
: にあつ まちの かさし なるべし、 千 本 杉と いへ る わた
- り、 老杉 ,どし のきて 高し、 藤澤の 宿に いた. 9、 橋
を 渡 b 道場 坂 を 上りて、 小 栗 堂に いる、 照手姬 尼の
像 あ. o、 左右に 掛物を かけた b、 左 は 十 人 殿原の 像
右 は 小 栗の 事 かける 檢 なるべし、 いづれ も 古雅に し
てあらた なる ものと は 見へ す、 十 人の 名 を 書つ く。
後藤 兵 助 助 高-後藤 大八郞 高次- 片岡加 太郞春 敎—
片岡加 次郞春 高-田 鍋 平 六 郞長秀 i 田 鍋 平 八郞長
爲— 水 小 太 郞爲久 i 風 間次郎 正負 1 風 間八 郞正 國;
池庄司 成-お
小栗満 重の 事 あまねく 人の しる 所に して、 正しき 說
をみ る 事な し、 十 人の 名 もい かがな らんお ほつ かな
し、 什 寶に鬼 かけの 轡、 崇寧 通寶の 餞、 天狗の 爪、 古 鏡
など あ h- とい へれ ど、 うきたる ものみん もよ しなし
と見ャ して 出ぬ、 山 あ ひの 墓 原 をへ て、 藤澤山 淸淨光
寺の うら 門よ. 9 入て みるに、 本堂、 觀音 堂、 鐘摟、
經藏 などつ きくし、 方丈の かた 見やらる、 に、 上
方に 富士 見の 亭 高し、 かの 白 川 侯の か、 せ 給へ る淸
音の 額 もこの 所なる べし、 堂の 側に 櫻 さき 出た. o、
三門 を 出て 額 を あ ふきみ るに、 藤澤 山と あ.^、 從ー 一位
藤 原 通 基 卿の か、 せ 給へ ると ぞ、 藤澤の 宿屋つ く,.^
よろし、 白旗 大明 神の 社 あ. 9 とき ゝ しが、 輿 かく も
,sl 紀 行
のい そぎて 見過しぬ、 左に 辨財 天の 鳥居 あ.^ て 江 島
道と い へ る 碑 あ.. か 右に 松 山 あり、 伊賀屋の 山
な とい ふ、 此 あたりに すめ *^ 高 田 武右衞 門と い へ
る もの は、 此 邑の大 姓に して 山 多く もちた. 9 など 輿
かく もの かたる、 右に 楊柳. 觀 音の 堂 あ.^、 慈覺 大師 、ん
作な, 0 とい ふ、 車 田 を 過て ひき 地 川 を わたる、 小 栗
殿の 乗れる 車 を 洗 ひし 所 なれば、 いつも 水 濁れ.^ と
いふ、 藥師堂 あ. 9、 毘首羯 摩の 作な. 9、 道の 左に 田
あ,.^、 池の 如し、 常 光明 山道 あり、 よつ 屋の 立場 を
こへ、 ニッ屋 などい ふ 所に いたる、 右に 大山 道 あり、
これまで 御代 官大貫 次右衞 門の 支配す る 所に て、 赤
羽根 村よ.^ 西 は 木 原 兵 左衞門 知行 所と い へ る、 榜示
杭み ゆ、 松の 並木の かげ を ゆき て、 十 景坂を 過
れば、 右に 大山た かくみ わたさる、 都人の あざら けき
魚の 雛/、. ひた,.^ とての、 めきい ふ、 南鄕の 立場 これ
な b とき ゝて、 名 もな つかしき 江 II; 尾と いふ 家に い
れば、 げに あざら かなる ひし ことい へる 魚の 翰 もて
求れ. 9、 雨 皮い る 、籠のう ちに 携 へ來 りし 酒樽とう
で、、 みさかな に 箸 さした つるに 、味よ のつ ねなら す
ぞ覺 えし、 松露と いへ る もの はみ つよつ いつ、 こそ
改元 紀行
十
羹に はす なれ、 漆の 色も衰 へたる 椀に、 うった かう も
たる、 さすがに ひなびた.^、 橋 を わた.^ て 右の かた
に大鳥 li? あり、 鶴 ヶ岡 八幡宮に まう でぬ る 道なる ベ
し、 右に 町 尾 山 梅 雲寺路 とい ふ 碑た て b 、町 尾 川の 橘
を わたる、 町屋 橋と いふ、 此のみ なかみ は 相模の 淵と
い へ ると ぞ、 右に 上 國寺信 隆寺 などい へ る 法 華 寺み
ゆ、 今宿橋を渡,<=^、中島村を過ぎて馬入川にか 、る、
水淺 くして 砂淸 し、 此川 は、 古の 相模 川に して、 かの
錄倉殿 正 治 元年の 事な ど 思 ひ 出ら る、 平 塚の 宿 を こ
へ 元 花 水の はしと い へ る 土橋 を わた. 9 て、 名に お ふ
花 水 橋 を わたる 、高 誕寺村 に 入れば、 右に 高麗 寺 山 た
かく 聲 へて、 み ど.. > の 色ち かし、 左に 山 下 善 福き 御
舊跡 あり、 淨土 眞宗の 寺なる べし、 まこと や 化粧 坂
といへ る 名のみ こと./^ しう きこ ゆれ ど、 つま. つ,、
ばか b の 蟻塚に ひとし、 むかし は此 ところよ- 0 半里
ばか,.^ 引い..^ たる 所な b し を、 街道の うちにう つせ
るな b ときく にぞ、 けに さもと 5.〕 はる、 ; 1^ あた. 9 に
虎 御前の やしき あとな と あ h, とい ふ、 大 礎の 宿 を 過
て 名に お ふ 虎 御 石 見ん と延臺 寺に 入れば、 鬼子 a. 祌
堂 虎 池辨财 天の 宮 あり、 石に 太刀 班 矢^と いへ る も
の ありて、 曾我十郎か身かは..^にたてるなど、 寺 $E
のかた るも覺 東な し、 寺 は延山 十九 世 法お A 院: n 道 上
人慶 長年 中に 創造せ ると ぞ、 十郞 慷慨 愛 於楚ぃ へ る
羅山 子の 詩の 句 も 思 ひ 出られて おかし、 橋 を わたり
て、 かの 三千 風 かいとな みしと 云 ふ嶋立 庵に いり、
西 行 法師:^ 像 をみ る、 庵の 中に 短册ぁ b
ゃょひの頃鳴たっ澤に立ょ..^侍.9て
あはれ さは 秋なら ね ども しられけ b
しぎた っ澤 のむ かし 尋ねて 雅章拜
これは飛鳥井亞相のな.^また
寶永ー 一, fl;- の 秋と ほ b ける とき
いま も猶 むかしの 秋 をお も ふそよ
鳴 立 澤のゅ ふぐれ のさ 乘 邑
是は松 平 左 近 將監と て 享保 の 頃 政 とれる 人 な るべ し
又 色紙 あ, o、 西; 仃 法師の 筆な, 0 とい ふ
つれ もな くな. 0 ゆく 人の 言の は そ
あきよ, 0 さきの 紅葉な, 0 け. o-
一 西 行の 杖な b とて ある は, なくても あ, 0 なん、 例の 三
一 千風がかな文かた へ の石にゑ,.^てたて,.^、 笈 さがし
一一 とい へ るもの見侍.„^し事ぁbしに、 三千 風が 歌に
あ. o し 世 ,s 嶋の羽 昔 はさ もなくて
いま は^ 邊に馬 駕籠 そた つ
とい へる こそ 中々 ま ことの 風! is ならめ、 すこし 舆さ
めた る 心地して、 西 行 堂の へ よ.^ 海 つら を 見 わ
たせば、 けに こ ゆるき の いそ 波、 たちさ b かたき 所な
、此 魔な からまし か ば あはれ さも まさ, 0 ぬるべし、
や 、ゆ きて 小 磯 宿な. o、 右に 西國 三十三所 覯音、 々道
ず、 切通し をす きて 左に 身^ 地藏 尊た てり、 行 基
菩薩. ^ 作な り、 セ橋を わたりて、 右に たかと b 山 あ
b 、松の : む.,^高:みゅ、國府新宿とぃ へる 立場 はむ
かしの 國 軒の 跡と なん、 土橋 を わた. 5 て 右に 吾妻 權
現の 鳥居 あ ,o.、 吾妻 山 高く そ ひえて 二 町ば か b へた
て..^、 此神を 祈る に は 夏 は 綿 衣 をき、 冬 は 帷子 を ま
とひて、 山の 上に こもる とい ふ、 王充が 夏爐冬 扇の.
こと はも 思 ひ あはせられ てお かし、 松の 林の 中に 鹿
松と いへ る 松 あ. o、 枝 かれて 節 多し、 いかなる ゆ ゑ
にか しらす、 右の かたに 梅 澤山東 光寺 あ. o、 古木の
藤^- れて木をまとへり、 なら はしに 藤卷 寺と いふ、
醫王堂 あり 梅澤の 立場 は南鄕 につぎ て賑 はへ. 9、 坂
を 下 hs 土橋 を わたる、 押切の 橋と いふ、 川の 名なる
改 元 紀 行
べし、 これよ, り 西 小 田 原 領東川 越 頭と いへ る 榜示ぁ
り, ゆき ゆ きて 左の 海 つら をな が むれば うちよ する
波 Q 音た かし、 左に 親鸞 上人 御舊^ 御勸 堂、 越後 國蒲
原軒寫 とい へ る碑ぁ.^、 右に. 歸命堂 國府津 眞樂寺 あ
5> 是 また 聞し 舊跡 なるべし、 左に 法夯 寺と いへ る
法 if:; _小 の 寺 あ..^、 土橋 を わたれば 右に、 道 r 大權現
道 力 碑 あ, 9、 これよ h- 三 里ば か h- あ, 9 とい ふ、 酒 勾
川の 水 落て 瀨淺 し、 土橋 三ッぁ b、 三 GT 六日に は 橋
を ひくと いふ、 河原 廣 く? -て燈 籠な どもみ §、 かの
梶原 がければ そ 波 は あが, 9 ける と 云 ひけん 鞠 子 川 も
これなる べし、 山 王の 橋の ほと b にて 日 くれぬ、 小
田 原の 宿よ. り 出む か へ て、 小 田 原 宿 御用と い へ る 挑
灯 高く 兩行 にか、 げて 先を拂 ふ、 や、 城下に いれば、
右の方に番所ぁ..^、 宮の 前と い へ る 何 かし 屋源 四郎
が 家に やどりぬ、 け ふの 道 十二 里に あま b て 遠 けれ
ば、 從者 もっかれ しに や 鼾 かきて ふしぬ。
二十 九日。 よへ よ. 0 雨 こぼ すがこと く ふ h- て、 を や
みなし、 け ふ は 名に お ふ 箱 根 ^山- 一えん に、 かくて は
あゆみく るし かるべく、 夜 あけぬ 程 はつい 松の 火 も
うちけた るべき など 從 者の かたみに いひ あへ る も
改元 紀行
ことは,i^な.rt^、 これ 王 尊が 馬 をい さ ふ 所と 思 ひお こ
して、 卯 時の 酒 1 1 つぎば かり 傾け、 從者 にもの ませて
出た つに、 夜 は ほのぼのと 明け わた, 9 て、 雨 もや、 を
やみぬ、 城下の さまに ぎ ははし、 右の かたに、 八楝
つくりの 家み ゆ る は、. 、、名に お ふ 外郎の 藥 うる. なる ベ
し、 右に 大手 あ. 9、 惣門を 出て、 右にまが,.^、 左に
折れて、 山 口にさし か、 る、 右に 地藏堂 あ..^、 是ょ
. り 嶷石を 右に し、 谷川 を 左と す、 これ 早 川の 流れな
り、 川の ほと b に菜圃 あ, o、 黄花 こがね をし くが 如
し、 西南に 石橋 山 高く そびえ、 伊豆の 海 はるかにみ
わたされて、 風景い はんかた なし、 風 祭の 立場に い
たる、 人家 あ. 9、 入 宇田と いふ 所より 右の かた、 長
興山淨泰寺にゅく道ぁ..^、 猶も山 を 右に し、 川 を 左
にして 行く に、 ふむ 所 石なら ざる はなく、 見る 所 山
ならざる はなし、 山 崎 到 下 瞬 glwij?: を こえ、 三枚
橋 を わたる、 右に 湯 もとに ゆく 道 あ. o、 一 むら 竹の か
こ ひして 何某の 莊園 にやと 思 ふに、 門前に 下馬 札 あ
,9 て、 金 湯 山と いふ 額 あ. 9、 朝鮮 國雪峰 書に て、 方
丈の 額 も 同じ 筆な. C -、 これ 早 雲 寺な め, りと、 輿よ. 0
下りて 入る に、 京 櫻 みたれ たり、 鐘 樓の銘 を さぐ
十: ..
りみ るに、 文字 磨滅して ゎづ かに 元德ニ 年の 四 字み
ゆ、 ふところ にせし 蠟墨 もてう つ、 北條 五代の 墓 は
いづこと 僧に とひ、 書院の 庭より 入りて 見る に、 苔
むし たれと 文字 あさ やかに み ゆ、 後に いとなみ たて
しもの なるべし、 齊の 七十 餘城 にも を とら ざ.^ し 勢
を 思 ふに、 淚 もとい まらす、 臺殿松 杉 入 { 仝翠 と、 南
郭か 詩つ く.^ しもむ ベな, 5 けらし、, 書院の 障子に 龍
虎の 書 あ.. > 、古法 眼の 筆な b とい ふ、 寺 をいで ゝ湯本
の 立場に いこ ふ、 こゝに 轆轤 もて 挽 ものせ し 器 あま
たさ \ やかなる 玩 ひものな とみせ に 列ね て、 めせめ
せとす、 む、 故鄉 のうま ごの 家つ とに もと、 ふたつ
みっか ひて 輿のう ちに 藏む、 谷川 橋 を わた. 9、 しあけ
坂沓 わ, り 坂な どこえ て、 又 土橋 あり、 此 あた b 左 は
山き しに そ ひ 右 は 谷川に のぞめ b、 むかひ 山 高く し
ていく 重と もしら す、 川ば たとい ふ 立場に いこ ふ、 左
に 地藏堂 あり、 か、 る 所に あが 佛と たのみて.、 うち
ならす 道心 をみ るに、 いと あはれ な. 9、 すく も 川- i
か、 れ るすく も 橋 を わたれば、 山き し を 右に し、 谷
川 を 左に す、 猶 さかし きに のぼれば、 女 ころばし と
かやい へ る あた. 9 の、 左の 3M- に 一 つの 石 あ. 9、 曾 我
五郎が 割 石と よぶ、 大澤の 石橋 をす ぎ、 猶右 のかた 一
の 山き しに そ ひ、 左の かたの 谷川に の そみつ、 ゆ/、
に、 陸 放 翁が 山 m 水複 疑., 無. -路柳 暗 花 明 又 一 村と い
へ る ごとき 立場 も, 0 畑と い へ る 所な, o、 輿 かく もの
もっか れ、 Mi! 者 もやみ ぬれば、 しばらく やすら はんと
する に 、立 つ ら ね た る 酒家 の うちよ. 9 、女と もの 群れ
出で て、 百 千の 鳥の 囀る 如く、 これにい こ はせ 給へ、
かれに あか. 9 給 ひねな と 口々 にい ふめ b.- 蔦屋 とい
へる やとに たちい. 0 て餉 あさ b、 酒の む、 欄干に よ
..M」 みれば、 上に 千 重の 山 そ ひえ、 下 は 不測の 谷に
の そむ、 心なき 雲 は岫を 出、 友 を もとむ る 鳥 は 霧に
むせぶ、 今朝 風 まつ. 9 の邊 より 雨 やみし か、 こ、 に
至 b\ 、全く 晴 わた.. > て、 停 午の 日の 影、 はなやかに
さしい つるに そ、 つかれ もやみ 心 もい さみぬ、 右の
かたに 大 なる 石 あ h、 .DJV 角 坂、 かしの 木 坂、 猿す へ
.9、 てうし の 口な ど、 さかし きにさ かしき を かさね
て、 や 、-牛 かなる 老が 平と いふ 所に いたる、 ここに
四阿た て、、 あ. ま 酒 ひさく もの あ,.^、 .>^ばらく輿ょ
り 下, りて あ § むに、 右に 二子 山ち かくして 兀 山な. 9、
石の みあ、 りて 草木の 類な し, 左に み ゆる 山 を 文庫 山
攻 元 紀 ,1^
とい ふ、 むかし 文庫の 蓋と りて かしこに 投 しか は、.
ふた こ 山と なれるな ど、 輿舁 くもの ゝ かたる も を か
し、 お 玉 坂と いへ る は、 罪 ある 女の 刑せられ しゅへ
にかくい ふと そ、 しろ 水と いふ は、 もと 城不 W 見と か
け,^、 昔 みやこよ 使來 b て、 此 は-一ね 山に ゆきな
やみて、 小 田 原の 城 見やに か へれ. 5、 その上 使を迎
に し 所 を、 上使の 口と いふ、 今て うしの 口と いふ
は、 訛るな りなど、 輿 かく ものの いふ も 夢の 中に 又
夢 うらな ふ 心地す、 右の かたに 箱根權 現に ゆく 道 あ
り, 三 町 ほどと 聞けば、 輿 を さきなる 出口に 先 だた
しめて、 村の 童 を案內 とし、 細き 道 をた と, 9 行く、
よべ の 雨に 道うる ほひ たれば、 履 を 著て あゆむ 謝 公
東 山の 履に も を とら さる ベ し、 左に 蘆の 湖た 、えて、
汀に 大きなる 釜ニッ あ.^、 山 を 右に し、 湖 を 左に し
て ゆけば、 むかひに 東 福 寺 あり、 右の かたに 石 坂た
かくみ えて、 權 現の 社 銅 ふきなる べし、 關 こえぬ
ま は、 先 をい そげば、 遙に ふし をが みつ、、 もと 來
し 道に かへ. 0 て、 地藏 堂の 前に い づ、 さいの 河原
とかい ひて、 法師の 鐘 打ち鳴らし、 念佛唱 ふる 聲け
うとし、 姫路 の.^ 守の みたちに つか ふる、 高須 氏に
十三 U
行 あ ひぬ、 -terh 相 逢無ュ 紙筆 ハ といへ るから うたの 心
なるべし、 猶 くらき 坂 をの ほり、 御關所 まもれる 者
のかた に 從者を もてい ひっか はせ しに、 旣に 問屋の
者よ- 9 いひお こし ぬれば、 改 ていふに をよ ばす と 云
ふに ぞ、 笠ぬ ぎ 中 貫の 沓 はきて 關を すぐ、 長 持の 櫃
はすで にさ ザ」 たちて 通 b ぬ、 是ょ, 9 輿に の, 0 湖 を 右
にして 石橋 を わた, 0 ゆく、 左右に 寺な どみ ゆ、 宿の
さま 鄙びて、 湯 本 畑の 立場に はたち もお よばす、 左
に 紅梅^と いふ 額み えし は 寺 にゃある らん、 此 あた
^夏 も蚊蠅 なしと 聞く、 風 越の 臺を 上り、 ばらが 平
にい たれば、 霧 ふかくして 左右 をみ す、 張 公が 五 里
の 市 も かく やらん、 こゝ は相模 伊豆の 國境 にして、
二 本の 杉た てり、 右は燒 けたる 山の 如く、 左 は 深き
谷 かと、 あやうく ふむ ところの 石 あらし、 古木 老杉
木末 を ましへ て 物す ごく、 衣の 釉も 冷に うちし めり
たるに、 雨さへふ..^出ぬ、 太 かれ 木 小 かれ 木な どい
ふわた. よ. 0 、 輿の m 'さし 籠て 跼. 9 居る に、 輿 かく も
の も 石に つま づ き、 息 杖た て 、やう やう 下.^ ゆく、 輿
のす そに はら はらと 音す る は 小條の 多き な り、 これ
なん 箱 根 竹と て、 都人の 煙管に 磨き 用 ふるものな. 5
とぞ、 ゆき ゆきて あづま や あ, o、 前に 石 をた、 みて
庭め きた.^、 紀の國 の 守の いこ はせ 給へ る 立場な.^
^ぞ S 姊 猶も小 條の巾 を わけつ 、}^\ 山中と
いふ 立場に いたる、 山ヒ より 此所迄 一 里 十 町ば か b
下れる と 云 ふ、 右に *r は 切地 藏ぁ. 9、 や、 行て 霧晴
れ わた, 9、 四方の 山々 あさ やかに 見 ゆ、 富士見 だい
ら といへ る 所の よしき、 つるに、 ふじの 山の み 曇..^
て 見へ ぬぞ 恨みなる、 遠く 川 水の 流れ 行く は、 喜瀨
川なる べし、 南の かたに 幾重 ともなく つらなれる 山
あ ひより、 虹の たちのぼる けしきい はんかた なし、
左右に松の並木ぁh^、 上長 坂 を 下れば 篠 原の 立場に
至る、 人家 山中よ h- はっきつ きし、 左の かたに みは
らしゃと い ふ 家名 あ, o、 げ にも 見 はらしよ き听 な, o、
下 長 坂 を 下.^ 行く 荷つ けし 馬の 膝お.. > てた ふれし あ
り、 くろ か. りしが になん ぬと いへ る 詩 も 思 ひ 出ら
る、 三ッ屋 とい へ る 立場 を 過て、 右に 覺源山 松 雲 寺
とぃふ法華寺ぁ..^、 是 よ.. > 三嶋 まで 一 里 半 ありと い
ふに 力 を 得て、 小4^?れぐ大まぐれなとぃふゎたりを
こえ、 左に 一 の 山 七 面 堂 あ. 5、 攝 待の 茶 をす、 むと
いふ、 一 の 山の 立場 を こ ゆれば 坂 を 下る こと 急な h -、
s ころばし とい ふ 立場 あ hs、 保 原な. o、 今 井坂 を 下
り, かはら前の橋を渡,.^、 三 嶋-ぃ {m につく、 右に 三
嶋の祌社ぁ-^、神池"橋を渡.りてひろ前にぬかっき、
け ふ 事 ゆ ゑな く 險き道 を わた h, 來れる ことな ど 思 ひ
ついけ てぬ さ 奉る、 すべて 三嶋の 宿の 人夫 は、 か、
るけ はしき 道 を 日毎に 行かよ ひて 世 を わたるな. C -、
汗 もしと 、 に い き栻立 て あゆみ、 くるしき 折 々に は
のぼれば/、 だるの ぼれば くだる とひと. ごとし はる
を 聞く に、 實に ひとたび はの ぼり、 ひとたび は 下る
世の 屮に、 さかし きを 行 ふて 幸 を もとむ る 小人の 心
こそ あさまし けれ、 右の かたに 千赏樋 あ, o、 此 あた
-り駿 豆 兩國の 境なる べし、 宿のう ちに 幕う ちて、 菊
地內記 泊と いへ る 札 あ. 9、 これ は 紀の國 の 守の みた
ちに つかえて 久しく 相 しれる 友なる が、 二と せみと
せ 見る- ) とな か, 0 しが、 日た かければ いまだ 宿に は
つか じと、 思 ひつ 、ゆく 道に して、 輿の 簾 を あけて
こした てよ とい ふ聲 す、 あは やと 見る に それな, o、
あま. 0 うれしく 輿 さしよ せて 物語る に、 かれ もこれ
もお なじく 官 遊の 人な れば、 しばらく も 止る 事 あた
はや、 i を かたむけて 語る とい ひし、 古 こと も 思 ひ
元紀 ^
出られて、 西と 東に 行き わかれぬ、 こ、 は木瀨 川の
東な. o、 長澤村 八幡宮の まします 所 は、 治 承 四 年 十
z:^ • n» ん郞^ 官. g た 州より ド. りて、 鎌 <1"5 殿に 初め
て對 面し 給 ふ 所と 聞く、 龜鶴觀 昔へ 一 町と かける
碑 右 め か たにみ へし かの き せ 川の 龜鶴 か 士 の 御 狩
に、 ェ藤 左衞 門と- i もに 臥した る ことな ど、 取り あ
つむれば、 東 鑑曾我 5_ おりな どよ むこ、 ちす、 車 か
へしと いふ 所 を 過て、 沼, 津の 城下に 入る、 水 野 出; 5
守の 家士、 問 尾の ものと 共に 出て 其 よし を 巾 す 、川 を
左に して ゆけば、 右に 淺 間の 社 あ-り、 け ふ S 根の 出
を 越して より、 俄に 鄙 ひたる^ 俗にして、: U みたる - J
とば をき く、 あかし や 金 兵 衞が家 を やど, りと す、
三月 朔 日。 天氣 よし 沼 津の宿 を 出れば、 右に 淺 間の
社 あり、 輿の 右なる 簾 を か、 げて、 初めて 富 士の. 中!!!
を 見る、 あしたか 山 前によ こた はれ. 9、 道 平 かにし
て、 きのうの け はしき に 似す、 右に 識訪社 八^宮 榮
昌寺 あ.^、 此 ほと.^ の 村々 葦 I:." 檜 垣 多し、 祉の 鳥,
多く は 石に して、 石 もて ゑれ る橫額 あり、 松 長 村?
ほと. 0 よ. 0 富士 をみ る 一. i、 ばし が ほどに 雲た ち お
ほひて 高 根 を 見す、 衬 村の 家 な み 都ち か き W 4:: の 如
I 5 1 ^
くにして、 大なる 松 あ. り、 左右に; れリゐ の裕. >J か
りな..^、 徘 林と いふ、 ::;^-れまで駿東邵にし\-ぉ士.邶
江 尻 村の あた.^ は、 ふし 山の; 止 面と 開く に 、雪. 赛晴 れ
て あざやか にみ ゆ、 あし 高山の 橫 たはれ る も、 いつ
しか 右の 方に みやられ、 ふもとに 野 徑の草 むら 木た
ち もの 古.. > し は、 かのうき 鳩が 原に t て、 原と いふ
宿の 名 もこれ によれる 成る ベ し、 男 嶋女嶋 など あ.. >
ときけ ど、 さだかに も 見へ わかす、 ,2 隱禪 :1 のす み
袷 ふとき く 松隆寺 は、 宿の 中 なれば、 輿より お,.^ て
あゆむ 事 あた はや、 左の かたに 見過しつ、 柏 原の 立
場 は if 鱺 よしと 聞きて、 ある 家に 立 入て 味 ひみる に、
江戶 前の 魚と はさま か は..^ て、 わつ かに ; 寸 四方ば
かりにき. 0 て、 串に さしつ かねた る 藁に さし 置. o、
長く さきた る 形と は大に 異な. o、 味 も 又 佳なら や、
元よ し 原の あた, り、 松林のう ち を 行く に、 * ^ばらく
富士を 左に みる は、 逍の 曲れ る 故なる べし、 川 合 橋
を わたりて +-111^ の 宿に 入る、 宿の 人家 阪 ひなし、 これ
よ.^ 富士 をし b へ にし また 右に 見つ 、行く、 元 市場
の 立場 あ. o、 右に 富 士大宫 口の 道 あり、 富 南 館と 額
かけし 茶店 あ. り、 うるい 川 を わたりて、 右に 富士の
! 十六
白酒と てうる 家 多し、 ぉ士 山の II も ひさぐ、 富士沼
の ほと, り を ゆく に、 浦風 高く 松の 術に むせび て、 か
の 水鳥の 羽音に 驚きし }^ 家の 事 も 思 ひ 出 でら る、 海
道 一 の 早き 瀨 な, りと きく、 .^s 士 川に のぞめば 右に 水
神の森ぁ,.^、 船 役の もの 舟 をなら ベて、 輿ながら か
きのせ つ、 げに掉 さし わぶ る 流れ なれ ど、 とかくし
て 向 ひの 岸に 着く、 巫峽の 水の やすき 流れと いひし
人 の 心 も 穴 お そ ん し、 岩 淵の 庄屋 常盤屋 彌兵衞 とい
ふ 者 は、 もとょ..^^れるものな.o、 庭に 大きなる 蘇
鐵 あ.^、 立よ, rt,- て 見 給 ひて よと いふに まかせて 立よ
る、 かけ まく も かしこき 神の 駿 河に 御 在 城の 頃よ
り あ, 0 し樹 な. 0 とかたる、 此 あたりの 家々 栗の 子 も
ちをひ さく、 蒲 原より 由 井 迄 は 家つ いきに して 近し、
み な あまの 子の 家に して、 夜 の やどな まぐ さしと い
ひけんた ぐ ひなるべし、 左 は 田 子の 浦つ、 き、 藻し
ほやく 煙たち の ほる けしきな ど、 いふ もさら な. o、
右に はせ を 天神 道 あ b、 富 士淺間 社、 豐積舯 社 は、
延喜 式に もみえ たり、 由 井川 を 渡り、 倉澤の 立場に
いたる、 望嶽亭 と い へる. 1 家に は、 松: 牛 近:.; j 守の く
たり 給へ る從^ 多,、 みえ たれば、 鬼 隣の 家に い- -ふ、
一一
折から 雛遊びの 棚 あ, o て、 花 かめに 花 こちた くい
れ た..^、 例の みさかな によき あわび さだお かや ある
と 問 ふに、 う b つくして なしと いふ も ほいな く、 雛
棚に ものせ し 蛤四ッ 五ッ、 燒 さしめ て 酒く む、 定家
卿の 駒な つむ 岩 城の 山と よませ 給 ひし は、 この 薩埵
峠のことな,.^とぞ、 南郭 翁が 芙蕖 館の 壁に、 この 所
よ. 0 富士 を: 11^ るかた を ゑが きて、 東海道の 景色 これ
にす ぎた る は あらしと つねにい へる よし、 耆山 上人
のことば まで 思 ひ 出て、 輿よ. 0 お. 0 て かちに て 行く、
あまた ゝ びか へ. リ みるに 雲 深く して 富士 をみ す、 あ
した か 山、 伊豆の 岬 はるかに 見 わたされて、 浪 ここ
もとにう ち 寄す る 海 つらに、 何やらん 鳥の む れゐる
は、 潜める 魚 をう かが ふなるべし、 此 山の すそに 細
き 道 あ. 5、 これいに しへの 道な りと ぞ、 くき か 崎、
袖師 の?^、 こぬ みの 濱も此 あた.^ な, 9、 ;番 坂、 二
番坂、 蜂 か澤、 二 軒 茶屋、 山 神卒、 牛 ^坂、 葛籠 坂、
女 夫 坂、 切通し 奴な どい ふつ いら を, 0 なる 道 を こえ
て两 村に いたる、 家 ごとに 鷄冠 海苔 I ほ § を ひさく、
沖 津川を 渡る に、 蓬臺 とい へ る もの かきす へ て 輿 を
§ ひつけつ ゝ、 かち 人 高く ささけ て ゆく、 右に 身延"
坆 元 紀行
山の 道 あ. o、 沖津の 宿に いれば、 ま づ淸見 寺 は いづ
くそと 問 ふに、 いまし ばし が 程な b とい ふ、 右の か
たに 石 坂 あ.^、 三曲に して 門に 入れば 淸見 寺な.^、 庭
に大なる梅の木橫たはれ..^、 客殿の 椽に 永世 孝享の
額 あり、 又 諸佛宅 2 三 字 は 朝鮮の 靑螺 山人の 筆な. 5、
此 門前 は淸 見が 關. S 跡な.^ とい ふ、 春の 海 つらき よ
くして、 右に 三 穂の 松原 さしいで、 田 子の 浦と ほし、
かかる 詠 を さしおきて、 書院の 庭に 石 をた たみ、 水 は
しらせた らん もい かがな らんと、 さし のぞきし きま
まに て 出ぬ、 寺 をいて て吟行 すれば、 夕 H な、 めなる
に、 石の 間 を 流る ゝ 細き 川 あ,.^、 はたうち 川と いふ、
これ 菴 崎の すみ 田 川に や、 十六 "便の 日記に、 岩 こす
波の 白き 絹 をう ちきす る やうに 見 ゆると いひし、 淸
見^の ながめ は、 心に しみて かたしく 袖の露に 月 も
やどさ まほし き 夕 慕な b、 庵原 川 を 渡. りて 江 尻の 宿
にっきぬ、 府巾屋 茂 兵 衞が家 を あるじと す。
二 u、.xf^ はれた.^、 夜明けて たつ、 け ふ は 紀の國 の 守
の嶋 ffl の 宿 をた たせ 給 ひて、 鞠 子に 畫 休せ 給 ふとき
け は、 道に て 行 ぁひ參 らせんよ,^ は、 かたへ にさけ
て 行 過し まいら せんとて、 心い そぎぬ、 巴 川 を わた
攻元 3^ 行
りて左に七面の社ぁ.^、 又 久能夺 観音の 道と、 淸水
へ ゆく 道 あ,^、 三穏 神社 もみ ゆ、 十七 夜 山 千 手禪寺
も 左の かたに み ゆ、 ヰ-橋 を わた. 9 て 立場 あ.^、 左に
草 菊 神社の 道 あり、 村の 名 もまた 草薙 とよぶ、 小士ロ
田の 立場に いたれば、 洒家 あり、 小き 桶に 鮎 をつ け
て ひさぐ、 M 門^と いふ、 味よ ろし、 栗 原と いふ 衬
のぁた..^にて、 垣根に 山吹の- ^きそめ しも、 げに架
の實の 黄なる ゆか. 0 あり、 梶原: 時が うたれ し 狐が
崎、 この わた h- ならん と 輿 かく 者に とふに、 これよ
,0 あとの 右の 方に みえし 山 を、 梶原 山と いふと いへ
り、 やや あ. 0 て、 府中に つく、 駿府の 御城 は、 慶長
のとし、 かけ まく も かしこき 祌の まし ませ, し と こ
ろと きくに も 穴 恐し く、 輿のう ちに 躍 h- てす ぐ、 實
に 城下の 賑ひ 他に 異な,^、 去年 燒し所 も 見えたり、
家々 に 籠 細工の もめみ えたれ ど、 さき をい そげば く
はしく もみす、 古へ 阿倍の 市と いひし も、 此 わた..^
にや、 安倍川の こなたの 家に、 曰つ く 音して、 たす き
かけた る わかき 女の、 餅 をね る さまお もしろ く、 し
ばらく 輿 をと どむ、 新たなる 木 具に も, し來る は、
か の 安倍 川の もちなる べし、 味 またよ ろ し 、 安倍 川
十 <
の 流れ を 舟に てわた. 9、 鞠 子の 方に むか ふ、 高き 山
に 幕 ひきわたして、 らく 見 ゆる を何ぞ とと ふに、
此 村の 藥師佛 の 開帳な h- とい ふ、 村の ほと..^ に、 燈
籠め くもの かかけ て、 墨 檢に竹 かきたる も 興 あ b、
鞠 子の 宿に いり、 右の 方なる 壽德院 とい ふ 寺に、 輿
かきいれて しばらくい こふ、 寺に 大きなる 楠の木 あ
木の もとに 小祠 あ. C -、 色蕉 翁が 發 句に、 梅 若菜
とめで し薯積 汁い か いがな らんと、 人しても とむ る
に、 麥の飯に^^^海.^::とろ、かけて來れ..^、 このはた
とせ あま b さきに あ ひし、 橫田三 郞兵衞 とい ふ もの
は此 宿の ものな. 9、 わが のぼれる をき きて 來り、 昔
物語りに 時 を うつしぬ、 け ふは大 井川 を わた.^ て、
余: 谷に とまらん と 思へ ど、 紀の國 の 守の、 此宿 をた
ち 給 は ざらん ほどに は 日た けぬ ベければ、 岡 部に や
とまらん、 さあら ば 先 觸の狀 いたせし、 泊々 の 宿た
がいて、 むま やちの ゎづら ひなるべし、 など 思 ひわ
づ らふ ほどに、 ひつじの あゆみ 近づく 頃、 國の 守な r
たたせ 給 ひぬ ときく もうれ しく、 さあら ば 道 をい そ
ぐべ しと 立 出る、 右に 柴屋寺 あり、 宗 長の 跡 もした
はれ、 吐 e: 峰 もみ まほし けれど、 甲斐なくて 昆 過し
ぬ、 かの 夢にも 人に あはぬ とい ひし、 うつの 山に か
か. o、 輿よ.. r お. 9 て、 葛の 細道 や いっこと、 たと り
つつ、 道のへ の 蔦 楓を手 折て かざし ゆく、 右に まが
り, 左に折れて、 いと 心細し、 策 牛 村 上 之 方 村な ど
い へ る 所な, 9、 此 所に 珠數の 如くなる もの ひさぐ は、
かの 十^ 子に して、 貫 成 天地 數と いひし、 乘加 翁の
詩 も 思 ひ 出ら る、 十 石 坂 を 越え、 岡 部の 宿に かか,.^、
橫 うらの な はて を 過、 朝 比ん 小川 を 渡り、 田 中 をへ 八
はた 橋 を わたる、 右に 膝 枝道 あ.^、 むかひに は 八幡
道 あ. 9、 藤 枝の 方に 折れて ゆく に、 人家 や、 賑ひぁ
b、 近き 頃燒 けし 跡 もみ ゆ、 右に 蓮 生 寺 あ b 、せと 川
を かち わた. 0 して、 右に 西 福 寺 道め り、 左に 鎌 口 堂
丄ハ 地! „ ^あ hv、 日 もはや 慕なん とする に、 こよ ひかな
らす大 井川 を 徒 わたし せんとて、 輿 かく ものの 足 は
やし、 從者も を くれじと はせ つきぬ、 くらうな b て
嶋田カ 宿に つきぬれば、 見過せる 所 多 かるべし、 嶋
E い 宿に は 挑 灯たい 松 星の ごとく かかけ て、 河原に
むか ふ、 藤 枝の ほとりよ b 雨す こし ふ. 9 出しが、 こ
、にいたり て 西風 はげしく、 空 は 墨 をす..^ たらん や
うなる に、 雨 さへ ふ. 0 まさ. 9 ぬ、 輿 は 蓮臺の 上に ゆ
改 元紀,
ひつけて、 高く かかげ、 たい 松う ち ふ b て、 河 上の
方に あゆみ ゆく、 河原の 石のお とな わた. 5 て 物す
ごきに、 もろ 人よ いとよい ととい へ る聲を 出して、 高
く かかげ ゆく めり、 聞し にも 似す、 河の 水 あせて、
思 ふさ まに むかひの 岸に つく、 また 河原 を 右へ、 土
橋 を 渡り、 足な ふみ あやまち そな とかたみ にい まし
めて、 くらき 道 をた ど. 0 たと, 9、 挑 灯の 光 をた のみ
て、 金 谷の 宿に つく、 酉の 時な かば 過る 頃なる べし、
宿 を 松 尾 十 右 衞?: とい ふ、 名に ぉふ大 井川 も、 やす
らか にこした. h- と 思 ふもうれ しく、 衾 かつぎて ふし
,J 是ぶリ 遠 江
^ の 國なリ
三:::、 よへの 雨 はれて、 朝の 風 ひや、 かなれば、 衣
を かさねて いづ、 金 谷 坂 をの ぼる、 道 ことに 險し、
ここ は 初 倉 山と いへ る 所な りと ぞ、 坂の 上よ.^ 右の
かた を 見れば 金 谷の 驛の 人家 目の 下にみ えて、 よ
ベ わたりし 大 井川の 流 もみ ゆ、 坂 を 下れば 橋 あり、
名に お ふ 菊 川な り、 東鑑に 佐々 木 盛 綱が 娃の楚 割に
小刀 そへ て 鎌 倉 殿に 奉. りし 事、 承久の 年中 御門 中納
言宗行 卿、 吾妻に 下る とて、 硯 乞て 宿の 柱に 書つ け
給 ふ 事、 東關 紀行に その 家を尋 ぬるに、 火の 爲 めに
g 元 紀行 I
やけて かのことの 楚も のこらぬ よし、 源 光行が かけ
る 事まで、 思 ひつ、 けて つとむね ふたが h.- ぬ、 橋の
むかひの、 左の きしに、 紅白の 色の 一枝に 咬き まじり
たる 桃の 花 S 平 さか. 9 なる を 見る に、 け ふ は 彌生三 H
な b けり、 昔ば 山陰の 蘭亭 に、 永 和 三 H の 宴 を ひら
き、 今 は 海道の 菊 川に、 享和 元年の 春 を 祝 ふと、 利
口して 過る に、 また 小き 橋 あり、 菊 川の 流の めぐる
な b ときく に、 曲水の 事 も 思 ひ あは せらる、 輿より
下.^ て 菊 坂 をの ほる、 俗に 靑木 坂と いふ、 圓位 法師
が 命な. 9 け b と 詠し、 小夜の 中 山 を こ ゆるに、 こと
しはじめての 旅 なれば、 うれしき もうき も わすれて
との 給 ひし 烏 丸 光 腐 卿の、 春の あらし も 今 まの あた
. ^きく 心地す、 山 巾の 家に て 飴の 餅 を ひさく、 小夜
中 山 敵 討. S 來、 夜啼 石の 綠起 など ことごとしう 書た
る もの あ. h -、 一とせ 湯嶋の 天神に て 開帳 あ. りし 時、
もとめ 置き たれば 見 もやら す、 その子 育の 觀昔 堂の
は、 道の かたはら にあり、 右の 方に 高く み ゆる
山 を、 無 問 山觀昔 寺と いふ、 遠目 鏡 もて 見せし む、
ここより は 二 里 あ. 9 とい ふ 無 間の 鐘の 事 は、 人 あ
まねく しる 听 なれば いはす、 去年 十二月の 初め、 も
二十
ろ こし 人 波 あまた 舟に 乘. 0 て、 遠 江國に 漂ひ來 りし
を、 此彌 生の 頃、 公より 送,. ^ かへ させ 給 ふとき く、
その 所 はいつ こに かと、 輿 かく ものに とふに、 それ
は 橫須賀 とい ふ 所に て、 こ 、より 左の 方 八 里ば かり
へたた,. > たる 海 手な.^ とい ふ、 坂 を 下れば、 道の 中
にたてる 石 あり、 南無 阿 彌陀佛 とい ふ 文字 を ゑれ る
は、 弘法 大師の 筆な b とい ふ、 これ 夜啼の 石な り、
枕 草紙に ことの ままの 明 神い とたの もしと かき、 十
六 夜 Ml 記に さやの 中 山 を こ § 事 任と かやい ふ 社の ほ
ども 道い とお もしろ しとい ひし は、 延喜 式內巳 等の
痲知祌 社なる べし、 今の 日 坂 山 口にい ます 八幡宮の
事な. 0 とそ、 ゆくての 道の 左の 方に 鳥居 あ.^、 玉垣
ゑ わたして 木た ち 物 ふ. 0 たる 中に、 櫻の^ きか ゝり
ぬるけしき、立ぃ.^^てみまほしけれどかひなし、光廣
卿の- y!^ に は、 ことの ままの 社の 歌 あ て、 その 次に
入 坂 を こえん とて 五六 町ば か こなたに は、 八幡宮
あ, 5、 鳥居に 櫻唤 か、 りぬ、 都 をた ちて こなたい まに
見 ざ, 0 し 初 さくら、 け ふの 榮 > J れな. CV と ある は、 あや
ま b てこと 所の 社を敎 へま いらせし ものな らん、 冷
泉 大納言 爲久 卿の 記に は、 まさしく: "坂 山 口にい ま
す 事 任の やしろと か、 せ 給へ. 5、 日 坂の 宿の 家々 蕨
餅 を ひさく、 或は 葛の 粉に 豆 を 和せ ると きけば、 伯 夷
かとれ る ものに は あら じかし、 すべて 此邊ょ 尾 張
伊勢の あた. ^ までの 屋 作り、 二階の 軒の 左右に 小 壁
あ. 0 て、 家名 を かきつけ たる 多し、 足いた みの 藥、 足
豆 散足瘡 散な どうる もの 多し、 坂の下の 右に 八幡 奥
院道 あり、 また 無 間 山 觀世昔 道 も あ b 、左の 方に 魚の
形した る 大きなる 山 二 ッ三ッ あ. o、 輿 かく ものた は
ふれて、 鍋 山 鍵 山な,.^ なと かたる は、 かの 鯨山鲵 山に
や、 掛川領 にいれば、 左に 福 天權現 本道と あり、 いか
なる 神な らん かし、 山 はなの 立場 を こえて、 右に 藥師
道 あ, o、 馬 喰 町と いへ る 長き 町つつ きに 秋 葉 山鳳來
寺 道 巾 記と い へる もの を ひさく、 掛 川の 城に いれば、
家 ことに 葛布うる もの 多し、 此の 城い にしへ 今 川 氏
眞の こもれる 城な..^ とぞ、 今の 執政 太 田 備中守 殿資愛
の 城な り、 大手の 門 を 右に みっつ 行く に、 蘭吻 など も
み ゆ、 折から 巳の 時の 鼓なる 昔す、 われ 寬延ー 一年 己巳
上巳の H 巳の 時に 生れし と、 母の つねに 物語し 給 ふ
事 思 ひ 出る に、 け ふなん 遠き 所に 來 にけ ると 思 ふに
も、 父 ゆの い ま せし 時の 事、 まづ し のばる、 城下の 町
も つ き つ きし、 あ るみせ 先に 三 體 詩の 古き 本 ある を
見る、 これまで 小 田 原 駭府の 城下 を もへ しか ど、 書物
ひさく 家 を 見す、 海道 はじめての 奇観なる ベ し、 左に
小 笠 山道 あ,.^、 十九 首 町と:: へる 立場 ありと ききし
が、 まことに や、 行々 且行々 の 心なるべし とおかし、
そばむ ぎよし とき、 て 輿の 中に て あさる、 二 瀨川を
渡れば 肺 i= むかひに 秋 葉大權 現の 銅 鳥 たてり、
こ こょ,.^九里餘ぁりとそ、 橋 を わた,^ て 左 すれば 大
池 村な り、 右に 宗心 寺と いふ 寺 あり P ,左に 法 多 山
•E? 除觀 音の 道 あ b、 澤田狹 井田 を へ て 綱 川の 橋 を
フつ J r> 、 - fs iB^ : 、 : ..rj (名 寄 、ばら 川 や せ 川
ォナ, り ^;=^ と ふ 立場, I しナる の水の底きぶみズむ
4;^?;:^腹川ゃ脊川の水の底淸みと, 雅經の 歌に 見へ
しも 此 1^ なる ベ し、 げに脊 川と へ る 川 も あ, 0 とぞ、 腹
川の 緣 によ.^ て晝餉 をく ひ、 土橋 を わたれば 右に 富
士淺 間の 鳥居み § 、沓部 村に 觀妙山 妙 星 寺め b て、 日
蓮 上人の 父 a- の 石塔 ありと 名 勝 圖會に 記せる を 見
て、輿かくものに問ふに、久^^部村のさし入にて左が
はの 田の 中に あり、 門前の 石碑 を みれば、 貫 名山 妙 日
寺な. 0 、 音 の 同し き と 字 の 似た るに よ, 9 て 訛れるな
る ベ し、 され ど 柳 枝 軒の 吾妻 路の 記に も大 御門 殿 1^ 信
Ml! 邦
114>
紀 行
の 東行 話說 にも 妙 星 寺と ある こそ 心得ね、 貫 名 重忠
の 法 號を妙 日 尊 儀と い へば、 妙 H 寺なる べし、 輿よ, 0
下りて 寺に 入る に、 左の かたに 苔む したる 石塔 あ..^、
これ 妙 H 尊 儀の 墓な り:: 緣 起を桉 やる に、 大職 冠よ
b 十二 代 備屮. 孑 藤 原 共資の 時、 遠 州に ドり 井谷に 住
す、 共^よ 代の 孫 を 井伊 新 太夫 惟直と いふ、 そ
の 第三の 子 を 政 ぼと いふ、 此時 はしめ て 貫 名の 在所
を 知行し 此 所に 住す、 故に K 名四郞 と. £• す、 その子
一 行 直 同 五郎 甫實の 子 重忠 まて 四 代の 間の 尾 敷な-り、
此重忠 の 時 伊勢 }e. 氏に くみし、 安一 55 園長 狭 邵東條
の ほとり 市 川 村に.! 1- 流せられ、 その 所に て : 子 を ま
うく、 :::逮上人これな..^、 正 嘉ニ年 戊 午 二 十四日
常忠 配所に て 終る、 その子 赏 友に 遺 し て 此 所に 骨
を歸し ん る、 故に 俗名 を 以て 山號 とし、 法號を 以て
寺號 とし、 貧 名山 妙 = 寺と いふ、 又む かし は、 此地
を 王 野 河原と いひし となん、 わか 父 ゆ^にい ませし
時、 ほく ゑき やうの 御名 を唱 ふる 事の み 枕 こと、 し
給 ひしが、 け ふ はか、 にャ も、 *師 リ 父君の 御 墓に ま
うつる 事よ、 七 ッ森を 過て 右に 汕山藥 ^道 あ. o、 可
二十 二
,9 へたた. 0 たると そ、 袋 井の 宿 を 越へ、 川 合 橋 を 渡
りて、 右に いかめしき 樓門 あり、 むかし 武 田家の 番
匠の たくみな せる 所に して、 轄 一 本に てと めたり と
いふ、 祭る 所 は 熊 野權现 にして、 社 傲 七十 五 石 あ. -、
ここ は 木 原と いふ 所な b 、三,^;: 野 橋 を わた b 、みかの
の はしの 朽 もせて 思 はぬ 道に 世 を わたると かこち 給
ひし、 家 尊 親王の ふる 事 も ひき 出つべし、 みかの 坂
を 上れば、 左右に 松の木 立 あ h て、 右に 山の つらな
る は、 五色山と い へる にや、 左の かたに 殿 山權現
の 赛錢箱 を 出 せ 、大久 保 村 一一 一 本 松 を も 過 て、 見 付の
宿に 人る、 たれ か來て 見つけの 里と いひし、 阿佛尼
の 時には か はりて、 今 は旅寢 もやす かるべし、 ここ
は 石龜の 味よ しとて、 もろ 人 調せ しめて、 鍋な から 箸
たてて く ふ、 酒 薄く して 唇を沾 しがた し、 雛 棚に さ
つきの 頃の かぶと 人形 を かさる も 興 あ hv、 け ふ はふ
る さとなる うま- > 娘の 初の 雛な り、 あまねく 桃花 を
泛て 一 人 をくな らんと ひと. 0 ごた る、 宿の 右に 池 田
の 宿に かよ ふ 道 あ 、古の 驛路 に し て 、今 は かよ ふ 事
をい ましめ て、 屮 泉と いふ 所に かかる、 され ど 立 ST 一
^齋 はいつ ことと へば、 :^^-ょり右カかた、 一里ば か も 酒家 も あ..^ て、 ひそかに かよ ふ もの 多し となん、
かの 湯 谷 御前の 母子の 墓 も あ. 9, とそ、 • 右に 閻王堂 あ
b、 左に 八幡宮 あ.^、 大 なる 石の 鳥居た て.^、 まこ
と 天 龍の 川原に の そめば、 風 はけし くして 砂礫 を 飛
し、 輿の In を 打つ 音 はら はらと 聞 ゆ、 寒き 事膚 にと
ほれ. 9、 からう じて 舟 もて わた. 0 て、 むかひの 岸に
つく、 川原 ひん,、 して 水の 流れさ だまらす、 左に 妙
恩 寺 あ.^ 又 如 限 寺の 藥師に ゆく 道 あ \ 天 龍の 西
町屋 村と いふ 所に て、 京と江戶との行程同里な,.^と
きけば、 ゆくさきの ほと も 思 はれて たのもし、 これ
よ はてし もな き 松原, ど ゆく に、 風い よいよ 烈 くし
て、 輿の を 吹 落す 事 あまたた び、 寒さ もま さり て 冬
の 日の ごとし、 同 寮なる 田屮 氏に ゆき あ ひしが、 互に
風 を おそれし に や、 言葉 も か は さ で 行 過す、 此ぁ た り
かの 濱 松の 音 は、 さ いん ざとうた ひし 所なる ベ し、 濱
松の 城に は、 馬 込 川 わた.^ ていれ.^、 城下の 賑ひ よの
つ ねなら す、 板 llif 町、 W 町、 神明^、 傳馬 町、 旅籠 町な
どた て つっきた. 9、 井上 河内.?:' _ガ 城な. 9、 こ 、は藥 店
多し、 書林 もみ ゆ、 今 まて か. ^ る 書林 をみ や、 義太夫
切 本 江戸 檢本 あ. など 書て 出せ り、 國 分散と い へ る
藥い 本家 を さかい 屋と いふ、 月 水な がしな どい へる
改 元 紀 行
札 を も 出せり、 右に 五社 大明 神の 宫ぁ b 、また 識訪明
神道 あ. o、 鴨 江 寺觀昔 道な ども あ. o、 石碑の 上に 二の
手 もて 指さす 形 を ゑり て、 右の かたに 江戶道 左の か
たに 犬お 秋 葉 道と あ b しもお かしかりき、 こよ ひの
宿 は 本陣に て、 伊藤 1^ 左衞 門と いふ、 上段と 思しき 所
に、 あけ 疊 あり、 から 紙に 金た みし て 櫻 を 書き、 杉
に牡丹を書け..^、壁に書したるから人の手を見れば、
窓 臨 二 水 曲-琴 書 調人讀 n 花簡, 字句 香王闥 谷と あり、
へ覃 按^ 笠 翁 伊山 in 業 成 寄 同:! ?5 詩). S4;ffi の 字 ナ ふこ がな へ
I 玉 首 中句: L- 已 沖 ,廿六 雨中 託 、力 „©ケ ^ifji 力, 〈
り、 あるし け ふの こと ふきとて、 菱 もち ゐに給 そへ
て 出せり、 父の 翁 を 木工 左衞 門と いふ、 田舍に はめ
つらし く 書 を このみて、 宵すぐるまで來..^ かたる、
まめ 人の こ、 に 來り給 ふごと に、 我 まみえ 奉らぬ は
なしと て、 柙 小路 阿波 實茂 卿の 書 給へ ると いふ 扇と
うで 、見す 0
すすむ かやき の ふ もけ ふ も 一昨 も
いた 井の 淸水野 澤松陰
と あり、 かきねち かく 蛙な: 聲な とめ つら かな. 9、
け ふは彌 生の 三日 なれ は、 故鄉 のうま 子の もとに ま
とゐ して、 桃-, い 酉く みか はすら しと 思 ふに、 わが 初
二十
I 改元 紀 行
度の;!! にさへ あれば、 從者 にしろ かね あし とらせて
いは ひぬ、 此宿 はもと ひくまの 宿な.. >o
四 :"、 天氣 よし、 寒さ はきの ふに おとらす、 七 軒 町 上
新 町な どい ふ 市 を 過て 鳥 井な はて を こえ、 若 林 村に
いる、 道の 右に ちいさき 堂 あ b 、ニッ 堂と 云、 むかし
奧州 秀衡の 室、 上京の 時 建立せ しとい ふ藥師 阿彌陀
あり、 秀: 牛 公 御 建立と 札に はかけ,.^、 左の 方に 逮池ぁ
り, 立場 を ゑの 木と いふ、 此 ほと, 9 棋木 多し、 野邊の
董の 色うる はしく、 一 夜ね に けんむ かし を も ほ ゆ、 馬
郡の 立場 を 過て、 右に 西本德 寺, 華 あ.^、 舞 坂の 宿
はわ づ かば かりの 所に して、 今 切の わたしに か、 れ
り、 むかし 濱名, の 湖な りし を、 明 應八年 六月 十 HI 洪
水して 湖の 間 きれし よ. 5、 今 切と はい へ. 0 とぞ、 荒
井 まて は 一 里の わたし 舟な. o、 舟 役の 者 出て、 輿 は
ここに、 翁長櫃 は: こに などい ひて、 輿ながら 舟に
かきの せ つ、 此所 海路 あしか. 0 し を、 寳 永の 頃 杭 をう
ちて 波 をよ けしよ. h-l 平らかに やすらかな. 0 と ぞ、 菅
原孝標 かむ すめの さらしな 日記に、 とほつ うみ はい
といみ しく 、あらき 波高く して、 入江の い たづ ら なる
洲と もこ と もの もな く 松 は, らしげ れる 4.. よ, h -、 波り
二. fi
よせ かかる も いろいろの 玉の やうに 見へ て、 まこと
に 松の 末よ h -、 浪 はこ § る やうに みえて いみし くお
もしろ しとい ひ、 阿佛の 尼の 記に も濱 名の 浦ぞ おも
しろき 所な. 0 ける、 波 あらきし ほの 海路 長閣 なる 水
うみの 落い, 9 たるけ ちめ、 はる はると 生つつ きたる
松の木 立、 繪に かか まほし とい ひ、 左 海 右 湖 同 一 碧 長
虹 併飮兩 波瀾と、 濟 北の 虎關 禪師の 詩作,. > し にもむ
か し の 面影 おも ひや ら る 、今 も 洲を左 にし、 みほつ く
し を 右 にして、 舟 さし 出る に、 さなが ら海 とも 思 ひわ
かす、 右の 方に は 入海の 浦く 見 わたされ、 重れる 山
の はるかに 雪 をいた だきた る は 甲斐の 國な るべ し、
やう やう 松の ひま を こきいで て 海面に 出れば、 波 は
舟 を もた くる やうに て、 み をつ/ 、? -の間 を ゆく に以
す、 左の 方 は 海原と ほ/、、 空 も ひとつな るが、 やや
あ, 0 てまた 洲の ごとき ものうち へだて、 松の木 立お
もしろ し、 むかひに 人家の 如き ものみ ゆる は、 荒 井
の御關 所な り、 などき/、 も たのもしく、 とかくす る ま
に、 はやむ かひの 河原に つく、 ここにて 從者を もめし
具して 、輿より 下. り、 御關 所の 前 をす く、 三州吉 田の
主よ. り、 守られる とい ふ 宿 を、 むなぎよ ろしと きき
て、 ある 洒 家に 立よ,^ て めすに、 味 ことによ ろし、 駿
河なる 柏 原の ものと siH の 論に あらす、 橋 本と いふ
所に 濱 名の 橋の 跡 ありと きゝ て、 輿 かく ものに とへ
ば、 今の 街道 は 荒 居の^ より 橋 本に かかり、 右に ミが
りて 橋 本山 敎恩 寺と いふ 寺の 前に かかれ.^、 いにし
への 海道 は^ 井の 海 はた をった ひきて、 敎恩 寺の 方
に ま! る 四 辻より むかひの かたに ゆく 道 あ, 9、 是ょ
. ^今の 海道 左の 方 を へ て ゆく、 これなん はま 名の
撟の 跡な,^ とい ふ も ゆかしく、 その 古道 もた どら ま
ほし けれど、 お ほやけ の 事に て 來れる 身 なれば、 せ
んす ベ なし、 緒圖 にものし おかば、 後の 人の ために も
ならん かし、 建久 元年 十リ 十ん n: 鎌 倉 殿^も との 驛
に 宿し 給 ひし 時、 遊女と も むら かれ 參. りしに、 梶原
景 時が はし もとの 君に は 何 を わたす ベ きと 申せし か
ば、 たた 杣 川の くれて ゆかば やとの 給 ひし も此 所な
るべ し、 右に み ゆる 山 を高師 山と いふ、 松 多し、 古
歌 も あまた あるべ し、 紅葉 寺と いふ 寺 あ b ときけ ど、
道へ だた. 0 て かひな し、 汐昆 坂に かかり て、 輿よ, 0 下
る、 遠 江 七十 五 里の 灘も、 目の 下に あ. 0 て、 汀の 松
のみ ど h- ふかし、 右の 蛆に鹽 見觀昔 あ. o、 又鹽 見の
玫 元 紀 d
燈籠 あ.^、 ここよ. 0 富士み ゆると ききし が、 さた かな
らす、 白 須賀の 宿の 名に も 似す、 人家の 壁の 色 緒く み
§ る は、 手 もて 赤土 を ぬれるな ト人元 政 法師の 詩に、
白 菅亦是 假名 字來人 黄花 紅葉 ij^ とい へる、 秋の 頃 も
思 ひやら る、 境 川の 橋 を わたりて 三 河の 國な. o、 左
に 小 松原 観音 道 あ. 9、 猿が 馬場と いふ 所に 柏餅 あ. 0
ときき しが、 輿の II; さ し て 見 過し つ、 右の 方に 摩
利 支 天 山 高く み ゆ、 立 岩の 觀昔 あり、 高さ 八 丈 はか
,9 の 岩な りと ぞ、 左の 方の 空に つ つきて 二 ッ の 山 は
るかに み ゆ、 田 原の ざ ほ 山と て、 三 宅 氏の 領 せる 所
なり、 すへ て 白須賀 よ, 0 二 川まで、 左右に 松の 並木
あ b て、 人家な し、 道 もまた 遠から す、 驛舍も 貧し
くみ ゆ、 二 川の 宿に 入れば、 櫻の 一 もと さかりなる
あり、 ここ は 白須賀 とさ まか はりて、 人家の 壁の 色
黄に 見 ゆ、 右に おもしろき 山 あ. り、 あやしき 石 所々
にあ, 9 て、 小 松 生 しげれ. o、 躑躅の 花 さける さま、
築山の 庭の ごとし、 たいまつ 山と いふ、 火 打 坂の ほ
と,. >黃 色なる 石 あり、 すへ て 土の 色 黄な り、 左に 大
きなる 石ニッ あ. o、 是 尉と 姥 石なる べし、 左に 大岩
觀昔 あ. o、 右に 石卷 山ち かくみ ゆ 、 あとに みえし
攻元 紀行
木な!! 山 は、 五十 T のぼると いふ、 比- 日 祭な,.^ なと、
人の い ふ をき け. 9、 いむれ の 立場に い こ ひ、 河 町 を
- J え、 新 町に いる、 入 家 つらな. 9、 寺 も 一 一二: ふり、 右の
かたに .艇 光山と いへ る: 滞 ありて、 緣峯大 $5 正 證譽順
阿 筆と か け る は、 淨 卜-門な る ベ し、 寿, 明 寺, - い ふ 寺な
り、 い-:: m の 城の 郭 にい"、 诚?: に 入れば 田 下; J 、是ょ
b 東 I 細 冶 町な り、 右に 城?: あ.^、 义 大手の 鵜吻み §、
旧 木 町 を 過ぎて 城 門 山 外に 出れば、 ド町、 なと
あり、 せんべい といへ る もの を つ /、 り て ほし 1;^ け
b 、町の まが. 0 口に 左 江 In, とい へ る 碑め. り、 書肆 を 風
月 堂と いふ、 名古屋 のみせ の わかれし にや、^ 屋の暖
簾に かせ はや ぞ めと いふ あ btfg ほば:^ II 诚 F の
さま 溶 松に つぐべ し、 すべ て 黄 へ S 玩 ひもの 多,—、
柳 子の 形假面 力,.^ ひなびた, 9、 大きなる 西. むの 形つ
くれる あ- - 、紙^;^ぉは ^^紙 の 橫 さまなる に 給 きた" 、瓶
などつ くる 家 多し、 吉 W 橋の 長さ は 百 一 一十 間と なん、
ま 2; 川の 流れに かかれり、 右にiぉ川ぃなり道ぁ..^、 城
主 は 今 S 執政 松: 牛 $: 豆 守 殿な り、 此 城に はお 篠の城
の 大手の 門 あ. - て、 矢玉 太刀 鏠の跡 あり、 これ を 野牛
門と いふよ し、 橋の ほと b の 立 ST を 越え、 又 橋 を わた
1 .1 」 K
, り 、高 はし を 過、 また 橋 を わた. 0 て、 右 に 八幡 の ;.? n お
t、 小 坂 井村に 人家 あ. 9、 茶屋 酊の 立場に いたれ
ば、 左 い 方 に 腰-丸 の屋 つく..^ した る 藥店ぁ b 、良 香 散
とい へる 藥を ひさく、 さくら 町 を 過て、 神明の 宮ぁ
り、 國府町 を こえて 御油な はての まっ^に かかる、 左
の 方の 松に 櫻の やとり 木 あ.^、 まないた 橋 を わたれ
ば、 御油の 宿な.^、 問屋 場に 御 稃頂載 所と い へ る 札 あ
り 、御油より 赤 坂まで は 十六 町に して、 一宿の こと
し、 宿に 遊女 多し、 おなじ 宿 なれ ども 御油 はい やし
く、 赤 坂 はよ ろし、 此邊 よ. 9 かみつかた、 すべて 女の
笄 なか/、 して 江戸の 風俗に 異なり、 江戸 繪の むかし
^ み る 心 地 1 、やや あ.^ て 赤 坂の 宿に つく、 錢屋 五郞
左衞 門が 家に やとり をと る、 明日 は 宮の驛 にと まる
ベ し、 名古屋 の 諸士 の 便 も あらば、 ふ る さとに ことつ
て や らん _s ^もや あ らんと、 驛 4:; の燈を かかけ て 文 か
き つ、; くしけ は- } ね のけ はしき を 越え、 石 はしる 大
井の 川 もつ、 がな くわたり、 荒 井の あらき 海の 上 も
: 牛ら に、 もの せし事などかきさ せ,^^。
五:::。 晴 たり、 卯の 時ば かりに 出た つ、 むかし 大江定
某 か 三 河 守た. 9 し 時、 此所 の 女の 爲 め に 家 を 出て 、
まことの 道に 入ぬ ときく にも、 あかぬ 別れの きぬき
ぬの 空、 かく や あ.^ けんと 淚 まつ 落ぬ、 八 王子 橋 二
ッ橋を わた... M し長澤 をす ぎ、 元 宿に かかる、 ここ は
三 河の 國の 東西 を わかつ 所に て、 昔 は 宿 あ.^ しゅへ
元 宿と いふ、 今 は 赤 坂に 引た. 9 とそ、 家々 の 軒に 苧
繩と網 を かけて ひ さ く 、 法 藏寺繩 と て盜を ふ せく 早
繩な..^とぃふ、ここは法藏寺村なh'、左の方に 一 一村 山
法藏寺 あ. り、 門の 左に 曬橋 松と 札た てた る は ; tS;P
のまた 幼く おはせ し 時、 此寺 にて 御手 習 まし,^ け
ると き、 此 松に 草紙 を かけて ほし 給 ふゆ へ、 御 草子
かけの 松と いふ、 古? 松 は 枯れて 今 は植そ へ たるな.
り、 門前に 制 礼 あ.: >
定 御 祈願 所 法藏寺 御門 前
一 守護 不入之 事
一 不可 伐採 竹 木 之 事
一 不可 陳執之 事
一 殺生 禁斷之 事
1 可 下 乘之事 一
右條々 於 違犯 之 族お 速 可 處嚴科 者 也 仍如件
永祿三 戌年 七 月 九 H
^, 元— w . _
. 松 平 藏人佐
元 康御判
元 鹿と 申し 奉る は 神 君の 初. のの 御諱 にして、 今 川
義元 公よ h- 一字 を 贈れるな.. >と そ、 石 坂 をの ほりて、
山門に 大祌 光と いへ る 額 あり、 左の かたに 石 をた ゝ
みて 水 をた たへ b 、賀勝 水と いふ、 これ 御手 習の 硯水
なむ、 傍に 石碑 をた つ、 その 銘に いはく
山 泉 演出 標离賊 服 一 唱賀勝 武尊所 祝
祌祖 學書硯 水:!: 掬 龍 吟-セ 4 興 永受お 福
當. H 見 住 叟謹銘
御宮 はう しろの 山の 上に あり、 このた ひ 修理く は へ
て 石 坂の下に しめ ゆ ひて 人 を いれす、 坂の下に ぬか
つきつ、 その ほと b の 石 を 拾 ひ、 門の,; g の 松の 葉 を
つつみて 家つ と、 す、 鐘樓の 前に も 制 礼 あ. 9 しが、
あま. 0 に 時う つれば 見の - J して 立 出つ 、 山 巾 村 をす,
ぐ、 左右に 山へ だた b てみ ゆ、 土橋 を わたりて 左に
i み ゆる 森の 中に 鳥居 あり、 山の 上に 舞 木の 八幡た た
せ 給 ふ、 社 頒ぼ石 あ, 5 とい ふ、 山中 村 は 古の 宮路山
なりと い へ り、 いづれ かそれ とさた かに わき かたし、
一 藤 川-:^ 宿 を 過て 左に S 蕉句塚 あ h -、 ここ も 三 河紫麥
I 坎元 紀行
の杜 若と 記せ. 9、 紫麥は 高野麥 といへ る ものな りと
ぞ、 左の 畑の 中に 大きなる 石 二つ あ. o、 これ 西 尾
道の しるしな. 0 とい ふ、 かんば 崎と いふ 立場 を 過て、
橋 を わたる、 左に 平地 御坊の 道 あ り、 五町 あまりと
きけば、 ゆきても みす、 名に お ふ 大屋 川 を 渡る、 大
撟小橋 あり、 輿 かく もの 大: 牛 川と いふ は、 大 の 立
場に 近ければ なる ベ し、 又 男 川と もい ふよし、 ちいさ
きわら はの 竹の さきに 楊枝 齒磨 をつ けて、 人々 にか
へ とす、 むる も 興 あ, r>、 山 を 左に して ゆけば 石碑た
てり 、自是 两 岡崎頒 とかけ. o、 はるかに むかひ を n ル
れ ば城樓 あ, C -、 ^吻 なと かすかに みわたさる、 これ
岡 崎の 城な り、 ま- r- 岡 崎 城 は、 本 多中務 太輔. の 城
にして、 その 娠ひ 駿府 につぐべし、 町數 五十 四 町 二
十七 曲 あ. 9 とそ、 城キ: の家士 出む かへ て 輿の 先の 左
右に たつ、 その 先に は 市人 二人 鐵棒を ひきて 町々 を
いまし む、 市 巾 さまよろ しくみ ゆ、 書肆 玉 香 堂 扇 和
堂な ど あ. o、 旅籠屋 に 遊女 一 一人の 外な しとい ふ、 大手
の 門 さし 入 高ぐ、 左の かたに みえて、 むかひに み ゆ
る城樓 は、 かの はじめに 見し ものなる べし、 郭を出
て矢矧 川な.^、 海 第一 の 長き 橋と きく、 矢 矧橋は 長
n ズ
さ 二 八 間 ありと そ、 きの ふわた.^ し豊 川と け ふの
大屋 川 矢 矧川を あはせ て 三 川の 國 とはい へ るな り、
川に のぞめる 茶店 あり、 しばらくい こふに、 壁に 詩歌
あ. 9、 矢矧の はしの こと をい へ h'、 實に 柱に 題せ し
馬 相 如か 事 も 思 ひ 出ら るゝ になん、 右に 親 鷲 上人の
御 舊跡柳 堂 あ. 9、 十 王 堂 あ. 9、 慶念山 誓願 寺に^ 瑠
璃 御前の 墓 あ b とき ゝて 立よ, 9 て 見る に、 本堂の 前
の 右の 方に あ h -、 堂に 義經 像淨 瑠璃 像 あり、 古き も
のとみ ゆ、 寺のう しろなる 田の 中に 松 一 もと あ. o、
これ 姬の 殺されし 所な b、 此 わた. 9 よ. 0 右の 方に、
大樹 寺の 山 はるかに みえ、 さなげ 山 も 遠くみ §、 左
に 加 茂大明 神の 社 あ..^、 自是東 岡 崎領、 自是西 福 島
領 とい へる 石碑 ある 所、 大濱の 立場なる べし、 衣; t
道も此 わた. 0 なる をみ すぐし つ、 牛 田の 立場より 四
町ば か b 北の かたに かの 八橋の 跡 あ. 9 とぞ、 無竃寺
とい ふ 寺の 池に 杜若 ありな どきく、 さわた.^ 川 を 跡
にして 池 鯉 鮒の 宿に いる、 左の かたに 茨鬼膏 といへ
-る藥 あ. 9、 あしの いたみ を 治す. i いふ、 宿 をいで
て右のかたに知立祌社ぁ..^、 多寳塔 あ.^、 嘉祥 三年
に 建し 所に して、 山 岡. 忠左衞 門なる もの 再建せ しと
いふ、 御手洗 池に 石橋 かかれ, 9、 神 離 門 あ, 9 實に神
さ ひたる さまに み ゆ、 年 ことの 四月に 馬市 ありて こ
れを池 鯉 鮒の 市と いふ、 ぁゐ つま 川 を わた. o、 今 岡
を 過 て 川 の 立場に いこ ふ、 名 酒 う る 家 あ 、gl 重
5^ 川の 七 槺は三 河 尾 張の 國界 なり、 あの 坂 を こえて
^後 村の 立場な.. >、 此 右の かたの 山に 千 人 塚 あり、
永錄 三年 五 月 駿 州の 大守今 川上 總介 源義 元と、 尾 州
i-S 洲の 城主 織 出 信- 4i と 此の 桶 狭間に 戰 ひし 時、 今 川
方の 戰 死の ものの 塚な.^ とい ふ、 有 松 村の 升屋 とい
へる 家の 童出來 りて、 絞.. -染の 布 かふ 案內 せんとい
ふ の を 光に た て、 桶 狭間 は いっこと 問 ふ に、 落 合 村と
有 松 村の 間、 左の かたの 松林のう ちに 石碑 あ とい
ふ、舆ょ..:^下りてみれば、ひろき小松原な,o、 近頃 鳴
海の 千代 倉 氏の 石 表 をた て b、 そ 乃 ; つに は 今 川上
總介 義元戰 死所 明^ 八 年 辛 卯 十二月 十八 H 建;^
と あ 又 士塚將 冡桶狹 七 石 表 之 一 と ゑれ る もの 七
ッ、 ところと ころに あ. o、 - つ は 山の 上に あ. 0 ときけ
ば; 一;: てみ す、 松 はらに は蓳澤 桔梗な とい へる 草花 咲
みたれ て、 f 汇々 たる 芝生な b 祌君御 ^世い 時此所
を 過 させ 給 ふに は、 必らす 御下乘 あ. 0 しとき くに、 今
玫元紀 行
は そのと ころしる 者 もな く、 輿 かくお のこ 馬 ひく も
のの いた つらに うち 過ぬ る そ あさましき、 有 松: lp の
人家 は藏 つく b にして 絞. 0 染 多し、 童の 浴衣に 竹に
虎の 形 付た る、 又は 赤 さいて 白 手拭に 靑く 絞, 0 染た
る あり、 鳴 海の 宿に い. 9、 鳴 海神 社 笠寺觀 音の 前 を も
過て、 宮の驛 桔梗 屋喜七 かもと にやと る、 今宵 は 尾
張の 太守より 使 5, 來, -、 與カ針 雄? -ぃ ふ もの、 明
日の 船 よそ ひのこと をと ふ、 舟 役人 細 P 利 も來れ
りと いふ、 名古屋 よ.^ 相 しれる もの 品々 れ, o|
纖絲 ISS 鰌 1 一尾 一 乾 it 一 箱豔 I;, 忍 冬 酒 一 壺熱
ffl の 祝 も 守 札 もて 來ぬ。
改元 紀行 上卷享 和の はしめ の 年彌生
廿 ; HI 浪花の 客 4: に乘 をと る
杏花 園,
二十—
吹 元 紀行
改元 紀行 卷之下
六 :!:、 天氣 よく、 風 和 かな. 5、 夜 明て たつ、 左の 方に 熱
田の 大. 11 居 あ b 、立い hs てみ まほし けれど、 舟に のら
ん といそげ ばか ひなし、 宫の 渡し場に、 尾 州の 家士 I
^觸 ™ たちて 船よ そ ひせる むね を 申す、 葵の 御 紋染た
る谢 I きうち て、 四 半の 幟 をた つ、 幟の 紋は扇 を ひら
きたる 形な. o、 篙ェ六 人 左右に たちて 船 漕め. o、 實に
大船の ゆたかに、 帆 をす こし ひらきに かけて ゆく、 荒
井の 船に は 似 もっかす、 ただ 席上に 座せ るが ごとし、
春 水船 如 天上 坐とう ち 誦しつつ、 橫滿藏 とい へ る洲
の ほと. 0 を 過れば、 堤 を 修理す る 人夫 ども 多くみ ゆ、
はるかに 桑 名の 城み ゆと いふに うれしく、 船に うち
たる 幕の 間よ.^ > かが ひみる に、 四方の 海原 かすみ
わた. 0 て、 景色い はむかた なし、 けさ 卯の 時 船に の, 9
しが、 辰の なかばに 桑 名に つく I 嘛觀 «5 左の かたに
太 神宮の 大 鳥居 あ- > 、城門のう ちの 町の 名に 片町、 吉
津屋 町な と い ふ あ. -I^f 城門 を 出 て 新 町 を 過
ぐるに、 寺 五 ッ六ッ みえた..^、 鎭照 山と いふ 額 あ. 5
ニー 十 I
しも 見えし、 郭門を 出て 鍋屋 町に、 天武 天皇の 宮ぁ. 0
と は 聞し が 見過しつ、 左の かたに 善 光寺 一 體 分身 如
來ぁ. o、 矢 田 町 を 過る に、 音; g 齊藥 といへ る 看板 あ
り, す. ふ て古道具屋多くみゅ、紺屋もぁ..^て賑はしき
城下な-、 城主 は 松 平 下 總守也 ipis:;: し ST なき
虹窣 1;?^ 棚^、 幡宮の 前 を 過て、 福 江 町に いたり、 町
屋 川の 橋 を 渡. 9 て、 おぶ けと いふ 所 を みれば 家々 の
女 松の かさ を燒 て、 蛤 をむ してす すむ、 砂 川の 橋 を 渡
り, 朝 明 川 を こえて、 富 田の 立場に いたれば、 ここに
やき 蛤 を ひさぐ、 右の かたに 酒屋と いへ る 家名の 座
しきに は あげ 疊 など あ..^ て、 大きなる やどりな り、 初
冬の 頃の 眛 ことによ ろしければ、 時雨 給と いふ、 初 川
みたき 川! 111^ とな ど を 渡. 0 て、 四: 《 市の 宿に つく、
見屋 伊右衛門の 家に やどる、 日た かくして、 未の 時 を
すぐる 頃なる べし、 席上の 額に、 倚 秋風の 三 字、 滕
忠統 書と あ. 9、 年頃 相 しれり ける 西 村 馬曹赃 S は、 此
驛の 長な り、 去年 神無月 十 H にう せに しとて、 その
弟なる もの、 其 子 今の 庄左衞 門 を携へ 求れ. o、 家に
傳 ふる 所の 盃は、 先祖 西 村 勝 左 衞門重 氏と いふ 者、
三 州 西 尾の 城主 兵 部太輔 田中吉 政に つかへ しが、 天
正 十八 年豐臣 殿下の 小 田原陣 にした が ひて、 先登の, 一
功 あ り、 殿下より 盃を賜 ふこれ なり、 そのの ち 田 中:
氏 神 君に 屬 して、 筑 波を領 せし が、 故 ありて 國除ー
かれしより このた か、 重 氏 仕官の 志な く、 伊勢に 歸りー
て、 その子 重 則よ.^、 此驛の 長と 成り、 馬曹 g 一にい,
た.? て 五世な- .9、 今 その 盃を 見る に、 徑ニ寸 ばか. o、
外 黑く內 赤く、 蒔繪の 桐の 紋 あ.. y、 くわしく は 伏 水 一
龍 公美の 記に みえた. 9、 詩歌 多く あつめ 置る 中に、
三軍 麾下 績誰 及 折 街 魁 俠骨香 何 處猶留 一 酒盃右 題.
西 村 茂 負 家藏 酒 盃銀靑 光 錄大夫 if, 富 小路 殿
^餅 な.^ とい ふ、 その 夜 は 伊達 太 右衛門、 高 津伊左 一
衞門 など、 酒肴な どもて 來れ. 9、 みな 西 村が 親しき 一
ものに て、 わが 家に もむ かし 來れる ものな h-o 一
七日、 空晴 た. 9、 夜 明て いでたつ、 宿の 右の かたに、 一
識訪明 神の 社 あ.^、 左に 來國 光藤 吉 といへ る 名み ゆ j
宿のう ちに、 茶 tl- 屋と いふ 家 f« めづゃ 、亍 きて. 051 dbb.o、.u!
らし、 きの ふの 小刀 屋に對 すべし ャ、, ィき マ、. チり . ^一
は 京 左 は 太 神宮に 參る 道な.. >、 これよ.^ 神 SV 白子 上 •
野津へ 出る とい ふ、 うつ ベ 川 ゆ i 川 を わた.^ て 左の 山 一
の 上に 八幡宮 あ.^、 此 あた,.^ 數々 の 橋かぞ へも盡 さ;
づ、 すべて 橋の 欄干の さま、 異所にたがへ^^、橋板の
4^ 元 紀 行 ,
上に 丸く く たる 木の 水ぬ き ありて、 上に;
S 鉢 木 あ. 9、 男 柱な し、 づれも 小さき 橋な
^Iv . ^、杖 銜 坂に かか,.^ て かちより ゆく、 これ は 一
日本 武尊 東征して かへ.^ 給 ふ 時、 御 足の い 一
たみ あ. 0 て 御へ. f を 解て にっき 給 ふより、 此名ぁ h- 一
とぞ、 はせ を 翁が 句 に 、步 行なら ば 杖 つ き 坂 を 落馬 か
なと い へ るも此 所な b 、坂の 上に S 蕉の碑 あ 、ここ
は 饅頭うる 家 多し、 右の かたに 白鳥 陵 道と 記せし 碑!
を、 綾足 g 孟 とい へ る ものの 建し は りに て、 これ は:
日本 武 尊の 御子、 稚武彥 王 を まつれる 祠 な..^ とそ、 御
母 は 橘 媛な とい ふ、 左の 方 十三 町ば か b に、 山邊村
とい ふ 所 あ. 9、 山邊赤 人の すめる 所に して、 硯水 とい;
へ る 泉 あり、 いにし へ 禁裏 試筆の 御視 水に、 汲せられ
しと 吾孀路 記に み ゆ、 石 藥師の 宿に つきて、 石 藥師寺
のうら 門よ. 0 入る、 赤 得 水が かける、 石藥師 とい へ る.
三 字の 額 あり、 源 童子 湖 龍筆壞 あ.^、 表門より 出て 左 一
の 畑の 中に、 牛 若 丸の 鞭 櫻と いふ あ.^ しか、 今 は 枯れ"
たりと いふ、 此 あた, り 櫻 多し、 右の 田の 中に 堂の 屋根 一
み ゆ、 これ 笠 堂な り、 日本 武尊 白鳥 陵も此 所な, 9、 土 一
人 誤. CV て ひよ lb 塚と いふ、 げに此 所に て 神 さ b ま
三十 一 !
攻元 紀行
しまさん に は、 杖つ き 坂の ほと b にて 行な やませ 給
ふ も、 こと は. 0 なる ベ し、 まこと ゃ山邊 jw の あた hN は
むかし 鎌 食 殿の 名馬 生^と きこえし も、 此 ところよ
.0 出しと なん、 压 野の 宿 を 過て、 淼 下の 立場 あり、
冷,:: 水爲村 卿の 紀行に、 「 降る 雨に 風 さへ そ ひて け ふ 笠
の I 下 もしけ くもりの したみち」 とよ ませ 給 ひし は、
此所 となん、 道 をう しろむ きにして、 たてし ほこ
ら あり、 何ぞと 問へば、 八 王子な. とい ふ、 ここ は 中
富 田 村な.^、 ある 醫 者の すむ 格子に、 他行 療用斷 とい
へ る 札 かけし もお かし、 右の かたに 水車 あ. c 、此 あた
b 石 川 主 殿 頭の 領 する 所と みえて、 制 礼に 令 條をか
き、 ぶの かたに ちいさ き 木 の 札 を 打 つけて、 生 殿と か
け..^、 依 仰 私領中 下知, 如 件と い へ る ことば を、 令條の
末に 書き そへ た.. >、 これより 上つ かたの 私領の 制札
みな 斯の 如し、 いづみ 川の 土橋 を わた.^、 小 田と いふ
所に いたる、 な 念佛堂 あ-り、 左に 観音 堂み ゆ、 川 合 橋
g を わた b て、 和 m の地藏 あ.^、 和 田の 坂 を こえて、
龜 山の 城下に 入る、 石 川 主 殿 頭の 城な, o、 城門に 入れ
ば 右に 城門み ゆ、 これ 大手に や、 龜山橫 町 を 過れば、 左
のかた に 坂 あり、 寺 あり、 坂 を 上 て 城門 を 出れば、
坂 を 下る 事 急な., 、城下の 市中 賑ひ なし、 四 なる 形
の もの を 軒に さげて、 湯豆腐 あ, 9、 汕揚 あ. り、 あるひ
は 豆腐、 こんにゃく など かける さま、 §1 びた リ、 髮結
床な ど あ,^ き、 立場 をと へ ば 能 古 茶屋と いふ、 此 村の
人家に、 水車 輸板 あ.. > と 書て 出せし 看板 も めつ らし、
左の かたに 皇館太 神宮 あり、 太祌 五十鈴川に 遷幸し
給 ふ 時の 跡な,.^ とぞ、 古 Si! 屋 などい ふ も 此の あたり
なるべし、 左に 觀音堂 あ,^、 坂 を こ ゆれば 落 針 村な
り, 土橋 を わた- 5 て、 左の かたに 流る、 川を關 川と
いふ、 又 土橋 を わたりて、 松の 並木 兩行 にたて. 9 此
間 十八 町に して、 大 岡寺繩 手と いふ、 小 野 村 を 過て、
岡の 宿の 入口に 追分 あり、 是 より 南 伊勢 道 I」 記して
鳥居た て.^、 右に 藥 師道 あ b、 此 宿に 火繩 うる 者 多
し、 柳屋 櫛な ど 書つ けたる 札 もみ ゆ、 ます 屋 とい へ
る 驛舍の 額に、 直温寬 栗と かくべき を、 寬粟 とかけ
る もお かし、 此 あた. の 村學究 の 書なる べし、 未の
刻ば か..^ に 宿に つく、 裸屋五 郞兵衞 とて、 質朴なる
あるじな. o、 額に 成 趣の 二字、 長 秋 書と あ. o、 屛風
に 雪中 春 酒 熟 書 後 故人 來、 また 風俗 猶太 古 心 和 得 天
眞、 ともに 蘭溪 書と あ. 9 て、 書 も 又 拙から す、 折 か
山の 趣に も かなへ り、 こ、 を關. と 名つ けぬ る は、 古
へ 鈴 鹿の 關の跡 なれば な. 9、 新 後 撰 集定家 卿の 歌に、
「えぞす さ ぬ これ や 鈴 鹿の 關 ならむ ふ h- 捨が たき 花
のかけ かな」 と 詠ませ 給 ひし 花 を、 えぞ 櫻と 名-つけ
て、 今, も あ b ときく も ゆかしく、 宿の あるじに 案內
せ させて、 家の し..^ へ の BS 口 より 出て、 細き みちを
たど. 0 ゆく、 むかひに 高き 山なら ひたて り、 左は大
H の 森、 右 はか ご 山と いふ、 いにしへ 寺 あまた あり
し 跡な, 0 とぞ、 わ づ かなる 流れ に 橋 わたせ る あ b 、こ
れ なん 五十鈴川の 下流に して、 此 川上に 琴の 橋 かか
ひ" お 「すい 鹿 山き りの 古木の 丸木橋 これ もや 琴の
音に かよ ふらむ」 § など かたるに、 神風の 伊勢の 宫居
に まう でぬ ろ 心地 ズ-、 いと かたじけなし や、 かたへ
の 鎮 守の 宮を で M 吹大明 神と いふ、 六:: r: ト五 :!: を も て
t 小る、 いか な る 神 に か まします 二 ん 、雜永 の 嶺を 笛吹
峠と も 云 ふよし、 かねてき、 つれば、 もしくは. 2島 の
みさ さき 近き たよ. 0 に、 日本 武の尊 にても や を はす
らん、 道の ほ;」 ひづ かしげに て、 ささやかなる 茅屋 四
五軒に か h 木 を 伐り て、 のぼき. 0 もて ひく 聲など す、
かの 山 さらに 幽 なりと いひけ む、 春の 山 ふみ もお も
ひ あは せらる、 稻 荷の 社の 前 を 過て、 地藏院 のうしろ
改元 紀行
にいた る、 かたへの 蛆に 一木の 櫻た てり、 みき は枯
て、 根よ. 0 さし 出た る 枝 あまた あ h- 、是 もまた も、 と
せに 近 かるべ し、 花 は 半 ひらけて、 徘 櫻の 色う すきな
り、 これ えぞ 機な. 9 とい ふに、 まづ 木の もとに 立より
て、 あまた 、 び 仰ぎ:^ る、 實に ふ.^ すて かたき 花の か
げ なるべし、 唉も つくさぬ は、 のこれる 恨みながら、
酒 を微醉 にの むと いひ けん、 から 歌の心に も かな ひ
侍らん かし、 見ての みやの 心せち にして、 花 ひと ふ
さみ ふさと り、 枯れた る 木の はし をも懷 にものせ し
を、 あるじの ほこ .9 かに、 : 枝 手 折. 9 ておくれる も
やさしけ なり、 さて 寺のう しろよ いれば、 地藏院
なり、 庭に 池め いたる 水 あり、 この 水 にても 四 五 丁
の If 苗と ると いふ、 あるじ 寺なる 書院に い,^、 地藏
堂に いたる、 世に 關の 地藏 ぼさつと て、 紫 野の 何が
し、 大德の 開眼し 給 ふとき く はこれ ならし、 桂昌院
殿歸侬 まし まし、 護持 院 僧正の 願 ひに よりて、 かく
いつくしき 堂と はなれ. 0 とぞ 、;- 桂 昌院 殿 の 御 位牌 あ
る 寺 は、 九鬧山 寶藏寺 地藏院 とい ふ、 此 あた b 古の
むま ゃぢ にして、 松の 一 むらた てる 所 は、 鈴 胆の關
の 跡な >^ とぞ、 こたび お ほやけ の 事う けた ま はりて
ゆく 道に もけ ふなん 日 高く、 旅の やどりに つきぬれ
改元 紀行
ば、 くるる まつ まの わたくし 事なる べし、 こよ ひふ
る さ と に.?' へ て、 はらからに も 逢 ふと ゆめみし か
ば、 殘燈を かかけ て 詩つ くれ.
八 Ho ^天な り、 きの ふみし 關 の地藏 堂の 前 をす ぐ、
關 の地藏 町と いふ、 火繩屋 彥四郞 御火繩 所と い -、 る
札な どみ ゆ、 右の かたの 茶店に、 志賀屋 とい へ る あ
り, 一木の さくら さか,.^ にして、 ささ 波の 志賀 のみ
や こも 思 ひやら る、 ゆき ゆきて 山路に 入れば、 鈴 鹿
川 左右に 流れ、 幾 瀬と いふ こと を しらす、 よ, 0 て 八
十瀨 とはい へる よし、 右のかたに^^?^石とぃふぁ..^、
實 に-蛇 子の さまして、 山の 半 腹に あり、 次に 大黑石
といへ る も あれ ど、 形 やや 夷に はおとれ り、 はね か
け 橋 を 渡りて、 藤の 茶屋 をす ぐ、 八十 瀨 川の 流に の
ぞ みて、 古法 眼筆捨 山と、 こと/^-しぅ札かけたる
あつま や あ. o、 道よ b 右の 方な. o、 たちい b てみ る
に、 むかひに 一 つの 山た て,^、 怪石 奇石 ところ どこ
ろに 踞 b て、 松の根これがために曲..^たはめられ、
躑躅の 花 所え が ほな. 5、 五 渡溪頭 躑躅 紅とう ちす し
つ、、 詠め やる に、 人の たくみな せる 山に ひとしく、
繪に かかば かへ りて あさまし かるべし、 古法 眼と や
三十 四 I I
らんが 筆す てた らん も、 こと は b ぞか し、 くつ かけ
むら を 過て、 坂の下の 宿に つく、 宿の 人家に 根本す
■5. かくし 所、 勢 州 坂 下 松岡久 平な どかけ る 札 かけた
る あ. 0 き、 此外 にも 櫛うる もの 多し、 け ふ は 鈴鹿權
現の 祭な.^ とて、 家々 の 軒に 挑 灯な ど 出せ.^、 續後
撰に、「鈴鹿川ふ,.=^さけみれば祌路山榊葉ゎけて出る
月 かけ」 とよめ る は、 僧正 行 意の 歌と なん、 坂 口に
むかへば、 右に 観. 昔 堂 あり、 左の 方に 權 現の 社、 高
き 山の 上に たて..^、 石 坂 あり、 石 坂の 右に 身 曾 貴殿
あ, り、 左に 神樂堂 ありて、 神主 巫女な どみ ゆる は、
け ふの 祭 によれる ならん、 輿よ. 0 下て、 石 坂 を 上
りて、 權 現の 社に ぬ かづく、 祭る 所 三 坐、 巾 央瀨織
渾媛 命、 左右にi^^^戶命、 瀨羅津 媛 命、 相 殿 傻嫒命
ときく、 攝 社に 大山 紙 命、 稻荷愛 t 石な どた たせ 給へ
b、 名に お ふ 鈴 鹿 山 は 八丁 二十 七 曲に して、 道せ ま
くして 險し、 淸水 所々 にわきて、 雨の 曰 はこえ かた
かるべし、 山 を こえて 左に 田 村 丸の 社 あ b、 峠の 茶
屋は澤 とい ふ 立場に して、 醴 酒うる もの 多し、 此所
伊勢と 近 江の 國堺な b、 左に 淸淨 山十樂 寺、 子安齟
音 常念佛 など あ, 9 とい ふ、 鞍骨 坂 を こえ、 蟹 か 坂 を
すきて、 猪 鼻の 立場に いたる、 家々 に黃 なる 飴 を ひ
さぐ、 又經 木の ごとき 物 を 紙に て は .9、 黑 くぬ. 9 て
歌な どかき、 水吞 とい ふ ものに 作りて ひさぐ、 田 村
川に 橋 あ. 5、 右の 方に 橋 番所 あ. o、 橋 を わた. 0 て 左
に 行く、 杉た てる 中 を 行く に、 田衬明 神の 大門な. y、
土 山の 宿に 入. 9 て も;' 櫛うる 家 多し、 土山龜 井く し、
又 御 櫛 所お 六 櫛な どかき たる 札 を 出せり、 此 所の そ
ぱ 名物な 、左の かたに 牛 頭 天 王の 社 あ. o、 いつの
頃燒 しに か、 燒 たる 家の 跡 もみ ゆ、 右に 高 野 世繼觀
音の 道 あ. o、 又 六地藏 あ. o、 三番と 書け. 9、 道の ゆ
くての 右に みし、 松の 尾 川に 假橘 あ-り、 河原 ひろし、
坂 を 上れば 左に 谷之宮 あ.^、 松 尾大明 神も此 わたり
なるべし、 これよ b 大野の 立場まで、 いそぎ ゆかん
とて、 輿 を はやめて ゆく、 右に 下馬 礼 ある 寺 あり、
これ 林 丘 寺の 宫 よ..^、 寶器 をよ せられし、 慈 安寺と
い へ る黃檗 派の 寺なる ベ し、 しばした ちょら まほし
けれども 力なし、 ここ は 前野衬 なり、 左の かたに 又
寺み ゆ、 ここに 家 々の 軒に、 山鳥の 尾の 長々 しき あ
し 鴨の 短 かき、 妻 こふ 雉の つか ひむ れゐる、 鷺 のつ
ば さ を 連ね、 或は 夏 鴨 海 雁な とい へ る、 名 もしらぬ
&元 紀行
鳥 を あまた かけ 置て、 人に すすむる 立場 あ, o、 大野
といへ る 所に て、 みなこの あた,.^ の 山々 に 入 b て、
弓 もて 射た る ものな b とい ふ、 潘 安仁 か 射 雜賦も 思
ひ あは せらる、 されば 農夫に, IT 射る もの 多し とき
く、 たちい b てと. 0 の 羹を食 ひ 酒の む、 山 梁の 雌 雑
の 時 を 得し ためしに は あ ら で、 と も すれ ば あらぬ 鳥
を 調して す、 め、 鴨よ 維よ と あざむく ときけば、 三
たび 鳴て もた ちな まし を、 はしたなく 箸た てし 事
よ、 これよ、 り 右の かたに よこお, 0 ふして、 平 かなる
山 あり、 布引 山と いふ もこと は, 0 な, o、 右に 岩 上と
いふ 所 あり、 道の かたはらに 石 あ. o、 子な きもの 此
石に いのれば、 子 を 得る とい ふ、 いな 川 を わたりて
右に 一 の 碑 あ. o、 山 口 志 兵衞重 成と いふ ものの 碑に
して、 延寶 年中に たつる 所な b、 細かに よまば 文字
も わかりぬべき を、 先 をい そけ ぱか ひなし、 その 側
よ. 0 水 わき 出る を、 俗に 義 朝の 首^ 水と かいひて、
參宫の 輩 忌て 嗽き などす る ことなし、 右の 方に は 八
幡宮 あり、 新庄 とい ふ 所に、 奇麗なる みせ 一 軒 あり、
これ せんざい もち 賣る 家な とい ふ、 山川の 橋 を 渡
,9 て、 水口の 城に いる、 ここ は 加 藤 能 登 守の 領 する
三十 五
改元 紀 行
所な, 9、 家士 平 出て 其 由 を 申す、 坂 を 上りて 大池
町な ど い ふ 所 をす ぐ、 煙管 藤 ご.^ なと 名物な,.^、 す ベ
て i2 籠 細工の もの 多し、 切 疵の藥 たまた き藥 といへ
る 礼、 此 あた. 9 よ, 9 上つ かたに 多く あ..^、 右に 鴨 長
明發心 所と い へ る 碑 あ.^、 岡 観音 兼家舊 跡な ど あ.^、
夷町 を 過て 左の かたに 大手の 門み ゆ M 右に 天 滿宮ぁ
り、 市屮賑 ひなし、 iHir 場 さきの 立場 を こえて ゆけば、
右に大阆^.11-山高くみゅ;|棚 これょ-^右の方に つづき
て 岩山 あ. o、 兀 として 草木な し、 岩根 山と いふ、 岩根
山の 西に あた..^ て、 はるかに まろく 靑き 山み ゆ、 これ
三 上 山と いふに、 はや 湖水に も 近づきぬ らんとうれ
しく ゆけば、 左に 飯 道 寺 山 高し、 これ 山伏の つ? J さの
よし、 いつみの 立場 を こえ、 橫田川 を 舟に てわたる、
川原の けしきお もしろ し、 川の むかひ はみ な 山に し
て、 大きなる 岩 あ.^、 題 en かきし 碑 あり、 この 下に
総 岩と いふき ありと ぞ、 これより 橫田川 を 右に して、
山 岸 を 左に して ゆけば、 左の 山のう ちに 山上 庚申 道
あり、 瑞應 山廣德 寺と いふ、 靑面 金剛 童子 は 傅敎大
師の 作な b とい ふ、 自是東 水口 領 とい へ る 石の 碑 あ
. ^、この わた b より 右の かた をの そめば、 岩根 山 右に
三十 六 i
そび へ、 菩提樹 山 左に かさなりて、 その 中央に 三 上
山 ひと. 9 たて., r、 田 川の 立場 を 過、 あら 川の 橋 を わ
たり、 左の 方に 雲 照 山妙感 寺、 萬 里 小路 藤 房 卿 終焉
地と いへ る 碑 立た. o、 ここ は 三 上と いへ る 所な,
世のう さ をよ そに みく もの 奧 深く
てる 月影 や 山す みの 友
と 詠 給 ひし 所と なん 云 傅 ふ、 立 寄て みま ほし けれど
力なし、 自是 西淀領 といへ る 石碑た て.^、 砂 川 を わ
たれば 小 橋 あり、 左に 弘法 大師 二 本 杉と い へる あ. 9、
今 は 一 もと 枯れて なし、 夏 見と い 〈 る 所に は、 人家の
門 ことに 山水 を竟 とし、 馬に の. 0 たる 人形 ニッ、 く
る/^ とま はるから く. 0 をし かけた. o、 ある は 唐子
など もお り、 みな 心太 を ひさく、 むべ も 夏 見と はい
7、 右の かたに 名 酒 あり、 櫻 川と いふ、 左の かた
に 夏 見 山た かく 見 ゆ、 兀山 にして 上に 大 なる 岩 あ..^、
砂 川ニッ ばか b こ ゆるに 水な し、 針 村 を 過て 自是東
淀領 といへ る 碑 あり、 平 松と いふ 所の 松う つくしと
て、 うつくし 松と いふよ し 聞し かば、 右の かたに 松
ばらの 見やらる 、を、 目と ゝめ て 見し かど、 さの みな
ら ざ-. 0 き、 すべてき く 所見る 所に 異な. G -、 又 自是西
淀領 とい ふ 碑 あり、 此邊に 阿 州德嶋 定宿、 かしく や
とかき し 札 ある 人家 を 見た..^、 白 知 川 を わた. 9 て 石
部の 宿に 着く、 左に!: 星 山 西 寺 道 あ.^、 又 東 寺と い
ふ も あ. 0 とぞ、 此 宿の あたりよ. 0 して、 赤 前垂した
る 女 多し、 男 もま、 みし こと あ b、 こよ ひ は 田村屋
茂左衞 門と い へ る 宿な.
九日の 朝と く 出で たつ、 この 宿の 家つ く. o、 今 まてみ
しさ まと はか は 力て、 藏 つく, 0 多し、 - J れょ, 0 上に は
此藏 多し、 松 金 油うる 家み ゆ、 左の かたに 岩山 あり、
むかし 銅 ほ b し 跡 ありて、 今 も 石 部の 金山と いふ、 多
く は 石山の 土 をいた だける 形した る 山み ゆ、 山の 前
に 川 あ. o、 橋 を わた. 0 て 山の あいた を 行き、 松の 並木
ある 所に 出づ 、是本 海道に して、 八十 年 あま b この か
た、 ひらけし 道な り、 橋 を わたらす、 山 を 左に して 川
を 右に し 行く は、 野道と て わき 道な..^、 人夫な どこの
わき 道 を 便と して、 多く は 此の わき 道 を ゆく もの あ
, り、 かな 山村の あた b 、人家に 薏苡 仁と 餅 花の さ、 や
かなるをひさぐ、江1II'の目黑の面影に似かょひた..^、
右に 御: 銘酒 鈴 鹿 川と いへ る 礼 かけし 家 あり、 又 右
のかた に 高 野 新 善 光寺、 本尊 信 濃 善 光寺 一 體 分身と
¥7 兀— 『_w
ゑり たる 碑 あり、 自是東 膳 所領と いふ 碑 あり、 左の
方に はじめて 梅の 木 和 中 散と いへ るみせ あり、 聞し
に も 似す 小 さ な る毘 世と 35 ふに、 又お なじみせ あり、
^钎三 軒 y のみせ よろし、 四 軒 目 まほ これにつ ぐ、 島 林
定歲 としる せり、 五軒 目 を 本家せ さいと いふ、 i:::!
