「ライセンスさえあればできる」サッカーの仕事

そんなある日のこと。私たちの試合中、主審が手を広げて「ちょっとタイムね」という感じでゲームを止めた。相手チームのベンチにすたすたと近寄って行く。座っている監督とおぼしき男性の前で止まると、腰を折るようにして顔をのぞき込んだ。
「えーっと、あなた、ライセンス持ってませんよね?」
男性は少し狼狽しつつ「あ、はい」と答えた。

「じゃあ、アウトね」
主審は、まるで「退場です」と言わんばかりに両の掌を差し出した。

ついさっきまでベンチでコーチをしていた男性が「退場」させられた(写真の人物は本文と関係ありません)Photo by iStock
 

ベンチから去るよう促された男性は「まあ、仕方ないね」という感じでうなずきながら、すっくと立ち上がった。ただし、遠いスタンドに追い出されるわけではなく、ベンチの外に出されるだけなので距離にして3メートルほど動くだけだ。その後は立ったまま、それまでと同じように「走れ!」とか「いいぞ!」などと声をかけていた。

「これ、いいじゃん!」

その様子を見た私の頭の上に、豆電球の光がピカッと輝いた。

「なるほど。この国ではライセンスがないとフットボールの指導はできないんだ。スペインにはそういう制度があるんだ」

その後も同じような場面に何度か遭遇した。ノーライセンスの監督が退場させられると、チームによっては指導者がいない状態になる。だが、どのチームにもデレガード(delegado)と呼ばれるマネジャーがいる。特別なライセンスを必要としない主務のようなマネジャーの大人が各チームにひとり必ずいて、その人が見守りをする。ただし、指導者ライセンスを持っていないのでテクニカルな指示などをしてはいけない。

日本で言えば、ベンチが試合当番のお母さんだけになるのと同じかもしれない。日本のサッカー少年団など私がプレーした環境では、ほとんどが選手の親が指導を請け負う「お父さんコーチ」ばっかりだった。そこから10年余り経った90年代のマドリードでは、町のアマチュアリーグでさえライセンスを取得した者が指導する環境整備がなされていた。成人でも、小学生の試合でも、同様だった。

「勉強してライセンスを取ればコーチになれるんだ」

ここがスタートになった。フットボールに触れる楽しみを取り戻し「フットボール界で生きたい」という漠然とした希望を抱いていた私の目の前に、指導者という道の扉が開いた瞬間だった。