あの人の、ニューノーマルとクラシック。#03 大橋高歩(The Apartment オーナー)|特集|BAYCREW’S STORE
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    Classics. あの人の
    ニューノーマルと
    クラシック。

    Name:
    Takayuki Ohashi
    Occupation:
    The Apartment Owner
    Type:
    Interview
    Number:
    03

    吉祥寺のThe Apartmentについて語るとき、ひいては、オーナーの大橋高歩さんについて語るとき、いつも決まって頭に浮かぶ言葉がある。それは“実直である”ということだ。

    自らの“好き”に忠実であること。まっすぐ構えてブレないこと。芯は曲げても、折ってしまわないこと。そんなイメージを、彼や彼のお店に対していつも思う。

    大橋さんは、取材中にこう話してくれた。「洋服屋を続けていくにあたって、ヒップホップにおける“革新性”と“伝統芸能性”のようなものをとても意識しています。それらを言い換えれば、きっと“ニューノーマル”と“クラシック”になるんでしょうね」。

    洋服についての話。好きなラーメン屋についての話。変わらないものと、変わっていくものの話。じっくりと楽しんでいただきたい。ひとつひとつの言葉がまとう、鮮やかな色合いを。その重み、愚直なまでにどっしり構えた、彼の姿勢と目線を。

    Photo_Daiki Endo
    Interview&Text_Nozomu Miura
    Edit_Nobuyuki Shigetake

    大橋高歩 / The Apartment オーナー
    Takayuki Ohashi / The Apartment Owner
    1979年、東京都板橋区生まれ。中学時代にヒップホップの洗礼を受け、アメリカ東海岸のスタイルに傾倒。以後、THE NORTH FACEやTimberlandをはじめとする、USAメイドのヘビーデューティなアイテムを収集し始める。2009年、吉祥寺にセレクトショップ・The Apartmentをオープン。彼のアーカイブ目当てに同店へと足を運ぶ世界中のコレクターやファッション関係者は数知れず。

    洋服屋を始めるときに立てた、たったひとつの目標。

    − 今日は、どうぞよろしくお願いします。お話を伺えること、すごく楽しみでした。

    大橋:よろしくお願いします。

    − まずは、The Apartmentについて。

    大橋:2009年の3月にオープンしたので、もう14年になりますね。ずっと吉祥寺の街で、洋服屋としてお店を続けています。もともとは銭湯をやりたかったんですけどね。

    − 銭湯、ですか。

    大橋:今でこそ増えてきたけれど、“コミュニティとしてのお店”がすごく好きで、憧れがあったんです。近所の人たちが集まってだらだらと話していたり、みんなで何かを食べながら談笑していたり。僕はニューヨークのカルチャーが好きで、現地では“Mom and Pop Store(夫婦/家族経営の小さな個人商店)”がそういったコミュニティとしての役割を持っていて、すごく良いなと思うんですよね。そういった意味では銭湯は、地元の人たちが集う、まさしくコミュニティだよな、と。日本特有の文化で僕自身も大好きだったこともあって、銭湯を営みたいな、と考えつつもいろんな紆余曲折があって結果として洋服屋になったけれど、The Apartmentもそういうお店でいられたらいいな、と感じています。

    − お店で取り扱っている洋服については、いかがですか?

    大橋:THE NORTH FACEやTimberland、Marmotなどといったように、店を始めた当初から、取り扱っているブランド自体はあまり変わっていないんですよね。その中から自分たちが好きなもの、クラシックだと思えるものをピックアップして、提案する。その繰り返しです。ただ、どのようなアイテムを提案しているか、一見変わっていないように見えるかもしれないけれど、実は常にブラッシュアップをしているんです。

    − ほう、ほう。

    大橋:「ずっと同じものを売ってるよね」「アパートメントはブレないね」なんて言ってくださるお客さまもいるのですが、実は、常に変えていっています。それでも、変わらないと思ってもらえているのは、お店としての“文化”が醸成してきている証拠なのかなと。