に挑灯をwせ..^、家居ひろく住なして、i!壽軒とぃふ
額み ゆ、 大道 を へたて 、、店の 前に. 庭 を まう く、 庭に
藥師堂 あ <r り、 また 座し き あ. 9、 山, M とい ふ 額 を かけた
,.^、屛風に唐詩を張,^ませしが、朝鮮人のもてるもの
とみへ て、 文字の かたはらに 諺文 をし るせ, り、 此座
しきの 椽の 前に、 石の 手水 鉢 あり、 表に 功德林 寺と
ゑり、 裏に 元祿 十四 申 天 四 =: 八 = 木 前 氏と あり、 此
の 庭より むかひ を みれば、 三 上 山 正面に あた..^ て、
原吉 原の 驛 より 富士山み たらん が 如し、 まこと 都の
富士 とい ふ もこと は. 9 な, 9、 此ゎ た, 0 伊吹 艾 うるみ
せ 多し、 みな 龜屋 といへ る 家名な り、 小 野と いふ 所
を ゆく、 左に 稻荷社 あり、 又 仙 傳志脫 丸と い へ る藥ぅ
る もの あり、 驚 風の 藥 となん、 ここに 手 孕 村と いふ
あり、 むかし ある 淫婦の 腹 を 男の 手して 撫 しめしに
感じて、 手 を はらめ.^ とい ふ 俗說ぁ h -、 かの 人に 酒
三十 七
坎元紀 行
をす すめて、 手な きものに 生れる 人に あたへ まし も
の をと、 利口しつつ ゆく に、 ここに も 酒家 あ- 9、 菜
飯と て、 串に さして 燒 たる 豆腐の 田樂 とい ふ もの を
ひさげ..^、 飽 川と いふ 川 を わたる、 ここ は 足 利將軍
義尙 公、 ここに 城 をき づきて すませ 給 ひしが、 病に
よ. 0 て蘂じ 給へ. 0 と 聞く に、 かの 穴 太 記と いふ もの
よむ 心地 せらる、 此 川の 前に 自是南 淀 傾と あ. 9、 目
川の 立場に は、 菜 飯と 田樂と ありと、 今 いづく にて
も 目 W 架敏 とよぶ は、 此听 よ-.^ 起れ, 9 ときき て、 伊
勢屋 といへ る 家に い.^ て、 かの 菜 飯 もとむ るに、 田
樂の 豆腐 あたたかに ものして 味よ ろし、 ここに 目 川
とも 女 川と も 染め付け たる 茶碗 もて、 茶 をす すむ、
めづら かなれば ニッ とも 買 ひぬ、 銘酒 あ..^ 御銘 菊の
水と 記せ, o、 右に 十 あ. o、 覺如 上人 四.. C 五十 囘忌三
巧八日九日修行とぁ.^^、 草 律 川 を 渡りて 右に 追分の
岐路 あ.^、 右 は 木 曾路、 左 は 東海道い せ 道な b、 此
所よ b 右の かたに、 矢 橋 道 二十 五町と しるせ. 9、 又
右の 方に 家つ く- 9 大きなる 餅屋 あり、 名 づけて 姥か
餅屋と いふ、 こゝ にもう ばが もち 屋と いふ 字 を 染め
つけたる 茶碗 あり、 自是膳 所領 淀 領の入 合 多し、 こ
三十 八
と ごとく は 記さ や、 野路 村と いふ 所に かかれば、 砂
川 あ. 0 ていさ さか も 水 無し、 わつ かに 跨ぐ ばか, 9 の
川な り、 右の 方に 二 間 あま. 0 に、 一間 あま. 9 ばか, 5
の 池 あり、 野路の 玉 川の 跡に して、 六 玉 川の 一 つな
b ときく にも、 こゅ ベ き萩もみ*^<^ねど、 いろなる 浪
の 月の むかしし のばす しも あらす、 大 かめ 川と いへ
る 砂 川 を 渡 て、 左に 濁 b 江 あ, 9、 右に 辨 天の 池 あ
り、 此 池の 巾 島に、 むかし 日本 左衞 門と かやい へる
白浪の、 たち かくれし 跡 あ,.^ ときく にも、 みと.^ の
林木 かくれたり、 此ぁた..^ょり湖水右にみ へ て左の
かたに 比 叙の 山 高く み ゆ、 左に 月輪の 池 あ..^、 立場 を
月 輪と いふ、 砂 川 を わたり 大 江村 を 過れば、 左に 檢
山 あ, o、 槍 はらいく むらと なくつ づけり、 いささか
なる 砂 川 を わたり、 左に 田 上 太 神 山 不動 寺 道 あ.. -、
名に お ふ 勢 田の 大橋 は、 長さ 九十 六 間、 小 橋 は 二十
三 間 ありと ぞ、 橋の 前に 田原屋 といへ る 酒家 あ りし
も、 かの秀鄕のゅか,.^にゃとぉかし、 橋 を わた b て
左の かたに、 一重の 櫻晚 みだれて、 菜の 花の 畑 所々
にみ ゆ、 右 はに ほの 湖 かがみの 如く、 さざなみ よす
るけ しきつ ねなら す、 ここの 酒家に しばらく いこ ひ
て、 石山に ゆく はいかば か.^ ぞと問 ふに、 こゝょ h'
十八 町ば か, りなり とい ふに 力なく、 かへ.^ みがち に
出て ゆく、 膳 所の 城の 白き 壁 はるかにみ えしが、 や
うやう 近くな, 9 もて ゆく に、 左の 方の 野道に 兼 平 塚
へ 三 丁と しるせ. o、 今 井四郞 が、 粟渾の 原に て戰ひ
死せ しも、 此 所な b と 思 ふに、 淚も とどまらす、 又
國分寺 や く? -道 あ. 9、 はせ をの 翁が すみし 幻住恭 1 も
此 ほと, 9 ならん と ゆかしく、 ゆくゆく 膳 所の 城門 を
入れば、 八大龍王の宮ぁ..^、市町諸士の家もみゅ、行
く 城門 を 出れば、 右に 湖水み え わた b_ て、 江 高
繩 め 大木 戶 にう ち 出た らん 心地 ぞす る、 ここに も 八
大 龍王の 宮 あり、 左の かたに 義仲寺 あり、 ききし に
も 似す あさまなる 所に して、 門 を 入れば 左に 堂 あ, 9、
木 曾 殿の 像 を 安置す、 堂の 前に 墓 あり、 木 曾 義仲墓
と ゑ b て、 前なる 石 燈に奉 寄進 德昔院 殿 墓前と しる
せり、 此の 墓の 右に 芭蕉 墓なら ひたて り、 石燈 に元祿
十三 庚お 正 =1: 十二 H 崎陽 素行 敬 立と ゑ. 0 し は、 翁の 七
同 忌の 年 たてしな るべ し、 ュ、 の 墓のう しろに 幻住罨
をう つして、. M に 一 もとの 椎の木 あ b 、そのむ かひに
芭蕉堂ぁ-^^,翁の像をぉけ-^-,門の內の右の方に草罨
の 如き もの 是れ義 仲 寺な, 9、 此寺 はもと 巴 御前の 結
ベ る菴 なれば、 古へ は 巴 寺と いひし が、 弘 安の 頃よ..: >
義仲 寺と よべり と緣 起に はしる せ. o、 義仲 墓の 側に
松 あり、 兼 平が 手 向の 花 松と いふ、 なべ ての 墓に は 摘
を 手 向れ ど、 ここに は 松 を 手 向る となん、 これ は 木
曾 殿の なきから を 松の もとに 埋めて、 其の 松の 枝 を
手 向し 兼 平が 事に よれるな りと ぞ、 木 曾 殿の 位牌に
は 德音院 殿 義山宣 公大 居士と しるし、 其 かたはらに
兼 } ^の 位牌 をなら ベて、 岸 照 道 光大 居士 元曆 元年 辰
正月 二十 一 日と はしる せ b となん、 此 寺の 椽に、 其
角が 書け る 色蕉翁 終焉 記、 または 手 向の 發 句集な ど
出し 置て、 人の もとむ るた よ, 9 とす、 すべ て此 所の さ
ま、 大 礎の 鴨 立^に 似 かよ ひて、 かれは こ ゆるき の
礎 をう しろに し、 これ はに ほの 海 を 前にす、 かれ もこ
れも 名に お ふ 所ながら、 問來る 人の しげき ままに、 も
の ふ, 0 しさ まならぬ ぞうら みなる、 門 をた ち 出れば、
右の 方に 矢 橋の 舟 つきあ. 9、 ここ を 松 本の わたしと
いふ、 石 場と い へ る 立場の 酒家 は、 多く 湖に のぞみて
建っづけた,.^、 源五郞 鮒と いへ る 魚 を 調して 酒 をす
すむ るに、 遠く 琵琶の 海 つら を 望めば、 右に 三 上 山
三十 九
攻元 紀行
鏡 山 伊吹の 山 そびえ、 左に 比 叙 比 良の 高 根、 ふもと
に 志 贺唐崎 堅 田 の 浦 迄み わたさ るれ ど、 さ ざ浪 よす
る 海べ ょリ、 北風 あらく 吹來 て、 障子 はためき わた
れ ばさし こめつ、 猶 あるし に、 障子. のす き t.o うか
がへば、 矢梳の 舟の 眞帆片 帆に ゆきか ふさ まかの 瀟
湘 の八ッ のな がめ を うつせし も、 ことわ..^ ぞ かし、 大
津の {19 にち かくな b ゆく ま、、 人の ゆき V しげ^^ ^
て、 家々 の 門に けうと く粧 ひたる 女 どもなら びた ち
て、 旅人 をと どむ る さまら うか はし、 未の なかばば か
りに 大津の 宿、 かぎ屋山本鐵五郞が家にゃど..^取.^
ぬ 、明:;: は みやこに い ぬべ ければ、 髮 くしけ つり、
揚浴 みして、 猶 日の 高き まゝ、 名に あ ふ-良 等 山の 花
みん とや ど, 0 を 出て、 市の 中よ..^ 近 松 御坊の 前 をす
ぎて、 左の 方の 山 をな が むれば、 花 さかりな. 9、 か
れ はいつ く. ,J 問 ふに、 高 観 昔と こた ふ、 まづ三 井寺
のかた に ゆかんと いそぎつ、 ゆけば、 鳥居た て. 9、
左の かたに 新宫 あり、 さ だすき たる 女の、 紫の 帽子 は
なや かにいた だきて 來れ る、 かの 源內 侍の たぐ ひに
やと 目 さむる 心地す、 石 坂 を 上りて 順鱧觀 音の 堂 あ
^ 左に 不動 堂 あ.^、 右の 方に 月見の 臺、 百體觀
堂、 鐘樓 など あり、 此 問 に 門 あり、 門 を 入りて 左に
十八 明 种 の 社 あり、 又三:^明祌の社ぁ,.^、 此 所よ.^
奥の かたは、 女人禁制の 地と みへ て、 制札 をた つ、
村 雲の 橋 を わたりて、 ゆくゆく 左の かた を はるかに
みれば 堂 あり、 塔 あ b 、これ 庚院 なるべし、 右に 鬼子
^神 あ..^、 むかひに 大きなる 堂 あ. 9、 これ 金堂な り、
その 側の 井 はい は ゆる 御井に して、 三 井と も 閼伽井
ともい ふ、 天 智天武 持統三 帝の 產 湯に 用 ひし 水なる
ゆ へ に、 御井と はい へりと なん、 堂の 右の 方に 鐘樓
あり、 銘を みれば 慶-: 七 歳、、 孟夏、 廿 一 お 等 山
圓城寺 長 吏 准三宮 とみ ゆ、 この ほと.^ に 一木の さく
ら たてり、 これ 夜 櫻のお 木な,.^、 堂の 左の かたなる
山の 上に、 かの 俵 藤 太秀鄕 が、 龍宮ょ.^得たるとぃ
ふ 古 鐘 あり、 高さ 能 頭 迄 五 尺 五寸、 わた,. > 四 尺 一 寸、
厚さ 三寸 五分 、龍 頭 一 尺 一 寸 五分、 うしろの かたに す
れ目 あ,, て、 螺拂の 落た る 所と み ゆ、 これ は 山門に 奪
ひし 時、 山よ b 引 上た る 時の すれめ な. 9 とい ふ、 われ
め も あ りしが、 今 はい ゑし とい ふ、 横の かたに 鏡の
柄 ある 形に くぼめる 所 あり、 これ は 一と せ^女 來. 9
て此鏡 を撫し 時、 鏡の かたに 取れし なと いふ、 今 も
七月 十五 日 は 女 まう で を ゆるす とぞ、 實 にみ ど. 0 の
色 ふかくして、 幾千と せを經 たると いふ 事 を しらす、
堂のう ちに 少年 あ..^ て、 鏡の 由來 をと く、 もと 求し
みちをた ちかへ. c て、 二王門 を橫 にみつつ、 順禮觀
音の 前に かへ b、 月見の 舞 堂に 上 b て、 遠眼鏡に 目
さし あてて みれば、 右に 兼; 牛の 松み えて、 松の 前な
るみち を 人の § きか ふさ. まみ 3 、 左に 唐 崎の 松 かす
みわたり て、 茶屋の. R 壁 あさ やかな, り、 比 良の たけ 堅
S の 方 を もな がめ や. 0 て 、奥の院に 入れば、 ;重八
重.^ 花 さきみ たれた., >、 天神 社 源 八の 宫 など あり、
尾藏 寺の 中に 鳩尾 八幡宮 あ.^、 近 松 寺の かたに むか
へば、 花より 花に わけいる 心地す、 かの 源內 侍め い
たる 紫の 帽子 かけた る 女 ども、 若き も 立 まじりて、
醉 しれた る SR 二人 三人、 歌うた ひつれ て 來れ. o、 こ
れょ ト- みや, r のたり. の 風俗、 みなこれ な b け. 0 とい
ふに も、 ふもとに みし 紫 は、 遼 東の いのこの 頭 白 か
- りしと、 同::: の談 なる.、,、 しと ほほ ゑ まる、 堂の 前に
鐘樓 あり、 .fn; 享年 中に 鶴し かねな, c>、 側に 惠心 僧都
手植め 菩提樹 あ. り、 この 近 松 寺の 堂に まします 觀昔
を 高觀音 とい ふ、 さきにみ し 山の 花 はこれ な. o、 石
^ 元 祀行 I
坂 あり、 坂の 側に 酒家の 櫻 あ. y、 八 詠 櫻と いふ、 此
の 坂 を 下 ひて、 歸 るべき 日 もい まだ 暮れ やらねば、
猶山を 傅 ひ 登る に、 黄なる 土の 色して 草木 もな し、
七展の石ジ-塔婆たて.^、 五大 院先德 安然 大和 尙の文
字 かすかに み ゆ、 これより 上 は 草木 蒙 籠と して、 空
おそろし、 柳 子 かいは ゆる 道淸 ふして 久く 座す ベ か
らす といへ る 言葉 も 思い出ら る、 これよ. 0 湖水 をみ
わたせば、 勢 田の 橋 左に みえ、 三 上 鏡 山 を 前にし、 比
良 堅 田 を 左に す、 わがやと るべき 大津の 町 は 右の か
たはら の 目の 下に 見お ろされ て、 いと こころぼそし、
昏黑に 上方に いたる とい ひし も、 かかる たぐ ひに や、
とく 山道 を 下り、 近 松 寺の 前なる 石 坂よ..^ 下る に、
左の 方に 蓮 如上 人 侮 跡の 庵室 あ.^、 右に 石 井 あ. o、 近
松 御坊の かたはらの 道よ.^、 大、 律の 町に か へ れば、 秉
燭の 頃な.. 、わかゆき て かわる ベ き、 同じ つらなる 某
より 文お こして、 旅の やどり は 浪花の 南 本 町 五丁目
とい ふ 所な りと きくに ぞ、 すこし は 6 もお ち; Q ぬ 0
十日。 天氣 よし、 夜 明て たつ、 大津の 町 は 九十 餘町
とか や、 諸侯の 藏尾 敷な ど あまた ありて、 賑ひ 他に
異な. 9、 けうと く粧 ひたる 女 ども、 よべよ. 0 旅の ゆ
四十 一
吹 元 紀行
ききの 人 を 引と どめて、 たは むれ 遊ぶ さま をみ しに、
いかなるき ぬきぬ にゃある らん、 八 町 坂 を こへ、 山
岸 を 右に し、 町家 を 左に す、 浮世 又 平が 書 そめし と
いふ 大津繪 とい? - もの を、 江 戶 繪に まじ..^ てみ せに
出せ.. >、 山き しに 淸水 ながれい でて 木た ちょし ある
社 あ.^、 關大明 神 蟬丸宮 としる せり、 又^ 法 大師 火
除名 號石 あり、 のぼれる 坂 は 逢坂に して、 右の 方 は
岸 高く、 下 に^あ. 9 て、 いと 小く らし、 左に 逢坂 常
燈 四つば か,. > たて. y、 右なる 山の 上に 蟬丸大 明 神の
祠 あ.. >、 左の 町に とらや 御針師 井口 大和 大椽 きょ 所
とかき し 札み ゆ、 坂 を 下れば 大谷 町な. 9、 ある 人家
の 軒に 手拭 多,、 かけて、 下に 井 あ..^、 これ 走. 9 井と
いふと なん、 右の 道中に 淸 水流れ て、 今や ひくらん
とい ひし 望月の 駒 も 思 ひやら る、 石橋 を 渡 b て 左の
かたに、 御 仕置場 あ.^、 此 ほとりの 人家に 大津 緒、
算盤、 縫針 を ひさぐ もの 多し、 や、 行て 追分の 岐路
に 至る、 立場な b、 左 は 伏 見 街道な り、 蓮 如上 人 御
舊跡 道と しるせ. o、 ここ を 山城 近 江の 國境 とい ふ、
この あた. 9 を 山 科と いふ、 田畑の 中に 人家 やや つら
な て、 靜 なる 所な 、かの 君に 譽を むく はんとて、
四十 二
大石 何某が かくれ 居 b けん もこと は. 0 ぞ かし、 石橋
を わたれば 右に 諸 羽大明 神の 社 あ h^、 天兒 屋根 命 を
まつれる とぞ、 奴 茶 岸: とい ふ 立場に いたれば、 右の
茶屋にことごとしき矢の根をかざれ.^>、 むかし 片岡
Hi 兵衞 とか やい へる 人、. る 事 をよ くせし が、 つ
ゐ にこ、 にかくれ しとなん、 箕 子が 奴と な b したぐ
ひに やとお かし、 右に 吉祥 山 安祥 寺 あり、 右三 條通、
左 五條 通、 六 條大佛 通な ど、 石に ゑ てた て 左
のかた に 蓮 如上 人の 舊 跡に 五 丁と いへ る 碑 あり、 ゆ
き ゆきて 竹の 林に いる、 ここ を 藪の 下と いふ、 右の
方に 高き 山 あ.^、 天智 天皇の 御陵な. 9 と は、 輿 かく
もの もよ くしれ り、 H の 岡の 坂 を 上れば、 左の 山の
そばに 一 木の さくら、 け ふ を さかりと 咲 出て た h -、
花の みやこに い, 9 ぬべ き^るしと たのもし、 左の か
たに 宮 古路 - 仲 あり、 此 一 忡、 みやこぶ しとい へ
る 一 ふし を 語. 0 出して よ. o、 あづまの かたに も專ら
行 はれて、 土 佐 節の 粗 一 〈娘なる、 江 ぶしの 高 華なる
もみな この 淫風に 化せられて、 風俗 を さへ うつせし
かば、 延享の 頃 一 たび 禁 せられし かど も、 そのな が
れ ますく わかれて、 その 源い よいよ 遠く、 下 里 巴
人の 曲 和す る もの 多くな. 9 た .5、 ここ を 千 本 まつと
いふ、 松の木た ちうる はしく み ゆ、 粟田口に いれば、
左に 御 仕置場 あ, 5、 車道 あ. 0 て、 牛車の きし b ゆく
さまめ づ らし、 往來の 男女の あ hv さま、 目馴 しひな
のよ そ ほひに か は.^ て、 都の 手 ふ.. 9 きらきらし く、
漸長 安に 近き をし ると いひし、 唐詩の 心なるべし、
蹴揚 S 淸水 とい ふ 所に いた.^ て、 左の かたに きょら
なる 茶店 あ, o、 立よ. 5 て 旅の 装 ひぬ きか へつ、、 紋
ュ、 めた る 小袖に 麻の 上下き かへ て、 輿の 中に 正しく
座し、 ゆくゆく みれば、 右に 三條 通, 9 の 道 あ ,9、 左
に 導 引地 藏 尊の 道 あ, 9、 右に 行 基 菩薩の 刻ませ 給へ
る 阿彌陀 堂、 左に 三條 通り 白 川 道 あり、 左右の 人家
賑 はしく、 三 條の大 橋に 至れ.^、 かの 增田右 衞門尉
が 名 をち. 0 はめし、 蒽 法師 はいかが なる らんと 思 ふ
に、 此頃 修理の 事 力. 0 て、 葭簀 もて かこ ひ、 かたへ
なる 假橋を 渡れる も ほいな し、 ュ、 れ よ,.^ 所 司 代の 屋
しきに い bwl^s 此度 御用の むねう け 給. 9 て、 大
坂に むか ふとて みやこ を 通.^ 候 旨 を の ぶ 、 西 町奉行
曲^扣泉4#t7JliiーT森川越前.,^タ 一き P ンき此 間に ニ條 も、
守景 ^lij 1«- ほ 奉 J- 守: Jljj 尹 ジ^. \>| -き *v -f -き 御城 もり も
又かくの ごとし、是ょ..„^日もながければ、みゃこの わ
*^ 元 紀 : は
ず 一 見して、 夕に ふし 見の 宿に やど.^ なんとて、 又
もとの たびよ そ ほひして、 先 神 泉 苑の跡 を 見れば、
池 あ b、 池の むかひに 善女 龍王の 宫、 御苑 天 滿宮の
宮ぁ h -、 乾臨閣 のい にしへ など 思 ひいでら る、 四條
通 h- の 大路 を ゆき、 四條 河原 を 見、 芝居の 前 をす ぎ、
祗 園の 旅所の 前 を ゆく、 冠者 殿と いへ る 額 あり、 祗
園の 社に まう で、 門邊 にい つれば、 赤き 前垂した る
女 ども、 手 を つらねて 人 をと どむ、 左右に 葦簾 かけ
渡した る 床に 上りて、 名に お ふ 豆腐の 田樂 とい ふ も
のにて、 飯く ひ、 酒の みつ、 女 どもの 豆腐き る 音 か
しまし、 隣の 簾のう ちに、 うかれた る さまの 人 あま
た あ.. 0 しが、 女 をよ びて 豆腐き らしめ しに、 と/、 眞
名 板 を 携へ來 りてきる 音、 七 種 はやす 昔に も 似 かよ
ひた, o、 物した ため 終, りて、 あしと らせん. とする に、
种を たす さへ きたりぬ る もお かし、 しろ かねの 露お
もから ぬ酒錢 なる ベ し、 祗 園の 触のう しろの 方より、
智恩院 にいり てみ るに、 山門に 華 頂 山と いへ る 額 あ
り、 八重 一 重の 花 さきみだれて、 雲に わけいる 心地
す、 もとの みちに かへ. 9 て、 左の かたに 双 林 寺 道 あ
り、 ゆか まほし けれど、 先 をい そき てみ すぐし ぬ、
四十 三
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101
四
ふ
堂 あ.^、 これ 親鸞 上人の 荼 Hi 所な りと ぞ、 いぶせき
草の 細道 をた どり、 大路に 出で 妙法 院の宫 の あた
をす ぎ、 近頃 やけし 大佛の 跡 をみ る、 やけ 殘 りたる
銅 物 S などみ だれ ふして、 目 も あてられす、 三十 三
問 堂に入て みるに、 物 ふりた る さまな り、 堂の 前に
石の 燈籠 あ-り
is HP ±^^£I^進慶&元甲辰年
0^ Ahi 八月 十八 日 三位 局
と あ, 0 しかば、 豊國社 は いづく と 問 ふに、 今 過來し
大佛 のうしろ にあ, りと い ふ も ほいな し、 あまり に か
すかなる ゆへ に、 みすぐ せし なるべし、 立 かへ. 9 み
んも 中々 なれば、 たちいで て 東 福 寺の 方に いそぐ、 實
【しも 五山の 一 にして、 か、 る 大きなる 寺院 をみ し 事
なし、 山門、 佛殿、 法 堂、 $5 堂な ど 雲の ごとくに 構 へ た
-り、 佛 殿の 釋迦^ 長 五 丈、 左右の 觀音は その 半を减
じ、 四天王の 像 はまた ュ、 の 半 を减せ b 、光 中の 化佛五
百^と かや、 端厳 微妙の 相 よのつねの 佛 像の 及べく
も あらす、 け ふ 大佛の やけに し邻 をみ て、 うらみし
が 、ここにいた b て やや 夙志 を 償 ふに 似た, C. 、名に お
ふ 通 天椅は i£ 行 十一 一間 一 一尺、 梁 一 間 五 尺、 深き 谷に
かか..^、 額 は 普 明!: 師の 筆な りと ぞ、 橋の ほと. y に
^ 紀 行
筵し きて、 香 煎うる もの あ. り、 しばらく いこ ひて む
かひの 橋 を 見れば、 臥 雲 橋な り、 それよ b 東 山い な
りに まう で、 泉 涌 寺に ゆかんと せし が、 大門の 道 遠
ければ ゆかす、 稻荷通 を 南に ゆきて、 深 草に いたれ
ば、 まつ 元 政 法師の 跡し のばしく、 端 光寺 はいつ く
なる らんと いふに、 寶塔 寺の まへ な ときき て、 寶
塔 寺に もい かま ほし けれど、 輿 かく もの もまち かほ
-」、 從者 もっかれ ぬれば、 寳塔 寺の 門の 前より 右の
かた、 細き 道 をた ど. 0 て ゆけば、 かすかなる 門 あり、
葷酒 を禁 ると いし ふみた てし は、 法 花 律なる べし
と、 門に 入. 9 てみ るに、 左の かたに 本堂 あ. 9、 僭 一
人 夕の 經 よむ 聲 あはれ な b、 庫裏と おほしき 所に、
やつれた る $5 の あ, 9 し をみ て、 元 政 上人の 墓 をた つ
ぬるに、 右の かたなり とい ふ、 細き 道 をた とり ゆき
て みれば、 木立 もの ふ b たる かけに かこ ひして、 竹
三竿 立て. 9、 まへ に 香爐を を,、、 不斷の 香 は 霧なる
べし、 これ 上人の 墓な b とみる に、 淚 もと いまら
す、 あまた、 びぬ かづぎ て., たちいで ながら、 ふと
ころに ものせ ししろ かね 一 つぶと, りて、 庫襄 なる 僧
にたの み、 上人の 牌 前に 手 向よ とい ひすて ていそぎ
jy t 已 7
出れば、 H は 申の 半なる べし、 これよ. 0 伏 見まで、
^道:.:^ しと くと くと 輿 かく ものに いさめられ てかき
のせられ、 足 を 穴 1-; にい そぎ ゆきし かば、 藤の 森の あ
た b もしら すして、 うち 過ぬ、 伏 見の 山の 桃 さか.. 0
な. 0 とさ ゝ\ も、 いっこの 雲に かへ たて けん、 鷄犬
の聲 ちか,、 きこ ゆる、 伏 見の 町々 ゆめの 間に 行す き
つつ、 富 田 at- 三左衞 門. S 家に やと..^、 ゆあみし は 酉
の 刻ば かりなる ベ し、 こよ ひ 戌の 刻に はふね よそ ひ
して、 ^川 を 下る ときく に 、、レ もしつ まらす、 殳人
I 細 附水揚 方 § ぼな どい. ふ もの、 はや 船に のれと い
ふに、 ^はた V しく やどり を 出て 舟に のれば、 驢^
の {<H なつかし きを、 i 占と いふ ものうち お ほひて、 挑
灯と もしつつ、 西 も 東 も わいた めねば、 舟の そこに 打
ふしつ、 折々 瀨の淺 きに や、 舟の そこき しる. おとす、
かの 淀の わたりの また 夜 ふ かきに とい ひしむ かし も
しのばれて、 いと ひ ぼ そし、 つらつら 3.3 へば、 島 か
• なくお. 力まより、 くるれば かへ る大津 -iit の、 五十 三
次 さし も さかし き 山 を こえ、 ひろき 海 川 を 渡り、
うき もうれ しき も 今宵 ふしみ の 舟の 中に 思 ひ つ め
たり、 わが 年 もまたい そじ あまり 三ッ なれば、 こと
四十 •: ハ
し 元日の 詩に、 世路 如經柬 海道 人生 五十 有三亭 とつ
く, => しも、 田 5 へば、 いの-つちに P きて、 ことばに あ.,,
はれし ものなら しと、 あまた、 び かへ り、 ふし ま
ろ ひっつう つ \ ともなく ぬる ともなく、 いつしか 十
三 里の 流 をく だれる にや、 岸の ほと.^ に 多くの 人の
聲 して、 南 本 町に やとら せ 給 ふ 御 方の ふね は いづく
ぞ、 御迎 にと て 參.. ^しとよ ぶ は、 八軒屋 とい ふ 所 なり
とぞ、 ほどなく 本 町ば しの 岸に ふね さしよ せて、 やど
りの かたに 案內 して 行く に、 夜 は ほのぼのと あけぬ、
け ふ は 十一 m な, 9、 やど, 0 は巿屮 なれ どもす こし さ
しい.^ たる 所に て、 四 間 五 間な,. > 、二階 あ b IS ぬり 二
め あり、 庭の 草木の た、 すま ひも、 たれ 人の 物す き
にや、 ここに ひと、 せ 春秋 を 過す 事よ と 思 ふに、 か
は b ぬべ き 人よ, o、 あるじ ま-つけして、 おもの も
てまい る、 心 もす すろ に 箸た てて、 とく 此 地の 御城
代 i 円 |£ 野 西 町奉行 g 確 I 幡 東 町奉行 の 府にま
うし、 權 銅の 場に 日毎に § き 通 ふ、 公事の ひまひま
過に し 道の 事 ども 思 ひ 出る まま、 かい やりす てぬ、
折からの 詩歌 も、 書 つらね まほし けれど、 いさや 川
いさと 口 かためし ちか ひも あれば、 卷の 末に 附て錄
せり、 すべてお ほやけ の 事 を はぶきて、 わたくし ご
とのみ しるせ. o、 文った なく、 筆と どこ ほ. 0 て、 事
もまた くだく だし、 わが 子孫た らん もの、 あな かし
こ、 おぼろげの 人に しめす 事な かれ。
攻元 紀行
四
十
七
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ぶ"
門 楊柳 綠 如絲。 勸酒頻 歌 古 別離 o 行 向浪擊 江上
又
^!^風擁傳出江門。 驚 鶴揚州 不足 論。 五十 三亭 東海
せ」。 烟花 露 亦お 恩。
出門 ロ號
朝 雨露 靠似渭 城。 一杯 傾靈 別離 情。 明年 自有 前期
^。 笑綰 垂楊 對弟 兄。
た ひ 衣た ちいつ る 日 は 春雨の
けしき はか, 0 に釉 ぬらせと lo*
卯の 時の あめに 笠ぬ け はっさくら
ロ"リ;^だ"ぉ鍵;5§:カ3? 吉見義 方
t 口 J;s- プ,^ ^ん, '做 榊 原士立
海 天 春雨 正お ハ覃 驛路無 塵 柳 色靑做 今日 離 筵須盡
醉^ 醉來 惜別 si 庭 j3
こん 年 はやが て ほす ベ き 袖の 浦に
なに ぬらす らん 今日の はるさめ ぼ
四十 八
大 森の 酒に いたく 醉て 輿の 中に ね ふ. 9 つ、 神
祭 川の ほと..^ にて 目 さめぬ 夷 曲 あ. 9 たれ 人に
や
二三 合 酒の み 過し 六合の
わたし もしら すいつ か - ^^-にき
塚の 宿 をす きかけ とりと いふ 所に て 1 木の
楼さ き いてた る をみ て
け ふより やゆくて にな れん 旅 ころも
ひもとく はなの さき そむる 頃
過 藤澤山
此寺舊 稱淸淨 光。 新 花 帶雨傍 香 堂。 至 今猶示 遊行
跡。 藤澤 春風 古道 場。
みちに 椿の 花 さか,^ なる をみ て
はる 雨 は ぬれた る 露の 玉 椿
八千代 も あかぬ 色と こそ みれ
南 鄕魚驗
不 食南鄉 鰌。 安知 東海 鮮。 開 搏纔下 箸。 一 醉瓦盆 前。
過小 餘緩礎
松林 盡處又 人家。 籬畔 桃花 雑 菜 花。 驛路行 過梅澤
去。 遙閬 海上 浪淘 沙。
きの ふけ ふ はやこ ゆるき の 礎の 波 一
たち かへ るへ き 時 を こそ まて 一
過 rs 領 一
雨露 函 山紫翠 凝。 莓苔路 滑石 崚崤。 關門百 二 應須ー
固。 天險 尋常 不可 升。 臨 水 毎 緣靑壁 下。 攀林又
入 白雲 層。 怪來笑 語 聞 村落。 勸酒胡 姬濫可 憑。
其 二 一
天 正 神 兵 下 此诚。 徒傳 五世 北條 名。 崖 餘ニ鼎 祠壇ー
古。 影 落 雙峯鏡 水 i_s。 猿 狖已愁 蛇 倒 返。 烟霞 無-
盡鳥哀 鳴。 餺 紆高 蚰過關 去。 紫氣遙 生富士 平。
ふるさ と を ふた; 伙 へたて、 玉笥
はこね の やまの 明 ほの ゝ空
三 島 道屮遇 關叔成 自紀還 一
東 去 西 來思萬 重。 途中 傾 盖喜相 逢。 行 過 三 島 見 仙 一
客。 來自紀 南 熊 野峯。 』
浮 島 原 芙蓉 ,
郤門 :n:ii 望 芙蓉。 芙蓉 遙 .ai 萬 重 峰。 出 都 三日 微雨:
mc 春 雲 靄 靄綠陰 濃。 擧頭 芙蓉 不可 見。 不知 何;
處神秀 鍾「」 今朝 I 十發沼 津驛。 兩行夾 路數株 松。 ,:
時 婆轎簾 sl-se 尺。 芙蓉 一片 雪猶 封。 但有遺 山 橫大ー
麓。 纔開 半面 美人 容。 西子捧 心顰翠 黛。 葉 公 好
書見 眞龍。 行 行 乍 失 蘆 山 色。 大麓 層雲 欲盪 胸。
八 葉 芙蓉 屹相 向。 轄夫下 擔客駐 節。 欲 見 芙蓉 眞面
目 0 會向浮 島 原頭 逢 0
田 子の 浦と いふ 所に て
もし ほ燒 あまなら なくに 旅人の
袖に そか、 る 田 子の うら 波
薩埵山 下酒樓
薩趣山 前 51^ 嶽亭。 魚 標酒旆 接 前 汀。 烟波隔 斷蓬萊
路。 一 帶速峯 黛 色靑。
淸見寺
淸海 關頭祗 樹林。 靑松遠 映白沙 深。 漁舟驛 路杜苟
鶴。 曾入征 東軍 監吟。
三 穂 松原
古松 原 上 一 漁 磯 0 神 女 翩躧掛 羽衣。 譎在 人間 何 所
樂。 紫 烟深處 去 無歸。
年月 はきよ みか 關を へた てても
. 又た ちかへ b 三 穂の 松原
う つ の 山 を- J ゆと て
夢の 世の ゆめにも 人に あはぬ 哉 ,
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かしこき 御代の めくみ をう け、 や はらけ る 年の はし
め、 彌生 廿日 あま, 9 ひとつの 日、 おしてる なに はの
みつの うらの かたに、 また 夜 を こめや まちの いつ ゝ
めにあ たれる 町に、 旅の やとり と b しにお ほやけ わ
たくしの 事の ひま-/,^、 とさ まかう さまに ゆきめく
b し 祈々、 US? る ものき くもの つ はらに かいつけて、
盧の 若葉と 名つ けぬ る も、 たゝ 一 とせの 波 こ ゆるま
のす さ ひに して、 蘆の かれはに 風 わたる、 きの ふの
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享和辛 酉 竹醉日
蜀山 居士 浪速の 旅館に しるす
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三月 廿ー 曰兩 御堂 御醫 廿 二日ぎ gj- 廿 五日 IS:
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寺 神明、 大融 寺、 i-kf^ 八幡、 生 玉 神社、 月, 江 寺、 西
ミ £字 一 心 寺 聞 幅、 新 清水寺、 茶臼 山、 家 43.、 3 廣田、 今
ヲ 3 肩隆 寺、 勝 曼院、 兒 沙門 堂- 淨 寺、 》p 只 &宫虔 子、
; rj 高 津宮、 常國寺 * ia-,TT 四 橋 阿 彌陀他 > 住吉、 波 除 山、
まプ t- 本覺 寺、 圓珠庵 • rt.i^ 度- け 木
大波, 竹林 寺、 天^ 御旅 所、
amid :n 天滿、 光明寺、 興 正 寺、 九 院、 源 八 波 母 恩 し
月 3 お 寺, 十五 社、 鶴 塚、 櫻の 宫、 大& 寺、 祌明、 -/
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プ I 遊、 サ 一 日津村 K 明閣、
4lgT ョ陽龍 寺 W 遊、 牛 頭 天 王、 41」 ヽョ國 分 寺、 正德 寺、 北
J mi t- 三 律 八幡 良 申、 推 寺、 IIIZEK "だ; ff、 SJ^4tt -、
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藤 八、 永、 大と 六 'ぼ 松
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花 ひ 波, i 月 、 上
1^ ょ鑑 降の 廿 所よ
力 1 し m7 七 祭
、 , と 、 云 く; H 鎌 御
れ乂 千、 戦 i> 神 倉 城
に 日 抑、 の 祭權は
、^の 此中 あ 五る
淨淨 念の 芝 b 郞 か
千日の 墓所に、 行 基 菩薩 開基の 石碑 あ b.、 相撲 取な
との 慕 も あ, 9、 京の 大 谷に 似た る 所な り、 裏の 方の
麥畑を こえ、 難 波 御藏の 前 を 過て 橋 を わたる、 (濱村
の 源 光寺 は、 行 基 菩薩の 開基に て 三昧の 本山な り、
四:::: 十六 日の 記に 詳な b) ぬ 1 雲 山 瑞龍寺 は 俗に 鐵眼
と 云、 難 波 村に あ b、 門 聯堂聯 は 木 庵 寳洲の 筆、 佛
殿の 額 光明 憧の三 字 は、 隱元 禪師の 筆、 表門 慈 雲 山
の 三 字 は、 開山 鐵 眼和尙 也、 委しく は 名所 圖會に 見
えた, り (略)、 s^^^w に、 二 石ニ樹 あ, 9、 ニ樹は
松柏な b、 名所 圖會に 一 石 一 樹と ある は 誤な b、 又
ffi 燕; も あ. 0 0
廿五 H 朝 雨 晝晴夕 陰晴 不定。 朝の 雨 はれて 午
の 時 過る 比より、 日 さし 出 たれ は、 け ふ は 野 田の 藤み
ん. i、 過 書 木 町よ. り、 船 町 橋 を 渡 り 難^::: 千
玉 水 町 をす ぎ、 前 橋 田 簑橋を 渡. 9 て、 梅 田 橋の む
かふに、 董部 の 竹 -」 色帋 をつ けて かっき 來るを 何 そ
ととへ は、 天神の 開帳に まいるな,.^ とて、 顔に 殊更
に M をつ け 或は 片面 墨に て ぬれる も あり、 橋 を わた
,o て 上の 天神の 開帳に 參 りて、 裏門よ, 0 出づ、 裏門
の內 右の 方に 石 をた ゝみ、 つき 山 をつ くれる あ. 9、
t^f の 若 菜
上 福 島の 中天 神 を 遙拜し 野 田 道に むか ふ、 左の かた
に 下 天神の 宮み ゆ、 田の はたに 石碑 あり、 左 ふく 島
き ■"-.^L: か # 、右 ふく 島と あ b て、 うらに 山 六十 一
郞と ゑれ,.^、 すな はち 左の 方に 入れ は、 門前の 木よ
b して まつ 藤^ か ゝれ, o、 門に 入りて 見る に 木々 の
末に 藤 咬 か、 b て、 紫の 雲の ごとし、 又 白き 藤 あ, o、
是は 天文 二 年 巳 八月 九日 本願 寺 合戦の 時、 此 所の 藤
燒失 た, 5 しが、 其實ば えに 白 き 藤 き て 、 其 房 長し と
ぞ、 春 日 社 あり、 三月 廿ー 日より 廿七 H 迄 神 樂を奏
すと いふ、 碑 有り-、 其 文に 曰く
貞治 三年 四月 藤 波 盛の 比、 足利將 軍義詮 公住 吉詣の
時、 此 地へ 立 よらせ 給 ひ、 池の 姿 を 小川と な そらへ、
和歌 を 詠し 給 ふ、 住 吉詣の 記に 見へ たり、
ぃにしゑのゅか..^を今も紫の
藤浪 か、 る 野 田の 玉 川
と あり、 又太阁 御遊 覽曾路 利 由緒 庵と 云 碑 あ, 9、 御
袁詠所 古跡、 藤 庵の 二字の 額 あり、 みきりの 池 は 難 波
江の 池の 殘れ るな. 9 と緣 記に まるせ り、 かたへ に辨
財 天の 宮 あ.^、 茶店に よりて 酒く みぬ、 雨ふり 來る
に 立いで ゝ、 上輻 島の かたに ゆく に 又はれ ぬ、 妙德
葦の 若葉
寺 黄榮宗 なり、 堂の 內に 五百羅漢 あ.^、 客殿に 萬 福.;
殿と い へ る 額 あ.^、 乙 巳年 孟秋 吉日 黄檗隱 元老 人 書:
と あり、 聯 あ.^ 名所 圖會 にく わし、
久 安寺 鐵梅 庭に 梅の 木 あ b、 小き 寺な, 9、 それよ.
麥畑 をった いて 左の かたに ゆく、 小 流の 橋 を 渡. 9 了
德院 にいた る、 池に 杜若 さか.^ な, 9、 紫の 藤棚 あ. 9、
白き 膝 も 有 b 白き はふ さみち かし、 花大 な.^ め つら 一
しき 藤な り、 浦 江村 (名所 圖會に 浦 江村 杜 若の 名所 一
と あり) 大仁 寺の 方に ゆく 道 有し も、 ゆかす してた 一
いちに ゆけば、 梅 田の 墓所に いたれり、 火葬の 場な 一
曾 根 崎の 新地 賑 はし、 兩侧 ともに 倡 家 あり、 左 一
の^よ, 9 露の 天神に いる、 こ、 はお はつ 德兵衞 が 心
中せ し 所な りと ぞ、 近 松 翁が 曾 根 崎 心中に、 此 世の
なご, 0 夜 もな こ h ;、 死に ゆく 身 をた とふれば、 あた
しが 原の 道の 霜、 一 足つ ゝ にきへ て 行く、 夢の § め こ 一
そ はかな けれ、 と 書し 文 また 思 ひ 出ら る、 又 東に ゆ;
きて、 右に 光智 山法淸 寺と いふ 法 華 寺 あ, 9、 鬼子 母
神 堂 あ. 9、 愛に かしく とい へ る 遊女の 墓 あ. c,、 一
寬延ニ 年 己巳 三月 十八 日
本 具妙曉 信女 かしく 墓 -
五十六
0f 人、、 と に ゆかしと 思 ふ 八重 櫻
、え ちりて はかな さ 名 は ほりけ リ
施主 油 屋建之
神明の 宮 にいる、 大 H 本國 七所祌 明宮、 武藏江 11^ 芝
神明 宮、 攝津 國大阪 天滿、 山城 國 朝日、 同 國平 安城、
東 岩 倉、 信濃國 安曇 郡、 加賀國 金澤と あり、 それよ
り 北の方 大融寺 は、 佳木 山と 稱す ► 二王門の 力士 古
雅 なる 像な り、 千手觀 一昔の 堂 あり、 舟 玉 社 あり、 こ
、にも 藤の 棚 あり、 寺の 事は攝 陽群談 名所 圆 會 等に
みせて 委し けれど、 思 ひの 外に 見所な き 寺な. o、 門前
に大界 外相 不許 葷酒 入 山門の 碑 あり、 幸 松 寺 夕顔 寺
の 前よ. 9、 北 木 幡町南 木幡町 下半 町 を 過き、 なに は
小 橋 を わたり、 大江橋 を こえ、 淀尾橋をゎた..^て歸
ぶ。
野 田 古藤
春 日 叢祠 援 古藤、 野 田晴色 紫雲 層、 問花對 酒風屮
落、 老蔓藏 蛇 霧 裏騰、 花洛將 軍留; 麗藻、 豊臣相
國訪殘 僧、 人生 五十 餘年 與、 如此眞 遊歡未 曾、
むらさきの ゆか も あれ は 旅人の
心に か、 る 野 田の 藤浪
廿 六日 晴凉。 天氣 よし、 け ふ は 立夏な. 5、 南郊の
遊びい か- «• ならん、 名に お ふ 天 王 寺に まう でなん と
て 出た つ、 內兩替 町に お ほやけ の 事 を は.. M し、 西 町
奉行の 裏の 方 をす ぐ、 摒の 角に 大 なる 柳の 木 あ. 9、
住 吉尾町 具足 屋町南 S 屋町 を、 南 を さして ゆき、 西 高
律 町よ" 左. 0 に 折れて、 右の 方に 三級の 石 坂 あ. 9、
眞言 阪 とい"、 二級 目よ,^ 左へ 入れば、 櫻本坊 にし
て 生 玉 九 ッ院の 一 な bo
櫻 本坊。 高野山 寶生院 の 末寺な b、 秋葉權 現の 社め
.0、 又 一 一月 堂 金 羅權 現の 社 あり、 仁 和 寺の 御 寄附 也
とい ふ、 夫より 眞成院 遍照院 をへ て S ^羅院 にいた
る、 契冲 法師の 住職し 給 へ る 所と 聞けば、 其 道の..^ を
と はま ほしく、 堂の 後の 墓所に 入て 見め くらす にみ
えす、 此所 は地狹 くして 堂の 椽の 下に、 石塔 多くた て
た,. 尋ゎひ て 寺 僧に とふに、 いかにも 愛に 住職 はし
たれ ど、: S 墓 は 小 橋の 圓珠 庵に あ, 0 て、 水 家より た
匸ら I ^5.wr>OM P こ, S 名 听圖會 按す るに" 束 高 律 町
てら ォし 石碑 あ, 0 と カナる 餌 指 町と いふ 所に、 契 沖の 墓 あ
2rs9:,」 辨天 社に いる、 めぐ b に 池 あ ,0、 池の 中に
蓮 あ .O^E: 儀 惠比須 の 像 も あ. o、 池に のぞみて 茶店 あ
,0、 橋 は 東南 西に 三 ッ か、 れり、 南の 橋 を 渡りて 北 向
^?!^宮ぁ.^ 、生玉 の 社司松下氏守護す、慶長年中に 勸
請せ.^、 城 中の 諸士此 所に て、 弓馬 を學 ぶ、 今 五 五
H の流鎬 馬は此 遺風な.^ とい ふ、 社內に 東照宮 御
遷座 所 あり、 社 を 出て 生 玉 神社に いたる、 當 社の 事
は 諸 書に 委 しければ、 今更 云に 及ば や 、神輿 は拜 殿の
兩方 にあ.. > 、拜 殿の 中 を 過て 木 社 あり- 八楝 造な-'、
末社 北の方 天 照皇太 神宮、 豊受皇 太 神宮、 大巳贵 命
事 代 主命、 少彥名 命、 南の 方 は、 八幡宮、 住吉 社、 厳
島 社、 金 K 羅權 現な り、 本 地 堂 大師 堂聖 天の 社 あ.^、
南坊は 志宜山 法案 寺と いふ. 社頭の 北に あ b とぞ、
本 地 堂の 柱に、 志宜山 法案 寺 《め 樂會 配役の 札 を だし
て 置. o、 本社の 左の かたに むかひて、 うしろの 方に
茶店 あ り、 藤屋と 云麟針 見 はらしよ くみ ゆ、
それよ b 寺 町 を 南へ 行く、 右方に ぬけ 道 あ,
か はらけ なけと いへ る 札 を 出せ, 9、 ぬけ 道の 左右に
竹林 あ.. >、 これ 月 江 寺な り, 淨土宗 の 尼寺に て 光明
山林 照 院と號 す、 古へ 天 王 寺 城跡に して 佐 久間信 盛
が こもる 所な b とい ふ、 左の 方に 藤の 棚 あ, o、 花 盛
り f、 棚の 前に 谷 有..^、 谷の 向 は 竹林な ,り、 此谷
に 的 三 ッ を 高き 竿の 先へ 挾て たて をき、 此的を 目 あ
てと して 土 碗を投 るな- 9Jl;jl5;f 土 碗賣る 家の 姥、 絲
の S お
五, I- 八
車に て絲く ゐた り、 家の 前に 丸 柱の ごとき 石碑 あ
.^、=4、落人ii世、 歳 =: 恍忽々 、歲 H: 能 弄 人、 ly;^ 罷華玄
髮、 厭 此-, ^;! 將歸、 i 加 便 無 歳 =: とかき て、 歲 H: もな く 名
字 もな く、 いかなる 好事の もの 、した. 9 けん、 寺內に
地藏 堂、 行者 堂な ど あ. o、 行者 堂の 側に 一 もとの 絲
模:^ .0 此 木の もとに 石た て、、 くぼく 丸き 穴 あ, り、
近き あた. 0 のめの はら はの 出來 りて、 其 穴に 耳 さし
あて 、聞 給 へ とい ふに、 げ にもと 耳 をよ せて きく
に、 風の 音の ひ、 くこ どし、 莊 子が 所謂 天籟の 類な
るへ し、 面に さみせん 塚と 題して、 左の かたに 華 紅
花 ももみ ち も 散し ほる、 とてもち るなら • 風に まか
せて ちれ かしな、 雨に しほれ 枝に くちた は 色 もな
や、 鳥の ふみし くな を つら や、 花に に ほひ もさら
.0 としたかよ いわいな
とい ふ 言葉 ほれ 6、 後の方に 假名して、 兄 辰 巳屋平
兵衞は 某と 共に 郭 中の 人な り、 安永 八 乙 亥のと し 九
g: 十七 m 卒、 年 五 卜に して 死せ る を、 上 寺 町の 願 生
寺に 葬れ. o、 花 槻の曲 は、 享保年 屮高责 の 人の 作な
し を、 お出: の 御 檢校衬 山 はしめ て弘 せし な.^、
兄の つねに 三味線 を 好みし 事 を も 書て、 弟: 他么 S 楓
屋喜 七と あ, o、 この 楓厘 といへ る も 花 紅^の 綠 によ
れ るなる べし、 戯に古 樂府に うつさ は、 花楓 曲、
靑花與 秋 葉、 飄散谷 有 時、 縱 然若飄 散、 不必, 献風
吹、 雨 打莫減 色、 鳥 踏莫動 枝、 芬芳如 可歇、 淨? i
以爲 期、
ともい はま ほし、 又宗因 四, 世 勃 —翁 とい へる もみ ゆ、
もときし 道 をた ちいて、、 寺 町 を 南に 天 王寺衬 にい
たる、 一 心 寺 IE 帳の 挑 灯 道々 に 出し あ-^、 左の かた
に、 荒 陵 山 四天王 寺 (後 四月 八日に 重ねて 遊ぶ 合 せ
みるべし) 石;;: ri? よりいる、 额は いは ゆる、 釋迦如
來傳法 輪 所 常 極樂土 東門 中心の 十六 字に して、 銅 版
の 上に 字の 形の 銅 を にて 打つ けたる やうに み § 、
わが 十二 三 歳のお、 寵 ffli?s といへ る 手本 を 見し 時よ
此額 ある 寧 を 知れ.. >、 ことしい かなる 年に や、 五
十 あま. 0 みつのと しに 及て、 初て 此額を 見る^ を 得
た.^、 これ まかしな から 君恩の あま. 9 な. 0 と 思 ふ
に、 H もと、 まら や 0
うつ ゝ にもな に はの 寺に めくり 來て
im- 殿の 心地 こそ すれ
鳥居の 前に 下 .it の 石 表た てり、 うらに 寬永 十四 丁 丑
年 問 三 十五 と、 ほのかに み ゆ、 右に 引聲堂 あ,.^、
本 は 五智 如來 にして、 其 左の 方に 太子 御 乳母 日本
尼始 玉照姬 月 益姬 y 益 姬の三 鉢の 木像 あ. 9、 左の 方
に 短聲堂 あり、 釋 迦文珠 普賢の 三佛を 安置す、 此 堂に
盤 會を繡 したる 掛物 有り、 西 大門の 左右に 八重 櫻
ち b しほれ たり、 かの 薪つ きにしい にしへ、 無憂樹
の 萎し 事な ど 思 ひいて、、 一房 二 ふさ 摘収 て、 故鄕
のつ での 家、、 つと、 す、 西 大門 (西 大門の 左右の 柱に
_,i 印 あ b 諸人 これ を轉 す) に は 西の方に 阿 彌陀善
? JM< 師の窗 像、 東の 方に 釋尊幷 十六 弟子の 盡影 あ,^、
^陽 勅 紛所土 佐 式部 卿 昌信拜 書と あり、 門の 前に 銅
の ス:: 爐ぁ. -、 門 を 入て 右に 五智 院萬 燈院 あり、 左に
輪 f b 、西 szfl が は 5 化 人て 五重の
齊塔、 二王門の 內に 建て.^、 雲水の 形 を 彫な したる
か、 丹 靑落盡 し て 古色い は ん方 なし、 釋迦書 像 四天王
木像 八 祖窗像 あ b 、これ は慶 長年 中 御 再興の 時、 和 州
よ. 0 うつせるな, 51」 云 ふ、 金堂 講堂 を拜 し、 廻廊の 下
よ.^ 人れば、 *f 堂の 後の 左右に 樂屋ぁ b 、右に 鈹樓ぁ
り, 左に 鐘樓 あり、 かの 黄 鐘 調の 鐘なる へしと 仰き _
見る に 鐘 はみ えす、 ゎづかに搐木の末半ばか,.^出た_
り、 楕 木に 梵字 あまた 書付た.^、 大 寺の 池に 蓮 あり 一
池の 上に 石の 舞臺ぁ h -、 池の 中に 龜鯉 多し、 緋鯉な. j
ども まじれ h -、 かたへの 茶店に て 米 花と いふ もの を 一
ひさぐ、 かわらけに 盛た る を、 池の 中に 投れ ば、 龜ー
と 鯉とう かみいで ゝ はむ、 其む かいは 六 時 堂な. 9、
堂の 左右に $5 坊 あ.. >、 . 東 僧坊 西 僧坊と いふ、 其う し
ろ は 食堂な. -、 此 堂の 左右に 梅の 木 あ..^、 後に 絲櫻ー
あ, o、 左の 方に 北門み ゆ、 右の 方に みわたされし 堂 一
は、 療 病院の 古跡 湯屋 方丈な りし を 知ら やして 見す"
鈹樓の 東なる 龜 井の 水 を 見れ は、 上に 屋 つく.^ して 一
下に 石 をた、 み、 西の方なる 板 はめの 下よ. 9、 龜の首 一
の 形した る 石よ. o、 水流れ 出る を、 諸人 長き 柄の: 一
もて 汲 とれ.^、 龜の 首の 上に 賽餞箱 あ..^、 東大 門 を 一
うか いひて、 御供所の 前 を 通 b 四 足 門より 入る m 脉顿ー
太子 堂 は 南面な.^、 此 堂のう しろに、 守 屋か祠 あ. 9
とい ふ を 知らす して 是も 見す、 西に むかへ る 四 足 門:
城 I を 出て、 二王門の 前に 出て 金剛 力士の 像 を 見る 1^
共に 中央に, あらす して 左右」 かたぶ リ 立て fe^v-HJ^Sr
り 痩れ る 形 古雅に 見 ゆ、 獅子 拍犬 表裏に ゎリ、 リ P ズ」 は 一
に 萬 代 池 あ り、 こ、 に 下馬 石 あ b (朝鮮人 書 之) 哀に;
i 寬永 十四 丁?^ 年^ 三 十三 = と あ..^" 名に お ふ 庚申
堂 は、 向 ひの 町の はつれに あ とき、 て ゆく に、 左の
方に 河 口. と 云 所有り、 愛に 杜若 あ.. > とき、 て 人に
とへば、 三 町ば か.^ も あ. 9 と 云 ふ、 左に 入 右に 折れ
て、 街道に いづ、 むか ふに 松屋と いへ る 茶店 あ. y、 酒
餅 を も ひさぐ、 右の 方なる 片折戶 に 入れば、 池 あ. 9、
築山 あ, o、 池に 杜若今 を 盛. 9 な. o、 いせ 物語の 繪 にか
きたらん やうなる、 八橋の 形 を 作りな せり、 その 前に
座敷 あ b て、 客 をむ かふる なるべし、^ ばらく いこ ふ
て 立 出づ、 それよ,, いぶせき 人家. ほ排 5 のの 中 を 通
て f ^ 峻 天皇 の宮 ( 峻大 皇の宮 に擇寵 山の 額 あ, 9 )
た >- せ 給 ふ、 是 よ.. > 利 STLi いたる、 大寶 元年 正月
七:: :i^.s- の:!: に まつる 所に して、 n 本 3: 取 初の 庚申な
.9、 庚申の 日 參る人 多し とて、 堂の 側に 護摩堂 あ,.^、
又 二 ッ の 猿 を 一 つ 濫の 中に 入て 中に 仕切の 板 ある
堂 あ h -、 猿は牝 牡と 見 ゆ、 げに 心猿の 世に 槃る、 さ
ま 又 かくの ことく なるべし、 夫より 左の 方の 道 を 行
て 左の 方に^ 松 山 一 心 寺 あ. o、 圓光 大師 日 想 觀の舊
跡な り、 門 を 入て もて かこへ る內 に、 石の 玉垣し
一 たる, 塔 ぁ&、 是本多 出 雲守忠 朝、 元 和 元年 五 U: 七
一 s,戰死の蔡な.^、 その 家士九 人の 墓 あ h^、 忠朝 "一一
,Ir か,^ 三光院 殿岸譽 fe^ 玄 居士と あ b 、是平 八郞忠 勝の
弟な, 0 とぞ、 墓の 前なる 水 鉢の 水 をいたい けば、 短
氣 なる 者、 酒の 醉狂ふ ものに 宜しと、 かたへの 僧の; C 奴
る もお かし、 二階 堂 あ. 0、 此寺 にて 京都 嵯餓小 <5:5 山
1 一尊 院阿彌 陀釋迦 の 1 一尊 幷圓光 大師 足曳の 御影の^
帳 有. 9 ねョ; S 靈寶に は、 大師 襟 掛の三 尊、 同 持
蓮 花御舍 利同眞 筆の 名號、 同 御影の 勢 至 菩薩、 又 四
稀の 御架裟 igilgl^nil 教 護 W 一敏 子 喰 切の 五 姑 連
花の 名號、 慈覺 大師 ズ 束の 御 舍利、 唐 縫の 十六 羅漢、
弘法 大師 入定の 額 は, 5:515 高 a 德 太子 自盡 像、 弘
法 大師 眞 筆の 不 勸^、 同地 藏尊、 慈 鎭和尙 歌書 切、 弘
法 傳敎兩 维の華 嚴經、 同兩 筆の 飜釋 名義 抄 |5gss
Kl^g 靈元 院御懷 紙、 九條 太閤 御 筆、 尊 氏 卿 御敎寄 Ig^
M 五 二通、 太 問 秀吉公 御 自盡像 15^1 內靈寶 に は天國
太刀、 業 半 朝臣 太刀、 同 鳳凰の 平 緒^^;?^ 定 家卿自
盡像、 同小 倉 色紙、 :s 詠歌、 同 卿 所持の 松 影の 硯、
王義 之が 墨 洞 石、 逍遙 院 殿御 攀の 伊勢 物語、 寂 蓮 法
師 筆の 夜林鈔 露 らし 慈 E 和 尙の和
歌、 古法 眼 筆 渡 唐 天神、 徽宗 皇帝の 廳 の窗、 揚補之
か 梅 一 一幅^も 1 i 石 g 咔 5 て 同 記 《I 歸群 流砂 川- S 蘆の 卓
の 常の 麓に? 七紘琴 If 1 琵琶? J- せ i の 屏風、
* 名つ く Uii き 師筆
す zlt, 二 4U— 揚貴祀 所 i«
大さ なる ものな
時 信の 屛風、 古法 眼 葛の 書の 屛 風に 宮方堂 上方の 色
紙 あ.^、 小 屏風に 太閤 時代の 武士の 名と 花押 を 切て
は. 0 しあり、 其 外、 玉 御冠、 牙 御 IT 表 御 待、 濃 御
袴、 紅 御 打 袴、 紅 御 打 衣 * 几帳、 靑貝 突立、 御廣 衣、
御 裳、 菊の 御菌、 紅 御 軍、 十二 單 MW^M;^ 御 小掛等
な.^、 此 外に も猶、 篾 筆の 一 枚 起請 (名 號) 七 ケ條の
制誡杯 ありし かど、 あま..: -に數 多く 見る めもあやな
れば、 くわしく かき もと、 めす、 愛に は靈寳 の目錄
によりて、 思 ひ 出せる を 書つ くる ものな bo
^化 は 一 心 寺 慕 所の 上に あ.^、 かけ まく も かしこ
き 神の 御 勝 山と 名 付 させ 給へ る 所な b、 古の 荒 陵 山
な. 9、 實に 一 著戎衣 天下 治と、 羅山子 元 和 元年の 試筆
の詩に見ぇた..^し事も思ひ出らる、 又 醒醉笑
といへ る 草子 を 見 侍 りしに、 浪花の 御陣の 時の 落 書
を 載た ho
大將は みなもと 氏の 茶臼 山
ひきま はされ ぬ もの ゝふぞ な き
むかしよ.. > このかた、 二百 餘年 干戈 を 動 さす、 萬 民
の 若葉
枕 を 泰山の やすきに ii^: 事、 ル 此山 のみかけな と 思
ふに、 穴ん 恐し く ふしおがみて 出ぬ。
,p 水 寺 は、 有 柄 山と いふ、 本尊 は 十 一 面觀 音な- 9、
寬永 十七 年 京都よ. 0 遷し、 享 保の 比 新 清水寺と はな
れ. 0 とぞ、 舞臺 よ. 0 遠く 望めば、 西南の 遠山 搶 海に つ
らな, 5 て 風景 いはん 方な し、 され ど廣き は 淸水寺 三
井寺の 舞 * に 及ぶべく も あらす、 此 坂の下に、 油^
齋貞柳 の 墓 あ, 9 、 とい ふ を ター ら すし て 見 ざ" き、 坂の
向 ふに 浮瀨 とい へる 酒樓ぁ b ヽ 人々 の 酒/、 みか はす
さま はるかに 見 § 、 彼 長 鯨の: 白 川 を 吸 ごとき 飮 中の
仙なる べし、 ひと、 せ 淺草駒 形の ほとりに、 此 うか
む瀨 のかた をう つして、 君 かためき 瀨 などい ふ 具 あ
りし も、 今 ははた, こせば か,^ のむ かし。
31. は新淸 水の 北に あ. 9、 太子 勝鬉經 を講せ させ
給 ふ 所な b とぞ、 二重の 多寶塔 あり、 院 中には 愛染
明 王 を 安置し あり 0
ffi- 沙門 堂 は 勝 曼院の 西 隣な り、 如意 山神宫 寺と 號す、
石 坂 あり、 木立 ふかし、 西南の 海山 を 望 む によろ
し、 此 わた, 9 に從 二位 家隆 卿の 塚 ありと き、 て尋る
につ や/., 'みえす、 勝 曼院の 西北の 方に 畑 あ b、 金
六 4- 一
络 や
く を 具 声
オリ、 ん ィ、
菜の 若槃
六十 1
寵 山と 云 ふ 礼 あ.^、 垣 をへ たて、 畑 を みれば、 桃の
木 多し、 こ、 に 一 堆の塚 あ b、 一 もとの 松た て b 、こ
れ家隆 卿 塚な り、 享保 年中 安井 御門 跡 大僧正 道恕の
建ら れし 石碑 ありと 云 ふ、 垣の ほとりに 枝折卢 あり
て、 錠 かたく さしこめ たれば、 垣.^ 外面よ,^ 拜す、
側に; i 化 有り、 夕陽 庵と 云よ し、 此所は 夕日 山と いふ
によれるな るべ し、 失 木 集に 家 隨卿天 王 寺に やま ひ
か ぎり に な b け る お 期の 歌 七 首の 巾に、
契り あれば 難 波の 里に やと.. -來て
浪の 入日 を拜 つる 哉
例の 日 想 観の 心なるべし、 家隆は 歌よ み、 われ は 歌
つく b な, 0 と、 定 家の - j とばまで 思 ひ 出せる うちに、
うた、 思 ひの やる かたなくて、 からうたの 樣 なる も
のかき さしつ、
夕陽 山上 一 株 松。 道 是當年 壬 ニ蹤。 獨倚蕭 條籬落
望。 餘霞散 綺海烟 重。
春の 日 もや、 くれなん とする に、 寺々 多き 可 を 過て
西 寺 町に か、 る、 1: 國寺と 云 ふ 寺に 遊女 夕霧が 墓 あ
..^と云ふ事、 兼て き、 つれば、 と ある 家の 門に たて
る 女に とふに、 淨國寺 は いづこに やといへば、 むか
ひなる 二 軒 目の 寺 こそ、 れ なれと いふに、 例の 事 こ
のむ 癖 やみがたく 立 入て みれば、 堂の,. B の,^ の 墓の
中に あ, 9、 <
# 冀.? *h?
/
い % 岳劳暴 信 文
^名お ふき ST
これ は寬文 十二 年.. 都 柳 町よ り 此地に 下, C て顏 g
S 一 仏れ 共 時め きけ る 遊女な り、 此 地の 太夫なる もの
二人、 末儿 はつれ たれ ども、 引 船 女郎 をつ る、 事な し、
此 夕霧よ, r 引 船 女郎 を 一人つ ゝ つれし とぞ、 延寳五
年の 秋の 比よ. 0 病に ふして、 翌年の 春 死せ, 0 と 云 ふ、
藤屋 伊左衞 門扇屋 夕霧 阿波 鳴 月と いふ 淨 瑠璃 あ.. >、
此 伊左衞 門と 云 ふ 事跡 方 もな きつく b 事な.^、 此淨
瑠璃に 阿波 大臣と 云 もの あ, -、 其 比の 大#^ に 大阪阿
波屋 何某と いもの 夕霧に ふかくな じみ、 病の 中に も
よそながら 世話せ しと ど、 九 軒 町 揚屋 吉田屋 喜左衞
門が 客 也、 其 比 かふき 芝居に、 阪田 藤十郞 同年 二 H
三日よ b 夕 移 名殘の 正月と 云 名 題に て、 藤 十 郞伊左
衞門 にて、 傾城買の狂言大にはゃ..^け.9、 寳永六 年
藤十郎 死す るまで、 夕霧の 狂言 十八 度 まて ことぐ
く はや ,り しとな ん、 今にいた. 9 て 江 5 'にて も 人 の 口
すさみに あ. り、 阿波 屋の 富る を 貧なる 伊左衞 門と い
ふ ものに 作りし は、 作者の 飜 案なる べし、 委しく は、
み をつ くしと いへ る 俗書に みへ た り、 か、 るよ しな
しこと 書 作る も、 うかれた る さまながら、 旅の 物う
きを 忘れん がた めに、 そ、 ろに 書つ く、 人 笑 ふる 事
なるべし、 さてもけふ{;^ 日の長きは、 午の 半す くる
比よ b 酉の 時 迄の 間に、 世の 諺に いは ゆる 神 祗釋敎
戀 無常と も、 半日の 閑に 思 ひため たり、 ものうき 旅
のなから まし かば、
立夏 遊 四天王 寺
行迎 立夏 入 南郊 e 塔 勢 凌雲 碧樹 交。 迸 水 石 疑龜出
陽。 彫 梁 泥 見 燕 辭巢。 上宮 太子 營香 刹。 須彌天 王
别白 膠。 草創 魏然 存此地 C 不知 千歳 有 誰 敎。
二十 八日 晴 C 難 波 御藏に お ほやけ の 事 ありて、 ま
かれる ついでに、 廣田大 明 神の 社に 詣る、 今 宮の北
御藏のう ちに あり、 丁 じらの 木立し け,..' て 物し つか
j« の 若葉
な-る 所な. り、 此 神に 腰よ.^ 下の 病 をい のる もの、 多
く は 赤 ゑび を斷 物と して 祈るな.^、 故に 赤 ゑび の 形
を畫 たる 槍 馬 多し、 又 章魚 を 書る もま じれ. <>、 これ
も たちもの にや 0
ん r 宮, 蛭 子 大神宮 に. まいる、 社頭 は 經營な かばに して
假 殿に うつらせ 給 ふ、 此祌 をい のる に は 堂の 後 をた
、きて 願 を かくるな. 9、 故に 俗に 聾の 蛭 子と いふ、 正
nr 十日に 十日 蛭 子と て 殊の外 賑 はしと いふ、 社頭の
石の 水 鉢に 銘ぁ. -、 淮水 澗神德 所^ 之淸 自得 求 福
不囘 とん 分に てまる せ, o、 , j 、は蟲 聞に よろしと 云
ふ 、 此 今宫村 に 朝 役 神 役と いふ もの あ b 、名所 圖會 に
委し"
二十 九日 。朝 雨 畫晴冷 高津の 社に まいらん と、 裏
門の 方なる 石阪 をの ほる、 左に 神輿 殿 あ b 、次に 御 本
社 あ. o、 仁德 天皇 を 祭る とい ふ、 末社に 比 賣古曾 神
あり、 稻 荷の 社 あり て 鳥居 多く た て た ,り、 太 神宮 繪馬
舍も あ. 9、 本社の 前なる 右の 方の 茶店よ, り 西 を のぞ
めば、 萬 の 人煙み ちくて、 むか ふに 海山の なか
め あ, 9、 高 臺の頌 碑 は 芥川彥 章の 文な b 、表門の 方な
る 坂 を 下, 0 て、 右に 松の 古木の 枯 たる 株 あ. o、 瑜伽神
の 社 あ b 、又 八十 八 箇所の 観 昔 大師 堂な と あ, o、 左右
六十 =1
輩の 若 尊
に 料理 茶屋 あり、 前なる 石橋 を 梅の 橋と いふ、 左の 方
に 梅 一 ともと あ. o、 お 木な. o、 石の 鳥居 をい つれ は
西 高 町な b、 西 高 律 町 を 東に 行 は 寺 町 あ. 9、 右に
妙 普 山 クめ國 寺 あり、 妙 見の 社 あ. 9、 左に 本覺寺 あり、
鬼子 母 神の 社 あり、 これ 法花宗 な. 9、 此 鬼子 ゆ 神 堂
に 狩 野 山 樂が畫 し 二の 馬を繪 -iil とせり、 其 子孫 狩 野
縫 殿 助 其 事 を 記せり、 猶 東に ゆきて 北へ まがる、 寺 町
f、 餌 差 町と いふ 所に、 圆珠庵 あ.^、 愛に 契冲 法師
の 墓 あ. 0 と 聞て 立 入た るに、 庭に 井 あり、 井の 邊. 0 に
塔婆 あ b 、水 HMf 公お な 冲阿閣 梨百囘 忌と 記せり、 庭の
芦 口 はとざして 側に 五:^ 何某の たてる 碑 あ.^、 契冲
法師の 行狀を 記せ b 、庵主に 問 ふに、 契冲 法師の 墓 は
いっこと いへば、 一の 老尼 出來. 9 て案內 して 扉 を ひ
らく、 つぼの 內に 草木 もた ゝ ならぬ 心地す るに、 蒲 公
英の花さき出た,.^、左に四阿ぁb、奥の方に墓ぁ.o、
契冲阿閣梨と記せ,.^、 抑阿闍 梨の 事 は、 初て 勢 語 臆
斷 をよ みしよ. o、 其說の ひろき 其 論の 卓なる 事 をし
れ. 9、 其 內萬葉 代 匠 記、 古今 餘材抄 の はし つ か た をう
か、 ひ、 河 社 雜記雜 々記の くさくさ まて 其 下風 を
た ひ、 猶も 安藤 爲 章の 年 山 記 聞 をよ みて 其 傅 をし る
六十 四
事を得た..^、けふぃかなる因緣ぁ,:^て、此みはかにま
うつる 事 を 得た ると 思 ふに、 淚 まつ 落ぬ へ し、 例の 尼
案內し て 堂 を 開 て みす る に 、膝を 入 る 、 計 の な.^^ 、
床に 高 野 大師の 像 あり、 像の 上に 色紙 一 一枚 を 出して、
曩時自入靑龍屈、道是;《^盧八代孫、 瞻彼 南山 恤如 在、
疇 知 三昧 待 慈!: r 紫雲 比丘 资舞問 光物 拜 li 其 側なる
壁に、 契 冲阿閣 梨の 像を掛 物にして 前に 机 をす えた
b 、像の 贊に いはく、 畫與理 :::六、 面 y ぉ活、 胸 古今、
海 潤、 解 釋^€ 葉、 數島 道!^」、 :ii!i ^一六 藝、 傻歌 辭ェ、
山川 草木、 雪 月 雲霞、 心 海 穴 や;; r 氣 w~ 冲和、 手! $: 木樓、
身 着 架 tr 獨座 一 榻、 形相 些々、 花 阆未枝 林古溪 1^、
又 側に 一 軸 あり、 契冲の 筆に して 藤原敦 光の 詩を楷
書し、 片 假名に てす てが なをつ け 給へ. o、 橫幅 なり、
晚秋 高野山 言 志 藤原敦 光、
雲 崛容身 宿 善 催。 此時 投步拂 塵埃。 群生 世 父 多 慈
愛。 五代 國師富 辨才。 後素寫 顏今駐 像。 眞丹求 法 \
昔 浮 杯。 九 流 智水尋 源决。 三 密敎門 占 處開。 鳳 藻
遺文 垂露 妙。 寵華嘉 會幾霜 廻。 幽林 路窄攀 紅葉 0
絕涧梯 危踏綠 苔。 妖艷 妹. E 鎩黛 遠。 老衰 祖木原 皮
IO 妹 山 之 傍 有 一 山 151 妹 山 又 山中 有 一 樹柱菜 摧折其 大十園
«=• 相5^:1:此樹^1?大師所ぁ後人旌剪取ま師文^«歟故有此句 チ
峰 ほ 色 秋 看 雪。 百 谷 泉 聲夜聽 雷。 俗 骨 縱無交 紫^ ◦
佛恩必 有 導 蓮臺。 非 榮非寵 非 名利。 偏爲當 生得 道
來 0
寬政十 一 年 十月 念 三日、 義 公なら ひに 契冲 法師の 百
囘 忌の 供養せ し 法式 を 壁に おして 置く、 雪 光山 圓珠
庵と あ.. >、 法師の 影像の 前にぬ かっき 机上に 香資を
さゝ けて 歸 りぬ 0
歸る さに、 又 高津の もとなる 植木屋に 牡丹 見に 行し
が、 花ちh^はて、興なし、 ニッ井を見てかへれ^^0
三十日。 晴 けふは三月盡な..^、 忽聞 春盡强 登山
といへ るから うた も 思 ひ 出られ、 安治川の 末 波 除 山
見ん とて 出る、 道す がら 所謂 四ッ橋 をす ぐ、 (四
ッ橋 きせる 名物な り、 此邊 みな ひさぐ) 細 祉 X
雜3^ま疆顿上っなき橋ょ\下っなき橋をゎたれり、平
右衛門 町、 うは 島 町、 富田屋 町よ. り 御池 通 四 丁目
へま かれは 芝居 あ..^、 むか ふの 方に 阿 彌陀か 池の 寺
見 ゆ、 蓮 池 山 和 光寺と 云 ふ、 本堂 如來 寺の 額 は、 寳境
寺宮 (皇女) の 御 筆な,.^ と 云 ふ、 ことし 開帳 あ.. > て賑
はし、 本堂の 北に 阿 彌陀池 あ, 0 て 池の 中に 寶塔 あ. o、
彌陀三 尊 を 安置す、 放光 閣と いふ 額 あり、 池に 連 あ.
むかひのきしに薔薇の花盛な..^、 階. ぼ蔷 後の 句 一
も 思 ひ あはす へし、 觀音 愛染 藥師 地藏 閻魔 堂な と あ
り、 金毘羅 權 現の 堂に、 本家 正 勢 散と い へ る 藥の礼
かけし もお かし、 かたへの 藥師 ふつ はいか、 見 給 は.;
ん かし、 ある 女の 紫の きぬに ゑみし の 國ぃ、 錦の ま
ねひものしたる帶i^-とけなくむすびて、(此帶絲錦と
いふ ものな り) 雲の 鬟 うちかた ふけ、 霞の 眉 ひそめ
つ、 たな うら を あはせ て、 ふしお かむ 袖口に、 いか _
なる 願 を や こめぬ らん、 抑此地 は、 古への 難 波 江に:
して、 かの 物部大 連の 佛を すてた る 所な り、 元祿十 „
一 年、 智善 上人 此地を 開き、 善 光寺 同 體の佛 を 安置
せる よ, o、 今の 寺と はなれる とぞ、 それよ, 0 御池 通
り 五 丁 M ハ 丁目 を ゆき、 にさ 寡 お^" 長 堀 の 高: ii を わ 一
たり、 立賣 堀の 高 橋 をへ て、 大 渡に 至りて 船に 乘.^ 、-
江の 子 島 を 右に して 戎嶋 につく、 大きなる 船 をつ く-
,9 居れ, o、 大 渡しと はいへ ど、 川幅の 大きなる に は 一
あらす、 た 5> 渡し場より 渡し場 迄、 江 之子嶋 と寺嶋 i
との 間 曲折して、 長く 舟 さし ードせ はなるべし、 戎嶋 j
より 九條嶋 在家 をす ぎて、 竹, 沐 11:^ にいた る、 九條嶋 _
の 本名 を 衢壤嶋 とい ふ、 寬 永の 比晳 雲と いふ もの、
0 0 0m
六十 S
* ゆ 若葉
四!::;^ 術 壤嶋を きづぎ 竹林 寺 を 創す、 庭に 香の 梅 あ
りと き、 て 人に とふに まらす、
茨 住士: Is, に參 る、 竹林 寺の 西南に あ.^、 鳥居に 茨, 住
士 n 大明祌 と あり、 本社に も 同し 額 あ. 9、 六 歌仙の 額
ありし が、 歌 は^ 泉 家の 御 筆の やうに み ゆ、 末 r 肱に
^船 龍 田 舟 玉 大明祌 あ. 9、 池に いたる 所 あり、 中に
辨天 有. -、 木末に 藤の のこ.^ たる も 興 あ, 9、 天滿
宮舍-2^羅もぁ..^、 宮の 右の かたに 稻荷 あ. 5、 其 かた
へ に 四角に 土 をぬ. 9 こめて 屋根 をお ほ へ る宮 あ. o、
神樂 殿に 萬 舞と 云 額 あ,. >、 いかにも 神 さ ひた. 9、 立
いて、 猶 西の方に 野道 をた ど. 9 つ、、 細き 流れの 棚
橋 を 渡. 0 て、^ 町と いへ る あ. 9、 こゝは 九條の 中道
とい ふ、 安治川の 一 丁目よ.^ 四 丁目に いたりて、 少
し 左の 方に 入れば、 御 代官 條山十 兵衞の 支配と みえ
て、 制札た てし 御 林 あ. 9、 松の 林な 林 中に、 住吉
社 地 藏堂ぁ b、 是は茨住吉の旅所な..^、 大きなる と
小さき と 山 ニグ あり、 これ 波 除 山に して 世に 所謂 瑞
資 山な. o、 桌享 年中 河 村瑞資 なる もの、 新 川 を 堀て
安治川と 名付け、 土砂 を あつめて 山と なし 川口 をた
すく、 委しく は 畿內治 河 記に みへ た h'、 其 比 は此山
六十 六
より 西南 は 海な りし を、 年々 に 新田 出 求て 今に 海へ
へた、 れ. o、 此山 にの ほりて 見れ は、 西に 九 條嶋の
人家 あ.. >、 南に 帆柱 はるかに みえて 田 面へ た、.^ た
るに、 高き 燈の臺 たてり、 東の 方に 天 王 寺の 塔 かす
かに 聳え、 天地よ. 5 湧し かと 疑 ふ、 かの 霞の 西に か 一
た ふきて とい へ る夕附 HI もけ ふの {4- のな こ なる へ
し、 山のもとょり野道へ傳ひゅけば三社宮ぁ..^、 宮
のぼに 神紙崇 といへ る 額 あ. y、 これよ.^ 安治川の 町
家のう しろの 道 を ゆき、 もとの 中道に か、. 0 九條村
よ. 9 川 nii いたる、 妙 見 社 あり、 辦鴨 § 夫より 天 滿.天
神の 御旅 所に いたる、 門の 內に 大きなる 梅の 木 有り
岸に の そめる 石の 鳥 井に、 天 滿 天神 御旅 所 石 鳥居 は
井垣 等 口、 寬文壬 寅年 九月 十九 日、 小演民 部-, m 藤原嘉
隆と 彫れ. 9、 その 北に あた. 9 て 御舟 藏ぁ. 9、 龜 井橋
を 渡..^ 江 之 子 嶋を經 、上の 橋 を わた. 9 雜喉場 をす ぎ、
小 右衞門 町兩國 町より、 千秋 橋 を わた b、 海 邊堀町
よ. 0 上 掘り 橋 永代 橋 を 越 ゆ、 兩國 永代な と 云 所の 名
をき けば、 故 鄕の事 思 はすに しも あらす、 新 靱町を
經相生橋をゎた..^、 、#村の御堂の後ょり旅の宿.^に
か へ れ.^、 此^^畿內治河記をょむ事 一 過。 一
ii
あしの 若葉 卷 一の 下
四月 五: 》) 晴 小 暑 天滿 天神の 社 再建な. 9 て、
今夜 正 遷宮 あ. o、 明日ょ,.^參詣のものぉひた いしと
き、 て、 午刻な か は 過る 比より、 難 波 橋 を 渡りて、 東
の 方 大平橋 をす ぎ 菅原町 十 一 丁目よ.^ 北に 曲 りて、
天神 前 町に 至る、 此 あた, 9 提灯 かゝ けて 道の ほと 賑
はゝ し、 鳥居に むかひて 右の 方に 種 樹の家 あ. o、 九輪
草け まん 草な ども あ h -、 若楓の 葉の 品々 なる は、 江
m' におよ ふ へ くも あらす、 庭に 大きなる 蘇鐵 あ.^、
tSSiRi は、 村 上天 皇天 曆 年中 勅願に よ.^ て、 此地
に 建立し 給 ふよ. o、 今に 至る 迄 所 を 移さす とぞ、 此度
再建 新に な, 9 て、 檜皮葺 の簷牙 高く 啄み、 獅子 鶴の 彫
物鮮にゑbなせ,.^、 門に 勅命 正 遷宮と いへ る 札 建
た,.^、祌體はかりに蛭兒尊の末社に移らせ給ふ、宮居
の 西の方に、 高き 土手 をき つきて、 草木 をう へた b 和
歌 三 神の 社 あ b 、大將 軍の 祠 あり、 115^ の 其 外 攝祉末
社 多し 0
光明寺と い へる 寺 は、 興 正 寺 御門 跡の 侧 にあ. 9、 江
市ケ 谷の 淨榮 寺に て、 相 見し 人 なれ はたつ ぬるに、
この 朝よ, 5 二十日 迄、 興 正 寺 御門 跡寶 物の 弘通 あ, 9
てに きはゝ し、 則 光明寺の 案內 にて 御門 跡に いた. 9、
寳物拜 見、
親鴛 上人 像 I 蓮 如上 人 御影 g 親鸞 上人 手 皮 名號; "I
る 女人、 佛法, „,f つたが ひしゅへ 小刀, .J-Jn に 手の 皮.^ へき、 1 じ
血.^ もって 名號 1^ かき 給 ふに、 其疵 たちまち いへ しとい ふ、 IS. .J
人肉 付の 齒、 同 茶 の 灰井舍 利、!! 中法然 上人よ
b- 傳 はれる 珠數、 慈 鎮和尙 よ. 0 傳 へし 装裟、
と! sr 、華 ー德 太子 十六 歳 自書の 像、
後柏原 院 御影、 後水尾 院 御影、 等 其 外哀翰 多し、
太閤より 拜領の 文箱、 桃園 院ょ. 9 御舉納 ありし、
桃の 御 香爐ニ
ヒぉ 1: り あはび 貝の 表に 小き 貝 付 貝の 中に 艮り K
七 賽^ Jf.? 金銀 珊瑚 珠 等の 玉 1^ つけたる もの 也 资の水
つぎ 女 院ょリ
つ き、 御 奉納、
其 外、 猶 あまたな b しが、 よくも 覺 へす、 光明寺の あ
る じ 追て 書つ けこす ベ きょしい ?、 中 山 文 平は淨
榮 寺に 住る 自由 軒の 妹聱 な, c>、 寺の かたへの 收納場
にむ か へ て 酒す、 む、 終に 數杯を 傾けぬ、 それよ.^ 猶
東に ゆきて 九昌院 にいた る、 これ は寬 永の 比 松: 牛 下
總 守の 營 たて. 9 し 御宮な. 5、 宫居 のさまい つくしく
« の 若菜
見 ゆ、 宮居の 前に かこ ひして 能舞^ ありと み ゆ、 是ょ
..^淀川の西の5;H:にそひて行御破損舉行のぁっかれる
御 材木 藏 あ.^、 川の ほと.^ に 土手の 草繁. c たる 中に
茶店 を かま へ 、筵 を 敷て 男女と もうち むれ、 草 をつ み
花 を ひら ふ、 あるひ は 割 子 さ、 へな ど 取 出して くみ
か はした のしむ も 見 ゆ、 川 崎の わたし は 近く、 源 八
渡し は 遠し、 源 八 わたし を 舟に てこえ、 むかひの 岸
に 力き て、 a- 恩 寺 はいつ くと 問 ふに、 猶 北の方なる
滓 上 江村な ひ、 土手 を つた ひて 母 恩 寺に い る 、此寺 は
後 白 川 院の御 本願に して、 御 母 待 賢 門院 御 菩提の た
めに たて 給 ひし 御寺 なれば、 法皇 山 ゆ 恩 寺と いふと
ぞ、 き、 しに も 似ぬ 小 寺な. 9、 され ど 口の 坊、 西の 坊、
奧の坊 などい へ る坊 ありて、 尼の すめる 寺な り、 此寺
よ. 0 綿帽子 を 出す、 其 さま 淸 くして 名 あ. 0 ときく も、
尼の し は ざに して、 母 恩 寺の 名に かな へる なるべし、
夫よ b 東北に あた. 9 て、 十五 社の 小祠 あ. o、 十五 社
の 名 を しれる ものな し、 額 を 見れば、 絲と いふ 女の
よめる 歌 あ. 9、 これにて あきらかな. o.、 太 神宮ば か
り のぞきて よみ いれ 奉ぬ もさす かに かたじけなし、
住 吉ゃ廣 田 御く まの みそし 川
六十 八 I
しら 山 小 守い せの 御社
天 照皇太 神宮
布 留の宮 大原春 日い な. 9 山
松の 尾 かけて 加 茂 八幡 かな,
宫の 前に 四 層の 石浮圖 あ. 9、 古くみ ゆ、 猶 東北. S 方
に 細き なかれ あ. 9、 棚 橋 を わた. 0 てむか ひの 畑屮に
はるかに いさ ゝ かの 木立 あり、 これ 鵝塚 な.. >、 むか
し源賴 政が 射 留めし 化 鳥 を、 淀川に 流せし を此 所に
埋 しとい ふ、 見る ほどに もたらぬ しるし なれば、 遠く
見や. 0 しま、 にて やみぬ、 夫よ. 9 もとの 道の かた 田
の畔 をった ひつ、、 土手に 上. 9 て 南に 行、 櫻の 宮 (末
社に 人 丸嚴島 天神 あ b) の 裏門よ. 0 いる、 裏門の 內
に 茶店 あ. 5、 男女む れゐて 酒く みか はせ. o、 宮居の
さま 木立 ふかく、 櫻 木 多し、 花 さか の 比 思 ひやる
べし、 東の 方に 流 あ. 9 て 蓮 多く、 農夫の 蓮の 根 ほる
もみ ゆ、 ながれに のぞみて 葦簀ば..^ の 茶屋た てつ ゝ
けて 一 間くにまき,^^、 色 さめた る 木綿の 暖簾に、
^たれ 櫻 そめた る を かけわたせ. -^、 かたへの 茶屋よ
,5 女 共の 出來 て、 酒く み 給へ なと すゝ む、 愛 は 豆腐
の 田樂を やきて、 人に すゝ むと いふ、 鳥居 をいて ゝ
南に 行けば 野 田 村な.. > 、小き 流 を わたりて 右の 方に、
あり、 こ、 は 網 島と いふ 所な りけ り、 門の 內
に 地藏堂 あり、 其 側に 鯉塚と いふ あり、 寬文 八年此
里の 漁 父、 淀川に て 大きなる 鰥を 得た.^、 其 鯉の 左
右に、左右の巴の紋ぁ..^、また鱗ごとに同し紋ぁりて
あさ やかな h- しかば、 官に訴 へ 人に も 見せし が、 日 を
經て 死せ しかば 此 寺に 葬る、 其 夜 寺 僧の 夢に よろ ひ
きたる 武者 來 りて、 われ は 慶長元 和の 戰に 武功 を あ
ら はしつ るに;!^ 死せ しもの なり、 我 世に あ, 0 し 時 多
く 物の 命 をと しむく ゐに や、 鯉に 生れ 苦み しに、
和尙 の 引 ff^ によ h> て 佛果を 得た, 0 と 云、 其腹卷 に 巴
の紋 つけた ひとみて 夢 さめぬ、 よ. 9 て 瀧 登 鯉山 居士
と „ ^い 名し て 碑 をた てたり。
^ 有 ぼ, H- 爾.: じ 弗 寬文八 年
^ ^ ^ P ^ 正月 卜 七 cn
とかす? i にみ § 其 右の かたに また 一 の 石の しるし あ
% 了 智 俗名 かみや 治兵衞
パ妙春 信女 ,ー さきの 國ゃ小 はる
寬政七 年 丙 辰に 七十 五囘 忌の 卒塔婆 をた つ、 これ は
世の 人淨 瑠璃に つく b て かた. 0 傳 へし 紙 治と 小春の
心中せ し處 なり、 享保七 年 寅 十月 十四日、 此寺十
の 折から、 二人の もの 參詣の 群集に まきれ て、 一夜
を あかし、 晨 鐘の 時に いた b. て、 左の 二 紙 を ふと こ
ろに して 二人ともに 死せ. 9、 紙 はの ベ 紙 二 枚 かさね
て
今宵 あ. 0 がた き 御お し 存候 これの み 御 賴申上
へ にあつ かり Hv か 奉::^ 候 度 書 殘し申 候 巳 上
私共 淺間敷 身の 果 みら 台ら、 お g
いの ほど もお ぼっかな 十: =: 十四日 :^"^ ぜ
く存候 何卒 なきあとの
御 吊 被 成 下 は、 忝 奉 大- 丧寺樣
この 塚の 緣 によりて、 此所 にやさ まよ ひ來に けん、
予寶 永の 板に て 心中 大鑑と い へる もの 六册 ある を も
てり、 皆此 地の もの、 心中 を 記せ, り、 むかしよ. 0 こ
のかた 今た § る 事な し、 此比も 堺の方 天下 茶屋と い
へ る 所に て、 男 一 人に 女 二人ともに 死せ しと 云 ふ、
男 は 二十 二 歲女は 二十歳と 十九 歳と にて、 天神に い
へる 倡 妓に藝 子と い へ る ものと なん 一 I 削 is いかなる
夷俗に や、 それよ, 5 備前島 橋 を こへ 京 橋 を わたる、 京
六十 九
の 若葉
橋の 擬法珠 に、 元 和 九 年 四月 曰と あ. 9 て、 又 延寶の
年號 あり、 鶴 直せし 時の 年號に ふるき を殘 せし なる
べし、 御城 を 左に し 東 町奉行の 前 を 右に して 內 平野
町の 祌明ク ,n にまゐ る、 この 神明 は 一六の 日に 賑 はへ
る宮 な.^、 -牛野 橋 を わたりて 旅の やと b に歸 る、 日
慕の 比なる べし。
八日。 晴 け ふ は 灌佛會 な. 9、 重て 四天王 寺に ま
うで、 さきに 見の こせる ところ < ^みん とて 出た つ、
內兩替 町なる 銀座に たちよ.^、 右へ まが, 9 松屋 町 瓦
屋 町の 通 を 南 さまに ゆく、 右の かたに 植木うる 家 多
し 0
孔雀 茶 尾と い へ る、 暖簾 かけた る 大きなる 茶屋 あ.^、
立 入て 見る に 錦鷀、 白鶊、 灰 鶴、 孔雀 (二 雄 三 雌) な
どおり, 大きに ひろき 籠に いれた h^、 高麗 雜か へる
籠の 内に 黄楊の 木な どうへ て かくれ 所と す、 籠の 前
なる 欄の 中に 羊 を かひ 置け h -、 奥の 方に 池 あ, 9、 杜
か は ほね
若、 菖蒲、 萍蓬 所え が ほな b、 葦簀 張の 茶屋、 たて
つ けて 人々 いこ ふ、 江 の 花鳥 茶屋に 似たり、 そ
れ よ.^ 西 寺 町 を 過て、 寺の 裏門に いたる、 これ 遊 T 仃
寺の 藥師 堂な.^、 寺-^,, に sliil の 1 墓 あり、 曼 倩諫談
七十
相 如 俳文 妙 辭歌句 思 入 風雲、 黃檗鐵 山 筆と ゑれ り、, か
の 終焉の 句と いふ、 「旅に 寢て夢 は 枯野を かけ 廻る」
とい ふ を、 ゑ..^ 付た る 碑 も あ b 、實に 翁 は、 此地久 太
郞 町 六 丁 05 花 ,薩 の 襄 にて 終れ といべば、 此地 に あ
る! M はこと 所の 塚と、 くらぶ へ くも あらす、 - 】 とに 遊
行の 靈場 は、 翁の 身の上に も かな ひぬべく や、 近 比 こ
、かしこに いとなみた つる、 はせ をづか あまりに こ
ちた く、 魏 王の 疑 塚に も 似 かよ ひて うるさし、 表門よ
り 出て、 南の かた 合法が, 辻,^ たづぬ、 麥の 畑の 中道
を ゆけば、 左の 方に 沙門の 山、 安井の 天神、 うか
む瀨の 酒樓、 淸 水の 舞臺 など 高く 見 わたさる、 ゆき
^/^て 左に まかれば 閻魔の 石像 あ. 9、 ゎづ かなる 屋
をお ほひて、 道の はたに たて b、 古き 像と 見 ゆ、 そ
れょ. 9 相阪 にか、 れば、 左の かたに 百病藥 といへ る
札 を 出せる 家 あ, 9、 > "やく 痞を 專ら 治す るなる ベ し。
安井の 天神の 裏門 を 左に 見て、 右に 一 心 寺の 裏門の
石段 をの ぼる、 例の 開帳の 參詣 にぎ はし 0
天 王 寺 門の 西 門の 鳥居 を 入りて、 引聲 堂の 東に、 佛足
石 あり、 西 重 門 をい り 五 層の 塔 金堂 を禮 す、 金堂の
本尊 如意 輪觀 音彌勒 四天王の 像、 十二 天 十六 善 神の
書 像、 波羅 門の 像な ど あ, 9 とき ゝ しが、 金堂の 中に
御厨 子 あ b て 鎖し たれば 見へ す、 此 堂の 前にて 天 王
寺 名所 記 を ひさぐ、 是本堂な,.^とぃ へ,9、 講堂 は 金
堂のう しろに あ b、 堂の 前に 花見 堂 を 出し 置て、 誕
生佛 たて b、 もろ 人 杓 を もて、 , 香水 を 灌ぎ 奉る、 四
天 王 寺 法 筵 略記に は、 四月 八日 午刻に は、 講堂 佛生
會昔樂 あ b と 記る せ, 5、 け ふ は物靜 なる さまな. 5、
又 法事 滿 座の 後に、 預 役人 桃色の 絹の 下帶 にて、 相
撲の手 合 をす るな. 9、 これ を豊後 相撲と いふと、 名
所圖檢 などに 記せし が、 其 跡 もな しと 見 ゆ、 講堂の
本 は、 阿 彌陀佛 観音、 勢 至 虚空蔵、 四天王 尊と 聞く、
此 堂の 中 は 金堂と ちが ひて、 厨子 もな く、 あら はに
拜 まれ させ 給 ふ をみ るに、 中央に まします 大きなる
佛像は 座像に て、 まさしく 釋迦の 印 を 御手に 結び 給
7, 左右の かたへ に、 四 菩薩 あ. 9、 是阿 彌陀觀 音、
勢 至 虛空藏 なり、 四天王の 像 も、 左右に た、 せ 給へ
り、 もし、 聞と ころの ことくな らんに は、 弗體 一 ッ
不足な..^、 堂の 前なる ものに とへば、 たい 阿 彌陀佛
な h- とこた ふ、 猶 たつぬべき 事に こそ。
鐘樓 は、 講堂のう しろ 蓮 池の 左に あり、 け ふは此
i— の 若
を ひらきて、 もろ 人の 願 ふに まかせて、 此鐘 をつ か
しむ、 (鐘 を 仰き 見る に、 ふちに も 胴に も 皆 梵宇ぁ
h>、) なべての 鐘樓に は、 擅 木の 綱 をう しろの 方に ひ
きて 鐘 を はっくな り、 こ、 の は 鐘に むかひて、 うし
ろの 方の 撞木に つけたる 網 を、 前の 方に 引て、 さて
手 を 放して、 鐘の 聲を まつ 也、 げに、 黃鐘 調と かや
にかな へる 音に して、 よのつねの 鐘の 聲 のつ よくた
みたる 聲には あらす、 いかにも、 淸く平 かに ひ、 き
て、 心 もす める 計 也、 つれく 草に、 寒暑に 隨 ひて、
あが b さが. 9 有へ き 故に、 二月 511 盤會 よ. o、 聖靈會
迄の 中間 を 指南と す、 秘藏の 事な りと みへ し、 け ふ
は天氣 よく 淸 和の 時に さへ あ ひ ぬれば、 一品 聲 もと
ゝの へ るなる べし、 鐘樓の 柱に
推鐘谒
願 諸賢 聖、 同 入道 場、 願諸惡 趣、 倶時 離苦
お 二-し き
鐘 摟の內 に、 $5 あ. 0 て、 此 鐘は應 四季 調と 申て、 四
季に應 じて 聲か は. 9 ぬると いひし は、 黄 鐘の 文字 を
聞た がへ しに やとお かし、 此樓 のうちに、 童 部の 1^
ひもの あまた ある は、 夭. u せし もの、 翫ひ 物を钠
めしに やと あはれ なり、 それよ. 9 六 時 堂 の 欄に よ
七十 1
肇の 若葉
七十 二
,0 て、 はらく たゝづ みしに、 又 鐘 をっ-
て、 其聲 つかに きこ へ ぬる
- もの あり
- はか. 9 な
そ、 心 ゆ-
あ ザ くら
る、 東 僧坊の 東に 寶藏 あ,.^、 かの 叉 倉と いふ ものな
るべ し
俗に 釘な し 堂と いふ、 計に 赚巧 左右に 寳藏 あ. 9
て、 を 鎖せ. 9、 诚^中間は桁梁ばか..^にて むなし
くぁけた,.^、 橡の下 は 人の ゆきか ふ ほと なるべし、
前に 拜殿 あ. 9、 これ 又 鎖せ.. >o
東大 門の 內 左の 方の 番所に、 札 を かけた b
放 生 箇所 分
蓮 地へ に ひ、 ひれう 丸 池へ 元 一一 一 大師 堂の 池
へす つぼん
右の 通 夫々 の 池へ 放 生す へし 場所 かたく 混雜 いた
す/ からす
月 曰
と あ. 0
御供所 は、 龜井の東にぁ.^、 節 木の 額 あ b 大雄 とい
ふ 文字の ごとし、 書 人の 名 (重 ロ⑩ 未詳) 重の 字 見え
て、 下の 字詳 ならす 、大黒天 多 1: 天の 像、 左右に あり、
中に みすかけ て 衣冠せ し 像の 見 ゆる は、 安麼臣 とい
ふ、 御供所と 三味 堂の 間に、 小き 堂う しろ 向に たて
り、 これ 石神 祠な, o、 俗に 牛の 堂と いふ、 牛の 繪馬
多く あ, o、 是は、 當寺 草創の 時 材石を 牛車に て 運送
せし が、 後 其 牛 化して 石と なる を まつる とい ふ、
三眛堂 は、 牛の 堂の 南に 有り、 太子 二 歳の 像と、 文
珠普資 を 安置す、 中に も 二 歳の 尊像、 顔色うる はし
く 見え 給へ. 9、 その 南に 天 照 太 神宮、 また 天 皇宮
ウジ, 欽明、 敏達、 用 明、 崇峻、 推 古の 五 帝と、 もケ こ、
^ 太子の 御 母穴穗 部- M 女 vJ* まつる とい ふ、 ひ 1 ほ i
みかけ 石の 燈 籠なら びた て. 9、 屋根に、 葵の 御紋ぁ
.9 て、 火 袋の 臺に <g> 四菱 あ. o、 柳澤 家な どに てお さ
めしに や、 未詳、 其 南に 稱 あり、 操の 內は衝 ,動 院 に
して、 太子 十六 歳の 尊像 まします、 猫の 御門 |g よ
りい る、 欄間に、 牡丹に 猫 (眞 向) の 彫物 あ.^、 院の
北に 御衣 棚 あ.^、 其 東に、 能 野 三所權 現と 札 かけた
る小き祠ぁ..^、 是れ、 守屋大 連、 弓 削 小 連、 中臣勝
海 を まつる とい ふ、 守 屋の名 を 忌て 加へ しとい ふ、
院の 東に 鐘樓ぁ b、 此鐘 も、 又 梵字 あ.. >、 六 時 堂の
前の 鐘の ごとく、 僧 あ.. M し、 前の 扉 を ひらきて、 前
より 人々 に 撟木を ひかせて 摟 しむ、 され ど、 其聲六
時 堂の 前の 鐘に およ ふ へく も あらや、 聲 つよく して
きょから す、 院の 西に 鎖せ る 堂 あり、 これ 維 馬 堂な
り、 此所 にて 楠 正 成が 未來記 をよ み 給 ひしと ぞ、 四
足門ょり出れば十五社ぁ..^:j^s、四足門は虎の御門と
いふ、 表の 欄間に、 竹 を ゑ..^ 虎の かけ 出け る 形 を 彫
公, 猫の 御門、 虎の 御門と もに、 內 のかた の 欄間
は 皆 龍の 彫物な,.^、 十五 社の 拜 殿に、 三十 六 歌仙の
檢馬 あ. 5、 狩 野 山 樂か書 也、 上に 色紙 を 二 枚お して、
歌 を かけ b、 靑蓮院 法 親王の 筆 也と ぞ、
東大 門の 外 右の 方に、 §1 あ .9、 此 外の 道筋 を 東
にいで、、 左に11^友寺ぁ.-、|5榮此所の麥畑ょ.0向ふ
に 岡 山 見渡さる、 御 勝 山と か、 れし 所な b 、ゆきて み
まほし けれど、 道少しへ♦たゝ..^たれば、 重て ゆく へ
し、 もとの かたに かへ b て 南の 方に 關帝堂 あ.. >、 白
駒 山 淸壽院 ^ 棄と いふ、 威應 とい へ る 額 乾隆辛 卯と
あ h- て 傅文喬 といへ る 名 を 消し 置. o、 いかなる 事に
や、 堂の 聯に 名著 節 全耿々 丹心 懸 白日 詞 雄威壯 堂々
遺 像 比 凌せ!? と あ bo
南大門を出て右の方に牛頭天—^!-^の..:^、 これ 土塔宮
な、 り、 左の かたに 石垣して ゎづ かなる 池 あり、 其 側
なる 畑に も 池め いたる もの あ, 9、 これ 萬 ぼの; a なる
べし、 名に も 似ぬ 所に して、 三番 叟 にうた ひものせ
る、 三 玉 をいた、 く龜 もみえ す、 庚申堂の前ょ,.^猶
南に 行て 畑 を 見る に、 かの 大名 塚 P 田 翻、 小町 塚 は、
いっこと とふに、 道 はるかに へた、. 0 て 庄 士ロ に ゆく
道な. 0 とい へ ば、 力なく して 立 か へ れり、 - 】 、は 安
樂 野と いふ 所 也と ぞ、 それよ..^ 西方 庚申 堂のう しろ
の 道に いたれば、
とい ふに 至る、 いかなる 神な らん、 鳥居に 二
十四 社 廻.^ 十六 番と あり、 これよ,.^ 茶 GJ 山の 入口に
いたる、 木 を 鎖して 人 を いれす、 傍に 制札 あり、
雨に うたれ て 文字 見へ す、 木 芦の 外よ. ^うかい ひ 見
れば、 茶臼 山に のぼる 坂 口 見 ゆ、 其 下に 池 あ.^、 松
の 木立 物 ふりた. 9、 それより 一 心 寺の 前にいで 安井
天神の 表門より いる、 山々 櫻 多し、 春の 比よ ろし か
るべ し、 山 をへ だて ゝむ かふに 酒樓ぁ h -、 これ 一 心
寺の 內 なる 福屋 といへ る 茶屋な. とぞ、 座敷 床 棚の
さま きら しく 見 ゆ、 淸 水の 舞臺 よ, 9 遠目 镜, ゲ-見
, 七レ人 二
1 筆の 若葉
れば、 絹 川の 高燈籠 近く 見 ゆ、 左の 住吉の 岸の ひと
つ 松 も 見えた. 9、 音羽屋と い へ る洒家ぁ..^、 豆腐の
田樂 して 酒 をす ゝむ、 坂 を 下. 0 て 齊 「額: is^ 柳が 墓 あ
り、 林孝德 とい ふ もの 銘を 書て 永田桌 柳と 記せ. 9、
一 本亭 芙蓉 花 かたてし 碑に して、 芙蓉 花が 碑 も かた
はらに あ. 9、 ^日 も くれに およびて 歸.. ^ぬ。
九日。 晴 今朝 卯の 時 比、 西 橫堀椹 木 町と 長濱町
り 3?、 才.vim-こくKi^o,5、 材木 多く 燒し かば、 何屋 とやら
の お 外ぎ や" b ん にてば、 二十 貫目 計の 損亡な
K 、の ,辰の 時に 鎭れ り、 天滿 にす め
る 町 與カェ 藤 太 郞左衞 門 見舞に 來られ しかば、 その
禮に とて ゆく 道す がら、 難 波 橋 を 渡. り 藤 原 町に かゝ
る、 夏の 祭の 木 偶人 を 町家に かざり 幕う ちて 人々 に
みす、 此六: n より 廿日 迄、 天 滿宫の 遷宮の 祝 ひの ため
な.,^、 木 偶人のう ち、 西 王 母と 金閣寺と 神 功 皇后と
は、 細工 人 元祖 大江半 三 愛 信と いへ る 札 あ. -き、 其
外關 羽、 白樂 天、 惠比須 、金 太郞、 與勘 平、 狐 忠信、 武
內宿輔 、三番 など あ,.^ き、 雜喉 場よ..^ 出せる 鯽の作
物 大きな, o、 波は靑 白の ませの 幕 もて 作れり。
十一 日。 晴寒 今日は、 御城 代の 守のと の、 津村御
堂と 座 摩 社に 御 巡 見 あり、 御 巡 見す みし 跡に て、 神寶
七十 四
をう かいひみ る 事 を 得ん と、 ^野屋 なる ものす、 む
るに、 過 書 町よ. 9 のかへ る さ 座 摩の 社に い, o、 書院
をう か 3- ふに、 床の間の 中に 神 君の 御諱に 花押 あ
そばされ、 當 社務 渡邊 右京 太夫に つか はされ し 御 書
f、 神獻の御禮に交魚を舉..^し御禮の御書也、 又
御 寄附の 鐽 一 穗4^^ら鞘かけてぁり、 加州 藤 原 正 次長
三尺 一 寸 五分と 書付て あり、 もとは 二 穂な,.^ しが 一
穗は 火災に 失 ひしと か、 又 御 陣扇ぁ b、 金 地に 表 は
日の丸に 鷺の羽 をのした るかた ち、 裏 は 白き 月輪の
中に、 鷺の 雌雄の 嘴と ちた ると あきたる とむ か へ る
かた かきた. o、 鷺は當 社の 御紋 也と いへ, o、 床の 左
右に 天 滿宮の 御 筆と て、 ニ幅かけた,.^。
日本 守護 大宮 地之靈
難 波 大社 座 摩 大明祌
この 二 ふく は、 御城 代の 御覧に はいらす とい ふ、 又
關白秀 次の 令條 あ.^、 摘 正 成 筆 新田 義貞 願書、 尊 氏
公 御 願書、 秀吉公 御 書、 源 賴朝卿 願書な どかけ もの
にして 掛置, o、 ことにめ づ らしき は、 梶 ぉギ; の 和
歌 一 幅 あ. 9、 (按東 鑑建久 六 年 四 ほ廿七 ZI 壬 午 將軍家
以梶原 1^ 三景 時爲御 使, ^奉幣 住 吉社給 被 舉祌: ItT 今夕
景時參 着 社頭 註 於 和歌 一 首 於 釣 殿 之 柱 云々)
難 波 大社に て 景 時
我 君の 手 向の 駒 を ひきつれて
行末 遠き 印 あら はせ
墨つ きかな のさ まう つくしく 見 ゆ、 又 箱に おさめて
軸物と せる に、 源 賴靱卿 願書 其 外 保 延延 文 建 武元弘
永 仁 等の 古文書 數十通 あ, o、 中に も あはれ なる は、 尊
氏 凶徒 誅伐の むね をのへ し 書 も あれば、 又 新田 義貞
并正成 等 征伐すべき むね を 仰せし も あ,. M し、 世の中
のみたり か はしき さま 押 計ぬ へし、 寛, 永年 中 御 上洛
の 時 書せ しとい ふ 社務の 系圖も あり、 社務の はしめ
は 都下 氏に て あ.^ しが、 賴朝 卿の 比よ. 9 渡邊 氏に な
れ..^、都下庄渡邊庄ともに攝律の國な,.^、はじめには
都下 國 造と あ, Q 、延 文の 古文書 にゃあ りけん、 一 之 神
事 座 154< 明 神、 二 之 神事 住 吉大明 神と あ b て、 住吉の
; t 官怠 あるに よりて、 座 摩よ, り つ かさ どる ベ きむ ね
の 古文書 あり、 座 摩 末社 朝 w 社へ 下されし 文書に あ
りき、 朝 3 社と は、 今 松屋 町の 朝日の 神明な り、 それ
よ、 村御 堂の 御座 敷 みん とて、 庫裏の 方よ、 り 入る、
案內す る もの 先た ちて ゆく、 鶴の 間 は 御門 主 獨禮を
うけ 給 ふ 所な b、 wfK.§ 有 床に、 鯉の 掛幅ぁ b、 鶴
の 書 あり、 天井 は 扇の 地 紙に て 古書の かた を寫 せし
な 4^、 ませ 張に せし やうに 見 ゆ、 御 休息の 間の ふすま
に は 西 王 母 を ゑ かき、 新 御門 主の 御 休息 は壽 老人な
,9 、 庭 に 池 あ. 5 石 をた つ 、御. e: 佛 の 間 を 過 ぎ、 廊を め
ぐ,.^ て 茶室に いる、 床に、 澤 庵の 筆して 敎 外列傳 とか
け b 、待合な どもみ わたさる、 水屋 をう か 3. ひて 階 子
を 登れば、 唐の 間と いふ、 兜羅 綿の 樣 なる ものに て、
石疊 のかた ちを學 び、 琉璃の 障子 をた つ 、玲瓏と し て
ほがらかな り、 床に、 富士三 穂の 書 を かく、 猶 一 層の
高樓に 上れば 襲明閣 とい ふ、 越後 片獻 §1 の 記 あ b
て 額と せ, 9、 襲 明 閣の額 はたれ 人の 書なる 事を^ら
す、 此閣に 上-り^ 簾 を か、 け稱 干に よれば、 雲 を^
のく 勢 あり、 前に は 兵 庫 甲 山 一 谷の わたりの 山/ \
橫 たはり、 海 透の 帆柱 林の ごとく、 後に は 天 王 寺の
塔が すかに 見えて 河內の 山々 遠く 見 ゆ、 下 は 近 市の
煙と ころせき なくた ちごみ た b、 吹きく る 風の たも
とに い b て、 そゝろ 寒き 心地す、 けに 三 伏の 比の 凉
しさ 思 ひやるべし、 階 子 を 下. 0 て、 小廣 間大廣 li を
へて 出つ、 廊の內 の 額に、 美 哉 換焉、 七十 八 翁 烏 石
の 若 1^
七十 五
I* の 若菜
辰と かける も あ. 9、 又 休息の 間の かたの 軒に、 惠風
和 照と い へ る 額 も 見 へ た. 0 き、 昨日 は、 京に は 雷な
りて 雨 甚だし か. 9 しと ぞ、 此方 は天氣 殊によ く晴て
ぞみ へし、 g§ ほ g き illii^ へ は 福 島 梅 田順慶 町と
また 一 所 を あはせ て 四 所に、 火 こと ありし とい ふ、 此
比の さは かしき は 付 火 (さし 火と も いふ) にも や あら
ん など 沙汰し き、 今朝 卯の 五 剥 小滿の 節に いれり。
襲明閣 寓目
襲 明 層閣出 浮烟。 近市薰 風小滿 天。 萬壑千 山珠范
外。 幽奇 (f 獻 法王 前。
十四日。 陰 夕 小雨 此月 六日よ. 9 十五 日 迄、 難
波 村 て つ げん 喊頓 鎖識雜 大 せが き 三千 f 曰 度會と い
へる 提灯、 所々 の 市中に さゝ けたる を 見て、 もうで
んと 出た つ、 御堂 通.^ を 南に 行く、 折から 五月の 甲
人形 を ひさく 家々 多し、 長 堀の 佐 野 屋橋を わた. 0, て、
三津の 八幡宮 あ. 9、 5| と 鳥居の わきに 影 向 石 有り、
楠の木の 大な るが 枯れて, 根よ ト- 出た る 枝 や、 はび
これ h^、 道頓 掘の 大黑橋 を わたりて 難 波 村に い. 5、
牛 頭 天 王の 社に いる 、末社 多し、 中に 頗梨釆 女 社、
泡瘡 守護神 あ.. -、 名所 网會 に采女 社と ある は 誤 也、 む
七十 六
かし は 七堂伽藍の 地な b とぞ、 每年 正月 十四 :!:、 網
引と て 左右に わかれて 大網を 引 あ ひ 引かち たる かた
に 幸 ありと いふ、 裏門 を 出て かへ る 道の 左方に 寺 あ
り、 長昌 山と いふ 額 あり、 頑 極の 書な り、 客殿に::!:
江院 といへ る 額 あ,.^、 月 舟が 筆な..^、 舍利 殿の 額 も
同筆な b、 門內に 三寶大 荒神 赤藥師 の祠ぁ b へ
sis- は、 三月 廿 二日に 遊し か は、 佛殿 僧坊の さま
目に 熟せ b 、堂の 聯 はこと < ^く 名所 圖會に 印せ り、
但惣 門の 聯を闕 くよ b て 記す 0
法 席殷昌 振起 別 傳之旨
宗門 顯煥宏 開 逸 格之途
顯 瞧 の 印 あ. 5
寶 洲禪師 は、 鐵眼 和尙の 弟子 としてもと 祥 雲と いへ
る佛師 なり、 江 uv^ 所の 五& 羅漢 は、 此 僧の 手つ か
ら 作れるな り、 天 王 殿の 中に、 もろく の 器物 衣服の
形 をお したる 板の 紙に て 張りた る もの を 置, o、 囘廊
の內 に、 水茶屋 有..^、 禪悅 堂に 多くの 掛幅を かく、 g
SISSSS れ i^" 其 前に、 机 を 一 一重に たて 、あまた
の 僧 座 起して 經 よむ、 綸 をなら す 者 あり、 鈴 を ふる も
の あり、 側に 大皲を 打ちて 節 をな す、 生 驥は南 嶺和尙
一 といへ る 名 あり、 佛 殿の 土間に も 座を設 たり、 十四
日 十五 日 法 問と い へ る 札 あれば、 きか まほし けれど、
法事 終らん 迄に: n も 傾く へ けれ は、 きゝ さしてた ち
出づ、 入 堀川の 橋 を わた..^ て 茶屋に いこ ひ 酒く む、
味 薄 く.,. -て飮 ベ からす、。
千日の 法 ii 免に かさねて 遊ぶ、 こ ゝに淨 瑠璃に うた
ひ 物せ る 三 勝 か 墓 あ- 5 とき ゝて たづぬ るに、 一 ッの
石に 南無 阿 彌陀佛 と るして 法名な し、 うしろの 方
に I かくの ことく 紋ぁ, り、 前に 卒塔婆た つ、 寬政 十三
辛 酉 1 一月 曰 爲百囘 忌 追善 建 之と あ, o、 又惣卵
塔のう ちに、 竹 本 播摩少 椽司馬 喜 敎文正 翁の 墓 あ. o、
はま 千鳥 跡 を 殘すゃ ふし 墨譜 笛 千 前
と 記せ 、墓に 片 假名 もて 其 行狀を 記せ. o、 寬延 三年
順 四 軒 文士 弓 誌と あ b 、其 文 を 見る に Ml 竹 本義 太
夫 諱は博 敎字は 五 郞兵衞 天 王 寺 傍 村の 產な. o、 井上
播縻椽 の 秘曲 を 受繼、 淸 水の 德屋利 兵衞 よりかの ふ
し はかせ を傳へ 受け、 尙も 京都に ありて 宇治 加賀椽
に 親み、 つねに 播 加の 兩流を 斟酌して 自ら 一流 を 立
て、 锐後 椽と稱 す、 請 はお §;: 、い 文 正 翁 は、 其 高弟に
一一 して 初 政 太夫と いひ 後に 義太夫と 改む、 長 崎に 來れ
I 豪の 若葉 I,
る 淸人沈 草亭、 其 音曲 を稱 して 文 を 贈れ 、延享 元年
甲子 七月 廿 五日 病て 死す 年 五十 四、 安住 寺 i「1^% に
葬 h^K. 聞 院乾外 孤雲 居士と 號す、 こ ゝには 其 門人 其
墓 をた てし ものなる へし 0
十五 曰、 け ふ は 庚申の 曰 なれば、 例の 庚申の 宮に
も ふ てんとて 長 町 を 過ぎ、 茶 白山のう しろの 方なる
池に そ ひて 庚申の 宮 にいた るに、 雨 ふ, 0 きぬ、 布
うる もの 多し、 天 王 寺の 南門 をい. o、 上の 池の ほと
.0 に 大きなる 楠 木 あ, o、 これ 太子の 植給ふ 所な. 9 と
いふ、 西 僧坊の かたはらよ, 5 北門 を 出て 椎寺 にいる、
池 あ..^ 元三 大師 普 門院と いふ、 堂 は 西 向、 藥師堂 は
南 向 也、 門 を いづれ は 左右に 石の 欄 あり、 それよ.. -
生 玉の 神社の 前 をす ぎ、 眞言 坂 を 下, 9 て 左の 方に 藥
店 あ b、 雨 鐘 命 蘇 丹と いへ る藥の 看板 ありて 多 門院
と 印せ. o、 4^-ゃくっか へ の藥となん、 西高津 町よ h-
淸津橋 を わたり 立慶 町道頓 堀の 芝居の 前 をす ぎ、 太
左 衞門橋 三 休 橋 をへ て 旅の やと, 9 にかへ る、 日 くれ
十六 日。 陰 夕 雨 長柄の, 衝 S, をに 古 鐘 あ. 0 とき、
て、 行て 見ん と 天神 橋 を わた b 天 満天 神の 社內 にい
—七.
草の 若菜
りて、 池の 石橋 を 渡り 字賀 神に まいり、 北の方 植木
星の 前より 行に、 左右の 町の よへ に 松 をう へて 此節
の 祭に そな ふ、 寺 町よ. 0 攝津國 町 夫婦 町な とい ふ 所
を 通て、 町 はづれ より 麥 畑に 出、 右の かたに 白壁の
ことき ものみ ゆる、 何ぞと 問へば 國 ,15^,.^, なり、 門前
に 二の 碑 あ,. >、 一 ッに は大界 外相と ま、 るし、 一 ッには
不許酒肉五辛入境內と4^-るせb、眞言律宗の寺なb、
本堂の 額に 國分 寺と あ, 9、gl 右に 地藏堂 有. o、 額 は
如 空 書と あ. 5、 圓良 といへ る 字の 印 もお した, 9、 堂
の 前に 大きなる 松 あり、 又 東 成 郡に も 國分寺 あ, 910
いふ、 むかし1|^武帝の時、國ごとにニの寺をたて、、
一 を 金 光明 四天王 護國之 寺と いふ、 一 を 法華滅 罪の
寺と 名つ けて 尼寺な り、 いづれ か 其 一 ッ なる へし、
快圓 比丘の 中興に よりて 今の 寺と はなれる とぞ、 寂
寞 無人 聲 にして 如法の 寺な, 9、 天滿宮 は國分 寺のう
しろに あり 木立 ふかし、
正 德寺は 天 滿宮の 東に あ, 9、 門に 雲^ 不 接待と いふ
札 あ. 9、 山 號は淸 源 山と そ、 行 基 僧正の 開基な, 9 し
を、 今 は黄榮 派の 禪宗 となれ. 9、 大眉善 姓 和 尙を中
興と す、 正德 寺の 額 は、 延寳己 未 春 吉旦黄 檗木庵 書
HnMMnnn 七す 八
と 有り、 本堂の 額 は、 吉祥 殿 廣壽卽 非 書と あり、 堂
聯に寳 殿 壯嚴宗 燈萬代 傳無盡 金 客 示現 覺苑 千秋 慶有
餘天 德嗣法 沙門 南 源 書と あり、 堂 前に 大きなる 双 桂
樹 あり、 鐘樓 なと も 見えて 殊勝なる 寺な h -、 又 白衣
觀昔堂 あつり、 架上に 語錄の やうの もの を 積 置り、 標
月 指の 額 をかゝ く、 修 多羅の 敎 をさせる なるべし、
鶴滿寺 (雲 松 山 鶴 滿寺觀 音堂聯 0 雲:^ ム月 浮流 色々 盡至
直 般若 長 堤 風擺柳 登々 都 入大圓 通、., 此 堂に 秩父 三十
四 所西國 三十三所 坂 東 三十三所の 土石 を 三の 壺 にい
れて拜 石の もとに 埋む、 西國 札所 は 人 あまた 知れ, o、
秩父靈 驗記坂 東 札所 聞 書に も此堂 內に納 むと いふ)
は正德 寺のう しろに あ. 9、 天満宮 と正德 寺の 間の 細
道 を わけつ ゝ ゆく、 表門 は 竹 欄に て さ、 へたれば、
かたはらの 口より いる、 先 鐘 樓の方 ゆかしくて 立
よ- 9 侍る に、 鐘 は 尾 上の 形 を うつせし ものに 以て 天
人の 形 を 鑄 付け、 龍 頭の 傍に 筒 ありて 穴 あり、 鐘の ふ
一一
ち も 唐草の ことき もの を 鑄て く ほみ たる 听を ゑら は
す 鑄つ けた b、 其 外 まろき 花の 形した る もの もみ ゆ、
縱六 寸計橫 一 尺 三寸ば か. 9 にか こみて 文字 を 高く 鑄
た. o、 磨滅して さだかに みえ わかす、 名所 圖會に ia!
せる を みれば、
太 竿 十 年 二月
靑金 入 三百 斤 長 二 尺四寸 二分、 西晋 二世 惠帝、
と 見 ゆ、
太平 十 年 庚申 は、 永康 元年に して 本朝の 應神帝 三
十二 年に あたり、 一 千 四百 餘 年の ものな, 9( 未詳)、 長
門 國主毛 利 侯よ.^ 寄附な り、 民家の 土中に 埋れ あり
しをほ..^出せb.とぞ、 又 長門國 厚東 郡 宇 部鄕松 江山
普 濟禪寺 f^^lf ?5」 永 和 五已未 歲仲呂 日と いふ 銘を
ほり 付たり、 打 碑 墨 もて 打し がさた かなら す、 門に 遊
へる 沙彌に 問 ふに、 緣起 も出來 たれ ど 板い まだなら
す、 銘も 折々 うつ 人 ありと いふ、 重て 墨汁 を 磨して う
つへ し 寺のう しろに 八幡宮 あ, 9、 寺の 持と み ゅ宫の
側に 堤 あ, 9 て 水 いれり、 長柄 川の わかれなる べし、 是
よ, 9 むか ふ の 堤 を 見や る に 、所謂 長柄 の 川に して、 船
のむ しろ 帆の すぐる を 見る、 古の 橋の 跡い つくなら
ん となつ かし、 こ、 に 制札 あ, り、 例の 文 言 ありて、 か
たはら に 木の 札して 佐 野豊前 守、 山 本 伊豫 守と 記せ
、愛に 田 安の 御屋敷 あ、 りて 家 司の たてし 制札な り、
三昧 あ. o、 よし 原の 火屋と いふ、 これよ, 0 西の方に 當
肇の 若葉
b て 高き 屋の寺 見 ゆる は、 源 光寺な り 、麥畑 の 中 を た
てよ こに 渡りて 漸 にいた る、 右に み ゆる 森 は、 本 生の
り、 愛に も 三昧 あ,.^、 濱 村と 云 ふ、 淨瑠 璃 が,!,
光寺 は南濱 村に あり、 三昧 院と いふ 額 あ. 9、 淨土宗
無 本 寺に して 行 基 僧正の 開基な. o、 本尊 天 筆の 彌陀
は、 貞觀 年中 播州 加 古の 敎信和 州吉野 子守 勝手 明 神
より^ §.hj,.=v、 > えこ. り as: こ. 子 安大明 神、 愛宕 將り
J 愿, ゼ, 9 古… J^-b^f 軍地藏 勝手 大明 祌、 b
社 あ b 鐘の 銘は (華 鐘 新 鑄 双 調 玆成通 卒院界 徹阿毘
城 死生 息 苦 唐突 脫冥 聞覺 迷夢 共入圓 明) Msfili
聖山 本山 1^ 光寺 寧 さ兀甲 申と 己き り、 亍 Jfe 曾 E 三 * く 上 1
天 八月 朔日觐 空 快 運 謹 誌 と 言 ゼり ゎ違伟^^^三時ヅ坊
を始 るの 古跡な り、 故に 濱 本山と も 云 ふ、 岐路に 出
て顧れは^?^離職相嶋^と石ぁり、 , - 、に 種樹 家に 苟藥
あまた 植 おける あり、 花盛りな. o^f と 北 野天 神の
茶店に いこ ふ、 雨 はしたなく ふ b 來ぬ、 大融 寺の 門
に 雨 やとり、 木幡の 里の 馬に は あらで、 木幡 町よ h-
傘 かりて 旅の やとり にかへ ぬ 0
享和辛 酉 三月 念 一 起筆。
四月 十七 日の 朝に 終る 0
あしの 若葉 卷之下 終
七十 九
まの 若葉
八十
あしの 若 葉 卷ニ之 上
a- .3 41 ヒ. I 御,, a 、 九 . ョ£ 造大應 寺、 森宫 心願 寺、 宰
に, -寸士 I 晶院 庭、 t 一 t 松 山 天然 寺、 眞 E 山 i: 顧 寺、
興德 寺、 nsf 草、 ;ヽョ 天下 茶 IT WJa^srTT 長柄 渡、
中 井先 牛-墓、 丄プ y 住 吉大明 神、 ョ月 3 曰 源 立 寺、
江 堂、 4,- ョ難波 御堂、 :h ニョ 安治川、 チ,>ョ 住吉
崇雜 寺、 院、 :p 二日 舟行、 「ノ日 御田
植、 」、.3 313川0!御舟屋、安治川 41 三: n 難 波衬牛 頭 天
ズ -^wi 日 n、 みなつ くし、 寸三 H" 王 夜宮、 ,
4«i ョ三津 八幡宮 ヽ 維 波 橋に
祭、 三 峰 寺、 il-KI 納凉、
丄:: 忖 御堂、 丄- dt^.t-i, ぶー Ij-ass JJray
襲 明閣、 【 ..^sg 荷祌 祭、 t 二 お宮 祭、
仁德 天皇、
十七 日 I,
, 座 擘
H 天滿 ト」,^£ 天滿天 i-L.,- 住吉
あしの 若葉 卷ニ之 上
四 ほ 十七 日 0 け ふ は、 天滿 なる 權 現の 御宮に 參るも
の 多し、 男女 貴賤 を不撰 玉垣の うちにい る 事 を ゆる
さると 聞て、 申の 剥 計に 旅の 宿. 9 を 出て、 鳥 尾 町 を
すき 八 軒 尾の 前よ. 0 天神 橋 を わ. たれば、 御宮に ちか
き筑 地の わたり 葵の 御紋と 九曜の 星の 紋付 たる 提灯
立 並 へ た b 、麻の 上下き たる もの 警衛す 、御宮の 垣の
內に みと b の 松 つらな. 0 て 奥深し、 洞門 を いれ は 別
當 久昌院 な.. > 、書院の 庭 は 御宮のう しろに あたれ .9、
け ふ は 諸人の い b てみ る 事 を ゆるさる、 書院の 礎に
奇石ぁ.=^、 筑山 のた、 すま ひ 石の かけはし またる か
ら ほりの ほとりに、 缩の 石に な たるた て り、 宮も
社も數 あれ どい かなる 神と いふ 事 を *{ら す、 これ は
□ ロロの むかし 松 平下總 守の たてさせ 給へ る 御宮な
れば、 九 躍の 星の 紋付 たる 提灯 はたて しなる へし、
實に、 なに はの 蘆の 葉の 戰ぎ もな く 治れる 世の 風に
な ひく 民草 なれ は、 その 墻を伺 ひ 其 德をぁ ふきら め
やとぬ かっきく か へ, 9 ぬ 0
二十 一日。 晴 御城の 大手の 前なる 原 を 西 へ ゆき
南に むか へ ば、 玉 造 口な, 9、 此 あた. 0 の 水茶屋に 行か
ふ 人の 暇 はしき は 大師 詣 なるべし、 左の 方に 算用 曲
輪と い へる岡ぁ,.^、 御 定番 與カ 同心の 屋敷/、 みな
土塀に して、 蔦の か、 りたる あ, 9、 木立 ふかし、 森宫
は 用 明 天皇 を まつる とい ふ、 鳥居に 浪花 森 之 宮と有
り、 宫の 前に 大きなる 松 あ b 、(本社 東に も 松 あ. 9 龜
井 松と いふ、 名所 圖會に いづ、) 蓮 如上 人 古跡 松と い
へ る 碑 をた て、、 本 多 氏と しるす、 宮に額 あ.. > 、鵲を
畫 きて 其 上に、 :!: 本紀曰 推 古. 大皇夏 四:: t! 難 波 士!: 士盤
金至自 新羅 而獻鵲 一 一 侯 乃俾養 難: &社: S 以暴枝 産 之 後
d^fi 多産 故 稱鵲森 則當社 地. ゆ〉 見 ir. 七 乙 卯祀季 秋應近
藤氏 需 謹書 之 舉懸于 森 tr^ 宫神廟 小 松 維 要と あ.^、 宮
の 左の かたに 八幡 ( 眞目) 太 神宮 庚申 社 あ o 、! 1 其 目の
社に は、 疱瘡 を やむ もの 祈る Li 、御符 料 十一 一 銅、 大豆
一 歲に 一 合、 錢は其 子の 數 ほと あけて 祈.^ 願み つる
時、 疆々 の 張ぬ きの 人形 を捧 るな. 9、 宮の 後に、 稻荷
五 幸の 碑 社 あ.^.、 森 宮の攝 社に して 日本 一 社な. 9、 所
謂 五 幸と は 此祌を 祈る もの、 火難、 水難 、盗難、 飢難、
產 難の 五 難 を 免る、 正 五 九月 霜月 八日に 祭 あ と 云
乾,0—若—*^
ふ、 又 初 祝 大明神 朝政 大明神 天滿神 あ- 9、 宫ょ, 0 右の
方に 淡 島大明 神、 大工 祖祌、 手 置 帆 尊 彥狹知 神 あり、
太子の 勸 請な とぞ、 又兩太 神宮 遙拜所 あ.^、 前に 猫
間 沼 を へたて、 水草し けき 中に、 龜井神 水 あ. 9、 神主
の 家に 湯 あり、 一 六の 日に 人 を 浴せ しむ、 龜井 湯と
いひて 病 を 愈す とい ふ、 一二三 四 五六 七 八 九十 布留
部 由 良 由 良 g 由 良布留 部と いふ 事 を 札に かきて 門口
に 出した h -、 いかなる 祝詞に や、 森 町 (猫 間 川よ,..'
