『ZIELONA GRANICA (GREEN BORDER)』『人間の境界』2023 アグニエシュカ・ホランド監督 世界の難民問題の闇とヨーロッパのダブルスタンダードを告発する問題作 - 物語三昧~できればより深く物語を楽しむために

『ZIELONA GRANICA (GREEN BORDER)』『人間の境界』2023 アグニエシュカ・ホランド監督 世界の難民問題の闇とヨーロッパのダブルスタンダードを告発する問題作



評価:★★★★☆星4.7
(僕的主観:★★★★☆星4.8つ)

2024年5月18日(金)。友人のおすすめでTOHOシネマズ 日比谷シャンテに。金曜日の夜に駆け込みました。地味な作品なんで、すぐ公開縮小するだろうなと思って。実際、関東でやっているところってほとんどないんじゃないかな。そういう恐れもあって。次の週は全て忙しくてスケジュール上で、いける日がなかったので。素晴らしかった。そして、いま見るべき作品だと思いました。公開リアルタイムで、映画館で見る同時性の意味って、こういうのだよなっていつも思います。特にこういうマイナー系の映画作品は、やはりリアルタイムで見るべきだなってしみじみ思います。ずっとずっと人生忙しくて、見れてもメジャー級のみとしていたんですが、それじゃあだめだな、、、ともう人生終盤なので、好きなことにはちゃんと時間を割こうと。さて、2時間27分という長尺ですが、我に帰る暇もない緊張した映画体験でした。僕はその友人を信用しているので、何一つ前情報なしに見にいきました。そういう映画友達がいると、本当にいい。ネタバレなしに、超弩級の経験ができたりする。


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2021年にベラルーシの独裁者ルカシェンコ大統領が、西側世界、EUを混乱陥れるために大量の難民を国境に送り込んだ「人間爆弾」の戦場を描く、巨匠アグニエシュカ・ホランド監督(75歳/24年現在)の『ZIELONA GRANICA (GREEN BORDER)』。邦題は、『人間の境界』。ベラルーシポーランドの間にある緑の国境(Green Border)と呼ばれる湿地森林地帯が舞台に描かれる。世界遺産のビャウォヴィエジャの森(ヨーロッパに残された最後の原生林といわれる)なのかは定かではないが、位置的にこのあたりに思える。

ビャウォヴィエジャの森 - Wikipedia

🔳作品背景としてのEUへの難民の流入問題について

作品背景としては、ヨーロッパの難民の取り扱いを最低限知っておくとよい。

2021年に隣国ベラルーシが、EUによる経済制裁への報復行為として行ったとされている難民の「送り込み」。それまでボートピープルとして海を越えなければできなかったアフリカからの国外脱出を、ベラルーシが正規の航空ルートの門戸を開くことで手助け。

そうして移民をEU側に送り込むことで、嫌がらせをするものです。EUが難民・移民を拒否すれば「非人道的だ」と非難することができるため、「経済的、政治的、軍事的に圧力をかけられることを狙っている」戦略だと伝えられています。

ポーランド側は当然移民の流入を阻止。ベラルーシ側はポーランドへ「逃がした」移民の人々を、押し返すことに。劇中で「人間爆弾」と呼ばれるこの移民・難民の人々は、両国の間でサッカーボールのように右左に翻弄され次々に、特に子どもたちが飢えと寒さで命を落としていく…。その様子は「嫌がらせ」などという言葉の範疇をはるかに超え、目をそむけたくなるほど残酷なものです。

アニエスカ・ホランド監督作『ZIELONA GRANICA (GREEN BORDER)』が知らしめること|ヴェネツィア国際映画祭2023

海は燃えている~イタリア最南端の小さな島~(字幕版)

ようは、内線や様々な問題で、豊かで自由なヨーロッパに向けて難民が押し寄せている現実がある。しかしながら、移民、難民を受け入れるにも限度があり、受け入れに積極的に国境を接する国々は、することもできず、移動の途中で何万人もの死者が出ている。映画の中では、この映画制作までに3万人が死んだ、と描かれていた。

🔳4章で描かれる脚本だが、最後のエピローグは事実上の第5部としてとらえていいと思う

構成は、シリアやアフガニスタンらの難民家族たちの第1章。ベラルーシ-ポーランド国境からは、楽にEUに入れるとの情報を信じてやってきた人々。スマホを持ち、スウェーデンの親類を頼って、EUに入れば、そこまでいける、ほんの少しの旅だったはず。しかし、、、、。暖かいダウンジャケットを着て、まるでちょっとした旅行にでみくような家族たちを待ち受けていたのは、話がいきなりナチスの収容所なのか、それとも第二次世界大戦の東ヨーロッパ戦線のような殺伐とした国境。まるで戦場。まるで戦争中の難民キャンプ。主観で描かれる映像には、理由が全くわからない。もちろんそこに感情移入している僕ら観客も何が何だかわからない。

