「『方舟』を読んで」、あるいは「とても無粋な推理小説の読み方」|石田武蔵(QuizKnock編集部)
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「『方舟』を読んで」、あるいは「とても無粋な推理小説の読み方」

この文章には『方舟』(著:夕木春央)のネタバレが含まれています。また、いちいち本の内容を書くのも面倒なので、ある程度『方舟』本文で使用された単語や登場人物の名前がわかっていないと理解できない文章となっています。本文未読の方の回覧はご遠慮ください。

5/20更新:文章が終わっていたのでそこそこ書き直しました。これならまだ読めると思います。


30分くらい前に夕木春央先生の『方舟』を読み終わりました。買ったのは1年くらい前なんですけど、読むのをだいぶ後回しにしていました。

結論から言うと、めちゃめちゃ面白くて、もっと前に読んでおけばよかったな、と思うような内容でした。(理由は後述します)

さて、今回は『方舟』についての読後の感想と、それに伴って自分の推理小説の読み方が「楽しみ方としてどうなの?」と思ったので、そのことについてお話ししたいと思います。

褪せ人にしかわからないサイン



「『方舟』を読んで」、あるいは「とても無粋な推理小説の読み方」

この文章を読む前に、石田は結構「謎解きを楽しみながら推理小説を読むタイプ」であることをご承知おきください。そうです。有栖川有栖さんの『双頭の悪魔』や相沢沙呼さんの『medium』で大興奮するタイプの人間です。

(それは、謎について深くは考えずに探偵の推理を見て「すげぇ……」と純粋な驚きを楽しみつつ本を読むタイプの人間ではないということでもあります。)

さて、私が『方舟』を読みはじめてかなり最初に思ったのは、旧約聖書における「方舟」というものの性質上、どう考えても地下に残った人間が生き残るだろう、ということです。「選別」って大人数から優れた少数を選ぶことだし。

地下には酸素ボンベが残っており、本文中にも「溺れゆく人の余命をちょっとだけ伸ばせる」と書いてあったので、水没ギリギリで岩を落とす小部屋に岩を落としてからボンベを使って水中待機したら10分とかで謎機構が作動して勝手に水が引くのでは?と読みながら思っていました。

でも、推理小説において訳のわからない複雑な機構や、急に物語を収めるために登場するデウス・エクス・マキナ的存在は御法度。この辺りは「ノックスの十戒」とか聞いたことのある方もいるかもしれませんが、特に今回は「謎の機械」の存在も仄めかされていませんし、なかなか考えづらそうです。

(余談ですが、夕木春央先生の別の小説に『十戒』というのがありますね。いつか読んでみたいものです。)

もし想像の通り「選別」された側の人間(=大体犯人か、犯人が複数なら殺人を犯していないキレイな人)が生き残るとしたら、どのようにそれがなされるのか、直接的ではなくとも我々にもわかるように書いてあるに違いありません。

また、本の帯(2023/2/3発行、6刷)には

極限状況での謎解きを楽しんだ読者に、驚きの<真相>が襲いかかる。
この衝撃は一生もの。

有栖川有栖さんによる『方舟』の推薦文

と書かれていました。

最初はベタに「読者への挑戦」が挿入されていて、その謎がクソ難しいとかだと思ったのですが、そんなものはなく、読んでいくと物語は終盤に差し掛かり、(哀れな)探偵役の翔太郎による謎解きパートへ。

しかし、多少賢明な方なら思い当たるかもしれませんが、ここで探偵の推理が100点であったら「驚きの<真相>」なんてものは襲ってきません。それは「謎解きを楽しんだ」後にやってくるものとされているのですから。どこか探偵の推理には穴があるのです。

そこまでに翔太郎の推理に関する導線はかなり丁寧になされていたと思うので、謎解きパートを読む直前でも鍵となる要素はある程度揃っています。
そこで、その場面まででしっかりと触れられていないがヒントになりそうな箇所こそが、方舟において選別された者が生き残る方法を明かすのに大切になるはずだと考え、それらを洗い出しました。