森 町に 至る 川岸に 夏菊 を 作る もの 多し、 名 竹な とも
あり、) 大和 橋 町、 下 新 清水 町、 新い な b 町、 禰宜町
なと いふ 所 をへ て 上 木綿 町よ. > & 天皇の 宮 にい
る、 末社に 稻荷大 明 神 八幡宮 辨天太 神宮" ォと あり、
出世 天 神宮、 高 良大明 神、 住吉. 、猿 田 彥神、 多賀
大明 神、 春 日 大明神 も あ. -、 此所は 宰相 山な り、 I,
山と いふ 眞田 山に 餌 差 町 Q 北の方な Iv^h り. 14 こ、 .15;-=^H.bn„KW5.,
る 桃 林な、, ふとみ えて 菌圖 にもり、 タ. =st;.J- きリ 1PU:W 君
岩 切靑麻 三光宫 あ, り、 石碑 あ, り、 美 知 玖 農 阿 遠 曾 能
可 寢乃禹 徒 梨 磨 須南彌 婆 乃 三 喜 爾飛珂 琍荷波 志 豆 記
永と ゑれ り、 又 一 ッの 石に は、 「きじな くや 宰相 山の
朝 ほらけ、」 六々 閑人と あ, o、 愛 も あやしき うかれめ
の ふしど、 見へ て、 こ、 の蛆 かしこの 岸に つく た
I . 八十 1
« の 若葉
る 家の es 口より さし のぞきた る 女 共の 顔つきみ る も
うとまし、 一 J 、 は 慶長元 和の 古戦場に して 、攝 陽群談
にも 具 田 古城 東 生 郡 小 橋 村の 地に あり、 慶長元 和 年
中奠出 左衞門 在陣の 所な り、 越 前 出張 古城 同 郡 同所
玉 造の 南に あり、 慶長元 和 中 伊 一羽 柴越前 守 大崎少
將 正.〕: 小 在 陣の所 也、 加賀 出張 古城 同 郡 同所の 地に あ
り, 慶長元 和 年中 加賀 大納言 菅原利 家 卿 在陣の 所な
"云々、 なと かける は此 わた. 9 なる へし、 か ゝる事 あ
, ^と 知な から、 か、 る 事す きわ ひせんと 思 ひよりけ
ん、 人の 心の あさましき は、 げに、 國の餘 風なる へ
し、.^ S, 寺 は 小 橋の 寺 町に あり、 け ふ は、 一 一十 一 日に
て 大師 參 りの 人 多し、 攝州 八十 八ケ 所の 一 にして 興
德密寺とぃふ額有..^、 往古 藥師 井の 跡と てく ほめる
所 あ.^ 鴻池又 吉郞 なる もの 大師 堂た てし 事 文に 書て
I - , ぃナ, 3,, ナ. 9、 元祿 比の 僧の 文な
,€1 ^力-を I- り り 、ま: も 拙から す、
棲 巖山大 應寺も 同所に あ. 9、 山 號寺號 この 二つの 額
は、 岩 倉 三位 具 選 君 卿 書に して 柳 原 家臣 佐 野 一 郞橘
時 中 寄附と いふ 札 をた て, 9、 これより 西の方 桃の 林
は 皆眞田 山なる ベ し、 心眼 寺 も 同所に あり、 灸治 場 あ
て 人々 灸を こふ、 門の 內に紺 紙 金泥の 阿 彌陀經 の
八十 二
額 有り、 餌 差 町の 間の 院々 は、 ことごとく 弘法 大師の
御影 供」 米 散 餞な と 多し、 先にた つねし
契冲 法師の 墓 ある 門 を 過き、 堀 村と いふ 所 を へ て、 天
然寺 にいる 5f 、鎭 西禪師 御作 入惣 百萬遍 御珠數 とい
へる 書付 ある 堂 あり、 いかなる 1: レと いふ 事 を 知ら
す、 裏^, 9 出 て 寺 町 をす ぎ 誓願 寺 に 入る 、乾, 藤,.^ 井,,
先生の 墓 あり、 諱誠之 字 叔貴忠 藏と稱 す、 鄕校 敎授た
b 寶曆八 年 六月 十七 日に 失 給 ひぬ と、 五井 純 鎖の 碑
文に み ゆ、 此 寺に. S 鶴 か 墓 あ.^ と 書肆 山!? 屋 かいへ
るに よ, 0 て 墓 はら ふ 下部に とふに まらす、 つら/ \ -
墟 墓の 間 を 見る に 一 ッ の石ぁ..^、仙皓西鶴とゑれ.5、
•s-si.,. たに 元 祿六勞 酉年 八月 十日と ま るし 左の 方に
ぎ 111、 建と 有 b 、也 有 翁の 鶉 衣に も、 作文に ゆ. ほ
し 難 波の 西 鶴 は、 五十二に して 世 を 去 給 ひ 「秋風 を 見
過し にけ b 末 一 一年」 とい ふ 句を殘 せりと かけ 、げに
八月に 終,^ ぬるに は 折からの 句 成へ し、 .C 友 柬作翁
錢膽|咖^!胖子西鶴の文を このみて 著 はす 所の 水の
行 衛の內 蓬 萊屋萬 右 衞門か 傳は西 鶴の 文勢 を學 ひて
書け b 、實 にも 好色 一 代 男、 さよ あらし、 世間 胸算用
など 後の 作者の 及へ くも あらす、 小說九 百の 祖 成へ
し 0 ,
二十 六日 。晴 け ふ は 芒 種 節な b 、住吉 の 松い かな
らんと 思 ふ 心 を 根 さしに て心齋 橋の 方 を 南 さまに 行
き 難 波 御藏の 前なる 石橋 を 渡 b、 廣田明 神の 社の 前
なる 星の 池 を 見つ、、 今 宮の戎 の 社 を 過き て 境 筋と
いふ 道 を 行く に、 麥の秋風立渡-^て浪のょするかこ
とし、 左の 方に は 松の 林 遠くつ、 きて 天 王 寺の 塔 も
あとの 方に み ゆ、 人家 あ,.^ 今宮 新田と いふ、 猶も 畑の
中 を 行き て、 名に お ふ 天下 茶屋に 至る、 家々 の 行灯に
天下 茶屋と 記せ hs、 中に もせ さいと いふ 家に は 和 中
散 を ひさぐ、 かの 梅 木 村の 方 は 愛より 出たり とて 元
祖津 村お 本と い へ る もの 此 所に すめ b など ことこと
しく 額に 書た b、 立 入て 見る に、 圍の 茶室 も 見 ゆ、 壺
天と い へ る額掛 たる 所 は、 六段ハ階ぁ,.^とm'を鎖せ
り、 如何なる 故に や、 左の 方に s¥ とい ふ 寺 あり、
油 烟齋威 柳の 植 だる 柳 あ, り、 又 天神の 宮 ある 所に は
子 安 石 あ b とい ふ、 ^独れ 左の 方の 林の 中に、 高く 見
§ る は聖夭 山な.^、 石阪 なと も 見 §5V はつ 右の 方の
畑 をへ たて ゝ 一村 あ. o、 膝 間 :!^ とい ふ猶 行きくて
むかひに 一村の 森 あ. り、 人家 遙 かに 見渡さる、 左の
方の 小高き 所に、 白き 壁な と 遠く 見 ゆる を 何 そと 問
葺の 若葉
へ は、 是 なん 住 吉の 宮居 也と いふ、 あま b に 近く 覺ぇ
てうれ しなと は よのつねな,.: >、 左の 方に 高き!^ あゆ
て 紫 人の いこ へ るぁ,.^、ぃかなる所と問へ は、 帝 山
とい ふ 所な りと 云 ふ、 文字に 寄て 見れば 何れの 帝の
みさ ゝき ならん も 難 計、 住吉の 里に いれ は 酒家 茶店
なと 立つ 、けたり、 童の もて あそ ふ 風車 を ひさく も
の 多し、 故里の 曹司 ケ 谷の わた- 9 思 ひ 出ら る、 酒家の
女と も 木綿の 振袖 着て 前垂 をし つ、 人 をむ かふ、
おは^ 滤; 4% 屋 左の 方の 松原に 人れば、 石燈籠 多し、 囘
廊の內 に 入て 見る に、 丹靑剝 落して 草木 荒 蕪せ り、 坂
を 上, 9 て 門に 入. 0 て ss^is 「の.^、 傍に 志 賀大明
神の 社 あ, o、 左の 方に 遠く 鳥居の 見 ゆる は 奥の 天神
にして 彼 道よ. 9 遠く 白き 壁の 見へ し 所な. o、 坂の 上
にも 神社 ニッ あり、 き リ石坂 を 下." て 松原の
中に 誕生石と 云 ふ あ..^、 薩州 誕生石と いふ、 これ は薩
摩 國主島 津三郞 忠久の 生れし 所な- 9 と 云 ふ、 5|5 會
舯宮 寺に 入て 見る に 多寳塔 左右に たて,. y、 本堂に 藥
師佛 あ- 9、 左右の 堂 を 常 行 三昧 堂 又 三昧 堂と 云 ふよ
し、 (後の 三昧 堂 は 法 華 堂なる べし、) 虛空藏 菩薩 五大
力 菩薩 等の 堂 有り、 又 國助社 あ h- 、前に 石 灯 あり、 國
八十 三
筆の 若葉
助燈と ゑれ り、 ー燈 ロ萬界 一志 口 千 ロロの 文字 定か
ならす、 社の 前に 小き 石. S 舞臺 有. o、 寺 を 出で て 向 ひ
の 門に 入る 若宮ん 幡の宮 あ h^、 神前の 扉に 松と 鶴 を
盡 かきて を 下せ. -、 延享四 丁 % 年 七 士 n 且泉 州堺の
住窨ェ 杉 森 由, M 筆と あ b 、後に さの ぬしの 社 あ b 、大
きなる 杉の 木の 枯 たる は 近 比寬政 三年 八月 二十日の
暴風に 折れし 神木 也と ぞ、 愛 を 高天原と 云よ し 名所
圖會に はしる せ..^、 市 戎の社 も あ. 9、 文庫 も あ,.^、 一
の祌 殿、 二の 神殿、 三 四の 殿 杯た てつ、 きたり、 一 の
神殿の 左右に 四角なる 傘の やうなる ものに、 錦の き
れを 四方に つけて 長き 柄 ある もの ニッ宛 あり、 これ
住丄 JI 踊の • の 形 はこの 物よ .9 うつせる にゃあらん、
舟. k の 社; g 人 子の 社 御井の 社 貴 布禰の 社、 なと 悉く
覺 へす、 本社の 門の 左右に 鉢の 社 循の社 ありお もと
の 社の 前に 御供 水 あり、 おもとの 社ぱが is 叉庫の 形
したる ものに て、 天 王 寺に ありし と は少々 異なり、 名
にお ふそ. 0 橋 は此度 新たに つく hs か へ ら れて攔 下い
また 全から ぬ を、 木の みちの ェ とも 小屋 かけ 渡して
作, 9 はてん とする さま 見 わたさる、 此 あた. o、 樗の花
盛に して、 紫の 雲 かと 疑 ふ、 かたへ の 茶店に 入.^、 持
八十 四
來 し 小 竹筒とう で、 汲む、 廳肴 たかうな はた 互 腐
を 串に さして こがせるな ともて 來 れ.. >、 夫ょ,.^西の
方 濱邊を さして 行けば、 左右に 松の 林 あ b 、所謂 31^ の
姬 松なる べし、 右の かたに^ 燈 明の臺 あ..^、 出 見の 濱
とい ふ、 油の あたへ をゎづ かば か. 9 よ すれば、 登る 事
を ゆるす、 醉心地に階子を上,^^て臺の上ょ.^^::I^下せ
ば、 難 波のう な 原靑々 として 蔵の 若葉に 風 打 そよ き
しら 波の こ ゆるさ ま 心 もこと はも 及ばれす、 右の 方
よ さし 出た る 山々 は 甲 山、 一 谷、 兵』 it の あた.^ 山 又
山 を かさねた るむ かひに、 橫を. 9 ふせる 島 は 淡路島
なり、 源 三位 賴 政の 歌に、
すみよし の 松の木の 間にな か むれ は
月お ちか ゝる 淡路島 山
といへ る は、 正しく 見た るす かたなるべし、 措 子 を
下りて 橋 あり、. 長 峽 橋と いふ、 これ も 又 修理 あ, o、
橋 を わた. 0 て 濱邊に 出れば、 細き 川の 流れに 屋根 覆
ひたる 舟 ひきつ、 けて 酒く みかわし、 絲 らふるな
ども 見 §、 川の ほと. 0 を 北 さまに 步 みつ、、 忘 草 や
有と 尋 ぬるに、 ふつに 見へ や、 愛に 攝州西 成 郡津守
新田 虚無僧 本山 京都 明暗 寺留 場と いふ 札 あ. 5、 来る
杏 桂自國
園 舍樂瑞
輦 Q 若葉
八十 五
時に遠く見し勝間村にぃ^^、 天下 茶屋に 出ても との
道に か へる、 秉燭の 比なる べし、 け ふ は 初て 行て 見
しに、 案內 もな く繪圖 をた にたつ さへ ざれば 見の こ
しつる 所 多 かるべし、
墨 江
四 社 神祠倚 一 丘 0 兼^ 出水 水 悠悠。 靑葱玉 樹通幽
處。 宛轉虹 橋度淺 流。 疊嶂斜 連 兵 庫 走。 千 帆眞向
墨 江 浮。 吟眸更 入 烟波裏 。 黛 色 遙分淡 路洲。
瑞 かきの ひさしくき、 し 住吉の
浦の 見る め も わ すられば こそ
け ふそみ るすみ 吉の郡 住吉の
里の 名に お ふ 住 吉の濱 J
五月 五日。 晴 け ふ は、 巳の 時 過る 比よ,. y 公事の
いとま あれ は、 長柄の 渡. y よ, 9 江 口の 里に 行て みん
と、 天神 橋 を 渡 て 十 丁目 筋 を 北へ 池 田 町 を 過ぎて
麥 畑の 中 を 行く、 左 は 國分寺 右は士 口原の 火屋に して
さみしき 所 也、 行きくて 右の 方の 畑の 中に 複の木
たてり 、是驚 塚なる ベ しと 長柄 村の 人に とふに、 それ
なり、 援のもとに梅もぁ.^^っらめと行過したれば重
て尋 ぬべ し、 南 長柄よ h 北 長柄の 堤に の ほ b て 舟 渡
しあ. 9、 是れ 長柄の わた. c な, o、 岸の 向 ひ 樗の木 二 も
とばか.^花^.*.-、藥師堂村に入て源立寺とぃふ寺に、
自樂 とい へ る 法師の すめる よしを 聞 つれ は、 尋 ぬる
にある じょろ こび 出迎 へ, o、 富 士大石 寺 派の 法華宗
也、 自樂 法師 は江戶 堀の ほ,. 5 随 § 翻^の 市人なる が、
愛に のかれ 住て 俳諧 を もて 樂 とせ.^、 父の 年老て 此
寺に 來 b 住て 身 まか, 0 し 墓 あれ は、 その 墓 守と 成て
愛に 住るな b とかたる、 庭に 藤の 棚 あ b 、白 藤な りと
いふ、 池の ほと, 9 に 杜鵑 花の 紅なる 紫なる 花 を まし
へ て 盛な, o、 床に 板 本尊 あり、 日 興 上人 は 像 を も懸た
り、 善行堂と云額ぁ..^、 白日 閑寂の さま 人 をして 官
情 を わすれし む、 あるし 蓮 社の 禁を ゆるして 蒲 酒の
盃 をす、 め、 蓴の あつ もの 調して すゝ む、 桂 舍は阿
波の 國の 人な り、 耳 ま、 ゐて頭 を そりた るが、 いて 來
りて ともに 誹諧の 連歌 一 折 あ.^、 發句は 今朝 馬田國
瑞 よ,.^ おこせた.
長柄 川 わたらし なと て 夏 籠
草 ふし 高く 初 蟬の聲
とちから も つ てよ き 道 をつ くらせて
眞晝の 窓 のぅちしっかな,ft^
I* の 若菜
ことこ IJ くもならねば 書 さしつ、 屛 風に、
剃髮非 遁世、 爲僧 猶^ 家、 堪看 汚泥 翻、 湧出 白 連 華、 贈
自樂 老人 除 頭 髮權亭 角と あ.^ 阿波の 眉 山と いふ 所の
土 を もて 签に 作. 0 伊勢の 荒木 田 氏の 歌 を 金泥に て か
き クく
千 五 百 代 爾嚴瓷 黑滿之 燒峯里 安満 能 須斯多 狸 阿 摩
多 良日 南方
っゐ にある しと ゝ もに 寺 を 出て、 猶北 さまに 畑の 中
を ゆきて 崇禪 寺の 松原と いふに いたる、 額 あり、 社に
祭る 所は稻 荷の 神に して、 左の 方に 神主の 家 もみ ゆ
拍 I 家の 前に 大きなる 椿の 木 あ. 9、 すへ て此 あた, 9 の
松 は、 根 入 深から すして 四方へ 一 丈 計つ、 も 根 わた
かまれ, 9、 松 根に 寄て 腰 を 摩る といへ る も か、 る 所
なるべし と、 小 竹筒と b 出て かたみに くむ、 馬場 あ
.9、 人々 馬乘 さま 見 ゆ、 愛 を 中島と いへば 此 わたり
の 畑 はみ な 古の 入江なる へし、
崇禪寺 は 松原の 右に あり、 竹の 林 深し、 鐘の 銘 をみ
るに、
攝州西 成 郡 北 中島 凌雲 山 崇禪々 寺 者 細 川 氏 持 堅 追
驚 其 主義 敎所 建立 也 義敎者 尊 氏 五代 孫 也 尊 氏 取 天
八十 六
下 之 政 柄 襲 封 暨義敎 則 五世 積 威 積德之 所薰漸 天下
靡然仰 其餘光 所以 崇禪 創立 之 日檀信 可 喜 云云 下略
貞享三 丁 卯纖ぉ 吉日 獨庵光 書
こ、 に 崇禪寺 IT 場の 歒討. とい ふ 事 あり、 正德五 年の
比、 和 州 郡 山の 城主 本 多 家の 臣遠城 治 左衞門 重廣、
安藤 喜 八 郞光乘 と 云 もの、、 末の 弟 遠 城 宗左衞 門
を 同し 家中の 生 島 源八郞 とい ふ ものに 討れ しが、 重
次 を 生 母 は、 重 廣光乘 が 爲には 異腹の 母な りし か
ば、 その 敵 を 討ざる 事 を 深く 恨みし に、 重 廣光乘 は
け まされて、 敵 生 島と 此 地に 約せ し を、 生 島 は魏術
を 以て 業と し、 此 地の 町 與カ杯 皆 彼の 門人な b けれ
ば、 多く 力 を 助て 松 陰よ. 9 飛道具 を 以てせめ、 或は
砂な どかけ 散し ければ、 っゐ にかへ. 9 打に あ ひぬ る
ぞ あはれ なる、 墓 は 寺の 後に あ..
兄實名 遠 城 治 左衞門 年廿六 ^樹 心英 居士
弟 安藤 喜 八 郞年廿 四 刀 山 天 雄 居士
としる せ, 9、 其 時の 武具 寺の 什物と して 人に 見せし
む、 こ、 ろよ く 敵 を も 打お ふせさる もの 見ん も ほひ
M- ノ」 -mgt (、- ) 匸ぉ 30 一年 開帳 ぜ しかと もみる 物 少かリ し
なしと 貝す こして 出ぬ とぞ、 芝居 あやつ リな とやう の..;, の
みても あまりにん はれ なれば、 人 皆 心よ しとせ すと 人の 言リも はれ
なろ 物 かたりな ろべ し、 た^'、 かの 松原の けしきい はん 方な きに 付
"さ "ま 愛に て自樂 翁は辭 し歸れ り、 猶 北の
方の 堤 を 行に 小 流 あ b、 二人 三人 網 引して せいごと
いへ る 魚 二 ッ三ッ を 得た.. -、 樋の ある 所よ b 北東の
かた 新庄 大道な とい ふ 村々 をす ぐ、 麥 うつ 一昔 遠近に
聞へ て 道い と 遠し、 左の 方に 天神の 祉の森 あ.. > 、右の
方に 小 松の 瑞 光寺 見 ゆ、 行ても みま ほし けれど、 日 も
はや 未の 下.^ なれば、 先 をい そぎつ、、 江 口の 里 は
いっこと 問 ふに、 ある は廿 町、 ある は 十 町 あ, 9 など
す、 ろに 定が たし、 や 、ありて 一 村に 至れり、 麥っ
く 女に 江 口 寺 をと へ は 君 樣の寺 はかし こな.^ と敎る
も 流石に 都 近き ふ b にして、 あつまの 田舍 のよ こな
まれる ことばに 異な bo
江 口の 君 堂 の 裏門よ b 入、 堂の 前に 古き 石塔 並 ひ 立
て. 9、 ーッは § 君の 塚と 札 を 立て、 了ソ は,^ i 重 西 行 塚
としる せ. o、 苔む して ふるびた. o、 かたはらに 衣冠し
たる 石の かけた るが、 蛙 子の さまに 似た る 物 あ, 9、 い
かなる物とぃふ事を*^らす0 墓の 側に 石榴 花の 盛り
なる も、 唐人の 紅裙を 妬む と 云し、 五日 觀妓の 詩 も
思 ひ 出ら る、 かの 酒 を 翻して 汚す とい ひけん、 血色
の 羅裙も かゝる 江の 邊 なる へし。 寺の 內 にて わかき
II —筆の 若 li
尼せ の經 よむ 聲 きこ ゆ、 堂よ, 9 立つ、 けたる 朽坊に
老 たる 尼の 物 あら ふさ ま、 さながら 月 はもれ、 雨 は
とまれと いひ けん、 賤 がふせ やの 面影して、 西 行 法師 一
のむ かしな つかしく、 すのこに 腰打掛 ていこ ふ、 普資
院と いふ 額 あ. 9、 かの 尼せ 經 よみながら 江 口の 君の
木像と 西 行 法師の 像の 扉 を ひらきて みす、 實に 古き
物と 見 § 、普賢 菩薩の 像 も 見せし かと、 金に て 濃て 新
らしく 見へ たり 0 か、 る わ ひしき 所に た へても すめ 一
る 物 かと 思 はる、 庭に 櫻 一 本 あり、 西 行 櫻と 云 ふ、 小-
き 池 あり、 小祠も あり、 一 ッの 卒塔婆 あり、 寬政九 丁 巳 一
年奉資 遊女 妙 前 君 靈光相 尼 六 百年 忌と 印せ り、 かた:
へに 鐘樓 あり、 銘を 探れば、 黃檗の 悅山和 尙の文 也 >
五 畿內攝 州 西 成邯北 中島 寳林山 寂 光寺 普賢 院者其 一
開基 光 相 比 £ 尼 也 本 稱江ロ 君 又 名 曰 妙 前 乃 普賢 菩:
薩 示現 女 身 欲 令 衆生 脫 愛別離苦 之 緣傑構 普賢 堂 法:
華 三昧 堂 又 自造其 俗 體之像 接 引世 人雖 貴賤 女 身歸ー
依 佛法發 菩提心 入 無上 道 曩者西 行 上人 詣天 王寺路 一
徑此處 時 將日暮 求宿于 君々 不許 上人 作歌 以與君 亦
作歌 以答俱 是醒世 之 言 至 今嗜灸 人口 而元久 二 年 三
月 十四日 乃 現 普賢 菩薩 相乘白 象而終 弟子 等 收其舍 _
八十 七 11
I まの 若葉
利 立塔而 供養 焉云々 下略
元 祿十丁 丑年 三月 十 一 日 南岳悅 山道 宗敬書
沙門 普 開 鑄之畢
かたへの 坂 を 上 て 堤に の ほれば 歌 塚 あり、 四方の
石 をた つ 北の方に 西ハ C 法師の 歌 を ゑれ.. y、
世の中 をい とふ まて こそ かたから め
か. 9 の やどり を 惜む君 かな
南の 方に 遊女 妙の 歌、
世 をい とふ 人と し 聞 は假の 宿に
>ひ とむな と を も ふば かり ぞ
束の 方に 法 華の 題:: :! ありて、 賜 紫 日 憩 書 判、 西の方
に當山法^^靈場资林山寂光4^1:-君堂造立志者爲智月院
妙 顧;:! 近 信士 菩提と あり、 名所 圖會に 日 顗を日 顧と
^り 宵け り、 此: HIS 、上人 は延 山の 貫首に して 法 華 看
經抄を も 著せり、 江 E. 池 上 本 門 寺に も 松 化石の 石 表
を もた て、 鈴が 森の 刑 罪 場に も 題目の 碑 をた てた る
人な りと は、 わが 父の つねにの 給 ひしな,, > 、さても 江
口の 贈答の 歌 は、 新 古今 集に、 西 行 法師 天 王 寺 へ 參. 9
侍,. > け るに、 俄に 雨 ふ-. > ければ、 江 口に 宿 を か.^ ける
にかし 侍ら さ. 0 ければ、 よみ :g^.o ける と あ. 0 て、 遊女
八十 八
妙の かへ しあ. 9、 又 撰集抄 に、 治 承 二 年長 月の 比 ある
ひじ, 0 とと もな ひ、 西の 國 へ おもむき しに、 江 口 はし
本なん とい ふ 遊女の 住居 見へ ければ、 家 は 南北の き
しに さしはさみて、 は^ 人の ま はしの 情 を 思 ふと
あ. 0 て、 其 里 を 過なん とする に、 冬 を まち 得ぬ 村雨の
烈 敷く、 人の 外面に 立 やすら ひて、 內を 見入 侍る に、
あるじの 尼の 時雨 も b ける を わびて いた を 一 ひら さ
げて あちこち はし. 0 あ. 0 きし かば、 何となく かく、
賤 かふせ 屋を ふき ぞ わつ らふ
と うちす さみけ るに、 此尼 さばか h- 物 さわがしく 走
b あ, 9 つるが、 何とて か 聞 けん、 板 をな げすて ゝ、
月. V6 もれ 雨 は と まれ と 甲レ ふに は
とつけ て 侍りき、 さも ゆうにお ぼへ て見盡 しかたく
侍りし かば、 かの 庵に 一 夜と ま, 0 て、 連歌な として
侍. 9 て、 曉 かたに 此 つれたる 僧 かく
心す まれぬ し はの 庵 かな
と 侍,^ たるに あるし 又
都の みおも ふ 方に はいそ がれて
と あり、 又 かの 普賢 菩薩の 相 を 現 はして 白 象に 乘り
て 去れ.^ とい ふ 事 を 江 口の 謠 曲に 見 ゆ、 此江 口の 謠
曲 も 古き 物と 見 へ て、 一 休 和尙の 狂雲抄 に、 江 口の 勾
攔を 見る とい ふ 詩 有りき、 さる ゆへ にや、 江 口と 山
姥の謠 は 一 休の 作れるな b など、 世に はいふ めれ ど、
狂. お ム抄の 詩 を 見れば、 一 休ょ.^先にぁ..^し謠ものな
るべ し、 かれこれ、 あはせ 思 ふに、 いづれ 古き 跡な
るべ し、 日 も 山の はにかた むき ぬれば、 堤った ひの
道 を 急ぐ に、 道の I? に 石 表 あ b、 是 よ.: > 天祌 橋まで
七十 五町、 天滿 橋へ 七十 二 町、 京 橋へ 六十ん 町、 但今
市の わたし あ. 0 と あり、 聊 にても 近き 道よ からん と、
今 市の 渡し をと ふに 舟 はるか 向 ひの 岸に あ ひて、 こ
なた よ は 出さす とい ふ も ほ. Q なく、 もとの 長柄の
渡しに 立 か へるべく、 日も暮 はいか 3- ならん と 心せ
きつ、、 南 大路 逆 卷橋本 ゆ 田野 村 一 番新家 杯い ふ 村
々 と も 足 を空 に 急 ぐ 、 入 :《 の 影 は 雲 にう つろ
ひて、 所々 の 野 飼の 牛の 吼 ゆる 聲も 恐ろしく、 柴村
とい ふわた b に は 晒の 布の 白く 引 は へたる も 興 あれ
ど、 長柄の わたし こさぬ ま は 心 も 心なら す、 行く 程
に、 はや 三 またの 河の ながれみ つかしら 毛 馬の わた
h- の ほど を もこ へ て 斬々 渡しに つきぬ、 日も暮 ぬ、 は
や 舟に 乗れと いひし 渡 守の 事 迄お も ひつ ゝく、 池 田
蓑の 若葉
町の わたりに て 日 くれた, 9、 け ふ は 道の 程 もての 外
に 遠くして、 三飧 してた ると いひし 莾 蒼の 類に あら
や、 從者も 困し たれば、 天満の ほと..^ の 市に 物な ど
めして、 旅の 宿りに かへ.. >、 猶 夕餉の 箸と りて 枕に
よれば、 街に めくる戌の時の鼓打っ聲4^^き,9なり0
長柄の わたしに て
つくる と はき、 しながらの 橋 柱
ふ, 0 ぬる 跡び ノ 名- j そ朽 せぬ
五日 過 源 立 寺
新 蒲 佳節 步晴 沙。 長柄 長 流水 一 涯。 古渡 得 船何處
至。 僧房 逢着 杜 m 花つ
紫の 雲と みて し をた つねき ぬ
妙なる 法に あ ふち さく 比
中島 松林
桑田 野外 隔搶 溟。 兄弟 原頭 急鵲 鴇。 落 落 長 松蟠地
上" 千秋 萬古數 株靑。
江 口 妙妓墓
行尋 江ロ訪 孤墳。 麥浪 松濤 處處 聞。 猶有 石榴 花自
發。 似君當 H 絳羅 裙。
古への 江 口の 宿を尋 ぬれば
八十 九
I* の 若 IL
雨 降らね ともぬ るゝ釉 かな
廿日 0 陰 小雨 難 波の 御堂の 御座 敷 見ん とて 行
く、 御堂の 役人 原 田 瀨兵衞 なる もの 案內 して、 一間
なる 所に 入れば、 襖に 山水の 書 あ b ヽ 雪 舟な b と 云
ふ、 雪 舟に は ある まじ 雪 舟 流の 書なる べし、 虎溪の
三 笑な ど 三人の 笑める さま 各 見所 あ. 9、 次の間の 襖
は 草花 を 書け.^、 極彩色に して 金范の 色うる はし、 牡
丹 、社お、 萩、 薄、 桔梗、 芙蓉、 菊な ど を ゑ かく、 柴垣 は
金笵 にて 高く 置 上た, o、 狩 野三樂 筆な, 0 とそ、 此 外の
問も疊 はみ な あげ をき て、 In, 障 子 立 込 たれば、 さた か
にみ わかす、 浴室な ども あ 、庭に お h- たちて 見る、
沓 ぬきの 石大 にして 數人を 座せ しむべし、 石の 手水
鉢 また 大な. o、 石の 井 も あ, o、 垣 をへ たてた る 門 は、
御門 主の 御 逗留の 間 は 唐門 をと b たつれ ど、 つねに
はた、 み 置と いふ、 垣の 內は 庭に 石 また 多し、 泉水に
石橋 か、,.^ 石 灯 燈三ッ 計た てり、 火 ふくろに 獅子 二
ッを 彫れる も ありき、 石の くぼく 成た る も ありて 水
を堪 たる も 興 あ. o、 松樅模 など 多し、 蘇 鐵ニ本 殊に
うる はし、 梅 又 並 ひ 立て.. >、 冬 靑樹と 梅に 連理の 枝
あ b とい ふ、 めぐ b の 高き 石垣の 土 居に 上 て みれ
ば、 座 摩の 宫み わたさる、 蚊 子 樹を植 て 垣と せり、
牝土居 を 築きし とき 山 土 を 多く はこ ひし を、 ある 老
翁の 見て、 五十 年 もへ たらん に は、 蛇 多く 出て 御堂
に參る ものな からん、 山 土の 古/、 成.^ し は 蛇 多く 出
る ものな, 9 とい ひし かば、 山 土 を 扮て眞 土 を もて 築
け,.^、 去 故に や 今に 草 ふか けれど 蛇 出る 事な し、 其 一
外の 蟲も又 少しと かたる、 if&l の 巢を掛 し 木な とも あ
り、 此 書院の 前なる 石の 手水 鉢に 銘 あ,..^、
正 保 三年 一
椀屋 久右衞 門
寄進 』
十二月 九日 一
と あり、 此椀屋 久右衞 門 は、 松 山と いへ る 遊女に な 一
じみて 身 を 果せ.^、 世に いは ゆる 椀久な b、 長さ 七 一
尺 四 五寸巾 三尺 餘 とも 見 ゆる 四角なる 手水 鉢な り、 J
夫よ, 0 もとの 書院に かへ, 9、 對面 所の 方に 行て みれ 一
ば、 廊下の 庭に 菩提樹 あり、 實を むすべ b、 高野山:
にある のみに て、 外に 少なき 木 也と いふ、 本堂 は、
此度修 覆く はへ て 足代と 云 ふ 物 を かけ たれ は、 本尊 -
はみ な對面 所に 移せ. >、 越後の 國 より 納 しとて、 髮!
の 毛 もて 綱に せし が ニ卷計 あ, o、 白髮 など もま じれ
り、 かの 大象 もよ くつな かると いひ けん、 女の 髮も
あ h- ぬべ し、 此 堂の 建ちし は、 今年よ. 0 九十 七 年 前
にして、 ことし 始て 修理す とい ふ、 火災 をまぬ かれ
たれば、 古き 家作り なり、 玄關の 前の 石の 手水 鉢に
彌漫 といへ る 文字 を ゑれ り、 まこと や、 今朝 寅の刻
より 外の 刻まて 道頓 堀の あたりに 火災 あ..^ て 銅 ふく
家に 近し となん。
廿三 yo 晴 からく に、 渡さる へき 銅の 數々、 舟に
積て 安治川の 邊. 9 にある を 行て かう がみん とて、 銅
を拖 マる 所の 者 を 具して、 南 本 町 五丁目 を 出て 西橫
堀の 川なる 信 濃 橋の もとより 舟に 乘れ, o、 御用 船と
い へ る 幟 をた つ 、 西 橫堀を 北 へ 行き 京 堀 町 を 西 へ 折
れば、 數々 の 橋の もと を 行 過る に、 岸に のぞめる 家々
G 攔に、 草木 をう えて 蔦な どの か ^たる もみ ゆ、 石
梢 花の 盛なる が 岸に 望める も 多し、 茂 右衛門 橋の 元
よ b 江の 子 橋 を 過ぎ 新築 地 をへ て、 崎吉橋 を 出れば
向 ひの 岸に 舟 番所 あ h> 、舟の 簾 を か、 けて 過つ、、 所
謂 安治川に 至れ. o、 是は貞 享の比 河村瑞 賢と い へ る
人、 命 を 請 玉 は.^ て 新に 堀て 水害 を 除し 新 川な 、畿
ま Q 若葉
內治川 記に、 二月 十 一 日 先 於 九 條嶋起 役 直 鑿 島中
以開 一 道 新 河 自九條 及 福 嶋袤絢 一 千丈廣 三十 餘丈使
河流 直達 于海此 昔 治水 始 於 冀兗之 遺 意 也と い へ る
は、 此 所な. o、 安治と いへ る は 瑞資の 異名な h- とぞ、
川廣く 水流れ て 中々 人力 を もて 堀し とも 思 はれす、
橋 ぁト丄 女 治 川 橋と 云 ふ、 愛に 數十艘 の 舟と も か、 れ
b 、四 五百石より 千 石に ちかき 舟と も、 眞帆片 帆に 引
あけし 帆柱 は、 林の ごとく、 檜 垣 舟な とい ふ も 見 ゆ、
爱 にて 彼の 銅 積 入た る 舟 を かう かみ 侍. 9 しに、 備前
の 兒嶋の 舟 を久吉 丸と いふて 四百 石 積 也、 又威德
丸、 寳 光丸、 繁榮 丸、 とい へ る は 何れも 五百石 積の 船
にして 肥後國 川尻の 舟な りけ り。 是ょ, 0 長 崎 迄 行 海
のみち やすらか にして、 波 を あけす とい ひけん、 古
ごと も 思 ひ 出ら る、 土 佐 日記に、 海賊 を 恐れし など
同日の 論に あらす、 右に 舟 番所 あり、 傳法 川に 分る
、川に 洲 有て 橋 二 ッ掛れ り、 勢 田の 梭 みる 心地す、
度 分 橋と かいひて 長き 橋な, 9 しが、 近き 比 はしの そ
こな はる、 を 厭 ひて、 川の 中に 洲を 築て 橋 を ニッ掛
ると いふ、 左 は瑞賢 山に して 松の 林 高く 見 ゆ、 是ょ, 0
海の 方に 出た らんに は、 一の 杭の あた b 近 か、 るへ
九十 1
く、 かの 難 波 江の 名に お ふ J!^ 標な るへ けれど、 公事
の 限. 9 あれば、 もと 來. 9 し 川の 方へ 歸る、 左の 方に
芝^の 櫓め くもの 見 ゆるが、 今 は 休て 靜 な..^、 西の
方なる は 古くより ありて、 東の 方なる は 新しと いふ、
西の方なる 芝居の か へりに 安治川の 橋のう へ にて、
いさか ひものして 人 を 川に おとせし とい ふ、 雁金 文
七 か 事な どくづし いで、 語る、 船 番所 を 過て、 江の
子 島に そ ひ 1: 波^にい る、 右の 方に 高く み ゆる ft^ ぶ
き は廣敎 寺なる ベ し 0
あしの 若 葉 卷ニ之 下
廿 八日。 晴 住吉 御田の 祭 見ん とて ゆく、 今宫村
の あた. 9 に 赤 き 蓮の ける を 鉢 に 植てひ さく 家 あ
b 、唐 蓮と い へ る 札 を 立つ、 天下 茶屋 を 過て 石橋 を 渡
-9 て 左の 方 畦 道 を傳ひ 行けば、 辻に 石の 閻魔の 形し
たる もの 建てり、 賽餞 箱に 地蔵尊と 印せ り、 十五 經と
やらん いふ 物に、 閻魔と 地藏は 一 體也 とい へ るに や
もとつ きぬらん、 聊 なる 坂 を 上れば、 左の 方に 天満宫
た、 せ 給 ふ是住 吉の奧 天神な >o、 かたはらに 觀世昔
の 堂 あ. o、 これ Ik 神の 御 本地佛 なるべし、 愛 は 小高き
所に て 四方の 山々 見渡され 田畑の 詠め 遠し、 夫よ. 9
南の 方 道 を 行て 左の 方に は 堂 有..^、 三千 佛 堂と いふ、
此 あたり 萩、 薄 多し、 秋の 比 思 ひやら る、 ちいさき 溝
の 橋 を 過ぎて 門に 入れば、 大海 神の 社 あ. 9、 此 社に 古
き 手水 鉢 あ.. -、 慶安 年中の 物な らんと、 浪花の 梅と い
へ る 文に 記せし ゆ へ に、 何處 ならん と 見る に、 社の 右
の 方に あ b 年號 定かなら す、 愛に 住吉 おど..^ とい へ
る もの、 け ふ を はれと つど ひて 赤き 長柄の 傘 を ひら
き、 其囘. 9 に 十人餘 b 赤き 絹 を 笠の ふちに は, 9 置て,
赤 前垂して 團扇を もち 拍子 取て かの 拿の 囘. y をめ ぐ 一
る樣、 常に 市中に 見し にも まされり、 神宫 寺の 方に 人
あまたつ どひければ、 後の 門よ b 入て 見る に、 東の 三
昧 堂の 前に 田樂 法師 , ^樂 法師 は 泉 州 大津ょ b 來る;
と 名:.^ 11 會に 見えた.^) のさ 、ら竹 をなら し、 刀 玉の-
刀 を さ、 げ、 m 樂の竿 を さ、 くるに 社家の もの 笛吹 一
き 鼓 をう つな ど、 古き 事と 見 ゆ、 住吉の 本社 修理す る:
とて、 一の 社、 二の 社、 三の 社、 四の 社と もに、 本社の
前なる 北の方に 長き 尾た てつい けて、 假に 移らせ 給
へ h- 、神主 津 守の 何某 は、 御田の 前よ. 9 御所車 を 下り
て、 藁く つ はきて 求れ b 這 p^sx 、左右 の 從者先 を 一
行お ふ、 粧 いつくしく 見 ゆ、 良 あ..^ て 五 人の 植女、 萠ー
黄の 生絹 を 千 早の ごとき 物 をき て、 赤き 袴に 花 笠 を 一
頂き 面 を 覆て 出來 り 、本社の 假屋の 前に 蹲る、 一 の 社 一
よ. 0 はじめて 四の 社に いたる 迄、 假屋 の翠簾 次第.? 一
第に かゝ くる ほど 笛つ ゝ みの 音 聞 ゆ、 人々 むれ 重 ひ
て 足 をく はたて 立 こみ たれば さた かに 見へ わかす、
是ょ b 植女 は、 松原の 南の 方なる 御田の 邊を めぐる
といへ- 9、 其 わた b にも 人み ち-/^ たる 中に かつぎ
鼕の 若葉
着た る 女 三人 計た て, 9、 從者 あまた 見えし は 良家の
V 、よる y しかつ さは 薄 怖 色の 羅 衣に 櫻.^ 染く 公り as こ 5^
ゾ々 なる へし KJ き 霞 引て 子 持 筋の もく み ゆ、 おび 一
敷て 小 竹筒 わ- 9 こ 取 出た る も 有り、 さながら 一幅の,
金屏風に かける 土 佐鎗を 見る がごと し、 又神宮寺の_
僧(此の法師も鐵漿っけてゅゝしき法師也)ぃかめし_
げに先をぉはせ、列を正して神前にむかふもぁh^、又ー
は 甲 胄 して 巾 を 頂き 薙 刀 をつ き 高 足 駄 はきて 出來
る、 陣笠き たる 足輕 長き 棒 を 持て 走. 0 囘る、 御田 植のー
後に 足輕 左右に 分れ 棒う ち 振. 0 て 戰ふ事 あり、 是神ー
功 皇后 三韓 を 打 給 ひし 事 を 表せ とぞ、 其 わた .olij
人々 立 込た るに、 一 所の 座 を も ふけて 人 を拂ふ は、 町 一
奉行よ して 與 力の もの を 遣し て 非常 を いましめら 一
る 、所なる ベ し、 まことの 植女 は、 の 乳 守と いふ 所 一
の 遊女、 うられ 來る 年み ちて 從 良すべき もの 此 神事 一
を つとむる 習 ひな b とぞ、 すべてけ ふ は 萬の 事 委數ー
見聞な ば、 古事と もなる べき をと もな ふ 人の 心 を は.
か, り從 者の あやまち もや あらんと、 そこ こゝと 見す 一
くしつ ゝ かれい ゐ あさる 事の み 急き 立歸, 9 ぬる、 な 一
み/^ の 中に 打 交 ぬる こそ、 見る めな きすみ よし;
の 恨と なれ 0
九十 三 i
1 1 暴の 若葉
六 r: 四日 o 晴 o 唐土に わたさるべき 赤金、 長 崎に 行
舟に 賴 たるが、 難 波の 海の 沖の 方よ, 9 七ッ 目にあた 一
れる、 み をつ くしの 側に つなげる を改 ると て、 西橫堀
とい ふ 所信 濃梳の もとより、 御用 船に 乘.. H 打く 道す
がら、 川口の みふね 屋の前 をす ぐ、 きの ふ 御船手に 屬_
す; i 二人 g 械献, に案內 して、 みくらに おさめら
る、 御船 見ん 事 を 乞 ひしに、 今日 巳の 時計, 5 に來 る-
べ きょしい ひお こせし かば、 船 を 御船 星の 門に 止め;
て、 名刺 を 通 すれば、 人來. 0 て 愛よ. 0 あが. 0 給 ひねと. 一
いふ、 ほ^ 氏 先に 立て 御船 屋の內 に 入る、 御船の へ
に 階た て、 のぼる、 みふねの 數々
浪花 丸 は、 正德の 比、 朝鮮の 信 使 來聘の 時 愛よ.. HM
まで、 信 使の 國書 をのせ ゆく ために、 新に 作らせられ;
し 御卅な ぞ、 上の 間 は 金 張 付に て 圖書奉 案の 御 一
間と い へ る 札 をた つ、 次の間 も 同じ 襖な り、 格天井 あ
り。 土 佐 丸 はみ つきの 將軍 家の 御 時、 土 佐の 國 守よ
. -獻 上せられし 御船な. -、 上の 間 は 床に 相生の松 を
畫 けり、 上げ 疊 あ,^、 IP 次の間 は 菊、 次の間 は 櫻な!
b、 二階 あ. 9:^ 丹の 繪の澳 あ- 9、 上下 共に 格天井な 一
bo 紀伊國 丸 は、 南龍院 殿よ. 0 獻上 あ. 0 し 御船な b 、一
I ^—呷
上の 間の 床の 精 は、 帝 鑑の圖 とみ ゆ、 樓は松 櫻に 廚子
ある もめ づ らし、 格天井 は 山水の 墨繪 なり、 次の間 は
雪の 梅に 鸚鵡 嬰舒怀 のから 鳥の 盡な h -、 二階の 二 間
は 桐に 鳳凰の 書、 欄間の 彫物に 山鳥 有 h- 、三の 雛 を ひ
き ゆ、 其た くみなる 事 生る がごと し、 据 子の 花の ごと
きもの を 彫れ,. y、 次の間の 欄間 は 松と 白梅と 山鳥 を
彫た, o、 格天井は竹のすぃがきに菊の綺な,.^、 二階
のの ぼ b 階 子 は、 墨 塗に して 唐草の 蒔 緒 あり、 階..^
の 下に 厠 あ, 9、 疊 しきて 襖に 山水の 繪 なり、 すべ て
柱に 葵の 御 紋の薛 縫 あ h^、 下の 方の 御紋は 櫻の 御紋
なり、 いかなる 事に やと はま ほし、 船の 舳の 裏の 方
に大 なる 孔雀の 彫物 金箔に て 濃た, o、 川に うかぶ 時
は 水に 映して 麗しと いふ、 見る 所の みふねの 內此御
li に まされる 美麗なる はなし、 凰 M 九 はみ つぎの 將
軍 家 御 上洛 まじまし ける 時、 川口よ.^ 海邊 迄め され
し 御船な り、 今 は 修理く はふる 事なければ 古びたり、
船の 作り も 海 舟に 似て、 外面 は 前のう る はしき 類に
あらす、 船ば たいと 高ければ、 長き 階 子 さしての ぼ
る、 上の 間に 上げ疊 あ, 9、 ぼ g 破 桐に 鳳凰の 繪、 水
仙、 松に 鶴 等な. 9、 次 は 草花、 次 は 松の 緒 籠の 中に か
へ る 鶉の 書 あ. 9、 寬 永の 比鹑を もて 遊し 事、 諸 書に 見
へた, 9、 その 側に 古 土 佐 丸と いふ 御船 破れて、 舟屋形
のみ あ, 0 庫と 龍と を ゑが, 9 け. o、 難 波 小 早、 伊豫 小 早
などい へ る あ 、みくら 町の 池の 中に ある 御舟 は、 や
ぶれ たれば、 修理く わ へ て 出し 置る 也、 外面に 圑 扇の
形 扇の 地の かた 蒔 給した る 見 ゆ、 中 土 佐 丸と いふ 舟
な. 9 とぞ、 此 御舟 屋 にある 舟 はこれ のみな. 0 とい ふ
に、 暇 乞して 出ぬ。 見ぬ 唐土の 飛 雲 蓋 海 は らす、 古
へ の寵頭 鶴首と い へ る も 是には 過 じと ぞ思 はる、 門
邊ょ b 又 舟に 乘て 安治川 を 西 へ 、蘆 分 橋 を 右に、 波 除
山 g§ 山 を 左に して 漕 行きし に、 岸の あしの 葉風に そ
よきて 夏な き 宿の 心地 せらる、 願 はく は 浮 家 泛宅を
つくらん とい ひし も 難 波 わた. 0 の 夏なる べし、 岸の
邊 b にみ をつ くし あ bo 大阪 安治川口 水 尾 木 幾番式
杭とかけ..^、 沖の方ょh^かそへ て 一 番 二番と はい へ
ると ぞ、 七 番の水 尾 木よ. y は 海面な り、 向 ひに 見 ゆ
る 山々 に はむ こ 山、 甲 山 ゆつ h- はがたけ 一 の 谷 二の
谷 あかしが たまで たい 一 目な. 9、 こ ゝに觀 世 丸と い
ふ 舟め, o、 け ふ 銅 をのせ しは是 なり、 七 百 五十石 積
の 舟に して 五 年つ く,. > な ,5と いふ。
, IF の 若 菜
入江よ. 9 難 波の 沖に 漕 出る
度 分 小舟 風ぞ凉 しき
と ひと. こたる、 かへ. CV はさ かさ H- に 入 hN、 專 法の
川よ, 0 蘆 分 橋 をいで、 安治川 橋の もとよ,^ 橫 堀に 入
てか へれ^^ズ六月九日記)
舟 下 安治川
一 鑿 新 河 九 島 間。 松風 吹落大 江灣。 蒹葭 日長 三津
水。 彩 翠晴開 六 甲 山。 侵 岸 人家 隨 曲折。 浴 流 童竪
下 潺湲。 匹夫 功業 侔神 禹。 萬 里 帆 檣往又 還。
これ はさつ き廿 三日 安治川に て 作れるな り、 こゝに
書つ くず S
十三 日 0 陰 十四日 は 難 波 村 牛 頭 天 王の 祭な.^、 難
波鑑に 云、 六月 十四日 難 波の 宮に まうて、 御 湯まい
ら する 計に て、 神輿 を まつら や、 昔 は 平野 明 神 を 上の
宫と いひ、 當祉 をば 下の 宫と いひて、 さかへ 給 ひし 時
は 神輿 を 出し 祭- *^ ける よし、 今 は 神 さびて その さた
もな しと 云々、 け ふ は 夜宮 也と 思 ひて、 心 齋橋筋 を
南 に 行き 道 頓堀を 過て 大黑 橋より 右 の 方 住 吉 橋 を 見
やる に、 挑 灯 立なら ベた る さまめ づ らし、 夫よ 畑
道 を傳ひ 行に 藍と いふ 物 所せ きまで 植 置ぬ、 瑞龍寺
九十 五 I
まの 若菜
のラ しろの 方 難 波 村に さし 入に 挑 灯 を 出し 置. 9、 家
家の 軒に 挑 灯て らし 小間物 瀨卢 ものな どひ さく もの
兩側 にみ て,.^ 皆 池に むしろ 敷き、 又は 見 世 棚 を 出せ
る 也、 冷水うる もの 蜜 か 砂糖 を いれての ましめ、 南蠻
//^とよぶ は 江 戶 にて 蜀泰の 事な. 9、 神前に 神主 別
當 などみ ゆ、 神輿 新に 修理 加 へ られ しと 見えて、 金物
の 光,. y 目 も あやな. o、 常の 神輿 は、 隋 書の 玉輅の 制に
綴以鏡 子と いへ る 事に 本 づける にや、 多く は 鐘 をつ
ら ねて 飾る 物なる を、 此 みこし は 瓔路の ごとき もの
を垂 た. 5、 (按心 齋橋筋 本町邊 にて 作る 所 神輿み な此
の ごとし) 右の 方に 神樂堂 あ. 9、 巫女 は 白き 淨衣を 着
て, きね がつ いみの 昔に 隨 ひて 舞 ふ、 其 舞 ふ 形江卢
にお,; り、 鈴と 御幣と を 手に 持て、 左の かたよ.^ 右の
かたに 一 遍、 又 右の 方よ.^ 左の 方へ 一 囘. 0 して あわ
せて 三め ぐり 也。 左右 左と 云 ふ 事に や、 歸 b 道 は 西
の 方の 畑 道 をた どり、 小き 流れに 添 ひ 行く、 夕顔の
花 心地よ けに 暌 たる は、 所謂 木津 干瓢 をつ くれるな
るべ し、 かの 先に 見し 住吉 橋に か、 れは、 兩 側の 欄
干に 提灯 高く か、 げて、 御 神燈と 書き下の 方に 若 中
と あり、 江 戶 にて 若者 中と かける に 同じ かるべし、
九十, パ ,,
すべて 祭 ある ごとに、 童べ 等は棑 縮緬の 禪 して 腹が
け 襦袢、 又は 袖な し 羽織 を 着て、 細く 長き 挑 灯に 御
神燈と書き、上に榊葉4^?てなど切かけ、下に鈴を忖長
き 竿 lii て にか、 げて持 行なり 提灯の 上の か はに. 橫
に 其 社よ. 0 出る 御札 を はれ. 00
十五 日 。陰 けふは三津八幡の祭な,^?'、 よべ ょ^^
人つ とふべき を、 十四 :0 の 夕つ かた 雨降りければ 參
る もの まれな, 9 しと ぞ、 茇は 島の 內と いふ 所に て、
うかれ 女の ふしと なれば、 例の 花 を かざし、 色 を あ
らそ ひて ね h- 物と かやい ひて、 大路 をね り あ b き
しと ぞ、 今年 はか、 る 事 もな し、 京の 祇園 會な ども
山餘 のみに してね b 物な しと 聞く、 下 村の 見 世 $ の
あた. 0 幕 打 週して きらきらし、 され ど 家々 に 挑 灯 を
出せる のみ 也、 細く 長き 挑 灯 を 童べ 等の か、 け來る
は、 牛 頭 天 王に 同じ 、八幡宮 は 修理 半に して、 假屋に
います 御 神寶の 鞍の 上に、 鐘の ごとき 物 を 袋に 入れ
てた て、 御酒 を備へ 傍に 刀 二三 柄 あり、 鞍の 御紋橘
f、 家々 にたつ る 挑 灯に も 橘の 紋 多し。
三津寺 筋に 三津寺 あ, 5、 古義 眞言 宗 にて 大福 院 とい
ふ、 庭に 大 なる 楠 あ- 9、13§近 比の 火炎に 燒て木 計.^
あ b 、木 を 其 儘に 彫て、 如意 輪觀 昔と 地藏 菩薩 を 安置 j
せり、 側に 例の 百度 石と いへ る 表 あ. 9、 境 內に瑜 伽 一
權現 I- いへ る も あ.. ^き。 一
十六 日。 陰 _ ^晴 阿波座 掘なる 常 元 精舍に まか, 5 一
て 歌よ みなとし ける が、 あるじの 法師、 け ふ は あっさ 一
もた へがた く 侍る、 難 波 橋の わた,. M ほしから まし、 折;
から 遊山 舟の 漕 つれてう かれ 出る さま、 花火の 光, 9 一
輝き わたる さまな ど、 あづまの つとに 見 をき 給 ひね:
かしと いふに、 いざな はれて ともな ひ 出つ、、 西橫;
堀の 岸 をった ひ 行けば、 くす し 馬 田 氏 舟に あ. 5 てよ 一
ひ 入れ-.^、 小 竹筒 割 子な とまう けて、 みさかな に は 一
何よ けんと もてなせる もうれ し、 ゃゝ あって 雲晴、 月 J
あざやかに 立 こむ 軒の 間に 見 ゆる を、 そい やと 悅びー
指さし っゝ、 大 川に 漕 出て 難 波 橋の もとにつ なぎ か;
、.o ぬるに、 屋 かた 漕 つれて ある はうた ひ絲 ひき、
或はつ -5- みう っ聲 なと かしまし きまて 聞 ゆ、 橋の 上 j
に は 佻 灯 多く 立 並て 澤渴と a の紋 付し は、 今宵 御望 一
の 祭の 夜宮 なれば な,.^。 篝と云 字の 挑 灯 をた て、 お *
ど. 0 さはく 舟 も あ .0ヽ 篝を燒 く 乘舟も あ. 9、 竹 立た 1
る 舟 も あ. 9、 皆此 祭に よれる なるべし、 花火 こそお
輋の 若葉 i
かしき 物 なれ、 深山の 照射 か あまの たく 火 かと あや
しむう ちに、 小 車の 輪の くるくると 週る も あり、 又
は 春 日 野の 飛火 かと 見る 計 {仝 さまに あがり 持 行が、
暫く ありて ぬきみ だる 珠 とち, 9 くる は、 かの 鮫 人の
淚の 滴る にもた ぐ へつべし、 故鄕 なる 兩國 橋の もと
のけし き、 三ッ 股の 洲に賑 は ひし 昔 迄、 そいろ に 思 ひ
つ ゝ くれば かき なく 遠き 听 にか ゝる ながめす る 事
よと、 さすがに 心細き を 夜 もやう^^ ふけ 行に や、
に 連る 灯火の かけすく なく、 汀にた^ よふ 舟 屋形も
ちh^ち,c^にこきゎかれて、彼の堀川の翁能M、が思在ニ
九 衢人定 後, 長 風 吹 送 一川 秋 といへ る 句 も 思 ひ 出ら
る、 あかす か へ.^ みかち に模 をと き 舟 さし 下せば、 難
波 橋の 上の 行來 もまれに して、 ひや ゝ かなる 風 は 水
面に 來り、 澄 渡る H: は 天心に 至る ベ し。
舟留 ていつ か 又 みん 難 波 江の
度の かりねの 短夜の 月
浪花 江泛舟
薰 風解 續 浪花 江。 }^ 滿圓方 酒 滿缸。 雲影 欲 隨仙侶
集。 月光 偏與玉 人雙。 千 竿 戯呈烟 火。 一 曲繁紘
起 翥艘。 二十 四 橋應此 地。 吹蕭誰 倚^ 紗, 窓 0
nnnni 九十 七
兼の 若葉
十七 曰。 晴 御 靈の祭 みん とて 高麗 橋の 西の方な
る 市 店に 入れば、 行き かふ 人娠 はし、 折々 何やらん
とよみ あ へ る を るに、 頭に 色々 の か つらき て、 手に
何やらん 持來, 9 て. -, さかが ふ 事い ひもて あ b く は、
俄と いふ 物な..^ けり、 あつまの かたに も 玩ふ事 なれ
ど、 愛 は 都の 手 ふ b も か は, o、 今樣 のす かた を だに
わ ひため ね は、 耳^いた る もの、 絲 竹の 聞に なら は
ぬが 如し、 や、 あって 鼻高き 面 着た る 猿 田 彥の神 • 取
に乘て 渡る、 龜 井隱岐 守の 御内よ b 婧 もてる 士を
出して祭.,^をたすくべく、 佻 灯 萬の 調度に 澤 浪の软
ある は、 此 神の 紋 にや、 御霊の 社の 地 はもと 龜 井家
の 屋敷の 跡な. 9 しと ぞ、 別 當神生 神輿 二 座に 渡らせ
給 ふ、 いかきに 長く 柄 を 付て 赛錢を 乞 ふ 物 あ h^、 江
の 祭に 神輿に 錢を 投打 さまと は 異なり、 :n も暮ぬ
れば大 川の 橋 を 波,^、 鍋 嶋の大 守の 藏尾 敷の 前なる
河 山; に 茶店 あまた 床 をなら ベた るに 休みて 凉 をと る
遊 出船 花火な どれいの 事な .9。
廿 =。 晴 未の 刻す くる 比、 ; 牛野屋 にい さ ♦ な はれ
て、 5^ 田 氏と 共に 津 村の 御堂に 入 b、 襲明閣 にの ほ
.0 て凉を とれ. o、 南 は 紀の路 山 高く 聳へ、 西 は淡路
九十 八
島 一 の 谷む こ 山 甲 山な とつら な.. >昆 ゆ、 北の方 は: 霧
のこめ たれと 山々 のみと.^ 遠く 見渡さる、 東の 方に
は窓ぁ,.^て、 天 王 寺の 塔 高く 林の 中よ.^ 出た るに、
向ひに重..^秀たるは金剛山なるべし、 御城 は 西北の
壁に さ へられて 見えす、 愛 を掛幅 かけさせ 給 ふ 床と
す、 かたはらの 壁に 額 あ. 9、 越後 片猷 筆と いへ る 襲
明閣の記ぁ..^、 文 長げ れば 記さす、 追而寫 すべし、 平
野屋 ひそかに 茶 巢を携 へ 來.. > てす、 む。
襲明閣 避暑
縹渺樓 中 甲 浪華。: 連山 環海 夏 雲斜。 炎 蒸乍盡 三千
界。 法^ 旁 流 十 萬 家。
三 層 香閣湧 蒼穹。 九 品 蓮 臺觀色 空。 誰 道 i^, 人無棄
物。 乾坤 盡在襲 明 中。
凉し さはた くひ も 夏の 雲の上に
雲 を かさぬ る 風の 高との
n=;v=- 馬 田 光昇
同 f ヌ^ 字 國 瑞
飛閣宜 消 暑。 披襟嘯 紫 {<H。 毫飜詞 客 雪。 座 動 大王
風。 環 欄外。 江. E 縮 鏡 中。 晚 來嵐氣 冷。 疑 迫
水 品, >n。
雲の 峯見 をろ す ほとの 端 MP 哉 同 一
山瑞鷄
さやと 口 々によぶ、 其 跡よ..^ 例の 俄と いふ もの あま
た來. 0 しか ど、 こ ゝの心 を 分たねば かひな し、 良 あ. 0
て 太鼓の 昔 聞 ゆるに、 彼 猿 田 彥の神 "i^T に乘. 5 てわた
る長轅 一 輛 渡れる は 神主の 乘る爲 なるべし、 蒔 槍の
乘物を かき ゆけ るに、 巫女の 乘れ るに や、 侍 烏帽子
素袍 着た る 物 二人 鐵棒を ひく、 弓 鎗 持る 者 引 績て榊
を 根 ごして かき 行く、 次に 菖蒲の 花 をつ く- 9 てかき
行く、 鋅ニ柄 旗 もてる 童 等な と 装束したり、 又 梅の
赤 枝と、 白 幣とを 持てる もの 二人 先に 立て 獅子頭 二
ッ來れ り、 化 脏^^ 天 王 寺よ b 來る樂 人 束
帶 して 朱 傘 さしお ほ はせ 、横笛、 簫、 第 業、 太鼓 有.^、
一二 管 共に か は. 9 を 持た しむ、 太鼓の 撥 は 文箱の ごと
きものに 納て 持し む、 淺葱返 紅の 從者 あり、 愛 は 博
勞 町の 角よ b 心齋 橋の 方に 右に 曲れ る 所 なれば 立樂
あ. 9、 跡の 方に 馬 四 ッ計引 つれし は、 樂 人の 乘れる
なるべし、 紅に て顏 をぬ りたる 隨 身と、 白粉した る
隨 身と 左右に 立ち、 童子 二人 鬚 を かざし、 ,^^と幣と
をなら び もてる 跡より、 御 羽 車 を かく 御 羽 車 は. 1 ハ
角に して 蓋 あ. o、 糾 地の 金 入のと ば.. H ハっを かけて
鏡 を かけた.^、 又隨身 二人 立て h> 、次に 神 -墘 わたる、
MMMMy 九十 九 I
条 0 若窠
信 あれ は 先 獲得の 風凉し 蜀 山
たはれ 歌 屛風裏 形 M§
戀なら で そ つ. とする ほと 吹 風の
ほに あら はる 、西の をき せん
誹諧 速 歌
たかとの に 扇 わする、 暑 哉 曉
襟に ひやつ く 汗の 帷 國
松 陰の 小 くらき 池に みへ さゐて 蜀
ね ふ b さむれば 工夫 出け. 0 曉
有 明の あた,^ は 鹿の 鳴く 所 國
露 を もけ なる 旅人の 笠 蜀
サー: 《。 晴 晚 雨又晴 仁德 天皇 稻荷明 神の 祭な h-
とて、 人家の 軒に 菊 桐の 紋付 たる 挑 灯 をかゝ ぐ、 祭
渡る へき 大路 は 埒をゅ ひみ: u,o に 人 を 通さす、 家々
の 前に も 手す を まう く、 博勞 町の 邊,. ^見に 參 りし
に、 所謂たん じ の ごとき 物に 似て、 檜 皮 ふきなる
上に、 錦の 茵五ッ 計 重ね まきて、 下に は 童 部と も 筒
おき; § 巾着て、 中に 大きなる 太鼓 をす へ、 めぐ りより
是を 打つ 音 かしが まし、 きを ひ 勇める 若き 者 ども 二
三十 人 計 此車を ひかんと て、 先に 立てて うさ やよう
笨の 若菜 .
次に きぬかさ 二 柄、 次に 神主 狩 衣き て 冠に 菖蒲の 作
花の 黑き巾 子の 前に 立つ、 次に 敏ニ柄 臺傘立 傘.:;^
刀 ; 柄 持てる もの 聲 かけあわせて 手足 ふ.^ ゆく、 あ
つまの 祭に 出る 奴と いへ る ものに 聊を とれり、 次に
神主 あやめの 作り 花 を 巾 子のう しろに たてたり、 赤
く染 たるて うちん に 菊の 紋 ある を 六本 高く か、 げ、
紅 麻の 襦神 一 ッに紙 もて 作る、 鳥 甲と いふ 物いた^
ける ものき ほひ 來る、 次に 祌舆ニ 座 渡. 0 給 ふ、 輿 か
くもの 黄と 綠に染 分た る 木綿の たす きして、 心々 に
かき 行け は、 家々 の 軒に 觸て尾 をく たき、 大路の 左
右に よろめき 渡る、 俗に 是を あばれみ こしと かいひ
て、 怪我 あやまち せん 事 を 恐る、 とぞ、 祭の 警 固し
て 町 與カ间 心 ほこ, 9 がに、 列 を 正せ. o、 祭果 ぬれ は
家々 の 前と 大路の 横町に 立 置 所の 埒 ことくく とり
はなつ、 音ら うか はし、 稻 荷の 社の わた. 9 人賑 はし
かりき、 座 摩の 宫は 夜宫 にて 段 尻 二 ッ社內 にあ, 00
廿 二日。 晴 f, け ふ は 座 摩の 宮の 祭な. 00 きの ふ 見
し 段 尻 一 一 ッは朝の內ょ,.^本町のゎた..^を引しとぞ、
道修 町よ, 0 出せる 段 尻 は 前の 柱に 銅の 寵 まきつきた
h^、 又 二 ッなるは十ニ濱のゎたりょ,.^出るな,9とて
5
未の 别 過る 比よ b 、祭 わたるべ しとい へば、 本 町 五 丁
目 何某の 旅 {i^ に- £瞧§ まかりし にれ いの 俄と いふ も
の 多く 來れ り、 大勢に て 仕組た る も あり、 又 一 人に
て 思 ひ 付て あからさまに うかれ あ- 9 く を、 諺に 流し
とい ふと ぞ、 やうく 申の 時 前に 太鼓の 昔 聞 ゆ、 大
きなる 太鈹を 巾に すへ て、 左右に 毛氈 を もてつ、 み
たるものを、ょ.^^か 、.. ^所と し、 赤き 色の 長き 巾 を
かふ .9 たる 童 ども 太鈹を 打つ、 是を荷 ふ 物 は 皆い さ
みき ほへ る 若者と も櫸 など かけし 多し、 高 張の 提灯
ニッ かけた るに 東濱と 印せ り、 神官の ごとき ものち
いさき 榊 を 手に 持つ、 次に 猿 田彥の 面き て裝 束し、 馬
ここ ct^'> 是は 六十 以上の 老人の 役な りと そ、 朝 . ^こ^ 止ハ
上に て 渡る i りくれ まて 装束して 座す とい ふ、
橢を かく、 次に 榊 一 本 を かく、 次に 平 かなる 箱の ご
とき 物に 白き 覆して かくは 何なる や、 次に 侍 烏帽子
素袍 着た る もの、 鐵櫸の ごとく 朱塗の 木 もて 作れる
棒 を 引 もの 二人、 次に 神官 冠に 淺 黄の 狩 衣き て 太刀
と 床几と を 持せ て あゆむ、 次に 夏越講 とい ふ 挑 灯 二
ッ 高く か、 げて、 黄 衣 着た る 仕 丁ら 禁裏 御撫 物の 舆
を かく、 00^ 次に 町 同心 數人 町與カ 二人 列
行す、 次に 長き 提 の 上に: K やく まの ことき もの を
けて かゝけ 行く、 鳥居より 出す 故に 鳥居て うちん と 一
云 ふ、 もとは 百計 あ hs しが 今 は 五十に たらす とい ふ、 j
又 毛 翁 あ, o、 弓 五 張 あり、 左右に 太刀と 弓と を 持せ 一
て、 神官 五 人 冠 狩 衣に て五騎 わたる、 おのく 柄の-
長き 大 なる 圑扇を もた しむ、 次に 長刀 を 先た て、 巫 j
女乘 物に 乘. =M し 渡る、 是も亦 閱扇を 持し む、 次に 白衣
にて 馬に 乘れる 物 あり、 狹箱 ニッ、 鎗三 筋、 臺傘 たて
傘に て乘 物に 乘行も 神官なる べし、 注 連 ひきし 箱;
ッ 持ち 行 は 何なる や、 次に 兒 二人 隨身四 人步 行す、
御 石講と 書し 挑 灯 高く 左右に か、 げて、 御所車 一 丽
牛 かけて 求れ. o、 車 は 後醐醍 天皇より 賜 はれるな 一
.0 と云傳 ふる は、 然 b や あらす や、 次に 社務 轅に乘 て 一
引 馬 あり、 次に 御神酒 を櫃に 入て 注 速 引て かく、 次;
に 左 靑龍右 白 龍 前 朱 雀後玄 武の幢 あり、 次に 衣笠 ニー
ッ あり、 悉黑くぬ,.^たる屋根の下に鳳凰の形を作h^ー
て、 屋の 上に すましめ 四方よ,^ 金 入の 幕 をた る、 ^一
に 神- の 背に 榊と 松と を 立て 引く、 又 衣笠 ニッ 前に. i
同し、 次に 神輿 二 座 わたらせ 給 ふ、 是を かく もの 狂」
せる が 如し、 千 歲樂じ や 萬 歲樂じ やと はやす、 外の;
神輿 かく 者に 異にして、 住吉の 神輿 を かく もの、 は
筆の 若葉
やす 聲に 同し とい へ, 9 、すへ て 祭 b 果ぬ 前に、 小さ
き 神輿 を 童べ の 舁步行 多し、 何れも 淸ら かに 作..^ を
きて 細工 人よ. 9 童べ の 方に かしつ か はすと ぞ、 段 尻
も大かたはかb來.^て祭..^を渡し町の內に作b置る
は、 少しと いへ り、 此 神の 御 软は、 鷺の 鳥の はね 打
ひろけ たる さま を、 丸の 內 にかけ,.^、 神職の 紋は渡
邊の紋 にして、 三ッ星 一 な, 9、 祭, 0 の 調度 を はしめ
大路に 立 並へ たる 提灯 まて、 みな 此紋 付た る 多し。
(六 =1: 二十 三:: Z 記)
二十 四:: :。 晴 け ふ は 天滿の 夜宮な, 9、 難 波 橋 を
渡. 0 て 右方 を 見れ は、 彼の 段 尻と い へ る 舞 車 われ も
われ もと 引 連て、 天 満宮の 方に 向 ふ、 ^inss 嫩
S ま 名. Sl1?.f し-印,;;?? 車の 上 は 檜 皮 もて ふき、 前 一 段 高
く 後 一 段 ひ く? -、 四方に 欄干 あり、 其 上に 舞子 あ.^、
太鼓つ、 みの 音 かしましき 迄 聞 ゆ、 後の方に 男と も
あまた 乘て扇 を ひらきて 是を 進む、 車の 前に は 長く
綱 を 付けて、 若き 男 多く 是を 引く、 宮居に 引 入宫の
後の方に 並へ て か へるなら、
翌日つ とに 是を 引出して、 難 波 橋の 際なる 神輿の 舟
に 乘給ふ 所 迄引來 て、 各々 出せし 所の 町に かへ る
摩の 若菜
となん、 番數 年々 に定ら す、 今年 は 二十 七番 あ. 9 とい
ふ、 番船 は鬧を 収て定 むる とい ふ、 又 市中に て 其 所の
おさな どの ゆるしな くして、 ひそかに 段 尻 を 出して
おき 者と もさ わぎ あ へ る を、 俗に 宿な し 段 尻と いふ、
今年 は 四 五番 も ありし とい ふ、 例 は 花やかに 飾りし
事な. 0 しが、 近 比 質素に な b しと ぞ、 又 北の 新地 蜆 川
の 侶 家よ..^ 風流の 衣裳 をよ そ ひて、 思 ひ/ のた わ
れ たる 姿に やつし、 名に あるう かれ 女の 出し をね. 5
物と いひし が、 今年 はなし、 よろ つ 事 そぎて 行 はる ゝ
も 近 比の 風俗 也、 橋の 上の 挑 灯、 舟の 中の さはぎ、
つ、 み ふき もの、 昔 は 耳に みち、 花火の 光. 9 は 穴 「一に
飛 あ b さま、 實に、 錦 城の 歌 吹 海と いふへ し、 興 正
寺 門跡の 內 に^る 人 あ b てと ひしに、 光明寺の ある
しも 求 b て 酒 汲 か はし 初夜 過る 比、 やと. 0 を か へれ
り、
二十 五日 0 晴 天満祭 みん と 人に いさな はれて、
淀 屋橋を 渡, 9 大江 橋の こなたなる 岸に のぞみし 高と
のに 入れ は、 東 表の 窓 北 表の 障子 明 わたし たれば、 川
風 まつ 凉し、 福 島の 方より おも かち 船 數多漕 つれて
求れ り、 其 舟の 粧ひ 赤く ぬれる 舟に、 檜 皮 ふきの 星
根して、 幕 打 廻し 吹流し 臺傘 たて 傘なら へし は、 大
名の 舟に なぞらへ る 成と ぞ、 もとは あまたの 人形 を
舟の 舳 先に 钸.^ て 來. 9 しが、 近 比よ ろづ こと そき て,
今年 は 唯 ニッ計 あ.^、 ゑの こ 島の ぬれ かみ. 良 五郎の
人形 懐 を か、 へて 立る と、 福嶋ニ 丁目の 三番 のみ
な. o、 絲 もて あやつ て、 舟の 中に てく る/^ ま は
るな り、 此 外に 人形 あまた あり、 ことし 四:: r:、 天 ゆ- i
宮 再興な. 0 とて、 同 六日より 二十日 迄、 難 波 橋 一 の
側より、 ふい こや 町の あた の 市に 飾..^ 置し を 見し
に、 此外 にも あまた あ. 9 き、
こんく わ い (4. 福 島) 木 下藤吉 (木津 川 町) 木 渾勘介
(天滿 尾 敷) 關羽 (江 子嶋東 町) 獨々 (上 博勞) 金 時
(江 子嶋東 町) 胡蝶の 舞 (江の 子嶋東 町) 玉蟲 (雜啦
場 町) 海士 (江の 子嶋柬 町) 鍾馗大 ほ (江 子嶋東 町)
與勘; 牛 (安治川 上 二 丁目) 保 名 (安治川 上 一 丁目) 雀
お 江の 子嶋西 町) つま 平 (さきよ し 町) 大淼逢
七 (戎嶋 町) 源 九郎狐 (夷 島 町) 夷三郞 (戎島 町) 武內
大臣 (夷嶋 町) 石橋 (木渾 川 町) 西 王 1^ (木津 川 町) 神
功 皇后 (木逮 川 町) 布袋 (木津 川 町) 菊 慈 童 (九條 村
町) 張 良 (寺嶋 町) 鎌足 (寺 島 町) 猿 田彥, (木. m 川 町)
鯛 (雑 喉 場 町) 天舯花 (江 子嶋西 町) 菊に まさ か- 9
(寺し ま) まめそう (木津 川 町)
なと あ, 9 き、 中に もこん くわいの 狐 はふる き 物な り
とぞ、 年々 にみ な 出る 事 はな けれど、 近 比 ことにすく
なくな た と 云 ふ、 岸の むかひの 屋敷/^ に は、 提
灯 を 高く 張た て、 家々 の软 あり、 祭の 事に よ. 0 て 市
中に 出せる 挑 灯に は、 多く 菊に まさか h '有り、 是は
まさかり をよ きとい へば、 よき 事 をき くと いへ る 事
な. 9 とぞ、 川の 中には 棚 かきて 篝 たく 所 一 一所 計 見 ゆ、
(馬 田 氏 云、 ひと、 せ 二十 五日の 夜 大風 雨に てて うち
んの光 ひ を 失 ひし 時、 筑 後の 篝を燒 て 屋敷の 前に 神
輿 をと、 め 明せ し 例に よ,^ 今 も 此の 篝 あ.^) 又 難 波
橋の 西の方に は、 神輿の 舟に 移らせ 給 ふ 所と おぼし
く、 吹貫の 旗の ことき もの 見渡さる、 舟の 中に 篝火
をた くへ き 鐵籠數 多 かけた る も 見 ゆ、 すべて 川の 南
の 岸は淺 くして、 裳 を かゝげ てわたるべく、 北の 岸
の 方に みよ ありて みふねの 過べき 一筋道 有り、 け ふ
の 沙は晝 の八ッ 時に 滿 ちて、 夜の 五ッ 時に ひるな り、
まかれ ども、 年 こ-に、 此 神事の 日 は 夜 九ッ時 まても
汐 ひる 事な く、 祌 輿の 還 御 滞る 事な し、 是を 諺に もら
葦の 若葉 1
ひ汐 とい へ る も 難 有し、 み 舟の 通る 所 を 限りて、 一 一階
舟 かう ばい 舟 又は 小 かう ばいな といへ る、 遊. E 舟舳
鱸 相 つらな,. > て 、さながら 垣の ことし、 斜先 舟と いく
る、 細長き 舟に も 尾 形^りか けて け ふ は 出る とぞ、 良
あ.. M し 四角なる 行燈 のこと きもの ニッ 並へ たる 舟來
る、 是は 神輿の か へらせ 給 ふ 時の 燈の爲 なり、 昔よ
b 白き 紙に て はれる のみに て、 文字 をた にか、 す、
神輿に 先達て 太鼓 打つ 舟み ゆ 例の 筒 長く 赤き 頭巾 着
たる もの 太鼓 を 打 出す と、 常に か はりて まと をに 聞
ゆる は 一人 ッ、 ま ぬきてう たす、 か はる/. \ 'うつ ゆ
へに かく 聞 ゆると いふ、 神輿 二 座の 舟 は 難 波 はしの
西なる 北の 岸よ. 9 乗 移らせ 給 ふ、 鳳凰の 輿 は 天神に
て、 葱 花の 輿 ほ" ル 5 珠は法 性 121? な. 5 と 云 ふ、 御舟の 跡
に 樂の船 あり、 幕 打 週して 昔 樂の聲 きこ ゆ、 天 王 寺
より 來れる とそ、 跡に 續て をむ かひ 舟 多く、 送る さま
賑 はし、 篝船 ところぐ に燒 出て、 遊山 舟の かざり
水面に みち ぬれば、 橋の 上、 川のほと.:^、 てうちん
の 光なら さる はなし、 花火 さへ. I 仝に 滿て、 絲 竹つ、
みの 音 かしまし きまて きこ ゆ、 神輿の か へら ゼ給ふ
は 亥の刻 はか b なる へし、 餘 流しの 神事と いふ は是
まの 若葉
ニ十九日晴此=„:小の月な..^、 け ふ は 住 吉の御 夏 越;
の大黻 とて、 の宿院 開口に 神 幸 まします 日な り、 _
神 おば 一 體なリ ふ、 大和ば しょて 堺の 人舁來 fe- こと t^JSMli
リこ、 ふり、 住吉の 神人 受取て 社頭へ 歸らな 給 ふ、,^ ことび 名 *ia
しの はらへ に は、 目し ろなる 瀧の もとに 行て、 詩作!
. ^歌 詠な どせ し を、 今年 はか、 る國 にあ, 9 て、 か、 一
る 事 見ぬ も 本意なければ、 晝過 るよ b 行へ きが、 M
の 事 もさ. 0 かたく 暑 もつ よければ そのけ しき だに み 一
ん とて、 申の 時 過る 比よ. 0 馬 田 氏 をと もな ひて、 御堂 一
前の 町より 木 律 難 波の かたに か、. 9 行に、 夕日 はむ 一
こ 山の かたに かた ふきて、 垣根 に^ける 夕顔 は 所得 一
かほ 也、 難波村のぅちなる^^9きもの、 挑 灯の 數三 十一
ぁま,c^長き竿の上に三階計にかゝけて、 竿の もとに 一
わくの ことき 物 を 作, 四 五十人に て 舁來れ り、 汗 も 一
しと ゝ によろ めきつ ゝ、 前の 方に 四 五 步屮: : るかと す!
れば、 又 後の方に むきて かき 行なと いかなる 事と い 一
ふ 事 を 知らす、 わらべ も 襦袢 一 ッ きて 紅の 樺 を かき、,
萬歲樂 しゃ < ^と はやす、 今宮 村よ, 0 中道と いふに 一
か、. 0 て 住吉に 至る 道す がら、 日す てに 暮 たれ は 風 一
凉し、 去年の 稻 束に 夕顔の かゝ. ^て 心地よ けに 花 M
百 四 ,
たる、 著 色の 繪 にも か 、まほし、 む か ふ よ. 9 人の むれ
來 るに 問へ ば、 神輿 はとく 出させ 給 ふとい ふ、 新 家の
町の 人家 賑 はしく、 みせ 先に 名物の ころ 煎餅、 番
椒:^ 布、 風車 竹 IT 麥 わら 細工な とならべ 、伊丹 崖 三文
字 ilH- なとの 料理 茶屋 格子 作りに て、 女と もの 打 むれ
て 客 をむ かふる も きら/ \. 'しき 物から, 何となく ひ
な ひたる さま、 江 B- の 曹司 ケ谷 社; 如の けしき 思 ひ 出
らる、 松原の 左右に は、 いろ/^ の 紋所なる てうち 一
ん 高く かゝ けたる に、 石の 鳥居よ.^ 内の 左右の 佻 灯
に 江戸 油 問屋と 書付た る、 さす かに 故鄕 のな つかし
くみ ゆ、 大阪油 問屋と かける もま じれ.. >、 社頭の 反
橋 は、 朽て 四十 年 計 もなかり し を、 今年 再興 新に な
り、 六 2: 十九 日に 渡. ^初 あり、 げに まろき 物 を、 二
ッき hs たらん 檨 にて たやすく はの ほりが たし、 登り
下. 9 の 橋の 中通りに 三角なる 木 をつな きつけて、 足
どめと す、 欄干の 際につ けさる は 欄干 を攀れ ばなる
ベ し、今日神輿も此反橋をゎた..^給ふとぃ ふ、松原の
內所々 の石燈 籠の 燈火 つらな..^ たるに、 社頭 は 修理
くわ へんと て 一 二三 四の 御社 假殿 にたてつ いけたる
に、 祌燈の 光..^ 幽な. 9、 あまた、 びぬ いづきて、 松
原 を 出て 長 峽橋を わた,.^、 出 見の 濱の 茶店に いこ ふ、
夜べ よりの 群集に つかれて、 茶 を だに すゝめ や、 す
のこのう へに あ. 5 て 見れば、 汐滿て 床の もとによ せ
くる、 海の 表く らうして 空か 水 かと 見やらる \ ま、
に、 星の 光の 見へ わかす して、 雲の 如く 横たわれる は
淡路嶋 なるべし、 汀の 蘆の そよ ぎ あ ひて、 風波る 音
のみき こ ゆ
命 あれば いづ この 里 も 住吉の
濱? にけ ふ は夏祓 せ,^
檜 扇の 紋付 たる 挑 灯 か、 げし 宿, 9 に、 酒 汲 肴 求めて、
(W 下缺)
あしの 巧 葉 卷ニ之 下 終
ilsf の 若葉
あしの ft ^ 卷三之 上
目
AJCTAJT 御茶 湯 地 =«、 鶴の はし、 國造豐 津稻牛 • 社 、御 勝 山、 漶
戶, V ト能 山. 含 利 寺、 W 阪淸 水、 初揚 水 山、 國分 寺、 小 橋
村 r> 弓 41 三. n 三番 衬、 東 光院、 4»£1 興-.^ 寺 堂 前庭 望
/も. til 二: n 天眞 庵、 iiT 月 鍋嶋侯 納中宥
戯 h^an 三 l-fcl 門 a 沙門 堂、 松蟲 大名 嫁 大和 はし、
力 月 三, r 續 ^國寺 井一 航鐵、 吹 所、 耀磨 嫁、 常樂 寺、 乳 守、
難波屋 4" 三 吉^ 市屋、 41 Udrn 天 王 寺 ノバ 時 堂 ii £ 曰
明戶, r 三 U 看 月、 1IH=-t 大念 佛會、 .P 2 B
松、
だ滿流 トし I 眷 H 出 新田 ...^ 1 巫女 町" 法 住 寺楓、 a 沙
^馬、 Jl メ 噙 一 u.*!J,ffi、 嚀 *£b &、 fit
, 食 氏 別業
門 池、 壽法 寺楓、 相 生
松、 廿三 滴 家 廿五 HIiJ き 11 十二月 五
四 賞 島 南:^ 法
ョ天王 寺 ±1 三日 薩摩 通、
日 雷.^、 せ 一一 1 日廣教 寺,
あしの 若葉 卷三之 上
七月 七: no 晴農人 橋 を 波り て、 ニ丁餘 東へ 行き、
御城 代の 房 敷の 側 をす ぐ、 此 中に、 明遠閣 とい ふ 高 ど
の あ. 0 て、 東 崖の 記 有,.^, i ぞ、 實に 浸潤 之 讃と膚 にう
くるうた へ ごとの 行 はれざる、 ありがたき ためし 成
ベ し、 こ、 に 地藏尊 あ..^、 皆 人 願 を かくる に 茶 湯を備
ふ、 故に 御茶 湯地藏 とよ ふ、 京 橋 口 御城 番與 力の 屋敷
々々、皆 士 塀な. 9、 庭の 木末に、 蟬の 鳴く 聲 など 市中
に は 聞 なれ や、 夾竹桃の 花^ける と、 石榴、?^ など 實
をむ すべる もみ ゆ、 上 本 町を橫 切て、 越 中 町、 左官
町 钚云所 を 行く に、 道の ゆくての 右の 方に、 石 をた
て、、 奈良、 伊勢 道と ゑれ る 多し、 柏 水 町 を 過ぎて、
左の 方に 石の 鳥居た てり、 これ 玉 造 豐津稻 荷 社 也、
豐津稻 生 社に いれば、 右に 御供所 神官の 家^り、 左に
天滿, 宮、 金 鬼羅、 三辨財 天の 祠 あり、 前の 池 を 白 龍 池
とい ふ、 側に 不斷櫻 あり、 観音 堂の 本尊 は、 十 - 面 観
1 昔に して 華; 德 太子の 作 也と ぞ、 後の方に は 八幡 住.
山 王の 祠 あり、 稻生 社の 前に 櫻と 松と を、 一 もとづ ゝ
植ゅ、 社の 後よ.. > 左の 方の 玉垣のう ちに、 霸王樹 あ 一
b、^ ^"ザて 一 兀の方 は 木の 形 をな して、 上の かたに つ
ら な.. >、 生 ひたる かたち いくばくの 年 を ふるとい ふ
事 を 知らす、 高さ は 一 間にもぁま.^>ぬ ベ し、誠に珍ら
しき 見 ものな b 、名に を ふ 舞臺は 社の 後に あ.. > て 、東
にむ かふ、 前に 松の木 二 本 計た て. 9、 下の 方 を 見下せ 一
ば 田畑み ち, ('て、 一 むらしげ る 木 草の 中に、 人家よ 一
き ほどに へだ ゝ, 9 て 見所 多し、 向 ふ は、 伊 駒 山 橫をー
b ふして、 二子 山と つ 3. き、 金剛 山 城の 方 迄 見や 一
、しる ゝ に、 風 は なる 水 を そ、 ぐごと くに、 け ふの あ
つ さも わすれぬ、 猶 行くて 宰相 山に 入. o、 仁德天
皇の宫 にぬ かづく、 拜殿も 竹 二本立て 絲を はり、 上
に梶の 葉の 形 を五ッ 作. 9 て揷 み、 萠 黄と 紅と 白と 靑
とに仇ポたる麻絲をたれた..^、 是 五色の 絲 なるべし、
眞 W 山の 桃の 林 を 過ぎ 小 橋の 寺 町に 出て、 池 ある 所
に 至ろ、 これ 味 原の 池な b と 云 は、 誠に や、 春の く
れ、 桃の 花盛りなる 比に、 池 水に 錦 を あら ふが 如く
武陵桃源の けしき 有と 云 へ ^、愛に 鍵、 鰻鱺を 生す に 一
してお ける 茶店 あり、 愛 は 法 花 山と いへ る 所に て產 一
湯淸 水と い へ る 泉 あ..^、 大小 橋 命の 産湯に ひきし 泉
の 若葉 ^
な. 9 とい ふ、 側に 狐 穴 あ, o、 稻荷社 あ .9、 姬古 曾の
神社 も あ, o、 徂姬古 曾の 神社と いふ もの は、 是 よ,^ 東
の方にぁ,.^ともぃふ、 神主の 家 は、 高き 岡に 作りな
して、 東西の 見 はらしよ ければ、 案內 している に、
あるし 立 出て、 是に いこ はせ 給へ とい ふ、 のこれる
暑 も、 たへ がた ければ、 立 入て いこ ふ、 此近 きわた. y
に 寂 聞 庵と いへ る あ, o、 此 庵の 主 都が たの 者に て、
此 地の ふるき あと をた \ してう つし ゑに し、 其 上に
其 事の よしかけ る を、 屛風 におした b とて 見す るに、
實に くわしく も 書記せ, 9、 神主 は眛原 氏に て、 此 所の
農夫な, o、 此 あたり 五 丁 四方 程の 地 を もて. o、 春の 比
は 桃の 花見る 人々 多くつ とひ 來, 9 て、 賑 はしと いふ、
あるじ 指さして、 むかひに 見 § る 村 は、 山 小 橋 村な
b すべ て此ぁた..^左は味生野にして、右は^^廿野也、
仁德. 大皇 皇居の 跡も此 あた b な. 9 とぞ、 山 I; 船の 舊
跡も此 わた. 0 にて、 昔 井 を ほ. 0 しもの、 石に ほ- c あ
てし 事 ありき、 折々 に、 古る き s、 又は 瓶の 類 を も
ほ, 0 出せり、 又 牡蠣の 壳 など ほり 出せ. 0 とて、 取 出て
みす、 白く. された るかた ち 地中に 年を經 たると み ゆ、
あるじ わが 古へ を 慕へ る を 見て、 S と 瓶との かけた
る を 贈れ. 9、 下にな がる、 河 は、 三 律の 小川な り、
.M に 高き 岡 有る を、 賴 光の 矢文 塚と いふ、 近き 比、
矢鏃を ほ. 0 出せし に、 源賴 光と い へ る銘 あ, りし ゆ へ
にかくい ふと ぞ、. 則此 社に 藏 あ,^、 あるじ 庭に 立 出
て、 矢文 塚に のぼり、 猶 小高き 所に 案內 して 行く、
愛に 四阿 をた て.^、 春 光亭と いふ、 四 本の 柱 は 猿す
ベ, 5 といへ る 木の 皮 付た るに、 度の か.. r ふきした る
な.. y、 竹 欄に よ.^ て、 むか ふの 方 を::^ れは、 生 駒 山
近く 見へ て、 山の端に 一 筋の 道 有 ごとし、 是 くらが
,0 峠な, 0 とぞ、 南の 方に さし 出た る 所、 一 むら 木た ち
よしある は、 名に お ふ 三 室の 山な.. > とぞ、 寵 出の 川
の 錦な b け b とい ひけん、 紅葉 も 見 まほし、 夫よ. 0 南
は、 二子 山、 金剛 山、 葛 城の 方に ついきて、 白雲 かゝ
れる さま、 繪 にもう つす ベ からす、又茶室ぁ,.^四宜庵
とい ふ 後の方に 贊木殿 あり、 八 神殿の かたわらの 榊
をう つし 楠た, 0 とぞ、 愛 は 霜 早 く,, :* て、 萩の 下葉と く
色付き、紅葉のかた枝染たるもぁ^^、門のさし入に、
杜 若の 殘 りたる と、 山吹の かへ bt^ と を 見し に、
四時の けしき 目の前にう かみて、 さながら 仙境に い
るかと 疑 ふ、 鳥の 囀.^ のど やかに して、 草 むらに 蟲.
鳴な どい ふ も、 なかくな..^、 携へ來 る 小 竹筒 取 出
て、 共に ぐむ、 日 もや、 西に かたぶきて、 あっさ も
わすれ ぬれ は、 暇 乞て 立 出つ、 まことに、 屛風 にお
したる、 此 地の 古き 跡 かきたる、 うつさ まほし く、
矢 立の 筆して うつし たれ ど、 暑さ も堪 かたければ、
所々 書う つせ. 9、 重て 窝 し 補 ふべ し、 左に^る す、
比資古 曾祌社 味 原 氏 傳記曰 當社曰 押 照 宮難波 太 神
宮亦曰 百 濟神廟 延喜式 神 名 帳 所載 東 成 郡比賣 古曾祌
萬 三
櫻 花 今 盛な,. > な この 海
をして る宮 にき こしめ すな へ
夫 木 家 持
おしてる や 海に た 口け てみ せんに も
眛 1^ の 宮に玉 拾 ふ 哉
權 僧正 公朝
梅大辻 山 小 橋 門 中に あ.^、
なに は 律に 突 ゃ此佗 冬- ) もり
今 を 春 へ と^ゃ 此花
王 仁
降 古樹の 側に 師曾 神社 あ.^、 祭神 % 道 稚郞 子と 王 仁
を 祭る、
神安國
人 王 四十 五代 I- 武 天皇 於 味 原鄕再 造國, 寺 賜 行 基
僧正 慈载和 尙國; ^寺に 住持のと き、
おさむへ きの, 9 の 山路 末 かけて
あのく たらのに 鶯そ なく
三韓 館 日本書紀 卷第廿 三 曰舒明 天皇 二 年 十月 g 中
嶋是年 致 修理 難波大 郡の 三韓 館
し、 ha.
つの 國の むろの 早稻 ひて すと も
注 連 を は そ へ よもる としる かね
ひとつ 橋 味 原 氏傳記 曰當社 御前橋 曰! 殿 橋 和歌に
は 難 波 ひとつ はしと 詠す
六帖 おしてる や 難 波の 浦の 一 つ 橋
君 を 思 へ ば あからめ もせす
味生宮 日本書紀 曰孝德 天皇 白 雑 元年 春 正月 辛? 朝
車駕幸 眛經宮
田 鶴の なく あし へ の 浪に釉 ぬれて
味 生の 宮に月 を 見る 哉
大小 橋 山 攝津國 風土記 曰 阿知須 企 山 松 杉 完料佳 也
亦出茯 i*^ 細 辛 云々 源顯仲
葦の 若葉
夫 木
つねよ. 0 も 小 橋の 山の 呼子 鳥
聲 なつ かし/、 きこ ゆな, 0 け り
三津 小川 山 小 橋村鄕 中に あ. 9
夫 木
春雨に ぬれつ、 おらん 蛙な く
みつの 小川の 山吹の 花
後鳥羽院
蛙な くみつの 小川の 水淸み
底に そ 見 ゆる 山吹の 花
大納言 師賴
御影の 神社
比 賣行曾 神社の 末社に して 味 生 原に 鎭 座し 給 ふ、 今
御陰の 神と 云な. 9、 祭神 天 採 女 命な, 9。
夫 木
味 生の ゝ玉 江の 水に みかくれ て
みかけの 原の 月の さやけ さ
味 原 池
淸峰記 曰 人 王 四十 五代 垂武 天皇 御宇 味 原 神 影 池作鏺
字形 仍名 梵字 池
夫 水
いひた え はさ- 一 そは絕 めな にか その
眛 原の 池の っゝ みか もせん
紫 式部
s 九
g の 若 葉
夫卡
今朝ょ..^は味原の池に氷ゐて
あちの むら 鳥 ひま もとむな h-
変 賴
初!^
難 波 拾遺 曰哝 原^ 有 淸泉曰 大小 橋 命 産湯 淸水 大歌 處
書 曰 玉 井
夫 木
玉の 井に さける を みれ は 山吹の
花 こそ 春の 光な, 0 けれ
胞衣 墳 社: 氷 注進 記 曰 胞衣 墳に まうて、 いわけな き
もの 、ためにぃは邊ぃとふるしぁらたな,.^、 今 は 柳
の內 にい かひのと いふべ し、
0^a± 下 i4f 尾と いひて、 旅人の 休足 所な り、 古神
社繁榮 の時此 茶屋と 上茶展 と 隔年に 社 司 をつ とむ。
揚^ マ 野 淸峯記 曰 揚^ 葉 野 者 小 橋 村
いも か髮 揚^-; 某 野の 離 駒
あれ 行なれ しあかぬ 思 ひ は
人 丸
ひとつ ふたつと 書つ くるに、 汗 も: K とい なれば、 こ
れ より 下の 十.^ 所 は、 その 名 計 うつしと いめつ、
f 波の 皇, ir A 幡山、 If 鍵、 車阪、 P,
百 十 ,
nT^^ n V お 傘: 紀、 す ァ.^ B1 雜記、 .^^.^1.
vfeH.=:- 一ぶ i 人お 一 ".-a 十 Hi nKr!iffl? ノ iw 日本 ;:!ト 一-や-核
下 小 橋. 何鄉、 sf^. 山 小橋鄉 にも ; 3; 巧 f,/ 夫 木た 35 に
中に.^り せ リ、 夫 木、 百お SH 正 窓 K、 ヲ
磐 舟、 百濟 寺、 高^ 皇居、 猪 飼の 岡、 猜 飼の
橋、 牛 頭 天 王 神祠、 三 津浦等 也
凉 しくな らん 時 を 待て、 かさねて 寫し加 ふべ きな, ft -、
山 小 橋 村の 方 を 行く、 左の かたに、 かの 姬古曾 社と
い へる ものと、 寂 聞 庵と い へ る わた. 0 もみ へ ぬれ ど、
道へ だた b ぬれば 立 よらす、 一筋の 道 を 右の 方に 行
て、 一 の 村に いたれ.^、 木 村と いふ 所な, o、 平野 川
の 流れに そ ひて C M 行々 岡 村に 入る に、 左の 方
に 橋 あ b、 これ 仁德 記に 見へ たる 猪 甘津の 橋に し
て、 一 に 鶴の 橋と 名 付く、 日本に 橋 を かけ 初し 始な
h- ともい ふ、 橋の 北に 淵 あ. 9、 これ 漁 父 淵 成べ し、
橋の 向 ひに 尾 高く 作れる 家 見 ゆ、 何 かしの かみの み
そのに やと 問 ふに 權左衞 門と い へ る 農夫の 家なる よ
し、 素 封の たぐ ひなる へし、 左の かたに 大きなる 古
木ぁ..^、 木の もとに 小祠 あり、 此 所の 鎭 守な り、 ^
萚大明 神と いふ、 御 勝 山 は岡衬 にあり、 御 代官 木 村
同藏の 支配す る 所に して、 御 林の 內に、 みだ..^ に 入
ベから すと いへ る 制札. め.. >、 松の 並木 つらな.^ て、
木末 を 渡る 風の 音 は、 凱歌の 聲を 奏する に 似たり、
岡 村に あれば 岡 山と いひし を、 かたじけな/、 も 元 和
の 時よ b 、御 勝 山と はめされ ける とぞ、 一心 寺の か
たはら なる 茶臼 山と、 此 所の 事 は 人 皆 知る 所に して、
書つ いけん も 恐 あれば、 書 さしつ、 もとは 大小 橋 命
の墳な b ともい へ り,
<$G 利 寺 は 御 勝 山の 南に あ.^、 表門 は 東に 向 ひ、 裏門
は 西に むかへ.^、 裏門の 脇なる 道の かどに、 葷酒 を
許さい る 石 建て, り、 其 道 を 東に 行き 南に 折れて 表門
の 前に、 大 なる 古松 あ b 、高さ 五 丈 計、 これ 太子 御影
の 松なる べし、 表門の 額 は 南 岳 山の 三 字に、 延寶 f 秋
日 黄檗山 木^ 書と あ. -、 門の 聯に ^地中 興 臨 紫氣宗
門 大啓起 雄 風は悅 山の 書な り、 表門 は閉 たれば、 も
との 道に 歸.^ て、 "裏 門の 方に むか ふ、 一 門 も 又 鎖 さ
ん とす、 返照 闢と いふ 額 あ. o、 禪扉を 押して 入り 見れ
ば、 佛 殿に 額 あ, o、 舍利尊 勝 寺と いふ、 木 庵の 筆な. o、
禪堂. お 堂の 額は悅 山の 筆な り、 太子 堂の 額 は 木 庵と
み §、 此寺 は聖德 太子の 草創な b しが 廢れて ゎづか
に 太子 堂の みあ" し を、 寛, 文の 比、 木 庵 和 尙に此 地
を 玉 は, 9、 延寳 三年、 悅山和 5^ 今の ことく 新に 建立
して 舍利 寺と 號し、 木; m を中祖 とす、 國分寺 は 舍利寺
の 西の方に、 天 王 寺 東門に 出る 道 也、 寺の 北の かたは
らに、 一 むらしけ る 森 あ.^ て、 鳥居た てり、 これ 元祿
三年 巖和尙 のい となみ 建る 11^ 武 帝の 御 塔な-り、
表門 は閉 され たれば 、棄門 よ 0 入 る 、佛 殿の 額 玉毫光
の 三 字 は、 隱 元の 筆 也、 H も 慕 ぬれば、 そこくに 見
過して、 天 王 寺の 東門より、 南の 方 河 堀 口と いふ 所の
茶店に いこ ひて 飯く ふ、 こ、 は 古へ 大阪の 城の 入口
な b しと ぞ、 天 王 寺の; £ 門の 前 を 過て、 一 心 寺の 前に
出で、 くす し 佐 伯重甫 をと ふ、 あるじ は 思 ひかけ す-
と もに 立 出て、 相阪の淸水のもとに至..^、 手 洗 ひ 口
そ、 ぐに、 淸 冷たく ひなし、 淸 水の 上に、 石 もてき
ざむ 藥師佛 と、 地藏 尊た、 せ 給へ.^、 古き 貌、 近き
世の ものと はみ へす、 藥師は 一 心 寺の 內 より 堀 出せ
るな り、 湯 本の 藥師 とい ひ、 地 藏は賴 政 誓言の 地藏
とい ふと ぞ、 かの 賴 政の 名 を も 雲井に あくると いひ
し, 弓 張 月 も 木末に みへ て、 合法が 辻より、 今宮難
波の jE つ いきに、 田畑 はるかに 見渡され、 木蔭に 人
家 有, 0 と 見へ て、 燈 火の 影 かすかに、 ある は 折から,
筆 Q 若菜
百 十
百 十二
, 葦の 若 In?
の高燈 籠の 高,, 、か 、げたる、 今宵の 星の かげ かと も;
見る 計なる に、 天河 左に さか ひ、 武庫 山 右に 横お, 9;
ふして、 秋の 風 冷なる 濫に 倚て 盃と b くにくみ 替ー
しつ、、 け ふ 伴 ひこし ilw 氏と、 もに 立 かへ る を、
佐 伯 氏は猶 あか やして 遊行 寺の あた り 迄 送 b 來れ:
り、 虎 溪の橋 を や, 過 けん、 紅葉の はし を やわたり け ■
ん、 足 もま どろに、 一
七夕 郊行十 首 一
靑知駒 嶺樹。 白 見 城 雲 0 共 上高臺 望 0 淸風拂 暑氣 0 一
右 救: 1!^ 臺 玉 造^. i ^飼
行 入 桃 林 下。 祧林結 子 多。 池 邊飮牛 去。 牧笛 和 樵 歌
右 味 原 池 一
先皇 曾 卜 地。 千載 仰 仁 風。 遺跡 今 安在。 茫茫猪 野中
右 偖 甘 野 一
古祠 安國 女。 自 有洗兒 盆。 一 遇栖眞 客。 相携入 洞門
有 姬古曾 神社 丄
今夕 會 天孫 C 霞爲 錦綺飜 0 春光 如 可 見 0#髴 古 桃源 Oj
右卷 光亭 譴 M „
人煙 通 古道。 星 漢屬凉 宵。 莫以維 山 鶴。 不如 鳥鵲橋
右 鶴 橋
欝欝將 軍樹。 長 傳戰勝 名。 松風 吹 不盡。 自作 凱歌 聲。
右 御 勝 山
當年 長者 苑。 千古 委荒 蕪。 豈謂黄 山賊。 來偷 一 顆珠 C
右 舍利寺
片月懸 孤 塔 。荒 陵 舉四天 0 曾遊 緝勝迹 0 步過寺 門前 0
右 大王 寺
誰言龜 井水 C 伏自 地中 至。 相 逢阪 曲亭 0洗. 塞 漱餘醉 0
右 逢阪
八月 十三 日。 晴陰 不定
三番と い へ る 所 は, 古さ^ 11 に讃 場と 書る 所に や、 其
渡りの 御寺の 萩の さかりなる べしと、 きの ふ 出た、
ん とせし が、 はしたなき 雨に さ、 へ られて ゆかす、 け
ふ 申の 下りよ, o、 馬 田 氏と、 もに 宿. C- を 出て、 淀屋橋
を 渡り 露の 天神の 宫居前 をす ぐ、 宮 居の 左の 垣 の そ
ともに 小 流 あ,.^、 ながれに のぞみて、 いくばくと なく
萩の 枝 たれたり、 此 程の 雨に うつろ ひたれ ど、 見所な
きにし も あらや、 猶北 さまに、 稻荷山 を 右に して、 稻
葉の 露に そ ほち つ、、 細き 道 をた どり 行く、 所々 に
木槿の かきし こめた る別莊 あ. o、 陶朱 猗頓が 輩の、
かくれて すめる 所なる べし、 白き 花 の さきた るに、
紫の まじ はれる は 萩と み ゆ、 老 ひたる も 若き も 打 交
,0 て、 手々 に 萩 折 たづ さ へ來れ るが、 道 もさ. 9 あへ
t 濱 野の 源 光寺の 堂の、 西の方なる 畑 をった ひ 行
くに > 七 墓 道な どい ふ 石碑た てり、 西の方に 寺 あり、
東光院 とい ふ 曹洞宗 の 寺 也、 道 了 權現を まつれ りと
見えて、 額 かけし 鳥居 あ.. >、 伊藤 長 堅 氏の かける、
何かし氏の碑もぁ..^しが、黃昏になりて見もゎかす、
池 あり、 池の めぐ.. > みな 萩な.^、 され ど、 江 11^ 龜井
B- に 名た、 る 萩 寺 I 眼の、 萩の 錦に はたち を くれて、
其 下露に だ もお よばす、 山 谷の 正燈 寺の 三が 一 ッに
も あた. 9 ぬべ し、 唯 俳諧 者 流の 句の いしぶみ なきの
みぞ、 目 さむる 心地 せらる" 下露 を わけつ、 行けば、
秋萩の花す,.^衣きぬ人ぞなきともぃはまほし、 寺の
門 をいで、 細き 流 を わた b て、 右に 聖 天の 祠ぁ. 9、
これよ,, r 北の方 三番 新 家と 云 ふ 所に、 天眞 庵と い へ
る 黄 檗宗の 庵 あ b、 馬 田 氏の ゆかり ある ものに て、
尋る に、 道の ほどよべ の 雨に 滑 かにして あ § みく る
し、 右に 折れ、 左に 曲. りて、 からう じて 裏門よ. り 入
る、 こ、 にも-萩 二 もと 三 もと 力-り 稻荷秋 葉の 祠もぁ
り, あるじ 出む か へ て、 庵に 入. り、 南の 窓よ, 9 望み
葦 Q 若葉
見る に、 過 こしかたの 人家の 燈、 かすかに 門 田の 稻
葉 そよ ぎ あ ひつ、、 雲の 行事 早ければ、 月の はれく
も b もさ だめが たし、 か、 る 所に た へても よくす め
る 事よ と 思 ふに、 心 は 身に も 添 はぬな.. 9 け. 0 といへ
る、 西 上人の 歌 も 思 ひ 出ら る、 かの つる うらみ まし
ら 驚く とい ひけん もろ- ) し 人の ためしな きにし も あ
ら ざるべし、 日 は 暮れぬ、 雨 もや 降らん とそ こ/、
に 立 出て、 もと 來し道 を たどりつ、、 例の 萩 ある 寺
の 前なる 酒家に いこ ふ、 此 家の 軒 西南に 向 ひて、 床
にかけ し檎を 見る に、 女の たちて 玉 簾 を か、 けし か
た あ. 9、 折々 雲の か、 れる も、 いつしか 光花 やかに
も. 0 來. 9 て、 床の 方に さし 入る にぞ、 香爐. 峰 月 捲 簾
看な とどよ みあ ひぬ 0 かわらけ 取 あへ す; tT 田 氏と と
もに 聯句
良 宵 期 近 雨初收 天洋 切切 陰 蟲北野 秋 蜀山
更有殘 雲 猶易蔽 天洋 明年 誰繼此 風流 蜀山
折からの 蟲の聲 ひ いき を そふ、 か へ b は 崎 新地
とぃふ所ょ..^、 蜆 川 を わた, り、 筑前橋 を 過て、 四 軒
町に か.、 る、 愛 は 高麗 橋 筋な > り、 左の 方なる 市中に
か、 げたる 行燈を 見る に、 荒 川 數馬宿 と^るせ .9、
.. 百 十三 I
塞の 若菜 I:
これ 我が 弟嶋崎 氏の、 養 親の 母の はらからな- 9、 春
の 比: 丙 二 ふして あやうし とき \ し を、 此 ほどの たよ
.9 に、 文 S: 廿 八日に 病 愈て 難 波の 城の 大番の 守りに
下りぬ と 聞し に、 今宵 はからす も 此所を 過て、 此宿
をみ し うれし さとて、 とひよ.^ て 酒 倾け夜 深 かして
か へれ, 9、
八月 十五 H 晴。 黄昏の 比、 馬 田 氏 をと もな ひて、 天
神橋 を 渡る、 ==: は 金城の ほと をて らして、 波の 光
きら/,.' し、 天 滿の市 を 過れば、 市人 ども 一 まと ゐに
まと ゐて、 何やらん 指差 出し、 かしまし きまで いと
みあ ふ は、 松^の 價定 むる 成べ し、 天 満宮の 東なる
光明寺の 門 打た、 きて、 あるじ をと へば、 京の かた
に 所用 ありてい にしと 聞 もほゐ なし、 やがて、 興 正
寺の かたに 住める、 : 牛 野 氏 (文 平) に案內 して、 寺の
前庭に 床 を 並べ、 門 さし 堅めて 月見ん とする に、 今
宵は此 庵に て 法と く 事 あれば、 こなたに わた.. > 給 ひ
ねかしと いふ、 前庭に 蘇 鐵樹有 b、 むくつ けき 葉 を
分けて、 月の さし のぼれる に、 鐵蕉の 葉の 前庭に 影
を うつせる 墨 絶に も か、 まほし、
一 片 金輪 上 鐵蕉 0 寺 門 深 鎖 夜 蕭蕭。 蜀 山 ,
百 十四
人烟 咫尺 天 三 五。 幾 處樓臺 吹 玉蕭。
16- 野 氏の 宿り は、 東に むかひて、 庭の 木立よ しばみ
た. o、 先み さかな 調し 出て、 酒す ゝむ 女の わら はに
さく とらせて、 月見つ、 酒の む、 今宵と、 ふる 里の
すき 人ら も、 月の まど ゐ して、 西の方 を や 詠む らん
と 思 ふに も 限りなく、 遠き 所に 今宵の 月 を 見る 事よ、
庭の 方に 法の 師の聲 作 りして、 とうとき かぎ. 9 とき
つくす 聲も ほのき こ ゆ、 名 もとう らいの 導師と 言け
ん、 みたけ さう しんのた くひ 成べ し、 其事果 ぬと 見
えて、 お うぢう ばの かたみに、 ことか わして 別れ 行
く、 夜も更 ぬらん まからん とい ふに、 あるじの とい
めて、 今 は 法の m-l: 未 ぬれば、 もとの 前庭に、 床 を 下
して 月 を 見 給へ とい ふに、 月は中穴>|にぁ..=^ て鐡德の
がげ まどが なり、 あか やかへ りみ がちに 門 を 出て、
難 波 橋の 方に 行く に、 人 あまた 集 ひて 西 さまに 行く
は、 佐 賀の大 守錢嶙 のみ くら 屋敷に おもむく なめ. 9、
年毎の 水無月 十四日、 十五 日の 夜 は、 みくら 屋敷の
稻荷 祭に て.. 人 皆 立 入りて 見る 事 を 許す、 ことし は、
i 夏の 比、 さはる 事 あ.^ て、 よべ よ, 9 こよ ひまで 賑 はし
: とい ふに、 いかなる さまに やと ひそかに 門よ" 入り
て 見れば、 長屋と 思しき 所に 幕 引 わたして、 花瓶に 花!
いけたる 數 多く 見 ゆ、 ある は 淀の 城の 方 水車の めく.
る 所 を 作り、 ある は 木 を 植ゑ水 はしらせ などし、 鳥居
の 形 をつ く b て、 石燈 籠の まね ひ をな せる も あ.^、
猶 みくらく の 間に、 提灯 かゝげ 渡して、 稻 荷の 社 一
につ、 け b、 水門の 堀 をへ たて ゝ、 むかひに、 芝居;
の 舞臺を 作. 9、 豊歲稻 荷 祭と かける 行 燈をか ゝげ、 :
堀の 內に 二階の 舟 をつな ぐ、 ゃゝぁ b て、 上下 着た る;
男 出て、 今宵の 祭に 付きて、 戯れに 舞曲 をな す もの
は、 みな あらたに まね ひたる もの なれば、 あやま,. y-
もや あらん、 み ゆるし 給 ひて よと いふに、 つ^みし 一
き.^ にな b 、撃 拆の聲 二 ッ三ッ 聞 ゆ、 とひと しく、 潢ー
雲 の 穴 H 東雲 の あく るが ご とく、 幕 を 引き あく 簾の 內;
に、 三味線の なる 音して、 淨 瑠璃の 歌に 和し、 鎗をふ 一
る 奴 あ b 、又は 三番 叟 のかた を 今様に うつせる、 又は 一
愧儡 帥に、 二人の 唐子 碰打 あはせ て 舞 ふ、 又は 難 波の 一
あしかる 女の さまな ど、 ひとっ^^の 曲 終る ごとに、 一
幕 を 引と つる 事前の ごとし、 さる かふ 事 限な し、 男 一
も 女 もめて くつ か へ- 9 て や ゝと聲 かくる 事 かしまし 一
^ わざ をぎ する もの は、 皆み くら^? - きに 米 を 負 ひ 一
運 ふ 中 衆と いへ る もの 也と ぞ、 つら—' 元龜天 正の
むかし を 思 ふに、 東海 鬼 山の 廣靜 かなら す、 四國 九州
の 波 を あげし 比、 大友毛 利の 古へ、 龍 造 寺嶋津 のむ
かし、 か、 る 世に あ ひ、 か、 る 都に すみ、 か、 るた
のしみ あ. 9 と は、 夢に たも 思 はさるべし、 是れ まか
しながら、 ふたら 山に *^ つも ます 御 神の、 いさお
しなる ベ しと 思 ふに も、 まづ あづまの 方の みなが め
やらる、 夜も更 ぬれば 立 出て、 難 波 橋 を わた. 9、 米
屋 町の やと b にかへ. 0 ぬ、
九月 三日 朝 陰 夜晴 0 け ふ は 西の 市の かみ、 榷 銅の
座 を 見 めくらせ 給 ふ 日に て、 卯の 時 過る 比より 出て、
巳の 時に やど h- にかへ る 事 を 得たり、 いで や 住吉の
濱ょ. 0 境の 浦まで 見ん, i て 出た つ、 名吳町 11 の わた
よ. o、s^ 沙門 堂に 立 入て 見る、 大きなる 木像なら、
大金 神の 社 あ.^、 緣日 十八 日、 一 一十 九日と しるせ, 903 昆
大乘坊 と 石盟に ゑれ. 9、 合法が 辻よ b 逢阪に か、
b て、 佐 伯 重 甫が宿 b をと ふ、 松 井 愛石 I 錄 きのん m£ 化
求り 居て 伴 ひ 出づ、 天 王 寺 西 門の 前 を 南に 行て、 阿部
野の 道に か、 る、 右の 方の 田圃の 中に、 一 もとの 松 あ
.0、:^ 蟲塚 とい へ る 碑 をた つ、 道の 入口に 淸圓 とい へ I
著の 若葉
る 字 を 剥める 碑 ある は、 此碑 たてし 人の 名なる ベ し、
此; の 事 さだかなら す、 難 波 丸に は、 古今の 序に、 松
蟲の昔 に 友 を 忍びて といへ る ことば を、 故事に 取な
し 此野邊 の 事に 作れる 謠 有る によ. 9、 近き 世の 人い
ひなら はせ る 成べ しとな h -、 攝陽 群談に は、 所傳に .
