BAC TSR-2|sevenseas
見出し画像

BAC TSR-2

BAC TSR-2は、1957年ころに開発が本格化していたイギリスの試作爆撃機でした。マッハ2を超す高速性能に加えて、全天候性能をはじめ、不整地からの短距離離着陸(STOL)を行い、低空を超音速で侵攻し、1,850 km以上を無給油で飛行する核兵器搭載可能な爆撃機等、かなり実現までのハードルが高い要求を盛り込まれた機体でした。
タイトル写真:出典 WIKIPEDIA

イギリス製の機体にしては、十分なサイズで、初期性能からかなりのポテンシャルを見せ付けました。特に乱流の中を飛ぶ際の機体の揺れが非常に小さく、テストパイロットの評判は上々でした。

しかし、あまりに一つの機体に様々なミッションをこなすことを課せられたために、開発費の高騰を招きました。何処の国でも、開発費の高騰という問題には悩まされていますが、開発余力の差はアメリカと比べれば歴然で、当時の政権交代で軍備の集約を掲げた労働党に政権が移るや、哀れTSR-2はその高性能を示したにもかかわらず、計画の中止を言い渡され、しかも、開発中の機体全てがスクラップに供されてしまうという不運に見舞われてしまいました。

高性能を実感させられる流麗なデザイン、とりわけ航空機の開発史上とても珍しい肩翼配置の特異性を相俟って、採用されたならまず間違いなく一級の性能で、イギリスの空軍力を数段アップさせることが可能な程のポテンシャルは、しかし日の目を見ることなく、歴史に埋没させられてしまったのでした。

今でも、プラモデルの人気はしぶとく高いままであり、本当に勿体無いことをイギリスはしたものと思います。この機体の代替として、ブラックバーン・バッカニアが追加配備されたのですが、古い機体では所詮要求を満たすことなど出来る筈が無かったのです。

この機体がデビューしていれば、イギリスの国力は数段あがり、軍事力の面でのパワーバランスが大きく変わったいたことは間違いなかったのです。
なにしろ初飛行の時から、素性の良さはテストパイロットから「賞賛」されていましたから。
というよりも、機体のデザインを見れば、性能が良いか悪いか普通はぴんと来るものです。その点でも、TSR-2は掛け値なしに、良い航空機だったと思われます。

政権交代が無かったら、生き延びていた機体だけに、惜しまれます。イギリスは古くから政権交代が起きるたびに、実現可能なところまで進んでいた良いプロジェクトが、没になってしまうということを繰り返してきました。

そこが、また、国の伝統かもしれませんが、在野から見ていると不思議でたまりません。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?