    − なんだか、とても心が震えました。すごくいいなぁ。お客さまの安心感にもつながりそうですね。

    大橋:そうですね。ひとつ近しい話をすると、荻窪と吉祥寺に春木屋というラーメン屋さんがあって、そこにまつわる“春木屋理論”というのがあるのですが。

    − 春木屋理論。

    大橋:昔ながらの醤油ラーメンをずっと提供し続けている、創業70年以上の超老舗の名店で、春木屋を訪れた人たちはみんな口を揃えて「春木屋はいつも変わらないね」と言うんですよね。おじいちゃんおばあちゃんたちが「若い頃に食べたラーメンのまんまだね」と。

    − まさしく“昔ながらの味”。クラシック、というか。

    大橋:ええ。でも実は春木屋って、時代はもちろん、季節やその日の気候にも合わせて、微妙にスープの濃さや麺の茹で具合、太さなどを細かく調整しているらしいんですよ。街にどんどん新しいラーメン屋ができていくなかで、当然、食べる人たちの舌は肥えていくわけだし、味にだって流行がある。そのなかで、いろんな人にとっての“昔ながらの味”であるために、常に変わり続けているんですって。それってすごいことだと思うんです。

    − うわー、なるほど。

    大橋:春木屋のようになれるかは分からないけれど、僕らも“変わらないと思ってもらうための努力”を欠かさないようにしていきたい。お店を始めたときに“とにかく長く続けること”を唯一の目標にしていて、およそ14年間やっているなかでようやく、The Apartmentがお客さんたちの人生の一部になってきている実感があるんです。春木屋のように、お客さまからは「変わらないなぁ」と思ってもらいながらも、水面下では一生懸命に努力を続けて、時代に合わせてアップデートをし続ける。そんなお店でありたいですね。

    ニューノーマルとクラシック、その “表裏一体性” について。

    − なんだか、ラーメン屋さんのお話を聞いていたら、文字通り“おなかいっぱい”になってしまいました。とってもうれしいお話をありがとうございます。ここからは、洋服について。大橋さんご自身が思う、ニューノーマルとクラシックについて。まずはニューノーマルから聞いていきたいです。

    大橋:“ニューノーマル”という言葉から、今まで着てこなかったけれど、近ごろ着るようになってきたアイテムが思い浮かびました。それでいうと、ウール素材は自分にとってはニューノーマルかなと。

    − ウール素材。

    大橋:たとえばセーターだったり、冬場の肌着だったり。天然素材には、ケミカルな高機能素材にはない魅力があると思っていて。とはいえ、必要に応じて化繊の肌着も身につけますし、Championのリバースウィーブ®なんかも着ますけどね。

    − “完全に置き換わるもの”ではない、という。

    大橋:そうですね、文脈を少し置き換えてみる、といった感じで、コットン素材のスウェットやフーディの代わりにウール素材のクルーネックセーターを着てみたり。というのも、服を身につけるときには、いつも“クエスチョンマーク”を持っていたいと思ってるんですよ。

    − クエスチョンマーク、ですか。

    大橋:これは僕が洋服屋だからかもしれませんが、自分が100点だと思っているモノと同じぐらい魅力があるモノって何かあるのかな? と常に疑問を持つようにしているんですよね。“the best”って、本当にそうなのかな? お客さまにまっすぐおすすめできるかな? と、いつも考えています。だからこそ、新作のアイテムを取り扱う際には、まずは自分が身につけて生活しますし、アウトドアライクなアイテムであれば、着用を想定している環境で耐えうるスペックなのか、フィールドテスト的に検証もします。

     
    2023年初売りアイテムとしてリリースされたSTABRIDGE × MarmotのGORE-TEXジャケット。Marmotのアイテムは長年愛し続けているアイテムのひとつで、これまでも定期的に別注アイテムをリリースしている。
     
    ①最高級と言われている内モンゴル産のカシミヤを1kg使用。②ヴィンテージのリバースウィーブを彷彿とさせる長めの袖リブ。

    APT Field Testing、ですね。

    大橋:実際に着てさまざまなシチュエーションを過ごすことで、本当にたくさんの気付きがあります。まずは少なくとも自分たちが納得して、そのうえで、しっかりお客さまに魅力を伝えられるようにしたいんですよね。