云、 古 ある 人 二人 伴 ひて 此野を 過く、 折 ふし 秋 も 半に
て、 月の さやかな るに、 松 蟲の聲 面白き 方 を 慕 ふ、 一
人 は 跡に 殘, りて 草の 筵に ふしぬ、 暫の間 も歸. 9 來ら
ざ.^ けれ は、 又 一 人 も 跡 をた つねて 愛に 來り 見れば、
草に ふして 死し ぬ、 なくく 土中に うつみて、 松蟲
塚と 名 付て 世に 傳ふ とはいへ, 9、 松蟲の 音に よる 事
古今 集の 序にた よりて、 謠に作 b たるに よる かと あ
り, 近 比の 名所 圖會に は、 むかしの 官女の 塚なる ベ
しとい へ..^、 何れに もよ しある 事なる べし、 ふと こ
ろに ものせ し、 蠍 墨 もてう つに、 松蟲の 二字 はさ や
かなれ ど、 嫁と いふ 字 は 草に かくれて、 なかばい か
りなり き、 夫よ..^ 阿倍野 村に 入る、 左の 方に 王子の
社 あり、 北 畠 中 納言顯 家 卿の 墓 あ. 0 と 聞く も、 ゆか
しく、 土人に とふに、 是ょ. 9 先なる 畑の 中に 石碑 あ
りと いふに まかせて、 田圃の 道 を ふみ 分け 行け は、 一
I 百 十六 I
大 なる 松 二 本に わかれた るが、 枯 たるに や、 切株の
みたてる あ. 9、 げに 松柏 は摧て 薪と 成る といへ る、
から 歌の心な りと みるに、 經塚 といへ る" ゆ あ. hN て、
碑 陰に 了證と 印せ. 9、 聖德 太子 諸經を 一 字 一 石に 書
一 寫し給 ふ を、 愛に 築き、 經 塚と なすと 諸 書に 印せ, o、
一 此 塚の 南に 松 あ.^、 松の もとに 龜跌の 碑 あり、 額に
一 龍 を ゑれ. o、 別當鎭 守府大 將軍從 二位 行 權中納 言 兼
右 衞門督 陸 奧權守 源 朝臣 顯家卿 之 墓 ふ-記す、 むかし、
田野の 中に ゎづ かに 殘 りて、 大名 塚と 呼し に、 享保
十五 年 去る 人 新に 御影石 を 以て、 石碑 をた てし、 皆
人是を4^^ると、 難 波 丸に 見えた. o、 顯家 卿の 事 は、
太平 記吉野 拾遺 等に 詳 にして、 みちの くの 軍 を あま
たした が へ 給 ひ、 國々 もた いらげ て、 みの、 國 までお
はしける よし、 さきだちて 南朝に きこえし かば、 たの
もしき 事に おぼし 給 ひける に、 此 野の 露と きえさせ
給 ひ、 むなしく 戰 死の 名 を 企め 給 ふ、 げに濃 州黑血
川の 戰、 利 あらす して、 勢 州 をへ て 南都に 屯し、 般
若 阪の戰 ひ、 又 利 あらす、 敗卒を 集て、 境の 浦よ, 9
一 軍 をす、 めて、 愛に 到れ b、 元 弘四年 五月 二十 三日
一 の 事と なん、 御 墓の あたり、 皆 綿 畑に して、 や、 も
せば、 梨れ ぬべき を、 何人の 心 有りて、 か、 る 碑 を や
たて 置 けんと 思 ふに、 あまた ゝ びぬ かっきて、 元の
道に 出れ は、 西の方に 墓 あまた あ, 9、 此 わた. 0 農家
の 葬 地なる ベ し、 夫よ b 南の 方の 細き 路に又 碑 あ. o、
播摩 塚と 印す、 攝陽 群談に は、 昔播摩 守に 侍りけ る
人の 古墳 也と いふの 所 傅た. 0 と 記し、 難 波 丸に は、
播州の 武士 此 所に 討死せ し 跡な b とみえたり、 名所
圃會に は、 案 やる に、 むかし 此地 みな 墓所に て、 荒墳
となり、 田圃 を ひらきし な,^、 是等皆 以前の 殘 墓なる
べし、 故に 姓名 さだかなら すと あり、 此外 にも、 猶小
町 塚、 S 草 塚な と あ と 聞し が、 見す ごしぬ、 是ょ. c-
畑の 中なる、 道 もな き 所 をた ど つ 、、やう やう^ 道
を 得た b 、池 有.^、 是れ萬 代の 池に や、 低 g^sf
帝 塚 山の 東の 方より、 住吉の 社の 東の 門に 入. o て、 市
戎の 後よ.^、 御田の 側 をす ぐ、 農夫の 稻を 刈る を 見る
にも、 さっき 廿 八日 乳 守のう かれめ の、 御田 植 にし 事
を 思 ふに、 きの ふこ そ、 早苗と. 0 しると いひし ふる 事
もお も ひ 出ら る、 霰松原を過て安立町、,,<-..^、 二 丁目
の 左の 方に 難波屋 とい へる あ. o、 名に お ふ 松 みん と
立 入. c てみ るに、 聞し にも まされる 名木な, り、 元 文 三
葦 0 若葉 j
年、 此松 のかた をう つして、 梓に ちり はめし に、 松の
高さ 一 丈、 東西 十五 間 半、 南北 十八 間 計と しるせり、
今 は 年波た ちかへ, て、 一し ほの 色 も 勝, o、 千 枝 百
枝に さしかわせる さま、 げに 大きなる 衣笠 を 張た て
たるが ことし、 江 tl; 龍巖 寺の 圓座 松の 姿に 似 かよ ひ
たれ ど、 彼 は藩籬 のか や 草に して、 是は垂 天の 雲と
いふべ し、 立 出て 猶 南に 行く、 左に 惡錢屋 とい へ る 家
あり、 愛に て、 住吉の 圖と緣 起と を ひさぐ、 左に 毘
沙門 堂 あり、 又 閼帝堂 あり、 龜林 寺と いふ、 開基 は
心 越 _ 脾師 にして、 門に 弟 一 義の 額、 東 皐越杜 多と 印
す、 黄檗 山に も此額 あ.^ とい ふ、 江戸 牛 込宗參 寺の
額 は、 是を寫 せる なるべし、 安立町 を 過て 大和 川る
り、 大和 橋 長さ-白 二十 間 あ b> とぞ、 左の 方に 住吉祌
輿の やとら せ 給 ふ 所 あ. o、 御 休 所と いふ、 これより 六
町の 並 松 あり、 石に 法 華の 題目 を かきて ゑり たる を
たてり、 境の 津の 入口に 木 so のり、 是 北の 庄 な,.^、 北
半 町、 旅籠 町、 綾の 町、 錦の 町、 柳の 町な と 聞く も ゆ
かし、 この あた, 0 の 町な み 多く fs^ 物 を ひさぐ、 文珠四
郞 何某と い へ る 看板 多し、 菊の 紋付 けたる、 菊 桐の 紋
付けた る も あ.. y 、包の 字 を 頭に せる 名 多 か b き、 まづ
: : : 百 十七 ^ I—
菜の 若葉
妙阔 寺の 蘇鐡 いかな らんと 問 ひつ ゝ、 南 さまに 行く、
九 問 町、 神明 町 を 過れば、 左に 神明の 宮み §、 西 本
願 寺の 別院 も あ b とそ、 宿屋の 町、 材木 町 を 左に い
れ は妙國 寺な b 、開山 は 日 洸 上人と かや、 寺 地 は 三 好
實 休の 寄進- レ して、 ^に は 妙 國院殿 光 德實休 墓と 有
りと なん、 又 龍 昔 寺 殿 以徹實 休と も 法名せ しと、 難 波
丸に しるせり、 門の うちに 三 層の 塔 あ.^、 塔の 欄間の
彫物 は、 左甚 五郎と かや、 西の方の 第 一 級 は、 右 夭 人、
屮白澤 、左疆 々ニッ 也、 第二 級の 左右 は、 孔雀、 屮は
水の 月と る 猿な. o、 第三 級の 左右 は、 鳳凰、 中 は 天
邪鬼な り、 南の 方の 第 一 級、 右に 仙人の 募 を圍 む、
中 は 龍、 左 は 高 砂の 尉と 姥 な.^、 第二 級の 左右 は、
天人、 中 は 虎な.^、 第三 殺 は 西の方に 同じ、 東の 方 第
一級、 右 は 布袋、 中 白澤、 左 は 天人、 第二 級の 左右
は、 孔雀、 中 は 獅子な り、 第三 級 は 西に 同し、 北の
方 第 ; 級 はい 右に 張騫か 様に のれる かた、 中 は 虎、 左
は 費- 4i 房が 鶴に の b て卷物 をみ る 所、 第二 級 は 右に
獅子、 中に 飛 龍、 左に 犀 也、 第三 級 は是又 西に 同し、
すべ て 彫刻の ェ なる 事 言葉に ものべ かたし。
其 形 古雅に して、 其氣 生動な-^、 堺 第一 の奇觀 なる
百 十八
べし、 か、 る 見 ものなる を、 泉 州 志、 wf^ 鑑、 難 波 凡、
名所 圖會 などい へる ものに、 書殘 せる ぞ 恨なる、 本
堂に 妙國 寺と いへ る 額 あり、 祖師 堂 も 並 ひたて.. >、
かの 蘇鐵 は妙國 寺の 構のう ちに あり、 一 根に して 地
上に 出る 事廿 三本、 大 なる 枝 三十 九 本、 小なる は 十
八本、 わた, 0 東西 三 丈 九 尺と なん、 此 外に 三 四 本 あ, 0
しが、 みな 兒 孫なる べし、 すべ て此地 は、 鐵 砲師乂
は 鹿 丁の 鍛冶な と 業と する もの 多ければ、 鐵 0^ 多 か
るべ し、 鐵蕉の 斯く迄 生 ひ *f けれる も、 其 所 を 得た
.0と いふへ し、 板塀に 面白き 筆して 歌書た る を、 彫
たる 額 あ. i>、
妙なる や 國に榮 ゆる 名木の
聞し に まさる 一 もとの かぶ
いかなる 人の 歌に やと かたへ の 童に 問 ふに^ら す、
寺 を 出ても ときし 道に いづる に、 左の 方に たてつ
ゝ きし 土塀 は、 所謂 政所に して、 5^ ル舉行 11^ の
居れる 所なる べし、 天神の 裏門よ, 0 入る に、 常樊寺
とい ふ大 梵天王の 宮ぁ b、 當 山の 地 生と いふ、 境內
ゃゝ廣 くして 講釋師 なと も あ, り、 是 よ,. > 西の方、 戎
嶋の ほと, 0 の 海邊を みん と くに、 日 は 淡 路嶋の 方
に 傾きて、 申の 下.. y なる ベ し 濱邊の 橋の 修覆 あ,. y て、
たいちに 川 を 渡る 事 を 得す、 南 さまに 川 邊を傳 ひ;, 仃
き、 一 ッの橋 を 渡.^ て濱に 至れ.^、 かの 享保 十五 年
に 築し とい へ る 波 u; の 石 堤 は、 長さ 百廿 間と かや、 沖
中に 差 出て 西 海の 波 を ふせぐ、 近き 比 も 修理 加へ て
入船の 便と す、 これよ b 海邊を 見渡せば、 六 甲 山 右
に そび へ、 一 谷 须磨明 石に つらな. „>、 淡路嶋 はむか
ひに 見 ゆ、 左の 方に 霧 こめて、 それ か あらぬ かと、 た
とらる、 山々 は、 四國の 方なる べし、 舟 は 眞帆片 帆
にぞ 入, 0 來る、 元の 道に 立歸 りて、 大 小路に 出つ、、
猶 南の 方に、 市の 町、 甲斐の 町、 大町、 宿院 町、 中の 町、
寺院 町、 少林 寺 町、 新 在家 町、 旅籠 町、 南半 町 まて を 南
の庄 とい ふ、 すべ て 北の 庄 より は 南の 庄の方 は、 家
作大 にして、 良賈の 深く かくる、 所なる べし、 右の
方なる 大きなる 藏 つく..; > ありて、 松の梢の ほの みえ
し は、 納屋 何 かしに や、 高須 町と い へ る は 遊女 町に
して 南の 果な.^、 」£ 町 北 町の 二つ あり、 此南町 こそ、
名に お ふ 乳 守 なれ、 暖簾に 紫 革 (後 聞 棵人近 比 まて
黑 地の 暖簾に 紫 革 付た る あ b しと ぞ) つけたる 有
やと 伺 ひ 見し が、 つやく 見 侍らす、 薄 はな だの 衣つ
ST^l 若, 葉
まと b てた てる、 うかれ 女 も 見し が、 げ にも 大 とかな
る さまな, o、 家居の さま も、 浪花の 新 町に 似 かよ ひた
b 、茶室な どもみ え 侍, 5、 さびしき 事い はん 方な し、
E- の ほと ,9 に、 假屋の ごとき もの あ. 0 し は M ならん、
神 を 祭れる 時の ものに や、 日も暮 か、 れ ばかへ らん
と、 北 さまに 行く、 市中 何となく ものさびし、 一 休 和
尙の鳥 扇うる 家み まほし か. 9 しか ど 見す、 連 如上 人
の 書 給へ る 酒家の 招 牌 ありと 聞きて、 大 小路の わた
を たつね まと ひて、 やう/^ に それ そと 人の 敎る
あ.^、, 家の 軒に 古き 板の 招 牌 を 出して、 橫に 大和 屋の
三字ぁh^し樣にみゅ、 たそがれ 過る 比に て さだかに
見 も わかす、 け ふ 午の 時 過る 比 佐 伯 氏の もと を 出て
よ, 0 日暮 るまで、 い- j ふ 事な く はせ めぐ, 0 ぬれば、 從
者 も 困した るに や、 足 もす、 ます、 され ど 半 ni の ほど
に、 の津の 南北 をき わめし も、 け ふの 思 ひ 出なる
べし、 見の こしつる 所々 は、 重て 尋ぬ べし、 歸路に
佐 伯 氏に 立 寄れ は、 馬 田 天洋、 盧橘 庵な と來 酒く み
かわし 居れ, o、 歸る さの 友 を 得た る もうれ しく、 時
をう つして 亥の 剥ば か b にな hv ぬ、
沙 界晚眺
搴 の 若菜
行 行 欲 ir^l 江涯。 沙界風 帆破浪 時。
淡路洲 頭烟若 黛。 遙看落 H 逼 崎嵫。
九::: 十三 日。 拾芥抄 に、 九月 十三 日 相撲 會と あ.. >、
又寶 市と て、 社頭に 多く 升 を ひさ く- 0 聞て、 住 士:: の宮
:11^に^1ぬ、 神輿 を 玉 出嶋の 頓宫に 渡し、 御供 を そな
ふと 聞く、 大海 神社の 前なる 廻廊に、 幕 打 廻し、 週廊
の內 に、 假の舞 臺を設 く、 門內の 左右に 大 なる 太鼓 を
たつ、 古く いかめしき 見物な, 9、 北方なる は 巴 二 ッ南
の 方なる は三ッ 巴な, 0 き、 阪の 下の 左右に 幄の屋 あ
、四隅に 播 を.;:' てし は、 祌宫 寺の 僧の 座せ るに や、
今は樂 果て、 四 社の 神輿 は、 頓宮ょ b 阪の 上に のぼ. 0
て、本社にか へらせ給ふほどな..^、 坂の下に て、 樂人
列 を 正して 立樂ぁ h -、 吹 もの、 ね 松風に ひいき あ ひ
て、 沖津 白波 も聲 うち そふる ばか な b、 升うる もの
は 木 社の 傍に あ, り、 檜と 杉と を もて 作れ. 9、 寶と いふ
字の 燒印 あ, 9、 人 あまた 立 こみた る 中に、 升の あた へ
の: K ろかね を 拜 もて かくな ど、 吾妻の 方に は 見 も 及
はす、 け ふ は 十三夜な.^ と 思 ふに、 夕: H に 雲の たち
お ほひて あかす か へ b みら るゝ に、 丸屋 とい へる 酒
樓 にて、 物く ひ 酒の む、 庭に:^ 高く たて. o、 や、 あ b
百 二十 I
て た な 引 雲 の たえま よ ..^ 、 今宵 の 月の さやかに もれ
出た る、 心 もこと はも 及ぶ 物 か は、 今宵の 月く もる
時 は、 住吉 の祠官 左遷 せらる、 事 あ b とて、 晴を祈
る 歌よ みし 事、 橫川 禪師の 京華 集に 見えた,. >、
近縣 浮遊 入 酒墟。 松風 不盡墨 江 隅。
雲 光 隱見將 圓月。 露 氣淒凉 未 折 蘆 0
大海 古祠 遺 此地。 繼華良 會憶吾 徒 0
醉來聊 欲 裁 詩 思。 天 末 秋高臈 有無。
すみよし の 松の木の 間に 玉笥
ふた、 ひや みん 長月の 影
すみよし の 春の 海邊も 白菊の
花^ 比の 月に しかめ や
まこと や、 け ふの 舞樂 は、 年久しく 絕 たる を、 今年
再びお こして、 ふるきに かへ. 0 しとなん、 か ゝる事
とも まらで、 おそく も ふでし 事 ぞうら みなる 0
あしの 若葉 卷三之 上 終
あしの 若葉 卷之 三下
九 21: 十五 日 0 雨 今日は、 天 王 寺 六 時 堂 念佛會 な, 9、
此夜 は、 太子 六 時 堂に 臨幸な.^ と 云 ふ、 すべて 二月
十五 日の 涅盤 會、 同廿 二日の 聖 靈會、 九月の 今日の
念 佛會を 合せて、 三大會 とい ふと ぞ、 もとは 酉の 刻
に 行れし を、 近き 比よ,. > 未の 刻に 始. 9 て、 申 下 刻に
終る とい ふ、 雨 も ふれ ど、 道 も 近ければ とて、 人々
伴 ひ 出て 今宫 にか、, り、 祌主津 の 江 越後 か 宿りに 入
て、 古. 鏡 を 見る、 八 花形の 貌 にして、 背に 四大 神の
字 あ. り、 左右に 孔雀、 上下に 唐 花の ごとき 物 あ, o、
古代の 物, -ぉ§、 MIgs お 父 後小松 i 展翰百
首 和歌 題 一 帖、 弘法 大師の 手書と いひった へし、 小
楷 の心經 ノ 卷ぁ, -、 II 化 5:: V ぶ 夫よ .り き M を 上 b
て、 佐 伯 氏 をと ふ、 佐 伯 氏案內 して、 天 王 寺の 六 時
堂の 前に 至れ は、 樂旣 に始れ り、 例は鼉 太鼓 をも設
れど、 略儀に て 出されす、 左方 右方 力 樂屋を も設す
して、 右方に のみ こぞ. 9 居れ. o、 佐 伯 氏の 緣 によ..^
この 樂屋に 入て: る 事 を 得た h -、 池の 邊は矢 來をゅ
苯 の 若— 菜
ひて、 人 皆 其 外に 立 居つ、 見る、 延喜樂 の 半な り、
鳥 甲き たる 舞 人 二人、 石の 舞臺の 上に 舞踏す、 鼓吹
の 響き 耳に みて. 9、 樂終. 0 て、 舞 人 樂屋に 入る、 ^
徒 石 の 舞臺を めく. i し、 舞臺の 上に 立 て 誦經す、|^;;
社^:^ー1利樂屋の幕を§し、 各醴酒 をく む、 これ 太
子に 備 へし 物な りと 云 ふ、 又 観 頭と 柿と を 盛て、 樂
人の 前に 置く、 醴酒 をのみ 物,、 ひ 果て、 舞 人 二人、
小童 二人 並立て 舞 ふ、 是甘 州な りと いふ、 正 德の比
- ) まう どの 來 b し 時、 此樂を 見 て、 何なる と 問し 時、
白 石 先生の 唐詩の 中に、 甘 州の 調 ある は是 なりと 答
へ 給 ひし 事 迄 思 ひ 出ら る、 此樂 終れば、 僧徒の 誦經
初の ごとし、 又 一 一人の 舞 人た ちて 舞 ふ 林 歌な.. > とぞ、
日も暮 か、 れは、 堂の 內に みあかしまい る、 雨 ふ
求れば 二人の 下部、 長柄の 朱 傘 を さして 舞臺に 上..^、
舞 人 をお ほふ、 次 は 陵 王納蘇 利な とい ふ樂 あり ふ閡
ば、 殘. 9 なく 見 はてん と 思へ ども、 伴せ し 人の 倦た
る 色 力る に、 詮方な く立歸 ぬ、 明年の 春の 湼盤 會、
聖靈會 に は 一 人 まか, 9 て、 ことごとく 見盡 さん もの
K 心に 誓 ひ 置ぬ、 名所 圖會に 四天王 寺 法 筵 略記 を
のす、 左の 如し、 I
百 二十 一
虔の荇 紫
九 リ 卜 五!!;、 酉の 刻
六 時^ 念佛會 阿 彌陀經 舞樂 • 牛 調 IP 延喜
樂 け 州 林 歌 陵 王 納蘇利 還城樂
凡 ZT: 二十 五 H、 晴 天 満天 神の 秋 祭に て、 流鏑:
の 神事 あ b と て、 御社に ま うづる 道々 に 矢 來結ひ
ゎたせ..^、 神キ: 社家に 知る 人 ある 物 を 伴 ひたれば、
神社の 拜 殿に 登る 事 を 得た, 9、 神前に. 祌キ: 鹿し、 社
家 巫女 等 も 見 ゆ、 側に 御幣の ごとき 物 二 本、 的 板 九
本 あ,^ て、 獻上御 的 板 檜物屋 喜右衞 門と あり、 例の
事なる べし、 拜 殿の 前に 高き 棚 をお きて、 葉 竹 二 本
をた て、 ^の i 延を もて 東南 西 をお ほひ、 北 を 開く、
巾に 瓶 子 ニッ餅 it 樣の物 を さ、 ぐ、 今日の •if は、 御
诚 代よりか し 玉へ ると ぞ、 靑 山家の 紋付 たる 羽織き
たる もの 警 固す、 や、 あ. 0 て 肩 衣;^ きたる 男、 馬に
乘て門前の西の方ょ..^出て大路を南 へ 濱の方 迄 かけ
お ふ 事、 一度して か へれ. o、 是を 馬場 見せと いふ、
やがて 的 板 三本 を 大路の 東の 方 三 所へ たつ、 乘 るへ
き 馬 を拜 殿の 階下に 引 立つ、 社家の 白衣き たるが 垂
多く 持 出て、 職人に 渡す、 口 取 馬の 頭に つく、 社;; 豕
拍子う ちて、 細に 切た る 紙 をち らして 入る、 緋 縮緬
IB 二十 二
f ;, ,キ
の 小手 袖き て、 樣き 黄なる 皮の 行騰 に似て、
短き 物 はきた る 苦き 男、 弦な き 弓と 矢 を 持
5:;f わ 群 殿.^ 幕の 內ょ. - 出て、 神前に ぬかつ く、 社家
K 服 を 傅 ふ、 55 ついたちて、 骑射 笠の ことき もの を 着
て 馬に 乘.^ 、 拜 殿の 前なる 棚の もと を、 東よ b 西に
めくる 事、 三度に して 門 を 出づ、 此時 門の 內人 あま
た 立 込 たれば、 棒 持た る 男 先に 立て、 打拂 行く、
門 を 出て 西の方に 入て、 大路 を 南へ 濱の方 まて! lit を
走し む 事 三度な.^、 一 度/^ に 例の 的 札 持た る もの、
大路の 方 三 所よ. り 的 差岀す を、 弓の はや もて 打ば、
的 持た る もの、 的 を 破.^ て 引く 車 合 九 度な, 9、 此
? i 神キ- 社家と もに、 拜 殿の 階上に 座し 事 終. 9 て 返く、
此 馬に のる 男 は、 例年 山 本屋と い へ る 市人な.^ とい
ふ、
九 H: 小盡 晴。 住士 11 の 祭 は、 王 出嶋の 御?^ とも、
又 北 祭と もい ふと、 名所! I 會に はしる せり、 未 刻ば か
,.^に町田氏と伴ひ、 例の 道頓 堀よ,.^ 廣田明 神の 前に.
か、 b、 今宮 村よ, 0 天下 茶屋に 至る、 和 中 散と いへ
る 菊うる もの、 庭に 菊 あ, 9、 中 菊、 大菊 ともに ゃゝ
盛 也、 此頃ぽ 四 小 野 村の! f 樹 家菊淸 とや、. らんが、 . 菊
見に 行し に、 ズ fG を ふくみて 花い まだ 開かす、 花壇 も
又 小 也、 は 夫に は 良 勝り たれ ど、 故 鄕の染 井、 巢
鴨の 菊に 及べく も あらす、 奧 天神の 方に 行く 道の 左
に、 地蔵尊と 書て、 赛錢の 箱 を は掛置 たれ ど、 まか ひ
もな き 石の 閻魔 王に てまし ます、 月の 比 見し 時 は、 等
閑に 見過く せし が、! n 留て 見れ は、 年 號:: :: など かすか
に 彫れ b 、右に 天文 七賊 : 51」 特 阿-左に 尺 月 彼 3厂 や 仲: n と
ある ぼな b 、上の 方に も 何やらん 文字 有. 0 しが、 定に
見 わかす、 其貌の 古雅なる は、 合法が 辻い 石像に も 勝
りぬべし、 大海 神の みまへ を 過る 頃、 人々 週 廊の方 二
走行く 週」 脇 に も irj! を はれ..^、 廻廊 の 外 に 出 て み れ
ば、 門の 下に 高 魔 緣 の 蠱敷 て、 神主 以下の 神官なら び
座せ.^、むかひの本社の方ょ..^、 神輿 わたらせ 給 ふ、
樂人 冠に 追掛 したる が、 長き 裾 を 引つ、 二 行に 前行
す、 一? に ■ へ," 被 四角なる 衣笠 四 本 を持來 る、 白
張き たる もの あまた 神輿 を舁 て、 玉 出 嶋の頓 宮-」 移
し 奉る、 老 たる 巫女 側に 侍す 、神馬 ■ は 側 の と つ な き
に 紫ぐ、 良お て 奏樂終 、土器-! 米 ff,, 養 を 手 一 束
にき, 0 たる ほ I) を 入れて 、白衣 着た る 神官 神輿に^
ふ、 暫くして 徹しく 神主に さゝ ぐ、 次第して 神官に 渡
蒼 。若葉
す、 神官 七 八 人 是を捧 て、 頓官の 後 Q 方に 行て 座す、 前
なる 池に 紙に て 白羽の 矢. f ゾど 作りて 立つ、 榊 紫 を も
たて 置け 、愛に て、 谷 彼の 土器に 盛た る 藁の 本末 を
畠 I- にあ て 、iK ぐ、 喷を は, 0 て 米と もに - J しきの ごと
き 物に 入れて、 柳 葉た てた る 所に 向 ひ、 一 人の 神官 g
笏 を 取りぬ かづきて、 お、/,、 とい ふ 聲 -ズ 發す 、暫く
し て 土器 の 米と 藁と を以 て 地に 散らす、 人々 集. 0 拾
ふ、 又- - しきの 中に 入れた る を もま じくな. 0 ヽさ て頓
宫の 前に か へ.^ て、 神主 を はじめ 一 人つ、 出て、 榊 葉
を 雨の 手に 持た 左右 を拂 ひ、 拜 する 事 一
間橫笛 一 管、 笏 拍子 をと る舉 架て、 神輿 を舁 き、 本社
に 歸らせ 給 ふ 事 初の ことし、 神主 以下 跡に 立て 供奉
す、 道に して 反 橋の 方に むかひ て神舆 をた つ、 祌^ 以
下地 上」 座す、 奏樂 あ. 0 、 事 果て、 本社に うつらせ 給
ふ、 本社 は經營 未:, されば、 假殿 也、 假殿 "い を 開
は、 翠簾 へ" 、れ. り、 白衣の 祌官內 よ.?; H て 、、階上に
座して 迎へ 奉る、 階下に 神輿 を か き た て ゝ 又奏樂 あ
o 、祌 (い か へ ら せ 給 ふに や、 神輿 を兒 かへ せば 、神官
攀簾の 中に 入 て 扉 をと ち、 二の 社の Eg 殿の 方よ, り 出
て 返く、 け ふの 神事 をみ しもの 難 波 人に も 稀な. 9、 げ
. ず 一 一,. 3
I 毫, の 若 菜
に 笛 竹の 聲松臌 に ひいき 合て、 神 さ ひたる さま 言葉
にものべ がた し、 此月 は小盡 にして 廿 九日 をつ こも
りと す、 折から 松の木の 間に H の 入 を 見て、
住吉の M を も 慕て 行 秋 は
いくよに なりぬ 岸の 姬松
十月 四 H 陰晴。 食 氏 は 泉 州の 一索 家な,.^、 其 山莊は
安治川の 北 春 日出 新田に あり、 田阪 氏の 案內 にて 人
々伴 ひ 行く、 上 福嶋、 下 福 島の 村 を 越へ、 上中下の 天
神の 宫を 過て 安治川の 北の ほとりの 岸 を 行く、 岸に
望て 菊 作れ 多し、 石 もてき さめる 地藏 尊の 前より、
右に をれ て 渡し舟 あ. 9、 河 を 渡れ は山莊 な. C. 、門の 前
に 松 多く 立て.. > 、門に 入て、 莊 のぁづ か. 9 を 呼 出て 然
々とい ふに、 右の 侧の戶 を 開て 、愛より 入 給 ひねと い
ふ、 卢 の 外に 菊 あり、 花うる はしく 見 ゆ、 5, を 入て 石
を 踏み 行く、 垣根に 橐 吾の 花の 黄なる と、 千 兩の實 の
赤き と 色 を 手 ふ、 木立 もの ふり、 立 石に 苔む せり、 蘇
鐵の大 なる あ b 、石橋 を 渡りて 林に 入る 0 天神の 宫ぁ
.0、 檜 皮の 軒 朽ちて いと ふるびたり、 林 をう かち 石 を
傳 ひて、 池の 邊に 出れば、 水 は 田の 面に ながれ 出て、
冬枯 のさまい はん 方な し. 《 岸に 望みて 立てる 石と も、 一
百 二十 四
よのつねの 物なら す、 怪くェ みなせる かと 疑 ふ 、愛に
亭ぁ. o、 北の方 は、 短き 垣して 田 面遙に 見渡され、 遠
く 連る 山々 は繪 にも うつさ まほし、 松の 枝の 數 丈に
はびこ. 9 ていと 長き あ, 9、 北 表の 障子 は 立 渡した る
が、 植 たる 櫻 幾 本と なく、 春の 比 思 ひやら る、 もとの
道に 歸 りて、 書院の 南 表よ, 0 入. 0 て 見れ は、 床に も 壁
にも 住吉の 松原 を繪 け,. >、 袋 棚の 唐紙に 三 夕の 歌 あ
^、又 螺鈿の BS も 見 ゆ、 二 間 三 間 ある 座敷 を 見し に、
唐紙 襖の 繪は、 採幽、 法眼 又は 安信 筆と あ h -、 琴 基 書
書 はた 山水 杯なる ベ し、 樓に 上れば 額 あり、 村雨 亭と
かけ. 、天井 格子 は 竹と 蒲と を も て 編り、 欄に より て
南 を もて を 見 波せば、 垣 を 隔て、 直帆片 帆に 人來る
舟の、 川 を 過る さま 言 ふ も 中々 な,.^、 時雨の 雲の 晴間
よ b 夕日 花やかに 差 入 b て、 岩に 生た る 松の木 末に
うつら ふいと ゑん 也、 田 坂 氏の 携 へたる さ、 え かた
ぶけ、 かれい ゐ あさ. 9 て歸る 道の ほどに 日 くれぬ。
十月 廿 二日 oii! 田 氏田宮 氏に 誘れ て、 紅葉 見ん とて 行
く、 高 津生玉 を 過き、 巫女 町と いふ 所に いたる、 黑
く ぬれる 格子 ある 家 立 連り、 暖簾に 橫井析 を 染め、
一 黑 格子、 又は 小 女郞、 或は よめなと 書た る 昆§ 、いか
なる ものと 問 ふに、 梓 巫の すめる 所 也と いふ、 東の 方
の 細道 をた ど.. > て 池の ほと に 至る、 毘 沙門の 池と
いふ、 池の ほと..^ を 過て 宮 有.. >、 玉 岡 山 五條 宮 とい
ふ、 朝日 大明祌 なと い へ る 小 祠も見 ゆ、 右の 方の 森の
中に 門の 見 ゆる は、 天 王 寺 東門 也、 寺 あ..^、 門に 入て
鐘樓 あ. 9、 鐘の 銘は 古代の 樣を うつして 高く 鑄 起し
た.^、攝州東成郡大阪天王寺、小儀村造心山曉雲院壽
法 寺 之 常 什物な. -と有 て、 元祿 十五 午歲 十月 十五
日と 印せ. 9、 寺の 庫裏より 入て 裏の 方なる 細道 を傳
ひ、 やれた る 草の さしお 入る に、 地 は 紅の 色 ふかく
落 積. 0 て、 ご ほ/,^ と 音す るに、 花よ, 9 も 中々 心盡
也、 かしこ 愛に 紅葉 多 かる 中に、 分き て 一 木の 枝た か
くさしお ほひた る、 錦の 衣笠 を は. 9 たてた らん か 如
し、 夕日 斜に差 入,. > て 、停車 坐 愛 楓林 晩と いひ けん、
唐土 人の 心 も 押 はからる、 露霜の いたりいたら ぬけ
ちめ みえて、 色 こき も あ- 9、 薄き も あるが 中に、 水草
おふる 池の 小 かけに、 いさ ゝ むら 竹し けり あ ひて、 日.
影 もらぬ 故 にゃあらん、 唯 一 木の み靑々 として、 己獨
^つれな く 立る が、 階の 下の 五葉の 松と 操 を あらそ
へる 心地して、 かの 澤邊 にさ まよ ひし 獨醒の 人に も
*ir の— 若 ,#
たと へつ ベ し、 あはれ、 酒を携 へ 來ら は、 此 庭の 落葉
をた かまし と 思へ ど、 甲斐な し、
天 王 寺 畔天王 池。 蔭映祗 林槻樹 枝。 晚踏 落紅尋
厌徑。 囘 看却覺 夕陽 遲。
愛 は 槍 垣 舟の 問屋 日野屋 とい へ る もの ゝ寺 なれば、
俗に 日野屋 寺と いふ、 栗 柯亭木 端の 墓 あ..^、 安永 一 一 g
七 m: 七日と ゑれ, 5、 毘沙 池の 側よ, 0 野道 を 行く 左に
相生の松 ある 庵 あ,. >、 野中 觀 昔の 前 を も 過て 八丁 目
寺町に入,.^、法住寺とぃ へ る 寺の 庭 を 伺 ふ、 愛に も 紅
葉 あれ ど、 先に 見し 紅の ちし ほに くらぶれ は 及へ く
も 非す、 堂に 園 林 山と い へ る額ぁ..^'、 書院に まらう
と 多く 見 ゆる は、 よき 檀越 成べ し、 げに 心なき 草木
さへ 幸 不幸 あ. 9 て、 此 寺の 紅葉 は、 人 皆 知 所 なれ ど、
壽法 寺の 名 をた に 知る ものな し、 され ど 知る もの 多
くな もて ゆか は、 木 かけの 落葉 はら ひつ く., :> て 、茶
を ひさく もの 所せ まく、 あられぬ 詩歌 發句 なと 物の
はしに かい つけて 結 付た らん は、 見る目 も いぶせく、
醉 しれた る もの 手 折な ど せんい. ましめ に、 此枝 折べ
からすな ど、 こちた く 書し 札な どた、 ん より は、 中
々に 知る 人なくて、 錦 をつ、 み、 光を隱 さん こそ、 不
,百 1 一十 五 I
荤の 若葉
幸の 幸と いふべ けれ、 歸. 9 道 は 眞言 阪の ほと, 9 なる
樱本坊 に 立 寄て、 初^^過ぬ、
舉和 馬 光昇
僧!: 5 閱 .1 份荒 池。 霜 氣染成 紅 錦 枝。 山鳥 迎人迷 小
徑。 夕魄 深處步 :4r ま。
十月 一 一十三 日 晴。 天満の 宮居の 東なる 一 商家に 植
たる 菊 兌ん とて、 人々 に 誘れ て 行く、 東 本願 寺の 掛所
とい ふ 寺の 擅 越 なれ は、 此 寺の 僧 を案內 として 言 ひ
入れた 、午の 時 過る 比、 此 寺の 主 をと ふに、 愛 は 眞言
宗と かやい へ る 流 を、 くめる 所 なれば、 先づ みさかな
とう 出て 洒す、 む、 廬 山の いましめな きのみ ならす、
伊 蒲鎮の 類に も あらね は、 舌 まつ 出る ひ 地 そす る、 と
もな ひ 出て 彼の 商家 をと ふ、 菊植 たる 方 は 殊更に 假
屋作 b て、 客 を ひくべ き m '口 押 明た, 5、 大 菊なる もの
植 たる 欄 三 間ば か.^、 小 菊の かた 二 間ば かりなる ベ
し、 長短 等しから す、 黄白色 を 交て 良 盛. 0 過た るに や
ぁらん、白か.^^しが紫になれるも見ゅ、雨障子淸らに
かけ 渡して、 欄干の かどく 余 泥に てぬる もお かし
假屋の 上に 紅の 鈮 敷きて、 つと 花に 差 向 ひたる、 見る
目 もまば ゆく、 隱 逸の 名に お ふへ くも あらす、 都て 此
百 二十 六
地の 菊 作れる さま、 皆 かくの ごとし、 此比 天下 茶屋に
て 見し も 又然. o、 奥鴨染 井の 稀樹家 杯に は., 花闹 十四
五 間よ. 0 七 八 間ば かり をめ ぐらして、 中庭 廣く はら
ひ淸 めて、 遠く 座敷よ. 9 見る ものから、 花の 姿 ものと
として、 南の 山 も 見る ばか, 9 な, 9 と 思 ふに、 例の
ふる 里し のぶ 淚も 止め 難き を、 菊の 下露に 紛 はして、
酒汲替 しつ、 醉 心地の かへ る さ、 興 正 寺の 內 なる 平
野 氏の 宿 をと ふに、 愛に も大菊 數多植 置て、 一本つ
ゝ花 かめに 揷み 入た る も 有. 9、 はっき もなかの 月み
しま ゝに てと は ざ. CN しおこた, 0 も 思 ひ 出られて、 携
へ 來れる 殘樽を 傾けし に、 堂 島の 邊に 火事 あ とい
ふに 驚きと く かへ b ぬ、 まこと ゃ此 比、 菊 八 n とい ふ
事 あ. 0 しに、 彼 商家に おたてた る 菊の、 大 なる さし
渡し 一尺ば かり あ- し を、 一と さ ためられた, 9 と
U 、
十月 廿 五日 晴 風。 今日は 半日の 暇 あれば、 傳法村
の 方 見ん とて 馬 田 氏 田 宮氏を 伴 ひて、 阿波座 堀の 邊
り を 過て 廣敎 寺に 入..^、 裏門より, 出て 富 島 を 過ぎ、
大 渡し を こへ、 古川に そ ひ、 本 田 堤 を 行く、 愛 は 新 川
を 堀り さる 時よりの 古川 也と ぞ、 安治川 橋 を わた. o、
川に添ひ蘆分橋をゎた..^、 中津 川の 渡し を 渡.^、 漆
の 木の 紅葉した るが、 豹 尾 毒 荏と やらん むくつ けき
もの 黄 はみ たるが、 木から しに ふかれて たてり、 道
を 行く行く
聯句
晴川烟 樹板橋 西、 天洋 步入廣 間 路欲迷 蜀山
笑 指 前 村^ 影 動 天 俯 聽幽逕 鳥聲低 蜀
山北逐 波濤 走 蜀 積翠 中分 嶋嶼齊 天
欲 訪當年 傅 法 地 蜀 牧童 相 引下 長 堤 天
四赏嶋 L いふ 所に 至る、 爱 は四官 といへ る 唐土 人の
住る 所 なれ は、 かくはい へ る、 今 は 四 貫と 書改 しとな
ん、 川口の 觀昔 とて 立せ 給 ふ、 側の 庵 は 寬政三 亥 四
月、 北 安治川に すめる 富田屋 與左衞 門と いへ る もの
再建して、 同 五 年 丑 十二月 仙 臺如來 山法德 寺の 隱居
仙英 といへ る 僧 を 住せし む、 馬 田 氏の 知れる ものと
て 立 寄し が、 生 は 出 行て あらす、 携へ來 る さ、 えに、
懷に 物せ し 双柑を 下物と して、 小春の』 ^9 を 眺めん と
する に、 風い と あらし、 此 庵の 僕、 新に 栾 つみ、 あ
つものと してす ゝ むる も 興 あ, o、 庭に 住 吉の祠 有, 9、
隣の 莊は會 所と なん、 庭の 紅葉の 色 こく 見 ゆ、 聯句
葦の 若葉
隣莊霜 樹隔墻 紅、 蜀 午 寂禪扃 鳥^ 風、 天
小憩 思 詩 茶 未熟、 天 浮生 閑 在 半 窓 中、 蜀
是 よ.. > 川 を 渡りて 南 傳法村 也、 愛に も 住 吉の社 あり、
舟 玉、 松 尾、 天 滿宮、 火 除の 祠も あ. 9、 御祌事 正月
十日、 五月 廿 八日、 六月 晦日、 九月 十八 日、 十 一 月
十六日と書j^^るせし札ぁ,.^き、 此 嶋の內 ひなびた る
さまい ふ も更な h 、線香 作る もの 多し、 又 北傳法 村に
渡らん と 渡 場 を 問 ひ 舟に 乘. 9、 向 ひの 方 を 見る に、 木
立 もの ふ b たる 社 見 ゆ、 北傳法 村の 島に 渡れば、 西 光
寺と い へ る 寺 あ.^、 指 月 庵と い へ る 額 かけし は、 經堂
なるべし、 彼の 社 は、 住吉の 社な. o、 又其隣に寶^5^寺
あり、 鐘の 銘を 採れば、 攝州西 成 郡 御 傳法寶 泉 寺 十 一
世 航譽享 保 十七 tfj 年 四月 廿 六日と^ るせ, 9、 此地は
南傳 法よ. り も 又 ひなびて、 童 部な どの 群居た るが、 異
國の 人の 來れ かと あやしみ 立 出て みる さま 珍ら し、
酒造る もの、 家 多し、 か、 る 所に も 住め は 住む よと
思 ふに、 日 もはや 山の端に か、 れば、 委敷 もみす、
急ぎ もとの 道に 歸, 0 て 行く 東の 穴ュを 見る に、
山は屛 風の 如くめ ぐ,.^ て、 幾重 ともなく 重れ,.:^、 白
き 壁の 夕日に 輝け る は、 今 城の 方な、 0 と 思 ふに、 爱
^ I . .^ _ ■ 一 十七—
は 城より 西北の 方と 思 はるに は 違て、 正しく 西に 當ー
れ. 9、 風 あはたい 敷 吹かく、 はだへ も 寒く。 安治川,
の邊に 知る 人 有りて、 ill しい こ ひ、 ともし か、 けて
lneri.9、 十一月 廿 九日 過. ボ: 町の 銅 局に
記す 此 =^ なく 靜 なれば 也 -
十二月 五日 晴 風。 曉? :9 の 刻ば かりなるべし、 雨 こ:
ぼす がごと く 降りて、 と. 《• ろ 鳴祌の 音に いもね 一
られす 0 床の 内 にう つく まり 居る に、 三聲 ばかり 高 ど 一
のに 響きて、 襖の ひしぐ と 一昔す るに、 正しく 南の 方 一
に 落ぬ らんと 思 ふ 程 もな く 雨 や、 おやみぬ、 寅の 一 一
つの 比に もや あらん、 燒 亡 有りと て 人々 騒ぐ に、 とく
屋の 上に^ りて 見れば、 上 寺 町の 邊 なるべし。 炎の
風に 吹 はな たれて、 S さまに あがる は、 いかなる 寺
院な らん、 《めに 見 ゆる 天 王 寺の 塔の 九輪の 形 は、 暗く
して 見へ わかぬな るべ し、 され ど 南の 方の 雨雲に う
つろ ふ.^ 影 は、 さながら 晝の 如くになる に、 西風 烈ー
しく 肌に 冷に、 我 宿...' に 程へ だ、 れは、 ふすま かつ 一
きて 臥しぬ、 夜明けて、 外の 方に 人々 の 語る を 聞け
ば、 天 王 寺に IS 火 ありて、 諸 堂 悉く 燒 失ぬ、 今 まの 一
あた. 9、 釘な し 堂の 燒るを 見て こしな どい ふに、 あ;
さましと 思 ひて、 猶 あらしに、 さし も 名高き 寺 なれ 一
百 二十 八
ば、 斯は 言ら め、 諸 堂の こりな く、 よも やけ じと 思
ひつ \、 例の 監 銅の 局に 趣し に、 市 令の 下つ さかに
逢ぬ、 此曉 より、 金城の大手の門を守,=^、 たいちに
天 王 寺に 罷, 9 しに、 諸堂殘 なく 燒 失ぬ、 ゎづ かに 西 門
東門と、 代々 のみた まや、 元三 大師の 堂の み殘 りぬ
と 聞く に、 いよ/ \ '淺 間し く、 未の 下.. > に 局 を 出て、
宿, にも 歸ら す、 高麗 橋 を 渡. o、 松屋 町 を 南 さまに
寺 町 を 行き、 天 王 寺に 至れば、 西 門の 邊、 人 數多立
込た, 5、 元三 大師の 堂の 側なる 西の 門より 入る に、
右の 方の 僧房 悉く 燒て、 煙猶盛な..^、靑寵池の邊に、
筵お ほひた る は、 彼の 黄 鐘 調の 鐘なる べし、 石の 舞
臺は 恙な けれど、 六 時 堂 食堂と 思き あた b 皆 灰 儘と
なりて、 煙満々 たれば、 行な やむ かたへ に、 梅の 木
又は 杉 木な ど 切た ふせし は、 火 を 防ぐ 爲 にやと あや
なし、 東門の み燒殘 むて、 講堂 金堂の わた. o、 黑煙
立の ぼ,.^ いづこ も 見え 分かす ノ 行々 て 塀の かたに 殘
, ^たる を、 何ぞと 問へば、 是 なん 太子 堂な. 0 と; 一;in ふ
に、 彼 猫の 門 虎の 門の 彫物 も 失ぬ らんと 思 ひつ、、 十
五社 給 堂 も 跡 方な く、 雲水 塔の あ^し 所 いづくなら
ん、 定かに 知べ からす、 御靈屋 の わたりぬ かづきて、
かたへ を 見れば、 銅燈 籠の 二 ッ三ッ 倒れた る あ. 9、 西
門 を 出る に、 引聲堂 短聲堂 鳥居ば か b は 恙なし、 秋 野
坊に 葵の 紋付 たる 提灯 か 、げ て、 門の 柱に、 鼍 太鼓の
革 寄 かけて み ゆるに、 ^は 恙な か. 9 しと 思 ふ も 嬉し
く、 一 心 寺の 前なる 佐 伯 氏!^ I® の 宿り をと ひて、
くわしく 尋 るに 此曉 雨つ よ,、、 祌鳴 おと 夥敷 /、まさ
しく 近き あたりに 落ぬ と 見えて、 人 立 騒ぐ 聲 すれば、
門の 芦 おしあけて、 東の 方 を 見れば、 天 王 寺の 塔の
上に 落ぬ と 見えて、 第五 重の 屋に 火付ても へ ぬるに、
雨 さ へ ふ. 0 止ねば、 木履 を はきながら 西 門に 走, 0 入
.0 て 見る に、 人 はやう/ \ 五六 人 集て、 あれ/、 とい
へ ど 力なし、 此 塔の 內に納 し 大師の 像 を 出し、 又 金堂
に 入, 9 て 見る に、 人 もな し、 此 堂に は、 古き 寢釋; ii の
像と、 舍 利と を 安置し、 又舍利 * ゆ 以下の 舊 記の 入し
箱 有 b 、弟 な る椎 寺の 比丘と 共に 、力 を!^ し て 取り出
しつ、 風烈 敷て 廻廊よ b 諸 堂に 至る 迄、 火 か、 れる
に 太子 堂の 門なる、 猫の 形の 彫物 を 助けん とて、 人々
聲掛 辛う して 取 出せる とぞ、 銅の 問屋 泉屋眞 兵衞な
る もの、 鼍 太鼓 幷 に俊德 丸の 琵琶 一 面収 出し、 黄 鐘
を も 救 はんと、 人々 に聲掛 しと そ、 誠に 伶人 はか、
葦の 若葉
る 中に も 装束して 角 鼓の 樂を 奏し * 太子 堂の 御影 を
供奉し、 南門の 襄 なる 庚 S. 堂に 移し 奉る、 五智 光院
に納る 所の 將軍家 御代々 の 御 位牌 は、 市 令の 自ら 取
出さし めて、 秋 野坊に 遷座し 奉け ると なん、
災 にか、 れる もの、
雲水 塔、 金堂、 #1 堂、 週廊、 六 時 堂、 食堂^1^^^、
h^pTi 會: 1£、 簿 堂の 樓, やぶ リとリ たれ ども やめ" わ
^JJf lisi かす、 是桶公 未来 記, さ |g 給ゐし 所な リ
棚 所、 鐘樓、 虎門、 猫 門、 麵 守 屋祠、 伽 井、
龜 井水、 經書 堂、 御供所、 石 祌祠、 三昧 堂、
のおぶ vJ* 4^*. ぎ、 4«;d.tl 靑蓮院 宮卅六 南門 W 屋 二
安置す -t^ffiripii llhfilw 靑 木林叻 出し 二 枚 l^v 人 二
FJaTJ 二王 は 取 出して 萬 代の ielynrjo CM 俗-」 订 なし 堂と
3P 他-」 人し か 形 損れ たり 1it.KP タ e5 いふ、 寳藏 なリ
此外 小社 多し こと/^ く 記さす
災 をまぬ かれし もの、
五智 光院 ISSSSfS? おは 萬 灯 院,? 5 轉
輪藏, れ、 西 門、 引聲 堂、 短聲 堂、
石の 鳥居 讓 元三 大師 堂、 東門。
十二月 廿 三日、 晴 薩摩堀 廣敎寺 は、 もと 願慶 寺と
いふ、 六條の 御門 主の 御 連枝に て、 いま そか.. > ける
が、 常 {<H 寺なる 順宣 律師に ことづけて、: やつ ? 5 れに
詩 を 乞 給 ひ、 いとま あらば 來 るへ きょしな ど、 告ぉ
百 二十 九
葷の 若葉
こせた まへ,^ しかば、 いざと て、 順宣 律師、 馬 田 氏
など ゝ もな ひて ゆきぬ、 日 くれぬ 內に、 庭 を 見ん と
て、 階 を 下. 0 て 仰 見れば、 軒に 祝 松と いへ る 文字 あ
.9、 此 額なん、 澤庵 和尙の 筆と 聞く、 とせ 澤庵此 地
に 來れる 時、 愛に 宿りし 時 か 、れ ける とぞ、 よりて 思
ふに、 澤庵は 方 外の 人 也、 ひと \ せ 、江 BS 牛 込なる 酒
井 穴 二 印の. E 莊に、 三つき の 將軍家 御成 ありし 時。 草庵
に 牡丹の 暌 ける を 見 そな はして、 此庵を 長 安寺と 呼
ふべ し、 白 氏 か 一 日 看 盡長安 花と いへ る 句に よれ.. >、
澤 庵に 山 號を命 やべき よし 仰 ありければ、 延命 山と
名 付た. 0 き、 愛に も 松の かげ をと、 めて、 祝 松と い
へる は、 松 を 祝 ふとい ふ 心に や、 延命と いひ、 祝 松
とい ひ、 めて たきことば を 撰 ひし 事、 禪 家に は にげ
なく 覺へ 侍る、 かた へ の 堂の 軒に 扁額 あ.^ 九衢 靡、
裹偷 閑と いふ、 文字 を か、 ぐ 池 あり、 土橋 を 渡りて、
築山に 登り、 左の 方なる 片折戶 を 入る に、 待合 あり、
あるし の 尊者、 す^りと 筆と を 持 來り給 ひて、 三十
三 所の 巡禮 とか やい ふ もの は、 いたる 所の 山々 に 同
行 幾人な ど、 壁に は 書つ くると 聞く、 何に まれ 柱に
題して よとの 給 ふに、 かの 軒に か、 けし 額の 聯語
にお ぼしくて、 三 逕苦痕 沒迹と 書て、 かたへ に 辛 WC 臘
百 三十
月廿 三日、 同更 山天洋 遊と 印せ. -、 l^gg 蘭 蘇 もろ-
こし 人の 題名と やらん も、 かく あ" レ>ん かし、 一木の 一
梅の つぼみ 多く もた る も、 春 を まち 顏也、 もとの 道に
か へ- 9 て、 山の いた きに のぼれる に、 東に 金城の 白
壁 つらなり,、 西に 帆柱なら びた て. o、 南の 方に は 連山
波の ごとくに て、 下 は 人家 滿 々 た. 9、 年 比 天 王 寺の 塔
なんむ かふに 見へ しか ど、 今 は 一 ッの景 を 欠た りと、
かたへの 人 かたるに、 爱は元 和の 昔、 條須賀 氏の 古-
壘 也と いふ、 冬 御 陣の圖 とい ふ もの を 見し に、 南 御堂
は 蜂須賀 氏の 營 にして、 願慶寺 堀の 營は薄 田 隼 人 か 一
伯 樂の營 と 印せ b 、其 物見の 跡に 本 づきて、 かくは 築 一
きな せるな る ベ し、 日 觀と名 付 給 へる こそ、 あるし の:
茶室に 酒 吞み物 喰 ひて、 七 椀 を かたぶけ て 歸れ. .^o 一
祝 松 精 舍薩講 西。 長者?:. 贝金 布地 齊。 九 仿山成 基 古;
壘。 一 枝 春 早 入 新 題。 人隨 世; 1 有眞 俗。 座 照 縻尼ー
無 町 畦。 客飮酒不ぉ^;得意。 不同 塵 事 U3 栖栖。
築山の あたり 櫻 多し、 花 なば と 約し 歸 りぬ、
享和 元年 七 辛 酉 七月 十 日に 筆と. 0 初て 二 年 壬 戌む つ ;
き 十 一 日に 記し 終りぬ C 蜀山子 一
あしの 若葉 卷三之 下 終 1
壬 戌 紀行 上 一名 木 曾の 麻衣
享和 二のと し 三月 廿 一 日、 大阪南 本 町 ほ 町 の やど
. ^を 出て、 東路に おもむく、 よべ より 雨 ふれ ば、
雨つ、 みの 用意す とて 人々 立 さわぐ、 かねて は、
寅の ひとつに たち 出ん と、 いひ おきてし が、 夫-ぬ
の來る こと;^ くして、 卯の 剥 近くな. 0 ぬ、 一とせ
の ほど、 相 まれる もの 來 りて、 名殘 おしまぬ にし も
b らゃ、 馬田昌 調、 平野 11? 伊 兵衞、 銅 座 人 野 吋 由藏、 、水
あらす 井 三 郎兵衞 、年寄 《,』 島屋利 兵衞、 町 池 幸 七 等 也 T^m- 樣^
もとよ. o、 船に のらん とす、 吹屋の 輩、 河岸に たち
て 送る、 扇の 地に、 かたはみ の紋 と、 七 寶の紋 つけ
て、 過 書と いへ る 文字 書た る 幟た てた る 屋根 船の、
幕 打た るに 乘る、 長 持、 葛籠 輿 やうの もの は、 別の
船に のせて、 苫かけた..^、 馬 田 氏、 平野 屋の貳 人 は
河.: がに、 傘 さして、 船の かくる、 まて 見送れり、 今
橋、 高 魔 橋の もと を も 過て、 大 川に 出、 八 軒 家の 前
を ふるに、 太 神宮、 九條 中道 村と いふ 文字 書きた る
幟た て、、 構 菜に: K できり かけ、 鼓う ちた る 船の、
かへ b 來る あ. o、 これ は、 浪華の もの、 伊勢 太 神宮
に まう でた る を、 迎 ひに 出た る 船に て、 俗に 坂む か
へと いふと そ、 天滿 橋の もとよ. o、 網 島 をへ て 櫻の
宫 のかた を 見やる に、 此頃 見し 花の ち h-^ ほれて、 靑
葉 まじ b の 梢 を 見る、 南 長柄の 邊ょ. o、 舟 子ども 舟
を岸邊 によせ て、 簑笠 着た る もの 三人、 長き 綱 を 舟に
つけて 引 さま、 繪に 書る か 如し、 長柄の 三 頭の 邊は
棹に てさし、 毛 馬の あた. 9 より、 また 綱 もて ひく、
右の かたの 堤の 方、 今 市と 土 居の 間は攝 Si 河 內の界
なり、 雨 や、 を やみて、 穴于 のかき は 時 あか, 9 にや、
猶も 左の 堤のう へ を 綱 もて 引 行く、 蘆 生た る洲 あり、
洲の 左の かたに いれば、 洲 たえて 川 は いひろ し. 是ょ
b 北の方に いれ は、 左に 平 田 番所 あ. o、 船人 岸に 上
-9 て、 切手 をと. 9 ゆく、 左に 江 口の 君 堂 あ hs、 去年
の 五月 五日に 見し 所な り、 又 神 崎 川 あ. 9、 土橋 かゝ
れ.. >、 雨いた く 降來れ り、 猶ひた .9 のか たにま かれ
は、 一家と いふ 所な. 9、 松の 並木 あり 、江戸の 東な
る、 逆 井の けしき 思 ひ 出ら る、 松の 根に 大きなる 木 を
よせかけ たる あ. o、 これ を 楊枝 松と いふ、 むかし は 三
本 有. 0 しが、 近頃 二 本枯て 一 本殘れ b とい ふ、 石の 鳥
居の 見 ゆる は、 天満宮 なるべし、 菅家 左遷の 時、 楊枝
一一 3
壬 戌 紀行
を しるしに さし 給 ひし 所と いふ、 右に 石の 灯籠 かす
かに 見し は、 佐 太 天神に や、 左に も 天滿宮 あ. 9、 石の
鳥居に、 福祿 永. a; 皆 因 公之と い へ. る 文字と、 延享と
いふ 字、 ほのかに 見えし うちに、 舟 は § き 過ぬ る も
ほいな し、 右 は 松の むら 立 遠近に 見え わたされて、
雨雲た ちお ほひた る ながめい はんかた なし、 左に 鐘
樓ぁ. o、 寺 あ,^ * 上 村と いふ 碑 あ. 9、 白 藤の 棚 も 見
ゆ、 此ぁた,^>は川はぃ廣くして、 贰百 間に 餘れ, 9、
左の 方の 人家に、 家 傳金命 酒と いふ 看板 あり、 また
家傳 風の 神 あきれ 藥と 書た る は、 此頃風 病の 行 はる
るに よりて、 戯れて 書た るなる べし、 柱 本、 唐 崎と い.
ふ 所 を 過れ は、 左の 方に 芥川 あり、 城下の 人家、 遠
く 見 ゆる は、 高概 なり、 又 七 瀬 川と て 瀬の あまたに
わかれた る 所 も あ,.^、 右に 大きなる 寺の 屋根 ふたつ
ばか b 見 ゆる は牧 方に して、 出口の 御堂な どに や、
大阪 より 牧 方まで 五 拾 町 一 里に してい 五 里 ありと ぞ
是ょ. 0 京まで は 三 拾 町 一里な hN、 こ ゝは川 は- 5- こと
に廣 く、 11^ 百 八 拾 間 有と いふ、 右に 松 山 あ. 9、 天氣
よくば 行ても みま ほし、 天の川、 禁野 などい へる わ
た" も此 ほと. りなるべし、 左の 方なる 前 嶋と道 西と
百 三十 二
の 間に 金 龍 寺 あ. 9、 能 因の 山寺の 歌よ める 所と きけ
ば、 舟人に 寺 あ やとと ふに しらす、 鵜 殿と いふ 所
を 見れば、 げ にも 蘆の 葉 多し、 これなん 鹈 殿の 蘆な
め, 0 と 手 折て 懷 にす、 左の 方に 長く 横た はれる 山 は
山 崎 わた. 0 成べ し、 堂の 星 根 遠く 見 ゆる は寶 寺に や
山の 色の こき は 近く 薄き は 遠し、 ふもとに 人里 あ. 9
と 見えて、 一 人 一 一人 行き かふ さま 見 ゆ、 一 むら 竹の し
げれる は、 細々 として 香し とい ひけん、 杜 詩の 面影
見る 心地す ヽ かねて は 橋 本よ, 0 岸に あが. 0 て、 八幡
山に まう で、 猶日 高く ば、 宇治の わた,? も、 見 まほ
しく 思 ひし も、 あらまし ごとに て、 よべよ hv 雨 ふ hs
まさ. CS て、 時々 に 空 あかく み ゆる も 又 かきくも hN、
船ゃかたみちh^も^めり、 かいの つくも わびしき
に、 未の さか -hv よ .cv、 風 さへ あら/^ しく、 雨 を も
吹い る れば、 舟の さし かためて うつく まりをる
に、 波の音 高く、 舟の 上 も、 大なゐ ふる 心地して
おそろし、 舟 子と も ふね を 岸べ の 木に つなぎて、 あ
ま 風つ よければ す、 みがた し、 しばらく まち 給 ひ
ねとて、 袖 も と ゝ に ぬれた.^ が、 三人 四 人、 舟
のと もに まろび ふして、 いびき かきてい ねぬ、 百日
nr 付と かいひて、 京攝の あいだに、 行か ふ 舟 も、 此
風に す、 みがたくて、 わが 舟のお もてに か、 b お
り、 此舟 もて 風 を ふせぎ、 や、 力 を 得た る 心地 はす
れど、 猶、 はた^,^ と のなる 昔 やます、 日暮 な, c;
として、 くらうな れど燭 なし、 ゎづ かに、 もと を
あら はせ し 蠟燭の 殘れる を あつめて、 火う ち 袋の 火
うちつけ、 息の かぎ. 9 吹た て、、 かいく かれい ゐも
あさ, 9 つくし、 みさかな は、 かたみにみ ちぬれ ど、
酒 は 別の ふねに あれば 力なし、 別の 船 は 三 拾 石 舟と
て、 苦お ほひた る 舟 なれば、 風 を もい と はすして、
すでに 伏 見に つきた るなる べしと 思 ふに、 ゎづ かに
からのく だもの やうの もの ゝ ある を 見いで 、くひつ
ゝ、 舟 子どもが、 飯 かしぎた るか まに、 のこれる 湯
を こ ひて、 唇 をうる ほしぬ、 いぬの さか. h- にも や
あらん、 風 や、 おやみて、 雨の あしもと だえ ぬれば、
さあら ばみ ふね 出さん と、 舟 子ども 岸に の ほ b て、
くらき 道に 足な ふみ あやまち そな ど、 いましめつ、
網 もて ひく、 まばらく あ. りて 舟- i のぼ b、 掉 もてさ
す は 淀の わたりに や、 水車の きしる 音 棹 さす 音に 響
きかよ ひて かしが まし、 からう じて 伏 見に つきて 舟
よ, 0 下り、 旅の やど, 9 にっきぬ、 子の刻に 近 かるべ
し、 去年 宿, 9 し 家に て、 富田屋 與左衞 門と いふ ある
じ は 、京に 行し とてみ えす、 浪花に てまれ る もの、
夕つ かたよ. 9 待つ けしとて、 來. 9 もの 語れり、 物く
ひ 酒の みつ、 こゝ ろお ちゐ ぬ、 此 知れる もの、 みや
こに 來, 9 居し か、 今宵 わが 此 やど, 9 に 求れ る を はか
b しりて、 この 宿の むかひに やど, o、 あす は みやこ
の あない せんとな り、
廿 二日よ ベよ. 0 雨 はれ、 曉の ほし きら.^^ と 見 ゆる
に うれ しく、 夜 あけて やどり を 出つ ゝ、 町な み を
見る に、 小 家 かちに わびしき さまな, 9 、 I おお 一、
! SII は マ ひ 城 州 伏 見 住、 文 珠四郞 包 光と かきし 標ぁ
る 殺 冶 あ ,り、 勝 念 寺な どい ふ 寺 も 見 ゆる、 左 京大 佛
街道、 大津道 右京 橋 ふねの, り 場と いふ 石 もた てり、
案内の もの、 愛 は欞木 町と ていに しへ うかれ 女の ふ
しとなる か、 今 あれた る さま 見よ とい ふに、 竹の は
やし 麥の畑 あ, 9、 左の かたに 明 石屋と い へる 家 一軒
殘れ. り、 木戶の 如き もの ある は、 くる はの 門なる ベ
し、 深 草の 墨染 さくら は いづこと 問ば 愛な. 9 とい ふ
に、 下, 9 て 寺に 入る、 墨染 寺と いふ、 甲斐の 身延山
百 三十 三
の 末寺に して、 京^ 妙 寺の 支配な. 9、 名に お ふ墨染
さくら は 枯て植 そ へ し は 一 重の さくらに て、 すでに
ち. 9 ぬ、 かたへ に^る 一 木の 花、 今 を さか. 9 にて、 世
にい は ゆる 墨染の 稀な,. > 、猶北 さまに ゆきて „E< れば、
道の べに 深 草燒の 土偶 人 を ひさぐ 家 多し、 右に 寺 あ
b 象王窟 とい ふ 額 有. o、 又淸凉 山と いへ る 石 標も見
ゅ、木BSを出れば、自是^e伏見支配とぃふ石表ぁ,^、
藤森の社の裏門ょ..^ぃ.oて、 崇道盡 敬 天皇の みまへ
にぬ かづき 表門に 出づ、 右に W 丈 山 石峯寺 あ. 0 1 樂
自然の 石の かたち もて 羅漢の さま をう つし、 少 しづ
、彫琢 をく はふ、 山の あいだ 道の くまく にたてる
さま 努;^ として 佛 體 を そな ふ、 淫 槃の 像な どこと に
あやし、 米 三 翁と い へる 碑 もみ ゆ、 寶塔 寺の 前よ.. >稻
荷 山に い.^ て 東 福 寺に 出る 道 を 牧童に とふ、 和 泉 式
部 か 若 か, 0 しょ. 0 の 事 思 ひ 出ら る、 稻 荷の; « に ぬか
づきて 東 福 寺に いれば、 今年 開帳 あ て、 五大堂、 開
山 塔、 客殿、 傅 衣^、 方丈 法 堂、 佛殿、 山門 ことくく
もろ. の 寶物を か、 げて 人々 に拜 せし む、 まだ 朝
の ほど なれば まゐ b 來る人 もまれな. £>、 佛像書 書の
幅 一 々に 記し もつ ぐ さす、 く はしく ば 靈寶の 目錄に
la 三十 四
あ 、げに 雲 烟の眼 をす き 百 鳥の 聲を きくが ごとし、
中に もこ ゝ ろに しみて わすれが たき は、 兆 殿 司の 大
0 0 0 ゆお. :4 又 大觀昔 十 A 天の
像、 五百羅漢 五 拾 幅、 同 下 給 五 拾 幅、 また 傳衣閣 にて
や あ.. > けん、 山門に て や あ b けん、 堂の 板壁に i: 司の
書す さみた る 羅漢の 像、 氣韵 生動の 粉本と いふべ し、
虎關 禪師の 元 享釋書 は 草本の ま、 にて 點 など 加へ た
h、 進學 解と 同じ 筆な. 9、 俊 成 卿 女 t: 如 尼 寄進 狀は
假名 もてし どけな く 書 つらねし が、 父の みは かの 地
の 四 至 を しるせるな り、 いとま あらば うつし もとめ
まほし けれど 心 あはたい しくて やみぬ、 その外";;^ 卽
之、 蘇 東坡の 筆、 吳道 子、 張 思恭、 李 龍 眠、 呂紀、 林 良、
周 文、 顏輝 等の 書見る 目 も あやにして、 一 々に 記し か
たし、 渡 宋天満 宮の事 は兩聖 記に も 見えて、 開山 無 準
禪師の 事い まさらい ふに およばす、 方丈の 柱 は 朝鮮
木に て たてしと いふ、 天井に 大谷刑 部の 名 ある 堂 も
ぁ<h^しがゎすれた.o、,^そぎて京に入らんとするに、
巳の 時ば か.^ なるべし、 七條 河原 を わたりて、 かの 石
川五衞 門が 烹られ し 跡 を 見つ、、 珠數尾 町に 出て 六
條柬 本願 寺に 至. 9 、名に お ふ 門の 彫物 を 見、 西本願寺
の 門 を 見れば、 此頃 あらたに 營み 建て、 三 n: 廿 六日
の供養ぁ..^とて、 いまだ かこ ひ を とらす、 され ど 東
の 大きなる 門に はたち も 及 ふべ からす、 千 本 通 を 過
て兩 町奉行 P ゆ の 廳に吿 け、 又 所 司 代の 廳に
も吿ぐ 、 まづ 公の 事お は, 9 ぬれ ば 今宵 大 津に とまる
まで は、 かしこ こ 、都の さま も 見 まほし く、 堀川 を 北
へ 行く 道の ほと h- の 酒家に ていこ ふ、 むかひに 東 山
遠く 菜 花 地に みて.^、 北山 等 持院に 開帳 ありと き、
て 行く に、 竹林の 見 わたさる、 は 洛外の まるし にや、
等持院に唐門ぁり、中門ぁり、中門ょ..^入,.^」法堂に
いたる、 愛に 足 利 家 代々 の 木像 あ. >、 所謂
等 持 院殿尊 氏 賓:: ^:院 殿義設 鹿苑院 殿義滿
勝 やん 院殿 持 長 得 院殿義 量 普廣院 殿義敎
慶 .1- 々に 殿義勝 慈 照 院殿義 政 常德院 殿義尙
大 IP 院 殿義极 惠林院 殿義材 法 住 院殿義 澄
萬松院殿.^2? 光源 院殿. 森 輝 靈陽院 殿義昭
等な. o、 等持院 殿の 柔 よく 剛を 制させ 給 ひし 氣象そ
の 面 を 見る が 如し、 慈照院 殿の 面長に みえ 給 ふと、
靈陽院 殿 の ふく ら か に 見え 給 ふ は、 今 も猶目 にあ.. > 、
堂のう しろ は 衣笠 山に て、 山のう へに も 幟な とたて
ゝ 、山に の ほる ベ き 道 見 ゆ、 金閣寺の か たに 行く 道 あ
b て、 石の 表た てる を 見て、 野道 をった ひつ ゝ 行て 寺
門に いたる、 案內の もの そのよし をつ ぐれば、 尼 あ
り、 庭の In, ひらきて みす、 池の 心 ひろく 見 わたされ、
九 山 八 海の 名に お ふ 赤松 石 畠 山 石な とい へ る 奇石か
そ へ もつ くす ベ からす、 金閣は 三重に して、 第 一 を 法
水院 とい ふ、 彌陀の 三 尊、 夢想 國師の 像、 鹿 苑院殿
義滿の 像 あり、 第一 一 を 潮音 洞と いふ、 自然 木の 觀音、
四天王 を 安す、 第三に 究竟 頂と いふ、 後小松 院の勅
額 あり、 板 敷 三 間 四面の 一 枚 板に して、 四 壁 こと ご
とく 金箔に てた、 みたる が 色 落て 光な し、 閣を 下, 9、
岩 下、 水 安、 民澤の わた. 9 夕 佳亭を もみつ、、 龍 門
の瀑 といへ る を 見て 裏門 を 出る に、 さくらの 花 さか
りなり、 是 より 平野 社に まう でぬ るに、 こ、 にも 櫻
の 花 多し、 や、 さか, 9 過た るけ しきな, o、 北 野の 天
満宮の 東門よ. 9 入て、 御 本社の 內陣に 跪きて ふし を
かむ、 これまで あまたの 天満 宫を拜 せし かど、 こ、
を 北 野と きくに も そ いろ さむき 心地 ぞ する、 末社 を
めぐ, り 表門 を 出、 影 向の 松 を 見る、 宋紫石 か 竹 を 書け
る を 石に きさみ てた てる あり、 又 龍 草廬が 七十の 壽
百 三 4« 五
壬 戌 紀行
をな せし 事 を 文に 書て 祝壽の 碑と いふ をた つ、 松屋
町、 今 出 川 町な とい ふ 所 を 西 さまに 步 みつ、 御所の
御 構の うちにい. 9、 仙 洞 御所 女院 御所 禁裡の 南門 か
ら門 公家 門 所 門な どい へる 御門 ある 御 築地の もと
を 見め ぐ. 0 て、 百萬篇 屋敷と いふに、 非 藏人羽 倉豊前
とい ふ もの あ \ こゝに 上田 秋 成 翁 »|| ほ 離 無 のか
くれす むと き、 て 尋ねと ひ、 日 も くれ か、 れば いそ
ぎ 加 茂 川 を わたり、 下 加 茂の 社吉 田の 社 をと ほく 見
や..^、 t.- 護 院の宮 の 前よ. -南禪 寺に か、 る 林の 中に
丹 波 "お. とい ふ 茶;: あ.. > 、名に お ふ 南禪寺 豆腐 を 味 ひ、
酒の みものく ひて、 しばらくけ ふの つかれ を やすむ
るに、 庭 に^^の 花 さかりに して、 床几の もと をな
がる、 水の きょ き 事、 他國 のおよ ぶ ベ くも あらす、
粟田口 山 科 を こえて、 H すでに くれて 道の ほど もた
と/^ し、 やうく 戌の 刻 過る に 大津の やと につ
く ロロ屋ロロロ とい ふ もの 、家な-.^、
廿 三日 晴、 よべ のっかれに 寢 すぐして、 いまだ 驛中を
出ざる に 1:1^ の 時の かね をき く、 驛の さま みやこに 近
ければ、 なべての ひなびた る さまに は あらね ど、 市
中の 招 牌に もんめん 絲ぁ h -、 ゆうとう ふ あ. 9 なと 書
百 三十 六
る は、 此 所の 鄕 語なる べし、 萬 袋 ものな どかけ る は
京攝の 風な. o、 右に 平野 大明神 精 大明神 蹴 鞠 之 神社
とかけ, o、 左に 天 神宮 あ, 9、 膳 所 城の 大手 を 出て、 左
に稻荷社ぁ.>、右に走井五百羅漢建立とぃふ札ぁ.^、
又 妙見大 菩薩 あ. 9、 左に 若宮 八幡 あ b 城門 を 出て 打
出の 濱 なる ベ し、 湖水の けしき は 去年 も 見し かば、 く
はしく は 書す、 三 上 鏡の 山の 邊に 朝日う つら ふさ ま
いふ もさら な. 5、 粟津の 原 を こえて、 右の かたに 石
山に ゆく 道 あ, o、 愛よ, 0 拾 三 町と いふ、 去年 見 ざ. 9
し 事の 二 b 多ければ、 こ、 に 輿 かく もの を またせて、
かちより ゆく 右 は 山の そばに して、 左 は 勢 W の 川な
り、 右に 國分寺 道 あり、 かの 色 燕 翁が 幻 住 庵 記に か
ける 所なる べし、 こゝ にして 一 ッの古 11^ を 拾 ひ 得た
り、 かの 國分 寺の にや、 まう でし 人の 携へ 來. -て
おとせし 成べ し、 右の かたの 山ぎ はに 石亭 翁 登 遊 碑
あり、 正 四 位藤 原 良 直撰并 書と あ. 9、 文":: K ければ 記
さす、 翁 は 藤 原 族木內 氏と あり、 すぐに 行く 道 ある
を 人に とひし がわ すれたり、 左右に 七 軒の 寺 家 あ. 9、
右に 二王門 あ b 石山 寺と 言 額 あ, 9、 門 を 入て 左右 子
院四軒 あ, 9、 家居の さま もつ き- しく 見 ゆ、 左の
かたの 奥なる は別當 なるべし、 知行 五 百 七 拾 九石餘
ときく もむ ベな り、 右の かたに たてる 石黑 くさ かし
くみ ゆ、 坂 をの ぼれば 高さ 丈に あまれる 石 つらな b
時 h -、 本堂 は 南 向に て 本尊 は觀世 昔と かや、 紫 式部
源氏の 間と いふ 有.^ て、 窠頭 口に 翠簾を たれたり、
本堂に 額 有 b、 其 文に いはく、
江 洲北郡 淺井備 前 守 息女 亞相
當寺諸 伽藍 者
秀賴卿 御 母堂 爲ー 一世 安樂 御 再興 也
と あり、 拜殿も あ b、 三 拾 八 社の 明 神 多寶塔 叉庫 等
あ b 、鐘 樓の鐘 は 人び とのつ く 事 を § るすと みえて、
か はるが はるつ く 音 かしまし、 早鐘 無用の 札 立た る
もお かし、 古き 五倫 塔 あ b 、本堂のう しろに しめ 垣し
て、 なぎの 葉の ごとき もの を植 たり、 いかなる ゆ へ を
知らす、 楓の木 多し、 石の はさまに 實 おちて おのつ か
ら生ひ 出た る 多し 山の 上より、 に ほの 海 を 見渡す に、
げに 月の 夜 は あかし もす まも 外ならぬ 詠なる ベ しと
思 ひぬ、 もときし 道よ b 勢 田の 小 橋 を わた. 9、 大 橋の
^5:?法師の 年!=^ い か いならん と 見る に、 近頃 修理せ し
と 見えて. 宽政五 年と い へ る 文字 を ゑ b たるが、 輿の
戶ょ. 0 見やられ たる もお かし、 右に 田 上 山 不動 寺へ
1 一里 半と いふ 石 表 あ h- 、又 鳥居 も あ..^ て、 右し がらき
道と ゑ. 0 たる 石も昆 ゆ、 大 かめ 川 を こえて、 左に 池 あ
b 池の 中に 宫 あり、 野路の 砂 川 を わた h- て 草 津の追
分な b 、右 東海道い せ 道、 左 中 山道 北國 きそた が 道と
ぃへる石表たて..^、 すな はち、 左の 方 中 山道の 方に
入る に、 に はかに ひなびた る さまに して、 東海道の
賑 ひに は 似 もっかす、 草 津川を かち わた して 右に
寺 あり、 左の 方に 自是北 膳 所領と い へ る 石 表 あり、 右
に 翁 社 あり、 松原より 右に 三 上 山、 左に 比 良の たけ
見 ゆ、 人家 あ, 5、 水車 あり、 溢 川 村と いふ あたりなる
べし、 右に 和 中 散うる 家 あ h -、 せさいと まるせ り、 屮
澤の 立場 を 過て、 三 上 山の 形ち かく 見 ゆ、 左 は 高く、
右 は ひく、 して ふたつに わかれた. 9、 かさ 川 村 をす
ぎて、 右に 大寳 天王宫 あ,.^、 左に へそ 村膏藥 あ.^ て、
栗 本 邵中村 氏 製と あ.^、 自是 北淀領 とい ふ 石 表 あ. -、
右の かたに 鐘樓み ゆ、 この あた, 9 閻魔 堂 村と て、 右に
閻魔 堂 ありと いへ と 見過しつ、 從是北 宮津領 とい ふ
石 表 あり、 一里塚 模を へて 守 山の 驛な, 9、 驛 中に 表
具師 ありて、 暖簾に 山 本と あり、 又 八幡 篛 ありと い
壬 41、 お 行
百 三十 七
壬 戌 紀行
ふ も 見 ゆ、 右に 法 華 寺 有、 土橋 ある 小川 を わたりて、
左に 述如ヒ 人御蕩 跡金淼 堂へ 八 町と いふ 石 表 あ. 9、
又志那 海道へ 行 道 あり、 右へ 曲 りて、 右 は 中 山道 こ
の はる 道と いふ 石 表 あ. o、 御 刀 脇指掖 所と いへ る も
二 所ば かり 見 §、 又 帆柱 觀世 昔と いふ 石 表 ある は、
慈眼 寺と いふ 門 に舆: i 院と いふ 額 あ. 9、 藥師 如來も
あり、 此 あたりの 制札に 主計と ある は私領 なるべし、
右に 相 生 松 あ.^、 左に 社 あ, 9、 從是西 宮津領 とい ふ 石
表 あ b 、左に 金 羅大權 現 あ. o、 野洲 河原 ひろくして
むかひの 河原に 布 を さらせる ぁリ、 假 橋よ..^ わたれ
ば野洲 村の 人家な.^、 むかし 平相國 入道に めされし
祗王は 野洲の ものな り、 今 も 祗王堰 とい ふ あ b とき
くに も、 此 あた b なつかしく、 右の かたに ゐ せきの 見
ゆる は その 跡に もやと 見や. 9 つ、 過ぬ、 妓王堰 の 事
は 東 厘の 輞軒 小錄 にもし るせ.^、 從 是淀領 とい ふ 石
表 あ- >、 左へ 曲れば 右に 寺 あり、 門に 釋迦 如来と いふ
石 表 あ. o、 右屮 山道た が 北 國道左 八まん 道と いふ 石
表 あり、 右へ 曲り 行に 三 上 山 漸く 跡の かたに 見なさ
れて、 はげ 山の 形ち 近く 見 ゆ、 兀 山の ふもとに 小 松 多
し、 左に 塚の 如き もの あ b 、又 地藏 あり、 鳥居に 石垣
百 三十 八 —
あ, 0 て 袁く見 ゆる 神 は tg: ぞ と、 へ は、 ふじ まといへ
..^、坂を上れば、ゃのむね川とぃふ、水なし、坂をくだ
れば 人家 あ.^、 やの むね 川 火 打 所と い > "看板 あ.^、
此 所の 名物なる ベ し、 右に はい わくら 藥 師道 あ り、 又
岩 くら 藥師是 より 七 町 入と 書し 石 表 も あ, o、 自是西
小 堤 村 自是錦 織寺領 とい へ る 石 表 あ b、 愛 は 篠原堤
とて、 右の 方に 實盛か f 洗 池 あ.^ とい へ ど、 實 盛が
うたれ し は 加 賀國篠 原に ての 事な b とぞ、 一里塚 を
へて 砂 川 を 渡る、 これ も 又 水な し、 左右に 兀山 ある
中 を ゆく に、 右に 松 多し、 鏡の 宿 は 鏡 山の ふもとな
り、 人家 わびしき さまな, 9、 鏡 山 名物み りん 酒し よ
うちう と 書け る 看板 かけし やど b にて 携へ來 りし 泡
盛 酒 をのむ、 庭 は 山の ふもとに して、 躑躅 花 さか,.^、
向 ひの 人家の 星のう へ を 越して 松 山の 見 ゆる は 前栽
の 築山に 似たり、 たちいで、 右に つらなる 近き 山の
上に 石灯籠の ある を さして 鏡 山と いふと ぞ、 右に 是
よ. 9 にわう へ壹 町と いふ 石 表 あ, 9、 左に 寺 あ. o、 砂
川 あ, 9、 善 光寺 川と いふ、 右に みなく ち 道、 是 よりい
せ 道と 云し るし あ, 9、 左に 正 一 位 若宫大 明; f 〔あり、
橫關川 は 舟の 上に 板 はし、 わたれ.^、 馬 淵: IJ? の 人家
にぎ はゝ し、 左に 八幡宮 あ b、 右に たがの よつ きく
わん 音 道 あ. o、 又い わくら 觀音道 あ. り、 同じ 道に 日
像 菩薩 開基 之靈地 具足 山 妙 感寺是 より 八 町と *^ るせ
る 石 表 あ. o、 父母 世に いませし 時 信じ 給 ひし 御 法な
b と 思へ ど 甲斐な し、 右の かたに 小 田 をへ だて、 近
く 見 ゆる 兀山 あ、 り、 淵 山と いふと ぞ、 ふもとに 一
妙 力
むらし けれる 所 あ, 9、 寺社の やうなる もの 昆ゅ、 長
光寺と いふ 寺 あ..^ とぞ、 道の ゆくてに 喪 を 送る もの
にあ ひぬ、 先にた てる女 二三 人 白き 衣に 白き 帶 して
白き 練の かつぎ を 着たり、 次に いろき たる 男 四 五 人
ばか, 0 あ. o、 又 まろく 短き 衣 を 上に 着た る もの 一 人、
锹を かたに して 火繩を もち、 むま やちょ,.^ 右の かた
なる 細き 道の かたに ゆきぬ、 棺 はすで に 野べ に 送り
しと 見えた. 5、 禮 失して これ を 野に 求む とい ふ 事 も
おも ひ あは せらる、 左の かたに 社 あ,^、 武 佐の 驛に
いる、 右に 妙 光寺 道 あ b、 左に 佐々 木 社に 拾 九 町と
いふ 石 表 あ. o、 延喜式 神 名 帳に 近 江 國蒲生 郡 木贵神
社と ある は是 な. 0 とぞ、 今夜 は 上田 屋 五左衛門 とい
ふ 家に やどる、 此 頃の 風の 病に おかされて 客 をと ど
むる 宿 すくなし とい ふ、 此 あた, 0 の 地に すく もとい
ふ もの あ. o、 里人 これ を ほりて 薪と すと いふ: 爭、 貝
原 翁の 木曾路 記に 見え たれば これ を 問 ふに しらす、
武佐 升うる 家 や あると 問し になし とい ひき
廿 四日。 天氣 よし、 宿 は づれの 左の 方に 制札 あり、 石
垣に て かこ ひ、 又 堂の 如き もの あり、 大木 あ, 9、 楠に
似たり、 右に 八日 市道 あ b. 、左に 寺 あ, c> 、又 高き 山の
上に 木立 あり、 箕作 山と て 佐々 本 承 蘭の 城跡と いふ、
是 につ いきて 見 ゆる 山 は 觀昔寺 山 成べ し、 右の 方に
も 山 見 ゆれ ど 名 を 知らす、 此 あた.^ 西生來 村と いふ、
左に 東 光寺 曰 あ b、 又 神社 あ. o、 右に 寺 あ, 0 左の 方
に 茂れる 森 あ,^、 松 多し、 これ はい は ゆる 老 曾の 森
なるべし、 西老 蘇東老 蘇の 村 あ b、 左の 方に さしい
,9 て 鳥 S3 の 見 § るに 額 あ, o、 輿よ. 0 過し かば 文字 さ
だかなら す、 是を 問へ ばか いみの 宫 とい へり、 左に
大きなる 松 あ. o、 觀昔寺 山に 行く 道な. o、 西國 三十 二
番觀音 正 寺是ょ b 拾 五町と あ. 5、 此 あた. 0 人家に て
早稻を 袋に いれて うる もの 多し、 又 紺が すりの しま
お..: > したる 端物 帷子 地な どうる 家 多し、 爱は 高宮の
織 もとな, とい ふ、 淸 水が はなの 立場に ぎ はし、 道の
左に 右京 道 左凡幡 道と ゑれ る 石 表 あり、 町屋 村も乂
にぎ はし、 右の 方に 右京 道 左い せ^ £ノ 道と 書る 石 あ
b 、位 W 村 をす ぎ小幡 川の 石橋 を 渡り 小幡 村に いる、
左の 方の ある 人家に 蝦燭 のかた をつ く.. > て 生 掛蠟燭
と 書き、 彥根 きゃらの 油と かける あり、 右に 竹林 多
し、 屮村を 過れば: 丸師ぁ b、 村の はづれ なる 左の 方
に、 朝鮮 傅來卽 功し やうき 散と いへ る 看板 あり、 ゑ
ち 川の は いは 三 町ば か., ノ遨臺 とい へ る ものに 輿 を か
きのせ ゆく 川 を 越せば 越智 川の 驛 なり、 驛 もまた 脤
はしから や、 され どきね 屋 銘酒 琴の ねと かける 招 牌
に は 心 ひかれ 侍り、 中 宿く つかけ 村 を 過て、 右に 旗
神 滿 大社 あ. 9、 土橋 村 を こえて うたつ めの 橋 を わ
たる、 二れ うそ 川の 流な. 9、 枝 村 をす ぐれば 右に 寺
f、 又 石灯籠,;? る も 見 ゆ、 四 ッゃを 過て 松の 並木
の 問 を 行く に、 太鈹の 一昔す る を 何ぞと 問へば 千度
村に 祭 あ とい ふ、 ゆくゆく 見れば 農家の かくれた
るかた に 物の 音き こ ゆ、 是 もまた 祭な りと 思 ふに、
一里塚 をへ て 石 田 村に いた, o、 松原 を こえて 四 拾 九
院 村と いふに いたる、 左の かたに 見 ゆる 山 を 荒神 山
とい ふ、 又兀山ぁ.^、 松の 生た るも昆 ゆ、 松原 を 過
て あまご 出 村な り、 又 松原 をす ぐれば 左に 蓮 如上 人
百 四十
御影 奉加 當衬金 光寺と いふ 觀化所 あ. 9、 つ ら 町の
名物 はついら 織、 行李 園 扇、 狀さしの類な..^、 松原
をへ て 左に 寺 あ. 9、 一里塚 をへ て 松原 をす ぎ 高宮川
を かち わたしに て 行、 是犬上 川な. 9、 右に 高 野世繼
觀音道 あり、 高宮の 驛兩が はの 町に ぎ はしく、 高宫
島の 布うる 家 多し、 宿の 中なる 右の かたに 大きなる
石の 鳥居 あ,.^、 多賀 大社と いへ る 額 あり、 是ょ..^贰
拾 町 ありと 云、 又多賀 大社 道 あ, 9、 左の 方の 木の間
より 遠く 城の 見 ゆる は彥 根な. o、 その さま 玉 造の 方
よりして 大阪の 城 を 望む が 如し、 又 ふる 城と いへ る
山 あ. 9、 これ 佐 和 山な..^ とい ふに、 石 田 治 部 少輔が
事 思 出ら る、 大堀村 をす ぎて 左の かたに 奧 ふかく 石
坂の 見 ゆる は 岩 淸水大 S- 神な. o、 大城川 は 土の か. 9
橋よ. 5 わたる、 右の かたに 高き 山 あ, C -、 大 堀川の 岸
に 近し、 松原 を こえて 地 藏村を 過ぎ、 又 松原 を- 一え 行
くに 彥 根の 城 近く 見 ゆ、 山城なる べし、 左に 小社 あ
,9、 原 村 を 過て 左に 八幡宮の 鳥居た て, o、 一 里 塚 をす
ぎて 左右に 山 近し、 むかひの かたに 遠く 白く 見 ゆる
は 湖水なる ベ し、 左の 山上に 社 あ. 9、 石 坂 高く 見 ゆ、
山 はみ な 赤土な り、 また 一村 あり、 小 野の 宿と いふ、
ある 藥舖 のみせ に 石た て、 小町 丸と い へ る 三 字 を 彫
れ h -、 又 金香圓 といへ る藥 うる は 名に お ふ 赤 玉と い
ふ藥な,^、鳥居本の驛!^5"は多賀明神の鳥居この所
に 有し ゆ ゑに かく 言と ぞ、 驛の 中なる 左の かたに 彥
根 道と いふ 石 表 あり、 此驛 のうちに 赤 玉の 藥賣る 家
多し、 右に 仙敎 丸と いふ あ, o、 左に 神吉 丸と いふ は 寺
村義 水な b 、又 神敎 丸と いふ は 三 裏淸菴 な. o、 次に 神
敎丸 といへ る 看板 を 出せし 家 あり、 是 本家な, 9 とい
ふに 一 囊 もとめて 家 づとゝ す、 此驛に また 雨つ、 み
の 合羽 ひさぐ 家 多し、 油紙に て 合羽 をた、 みたる 形
つくりて 合羽 所と 書し あ. o、 江 m- にて 合羽 星と いへ
る もの \ 看板の 形な, o、 此 油紙に てつく hv し を 見て
はじめて 合羽 を疊し 形なる 事 を しれ b、 山 を 右に し
て 田 を 左に して、 ゆくゆく 矢 倉 川 を わたる、 石橋な
、左に 石 表 あ. 9、 北國米 原き の もと 道と ゑれ b 、下
矢 倉い とふ 所よ. 0 坂 をの ぼる 事 高し、 左右の 蛆に石
の碎 けたる あ b 、是磨 針 峠な, 0 、輿より 下, 0 て あゆむ
に 腰つ かる、 ばか. 0 な. o、 登-りつ くして 左の かたの
茶店 を 臨 湖 堂と いひ、 右の かた を 望 湖 堂と いふ、 童麟
書と あ. o、 屏風に かける 詩 を 見れば 琉球國 の 人な b、
廷陲
印
堂 在 嶺頭縱 目 初 水 光山 色 任卷舒
湖 中 竹 島 萬 粧出月 裏彥城 書不如
中 山 梁 素 園 題
また 四時 風月 助吟情 中 山 素 園と あ
また 展開 風月 添 詩 料
糊點 湖山 歸書圖
みな 中 山 素 園と 題せ,
また 愛景 茶 寒 香 欲 散
聽 詩酒醒 韵添吟
是 もみな 同じ 名な,.^、 望 湖 堂よ..^ みる 所、 西南に 比 良
のた け 遠く そびえ、 それより 南に つらなる 山々 近き
あ. o、 遠き あ. o、 山の ふもとに 人家 あ. o、 礒 村と いふ
湖の中にさし出て高く見ゅる11^^ぶきは寺などにゃ、
田 面 はるかに 見 わたさる、 北の方 山 めぐりて 中に も
まろく 見 ゆる 山 をと へば 山 もと 山と いふ、 貝 原の 記
に は 小 谷 山と しるせ b 、そのつ ^きに 月 出か 崎 あ. 9、
西北に 遠く 見 ゆる 山に は 今津、 貝津の わた. 0 にて 若
狹 のかた 也と 云、 すべて 山 は 四方 を かこみて 湖水 そ
の 中央に たゝ へた, 9、 北の方に 一 點 のみ ど.. > の 色 水
面に うかべる は 竹 生 島な り、 島 もとは 智福 島と い 一
壬 戌 紀行
B 四十 一
壬 戌 紀行
へる を 後に 今の 文字に 書 あらため しと ぞ、 後小松 院
宸翰の 竹 生島緣 起に はしる せ..^、 一とせ 江戶 目白 不
動に て 開帳 ありし 時、 不思議に 此緣記 を うつせし な
り、 南に 奥の 島 竹 島 あ."^ と、 貝 原の 記せれ とさ だかに
も 見と、 めす、 礒 村の 出 はなれよ, 9 北の方に つ、 き
て 長き 洲ぁ. 0 て 水草 生 茂り 湖水 を橫 きる が 如し、 見
ぬ もろ こしの 西 湖の 十景 も是に はよ もす ぎじと 思 は
る、 山 を 少しく 下,^ て又高きにのぼる、小すh^針と い
ふ、 此山を 下.^ ゆく 事 長く して 松な み を 過て 人家 あ
^、元 番 場と いふ、 此嶺 をす ぐるに 道の 左右に 面白き
草花 あ b 、^^化す 根 こして うへんと 思 ふに、 輿 人の
いふ、 旅人み な携へ 行きて 植れど 生長す る 事な し、
か、 る 石 砂 まじ. 9 の 地に あら ざれば 生 ひ 出す とい へ
り、 左の 方に き. 0 たてた る 如き 高き 山 あり、 木立 あ
, り 、是淺 井の 城跡な. > とぞ、 番 場の 驛 にいれば 右に 八
葉. S といへ る 額 かけし 寺 あ..^、 これ 蓮華 寺と いふ 道
場な b 、、元 弘の昔 六 波羅の 越後 守 仲時此 寺に て 自害
せし ときけば、 たちい. 0 て も 見 まほし か. 0 しが、 輿 を
飛して 行 過ぎし こそ ほゐ なけれ、 門前に 下馬 札な ど
も 有き、 此驛 にかつ けの 藥 足の いたみに 妙 藥 などい
百 四十 二
へる 看板 多し、 一里塚 をへ て 門 根 村な, o、 樽 水と い
ふ を 土橋よ. 9 わたりて 樋 口村 あ.,^、 名物 あん 餅餵頭
あ b 、溝 あ, o、 淸水 ながれて きょし、 牛 打 村 を 過て 松
原 を 過れば 右に 寺 あ b、 さくら 花 さか. 0 に 見 § 、左に
高く そび へし は 伊吹山な. *^、 ところどころ 雪の これ
b 仁 良 川 を わ た る、 土橋な. 0 、 自是北 郡山領 とい ふ 石
表 あ 、小川 を わた b 一 里 塚 を 過れば 人家 あ h- 、名物
くさもち あり、 醒 井の 驛 にいる に 右に 水の なかる、
音き よし、 これ 醒 井の 下流なる るべ し、 この 驛 にさめ
がい 餅うる 家 多し、 とら 星と いふ も 見 ゆ、 乂塞 さらし
ともい ふ、 伊吹 艾 ひさく もの 多し、 右の かたの 水の 中
に 日本 武尊御 腰掛 石と いふ あ. 0 て、 その 側に 地藏堂
たて. 9、 額に 濃 州 大垣石 川 日向 守 建立 也と 書, -、 醒井
の 水 は 古へ よ,.^ 名高き 所な,. >、 日本 武尊 伊吹山に て
大蛇 を ふみて 山中の 雲霧に あ ひ 給 ひ、 御 心地な やま
しか.^ しが、 此水 をのみ て醒給 ひぬ となん、 小 坂 を
あが. 9 て 右に 山 あ, o、 左に 田 あり 田 をへ だて, -山ぁ
り, 一色 村 をす ぐ、 從是南 郡 山領と ゑれ る 石 表 あり、
一里塚 をへ て 左に 寺 あり、 八幡宮 あり、 此 あた.. >大
なる 松の木 多し、 松原 をへ て あづさ 川 を わたる、 土瞎
な,r^、 此 あづさ 川 道の 右の 方なる 山々 の もと をな が
れて、 又驛路 にむ かふ、 ゆ へ に 柏 原 迄の 間に 三度 わた
ると いふ 、梓 村 を へ て 自是東 郡 山領と いふ 石 表 あ. 9 、
粉 河 坂 を 上れば 左に 山 あ. 9、 明星 山藥 師道 あり、 松
並 をへ 一 里 塚 を こえて 柏 原の 驛 につく、 驛舍 のさ ま
にぎ はし、 伊吹 艾を ひさぐ もの 多し、 わがや どれる
かたは 本陣に して、 何某 辰右衞 門と いふ、 上段と 覺
しき 所 を 避て 次の間に やどれ. o、 なげし の 上 に^し
關礼を 見れば、 紀伊殿 休薩摩 中將宿 日光 御門 跡 御宿
西 11 寺 殿姬君 御宿 又大 宜見王 子 宿と かける 札 ある
は、 うるまの 人なる べし、 醒 井の ほと. よ. 0 小雨 ふ
りしが、 こゝ にいた, 0 て 雨した、 る 音す、 あすの 道
ぬか..^ て あゆみく るし からん など、 從 者の わび あへ
る聲 する も- J と は- .o- な .9、
廿 五日 0 よべの 雨 やます、 猶 ふ.. > しきれば みな 雨つ
、みして 出た つ、 驛を 出て 左の 林の 中に 小社 あ
又 法 is^ 經萬 部讀誦 廻向と いふ 石た て.^、 松の 並木の
もと を § くに 左右に 山ち かく 見 ゆ、 人家 あ. o、 長久
寺 村と いふ、 堀 田豊前 守と いへ る 制札 たてし は
宮川領 なるべし、 名に ぉふ寢 物語と いふ 所 は、 人家
壬 戌 紀行
の 間 三尺ば か,^ 隔て ゝ美 濃と 近 江の 境な, 9、 左の 方
に 寝物語 並 車 返しの 由来 を ひさぐ 書付 ありし が、 ま
だ 朝の ほどに て、 雨 さへ ふれば 門 も あけす、 輿 はと
く 行 過ぬ、 車 返しと いふ 坂 は今須 峠と もい ふ、 上, 9
下.,^ ともさの みの 事な し、 小 流 あ. o、 土橋 を わた b
て 今 須の驛 口にい る、 大きなる 家の 招 牌に 極上 合羽
所と 書て、 側に 不 破屋と しるせり、 不 破の 關屋の 跡
も 程ち かければ、 所からの 名なら めと、 雨 皮に はよ
き 名なる べしと ほゝゑ まる、 右に 親鸞 上人 御 舊跡聖
連 寺 あり、 一 里 塚 を へ て 坂 を 上る、 今 須の驛 は 御代
官 多羅 尾 四 郞次郞 の 支配なる が 自是東 竹 中 主 殿 領分
とい へ る榜示 あ, o、 松原 をす ぎて 山中 村に いたる、
ある 人家のう しろの 方に 苔む したる 石の 五輪の 形と
おぼしき が三ッ はか, 0 なら ひた. 9、 一 ッは常 盤 御前
の 墓な..^ とい ふ、 のこる 二 ッは 侍女に て や あるらん、
おもての 人家に 爐を圍 みて 老 たるう ばの 茶 をのみ 居
る さま 何となく あはれ なり、 坂 を 下 b て 又 上. 0 又 下
る、 峠 村と いふ 所に て 峠の 坂と いふ 川 あり、 いは ゆ
る 關の藤 川と なん、 里人 は 峠の 川と よ ひなら はせ b、
此 川よ,. > 西 竹 中 主 殿の 領 せる 所な. 5、 板 橋 を わたり
壬 戌 行
て 坂 を 上る、 大關 村と いふ、 これ 不 破の 關屋の 跡な
b とい ふ、 軒端 くちたる あばら やにう, c ゑと いへ る
札 出した る は、 飛鳥 川なら ね ど、 せに か は..^ ゆく 宿
なるべし、 か 、 るゎびしきゃどをぅ.*=^て ぃづくにさ
すら ひゆく らんと 思 ふに、 淚まづ 落ぬ 0 又 左の 方の
人家に 招 牌た かく か ゝげて 名代 わらん ぢニ 十四 文と
書た る は、 いかなる わ, にぐ つに やとお かし、 土橋 を
わたれば 關ケ 原の 宿な り、 右の かたに 南 伊勢 まき は
ら三 みなと 道と い へ る 石 表 あ, 9、 左に 北 國越前 道と
いへ る あ b 、竹 中 氏 gfl^ 口 れ よ b 使來 .0 て 安
否 をと ふ、 一里塚 をへ て驛 中に いる、 近頃 燒た. 9 と
見えて、 家居 まばらに 見 ゆ、 南に 見 ゆる 山 を 南宮山
とい ふ、 愛は慶 長の 年 石 田 三 成 世 をみ た. 9 し 時、 ふ
たら 山の 神 一 た ひ 怒り まし,, \ て、 天 か 下お たや か
に 治. i> し 事思ひ 出る にも そ ろに かたじけなく おそ
れみく輿の中に蹲..^てすぐ、 野 上 村 を 過れば 右の
かたに 南宮へ 近道 八 町と いへ る 石 表 あり、 左右と も
に 林な. 9、 左に 稻 荷の 小社 あ.^、 小 流 を わた. -て垂
井の 驛に 入る、 右の 方に 小社 あり、 左に 寺 あ.^、 右
に 石の 鳥居た て .9、 こ、 よ..^ も 南宮の 山へ 八 町 あ. 9
とい ふ、 驛 中に 關孫六 兼 元 出店と 礼 かけし 家 あ.. >、
あい 川 を わたる、 土橋四ッばか..^所々にかけゎたし
た. o、 これ 垂 井川な. 0 とい ふ、 右に 追分の 岐路 あ. -
て、 左 木曾路 谷汲路 としる せる 石 あり、 松の 林の 中
を ゆけば 一 里 塚 あ. 9、 右の 方に 熊 坂 物見 松と て 人に
知られる 松 あ. 0 しが、 近頃 枯た. 0 とい ふ、 左に 國分寺
道 あ.. >、 靑野村 は 人家 すくなし、 松の 並木の 中 を ゆ
くに 右 は 田 畠ば か. 9 に 見 わたされて 山 を 見す、 左 は
田 をへ だ、 て 山ち かくみ ゆ、 土橋 を わた. 9 て靑 墓の
宿な..^、 左の 方に 弘醫 山圓願 寺と いふ 廢寺 あ. o、 義
朝 朝 長 義} ^の 墓 あ. 0 とい ふ、 昔 は 北山の 麓に あ. 0 し
が、 近頃 愛に うつせ. 5 とい ふ、 雨 降 まさ. 9 て 輿の II;
も あけがた けれ は 見過つ、 右の 畠の 中に 一 本の 松 あ
-9、 照 手の 松と いふ、 側に てる 手の 淸水も あ..^ とい
ふ、 右に 梨の 木の 枝し げき を 棚に 架した る あり、 此
あた. 0 所々 に 見 ゆ、 右に 是ょ b 東大 垣領 といへ る榜
示 あ, 9、 左に 寺 あり、 如來 寺と て 善 光寺の うつしな. 0
とい ふ、 右の 帛に 塚の ごとく 木の 茂れる あ. 9 是車塚
なる へし、 赤 坂の 驛 にいれば、 u; 田家 §1 の 領分 大垣
よ, 0 足輕 二人 を 出して さき をお はしむ、 左に 谷汲觀
音 道 あ. o、 是ょ, o 左右と もに 田の みに して、 山 は 雨雲
へたて ゝ 見えす、 右に 信 州戶隱 の小胜 あ. 9、 又 梨 木の
棚 あり、 左の 方に 見 ゆる 山 を 虚空 藏 山と いふ、 一里
塚 をへ て 靑木村 を こ へ 松原 を 過れば 左右と もに 田な
,.^、土橋ふたっばかbゎたbて、左の人家にまた梨の
木の 棚み わたさる、 左右の 田 をへ だて 、山 を 見す、 松
原 を 行く 事 久し く. f -て、 やうぐ 三ッ屋 北方 衬の立
場に いこ ふ、 天の ふし 種と いふ 看板 あ.. > 、雨 ふる 事 甚
しく、 雨つ 、み もしと、 に ぬれぬ、 堤に 上..^ て 行く 事
ばか. 9 にして、 右 は 田の 面ば か. 0 に 見え、 左 はくぼ か
ぼかなる 池に 柳 多し、 堤 を 下, 9 池の 中道 を ゆく、 左右
ともに 柳 多し、 右の かたに 大 垣の 城 近し とい へと、 雨
にへ だて、 見えす、 ろく 川と いへ る は株瀨 川な, 9 と
いふ、 ふし 川に 似て 流れ § るく 中流の み 急な.. o、 舟に
てわたり むかひに つく、 蛇 籠 あ. 0 、 ろく 村 を 過 て 左に
社 あ. り、 又 寺 あ .0、 左右に 竹の 林 あ, り w^tjs? 做
^士^ gs:^ 細き 堤 をった ひゆけば 松原 長く 左右と もに
畑な,^、 土橋 を わた. 0 てまた 畑 を 左右に し、 汗 池の
堤の 上 を ゆく、 右に 自是西 大垣領 とい ふ 石 表 あ, o、 美
江寺の驛は111.田家§£ の御預.>所な.^、 一里塚 をへ
壬 戌 紀行
て 左右と もに みな 畑な b 、山 遠くして 見えす、 松の 並
木 を ゆく 事 長し、 ぼんで ん衬 をへ て 板 橋 を わたる 川
をい つぬ き 川と いふに や、 なます 衬を 過て 松原 を ゆ
く、 合 渡の 驛を 過ぎ、 合 渡 川 を 舟に てわたり、 松の
林 を § け は 左に 天 滿宮 あ.^、 又 寺 あ.^、 だら り 村 本
庄村を こえて 一 里 塚 あり、 やう やう 加 納の驛 につく、
城下 長く して 人家 多し、 左の 方に 城 ありと 見 ゆ。 右
に 寺ニッ 左に 寺 一 ッ社ー ッみ ゆ、 竹屋 ロロ 口が 家に
やどる、 夜に いりて 雨 はれたり、 宿の さま きよらかな
.0、床に月爆の書る山水圖ぁ,.^、 澳の書 も 山水な..^、
あるじに 問 ふに 月 泉の 弟子の 書かけ るな, 0 とい ふ、
二十 六日 の曉起 出て 見れば、 殘 月の 影 軒端に かす
かなる に 力 を 得て 出た つ、 きの ふの 雨に 道 はぬ るれ
ど 空 は晴 ぬ、 城門 を 右に し 橋 を わたりて 左り に 曲り
ゆく、 左に 社 あ.^、 右 岐阜 道 左 中 山道と い へ る 石 表た
て.^、 右に ま が, 0 つ、 行けば 右の かたに 親鴛 上人 御
舊跡 あり、 木 を 出て 右へ まか b 土橋 を わた. 9 て 右
へ 曲る、 又 土橋 ある 川 を わた..^、 右に 熱 田 へ の 道 あ h,-
河 手 村に 人家 多し、 上々 にごり 小賣 一升に つき 代 二
十 文と しるせ b、 左右と もに 畑 ある 所 を ゆく に 竹林
壬 戌 紀行
多し、 朝日の 影 さし いづるに、 左に 山 近くみ ゆる は
稻葉 山に や、 信 長 公 天守の 跡 あ..^ とい ふ、 山 はけ は
しく 見 ゆ、 金 花 山と いふと ぞ、 岐阜 惣社 ありて 麓に
長柄 川な かる、 と 云、 松原 を ゆけば 左に 山々 つらな
れ.^ 、 更木山 は富士 の. £> たちに 似 かよ ひたれ は 美 濃
富士 とよ ふ、 笠 松の 方よ..^ 見る によろ しとい ふ、 左
に 親鸞 上人 御舊跡 あ.^、 又社ぁ..^、 右の 畑に 潦 水み
なぎ. 0 て 見 わたす 所に 山な し、 細 帛村を 過て 切通し
の 立場な.^、 右に 戸£ 家 §1 の 制札 あ b 、むか ふに 鳥
居の 見 ゆる は 手 力 雄 神な. o、 M 人 は 手 がらの 宮 とい
マ, 倉 賀野を こえて 自是東 高 田 村地內 とい へ る榜
示 あ. -^、 堤 ある 所 前の 土橋 を わたり 田 間 を ゆく 事 長
し 一 里 塚 をへ て 新加納 村に いたる、 人家 すくなし、 松
原 を 過て 右に 高き 山 あ 、にゐ 山と いふ、 左右と もに
ひろき 野な. 9、 此 あたりよ. 0 鵜 沼までの 間 を 谷務野
とい ふ、 三 里 四面 あ. 9 とい ふ、 鄉躅 所々 に 花 さく、 右
に is^ 本の 松 あり、 更木 新田の 立場に いこ ふ 人家 四 五
5- あ b、 あんころ 餅 木ち ん晝 たき 仕 候な といへ る 書
付 を 出せ b 、猶も 野 を わけつ、 行け は 松 多し、 六 軒 茶
屋の村 はわび しき さまな. 9 一 里 塚 を こえで 左に 芝 山
近く 見 ゆ、 藤 波 記に のぎ 山と ていに しへ 大福 長者の
la 四十 六
ありし その 庭 山. i かや、 里人 はいへ. 0 と 云る は、 此
山 をさせる なるべし と 思 はる、 松原 を 過て、 左に 自
是東 尾州領 とい へ る石表ぁ.^松原を へ て 貳拾軒 茶屋
にいた る、 自是鶊 沼な.. >、 一里 八 町と いふ 一里!^ を
へ て 左に 高く 石 ある 山 あ. 9、 あたご 山と いふ、 自是西
辻 甚太郞 支配 所 自是東 尾州領 といへ る榜示 あ.. >、 ば
ば 村 をへ て 左に 庚申と かける 石 あり、 又 あたご 山の
鳥居た て. o、 天 王 社の 1^ 家 根 見えて 門 有、 右の 方に 大
きなる 長家 あり、 此 村の 大 姓なる べし、 左に 大きなる
寺 見 ゆ、 坂 を 下.^ て 右の 方に 田 面 をへ だて、 はるか
に 塔の 如く 見 ゆる は 犬 山の 城樓 なり、 山のう へに つ
く..^ たれば、 いや 高く 見 ゆ、 板 橋 ある 川 を わたりて
賴 沼の 驛 にいる、 驛 のうちに 溝 ありて 道 を わかて. 9
また 宇留 馬の 驛 ともい ふ、 源 重 之が あづまお に、 こ
、をうる まとよ みし 所な,.^、 驛の長 出て よべの 雨に
行 先の 川 水 出て 道 ふさが. 9、 4^-ばらく愛にぃこはせ
給 は いその 所見に 人 遣し 置た る 便し る ベ きとい へ
ど、 とまれ かくまれ ゆくべき 所まで ゆかんと いひて
ゆく、 小 坂 を 上れば 左右み な 山に して、 赤土のへ な
ある 道 を ゆく、 長き 坂 を 上り 下る 天 王 坂と いふ、 左の
かたに 溜池 あ. 9、 觀昔坂 を 上れば 左は數 丈の 岩 高く
聳 へて 岩のう へに 松な ど 生 ひた b、 種し あれば こゝ
にもと い へ る 歌 も 引出つ ベ し、 右 は 谷 ふか く., -て木
曾 川み なぎ. 9 流れ、 川の 向 ひに 山 つらな, 9 て、 木々 の
若葉 風に そよ ぎ、 麓に あづま やな どの 見 ゆ る、 此頃人
の もてはやせる 唐 書と いふ ものに 似た. o、 川の 中に
も、 奇 石怪巖 所々 にあ..^ て、 岩に せかる、 波の音 かし
ましき まで 聞 § 、岩のう へ に は 草木 茂. 0 て、 松の梢の
高う 見 ゆる は、 席上に ささげ 出た る 洲濱の ごとし、
姐った ひの 道 ほそくして 苔 滑らかに、 馬車の 通ひ危
うければ、 かちよ..^ ゆく、 左の 岩の 中に 觀昔 あ, 9、
岩の 上なる 道よ, 9 のぼ. 9 見る に、 翁と 童と 岩屋の も
とに あ h- て、 線香 を ひさぐ、 岩の した、. 0 を もて 手水
とす、 岩の 上よ. 0 聲 のかぎ り 往來の 人 をよ びて、 こ、
に正觀 音た、 せ 給 ふ、 道 は ゆきぬ けにして、 跡の かた
にもと る 事な し、 參ら せた ま へ とす、 む、 旅人の なら
ひに ていさ、 かにても 行 房る 事 をい とへ はな h -、 ゆ
き/ \ て 砂 川 あり、 木曾川の ながれな b 、さきに 鵜 沼
の驛 にて 水 出て、 道 ふさがれ. 9 とい ひし はこ、 の 事
なり、 朝に そ \ ぎて 夕に の ぞく は 雨水 の なら はしな
れば、 水 あせて かち わた..^ すべし、 大きなる 木 を わた
戌 紀 行
して 輿より ゆく 事 あた はす、 ゆへ にかく は 立るな る
ベ し、 驛の 長より 人 を 出して そのよし を まう す、 勝 山
村の 立場に 餉 あさ.. M しい こふ、 左の 方に 右 江 戶 木 曾
□ 道 、左せ き 郡 上 道と いふ 石 表 あり、 右 は 竹の 林 しげ
,9 て 林の 外に 木曾川な がれ 懶性從 來水竹 居と い へ る
杜 詩の 心 もお も ひ あわせら る、 こゝに 竹細工の 名物
あ. 5 とき、 て尋 るに 見えす、 と..^ くみ 村に いたれば、
左 は 高き 山に そ ひ、 右に 木曾川な がれた. 9、 右 小 出
大助御預所左尾州御領とぃ へ る榜示ぁ.^、 さか くら
を 過て 橋 あ b 、左 かたに 少く引 入. 0 て 社 あり、 寺 あ..^
いりて 見る に 藥師佛 あ. 9、 弘法 大師の 作に て 芳春寺
とい ふ 寺な りと ぞ、 むか ふに 遠く 見 ゆる 山 あり、 左 は
白く 右は靑 し、 白き は 雪の のこれる に て 木 曾の 御嶽、
靑き はよ なかが たけとて 大 井中 津 川の わた. o、 ちか
き 大きなる 山な とい ふ、 大 田の 驛には 成 瀨隼人 正
竹 腰 小 源 二と 書る 制札 あ. y、 宿 を 出て 堤のう へ を 行
く、 右 は 木曾川に して、 左 は 高き 芝生な り、 一 里 塚 を
へて 左の 方の 河原 をった ひ、 小石 まじりの 芝 原 を ゆ
く、 所々 に 小 松 生 ひた..^、 大田川 を わたるに は壹 町ば
か..^川上ょ.^舟に乘るに、 流れ 急に して 目 くらめ く
百 四十 七
壬 戌 紀行
ばかりな り、 此川 は、 木曾川と 飛彈 川と 落 あ ひて 流
るゝ ゆへ にかくの 如し、 向 ふの 岸よ, 9 淸水 ながれ、
切た てた る 如き 岩の 上に 躑躅 花 さけ,. >、 漸に掉 さし
て 向 ふの 岸に つく、 岸 を 上. 9 て 左に 淺 間の 社 あり、 今
渡 村の 立場 を こえ 二 軒 家と いふ 所に 相生の松 あ. o、
道より 左の 方な り、 左の 方に 高く 見 ゆる 山 は 森武藏
の 城跡に して 可兒 寺と いふ 寺 あ b と 云、 さきに 見し
よながた け、 おんたけ の 山 を 見や b っゝ、 坂 を 上. 9
下.^ て 伏 見の 驛な. o、 山城の 伏 見に は 似 もっかぬ わ
びし き衬 也、 自是 尾州領 とい へ る 石 表 あ b、 右 は 小
高き 芝生に して 左 は 田な.^、 山 遠くして 見えす、 右に
流る、 川 を可兒 川と いふ、 大 田の 下にて 木曾川に 落
ると いふ、 一里塚 を こえ ひ ゑ 村 をす ぐ、 左に 八幡宮
あ, 9、 可 兒川は 右の 麥 畑の かたに ながれ 行て、 むかひ
に 山 あり、 松原 をへ て 合 渡 村 中 村 をす ぎ 御嶽の 驛に
つく、 驛の 入口に S 大ゃ く., - 可兒大 寺と いへ る 石 表
あり, 今宵 は此驛 にと ま,.^ を 定めしが、 日 もい まだ
くれねば 宿 を 出て 可兒大 寺に 參る、 古き 堂な り、 本
堂 拾 四 間に 拾 間ば か.^ なり 天 正 九 年此驛 にす める 玉
置與 次郞、 市場 左衞 門太郞 といへ る もの 志 を あはせ
百 四十,, 八 I
て 作れるな b とぞ、 本尊 は 四 尺五寸 の藥師 にして、 尼
が 池と いふ 所よ b 蟹に の, 0 て あがらせ 給へ るよ し緣
起に は 記せり、 宮殿 は、、 大久保 石 見守 石 原 淸左衞 門
の 造營 な.^ 、大寺 山 願 興 寺と いふ、 堂の 右の 方に 引い
..^て別當ぁ,.^、 傳敎大師の開基にして古き寺な..^と
いふ、 堂の 前の 左右に 不動と 觀昔を 石に ゑ. 9 てた つ、
尾陽泥江朽菴東甫と*^るせり、 父母の 追福の ために
たてしと いふ、 背に 藤 益 根の 文 あ. 9、 この 驛の 入口
は此 二月 燒 た,.^ とて、 あらたに いとなみ たつる 家々
も 見 ゆ、 今宵の 宿の あるじ を 口 □□□□□ といへ bo
二十 七日 0 天氣 よし、 夜 あけて たつ、 驛を 出て 山 あ
ひの 田 道 を 松の 並木に そ ひて ゆく 事數拾 町、 右の 方
に 小社 ニッ ばかり 見 ゆ、 みたけ 山 は いづく ぞと 輿?"