その後、第2章に視点が切り替わり、ポーランド国境警備隊に勤めるもうすぐ子供が生まれる若夫婦の隊員の葛藤に物語は遷移する。ともすれば、「難民かわいそう」だけではすまされない、「その場(ポーランド側)に住む普通の人々」の日常が破壊される様が描かれる。彼らは仕事として、ルカシェンコ政権の生み出す「人間爆弾」の攻撃に対処を命じられる。

そして、第3章。この「人間爆弾」の戦場で活動を続ける人権活動家グループの視点、そして、それを総括するように、その国境近くの森に偶然住んでいた、コロナで夫を亡くしたばかりの精神科医の女性が、家の近くで助けを求めた難民を救えなかったことから、活動家になっていく・・・・という第4章。

このポーランド政府当局が隠蔽する、立入禁止区域、GREEN BORDERで行われている非人道的なことに対して声を上げていくべき、という「オチ」で話は結論づけられていくのかなと、当然のことながら観客は思う。しかし、第2章で見たように、のべつ幕なく難民を受け入れてしまえば、ポーランドも対処がしきれない。だから頑なに拒否する政府の立場だって、わからなくもない。しかし、あまりにも非人道的なこの「人間爆弾の戦場」をどうにができないか?と、この人権活動家たちの叫びを聞いていると感じる・・・・・ここで物語としては、強いメッセージが成立しているので、これで終わりかなと僕は思いました。

しかし、老巨匠の告発は、ここでは終わらない。最後にあるエピローグが描かれる。

2022年2月24日にロシアによるウクライナ侵略から、ポーランドウクライナ国境での出来事が最後にほんの少しだけ描かれる。全体のボリュームからすると、本当に少し。だが、あまりに全く違う美しい光景が、ここでは描かれる。期間やその後はよくわからないが、少なくともこの映画では、ウクライナからの難民をポーランド政府は、一気に200万人受け入れていることを描いている。


え?なんで???


シリアやアフガニスタン、モロッコなどの様々な難民を、あれほど非人道的な扱いをしていたにもかかわらず、なぜ?。


僕は人物の判別がつかなかったが、脚本的に、ここで難民支援をしている「人権活動家」と「国境警備隊の若い隊員」は、同じ人物に見える。脚本メッセージからは、明らかに同じであるべきだと思った。国境警備隊の隊員は、難民たちに限りなく優しい。「その優しさが、ベラルーシの国境でもあればね」と人権活動の皮肉がこの映画のラストシーン。


これは、ダブルスタンダードの告発でもある。


よくこんな映画を撮れたなと、感心する。右翼の攻撃や政府当局の妨害の可能性があるので、一月にも満たない期間で一気に秘密裏に撮影されたというのも、なるほどと思わせる。

ふと検索をしたのですが、アニエスカ・ホランド(Agnieszka Holland)監督は、ポーランドワルシャワ出身のクリエイター。『赤い闇 スターリンの冷たい大地で』2019(Mr. Jones)の監督でもあるのですね。様々な立場の視点を描くだけではなく、ヨーロッパ自身が持つダブルスタンダードへの告発、そして、ポーランドの歴史的な文脈も内在を感じさせられる深み。素晴らしい映画でした。

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🔳参考

filmarks.com

小島秀夫ゲームクリエイター)コメント
故郷を追われ、生きるために亡命するしかない難民たち。“国境越え”をはかる者、国境を守る者、難民たちを支援する者。本作は、この3つの視点から描かれる。移民にもなれず、ボーダーに潜伏、消耗しては命を落としていく漂流者たち。空爆や虐殺ではない、戦争が産むもうひとつの地獄絵図。それをアンジェ・ワイダを思わせるドキュメンタリーとフィクションの境界を越える手法で、ギリギリの“人間の境界線”を炙り出す。同時に、ウクライナパレスチナの様に、国を追われた結果、新たな境界線が紛争の次なる火種ともなる事をも示唆する。難民問題は、もはやヨーロッパだけの出来事ではない。“緑の国境(Green Border:原題)”は、何処に引かれてもおかしくはない。

アグニェシュカ・ホランドが難民描いた映画「人間の境界」を語る、製作の発端は“怒り”(映画ナタリー) - Yahoo!ニュース