    − なるほど。ところで、The Apartmentではセレクトのほか、オリジナルのブランドも展開していますよね。

    大橋:STABRIDGE(スタブリッジ)という名前で、創業当初からマイペースにやっています。最近では、2022年にリリースしたこのカシミヤ製のフーディはすごく気に入っていて、自分にとってはニューノーマルな1着ですね。

    − ほう。

    大橋:カシミヤは自分のファッションには取り入れにくい、という先入観がありましたが、あるときに、ニューヨークのRalph Laurenで店員さんがカシミヤのニットを着て店頭に立っているのを見て、すごくかっこいいなと思ったんです。というのも、店頭で商品の洋服を畳んだり、いろんな作業をしていたからでしょうけど、その店員さんが着ていたニットが、毛玉だらけになっていたんですよ。

    − お腹のあたり、ですかね。

    大橋:そうそう。安くはないカシミヤの製品にもかかわらず、すごくラフに扱っていて。もう、スウェットのごとく。それがすごく良いなと思って、このフーディを作ろうと思ったんです。カシミヤの製品は自分にはないカルチャーだったけれど、彼らの着こなしを見て、極寒のニューヨークではカシミヤのニットは“道具としての服”なんだなと、とても納得したんですよね。では、カシミヤを自分たちのファッションに落とし込むにはどうしたらいいだろうか、と考えた結果、リバースウィーブ®︎の型をトレースして制作することになりました。

    − シルエットがゆったりで、すごく着やすそうです。

    大橋:新たな試みではありましたが、とても納得のいく仕上がりになりました。しかし、正直なことを言えば、結果的にこの服が売れることよりも“自分たちのアップデート”としての納得感こそが大切だったんです。もちろんお客さまに楽しんでいただきたい気持ちはありましたけどね。

    胸に下げた翡翠ネックレスは、商売繁盛の神である、布袋尊をかたどったもの。アジア人としての誇りを感じるための“お守り”として常日頃から身につけている。

    − カシミアというニューノーマル的な側面もあり、慣れ親しんだリバースウィーブ®︎の型をトレースするという、クラシックな側面もありますね。

    大橋:モノづくりをするにしろ、お客さまに提案するにしろ、自身にとってのクラシックとは何か、芯として持っておくことこそが重要だと思います。Timberlandのブーツ、Championのスウェット、New Era®️のキャップなど、これらはもはや“殿堂入り”と言ってもいいかもしれませんが、定番の型があって、素材などでアップデートをするとしても、オリジナルの魅力はそう簡単に越えられるものではない。常に“オリジナル”や“クラシック”への敬意は忘れないようにしたいですね。

     
    装いによって付け替えるという、アクセサリーたち。シルバーとホワイトゴールド。

    − 自身にとってのクラシックがなければ、新たな発見もありませんよね。

    大橋:そうですね。世の中にたくさんの良いモノがあふれているなかで、僕らが新たな“the best”を生み出すことは難しいかもしれませんが、クラシックなモノの魅力は、いろんな形で提案し続けたいです。それに、新たなクラシックがこの時代に生まれる“可能性”のようなものも信じていたいと思うんです。これは僕自身が洋服屋を営むうえでのプライドでもありますし、ひとつの希望でもありますね。

     
    ①ニューヨークのThe Almeda ClubとThe Apartmentのコラボレーションフーディ。②ボディには大橋氏にとってのクラシックである、Championのリバースウィーブ®️を採用。長めの袖リブはワンロールするのがお決まり。③クイーンズに位置するThe Almeda Clubは、まさしく地域のコミュニティ的存在。
     
    ブラウンとグリーン、通称“ビーフ&ブロッコリー”の配色が特徴的なTimberlandのブーツも、ニューヨークの冬に欠かせないアイテムであり、大橋氏にとってのクラシックなアイテム。