くものに とへば、 右の 方に 高く 聳 へたる 山な, o、 木立
*r け b てみ ゆ、 八月 朔 日に 祭 ありな どかたる、 一 里 塚
をへ てまろ き 形した る 山の ふもと を 右に して ゆく、
丸 山と いふ 稻 荷の 社 ありと きく、 ながれに かけし 板
橋 を わたり ゆく に、 從 者の いふ、 これより あとの 田の
中に 和 泉 式部の 墓 あ, 0 とい ふ、 心 もっかで 見す ぐし
つ、 和 泉 式部の 家の 跡に 堂た てゝ あ, 9 など 輿 かく も
J
のかた る、 人家 あり、 井尻 村と 言、 左の 森の 中の 石 坂
高う して 三級ば か h- に 見 ゆる は 天 王な b と 云、 坂 口
にか ゝれば 輿よ 下, 9 ての ぼる を さいと 坂と いふ,
山の 蛆ょ. 0 淸水 わき 出て 履 をうる ほし、 あゆみく る
しければ、 蛆の 中なる 草 むらの 中に 人の ふみわけた
る 跡 をと いめて あゆむ、 しろき 苦の やうなる もの 草
木に か、 れ b 、擲躅 すみれな ど 咬た る も 興 あ,.^、 人家
ぁ,.^、齋藤衬とぃふ、右の方なる石の中に觀世昔をぉ
け,. -、 猶 のぼ- 9 ゆく、 坂の 名 をと へばお と 坂と いふ、
此 坂の 右の 方 は 谷に のぞみて、 亂 石の 間 を 水の 流る
\ さま、 さながら 庭の や, 0 水の ごとし、 ゆき.// \ 'て 十
本木と いふ 立場に いこ ふ、 庭に 一 木の 花 さける を 見
れば 伊勢 櫻な b 、右に わき 出る 水 あ, 9、 地藏を 置く 側
に 一 吞の淸 水と いふ 文字 を 石に ゑ, 9 てた て, り、 是は
ある やん 事な き 御 方 ほ 一 2 の、 此 道に 行な やませ 給 ひて
み 心 もっか ざ b し を、 此水 をのみ 給 ひて よみが へら
せ 給 ひしょ, o、 かくは 名 付た. 0 とか、 人家 あ. o、 善 知
鳥 村と いふに よ hs て、 是ょ hN 上る 坂 を 善 知 鳥 坂と は
いふなる ベ し、 藤 波 記に も 見えた b 、鵜 沼の 長 坂 をう
とう 坂と もい ふと は、 貝 原 氏の 訛に もや あらん、 も
, 壬 戌— 紀 —行—
ちの 木 坂 を 下る 事 急な, 5、 左 は 姐 右 は 谷に て 谷 あ ひ
に 田 あ-り、 谷の むかひ はいく 重と もな く 山 かさなり
て、 さながら 深山幽谷と いふべ し、 人家 あ, o、 津橋村
とい ふ、 流れに かけし 津橋を わた,.^ て、 小石 まじり
の 坂 を 上る 事數 町、 藤 あげ 坂と いふ、 是ょh^小坂を
すこし づ > のぼり ゆく に、 細久 手の 驛 まで は猶 一 里
あ, 0 とい ふに、 足 もっかれ ぬれば、 又 輿に の b て ゆ
く、 梅の 木と いふ 坂 を 下る 事 長 く,. -て、 左の 蛆に大
石 あり、 土橋 を わた. 9 て 平 岩 村に いたる、 左の 方に
遠く 見 ゆる 山 は 苗木 山な, 0 とぞ、 又す こしの ぼれば
谷 を 右に し蛆を 左に す、 すべて 御嶽より 細久 手まで
三里のぁひだのぼり/^て下る事は僅に八町ばか..^
な. 0 とい ふ、 細久 手の 驛に 入れば、 左の 方なる 林の
中に 鳥居 あ, 9、 石 坂の 見 ゆる を 何ぞと 問へば 產 土の
神な, 0 と 答 ふ、 驛舍 のさ まさび し、 お 六 櫛 を ひさぐ
もの 多し、 松の 間の 山道 を ゆく に 左右み な 谷な. 5、 此
あた b より 馬醉 木の 多し、 董、 澤きゝ やうな とい へ る
花 も ありへ 左右の 空に つ いきて 遠山 つらなれ. 9、 一 里
塚 を こえて 芝 山の 脊を ゆく 事 長し、 左の 方に 小き 池
あ, o、 杜若生 ひ しげれり、 池の 中に 辨財 天の 宮 あり、
— — 百 SH, 九 闘 -
壬 戌 紀行
なを 松 並の 中 を ゆきて 人家 ゎづ かに 二三 SS あ- 9、 人 一
のす める はた. 》• 一. es な. 9、 一つ 家の 立場と いふ、 右一
の 方に 遠く 笠の 如くみ ゆる 山 を 笠 着 山と いふ、 夫よ 一
.=^猶右のかたに雪ををぃたぃけるは御嶽な^'、 猶琵:
琶坂 をの ぼる 事 數步、 琵琶 峠と いふ 道に 石 多し、 山 一
の嶺 より 見れば、 もろ/^ の 山 遠く 見 わたさる、 愛一
よ b は 伊勢 尾 張の 海 も 見 ゆと 云、 是 より 坂 を 下る 事
拾 町ば か. 9、 山に は 大きなる 石い くつと なく 長櫃の
如き もの、 俵の 如き もの、 數を しらす、 道の 左に た
てる 大きなる 石 二つ あ, 9、 一つ を 烏帽子 石と いふ、
高さ 二 丈ば か. 9 幅 は 三 丈に あまれ b、 また 母 衣 石と
い ふ は 高さ は ひとし けれど、 幅 は これに 倍せ.^、 いづ 一
れも その 名の 形に 似て、 石の ひまくに 松、 その外!
の 草木 生 ひた, 9、 まことに 目 を 驚す 見 ものな, 5、 ゆ,
きくて 大久 手の 驛に 入る、 左の 方に 鳥居 見 ゆる は-
何の 社に や、 驛の 中なる 左の かたに 大きなる 杉の 木
f、 木の もとに 神明の 宫を たつ、 驛舍 のさ ま 細久ー
手に 似て 夫よ, 9 も 人家 すくなし、 是 よりい は ゆる 十一
三 峠と やらん を こ ゆべ きに、 飢 なば あしか b なんと A
あやしき やど.^ にい. 9 て 晝の餉 す、 庭に 石 滴ぐ さの
百 五十
花 さかりなる にも、 わがや どの 花 はいかいな らんと
しのばし、 道の 右に 山の 神の 社 あり、 例の 輿よ b. 下.
,9 て あゆむ、 輿 かく ものに 委しく 問 ひて、 十三 峠の
名 を もしる さま ほしく 田- 3 ふに、 たいに 十三の みに よ
二 十
あらす、 く はしく も かぞ へき こえな ば はたちば かり
も あらんと、 輿 かく ものい ふ、 はしめ ての ぼる 坂 を
寺 坂と いひ、 次 を 山 神 坂と いふ、 まか b まかりて、
のぼ. 0 くだ, 0 猶三四 町 も 下る、 坂の 名 をと へば、 し
やれ こ 坂と いふ、 右の 方に 南無 觀世音 菩薩と いふ 石
をた つ、 向ふに遠く見ゅ山はかの橫長たけな..^、 地
藏 坂と いふ 坂 を 上れば、 右に 大きなる 杉の 木 ありて、
地 藏菩隆 立た せ 給 ふ、 又 俗にお つるが 茶屋の 坂と も
よぶ は、 おつる とい ふ 女の 茶屋 あ,. ^ しょ, 9、 かくい
ひなら はせ しと ぞ、 すこし 下. 9 て 又 芝生の 松原 をの
ぼ ゆく 事 四 五町、 あやしき 石 所々 に そば だち て 赤
土 多し、 曾 根 松の 坂と いふ、 又 坂 を 下りて ゆく に、
左の かたの 石よ.^ 水な がれ 出る を、 順禮 水と いふ、
つねに はさの み 水 も 出ね ど、 八月 一 日に は必 いづる
とい ふ、 むかし 順禮の もの、 此日此 所に てな やみ ふ
しける が、 此水 をのみ て 命た すか. 5 しょ. 9、 今 も か 一
1
かる 事 あ, 9 といへ, 9、 一里塚 をす ぎ、 檀の木 坂 を 下
.9 て、 俗に 炭燒の 五郎 坂と いふ を 下れば、 炭 燒の立
場 あ b 、左に 近く 見 § る 山は權 現の 山な,.^、 しばし 立
場に 輿た てゝ いこ ふ、 姐 をった ひて 細く 流る、 水に
櫻の花のち-^^か 、るが、 さ、 やかなる 土 くれに さへ
られ て、 めぐりめ くる も あ.. 9 、又は さきにな がれ 行く
花 ひらの 跡よ.^、 流る ゝ 水に せかれて、 おくれて ち
れる花 ひらの よと む まもなく、 こえ ゆ く を 見る に、 桃
花 水に なかれて 杳 然として 去、 別 有 天地 非人 間と ひ
とり ごた る、 鞍骨と いふ 坂 をす こし 上. o、 權現坂 を
下る 事 五六 町 あまりにして、 人家 三 四 あり、 大く
ごとい ふ、 是 より 左右の 谷に のぞみて 山路 を ゆく 新
道 坂 を 下る 事 三 町ば か, りして、 茶屋の 原, i い へ る 平
地 を 得たり、 向 ひ 茶屋の 坂 を 下る 事 急に して、 す こ
しく 上る 坂 を 茶屋 坂と いふ、 こ、 にばいが 茶屋と て
あ b 、又 坂 を 下る こと 六 七 町 あま. o、 猶名 もしれ ぬ 坂
を 下.. M」 深 谷 村 にいた る、 人家 拾餘卢 あ. 9、 左右に
田 ある 所 を ゆきて 土橋 を わたり、 や、 下, 9 ゆきて、
又黑 すく もとい ふ 坂 をの ぼる、 猶 のぼる 坂 をべ に 坂
とい ふ、 左の かたに 蘆の か..^ ぶきして 餅うる うば 三
人ば かり あ,. >、 一 里 塚 を こえて 大 井まで はいくば.,、
里と とふに、 二 里ば か. 9 あ. 9 といへば、 又 輿に のる、
是ょ. 9 下り ゆく 坂の 名 をと ふに しらす、 人家 一 二 戶
f、 よつ やとい へ る 所に や、 麦に も 一 木の 伊勢 さ
くらさ か. 5 な h, -、 いせ さくらと はお は, 9 に 近し とい
- へる 事の よし、 愛 も 又 美 濃の 國 なれば さも あらん か
しと、 ひと b ゑ まる、 うつ木 原と いふ 坂 を 下、 りて 石
はしる 昔す さま じき 流 あり、 わたせる 橋 をみ だれ 橋
とい ふ、 みたらしの 坂と いふ を 上る 事 五六 町に して、
山の いた、 きょり 見れば、 左右の 山 ひきく 見 ゆ、 や
、くだ, 0 ゆきて、 右の 方に 石の 灯籠 ふたった て. 9、
いせ 道と 石に ゑれ. o、 こ、 に假屋 して 伊勢 太 神宮に
奉納の 札 をた つ、 道の べに 一 重の 櫻 さか, 9 なる は遲
櫻なる べし、 一里塚 をへ て 人家 あり、 卷 かね 村と い
ふ、 追分の 立場と いふ は、 木 曾と いせ 路の 追分なる
べし、 愛に もお 六 櫛 を ひきて ひさぐ、 なを も 山路 を
ゆき ^て 又 一 里 塚 あ. 9、 はじめの 道に くらぶれば
いと 近し、 松の 間 を ゆきて 六 七 町 も 下る 坂 を、 西 行
坂と いふ、 左の 山の 上に 櫻の 木 あ. 5 て、 西 行の 塚 あ
とい ふ、 圓位 上人 は 讃岐の 善導 寺に て 終. 0 ぬと き
百 五十 一
壬 戌 紀行
くに、 こゝ にし も 塚 ある 事い か、 ならん、 折から 谷
の 鶯の聲 をき くもめ づ らしく、 頃は彌 生の 末なる に、
遺賢 在野と いふ 事 も 引いで つへ し、 砂 石 まし,.^ に 流
る、 水に かけし 板 橋 を わた. 0 て 中 野 村 あ..^、 右の か
たにた てる 鳥, は、 產 土の 神な り、 又 ほそき 流の は
し を わたりて ゆきつ ゝ大 井川の 板 橋 を わたり、 大井
の驛 につく、 け ふ は 道の ほど 八 里 あま, 9 なれば、 ま
た 未の なかばば か..^ なる ベ し、
廿八 HO 天氣 よし、 大 井の 驛を 出て 寺 坂 を 上る^ 1
一 里 塚 をへ て、 右の かたに すこし 引 入て 石塔
あり、 文字な し、 これ 綱津甚 1^ の 墓な りと いふ、 松
原 をへ て 小 流 を わた.^、 左に 五百羅漢 建立と い へ る
礼た て. o、 人に とふに、 是 より 八 町ば か. 9 あ. 0 とい
へば ゆか や、 右の かたに 近く 見 ゆる 山 は、 : 昨日よ
り 見る 橫長 たけに して、 中 津川馬 籠 をへ て 跡に 見な
す 山な. *^、 又 このかた はらに も、 一 ッの山 見 ゆる は
何とい へ る 山に や、 笳子川 村と いふに いたれば、 道
中 をた てに 流る、 溝 あ. 9、 左の 方に めづ らしき 看板
を 出せり、 濟家洞 家 儒者 樣御 如意 1^ 細工 所と 書り、
立より て 見れば 梅の 木と 梨の 木 もて 作れ. o、 坂 本の
百 五十二
橋 を 渡り、 けわしき 坂 をの ぼ b て、 坂 本の 立場に い
こふ、 愛は大井村千旦林の堺な.^、 坂 を 下れば 左右
ともに 赤土の 小山な,.^、 田 ある 所 は 田の 水まで 赤く
見 ゆ、 此 あた, 9 の 畑に 猪よ けの 木 多し、 人家 まゝぁ
り、 右 は 畑 あ, 9 て 山ち かく 平な. 9、 左 も 山 平にして
長く、 畑 をへ だて、 見 ゆ、 八幡宮 あ..^、 此 あた.. y に
は 牛に 荷 を 負 はせ て 四五疋 ばか b つらね、 牛 飼 はた
U. 一 人 先にた ちて 來る、 我 来れる を 見て、 聲 かくれ
は 牛の 角 を 右の かたに そむけて、 細き 道 を 過す さま
なれた, 9、 右 はたに 人家 ま、 あ, 9、 左に 松の なみた
てる 山 あ. c て、 垣の 如し、 板 橋 を わた b て 坂 を 上れ
ば こしつ かの 立場な ,0 ほ 撤 M 此邊 ところどころ に 桃
花 さか, 0 なり、 此 立場の 坂 上に 千旦林 手金 野 村? I- と
いへ る榜示 あり、 左の 方の 跡の 方 を かへ, 9 見れば、
丸く 高き 山 あ. o、 お 笠 着 山と いふ、 俗に 太 神宮の 笠
めし 山と いへ. 9、 坂 を 下れば 駒 場 村な..^、 又 坂 を 下
四 曲 ほど 曲, 9 て、 左に 馬頭 觀音と ゑれ る 石た て,. >、
左右に 田 ある 道 を ゆく、 右に 山ち かく 見 ゆ、 人家 ま
、あ,. y、 小 流 あり、 板 橋 を わたる 時 あ. 0 て 水 出る に
や、 蛇 籠な ど ふせたり、 坂 を 下れば 左右と もに 畑な
左へ わた. o て 中 津川を わたる、 橋 あ. o、 河原に
石 多し、 水い すれば 往来の なやみ あ. 0 とい ふ、 又 小
流 を わた-りて 庚申の 字 ゑれ る 石た て. 9、 中津 川の 驛
の 中 をた てに さか ひて 小 流 あ. り、 驛舍 のさ まに ぎ は
、し、 右の 方の 人家に 金 龍 山 あん もち 松屋と い へ る
あり、 左に 菊屋 とい へる 家 ありて、 楊 T など 見 ゆ、
二八 うん どん 赛麥 とい へ るもぁ..^、 瀨戶 物の 陶器 多
し、 小 流 を わたる 橋 あ. 9、 石 多し、 右に 扇屋 とい ふ
ありて、 人 參康濟 湯と いふ 藥 あり、 左に 本家 岡 崎つ
もとい へ る 招 牌 を 出せ, 9、 十八 屋 とい へ る 家 三 5, ば
か, 0 見へ た,: ヽ 驛を 出て 寺阪 とい ふ を 上る 事 五 まが
りして、 後の かた を かへ り 見れば、 中津 川の 驛、 目
の 下に 見 をろ さる、 すべて 此 わた. 9 よ. 0 家 11? のさ ま
よのつねなら す、 星の 上に は、 大きなる 石 を あげて
屋根板 をお さ ふ、 寒甚 しければ Hi- を 用. Q がた く、 壁
の 土 もいて 落る にや、 板 を もて かこめ. 9、 右に 小社
あり、 人家 ; 5 'あり、 名物な に は 餅と くさ 餅と い へ
る 礼 を 出せ h -、 わ びし きさま なれば 味 ふに 堪 ざる ベ
し、 左右と もに 畑 ある 所 を ゆく に、 左に 中 津川泉 御
番所 あ b 、本家お 六 櫛招屋 忠 兵衞, i い へ る 招 牌 あ. o、
これより ゆくての 驛舍 ごとに、 お 六 櫛 を ひさぐ もの
多し、 いづれ か 本家と いふ 事 を しらす、 坂を下,.^て
板 橋 を わたる、 小 流 なれ ど 河原に 石 多し、 松の 並木
の もと を ゆく に、 人家 あ.. >、 本家 祕傳 狐膏藥 といへ
る 札 あ.. >、 是 又お 六 櫛と 同じく 所々 に 多し、 坂 を 下
れば小 流 あ.. >、 土橋 を わたるに 河原に 石 多し、 又 坂
を 上れば わびしき 人家 あり、 右の 方に 一 命 石と いふ
もの をう ちなら して、 人に しめす、 その 石の 音 かね
の ひいきに 似た. >、 これ は 天明 五 年の 頃、 尾 張國に
カク メイ 行者と いふ もの あり、 今まで 人の 上る 事 を
得ざる 木 曾の 御嶽に のぼ. 9 てこ もりし 故 其 行 法い ち
じる しくて、 石の 昔 金の ひいきと なれ, 9 とい ふ、 一
里 塚 をへ てよ 坂と いふ 坂 をの ぼる、 曲折して 長し、
よ 坂 を まがりて、 下れば 左右に 畑 あり、 又 坂 を 下り
て 小 流 あ. 9、 板 橋 を わた, 0 て 左 を 見れば 水車 あ. o、
又 坂 を 上. 9 て 落 合の 驛 にいれば、 左に 藥師堂 あ h -、
驛の 中に 例の たてに なかる、 小 流 あ, り、 木曾川に わ
たせる 橋 を 落 合の はしと いふ、 橋杭な し、 釜 か 橋と
もい ふ、 河原に 石 多し、 貝 原 氏の 記に、 是信 濃の 安
曇 郡と 美 濃の?!; な.. >、 是ょ b 東 は 木 曾な. 0 と あり、
壬 S 紀行—
百 玉 十三
壬 戌 紀行
され ど 今 は 美 濃と 信 濃の 裸 は 十 曲 峠に あ, 9、 石 まじ
b の 道 を ゆくゆく 坂 を 上, 9、 山中 坂 を 三 四 町ば か b-
まかりて のぼれば、 落 合の 驛舍 ははる かなる 下に 見
ゆ、 此 あた b よ. 0 道い よくけ はしく、 愛 を 十斛^
とい ふ、 左に 狐膏藥 あ.^、 右の かたに 藥師堂 あ.^、
行 基 菩薩の 作るな, 9 とい ふ、 此 所に 札た て、 是ょ. 9
東北 湯船 澤兼好 法師の 古跡な りと しるせ. 9、 かの 思
ひたつ 木 曾の あさき ぬ あさく のみと、 きこえし 所な
るべ しと ゆかしく、 輿 かく ものに とふに 湯 ふね 澤は
橋よ. 0 一 里 あ. 9、 熊 か 洞 立 岩な どい ふ 所 あ. 9 とかた
れ り、 猶 松の 林の 中 を 上.^ ゆく に、 右 は 山 左 は 谷な
り、 むか ふに 近く 見 ゆる 山 あ ひ、 す 山と 云、 草木し
げれど 大きなる 木な し、 道に 大きなる 石 多し、 又 石
まじ,: > の 坂 をの ぼる 事 長し、 左に 人家 一 あ. o、 き
つね かう やく を ひさぐ、 ゆく/^ 道 をの ぼ h- て 立場
f, 同し 膏藥 をうる 看板に 十 曲 峠と あり、 爱に此
所 美 濃 信 濃 國?^ と 書た る榜示 あり、 か \ る國堺 を 石
にも ゑら すして、 いさ、 かなる 木 を しらげ て 書つ け
しもお かし、 领亂 石の 中 を 上. て ゆけば、 右の
方に 緋桃、 梨花 さきみだれて、 左に ひなびた る 人家
百 五十 四
ず、 右に 小社 あり、 此邊の 人家に 串柹 うる もの 多
し、 すこし 下, 5 て、 左右と もに 田畑 見 ゆ、 土橋 を わ
た. 0 てす こし 上れば、 畠の 中に いくつ ともなく、 大
石よ こた はれ..^、 昨日 見し 鳥 帽子 石 a- 衣 石の 如き は、
よのつねな, 9、 大きなる 長 櫃を荷 ひすて たる ごとき
石 多し、 右の かたに 樋に 水 を ひきて 水車 をめ ぐらせ
り、 坂 を 上, 9 て 曲り て 馬 籠の 驛 あり、 驛舍 のさ まひ
なびたり、 飯 もりて うる 家に、 御 度 所と い へる 札
を出 せ ,9 、又 うり 錢 ぁ な ど書付 た ..y 、宿 の う ち よ ..^
坂 を 上, o、 宿 を はなれて 又っ^ら あか, 0 なる 坂 をの
ぼる、 これ 馬 籠 峠な. 9、 木 曾の み 坂と いふ は、 是な
b とぞ、 人々 け はしき 道に ゆきなやめ るに、 雨 さへ
ふ.^ 出ぬ、 山 あ ひの 道 を ゆく に、 水 岩間 を 流る、 又
蛆を 右に し 谷川 を 左に す、 右に 石 坂 あ, 9 緋 桃の 花 さ
り, 右に 人家 一 m,ぁ-.^、 左に 石 坂 あ,. >、 や、 ゆき
て 右に 畑 あり、 妻 籠 峠 を 上 b 下,. て、 谷 を 左に し蛆
を 右に す、 山 あ ひふかく して 下, 9 ゆけば、 左に 大き
なる 援ー 本 あ. 9、 又 坂 を 下 b ゆけば、 單瓣の * の 花
さがりな り、 立場 あり、 一 石朽と 云、 人家 多し、 ほ
うの 木 坂 を 下りて 曲. 0 谷川の 橋 を わたる、 此 あた, 9
よ b 妻 籠まで は、 左右 前後と もに 山 あひなり、 又 谷
川 を 右に しゅきて、 小 橋 を わたれば、 谷川 左に 流る
ゝを又 棚 橋 を わた て、 谷 を 右に し 又 橋 あ b て 谷 を
左に す、 くだ..^ くて 幽谷に いれば、 山 は 頭の 上 をお
ほ へる が 如し、 橋 あ. 0 て 流 を 右に しゅく 、左. の蛆 にけ
はしき 梭道 あ. o、 柴 もて 蛆 につく, i= 'かけて 下 は 不測
の 谷に のぞむ、 右の 石の 上に 生た る さくら 盛な b 、猶
も 山 を 右に し 谷 を 左に しゅけば 人家 二三 戶 あ,^、 立
場 あ.. > 、谷の 原と いふ、 又 曲折して 下れば、 右 は 山 左
は 谷に して、 道の ほと, 9 に 大きなる 石 三 ッ四ッ たて
,0、 又 上, りて 一 里 塚 を こえ、 又 山の 蛆 つた ひの かげみ
ちに け はしき 棧道 あ.. >、 人家 二 ばか, 9 いたや 花や
の 立場と いふ、 谷に 下.. > て 柴橋を わたり、 谷 を 右に し
山 を 左に して 板 橋 を わた,. > ゆく、 妻子 橋 を わたりて
右の 山に 大石ぁ b 、猶も ふかき 谷川の 際に 下りて、 亂
石の 中 を ゆく、 谷川に 大石 あり、 左の 竹の 林の かたは
らに 大きなる 立 石 あ. o、 右に 太 神宮 あ, o、 藤 波 記に、
妻 籠の 宿の すゑに 大 竹の 林 あ b とい へる は此 あた h.
の 事に や、 妻 籠の 驛は馬 籠と、 もに ひなびた. o、 驛舍
のかん ばんに 膳め しう b 錢 など 書け, o、 又 名物 和べ n
もろ 白と かけり、 坂 を 上れば 左右に 大 石なら びた て
b 、大さ 牛 をも隱 しつ ベ し、 山 を 右に して 谷 を 左に し
ゆけば 水の 音 遠し、 猶 山間 をの ぼ,.^ 下れ は 右に 大石
あ b 、橋 を わたりて 谷 を 左に しつ ゝ 行に、 牛 飼 一 人に
牛 四五疋 ひきつれ 來. 9、 例の 聲 かくる を まちて、 牛 は
道の かたはらに 角 ふ b そむけて たつ、 右 は 山の^み
ちに て 左 は 深き 谷に の そめば、 あやうき 事い はんか
たなし、 山間 を 上り ゆく、 左に 躑躅 花 さけ..^、 坂 を 下
れば 人家 あり、 又 小 橋 を わた 5 山路 を 上り 又 下る、 左
の 方に 山 見 ゆる は 木 曾の 古城の 跡に や、 人家 二 あ
,9、 坂 を 下れば 左の 谷に 大 なる 石み だれ ふせり、 右に
も大石 あり、 藤 花 さか. 0 な. o、 こ、 に 野 飼と 見へ て 二
ッの馬 はなれ 求れ..^、 先なる は 子に して 後る は 母な
、や、 と聲 かくる に、 子 はま だ 駒 なれば かろら かに
土手 を こえ ゆく を、 母 はかた ち大 なれば つ、 きて こ
ゆるに なやめる さまな h -、 か \ る 危き姐 道 を こ ゆる
に 牛馬 さへ まよ ひ來 ぬる 事、 よもつ 國 のかた かきた
る 書み る 心地す、 人家 一 ニニ 戶 あ,. > 、左右と もに 大石多
し、 右に 人家 三 uv はが, り 見 ゆ、 みな 板 はめな り、 左に
石 坂 見へ て 小 堂 あ, 9、 これ 観音 堂に や、 左右と もに 大
壬 戌 紀行
百 五十 五
壬 戌 紀行
きなる 石 ある 所 を わけ ゆきて 合 村と い ふ 立場 あ
,0、 人家 ゎづ かに 二三 芦な. o、 名物まん ぢぅ、 あん も
ちと書っけたる札ぁ..^、 試に あん もち を 味 ひ 見る に
都に はづる 事な し、 東海道に も か、 る 餅 はまれなる
べしと おも はる、 猶山を 右に して 谷川 を 左に して ゆ
けば、 又 そばった ひの かけはし 一 一 所 あり、 又 谷 あ ひふ
かく 下. 9 ゆきて、 なほ 山路に そ ひて 下れば、 左の 川 は
いひろ く 見えて 音 高く きこ ゆ、 右の かたの 山の かげ
に絲 さくらち, 0 しほれ た. o、 雨い やましに ふり 來り
て 行な やめ.^、 和合 村と いふ 所の 人家に 和合 諸 白と
いへ る 招 牌の 出た る を 便よ しと、 しばらく 輿 をと い
めて いこ ひ、 名に お ふ 諸 白の 酒 を 味 ふに 、雲 南 の麴米
春に も を とらす、 是を あるじに と へ ば、 此谷 合の 淸水
もて 釀 しなせ hs とい ふ、 さきに 味へ る 餅と 此酒を あ
わせて ニ奇 とい ふべ し、 飢たる もの、 食 をな しゃす
く、 獨 せる もの 、飮 をな しゃすき たぐ ひに は あらす、
輿の 簾 を もる 滴に 衣の 釉も 露け く、 出入 ごとに なや
めり、 右に 園 原 先生 碑と いふ 石 あ b 、左の かたの 山々
を 見れば 雨雲し き にたちの ぼ. 5 て 見る がう ちに く
らうな. 9 ゆく、 見 野の 驛舍 わびしき 所な. o、 ベ に 坂
I n ^五十 —六
を 下れば、 右 は 山の そばに して 左の 川 はい ひろく 音
高し、 小 橋 を わた- Q て 左の 方に 竹 あ. 9、 人家 ま、 あ
^、川 水の 色 靑きは 深き 淵なる べし、 板 橋 あ. o、 谷川
の 流に かけて 木曾川 に 落る 水な ベし、.,, 中 河. m とい ふ
立場に いこ ひ、 今宵と まるべき 野 尻の 驛ま ていく ば
く あると 問 ふに、 猶 一 里 半な,.^ とい ふ、 右 は 山ぎ しに
そ ひ、 左 は 木曾川に のぞみて ゆく、 岸に 竹 多し、 中の
原と いふ 所に あん 餅 あ. 9、 十二 河原に は 人家 まばら
に 多し、 橋 あり、 谷の 水 山よ. 0 みなぎ. 0 をつ る 昔 高
し、 山 を 右に し 川 を 左に して ゆく に大石 あ, 9、 野 尻の
新 茶屋と いふ 立場に いこ ふ、 野 尻まで 二十 町に 近し
とい ふに、 力 を 得て 輿 を はやめて ゆく、 野 尻の 驛の本
陣淼庄 右衛門が 家に とまる、 こ、 も 板ば めに して 壁
なし、 され ど 十月 九日 牧野 備前守 泊と いへ る 札 ある
を 見れば、 去年 京 尹よ.^ 執政に めさせられし 時、 一 夜
やどらせし 所な, o、 げに 旅に しあれば かゝ るいぶ せ
き 所に もや どらせ 給 ふ もの かな、 夜もすがら 雨 ふる
音 谷川の 流と ひ- 5 'きを あらそへ, o、 いづれ の 時に か、 -
西の 窓の 灯 か ゝげて 巴 山 夜雨の 時 を かたる ベ きと も
いはま まし、
壬 戌 紀行 下
三月 廿 九日。 まだ くらき に、 野 尻の 宿 を 出で、 倉の 坂
"ig 坂 とい ふ 長き 坂 をく だる、 きの ふの 雨に 道 あ
しければ、 輿 かく もの ふみ あやまちて 輿 を 落す、 危 き
事 かぎりなし、 是ょ, 0 道 は 何 かしの 山 莊の庭 山 を 見
る ごとく、 石 あまた ある 中 を わけ ゆく、 左 は 木曾川
にして 水の 昔た かく、 右の そば 道、 左の 岸に 山吹の
花 多し、 右 は そば 道に そ ひ、 左に 欄干 ある 橋 (藤 波 記
に關山 橋と あ b) を わた,.^ て ゆけば、 道の 左右に 大き
なる 石 そば だて. 5、 むか ふに 見 ゆる 山 は 今 井 四郞兼
半が 城跡な, 9、 板屋 數 あ. o、 弓矢 村と いふ、 ある 家
に 銘酒 松の は 酒 あ b とかけ b、 左に 水車 あ, o、 右の か
たの 石のお もてに 絕三尸 之 罪と ゑ b て、 左右に 元祿
十五 年 壬 午 八月 日、 村 中 善男善女 等と あ. 9、 たいに 庚
申 塚と はか ゝで、 いかなる 事を好める もの、 しわざ
にやと おかし、 山 を 左に し 小 流 を 右に しゅけば、^ ば
らく 木曾川の 流 を 見す、 平澤と いふ 立場に いこ ふ、 あ
る じ^ 羊の 皮、 熊の 皮 はた 熊 膽とを 持 出て めせめ せ
とす、 む、 是 より 熱 川の あた ひまで、 立場に いこ ふご
とにかくの ごとし、 左の 方の 蛆 みちに そ ひ、 右の 方の
田 の 面 を 見る に 板屋 ま ゝ 見 ゆ、 田 をへ だて、 山々 に
櫻 梨の 花 さか b なり、 藤 波 記に 櫻の 並木 あり、 此 並木
は 川の むかひに 智 光寺と いふ 寺 あり.、 あるじの 僧の
手づ から 植し 櫻の、 かくお ひたちた るな b と ある は、
此 あた, 9 のなる べしと 思 はる、 人家 ある 所 を 過て、
蛆を 右に し 畑,^ -左 にす、 畑の むか ふの 谷 をへ だて ゝ
山 あ b 、山吹 紫 躑躅の 花 多し、 左に 人家 數ト m 'あ, o、
大嶋 村と いふ、 こ、 にいたり てよ ベの 雨 またぐ 晴れ
て、 朝日の かげ 見 ゆる もうれ し、 伊奈 川と いふ 川、 伊
奈と いふ 所より ながれ 出て 木曾川に 落るな,.^、 長き
橋 あ h^K^S 伊奈 川 橋と いふ、 前後の 岸よ b ゆき 桁 を
はね 出して 橋 株な し、 いな 川 村の 人家 をす ぐ、 右の 方
に是 よ, 9 岩屋 觀音 道と いふ 小 坂 を 上りて、 右 は蛆左
は 木曾川な,. > 、山 あ ひ を 行め ぐ b て須 原の 驛に いる、
さし 入の 右の 方に 禁 葷酒と いへ る 碑 あり、 すこし ひ
きい b て 大きなる 寺 あ, 9、 定勝 寺と いふ、 小高き 所に
鎭 守の 堂 あり、 右の 方の 墓所のう ちに 大きなる 櫻 一
もと あ, 0 て、 その もとに 墓 あ, 9、 これ 木 曾 殿の 御廟 所
百 五十 七
壬 戌 紀行
百 五十八
なりと いふ、 藤 波 記に、 本堂に 眼 さし 物 おそろしう
して、 淺黄 のす はふに 松 竹 書きた る を 着た る 繪像ぁ
り、 さすがた. 5- 人と は 見え ざ hs しま、、 かたへ にあ
る 法師に とへば 木曾義 有の 影な b とい へ hsi あ b -、
こ、 に 木 曾 殿の 御.;^ 所と い へ る義 有の 事に もや ある
らん、 先 をい そぐ 道 なれ ばくはし くも 問 はす、 驛舍
をいで、 右 は 山 左 は 川な, o、 和 村の 人家 を 過れば、 岸
に 竹の 林 あ,. > 、ゑげ の 坂 を 上, 9 て 又 下れば、 蛆を 右に
し 川 を 左に す、 川に のぞめる 百 丈の 岸の 上 を ゆく に、
柴 ふわた るかけ 橋 あり、 あやぶみ/ \- わた, 9 ゆきて、
組った ひに 岸に 下 b ゆく 道よ..^ 見れば、 大 淵と いふ
あ b 、淵 ひろくして、 岸に たてる の 岩け しきょの つね
ならす、 また 檢 坂と かやい ふわた, 9 をの ぼ. OS ゆく に、
川の むかひに たてる 岩石 數十 丈、 松 その外の 木 あま
た 生 ひた. 9、 右の かたに 水車 あ. o、 此所松 淵と な >o、
ゆきくて 又 かけ 橋 あり、 立 町の 人家 數十 戸に ぎ は
しき 立場な り、 左右に大木ニ本ぁ,.^、棱と單ゅ、山ぁ
ひ を ゆき、 めぐ, 0 の ほ, 9 下. 0 て 萩原に いたる、 人家 十
餘lII,ゎびしきさまなi^、此ぁたh'山吹の花多し、又も
け はしき かけ 橋 を わた..^ て 左の 方の 淵に のぞめば 島
あ. 9、 松 を ひしげ. 9 て、 巖 そば だて. o、 巖に せかる、
水の 音つ よく、 澤 中の 雷 きくかと 疑 ふ、 波の いろは、
雪 をち らし 玉 をく だく、 右の 方なる 岩山の 上よ b, 瀧
ふた 筋に わかれて 落る さま、 白き 布 を さける がごと
し、 是小 野の 瀧な り、 長さ 三 丈ば かり も あるべし、 こ
れ までの 山路に 橋 ある 所 は、 多く 山よ,. -水 みなぎり
落て、 木曾川に いるな hs 、され どか、 る 高き 岩よ. 0 た
^ちに 下れる 飛 流 を 見す、 左に 茶屋 あり、 ^子に 名
物 小 野の 瀧養麥 切と かけ, 9、 三 四 町 ゆきて、 なめ 川
の 橋と て 大きなる 橋 あ b、 前後の 岸よ b はね 出して
株な し、 坂 を 上.. > て 松原 を ゆけば、 右の 土手に 赤松
そび へ たて. 9、 此松 によ..^ て 上 松の 驛 あ,.^ とぞ、 ゆき
^て 左の 方に 臨 川 寺と いふ 寺 あ- 9、 門前の 人家に
騫麥 切を賣 る、 名 づけて 寐覺 そばと いふ、 愛 は 名に お
ふ 浦 島 か 寐覺の 床と い へ る所な,^^、 鳥居 をい..^ て 左
に辨 天の 堂 あ, 9、 これ 正 德ニ年 尾 張黃門 I 通 の 御 建
立に て、 本堂 前なる 松 も手づ から 植給 ひし 所なら、
本堂に 浦嶋 釣船の 圖の掛 幅 あり、 寺の 童の 案內 して
浦 島 寐覺の 床 を 見よ とい ふ、 かの 松の もとよ b 岸に
のぞみて 見お ろせば、 大きなる 岩な, 9、 岩の 上に 松
1
生 ひしげ.^ て辨 天の 小社 あり、 床 岩、 象 岩、 まない
た 岩、 屏風岩、 獅子 岩、 た、 み 岩 等 をのく その 形
ありと いへ ど、 ことごとく は 見 わかす、 まろき 穴の
あきたる を签 岩と いへ- 9、 むか ふの 岸 は、 數十 丈の
岩 そば だち て 松 生 ひしげ, 9、 峯の あらし 谷の 水 一昔に
ひ 3. きて、 うき 世の 麈をも 洗 ふ ベ し、 これ 床山な りと
云 ふ、 藤 波 記に は 臨 川 庵と 見えし が、 その、 ち 寺と は
なれる なるべし、 貝 原 氏の 記に も 臨 川 寺と まるせ- 9
是ょ, -上 松の 驛 まで 十二 町 あ とい
ふ、坂を上れば左の方に番所ぁ..^、坂を下れば上松の
驛な り、 御 休 所と 書し 札いだ せる 家 多し、 土橋 を わ
た. 0 長き 坂 を 下れば、 道に 白き 砂 あり、 人家 あ.^、
桃李の 花 さきみだれた. o、 むか ふの 岩よ, 0 水の なが
れ ちる さま 淸し、 又 人家 あり、 彌 生の 新 茶屋と いふ、
i.^ 餅 を ひさ c、 け ふ 三月 盡な. 9、 彌 生の 名 も ゆかし
けれど、 蕨の 味 は 伯 夷なら ねば しらす、 右の 方に、
高さ 數十丈 も あらんと 見 ゆる 巖の面 を 平らかに けづ
b て 文字 を ゑれ,. y、
此 石垣
慶 安元 ,
<3 叫
戊 子年
六月 良
辰 成就
焉畢
例の ふるき を 好む 病 やます、 懷 にものせ し 墨 もて 打
ん, 0 する に、 下の くだ. 9 の 文字の あたりまで、 やう や
うに 手の と^く ほどな- 5、 石のお もても あら^,^ し
く、 とても 措う つすべく も あらねば やみぬ、 深山の
雲の たち ゐに雨 さへ ばら/、 とふ- 9 來れ, 9、 まこと
や、 木 曾の かけ 橋の 名のみ こと./,^ しう いひ もて 傳
ふる は、 ゎづ かに 十 間ば か, 9 の 板 橋な. 9、 川の かた
に 欄干 あり、 昔 は あやしき 所な.. > し を、 尾 張の 君よ
b 此橋を かけ 給 ひ、 岸の もとより 石垣 を つきあげて、
橋 を かけたり、 今まで 過來し 道の かけはし は、 山の
そば 道に 柴を よせてみ たれば、 あやうき 事 かぎりな
し、 見る 所の きく 所に 異なる 事、 これにても まらる、
ゆきくて 御嶽の 雪し ろく 見 ゆ、 左の 方に 御嶽山 權
現の 鳥居た て ,9、 猶蛆を 右に し 川 を 左に して ゆけば、
所々 に 桃李の 花 さか b なり、 中 平 村の 立場 をす ぎ 坂
を 下.. M」 福 島の 鐸 にいる、 八澤 町な どい ふ 所 を 過て
*5 十九
ぼ 戌 紀行
右へ 曲 hv ゆく、 人家に ぎ は、 し、 こ、 は 福 島の 關の
こなた なれば、 タ ぐれに 關越 かねる ものな どや ど, 9
とる 事 多ければ、 かくは 賑は へ るなる べし、 福^の 御
關所は 尾 張の 山村 氏の 守る 所な り、 まづ 御用の 文書
いれた るお 持の 概を 先にた て、、 そのよし を吿 るに、
しばらく 闘の 口に またせて、 さきさきの 例な ど 下
づ かさに 尋ねと ふさ まな,. y、 や 人ぁり て 通 ふる ベ き
よしをい ふ、 下づ かさの もの 階に 下. 0 て會释 す、 關
を 越て 上田 村に いたる、 こ、 に 今 井 四 郎兼平 か 父、 木
曾 仲 三 兼 遠が 尾 敷の 跡 あ, り、 道より 左の 方な り、 木 曾
魏 仲の 父 刀 先生 義賢、 惡 源太義 平にう たれし 時、 義
仲 1 一歳な b し を、 母 抱て 信 濃に 下り、 仲 三 兼 遠が 養育
にて ひと ゝ なり 給 ひし 事 思 ひ 出て、 里人に とふに し
か玄 かとい ふ、 上田 村 を 出て 右の かたに 天満宮 あり、
石-: 高し、 これ 木 竹 義仲を 祭れるな りと 里人 はいへ
り、我かって^仲論っく..^て、 その 志を哀 め, り、 今 こ
の 所 を 過て 懷 俗の 菩念 をのぶ る 事 を 得た,. >、 上田 橋
を わたりて 小澤 村の 立場に いこ ふ、 ここに 駒 石 石 作
先生の 慕と い へ る 碑 あり、 石 作 士幹諒 桌稱貞 j 郞と
るす、 寬改八 年 丙 辰 三 r.cj 紀德 民の 文な り、 是ょ hs 右
百 六十 i
の 方に むか へ ば 此頃晃 つ 、夾一 ^駒が 嶽 近し、 山の 上
に 雪 あ b、 あま.. > に 面白ければ 矢た ての 筆と..^ いで
、かた をう つ せり、 駒が 石と いふ 石山のう へに あ b、
左の 川 をへ だて \、 むかひの 山の 腰に 大 なる 山 一? さし
出たり、 |§波記にぃはゅる明《^^-2|5なるべし、 橋 を わ
たれば 原野 村な り、 人家 數十芦 左右に ならべ り、 みな
例の 板屋な り、 七里番 といへ る 礼 かけた る は nsj- 張の
脚 夫に や、 右は蛆左は川な,.^、 橋 を わたりて^ 塔 あ
り、 宮の 越の 驛を 過て、 右の 畑に 樋 口 次郞が やしき
跡 あり、 左に 德恩 寺と いふ 寺 あり A」、 巴、 山吹 二 女
の 墓 ありと, さゝ しが、 いそぎて 見す ごしつ、 宮の梳
の 前なる 右の かたの 細き 道 を ゆけば 八幡宮 あり、 是
木 曾 篛仲を 祭れるな h>、 鳥" te; の もとに 松た かくた て
b、 橋 を わたりて 左の 人家 を 德恩寺 村と 云、 右の 川
に ふかき 淵 あり、 うづ まく 水の 一 tin 高し、 是を 巴が、 淵
な. n^、 右の方に丸く高き山ぁり宮の11^;)とズ、 坂 を 上
.9、 くだ, 0 て 川 を 右 にして ゆけば、 大な る 山 や V ば だ て
り、 上に 大きなる 丸 山 あり、 松の 尾と いふ。 下吉田
の 人家 わびしき 所な, 9、 吉田橋 を わたり" 川 を 左に
し 又 小 橋 を わた, 9 坂 を 上れば 上吉 田の 立場な ひ. - 川
!!
ぎしに そ ひて 山路 をの ぼ,. y 下..^ ゆく、 左の 木曾川に
わたせる 橋 あ. 9、 この 橋 を わたれば、 菅と いふ 所レ
ゆく 道と いふ、 橋 を わたらす して、 右の 蛆にそ ひゆ
けば 怪き巖 そばた て, 9、 夕日の かけ 山の はにかく る
、に、 け ふは彌 生の 小盡 な,.^、 さすがに 春の なごり
覺 えて、 かへ, 9 見が ちに ゆ く^ ^教 原の 驛 にいれば、
驛 4: のさ ま にぎわし、 ぉ六输 あら ゝ ぎの 箸 ひさぐ も
の 多し、 此 所よ, り諸國 にった ふとい ふ 今宵 は 米屋 何
がしが 家に やと, 0 ぬ、 あるじ まめ やかなる ものに て、
何 くれと 物が たれ .-、 お 六 櫛の 事 をと ふに、 お 六と
い へ る 女 はじめて みねば b の 木 を もて 此樹を ひき 出
せ. o、 しかるに 此 あるじのお ぢ なる もの 此業 をつ ぎ
て、 みね は- 9 の 木 を つげの 木 もて 此櫛を ひき、 諸國
に ひろめし よ..^、 ぁまねく*,^れ-9とぃ へ ,.^、 藪 原 ま
たや ご 原 ともよぶ、
四月 朔 日。 晴た り、 宿 を 出て 左に 石 表 あ b、 右 江
幷善 光寺 道、 左 飛 驟 みちと ゑ. 9 つけた. o、 坂 を 上れ
ば 鳥居 峠な, o、 六 町 ほど 上. 0 左へ 曲. り 右に 折れ、 又
左へ まがり 右に 折れ、 又 左へ 曲 > り 右に すこし ゆく、
又 左へ すこし 曲, り 右に. すこし 折れ ゆく 事 二度、 又
壬 戌 紀行
左右-」 曲る 事 長し、 又す こしく 左右に まが. 0 左へ す
こし 曲, 0 て 右に 長く 折れ ゆけば 山の頂な. o、 こ、 に
して かへ b み 見れば、 左の 方に 遠く 駒が 嶽そ びへ、
右に 飛 驊の乗 鞍が 岳 長く 橫 たはれ h^、 ともに 雪 をい
た^く、 峠の 道 はついら 折 なれ ど、 道 はい も ひろ 一
く淸ら にして 他に 異な b、 木曾義 仲の 視 水に 用 ゐ給;
ふとい ふ淸水 あ, 9 とき、 しが、 見す ぐし ぬ、 三 軒 星
の 立場に いこへば、 例の 熊の 皮 熊の 膽 めせと す、
む、 此 あた,.^ より、 やうく 木 曾の 谷 を 出 はなれて
木曾川 をへ だつ なるべし、 矢 立 坂 を 上り下りて 左の
方に 鎭大明 神の 社 あり、 鳥居よ b いりて ぬか づきつ:
ゝ, 奈良 井の 驛舍を 見 わたせば、 梅、 櫻、 ひがん ざ
くら、 はた、 李の はな 枝 を まじへ て 春の なかばの 心!
地 せらる、 驛亭に 小道具 を ひさぐ もの 多し 膳、 捥、
辨當 箱、 盃、 曲 ものな どみ な 此邊の 細工な,.^、 され
どた くみあし くして 會津 細工の もの、 ごとし、 驛舍ー
も又賑はへ,.^、 左の かたに 寺み つば か b 見 ゆ, 奴 を
上. 0 蛆を 左に して ゆく く奈良 井の 橋 を わた, り、 石:
川の 水 を 左に しゅく、 平澤 村と いふに いたる に は、
畑より すこし 上 b たる 道な り、 右に 誠 訪大明 神の 宫
百 六十 一 一
戌 紀行
居 あ, o、 御 柱と て 柱 四 本た てた. 5、 土人 輙訪明 神の
母君な, 0 とい ふ、 此衬 の邊. 9 山椒魚と いふ 物 を ひさ
ぐ、 箱 根 山に て 見し 魚な, 9、 又 奇石を ひさぐ もの あ
り, 一 昨: n 和合 村に て 買 ひし 酒と. 9 出て くむ、 熊の
皮め せとす、 むる 事例の ごとし、 す は 坂 を こえ、 橋
を わた. 0 て 押 込 村 を 過ぎ 熱 川の 驛に 入る、 驛の 中に
用水の 溝 あ- 5、 驛を はなれて 小た かき 所に 番所 あ..^、
Ite- 張より 番をすへ て 曲 物の 器を改 ると いふ、 庫 川 を
右に し、 ばん 坂と いふ 坂 を 上,^ 下. 9 て 人家 あり、 橡
の 木と いふ、 猶川を 右に し 山々 を 左に して 中 畑 村に
いたる、 是ょ, 0 岸 高き 所に 上, 0 まが. り/^ て 人家 あ
り、 また 橘 を わた b て 片-平 村の 人家な り、 左に 白山
權 現の 社 あ h^、 檻 を わたれば さえ 木 川 左に あ h^、 立
場 あり、 樱澤 村と いふ、 かの 熊の 皮 熊の 膽 めせく
と すゝ むる も发 までな. i> とい ふ、 坂 を 上 b て 高き 岸
の 上 を ゆき、 又 まが. 0 折れて 下る 事 急な. 9、 堺 橋と
いふ を 渡る に、 自此橋 西 尾 張 領自此 橋 中東 松 平 丹 波
守 御領 所と いふ 標 あ..^、 此川も 木 曾 山より 出る 川な
b とい ふ、 是 よ.; > 東 は 松 本の 領 にして 木 曾の 驟 なり
と きく もうれ しく、 猶山を 右に して 川 を 左に して ゆ
, 百 六十 二
くに、 川の 向 ふ はみ な 山な, 9、 右に 熊 野の 宮ぁ, o、
此邊 右は蛆 山に して 左 はな がれの 畑な り、 畑の むか
ふに 犀 川な がれ、 川の むか ふ は 又 山な り、 高き 所に
のぼり 下りて 立場 あ, 9、 ひで^ ほ 村と、 いふ、 愛に も
猶 熊の 皮め せとい ふもうる さし、 され ど是ょ b 東に
はなし、 一 里 塚 複をこ ゆれば 左右と もに みな 畑な り、
右の むか ふに 山 つらな- 9 左に 川な がれ、 川の 向 ひ は
又 山な. 9、 土檢を わたれば 大石 左右に みだれ ふして
又 山路に いるかと 疑 ふ、 右の 森の 屮に觀 昔 堂 あり、
土橋 を わた. M し 右に 八幡宮 あり、 長久 寺と いふ 寺の
屋根 見 §、 本山の 驛には うん どん そば 切し つぼく と
いふ 看板 多し、 江 州: n 野 定宿 多し、 驛を はなれて 左
右と もに うち ひらきた る 畑 見る もめ づ らし、 山々 遠
くつら なれば 鵜 沼より この あたりまで、 みな 山 あ ひ
ゆきめぐ b て 木曾川の 流に そ ひ。 巖石 のなか を ふみ
わけし が、 かの 峻棧を 行 過て 褒斜を 出る とい ひし 唐
詩 をよ むが ごとし、 右に 藥師堂 あり、 坂 を 下りて 右
に 瀧大神 あり、 橋 を わた b 右に 地藏山 あ. 5、 黄檗宗
の 寺 も 見 ゆ、 又社ぁ,.^、 洗 馬の 驛々 は 松 本 諸 白うる
家 多し、 追分 荷 週し 所と 書し 札 ある 家 も 見 ゆ、 左の j
方に 太 田の 淸 水と いふ あ.. y て 木 曾 殿の 馬 を 洗 ひしょ
り、 洗 の 名 あ b とぞ、 右に 神明 あり、 左に 善 光寺
道 あ. o、 右へ: gb 坂 を 上 b て、 蛆を 右に し 左 はがけ
な,.^、 がけの 下に 畑 あ. o、 是 より 東 は 桔梗が 原と て
古戰 場な. 9、 北に 飛 驛の乘 鞍 か 岳 駒が 岳の 雪 はるか
に 見 §、 原の 問渺々 として、 左右と もに 麥畑菜 固な
b、 山 遠くへ だ、, 9 てながめ はるかな.. >、 二 軒 茶屋
の 立場に いこ ふ、 桔梗 原 名物 さとう 餅、 あは 餅、 せ
うちう といへ る 看板 かけたり、 一里塚 松 を こえて 大
門 村に いれば 桃の 花 さか b な, 9、 右の 方に はるかに
寺 見えて、 彼岸 櫻 さきみだれた. o、 左に 柴宮 八幡宮
あり、 右松 本道 中 山道と いへ る 石 表 も あ b、 土橋 を
ゎた.^大小屋村にぃれば左右ともに田なb、 左に 正
八幡 式 內大宮 阿禮祌 社い ます、 痩 尻の 驛は、 去年の
冬 左 か はの-民家 やけて、 あらたに いとなみ たつる も
f、 右の 人家の 障子に 名 酒 菊 波き せ 川 はっかす み
な ど 書 つけた b 、晝御 支度 所 御 休 所 など 書し も あり、
右に 三 河 道 左に 寺 あ. 9、 土橋 を わた, 9 て柿澤 村な. o、
右に 二人の たてる 形ち を ゑ b たる は 道祖神に や" 江
なる 道灌 山に て、 近頃 ほ. 0 出せる ものに 似た, 9、
壬 戌 ST 行
左右と もに 畑に して 芝生の 小 松 ある 所 を ゆ,、、 左に 一
庚申 二 十三夜 塔 あ,. >、 靈を つけたる 馬 引 つらねて 來ー
たれ, 9、 是は 東海道の 沼津ょ b 甲 州の 锹澤 まで 船に _
て 廻- 9、 それよ. 0 馬に つけて 松 本の 城下に ゆく と 云
謂に •, 百 右の むか ふに、 山ち かく 見えて 芝生 ひ 小 松
ところと ころに あ. o、 大木な し、 人家 あ, o.、 立場な 一
り、 是ょ. -鹽尻 峠へ 二十 四 町 のぼると いへ ど、 つま 一
さき 上, 9 とい ふ ものに て、 さの みけ はしき にも あら
す、 左に いの 字 山と いふ あ,.^、 げ にもい の 字の 形し
たる 芝 山な. り、 一里塚 を こえて 小 流 あり、 板 橋 を 渡
,5 て 立場 あ, 9、 左の 山に 淺間 社の 鳥居た て. 5、 是ょ
漸々 山 を 下, 0 ゆく に、 むか ふに ろく 見 ゆる は、 一
名に お ふ 識訪の 湖水な.^、 右 は 谷 ふかく 左の 蛆にそ 一
ひつ 、ゆく、 左に 鳴 澤權現 道 あ、 り、 四 ッ屋の 立場 を
富士見 茶屋と いふ、 此 前の 山の 上より 見し に、 むか
ふの 右の 山の 上よ. 9、 富士の 山の かたちし たる 山 ほ:
のかに 見えし が た ちま ちに 雲た ち お ほ ひ て 見えすな 一
し は、 わが 僻目に や、 左の 姐に 熊笹 多し、 そ はつ
た ひに 湖水の かたに むかひ ゆく、 右に 横た はれる 山 一
あり、 山の あなた は 高遠の かたなり、 左に さし 出た
る 山 あり、 是上 識訪の 山な り、 山の ふもとに 白く 見
ゆる は 瞰訪の 城な り、 湖の 中に さし 出て 繪 にも か、
まほし、 山の あなたに 晃 ゆる 山 は八ッ がた けの みね
f、 右の ふかき 谷 は 湖水の 岸に つ- 5 'きて 田な. 9、
東 §u 村の 人家 賑 はし、 あ ひの 宿な りと いふ、 左右と
もに、 田の 中 を ゆき./^ て 湖水の ほとりに 出て、 橋
を わた. 9 ゆけば、 下 識訪の 社 左に 見 ゆ、 大 川の なみ
木 十八 町 あ. 0 とい ふ、 古歌に、 「信 濃なる 衣が 崎に き
て 見れば 富士 のうへ こぐ あまの 釣船」 とい ふ を、 跡
なる 茶屋の-障子に かきて あ b しな. o、 下識訪 の驛舍
にぎわし、 秋の 宮の前 をす ぎて 檜 物 屋ロ □ 口 家に や
どる、 宿の むか ふに 温泉 あり、 宿の あるじ、 風呂た
て勞を はぶきて 温泉に 浴せ しむ、 けふ趨 I 尻の みね を
下る 頃よ.. ^ 雨 ふ, 9 出ぬ、 まこと、 木 曾 路の山 を 出し
より 山吹の 花 を 見す、 け ふみし 所に 竹な し、 寒氣甚
しく 綿入れた る 衣み つす かさねて 猶 羽織 を 着た, o、
衣: 史の 事な ど は 思 ひも よらす、 (信 濃 地名 考或曰 若 櫻
宮 天皇 御製す わの 海 衣 かさき をき て みれば ふしの だ
けこぐ 海 士の釣 舟、 これらの 歌いと ふかしき 事な
れど 人口に あれば 暫こゝ に 記す と あり、 茶 il5 の 障子
百 六十 四 I
に は 西 行の 歌と 記せ b)
二 H 雨 やます、 人々 雨つ、 みして 出た つ、 輿に も 雨
皮 かけて、 窓の 簾の 上に も 軒 を はり 出 たれば、 なが
め を さ、 へられ 出入 每に 雨した ゝ b て、 かちよ. 0 行
がた く、 輿の 中に かいみ 居つ、、 猶 あら じに 左右 を
かへ. 5 見れば、 右に 引接 山と いふ 額 かけし 寺 あ,.^、
左に 社 あ, 5、 大木た てり、 右に 石 坂 見 ゆ、 庚申と い
ふ 字 ゑり たる 石 あ. 9、 やう.^ 左に 湖水 見 わたされ
て、 昨日 右に 見し もの をけ ふ は 左に 見つ、 ゆく、 右
中 山道 左 識訪大 神道と い へ る 石 表 あ. o、 識訪 大明祌
へ 三 町と いへ る 書つ け も ありし かど、 輿より 出べ く
も あらす、 御社の 屋根 を はるかにな がめ て 見過しぬ、
蛆を 右に し 谷川 を 左に す、 田 川と いふと ぞ、 川の む
かひ は 山な り、 一里塚 模を こえて 右に 小 諸道 あ b、
(再按 小 諸道と 見し は 誤なる べし)、 又 識訪大 明 神道
f、 山道 を 上. ^ 下. 9 て 左の 川岸に そ; U ゆく 事 や、
久し く? -て、 落 合の 橋 を わたり 坂 を 上る、 右に たて
る巖を 見る にへ なの 塊に 似た, o、 すこし 下 b ゆく 事
長く して、 一里塚 あ.. >g| 枯赤坂 を 上.^ て 又 少し 下
b て 又 上り ゆく 小 流 あり、 土橋 を わた, 9 て 左に 觀昔
堂ぁ..^、 豐 橋の 立場 は 茶屋 四 五軒 あ,.^ て、 いこ ふに
よろし、 坂 を 下,.^ て 谷に いれば 橋 あり、 左の かたに
右 は 中 仙 道 左 は 山道と しるせる 石 表た てり、 ふかき
谷 を 右 に し て 蛆傳 ひの 道 を ゆく、 道に 熊笹 生 ひしげ
り、 ハ<:: の 水 昔 ひいき あ ひて 雨雲の 霧に むせぶ、 左の
蛆に 獅子の 臥した る 形 ある 岩 あ、 り、 香爐 岩と いふ、
簾 を か、 げて 見る とい ひし 峯の雪 もな つかし、 輿 か
くもの、 わが 此 岩の 名 をめ づるを 見て、 猶 §- 、先に
は搏 山;; 患 比 須大黑 などい へる めでたき 岩の 候と いふ
もお かし、 猶 谷川 を 右に し 山 を 左に して ゆけば 道 も
さ, 0 あ/す、 巖石 のく だけ 落た る あ, 0 て、 かち 人の
あゆみく るし、 左の 蚍に 栗の 木の 枝 を 垂れて、 垂絲
一 海棠の ごとく 見 § る 木 二 もと あ, <^ しはい かなる 木と
問へば、 栗の 木な,. >、 むかしよ,.^ 天狗の やすみ 所と
いひなら はして、 かくの ごとくに しだれ た, 9 とい ふ、
又大 なる 樅の 木 二 本 あ, 9、 山水の みなぎ, 9 落る 所に
かけし 大橋を わたりて、 坂 をの ぼれば 道に 碎 けたる
石 多し、 雨 さ へ つよければ 人々 の 行な やむ もこと は
.9 な. o、 ほうろく 坂 を 上りて 山 あ ひ を 曲, 0 猶山 にの
ぼる 事 高し、 道 を はさみて 熊 多し、 餅屋 峠 を 上, 9
—壬 -kf ^ 行
て 西 餅屋 村の 立場に いこ ふ、 こゝに 名物の 氷 餅 あ b、
一 袋 かひて 輿の 中に をさむ、 袋に 日 野 屋六兵 衞とぁ
り、 一里塚に 木な し、 又 小曲, り大 曲, りと いふ 道 を 上
b て ゆけば、 左の 山ぎ はに 鳥居 あり、 四 本 柱た てし
は 識訪明 神なる べし、 猶 山に のぼる 事 久しくして、
左右に 芝 山 あ.^ て 草木な し、 碎 たる 石の み 多し、 右
の 山の 半 腹に 大きなる 岩 あり、 新道 坂 を 上 b てつい
らを b なる 道 を ゆく に、 深き 谷より 一 むら 雲の たち
のぼる を 見 るが うちに、 風 冷に 霧な まぐ さくして、
衣の 袖もう ち^めれば、 輿の たて、 うつぶし にお
るに、 猶す、 みがた き は 雲の ちかく 行か ふなる ベ し、
雲 は 梁 棟の 間に 生す とい へる から 歌の心 も 思 ひ 出ら
る、 此 あた. o、 ことに 碎 けたる 石の つもれる を ふみ
わけての ぼる 事け はし、 絕 頂に いたれば、 榜示 株た
て、 自是柬 簑笠之 助 御 代官 所と 記せ, 9、 是ょ, り 西 は
識訪 峠に て 東 は 和 田 峠と ぞい ふなる、 ふもとよ りこ
、まで 三 里 三 町の ぼれ, 9、 げ にけ ふの 天 氣には 雨に
きる 簑 笠の 名 もつ きつき しかと 思 はる、 山 かげに 白
く 見 § る は、 みな 雪の、 これるな、 り、 衣 を かさねて
肌寒く、 卯月の 空と もお も はれす、 東 餅屋 衬 C 立場
百 六 41 五
壬 戌 紀行
は 名のみ にて 氷 餅うる ものな し、 人家 七 八 BS あれ ど、
いぶせき 事い ふば か b, なし、 是 より 和 田の 驛 ちかく
まで 二 里 あま. 9 の 間 人家な しとい へば。 かたへの 家
にい b て 畫の餉 す、 いとけ なき 子の たちよろ ほふ を
見る にも、 かゝる 山中に 人と なる 事よ と 思 ふに いと
あはれ な, 9、 坂 を やうく 下. 0 ゆきて、 谷の 淸水を
左に 右に しゅけば、 木 もて かけた る 橋 あ..^、 左右に
山 かさな わば、 此 あた 白樺の 木 多し、 すこし は 雨 も
おやみて、 山-^ も はれ ゆく やうなる 道 を ゆく 事久
しくして 板 橋 を わたれば 辛夷の 花 あ, 9、 小 橋 を わた
b け はしき 坂 を 下. o、 ゅく、右のかたに石佛たて..^、
これ 觀音 坂なる べし、 から 澤 村の 立場 をす ぎ、 板 橋
を わた b ゆきて、 左に 一 っ屋の 立場 あ. 9、 山吹の 花
ある もめ づ らし、 左に 社 あ h -、 急なる 坂 を 下れば 桃
の花さけ,.^、 人家 あり、 大 井村と いふ、 水車 あり、
か, 9 やす 衬を 過て 和 田の 驛 にいれ. 9、 驛舍 のなかば
左の 方の 寺の 門に、 風 越嶺と 書る も ゆかしく、 立い
,0 て 見る、 堂の 額に 信定禪 寺.^ あ. 0 て、 廣澤 |, ま の
筆な h -、 土人に とふに 爱は小 縣郡風 越の 里な.^、 風
越の嶺は是ょ,.^はるかに跡のかたな^^とぃふ、 橋 を
Ig 六十 六
わたり、 左に 觀昔 あり、 又大 {呂 大明祌 と 額 かけた る
石の 鳥居 あ.. >、 猶山ぁ ひ を ゆく に、 左に 畑 あり、 右
に 田の 間 を 流る、 川 あ,.^、 依田 川 H 藤と いふ、" y よ
ひ 北の方 越後の 高 田に 落る 川な b とい ふ、 一 里 塚 5!:5
し をへ て 左に 小社 あ.^、 右に 若宮 八幡宮 あ,^、 屋根
ある 橋を懸 たり、 左に 小社 二つ あ b、 左の 方に 竹鍛
あり、 一 昨日の頃ょ.^竹を見ざ,.^しが、 愛にぃた..>
て始て 見き、 民家 あり 下 原と いふ、 左の 道端に 大 なる
岩 あ-り 誠き I ぜ 岩の 下 に 小 堂 あり、 橋 を 一 一 ッ わた
し 左右の 山 あ ひ を ゆく、 左に 水流れ 右に 田 あ..'、
長 窪の 驛 わびしき 所な り、 右に 寺 あり、 蛆を 左に し
谷 を 右に す、 むかひに 見 ゆる 山に のぼり ゆけば、 大
なる 坂 あ. o、 左 は 蛆右は 谷な.. >、 芝と り 峠と いふ 所
なり、 從是西 簑笠之 助 御 代官 所 東 牧野 虎之 分と
いへ る 榜示株 あり、 愛に あはれ なる 事の 侍-りき、 武
藏深 谷の もの 稚き 子を携 へて、 讃岐の 金 2? 羅に まう
でんと せし が、 近 江の わた b にて 病に か、 りて うせ
にし かば、 稚 きもの、 よるべな きを 竹 籠に のせて、
宿 次と いふ ものにして、 深 谷まで 送る とて 利 民 二三
i 人 舁來れ るが こゝ にい こへ る あ,.^、 餘り にあ はれな
れば 籠のう ち を さし のぞき 見る に、 さすがに おとな
しく 菓 などく ひて 蹲り 居ぬ、 道す がら 見る もの ゝぁ
はれが. 5 てあし とらせな どす といへば、 おのれ も 杖
頭の 錢 とらせぬ、 鎳寡 孤獨の もの をす く はせ 給へ る
文 王の 世に しあれば、 縣の おさ 村民 もまた か、 るめ
ぐみ あ, 0 と 想 ふに 淚まづ 落ぬ、 一里塚 模を こえて 坂
を 下れば、 むか ふに 遠く 淺間山 見 ゆ、 雨 や、 やみて
日 くれに 近し、 松林の 中 を ゆけば 板 橋 あ, -、 水車 あ
り、 民家 二三 あり、 左右と もに うち ひらきて、 山
遠く 畑の みあ,.^、 盧 田の 驛も又 わびしき 所な り、 右
に 蘆 田 何某の 城跡の 山 あ b、 左に 寺 あ, o、 又 上田 小
諸道 あ b ヽ 小 橋 を わたれば 左右と もに 田な. o、 いよ
いようち ひらきて 山 遠し、 此頃山 また 山 を わけ こし
目 うつしに は 心 も ひろ/^ とせし に、 雨 もやみ ぬ、
人家 三 四 あ. y、 一里塚 模を へて 人家 あ.^、 石 原 坂
を 下れば 人家 多し、 左に 堂 あ. 5、 又 水車 あ hs、 坂 を
下りても たい 村と いふ、 人家 あり、 廣き原 を ゆく に
日 くれぬ、 灯 か、 げんと する に、 火 を こ ひがたし、
漸/^ にも, とめ 得て 望月の 驛 にっき、 □□□□□□
が 家 を あるじと す、 此 頃日 くれぬ うちにの みや ど, 0
と しが、 け ふ は 道 ことに 遠く、 山 を こえ 雨 をし のぎ
しかば、 從者 もみな つかれ ふしぬ、 今宵 宿の 家 は 土
もて ぬれる 壁な り、 木 曾路の ごとき 板 家に あらす、
三日、 雨 晴曇. M し天氣 さだまらす、 望月 新 町 をす ぎ
て 坂 を 下り、 かう ま 川の 橋 を わたり 曲折して 山 あ ひ
の 間 をの ぼる、 瓜 生 坂なる べし、 すこし 下..^ て 一里
塚擾ぁ 金山 坂 を 下れば 人家 あ hN、 岖を 右に し 田
を 左に しつ、 ゆけ は。 右の 方なる 畑の むか ふに 山々
つらなれり、 左に 遠く 淺間山 見えて、 むか ふに 凡き
山 も 見 ゆ、 八幡の 驛 にいれば 雨す こし 晴 たり、 驛舍
の 左に 辻堂 あ, o、 靑 柳の 絲 たれた る 色 ことによ し、
往還 小傳馬 御用と いへ る 札 かけし 家 あり、 左に 八幡
宮 あり、 これによ りて 八幡と いふなるべし、 左右と
もに 田 あ b て、 山 遠くへ だ、 れ, 9、 人家 あ hv 下 原 村
とい ふ、 札 上場と いふ あ.^ て、 ん幡 よ.^ 出し 人夫の
札 をと, 0 て、 その 數を改 む、 愛に 四 本 柱 をた て、 巾
に 松の 葉 をし き、 新阪源 何某と い へる 法號 書し 門 牌
を 出せる 家 あ h -、 又は 新華臺 とも 書け り、 三月 廿八
日、 四月 一 日な ど 書つ けし は、 此 頃の 疫行 はれし に
あ ひしに や、 さる にても こと しき 門 牌な, o、 一
. 百 六十 七
s— 紀 行
里 塚 をへ て:^ ^ て 見 ませ 村の 人家 を すぎゆけば 左に
寺 あ. o、 ゆき/^ て筑摩 川な がる、 河原 廣し、 大橋
小 橋 を わた ゆく、 橘の 前に 駒よ せ あり、 釀名 田の
驛舍 わびしき 所な り、 雨 また ふり 來れ. 5、 坂 を 上れ
ば 右の 山に 正 一 位 瀧大明 1: あ. 5、 驛舍の 巾に 名物 相
木 そば、 銘酒 松 1! 川 あり、 こ、 にも 新華臺 とかけ る
門 牌 あ, o、 下に は 樅の 葉 をし け, o、 左右 は 田 面に て
左に 社 あり、 むか ふ 人家に 水 雖四ッ 五ッ見 ゆ、 左に 櫻
の 八重 も ; 重も暌 みだれて、 流に 臨める けしき は 見
所 あ b 、猶蛆 道 を 右に と. 5 て 坂 を ヒる駒 形 坂と いふ、
左の 松 山の すこし 小高き 所に 駒 形 大明神 まします、
下 塚 原 村 を 過て 左右 はみ な 田な り、 右に 寺 あ-り、 左
の 田 中に 小 11^1 あり、 一里塚 をへ て It^ 左右 を のぞ
めば ffl 面 はるかに 見 ゆ、 小 流 あ.^、 上 州 高 崎 淸海寺
あ. o、 人家 ま、 あ,^、 左に 社 あ. o、 すべて 田の
中 所々 に 塚の ごとき もの あり、 愛 を 平 原 村と いふ
立場な り、 一里塚 を こえて I 繊右 右に 相生の松 あ.^、
又 社 あ, 9、 左の 方に 淺間山 見 ゆ、 岩 村 田 驛には 信 濃
國佐久 間 郡 岩 村田驛 といへ る榜示 をた つ、 驛の屮 を
たてに ゆく 用水の 溝 あ, 9、 右の 方に 右 甲 州 道 左 中 山
II 百 六 ii?
道と かける 石 表 あ. 9、 驛舍 のうちに 髮結所 あり、 そ
る は 千年 かみ は 萬 年と かける も、 田舍 人の たは ふれ
事と 見へ てお かし、 右に 下 仁 田 道 あ, り、 左に 社 あり、
驛 中に すべて 市人の 家 多し、 げんきん かな 染 取次 所
小 諸 本 町な どい へ る 札 あ,.^、 右に 一 禪寺 あり、 門に
東 山禪窟 とい ふ 額 を かく、 左に 禪 光寺 道 あ,^、 右に
住 吉大明 神 あ,.^、 驛を 出て 左右と もに 田畑 見えて う
ち ひらきた る 所な り、 左の かたに 淺間山 を 見つ、 ゆ
く、 右に 一 つの 山 近く 見 ゆ、 三 井の 何某の 城跡な り
とぞ、 此 うちに 富 士の山 C 形ち したる 山 も あ.^ しと
いふ、 すべて 道 はい ひろくして 人家な し、 小 田 井の
驛に いわば 一 重の 桃花 さかりな,.^、 驛 中に 用水 あ, 9
^^s^^^ ^ 當國名 酒 松 本 諸 白と かける 招 牌 あ b 、
又 須坂松 本 上 諸 白と かける も あ.^、 左の 方に 八が た
け 飯 盛 山な どい ふ 山々 見 ゆ、 ませ 口村の 人家 を 過て
左. jll ともに 芝 原な, o、 畑な どに つくれる も あ, o、 一
里 塚 を こえて 道 ひろくた ひらかな, 5、 大久 保と いふ
所 を 過て 左 は淺間 山の ふもとな,^、 ふもとに 林 あ h 、
牧野 虎之 丞の 林な,.^ とい ふ、 山の いただきまで は 一
里 V6 か.. r, のぼると いふ、 四月 八日に のぼると ぞ. 山
はいた-りて 高 けれども、 麓の 地 高き 所 ゆ. へ さの み 高
からぬ 樣に見 ゆ、 山の 上 はつねに 烟立 のぼりて 草木
なし、 赤き水ながれ出る所ぁ..^、 血の 池と いふ、 燒
石の 色黒く 見 ゆ、 麓に 寺 あ.. > 眞樂 寺と いふ、 追分の
驛に い れば屮 山道 追分 是東榊 原 小兵 衞支 配所と
い へ る榜示 あ..^、 左に北國善光寺道ぁ..^、 是 によ,^
て 追分と はいふと ぞ、 淺間 山よ,.^ 右の 方にから ほ. り
一 とい ふ 山 あ..^、 此 山の 右に あた. 9 て 石の たちた る-凡
一 き 山 あ, o、 も澤 とい ふ驛舍 のさ ま賑は \ し、 名物 そ
ば、 うん どん、 銘酒 須坂松 本 もろ 白、 また 松瀨 川と
い 八る も f、 左に 禪寺 あり、 右に 顯訪大 明 神 あ. o、
左に 淺 間道 あ .0、 色蕉 翁の 句 塚 あ b、f^;WKS5:;£
:;^ I: 道の ほと..^ に 馬: § 觀世昔 と ゑ b たる 碑 三 所ば か
りおり、 又 二 十三夜 塔と ゑ. 9 しも 見 ゆ、 左右と もに
芝 原な, -、 淺間 山の やけ 石 多し、 一 里 塚 をへ て は
リ 右に 自是 左上 州大 さくく さつ あ か つま 道と ゑれ る
碑 あ ,o, か. C- やと 村 Q 人家 をへ て 左に 社 あ.^、 遠近
宫と い へ る 額 かけた る 鳥 IK た て h- 、 是は か の 遠^^.」 人
のみや はと かめぬ とい へ る 歌 をき、 あやま h> て、 淺
間の 山の ほと b にたてし なるべし、 和歌の 浦の かた
I 壬 は 紀 IS? .
男 波 伊吹山の かくと 谷と 同日の 談 なるべし、 野原 を 一
過て 人家 あ..^、 古宿と いふ 坂 を 少し 下. 0 ゆけば、 左 一
の岡に堂ぁ-.^、 沓懸 の驛は 人家 まれな り、 驛の 中に 一
EE 水流る、 事前の ことく、 驛舍 のさ まわび し、 神風 一
丸と いへ る 藥賣家 あ..' て、 疊御望 次第な どかけ る 障
子 もこと やうな. o、 左に 社 あり、 又 寺 あ, o、 長 念 山
とい ふ、 又 八幡 あり、 小 流の 土橋 を わたる、 右に 水
車 あり、 又 一 里 塚 右の かたなる 古道に あり、 左に 丸
く はなれた る 山 あり、 はなれ 山と いふ、 道の ほと- 9
に 近し、 左右と もに 畑 ある 所 を ゆきて すこしば か, 0
の蛆道 をの ぼれば、 左右と もに 芝 原な b、 前澤 とい
ふ 村人 家 あり、 左の 蛆に社 あ.. -、 右 は 又 芝 原な, 9、
鹽澤衬 の 人家 をす ぐ、 むかし 源賴 朝卿此 あた,.^ なる
籃, # に 狩し 給 ひし 時、 御 膳 をた く 料に 此 村の 水 を 用
ひしが、 誠き 味 あ, りし ゆ ゑに 鹽澤 とはい ふと ぞ、 右
の かたなる 佛 岩と い ふ 岩山に 竈 岩と い ふ 岩 あ. 9、 そ
の 御 膳 を 炊た る 所な, 0 とい ふ、 小 流 あ. o、 石橋 を わ
たりて 輕 井澤に いる、 こゝは あやしの うかれ 女の ふ
しどと きけば さし のぞきて 見る に、 いかにも ひなび
たれ ど、 さすがに 前の 驛ょ b 賑 はしく 見 ゆ、 障子に
百 六十 九 I.
壬 戌 紀行
國の 名物 二八 そばと かける 多し、 m 井 峠に のぼらん
として 輿よ b 下, 9 徒よ, 0 ゆく、 ひぢ, 0 澤ょ h- から 澤
とい へ る 長き 坂 を 上る に、 此 JS ハの 寒さに 衣 を かさね
たるが や、 あっき 心地 すれば、 立場の 茶屋に いこ ひ
て 衣ぬ がんと する に、 道のほと,.^に麻上下養て出て
ひさ まづ くもの あり、 誰ぞ と 問 へば 此 山の 上な る 熊 一
野權 現の 祌主 なり、 おのが やどりに. して 晝 の や
すみと らせんと いへ ど、 今日は 熊野權 現の 祭と て 太 一
々講 とか や、 社 をむ すべる ものより つど ひて、 祌樂
をす、 め 酒の み 物く ふさ ま 見 ゆれば 人 だち 多き 所に
まじ はらん もうる さく、 渐々 に, かしこしら へて 權
現の 社に もまう です、 1 ゆの 立場に もい こ はすして 行
過ぬ、 左の 山ぎ はに 二王 堂 あり、 金剛 力士の 像 古く
見 ゆ、 此 所信 濃と 上 毛 野の 界な, 9 とい ふ、 はつ 坂 長
坂 を こえて^ 澤と いふ 所に 至る、 ii^ 水な がれ 出づ、
丸き 山 あ b 子 持 山と いふ、 姥 かふと ころばら むきが
1^ などい ふ 所 をす ぐ、 この あたりより 吾妻の かた を
ながめ やる に、 H 本武 尊の 昔 思 ひ 出ら る、 春の なご
りの かすみ わたれる 山々 のけし き、 いふ もさら な- 5、
山 巾 坂 を 上.^ て 立場 あ..^、 賑 はしき 茶屋な..^、 餅う
— 百 七十
る 家 あ.. > 山中 村と い ふ、 八重 さくらの 花 今 を 盛な り、
まこめ 坂 を 過て 右の 方に いとけ はしき 岩山なら びた
てり、 御 はやしの 山と いふ、 麓に 御 林 あり、 板 倉 伊
豫 守の 御預な b ヽ 八 人山 伏と いふ 岩 あ. 9 て、 八つの
岩なら びた てり、 又地藏 岩と いふ あ, o、 そのうし ろ
は 妙義の 山な. 5 とい ふ、 是 まで 岩山 を 見し かど、 か
、る險 し き 岩の 色 黑 きが 雲 をし のぎて たてる を 見
す、 唐衋 にかけ る 山の ごとし、 入道が くぼ をす ぎて
く. 0 から 平にいた る、 是 より 左の かた を 見れば、 又
さかし き 岩 あ b 天狗 岩と いふ、 そのむ かふに 榛 名山
f、 赤 城の 山 も つらな, 9 て 見 ゆ、 ゆき/ \ 'てたい
ちに 絕 壁に のぞむ、 爱を 座頭 ころばし とい ふ もむ ベ
な, 9、 目し ひの もの はおち い, 9 ぬべ し、 細き 道 を 左
にと hv てかん ば 坂 をす き ゆけば 左右と もに 深き 谷に
して、 たい 一 筋の ほそき 道 あ h^、 ^^と 名 付く、 昔
豊臣氏 小 田 原 を 攻め 給 ひし 時、 大道 寺 駿河守 政繁此
坂 を 堀 切. 0 て 北 國勢を ふせぎし が、 上 杉 景勝、 前 田
利 家の ために やぶられし となん、 まことに さかし き
切 所と いふべ し、 はんね 石と いふ 所に は 石 多し、 觀
音 あ, o、 風穴な どい へる 谷々 を こえて、 赤土 坂 を 下
り 松 木 坂 を 下り ゆけば 左に 鳥居 あり、 坂 本の 驛 につ
く、 今宵 は 肥 前少將 泊と いへ る關札 あ. 9 て、 本陣 脇
本陣よ. 0 はじめて 諸士の やど b みち/ (^た .5、 かな
き屋 七右衞 門と い へ る 宿に とまれり、 庭に 躑躅の 花
紅な. -、
四日 の 空 曇 b 夜 あけて たつ、 驛 のうちに 例の 用水
の 溝 あり、 驛を 出て 又 人家 あ. 9、 原 村と いふ、 藥師
坂 を 下り 川 久保橋 を わたりて 橫 川の 關 あり、 關のぁ
ら垣 の もとにた、 すみて、 御用 の 書物 お さ めし 長 持
の擬を 番所の 前に かきす えさせ、 從者 をして その 趣
を吿 しめしに、 御用の 文書 を さめ たれ は 長 持の 攛の
中 をば うか 、はす、 され ど 關の法 なれば これが 鎖 を
ひらく、 あらたむ る よしをい ひて 通る 事 を ゆるす、
is 川 村 を 過て 左に 社 二つ あ, 9、 山の 蛆を 左に し 川 を
右に しゅくに 川の むかひに 黑き 岩山 二 つば か b 時
り、 これ 板 倉 伊豫 守の 預. 9 守る 御 林 山な ト乂 坂 を 下
りて 左の 蛆に 足の 踵の 形して、 くぼく 穿てる 石 あ. 5、
俗に:白合^^^大臣の足跡石とぃふ、 右の さかし き 岩山
に 穴 二つ あ, り、 西なる は 大に東 は 小さし、 是に 射ぬ
け 山と て 百合 苦の 射ぬ きし 跡な、 りな ど、 輿 かく 者の
かたる もお かし、 もろこしの 明月 峡の たぐ ひなる ベ
し、 右に 妙義道 あり、 ゎづ かに 一 里 半 ありと いふ、
坂 を 下. 0 て 橋 を わたる、 左の 林の 中に 石 坂 高く 見え
て 鳥居た てり、 碓氷權 現な り、 右の 川に わたせし 橋
を わたりて 坂に のぼれば 川 を 見す、 梨の 木の 立場 を
こえ、 小 橋 を わた.. y ゆけば 右に 茶釜 石と いふ 石 あ b ヽ
是 をうて ば鏘 然として 聲 あり、 さきに 中肆 川と 落 合
の驛の 間に 見し 一命 石に 同じ、 丸 山 坂 を 上.^ 下りて
左に 小社 あり、 左右 はみ な 畑な り、 五領 村の 人家 を
過、 鳥 井坂 を 下. 0 て 又 左右の 畑 を 見つ、 ゆく に、 右
に 見えし 岩山 見えすな りぬ、 右に ながる、 川 を碓氷
川と いふ、 坂 をめ ぐ h- 上りて 川 を 見や、 新 堀 村 を 過
て 左に 八幡宮 見 ゆ、 人家 多し、 左に 關左 法窟と いふ
額 かけし 寺 あり、 松 井田の 驛 にぎ はへ. 5、 障子に 本
饅頭な ど 書し も 見 ゆ、 すね b あら ひ は. りな ど 書る も
あ. 9、 煙草 賣る もの、 障子 に 切 粉 師.. , 書 たる もお か
し、 浪花の 具足 屋 町の 錐うる もの、 看板に 打 込 司と
書た ると 同日の 談 なるべし、 左に 榛名道 あり、 これ
よ, 0 六 里 と^るせ, 0、 猶蛆を 左に し 川 を 右に して ゆ
く 川の むか ふ はみ な 畑な り、 此 あたりよ h '雨ふり 來
壬 戌 紀行
.9 て 右に 見えし 妙; If の 山 も 見えす、 白雲 山の 名に し
お ふ 雲のう ちに かくる、 も ほいな し、 あ ふ 坂と いふ
坂 を まがりて くだり ゆく、 これよ. 9 江 In, 迄: 牛 地な b
ときく もうれ,, J, - さし もさ かしき 山, 货 をへ っゝ. Si
け 橋の 危 きを わたり 來し 事、 今 さらに 思へば、 痛定
. ^て 痛 を 思 ふとい ひけん 昌黎 のこと ば も 思 ひ 出ら
る、 人家 あ h-l 左右の 姐 をす こしば か..^ のぼ b 下, 9
て 右に 谷 有、 又 妙義道 あり、 琵琶の 塞と いふ 所 は 人
家 多し、 麻繩 あみ 水吞 などい ふ もの を ひさぐ、 左の
方に 寺 二つ あ.^、 雨、 霧の 如 く ふ り來. 5 て おやみ
なければ、 雨つ、 みして ゆく、 左に 社 あ b、 又田舍
に はめ づら かなる からく, 9 的と いへ る もの 左右の
人家に あり、 是は妙 義に詣 ぬる 人 多ければ にや、
左右と もに 畑に して 人家 ま、 見 §、 右に 檜の 木の な
み立る構ぁ..^、 萬 福 寺と いふ 寺な り, 言寺領 三十 五
石 ありと いふ、 左に 小社 あ. o、 又 地蔵 堂 あり、 八本
木の 立場に て 右の 方に 藤の 棚 ある 家 あり、 たちい, 9
て 見る に 花 さか ひに して、 躑 li 、牡丹 だれたり、
まばし いこ ひて いづ、 左に 稻 荷の 社 あ .0、 一里塚お
wis を こ ゆれば 左右と もみな 畑な り、 左の 人家に 上
— _e 七. h 二
原 市 宿 八本 木 鎌と 云 鍛冶 あり、 こ、 にも 網と 麻繩を
ひさぐ、 また 樓門 ありて 時鐘と い へる 額 かけし も 見
ゆ、 左に 伊丹 諸 白の 招 牌 あ.^、 これより 椅 原の 中 を
ゆく 大木 多し、 左に 社 あり、 人家 四 五 あ. 9、 猶も
檜の なみ 木 をす ぎて 安中の 驛 にいる、 左に 社 あり、
又 大師 堂 あり、 又 左右に 寺 あり、 左右と もに 畑の 中
を ゆく に 左に 寺 見 ゆ、 安中 川 を 橋よ b わた, 0 て 人家
f、 中 宿 村と いふ、 左右に 畑 あ, 9 て、 左に 川な が
る、 き, 0 岸 高く 見 ゆ、 右に 寺 あ. 9、 板 はな 川の 橋 を
わたれば 板 鼻の 驛 むげに 近し、 驛舍を 出て、 麥 畑の
中 を 行けば 橋 あり、 新 建 石ば し 木 嶋七郞 左衞門 供養
塔と へる 石た てり、 げに累 々たる 石佛 をつ くらん よ
り は 橋た てし 功德 はま さりぬ ベ し、 左に 八幡宮 あ, 9、
大門に 檜の 並木 つらなれ. 9、 右の かたに 川 水な がれ、
左に 富士を 祭れる 社 あり、 藤 塚 村の 人家 を 見る に、
竹の 簾に ほ- 9 すかして 繪 のかた ちした る を ひさぐ、
右に 若宮 八幡 あり、 鐘樓 ありて 木立 物 ふりたり、 左
に 八幡 山 常 安寺と いふ 寺 あり、 門に 揭 げし 八幡 山の
額に 滕煥圖 篆とぁ b 、是は 祖徠の 門人 東 野の 名な.^、
いかなる ゆか, 9 あ hN て此 所の 額 を や 書 けん、 豊岡村
を 過て 右に 大日 堂 あ- 9、 ゆき/^ て 右の 方に 見 ゆる
城 は 高 崎なる べし、 高 崎 川の 橋 を わたる、 烏 川と も
云、 高 崎の 驛舍 にぎ は、 し、 江 にかへ b し 心地 ぞ
する、 箱 太^ 小 物 !;• 店 など 見 ゆ、 當國館 山 名 沼田
たばことかける障子もぁ..^、 赤 坂 町に 書肆 あり、 三
河屋喜 八と いふ、 中 山道に てはじめて 書肆 を 見る、
本 町 一丁目よ, 9 三 丁目に いた, 9 て 曲れば、 左に 前 橋
道三里とぃ へ る石のしるしたて,.:^、 田 町 をへ て 左に
寺 あ. o、 連雀町にも又寺ぁ,c^、 右に 田舍屋 といへ る
本屋 も 見 ゆ、 輙訪大明祌の社はちさき土藏づく..^な
り、 新 町に も 又 寺 あ.^、 此驛を 出て 兩 行の 椅 みちを
はさめ b、 左右と もに 畑な. 9、 左の 木の間よ. 9 淺間
山 遠く 見 ゆ、 此 あた b は 檜に 松の 枝 を まじへ て 風す
ゝ しく、 麥の靑 葉の そよ ぎ わたるに はじめて 夏に 入
,0 し 心地す、 石橋 を わた. 0 て 勝澤の 立場 あり、 一里
塚模を へ て 右の 方 を か へ 見れば 高 崎の 城まで 見 わ
たさる、 會加 野の 驛の 本陣に は 松 平 右 衞門佐 殿 宿ら
せ 給ふ舰 將 今宵 は 脇 本陣 □□□□□□ が 家に や
とる、 庭に 牡丹の 花 さか.. リな. 9、 宿の あるじ まめ や
かなる ものに て 酒す、 め 物が たれ. 5、 此 わた, 0 に は
^戌 STls
塚の 檨 なる もの 多し、 去年 も 土に てつく. 9 たる 馬の
形した る もの 堀 出せ. o、 下 佐 野に ての 事な, 0 とい ふ、
佐 野の 舟橋 も 近し ときけ ど、 歸る さい そぐ 旅 なれば
立よ. 0 て 見す、 のこ, 0 多 かる 事なる べし、
五日。 晴た. o、 小 橋 を わた. ft- て 左の 方に、 右 江 道
左 日光 道と いふ 石 表 あり、 道の ゆくての 右の はたに
塚の 樣 なる もの 多し、 左右の 麥畑を 見やる に實 のり
よく 見 ゆ、 松の 下に 自是西 高崎領 とい へ る榜示 あ.. >、
中 里 村 をす ぎて 群 馬 郡 岩 鼻 村と いふ 榜示 あり、 左に
淨土宗 の 寺 あり、 十 王 堂 も あ. o、 小 坂 を 下 b て柳瀨 一
川 を 舟に てわたる、 此川は 烏 川と かんな 川の 落 合な
.0 とい ふ、 道の 右に 右 立 石 金 虽羅道 右 藤 岡 道 左 中 山
道 江 道と いふ 石 の^るし あり、 わが 甥 松 田 信義 1^ 一
郎 縣の會 にした が ひて、 ひさしく 藤 岡に うつ. 9 居し
が、 去々 年の 春江戶 にかへ, 9 て 身 まか. 9 ぬ、 今此藤
岡 道と い へ る 石の しるし を 見て 往來 みな 此路 生死 不
同歸 とい へ る 詩 も 思 ひ 出られつ、、 羊 公の 碑に は あ
らねど 淚まづ 落ぬべし、 人家 あ. 5、 中嶋 村の 立場な
、り、 左右 はみ な麥 畑に して 桑 を もて 垣と す、 左に 鳥
川な がれて 岸 高く 見 ゆ、 右に 小社 あ b、 .i^. 石 新田 を
壬 戌 紀行
百 七十 四
へて 左に 辻堂 あり、 また 稻 荷の 社 あり、 小 流 あり、
橋 を 渡. 0 て 新 町の 驛 をす ぐ驛含 長たくて つ 、け. o、
左に寺ぁ^^、 又 宿助鄕 人馬 札揚 所と いへ る 札 かけし
會所 あ. o、 上野 阔綠野 郡稻垣 藤四郎 支配 所と い へ る
榜示 たて..^、 芝 原 を 左右に しつ、 ゆきて 神 奈川を わ
たる、 河原廣ければ板橋ニっばか.<^ゎたる、 是 上野
の國 と武藏 との 11^ な ときく もうれ しく、 一年の 役
つ ゝが なくして わがう ぶすな 國 にか へりぬ る 事 をよ
ろ こぶ、 人家 あ. 9、 勝 場 宿と 書る を 今 はかつ ば 宿と
よ ひな まれり、 右に 日本 武尊蕩 跡 式 內靑坂 三 所稻實
神社 南 九 町 ほど、 かける 札 をた つ、 ゆきても 見 まほ
しけれ ど 力なし、 此 あた b の 人家に 屋根板、 蠶 籠の
類 多し、 左右 は 例の 麥 畑に 桑の 垣な b 、左に 堂 あ, o、
左に 愛 岩山の 鳥居 あ, 9、 右に 大きなる 寺の 大門 見 ゆ、
左に 伊香保 道 あ.. >、 人家ぁ,.^、 かなく ぼ 村と いふ、
左に 八幡宮た、 せ 給 ふ、 鐘摟も あり、 ある 人家に 品
々油し め 所と いふ 札 あ b、 石神 村の 立場 を 過て 右に
辻堂 あり、 左へ 曲..^ て 右の 小高き 所に 鳥居 あ, 9、 富
士山 といへ る 額 を かく 淺 間の 社なる べし、 猶麥 畑と
桑の 木の 中 を ゆく、 右に 小社 あり、 一里塚 模を へて
右に八幡山ぁ..^、 小嶋 村の 人家 をす ぐるに 道の 中に
大 なる 松 一 本 あ. o、 :f す, 0 松と も 又は 加賀 のす て 松.
ともい ふよし、 松の もとに 牛 頭 天 王の 小社 あ. o、 本
庄 の驛舍 にぎ は、 し、 御 代官 榊 原 小兵 衞支 配所な..^、
南 町 本町臺 町な ど あ り、 左に 金 さな 大明神 あ b、 又
雷電の宮ぁ..^、 又 大きなる 寺 あ.. > て樓 門た てり、 右
にも 寺 あ, o、 驛舍 のうちに 書肆 あ.^、 文廣 堂と いふ
^観 閱又新 古本 屋林屋 と い ふ も 見 ゆ、 江 US 替町下 村
山城 油 あ b と 書し 招 牌 あ, 9、 藥 ひさぐ もの 多し、 是
よ.. >麥 畑 桑 垣 を 左右に して 小 坂 を 下 b 小 橋 を わた.^
一 里 塚 模をこ §、 左に 堂 有、 人家 あり、 榜示堂 村の
立場な り、 麥畑 をへ て 左に 鳥居 あ b、 人家 あ, o、 牧
西の 立場と いふ、 ゆくての 道に 榜示 杭の たてる を 見
れば、 自是 東北 黑田豊 前 守 領分と あ. 9、 是 よ.^ 西北
と 書る 所 も あり、 自是 西北 遠山 富次郞 とも あ,.^ き、
小山 川 あ b ベ 河原 あ. o、 橋より わたれば、 自是 東南
數 原通玄 知行 所 又は 曲 淵 市左衞 門と も あり、 又は 黑
田 豊前守 領分と もに 入 交 b たり、 小社 を 左に し岡衬
の 人家 をす ぐ、 右に 塞 天 あ,.^、 また 寺 あ h -、 又 社 あ
り, 榛澤邵 惣社 島 護大明 神、 天, 逮彥 少瓊々 杵尊 とま
るせ. o、 岡 部 村の さし 入に 土手 あり、 道 はい ひろし、
爱は 安部 攝津 守の 領 する 所な. りと ぞ、 愛 は 岡 部六彌
太忠 澄の 舊 跡な. 9、 その 墓の 跡 もとは まほし く、 左
の 方の^ にい. 9 て尋 るに 童子 をして 案內 せし む、 つ
ら なれる 墓 あ る あた, 9 を おくふか くい, 0 て 見る に、
五輪 苔む したる が 三つば か. 0 ならびた て, o.、 一 つの
石に、 慶 基と いふ 字と 明 德四年 癸 酉 十月 三日と いへ
る 文字、 かすかに のこれる は その子 孫に や、 今 も そ
の 跡 岡部內 記と いへ る 人い ま そか,.^ け.^、 菴の 隣に
ある 寺 を 玉 龍 山普濟 寺と いふ、 これ その 寺なる べし、
土手 を 出れば 左右と もに 人家 すくなく、 畑に は麥、
垣に は 桑 多し、 宿: 幢 村の 人家 また わびし、 左に 寺 あ
h>、 社 あ. o、 右に 寺 あ. o、 深 谷の 驛は 榛澤 郡に して
御 代官 野 口 辰 之 助 支配と ある 榜示見 ゆ 、左に 社 あ. o、
驛舍の 道の 中に 苔 筵疊俵 やうの 物、 又はく だ 物靑物
を つらねて 賑は、 しき さまな れば、 輿 かく ものに と
へば、 茇は 五十の 日に 市た ちて 賑は、 し、 け ふ は 五
日 なれば かくつ どへ ると いふ も 所から おかし、 ある
家の みせの 先なる 株に、 今よ ,o 三年が 間 馬つな くべ
からすと かける もめ づ らし、 小 橋 を わた, 9 て 人家 を
* ^ 0 行 I,
すぎて 左に 觀音堂 あり、 是ょ,.^左右に松杉檜などな
らび たてる 中 を ゆく に、 左に 芭蕉 塚 あ h- 、又麥 の 畑の
中 を ゆけば、 左右に 桑の 垣 あり、 東方 村の 人家 を こ
えて 左に 堂 あ b、 左右と もに 松の 林に くさ/ \ の 木
交 5 たる 所 を ゆく、 ある 人家に 太鼓 三味線 は りかへ
といへ る 札 出せる もり、 此 あた. 9 童の はくわら 履 を
つく.^ て賣る もの 多し、 かご 原 村に ゐ ほり 村 をす ぎ
て、 右に 知番 山と いへ る 額 かけし 寺 あ b、 高 柳 村の
きぐ. Q 村の 人家 をす ぎて 砂 川 を わたり、 新 島 村の 立
場 を こえ ゆけば、 右に 寺 あり、 自是 南忍領 とい ふ 石
表 あ b、 一里塚 S をへ て 左に a: 是 東南 忍領と いふ 印
、あ b 、愛の 人家に 齊田鹽 安 賣&- 個 M 針 二と いふ 札 あ
り、 石橋 を わたり ゆけば 小川な がる、 熊 谷の 驛 にい
れば道 は い 岡 部よりも ひろく、 人家 ことに 賑 ひて 江
のさ. まに 似た, 9、 木 5, にいらん とする 左の 方に 逮
生 寺 見えし が 、 日 高け れば 宿に つきて 後に 見ん とて
ゆき 過し ぬ、 人家に 卽席 御枓理 など 書る 看板め り、
藥賣る もの、 軒に 出せる 招 牌に、 藥 種と かける 文字
はじめて 楷書に 書て、 江 5, の藥 舗に 異ならす、 去年
東海道よ.^ はじめて、 京大 坂の 町々 を も 見し に、 藥
! 百 七十 五
壬戌紀 行
稲の 文字 はかなら す 草書に かきて 見えし が、 け ふ は
じめ て 江 にいれ る 心地す、 かば か. 9 の もの も故鄕
なつかしく 覺§ る は 旅人の 心なるべし、 布施 半藏と
い へる 宿に とまり 定めて 湯 あみ 物く ひ 酒の みな どし
つ、、 まだ 日 も 暮れねば 蓮 生 寺の うら 門より 入て 見
る に 、 本堂 の 額 熊 谷 寺 の 三 字 は 支 那傳法 沙門 高 泉 書
と あ,. y、 門の 額 は 速 生 山の 字な り、 日 くれ か、,^ て
筆者の 名 を わかた す、 熊 谷 蓮 生 法師の 事 は 人み なし
る處 な,^、 この所に終..^ける事委しくは緣起に見ぇ
た. o、 け ふ ; 日のう ちに 岡 部 六 彌太忠 澄の 墓 をと ひ、
熊 谷 次 郞直實 の 寺 を 見る 事、 思へば 不思議なる 事な
るべ し、 又 高城宮 とい ふ も あ, o、 いかなる 神なる 事
を 知らす、
六日。 天氣 よしつ とめて たつ、 左右に 田 あり、 小 流
f、 石橋 を わた, 9 て 麥の畑 所 を ゆく、 此 あた
..:>ょ,^ 東の 方に 桑の 垣 ある を 見す、 一里塚 模を こえ
In, 田 八丁 村 ばら 村の 人家 を 過て 右に 社 あり、 藤 花 さ
か. 0 なり、 自是東 東口 院領 といへ る 榜示ぁ b、 長き
土 堤 あり、 :^^54ハ5堤のぼりゅけば右に社ぁり、 ゆき
ゆきて 堤 を 下れば 久下 村の 立場な り、 左に 寺 あ.^、
百 七十 六
ある 人家に あら 川うな ぎと いへ る 札た てし あ.^、 又
堤にぁが,.^てゅけば皂角の木多し、 左右と もに 田な
b ヽ ; 里 塚 §暢 は をへ て 長き 堤 を § く、 又 堤 を
下りて 吹 上 村の 立場な,..'、 足袋 賣る もの 多し、 又 忍
領吹上 村 ふくび やうの 妙 藥签屋 源兵衞 とい へ る 招 牌
あ. 9、 自是南 何が し 四 人の 知行 所と いふ 榜示 あり、
名 はわ すれた. y、 また 自是 東大 岡キ: 膳 正 知行 所と も
f 、 麥の畑 を 左右に 見つ \ ゆけば、 自是西 左 熊 谷
道 自是西 忍 道 また 左 忍 行 田 道、 右 熊 谷 道と いふ 印 も
f、 右に よしみ 道 あ.^、 自是 下山 平 右衞門 知行 所
とぃふ書付もぁ,.^、 左の 方に 難 訪の社 あり、 武州足
立 郡 箕田村 八幡と 書る 礼た て. -、 又 一 の 碑 あり、
武藏州 足 立 郡 箕田邑 田 間 有 一 小 竹叢 名 爲射賞 相
傳昌 1^ 之 際 源 公經基 爲鎮在 于此邑 公眷歸 依三寶
欲營 無量 壽堂因 卜 其 地 乃 執 弓 跨 馬出于 城外 北面
發矢驗 其 所 築 而建焉 今觀此 叢縱橫 有書密 若束箭
云 文 長 けれ
i 云 ば下畧 す
寳曆九 年已卯 九月 前 寵淵指 月老納
東都 龍齊山 維硕書
かたはらに むら^の 生 ひたる を 見る に、 げ にも 箭竹
の 如し、 碑文の ごとくならば 六 孫 王の 舊 跡な. りと 思
ひて、 一枝 を て家產 とす、 左の 方に 新西國 第七畨
吹 張 山 平等 寺と いふ 寺 あ, 9 て、 開帳と いへ る 札 をた
つ、 され ど 詣づる もの 一 人 だに なし、 渡 邊綱守 本尊
なりと いふ 観世音な り、 ゆき/^ て 從是東 光德寺
領 とい ふ榜示 あ, o、 また 自是 西と も あり、 右に 寺 あ
り、 左に 石 尊大 權 現の 堂 あ h -、 鴻の巢 の驛は 淺岡彥
四郞御 代官 所と いへ る榜 示た て, 9、 左の かた-. 1 社 見
ゆ、 驛<^>«のさまひなびた.5、 小川 索麪行 田膏藥 など
いふ 書付 見 ゆ、 左に 寺 二つば かり あ b、 右に 勝 願 寺
f、 下馬 札 をた つ、 右の かたに 自是 西北 勝 願寺領
とい へ る榜示 あり、 左の 方に 自是東 藤 堂 肥 後 守 領分
と あ. o、 右に ち、 ぶ 道よ しみ 道 あ. o、 左に 岩 槻道ぁ
り、 左右と もに 麥の 秋な り、 自是 東北 日 下部 權左衞
門 知行 所と いふ 榜示 あり、 深 井村 を 過て 人家 あ, り、
あづま 村の 立場な b 右に 淺 間の 社 あ, o、 富士山と い
ふ 額 を かく 居 左に 寺 あ. 5、 右に 三 上 因幡 守 知行 所と
いふ 榜示 あり、 左に は 自是川 越領と あり、 又 四十 八
願 所 第二 十 三番 勝 林 寺と いふ 寺 あ, 9、 松 杉の なみ 木
ある 所 を § けば 左に 小社 あ, y、 寺 元鴻巢 とい ふ 所に
—壬 戌 紀行
た 家 あ, 9、 下 中 丸 村 を 過て 日 下部 權左衞 門 知行 所と
いふ 榜示ぁ b、 又自是 西北 牧野 大內藏 知行 所、 中 山
道 足 立 郡 桶 川 宿 淺岡彥 四郞御 代官 所と いふ 榜示 たて
り, 桶 川の 驛 わびしき 所な b、 愛に て 晝の餉 す、 右
に 寺 あ, o、 門に 淸水 山と いふ 額 か、 れ, 9、 左右 は 畑
なり、 町屋 村の 人家 をす ぎて、 自是 東南 紀伊殿 鷹 場
とい ふ榜示 あ. 9、 是 よ、 り 左右 は 原に して 雜 木の 林 も
f、 自是 東南 上 尾 宿 御代 官淺岡 彥四郞 支配 所と 書
る榜示 ありて、 右に 淺 間の 社 あり、 又 四十 八 願 所 第
十六 番干菜 山 十 連 寺是ょ b 十八 町と しるせる 榜示
あ..^、 左の 方に 自是 東南 遍照 院領 とい へ る榜示 あり、
上 尾 の 驛舍ひ な び た, り、 又 淺岡彥 四郞の 支配 な り 、
ある 人家の 障子に 御 茶漬 十一 一文、 1 一葉 屋活花 定會と
書る あ, り、 左に 寺 あ b、 愛に 紀伊殿 泊と いへ るせ き
札 をた つ、 人家に も 中 張紀州 役所と い へ る 書付 見 ゆ、
明日 は紀の 國の大 守江戶 をた ち 給 ひて、 木 曾 路を過
給 ふと ぞ、 驛の 中に 一 里 塚 あ bl 左右と もに 雜 木の
林 ある 所 を ゆけば、 左に 社 あ. o、 人家 あ, 9、 天神 橋
の 立場と いふ、 左右と もに 林 多く 人家な し.' 時々 に
茶店な ど 見 ゆ、 左の 方に 武藏國 一 宮是 より 贰町 大門
百 IA- 十— 4^
壬 戌 紀行
鳥お へいつ ると 書し 札た て. 9、 ゆきて 見 まほし けれ
ど大 せ:: の驛に 入ら ざれば、 夫 馬 を かふる わ づらひ あ
5. 力なくて 晃過 しぬ、 大宫の 驛舍も 又 ひなびた.. y
商人 すくなし、 一 せんめ しな ど 書る 札所々 にあ. o、
左の 方に 石 表 あ-'、 左 武藏國 大宮氷 川 大明神 本 地 正
觀 昔と ゑれ. o、 是 大門なる べし、 是ょ,.^十八町ぁ.5
とい ふ、 土橋 を わた 力 ゆけば、 自是北 早 川八郞
左衞門 支配と い へ る 榜:. 小 あ b ,化官 左右に 檜の なみ
木 あり、 くさ の 木 もま じれ, o、 人家 もま、 見 ゆ、
右に 足 立 坂 東 第 二番 観音と いへ る まるし あ. o、 ^德
太子の 作な. 9 とい ふ、 右に 寺 あ. o、 二王門 あれ ど 扉
をと ざせ. CS 、左に 小社 あ. o、 一里塚 松 を こ § れば浦
和の 驛 なり、 右に 正 一 位 稻荷社 あ b 烏 犀 丸うる 家 あ
り, 王子 月參 宿と 書付し 札 ある 家 を 見て、 やう や
く 江 戶 に 近つ きぬる 心地して 先 うれし、 愛に 紀伊殿
休と い へ る 札 をた つ 御晝の もの 參ら せら-る なる ベ
し、 左に 若葉の 林^げ b あ ひて 林の 陰に 茶屋の 床几
など 見 ゆ、 月の 宮ニ 十三夜 堂な b とぞ、 左右と もに
畑 ある 所 を ゆけば、 右に 武州足 立 郡 岸 村 早 川 八郞左
衞門 支配と いへ る榜 示た て, 9, 化官 左に 自是北 南東
百 七十 八
紀伊殿鷹場と書る榜示ぁ.^、 人家 あ. 9、 右なる 大和
屋 といへ る 家 に 本家し つの 御藥 といへ る 札 を 出せ
り、 右に 社 あ.^、 少し 坂 を 下れば、 燒 米 をうる 家 あ
り、 よ.. > て燒米 坂と いへ ど 本名 は 浦 和 坂な り、 左右
の 田の 中 を ゆきて 土橋 を わたれば 右に 社 あり、 辻 村
の 立場 をす ぎ 一 里 塚模を こえて 蕨 手 村 をす ぎ 蕨の 驛
につく、 中 山道 蕨 宿 岸 本 彌三郞 支配と いへ る 榜示ぁ
り、 右に 法 華 寺 あ..^、 今宵 は 蔦屋 庄左衞 門と い へ る
もとに 宿れり、 あす は故鄕 にかへ る ま うけとて 從者
も 髮§ ひ 顔 そ b などして さわぎ あへ るに、 御 代官 岸
本に 屬 せる 者軒顿 顧、 水 求.^、 あす は 紀の國 のかう のと
の 明 六 時に 邸 中 を 出させ 給 ひ、 四時 過る 頃に は此驛
を 通らせ 給 ふ ベ しとい ふに ぞ、 あす はとく 起 出て 5,
田の 川 を わたり、 板 橋の 驛を こえな ば晝の 頃に はや
どり にかへ りぬべし など、 とり/^ に 物語る に、 江
IE- より 相 知れる もの 一 一人 三人 來れ. ^ときく もうれ し
く 酒肴 さ へ携へ たれば、 もろと もに 酒く みか は
しつ、、 一年のう さ を はらしぬ、
七日 0- 大氣 よし 明 はてぬ まに やど.. > を 出て、 元 蕨. を こ
え 堤 村 をへ て戶 田の 川を卅 にて わたる、 此 川上 は 入
間 川に して 末 は 隅 田 川な b、 志 村の あたりに て 男 r.
井上 玖 鈴 木 文 なとの 迎 ふるに 行 あ ひぬ、 弟榮名 甥 野
衬氏知 耳 伊藤 網 達 もまた 來れ り、 嬉しな ど は よのつね
な. 9、 ぉのく 一 年恙なか,^^しょろこびをの ベ つ ゝ
板 橋の 驛 につく、 橋 を わた b て 左なる 酒屋」 いこ ひ
て、 もろ 人 酒く みか はしつ、 紀の國 の 守の 通らせ 給
ふ ほど 過して 庚申 塚の かたの 道に い, o、 池 袋 村 を 過
て護國 寺の 門前に いこ ふ、 去年 神無月の 頃 生れし と
きゝし うま ;- J 抱 て き J る もの 來れ. o、 近くす める 孫
女 二人 もと もに 来れる を 見る に、 ゎづ かひと とせの
一 ほど ゝ はい へど、 たけ 高く 生 ひたちた る 心地す、 音 羽
町よ..^ 改代町 をへ 江戶川 をす ぎ 小石 川の わた,. >官 長
|き 主の 鼈 事に 吿て 家に か へ れ.^、僙僕ょろこびむか
へ、 稚子 門に まつと いひ けん, 親戚の 情話 はかき も
: つくさ じ、 庭の 櫻 はち. 0 はて、 靑 葉に な,. > し かど、
石 橘 草 の 花 さきのこ b て 小百合 葉 の ズ, 0 な つかしげ な
.9* 先 かわらけと. r> /^にした しき 友 AJ ち 入东, 0 て、
日の くる ゝも しらす、 そこと も わかぬ 醉 心地に、 な
ほ も 旅寐の 心地なる ベ し、
壬 戌 紀行 一 一 卷淨寫 畢時享 和 一 一 年季 夏 十日 也
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甲子, 秋發江 11^ 至 長 崎途歷 東海道 而至 京攝也 往歲辛
西紀行旣已^^^之今歲 一 校 補 其 所 闘 矣若夫 西 海 之 行 則
所 未 曾 見 也 輿 中 所 筆 零細 叢 殘恐其 失 之 仲秋 舟 發室津
至 小食 舟屮 無事 起筆 於 阿 伏 兎巖下 以紀 所見 名 曰 革 <^
紀行 革 令 者 何 紀時也 文化 改元 甲子 八月 1 一十 六日 南歃
太 田 軍書 加 室 舟 次 I I
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八月 十八 日の 朝、 浪花の 道修町 町の やど. 9 麟會 を
出て、 北 野に おもむく、 雨 ふる 事 *{き.9 な. 9、 大融
寺のかたはらょ,.^田圃をゅく、 讃 場の わた,. > 小 萩 多
く植 たる 寺 あ. 9、 いにし 酉の 年 は つ きもちに 近き 夜、
こ、 に て 馬 田 氏 SJI 號 と 、 もに 酒く みし 事な ど 思 ひ
出ら る、 ^ばらく 行て 一 衬ぁ, o、 銅 局の もの これ か
れ釉 も^とい にこの 所に まち 居れり、 これと 手 を 分
ちて 十三 川 を 船に てわた. 9、 又 田 づらを 行、 左に 三
社 山 十樂寺 あ, り、 本尊. は藥 師如來 とか や、 右に 妙榮
山 法 光寺の 假堂 あり、 三 津屋村 をす ぎ、 か; り ま 村 を
へて、 神 崎 川 あり、 船ょ>り上れば尼ケ崎ょ..^馬役遠
見の もの 求れ, 9、 この 所 人馬の 繼場 なり、 右 中 山 左
尼 崎 道と ゑり たる 石ぶ みたて, 9、 堤 を 上りて 左に ゆ
けば、 自是 南國役 堤と 記せる 杭 あり、 堤 を 下, 9 て 田
間 を 行に、 自是東 尼 崎 頜自是 西 他領 入 組と ゑれ る 碑
あ, o、 雨 はれて 日 や.^ 出る に 又 碑 あり、 自是西 他領
入 組、 自是柬 尼 崎 領自是 北 他領 入 組と 第れ. 9、 又攝
革 令 紐 行
州 大師 巡 八十 八ケ 所と いへ る 碑 もみ ゆ、 土橋 を わた
て 長す 村、 大物 村 をす ぐ、 大物の 浦 もこの あたり
なるべし、 尼 崎の 城下に 入れば、 建つ いきた る 人家
12 ぎ はへ り、 すべて この 人家に は、 家の 內の 勝手口
に暖應 かけた る 家 多し、 し 右の 方に 城の 櫓み
ゆ、 大黑橋 を わたり、 城 をめ ぐ b 橋 を わた.. M し 市中
を ゆく、 右に贵布,輔祌社ぁ..^、 城門 を 出て 土橋 を わ
た, 9、 松の 並木 を ゆく、 西 新田 村に 人足の 札 引かへ 所
f、 東 新田 村の 堤 を 見れば、 人足 五十人と い へ る
札た てた.^、 武庫 川 を かち わたりして ゆく、 左に 一
むらの 森 あ. 0 て、 石の 鳥居 あり、 岡 太 社と いふ 碑た
てり、 ある 人の 云 此 社の 前 を 嫁入の もの、 輿
忌て 通らす、 通れば 必不緣 なりと いふ、 むかし は此
舯の前 を 過る に、 裳の 前 を か \げ て 醜 を 露 はしける
より、 1; 太 社と かきて、 おかしの 社と いひけ ると な
ん、 今 も 裳 を か、 げて 過る は、 その 遺風な b とぞ、
又自是東尼崎領とゑ..^たる碑ぁり、 一村 g 巧、 を 過
て 枝 川に いたる、 、り 橋 あれ どかち わた,.. 'せり、 又
一 村 M 知 を 過て 右に 寺 あ, 9、 石橋 を わた.^ て 西宮の
方に むか ふ、 此 わた.^ 濱の手 島屋は 西瓜の 名物な.^
K« 八十 六
ときく、 西宫脇 本陣 卢ぼ 屋源 兵衞が もとにい こ ひて 晝
餉す、 泉 屋雨柳 § 兵 今宵 兵 庫まで 所用 ありて § くと
て、 雨づ、 みのした に 酒 まを携 へ、 蒲 鉢と いふ もの
を 看に 酒 をす、 むる もうれ し、 こ、 は 大坂市 4: の 支
配 なれば、 市 令の 吏 二人 請, き .li 。纏 來 b て そのよ
し をつ ぐ、 西宮太祌宮は宿はづれにぁ..^、 石の 鳥居
の 前に 駕籠た て、 かちよ. 9 あ § み、 西宮の 神前に ぬ
かづく、 宮居 はよ ろし けれど 人げ なく 祌 さびた.^、
池に 辨財天 あ. o、 八幡宮 も あ. o、 神主の 家と 思しき
所の 入口に、 關屋 といへ る 札 はれり、 その 前に 制札
あり、 ゑび すの 御う ちの 札、 外よ.. > いだす 事 かたく
停止の 事、 E! 日闆 屋とタ 〈るせ. o、 從者 をして 御影 を
こ ひて 收む、 隣に 藥師堂 あ. 9、 すべて 此市 巾に 木の
輪 を 厚. - たる 三輪の 車 あ,^、 猶も田 面 を § けば 右
に 甲 山ち かくみ わたさる、^ ぶ 川 を かち わた.. > して、
叉 小 河 を 渡.^ 田 間 を ゆけば 人家 あ..^、 打 出 村と いふ、
虚無僧 本 寺 京都 明 勝寺留 場と いふ 札た てり、 右に 社
あり、 右に 石碑 あ b、 すぐ 兵 庫 道右大 坂西宮 道と ゑ
れ. o、 鳥 かひ 川に か, C '橋 あ. o、 かちよ b わた. 0 て盧屋
村に ぃる、こ、にぉかしき招牌ぁ,.^、表具處嫁入道具
ありと かける さま ひなびた. o、 村 は づれに 四 辻 あり、
左右 車道す ぐ 兵 庫 道 あし 屋の 里と かける 杭 あり、 蘆
屋川を かち わた. 9 して ゆけば、 左に 海ち かくみ §、
右に 稻荷之 社 自是三 町と ゑ.. > し 碑 あ. o、 又 自是東 尼
崎 頗自是 西 他 と ゑれ る 碑 あ ひ、 又 ゆきくて
<JP- - ノ ふ;^
自是西 尼 崎 頭、 自是東 ミ 入 組と ゑ れる碑 も あ, 9 、
片町 といへ る 村 をへ て、 小 流 を 渡りて 右に 寺 あり、
木 村周藏 とかけ る 制札 ある は、 御 代官 所なる べし、
住吉川 や、 大 なる 川原な, 9、 板 橋 あれ どかち わた, 9
す、 人家 あ, o、 茶屋 あ b て賑 へ. o、 こ、 に 兎 原 住吉の
四 社 あ, o、 訛- 0 て 次住士 口と いふ、 駕 よ..^ 下り 七 入る、
右に 社 あ,^、 左 二 池め いたる 所に 長き 石 あり、 さ、
れ 石と いふ、 拜殿 のわきよ. 0 入て 同社の 前にぬ かづ
く、 祌 さびた るけ しきい はんかた なし、 社 をう ちみ
つ 、§ く、 右に まやさん 道と いふ 碑た て, o、 これ 佛母
麼耶山 W 利 天上 寺な b、 又 右に 一 王 山 小善 寺 道、 川
上 八丁と いへ る 石 表 あ, Q、 石屋 川 を かち わた,"^ て 田
面 を § くに、 人家ぁ,.^河原町とぃふ、 都 賀の川 を か
ち わた b して 又 人家 あ., r 、 小 流 を 渡 .0 て 左に、 自是敏
馬 神社 道み ぬめの 浦 道と い へる 石 の^るし あ, り、 左
3 「柚 行
に石ぁ.o妙見大菩薩七面大明神とゑれ.,^、 右に 摩耶
山道 あ. 、左の 方の 人家に そ ひて 海濱に 出る に、 波路
はかるな り、 これまでの 濱邊 に家藏 多くた てつ いき
て、 賑 へる さまに みわたさる はみ な 酒つ くる 家に し
て、 江 戶 の 酒うる 問屋に て、 灘目 といへ る ものなる
べし、 右に 孽耶 山ち かく 聳 てみ ゆ、 十八 町 のぼると
きく、 生 田 川の 水 あせて かち わた b する に、 かの 大
和 物語に みえし 兎 原 をと めが 事な ど 思 ひ 出さる、 右
に生田の森ぁ,.^、 生 田 太 明祌の 石の 鳥居た て h -、 宮
居 は 三 町ば か b も 引 入, 9 て、 媳の 梅な ど あ, 9 とき、
しが、 日 ぐれ な ば 先 をい そぎて 見す ぐし つ ゝ大內
を § く、 左右に 櫻の 並木 あ.^、 春の さか h- 思 ひやら
る、 右に 中國 海道と いへ る 石 表 あり、 左の かたに 自
是西神 BS 村と い へ る 杭 ありて、 人家に ぎ はしく み ゆ、
音に き ゝし楠 子の 墓に まう でんと て、 かちよ. 9 あゆ
み ゆく、 道に て 日 くれ ぬれば 灯 か、 げて ゆく、 右に
三 宮大明 神 あり、 神 e, 村 を 出て はた 中 を ゆき、 道よ
b 右の 方に 三 町ば か. り 入て 堂 あ. o、 堂の うちにみ そ
か あ. り、 くらう して 見え わかねば、 灯 高く か、 げさ
せて 格子のう ち をう かが ひみる に、 花 かめに 松 二 も
革 令 紀行
とたて、、 碑の 趺の龜 の あたり をお ほへ,.^、 やう や-
く眸を 凝らして みれば、 鳴 呼 忠臣 楠 子 之 墓と いへ る
文字 かすかに わかちぬべし、 背面の 文 みても よみ わへ
かつべく も覺 えねば 力なし、 さきに 浪花に あ, 0 て 碑
の 面 背と もに す. y たる を 得し かば、 家に 藏を きつ、
た いその 形 を: U に 見る 事 を 得る も 亦 可な るに 似た
り、 そ もく 南北の 皇統 天下の 安危、 この 君の 一身:
にか、 b て、 その子 その 孫 まて、 世々 その 志 を かへ
ざ. 0 し 事、 もろこし 異朝に もた ぐ ひなければ、 今 さ:
らい ふに をよ ばす、 水 芦 黄門義 公の、 比 干が 墓に な 一
ぞら へて、 この 石ぶ み をた て 給 ひし もむ ベな けら 一
し、 湊川を かち わた,. ^ して、 兵 庫の 宿に つく、 驛舍
のさ ま賑 は、 し、 御神燈 といへ る 提灯 軒に か、 げし
は、 いかなる 神の 祭に や、 脇 本陣 明 石屋 惣右衞 門が;
もとに やど ぬ、 此 宿のう ちに 16. 相國 I 盛 の 墓 あ, 9 一
といへ る を、 朝と く 出た ちぬれば. K ら すして 見す ご
しぬ、 i
十九 日 空晴た b 、卯の 時す ぐる 比 やど を 出て、 西 一
柳 原 町 をす ぎて 左に 惠比壽 の 社 あ, 9、 右に 寺 あ b、 _
惣門を 出て 筑島を ゆく、 左右と もに 田 面に して、 稻ー
■ 百 八十 八
葉の 露 を わけつ、 ゆけば、 むか ふに 高く み ゆる 山 あ
り、 たかと b 山と いふ、 右に 明 泉 寺 大日 道 井 太 山
といへ る 石 表 あ. 9、 猶 田の 面 を ゆく に 左右に 溜池 あ
り、 土橋 を わた.^ て 左に、 前 武州刺 史知章 墓と い へ
る 石 あ. 0 しと 從 者の いふ を、 ら すして 見過しぬ、
右に 攝津國 本宫長 田大明 神の 石の 鳥居 あ b、 大門 長
くして 本社 を 見や、 右に 溜池 あり、 又自是 大山 道と
い へ る 石 表 あ, o、 人家 ある 所に て 朝の 雲 はれ 日出ぬ、
左に 溜池 あり、 右に 石の 鳥居 あ. 9、 側に 石 表 あ. 9、
從是勝 福 寺へ 三 町餘卒 相國兵 庫築嶋 本尊と まるせ
K 此 寺に は 1^ 家の 寶物 あまた あ...' とい ふ、 三の 江
を わたるに 小 橋 あり、 これより 須 磨の 浦な hv とい
ふ も ゆかしく、 天井 川と いふ を 渡れば、 水な く I i て
砂 石の みな ひ、 人家 あ, 9 これ 東須 磨な. o、 仰き み
れば須 磨 寺の かたに あた- 9 て、 有 明の 月の 殘 りたる
まことに 千金と いふべ し、 こ、 に 名物 根元 松風 味 iH
仕込 所、 東 生 田 村 ま屋 儀左衞 門と い へ る 招 牌 を 出
せし もお かしく、 立よ, 0 て 見る に、 曲 物に 麥 挑の あ
まき 味醬を いれた,. y、 又 村雨 漬 とい へる は 同し 眛噌
に 茄子 大限 などつ けたるな, 9、 又 須磨浦 古跡 記と い
ふ もの を ひさぐ、 左に 綱 敷 夭 神の 宫 あり、 濱邊の 森
な b 、須磨 寺 みん とて 案內の もの を 先 だて ゝ ゆけば、
ゑ もしれ ぬ 事い ひつ ,3 'くる もお かし、 中に もお かし
き は 行 平 月見の 松、 同き ぬかけ 松、 源氏の やしき 跡
などい ふ も、 夢中の 夢 うらな ひなるべし、 すまの 馬
場 先に 重衡 腰かけ 松と い へる あ b、 三位 中將 重衡庄
野太 郞 家長に いけどられ 給 ひ、 ばらく いこ はせ 給
ふ 所な. 5、 此 とき 里人 濁酒 をさゝ けければ
さ、 ぼろや!^ こ 、もと を ,つちす きて
すまでの むこ そに こ b 酒 なれ
とよみ 給 ひしな ど、 だみ たる 聲に うめき 出せる もお
かし、 まこと 須磨寺 は 上野 山福祥 寺と いふ、 道より
三 町ば か- 9 も 引 入た る 所な り、 門なる 下馬と いふ 字
を 石に ゑれ,. >、 門の 額 は 平家の 馬盥 にして、 躑躅の
木の 大きなる 木な,.^ どぞ、 徑三四 尺 も あ ぬべ し 上
野 山と いへ る 家 あ. o、 左の 方」 世に いひった へる 若
木の 櫻數株 あり、 櫊を もて かこ ふ 一 むら 竹の *r けれ
る を、 源氏 やしきと いふ、 華嚴院 櫻壽院 といへ る 二
坊ぁ, o、 本堂の 額 は福祥 寺の 字な り、 權 大納言 豊臣
朝臣 秀賴卿 再 輿 干 時 慶長七 季壬寅 閏 十二月 如 益珠日
I 革 令 紀行
拜書と^^^^るせ.^、 寺 僧に こ ひて 寶物 をみ るに、 本尊
聖觀昔 は 海中よ. り 出現せ ると かや、 靑葉笛 は 弘法 大
師の 作、 高麗 笛 は學祐 僧正の 作に て、 みな 敦 盛の 秘
藏 せられし ものな. 0 と 一し、 厨子のう ちに 安置せ. o、 敦
盛の 畫像は 熊 谷の 筆 也と いふ、 親の 地な と あらく し
て 古くみ ゆ、 同 甲冑 は敦 盛の 着物と はい へれ ど、 兩
袖と 思しき 所に ちいさき 幡 やうの ものつ けし は、 追
善の ために 納 しものと み ゆ、 赤旗の 名號 は法然 上,」
の 筆に して、 爲敦盛 空 顔憐淸 菩提 書 之 源 空と るし、
11:1B壽丸ょにこそす,^^てた へ い h> て
みたれ 蓮に ともに 生る も
又保呂 衣の 名 號は蓮 生 法師の 筆に や
法の 水す みと 硬て かき をく も
心行 具足 阿 彌陀佛 力
とかけ. 9、 中に も あはれ に覺 えし は、 敦盛 幼少の 手
跡に て
庭 雪 昔壽丸
よしやた ゝと はれても 又 なぐさめん
おのれ あとな き 庭の 白雪
. 百 八十 九
革 令 紀行 I
寄 松 祝言 一
みと, 0 なる 松 も 千と せの いろみ せて 一
ひさし かれと やの きの 松風 一
筆つ きうる はしく、 いかにも 古/、 み ゆ、 又 若木 櫻 制
札と て、 紙に書しものぁ,.^、 須磨寺 櫻と かきて、 此
苇江南 所 無 也 ; 枝 於 折 盜之輩 者 依 天 永 紅葉 之 間伐 一
枝 者 可, : 指壽永 三年 二月と あり、 われ 此 制札の 文
をうた がふ 事 久し、 下學 集に 江 南 所 無 は 梅の 名と 記
せる か 如く、 范曄陸 凱が 故事に よらば 梅なる 事 明ら 一
けし、 いか なれば 此 制札に 櫻と はかけ ると、 よく. z,,^
みるに 須磨寺 櫻と あ,. > て、 文字 さた かなら す、 櫻と i
いへ る 文字の 中に 紙の や ふれあ b、 もしくは 梅と い
ふ 文字 古く は 親と かける によ- 9、 下草 體に 梅と かけ
る を 櫻と よみし なるべし、 源氏 須 磨の 卷に 若木の さ;
くら そめて とい へ るに 附會 して、 光源氏 を 源九郞
と あやまれる にや ノ 櫻に 江 南 所 無の 名 ある 事い まだ
かって 聞ざる 所 也、 戯れに 梅 一 もと を植 て、 此華 泰山,
府 君な, 0 ともい はま ほし、 次なる 堂に 敦盛 甲冑の 木
像 あ, -., 、顔色うる はしく 古き ものと み § 、鐘樓 にたち
よ b て みれば、 鐘 銘に攝 州 矢 田 部 郡 丹 生 山田庄 原野 _
百 九十
村 安養寺 鐘と あり、 鐘掛松 在、 鐵拐峯 源義經 軍畢後
命 士卒 被 納置于 此寺者 也と いへ る 札た てた.^、 松 あ
^義經 の 腰掛 松と いふ、 一 むら 竹 あ b 神 功 皇后の 釣
竿竹と 名づ く、 林の 中 を ゆけば 右に 鐵 拐か 峯 高く 聳
へ、 一の 谷 二の 谷 もこの あた.. ^なり、 右に 畑 村に ゆ
く 道 あ..^、 かの 松風 村雨 二 女 は 多 井畑 村の ものな
と 古跡 記に かける は、 里人の いひった へしに や、 三
の谷の上に內襄の跡ぁ..^、 又敦 盛の 首 塚と いへ る あ
り、 此 林の 中に 防風と い へ る 草 多し、 里の 子 これ を
と b て ひさぐ とい ふ、 此邊に 白き 砂と 赤き 土 くれと
現をなせる所ぁ,.^、 白 はた 赤旗の 色に あ へしと い へ
る もお かし、 濱邊に出れば敦盛の石塔ぁ..^、 臺座は
地に うつ もれて みへ す、 たゝ 梵字の み ゑれ.^、 こ、
に養麥 むぎ ひさく 家 あ.^、 あつ も.. y そば、 熊 谷ぶ つか
けな どい へる に 興さめ た- ft -、 こまかへ 給へ ひらに ひ
ら山 とい へる 古歌 も あれば" 久しき 事と みえた 境
川 あ. 9、 これ 攝播 の堺な >9 と" い へど、 いさ 、かの 砂 川
なり、 鹽屋川 を 渡れば、 制札の 末に 左 兵衞と あ.^、 こ
れ松平 左兵衞 督の領 する 所に して、 すでに 明 石の 浦
なる 事 を しれり、 け ふ は ひわた る ほと 近し とい ひけ
ん ことのは も 思 ひ 出つ、 人家 あ, 9 鹽屋 とい ふ、 高き;
岸 を 右に し、 濱邊を 左に して ゆけば、 右の 岸よ, 9 水 h
ながれ 落る 所 二つ あり、 一つ は 小町の 瀧と いふ 、げ一
に垂. ^村と いへ る もこと は, *>ぞ かし、 この 邊 左に 淡 一
路島 ちかくみ えて、 うしろに 遠くみ ゆる は四國 な.. yi
とぞ、 かたへ に 長く さし 出た る は、 紀州 のかた なり 一
とい ふ、 須 磨の 關屋の あと は、 須磨 寺の 前に あれ ど、"
かよ ふ 千鳥の なく 聲に とい へ る 歌な ど 思 ひ あはす る
に、 この あた b の險 しくせば き 所な らん も *{ら す、 左
の 濱邊に 人家 あり、 たるみ 川 を 渡る、 小 橋 あり、 た
る 見の 立場 賑 はし、 右に 由 向大明 神の 社 あ, 9、 小 流 一
の 石橋 を わた,.^ て 右に 石 坂 あ.^、 坂の 上に 塔 あ,. y 、こ 一
れ仲哀 天皇の 塔に して、 垂 水の 山の 上なる 千壺 とい 一
ふ 所に 陵 あ, 5 とい ふ、 や、 ゆきて 右に 松原 あり、 枝 一
しげ 根蟠 りて、 手の 舞 ひ 足の 踏 かと 疑 ふ、 これ 世;
の 人の めで あへ る 舞子の 濱 ならし、 左に 淡路島む け;
に 近く、 眞帆片 帆の 舟行 かふ さま、 景色い はんかた:
なし、 濱邊に 酒店な とみ ゆ、 小 流 あ,.^、 橋 を わたれ
ば、 明 石の 遠見の もの 來れ 、山 田 川 G 小 橋 を 渡..' て
大藏 谷に いれば、 にき はへ る 所な. 9、 右に 八幡宮 あ
ST 令 紀 行 .1
,9、 紺屋 五郎兵衛が 家に 晝 休みして 餉く ふ、 庭に 蘇鐵
あ, 9、 石 あり、 沙羅 園と い へ る 額 かけた, o、 書院の 床
に 等 舟 齋春英 か 書かけ る 大黒天 あ, 9、 橫 幅な,. >
東方 祟 大已貴 神 西域 信 摩 II 伽羅 天 所 祀雖殊 哉其實
豈 判然 克敬克 虔則致 財 不翅百 千 介 福 綿 也 斯保萬 年
梁 田 邦:^ 拜贊と ある は、 蛻巖 翁の 嗣 にや、 次の 床に
蝶 護 花の 三 字を掛 たり、 關思恭 か 書な り、 此 あた, 9
に ひさぐ 所の 南瓜 をみ るに、 長く しく 大 なる 望 簟の
ごとし、 これよ, 9 右の かたに さし 入て 人 丸 社 あ, 9 と
き 、て 駕籠より 下 b て あゆむ、 左の かたに 忠度塚 道
とい ふ 石 表 あ, 又 護國の 神の 祠 あり、 石 坂 を 上.^
て 人 丸 社 あ, o、 宫居 のさ まっき し、 大きなる 石
碑た て. -、 林 春齋の 文に して、 蒐文四 年 甲 辰 明 石 城
主日 向 守 源 信 之と 記せ.. y、 次なる 堂に 額 あり、 人 麿
山と かけ, o、 堂の 前に 梅の 木 もて、 船の 形 をつ くれ
り、 かの ほの ぐと い へ る 詠に よれるな る べし、 山
の 上より 明 石の 浦 見 わたされて、 勝地と いふべ し、
坂 を 下りて 明 石の 城下の 諸士の やしき をす ぎ は P
城の ほりの 前 をす ぎて、 城の 町 をす ぐ、 市中 長
くして 賑ひ あり、 右に 稻荷大 明 神 あ,.^、 城門 をいで
IB 九 fl
本 令 tt 行
、明 石 川 を わた. 9 て 西 新 町長し、 門 を 出て 田 間 を ゆ
く、 荻の 葉風に そよ き あ ひて 物 さびしき 所な b 、明 石
の卷の 岡の 屋の 事な と 思 ひ あはす るに、 これより 加
古川の ほと.^ までの 人家の さま、 みな 土塀に して、
農家と なく、 市中と なくみ な 土 もてぬ. 9 こめた.. y、
かの 入道が 娘 こませた る 方なる 月 いれた る、 眞 木の
m' 口 も かく や あ, o- けんと ゆかし、 田 間 を ゆき て
右に 高 野道 場と いへ る 石 表 あり、 坂 を 上りいて 人家
あ. 9、 例の 土堺 なり、 田 間 を ゆく に 又 获の葉 そよ く
松原 を 行く、 右に 溜池 ふたつば か.. > あ ,5、 左の 方に
海ゃゝ 遠し、 人家 あ. 9 中 谷と いふ、 又 田 間 を ゆきて
一 村 あ- 9、 人家 あ..^ 數 丁つ. 》« け b の 田と いふ、 あ
る 家に まんおう きって あ. ft- とい へ る 札 あ- 9、 右に 寺
f、 石橋 を わた h> て 人家 あ. 0 大 くぼと 云、 又 石橋
を 渡. 9 て、 左右に 一 里 嫁の 松 あり、 人家 ま、 み ゆ、
田 間 を ゆきて かな か 崎に いたる、 人家 多し、 そば 麥
うる もの 多くみ ゆ、 左に 大山 寺 道 あ. 9、 又 田 間 を ゆ
けば 人家 あ. 9、 長 池と いふ、 加 古川の 驛ょ, 9 遠見の
もの 求れ. 9、 又 田 間 を ゆく に、 左に 海 遠く 見 わたさ
る、 人家 あ, 9、 小 流 を 渡.^ て 左右に 一里塚の 松 あ
IB 九十 =
り、 人家 あ 、左の かたに 海み えく、 小豆 島 江 島な ど
はるかにみ ゆ、 北風 はげしくて 肌寒く、 駕籠の 中に
蹲り ゆく、 人家 あ.^ 山 之 上 村と い へ る 杭 あ, o、 制札
の 末に 雅樂と ある は 姬路領 なるべし、 又 田 間 を 行て
人家 あ b、 高 畠と いふ、 これよ,.^ 加 古川まで 一 里 あ
まりと いふに 力 を 得て、 駕籠 を はやめ ゆく、 右に 小
社 あり、 寺 あ b 葷酒の 禁の石 表 ある は禪 寺に や、 又
田 間 を ゆきて 右に 八幡宮 あり、 人家 あ 三ッ 谷と い
ふ、 ゃゝ にぎ はへ.^、 田 間 を ゆけば 人家 あ,.^、 野 口
とい ふ、 右に 小社 あ,..^、 人家 あ.^ 坂 本と いふ、 右に
山 王 五社 宮 あるに よれる 故なる べし、 右に な こちて
うにん 寺と いふ 寺 あ といへ ど、 人夫の 聲 訛,. y て 聞
と. 9 がた し、 此 家に 根本、 無類 野 口 張 きせると いへ
る 招 牌 あ,.^ き、 又 田 間 を ゆきて 石橋 を 渡, し 人家 あ
,c '、田 間 を ゆく に 左に 自是刀 田 山、 尾 上 高 砂 道 あ,. y、
小 流の 石橋 を 渡れば 左右に 一 里 塚 あり、 加 古川に つ
きて 鍵屋 傳兵衞 かもと にや ど- 9、 今宵に この 比の や
ど b に?^ す、 雨 戶 のと ざし も あら はに していぶ せき
やどりな り、 床に 忍の 字の 掛幅 あ, CN て、 百戦百勝 不
如 一 忍 萬 言 萬 舌不如 一 默 といへ る ことば ありき、
ある 禪 僧の 筆な,. o、
二十日 寅の 時ば かりに、 燈か ゝげて 出た つ 加 古川
の 河原 廣 くして、 東海道の 天寵 河に 似た, 5、 田 間 を ゆ
くに 人家 あ,.^、 平 律と 云、 左に 石の 鳥居 あり、 これ
石の 寶 殿に 出る 道な り、 人夫の ものに たづね しに、
これ は f:. 道に てあしく、 これよ h- さきに ゆく 道 あ, 5
と 欺きて、 石の 寶 殿と 曾 根の 松 を もみす に 過せ しも
ほゐ なし、 すべて 加 古川の 驛の長 人夫と もに、 過し
明 石に くら ふれば、 無禮 なる もの 多し、 神 爪 村 をす
ぎ、 石橋 を 渡..^、 魚 川 村の 人家 を こえて、 田 間 を ゆ
きて、 又 人家 あ b 、いつれ もき の ふの 人家に 似て、 土
塀 を もて かこ ひ、 ある は 土 もてぬ-. 9 こめた る 家な り、
石橋 を 渡.^ て 左の 道 を かへ b みれば、 石の 寶殿曾 根
の 松 道と あり、 人夫に とふに これよ b 石の 寶殿は 一
里ば か, 0 あとに して、 1^|111根のまっは十四五町もへだ
ゝれ, 0 とい ふ もに くし、 まめ 崎と いへ る 村に て、 人
夫の 礼 引替 所 あり、 田 間 を ゆけば 人家 あり、 姬路の
城の 天守 近くみ ゆる もうれ しく、 夜 も 明 はなれた る
田 面 をい そぎて、 御着と いへ る 宿に つく、 宿の 中な
る 土橋 を わたりて、 天守い よくみ ゆ、 左右に 一 里
令 1^ 行
塚の 松 あ, 9、 これよ, 5 繩手道 を ゆく に、 人家 あ b、
山繩 とい ふ、 江 但馬 合羽 烟草 入所と かける 招 牌 も
めづ らし、 左の 山に 大石 あ, o、 法 華の 題目 ゑり たる
ニッ あ, o、 又爲 溺死 菩提と 鐫 b つけたる も あ.^、 石
佛も 多くみ ゆ、 堤 を 下 b て 市 川の 河原 を ゆく、 河原
廣し、 いにし 七月 水 出て、 田 畠 あまた 損せし とぞ、
もとは丹波の黑井とぃふ所ょh^、 寶蜾 ぬけ 出て かく
はなり しとい ふ、 堤 を 修め 道つ くれる 所み ゆ、 これ
よりた JS- ちに 望めば、 姬路の 城の 天守 高く みわたさ
れて、 風景い はんかた なし、 川 を わた b て 姬路の 城
下に入h^て、 鍵屋久 兵衞が もとに 晝餉 す、 姫 路の國
家老 川 合 氏、 § お I は 年 比相應 なる ものな \ け ふ
此 城下 を 過る をき.^ て、 佐々 木 源 八と いへ る もの を
使と して、 高 砂染絹 一 段と、 千代 鶴と 名つ けし 酒 一
HB^§^^^^f 詩つ I て 使に
つけて かへ せ, 9、 城門 を 出れば 田の 中に ちいさき 庵
ある を 見る に、 S ふき 又は 茅 ふきに して、 三方 は 土 も
てぬ, o、 ^u. 1 方の 口 を ひらけ, 9、 ゎづ かに 膝 をい
るば か b にて、 門 田 もる 庵なる べし、 これまでの 田
面に 見ざる 所な,. >、 又 牛に 薪 をつ け 來るも あ- 9、 薪
iy 5 十一- 1 ,
革 令 tt 行
を 肩に 荷 ふ も あ,.^、 いづれ もた け 長き 薪な-り、 田 間
を ゆく 事數 町に して 人家 あ. 9 、下手 野と 云、 左右に 一
里 塚の 松 あ.. > 、小 流の 石橋 を わた b て 河原に 出れば、
靑 山川な り、 かち わた. 9 して ゆけば、 自是西 民 部 卿
殿 領分と かきし 杭 あ.^、 靑 山村の 人家 を 過て、 左に
書 間道 あり、 こ、 に 小 流 あ.^、 輿 かく もの ゝ いふ、 こ
れは 小き 流 なれ ども、 峯 さき 川と いふ 川な と、 む
かひの 二の 山に 水 落し 跡 あ h -、 これによ &て かくは
いふ 歟、 又 田 間 を ゆけば 坂 あ, 9、 山 田の 坂と いふ、
三曲ば か. 0 上. 0 て、 上に 自是東 民 部 卿 殿 領分と いへ
る 杭 あ.. >、 山はみな赤土の石山な..^、 坂 を 下れ は 七
曲に して、 上る よ. 9 はやす し、 左に 溜 地 あ. 9、 又 坂
のきし に 大きなる 石 あ,. y、 田 問 を ゆけば 人家 ま、 あ
り, 坂 を 下りて 田 間 を ゆく に 人家 あ.. >、 大 たとい
へる 所な. 0 とぞ、 石橋 ある 川 を 渡. 0 て 制札 あり、 建
都內匠 頭の 領 する 所な,.^、 又 田 間 を 行て 斑鳩と いふ
所に 至る、 人家 多し、 右に 聖德 太子の 灯籠 あり、 引
い b て 塔み ゆる 寺 ある はこれ なるべし、 これよ, 9 田
圜を 行に 又 例の 廬舍 あり、 左右に 一 里 塚の 松 あ. o、
あそう 川 を 渡る、 水 あ. 0 て假 橋ニッ あり、 田 間 を
百 九十 a
きて 人家 あ..^、 門前とぃふ所な.=^、 右に 寺 あ. 9、 制
札の 末に 淡路と ある は、 脇 坂淡路 守の 領 する 所なる
べし、 又 田 間 を ゆきて 人家 あ,. > 、正條 川の 河原 廣し、
舟に てわたる、 こ、 に 脇 坂の 臣^ 酮門 出て そのよし
を 申す、 この 川 を 渡. 0 て 中國の 陸路 は、 片 島の 方へ
ゆき、 船路 を ゆく に は 室津の 方に ゆく、 岐路な り、
人馬 もまた こゝ にて つげ b 、船路の かたに ゆく に は、
川 を 渡りて 左の 方に ゆき、 蛆を 右に し 川 を 左に す、 岖
に 松 あ, 9 石 あ, 5、 ゆきくて 右 は 山、 左 は 田圃の 細
道 を ゆく 事 一 里ば か, 9、 田の むか ふに も 又 山 あ. 0 て、
松 生 ひ しげれ. 5、 やうく 人家 ある 所 をと へば、 馬
場と いふ 所な. y とぞ、 この 立場に して 酒の みっかれ
をい やす、 いとけ なき わら はの ある を 見て、 くだ も
の あた へな どして 心 を 慰む、 左に 寺 あ b 、これよ b 高
き 山に のぼる、 道 を 冬 坂と いふ、 かちよ hN ゆく にあ
ゆみく るし、 やう 山 を 下る、 山ぎ はよ, 9 室の 津
の 海 見 わたされて、 信 濃の 鹽尻 峠よ. y 識訪の 湖 見る
心地す、 左の かたに 相 生 町、 野瀨 町と いへ る 杭 あ, 9、
これよ b を 坂 を 下る 事 七 曲に して、 急な り、 鳩胸と い
ふ 所な, CS とぞ、 又 駕籠に の, 5 て 室の 津に いたれ. o、
此 地の さま を 見る に、 海より 深く 引い.^ て、 まこと
に 山の ふところと いふべ し、 船 かか, 9 の 場 はこれ に
過た る 所 あら じと 思 はる、 驛舍の あるじ は 野 本圓十
郞 とい ふ帶 刀の ものな b 、もとは 赤穗の ものにして、
本姓 を 前 川と いふ、 十と せ あま. 9 さきに 此 地に 來, o
て、 從父 のために 養 はれし かば、 その 姓 を 胃せ るな
り、 名 は 朝 宗、 字 は 東 仲、 仙 山と 號す、 學を 好み 詩
をつ く. o、 夷 歌 を もよ めり、 屛風 ふすま やうの もの
まで、 詩歌の 類 を 書し をけ る をみ るに、 まことに 好士
とい ふべ し、 赤 穗鹽に 夷 歌 そへ て 出せし かば、 かへ
しうた し、 詩 二三 首唱 和して、 旅の ものう さ を わす
る、 すめき か 所の をば しま ちかく、 千 船 も、 船よ
り來 てむか ひの 山に、 室の 明 神の 鳥居み ゆ、 右 は
山 高く つらな, 9 て、 鳩胸の かたに ついけ. 9、 宵の ほ
どやと. 0 をば いで、、 明 神道と い へ る 原より い. 0 て、
室の 明 神の 社に まう でしに、 門ぁ,.^石の鳥居ぁ-9、
石 坂 を 上. 0 みるに、 . 右の かたに 室の 明祌五 座た、 せ
たま ふ、 みあかし 四つ 五つ か、 げて神 さびた る さま
かの 兼 好 法師が 神佛に はよ る まう でた るよ しとい ひ
し 事 も 思 ひ 出ら る、 今宵 は尙左 堂奇南 堂な と 酒く み
革 令 行
か はし、 夜 ふけて ふせ, 9、
廿 一 日天氣 よし、 け ふ は 鐄臺の 船 巳の 時ば か, 9 に 出
給 ふよし をき ゝて、 朝と く 起て、 從者 をして 船に 積
いるべき もの 何 くれと いひ をき てんと すれば、 心
あはた いし、 肥 前少將 の 家なる、 船の 事 つかさと
る もの flEll よべより 求り て そのよし を 中 上 や
うやく 晝餉 して、 午の 時 過る 比 船に のる、 尙左堂 はこ
れょ. 9 わかれて 讃岐の 國象頭 山に まう てんとて、 手
を わかつ、 ふるさとへ の 文 ども、 浪花の 便に ことって
やる、 船の 名 を 藤 島 丸と いふ ffis ほ 『觼 あまた こぎ
つれた 阶; 51^, 一 1 一. hi 一. H ハ 段の 布 帆な. 9 針 一一 紅
の 絹に 荟 荷の 紋 つけたる 幕う ちて、 その 下に 紺地の
布に 同じ 紋 つけたる 幕 をう ち、 湊を はなれて、 紅の
幕 を撳し 立れ. -、 肥 前の 御手 梶子十 人、 水 主 三十 八 人
もろ 聲に船 こぐ め "い t い、 r 帆 掛ては
しる 時 は艢を やすめ. 5、 左の 方の 海に 江 島 あ.^、 §
化 "缺 な 小豆 鳩 も はるかに 見 わたさる、 なば と
いふ 所 を 右に して こきつ、 ゆけば、 右に まやこし と
いふ 湊 あ.^、 ゆきくて 備 前の 國大 たぶ とい ふ 所に
船? どめて 泊れ- 鲻 SSiJ? 蠲國 岡 山の 城主 I
百 九十 五
m. 令 紀 行
れ總 よ. -使來 、りて 水 一 荷 を 贈らる、
廿 二日 晴た, 9、 夜の あけざる よ. 0 日出る までに、 東
風 を 追 ふて 牛 窓 近くな りぬ、 左に 小 S 島ち かくみ ゆ
その外 名 も *^ らぬ嶋 山、 一 々書つ くしが たし、 紀行
の ふみ、 繪書 又は 行程 記な どい ふ もの を あはせ 考ふ
るに、 さだかなら す、 あるひ は 島々 のく まわ をお ひ、
あるひ は 聞た がへ、 書た がへ などして まるせ る もの
多く、 又は 船 子どもの ことば 訛. 5 て、 聞と, 9 がた
く、 又は 人のと ふ をい とひて み. た. 9 にこた へし も あ
るべ し、 され ど ふるくよ h- 人の 耳に のこれる 大きな
る湊々 は、 自ら それと まか はぬ も あれば、 筆に まかせ
て 書つ くる ものな b、 猶 後の 人の 正さん 事 をね かふ
ものなら じ、 左の 島々 はみ な 四 國に屬 せる 島な り、
この 島 ごしに 崎て る 山 を 八 栗 山と いふ、 われ 浪花に
あ, 0 し 時 森 川 氏 |5 八 栗 山の 化石に て 印き さみて 贈
し 事 思 ひ 出る に、 此 山の 石な りと ゑれ, 9、 又 柴野彥
輔の栗 山と 號せ しも、 此山 によれる なるべし、 これ
よ.^ 左 は 志 度の かたに して、 右に なだらかなる は 八
島の 山なる べし、 直嗨 とい ふ もす ぎて、 北 は 日 比の
湊 なり、 今朝 大た ぶよ, 9 風 をお ふて、 晝 までに 十 里
百 九十 六 —
ばかり も來 しとい ふ、 左に 飯 を 盛た る 形した る 島 を、
二 合 半と いふと ぞ、 京女 郞 といへ る 岩 は、 いっこと
問 ふに、 三 里ば か, 9 あと 也と いふ もほゐ なし、 南に
富士の 根の 形した る 山 はるかにみ ゆ、 これ 白峯 にて *
俗に 四國の 小富士 とい ふ ものな, 9 と 舟 子どもの い
ふ、 白峯 よ,. y 右に 象 頭 山み ゆ、 今朝よ,^ 多,. -V の嶋山
を 見つ く., :!、 いたくう みたれば、 船屋 かたに いりて
うた ゝ ねす、 親の いさめ も か、 れ とて や あ けん、
ゃゝ あ, 0 て、 目 さめて 起 出て 舟 子に とへば、 北 は 玉
島 を 過て かう の 島に ちかし、 南 は 島々 へた ゝ b て 海
ひろく み ゆ、 白 石と いふ 島 は 石 ある 山な, 9、 松な
ど 生 ひまげ て さながら 島 このみせ る 庭 山の ごと
し、 夕つ かた 雨 ふ b 來れ ば、 今宵 はこ ゝに船 をと
む、 右に 人家 も あ, 9、 漁船 求て 魚 をうる に、 く はん 歟
/ t-t ^ 5 a ノ備 前國大 たぶ r* り 備中國
くと よへ る も あ 力し 白 石まで 海上 二十 二 里
二十 三 曰よ ベより 雨 ふ b て猶 同し 湊に より 居る、 已.
の 時ば か に 空 はれわた, 9 て、 鎭臺の 船出の 鈹の聲
き, 9 な 、こなたの 船 も 漕 出ん とする に うれしく、
船 はたに 出て なが むれば、 北に 福 山城 遠くみ ゆ、 一照
山の 城主よ bll 主 使來 b て、 水船 三 艘と漕 船六艘
を 贈らる、 申の 刻ば か b に 辆の仙 水 山に いた, o、 山
を 左に し、 辆の浦 を 右に しゅけば、 人家 數百 の, 9、
室津 よ. c もうち ひらきて よき 湊 なるべし、 日い まだ
高ければ、 小船 をよ びて 鎮臺の 船に まか て、 これ
までつ ゝが なく 求ませし よろこび をの ふ、 辆の湊 の
前にはなれ島ぁh^、 石山な り、 石塔 石碑な どみ ゆ、
石の鳥01^1もたて-9、 いかなる 神に やまします らん、
舟 子に とへ ど あしら はす、 今 は 西風なる うへ 潮に さ
へさか ひたれば、 船路 も はか/、 しからす
I^SJ であぶ との 觀世 昔の 別當、 海 潮 山磐臺 寺と かや、
海上 安全の み 札 もて 來れ り、
廿 四日 明 はて、 猶雨 ふ. 9、 東風 ふく 船 やう/^ に
漕 出 たれ ど、 を やみなければ、 ゎづ かに 一 里ば か. y に
して、 阿 ふと 觀 昔の 岩屋の 前に か、. 0 居れり、 船の 窓
よりう かいひ みれば、 右の 方に 巖石 さかし くた てる
中に 寺 あ, 0 とみ ゆ、 午の 時ち かく 空晴 ぬれば、 又 船出
して ゆく に、 丸き 島山 あ, 9、 矢 島と よぶ、 田 島の む
かふ を もろ 船 は ゆき、 こなたの 船 は 田 島の 前 を ゆく、
海中に 岩 あ. 9、 これよ b 安藝の 群な b とて、 廣 島の
大 守よ, - 使來. ^て、 水船 二 艘漕船 六艘を 贈らる II
萃今 紀行
き 腿: IS 報 r 右に 尾 のみち の 方に ゆく 海路と、 三
原の 城の もとにいた る 船路と ニッ あれ ど、 これ は 山
伏の 迫 門に 出る 道 をお ふと 舟 子の いふ、 はるかに 右
の 方 遠く 三 原の 城下の 町み ゆ、 宮の津 とい ふ 所な b
とぞ、 山伏の 迫 門の 石山 見どころ あり、 夕 くれの ほ
どに 忠海 につく 夕日 はなやか にして、 林 巒夕麗 を わ
かつと ひとり ことす、 け ふ は 十 里 あま, 9 も 來し とい
ふ、 忠海 また 辆 につ. 《• きて よき 湊な, 9、 高き 山に 何
やらん 寺の やうなる ものみ ゆ、 山の ふもとに も 寺 あ
り、 人家 も 11^^ ふき 多く 賑 はへ,. >、 今日 一 二 原の 城 を 見
るに つけても、 の b み 三 原の 宇 土 子 龍 かために、 潮
鳴舘の 詩うた、 妙 正 寺の 詩つ く, 9 し 事な ど 思へば、
はたと せば か, -の むかし なるべし 睡 glw^fM
廿 五日 天 氣 よし、 寅の 時す ぐる 頃、 舟 子ども 觼 拍子
を そ ろ へ て 船 を 出し、 日出ぬ 前に 高 島 を すぎ、 高
原に いたる、 上い にし をす ぎ、 玄 はとい ふ 所、 むか
ふと かやい ふ 所 をす ぎ、 は-一お 午の 時 前に 蒲 刈
まで 風 をお ふ、 蒲 刈は忠 海よりも 小き 湊 にて、 茅屋
多し、 寺 も 一 軒ば か み ゆ、 松 平 安藝 守 番所 あり、
宫 島のう しろ をお ふて、 うらと にいた る、 東南の 風
IB 九十 七
军 今 紀行
あらく して、 波の 昔 高し、 津 和と いふ 所に て 南北 を
みれば、 地つ いき 遠く 洋中 にあ,. y、 申の 時 頃よ, 9 雨
ふ b 出て、 加 室に 船よ せて 泊る、 沖に ある 島山に 人
家ゎづ かにみ ゆる を、 沖の 加 室と いふ、 地く いされ
うた を 地の 加 室と 舟 子の いふ もお かし、 人家 瓦屋す
くな く、 茅屋 多し、 寺 も 一 つば か,. > み ゆ、 山の なか
ばに 鳥居た てる は、 何の 神に や、 島の 出 はなに 大
きなる 岩 あ て、 松 生 ひた. 9、 たねし あれば、 こ、
つ もと 、まま-ま ノ 安藝 國忠海 i り 周 防 國加室 まて 御手 說と
^ Aail firL てれ 也 二十 二 里 今日の 海路 八十 九 里と な
ん 伊豫の 國松 山の 城主より^ 奸 使して 執 S 寒 晒 粉 一 箱
干 鍋 一 箱 を 贈らる、 防 長の 兩國 王より 使して
水船 漕 船 を 贈るべき 所に、 漕 船 は 間に あいて 過せ し
事 をの ぶ、 鮮 鯛の 魚 一 折 二 枚 野栾 ものく さく M
? ほ 葉 贈らる、 とみに 羹に 調して、 もろ 人
ともに 酒の みつ、、 船 やかたの うちに 醉 ふしぬ、 此
夜 子の時ば か. 9 よ b 風 さはぎ、 雨 ふ h-*^ き b て、 船
も ゆるぐ ばか h- なれば、 もろ 人い ねすな. 9 ぬと いふ、
よべの 酒に いたく 醉 ひて、 曉 ちかく 目 さめ たれば、
ふつに 覺 えす、 莊 周が いは ゆる 酒に 全し とほ こ b か
ほなる もお こな. o、
百 九十 八 M
廿 六日 朝く も hN て、 空 さだめな きに や、 船出 さす、
猶 同じ 泊り にか、, 0 居れ, 5、 夕よ h.- 雨 ふる
廿 七日 朝 や、 晴 なんとす るに、 船出せ b 、小雨 ふり
來 りて、 晴く もりさだ まらす、 東風に な. 0 て 帆 かけた
れば、 船 も 心 ゆく ばか hN な. o、 南に 長く 、たは. 0 て
前に 丸き 山 ある 島の 名 をと へば、 山椒 島と いふ、 君
はやさし く、 島 はふと しと 舟 子の いふ もお かし が J
は 2 ゆ:^ i この 島 をす ぐれば 大洋に して、 かの 周防灘
なる ベ し、 風 やう やく やめば 帆 を ^て瞎 に てこぐ、
午の 時 前に 上の 關 につく、 左 は 上の 關の 島山に して
人家ぁ.9^百一?^-ふき多く賑へり、 右 は室津 な.^、 是も
また 人家 あ b、 南山 相對 して そばた て..^、 ばらく
して 館が 濱と いふに いたれば、 鹽 やく 家 多し、 左の か
たの 島山に も、 鹽濱 遠く 見 わたされて、 烟 たつみ ゆ、
これまで 名 も れぬ島 を すぎゆく に、 島の みなみに
岩石 あ. 9、 沖の 方に も 又み ゆれば、 船 はみ な 北の き
しに そふて ゆく、 南 は 大洋に して 九州の 方なる ベ
し、 むかひに 左の 方よ. 9 さし 出た る 島 あ. 9、 洲の上
に 枯木 をた て、 表と す、 さし 出た る 島の 松 かげに、
帆 かけし 船の いる さま、 槍に も か、 まほし、 この 洲
のかげ にいれば 寺 あ- 9、 鐘樓 あ. o、 松の 並木つ いけ
る もとに 石佛 多くた て .0 は れ;^ ま i^^ コほほ それよ b 右
につら な, りて、 室 積の 人家 多し、 S ふき もみ ゆ、 %
屋 長く たてつ いけたる は、 毛 利 家の 在番の 居る 所に
や、 又 岩の 上に 何やらん 社 ぁト人 これまで 見し 湊と
は 詠 か は b てめ づ らし、 防 長の 兩國 主^ ょト, 使
して、 串 海; 3^ 1 箱 を 贈らる、 上關 のお 番 して ま, 鮮
鲷 ; 折、 野菜 i^,gsisl§ ャ薪 二十 束 水船 を 贈らる、 室
積の 在 番^ して 鮮 鍋- いなだの 魚 1 野菜 iJSJ 薪
二十 束と を 贈らる、 今日 加 室よ b 室 積まで 海上 十二
里な b とい ふ、
一 一十 八 H よべ よ. 0 雨 ふれば、 船 を 出さす、 同し 湊
にか、. りおれ る、 船のう ちの つれく に まかせて、
吾 友 近 藤正齋 §M にか, -を ける、 浪華 船路 記と い
ふ もの を 見る に、 室 積は湊 よし、 下よ b 乘 置の 鼻 を
普賢 崎と いふ、 海に いる 左の 鼻 を 象が 鼻と 云、 人家
の 前は淺 し、 同所の 市中に 明 神の 淼ぁ, 9、 この 森の
北の 浦 を 精の 浦と 云 Mwgp 地 宮の下 を宮の 浦. i
云 泉水 島 は 龍王の 小社 あ b、 水 場と 云、 人家の 前
の 小島な. o、 又 古松 軒 九州 景地 略記に、 室 積の 圖ぁ
革 ,令 ,紀 行
り、 象 鼻 山、 蛾 眉 山、 普賢 寺、 普賢 堂、 性 空 上人の
碑石、 江の 浦 筆捨松 あり、 又 云 倡 家 二 軒 あ ,9、 ゑ ひ
す や、 大黒 や、 性 空 上人の 時より 血 豚も絕 すと 云、
きの ふ此湊 にい しに、 地名 もさ だかなら す、 一日
も 書な くば ある ベ からざる 事 かくの ごとし、
1 一十 九日 終日雨ふ.9*^き,0'て、猶ぉなし湊にぁ,9、
風 あらく 浪 高く、 夜に い. 0 てます/、 甚し、 舟 子 ど
も 船 を 象 か 鼻の うちにう つして、 碇を 下し 船 を かた
むる に、 船 ゆ うごかされて、 さす かに 大なゐ の ふ
るが ごとし、 曉が たに 沖の 方 を みれば、 大きなる 船
ども 波に ゆられて 東に 傾き 西に 沒 して、 帆柱の かた
ち 水の 上に 橫 はる 事、 煙草 一 服の む ほどの 間な く、
又 起きて 東西に ふす を 見る、 雨人聲 のみ 遠くき こえ
ていと 恐ろし、 雨 はま ばらにな りて 風の みはげ し、
府 尹の 船よ b 人して いひお こし 給 ふ は、 あま, 0 に 風
の はげし 府 尹の 船よ, 5 人して いひお こし 給 ふ は、 あ
まりに 風 はげしければ、 陸に のぼる ベ き 用意 あ, 9、 そ
こなる 船に もとく 陸に 上,. y て、 風の つかに ならん
を まつ ベ しと ある もうれ しく、 SIH. 邊に船 さしよ せて、
室 積の 津に 上, 5、 普賢 堂に もまう でぬ、 此夕 あまの
1 . 百が お.
1
文
化
已
五
月
十
七
杏
花
圜
睿
追
思
五
遊
子
今
年
月
而
'も
記
行
止
於
此
此
後
臥
炳
輿
中
宰
府
菅
潮
九
月
十
曰
至
長
崎
鐡
至
十
の
國
小
倉
の
や
ど
に
つ
さ
ぬ
わ
か
す'
天
氣
晴
ぬ
翌
曰
は
又
船
に
の
て
後
や
ど
に
浴
せ
し
よ
風
の
心
地
に
て
熟
よ
<
物
を
革
令
IE
行
小春 紀行 卷之上
文化 二のと し、 神無月 十日、 卯の 時す くる 頃、 長 崎
を 出て、 あづまに かへ る、 岩 原の 官舍 よ,. >、 立山の
鎮府の 前 をす ぎ、 勝 山 町の かたより、 櫻 馬場に いた
る、 何 かし くれ かし 鎮臺を 見送り まいらせ しかへ
る さに、 道す がら、 いとま ご ひしつ ゝ ゆく、 一の
瀨川を わたれば、 蛾 眉山豊 前坊の 山 右に み ゆ、 英彥
山と いふ 額 かけし 石の 鳥居た て hv、 一とせ 此地 にあ
..^て、 此山に登らざ..^し事のほゐなく、 !年 空負峨
眉 山と 打す さみつ、 ゆく、 左に 秋 葉 山 妙 相 寺 道 あり、
小 流 を わたる、 此 ほと b 山茶花 多し、 日 見 峠の もと
に、 譯司 柳士敬 11 新 まちいで ゝ手を 分つ、 今日は
矢 上まで も ゆくべき が、 さはる 事 あ, y て ゆかざる こ
と は h,- をのぶ、 日 見 峠に のぼれば、 網 場の 方の 海み わ
たさる、 峠の 道 を 下る 左に 湧 泉 あ, り、 夢想 水の 字 を
石に 刻む、 又 § く、,, 道の 左に 落 柿 舍去來 の發句 をき
ざむ、 「君が 手 もまし るなる ベ し 花 薄」 と あ b 、折から
の枯 尾花に むかし を^の ぶ、 石橋 を わた, 9 て 人家 あ
I 小春 紀行 I NMM
り、 これ 日 見の 宿な り、 また 石橋 を わた, 9 て 坂 をの
ぼる、 左に 大王 權現宮 といへ る 額 かけし 石の 鳥居 あ
り、 人家 あり 矢 上の 宿 也^ 愼:、 にて 晝鈉 あさ
る、 今日 府尹を この 所まで 送. 0 來, 0 しもの、 中に、
朝夕 たしか, 0 しもの 來, 0 つと ふ、 中 付^ 中 尾^ 十
の 二人 は、 朝夕 官舍の 所用 をう けた ま はる々. U の なれ
ば、 ことに 酒肴 を携へ 求れ り、 譯司 野 氏 周 氏
1^ 右 穎 川 氏 gjr その外 多 か b 會 所よ, 0 來れる も
の 多き 中に、 近 藤 光輔 は I 五 橘千隆 翁の 門人に して、
和文 和歌 を もた しめる もの なれば、 その 學を 遂ん事
をす、 めて 手 を わか つ、 川 あ. り 八郞の 渡と いふ、 土橋
あ,..^、 これにて 送 b 求れ る もの 歸れ, o、 小 流 を わた b
て 川 を 右に して ゆく、 樟の 木の 大 なる か川邊 にたて
,9、 樟木 川と い ふ 川 を わた, CS て ゆけば 人家 あり、 古賀
村と いふ、 拓榴の 花の かへ り疾 あ, 9、 此 ところ 御料
と諫早 領の界 な, 5、 品 川 氏 li- こ、 に まち を て 別 を
つぐ、 左の 方に 一 茶店 あ b 、軒に 藤の 棚 あれば、 俗に
藤棚の 茶屋と いふと ぞ、 こ、 に 譯司劉 君 美!^ 繊^ 劉彥
^1 彦 懐屋 天外 翁 思 ひかけ すまち うけて、 小 竹筒と
,9 出て 酒 をす ゝむ、 醉 心地に 聯句して、 二 劉 をして
小春 紀行
唐音 もてうた はしむ、 かたへの 人の あやしみき くも
おかし、 此 茶屋の あるじのう ば は、 もとは 長 崎 丸 山
のうかれ め 小 式部と いひし ものなる が、 ある 人に す
すめら れて、 此 地に すみて 老に ける とか、 檜 垣のう
ばの ためし も 思 ひ 出られて あはれ な. o、 二 劉 は 興に
乘 じて 大 村まで 送らん とて 伴 ひゆく、 天外 翁 はさ は
る 事 あ. 0 て 歸れ, o、 伊比 尾 村 をす ぎて 5 ほ 伊び の
尾 坂 をの ぼる、 一里の 峠な b 、左の 方に 温泉が 嶽見
わたされて 海 近し、 虚空 藏山も 遠くみ ゆ、 久 山坂久
山村 久山原 を ゆけば、 松の 並木 長し、 人家 あ. 9 貝津
村と いふ、 松の 並木の 道 長し、 岐路 あ, 9 右の かたに
此方 長 崎 道、 此方 大 村道と いふ 石 表 あ. 9、 松原 を ゆ
きて また 岐路 あり、 此方 大 村道、 此方 長 崎 道、 此方
諫早通 深 江 道と いふ 石 表 あ.. >、 左り へ 曲り ゆけば、
こ、 は永昌 原と いふ 所な b とぞ、 «s ほ;^^ 新 日の 尾
峠 を 上れば 日の 村の 番所 あ..^、 ^0 こゝ にて 日 もく
れ なんとす、 雨 はら/ \- とふ b 來 りて > ひ ほ、 そし、
時雨の 時 なれば うき 雲の 行か ひさ だめな く、 月 や、
はれわた.. > て 夕つ. 《 'の 光 さやけ し、 峠 を 下れば 人家
ぁ.^、木<らき道をたど.0^»、坂三 ッ ばか. 0 こ ゆる j
に 輿 か くもの の 足う みあ や まつ も あやうし、 山道
のけ はしき をた ど, 9 くて、 やうく 大 村の 宿に つ 一
く、 戌のと きすぎ し 頃なる べし、 脇 本陣 平 井 氏 § 三 j
の もとに やどる、 庭 上に 偃した る 松の み ど うる は
し、 去年の 秋此 宿に やど b し 比、 病に ふしけ る 事な
ど 思 ひ 出ら る、 本經寺 上人 酒肴 を携 へ來れ b 、劉 君:
美劉彥 その外 これ かれつ どひ 来れ..^、 酒く みて をの
くや ど. 9 とれる 家に か へれ. o、 け ふ 矢 上よ b 古 賀-
までの 四 里 は 五十 町 を 一 里と し、 古賀ょ b これまで
の 三 里 は 四十 八 町 を 一 里と す、 すべ て 大村領 は 四十
八 町 一 里な,^ とぞ、 „
十一 日 夜 明て たつ、 天氣 はれて 風 寒し、 城下 を 出て:
右に 川 あり、 彥山權 現と い へる 額 かけし 石の 鳥居 あ _
松原 を ゆきて、 櫻の 木 數百株 一 I, ぶに うへ しが、 一
七 八 町ば か,. > つ. „• きたる 所 あ \ 放 虎 原と いふ、 一
一 サ^ら 雲に たと へし 花 を、 虎の 尾と 名 づけし だに 一
にげなく 覺 へし を、 荒凉 なる 名なる べし、 劉 君 美 一;
人 こ、 まで 慕 ひ來, 0 て、 手をゎかっに*^のびゃ、 肩 一
輿のう ちより、 放 虎 原頭 起 北風と いひす て、、 西と:
東に ゆき わかれぬ、 松原 を ゆきて 左に 石の 鳥居 あ _
り、 何の 神に や、 海 近く 山 遠く 左の 方に み ゆ、 道の
左に 石の 鳥居 あ, 9、 金 元 山の 額 あ. o、 右に 山 高く 聳へ
て- K ら雲 につ、 める を、 何ぞと 問へば 高 良 山な,. y と
いふ、 原 長く つ^ける を 原 口と いふ 右に 石の 鳥居
f、 宫庄の 宿に 人家 あり、 右に 祗園 社の 石の 鳥居
あ, 9、 川 を わた. of^s 上 小 流の 橋 を わたれば 人家 多
し、 松原と いふ 宿な b 、土橋 を わたれば 海 左に 近く、
波う ちぎ はの 松原 を ゆく、 左の かたに さし 出た る嶋
あり、 鹿の 嶋と いふ、 石の 鳥居の み ゆる は辨財 天な
りと いふ、 蛆道を 右に しゅけば 石 多し、 山 坂 をの ぼ
'て、 海 を 左に しゅく、 人家 あ,. >、 江の 串と いふ、
また 山 坂 を 下りて 海濱に たが ひゆけば 人家 多し ち
はたと いふ、 小流をゎた,.^濱づたひしてめぐ.=>ゅく
に、 川 あり S 午の 時 頃 彼 杵の晝 休に つく、 こゝ にい
た, 0 て、 長 崎の かた を 見やる に、 時津 のむ かひなる
べし、 こゝも 去年 やど, 0 し 所に て、 忘 憂 有 杜康鐵 山
人醉 書と い へ る 褂幅は 去年 も 見し な b、 花 かめに か
るか やい け 置し 事な と 思 ひ い づ ^鶴^ 椅 川 を わ た -9
a 蛆を 右に し 田 を 左に す、 右の かたに 海 遠く 見 わた
さる、 左の 山の もとに 寺 あ,.^ 妙法 寺と いふ、 石 表
道の かたはらに たて..^、 又 左に 石の 鳥居 あり、 虛さ
藏の額 あ b、 劉 君 美 かって その 山に こも b し 事 かた
れ り、 川 を わたりお 川 を 右に し 山 を 左に す、 山に 石
多し、 小徑 をの ぼ, 0 ゆけば 亂山廻 合して 道 を はさめ
り、 右の かた を 望み やれば 千 の 石 壁 削りた てた る
がごと し、 ゆき/,^ て 高き にの ぼれば 人家 ゎづ かに
あ b 、自是 南 大村傾 自是北 佐嘉領 とい へる 石 表 あ.^、
田 原 坂に 木戶 あ.^ 番所 あ.^、 山路 を ゆきて 川 を わた
る M 人家 ゎづ かにみ ゆ、 ゆきくて 嬉 野の 宿に つく、
主 を 大村屋 とよ ふ 北 川 兵次郞 なる ものな, 9、
十二 日 天氣 よし、 卯の 時す ぐる 頃 嬉野を いづ、 霜
白く して 雪の ごとし、 温 庭 の鷄聲 人跡の 句 も 思 ひ
出づ べし、 右に 鳥居 あり 何の 神なる 事 を まらす、 田
間 を ゆく に 山 遠し、 人家 あ.. >嬉 野の 下宿な り、 入口
の 左に 丸き 石 あり 天 照 太 神宮と 刻め b、 田 間 を ゆき
て 直に ゆけば 鹽田 道な, り、 もとは 鹽田 成瀨小 田と ゆ
きしを、もとの府尹石谷備州成瀨の宿にゃど,.^て、そ
の國の 富を稱 せし より、 國の守 これ を 恐れて 新に 柄
崎よ. 0 小 田に いたる 山道 を ひらきし とい ひ傳 へ り、
左に 曲,.^ て 切 ひらきた る 芝 山に 上る、 つ. 《• らお, 9 に
- 一 百 llj .
小春 紀行
山間 を ゆけば、 右に高き山ぁ^^、 玄 やう か嶽 とい ふ
人家 數 さん 坂と いふ、 田 間 を 過る に 右の かたの 山
岸赭 くして、 唐 書の ごとき 皴 あり、 左 は 田 を 隔て 山
あり、 田 間の 道 ひろくして 日 はなやか にさし 出て、
道 なめらかに 霜と けぬ、 右の 山 下に 鳥居み ゆ、 人家
二三 袴 野と いふ、 左に 貴 船の 社 あ,.^、 石の 鳥居に
銘ぁ, 9 しが 見す ぐし つ、 川 あ, 0 例の 飛石なら で 板 橋
かけし も 又め づ らし Is, も 左の かたに 天 照皇太 神と
ゑれ る 石 あ. o;SS 石の ゑび す 所々 にあ h -、 人家 あり
ゎづ かな. 9、 田 間 を 行て 小 流 を わたり、 農夫の 牛 を ひ
き 來るを 見る もめ づ らし^, Mgt;l:s 人家 あ. ^鮭
柹の枝 もた は、 にな,.^ たる、 紅の 玉 を つらぬる がご
とし L1 山 あ ひの 道 を 行て、 內野峠 を 上る 事 三 四 曲に
して 下る、 この あた. 9 埴土 にして 石な し、 田 間 を ゆき
て 人家 あ.^ 數十 に 左に 堂 あり 石 坂み ゆ、 右に
さかし き 石山 あ. 0 出來の 山と い. ふ、 山に 怪 ものす め
るに や、 この 比 も 二人 ゆきて 歸ら すと 轎夫 のかた る
もお そろし、 ゆ 晝の休 所 は 柄 崎な b 、又 竹 尾と もい ふ、
あるじ を別當 伊兵衛と い.^、 右へ 曲り 左に ゆけば 西
福寺とぃふ石表たて,.^、 寺 三 四 軒 あり、 堂 あ て 門
二百 四
なし、 田 間 を ゆけば 右に 地藏堂 あり、 左右と もに 打
ひらきた る 所な b 、木 Irs.- 人家 數十 軒^ 暖
高 橋と いふ 所 也、 直 は佐嘉 道な もが、 左へ 曲る、 田
面の 左右 ひろ く f -て山 遠くへ だつ、 人家 あ b 北方 と
ぃふ立場な,^>、 左に 石の 鳥居 あ, *>、 田 間 を § くに 左
に 石の 鳥居 あ, o、 門前に 松 杉^げ れり、 右に 折れ 左
に 曲れば 人家 あり、 田 間 を ゆきて 人家 あり?! 一へ^ 左の
かたに 山 高く み ゆ、 又 石の 鳥居 あ 、土橋 を わた,. M」
右に 石 壁 多し、 左に禪寺ぁ..^不許葷酒入山門の石表
をた つ、 人家 四 五軒 牛津 目の 藥 などい へる 札 はれる
f、 右に 石 坂 あり 八幡宮の 鳥居 をた つ、 右に 田 ひ
ろし、 人家 數十軒 あ、 りて 長し 大 松と いふ、 道の 邊に
石の 惠比壽 あ.^、 石橋 を わた.^ て も猶も 人家 あ. 9、
道の 左に 石佛 多し、 大きなる 樟木 I 針 に 千手觀 昔の
像 を 彫, 9 て 堂に つく, 9 こめた る あ, o、 馬の 觀音 とい
ふ 一 ッの碑 あ, 9 その 緣起を 記せり、 文 長ければ 略せ
. ^、側に 盟石 あ, 9、 銘に頑 石 維 鑿 庸作盥 盤戮カ 報德本
藩 馬官紫 洋黄符 題と あ 明 和の 頃と み ゆ、 又 田 間 を
ゆく、 左に 人家 數十卢 あり、 又 寺 あり、 又 人家た てつ
いく 事 二 町 計 さるし とい ふ、 左の 山際に 小 堂 あ b 丸
き 石に 一 千佛 とい ふ 字 を ゑれ.^、 又 法 華の 題目 を 石
に ゑ.. y て、 片岡山 妙 蓮 寺と あり、 道よ-,.^ 左な り、 田
間 を ゆきて 人家 あ. 9、 左に 八幡宮の 鳥居 あ.^、 又 人家
あり、 賑 はしき さまな b、 八幡 前と いふ 例の 石の ゑ
>rAA ン 去年 九月 七日 此地な 過し に、 姉と み ゆる 女の、 わら 、
こす まし 十 一 二ば かリ 弟ば 六 ク七ッ ばか リな るが 、槐に 盛た る菱
の實な 慣ニ錢 に かひて、 姉 は _a 呂敷に つ 、みても ちゆく に 、弟 は 口に
ふ, 、みて リ しの 寅の 剌 *J* ロニり 出しつ つ;、 んヽ 姉 はおとな しくに
づ かしと 思 へ る い とわ はれ なリ き、 此年此 地 gnfl.5J 9 ^-rM.
過て、 此事 vj/ 思 ふむ 老 のく り、、 となるべし thsH を ^ きて j
を わたれば 牛津 川と いふ、 人家 あり 牛津新 町な り、
土 橘 を わたれば 川 あ, 9 1^ 翻に 右に 島 原の かたみ ゆ、
田 間 を ゆけば 牛津の 宿に いたる、 宿のう ち 狭し とみ
へ て、宿ょ.=^ ー三町も右に入りて、田面を前にして-|^^
づ かなる やとり に 輿 かきいれ たる 中々 に 興 あ hv、 赞
原 卯兵衞 とかい ふ 庄屋な,.^、 庭に 小 池 あ b 二 もとの
樟木 あ., 1>、 月の 光 さしい. 0 たる かげ 見と ころ 多し、
東 坡が承 天の 夜 遊 も 思 ひいでら る、
十三 日 夜 明て たつ 天氣 よし、 宿の 左に 寺 あ b 、宿
を 出て 左に 石 表 あ, り、 自是西 小 城邵、 自是東 佐嘉邵
1-.^^^. 田 間 を § きて 士橋を わたれば 左に 小祠 あ- 9
人家 あ, 0 魚 田の 宿と いふ、 又 田 間 を ゆく に 左に 小社
み ゆ、 人家ぁ..^德間町とぃふー^ー?5 町の 中に 土橋 あ
小春 紀 行
b、 玉 島 打 わた あ. 9 などい ふ 札み ゆ、 加瀨 川に 加瀨
の 橋 あ. 十 長 崎よ b の歸路 L い はじめて 見し 大椅
な. 9、 人家 ゎづ かに あり、 路の兩 行に 植 たる 攄の木
ち, 9 すて、 紅葉 すくなし、 人家 あ. 0 加 瀬 間 町と いふ
左に 題目-力石 表 あ b て □□ 山 妙 福 寺と あり、 左に 石
の大 鳥居 あ り、 又 松の ; 里 塚 あり、 田 間 を 過て 人家
あ. 0 扇 町と いふ、 これ 佐嘉 城の 入口な b、 左に 天滿
宮ぁ. C -、 又若宫 あり、 左へ 曲 b て 板 橋 を わた. 9 門に
入、 石の 夷 あ.. 高 橋 宿 中と 彫し は此 所の 名に や、 又
門に いれば 番所 あ. 9、 左に 二 寺 あ b、 又鐵佛 の地藏
尊 をた て 、左に 南無 阿 彌陀佛 の 文字 を 石に 彫.. >、 右
に 天 照 太 神宮の 文字 を 石に 鶴り てた つ、 藥 種屋、 風
呂屋、 道具屋、 現 銀 十 一 屋 など あ h -、 小き 橋 を 渡れ
ば 左右に 小き 土 場 あ. 9、 此 あたりの 町燒し 跡み ゆ、
ある 家に 書 出 差 出 候に 付 愼內と い へ る 札 は ,9 しみ
ゆ、 左へ 曲, 9 て 中 町と い ふ 、左 に 光長 山 泰敎寺 題目
一 百 萬 逼の石 表 あ, り、 寺 町 膏藥ぁ b なと 書る 札み §、
右に寺ぁ,^>、右 へ 曲 b て 小き 土塀 あ ,o、 石橋 を わたる
右に 小 溝 あ. り 左 は 人家な り、 右に 天满宮 あ, り、 西の
町 本番と 小き 行灯に かきて 出せる 家 あ.^、 左へ 曲り
, 二百 S 1
小春 紀 行
て 右へ まがれば 太 神宮 あ,.^、 此すぢ の 町長し、 西 目
宿 まやと い へ る 家 あ..^、 左 へ 曲 b て 石橋 を わたる
事ニッ ばか.^、 右へ 曲れば 町長し、 又土稱 あり 米屋 一
町 火 之番と 書し 小 行灯 あり、 左に折れ 右に 曲.^ 右に:
折れ 左に 曲. 武展 とい へ る 藥種座 あ.^、 萬 金 丹 千金 一
湯と い へ る 招 牌 あ b、 右に 折れ 左に 曲り て 左に 寺 あ
り, 常 山と 云 額 ある は修驗 なるべし、 右に 折れ 左に;
曲- 0 又 右に 折れ 左に 曲れば 土 稱三ッ ばか. 0 も あ. o、 一
土橋 を わたりて 左に 寺 あ.. >、 右 へ 曲..^ て 城門 を 出、
橋 を わた b て 右に 折れ、 左へ まがれば 田 間な b 、左に
田 をへ だ て、 鳥居み ゆ、 人家 あ.^ 是 城下の 入口の 町
なり、 左に 鳥居み ゆ、 土橋 を わたりて 右に おれ、 左に 一
まが,^ 田 間 を ゆく、 右の 畔道に きう やとうく わんせ
おん 道と ゑ.^ し 石 表 あり、 左にも又石表ぁ.^從是西
佐嘉邵 東祌崎 郡と まるせ り、 左に 田 を 隔て、 鳥居み;
§ 、右の 方 小き 石橋 を わたりて 人家 あ.^、 はる 野 町 を
^ 、 ほれ 行 資抄に 春 野 町と われ 覃按; ^^f*.5: 曲る 此折ー
.S ン *v れ原. Ar! ろと いへば 原野 町な ろ-へし、 •Hrl-.ft が &i,
珠數 うる もの 多し、 土橋 を わたれば 田 間な.^、 又 土
橋 を三ッ ばか. 9 わた.^ て 左に 鳥居 あ.^、 額 あれ ども
え わかす、 左右に 小 溝 あ..^、 田 間 を ゆきて 土橋 を
一 見
二百 六 U
わたり、 右へ曲,.^左に折れ§けば、 人家 ゎづ かにみ
ゆ、 これよ b 堤の 上 を ゆく に 左右に 小 溝 あ..^、. 樟の木
の 大きなる か 溝の 上に ふせり、 土橋 を わたれば 左右
に 田 あ, 9、 ゆきくて 小 藪の 中の 道 を ゆく、 薮の外 は
田な b ヽ 右に八幡宮ぁ..^左に人家ぁ..^新宿とぃふ、
& よ i 攻、 ふ. 行 囊抄に 率 田衬自 路在右 藪 チム. ^と こ 官- >
.f^ は義 な,.^ 云は國 也 云々 此邊の 事なる べし こ .Ti
簑 をうる 家 多し、 藁 をよ くう ちて 作, 9 たれば さなが
薄の 穂の ごとし、 故鄕 のっとに せま ほし けれど、 道
遠く して 携 へ ゆく に 便よ から すして 見す ぐし つ、
右に 杉垣 あ. 9 教ぁ. 9、 數の外 は 川な. 9 ようばる 川と
いふと ぞ 魔れ S タ 5 の この 杉垣の あた, 9 よ b 神 崎の 宿
までの 間の 道に 盛 砂 をし け , り、 左に 曲 ひ 右に 折れて
神 崎の 宿に いる、 神 崎 三十三所 大圓 寺と いへ る 石 表
み ゆ、 宿の 中に 寺三ッ ばか あ.^ MM^^^^
左に 曲り 右に 折れて 土橋 を わた.^、 また 左に まが h-
右に 折れて 宿 を いづ、 此 宿の 出入の 門の さま こと 所
にたが ひて 古風なる ものな.^、 門の 柱よ h- 木 をた て
、あじろめ く 扉 を 半 節の ごとくに つきあけ た b S
錄?、 門此 宿に て晝餉 t -、 主 を 羽根 武 右衛門と い ふ、
宿 を 出て 人家 あ.^ 左 は 田なら、 大松 あ..^ 枝 三つに わ
るに 小 流に して 水 あせた. -fjIS 茶店 四 五 卢 あ. 0 小川
を わた. 9 てお 木 にいれば 人家 あ. 0 中番 町と いふ、
左に 祗 園の 社 あり、 木卢を 出て 砂 川 を わた.. M し 松林
を ゆく、 左に 石 表 あ て 自是東 養父 郡 自是西 三根邵
とまるせ. o、 小 流 を わた, 0 て S 松の 並木 長く つ いけ
b 行囊 抄に大 松原 一 里靖 たる 松原 也是ゅ こりて 飛. E こ
り は 長 峰 本道な リ とい へ る" 是 らん を- り て 石. S に
八幡宮 あ b、 人家 を 過て 田 間 を ゆく 松の 並木 多し、
田 を 隔て、 左!. 一 高き 山 あ. 9 朝日 山と いふ、 山上に 水
>Q .r- とき ( 行囊抄 -」 朝日の 舊 壘庄津 衬の上 にわり 城 山の 麓の 畑
チき c 中に もリ これに 城主 朝日 殿の 討死の 听と云 里 俗
去年 田 代の 宿に て 見し 緒 方 氏 g なる もの
道 r ャ はと, 0 にむ か へ て此 あた. 9 九 仙 山の ふもとに わ
が やど b あれば 立よ. 0 給へ かしと す、 むれ ど、 日 も
はや 暮に ちかければ 力なし、 こよ ひ 田 代の やど, 9 に
求り 給 ひねと 約して 道 をい そぐ、 やしろ 川 を 一 ^ゆ 5::
に J へ ss^ さ わた b て 田 間 を ゆき、 砂 川 を わた て
轟の 宿に いる、 彼杵の 人馬 は此 ところに て つぐと 云、
こゝ にて:::: 出た, り、 水の 流る、 昔 聞 ゆ、 轟 川 を わた
り 一し 行 嚢抄蠢 河 小川 也此 川に 宗對馬 たま 1&K、 ?らっ ぃナ
て 守 頜とチ 11 嘉頜 の!^ なリ SS; 木ぁリ ノ家甚 すらつ - f
り、 瓜 生 町と いふ、 田 間 を こへ 砂 川 を わたり 田 間 を
ゆく に 石 表 あ hs、 右 さが 左く るめ 道と あ bIJ ^ほね
Ti 七
小春 紀行
かれて 地 をお ほふ、 川 あ b 砷崎 川と いふ、 土橋 を わ
た-.^ て 一 S5,」 田 間 を ゆけば、 人家 あ b 、これ 神 崎の
入口の 町に て 新 町と いふ、 かの 盛 砂を此 あたりまで
敷た..^、 田 間 を ゆきて 多 手 川 を わたる、 土橋 あ H
I 六 左の 方なる 堤 を ゆく に 川 を 左に し 田 を 右に す、 又
右に ゆきて 川 を はなれて 一 衬 あり 多 手 町と いふ、 左
に 寺 あ. 0 又 土手の 上に 小社 あ >9、 右に 曲れば 人家た
ちつ 5 'け b 、士橋 を 渡. 0 て 左に 石 表 あ. o、 日本 三 所 背
振 山辨財 天道 三十 町と 鐫れ -^、 田 間 を ゆきて 石橋 を
わたる 砂川の 細きな..^ 、 右の 小 だか き 所に 大きなる
二 木の 松 あ b、 去年 此 木の もとにい こ ひしに 心地 あ
しくな やみし 事な ど 思 ひ いづ、 人家 あ. = '苔 野の 宿と
いふ、 茶店 多し; wgl か 松の 並木の 大路 を 行て 右に
曲れば 左に 祗園社 あり、 人家 をす ぎて 左右に 松林 あ
り、 此 所に 盛 砂 をして、 石 表 をた て、 自是東 三 根 郡
自 西 神 崎 郡と あ b、 左右に 小 松 多 く f :> て 住 吉の霰
松 いこと し、 又 右に 杉の,. むら 立 ありて 人家 ゎづ
かに f, 砂 川 を わたるに 水 あ せた, 91!^ 人家 あ
b 田 間 を 行て 砂 川 を わた. 9、 田 間 を ゆきて 人家 をす
ぐ莊津 町と いふ、 左に 祇園の 社 あ,.^、 莊津川 を わた
r
小眷 3- 行
fgu5w5^ 思 戌の 時ば か.^ に 田代驛 につく、 庭に 一
本の 松 あ b 枝 をた め 葉 をす かして 見所 あ..^、 庭に 白
き 砂 をし ける が 月の 光 さし そへ て 興 あ-.^、 去年 枕に
ふして 見出た る 事な ど 思 ひ 出る に 淚まづ 落ぬ、 今宵
は 夕に 見し 絡 方 氏 廣津氏 § を も ぐし. 0 來て酒 看取 出
てす ゝむ、 浪花の くす し 馬 田 氏 名 の ゆか b ある
もの 也、 此 宿の 主 は 橋 本 次郞 七と いへ- 9、
十四 = 天氣 よし 夜 あけて たつ、 田 代の 宿に ぎはゝ し、
此 の 人家に 竹 をく みて 菱の 形に したる 格子の 窓 多
し、 左に左に曲^>ゅけば左に大なる鳥居ぁ..^祗園宮
の 額 あり、 右に 曲 b て 小き 土 居 を 出て 田畑の 中 を ゆ
く 左に 石 表 あり 田 代 村 丁 場と あ b 灯 S き 赚§
0^ 大きなる 並木の 松の もと を 過て 左に 河 內村丁
場の 石 表 あ.^、 人家 ゎづ かにみ ゆ、 小 坂 を 下..^ て 小 流
を わた. 田 間 を 行けば、 左に 酒 井西 村 丁 場 と^る
せる 石 表た て. o、 赤土の 岸峙 ちて 松 多し、 人家 あ,. > 今
町と 云、 道の 左に K1 あ. - 庚申 尊 天と 5- れ.
れか 町の 出 人口に 制札 あり、 此 町中に おいて
たいまつ とぼし 申 間 敷 者 也 酉 八月と まるせ. 9、 右 は
m 左は薮 ある 所 を 過て 人家 三 四 Bs あ b、 又 左右に 田
二 X
ある 所に て 日出たり、 小 流 を わたれば g 石 表 あ b 曾
根 崎 村 丁 場と 5- れ .0、 秋 光川 を わた b て識 ゆ;^ 锁石
表 あ. 9 永吉南 村 丁 場 と^るせ, o、 又 人家 あり 山 口村
とい ふ 人家に 御 印 所と いふ 札 出した るみ ゆ、
肥 前 手の 腹藥 といへ る 札 もみえ た.^、 左に 若宮 八幡
宮 あり、 左 12 曲れ は 右に 細 f.- 競ね
に 行 道もリ 山路 なれ,. -も馬 足 もた つと もり 覃云行 &こ少
囊抄に 右と ある は此 度の 歸路 にて は 左 也 以!. -做之
り、 山 あり、 土橋 を わた b て 左右に 田 あ. o、 左の 方
に 細道み ゆ、 南部 上 村 丁 場と い へ る 石 表 をた つ、 人
家 あ b 制札 をた て、 今 町に てみ したい まつと ぼす ま
じきょし を まるせ, o,、 石に 庚申 尊 天と ゑ b てた てし
もみ ゆ、 田 間 を ゆく に 小き 山 近くみ ゆ、 宮浦東 村 丁
場と いふ 石 表 あ. 9、 土橋 を わた.. M し蛆を 右に しゅけ
ば 左に 山 近くみ わたさる、 三 國坂を のぼりて 頂に 三
國の驟 あ, 9、 筑前筑 後 肥 前の 一二 國 なり、 小 1 なれ ど
も 升る 所 急な り、 坂 を 下, 9 て 小 流 を わた b 原 田 村に
、る 行 囊抄春 H 衬 或に 1^5 と-ぶ g 屋ニ 1*" 亍 |».^:白頃 寺 1^
レる軒 はか リぁ リ是は 崎の 本道な リ ,.ィ5^も1-ま5=^1-ラ
台 天 滿宮の 一 夜 白髮の 御事當 寺の 緣起 にあ, 9 とみえ
たれば、 宿の ものに とふに、 白 頭 寺 は 問屋の むかひ
にあ b て 門 もな き 寺な, 9、 寺に い. 0 て その 事 をと ふ
に、 此寺今 は 一 向宗 なれば 古き 書 もの もな く、 天神の
像 もな しとい ふ、 あま b にほゐ なくて たち 出づ、 宿
を 出て 左に 石の 鳥居た て..^、 林 深く して 神 さびた る
神社な h -、 ^^^紫大明神とぃふ額みゅ、 これ 延喜式 神
名 帳に 所謂 筑前國 三 笠 郡筑紫 神社と ある はこれ な,.^
立より てみ まほし けれど さきの 白 頭 寺に こ, 9 て 輿 を
も f らゃ すぎし もりこ b 多 ) 行 囊抄筑 紫 大明神 路ぶリ 右の
も 1 ら すすきし もの こり まし 方爵々 たる 茂 松 中に もりお; 钍
領祌 主.^ 筑紫民 Igi-.r- 延喜式 云 々略文 神 * しさ 営 居な リ天正 .£ り
〇 筑紫 ヒ 野 介 兵 三 W 博ん な卒め 朝鮮に 赴く 此 所の 領主と 云 方び
方に 岐路 あ, 5 これ 宰府に ゆく 道な..^、 蛆を 左に し 田
を 右に しつ ゝ ゆけば、 川 あ. 0 て ほそき 板 橋 を かく、
とき 川と いふ、 河原 ひろし、 左右に 杉の 並木 あ b、 杉
の 外に 松の 林 あり、 松 杉 風 外 亂山靑 といへ る 詩 も か
、る わた. 9 にや、 右に 曲. 0 て 人家 あ, 51 一村と いふ、 左
に曲れは宰府道な..^、 去年 山家の 宿の 晝 休よ.^ 疾を
扶 けて 太宰府の 天 満宮に まう でし は、 此 道な. 0 け, os、
田 問 を ゆけば 松の 並木 多し、 岐路ぁ,c^、 石に 右 あま
き 左 やま 江と しるせり、 跡の かた を かへ b みれば 岐
路ぁ b て 右 ひせん 左ち くごと ゑれ る 石 表 あ, 0-、 山家
の 宿に 畫餉 す、 此 家の 宿の 主 を 近 藤 彌左衞 門と い ふ 、
此宿は 白 土の 塀 多し、 宰府の 檢校坊 よ b 海陸 安全 御
^き ^ ^
守と、 梅 かえと いふ 餅 一 箱 もて 求れ. o、 左へ 曲. 0 て 宿
を 出て \ 左の 方に 深き 林 あ. 9 て 鳥居み ゆ、 宮居 は 引
入て たて. 9 これ 寳滿 の宫 なるべし、 大 行事と ゑ りた
る 石 表 をた つ、 道の かたはらに 小き 社 あ b これ 日の
ぎよる y ) 行囊抄 B 宮堂德 付の 前 右の 方路畔 にも リ寶滿 カノ g 日
きズ ./ へ し の宫 の奧 右の 方 山 下の 茂林の 中に ぁリ 山家の 內也こ
化: S 嶋 ほ:?!:.、^; t 川 を わた. -て 础田間 を ゆけ は 西の 山
は こ, ッ I 仃囊抄 下 西 山村 右の 方 竹林の 山の つ ,、きにもリ.;41|^?
iEt すまし 此邊は 皆 竹茂リ たる 山な りと もる ば是 なる ベ し. rif
を わたる 辑—:違 聽麓 1; 東西の 山に! 多
し、 これよ, 9 名に お ふ 冷水 峠に かゝれ ば、 輿 を 下り
て かちよ. 0 ゆく、 坂 あり 大日 坂と いふ、 道の 左の 岸
に 大きなる 石 あ, 0 て 梵字 を 錫れ, o、 もとは ニッ あ, 0
しが 一 ッは 谷に 落しと いふ、 これよ,.^ 蛆を 右に しゅ
きて、 鍋 崎に か、 る猸? ほ さ、 を鍋
峠と いふ は、 谷川の 水 そ、 ぐ 所 口 鍋よ, 9 水 をつ ぐが
ごとき もの 七 所 あ, 9、 故に かくい ふ, 0 ぞ、 左に 猿田彥
明 神の 石 表 あ. 9、 猶も 深山 を わけつ ゝゅ くに、 蛆を右
にし 谷 を 左に しての ぼ, 9 ゆく、 左に 丸く 大きなる 山
あ. 0 大ねぢ 山と いふ、 此 あた, 0 冷水 峠の 絡 頂に して
升 降 一 里半の嶺な,.^、從是西御笠郡とぃふ石表ぁ.^、
人家 四 五 戶 あ- 9、 この 茶店に 暫 いこ ひて 汗 を 拭 ふ、
一 UB 九 ,,
小春 紀行
左に 鳥居 あ b 、下に 地藏堂 あ, 9、 又 人家 1 一三 II; あ. 5、
小流をこゅる事三ッばかり^左に石の鳥居ぁ,..^、 老
松大明 神と いふ 額 かゝれ b、 左に するどき 山 あ..^、
輿 かく ものに とふに、 これ を 高 石山と いふ、 俗に は 高
石とば か b よぶ、 內 野宿の 正圓 寺の 山號 とす 随雜 f«
宗又忠 谷 山と いふ 山 あ, 9、 宗賢 寺の 山號 とせ りなと
かたる 崇 內 野の 宿 わびしき 所な h -、 岖を 右に
し 田 を 左に しゅく、 田の むかひに 山 あ b、 左に 庵 あ
b、 輿の 中よ, 0 'うかい ふに 額に 着 庵の 二字ば かり 見
えて、 着の 字の 上の 字 見へ ぬ も 口惜し、 田 間 を 行 こ
と くして =• わ りぉ=.-丄;1 行 資抄相 川 小 流也此 川上 は 冷水
と e,^ くして J チ. 0 ヰ I ^と 5 ^の 山ぶ リ流 出る 川下 は 飯^ 川
她" 右に 石の 鳥居の 大きなる あ b、 これ 相宫
なるべし 龍^ この あた b 猿 田彥明 神の 石 表 多
し、 左に 老松 大明神 あ, 9、 輿の 中に て 行 囊抄を 見れ
ば、 長 尾 村の 次に 八幡宮 村の 右の かたに あ と ある
は是 な, 9、 とく笨とh^てこれ老松大明神也E十月幾
望 於 筑前長 尾 村 輿 中 校 之と 記せる も 例の 考證の 癖な
b とみつ から 笑 ふ、 人家ぁ-^>ゎびしきさまな-.^これ
長 尾 村な, o、 これよ 飯 塚まで は 二 里餘. 9 あ hN とい
ふに 輿 を はやめて いそぐ、 左右に 松 一本つ ゝ たてた
る は 一 里塚な,9、田間をゅきて長尾川ぁ,^>、小き板橋
を わたる?^ 顔样^ 5 川 松 ある 山路 を ゆき 田 間 を ゆきて
人家 あり、 右の かたに 遠くみ ゆる 山の さかし きを 何
ぞと 問へば 彥 山な, 0 と 答 ふ、 瀨戶川 を かち わた.. > し
て 蛆 を 右に し 田 を 左に しゅく、 左 秋 月 海道 右 肥 前 海
道と いふ 石 表 あ h>、 一 里 塚 あり、 左右と もに 松な り、
人家な がくた てつ けたる を 天道 町と いふ 浙麵娜
iS 綠, 左に 鳥居 あ. 0 圓き形 を 額に せし は 天道の 宮な
,9 とい ふ、 右 は 松 山 左 は 田な 、これより 堤の 上 を ゆ
くに 人家 あり、 この 堤 は 去年の 水 出しと き 堤 きれて
ま は. 0 道せ し 所な b、 あらたに 堤 を 築し 所々 多し こ
、は 堀 池 S 一 唱と いふ 所な hs、 飯 塚 川 を わたるに
橋 あ b 長 二十 五 間ば かりなるべし、 睹 s„f 議?! 1,?^
波 也、 水 幅 十 間餘、 小川に てル 渡に もす る 川 なれ ど t^J^ 豕り * 百 こ 一
も, 流沙 深く して 人馬 共に 足 入なる 故に 舟 波に する i^c^^l
やどる に、 去年 やど し 所に て 畠 間 小四郞 とい ふ 主
な-^、 去年 やどりし 時 は 病に ふし たれば こふ 事な か
しが、 今宵 ふしぎに あるじせ しかば、, 和歌 にても
夷 曲 にても 書て 給 はれ かしと て、 短册 あまた 持 出た
b、 かゝる ひなびた る 山中に 風雅の 志 ある もやさし
く、 數 かきてお くれ 、いとけ なき 子の はし, 9 出て、
わが かたへ になれ あそぶ に、 故鄕 のうま ごの 事 わす
れ やらす、 こゝ よ. 0 太宰府まで 六 里 ありと いふ、 す
ベ て 肥 前のう ち は 長 崎の 湊も 近き § へ にや 食物 もよ
ろし かりき、 け ふ 山家の 晝餉 よ.. > して 食物の 味よ ろ
しからす、. 筑 前のう ちみな かくの ごとし、 豐 前の 小
倉ち かき 所よ,、 よろし、 まこ と きの ふまで 道の ゆく
てに 山茶花の 白く みだれた る 多 か.^ しが、 け ふ は
一 木 だに なし、 九州に きこへ し 冷水 峠 を もこえ ぬれ
ば 疲れて ふしぬ、
十五 日の 曉 とく 起て、 寅の 半に やど- 9 を いづ、 田 間
を ゆく に 川 を 右に して 人家 ある 所に いたる、 片 島と
いふ 又 田 間 を ゆきて 土橋 を わた b 、松の 並木 を
こえて ゆく、 左の 田 をへ だて 、殘 月の 光 さやけ し、 人
家 あり 遠賀 とい ふ、 田 間 を ゆきて 松原 をす ぐる 事 長
し、 石橋 を わた. 9 て 松原の はてしな きをす ぐるに 去
年の 八月の 大風に 吹 折し 松の 數々 なる をみ るに も、
室 積のと ま b 船の 危う か し 事な ど 思 ひ 出ぬ、 人家
たちつ- 5- けたる 所 は 小 竹と いふ 所な.^、 こゝ にて や
う/ \ 夜明け たれば、 これまでの 道す がら 見の こし
たも も 多 かるべし これより 堤の 上 を ゆく、 左
, 小 —春— 紀 —《;
右に 攄の 紅葉せ しも いつしかち b はて ゝ、 下に は 小
银生ひ しげれり、 行 囊抄に 木 屋の瀨 の 追分よ,.^ 左の
巷に 入て、 飯 塚の 驛の 方へ 行に 川 を 右に して 此 土手
の 上 を 行、 是は小 倉よ. 5 長 崎 へ 通る 本道な.^、 土手 路
の 左右 兩邊に 竹 を植て あ. 9、 是は 洪水の 時 水 除の た
めな り、 此川 をば 遠賀 川と も 又は 木 屋の瀨 川と もい
ふ、 川上 は 飯 塚の 方よ b 流 來る川 船の 牲來 あ. > と 見
へし は此 堤の 事な り、 ゆき./^ て 左の 方に 蛆 ありて
土 赤し、 小 坂 を 上 b 下, 9 て 左に 人家 四 五 11; あ. o、 岩ば
なと いふ 立場な り、 ゆきくて 右の 方に 岩 かど 屛風
の ごとく そば だてり、 小 流 を わた b て 右に ゑんつ う
どうく わん おん 道と いへ る 石 表 あり、 人家 ある 所 を
能 方 新 町と いふ、 多賀大 神の 祭と て 笠鲜に 人形つ く
,0 もの あ、 り、 田 間 を こえて 左の 方に 大きなる 鳥居た
て. o、 これ 多賀大 神な. o、 日 若 祭と かける 幟 をた つ、
又 幟 二 本 をた て、 一に は 遣 矛 之 德開此 日 域、 一に は
浮 橋 之 計 創 夫 神道と かけり、 此衬の 學究の 文なる ベ
し、 石坂の右に芝居ぁ,.^、 男女 老少と もに むらが b
集 b て賑 は、 し、 輿よ, 下,. > て 石 坂 を 上. 0 本社に ぬ
かづく、 きね がつ. 5- みの 音 さすがに ひなびたり、 末
二百 十 1
小春 紀行
二百 十二
社に 祗圓ぁ b、 坂 を 下りて あゆむ、 門前の 兩 側に 箱
みせ を つらねて、 わらべの 玩び もの 小 間 ものな どな
らべ たる さま、 都下の 神社の 緣 日と いふ ものに たぐ
ふべ し、 左に 曲れば 人家た てつ けて 賑 はへ b、 こ
x*^t^ofi^>x_ り 行 囊杪能 方 城 城主 黑田 伊鲈, 守 是に自 路 右の
^t^^if r .9 方:^ 蓮 寺 山に も リ元祿 五 年 Li 新に 築 之と あ
リ 0 後 按黑田 伊: 守 長淸 新田 玉 萬 石元祿 元年 十二月 九日 本に り
家よ リ分知 居所 筑前直 方 享保五 年 二月 卒此領 知 本家 へ 還附ソ 家の
軒に 樂市 膏藥 など かける 招 牌 あ. o、 右へ 曲れば こゝ
にも 笠 鉢 四 ッ五ッ ばか. 9、 人形つ く,^ 物な どみ ゆ、 能
方 川 を 船に わた, 0 て 左の 方の 堤 をった ひゆく、 右の
方に 森 あ..^、 鳥居 あ.. rv、 何の 神なる か を まらす、 川
を 左に して ゆく、 1 に 石 表 あ.^、 右 あ..^ ま 道、 左 飯つ
か 道と ゑれ h -、 木 IIHi-s 瀬の 宿に 晝 休す、 長 崎 屋彌平
次と いふ 主にして、 去年 もい こ ひし 所な, o、 めの わ
ら はの 見なれ たるに も 一 年 へ し 事 思 ひ いづ、 宿に 煙
草うる もの、 招 牌に、 ん でん ひの くまそう ばな と
書る は、 地名なる べし、 道の 左に 石 表 ありて 興 玉 神
と あ 紅 S 、: J 仏滅 神 又 左の かたに 石 表 あ b て、 從是東
遠賀邵 從是西 鞍手 郡と ま、 るせ り、 左右に 松の 並木つ
いきて 長し、 人家 あ. 9 茶屋の 原と いふ、 石の 宫に夷
大 神と 彫れる あ.^、 松原 を ゆきて 右に 熊 野の 社 あ
り, 左に 小社 あ h -、 又 松原の 長き をへ て 人家 ゎづか
にあ- 9、 土橋 を わたる 瀨崎 川と いふ、 石 坂 を 上れば
人家 あ. 0 石 坂と いふ、 又 坂 を 上. 0 下 b て 人家 あ, o、
松原 を 經て湯 岡の 坂 を 上れば、,: 右に 圄天 滿宮 あり、
iltft^ 左に 稻荷大 明 神 あり、 此 神の 社は關 東に 多く
して 西國に はめ づ らし、 人家 あり 上の 原と いふ、 坂 を
下る に 赤土の 岸 あり、 松の 並木の 中 を ゆ く/ ^坂 を
上. 0 下, 0 て 又 坂 を 下. 0 ゆけば 左に 黑 崎の 內 海み ゆ、
谷川な どの ごとく 長く 入た,.^、 是 は 小食の 西の方 海
邊ニ 里ば かりに 若松の 嶋 あ.^、 此 島の 湊 よ.^ 細き 入
海に して、 山 鹿 度 屋の邊 にて 又 大洋と 一 ッ になる 入
海な h- と、 行囊抄 にみ えた h>、 蘆屋 はこな たの 地に
つぎ 若松 はむか ひの 嶋な b、 石橋 ニッ わたりて 人家
あ b 黑崎 とい ふ、 さし 入に 土 裸 あ. 宿の 右に 鳥居 あ
b て 岡田宫 とい ふ 額 f 、神武 天皇 を ま つると いふ、
道の 右に 石 表 あ..^ て 諫諍典 玉 神と ゑれ り、 宿の 中に
小き 溝 あ. 0 て 石橋 か、 れ. 9、 左へ 曲. 0 右に 折れ ゆく、
田 間に 大きなる 山 右の 方に 近くみ ゆ、 帆柱 山と いふ
山な. 5 とぞ、 坂 をす こし 下り ゆけば 蘆屋 若松の 方の
人 海ち かくみ えて、 景色い はんかた なし、 九州の 錄 一
路 第一 の 名勝なる べし、 尾 倉 村と いふ、 坂 を 下り 又
下 b て 上る、 人家 あ b 大倉 とい ふ は、 小 倉と いふに
對 しての 名な b や、 坂 を 少し 下りて 左 は 蛆右は 田な
b、 右の 方に 自是 西筑 前頒、 左の 方に 自是東 豊前小
倉領と 記せる 石 表 あ. 賴 gs"!^ 松 筑前領 にい b
しょ. o、 見送. 9 の士の 馬に て 送, 9 しが、 こ、 にいた
.0 て 暇 こ ひて かへ. 0 ぬ、 右に 石 ある 川 あ b 土橋 を わ
たる、 これ 裸 川な り、 人家 あ b 荒 小 田 町と いふ、 土
橋 を わた. て 田 面 を ゆけば 小 倉の 海邊 はるかに 見
わたさる、 人家ぁ,.^伊東村とぃふ、 右に 清水 観世音
あ,.^、 木 芦 を 入れば 小 倉の 侍 やしきな り、 左 へ 曲.^ 右
に 折れ 又 右に 曲. -て 城門に 入る、 城門の 外 を 大門 町
とい ふ、 左に 曲.^ て 城門 を 出、 城門の 內の 左の 方に
一 番所 あ,.^、 大橋を わた. 9 て やど. 9 につく、 主 を紅屋
次兵衞 1」 いふ、 去年 やど.^ し 所な り、 小 倉の 城下に
ぎ は、 し、 市中に て 見し もの 遊仙燒 とい ふ 菓子、 關
帽子な ども あり、 御藏 五貫目 炭 有と いへ る 書付 あ, 9
て、 炭俵に 五 貰 目 炭 又は 四 貫目 炭な どい ふ 札た てし
もみ §、 上方 下關 出船 問屋、 唐 銀 廻し 方、 北 筑遠賀
_ 郡 二 島 口中 藥、 又は 新 風呂 あ.^ など も 見えし、 其 外
くさ < (^の もの 一々 に覺 へす、 一
十六 日け ふ はト食 の 海 わたらん とする に、 風 はげし
ければ 船出し がた し、 月日 を爭 旅人の 心に はくる し
けれど、 いか^ はせん 畫の 頃よ,^ 府 尹の やど..^ をと
»Je こ、 ,1>&內 裏な り今大 里と 書く 長 崎よ リ り A ,?」 こお ませ
JI a! 番所.^ おく 自小倉 至大 里 一里 半び 力/ tit^
しとき、 て、 行て みん と、 京 町と いふ 町 を 過 ゆく に
人家 賑 はし、 寺 も あまた あり、 城門 を 出て 濱邊を ゆ
く、 海 は 左の かたに あ. 9、 こゝは 名に お ふ 菊の 高濱
なり、 門 司 か關の 跡も此 わた なるべし、 右の 蛆に
石 表 あ b 壹 里と ゑれ b、 人家 少し あ, o、 土橋 を わ だ
れば 右に 蛆道 あり、 自是 西筑前 冷水 越 道自是 東筑前
八丁 越 道と 記せ b、 左の 方に 岩 多し、 人家 あり、 土
橋 を わた., M し 又 人家 あ. o、 又 土橋 を 三つば か. こえ
て、 左の 方に 大 里の 番所 あ b 、こ、 にも 興 玉 神の 石 表
あ. o、 大 里の かたに 人家た ちつ > きて みえし が、 此所
より 立 か へれ.^、 菊の 高濱の ほと.^ より 沖の 方 をみ
やる に、 もつれ 島、 ふたお ひ 島、 <^ら はま 島な との 島
島 つらなれ, o、 玄界の 沖よ, 0 吹 求る 風 はげしければ、
濱邊 によす る 高浪の 音、 旅人の 魂 をく だく、 日暮れ
て やどに かへ り、 此 ほどの 道の 記な ど 筆と るに、 い
二百 十三
小春 紀行
とっかれ たれば ふしぬ、
十七: n 天氣 よく 風まづ かな..^ ときく もうれ しく、 辰
の 時ば か.^ にや ど, 9 を 出て 小 早 船に のり、 大船に の
うつ b ぬ、 船の 名 を久堅 丸と いふ 歡
わたさる、 に、 きのふにかは,^^て風^づ かなり、 左
の 方の 波間に 小き 石の 塔 あ, 9、 與次 兵衞の 塔と いふ、
又 左に はなれ 島 あ b、 赤土に して 松 あ, i>、 巖柳 島と
いふ、 與 ニ兵衞 の事巖 柳の 事 人の よく >f る 所 なれば
か、 す、 海上 三 里ば かりにして 下の 關 につく、 午の 時
ばか. 5 なるべし、 やど にいら すして 阿彌陀 寺に ゆ
かんとて、 西南 部 町よ.^ 右に 曲 b 、東南 部 町 を 過て 左
に 門 あ. 9、 聖聚 山の 額 を かく 峰 g 絲 • 得 右の 山に A 幡
宫 あ..^、 左の 門 をい, 9 て 堂 あ,.^、 1 場と いふ 額 あ
り、 左に ならびた てる 堂に い. 9 て、 安德 天皇の 御木
像を拜 す、 左右の 障子に 廊の方 大納言 典侍、 帥の 典
侍、 治 部 卿の 局、 信 基、 知 盛、 敎盛、 資盛、 經盛、
敎經の 像な. -、 次の間 g の に は 天皇 御 誕生よ 御 入
水に いたる まで、 平家の 盛衰 源 年の 合戦の あ.^ さま
き、 りと こ會 ときり. わ .o 某 宮所書 古書と み ゆ
を 糸 力き 仄ュ { 糸と きの 夕.^..^ 0 按緣 ® 平家 一族 盡
二百 十四 ,
像 狩 野 法眼 元 信 筆 源 平 合戰搶 則り iln り P こ.^ とりて、 1 7
圖八張 土 佐將監 光信 筆と ゎリ # の 僧ひ寻 ー 个と i . /
に繪 ときの 事 をのぶ る聲 あはれ な, 9、 每年 三月 廿四
日に は法會 あ. 9 とい ふ、 六月 晦日、 九月 十五 日は鎭
守 八幡宮の 祭に て、 神輿 龜 山に みゆき あ とぞ、 靈
寶 に安德 天皇の 御魏、 能 登 守 敎經の 太刀と いふ もの
あり、
後土御門 院綸旨 二通 後奈良 院綸 旨壹通
正 親 町院綸 旨 二通 鎌 倉 六 波 羅御敎 書 廿三通
尊 氏將軍 御敎書 二通 大內毛 利 二 家の 證文數 十
通 あ. - 古寫本 平家物語 一 部 I ば f §
太閤 秀吉 公の 短册ぁ 一.^ る
波の 花ち. に し 跡 をき て みれば
むかしな がらに ぬる 、袖 哉 松
又 御 羽織の 紐幷盃 あ, -、 當山懷 古の 詩歌 數十 首短册
に 書た る を 一 帖 におした る あ hN、 人々 の 手 もめ づら
し
さ、 ならぬ 君が うき 名を留 をき て
世に うらめしき 春の うら 波
義 隆
おもへ 世 は ひとつ 湊の船 なれ ど
よ b 見 ゆる 所々、 遠く は 豊前筑 前の 山々、 近く は 内
裏 干 珠满珠 等の 島な り、 前の 海 を硯の 海と いふ、 我
かって 如來 山人の 嚶鳴館 集 をよ みしに、 阿彌 陀寺觀
平氏 西 敗 圖の詩 あり、 また 保 己 一 檢校 のために 長 門
本 平家物語 をよ みし 事 あ しが、 今年 はからす も此
寺に 來る事 を 得た, 5、 夫よ,.^ 龜岡 八幡宮に まう でし
に、 門 三つ あ,.^、 下の 關は赤 間が 關 にして 問屋 多し
市中 も又賑 へり、 からうす 十 挺 あり、 又から うす 五
挺 あ b など 札に 書て 出せ, 其 外 笠 岡く. り 綿 入船、 國
府甘 木烟草 入船、 南部 敷の 子 入船な ど、 すべて 入船
入船と 書る 札 多き は湊 故なる べし、 嬉野 茶、 鹿 子 尾
茶 あ. o、 かしてん ま 有、 菓子 昆布 あり、 平家 蟹 あ, 9
など かける 張 札 もみ ゆ、 遊 所 をい な, 9 町と いふ、 宿
の あるじ は 紙 星 儀兵衞 とい ふ、 もと 江 R; の淺草 御藏
前にす みし 事 あ.^ とて、 都下の 事な どかた 出つ、、
酒の み醉 泣して 夜もすがら よろこび あかしけ る もお
^ ン
淚 のうみ にしつ める はう し
輝 元
もし ほ 草 かくた もと を も ぬらす かな
すい b の 海の 波の 名殘に
i 旨
まづ めつ る 長 門の 海の 浪 のした に
い h- ぬる 礎の 草なら ぬ 身 を
勝 俊
AKT つみにし 長 門の 海 をき て 見れば
淚 のみこ そまつう かび ぬれ
道 增
此外 あまた なれと あはた しければ 書 もといめ す、
羅浮 子の 詩 If* なと も あ き、 此寺 は貞觀 元年 宇
佐 八幡 此 地に 跡 を たれ 給 ひし 時、 行 敎和尙 の 開基に
して、 元 曆ニ年 壇の うらに 半 家の 敗軍の 後、 文治 二
年 後鳥羽院 御 再興 あ.^、 建禮 門院の 乳母 帥の 典侍の
女、 少將の 局の 尼に な. て 命 阿 尼と いへ るに 命 せら
れて、 福 原の 都に のこし 置 給 ふ、 天皇 門院 幷 平家の
守 本尊 を遷 し、 永く 勅願寺と 定 めさせ 給 ふ 所と なん、
古は大 寺な. 9 しが 今 はわ づ かなる 跡 をの こせり、 山
I , 小 —春— 紀 1 行
J ン
力し
十八 日 空く もれ, 9、 夜 明て 下の 關を たちいで ゝ ゆく、
左に 願海樓 といへ る 額 かけし 寺 あり、 海邊 にいで、
左の 蛆道を § く 、右に 人家 あ. 0 是 壇の 浦な, o、 入口に
i 五
, 小 春 ^ 行
hM>^h'a..&iMLC . ^ 安德 帝の 御 歌と て 「Ar; そし "ゆ も
. ^ハ >.3 り 御: ぉ络 J と.^ 丄 ォそ 川の 流に は 波の 底-」 もみ や、、
:! ?」 ふと i おへ かるし 歌 に 海ば たに 小き 岩 あり 鳥 帽子 岩と い
ふ、 みな 後の- < の 名 づけし なる へ けれど、 とに も か
くに も 其 代の さま は 思 ひ やられて あはれ なり、 むか
ひに み ゆる 山 は 早辆明 神な. o、 中流に 干 珠満珠 の 島
ちかくみ ゆ、 海 を 右に して 左の 蛆道を ゆき、 坂 を 上
れば、 右に 田 あ.. >、 田の むかひに 山 あ..^、 左 は 姐に
して 松の 林 あ.^、 左に 亂山峙 てり、 松原 を ゆく、 道
平 かにして 蛆を 左に し 田 を 右に す、 田の むかひ は 山
な. o、 や、 あ,.^ て 左右の 山 白く、 赤兀 たる 形して 小
松生ひ4^-けれ.9、 坂 を 上りて 下る 事 急な..^、 關 坂
とい ふ、 小 流 あ.^ 石橋 を わた, 9 て、 姐 を 右に し 谷 を
左に す、 姐に 人家 ゎづ かに あ b 、左に 小き 坂道 あり、
これ 長 府の士 なるべし、 皆 土塀 ある 家な り、 左に 大
寺 あり、 門の 額み えがたし、 左右と もに 土摒 にして
諸士の 家と み ゆ $5 左に 大 寺み ゆ、 市中 を ゆく 事 七
八 町に して、 小雨 ふ. 9 來れ り、 左に 神 功 皇后の 宮ぁ
b 府 町と いふ、 鹽馆 卸と いふ 札 あ. o、 寺 町と いふ 邊
はみ な lli- 屋な. 9、 左に 曲れば 大 鳥居 あ.^ 何の 神に
や、 左に 寺 五六 もみへ し、 右に 文勢 堂と いふ 額 か、
二百 十六
けて 筆硯 うる ものな ど あ,. >、 石橋 を わたれば 人家み
な 茅屋な り、 左右と もに 諸士の 屋敷 あ h^、 土橋 を わ
た. て 右の かたに 満珠 島ち かくみ ゆ、 右に 諸士の
やしき あ, 0 て、 左 は 松原な. o、 鳥居 ニッ ばか. 0 あ. 9、
右に 萩 通 樋 十七 里と いふ 杭 あ. 9、 左右に 松の 並木 あ
^て 左に 人家す こし あ.^、 小き 石橋 を わたれば 右に
海み ゆ、 松原 を 行て 田 を 左に す、 田の むかひ は 山な
り、 右 は 松 をへ だて、 海な り、 小き 石橋 を わたりて
き 人家 あ, 9 熊 野と いふ、 又 松原 を ゆく に蛆を 左に し
海 を 右に す、 左に 杭 あり 從赤 間關三 里、 從安 藝國境
卜 頃 rr 三 卜」 ヽ t£ と 己 }此 次の 一 里 、、とに 此榜示 杭もリ - j
. ^港ハ 三 ll-Ksl と 言 ゼ;' て里數 記 ゼリ此 次に 略書 ャ
、に 至りて 空 はれて 31 出たり、 松の 並木 ある 道 を ゆ
く 事 長し、 松の 葉の 露の 光うる はしく み ゆ、 すべて
長 門 周 防の 間の 山々 は雜木 すくなく して、 多く は 赤
松な り、 道の ゆくての 松の 並木に 絕間 あれば、 若松
を 植て木 もて 圍ひ、 何の 年に 植 なと 細に まるし つ
く、 人家 遠く はなれた る 林の 下 を も、 掃ひ淸 めて 塵
芥な し、 石橋 ニッ ばか, 9 わた.^ て、 左右に 人家 まば
ら にあ..^ かんだ やとい ふ、 松 間 を ゆきて 石橋 を わた
.9 彬又神 田 川の 橋 を わたる、 神 田 橋と いふ、 十六 間
ばか. o の 長さな b、 又 松 間 を ゆきて 左に 人家 ゎづか
にみ ゆ、 遠く 白壁の み ゆる は 寺なる べし 松原 を經て
人家 あ. り 鞍馬と いふ、 左に 小社 あ b 、住 吉屋藥 店、 又
4-銀兩替所なと障子にかける家ぁ.=^、 蛆を 右に し 田
を 左に して ゆく に、 人家 あ.^ 鞍馬のう ちなる べし、
左の 方の 石 坂に 灯籠 あ b、 何の 神社に や、 松原 を ゆ
くこと 久 くして 左に 淸 村と 記せる 杭 あ. o、 小き 石
撟を わた b て 左に 人家 あり、 山 月 村と いへ る 杭 あ. 0
山 月と いふ 名に も 似す して 雨ふり 來れ, 5、 松原 を ゆ
くに 女の 頭に 物 をいたい き 來れる さま、 さながら 小
原 女の ごとし、 人家 あ b 小 月と い へ る 立場な. o、 左 へ
曲り 右に 折れ は く、 從是 右上 方 道と い へ る 石 表 あ hs、
川 あ, り 石橋 を わたりて 左に 小 月 村と いふ 杭 あ. o、 右
に 石 坂 高く みえて 鳥居 あり、 額に 竹增 とい へる 二字
の ごとく 見えし はいかなる 神に や、 左の 方に 曲り ゆ
けば 左右と もに.^ あり、 松 間 を こえ ゆけば 右に 田 あ
り, 溜池 ニッ ばか h- あ b 、猶蛆 を 左に しゅく、 道の 左
に 石 表 あ b 、西 豊浦郡 東 わたさる 厚狭 郡と 記せり、 吉
田 川 を 右に しゅけ は 海づら 遠くみ わたさる、 蛆を左
にし 小 坂 を 下 b て、 左の 方に 人家 少し あ. o、 長府 よ. 0
小 春 紀 行
これまでの 地、 三 里ば 力, 9 手 かなる ベ し、 松 間 を ゆき
て 人家 ゎづか あり、 吉田 川の 假橋 長し ^ 水 曲. 0 て 瀬
の音なる川の前後に石の杭ぁ..^、 左の 方に 山 あ. 9、
石 坂 あ-り、 山の 上に 天 滿宫を まつる、 田 間 を ゆく に
石橋 あ .01! こ.、 に從赤 間關五 里、 從 安藝 國 境小瀨 川
三十 一 里と い へ る 杭 あ り、 吉 田の 驛ゎ びし き 所な
り、 こゝ に晝餉 す、 あるじの 名 を 角屋半 右衛門と い
ふ、 庭に 蘇鐵 南天 あ. 9、 床に かけし は 近 江の 愛石 か
竹の 書に して、 塞 馬 仙と い へ る 誹 人の かな 文な. 9、 い
にし 年 難 波に ありて、 愛石と ともに やみよし よ..
に 行し 事な ど 思 ひ いづ、 やど, 9 を 出て 右に 曲れば 左
に 寺 あり、 鐘樓 などみ ゆ、 右上 方 道と いへ る 石 表た
て, o、 田 間 を ゆく に 輿 かく もの 足 ふみ あやまちて 輿
をお とせ り、 山に つま づ かすして 嬉づ かにつ まづく
とい ひし、 古 ごと も 思 ひ あは せらる、 蛆を 左に し 山
を 右に しゅ/、 山の ふもと は 田な, 9、 ひとつの 山の 腰
をめ ぐ,. 0 て 細き 道 あ. 9、 さながら 唐 書な ど 見る 心地
す、 坂 あ. 0 蓬臺寺 坂と いふ、 右 は 蛆左は 山に して、
山の 下に 深き 谷 あ,. M し、 平なる 所 ははた うちて 田と
なせり、 やうく ゆきくて 姐 を 左に し 谷 を 右に せ
二百. F 七
小春^ 行 —
しも、 左右と もに 山の 蛆 となりて のぼ b ゆく、 左に 蛆
道 あ, o、 右の 方の 道 を ゆきて 下れば 左に 竹林 あ. o、 又
山 を 右に しての ぼる 事 久しくして 左に 人家 ひとつ あ
り, これよ くだ .^-c ゆけば 左に 蛆ぁ, o、 右に 谷
f、 谷の むかひ は 山 つらなれり、 右に 人家 二三
ありて 細道 あ, 9、 左の 方の 蛆道を ゆく に 小社 あり、
土橋 を わた b て M 岖を 右に し 田 を 左に す、 田の 向 ふ
は山な..^、 人家 あ,^ 石炭と いふ 立場な り、 小 坂 を 下
.0 て蛆を 右に し 谷 を 左に す、 谷の むかひ は 松林 あ, 0
て 林の もとに 田 をつ くれり、 蛆を 左に し 田 を 右に し
ゆく、 道に 曲折 多し、 左に 蛆道 あれ ど、 右の かたに や
うく 下. 0 ゆく、 左の 山上に 社 あ, o、 又 石 坂 ありて 八
幡, >0 あ.^、 右の かたの 土橋 を わた b て岖を 右に し 田
を 左に しゅく、 田 面う ち ひらきて、 人家 まばらに 十餘
も ある ベ し、 左に 赤き 岸 そばた ちて 右に 田 あり、 田
のむ かひ は 山な h -、 左右に 蛆 ある 坂 を 上る に 左に 赤
き 岸 そば だち て、 右 は 田に して 田の 向 ふ は 山な り、 左
右に 組 ある 坂 を 長く 下. 0 ゆけば、 右下 津洞玄 寺 道 五
町と いへ る 石 表 あ..^、 たちよりて 見 まほし ければ 從
者 もつれ 日 も みぢかければ かひな し、 板 橋 を わたり
二百 十八
て:? ゆけば 左右と もに 田 面に して、 うち ひらきた. 9、
右の 田 間に 遠, 、鳥居み ゆ、 厚狭 川 を わたるに 板の か
り ばし な, o、 左に 水車め ぐれ, o、 厚狹 市の 驛は いさ
ゝか賑 はしき さまな り、 餞の 形 ある もの を 軒に つ..^
て、 ぅh'せにぁ,.^とかけるなど、東海道の面影ぁ.9
古手 膳 椀い ろくと 書る 札 もめ づ らし、 驛の はづれ
に 制 礼 あり、 二 千 八 百 石 餘田方 七 Kn 拾 九 石 餘商方 厚
狹 村と 書る をみ るに、 や、 その 國の 田野の 制度 を も
見るべし、 左の かたに 引 入, 9 て 鳥居た てる は 何の 祌
にや、 道の 左右に 石 地藏の 立る かたち ある、 これ ま
での 道に 見ざる 所な, o、 猶蛆を 右に もて 畑 を 左に し
ゆく、 左に 溜池 あり、 松の 並木の 間 を ゆけば、 右は岖
左 は 畑な り、 左の 田 中に 一 本の 松 ある は 一 里 塚なる
べし、 又岖を 右に し 松 山 を 左に し、 坂 を 下. 0 上.^ て
又 下る、 左に 松 あり、 自赤 間關八 里、 自 安藝 國境小
瀨川 二十 八 里と いへ る 杭 あ, 9 て、 道の 左に たて.^、
坂 を 上 b て 下る 事 急な. o、 又 やうく に 下る 所 を 西
J 1 2 V- と 、 ? S た.^ とは^の 事 也^ 野の た.^ 1C- > 且 .ヮ ) &
カ汀ナ をと I- ふうけ のた,^ た,^ 市な とも 準 之 左に 旭 あ- 右
に 田 あり、 坂 を 上れば 松林に 夕日 影の さし 入た る 見
所 あ. o、 坂 を 下る に 坂の 名 をと へ ば大 坂と いふ、 左に
堂ぁ..^、坂の下に人家少しぁb、田間を§ きて 左右に
蛆ぁ h^、 左に 人家 まばらに み §、 自是西 ヒ田正 助 組
といへ る 杭 あ り、 ^B^s^^ 左右に 田 面 ひ
ろ/、 見 わたさる、 小川 を かち わりして 人家 ゎづか
にあり、 坂 を 上. 0 下る 事^な. o、 日 みぢかく して こ、
にて くれ ぬれば、 松明 をと ぼし ゆく、 船 木 川 を か b
橋に てわたり て、 船 木の 驛岩 本源 藏が もとに やどれ
"、 ^数 こ讓靑 葡ハ項 わ, c- 石 ^丈 山 覆 S 築 臥傳不 出? S 则被
n^$-(.$0p&^^^^f, 黄截^?ポともり鶸請の字插本據ぁ
るべ し 丙 寅 孟^ 廿 四 H s^" 按 中華, お 4^ 詩 ff - 小山 舂 H 詩 無 杠雨 落花 飛
更苦來 a 作 暢 柳き- 胀呼不 ffij 鶴 三 故 連々、 文 叱 十 年 亥 ® 孟春
與丙寅 月日 亦 一 奇也。 覃,? て ノ ク 15 PL あ. 9
此船 木と いへ る は、 神 功 皇后 御船 を 作..^ 給 ひける 所
となん、 又 秋 はす ぐれ どこ がれざる らんと いへ る 船
木の 山の 紅葉 は、 此 ころに やと 筑紫 紀行に は 見へ 侍
; 宗紙筑 紫 紀行 あり 尾 崎 氏 道の 群 * 一 覽 誼に は宗 Icfra 國祀行 一
I 卷 文明 十二 年 II 防の 山 口へ 下る 道の 記. S 宗祇の 作と マろ に 誤 也
と, I へり 後 拾遺 秋 F 「いか なれば 舟^ 〇 山の 紅 禁., tnj すく, nvi^
ばの 秋 はす くれと こかれ さるらん」 通 S5i の 歌 也 力"'. く る
の 道の ほと りに、 石地藏 のた てる 多し、 肥 前に 石の
惠比須 、天 照皇太 神、 筑前豊 前に 興 玉 神な と、 神佛さ
へ 所々 によ,.^ て か はれる もお かし -
十九=卯の時すぐる頃ゃど..^を出るに、 殘月 のかげ
山の はに あきらげ し、 宿の 中よ.. y 坂 を 上り ゆく、 左
I 小春 紀行
に 鳥居た てり、 宿 はづれ よ,.^ 人夫 ども 松と ぼし ゆく
に、 高き 坂 を 上る、 姐 を 左に しゅく、 西み だの 岡の
坂. i いふ 所な.^、 左右に 松林 あ, 9、 坂 を 下れば 水の
音き こ ゆ、 此 あた. 0 夜い まだ あけす、 見す ぐせ し 事
多 かるべし、 蛆を 左右に して 松林の 中 を ゆき、 坂 を
のぼ. 9 くだれば 左に 人家 あ. o、 又 高き 坂 をの ぼり て
お ロ昆 の^ 直と 、 ふ 盱な場 も. OH^ 道中記-」 吉見衬 新道. と.
i^^00 1- JKH.P1..^ ンォ— もリ野 立場 は府 尹の 立場に し
て 人家な さ听は 地,^ 掃除して 垣. ゆ ひ 芝 ニ丄 EK ヒ F 、ふ.. a V
ふせな として 清ら なる 所 也 已下準 之 こ.. 5 ォ. ^v::- るん
し、 山路 を 屈曲して 下, o、 田 間 を 行ば 左に 淸き 泉な
がれ 人家 少しみ ゆ、 松の 並木の もとに や、 日出ん と
せし が、 雲さしぉほへ,.^、左に秋葉の祉ぁり、人家ゎ
づ かにた ちつい きて、 右の かたに 川 あ, o、 二 また 川
とい ふま ははの 船 わたし をへ て 右に 人家 ゎづ かにみ
ゆ、 松 間 を ゆく に 左右 は 畑な り、 いさ \ かの 坂 を 上
り, 土橋 を わたるに 川瀬の あさき 石の ひ. 《• きょし、
左 は 蛆右は 田に して、 田の むか ふ は 山な り、 道の 左
に 杭 あ. o、 赤間關 より 十 一 里、 安藝 國境 小瀨 川よ b
二十 五 里と 書け り、 右に淺川ぁh^て大きなる石ぃで
た- 9、 左に 大きなる 石の 壁 をた てた る ごとくな るに、
小 松な どの 生 ひたる さま、 緒に もかゝ まほし、 こゝ
二百 十九
. 小春 紀行
にわび しき 人家 あ. o、 下山 中の 宿な り、 坂 を 上り 下
..^て、 岖を 左に し 田 を 右に しゅくに、 かの 石 ある 淺
きな かれ 所々 に 見 わたさる、 上 山中の 宿 は 下山 中よ
..^又ゎびし、 左に 寺 あ .9、 坂 を 少し 上れば 赤き 岸 左
に そばた ち、 田 は 右に あ,.^、 小 坂 を 上. 9 て ゆく、 道
は 右へ くと ゆく 心地す、 土橋 を わたる、 流れ はさ
きに 見し 石 ある^ 川な り、 人家 ゎづ かに ある!^ の 間
を ゆく に、 組 を 右に す、 こ、 に 割 小 松と いふ 野 立場
あ. o、 道の 左に 石 表 あ. o、 西 長 門 國厚狹 郡、 東 周 防
國士ロ 敷邵と 彫れり、 これよ.^ 周 防の 國 にいれば 山路
いよ/^ 淸 く f -て、 赤松 多し、 中に も 小 松 は楚々 と
して あはれ むべ し、 長き 坂 を 下れば 道の 右に 杭 あ 5、
自 赤問關 十一 一里、 自 安藝 境 小 瀨川ー 一十 四 里と 書.^
左右と もに 白く 赤 はげた る 山の 間 を ゆく に、 右に 石
そ はだて.^、 姐 を 左に し 田 を 右に して、 ゆく く
田 面に うち ひらきた る 所に いたる、 こ、 に 人家 あ. c-
ある 家に 防 州德山 血の みち 藥、 沖 野屋吉 右衛門 製と
かける 招 牌 を 出せ hv、 松 間 を 行に 左右 は 田な,. > 砂 川
に 石橋 あ. 9 て 石の 柱 をた つ、 畑の 中 を ゆく に 人家 ま
れ くにみ ゆ、 猶も 田圃 を ゆき-/^ て 人家 あり 加 川,
II 二百 二十
と 云、 左に 四十 八 夜 說法正 念 寺と いふ 札た てた. 5、
蛆を 右に し 畑 を 左に して ゆく に 人家 まばらに あ.. y、
右の ふかき 林の 中に 鳥居み えて、 左右と もに 水田の
ひろき 所に いづれば 石 橘 あ h-^ 左右と もに 田圃に し
て 人家 ま、 み ゆ、 右に 連る 山の 腰に もやと いふ もの
、帶の ごとくに めぐれる は、 槍に かく > ひ 地 せらる、
松の もと を ゆく に、 嚴島大 明 神と 彫た る 石の 鳥居、 み
ちょり 左に みえたり、 石橋 ふたつ わた b て晝の 休と
る、 所 は 小 郡の 驛の脇 本陣 三 原屋助 一 郞が もと 也、
この 座敷より 龜 田八郞 とい ふ もの 、城跡み ゆると き
けば、 女に とふに むかひの 山な b と敎 ゆ、 小 郡の 宿
賑 はしき 所な. o、 井崎 せん 香 わたく. 0 の藥 など あ
道の 左に 惠比壽 の 小社 あ. 9、 左 山 口 道 右京 江戶
道と ゑ b たる 石 表た てり、 右へ まがれば 人家 長く た
てつい けた. o、 小 郡 川 を 船に てわた りて、 むかひの
岸よ b 右の かたに まがる に、 人家 少しく み ゆ、 松
をす ぎて 姐 を 左に し、 田 を 右に して ゆけば、 又 左右
ともに 畑と な. りて、 左に 山 王の 宮 あり、 人家い さ、
か あ, 9 て、 田 間 を ゆく 人家 あ. 0 上 井と 云、 左の 方に
石た て、 猿田彥 天神と ゑれ h -、 右に 曲れば 左に 寺 あ,
り, 左右に 田圃 ある 所 を 過て、 人家 まばらに あ, 9、
左に 鳥居 あ.^、 又 杭 をた てゝ自 赤間關 十五 里、 自安
藝國境 小瀨川 二十 一里と 記せ. -、 石橋をゎた,.^l田
間 を こえて また 石橋 あ. o| 右に み ゆる 山 を 神 尾 山 福
日 山と いふ、 右に 小社 あり、 これよ 田圃の 中 を 直
に ゆけば 道ち かしと いへ ども、 右に 曲り て 本道 を ゆ
くに、 左右 小 松 生 ひしげ b て、 きょら な. o、 左に 大
きなる溜池ぁ..^、 池の 上に 兀山 ありて 築山 を 見る が
ごとし、 鷹の 子 山と いふ、 こ、 は陶の 松原と て、 陶
尾 張 守が 城跡な り、 右に も兀 山な だれて 溜池 あり、
左右と も 小 松 ^Nr け, て 景色よ し、 こ、 に 野 立場 あ. 9
蛆を 左に し 田 を 右に しゅくに、 自 赤間關 十六 里、 自
安藝 國境 小瀨川 二十 里と いふ 杭 あ.^、 左に 小社 あ. 0
人家 長/、 たてつい ける を 大道と いふ、 右に 寺 あ h^、
市 巾に 枇杷 葉 湯、 "长州 伊佐美の や 製、 本家 京都た は
らゃ、 ふ b 出し 藥 取次 所、 長 州 美濃屋 とかけ る 礼な ど
あ b 町 は.. つれの 制札に 高 貳千拾 九 石餘、 田 方、 高貳
百 拾 七 石餘畠 方と かける を 見き、 田 間 を § きて 人家
ゎづ かに ある 所 をへ て 松原 あ. o、 直 道 なれ ど 左に 曲
^ゆけば 石橋 ニッ あ-. > 、; ッは 小く 一 ッは大 な b、 大
^ 春 紀行
なる 方 は 砂 川に して 水 あせて なし、 人家 あ.. y 岩 淵と
いふ、 防 長 御免 合藥 所と いふ 札 あ 、大道 岩 淵と て 人
よくしる 所な, 9 とぞ、 左に 二の 山 そ ひえた. o、 淨ご
ん寺 山と いふ、 右に高き山ぁ,<^て立石の大きなるぁ
るが、 側に 觀音堂 あ..^ て、 九折に のぼる 道 はるかに
見 わたさる、 坂 を 上れば 左右に 大石ぁ b て、 右の 山
ことに 若松 しげれり、 右に 海邊 とほく みえて 景色よ
し、 坂 を 少し 下 b ゆけば 赤土の 切通し あ. x^、 急なる
坂 をの ぼ, 0 ゆく に、 左右と もに みな 小 松 しげれる 山
にして、 右に み ゆる 海 は 周防灘 なるべし、 人家 はる
かに 右に 見 ゆる は西濱 とい ふ 所な b とぞ、 左 は赤兀
たる 山に 石 あ. 9、 小 松 あ. o、 山の 下に は 佐 波 川の な
がれ 帶の ごとく、 まことに 山陽 第; の 佳景と いふべ
し、 絕 頂に 野 立場 あ. 9、 この立場ょ..^見ゎたせば、
左右に 海 遠くみ えて ことばに もの ベ がた き 所な, o、
佐 野の た をと いふ 所に して、 古よ, 9 和歌の 名所に も
もれ 唐詩の 料に も いらす して、 か、 る幽 僻の 地に 埋
れ、 い たづら に 樵 夫 牧童の、 おどろ をし く 便 を 得る
事惜 みても あま. 0 あ. o、 高宗の 夢な くば 傅 說も版 築
の 間に 老ひ、 文 王の 御 狩 あら ざら まし かば 太 公も逐
二百 二十 一
小春 紀行
夫の 名 をまぬ かれ じと、 そ, S- ろに 物 かなしく 淚も落
るば か h- になむ、 長き 坂 を ふたつば かり 下りて 山の
こし をめ ぐ b ゆけば、 左の かたに 大きなる 石、 人の ご
とくに 連り たて- 9、 か、 る わた b をよ き隱 家と やし
め ゆ ひけん、 新たに i 矛 ふき か へ たる 一 の 農家の、 山
かげに 見 ゆる も、 いかなる 人の すめる にやと 心に く
し、 wsi をた ど..^ ゆけば まばらなる 人家に、 すゑ もの
つくる もの 多く、 かめ や、 釜 や、 ほうろく などい へる
ものつ くれり、 こ ゝは三 田 尻の 在鄕 な, 5 とぞ、 より
て思ふに陶氏の城跡ょ..^このゎた,.^近ければ、 もし
くは陶 といへ る 名の 起れ る も、 か、 る わさす る 所に
やよ りけん、 田 間 を ゆけば 左に 寺 あ. 9、 松の もと を
ゆく に A 家 ま 、あり、 左に 鳥居た て.^、 これ 一宮な
るべ し、 . ^、ふかくみ ゆ、 右に 石燈籠 あ.^ て、 一宮 昇
燈 とかけ るに よ.^ てこれ を はか りしれ.. >、 堤 ニッ計
こえて 佐 波 川 を 右に しゅく、 川の 水き よくして 川原
の 砂 赤く 白し、 佐 波 川 一名 は 錦 川と もい ふ、 舟 わた
しにて 岸よ..^ 岸に 繩を 引て、 その 繩を たぐ, 9 ゆく、
又 假橋も あ. o、 川 を わた. 0 て 川 を 左に しゅき、 又 川
を はなれて 右の かたなる 松 間 を ゆく に、 左右 は 田な
二百 二十 二
り, 例の 自赤 間關 十八 里、 安藝 國境 小瀨川 十八 里と
いへ る 杭 あり、 祖紳と 彫 付た る 石 表 も あ h -、 先に
みし 所の 輿 玉 神の 類なる べし、 左の 田 をへ だて、 橫
お. 0 ふせる 山 を 城 山と いひ、 大 內義隆 卿の 城跡な. 0
とい ふ、 山の 上に け はしき 石なら び; t ちて、 確 井 峠
より 妙義の 山み る 心地 せらる、 獅子 岩な どい ふ 岩 あ
.0 て、 上. 0 は 十八 町 あ b と 里人 はいへ, o、 此邊 よ. 0
饅頭 石と いふ もの を 出す、 これ は大內 氏の 食 ひさし
て捨 給へ るが 石と なれ b など かたる、 禹餘糧 の 類な
るべ し、 城 山よ b 右に 近く 赤兀 たる 山み ゆる は酒垂
山な り、 俗に 天祌 山と いふ、 今宵 は宮市 3 驛 き中衬
善 左衞門 かもと にや どれ- 9、 あるじに 城 山の 事 を
とひし に、 く はしく 物語. 9 して、 け ふわ たれる 佐 波
川の 邊に 琳聖 太子の 塚と いふ あ,.^、 近頃 これ を あば
きし もの あ. 0 しが、 朱の 多く 出け る を もとの ごとく
埋し などい へ.^、 安永の 末のと し、 大 內義隆 記と い
ふ もの を 得て 寫 しける が、 天文 廿年 霜月 中句、 間 防
國山ロ 龍 福 寺 書 之と あ.^、 保 己 一 檢 校の 木は片 假名
にて 上下 ニ卷 とせ.^、 勤 思 堂 村 井古 巖 翻の 本 はギ假
名に て 一 卷な. 9 き、
廿日 夜 明て たつ、 { 仝 陰れり、 右山 口 道 左 京 道と いふ
石 表 あり、 道の左ニ町ばか,.^に防府天滿宮ぁ.9、 石
の 鳥 a? 高さ 二 丈、 額 は 五條 爲範 卿の 筆な,^ と 云、 延喜
年中 菅神西 海に おもむき 給 ふ 時、 御船 を 當國勝 間の
浦に 寄せ 給 ふに よ..^ て、 建る 所の 宮居に して、 諸國に
菅廟を 建る 始な b と緣 起に はいへ. o、 社の 東 五町ば
か..^に、山の上の巖ょり水したれ、るを酒谷とぃひ、
山 を酒垂 山と 名.. つく、 當社を 建し 時醴泉 わき 出し 事
にょれ,.^、 げ にも 宮居 は 毛 利 家の 造營と 見へ て 結構
なる 宮, i5 な.^、 紫雲 石、 地鎭 石の 二 石、 宮の 後に あ h -、
本 地 堂の 聯に酒 垂山下 福密寺 天神 本 地觀音 堂と かけ
その外 末社 多し、 山 縣孝襦 周 南の かける 碑、 樓
門の 右に あり、 宿の 中に あま かゆ といへ る 札 ある は、
€K り こ Ja>,---0 5 ン十千 亭-. ム律 僧-酒と 云 事ない みても まが ゆ
び肆 i<v J お 力し と 云是, ilft:;E 律の 寺 もる-」 よろ なる へし
左に 大寺ぁ ,0、 不許 葷酒 五 辛 入 山門の 石 表た て. 5、
人家 まばらなる 田 面 を 行、 左に 寺 あり、 右 かみ かた
道 左 あみた 寺 道と いふ 石 表 あ,^、 右へ 曲れば 左右と
もに 田な り、 左に 小社 あ. 9、 右に 寺 あ 御朱印 地に
制 礼 あり、 明 願 寺と いへ る やうな しが さだかなら
す、 人家の ま、 ある 松 間 を ゆく、 右に大なる山ぁ,.^
江戶森 山と いふ、 左に 大山 三ッ ばか b 見えて 城 山 も
み ゆ、 砂 川ニッ ばかり わたるに 水な し、 人家 わつ か
にある 松 間 を ゆく、 左右と もに 田な. 9、 自赤 間關十
九 里、 自安藝國境小瀨川十七里とぃふ杭ぁ,.^、 石橋
を わた る 水な き 砂 川な. 5 、 人家 あ り うけ 野と いふ、 右
に 自是河 品 社 道と いふ 杭 あ..^、 春日宮 にさ、 げし 石
燈もぁ,0、.^き石橋をゎた,0、ゃぅ/^上,£:'急なる坂
§ タテ
を 左へ くと 上り ゆく、 是 うけ 野 峠と いふ 所に て、
絕 頂に 野 立場 あ.^、 海面 遠くみ わたせる さま、 きの
ふみし 佐 野の た をに ほ か 似 かよ ひて や、 おとれ, 5、
伯仲の 間と いふべ し、 山 を 下る に 左へ くと ゆく、
石 あ b 松 あ, 0 て 見所 多し、 右の 方に 海へ さし 出た る
まろき 山 あ, o、 茶 s 山と いふ、 自 赤間關 二十 里、 自
安藝國境小瀨川十六里とぃふ杭たてた,.^、 人家 ある
所 をと ふに 久方と いふ やうに きこ ゆ、 左に 蛭 子の 小
社 あ.. >、 又 寺 あ h -、 周 防 室 積 普賢 寺 開帳、 寅 三月 十
三日よ, り 四月 十三 日まで とい ふ 札た ちし をみ る に
も、 去年 はからす 風雨に あ ひて、 陸に 上 b 普賢 寺に
まう でし 事 思 ひ いづ、 右の 森の 中に 鳥居 あ.^、 松 間
を ゆきて 石橋 を わた 右へ 曲. 0 左に折れ ゆけば 人
„ I 二百 rs- 叫
小春 紀行
家 ま、 あ., >、 松 問 をへ て 坂 を 上る 事 急な. 0 道に 小石
多し、 長 門よ. 0 こなたに なき 所 也、 曲折して ゆき、
少しば か, b 下る 椿が た をと いふ 所な り、 右 は 蛆左は
谷に して 田 あ, 9、 谷の むかひ は 山な, o、 少し 上. 0 て
人家 わつ かに あ. 9、 や、 坂 を 下. 0 行て 松 間 を ゆく、
左 は 蛆右は 谷に して 田 あ. 、むかひに 山 つらなれ, 9、
從 安藝 國境 小瀨川 十五 里、 從 赤間關 1 一十一 里と いふ
杭 あ.^、 坂 を 下れば 川な.. > 、石橋 を わた b て 人家 あ b
田 市と いふ、 左に 寺 あ, o、 左に 山の 上に ゆく 道 あ
b て 鳥居 あ, o、 額 あれ どみ え わかす、 左に 寺 あ b、
人家 ま、 あ, o,、 石橋をゎた,.^てlぁる人家に綿布制
道場 戸田 町と いふ 張 札 あ.. y、 田 間 を 少し ゆきて 右に
赤き 岸 そばた ち、 右 は 谷な. 9、 田 あ b てむか ふに 山
f, 一 ッの坂 を 上.. > ゆく 赤 坂と いふ、 又ゃぅ-(-
下..^て蛆を左にし田を右にす、向ふは山な,o、坂を下
り盡 して 人家 あ.. >、 右へ 曲 b 松の 並た てる 田 間 を 行
に、 空 はれて 日出た.. >、 右は蛆 にして 竹 あ. 9、 左に
松 あ. o、 田 あ. o、 砂 川 を 右に し 行けば 從 赤間關 二十
二 里、 小瀨 川よ. 5 十四 里の 杭 あ b、 石橋 を わた, c> ゆ
けば 右に 川 あ. 9、 右に みし 川の わかれて なかる、 也、
二 KB 一 ぽ
左の 田 間に 鳥居 遠くみ ゆ、 蛆を 左に し 川 を 右に しゅ
く、 右の 川 水き よらなる を 石垣 を 以てた ゝ へ て 池の
ご とし、 これ は 用水の ためなる べし、 これ 福 川 也、
福 川の 宿の 脇 本陣 福 田 權藏が もとに 晝餉 すノこ の あ
た. 0 まことに 邊鄙 にして、 人 は 質朴 なれ ど 食 味 は 口
にかな ひがたし、 福 川の 水に て 醸せる 酒 をく み 見る
に眛 薄し、 .
文化 1 一年 乙 Fl=1 十一 一月 起筆して 同 I 一年 丙 寅 正月 九
日に いたる
杏 園
家 さ 律
あ れ 道
小春 紀行 二百 二十 W
たに 笠 u; の濱 の鹽濱 みえて、 松の 並た てる さま 去年
船路に て見しゃぅな,.^、 松 間 を ゆき 土橋 をニッ わた
, -て從 赤間關 二十 四 里、 從小瀨 川 十二 里の 杭 あ, 9、
砥石と い へ る 所の 人家な がくた ちつ いきて 賑 はしき
所な^^、 藥店 古着 尾の 類 多し、 三 谷 たばこ 三 谷 半紙
などの 書付 もみ ゆ、 三角 餅と いふ 餅 や あり、 近頃 伊
勢に すめる 奥 田 蘭 汀 翁 にみ せま ほ し
て 皆 三角な リ しとい ふ是は 世.^ 激して 麼隅 VJ- や ふるの 心な,^ b ら
りと そ東厓 先生の 門人に して 名物 六帖 校合した る 人な リ-^ ま?
家の 障子に、 私儀 不勝手に 付 仕組 直し 候 間、 十ケ年 ■
之 間 諸 勸進斷 申 候と 書付た.. >、 これ も 又い みしき 家
法なる べし、 右に 本 宮大權 現の 社 あ, り、 左に 蛭 子の
小社ぁ,9、又寺ぁh^、砥石をぃで 、石橋 を わた. 0 松原
を ゆく、 左に 海 見えて 左右と もに 畑 あ..^、 岐路 あり、
右 は濱邊 にして 左 は 坂な b 、久米 坂と いふ、 赤 間關ょ
b 二十 五 里、 小瀨 川よ, り 十 一 里と いふ 杭た て, o、 人家
あ,. >久 米 市と いふ、 道の 左に 鳥居 をた てて 影 向 石と
い へ る 石 あ \ 石橋 を わた .0 て I 左に 八幡 別宮ぁ .0、
市中に 細工 饅頭と いふ もの ひさく 家 あ. 9、 いかなる
細工に や、 又蛆を 左に しゅく、 右に松の並木ぁ,.^、
左右と もに 赤土の きし ある 山路に いれば 海み えす、
小春 紀行 卷之中
十月 二十日 午の 時す ぐる 頃、 福 川の 宿の 晝休を 出て
、, 右の かた を 見やれば、 海濱 な,. y、 小き 坂 を 上 b
て 下る、 富 田 坂と いふ、 人家 あ, 0 富 田と いふ、 左-へ
曲. 0 右へ まかれば 海み えす、 人家 あ. 0 とんだ 新 町と
い ふ、 大坂 出店 とらや まんち うとい へ る 招 牌 あれ ど
虎を盡 て 成らす とい ひし 諺と ひとしく、 味 はお ほつ
かなし、 小き 石橋 を わた. 0 て 左に 寺 あ. o、 又 鳥居 あ
り, ん幡宮 とい ふ 額 あ, -"^ 左上が た 道、 右下
I しい ふ 石 表 あ. 9、 左へ 曲れば 右に 海面 見 わた
て、 濱邊に 畑 あ, o、 左に 石坂奧 ふかくみ ゆ、 人
. ^是も 富 田のう ちな, o- とい ふ、 左に 寺 あり、 左
右と もに 田圃に して、 左に 人家い さ、 か あり、 かわ
らけ 川と いふ を 石橋に てわたる、 §5 人家 あ..^ 德山
とてに き はしき 所な り、 左に 石 坂み えて 堂 あ,^、 此
市中に 一生 齒の ぬけさる 藥と いふ 招 牌に、 假 面の 齒
を あら はに 出せる 形 ある は 本家 京都に して、 江 m 'に
も 多く あ. o、 今 こ、 にし も 見る 事め づ らし、 右の か
小春 紀行
S 間 を ゆく 事 ばらく して 石橋 を わたり I、 右の か
たの 畑 をへ だて、 遠く 町並み ゆ、 土橋 を わた, 9 5: 小
みちに いれば わびしき 人家 あり、 左に 小社 あり 右に
曲.^ 小 坂 を 上りて 右に 寺 あ.^、 海の 方 遠く 見 わたさ
る、 又 小 坂 あ.^、 左へ 曲 b 右に 下. 9 左に 下. 0 て 左の
かたに HI の 尾 山道の 石 表 あり、 田 間 を ゆきて 長き 土
橘 を わたる 末武 川と いふ 糊喊 5f こ、 に 貼の 制札 あ
り、 畑 を 右に し 川 を 左に して ゆけば、 從 赤間關 二十
六 里 從小瀨 川 十 里と いふ 杭 あ. 9、 松原 を ゆきて 花 岡
の驛 にっきぬ、 本陣 野 村 又 左衞門 かもと にや どれり、
床に かけし は 立 幅な り、 三阈 和風 度 千 門: itH 氣新願 吾
修六德 長 此安黎 民薩州 屮將と あ.. >、 あるじ は 酒つ く
る 事 を 業と して、 錦 川 酒と いふ をす、 む、 此 所の 代
官屮井 氏も來 b て 物語れ, o、 ぁるじの4^-たしきもの
來 りて、 德 山に 學問行 はる、 事 を 語. 9、 敎學院 とい
ふ もの、 詩 を 見せし に、 合作 多し、 此 あたり 周 防ち
、みの 布 ひさく もの 多く 來 b てみ せし む、 家つ とに
とてもと めな どし 夜 ふけて ふしぬ、
廿ー H 天氣 よし、 夜 明て やど. 0 をいで、、 田 間 をへ
て 土橋 を わたれば、 左 は 戴 右 は 小 流な b 、小 坂 を 上 b
二百 二十 六
て 又 石段 ある 坂 を 上る、 左 は 谷 深く して 田 あ b、 山
田と いふ、 又 坂 を 上り 下 b て 又 上る、 又 下る 事 長く
して 左に 從赤 間關 二十 七 里、 從小瀨 川 九 里と いふ 杭
あり、 家 わつ かにみ ゆく ぼ 市と いふ、 くぼ 市 川の
土橋をゎた..^、又坂をニ ッばか^-上,.^て下る、ニの瀨
とい ふ、 又土橋をゎた..^、田間を§きて岖を左にし、
谷 を 右に す、 松原 を ゆけば 道の 左に 從是東 熊 毛 郡、
從是西 都 濃 郡と い へ る 杭 あ. 9、 わびしき 人家 あり、
た を 市と いふ た 蛆を 左に し 田 を 右に しゅ
く、 田の 向 ふに 山 つらなれり、 *r はらく して 蛆を右
にし、 田 を 左に し、 又蛆を 左に し、 田 を 右に す、 從
是 赤間關 二十 八 里、 從小瀨 川 八 里と いふ 杭 あ.^、 坂
を 上れば 右 は 姐な.^、 これ 鳴 海と いふ 所に て 野 立場
> ^り、 山路 を 上..^ 下,.^ て 田 間 を ゆく、 左に 八幡宮 あ
り 大門 長し、 これよ b 人家 ま はらに あ b て 一 町ば か
の ほど 石 を 敷る もめ づ らし、 人家 わつ かに ある 所
を 呼坂と いふ、 坂道 をの ほ. 9 曲折して 下る 事 急な り、
tes 寺 S. お市. 1
左に 寺 あ h^、 人家 あり、 道の 中に 溝 あり、 土橋 を わ
たる^ 制札 あ. 0 て 高 二 千石餘 とまるせ, o、 田 間 を ゆ
くに 人家 まばらに して 左に 社 あ. 9、 又 人家 あ. 0 今 市
とい ふ、 左に 石 坂 あ. 9 法王 山と いへ る 額 かけし 山門
f、 正覺 寺と 云 寺ト向 n 門前に 永代 常 念佛堂
の 碑 あ, o、 こ、 に從 赤間關 二十 九 里 從小瀬 川 七 里と
いふ 杭 あり、 田 間 を こへ 松 間 をす ぎて 坂 を 上る 事 長
し、 三ッ尾 坂と いふ、 自是西 三 尾 村 請 道と いふ 杭た
て, o、 又 自是東 玖 河 郡、 自是西 熊 毛 郡と いふる 杭 あ
り, 中山とぃふ所に野立場ぁ.:^、 坂 を 下る 事 長く し
て 末 は 少し 急な b、 田 間 を 過て 小 坂 を 上. 9、 又 下れ
ば 人家 まばら 也、 田 間 を こへ 土橋 わ をた, 5 て さす 川
を^に てわたる、 蛆を 左に しさす 川 を 右に しゅけば
西 岩 井村、 東 三輪 衬請 道と いふ 杭 あり、 又 差 川 村と
いふ もみ *3、 H 間 を § きて 右の 川ば たに 竹 ある 所 を
すぐ、 從 赤間閼 三十 里、 從小瀨 川 六 里と いへ る 杭 あ
り, 高木 はの 驛 にい b て 本陣 山 本 太 兵衞の もとに 晝休
す、 驛の 中に 溝 あ b、 右に 荒 神宮 あ. 9、 綿布 制 道場
とい ふ 札 かけし、 家 岩國松 かね 油うる 家、 懸壺 堂と
い へ る藥店などぁ..^、 胡屋と かきし 暖簾の 家名め づ
らしと 思 ひしに、 此後 にも 見し 事 あ b、 ゑび す やと
よむ なるべし、 左に 寺 あり、 又奧 ふかき 大門に 鳥居
ぁ,.^て、 正 一位 梧杜 八權宮 といへ る 額 あ.^、 田 間 を
春 紀 : 行
經て 土橋 を わたる、 川 は 砂ば か- 9 にして 水な けれど;
幅 ひろし、 東 川. i 道中記に はいへ り、 左に 石 表 あ. り、
岩國新 小路 町 妙 見道是 より 二十 一 町と 彫れ, -、 松 間 一
の 坂 をす こし 下, Q て 右に 曲. り、 田 間 を ゆく にん 家 ま-
、あ, り、 玖河本鄉とぃふ宿は岩國に屬せ..^とぃふ、
家々 を さして 外の 驛路に 似す 木ら うそくうる 家 多 一
し、 左に 寺五ッ ばかり あ h. て、 淸 5^ 山と いふ 額 かけ 一
しもみ ゆ、 左へ 曲 .0 長き 松原 をへ て 田 間 を ゆく.、 從-
赤間關 三十 二 里、 從小 四 里と いふ 杭 あ.^、 蚍を
左に し 田 を 右に し、 又左右田とな,.^て人家ま、ぁる
所 も あり、 又蛆を 右に しゅけば 左に 小社 あり、 松原 一
をへ て 人家 少し ある 所に いたる、 こ、 を 金 明と いふ 一
は 道の 左に 寶 光山 金 明 寺と いふ 寺 あれば な b I 華 右一
にある 山 を 塔ん 森と いふ、 これよ. り 金 明 峠に か ゝるー
に、 七 曲-り 坂と いへ ど、 十ば か..^ 曲,^ ゆけば 左右に
山 あ り、 切通した る 坂 を 下る 事 急に して、 左へ 曲れ 一
ば 右 は蛆、 左 は 谷に して 田 あ..^、 又 右に 山 高き 所 を 一
ゆきて 野 立場 あ h -、 これよ 屈曲して 長々 しき 坂 を】
下る に、 急なる あ, 9、 ゆるやかなる あ- 5、 急なる 所
は 丸太 を橫 たへ て 足と めと す、 みな 山 あ ひ を 切通し
二百 二. P 七 t
小春 紀行
てけ はしき 所 也、 左に 人家 わつ かに あ, 9、 從 赤間關
三十 三 里、 從小瀬 川 三 里と いふ 杭 あ. 9、 又 山 を 左に
し 畑 を 右に す、 畑の むかひ は 山な り、 石橋をゎた,.^
て 右に 厳 石 あ. 9 て 谷の 流 ふかし、 又 石橋 を わたれば
右に 深き 谷 ありて 水流れ たり、 左右と もに みね そば
たちて まことに 深山幽谷と いふべ し、 かゝ るみ やま
ぢを 一 里ぁま-^-こ;^^^!て、 むれく る 女 ども は 何 そとと
ふに、 玖 河の かたに 芝居 あ. 5 て 今宵み に ゆくな と
いふ、 坂 を 下れば 左に 石 壁 あり、 右に 谷川 あ, 9 てむ
かふ は 山な. 9、 九州の 冷水 峠よ b こなたに かゝ るけ
はしき 所な し、 や、 あ, 9 て 人家に 出る 所 を 柱 野と い
ふ 立場な..^、 左に 巖石 そば だち て 右に 砂 川な がる、
柱 野 川と いふ、 人家 まばらなる 山路 をった ひゆき て、
自 赤間關 三十 四 里、 小瀨 川よ b 二 里と いふ 杭 あ. o、
柱 野 川 を 右に してたい ちに ゆけば 本道 なれ ど 名に お
ふ 岩 國の橋 見ん と 思へば、 案內 にと ひて 柱 野 川の 土
橋 を わた. 0 て、 右の かたの 山路 を ゆく、 これより 山
路け はし く.,, -て、 駕籠に て 行が たしと いへば かちよ
b ゆく、 左右に 高き 山聳 へて 山の 下に 畑 あ h -、 人家
まゝぁ h' て わびしき さま 也、 ゃゝぁ h- て 左右と もに
二百 二十 八
松お ひしげ, 9 て 深き 谷と なれり、 こ、 に從 安藝 國境
小 瀬 川 二 里と いへ る 杭 ある は、 岩國 にて たてしなる
べし、 小 坂 を 上れば 右に 杉の 村立 あ. o、 茶の 花 多し、
兩岸 高く 峙 ちて 石 壁の ごとき 切通し を 過ぐ、 坂 を 下
る 事 急な, 9、 左右に 田 ある 所 もみ ゆ、 蛆を 左に し 谷
を 右に しゅく、 谷の 中に 田 ありて 田の むか ふ は 山な
,0 パ坂を 下れば 左に 農家 わつ かに 一 ありて、 左右
ともに 深き 谷な り、 又 坂 を 下りて 小路 を ゆけば わび
しき 人家 あ, o、 左に 鳥居み ゆる は疫 神社な り、 又 寺
あ, 9、 左に 曲. 0 て 岩國の 町な b 、市屮 も 又に ぎ はゝし
けれど、 外の 國の 守の 城下に くらぶれば、 何となく
ひなびた る やうに て、 人 もまた 淳樸の 風 あ, 9、 黄髮
の翁垂 髫 の童怡 然として 樂と いひし、 桃源の 洞のう
ち も かく や あ, 0 けん、 市 を 出て ひろき 川原 を ゆきて、
船に てわたれば、 左の かたに 遠く 岩國の はしみ ゆ、
川 を わた. 9 て 市中 をす ぎ、 岩國の橋の前に出た,.^、
此川を 錦 川と いへば 錦帶 橋と いふなるべし、 又橋臺
の 石 をく みたる 所 かど ありて、 十露盤の たまに 似た
れば、 俗にそろばん橋ともぃ へ ,.^、 河原 町の かたよ
,0. 岩國の 居所の 惣 門に むかひて、 高き 橋五ッ かけ わ
たせ, o、 橋柱は前後のニにのみぁ.,^て、 中の 三の 橋
に はなし、 欄干の 下よ b 橋桁の 所 をみ るに、 木 をく み
たる もの 也、 河原に おりたちて 橋の 下よ.^ 仰き 見れ
ば、 橋の 上 を 人馬の かよ ふさ ま 雲の かけはし かとう
たが ふ、 折から 水 は あせて 左右の 河原の ひろく、 五
の はしの 中と 思しき 所にたい 一 條の 流れ あ. y、 春の
雪 解の 頃 は 山々 の 水な かれ 落て 漲る なるべし、 され
ど此 橋な くば 柱 野よ, 9 た,!. ちに 關 の 宿に むかひ ゆ
きて、 かく 二 里の ま は b 道して 深山の 奥に はわけ 入
まじ、 これ は 岩國の 居所の 惣 門よ. 0 建つ いけたる 家
居の さま を、 人に もみせ まほし く か、 る あやしき た
くみなる 橋 をつ く b て、 旅人の あし をと どめし むる
なる ベ し、 すべ て 見る 所き く 所に まかす とい へ ども、
此橋 ばか,^ はう つし ゑに 昆 しょ, 9 もま さ. OS て、 まこ
に 目 を 驚す 見 ものな hs、 河邊に 葦簀 かけわたせる 茶
屋 ありて、 此橋 をみ し 詩歌 誹諧な と 書つ けたる 書 あ
b. 小 竹筒の 酒 を かた ふけて、 蛆道 をった ひゆけば、
巖, てばたち てけ はし、 宵 やみの たど./^ しきに 燈か
ゝげ て、 やうく 關 B- の 宿に いつれば、 やかて 源 次
郞とかぃふゃと,,^にっきぬ、 床に 錦帶 橋の かた かき
1^ 春 紀 行
たる 掛物ぁ り て、
う , きな き 代 を いは 國の 城 山 に
五ッ色 どる 雲の かけはし
灣 といへ る 文字 あ bll 何某の 家に や、 か、 る 山中
なる に、 あるし の 女 何 にても 文字 かきて 給へ とい ふ
もやさし く、 此 橋の 詩歌な どかき て あた ふ、 今日 河
原 町に て 岩 國錦帶 橋の 圖と いふ もの 版に きさ める を
得しに
周 防なる 岩 國山を こえん 日 は
たむ けよ くせよ あらき その 道
とい ふ 歌 あ.. >、 鳴子 岩う けの 山 越、 大內衬 吸 江山な
どい ふ 地名 ありき、
廿 二日 卯の 時ば かりに 宿 を 出て、 高き 坂 をの ぼる 事
三ッ ばかり、 關戶 坂と いふ 相 細 此 あた b あけ
がれの 程に て、 さやかに はみ わかす、 山 を 左に し 谷
を 右に しゅく、 谷に 田 あ. 5 て、 田の むかひ は 山な り、
山道 を 下る 事 長く して、 又 山 を 右に し 谷 を 左に し、
又 山 を 左に し 谷 を 右に して 下り ゆけば、 人家す こし
あ b、 こ、 に 杭 あ, 0 て從 赤間關 三十 六 里と しるせり、
長 門 周 防 間に 聞 わたりし 小瀨川 は、 安藝の 國裸 にし
IfrlB 二十 九
小春 紀行
二百 三十
て、 河!^ ひろし、 船橋に てわたり、 續 本紀 ai.: 武帝
天平 六 年 九 =^ 安 讓周芳 一 一箇 國を 割て 大竹川 を 一 ー國の
堺 とす、 とい へる は此 川の 事に して、 此 所の 古文書に
は橫竹 村と もしる せりと ぞ、 川 を わたれば 人家 まゝ
あり、 右に 鳥: tt^ み ゆ、 姐 を 右に し 谷 を 左に す、 谷の
中に 田 あ.^、 W のむ かひ は 山 11^ 國の 方の 山々 つらなり
岭 ちて、 古に 所謂 廢; & なる ベ し、 右の 山に 細き 蛆道を
のぼ b§ く 寧 長し、 久野 坂と いふ、 左 は 深き 谷に し
て、 0f 川 f、 山の頂よ b 下れば 蛆を 左に して
谷 右に あ..^、 谷の 中に 田 あ.. M し、 田の 向 ふ は 山な. 9、
むか ふの 方に はるかに 入海み えて、 朝::: 影の はなや
かに さし 出た る、 繪 にも か、 まほし、 此 あた b 道の
ゆくて 格の 木 多し、 虮を 右に し 谷 を 左に しゅく、 谷
の 中に 田 あ. 9、 田の むか ふの 山々 に 松の しげ. 9 たる
に、 ;:l影さしのぼh^、 海原 遠く まば ゆきまで 晴 わた
.0 て、 そょふく風もきこ;^んねば、 け ふ嚴島 に ま うづ
べき^より よしと、 ゆく-/^ 土橋 を わた b て、 左に
人家 わつ かに あり、 海邊を 右に しゅけば、 右に 番所
f、 左右と もに 人家 ある 所 を 小 方 村と いふ、 用 所
とい へ る 札 かけし 家 あり、 右に 折れ 左に 曲.^ て濱邊
をった ひゆく、 左の 山路 を ゆく は 本道 なれ ど、 坂 多
くして あゆみが たければ、 旅人 はみ な 濱邊を § くめ
り、 海 を 右に し 田 を 左に す、 田の むかひに 山 つらな
れ. o、 ゆき て 大きなる 島み ゆ、 こなたに も 大き
なる 岩た て. o、 堤 をへ て 玖 波の 宿に やどりぬ、 まに
辰の 半ば かりなるべし、 主の 名を吉 右衞 門と いふ I
屋 旅の 装 はこと <\- く 廿日 市の 宿に おく b て、 これ
よ b 船に の, 9 て宮 島に まう でんと て 出た つ、 巳の 時
すぐる 頃な.^ W 難ノ 年頃ね が ひものせ し 思 ひの、 風
も 心よ くて、 海の 面 は靑疊 をし ける が ことし、 やう
./^ に 帆 かけて ゆく、 右に み ゆる 島 を か ベ 島と いふ、
こ、 は嚴 島のう しろの かたなるべし、 島のう しろ を
めぐ. y くて、 大元浦 社の か た よ b 松原 百 八燈の
かたはる かにみ わたさる、 名に ぉふ大 鳥居 は 高さ 一
丈、 橫五尺 あ, 9と 云、 木の 皮 を さ, 5 しま、 にて 削ら
す、 乾に およびて 海中に たて. 9、 表の 額 は 嚴島大 明
神、 後奈良 院の 筆、 裏の 額 は 伊都 岐島大 明 神、 同
じ 御 筆なる べし、 御笠の 濱の 北に 舟 さしよ せて 島に
上. 9、 囘廊の もと をう か い へ ば祉務 棚 守 氏 來れ, o、
今日 府尹 も詣 させ 給 ふとみ えて、 汀に ちかく 船の み
ゆれば、 ま づ湯立 殿の 方よ,^ 龍宮藏 のかた に ゆく、
龍 宮海藏 の 橫額は 筆者 しれす と 云、 經藏 にかけ し轉
法 輪-の 橫額 は、 释自休 筆と あ b 、これ は 鎌 倉の 兒か淵
にて 白菊の 詩 をつ く b し自 休に や、 g 、は gjK やい. -は
のせたり、 按南; 1 文集 與自沐 翁 沐翁亦 本備前 W 之 一 あ
リ、 嫌 倉 志の. に 奥州の 人、 此 ぉ沐 け備 前の 人 也、 地の 方角に., 6
れ は此ん にて ん ろべ さ歟、 ^^辰正月八0=.?^^- 海錄果 南自沐 raw
鎌へ a? 建- fe{*=- 僧: i? 佛通 寺, S 居 藝州根 谷 因 之 2 根.:! nft 己巳 六月 七日 記
又藏 書の 室と みえて、 名山 藏の橫 額は徵 明の 書に し
て、 東 壁 11 書 府西園 翰墨 林と い へる 二の 聯は、 雪山の
書な り、 經堂は 桁 行 十三 丈、 梁 行 七 丈に して、 千疊敷
とはい へど、 板 間にして 席な し、 豊臣 太閤の 建立し 給
ふとき く、 天 4- 卜 年筑紫 凱陣の 時の 事な. 0 とぞ、 本尊
は釋迦 阿難 迦 葉な b とい ふ、 いかに も 古き 堂 にして、
柱 も 板 も ふるびた るに、 國々 の 人の まう でし 題名 こ
ちた く 書ち らして 見ぐ るし、 この 所よ. り 海面 を 見 わ
たせば、 けしきい はんかた なく、 夏の 頃 はもろ 人此堂
にの ぼ. 0 て、 凉と ると いふ、 堂の 前に 紅葉 多し、 五重
の 塔 山 王の 社な どみ めぐる に、 府 尹の 本社に 入 給 ふ
を 見て、 もとの 道に か へ .0、- 廻廊の 口よ. O..L;,o て習廊
を わた, C 、左の 方なる 客人の 神社 を拜 す、 神前の 類に
は 松の 枝 を させ. o、 廻廊の 繪馬を 見つ 、§ き、 朝 座 殿
より 右に まが. o、 拜殿 にい, 0 て 大宫の 前にぬ かづく、
大きなる 繪 馬に、 名 ある 狩 野 家の 筆 をつ くして ゑが
ける、 一 々に 書つ くしが たし、 就 殿 舞臺を 右に みや, 0
て、 大黑神 天神の 前 を 過る、 迴廊の 中に 繪馬 あり、 防
州 山 ロ庄と 書て 鹿と い ふ 宇 を ; 字 かきかた はらに 一
生長 飮 白雲 泉 橫見氏 七歲敬 書と あ. o、 また 「水 殿: 宾樓
寂寞 間 仰 看 神社 秀 林間 淸瀾洗 羽 白雲 境 碧 海 中央 一 島
閑」 延寳五 丁 巳 冬日 八歲と 書て、 ちいさき 手の 形 あ
.9、 いづれ も 書 跡 古拙に して よのつねなら す、 廊 のう
ちに 筵 まきて 嚴 島の 圖 楊枝 箸な どうる 姥ぁ b、 反 橋
を わた り て 本社のう しろに 出て あ § み、 大願 寺に い
る 無 雌の 山門に 龜居 山の 額 あ b、 , J 、に 住吉大 明 神た
、せ 給 ふ、 やう やく 午の 刻ば か. 0 なれば、 心^ づ かに
宮々 を 見め ぐらん と、 大西 町中 西 町の あた b を 過る
に、 三 線の 昔な どき - § 、久保 町た き 町 を へ て 御靈川
の 川の 橋 を わたり、 寶庫 御供所 を 右に しゅ けば、 芝居
の假屋 あり、 此 ほと, 9 に牝 鹿の むれあそびて 人 をお
それ ざれば、 試に 鼻紙 を 出して く はしむ るに、 さなが
ら飼 へる 犬の ごとし、 さきにみ し 山 王の 社 5 前より
さいの 神の 前 をす ぎて、 魚の 棚 中の 町 北;; 町 をす ぐ
小春 Si 行,
二百 ミナ I
小春 行
るに、 人家 賑は、 し、 これよ. 9 花街 も 近し とい ふ、 時 一
雨の {<H のさ だめなくて、 雨 はら とふり 來 るに 驚 一
きて、 濱の町 有の 浦の かたに いそぎて、 大 がんぎよ. OS
船に の..^ ぬ、 船 子 は 遊覧の 久しき にう みはてぬ とみ,
えて はやく も 船 こぎいで たるに、 ゆく/,、 はるかに 一
むか ふの 岸 を みれば 鳥居た てり、 地 御前 大明 神な り
とい ふ、 すべて 此 島の 事 は、 嚴島道 芝 記 ^ とい ふ も,,
のにく はしければ、 略して か、 す、 むかし 我 十 一 ニー
歳の 頃 橘 守國の 書る 繪本 故事 談と いふ もの をみ し!
に、 嚴 島の 圖 ありて、 彌 山と い へ る 山の 名 を もお ぼ 一
へしが、 今年 今 :《 此島 をみ る 事 を 得た. 0 と 思 ふに 淚 ^
さへ 落ぬ、 申の さがりに 廿日 市の 驛に やどる、 松屋:
藤左衞 門が もとな, 5、 船にのh^しょ.o時雨はれたh^„
玖 波より 廿日 市 まて 陸路 i
は 四十 八 坂ぁリ とい ふ ;
廿 三日 寅の 半に やど b を 出て、 宿の 中 を 左右に 曲
行、 田 間 を ゆけば 五日市 村 あ. o、 海 を 右に し 田 を 左 一
にしゅき て 八幡 川 を わたる、 土橋な b、 又 海 を 右田 一
を 左に しゅく を、 海老の 薩濱 とい ふ ,い
びの 坂 を 上, <y 下 て 又 右に 海 あり、 坂 を 上. 0 下る 處
を 小 ごえ 山と いふ、 人家 ゎづ かに あ, 9、 又 海 を 右に
二百 三十 二
見つ、 坂 を 上り 下れば、 人家 長く たてつい けり、 草
律と いふ、 左に 寺 あ.^、 この 所に て 夜 明 たれば、 こ
れ まで 見の こしつる 所 多 かるべし、 左右と もに 田 あ
る 所 を 行に、 右に 海ち かくみ ゆ、 左に 少し 人家 あ. 0
田 間 を ゆきて 左に 鳥居 あ. 9、 蛆を 左に し 土手に 上 b
ゆけば、 右に 田 をへ だ、 て 海み ゆ、 川 あ b こ ゑ 川 橋
を わたる、 長き 土橋な ひ、 松原と いふ 所に 人家 ゎづ
かに あ .9、 左右と もに 畑に して、 右に 海と ほくみ ゆ、
小屋川カ板橋をゎた..^て木s'に入れば、 廣 島の 城下
なり、 城下の 市町に ぎ は、 しき 事 佐嘉に まされ. o、
左に おさん 燒餅 といへ る 礼 あ. o、 右に 名 酒うる 家 あ
り、 川ぁ,^^板橋の長きをゎたる、 根 小屋 橋と いふ、
左に 本屋 あり、 左に折れ 右に 曲り て 川 あ,.^、 板 橋 あ
,0 元 やし 橋と いふ、 右に 本屋 二 軒ば か.,^ み ゆ、 左に
名 酒屋 あ. o、 九 霞 堂と いふ、 小き板橋をゎた,.^、 左
に 曲 右に まが h 'ゆけば 古着 屋 多し、 左に 小社 あ
り, こ、 を 夷町と い へば、 夷 を まつれる なるべし、
左へ 曲, り 右へ 曲れば 川 あり、 板 橋 を わたる 京 橋と い
ふ、 これまで 左の 方に 城の 門み へしが、 これよ. 0 見
へすな, OV ぬ、 川 あ.. > 板瞎を わたる、 ゑんこう 橘と い
ふ、 人家 あ..^、 こゝ にして やう やく 城下 をいで、 田
間 を ゆく、 人家 間 々あり、 左右と もに 山 ある 所 を ゆ
く、 右に 人家 あり 岩 鼻と いふ、 左の 蛆に立 岩 多き 故
の 名なる べし、 こ、 にき よらなる 家 あれば、 ^ばし
やすみて 酒く む、 右 か たに 田 面 はる かに 見渡され
て、 朝日の かげ さやけ し、 田 間 を 行けば、 一 里 塚と 見
えて 左右に 松 あ b、 土橋の 長き 川 を わた. 9、 田 間 を
ゆく 人家 少し ありて 鍛冶 多し、 田 間 を ゆきて 蛆を右
にし 田 を 左に し、 又 田 間 を § き 人家 を こへ、 田 間 を
§ きて、 海 田 市の 宿に い. 9、 脇 本陣 猫 屋新太 郞がも
とに 晝 休す、 家居 あらたに たてつい けて、 庭に 松 あ
り、 長 門の 船 木 あたりより これまで、 食物の 味よ ろ
しからね ども、 飯 は 精 をい と は ざ りき、 これよ. 9 し
て 飯の 粗に して 糠く さき もま じれり、 姬路 よ, 9 して
東 は 食 味 ふ もに よろし、 宿 をいで、 田 間 を ゆけば、
人家 まれに あ..^;; パ, 田 間 を ゆきて 土橋 を わたれば、 人
家 少し あ. o、 川 を 右に し 田 を 左に し § くに、 人家 わつ
かにみ ゆ、 左に 寺 あり、 一 里 塚 あ, 9 て 左右に、 松 をう
えたり、 田 間 を 行て 坂 をす こし 下れば 人家、 ま、 あ, 9
又 田 間 を ゆきて 人家 あ b 中 野と いふ、 左右に 連山ち
2" 紀 行
かくみ ゆ、 田 間 を ゆきて 坂 をす こし 下れば、 蛆を左
にし 瀨尾川 を 右に す、 人家 ゎづ かに あ, 9 中 野のう ち
な. 0 とい ふ、 松 間 を ゆき 田 間 を ゆけば、 一, 家 あり 下
瀨尾 村と いふ、 相屋 といへ る 家名め づ らし、 小 流の
土橋 を わた.^ て、 右に ゆけば 人家 ま、 み ゆ、 川 を 右
にし 畑 を 左に して 行、 又岖を 左に して 川 を 右に して
§ けば、 人家 まばらな, り、 人家い さ、 か兩 側に たて
つ いける 所 を § くに、 左に 水車 あ b 、また 寺と ほくみ
§ 、川 を 右に し § きて 土橋 を わたれば、 川 を 左に す、
坂 を やう) C 上 ゆきて 人家 まばらな hv、 ゆき^..^
て 急なる 坂 を 上 b て 大山な, 9、 こ、 に府 尹の 野 立場
あ. o、 夫よ, 0 坂 を 下る 事 急な, o、 此邊に 一 里 塚 あ, 0 し
かと 覺ゅ、 赤土 ある 山に 松ば かり 生 ひ ゑげ. 9 て、 周
防路を ゆく がごと し、 すべ て安藝路にぃh^て寺社す
くな し、 道の かたへ に石佛 なし、 飯 田 村と いふ 所に
て、 左に 妙 福 寺と いふ 寺 あ, 9、 日達宗 とみえて、
題目の 碑た てる もめ づ らしく 見なさる、 坂 あ. 9 左右
に 山 を 切通した る 所 を 上 b 下りて、 又 小 坂 を 上り 下
りて、 赤き 岸 高く 峙 たる 坂 を 下る 事 長し、 家 少し
あ. 9、 田 間にいて い 土橋 を わた, 0§ 畑 中 を ゆく に、
二百 三十 三
小春 紀行
雨 ふ. 9 求れ.. > 、暮の 頃に 西條 四日 市の 宿なる、 角屋六
郞兵衞 かもと にや どる、 こ、 は 造 酒屋 なれ ど わびし 一
き 所に して、 食 味よ ろしから す、 海 田 市に てとりた る
壮蠣を 贈る もの あ b 、とく 調理して 酒 をく む、 こ、 に
て從者 ども 餞 を かひし に、 丁錢ー 一 百 文 を 一 のさし に
つらぬけ る もお かし、 け ふの 道 十 里 半と はい へれ ど、
E4«rJ . 1 ぶ 安藝 路 に は 四十 二 町 一 里む あ リと云 七十 町 一
mfw I fflf f m: も,? リ といへ ど J- 信用し がた こ 人夫 は 道の
いと ひ 圃人は 地の 廣きに ほ、、
リズ かくはい ひなら はぜるな るべ し
廿四: n 天氣 よし、 夜 あけぬ うちに やど. 0 を いづるに、
左に 鳥: S ^あり、 ra 間 を § く 事 久しくして、 岖を右 * にし
畑 を 左に し、 土橋 を わた. 9 て 松林の 巾 を ゆく 事 長し、
坂 を 上れば 松 山と いふ 所に して 野 立場な. 9、 坂ニッ
三 ッ こぇゅけども^^ぃまだぁけねば、 道のほと..^な
るたい 松の もへ さしに 木の葉 を そへ て、 人夫と も燒
火して あたる さま なれた, 9 、石た,. > と いふ 所に て、 人
家い さ、 かみ ゆる 所な..^、 長き 坂 を 下. 9 て 右 は 姐、
左 は 谷川に そ ひゆけば、 人家 ま、 あ b 、此 所に て やう
やく 夜 あけ たれば、 これまでの 道 さやかに も覺 へす、
谷川の 十-橋 を 左に わた,. > て、 人家 まばらな り、 障子
に 竹 原 西 野 村と かける をみ き、 左右と もに 畑 あ. 9 て
二百 三十 四 I
山 近し、 かの谷川を左にしてゅげば、左に禪寺ぁ..^、
i 大悲閣 とい ふ 額 を か、 ぐ、 左の かた へ に 地 藏堂ぁ b、
きの ふ 妙 福 寺 をみ しょ, 9 こなたに 寺な し、 鳥居 をみ
や、 道の 側に 石佛 もな し、 岐路 あ..^ 右 竹 原 道、 左上
方 道と 記せる 石 表 あ b、 土橋 を わた. 0 左に 曲, 0 て 畑
中 を ゆけば、 人家 ま、 あ.^、 又 十: 橋 を わた b て、 い
さゝか 人家 ある 所 を 溜り 市と 名づ く、 又新庄 村と も
いふ、 蛆を 右に し 田 を 左に す、 田の むか ふ は 山な.. >、
又蛆を 左に し 谷 を 右に して、 やう やく 上 b ゆく、 坂
の 長き を か はら 坂と いふ、 坂 を 上 b 下る 事數 あ, 0 て
川 を 左に し蛆を 右に す、 人家 まばらに み ゆ、 左の 鳥
居の たてる は 天滿宮 にやさ だかなら す、 右に 川ぁリ
左に 石山 ありて、 左に 鳥居み ゆ、 人家 ゎづ かに あ- 9
て 南方 村と いふ、 札に 廻國の 僧の た ふれ もの あ, 9、
所緣の もの あらば たづね 來れ とい へ る 事 かきし も あ
はれな b き、 土橋 を わた て 田 間 を ゆく 事 長し、 左右
に 一 里 塚の 松 あ, 9、 土橋 を わた. て 人家 あ b 小 柳と
云、 田 間 を § くに、 所々 に 人家み ゆ、 川 ありぬ た 川と
も本鄕 川と もい ふ、 長き 假橋ぁ b て水淺 し、 怒 田木鄕
の 宿に い b 、米 多 尾 勇 二が もとに 晝餉 す、 養老の 額に
春 水 書 あ.^、 春 水 は 安藝の 儒官 賴 千秋 I 太 の號 な. 9
祗^I會のかたかきし屛風ぁ,.^、 此 宿の 一 寺に 小 早 川
氏 等の 古き 塚 あ.. > と いふ 事 を 後に 聞し が、 此 日^ら
すして 見す ぐせ, o、 宿 を 出て 右に 曲り、 土手の 上 を ゆ
くに、 今朝く もれる 空の はれわたる もうれ し、 左右に
田 あ.^、 右に ぬた 川 あり、 時雨の. S さだめなくて 又 ふ
り來. りしが、 田圃 を こえ 土橋 を わたる 程 もな く又晴
ぬ、 左に 石 壁 あ-.^、 右に 田 あ,.^、 畑 あ..^、 人家 まゝ ある
所 を へて 土手 を ゆく に、 左右に 小 竹お ひし けれり、 怒
m 川 を 右に し 田 を 左に して 土手の 上 を ゆけば、 人家
あち 角 倉と いふ、 又木の 花と もい ふ 立場な b 、坂 を 上
下れば 右に 從是 東備 後國、 從是西 安藝 國界 とい ふ
事 を 記せる 石 表た て. o、 右の かた を はるかに 見れば
海面 遠くして、 三 原の 城壁 白く みえて 絶景な b 、田 を
右に し 海に むかひ ゆき、 又 田 を 左に し 山に むかひ ゆ
く、 土橋 を わた b て 左に 鳥居 あ, 0 石燈 籠に 祗園 社と
4^-るせ.0、人家ぁ,0かぃ町と云、左に大きなる寺ぁり、
白壁と ほぐ 見 わたされて、 松の 並木 あ hv 、川 を 右に し
蛆を 左に して 三 原の 城下に いれば、 市中に ぎ は、 し
かねてき ゝし妙 正 寺 をと へば、 城のう しろの 方な り、
左の 方." 細道 を ゆきて、 やう やく こだかき 所な り、
門に 無量 山の 額 あ.^ g 堂に 正 壽院の 額、 また 妙 正 寺
の 額 あり 額 門に 入て 左の かたに 番神堂 あ. o、 七
面 大黑を も あはせ まつれ り^が 又鐘樓 あり、 あるじの
$5 とく 出む か へ て、 此 寺に 題せ る 詩卷ぁ またと b
出て みせし む、 皆 知名の 士の 題す る處 なり、 いにし
年 わか 友 山 田松齋 g§ 字 の もとめに よ,.^ て、 三 原の
宇 土士龍 g の 潮 鳴 館なら びに 妙 正 寺に 題せ る 詩つ く
b し 事 あ, 9 しによ, o、 三十 年 もす ぎて、 此 地に 求れ
る 事、 因緣 あさからざる ためし なるべし、 主の 僧い
はく、 此 寺に は淺野 甲斐 守忠 口、 法號大 智院と 申せ
し を、 中興の 開山と す、 書院はその時のまゝなh^と
いふ を 見る に、 竹の 欄間と て 古 質なる 屋作. 9 な, o、
すべて 本堂 玄關 庫裏の かたまで、 白壁に て 丹青の 彩
なく、 黃檗 派の 寺の ごとく、 日 達宗の 寺と はみ えす、
寺よ.^ 見る 所 は 藝備の 間の 海山 行か ふ 船の 帆影、 筆
にもつく しがた し、 日 もはや 未の あゆみち かければ、
いそぎて 寺 を 出て 三 原の 城の 門に い. o、 又 門 を 出て
三 原 東 町 を 右に まが. 9 行、 左に 石 坂た かくみ えて、
坂の 上に 鳥居 あ, o、 左に まが, 0 て、 惣門を 出て 入海
小春 紀行
の 松原 を ゆく、 蛆を 左に し、 海 を 右に して 濱邊 をつ
た ひゆけば、 島々 ちかく 見え わた, 9 て、 船の 帆の 飛
かふ さま 目 も あやな. 9、 道の かたへの ーッの 松の も
とに 石 表 あ. 5、 奉 寄進 八幡宮 御 神前 下 之寶石 也-とい
ふ 文字 を ゑれ. 9、 左に 松の 林 あ. 9 て、 絲崎 八幡宮た ゝ
せ 給 ふ、 宮の 前に 茶店 あ.. y 、こゝ にしば らく 休みて そ
ば麥を 食、 酒く む、 此 あたりの 童の 二人 三人 あそび
たはむ る、 を 見て、 心 を なぐさめつ、 海 濱にそ ひて
§ く ,0 もな く 山道 をた どるに、 日暮 ぬ、 人家 あ. 0 漁
人の やど..^ なるべし、 九折なる 山道 を 下 .o て、 やう
く 尾 道の につく、 西の 刻す ぐる 頃な..^、 尾 道の
宿は賑 はしき 所な. 9、 左に曲,.^右に曲,ゥ て脇本陣鐵
尾 庄十郞 が もとに やどれり、 此 所の 本陣 はむかし 豐
臣太 開の 本陣に して、 家居 も その ま、 あ b と 聞し が、
府 尹の やど..^ 給 ひて、 ^はとざし たれば 見 ざ しも
ほゐ なか.. > き 、宿の あるじ 予が書 を こふに まかせて、
書て 贈り 妙 正 寺に おくる 詩 を も 託しぬ、
廿 五日 空 はれたり、: 寅の 時す ぐる 頃に 出た つ、 左右
ともに くらくして 昆 わからす、 高き 坂 を 上, 0 てす こ
しづ、 下る 事 三度ば かりと 覺 へしが、 蛆を 左右に し"
二百 2 十六
て 田 間にいで ゆく、 右の かたに 海み えし 時-? あ,^、
大 坂の 上に 領分の 驟 あり、 これよ は 阿部 主計 頭の
領 する 所な .0、 川尻 川を假 橋に てわた, 9、 今津 とい
ふ 所に いたる、 人家ゎづかにぁ-.^、 こゝ にて 人馬 を
繼な b、 今 津川を わた, 9 て 左に 寺 あ, 9、 又 小社 あ b、
小川 を かち わた りして、 田 間に 出れば 人家す こしみ
ゆ、 小 坂 を 上る に 日 はじめて 山の は を 出た b、 蛆を
左に し 田 を 右に す、 田の むかひ は 山な. 5、 土橋 を わ
た b て 左に 鳥居み ゆ、 又 山の 上に 石た てる あ, 9、 人
家 ある 處を三 之 越と いふ、 田 間 を こえて 左に 鳥居 遠
くみ ゆ、 又 道の ほと hN の 墓に 正月 十九 日とば か りゑ
り たる は、 誰 人の 墓に やと 覺束 なし、 道の ほと りに
四 本 柱に 板 敷し きて、 茅 ふける 堂 あ. 9、 高き 棚 を 架
して 石佛ぉ ほくお さめ 置 b、 いかなる も のぞと とふ
に、 これは 一 夜こもりてぁかす堂な,9とぃ へ ^投
一』 ぱれ! :^:^sss: 左に 寺 遠 < み ゆ、 土橋 を わた b 一
て、 左に 大師の 形の ことき もの を 刻める 石 あ- 5 て、 大
師 講中 畑屋 村と ゑれ り、 左右と もに 一 面の 畑と な- 9
て ひろし、 石橋 を わたるに 砂 川に して 水な し 右に 小
社 あ b 、左右に 複 一 本づ 、植し は 一 里 塚なる ベ し、 小
さき 石室に 石 を いれた る を 三つば か. 9 も 見た. o、 右
は 田圃 を へだて 、山 遠く、 人家な し、 左 は 畑 を へだて
、人家 多くみ ゆ、 左に 鳥居み えて 山ち かし、 すべ て 今
津ょ b 東 は 平にして、 あゆみ もく るし からす、 堤に 上
れば 右に 岐路 あ, o、 右に 一 の 山ち かく 橫 たはれ b 、川
を 右に しゅけば 制 礼 あ,^、 鄉谷村とぁ..^、 左の 山ぎ
はに 題目の 碑 あり、 延寶四 丁 卯 八 =: 四日と るせ, 5
右に 岐路 あ.^、 中 津和川 を 舟に てわたれば、 一 里 塚
f、 左右と もは槓 にして 左の かたは 枯 たり、 人家
すこしみ えて 左に 岐路 あり、 石 州 道な り、 これよ
三十 五 里な. 9 とい ふ、 川 あり 鶴が 橋と いふ 橋 を わた
..^て、 川 を 左に しゅけば 人家 ありて 渔食を ひさぐ、
右に まろく 大 なる 山 二つば か. 9 あるが、 ふもとより
いた い きまで、 sl$々 にき,^^ひらきて白Bとなせ,o、 猶
も 田 を 左に して ゆく に 岐路 あ b 人 自是 東上 方 道、 南
ふく 山道、 西 九州 1 退と い へ る 石 表 あ..^、 此邊 は橫尾
とい ふ 所な.^、 右に山め.h^松多し、 田邊を ゆきて、
神邊の 宿に いり て 脇 本陣 i せ浪" は 助が もとに 晝の休
す、 こ、 に菅太 仲と いへ る學者 あ.^ とい ふ 事 をき け
り, 又此 あた b 近き もの 梳練, 辆 にて つくれる 千と
小 春 紀 d
せ 紙、 ならびに 名 酒 を持來 b て 書 を こふ、 日 みぢか
く 先 をい そげば、 今宵 矢褂の 宿に て 書て 便に つか は
すべき よしをい ひて 立 出づ、 右に 寺 あ, o、 右に 曲. 0
左に折れ 右に 曲.^ て 宿 を いづる、 宿の 中に 神 邊大明
神 日 參と染 たる 幟 ま、 あ hN、 畑 中に 出れば 右の 山の
下に 鳥居 あ. o、 人家す こし あ,. M し 田 間 を 行に、 左に
小社み ゆ、 川 あ 石橋の 長き を わた hs、 川 を 右に し
田 を 左に して 堤の 上 を ゆく、 左に 砂 川 ありて 水な し、
左に 人家 あ.. >、 又 国分寺と いへ る 石 表 あ. 9、 左の 畑
に 鳥居み えて 人家 まばらな.. 9、 また 左の 方に 鳥居 二
ッ ばか hN もみえ しが、 一 ッは 山の 上に 一 ッは畑 中に
たて, 9、 左に 寺 あ. 0 人家 あ, o、 左右に 畑 ある 所 をへ
て、 左の 山の もとに いれば 農家 ゎづ かにみ ゆ、 左に
例の四本柱に茅ふきの堂ぁ..^、 山 を 左に し 畑 を 右に
して ゆけば、 左の山の上に八幡宮ぁ,^\ 左に 番所 あ
b て三ッ 道具 はたて たれ ど、 障子 をた て 人も岀 す、
右の 木の下に 自是西 福山領 と.. へる 石 表 あ h^、 左に
小社 あ. o、 又 寺 あり、 高 尾の 宿に て 人馬 を繼 く、 制札
に 今衬と あ. 9、 左に 是 より 備巾 第八番 高山 寺 十八 町
とい へ る 石 表 あり、 又 四十 瀨 十三 丸と い へ る藥 うる
百 三十 七
小春 紀行
家 あ..^、 左に 寺 あり、 宿 を 出て 砂 川 を 右に しゅけば、
田 を 左右に す、 右に曲.^左に折れて右に藥師堂のち
いさき あり、 右に 岐路 あり、 天 照 太 神の 石 表 あり、
左に 題目の 碑ニッ までおて,.^、 人家 ゎづ かに ある 所
をへ て 右に 小社 あり、 左に 八幡宮 あ. o、 人家 あ. o、
いづ 江村と いふ、 右の 山の 上に 岩山 大明 神の 社 あり、
こ、 に 岐路 あ b、 左の 方に い, 0 て 田 間 を § くに、 け
ふ は 岩山 大明 神の 祭な とて 太鼓 をう ち、 寶螺貝 を
ふき、 田の かたはらに 木 の ごとき もの をた て、 白
き 紙 を ほそくき b て、 板の 四方に は b て 釣.^ た 、あ
げ まきうな, Q 子 よろこび たは ふれて、 祌 主の あとに
> "たが ひゆく さま ひなびた.^、 右の 石 表に 南無 阿彌
陀佛. i ゑ. 0 て、 寶-朥 十 一 年と あ, o、 七 H 市の 宿に て
人- をつ ぎ ゆけば 左に 祇圚社 あ- 9、 七日 市 川 はか. 9
橋よ, 9 わた.^ て 川 を 右に しゅく、 人家す こし ある 所
を 西 原 村と 云、 田 間 を ゆきて 農家 多し、 今 市の 宿に て
土橋 も あ. o、 宿 は 長 けれど 町家 はすくな し、 左に 鹿
嶋大 神の 鳥居た て. 9、 田 間 を ゆきて 土橋 を わた. o、
農家 ゎづ かにみ ゆ、 H 間 を ゆく 事ゃゝ 久しくして、
蛆を 左に し 川 を 右に す 毗道を 上. 0 ゆけば 人家す こし
ばか. 9 あ. o、 小 坂 を 下. 0 て 左 は 畑、 右 は 川な. o、 人
家 あり 堀 越と いふ、 ある 家に 逼塞の 二字 書た る 札 か
けたる あ, o、 川 を 右に し 畑 を 左に して、 ゆく/,. » 左右
ともに 畑と な b て、 十字の ちまた あ h -、 田 間 を ゆく
に 一 里 塚 あ.. >| 右 人家 ゎづ かに 左の かたに ある 所 を
へて、 田 間 を ゆけば、 左に 鵜江宫 とい ふ 額 かけし 鳥
居 あ,. >、 堤 を ゆく に 右に 竹 多し、 矢 かげ 川 を か.^ 橋
よ b わたれば、 川 邊に竹 多し、 矢掛の 宿の あるじ 山 名
望右衞 門と て、 書 龕 を このみて 風雅なる おの こなり、
故に 此邊の 書 人好士 など 問來. -て、 夜す がら 物が た
れ. -、 聚遠樓 の 額 あ. -、 觀鵞道 人の 書な. 4f 、水 蘋碗
の 額 は 吳趨の 程 赤 城 書な,^、 床に かけし 一 幅に 詩 あ
b 、「半夜 孤 船 驚 客 眠 子規 啼血倍 凄 然聲聲 忽入西 山 月
終是 江南綠 水邊」 藤 正文-と あ, 9、 ふすまに おした る 書
書 も 目を悅 しむべし、 朱 子の 墨 本 をみ しに 「煙 嵐 一 族
峙崔嵬 到此令 人心 自灰上 有 神仙 不知 姓 洞門 閑 倚 白雲
開」 晦翁 書と あ. 9、 此頃 旅路の 境界 此 詩に 盡せ. -、 今
宵來, > 話せし 人々、 山 名 永 策 IggI 中 西 八十 右衞
門 I 政 赤松 半 一一 一 郞 字 等 也 山 名 は 醫生 にして 赤松 は
書 人な り、
二 HS11.hr<
小春 紀行
一 百 三十 九
廿六 = 夜 明て たつ、 宿の 右に 寺 あり、 田の むか ふに
鳥居 あ. o、 石 壁 を 左に し 田 を 右に しゅけ 5H、 ^al^
路 あ.^、 左に ゆけば 人家 ゎづ かにみ ゆ、 東 村と 云、
左に 石の 藥師佛 の 堂 あ. 9、 井土 寺と い へ る 石 表 あ, 9、
左に例の茅ぶきの堂ぁ..^_嗰;:^ぉ 左 は 岖右は 田に して
人家 まばら 也、 左に 杭 あ b 弘法 大師 尊 掘 出 日出と あ
て、 末の 文 宇 をよ まんと する 間に、 輿 かく もの ゝ
足 を はやめて 見す ぐせ しも ほいな し、 又 左に 社 あ. 9、
大 なる 山 あり、 山際に そ ひて 蚍道を 上る、 右 は =. な
り こ、 は妹衬 とい ふ 所な. 0 とぞ、 川の むかひに 松
茂りたる山ぁ.,^、 土人に とへば 猿 かけ 山と いふ、 こ
、は 雄 琴の 里と て、 むかし 吉備公 この 所に いませし
時、 禁中に 管 終 あ. 0 し 時、 彌 高山の 麓に 一 の 石牀ぁ
り, この 石牀 にいまして 琴 を ひき 給 ふに、 山川 をへ
だて、 帝都に ひ 3« きしゅへ、 此石を 名 づけて 琴 ひき
石と いひ、 その 所 を 雄 琴の 里と いひ、 彌 高山のう しろ
の 山 を 音 高山と いふ、 金 葉 集敦光 卿の 和歌に、 「松風
のお ことの 里に かよ にぞ おさまれる 代の 聲は きこ
ゆる」 と あ b など、 此 あた. 0 の吉備 寺の 緣 起に は る
せ.^、 田 間 を ゆく に 人家 ゎづ かに 二 so め. o、 左に 曲
一 b ゆけ は、 右の 姐に 八幡宮 あ. o、 人家い さ、 かみへ
て 右 は 畑な、 り、 ゅき/^て人家ぁ.^^尾崎とぃ へ る立
場な, 9、 これよ. 0 三 四 町 ゆきて 八田衬 にいた る、
^ れカ 左に 人家 二三 あ. o、 吉備 大臣 廟 前へ 三 町と
いふ 石 表た て, o、 左の 小路に いれば 山の 入口に 鳥居
ありて、 鄕崎大 明 神と 額 かけし 小祉 あ, o、 又 天満宮
f 、 吉備 公の 御 墓の 前に 石の 鳥居 あり、 吉備 大臣
とい ふ 額 を かく、 御 墓 は數十 弓の 地 を はら ひきよ め
て、 平なる 所な, o、 ちいさき 石の 塔 あ,^ て、 古き も
のとみ ゆ、 石の 玉垣 石燈 籠な ど 殊勝に み ゆ、 幼より
書 をよ む 事 を 得し もみな 吉備 公の 賜な. 0 と、 あまた
ゝ びぬ かづく に、 淚まづ 落ぬ べし、 めぐ b にさ、 やか
なる 紙の 幟 をた て \ 、大願成就 など かける を、 何のた
め ぞと問 ふに、 口中 を 病む もの 願 を かくれば. るし
ありと いふ もお かし、 右の かたの 道 を ゆけば 樓門ぁ
り、 鏡 林 山の 額 をかゝ ぐ、 これ 吉備 寺な. o、 4i! 寺 は 行
基 菩薩の 開基に して、 本尊 藥師 如來 はすな はち 行 基
の 作な b 、吉備 公の 書 像緣起 等を納 むと いふ、 いにし
へ七堂伽藍ぁ.^>しゅ へ 、 今 も 古 1^ を 得る もの あ. 010
きゝて 畑の ほと, 9 を 見る に、 げ にも 碎けで る i 一
小春 紀行
二百 四十
ッニッ 見 ゆれば ハ ^ひて 行囊の 中に 藏む、 又此 所よ
b 三 町ば か. 0 東: H 師 谷と いふ 所に 天 原と い ふ 所 あ
り、 これ御館の跡な..^.• 子洒 川と いふ も 同じ 所に あ
b て、 一名 星の 井と いふ、 吉備公 誕生 まし ませし 前
夜、 一の 星 井の 中に 落し ゆへ に、 是を產 湯 S 水と せ
しな ど略緣 起に は 見へ たり、 小路 を ゆきて 右の かた
の 堤に 出れば、 こ、 にも 石 表 あ, 9 て 吉備公 梭へ三 丁
とタ (るせ,.^、 田 面 を ゆきて な \ めに 右に 曲れば、 小
き 石橋 あり、 從是東 岡 山と いふ 石 表た て.^、 人家す
こし あ. 0 て、 石梳を わにる 砂 川な, 9、 これまでの 道
法 三 里と いへ ど、 五十 町 道 二 里 七十 二 町 道 一里 あ. y
と、 輿 かく もの 、語る はまこと にや、 いかにも つねの
三 里に は あらで 長 /(-> しく 覺 へしな,.^、 河 部の 宿に
いりて、 脇 本陣 日 枝 安兵衛が もとに 晝餉く ふ、 此宿
の 中なる 逍三尾 とい ふに、 五十 瀨道三 丸と いへ る 招
牌 あ b、 きの ふ高屋 とい ふ 所に 四十 瀨 十三 丸と いへ
る藥ぁ し は、 . ^藥を 資て ひさぐ にやと おかし、 宿
の 人家に 儉 約と いふ 礼 かけし あり、 又 勘 略と いふ 札
もお り、 か、 る 礼 を かけて 諸勸 進物 もら ひ 等 を ふせ
ぐた めなる べしと おかし、 右 從是藏 鏡 寺 一丁 餘 とい
へる 石 表 あ. o、 是ょ b 左の 堤の 上に 渡 場 あ. 0 とい ふ
制札 あり、 河 邊川船 わたしな, 9、 水 濁れる は 川上に
て 銅 を ほる 故な h とぞ、 河原の はい 大 二して ニ瀨に
ながれて、 中に. 土手 あり、 一 瀨は濁 b 一 瀨は 濁らす
人家い さか あ. 9 て、 左へ 曲.^ 右に 曲る、 田圃の 中 を
行ば 左に 人家す こし あ b て、 堂 一 軒 あ.. >、 一 里 塚 • と
見えて 左に 松 一 本 あ. o、 右は枯 たり、 左に 從是東 岡
山 入 組、 從是西 岡山領 とい へ る 石 表 あ. o、 小 坂 を や
、上り, 下りて 左右に 蛆 ある 道 を 下り ゆけば、 左は蛆
右 は 田な,. >、 田 間 を § きて 人家 あ 诚 I- 山手と い
ふわび しき 所な り、 田 間 をす ぎて 人家 あ,.^、 名物 チ \、
ろざけ 燒掛 もろはく とい ふ 札 かけた る 家 多し、 こ、
も 又 山手と いふ、 田 間 を ゆきて 左に だいせん § ばら
道と いふ 石 表た て b、 人家 あ,^ 又 山手と いふ M ,^ま
こ、 に 名代まん おうとい へる 招
牌 あり、 左の 田 間に 大きなる 寺 あ.. >、 これ は備 中の
國分 寺に して、 太閤 高 松の 戦の 時、 打 死した る 淸水長
左 衞門か 墓 あ, りと い へ ど、 道より 五六 丁 もへ だ、 b、
H もみお かければ 見過しつ、 田 間 を ゆきて 左に 從是
西 岡 山 額と いふ 石 表 あ b 、又 田 間 を ゆく に 岐路 あ,.. -、
右の かたに ゆく、 右に 松の 林の 山 あ b、 左 Jffl に
水 多し、 右の 松林の 中に 從是西 岡 山 m といへ る 石 表
f, 右の 松林に そふて 小路 あれ ど、 左へ ゆく 人家
f、 千 束と いふ、 こゝ にも 饅頭うる 家 あり、 一里
塚 あ.^ 右 は 松 左 は複な ..^、 蛆を 左に して ゆく^^ 左
右に 蛆 ある 所 を 下れば、 左の 姐に 日 泉 山宗泉 寺と い
ふ 寺 あ. o、 右のかたに人家ぁ..^矢部,>」云、 矢 部 川の
假橋長 し、 田 間 を ゆく に 一 尺ば かりの ちいさき 石の
宫 あり、 人家 ある 所 をへ て、 田 間 をす ぎ、 人家 あ. 5
板 倉と いふ、 此 宿に 刀 脇 指鞘師 あ..^、 又宫. s: 村 何人
御衍 山田衬 何人 川 入 村 何人 東 花 村 何人な ど 家の 戶ロ
に 張 礼せ しもめ づ らし、 中 山 堂と い へ る 筆屋、 奇妙
院 といへ る屋礼 あり、 左に 本尊 藥師 如來、 弘法 大師
璃瑠 光山、 玉 泉 寺 道と い 人る 石 表た てり、 右に 石の
大 鳥お あ, o、 これ 士ロ備 津宮な b、 大門 長く して 兩側
に 松の 並木 あ b、 盥石 あ. 0 淸淨 水と ゑれ b、 手 あら
ひ 口す、 ぎて 石 坂 を 上る 錄;^ ^ 拜殿 にぬ かっきて 仰
ぎ 見れば、 大きなる 竪額ぁ b て 吉備津 宫とぁ b 瞎ぽ g
ゆ^か 右の かたなる 囘廊を 下る 事數百 間にして、 又 右
の 方に 曲れば、 竈に 釜 を 一 一 ッ ならべ て、 右の かたの 签
小 春 iarl^
に戠を かけて、 御供 米 を ふかす と 云、 签に注 連繩を
引、 これ 鳴 音 をき く签 なり、 左の 釜 は 朝夕の 御 膳 を 炊
て 備 ふとい ふ 二人の 老女 釜の 前に 坐して もし 初穗 i
y を さゝげ てこ へ ば、 签を わかし その 鳴 音 を 以て 吉
凶 を 占 ふ、 每月 十九 日に 此祌を まつる と 云、 囘廊の 半
よ b 卞. 9 て 門外に 出れば 人家 賑ひ あ. 9 1515 まェは
_仏 右に 高き 山 あ. 0 權現 山と いふ、 又 右に 大 なる 石の
鳥居 あ b て 宮居うる はしく み ゆ、 これ 備 前の 一 の宮
な,.^ と 云、 左に 石 表 あ. 0 自是東 備前岡 山と ゑれ b、 一
の 宮に池 あ-り、 中島 あ.. 、社 あ b 、石 坂の 上に 山門 あ
り、 門前の 人家 をへ て 石橋 を わたり、 田 間に 出れば
川 あ, り 早 川と 云、 土橋 あ .91^1:* 左右に 人家 ある 所
を 八 坂と 云、 蛆を 右に して 畑 を 左に し、 小 坂 を 上れ
ば 右の 蛆に石 多し、 左に 人家 一 Bosh^、 坂 を 下れば
左に 題目の 碑 あり、 この あた b より 雨ふりいで、 從
者と も 傘よ 雨つ、 みよと さはが し、 右に 曲れば、 人
家す こし あ b て、 わびしき 所に 御 袴 上下 仕 立と いへ
る 札 出せる もめ づ らし、 右の 片側 町 を 過て 兩側 町と
なれ. o、 人家に ぎ は、 しき さま、 岡 山に 近づ きし 事 を
覺ふ、 左に 鳥居 ぁリ、 寺 あ..^、 市中に 飮 食の 店 多し
二百 四十 一
小春 紀行
一膳め しに さいと 書る 札 多し、 名物よ もぎ やき、 む
ら さきな どかけ る も あ b 、左に 題目の 碑 あ, C, 、左右に
田野 ひらけた る 所な り、 岡 山の みえて 田野の ひろき
經界の 正しき、 ミこと に 沃野 千里なる べし、 城門に
いれば 兩 側の 人家 賑ひ あ. M」、 一町 ごとに 案 內のも
のか はる/.^ 先 だち §/、、 城門に 入て 侍 屋敷 あ. o、
市中に 右の ぼ" 道、 左く だ.. > 道 など 石に ゑり てた て
たる あ. o、 岡 野: 兵衞の もとに やどれる に、 雨い
よ/^ ふ. 0 き. 0 て、 物 さびし、
廿七 H 雨 ふれば、 夜 明て 岡 山. の やど, 9 を 出、 市中 を
へて 左に 曲れば 右の ぼ b 道、 お 下. り 道と るせ る 石
表 あ. o、 大 なる 橋 を わた .o§ きて 川 あり、 船つ きな
b» 川 は 一 ッ にして 橋 二 ッかゝ .0、 5^ の 下 は 畑と な
れる あ. 9、 郭門を 出: 右に 高き 山 あ.^、 山の t に 塔
たかくみ ゆ、 右に五:白阿羅漢とぃふ石表たて..^、 出
間に; 燈ぁ, -、 施主 午の 年と かける もお かし
5gB^"?!:JI.」 土 平 を 切通した る 所 を 過て、 右に 芝 ふ
せた る 場 あり、 御用 御 野 御 休 所と いふ 札 をた つ、 人
家ゎづ かに あ b、 右に 曲れば: 里 ¥ めり^^ I た 田
問 を ゆけば 人家 一 一三 戶四五 づ 、ま はらに あり、 此
二 十二
杷の花 さける をみ て 目 を よろこばしむ、 右に 神社の
ことき もの ありて、 鳥居な し、 左に 人家 五六 E' あ
り, 田間をゅくに人家七八m'ぁ..^、 又 E 問 を ゆく 事
久しくして、 蛆を 左に し 田 を 右に す、 £問に應<^!:の
ごとき もの あ. o、 農家 ゎづ かに ある 所 を 過て : M 塚
ぁ..^§§ 雨 夕 "き, りに ふ b て はれが たし、 跡の 方に 岐
路 あり、 人家 ある 所の さし 入の 左の かたに 小社 あ.^、
藤 井と い へる 立場に して、 人馬を繼所な..^、 岡 山の
藩 中の もの、 領 する 所と 云 * 左に 鳥居た て、 額 あ. 9
しが、 輿の 中に て 見す ぐし つ、 右 は 田 左 は 山 畑に し
て、 人家 ミ、 あ. o、 岐路 あ. o、 右の かたに ゆく、 右
大 坂道と いふ 石 表 あり、 蛆を 右に し W を 左に して ゆ
けば、 農家 ゎづ かに あ,. >、 松の 林 を ゆく に 左右に 若
松 多し、 土橋をゎたる^^ゅ.^川を砂川とぃひ、11^|を^
ま I
橋と いふ、 人家 あ b て賑 はし、 なら 原と 云 小 流の 橋
を わた けば、 石橋の 上に 土 をし きたる あ り、 こ
れ まで 石の 緣 ある 土橋 はみ な 石橋な,^、 人家 あ. 0 多
く は 農家な. -、 六 肋膏藥 あ. 9 とい ふ 招 牌 あ,^、 小 流
を 右に し、 や、 行て 板 橋 を わた. o、 小 流 を 左に す、
左に 土橋 かゝ. ^たる 小 流に そ ひゆけば、 江 SS にある
所の 葛 西の 船 堀の けしきに 似 かよ ひたり、 左に 鳥居
あ. 9 大宮の 額 を か、 ぐ、 山の 上に 社 高く み ゆ、 人家
あ. これ ひこ 市の 內な. 0 と 云、 土手 を 下,^ て 左す
れば 人家 阪. は、 し、 ひと 市と 云 5„ f 土手 を 上れば
右に 川 あ b、 人家 も あ. o、 吉 井川 は 船 わたしな b、
水 の 靑 くして ながれ あらし、 所々 に 石垣の 出しと
いふ もの あ b て、 水 を ふせぐ、 河原 もまた ひろし、
土手 を 上れば 川 左に あ b、 川の 中に な、 め に 石 を
ならべす えて 水を瀨 ぎる に、 水 昔た かく 聞 ゆ、 水
上に は 水 をた、 へ て 水鳥 多し、 土手の 下 に 人家い
さ、 かみ ゆ 右 土 f 5 上 を ゆく に、 左右と もに 畑な
b、 右の 松の もと」 神社の ことき ものうし ろむ きに
力 b て、 鳥 なし ばて 左に 山道 あ b、 從是熊
出道宮 まで 四十 五 丁と ゑれ る 石 表 あり、 右に ゆけば
左右と もに ffl あ b、 畑 あ .0 農家 少しく み ゆ、 左に 制
礼 あ. り、 是 より 西鐵 砲う ち 申 事 かたく 禁制の 事な b
慶 安四 年と 有、 にはかに虱かは.^て寒,、、 さや、 晴
なんとす、 農 《六 人 J 'がくた てつい けたれ ど、 わびしき
さまな,"、 左に 鳥: up あ. o、 こゝ はか ゝ m' とい ふ 所な
り、 六 介 膏の礼 多く 又 六 介こう 藥 とも かけ b.、 左に
四 社大明 神の 鳥居 あ..^、 田 間 を 行けば 空 また-,^ は
れ わた b て、 日出た る もうれ し、 左の 小 流に 石橋 か
、れ. -、 從是大 瀧 山道 本堂まで 十八 町と いふ 石 表 あ
り, 左 は 畑に して 鳥居み ゆ、 土手 を 下れば 川 右に あ
り、 人家左にぁ..^、 田 間 を ゆけば 人家 あ. 9 いん 部と
いふ、 こ、 にいんべ 燒 とて 陶器つ くる もの 多く、 か
の 苦^なら すと いひし 陶物 あまた、 みせに ならべ て
ひさぐ も の 多し、 世に 所謂 備前燒 備前德 利な どい
ふ もの はこ の 所よ. 0 出るな b、 あた, 0 ちかき 山の 土
をと. 9 て燒 とい ふ、 片 上よ. 0 十一 一町 前の 山に 釜 あ b
と 云、 一 里 塚 を へ て M 田 間 を ゆき、 り 坂 を 上れ
ば 右 に大 なる 松 あ, り、 片 上の 宿な る 泉 尾 勘 兵衞が も
とに 晝 休す、 あるじ さ、 やかなる 陶器 を 贈-りて、 予
が 書 を- -ふ ま、 に 書て あた ふ、 こ、 に て 人馬 を氆と
云、 宿 を 出て 左に 曲れば、 左に 願滿妙 見の 社 あ.^、 土
橋 を わたりて 左に 寺 あり、 八幡宮 あ, 9、 宿の 中に 備
前 松 崎 田 淵 かう やくと いへ る 礼 あり、 右に天神ぁ..^
田 間 を ゆけば 人家 ま、 あ. り § 家 左 は 姐、 右 は 田 あ
る 所 を へ て、 田 間 を § けば 右 は 蛆左は 田と なれ h 、
又 蛆道を ゆく に 溜池 あむ、 一里塚 あ,. 蛆を右
春 紀 行 I
にし 溜池 を 左に す、 溜池の ほと, 9 に 田 あ, 9 て、 田の
むかひに 山 あ.^、 山の 下に 人家 ま、 あ b 、左の 山に そ
ひゆけば、 右 は 畑に して 人家 ま、 み ゆ、 ゆく 道の 跡
に 岐路 あ,.^、 左の 小社に 幟 あ.^ て 伊里 中 村と あり、
小 流の 土橋 を わた. 5 て、 左の 山 もと を ゆけば、 右に
田 あ, -、 田の むかひ は 山な. -、 左に 大石 多し、 左に
農家 ゎづ かに あり、 右に 大餅 安賣. >處 といへ る 札 出
したる もお かし、 左 は 高き 山の もとにして、 右 は 谷
川な..^、 土橋 を わたれば 農家 ゎづ かに 六 七 Bs あ,. y、
蛆を 右に し 畑 を 左に しゅく、 畑の 向 ふ は 山に して 農
家 折々 にみ ゆ、 右 は 山の もと 左 は 谷に て、 むかひに
山 つらなれる 所 を ゆく に、 ! 里!^ あ. > 11^ 蛆を 左に
し 谷 を 右に し、 小 坂 を 下る 事 二度して 人家 あり、 八
木. E 村と 云、 道の 左の 高き 山 を 旗 山と いふ、 古城跡
なり、 今 は 商人と も 米の 價の 相場に 合圖 をな す 旗 を
たつる 故に、 旗 山と いふと ぞ、 八 木 山の 上.^ 坂 を 兄
坂と いび、 下り坂 を 弟 坂と いふ、 上る 事 二度、 下る
事 二度、 はじめは 蛆を 左に して 谷 を 右に し、 終は兩
山の 間にい る、 山中に 人家 二三 戶 あり、 ニ軒屋 とい
ふ、 山 を 下.^ て 左に 寺 あ.^、 鐘樓み ゆ、 土橋 ニッ ば,
二百 四十 四
^ リっ 2 リ匸三 ぼり &こ、 0 白洲 筆 餘云備 前 國和氣 郡 三 石
力, 0 わす. 0 て 三^の 宿に レ. 0 宿 中程 西側 ニ大石 一 クァリ 其
一石 ノ內 -1 山 石 川 石 海 石の 三 ng の體 もリ是 . ^三 石 明 神と 崇カ g, &. 寧-
む 云々 又 八 木 山に 人影のう つる 石 あり 鏡 石と 名つ くと 云々^ ォ ran
三 衬藤之 助か 家 を あるじと す、 宿に いるに 岐路 あり、
過 こし 方の あとに あ b 、床の かけ 物 を みれば、
和歌の 會 侍りし 時よ める 江 月 遊行 尊祐
なには江ゃ*,^けきぁしまもみっしほの
あら はに 見えて すめる 月 かけ
とぁ,.^、此宿は八木.aと梨坂有年峠のぁひにぁりて、
まことに深山の中な,.^、 たと へば 東海道の 箱 根の 宿
の ごとし、
廿 八日 天氣 よし、 卯の 時 前に 出立て 田 間 を ゆく、 流
水の 音 右の かたに きこ ゆ、 又 田 間 を ゆく に 人家 まば
ら にあ. 9^ の蛆を 左に して、 やう/ \ 'のぼ. 0 ゆけば、
右 は 谷に して 田 あ.^、 おのむ かひに 山 つらなれ. 9、
殘 月の 影 ほのかに、 谷の 溜池に うつれる をみ っゝゅ
きて、 山 を 下れば 蛆を 右に し 谷 を 左に す、 ゃゝ あ- 9
て 道の 幅 ひろく 高き 坂 を 上る に、 殘月 のかげ かすか
なり、 山の頂に のぼれば 從是西 備前國 とい ふ 石 表 あ
bo 長く け はしき 坂 を 下, o ゆく、 奈し 坂と いふと ぞ、
田 間 を ゆく に 藁の 庇 かけた る土稱 多し、 これ は 猪よ
けの ためな.. > と いふ、 制 礼 ありて 和 泉と 玄る せり、
梨 子が 原の 人家 立場 わ ひしき さまな.^、 荒た る 家 多
し、 一里塚 あ ,.>g 右人 家 あ. り 梨 子が 原の 宿な り、 こ
れ もまた わびしく 見 ゆ、 砂 川の 土橋 を わたりて、 蛆
を 左に し 田 を 右に す、 例の 猪よ けの 土塀 あり、 右の
かたに 木立 ふかく、 左に 蛆 ある 坂の け はしき をの ぼ
り ゆく、 蛆に石 あ. 9、 こ、 に 竹 間 村 丁 場と いふ 杭た
てり、 これよ. 0 有 年 峠に のぼる、 道 四 曲ば か. 9 にし
て絕 頂に いた. 9、 それよ b 坂 を 下る 事 急に して、 左
右と もに 大きなる 山な. o、 此坂 長く 下. 0 ゆきて、 や
う/ \ 'に ゆるやかに なれ.^、 坂の ふもと は 左右と も
に 松の 林な- 9、 右に 溜池 あ. 0 て 水 かれた h ヽ 人家 ま
、f、 西 有 年 村と いふ 制札 あ.^ て、 和 泉と あり、
自是西 屮村丁 場と い へ る 杭 あ. o、 土橋 を わたる、 砂
川に して 水な し、 畑に 例の 猪よ けの 塀 あ, 9、 農家 ま
まある 所 をへ て、 左右と もに 松林な り、 坂 をす こし
下, 9 ゆけば、 左に 鳥 IP あり、 額に 大遜大 明 神と いふ
字 あ. o、 大の 字の 下の 文字い まだ 詳 ならす、 砂利 川
を わたる 水な し、 飛石 ありて 九州の 川の ごとし、 農家
ゎづ かに 三 In ばかり あ.. り、 蛆を 左に し 田 を 右に しゅ
けば、 いさ、 かの 木 5 'あり、 村境の4^^るしにゃ、 右
の 田 間に 近道 あり、 此筋 野道 旅人 通る ベから すと い
へる 札 をた つ、 左に 農家 まばらに 見へ て、 山み ちに
鳥居 あり、 右の かたの 小道に 此筋 野道 旅人 通る ベ か
ら すと いへ る!: £ ある は、 さきの 近道より 出る 所なる
べし、 人家 あ,..^ 東 有 年 村と いふ、 人馬 を繼く 所な り、
九月 晦日 御祌燈 といへ る あん 燈 あ.. >、 此 あた, 0 の鎭
守 を まつれる ならん、 左 に 寺 あり、 これまで 森 和 泉
守の 領 する 所と いふ、 有 年 川 を 船に てわたれば 人家
ゎづ かにみ ゆ、 一里塚 あ.^、 左右と もに 松な り、 こ
、に 制札 あ, 9 て、 小 笠 原 信 濃と 力 (るせ b、 蛆を 右二
し 畑 を 左に して ゆけば、 人家す こし ある 所 を橫尾
衬と いふ、 淺野隼 人の. 領分な. -、 石橋 を わた. - て- i
田 間に いれば、 左に 長き 石橋 あり、 人家に ゆく 道な
り, 若 園 村 を 過て 畑 あ.^、 人家 あ b 久我 とい ふ、 左
に 天 滿宮の 鳥居 あ..^ て、 門 は 鎖せ. 9、 一 里 塚 あ.^ 模
な, 9、 姐 を 左に し 畑 を 右に しゅけば、 左に 小社 あり
まばらく 畑 中 を ゆきて、 又蛆を 左に し 谷 を 右に す、
谷の 中に 畑 あ b 、左右と もに 松の 林 ある 所 を ゆけば、
左に 人家 少し あり、 こゝを ま 龜 新田と いふ、 名 はめ
小春 紀行
一 百 四十 五
小警 紀行
でた けれど あさる ベ きもの も 見 へ す、 右に 池 あ.^ て、
小さき 流に 落る 所 を ゆけば 人家 あり、 赤 穂 花 is 皿 を ひ
さぐ、 また 鳥の 吸物 赤 豆 餅な ど あれ ど、 味 ふべき も
のと も 見へ す、 蛆を 左に し、 小 流 を 右に しゅくに、
畑ぁ..^、左の松の木の間に題目をゑ..^たる新碑ぁ.9、
右に 入海み ゆる は 赤稳の 方なる ベ し、 左に 小社 あ. 9、
g;^ 家す こし あ. 0 やぐらと いふ 所な. o、 小 流 を わたる
に g 石 多 く f :* て 水 昔 あ.^、 一里塚 あ.^ 左は複 右は枯
れて苦 木を植 た. o、 田 間 を ゆく に 岐路 あ. o、 是ょ. 0 右
さいこく 道と いふ 石 表 あり、 人家 ゎづ かに あ. 9 て 小
さき石橋をゎた..^ゅくJ^?1 左右と もに 畑 あ. 9 て 農家
すこしみ ゆ、 右の 姐に 松 多し、 小社 あ. 0 て 鳥居 をた
て門は鎖せ..^、 左に 溜池 ある 所 をへ て、 片 島の 宿に
晝 休す、 キ: を 大門 21^: 文士:: とい ふ、 庭に 白き 山茶花 あ
り、 此頃 九州に て 見し まゝ なれば、 めづら かに 覺ぇ
て、 白き 茶碗の さ、 やかなる に、 C 椿と 銘 して 歌よ
みて^る に、 あるじの よろこぶ、 := みぢかければ、
いそぎ 立いで、 蛆を 右に し 畑 を 左に しゅく、 左に 鳥
居 あ b 石 坂み ゆ、 一 里 塚 あ, 0 左右と もに 松な..^、 畑
中 を ゆく に 人家 あり、 これ 正條 川の わたし 場なる と,
二百 四十 六
聞 もうれ し、 去 • 牛の 八 正 條川を わた. 9 て、 左の 細
家 をった ひゆき て、 室の^ のかた に 出しが ごとし、
一 年の 行 役つ いかな く、 此川を わたる 事 を 得た h-
此 わたし 場の 人家より、 明 石の 邊 までの 人家み なお
なじ さまに て、 家の 柱 は 土藏の ごとくぬ. 0 こめて、
茅 ふきた る 何となく 古風なる ものな. o、 正 條川を わ
た. 0 てより 東の 方 は、 去年へ たる 所 なれば、 く はし
くも か、 す、 た 3- 見の こしつる 所々、 乂は 折に ふれ
たる 事 ども を書玄 るして 家に 傳 ふるもの なり、 ほ 5 ん
坂まで は 去 if の 革 令 紀行に しろな リ^ 海道 は享 .E こト i わ }、
和 元年の 春大 坂に ゆ さし 時の 改-兀 紀行に く はし ( /fil
人家 あ.^、 門" 1 とい ふ 所な.. >、 制札 あ. 9 て 中務と
るせ. り、 脇 坂 家の 領 する 所 なれば な b、 田 間 を ゆけ
ば 田の 中に 廬 あり、 あそ 川 を わたるに 假 橋な..^、 一
^をへ て 右に 農家 ゎづ かにみ ゆ、 斑^の 人家 を こ
え、 大田 とい へ る 村 をす ぐ、 左に 御用 - ^御 役所と
い へ る 礼 かけたり、 山 ffl^ をの ぼ..^ 下れば 姫 路の天
守 高く み ゆ、 靑 山村 を 過れば 左に 書 寫道六 里と い へ
る 石 表た て, o、 又 右び せん 道 左た つの 道と いふ 石 表
f、 下手 野の 人家 を こえて、 今 宿の 人家: ー,, たれ
ば、 飾 萬 津屋の 家名 あ, 9、 け ふは廿 八日 親 鷲 上人の
の報恩講な..^とて、 姬路の 御堂に まう でか、 へる も
の 道 もさ.^ あへ す、 御堂 は 姫路の 町の 右に あ b 、姫路
の 宿の 生 は錢屋 久兵衞 とて、 去年 晝休 せし 所な り、 去
年室津 にて やど b し 宿の 主、 野本圓 十郞此 やどの 隣
の 主に 、たしければ とて、 ことさらに 室よ. 9 來 りて
物語し 聯句して 夜 を 明し ぬ
杏花 園
* 紀行 卷之下
十月 廿九: n、 夜 あけて 姬路の やど.^ をた ち いづ、
i リナ 、坂までに 去年 八月 十八 日-
に て、 革 令紀; はに 委し-. 6 リて见 の
春 紀パ; j:
れ
廿: HI までに 過し 所 , DMM f
たる 听 のみ.?^ し- 一 ^
わたりて、 山繩 とい ふ 所に 人-家 あ"、 右に 祌 明の 社
f、 左に や b 地藏道 あ. -、 御 I 顿! 5£| は侧 15 ほ:^
まめ ざき を 過て、 右に 石の 寳殿曾 根の 松 出口と い へ
る 石 表 あ. o、 これよ. 0 右の 田 間にい, 0 て、 畝 道 をつ
た ひゆ く事長 くして、 やう やて 人家 ある 所に いたり
村 根の 松 道と い へ る 石 表 を 夕 "るし として、 左右
に 曲.^ ゆく、 鳥居のう ちに いれば 圍垣 あり、 名に お
ふ 曾 根の 松は菅 神の 手づ から 植 させ 給 ひしが、 天 正
の比の兵火に西北の枝枯た..^しを、 又はび こる 事 古
に まさ b て、 未 申よ, op ^寅へ 二十 間餘、 戌 亥よ-り 辰 巳
へ 十 間餘、 その 間 まげ..^ あ ひて 蓥 をのべ、 ふす ごと
くな. 0 しと ぞ、 天明 三年の 春の 頃、 寅の 枝いた み、
同 五 年の 秋に いた. 9 て かれ、 その後 幹よ b 辰 巳の 枝
精氣 うす か.^ しが、 つ ひに 寬政十 年の 秋に いた. 9 て
枯 はてしと なん、 松樹 千年 終に 是朽 ぬと いひし から
二百 四十 七 i
小春 紀行
うた も 思 ひ 出べ し、 かたはらに 植添 たる 一 木 は、 古
木より 分ち しとい ふ、 これ も 又 まげり ゆかば もとの
ご. とくな らんと たのもし、 これより 松原の 中 を ゆく
に、 制礼ぁ.^其文左に記す、 また 天 満宮の 額 は曼珠
院 良-:^ 二 品 法 親王 御 筆な. o、
禁制 印南 郡 曾 根 天 祌社內
一 當社祌 木 松 折 枝 事
一 伐採 竹 木 事
右條 〃 被 停止 訖若於 逢 犯 之 輩 者 速 可 處嚴科 之 3曰
所 被 仰 下 也 仍執達 如 件
元 和 五年紀 十月 廿ニ HI 伊賀 守 源 朝臣 勝 重
と あり, これょ..^人家ぁりss村 寺 ある 所 をへ て 田
(坐:. a 子)
間 を こえ、 山道に か、 りて おほし こ 村に いたる、 人
家ゎづかにぁ.^、石の寳殿の山は、みな大きなる石の
高く 聲 へたる にて、 目 を 驚かす 見 ものな. 9 ■Jss^
兵衞か 茶屋と いふ もり、、 れも 石の 山な; a 反 匸きー 一 ス 、ふ
れ どかく まで 大きなる 石に は あらす H?!^. を LJ りて 产 0^ 一 I > ^
ら びた てリ、 一 ッは高 御 位大明 神に して、 一 ッは坐
石 子 大明祌 な..^、 その 堂の かた >り も又異 どころ に
見る 事な し、 堂 前に 石 灯 二 基 あり、 粲爛輝 星斗 寶前,
二百 四十 八
不夜 灯明 明 灯不盡 一 點照 山河 謹 奉 寄 御寶前 良享ー 一 g
曆 九月 吉日 吉氏久 左衞門 光信と あ ,5、 ニッの 堂の 中
よ b いれば、 所謂 石の 寳殿 な,.^、 高 御 位 は少彥 名の 命
坐 石 子 は 大已贵 命に して、 二の 神 心 を あはせ て 一夜
の 間につ くらせ 給 ふとい ふ、 四方 三 間 半、 むねへ 二
丈 六尺 あ, 0 て、 石室の かたち 橫に 臥して、 上に 松 生 ひ
た b 、石の 左の かたに 御手の 跡と て くぼめる 所 あ. o、
これ 萬 葉 集 第三に 出た る、 「大 なむち すくな ひこ 名の
おはします ま、 つ のい はや は 幾 代 へ ぬらん」 といへ る
これな,. y とい ふ、 信 はもって 信 をった へ 、疑 は 以て 疑
を傳 ふとい ふ も これらの 事 をい ふなるべし、 いかに
も 奇怪の 見 ものにして、 凡慮の をよ ぶ 所に あらす、
うしろの 山 をた かみ くらの みねと いふ、 それよ. 9 山
を 下り、 人家 を へ て 田 間 を こ へ 、整 竹の 4*r け..^ たるつ
、み をす ぎて、 やう./^ 加 古川の わたしに いた り、
加 古川の 宿に 晝 休す、 本陣の 名 を鍵屋 權兵衞 とい ふ
百こ^ 主き と、 ん4^>ゎ.0厂,、 按掭 S 古 迹便覽 藥王山
! 宿 {uietuifp と、 v.^itp あ b て 常 佳 寺 寺 家 村 寺 領四石 I
兒の 松と いふ 大きなる 木 あ. 9 とき > "て、 い b てみ し
に、 道ょ..-左の方な.=^、 松の 高さ 三 丈 二 尺め ぐ b 三
丈壹 尺、 東西 二十 一 間、 南北 十八 間 あと b 云、 行 家
卿のう たと て
け ふ はまた 田 鶴の なく 音 も 春めきて
霞に け,.^ な 加 古の しま 松
なと 松の 圖に は. K る せれ ど、 植たる 人の 名 もまら ね
ば、 曾 根の 松の 祜たる 木よ b もな つかしから す、 げ
に 甘棠。 愛 は 召 伯の いこ へる によれる なるべし、 高
砂の 浦 上の 鐘 もみ まほし けれど、 道 遠く 日 みぢか
ければ 力なし、 小 流 を わたれば 左に 善 光寺と いふ あ
り、 人家 ある 所ニッ ばか-りこ へて- 坂 本、 野 口、 三
谷等をすケ?^群§記 一 里 塚 あ b 松な, 9、 又 高 畠 土 山村
を こえて 人家 あ. 9、 淸水 新田と いふ、 此 あた,. > 明 石
と姬路 の堺な b、 淸水本 村に 五百住 風藥 とい ふ 招 牌
ある 家 あ. o、 長 池、 かなが 崎、 大 くぼ、 の, 0 田、 中 谷
等 を § く、 名に お ふ 明 石の 浦 傅 ひながら、 霧た ち こ
めて 日 も くれなん とする に、 大藏 谷まで は 五十 町 道
五 里 あ h. とい ふに も、 あかしの 浦の あきはて し 道な
b> 戌の 刻ば かりこ.. r つく 大藏 谷の やど b にっき
て、 石 井 五郎 兵衞 といへ る 本陣 を あるじと す、 こよ
ひ 思 ひかけ す あづまの 方よ. -北川 氏 § 顧顏織 たづね
來れる もラれ しくて、 驛舍 の燈を か、 げて かた,.^ 明
小春 紀行
しぬ、
晦日 空 はれし もうれ しく、 北 川 氏と ゝ もに やど, 9 を
出て、 舞子の 濱を すぐ l^s 職 I:- け は たるみ を
へて、 攝播の 51; 川 を わたり、 一の 谷、 二の 谷、 三の 谷
を こえ、 西 項 磨と いふ 所に いたる、 道の 右に 彌左衞
門と いふ 漁 人の 家 あり、 今年 五月 廿: n 此 海に 網 を 下
して 木像 を 得た. o、 像の 背に 文字 ありて、 慈慧 大師
と あ b と 云、 立よ. 0 て 見し に 長 二 尺 計に して、 玉 眼
を いれす、 胡 粉に て 彩, 9 たるが、 水に 落ねば 久しく
海中に なかれた いよ ひたる に は あらざる べし t^;^-^
,^!1^れ御代官石原庄三郞の預りなれば、 大路に 札た
てゝ そのよし を 書つ く、 此像を 失 ひし もの、 尋ね 來
らんが ためなる べし、 あるじの 彌左衞 門は淨 土眞宗
の 家 なれば、 あながち 此像を 信す るに も あらす、 不思
儀の 事な りと いふ さま、 いかにも 朴 にみ ゆ、 か、 る
事 は 昔 物語な どに はき、 しか ど、 かくまの あた b 見
る 事 はまれな..^、 東 須磨を こえて 兵 庫の 築 鳩 を ゆく、
平 相 國の塔 を 見ん とて、 兵 庫の 宿の 入口よ b 右 曲に
b ゆきて、 逆瀨 川に そ ひゆく、 和 田の 笠 松と いふ 石
表 あ. 9、 右に 平安 山と 額 かけし 寺 あり、 又 一 遍 上人
一一 百 四十 九
! Lr# 紀 行 N
示寂大 道場お: 〔光 寺と いへ る 石 表た てし 寺 も あ.^、
左の 松原に 十三 重の 石の 塔 あ b て 苔む した.. „^、 臺座
の に弘. 安 □□ 二月 日と ゑ h- たる、 さながら 古くみ
ゆ^ m-.^ 塔の 前にぬ かづきて、 その 代の 盛な b しさ
ま を 思 ふに、 : 朕 もとい まらす、 兵 庫は賑 はしき 町な
り, 西 仲 町、 -a 川 町、 湊^、 京 口な どい ふ 町 あ りき、
明 石!: HJJtw 左衞 門 が もとに 晝餉 くひて、 湊川を わた
り、 神 戶村 をす ぐ、 村の 巾に 東 神 戸村、 西 二 茶屋 村
とい ふ 石 あ. o、 生 田の 森に い, 0 て 本社 を 群す
II れ S ひ g| 讀菔 "梅 あ. り、 これよ." 布引の 瀧お むと
思 へ ば、 與も從 者 も 西 />:: の 方」 ゆ かしめ、 北 川 氏と
一 、もに. 生 W 川に そ ひゆげば、 風 はげし、 山路 を かち
一 ょ.^のぼbゅけば人家ぁb、 械 かけた る は 瀧の 流の
一 水 を ひきて 酒つ くるなる べし、 北 川 氏案內 して、 ま
づな 瀧と いふ を 兌る、 又 右の 山路に わけの ぼ て、
四阿 あり、 これ 満見る 所な b、 名に お ふ 布引の 瀧 は
高さ 數十丈 あ b て、 五段 ほどに 流れ 落る 也 曰 擺そ
れょ. 0 上に も 二 段ば か. 0 流れ 落る やうに み ゆ、 中程
の 水 岩に あた- 9 て、 橫 ざまに ほとばしる さま まら 玉
のまな くもち るかとう たが ふべ し、 それよ- 5 おとめ
二百 五十 I
塚 みん とて、 濱邊の 畑 道 を ゆく、 女の 塚 は燈明 村と
いふに あり、 男の 塚 一 ッは 見し かど 一 ッは行 過てみ
す、 これょ,.^畑道をゅくく日もくれたれば、 山邊
に 見 ゆる 燈火を た ひ § きて、 道に まよ ひ、 やう や
う 農夫の 案內に まかせ て大 せ, I に 出、 亥のと きば か
.^に西.>::の驛、 脇 本陣 小 畑 源 兵衞の もとに やど h-
ぬ、 :M 風の はげしき に 塞く つかれたれば、 とく ふし
ぬ
十 一 月朔 日、 け ふは大 坂に い なんとつ とめて やど
..^を出て、 枝 川、 武庫 川、 祌崎川 を わた .0- て、 十 双 !
川に いたる、 浪花の 束た しき 友と >b 出む かへ て、 小
竹筒と. 0 出て す、 む、 午の 刻す ぐる 比、 大坂 にいた
. ^ぬ、 例の 賀 客つ どひ 來. 9 て にぎわ、 し/、、 又 ゎづら
はし、 御城 代删 P の 中 やしき 兩町舉 行の
守廳 事に 吿て、 銅局にぃた..^、 府ャ に? f して、 やど
,0 にか へれり、 賀客 座に みちて 酒く みか はせ. 9、
二日 空晴た り、 け ふ も 朝より またし き 人 入, 5 つど ひ
て、 さはが しければ、 かねて 佐 伯 氏 MM 露 細雜と 約せ 一
しごとく、 未の 下. 0 よ. 0 旅の やどり をいで ゝ、 天 王
寺の かたに ゆきて 。福屋 とい へ る酒樓 にして 酒く む、
樓の 上よ b 淡路島 見 わたされて、 すま も 明 石 も 遠 か
ら すみ ゆ、 け ふ はまた 冬至な り、 來 b つどへ る これ
かれ 多し、 夜 ふけて 輿に の b て かへ る き 膨^ お
馬田昌 SI 憲人芳 中 泉屋
雨 柳、 島 1® 其 外 等な リ
三 H け ふ 銅 局の 事 あ. 9、 又 诚代市 令の 門に も 暇 こ ひ
とて、 出 ゆきて か へれば、 例の まらう どや ど. 9 にみ
て..^、 明日 はとく 船に の, 9 て 淀川 をの ぼれば、 心 あ
はた: S- しくて 臥しぬ、
四日 穴 > ^晴 くも b て さだまらす、 寅の刻ば か..^ にや ど
b をいて、、 淀川の 船に のれ..^、 岸邊 まで 送 b 來り
て 手 を わかつ もの 多し、 船に て 伏 見まで 送れる もの
も f, 劃 §5? 顿 いこま 山に 日出る に、 くらが
峠 もた どる、 まして 見る がう ちに 又く もりて 雨 ふ
る、 八幡 山に まう でんと 思 ひたちて、 橋 本より 上る
に、 タ H はれわた. 0 たる もうれ し、 山のう しろの か
たよ. のぼ.^ ゆく に、 神官 片岡宇 兵衞 といへ る は 泉
尾 雨 柳の 4., 一る 人 なれば、 案内して 本社 末社 を ふしお
がみ、 琴 塔 を あ ふぎ、 瀧本坊 をう かいひ、 石淸水 をむ
すび、 かけ 淸塚を こえ、 七 曲り といへ るけ はしき 坂
を 下 h- 、高 良 明 神の 前に 出、 放 生 川に そ ひゆき て か へ
小春 紀行
り みれば、 松の木の 間に 四日の 月の 影 ほそくみ えた
るけ しき、 いはん かた なし、 片岡氏 の もとに まばし い
こ ひて、 酒の み 又もとの 船に のれば、 戌の 時ば か,.^
に 伏 見の やど につく、 宿の 主 を 富田屋 三左衞 門と
いふ、 こ、 は亨和 元年 浪花 に お もむ きし 時 より 、は じ
めて 今宵まで 四 度 やどれる 所な, o、 田宮盧 橘罨 g 京
より 來れ り、 明日 は みやこの 案 內 せんとな り、
五日 天氣 よし、 夜 明て たち いづ、 浪花よ.^ 送れる もの
にこ、 にて 別れつ、 伏 見 を 出て 竹 田 街道 を ゆく、 左右
に竹多し、車道とぃ ふぁ,.^ててゎたちの中に水ぁ,.^、
莊 子が 轍 中の 鮒 魚の 事 こ、 にして 發明 せり、 東路の
車の わだちに 水 あれば と て 、魚 の お る ベ /、 もみえ す、
r X t ) 7 3 こ^$1^丹再了;^;^,亍曲沈》-.31^守 り
そ,.?;' よ-り ts^ 一一 口; J" び" や 力/;^ 守 ^ mm ^ t^^^.ul^va ひ
門 に も 名刺 を 通じて 、 もと 5 旅装して ま iF.^ に 畫餉
あさる、 盧橘菴 の 案內 に て 千 本の 釋 堂 に いりて み
るに、 佛 前の 來迎柱 に須彌 W 四 大王の かた かきたる
古き もの-とみ ゆ、 - J 、はち か 頃 い 火災 を もまぬ がれ
たれば 堂の さま 物 さびたり、 かの 兼 好 法師が つれ づ
れ 草に タ- るせ し 事 も 思 ひいでら る、 上御靈 社の 樓門
をぃ.^本社を拜し、 かたへの 茶店に いこ ふ、 榊 社 を
二百. 玉. FT
小春 紀行
見、 西陣の 錦 織る を 見て 堀川 をす ぐ、 こゝ は仁齋 先生
の蕩 宅な. りと 聞 も ゆかしく、 立 やすら ふに ちいさき
玄關 にして、 材木屋の 隣な り、 道 生 庵 を 經て下 鴨 社に
いり、 本社 を拜 し、 礼の 森 をへ て 加 茂 川の 凉床を 見
る、 南禪 寺の 巾 西 福 寺と いふに、 上田 餘齋 翁の います
とき、 て、 岡 崎 をへ て南禪 寺に いた, 9、 法師の ゆく
にと へば、 わが やどりに おはす とい ふもうれ しく、
扉 をた、 きていれば、 翁 よろこび むか へ て、 *^ばら
く 物語る に、 日 もはやく れんと すれば 立 いづる、 庭
に 石 をた て 、無 腐 之 墓と ある は、 翁の 壽藏 なる ベ し
抓 P 彼 丹 後尾と いふ 酒家に、 豆腐 を ひさぐ、 こ
\ に 酒の み 物く ひて、 あ ふ 坂 を こえ、 大律 にっきし
は 亥の 時ば か b なるべし、 生 を鍵屋 吉兵衞 とい ふ、 去
年 やとり し 所な \ 此 宿に すめる 佐 野 氏 g ,號 f
て、 延膀 寺の 古 の大 なる を 見す、 古 鏡 十餘面 をも藏
すと て、 と, 0 で、 見せし が、 予に志 賀の古 を 贈れ
..^、ゎれこれにむくふるに吉備寺の古k^^ゲJ以す、
六 ni 天氣 よし、 ::^の時ばか.o,にゃど.^^を出て宿の中
を 行に、 自是東 3^ 本 村と いふ 杭 あ 、き ,5 则; 5 マ錢 ほほ
れば、 地名 風俗と もに 略 ぜリ、 た- 一時の 興 ぁリし l>^tl£J5
事と、 ささの 紀行に 見の、、 したる 所々 と vi- 託すの み ヌヌ着 ftKfil
二百 五十二
あ b 、膳 所の 城の 升形 をいで ゝ、 左に 泉水 寺 あ..'、 勢
田の 橘 を わたれば、 右に 是 より 小 林 山への 入口と い
ふ 杭 あ, o、 梅 木せ さいの 二三 軒 前に、 よしの 川と いふ
茶屋 立ばな ,-、 お?^ S 碗 初心 和歌 連歌
道 4^ るべ、 花 月亭 とい へ る 額 かけた る もお かし、 本
家 是齋の 字の 額に、 大日 本大醫 令和氣 朝臣 成 美 君 人
書と かけり、 草 津石部 をへ て 水口 城下に い b し は、
酉の 刻す ぎし 頃な り、 十 右衛門と いふ 宿な. 5、
七日 空 はれた, 9、 水口の 宿 をいで、 大野 をす ぎ、 前
野 村に いたる、 左に 福惠 山地 安寺と いふ 寺 あ. 0 II
1^§聽ぃ も こゝに 後水尾 院の御 像、 幷に寶 物 ありと
きけば、 立よ. 9 てみ しに、 山門の 額に 福慧山 黃檗隱
元 書と あ, o、 本堂の 額に 向上 道 開山 龍溪 書と あり、
I 航橫 本堂の 庇の 上に 竪額ぁ b、 金毛院 光子 內 親王
元瑶 書と あり、 又 側に 竪額ぁ b て、 左の 文 を 記せ b、
江 州 甲 賀郡前 野 村福慧 山地 安禪寺 往昔 聖德 太子
開 御 之 道場 也 天 正 年中 依 兵 亂僅存 伽藍 舊跡 草堂
一 宇元祿 年中 洛東林 丘 寺 光子 內 親王 普 明 院宮再
開 展請大 .y^ 正統 禪師 爲當寺 開山 第 一 世 安置
元 和 天皇 御 像 賜 於 金毛院 無上 菩提 道場 之 御額擁 .,
護 禪林永 等 刼石者 也
木 堂の 聯に八 字 門 開通 大道 一 聲鐘吼 徹重霄 と あ, 9、
方丈の 額 は淸靜 軒と 題し、 玄關の 前の 石盥に 宜冼心
と 彫れ h -、 主 僧に こ ひて 什寶を 見し にめ づら しき も
の 多し、
普 明院內 親王 遺影 f5 認條
後水尾 院遣影 l,2?f?5!i^£4
-ぁ、
竪物 一 幅
竪物 一 幅
竪物 一 幅
三卷
竪物三 幅
南無 觀世昔 菩薩 |統 寺お^
般若 心 經三休 御 書 I, 院
骑龍觀 音 朝 曰觀音 楊柳 觀昔
右 普 明 院の御 靄 也騎龍 觀音は 衬中雨 ハ乙の 時 祈る とい ふ
無上 菩提 道場 籠適輕
> ひ 外. 列 去 堅物 一 幅 = ^幅 落 欺な し
"夕 I ヌ, 寳鏡院 宫の御 筆の il>
普 明 院宮御 自筆 色紙 Ig 紙
廿首 短冊 Mi 方 あ. -
紅の いろ ふかみ 草暌 ぬれば
おしむ 心 も あさから ぬかな
中に も實 業の 和歌 靜見 花と い ふ に
色に そめ 香に しむ 心 花 もしれ
なす へき わ さ を 今日 も {|5 れ て
ふ 春 紀行
此外 通躬通 茂實陰 等な,. >、 又 十 首 短册も あ, 9、
卜 4- 園 和歌 ニ首ッ 、 あ リ御書 S
11 斗 IB ともに 普 明 院宫の 御 筆 也
又 文字 は 忘れた るが 一 行 物に 源 公紀 書と あ b て
竹屋 町ぎ れの裱 具な
此外佛 書 十六 羅漢 等數幅 あ, 9 といへ ど、 先 をい そげ
ば、 のこ b お ほくて 立いで ぬ、 土 山 田 村 明 神に 立い
b てみ るに、 本社の中に田村將軍の像,^^^ 左は嵯
I _コ
蛾 天皇、 右 は 鈴 鹿 明 神な り、 別 當に田 村 明 神の 木像
の寫 あ,^、 御 長 一 尺ば か,. =>、 甲冑 馬上の 像な, 9、 又
書 像 一 幅 あり、 田 村 丸 束帶の 像な, o、 一 人 巴の 紋っ
けたる 甲冑の もの 弓矢 を 手に もち、 一人 轡の紋 つけ
たる 甲冑の もの 斧 を もちて 敷 革 をし き、 左右に 侍す
その かたち 古き もの-と 見 ゆる を、 近頃 彩色 を 加へ て、
新ら たにな せる は 惜しむ へし、 太刀 一 振麵 5^ 化 矢 根
三本 太 小刀 は 田 村 家の 奉納 炎 云、 此 外させる 寶物も
なし、 羅 山の 丙 辰 紀行に、 いは ゆる 鈴 鹿 物語の 事な
ど たづ ぬれ ども らゃ、 猪 鼻の 酒家に 休む に、 旣醉の
1 一字の 額 あ, 9、 とく 小 竹筒とう で ゝ くむ、 坂の下 を へ
て 關の驛 にい.. > 、葛屋 太左衞 門が もとに やどりぬ
八日 寅の 時す ぐる 頃 やど, 0 を 出て、 龜山庄 野の 間に
n 百 五十 三 ー .
小春 紀行
て 夜 明ぬ、 石藥師 をす ぎ、 杖 突 坂 を 下. -、 追分に い
たる、 こ、 に淺 草屋と いへ る 食 店 ありて、 淺 草屋と
染付 たる 茶碗 もめ づ らし、 日永 村に 万金 丹賣 もの、
家 あ. o、 四日 市の^ 陣は 去年 も やどりし 所な, o、
相 まれる もの これ かれ 來 て 酒 をす、 む 鶴 m
M™!.^ 小 向村 をへ て 桑 名の 城に いり、 福島屋 作左衞
門が もとに やどり とれり、 此 所の 本陣 丹 羽 善 九右衞
門來り て 物語れ. -、 去年み し 人 々 も來 りつと ゐて、 旅
寢と も覺 へ す、
几: n の 軻{ 仝 はれし に 卯の 時ば かりに 船に の, 0 て、 桑
名の 海 を わた. 9、 未の 時の 頃宫の 宿に つく、 こ、 に
名 古: の諸士 多く まちと b て、 酒す、 めんと いふ、 こ
とに 秦鼎は 年久しく れる 人な. o、 先 熱 田の 宮にま
うで 、やど b に歸. 0 しが、 日 も みぢかければ、 今宵 鳴
海の やど b に來る ベ しと 約して、 いそぎつ 、ゆく、 鳴
海の 宿の あるじ を 升屋藤 八と いふ、 今宵 名 古 屋の諸
子 多く 來 て、 酒,、 み 詩作り、 夜 ふけて か へれ b 、こ
t^3d-^ り ま t3S/ レ もりに ズ 秦鼎. 樂屋 柬四郞 F 鄉勘 左衡
の 外.^ り まみ S しもの r3?^ 門下 鄉貼右 衞門佐 野 元? S 字 伯
0
十日け ふ も { 仝晴 た. 9、 つとに やど. 0 を 出て、 前後 村
し 一 百 五十 四
の 立場に いこ ひ、 池 鯉 鮒大濱 茶屋 を こえ、 矢 矧橋を
わたりて、 左の 方なる 松の なみた てる 野道より、 堤
を ゆく 事 半道ば かりにして、 川の 邊に 出た h -、 川の
向 ふに は 八幡宮た、 せ 給 ふ、 これ 伊賀 八幡な 、此
あた に 松應 寺と いふ 寺 も ありと いふ、 連 雀 町と
い へる いぶせき 人家の 前 をす ぎて、 大樹 寺の 惣 門に
いれば、 山門 あり、 左の 方に 二 ッの宫 あ,^ ^p。 そ
のうしろ に 御先 代の 石碑 も あ. 9、 本堂に 入て 名に お
ふ 貫の 木 を 見し が、 搜の 木に や、 かの 太刀 跡と 覺し
くて、 削し やうに み ゆ、 貫の木にすかしもぁ..^ S
奉行 やしきの 表門の 賞の 木 は、 鐵カ 木の 水に して、 車 童,^ も ,3.-
天草の 城門の 貫の 木. t、 此 貫の 木-」 似れ リ、 降 鐘 を もろ
しが、 參州某 寺 鐘銘と ありて、 さだかに も昆 わかす. *
古文書 は 百 六 拾餘通 あ.. >、 ある は藏人 ある は 參河守
などの 文書 あり、 西忠 公の 御 遺言の 狀 など あはれ に
覺 へし、 寺領の 事に つきて、 天下 一 同 之 德政國 次 之
德政私 之 德政有 之と も 相違 ある まじき 旨 を 書せ 給 ふ
文書 あ, 9、 德 政の 名目 樣々 なる 事、 此 文書に あきら
かな. 9、 もしくは 一 日の 閑 を 得て、 此 寺の 古文書 を
よみな ば、 面白き 事 あ- 5 なんと 思 へ どか ひなし、 日く
れぬ 程に とたち 出れば、 岡 崎の 宿に ちかくつ きぬ、
三 析屋吉 三郞が もとな, 9、 此 夜は此 あた b ちかき と
ころに すめる 深 見 氏^ 兵 とひ 來, O 、友人 を もぐせ, 9、
樵 古と い へ る醫 者な ど、 その外に も 來.. ^つどへ る 者
多し、 深 見 氏の 家に、 古き 加留多の 礼 を もて. 9 とて、
携へ來 て 示す、 其 中の 一 枚 を 乞 ひ 得て か へれ, -、 そ
のかる たの 表に 路牀の 人 あ, 9 言 背に 金箔の 御
紋费ぁ b て、 下に 三池貞 次と あ b ほ I 難 ^;^:ト"
らす、 た ビーの 紙 牌と キリの 紙 牌に のみ 御紋 もりて、 二 e ま. in
二三 gli リ 九十 馬.. H では、 ただ 三池處 次との み もリ、 これ は 10
へ 御 陣中に 玩び 給へ る 紙 牌な.^ とい ひ 傅へ ,-、 按黑
川 道 佑が 雍州府 志 Mm 賀留多 六 條坊門 製 之 其 良 者 稱-ー
三 池, 以,, 八. - 銀箔, 钸, 之 者 謂,, 箱賀留 多, 云々 又 碧 海 郡
妙源寺は高田派の淨土眞宗な.=^£^刊歸寺此寺の本尊
は、 源 九 郞義經 の 信心 ありし 故に、 九郞 本尊と 稱す
永祿年 巾當國 佐々 木 一 揆 のさ はぎの 時、 神君此 本尊
に 御 祈願 あ,.^ しに、 御 利 運 を 得させ 給 ふ 故に、 此本
尊 を 御所 望 ありて、 御持佛 にあ...^ し 三 尊 佛を給 ふ、
今增上 寺に ある 所の 黑 本尊と いふ は是な b. とい へ
,ひ、 其 後 寺の 緣起 古文書な ど寫 せる を 贈れ, 9、 是ま
た 奇異の ー說 とい ふべ し、 此夜 大樹 寺の 僧随來 りて
詩歌 を こ ひし ま、 に 書て あた ふ、 -
十一 日天氣 よし、 卯のと きな かば 岡 崎 をいで ゝ、 藤
川 を 過、 山中の 法藏 寺に 入て みれば 、御宮の 修理く は
へて きら ゝ かにみ ゆ、 去年 此 寺の 寶 物み し 事な ど 思
ひ いづ、 赤 坂 御油 を もこえ て、 伊奈 村の 良 香 散うる
もの、 前にい こふ、 吉 田の 驛 のこな たに 泉 公平いで
むかへ て、 驛路の 酒家に いこ ふ fl§ 此 所に 夷 曲 を
このむ もの 多く 來.. ^つどへ. 9、 鱔 といへ る 魚の あざ
らけき を苟 にし 來れる もめ づらし か, 9 き、 日の- ぢ
かきに 先 をい そぎて、 一 一川 を こえ 白 須賀の 宿に つく、
酉の 刻 過なる べし、 宿の あるじ は 脇 本陣に して、 桐
屋 惣次郞 とい へ り、
十二 日天氣 よし、 卯の 時の 比 鹽見坂 を 下る に、 道く
らうして 見えす、 辰の 時ば か b に 新 井の 宿に いこ ひ
て、 酒の みむな ぎと. 9 めす、 此 所の 名品な, 0 といへ
ど、 あづまの かたの.^ にくら ぶべ くも あらす、 關守の
下役 鱸 氏 平 吉來. 0 て 書 を こふ、 今 切の 海 を わたるに、
西風に て 波 も 平らかに、 時の 間に 舞 坂に つく、 遠 江
の 灘も靜 にみ ゆ、 この 船の 中より、 はるかに 富士の
ねの はしめ て 見 わお さる もうれ しく、 はや 故 鄕に歸
りし 心地 せらる 、は、 一年へ だてし 浪 のなら ひに や、.
小春 紀行
二百 五十 玉
掛塚屋 の 何 かし 出迎 へて 立よ h- ねとい へど も、 いそ
ぐ 道 なれば たち も よらす、 篠 原の 立場 を こえて 若 林
衬に 秀衡堂 あ,. >、 濱 松の 松原 かぎ.^ なく こえて 天 龍
川 を わた. o、 池 田 村の かたよ b ゆかんと、 輿 かく も
のにい ひ をき てし を践 W 嫌 ザ 2% に ひたすらに 近き
道 を ゆかんと や 思 ひけん、 右の かたなる 小道に い.. ^
て 田 間 を ゆけば、 人家 一 ニニ 戶ぁ. ^、又 田 間 を ゆけば 人
家 一 11; あ. c- 、又 田家 を ゆけば 人家 一 ニニ 戶ぁ b 、長 も. 0
かう やく 賣 もの 多し、 山道 を 切 ひらきた る 所
を 上れば、 人家 二三 戶 あ.^、 一 言と いふ 所 也、 又 畑
の 中 を ゆけば * 切通し の 坂 を 下 て 人家 ある 所に い
たる 杖^ 餅うる もの あ,^、 これ 見 付の 宿の 教下 とい
ふ 所に して、 宿の 中なる 人家の 裏よ.^ 小路に 出た. = -、
見 付の 宿の 主 を 三川屋 甚三郞 とい ふ、 此 所に すめる
安 間: 牛 次 彌來. -て 物が たれ. -、 驛舍の 床に 梅 一枝い
けたる もめ づ らし、
十三 日。 _ ^明ぬ うちに 見 付の 臺に のぼ b ゆく、 日出
ぬう ちに 水星の かすかに み ゆる も あはれ な- 9、 雲た
ち さはぎ て 雷なる 音き こ ゆ、 袋 井の こなたに て 夜 S
ぬ、 袋 井の 宿に 西 河 諸 白、 名古屋 酢な どかけ る 招 牌
二 賓 五十六
f、 掛 川の 宿に いれば 十九 首 町、 下俟 町、 西 町、 分
中 王 町な どい へる 札 かきて、 町々 の 柱に おした h -、
江 SS の 城下の 町の 名 を かける になら へるな る べし、
城門 M に 入れば 西 町、 中 町、 連 着 町、 二 藤 町、 鹽町、 木
SV を 出て 新 町 あり、 日 坂 を こえて 小夜の 中 山 を ゆく
に、 小雨 ふ. - 求れ. >、 大 井川 も 水 落て、 河原の 石の
み 出た. y、 ー瀨 はかち わた. 9 一瀬 は 橋な り、 嶋 田の
宿 をへ て 瀬 戶川を わたる 程に 日 くれぬ、 藤 枝の 宿 は
本陣 治右衞 門な. o、
十四日ょべの雨晴たh^、 卯の 時に やど ひ を 出て 岡 部
をす ぎ、 うつの 山 を こ ゆる ほどに 日出ぬ、 丸 子の 宿の
こなたより、 吐 月 峰の かたに いるに、 人家 ま、 あ.^、
泉 谷と いふ 所に して、 梅の 花のと く^たる もお もし
ろし、 去年 もみし 宗 長の 墓に ぬか づき かへ. 5 みがち
にたちいで、、 丸 子の 宿橫田 三左衞 門が もとに やす
む、 酒の み 物語 して、 やど を 出て 阿部 川 を わた
れば、 破風 屋 といへ る 茶屋の 前に、 伊藤 蘭洲、 はた
府中の 淨切院 のま 僧な ど 出む かへ. 9、 日 みぢか けれ
ば こと は b いひて 輿 を 飛し、 府中 國吉田 江 尻 を こえ
て、 興津 にいた.. y、 淸見 寺に い て、 おきつ 川 を わ
たる 比日 くれぬ、 薩埵峠 を 上れば 月 出たり、 海ち か
く 風 さへ あらきに、 輿のう ちに うづく ま, o- て、 ゃラ
ぐ 由 比の 宿に つきて、 脇 本陣 伴右衞 門の もとに や
とれ, 9、 晝 見し 府中の 僧 さった のみね を こえて とひ
來.. > て、 書 を こ ひ 今宵のう ちに 又み ね を こえて 寺に
かへ ると いふ、 橫田 氏よ,. ^ も 使 を はせ て 鴨を苞 にし
て 贈れり、
十五 日朝 夜 明て たつ、 蒲 原の 宿に 人夫な くして ゆく
事 あた はす、 江 B- 屋と いふ 家に いりて 髮ゅひ 頂 そ b
て、 酒の み 物く ふ 間に、 やうく 人夫 來れ, とい ふ
もうれ しく、 岩 淵 を ゆけば 右の かたに 富士の 山み ゆ
る もめ づ らし、 富士川 あせて 水 すくなし、 吉 原の 宿
は此月 二日に 燒て わびしき さま 也、 原沼津 をへ て 三
島の 宿に つき、 平 七と いふ やど b にと まる、 竹 葉 館
の 額 は 北 川 氏の 書 § 歌 にして、 去年 やど ,9 し 所な, o、
江川 氏の 吏 これ かれ 來 りても の 語れ, 9、
十六 日 天顔 晴和 にして、 け ふ 箱 根 山 こ ゆるに よろし
く、 從者も よろこび あへ り、 山中に いこ ひ 畑に 晝食
して、 箱根權 現の 祉に まう で、 風 祭み あた, 0 にて 日
くれぬ、 小 田 原の 城に いれば 月 出たり、 宿の あるじ
を 三四郞 とい ふ、 今宵 は 桃李 園 g^g^ 主來 b て 酒く
み 物 かたれ, 9、
十七 日 俊 明て たつ、 酒 句 川 を わた, 9、 梅澤 をす ぎ、
大塚平 塚 を こ ゆるに、 風 出た, 9、 馬 入 川 を わた,.^、
南 湖 をへ て 藤澤の 宿、 藤 兵衞が もとに やどる、 扇屋
三 左衞門 夫婦の もの 来れり、 去年 酒 勾 川に とまりて、
此 宿に 三日ば か,. y と いま b し 事な どかたる、
十八 日夜 あけはなれて、 藤澤 をいで て 塚の 宿なる
伊勢屋 g にい こふ 、裸 木の 立場 をす ぎて、 保土ケ 谷に
いた, o、 神奈 川の 宿、 靑 木の 臺 より はるかに 江戶の
海 見 わたされて、 本船の 帆み ゆる もうれ し、 生麥村
の 茶店に 立 よれる に、 あるじの 紙 を 出して 書 を こふ
ま、 に 書 や,. y つ、 川 崎の 宿 を 藤右衞 門と いふ、 いぶ
せき やどりな り、 野 村 氏の 甥柳屋 S 二 などむ かひに
出 求れ, 9、 さきのと し、 浪花よ, 0 木曾路 をへ て かへ
b し 時 も、 江 芦に 入ぬべき 前夜、 板 橋の 宿 まてむ か
ひに とて 來 りし は、 この 柳屋 なり、 驟 町の 茶店に も
のせる 燒 ぃゐ、 煑^ め やうの もの を 割 籠に いれて 來
れる も、 一 年の 旅 寢の目 うつしに はお かし か.^ しが、
今宵 もまた: K か b 、-
二百 玉 十七 I
小春 紀行
十九 日天氣 よし、 まだ くらき にや ど b を 出て、 六鄕
の 川 を わた b て 田 間 を ゆく に、 井上 g 鈴 木敏, の 二
子 島 田 氏 麵弟島 崎 氏 1^ 吉見 氏の 甥 腐 これ かれ 迎に
とて 來れる もうれ し、 旅の よそ ひ を あらためて、 麻
の 上下き て、 品 川の 大路よ. 0 日本 橋 を わたり、 本 町 を
すぎて 馬險 町に います 長官の もとに、 今日 か へれる
むね を 申し、 柳 原の 堤よ b 水戶の 太守の みたちの み
まへ を 過る に、 家に ある 孫 I 太 佐々 木 氏の 孫 女 富と
もに むかひに とて 來れ り、 一 とせす ぐせ し 間に、 見 わ
する ほど 背高く なれ, o、 うれしな ど は よのつねなる
べし、 俶子は 足の 痛 あ. 9 て 家に てまち つけぬ、 家に
かへ, 0 てつら/^ 思へば、 去年の文月の末ゃど,^^を
出しより、 東海道の 海山 を こえ、 京 攝の間 を 見め ぐ
り、 は, 9 まがた 室の 律より 船に のりて、 十四日 あま
. ^海上にた^ よ ひ、 加 室のと ま, 9、 室 積の ほと りに
風 あらく、 船 あやう か, 9 し 事、 小 倉の 驛に病 を 得て
輿のう ちに 臥ながら、 ゆられ-,^ て 九州 をす ぎ、 長
崎に いたりし 事、 おろさ 船の 貢物う けさせ 給 はぬ た
めに、 監察の 使 あづまよ. 9 下らせ 給 ふとき、 て、 岩
原の 官舍を 出て、 本 連 寺の 中なる 大乘院 にう つ りす
二百 五十八
みその 事 はて、 もとめ やど. y にか へれる に、 從者 5§
病で うせし 事な ど、 こしかた ゆく 末 を 思へば、 た》
夢のう ちの 夢 を 占 ふ 心地して、 浦 島 か 子の 七 世の 孫
にあへ る も かく や あ りけん、 とにもかくにも、 家の
うちの ものつ、 がな く、 親戚の 情話 あさからぬ こそ
よろこば しけれ、 やがて 賀 客つ どひ 來 りて、 盃 をめ
ぐらし、 一 醉 して ふしぬ、
小春 紀行 三册自 崎陽 還 東都 途中 所 聞見隨 筆記 之
畢文化乙p^-季冬起筆丙寅上巳前 一 日 卒業 附錄詩
歌 若干 首 以備遺 忘
鶯 谷吏隱
小
春
紀
行
曰
升
冬
嶺
射
孤
松
0
水
澤
結
氷
霜
露
0
遙
見
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何
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早
嬉
野
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霜
白
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舍
中
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一翠
秋
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點
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茅
冷
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句 原
金
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錄
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五
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小春 紀行 二百 六十
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西
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あはら やに 稚 子の むら かれ あそ ふ を 見て .
軒く ちて かた ふきぬ へ き 家 そと も
ら てのと けき 稚 子の 顔
いっくに も か はらぬ もの は稚 子の
あめの まことの 心なる へし
藤 井よ b 片 上に ゆく 道に 時雨に あ ひて
はなれやに 子の なく 旅の 時雨 かな
か、 と、 い ふ 所よ ,9 片 上の すくまて ゆく に は
いんべと い ふ 所 をす くると きゝ て 例の され こ
とうた
ありき なば か、 卢も いたくな, 9 ぬ へし
はやく いんべ とすれ どかた かみ
人 樹山有 兄弟 坂
八 樹山連 三 石 峰。 林 分 夕麗映 靑屛。 忽聞 此坂稱 兄弟 a
轉使歸 心馳杳 冥。
早發 三石驛
暗水聽 無盖。 東方 看 未明。 連 天 山 突兀。 當路石 蛾嶸。
漸去黄 激國。 遙投 白鷺 城。 都 陽 曾 熟 地。 不費問 前 程 e
鶴龜 新田と いふ 所に て
鶴龜の 名に お ふ 里の あら 小 田 を
二百 六十 四 I
すき か へして やい く 世 かさねん
片 島と いふ 所に 白き 山茶花の さける をみ て 物
名に よめる
まらぬ ひの つくしに みて し 此花を
折て かさ ゝんく はちらぬ まに
度 正條河
去年 我 度正條 河。 八月 秋風 木 葉 波。 今歲 初冬 霜 露 後。
崎陽 歸客 再經 過。
姬路の 川 合 氏よ.^ 人來. 0 て
返し
いなみの、 いなみ も あ へ ぬ 心よ. 9
ふみこ そかよ へ 霜の 下草
我 ふるさと は鶯 谷と いふ 所 なれば
鶯の 谷の 古巢 にかへ るな b
春 はとく さけ 園のから もゝ
姬路 城下 邂返 室津仙 山人 § 本 聯句
室 津分手 已經年 南 就。 豈料 今宵 培 一 筵 讪山。 把 酒燈前
如 夢寐 南軟。 評 詩麈外 1g 因緣。 知 君 萬 里 鄕關遠 仙 山。
愛爾 千秋 事業 傳。 海内 比隣 通 尺 素南敏 0 當聽 山水 伯 牙
小
春
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松
種 古
新 松
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草の 枕の 夜寒 に そしる
鈴 鹿 野 店 褐旣醉 字
携來搏 酒 一 杯淸。 此館 先隣 旣醉名 。鈴 鹿 山中 前 路險。
行 行 未必恐 崢嶸。
す ゝか山 ふ b しむ かしに 引か へ て
鬼の すむ へき かくれ かもな し
追分と いふ 所に 鎌うる もの 、家に 伊賀 かまと
ぁりきのふ近江に ては越前鎌とぁ,.^しもぉか
しくて 狂歌
燒か まも 所に よりて か はる 也
近 江に 越 前 伊勢に 伊賀 かま
R 永と いふ 所に 萬 金 丹うる もの あ, 0 されうた
一 時 も 萬 金 丹に かへ なまし
日永と い へ と 日み しかの 旅
四日 市の 人々 まちつ けて 玄 はらく 物語る とき
しきしの ふ 去年 を ことしと 吾疊
三重の 河原に 圓居 すらし も
度 桑海
布 帆 朝 去勢 州 潰。 積 水 蒼茫 望 未 分 a 似 在 {.^ 中 住 一 面 a
將遊 城外 爲 孤雲。 山 靑難辨 何 州鎭。 洲白 先知 幾 鳥 群。
1 小春 紀, 行 .
憶 昨 瓊崖行 役 日。 悔隨麈 事更紛 転。
桑海 舟 中
勢 尾 連山 望 自分。 寒洲 蘆荻亂 紛紛 。桑溪 日出 遙相 照。
朝拜 峰頭 一 片雲。 财顆咖 有
いせお は. 0 の あは ひの 海 を わたりて
冬の 日の かけに あたれ はいその 海の
蟹の 藻鹽 木た く はか,.^ な..^
いせの 海 ゆ こきいて、 みれ はた どの 山
たと^^し くも をち かたに み ゆ
熟 田 聯句
欲 隨秦氏 入 蓬萊。 先 勸流霞 酒 一 KMg 田 Q 遠 客應憐 楊子
墓。 淸人定 問 野摩臺 I。 千 重烟浪 鵜 頭 破。 五色 彩雲 繁
背開き IO 巴 曲 沈吟 慰 擧白麵 0 逍遙 盡 日氣佳 哉^ go
熱 田驛和 安井 信 富
郵亭 半道 得 新 知。 却 望 蓬 萊易可 支。 地上 神仙 皆 在 尾。
塵 中 俗吏 一 辭崎。 下舟搶 海波淸 日。 挈: ili 玄冬 酒 熟 時。
無那相 逢卽相 別。 僕 夫 催駕已 歌驪。
附 原詩 安井 信 富
才名 落々 世 皆 知。 要路 遷官屬 度 支。 載 筆 頻年遊
大坂 C 脂 車 十月 發長崎 0 津中梅 樹花開 日。 湖上 山
1 一 百 六—.
小春 紀行
峯雪霽 時。 邂返相 逢驛亭 裏。 强傳杯 酒 駐躺驪 e
鳴 海 驛同尾 陽 諸子 賦分 韻關字
携手 北風 鳴 海灣。 一 宵 淸話作 舵 顔。 天涯 紫 氣非關 我 a
早晩 應過函 谷關。
針 4h 寺 藏橫關 木 々 有 刀痕 相傳
Ts 梗寺僧 風 道 轨以禦 敵 者 云
少林 棍法 是。 大樹 寺 僧 雄。 手 執 橫關木 C 能 成 敵 萬 功 0
又され うた
墨染の 衣の 釉を まく- 9 手に
打 納めた る 門の くわん の 木
岡 崎 驛和樵 古 醉老韻
官遊何 所樂。 U 夜 促 東歸。 幸 有 新 知友。 不令酒 カ微。
題 文 君圖爲 可樂生
雜傭司 馬子。 滌器卓 文 君。 千 40 琴臺 上。 遠山 日 暮雲 0
法 藏寺を 又 出生 寺と 名つ く
世に出て 生る 、寺に なに はつを
手なら ふ 神の あと 、こそ みれ
ふたら の ゝ宫の 神い とけな くわたら せ 給 ふと
き 御手なら ひ あ.. y し 寺 なれ はなる へし
御油 赤 坂の すく をす ぐるに され ことうた
鬆 付の 御油 赤 坂 は 出 女の 1
二百 六十 八 I
は ひわた る ほと ちかき 宿つ ぎ
吉田驛 次 泉 公 16. 韻
官遊 千里 向 東囘。 舊友 迎人勸 一 盃.^ 野 店 山 橋 催 短景。
暫時 懷抱爲 君 開。
同前 和 伊東 生
政 理曾傳 有 美聲。 今年 一 過 吉田城 。淳撲 可 稱鄕里 俗。
正觀 十五 國風 淸。
白す かの 宿 は 去年 やと b し 所な
去年の 秋 やと-?.^ 人の 家ゐ とも
いさしら 菅の むま やちの 旅
二 川 道中
遠 江隔近 江。 三 川 入 二 川。 立巖何 突兀。 大士像 儼然。
新 井關 望 富士山
新 井關 頭挂 席斜。 遠 江 灘上浪 淘沙。 西來 初見 芙蓉 頂。
忽憶 芙蓉 雪 外 家。
自濱 松驛至 見付驛 途中 作
楓颯濱 海風。 欝鬱兩 行 松。 細 江控馬 野。 三 原 接 犀 峰。
維 昔普敎 公。 東欲觀 芙蓉。 自有濱 松篇。 至 今 佐 歌雍。
十月 崎陽 囘。 途遠巳 仲冬。 再 見 芙蓉 雪 0 爽然攝 人 胸。
星 言驅驛 馬。 日 映 度 天 龍。 正 知 東海 上 a 江漢 日朝 宗。
小
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秋
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隱
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點
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埃
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大
長 柱
法 吐
師月
墓 二
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通
發夷 和聯詩
句 曲 歌 句 計
小春 ffi 行 — 二百お 十
出城 ほ 出 小 田 原。 薄暮 肩 輿入郭 門。 不怯客 衣 寒 節 近り
前 程 三日 是鄕 園。
小 田 原の 宿の あるじう つし ゑに 歌 かきてよ と
こふ その 繪は 菊に 犬な
やま 人の きくの 下露 うちはら ふ
手 かひの 犬 や 雲に 吠 けん
また 竹に 鶴の かた かきたる
一一 くれ 竹の よ や あけぬ らん 一 ふしの
一 ^ な, き 鳥 の 聲そ . き こ ゆる
駕籠 かく もの 、こと はに よそ へ てされ 歌
束 やう 六に. 四 文なら いや 棒 組よ
さいなん 二 文なら ば や, てん
襦中讀 范石湖 詩
梅 淨南鄉 藤 澤睡。 轎中. 閑 坐 坐. 還馳 (茶 前 酒 後 時流 覽。
范氏 田園 雜興 詩。
ま 川
馬 入河邊 水。 蕭 蕭枯肇 多。 善 騎 者 • 墮。 其 奈霸圖 何 a
金 川 眺-嘍 *
日出 金 川 十二 欄。 冬 靑臺畔 望 雲, 餾。 人烟 直接 江 城外。
滑 海 T 帆 泊紫瀾 C が j^l^
几 十四 首
一 一首
四十 六 首
十五 首
三 句
調 布 日記 引
寬政己 两變銅 浪華、 文化 甲子 從鎭 f??s、 去 歲之抄 奉
使 玉 河、 比 之 向 二者? t 蒼 不啻、 而歳^ 耳順、 兒孫滿
堂、 以桑檢 之 末 景與諸 少年 (fl^ 寸功、 抑 亦 晚矣、 亦
唯 天 之 所 命、 不可 容私 也、 夙舆 夜寐、 簿 書期會 、 塞
決 通堰、 却輿視 事、 庶人 在官 者、 庶足以 代 耕 稼 之勞、
充租 之 役矣、 公事 之餘、 逍遙 河 上、 ; 步所 遇、 紀
而不 遺、 名 曰 調 布 日記、 玉 河 古出 調 布、 國風所 詠、
因以 命名、 以示 吾家兒 孫、 不敢示 諸 白面 書生 云、
文化 己巳 春 三月 十八 日、 南 畝 覃書於 核 郡 登 之
客 舍時歲 六十 有 一 、
調 布 日記 卷之上
iS 布 日記
文化 五のと し、 十二月 十六 日 巳の 時 はかりに ゃ丄. ^
をいて、、 玉 川の わた h- に ゆく、 金剛 寺 坂より 中の
橋 を わた. o、 築 土 明 神の 社の 前よ. o、 肴 町 をす ぎ繫
店の坂を上,.^、 北 御徒町 市 川 氏 佐々 木 氏の 門邊 をす
ぐ、 これまで 駕籠の 側に 八歲 になれ る 孫 鎌 太 郞を具
したれば、: 1^1 々木 氏の 家に のこし 一-立 出つ、 兒定吉 弟
島 崎 氏、 聱佐々 木 氏、 同 弟新樂 氏、 市 川 氏、 吉見 氏の 子
な ど 送れ , り 、 市ケ 谷の 御門に いり、 麵 町 を 過、 赤 坂の
御門 を 出ん とす、 今朝 酌し 離 盃の醉 心地に とろく
と 居ね ふるうちに、 いつしか 西の 窪 大養寺 門前に い
たる、 飯 倉 町 をへ 赤 羽 橋の 前なる 立場に いこ ふ、 橋
- を わた. o、 高繩 をへ て、 品 川 大佛の 前なる 酒樓 にの
ほ, 0 て、 海面 を 見れ は、 房 總の山 南に つらなり、 築
波 山 北に 聳て、 行か ふ 舟の 帆影、 山の手に すむ 目う
つし に は、 これにす きたる 事 は あらし、 人々 酒の み
物く ひて、 下つ かさの 來るを まつ、 未の 刻 はか, 9 に
人 々 と 手 を わ か ち、 大森村 にして 下つ かさ 來.^ 關氏、
二百 七十 I
調 布 日 S3
宇田川 瞎と 土橋と 石橋の そこな はれた る をお さむる 一
事 を 見て、 六鄕の 渡に て 日 くれぬ、 ともし か ゝげて
川 崎の 宿に つき、 朝 田屋源 右衛門 か 家に やとる、 下-
つ かさの もの 四. <來.^ て 夜 ふけぬ、
十七 日、 { 仝/、 も. 0 て 日の出る を 見す、 巳の 時 はか, 9
にや ど を 立い つ、 野 羽織 半天 を 服し 股引 を 穿ち 草鞋
をつ く、 六鄉の わた. 9 を こえて、 八幡 塚 村のう ちと
ころく 堤の くづれ たる 所お さむべ きため に 名主 案:
內 して、 問: W を もて、 丈 量す、 雜色 村よ, り 羽田 村まで
の i あし ゝ とて、 曰よ け 船に のり ゆく、 ゃゝぁ て 一
獵師 町に い.^、 羽田の 方に むか ふ、 蝦 取 橋と いふ を 一
波. M」、 羽 W の 辨大の 前なる 棚 橋 を わた.^、 社に い 一
る、 玉 川辨財 天と いふ 額 を揭く 、二、 は 耍島を いふ 所.
なり、 別 當を佥 生 山 龍王 院と いふ、 年頃 此 神の 宮居 _
を 遠く のぞみて. 一 度 もま うづる 事な し、 今日はから
す もこ、 に 來れる 事 を 思 ひて、 白銀 一 つぶ を さ、 ぐ、 一
宇賀神の 小祠 あり、 御 穴 宇賀神と いふ、 こ、 に 常燈ー
籠の 高き あ.^ て 入來る 船の 目し ると せし も、 近頃 は
たえて、 その かたば か, 9 をの こせ b 、夫よ b 又 舟に の 一
b て、 稻荷 新田に つく、 入船 堀よ. - 江川の 惡 水の 堀
二百 七十 二
に そ ひて 南 ざまに ゆく 事 II- 十 町、 字 利 右 衞門濱 とい
ふ 所に 鹽濱 あり、 南 代 を こえ 出 來辨大 の 宮の前 をす
ぎ、 妙 善 寺 を 右に して、 一ば ム" 大師 河原に いたる、 こ
ゝは川 崎 村のう ちな り、
金剛 山 平 間 寺と いふ 除 厄 大師た \ せ 給 ふ、 本堂の 額
に 金 岡 山と かける もお かし、 堂の 左に 天姥 山人 I 敬の
碑 あ b て、 小 林 rf^ 高の 書 也、 奪 衣 婆の 石像に は 頭に
綿 をき せた, o、 堂の 後に 稻荷大 明 神、 靑 寵大權 現、 神
明 社と を 相 殿に まつれ. o、 まこと 大師の 像 は ひと ゝ
せ 江 II; にて 開帳 あ.. > し時拜 せし にたが はす、 春のに
ぎ は ひ 思 ひやら る、 芳 本屋と いふ 茶店に やすら ひ 田
間 を ゆきて、 右の 方に 八幡宮 あり、 大師 河原に 右觀音
道と いふ 石 表た て.^、 これよ b 七 町 あ..^ とい ふ、 醫王
寺 台 を 右に し、 川 崎 宿 一:.!: 年屋の 前に 出て、 やどり
にかへ る、 秉燭の 頃な b、 夕つ かたす こし 雨 そゝぎ
しか、 晴れ やらす 明日 は天氣 よく は 小 杉 村に やど
をう つさん とする に、 心 あはたい し、 樹 下石 上に 三
宿に 過す とわ ひけん、 故事 も 思 ひ あは せらる
六稻荷 新田 七稻荷 新田 二つ を 合せて 千 五な 石餘の
村な. o、 名主 六 右衛門七 右衛門と い へ る もの ある
ゆ へ にかくい ふとなん 六 右衞門 渡の 名 も あ. 9、
十八 日、 きの ふの 雨の 雪と な b て、 夜の 間につ も,. y し
も 又 雨と なれ h -、 け ふ は 中 丸 子まで 人馬 をつ ぎて 小
杉 村に とまらん と 思 ひし も、 路次 あしければ おなじ
ゃどりにと、まる、此宿の中に宗三寺とぃ ふ寺ぁ,c^、
間 宮氏庄 五郎 開基 なれば、 古き ものな ど あらば 寫 して
よと 賴 みあり、 縣令稻 垣 氏の 屬 吏に 命じて その 事 を
たづぬ るに、 間宮 氏の 先祖 靭負信 草元祿 十-戊 寅年
に 納めし と 云 叙 一 口、 幷に 古文書 ともを 携へ 來れ り、
搴とく^!^して!^し!:?、 敏の圖 、古 X 書、 宗 三寺緣 5iJ 、ば 玉川披
f * ^「- ま r 砂卷 上に. 吒。 載 わろ によ" 省略 リ
十九 日陰、 四つ 時 前よ b 川 崎の やど. 0 を 駕籠に て 出
川 崎 新 宿よ.^ 北の方 一 行 寺の 前よ. 0 右へ 畦 道 をった
ひゆく、 道 はなはだ あしく、 南 河原 村 をす ぎ 小 溝 を 右
にし、 條竹生 ひ しげれる 堤の 上 を ゆく、 土橋 を わたり
て 右に いれば、 下 平 間 村な.. > 、左の 方の はなれ 屋 にく
まの ゐ とかけ る 札 出した る あり、 左に 寺 あり 、セ ウメ
ゥ 寺と 云、 又 寺 あ.^ 叢祠 あ. 9、 縣令大 貫 氏の 屬吏 出む
かへ て 明日 宿 河原 村に 待う けんとい ふ、 上 平 間 村に
て 駕籠よ. 0 下, 0 て あゆむ、 この わた. 0 玉 川の 堤の 崩
れ たる 所々 をみ る、 土橋 あり 下 丸 子 村に. 渡る 橋な b
属布 B IB I
歡れ S§ れ 又ち いさき 土橋 を わた. 9 て 中 丸 子 村な
り、 こ、 の 里 長の やど. 9 に晝餉 す、 やど. 0 を 出て 左
の 方に 羽黑權 現の 社 あ. 9、 此 あた b 竹林 多し、 これ
よ 駕籠に の て 上 丸 子 村に いれば、 しき 人家 あ
り、 御 茶漬 そばな どかけ る 障子み ゆる もい かなる 味
ならん と覺 束な し、 左の かたに 札た て、 稻毛 山王權
現 煤 掃に 付靈物 をみ すべき よしを かきて、 富 松 神 生
と あり、 又 畑 道 を ゆきて 小 杉 村に い, o、 原 平 六 か 家
に やどりと る、 此 所の 鎮守 は 神明 宫 惣社 權現杉 山 明
神な りと 云、
廿日 陰、 よべよ. ^ 雪 はたれ に ふりて、 庭の 竹の 葉 そ
よぎ あ ひた, 9、 やう/^ 巳の 時ば かりに 晴て風 はげ
し、 つとめて やど.. > を 出て 西 明 寺の 前 をす ぎ、 天神
下と いふ 所よ b 杉 山 下 晴卬 训 f7i とい ふところ
まで 堤の くづれ たる を 丈 量す、 風 烈しく 膚に とほり、
くるしき 事い はんかた なし 稻 荷の 社のう しろに 大き
なる 杉の 木の 根 か へ b て、 川に 枝 を ひたせる をみ る、
今年の 水に よ, 0 てなる べし、 側の 一 木 は 枝 折れて う
つろ にな たる こかげに い, 0 て、 風 を ふせぐ たよ, 0
とす、 それよ.^ 蛇 籠の ならべる をみ て、 宫內 村に い
I 二 US 七十 三
,布 ^ ie>
.9 て认樋 見、 と ある 鏖家 にい b 燒 火して 手 を あた
、む、 升形と い ふ 所の 蛇 籠な ど 見て、 道 あし けれ
ば 駕籠に の b ゆく、 右に 一 寺 あ. 9、 一の 人家 ある 所
をへ て 堤の 上 を ゆき、 北 見方 村 をす ぐ、 北 見方 衬に
は 永劫 山 3^ 林 院慶元 寺 普 命 山 華 藏院禱 善 寺 なと い
ふ 寺 ある 事 g 神 地名 錄に みえた. 9、 追て 尋ぬ へし、
識訪 河原 村の 名主の やと りに
して 畫餉 す、 此人書 *1 を 好む とみえて、 床の 上に 書籍
$ け 、 御當家 の;!^ 錄書 しふみ とも 多くみ ゆ、 それ
よ; 0 上 河原 をす ぎ久地 村の 名主の もとにい こ ひて 立
おしか、 あま. 0 に 寒ければ、 堰 村の かたに ゆかす して
駕籠に の. りて {佰 河原の やどに つく、 あるじ を 彥左衞
門と いふ、 家居 も 心に く、 住居して、 庭に 一 木の 梅の
花 さき た. 9、 け ふ は 節分 なれ ども 溺の頭 柊 もな し、
童子の 肥て たくまし きか 升に ぃ..^豆をぃれてまぐ、
隣々 にも 同し 聲す るに、 故鄕 のうま ご どもの 事 わす
T P, ^f0o ^ ^ 腐 籠 中 にて 听見右 府中 道 左
れ やらす 滔 ひみて ふし 尸 青山 目 黑 道と ある 石 表 あり
廿 一 :《 陰晴、 朝 やう^^ 晴れたり、 日の 影み ゆる も
うれし、 今日は 立春な, 9、 辰のと きすく る 頃 やと. 9 を
出て 稻毛川 崎 用水の 入口の 埋れ たる を 見、 それより
二 IB 七十 B
河!^ をつ た ひ、 古 玉 川の 瀬の か は. > たる を 見て、
玉 川の ほと. 5 の あらたに うかち 入る ベ き 用水の 道 を
みて、 河原に いこ ひ、 又 和 泉 村の 方よ b 六鄕 用水 入
口の 埋 りたる を 見、 あらたに 憨っ ベ き 河原 をみ て、 駒
井村の 名主の もとに 畫 餅し、 それよ. -驚籠 fffll: 霧
:J 見 にて 等々 力 村に いた. 9 堤の 欠た る 所 を 見て、 同
村 名主 鄕左衞 門の やどに つく、 屏風に 程 半 擔の書 あ
り, 絕句 解の 明 詩な り、
廿 二日、 よべ はら-^ とふ h- し 雨 はれて、 日影み ゆ
る もうれ し、 等々 力 村 agll^giKssr の 堤の
ところ く すれて 穴 ある 所 をみ る、 それよ b 渡 場
上と いふ 所の 堤 を 見て..、 渡 場の 農夫 金 左 衞門か 前に
いこ ふ、 渡 場 下の 堤 を 昆て小 杉 村满; は^ま g 舰親她
の內 向河原 上 河原 を經、 上 沼部衬 にいり、 下 河原の ほ
と! り、 峯村の前なる出淵を見^^^¥|- 堤の かけ
たる を 引 堤 せんとて 繩 張す、 一 つ は 百 五十 間 程、 一
ッは 二百 六 間ば かりな, 9、 こ、 の 字 は 下の 前と 云、
農家に やすみて、 駕籠に の. 9、 峯 村の 中なる 農家に
畫餉 して、 矢 口村に いたる、 こ、 に 池 上 道と いふ 石
表 あり、 それよ.. 舟に の. 9 て 古市場 村の むか ふの 岸
のく つれたる を 見る、 玉 川 砂利 をと る 舟 あ. り、 塞き
を もい と はや、 水に い-りて、 砂利す く ふお のこ をみ
る、 一 日ぃかばか..^すくふときけば舟 一 艘に砂利 一
f ど I ると 、 、ん 一 评の あたえ 一 霞 二百 文な リニ 人 - 1 r- も V
^ を捐 ると.^、 > してす く へ ば 六 百 文つ 、なろ ベ し .-^T も. S
の 子な. りと 思 ふに、 利の ために 膚の 寒き を. ら ざる
事、 官吏. 力 身に もた ぐ ふべ し、 申の なかばに 古市場 衬
の やど.. > にっきて、 簀 子の はしょ b 富士の 山の 晴れ
たる 形見 わたさる、 に、 我 書齋の 西の 窓より 昆る所
と 方角い さ、 かもた が はす、 江 ES を 距る事 四 里 あま
の 地に して、 故鄉戀 しく 思 ふ も老の へたるな る
ベ し、 こよ ひの あるじ を 重左衞 門と いふ、 床に 達 摩の
書 あり、 : 葦 隻履野 狐 精神、 恐 見 尾露繞 半身、 乙 之
夏 七 1 一 劣 孫 義瓊拜 寫幷賛 と あ, 9、
廿 三日 晴、 よべ 亥のと きば か. 9 にな ゐふ, 9 ぬ、 明日の
天氣 いか ゝ ならん と 思 ひしに、 朝よ く はれて 日 かげ
花や かに さし 出る も うれしく、 古市場 村の やど h-
をいで、、 堤の く すれた る 所々 丈 量して、 竹 をた て
Si を はる、 . ^市場よ. Q 原 村 をす ぎ 人 幡塚村 をへ て 古
H 村な り、 又 原 村 Q 飛地 も あり、 農家に いこ ひて、 古
川 藥師に まう でぬ、 年頃 此佛の 事 をき ゝ しが、 こと
し六卡 にして、 はじめて 来れる もい かなる 因緣 にや、
門 を いれ は 大さ牛 を かくすと い. ひけん 大木の 銀杏 一 一
本ならひたて,.^、かのちゝとぃふものぁまたたれて、
目 を 驚かす、 見 ものな ひ、 もろ 人 願 を かけし と 見え
て、 紙に て むすびた るかた み ゆ、 側に 石 表 あ.^、 禁制
とかき、 此ニ本 之 銀杏 乳 削 取 事 同 枝葉 I ^折 取 事と あ
りて 後の方に 元 祿三庚 午年 九月 八日 安養寺 法 印榮辨
と 記して、 藥師 如来-の 御 夢想の よしを まるせ り、 本堂
の 額 は醫王 山 高 泉禪師 の 書な b、 堂の 側に 大きなる
杉 一 本 あ. „^、 藥 師如來 御影 靈水と ありて、 その 木の
下に 壺 あり、 この 壺の 水に て 目 を 洗 ふと 云、 杉の も
と は うつろな, 9、 又 五智 堂 あ, 9 十 王の 像、 愛染明王
の 像な と あ, £N、 それよ. 0 駕籠に の b て、 八幡 塚 村の
旅 宿 接 屋榮藏 が 家 に い た て 晝餉す. 、 未の 時ば か. -
なるべし、 け ふ 道に して、 鐘の 昔の きこえし は 芝の
增上 寺の 鐘に や、 wpf^^s:;- は 家 を岀て 八日ば か
,9 にして 江 II; の 寺の 鐘の 昔 をき くもお かしき 旅寝な
るべ し、 今宵 故 鄕の文 もて 求れ, 9、
廿 四日、 天氣 よし、 明日 は監 使の 求ら せ 給 ふべ けれ
ば、 今日 この 所に いこ ひて、 明日の 事 はからん とす、
二百— 七卞玉
讕布 B IS .
朝より 南 軒に 背を雞 して 畫に いたる、 此 頃の 心 あは
た、 しき も わする、 はか. 0 な,.^、 六樹園 かつ くれる
斐陀匠 物語 をよ む、 玉 川に さらす 手つ くりの 歌 ある
もお かし
廿 五日 晴、 朝と く 起て、 監 使の 来れる を まつ、 天氣
和暖 にして 風し つかな り、 早く 晝餉 してやと, 0 を 出
て、 八幡宮に まう で 八幡 塚と いふ もの を 見る、 四 神
地名 錄に 云、 別當寺 を 御幡 山 建 長 寺寶珠 院と號 す、
いひ 傅へ に は賴朝 公、 石橋 山 合戦に 敗軍し、 安房 上
總へ 渡,^ 給 ひ、 大 軍を舉 して、 此 所へ 渡海 あり、 再
ひ 御 旗 を 立、 着 到 をし るし 給 ひし 地なる によ. 0 て、
御幡 山と 號 せる よし、 住持の 老 $5 物語な. y、 中 唇 土
人の 云 ひ it へ に は數々 の寶物 神器 を 土中に 埋め 塚と
す、 此故を 以て、 八幡 塚 村と 號 せる よし、 建立の 節
は 捤原景 時 普請 舉行 ともい ひき 云云、 社 は 東側 別當は
西側な. o、 境内に 大きなる 杉 あ b 土人 旗 立 杉と 云、
南面に大門ぁ..^、石橋ぁり、これ古の海道にて、 古 海
道と 稱す、 かた へ の 畑 を 古 屋敷と いふ、 又 竹林 あ, 0 旗
竿に せし 竹な りと 云、 古 へ 寶物 多く あ. 9 しが、 別當持
にて 紛失せ しと そ、 すべて 八幡 塚 村 は 十餘ケ 所に 飛
1 11
. I 二百 七十 六
地 ありて 便利よ ろしから すと 土人い へり、 又 東側に
要 島辨財 天道と 云 石 表 あ.^、 又 社より 渡 場の かたに
赚: W 經 山觀乘 寺と 云 寺 あ, 9、 當 所出洲 出現 開運 日蓮
大 菩薩 の 像 を 安置 せ, 9 、 未の 半に 監使の 篤 来れ .0 、 川
崎 宿 朝 田 崖 武右衞 門 かもと に やどりと る、 さきに 十
六日よ. 0 十八 日まで やど, 0 し 所な b、
廿 六日 晴、 辰の 時す くる 頃、 監 使と ゝ もに 川 崎" 宿 渡
場の堤の上ょ-.^、 大師 河原に まうて、 稻荷 新田の わ
たし を こえ、 羽田の 獵師町 をす き、 玉 川辨财 天に まう
て、 又 舟に のりて 雜色 村の 方 を 見、 八幡 塚 村に 畫餉
し、 又 舟に て 堀の 內村 古川 村 原 村 古市場 村 矢 口村の
堤 を 見て、 矢 口村の やど. 0 につく、 入幡塚 村. 大王 木と
いふ 所、 石の 认 樋の そこねた る を 見る、 この 石の:;^ 础
は 土人の 云、 享保十 一 年午のとしに出來しものな.^、
すべて 三 ッ計ぁ b と 云、 昔の 人 はか、 る 事 をな して
年久しくた もつべき 謀 をな せ b、 ことしい かなる 年
にや、 今まで まいら ざ b し 大師 河原の: 牛 間 寺と、 羽田
の辨財 天に ふた、 び まう で、 川 崎に ふた、 び やど.^、
六 鄕の渡 を 三た び こえし も、 はっか十日ばか.^のぅ
ちな ち、 ,
廿七 日晴、 辰の 時ばか.^ 監 使に 從 ひて 鵜の 木 村よ
.>嶺 村 小 杉 村宮內 村 をす ふ 一 |§ に は 北
見方 村 名主 七 郞右衞 門 か 家に. 晝餉 し、 二子の わたし
をす ぎ て 難訪 河原 村一經 、 久地村 め 名 生 伊 右衞門 か
もと it い こ ひ、 又 堰衬力 名主 金 右 衞門か 家に いこ ふ、
宿河原衬ゾ-旅のゃど..^此.3、ノゃとりし家の*^、たしきも
のなる が 家lj^3のさまょろし、 あるじ 茶 を 好みて 家
のうしろ に 茶室 あ, o、 あるじの 勸 るに まかせて、 三
婉を 傾けて 談す、 むかひに み ゆる 山の 名 は 何 そと
間へば 安立 寺と 云、 曰 逢 宗の寺 ある ゆへ に、 安立 寺
山と いふ、 古に 向が 岡と いふ はこの わた, 9 な, 0 なと
かたる、 又 升形 山と いふ も あ, 9 て、 稻毛 三郞が 居り
し 所と いふ、 家の めぐ b に 棚 をつ く, 0 て 梨の 木 あま
た植 置.^、 書盡を このみて、 予が書 を こふ ま ゝに書
て やる、
廿 八日 晴、 辰の 時の 頃 宿 河原 村 をいて、、 監 使と、
も- i 、登 月 村の 堤 をみ る、 和 泉 村よ, 0 下 布 田 上 給國領
三 村 C 組合の 岸の 崩た る を 見て、 上布 田 小島より 二
衬の 組合の ほと-り をす ぎ、 押 立 村 Q 名 ま 藏か 家- i
て晝 齣す、 こ、 に 藥師堂 あ b 常 久衬上 染谷村 是政村
IP 布 日 》
をへ て、 き 中 一一 一町の 河原に いた
り、 府中 六 所 明 神に まう で、 番場 町の 年寄 忠兵衞 が
家に いこ ひ、 是政 村の やとり につ ノ、、 府中 惣社-」 は
明 和 四のと し 九 月の 頃、 岡 公 修南條 山人、 Ml 高
仲 幹と、 もに まう で、、 四 人 部屋 G あるじ 野 維 氏 字
は 子 則と いふ ものに あ ひき、 服 部 仲英の 門人 也、 今
日 はからす も 府中の 驛路 にして ふた、 び 逢 ひしが、
思へば 四十 餘年 にな..^ ぬ、 公修は 今の 素觀. 禪師 にし
\-南條仲幹はすでに泉下の客とな..^ぬ、 猶 この 驛路
を いくたび も 過べ ければ、 かさねて 對 面せん とい ひ
て 別れぬ、 府中 石 華表の かけた る あ,^、 此に慶 長 十三
年 御 建立と あ り、 後に 彫た る ものな, o、 很徠 峽中紀
行に も此 事め. 9
廿九 日陰、 宵に 雨 ふ. 0 夜半よ, 0 南風つ よし、 け ふ は
小盡の 大晦日に て、 江 BS にあ りなば いとまな かるべ
きを、 旅の やど..^ のま づ かなる ま、 に、 朝と く 起て
庭に あゆむ、 庭 ひろくつ く, 0 なして、 松 あ, 0 梅 あ
柳 あり、 石 をた て 枯木 をす えて 心 ありげ につく りな
した.^、 垣 を へだて、 遠く 望めば、 玉 川の むか ふに つ
ら なれる 山み ゆ、 河原ち かくて 水 音 もき こ ゆるば か
調 布 g S3
二百 七十 八
りな.^、 一 むら 竹の しげ. 5 たるに 鳥の なく こ ゑな ど、
山靜如 太古、 日長 似 少年と いふ 句 も 思 ひ 出ら る、 府
中の 驛に人 をつ か はして 酒肴 を もとむ、 け ふ は 府中
に 市 あ. 0 とい ふ, さと 人の 文の 來れる もうれ し、
府中に § きし. < か へ.. > て 今日の 市 は 男女と もに 大き
なる 草 籠 を背负 ひて、 野荣 やうの もの かひて 籠に い
る、 な. o、 たが ひに 籠 を 負 ひたれば 大路 も狹 し、 江
戶 よ..: > 見せ ものな ど 持 來,. M し賑 はしと いふ、 まこと
に 酒 はよ ろし けれ ど^はな ヽ 雑 子 山鳥の 類の みに
て雞卵 もな し、 翁麥 むぎ 調 じて みな/^ 食 ふ、 咏 こと
によろ し、 獨活芽 を 下物と して 酒の み 酔 ふしぬ、
文化 六 年 己巳 正月 元 y 晴
け ふ は 公事 もな く、 心靜 なれば 日 高うな るまで、 朝
寢 して、 三竿の 影 障子に うつる ほど 庭に 下りた ちて
あゆむ、 あるじの 方よ.^ 湯 を ひき 給 ふやと 問 ふ、 此》
あた, 9 のなら ひなるべし、 去年 元日の あした 筆と
て兒孫 共獻三 元壽、 不羡 千金 與藥 鍾、 とから うた 書
し 事な ど 思 ひ 出ら る、 や、 あ. 9 て雜 煮の 糕 もて 來れ
り、 餅 ゐに菜 長い も 里芋 を まじへ、 むか ふに 獨活こ
んに やく 三 島 の. 9 椎茸 を 細かに き, 9 て、 酒に ひて
中に 梅花 を そへ て 皿に も れ. 9、 又數の 子と 田つ く
.0 と を も 皿に もれ. 9、 武藏 地名 考陸放 翁 集な どよ
みさして 湯に 浴し、 去年 人の 贈, 9 たる. W 良 茶お 綠と
いふ を 煎して 試む、 茶の 氣甚た 薄し、 此 村の 名主に 井
田 左 門と いふ あ b 踪, 纏 きす 小 北條 の臣、 井田
攝津守^.是政が子孫にして、 天 正 十八 年 小 田原沒 落の
時 八 王子の 城 やぶれて 此 地に 蟄居せ り、 是政 村と い
ふ もこれ によれ bLJ いふ、 その 家に 系圖 あ. とき ゝ
て 乞て 見る に、 畠 山 庄司重 忠の四 男、 井田 重 政の 末
葉な, 9、 筆と く寫 して 旅装に おさむ、 今年 考據 の學の
はじめ なるべし、 夕 かたよ b 江 のかた に 火事 あ. 0
て、 雲に うつら ふ 色み ゆ、 品 川の ほと- 9 にも やな どい
ふ
後 ran 本 橋ぶ リ堺 町邊
両. 33! 愦 邊,.
ps^s お 酒の み 物く ひて ふしぬ
二日 陰晴 さだまらす、 風な を 烈し、 夕べよ b 風 やみ
穴ェ はれぬ、 卯の 時ば か b に 起て 褥に 食し、 駕籠に の
.9 て 是政村 をいで、、 府中の 方に ゆく、 道め 左に 大ぎ
なる 寺 あ, o、 本覺山 妙光院 とい ふ、 守護 使不 入と いふ
榜示 あ. 9、 府中に いた て 本陣の 監 使に 吿て、 かた
への 家に いりて まつ、 番場 町の 年寄 忠兵衞 が もとな
り 5^ 島屛 風に 書る 詩 をみ る 關思恭 の 書な h -、
歡友蘭 時往、 適 澄 匿 昔徽、 虞 淵 引 繩景、 四 節 逝 若
斯、 芳草 久已 茂、 佳人 竟不 歸、 鄭躅遵 林 渚、 惠風
人我 懷、 1^ 物戀所 観、, 釆 此欲貽 誰、
古人の 中に て 誰か 詩なる 事 を しらす、 何となく わが
心に 思 ふ 所 あ b てた めら ふうち、 監 使の 出た、 せ 給
ふとき ゝて、 立いで、 甲 州 道中の かたに ゆく、 左に 禪
寺 あ 門に 武野禪 林と いふ 額 あ..^、 ゃゝ ゆきて 左
の 方の 細き 道に いりて、 石橋 を わたる 事 多し、 右の
方に 小野宫 と,, ふ 所 あり、 淸胡兆 新 製 精神 湯と いへ
る招牌ぁる家ぁり謹缝^^雜^>;^5^小祠と:ろぐに
みえて、 靑 石の 碑 もま、 みゅ瞻 に| ほと 四ッ谷 村と い
ふ 所の 松 かざ b こと 所に たが ひて 門に はたて す、 家
の 正面に かざ,.^ て ひくし、 松 四 本た てた る も ありて
かざ. 0 の 下 をく .《• るべき やうな し、 府中ょ.<^これま
でに 道に 穴 を ほ.^ し 所 あり、 これ は 十四日の 夜の 松
かざ. 0 をと, 0 て、 燒て さいの 神 を 祭るな. o、 中 河原 村
上 谷 保 村な ど 用水の 道の ふさがれる をみ る、 上 谷 保
衬に天 # あ 睛 廿 これ は谷保 天神と いへ る 像に
して、 神體 はなはだ 古拙な.. -、 故に やぼてん とい へ る
俗語 もこれ によ,^ て 起る とい ふ、 ゆきて みん と 思へ
ど、 これより 十 餘町も 下の 方な b といへば 重て みん
と 思 ふ、 こゝ にて 畫餉し II 政府 中 三 町 外 十 ニケ: Is
认樋を 見て、 燒 火して あたり、 高き 岸の 上 を ゆく、 又
甲 州の 街道に 出れば、 榜示 あり、 從是 北西 南 尾 張 殿
鷹 場と 記せり、 柴崎衬 富 右衞門 かもと にい こふ、 この
庭よ. 0 みる 所駿河 甲斐の 山々 橫ぉ. 0 ふして、 下に 玉
川の なかれ 淸く、 水 またに みなぎ b 落る さま 槍に も
か、 まほし、 これよ. 9 林の 中 を ゆきて 禪寺 あり、 普濟
寺と いふ、 門の 內に 釋迦堂 あ, 9、 稻 荷の 祉ぁ ,9、 庭の
外面の 垣 をった ひゆき て 墓所 あり、 こ、 に 古き 石碑
あ. 9、 六角に して 签石臺 石 あり、 六の 石 は ひとつ/、
签と臺 と を 穿て, 9、 高さ 六尺 橫ー 尺五寸 ばか-り 前の
方の 二 枚 は 二王 を 彫. 9 て、 うしろの 方の 四 枚に 四 天
王 を 彫れり、 上の 方に は寶轰 しの やうなる もの あ. 9
延文六 年 辛 Ft? 月 六日 §1 纖了 立
さきに 姬路の 城 生の もとにして 此石を すれる を 見し
事 あ りき、 まことに 古き 見 ものな. o、 こ、 で 江 戶
よ b 十 里と きけば、 好事の もの も 見る 事 かた かるべ
し、 寺 を 出て 土橋 を わた. 9、 日 野 本 鄕の衬 の 堤 をみ
て、 S ぼ $i;Sfi ま S 神" 日 野 村に いり 玉屋 榮藏か
二百 七十 九
讕布 B 0
もとに やとる、 申の 時ば か b なるべし、 宿の 右の
方に 天 王の 社頭 あ.^、 社に 彫物 ありて よろしくみ ゆ 0
三日 晴、 朝と く監 使に したが ひて、 日 野 本 鄕ド堰 の
用水 を 見. r やぶ 川の 末 石 河川の ほと, 9 をす ぎ、 橋 を
わた-りて 栗の 須 村に 入り、 又 橋 を わた b て 柴崎村 I」
外 二 ケ村組 八 口の 堤 を 見、 燒 火して あた. o、 大祌 村の
名主 石 川 八 郞右衞 門 かもと に 甞ー飽 す、 此庭も 又き の
ふの 晝 いこ ひし 富 右衞門 が 庭に ゆ づ ら や 、 岸 高 く し
て 玉 川 を 見お ろし、 むかひに 山々 連..^ て、 風景い は
ん かたなし、 拜 島の 用水 を 見、 高 =1: 村に いれば、 秋
川の なかれき よく、 柿の 木 多し、 圓通 寺の 前よ. 0 た
、ちに 拜 島の やと にっきぬ、 あるじ を 島 田 甚五右
衞 門と いふ、
四日 晴 北風、 卯の 時ば か.^ に 起て、 監 使の 荒 川の 方
にう つ b 給 ふ を 送 .0 て、 拜島 試 紅 一 の や
ど,^ にか へ り、 朝飯 をく ひ、 羽 村の 方に ゆかんと て
出た つ、 拜 島の 宿 を 出て、 水車の ある 農家の かたは
らょ. 9、 畑に 出れ は 桑の 木 多し、 熊川村,:;林中ょ^'
むかふに富士の雪しろくなかばばか..^見ぇし景色綺
にも か、 まほし、 や、 あ b て 上水の 堤に 出た. o、 こ
二百 八十
れは江5^四ッ谷の水門にぃたれる上水なり、 水の 色
靑 くして 淸し、 上水 を 右に しゅけば 淸 岩院領 といへ
る榜 示み ゆ、 淸岩院 の 前なる 橋 を わたりて 上水 を 左
にす、 寺 あ-、 福ク 村と いふ 所 を?、 化 Js^.i
川 崎 村 を 過て、 林の 中に 金 羅の社 あり、 此所
の ほとりよ b 玉 川 を 見お ろし、 むかひの 山々 お I け 一"
のけし きをみ る、 橋 を わたりて 羽 村な. o、 羽 に 上
K の 昏^= ^ヤノ-' 御 t 請 方 同心、、 の 地に もりて 御 誓 請 -Kii 一
スび s^a^ ク,' 役 御 小人 目 付と 立會 ひつめ 居れ リ ,.J.f^paittl 一
附 地所 二十 二 間 三尺と いふ 榜示 あり、 岸に のぞみて 一
水神の 宫 あり、 こゝょ b むか ふの 山 をみ るに 松 生し
げ. 9 て、 或は 山の はげた る さま 屛風 をた てた る ごと 一
し、 右に 田 上 山禪福 寺と いふ 寺 あり、 Mlli 三門 前に
塔婆 をた つ、
乾坤 一 箇無縫 塔、 獨 脫巍然 玉 水邊、 更在 諸 天隨喜
德、 化身 應齟タ 陽 前、
羽 村 田 上 山 禪福禪 寺 住持 沙門 正 嶽碩田
と あ. 0 、 さすが は ,禪 家 に し て 餘宗 を舉す る 寺院なら
ば、 經 曰 にても すむべし と獨. り 笑ぬ、 坂 を 下. 0 て
田 間 を ゆく、 ところ に 梅の 花 咬, o、 堤 を ゆきて
鳥居た て b、 阿蘇 宮 にして 平 新皇將 門の 勸 請な. 0 と
云、 神 生 二人 宫川左 京 同 石 見 i 云 f ほ 計 I^s:!^-
祭禮 六月 十五 日な り、 神體は 一 尺ば かりの 箱のう ち
にあ. 9 て祕 物な, 9、 箱 は 小さ けれども 重し と 云、
神主 石 見が 先祖 この 神 體 を 見ん とて、 精 を潔齋 して
ぁけて見しにたちまち目4^^ひたり、 その 、ち當 家に
目をやむ ものた へす ときく、 楝札は 平 親王 後; B| 三 田
掃 部 助 持定と ありと いふ、 又 山 王の 森と 云 所に 古き
石^ あ、 り、 兩脇 にも 五輪の塔 あ. M」 文字な し、 山 王
の 小社 をた つ、 寵珠山 一 峯院 とい へる 寺 あ, CS て、 位
牌 あり、 三 汲 道生大 居士と あ, 9、 應永 三十 一 年と あ
.9、 など 名. H 岡 本 小 源 太 か 物語た f り、 一峯 院 にい,^
て錡銘 をみ るに、 翡珠山 ; 峯 禪院、 應永 年中 開 創 玉
英和 尙奉 安觀音 大士 尊像 是運慶 所作 也 云々、 寶曆
丁?^ 五 ZT 十八 夜欝 攸之變 にか 、,o し 事な と 記せり、
余地 院に いませし、 蒼 H 禪師の 文な b
•iT 名主の もとに 晝餉 して、 もとの 道 を かへ らんと
す、 上水の 北 を ゆく に 山 王 あ. 0 天神 あり、 淸岩院 の 前
な る 橋 を わ た ,9 て 、農家 にい こ ひ、 申の 時す ぐ る 頃拜
島の やど-り にかへ h, ぬ、 此 村に 日 井 源左衞 門と いふ
もの あ. 0、 同村 普妙院 にある 所の 大日 如 來の緣 起 を
調 布, nr 記
藏む、 あるじに 乞 ふて みるに 螬 t5ss5,!- は
本^ 布目の きら 引に して 手跡 もった なから す、 又 同
村 白 井 傳左衞 門が 家に 藏る 所の 古陶 器 を も 見せし
年 程の 古器と へ 玉 W 披砂 卷 上 に ン
いへ と 未詳 1圖 も リ參照 }
五日 晴、 辰のと きに やど. o- いで、、 大: 《 に まう でん
とす、 門前に讀法華千部の碑ぁ..^、 .£^;^^^"^11井八
郞兵衞 の 建る 所な り、 門の 額に 密嚴淨 土 寺と あ.^、
0s.s.^i 石 坂 を 上 立 i 堂 あ b、 大日 堂
の 額 は 三 井 親和の 書な, 9、 左に 山 王の 社 あり、 右に 藥
師堂 あ, 9、 門 內に辨 天の 小社 あ, り、 そ.. い 隣に 元三 大
師の 堂み ゆ、 河原に 出て 柴椅を わた b 小徑を 上る 事
六 七 町初澤 とい ふ 所な り、 絕項 にいた b てす- ) し,.、
いこ ひ、 や、 下る 事 三 四 町 左 入 村 宇, 木 村 力 小 流 を
わた b 、畑に 出て 又 上, 0 ゆく、 屮野村 r 力 小高き ところ
よ. 0 八 王子の 里と をく み ゆ、 淺川を わたれば 榜示ぁ
り北鄕 境と 記し、 大澤左 京大 夫 知行 所と かけ. o、 や
、行て 柴橋を わたれば、 八 王子の 橫 町に て 御 代官 伊
奈友之 助の 支配 所な, り、 左に 極樂寺 あり、 右に 大善
寺 あ, o、 十八 檀 林の 一 なり、 もと 瀧 山よ. 5 うつせる
寺 なれば、 瀧 山大善 寺と よぶ とい ふ、- 山門の lai に觀
二 sin
池 山と あ b て、 華 頂山大 增正桌 現 書と あり IK お
リ 本堂の 篇 に稱模 林と あ. -て、 三緣山 五十 四 世
大僧正 全 海 書と 見えた..^、 こ、 にあ はれなる 物語 あ
り、 此堂 をた てし 時此 堂の 柱に^ かれて 死せ し稚子
のために とて、 堂 前の 右の かたの 柱に ちいさき 足^
を 彫..^ 置け るが、 人み な 來,. ^て、 手 さぐり 見る ゆ へ に
や、 滑らかに 手 すれて 光 あり、 堂の 後に 津の BJ ニ郞菅
原爲 守の 墓 あ..^ とき、 て 見れば、 大きなる 石塔 をた
て、、 面に 津の I!; 三 郞尊願 法 塔と 記し、 右に
津 inj 一一郎 菅原爲 守 以仁 治 四 年 癸 卯 正月 十五 日終于
家矣、 玆歲寬 保 壬 戌 正當五 百年 也
於是造 立方 基 謹 擬如在 之 祭 云、
苗裔 津 uM ハ郞 右衛門、 法名 順眷澄 信識焉
右に 觀池山
第二 十 一 世純譽 上人 代
と あり、 此津の II; の 三郞と は、 菅 家の 御 三男 道 武君此
地に 配せられ 給 ひて、 六 代の 孫な. -と 云、 今 八幡 宿の
年寄 六 右 衞門は その 後裔な りと 云、 十八 代官の 古 墓
あ b 、夫よ, 0 八 王子の 町に 出る に 人家 賑はゝ し、 道の
中に 松飾して むかひの 家の 飾と むかひ あ ひたる もお,
二百 ki: 二
かし、 八幡 宿 几 木 宿 をへ て 千 人 同心 組頭の 屋敷 前 を
すぎ、 久保 宿に いた.^ て 岐路 あ, 5、 左 は 千 人 同心の
組に して、 十七 八 町 もつ- «• くと 云、 右の 方に ゆけば、
左に 大木の 杉 あり、 日 吉社を まつる 31 錄 |5! 碰錯 こ
れ八 王子 權 現な h -、 もと 八 王子と いふ 所 はこれ より
ニ里ばかり へだた,.^て、 まことの 八 王子 權現 まし ま
すと いふ、 こ、 は 島の 坊 宿と いふ 所に て、 一村 二十
四 五軒のう ち 十二 軒 は 山伏の 修驗 者な, 0 0^
宿 高 二十 一 石三.^T五升 一 合 外 山 王 除 地 高 四 石 4 斗稻荷 ヲジ方 i
除 地 は 大坊持 島 坊は當 時 無住に て 寡婦の みあ リと云 肩.. レ {
本山 派に して 十 : 軒 は當山 派な,. >、 所謂 常 福院、 傳
寶院、 八 大坊、 圓 明院、 台 藏院、 寶 藏院、 萬 寶院、
辨 寶院、 圓 法院、 廣 學院、 隆寶院 等な り、 外に も あ
りしが ど、 多く は絕 た, とい ふ、 島 ノ坊に 一 尺 計の
寶螺貝 あり、 むかし 關ケ原 大坂兩 度の 御 陣に小 田
VBCf^vE^ri 北條 五代 記、 小 田 原 0 玉 龍 房: 牛.: '卸
の Jf 洌關 東に 鐵袍, .J- 傳 へし 事ぁリ t^^FU び 磨 g お 御
供して、 御 陣貝を 吹し と 云、 又 その 事 を書傳 へし 書
も あれ ど、 今 はみ えすな どい ふ も 口惜し、 か、 る 尊
とき 寶螺 とも 思 はす 木綿の 風呂敷に つ、 み、 盆に の
せて 來. 0 見す、 貝に 紅絲 かけて あり、 常 福 院の簀 子の
はしに. K ばし いこ ひて、 河原に 出て 案內 E. を わた,.^、
又 案下と いふ 川 を こえて 河原 を ゆく、 此ニ川 は 高 尾
山の もと 案內 村と いふより 出て 落 合て、 末は淺 川に
いるな り、 本鄕 村よ. < ^中 野 村に いるに、 內 川と いふ
小川 あり、 岸 高く み ゆ、 農家 岡 本 勘兵衞 かもと に晝
餉す、 本 鄉村は 田 安。 御領 知に て、 中 野 村 は 高家大
澤左 京大 夫の 知行な b、 今の 左 京大 夫の 父君 下野 守
大澤少 將藏書 萬 卷の名 あ..^ て、 月々 に 會日を さだめ
書 を かし 給 ひき、 去る 年 身 まか.^ 始ひ しか、 け ふ は
からす もこ、 に 來る事 を 思 ふに、 懷 舊の淚 といめ か
たし、 岸の 崩れた る 所々 を 見つ 、、^水の ほと, 9 より
又 八 王子の 橫山 宿のう しろに いたる、 喜 西 庵と いふ
くち 尼の すめる^ にい こふ、 こ、 に 松原 每星 布と い
ふ 尼 誹諧の 點者 なり、 人 ts-^ ら せて 發句を こふ、 行
年 七十ん 歲 としる せ, o、
すべて 八 王子の 町 は 十五 組 ありて、 所謂 新 町、 撗山、
八日 市、 八幡、 八 木、 本鄉、 子 安、 南橫 町、 十日 市
場、 大善寺 r 久保 宿、 上野 原、 寺 町、 本 宿 村な, 9 とい
ふ 島の 坊は 十五 組の 內 な.^ 男 は 耕し、 女 は 機 を 織る
上田^^ことにふし、 一 人に て 六日に 一 疋識々 リ、 靑梅 縞に 一 日 に 1
端ぐ、 b い 熾る VJ- 上手と す 四 八 Q 日-.: 市 あ リ橫山 宿 八日 市 宿に 市た つ
れ 市中 もまた にぎ はし、 天 王の 社に ぬか づき、 橋 を わ
IB 布 B 乾
. たり 上 大和 田 下 大和 田の 二 村 をす ぎて、 豊田 村の 名
主 權兵衞 が もとに やどる、 こ、 は 御 番衆大 久保矢 九
郞の 知行に て、 此 人の 父君 もむ かし^れる 人な り^
紋下リ 藤 なれば 狂歌の
名.^ 藤の 滿 丸と;; ひき
六日、 空 はれて 暖 なり、 豐田 村の 鎭守 若宮 大明 神と
いふに ま うづ、 石 坂 あ, 0,、 法華勸 請の 小祠 な.^、 g
龍:? U は 5" て 祭禮は 九月 九日な,^ とい ふ、 :、 に 制
札た て、 千 葉 左 近と ある は私領 なるべし、 上田 村 萬
願 寺 ほ删職 新 井村 をへ て、 向堰 とい ふ 所の 用水の
掘 を さら ふ をみ る、 手々 に押锹 とい ふ もの を もちて
穿つ、 農夫 市 兵衞が もとにい こふ、 農夫の 先祖 を 土
方 出 雲 守と いふ、 さだめて 北條 家の 臣 なるべし、 系
圖 はなき やとと へば、 燒 失た と 云、 三尺 一 寸の白
鞘の 刀 をみ る、 銘に貞 治 三年 正月 日、 備州 長船秀 光と
ぁ..^、 又短刀ぁ.0八幡大菩薩と彫れ.0、 いつれ も 見
事なる ものな り、 指 料の 刀 も 又 長し いづれ も 先祖よ
b 持傳 へしと 云 一一 iJn 草 村の 堤 をみ て、 松の 林に
:,s!5^li;£WJa^;*B 松 達 寺と いふ 寺 は 黄 iH 示に し
て 土中 出現の 觀昔 あ. 9 といへ ど、 道へ だ、 れば ゆか
t s^^,u 又 凡 幡宫ぁ b、 河岸に 御嶽の 森 これ
調 布 0 0 I 1
よ, 5 關戶 村の 名主 源 左衞門 かもと に ゆ かんとて、
畑 道 を 行事 長し、 p^ils ほ? ほ? - もりて 日 をみ
す、 むか ふの 山に たつ 煙 は何ぞ と、 へば 炭寇 な.^、
橋 を わた. 9 て關戶 村に い, o、 源 左衞門 かやと. 9 につ
きて、 五琉 をと へば、 もと 吉田蘭 香と いへ る 書 人の
もとにて あ ひし ものに て、 その 甥 神 倉 嘉十郞 なる も
の は、 予が 門人な りしが、 今 はすで に 失しと かたる、
此家 はもと 有 山 源左衞 門と て 古き 家な h -、 小山 田
の 關の跡 をと へど さだか ならす、 古文書 あまた もち
出て 見す る ま、 に 筆と く寫 しぬ、 小山 田の 庄 ちか
きに よ. 0 て、 關の 名と せし なるべし と 云、 ^敎^?^に
ぁリ故 U
省略 v
關戶の 山の 上に 松 あ. 9、 天守の 臺と云 所 あ, 9、 北條
家の 城跡なる べし、 玉 川 を わたり、 中 河原 を ゆく、
左に 大 なる 靑 石の 碑 あり、 梵字 を 彫 b て、 元應 年の
文字み ゆ、 小 野の 宮を へて、 府中の 宿番 場と いへ る
所 の 名主な S 永 次 郞右衞 門が や と に つ き ぬ 、
七日、 この頃 草鞋 を 穿ちて、 足に いさ、 かいたみ あれ
は、 け ふは此 おにと、 まる、 折から 下つ かさよ. 9 公
事の 文書と もと.. 9 かさねて こしたり、 監 使の もとに
I 二百 八十 四 .
隊長の もとに 文^た ゝ てっか はしぬ、 夕つ かた 四 人
部屋の 主人^, 默矢島 由 之 If"" 下 谷 保 村の 里 正な と
來. 0 まみ ゆ、 四 人 部屋の あるし は 四十 餘 年の 寧な ど
くづし 書て 命 あれば なと かたみに いふ、 あるじ を 呼
出て かた.^ ぬ、
日、 空く も hN て 1H をみ す、 辰のときばか^>に^? C
を 出て、 宿のう ちなる 龍 門 山 高安禪 寺に ゆきて み
る、 門に 武野禪 林の 額 あ. 9、 此寺八 年ば かりあとに
燒て 山門の 礎の み 見え 本堂 も假 堂な-り、 此寺を 等 持
院と いふ、 尊 氏 公の 木像 あ,.^、 义辨 慶の窗 しとい ふ
掛物 あ-り、 辨慶 机に よ. 9 て 大般ぉ を 書寫す る さ ま 、 い
かに も 古雅なる ものにして 賴 地な b、 辨慶此 寺に て
大 般若 經を 書し とい ふ、 その 經は 五代 目の 住持の 時
こ堯 4i、 ごり と、 ん、 四 神 地名 錄には 谷 保 付の 安樂 寺へ か ^
失すり とし ふ ぜ しに 返さす 今に 安樂 寺の 資 物な リ 产
のうしろ の 藪の 中に 古 井 あ b、 辨慶此 井の 水 を視水
として 經を 書し と 云、 此 井よ,. > 出し 兜の 鉢の 古き あ
り、 中に 勢 至 菩薩 あ-? しと ぞ、 又 尊 氏 公の 陣中に 用
ひし 銅鑼; 口 あ.. >、 此外 あまた 寶物 ありし が.. 火災
に 失 ひしと、 監司" 僧の 物語な b、 住持 は 江戸に 御
禮に 出て いまた か へらす、 古へ より 此地は 俵 藤太秀
鄕の 宅地な. 9 とい ひ傳 ふ、 境內に 秀鄕稻 荷辨慶 橋と
いへ る あ りと、 四祌 地名 錄 にあ. 0 しが 見す ぐし つ、
觀昔堂ぁ,.^舰世音と い ふ 額と 圓通閣 とい ふ 額 あり、
堂の 外より 四面 見 わたされて、 都下の 日 暮の里 七 面
堂 の 面影 あ ,„ ^、銅 佛の 臺座を 街 銅 に てつ、 み 佛說彌
勒下 生成 佛經を 彫れ, o、 それよ, り 府中 六 社の 側 をす
ぎ、 妙 光 院前を こえて、 押 立 村の 用水路 を 見て、 柙
立 村の 農家に 休み、 押 立 村のう ち を § く、 道に 榜示
あ b 從是 西北 七 反 L 親孝行 人 押 立 村長 五 郞へ爲 永々
被 下:^ 地所^:; 小 杭と あ. 0 一 \ 宽保 元: S 年 三! n: と 記せ
り、ぃにし へ己未のとし孝義学s^事ぅけ給は..^し時、
さだめし 此傅 をよ みしなる べし、 今 はわ すれた.^、
下石 原 村せ 村 屮の島 村 をす ぐ、 中の 島 村に 文 1^ とい
ふ 百姓 御 0〕 和製 紙 漉 仲間と いふ 札 か 、げて 唐紙
をす く、 布目 ある 紙な, o、 登 戸村の やど. 0 につく、
未の 時 はか-りなるべし、 かきくもり 雪 ふる、 ある
じの 名 は 井上 愤次郞 な b、
九日、 よべの にれ て、 の 木々 につ も, 9 たる、 さな
がら 木 ことの 花 かと あやまた る、 むかひの 岡の 橫を
かふせ るけ しきい はんかた なし、 登 In- の あるじ 井上
調— 布— 日 , 唣。
. 氏 の 系圖を 見る に、 古き もの なれば 朝と く 起 て う つ
し畢 ぬ、 道 あしければ 肩 輿に の. りて 土橋 を わたり、
猪の 方 村 を へ て、 喜 多昆村 をす ぐ、 左に 遠くみ § る 寺
を慶元 寺- い ふ 宇 根 村 大藏村 を へ
て、 名主 市郞 右衛門が 家に い - ) ふ、 床に 二 福の 掛物ぁ
り 一 は 夙 起 炊 玉 紫 氣發于 窓 前、 一 に は 慕 1 練 丹靑鳥
降于簷 下、 吳輿周 壬祿と あ, 9、 又则 Qs. 口に. 喫 炎 室と
いへ る 1§ 額 を かけた るお かし、 鎌 田 村 瀨田村 又 鎌 田
村 濯 田 村の 入 合し 村々 をへ て、 難訪 河原の. f. 地 をす
ぎ 山 岸に そ ひ 行て 上野 毛 村よ, り 下野 毛 村に いた. 9、
名主 三右衞 門が 家に て晝餉 す、 此 家の 先祖 を 豐田 左
斤 一 と 、 、二」、 4s.n?- ノ. P. 斤 祌 地お 錄に i 良 左 兵衞; さお t! の 古
IfS と .^7:> て 71 口 良 f ひ祸 田ケ 谷衬 にも リ士: 頁氏の^ な 御所と
龍 世に 仕 ふとい ふ、 等々 力 村に いた. 9 て、 満願 寺 を
とへば、 こ、 よ 五町ば か.^ 一の. りと い へば、 か さ ね て
の 事と 思 ひて § かャ、 左- i 尾 山村 あ, りて 等々 力 村と
入ぁひの地な,.^、上沼|ゃ村にぃ - > ひて、 こ、 よ.^ 舟に
の. 0 て 六鄕の わたしに いた,, -、. 卅 より 上, りて、 八幡 塚
村のゃど..^に つ かんとす、 よる 宿腥 しとい ひけんむ
かしに 以て、 あま, りに いぶせければ に は か にや どり
をう つして、 六 鄕の川 を わた.. > 川 崎 宿の 萬年屋 かも
SS 布 日 S3
二百 八十 六
とに やとる、 龜齡舘の額ぁ..„^て常山井忠良書としる
せり、 十:!;、 , 胡 くも, 0 たる 空 やう- はれ ゆけば、 龜
齡舘 の侧の 道より 田畑 を こへ て石舰 音に いたる、 別
當を惠 H 山 明-:; H 寺と いふ、 大 河原 村 の 中な b 、享保 十
八 年 七:::: 晦 リ 海中よ, 0 上る 所の 石の 手水 鉢 は 門の 內
の 左に あり 靈龜の 二字 を 鍵れ. 9、 此 石海屮 にあ.^ し
時大 なる 龜の つねに 此 石の 邊 にあ. 0 しょ. 0 かくい ふ
とぞ、 惜 むら く は 石に われめい できて 水 をた ゝ へ
がた し、 又 石の 閣魔 あ. 9、 若き 男の 力 持す, 0 て、 貫
目 を ゑ b つけたる 石 多し、 念波觀 昔の 力に たぐへば
いか あらん、 その 中に 享保 二十 年の 頃 八 町 堀よ, 9
上し 四十 九 貫目の 石に、 鶴 林 石と ゑ b つけし はいか
なる ゆ へ にあらん、 堂のう しろに 詠草 塚み ゆ、 堂上に
給 馬 あ. 9 て、 奥州 丸 山 權左衞 門と 九州 阿曾 森 桐右衞
門と 角力と るかた かきた. o、 延享ニ 乙 丑 歳 霜月 武州
河 崎 大師 河原 入 間 川 五左衛門と いへ る もの、 上た
る繪 馬に て、 江 卢翥 ェ靑菖 堂と あ. 9、 行司 木 村庄 之
助 軍配 削 扇 もちて かたはら にある 所 を ゑが け
衞 門が 墓 は- iiX 崎に もリ、 又 江戸に て 角力の 槍 馬の よさ 牛 込辨天 町に
丸 山 權左衞 門 四 國兵 蔵、 其 外の 角力の 圖 もり また 雜司ケ 谷 鬼子 母 神
IKillfli^ ゆ 又稻荷 新田の 百姓 代 石 渡 孫 左衞門
か 門に、 根 は 地に ふして 枝 を たれた る 松 一 本 あ.^ 今
の 孫左衞 門が 先祖、 此松を 名づげ て末廣 松と いひし
とそ、 こ、 の 年寄 も 同姓に して 四 郞兵衞 とい ふ、 名
主 は 小島 六 郎左衞 門な, o、 六稻 荷の わたし を こえ、
羽田 獵帥 町の 名主 彌 五右衛門が 家に 晝餉 して、 獵帥
町 をす ぐ、 右に 龍王 院 とい へ る 額み ゆる 寺 あり、 左に
朗羽山 長 照 寺郞蓮 あ.^、 太 閣秀吉 公 守 本尊 妙見大 菩薩
を 安 S せ, o、 雑色 村の 竹の 中よ 八幡 塚の 門前 をす
ぎて、 八幡 村 塚の 名主 七藏が やど.^ にっきぬ
十一 日、 天氣 よし、 八幡 塚 村の やと,. > にと いまる、 南
軒に 日な た ぼ こ. 9 して 藪の 中なる 鶯の初 昔 をき く、
陶淵明 集 をよ みて 心に かなへ る 句 を 抄出す、 夜に 入
て ふるさと 人の たづ ね 來れる もうれ し
十二 日晴、 猶 八幡 塚 村に あ.^ て 陸 放 翁 集 をよ む
十三 日、 朝く も. 0 て 日 をみ や、:::^ の 時に やど b を 出て
鶴 見の 橋の かたに ゆかんと す、 すべて 川 崎 宿に 四つ
の 町 あ b 、久根 崎 町、 新 宿、 砂子 町、 小土呂 町な り 砂子
町の 中なる § 瑞 龍山宗 三 寺に い b て間宮 氏の 先祖の
墓 をみ る
仁王 五十 九 代 宇多 天皇 第 八 皇子、 一 品 式部 敦實親
王 十六 代 之後亂
當寺 開基 雲 谷宗三 居士
佐々 木 前 豊前守 入道、 源康 信、
施主、 間 宫孫兵 衞尉盛 重、
同 間 宮金ニ 郞尉盛 正
天 和 二 年 奉 造 立 之
三月 廿 九日
それょ..^三四町ゅきて、 左側に 海 榮山養 光寺と いふ
小 寺 あ. o、 宗三 寺の 末寺に して、 指 月 和尙の 開基な
り, 門に 雨 華 臺の額 あり、 寂 元道秀 居士の 書な,^、
印に 渡 邊道秀 と あ.^、 又 佐々 木大明 神の 小祠 あ.^、 養
光寺と いへ る 額 は 指 《r! 老人 書と ありて、 その 額 二つ
にわれ たる を、 小祠 のうしろ に 置た, o、 寺に 藥師 如來
を 安置し たれ ど、 先のと しの 火災に 堂 はやけ て 小き
假 堂な ,0、 巿塲村 をす ぎて 鶴 見の 橋の 前なる 家に い
こふ、 鶴晃の 饅頭 は慶 長の 頃よ りうれ, 0 とい ふ、 右に
末吉 不動 道と 云 石 表 あ..^.、 この 小み ちょ. 0 鶴 見 川に
そ ひゆき て 下 末吉村 上末吉 村の 農家に いこ ひて 晝餉
し、 三 ッ 池と いふ 溜池 を 見る 山間の 田な. o、 小 倉衬に
杉 山 明 神の 社 あり、 鹿 島 田と いふ 所に いこ ひて、 右
川 崎 左つな しま 橋、 向江 BS と 書る 榜示 をみ る、 江 戶 道
と いふ は 猿 町に 出る 街道な. 5 とそ、 下^ 間 村の 橋 を
ゎた,.^下丸子村をすぎ、鵜の木村に ぃ,9、光明寺に い
れば門に大金山の額ぁ,9、又石表ぁ,.^て、關東弘通念
佛 最初 道場と 記せ, 9、 石の 背に 三十 五生 玄譽 書と あ
'四 神 地名 錄 に 云、 土人 云 古 はう の 森と 稱 ^ しょし、 大金 山寶 幢院
i 光明寺と號乜 る淨土宗の古^^听もり、 境 中 御免 地 開山 善惠 上人な
リ 後に 善 惠國師 と いひし 僧に して、 圓光 大師の;! 1^ i
子な りと 云 又 云 本堂 卯 辰 に 向 京都 智恩院 末な り pf.p'ft
f ^>h. 地名 錄に云 殊勝の 古佛 にて 稱 のかた 燒 損しても リ 相傳
,^a^d り ふ 新田 義 興の 靈、 なる:, かつち とな リズ 江 戶遠江 守な
追 給 ふ 時 かたへの 辻堂 vi< さして 逸け るき つう ンら, -も::=-.;^^也
と 太平 記 に しるし 有 辻堂 是なリ と 云 々まび ズ lJ7.ar4^
I 、 .05.0,=' 地名 錄云 東西 凡 二百 餘間 南北 五十 間計是 古の 川筋に
と., りて矢ロ忖の沼にっづさて中に塘もるのみ、^興溺5^も
1^ れ 稀?; お 本堂の 額 光明 寶林 は緣山 大僧正 滿
空の 書な..^、 山の 上に 鐘樓 ありかた はらに 古 填 多し、
靑き 石の 碑に て 四 五 百年 來の 年號 ある もの 累々 とか
さね あげた,^、 都下に して はか ゝる碑 一 つ 二つ ある
もの を さへ めつ らしと 思 ひしに、 あま- 9 に 多く 興さ
めた.=^、上の方にっみたる 一 つ 二つ を 左に 書つ ノ、、
嘉吉 一一 年醒 00
正月 晦日 明 應
永 正 七 年
妙 忍禪尼 正中 二 年 文明
*5 布 日記
一 百 八十 七
I 調 布 日記
六月 十 一 月日
明應ニ 1 年 延文 元年 文 龜ニ年
猶 近き うちに 尋ねて こと <\ 'く 見るべし、 峯 村の や
どり は 名主 長久 保藏之 助な り、
十四日、 春雨 ふりしきり、 風 さは かしければ、 同し
やど hN にと、 ま b て 公の 文書 書お は b て ふしぬ、
十五 日、 よべよ. 0 風 はげし か. 0 しが、 はれて 日出
る もうれ しく、 公の 文書と も監 使の もとに 寮長の も
とに 脚力に 命じて 遣し つ、 晝 つかたい さ、 かの 暇 あ
れば、 あた. 9 近き 鵜の 木 村 光明寺に ゆかんと て、 藥
師 堂の 前 をす ぐ、 峯照山 正 善 寺の 持に て、 鳳 來寺峯
の藥師 をう つせ. 9 とい ひ傳 へしの みに て、 させる
緣起 もな し、 こ、 の 村を峯 村と 名つ けし も、 これに
よるなる べし、 鵜の 木 村 光明寺に い b て、 寶物 をみ
ん事を 乞 ふ、 主 僧 書院に むかへ て、 寶物を 出して 見
一 种 開山 善惠 上人 自書 扇の 地 紙 あり、
光臺に 見し は 見 か は
見さ. c し を 文字 かすかに て
聞て そ 見つ る 見へ わかす
二百 八十 八
白 河の 關
善 惠
賴木 光明寺 常 什 寶善惠 上人、 於 奥州 白河關 詠草 題
所持 扇、 賜 宇都 宮彌 三郞實 信、 恐向來 損失 今 新 令
加装舉
天明 元 f ^歳 五 海 譽 記
これ は 智恩院 大僧正 海 譽祐月 和尙の 書な b
一 鎌 倉 光明寺 記 主上 人の 架裟、
一 feJ,ls.5,MVP,a^:^ すべて 袈裟-」 四 天と 云 所 もリ、 、れは
一 んュソ び. 续 四天王, CJ- 繡 にした る 古き きれな リ
一 liis 讓智 國師 源譽書 判名號
一 記 主上 人 念珠、 天 笠の 菩提樹な リ、
一 自然 木の 佛像 一 大師の 木像
一 泉州阪田ょ-り出現の石の名號?l£wt5ぉt^;、^
事 わりし 時 大師 名號, ^書ても た へ られし か * は 貝の
なく 聲止 りしと 云、 石に ほリ つけたる 名 號なリ
一 龜山 院袁筆 和歌
一 後光 嚴院袁 筆 和歌
一 弘法 大師の 額大寶 王の 三 宇
板の 額に ほ.^ て あ. 9 背に 武江額 林 眉毛 軒 河 野 門
人 越 智通溪 七十 五 歳 に 而謹彫
一 雷 斧 eT^^、 P 七寸 sa
黑 灰色 J *» , I
書院より 見る 所の 景色よ ろし、 庭の 前に 光明寺の 池
めぐ b 、畑 をへ だて 、富士 の 山 大山な ど 見 わ たされ 一
て、 心 ゆく ばかりな, 9、 竹林の 中に 一 の 碑 あ b、 こ
れは、 寬政六 年 三月 十八 日 池の 北の 岸 をう がちし に
一 の 洞穴 あ. 9、 石 を 以て とす、 縱 一 丈 二 尺橫九 IK:
ばか,.^ にして、 白骨の 形 壤れャ 手 爪な とも ありし と-
,て、 まさしく 入定した る! Is るべ しとて、 もとの ご
とく うづめ て 碑 をた て、 休 穴 > ^碑と 題す、 此頃 見し ま 円:
き 石の 碑 を 措らん とて、 鐘樓の 脇の 山に 上りて つみ
かさねた る靑き 碑を閱 する に、 年號み ゆる はまれに
して 半ば 破裂して 全から す、 此寺 むかし 眞言 宗 にて,
あ, 0 し 時の 石碑な b とい ふ、 此頃 みし 所の 外に 年號一
のみ ゆる はまれな b 、されと 墨す りに せんとて、 筵 を!
しきて うち、 IB 虔の もとに ほして 見る に、
逆修 一
文明 十 慧連^5| 祐林禪 尼 f fill 十一 日
正 安二 年 二月 遺 性禪門 -1 お ff 日 仙 覺阿闍
文 安二
-5; 三月 二日
永 仁 三年 二月 日 元應 元年 一
义 J® 一 一年 七 年 I
逆修 秀意 逆修 妙 性禪尼
八月 時 正
元應 三年 十 貞永 三年 十 一 月日 一
此外猶 あるべ ければ はてしなければ やみぬ、 古塚!!:
人 慕 不知 姓與 名と い へ る 古詩の 心 も 思 ひ 出られて あ,
はれな. 9、 本堂に は 今日 百萬遍 の念佛 あ, りて、 人 あ
またつ どへ b 、池の 巾よ, り 出現せ し、 善導 大師の 木像
§ 古き ものな."^、 又: =5 法 大師の 作と いふ 地藏 菩薩 も
f、 勅 縊記主 禪師然 阿良 忠 大和 尙 位の 位牌 あり 木
像 I あ.. - て 如意 を 持てり、 辨 天の 堂 あり、 寶珠 を卷し
蛇形なり»離!^:"リ右に宇賀神の像ぁり、 左に 辨財天
の 像 あ, o、 又 門の 內の 右に 觀昔堂 あ. 0 殊勝なる 像な:
り、 四 神 地名 錄に みえし 新田 義與 の靈 なる いかつち 一
とな, 9 て、 江 u; 遠 江 守 を 追 ひ 給 ふ 時 かたへの 辻堂 を 一
さして 3^ げ ると、 太平 記に まるし ある 辻堂 是な り、
いかにも 裾の かた 燒 たる やうに み ゆ、 主 僧 まめ やか 一
なる ものに て、 寶物 等の こ. 9 なく 見せて いさ、 かも
かくす 事な し、 案內に 出し 此 村の 名主 五郎右衛門の
屋敷に 稗 田の神 社 あ..^ とき、 て 問 ふに、 社 は あれ ど;
も傳 記た しかなら すと い へ ば ゆきても み すに や み 一
ぬ、 (三月 十九 日に 一 見した hs)
十六 日、 空 晴れた, 9、 峯衬の やど を 立いで ゝ、 等々 力
二百 八十 九
諷布 B 記
一 百 九十
村の 方に ゆかん とす、 下 沼 部 村 をす ぎて、 便よ け れ ば
奥 澤の九 品佛に まう で 給 はんやと、 案內の もの、 い
ふもうれ しく、 畦 道 をった ひて 奧澤 村の 方に むか ふ、
あしたの 霜のと け 初て 道 あしき を 杖 をた よ h に. たど
^ゆく、 大門と みえて 長き 林 あり、 二王門に 額 あ.^ 般
若 培と いふ、 天井の 龍 は 狩 野 春 山 筆な. o、 欄 11 に 龍と
虎 を 彫れり、 門の 內に閣 魔 堂 あ b 本堂の 額 を 龍 護 殿
とい ふ珂慶 書と あ b 、堂の 左 に 大きなる 銀 木:: の 木 あ
b、 垂絲 櫻の 木は枯 た. 9、 堂の 右に 椿の 木の 大 なる
あ.^ て、 四季と もに 花 さくと い へり、 傍の 堂に 兆 載
永劫の 尊像と、 五却忍惟の尊像とぃふぁ,0|随|购^
きばれむ- 5 みな 開^ 上人 所 造と いふ 札 かけて あ..'、
開山は世にしる所の珂硕上人な.^、 本堂に むかひて
三の 堂 あ b、 いつれ も ぶ, r,, にて 大きなる 堂な b 、屮
の 堂に 大きなる 佛三體 あり I 上品 上 生、 上品 中生、
上品 下 生、 の 三の 額 あ, り、 右の 堂に も 又三體 あり、 中
品 上 生、 中 品 中生 屮品下 生の 額 あり、 左の 堂に も
乂三體 あり 下品 上 生、 ァ品 中生、 下品 下 生と あり、
城 鍵 wij 天 此額は 三代 目珂傲 上人の 筆に て、 能書な. 9
と、 四 神 地名 錄 にも 記せり、 門の 內に鐘 機 あ.^、 其
鐘の 形 は 古の 鐘の 形に して、 寵 頭の 所に 穴 も h -、 九
品の 佛像を 鑄つ けて、 銘ぁ b
武州, お 原 郡 菅^ 庄奥津 鄕九品 山 唯 在 念^ 院淨具
寺 者珂硯 上人 之 草創 九 品 俱會之 靈境也 依 之 父母
爲 siiK き 現當 安樂 祈鰭洪 鐘奉掛 佛前備
深 高恩 謝 者 也
寶永 五核歲 五月 吉祥 日
檀主世 S 谷 領深澤 住
谷 岡 又 左衞門 尉庸重
敬白
江 III 神 田 鍛冶 町 住
冶工 河 合 兵 部 卿 藤 原周德
本堂の 前の 芝 原に 一本の 梅の さか.. > なる を 見る に、
江戸の 上野 瑠璃 殿の 西 にたて る 一 木 の 梅の 面影 あ
り、 此寺地 は 小 £ 原 北 條の屬 將吉良 左 兵衞何 かしの
家老 大: 牛 左 .iTIg 出 と 云 ひし 人の 住せし 砦の 跡と 四
神 地名 錢には 記せり、 門 を 出て 江 IT; 猿 町に 行く 街
道 をす ぎ、 等々 力 村の 滿願 寺に いたる、 門の 額 は 致
航 山の 小篆 にして 廣澤 先生の 書な り、 本堂の 額は滿
願 寺と い へ る 行書に して 九皐の 書と いふ、 堂の 後の,
M\ 墓所に いれば 船に のりた る 石像の 墓み
ゆ、 右の かたに 垣 あ.^ て、 かこ ひし 中
^43 はこと くく 細 井 氏の 塋域 とみえた. 5
廣澤 先生 細 井 君 之 墓
諱知愼 字 公 謹、 號 廣澤、 姓 原、 氏
y 細 井、 父 知 治、 母 山 本 氏、
i# 治 元年 戊戌 十 n: 乙 亥 八日、 壬 申 生
袁, W 懸川、
享保 二十 年 乙 外 十二月 己?^、 廿 三日 戊 子 卒于江
诚西 于寢年 七十 八
孝子 知 文^
左に 豪 德院不 孤 有鄰大 居士と あり
又う しろの 方に 先生の 大人の 墓 あり
i: 奄 先生、 辻君 之 墓
^.^^vs. 又 名 知 治、 姓 藤 氏 細 井、 有 故 母 氏
稱 汁,!、 號 輔菴、 又號 一 篁 翁、 , お. お" 七 年 壬 f 卜:!:
辛亥 十四日、 甲 戌 生 于洛陽 城、 贞享 元年 子 十一
c:w 子 一 一十 四 日.內 戌卒于 f お 孕 年 七十 1 一
壽光院 道哲. 《 士本覺 位
又侧に九•Mの慕ぁ..^
調 布 日 iVa
九皐 先生 細 井 君 之 墓
諱知 之、 字 天 錫、 號 九皐、 姓 藤 原、 氏 細 井、 父 知
愼母 庵原 氏、 寳永八 年 辛 卯 正月 二十 三日 壬 子生于
東都、 天明 二 年 壬 W 、五月 六日 壬 寅、 卒于 東都 城 西
于寢 享年 七十 一 一
男 知 雄 建
又 九 阜の子 大澤滕 知 常の 墓 も あり、 安永 九 年 庚 子に
卒と岁 一る せり、 又う しろの 方に 廣澤 先生の 元 配の 墓
あ h.
元 配 庵原 氏 之 慕
姓 11 智名 母屋、 ^^.原覺.1^;ぞ踉合之女、 延. Ift 庚 中 四
H 望 日 生、 嫁 細 井お 愼生 三男、 元祿 戊お; 十月 初六卒
于 十九 歳、 臨終 誡子 曰、 人波 唯 誠 奈里父 乃 母我誡
乎 守 里 給 扁
妙 連院指 =: 贞壽
桉 に九阜 先生 は 寶永八 年の 生に して、 母 は 庵原 氏と
あれば、 次 配の 同姓の 子なる べし、 外に も is;- 多く 細 井
熊 之 助 墓な どい ふ も あ h- き、 伴 ふ もの、 厥 ひ 倦ん 事
恐れて、 筆 を さし をき ぬ、 寺 を 出て 下野 毛 村、 上
野 毛 村、? i 田 村、 鎌 田 村 をへ て、 大蔵 村の 名主の 家に
調 布 3 0
いこ ふ 化 宇 A 小 根 村" 多绝 村駒并 村-: S の
方 村 をへ て、 土橋 を わた.^、 登戶 村に いる、 左に 寵
燈 山 善 立 寺 あ カ别纽 人 あま たつ どひ ゆく は 閣魔堂 に
ま うづるな り、 ^":-の名を光^^院とぃふ、 法 耕 堂と い
ふ 額 あ,. >、 文 山の サ S な. 9、 飴うる もの 小間物う hv な
ど あまた あ..^ て、 賑はゝ し、 今 = ."{1? はさきの 八日
にや ど, 0 し 井上 愤次郞 が 家な. o、 今: Z は齋日 なれば、
田 < ^の 寺々 賑 はしく、 鼓う ち 鐘なら して 男女 むらが
れ>s,.^くもの多か,oき、
十七!::、 陰晴 さた まらす、 け ふ は 同し やど..^ に 居. 9
て、 公^!の夂審を閱す、
十八:!:、 天ハ凇 V6 し、 風. お 一く して、:: _ ^の 心地 もせす、 こ
の登戶 村の 巾に 龍 燈山善 立 寺と いふ 寺 あり、 廣澤先
生の書ぁ..^とき、て、 ね 行し に、 主 僧 S いふ、 廣
渾の 書し 字帖 あ..^、 この 事な らんと て、 出して 兄す
る に、 林 八 詠と い ふ:|^^な,り 、此寺は 一 一;,= 年ば か り の
寺な り、 むかし 慈覺 大師 Mi ほ とか やの 作らせ 給 ふ
舰世せ あ. 0 て、 もん 人の 信心せ しが、 ある 時 • 大女 あ
まく だ, 0 て s;^: して 後. 大 にのに し 故、 龍 登山と いひ
しと か、 又古松ぁ.りて玉川ょ..^龍燈のぁがる事ぁ.^
. 二百 九十 二
とて、 龍燈 山と いへ る 文字に 書かへ しとい ふ、 いづ
もさ だかなら す、 此觀世 昔 も 故 ありて 今 はなし、
七 面 堂と 番神堂 あり、 又 天女の ぼり し 所 故に 此所を
^戶 ともい ふなるべし、 又此 寺に は 宿の あるじ 井上
氏 代々 の 墓 あ.^、 系圖 にみ えし、 基榭基 福な どの 慕
も あ ,り
卜 几:::、 陰、 猶 同し 宿..^ にて、 陸 放 翁の 集 をよ む
::: 、晴、 同じ やとり にあ、 0 て、 公事の いとまに^ 索
や 义集を 見て、 硏朱滴 露の 點を なす
廿 : 天氣 よし、 公の 文書の 事お は. 9 て、 やどり.
を 出つ、 此 ほどの 雨に 水まして、 駒 井村の 堤の 机く
づれ石 蛇 を 押 ながせし をみ る、 S 右 井村 をす ぎて、 ^
多 Hk= 村の 里 正 西 山 氏 J 快 の もとに 畫 の 行^ を 食 ふ、 里
正の 案內 にて、 氷 川 明 神の 社に 詣る、 四 种 地名 錄に
大:: ,1 年中の 建立と いふ、 近頃 あらたに 營み 建し 社な
リ 社.」^ さ ms? 毛 屋何社 ;;:《 の.^: :3Jrar& 叮- - て ぷ ;^. ハ ,111.:^
某^ 納の Ji おわ リ び T^PSSB 1 - ぉネシ >i ;ノ
IS 行に たて.^、 石の 鳥居 あ b 、左の 柱に 武藏多 m 邵〕:
多; a 村 氷!: 大^ 神 當 社依爲 八ホま 氏神 而 r^.-.?^ 相.^ f ^
之、 以^;5-^"-5者也、 承應 一一 一年^ 九; I: 九 U 與 多:!:^ 五郎
左衞門 や^ 恆と あり、 右の 柱に も 武藏國 一ぶ 云 表 微ーあ 者
也と いふ、 同じ 文 あ. 0 て、 承應三 ^ 年 九月 九日 喜 多
見久 太夫 平 重 勝と あ h\ 大門 を 出て 左に 小祠 あ. 9、 馬
頭觀 一昔 を 祭れ. り、 これ は 喜 多 見若狹 守の 馬 を 埋めて、
小 祠 を 遺 せし な, り、 石燈籠 に i 一 貞享元 甲 子年と
みえし は 其 年の 頃 にゃあ. 0 けん、 普 命 山 華 藏院禱 善
寺と 云 天. 5 口 宗の寺 あり、 御朱印 十 石 二 斗 外に 五 石の
除 地 あり、. これ 氷 川明祌 の別當 寺な. 9、 猶 ゆきて 慶
元 寺のう じろ なる 墓所に いれば、 喜 多 見 氏 先祖の 古
き 石塔 四ク あり、 武州多 邵與多 見 村 念譽の 文字み
えて、 下 は, 本れ がた く、 元 和 一 一年 丙の 字 かすかに のこ
し、 俗名 五 郞左衞 門と いへ る やうに み ゆ、 その 次
なる は寬 永の 年號 な.^、 まこと や 元 祿の頃 世に きこ
えたる 喜 多 見 若 狹守重 政 は 初 は 五郎左衛門と いひし
が、 泉州驟 奉行よ,^ 昇進して、 御 側 御用 人となりて、
勢 ひ 盛な .0 しが 罪 あ り て 勢 州 桑 名の 城主 越に あ
づ けられて、 遂に 自殺せ り isfM 本姓 は江ヌ 氏に て
遠 江 守の 孫なる よし、 此 地の 釆邑 召. あけられて 後、
此寺 にたてし 慕 あ b 心 光院出 透淨語 士、 認 |;f 5
^5 と元祿 六 突 两 年 七月 廿 三日と 彫れ.. >、 側に 江 uu 吾
多 見 生水 正正 忠と 記せし 墓 も あり、 慶元 寺の 門に 永
a 布 日,?^。 ——— .
劫 山の 額 あ b 、花 林 十七 主 釋至心 敬 書と あ h- 、院號 を
華 林と 云、 淨土宗 にして 開山 は 眞連社 空 譽 上人 喜 多
3^ やお 宁翁. H つ., J 寸、. 6、 御朱印 十 石 あり 喜 多 見 氏よ an り ^
«W:TH- チ 灣. 3 b ilF 乙 b リの 寄附 五 石 今にの これり HI び ^
に藥師 堂 あ-り、 鐘樓 ありて 額に 勤 鐘と かきて、 諸行
無常 の 四 句の 文字 を 記 せ り 、 門 を 出て 右の 方な る 麥
畑 はむかに 喜 多 見 氏の 陣屋の 跡と いへ り、 又 小高き
塚 あ.^ て、 松 一 本た て. -、 第 六 天の 森と いふ、 此外
にも 小高き 塚 二つば か. 0 見えた. o、 四祌 地名 錄に風
土 記 を 引 て 、多 摩邵 のうちに 墳 ある 事 を 記 し て あ り 、
若是 等の 墳に やといへ る もこれ なるべし、 近頃 土人
畑 を うかち て、 古き 太刀 を 堀 出せ し を、 そ の ま 、 に 、
埋 しと 云、 駒 井村 猪の 方 村 をへ て、 土橋 を わた. -|
の 小 尾 ゎリ江 島辨天 開帳 0:5- なた つ lv^£rr こ j:' ナ ^^^f >^
橋錢 一 人 八 文 馬 一 y 十六 文と 記す ヌ 力-し 券 Jl^ を
わた, りて 登 村の 宿りに かへ る、 未の 平す くる 頃な
る ベ し
廿 二日、 天氣 よし、 風 や、 吹し が、 晝の頃 やみぬ、
午の 時す ぐる 頃 やど h- を 出て、 向 ひか 岡の 邊に むか
ふ、 登 村のう ち、 井出 傳左衞 門が 家 をと ひみる に、
左に ちかき 山 連り、 右に 遠き 山 あ. 9 て、 富士の 雪の
聳 へたる けしきよ し、 芙蓉 堂と いへ る 額 あ. ^ て 長 尾
J, 司 九 S
講布 日,? Si I —
龍 I.- とい へる もの、 書し 芙蓉 堂の 記 あり、 人家 ある
所 を 過ぎ、 稍 毛 用水の 小梳を わたれば 51 れ 來右
に石阪 ありて、 烏 W をた つ、 韋駄天と い へる 額 あり、
左の 方に 儲 «5藏 あり、 稻毛 山廣福 寺は眞 一一 ーまポ な. o、
観 昔 堂 あ. 0 稻毛 三郞重 成が 守 本尊と いひ 傳ふ、 菜 所
を 過て 山の 上に かけ 損じた る 五輪の 石 あ. 5、 これ 招
毛 三 郞が 墓な b とい ひ傳 ふるのみ にし て 書た る もの
もな しと 云、 - -れ よりむ かふに 平なる 山 あり、 これ を
升形 山と いひて、 稻毛 三郞が 城跡な b とい ふ、 寺の 庭
に 櫻 二三 本た てり、 裏門 を 出れば 大きなる 櫻の 古木
f、 春の 頃 花見に ゆくな と 土人の いひし はこれ な
る ベ し、 山 を 下り て もと の 道に いで、 稻 毛の 用水に そ
ひて 東に ゆく、 右に 松の まげり たる 屮に 小祠 あり、.
案內 にと へ ば 長 森 明 神な. 9 とい ふ、 何の 神ぞと と ふ
に ま、 らす、 たい 日 連 宗法 言 山 安立 寺の 持な. りと 云、
右の 方 こみちに いりて、 石 坂 を 上り 安立 寺に 入りて
みる、 うしろの 山に 松の木 立 ふかし、 こ ゝは菅 生 村の
中な り、 寺^の 長淼明 神の 寧 をと へば、 一 卷の緣 ^一
を 取 出て みす、 とく ひらき みれば
星夜 大明神 長 現金 狐 神
二百 九十 四
長 淼稻荷 大明神
海 光^ 大 神
渡 一 銀狐 神
阿 卷玄狐 神
阿 柱. 0: 狐 神
其緣 起の 大意、 元祿十 年の 頃、 伊豫 國宇和 島の 浪人
相- 左 仲 失:^、 京都に あ て 鳥 羽 繩手を 通て ii; 、女に
逢 ふ、, お, 女の いはく、 われ は伏兑 藤 • 森の 神、 長 森ナ、 明
神の 臣、 m • 銀狐 神な.^ と、 よりて 唯 一 神迫を以て
これを家に祭,.^しに、 元祿十 一 寅のとし、 ralzTIb:::
神 又吿 て汝武 江に 下. 0 て、 綠を 求むべし と、 左 仲. V.
な はち、 江 に 下, え i!:Ti«^ 町に やど. 0 て、 麻布 H ケ久
保に すめる 中原 m ハ兵衞 と いふ ものに あ ひ て 、 其 fjf. を
語 h- しに、 甚 これ を 尊信して、 ともに 力 を 合せん と
いへば、 又 京都に 上. り 妻 を もぐし 來 b て 與兵衞 が 家
に勸 請す、 元祿 十三 辰のと し 正月 五日 與兵衞 病て 死
す、 與兵衞 が 聱有隅 次兵衞 とい もの 麻布 龍 土 町に あ
b て、 此神を 信せ しが、 寶永 元年 申の 五月 八 u 神前
にして 不思議に 稻穂を 得る の