すぐに思い浮かんだのは、

  1. 地下3階から抜けられる非常用の脱出口

  2. 以前さやかのスマホに送られてきた「方舟」の写真

  3. 監視カメラ(これについては後知恵っぽいかも)

の3つ。

特に①については、どう考えても物語の中で使用されない非常口は登場させなくていい(いわゆる「チェーホフの銃」というやつ)ので、「入り口が土砂で埋まっているから非常口からの脱出は不可能」は偽だったり、後から水がそこから抜けるような機能を持っていたりするのかな、と思いました。

(でも前述の通り、複雑な機構などは推理小説的にはNG。現代のびっくり小説として「地下の浸水によって超ハイテクメカ「方舟」が起動!まさかの方法で非常口から水が抜ける!」とかも考えられるけど、そんなヒントも何もない後付け小説が「良いミステリ」として話題になるわけがない。ということは……)

そんなこんなで大体のオチについて予想がついてしまったのですが、犯人についてはちゃんと考えずに手癖でページをめくってしまったので、翔太郎が柊一を謎解きから排除する態度をとっているという点だけで「麻衣だろこれ……」と思うにとどまりました。大した根拠はなし。

結果として、犯人自体はあっていたけど細かい推理や真相については予想が外れ、「なるほど!」とおどろかされる形となりました。推理小説あるあるです。
しかし、肝心の襲いくる<真相>については予測していた展開がドンピシャで当たっており、「まー、ですよね」という感じが否めませんでした。

一番美味しいところを逃した感が否めません。(トランシーバーアプリを使用した演出はめちゃめちゃ臨場感があって良きでした)

ただ、紆余曲折あったものの僕はこういう「救いようのない話」と「ヤベェ女」(「おもしれぇ女」とも言う)を栄養にして生きているよう人間ですので、本を読んだ感想としては100点どころか120点だし、もっと早くに読むべきだった……と思ったわけです。

そのほか、細々とした感想がいくつかあるので箇条書きで述べると、
・物語の中で今いる地下施設のことを『方舟』と二重鉤括弧で表しており、めちゃめちゃメタい感じがした(普通本のタイトルなどは二重鉤括弧で表現する)。
・会話文の改行、ちょっと特殊?読みやすいけど違和感があった気がする。
・タイトルフォントは地下3階が沈んでる様子を表してるんだろう。良い。
・第2の事件について、「ナイフによる胸の刺し傷からは血があまり出てない?」みたいなことが書いてあったので、

死後にナイフを刺したのでは?→絞殺した実行犯とナイフを刺して「殺し直した」人間は別?

とか思っていた。全然違った。普通に『うみねこの鳴く頃に』の読みすぎだった(ep.6かなんかで古戸ヱリカとかいうヤベェ女が同様の行為でドッキリの狂言殺人をガチの殺人事件にしている)。

以上となります。

総括すると、今回の『方舟』の読書体験は「メタすぎる考察をしたせいで『一生もの』らしい衝撃を逃す」という、やや悔いの残るものとなりました。

先ほど僕は「世の中には謎について深くは考えず、探偵の推理を見て〜」と真相について考えずに推理小説を読む人間に対し、やや棘のある書き方をしていたように思います。

しかし、今考えると、それは純粋さの発露のようにも思います。

それに対し、もし自分が書いた推理小説の読者に「本来想定していないようなメタ情報(タイトルに使用される知名度の低い単語にまつわる知識や、帯の推薦コメントなど)によって真相へにじり寄ってくる」人間がいたとしたら、それはどれだけ恐ろしく、無粋な存在なのでしょうか

楽しみ方は人それぞれなんでしょうが、少なくとも「タイトル見た瞬間にネタと物語の行末が3割くらい想像つく(しかも、わりと当たる)」という下の中くらいのスタンド能力みたいなのはちょっといらないかな、と思うのでした。

余談ですが、この前『頂上戦争』/マダミス狂気山脈2.5 【追加DLC】をやったとき、ホワイトアウト(ゲーム半ばの休憩&大きくシナリオが動く時間)の前に大体全てのゲームシステムを把握してしまい、結果として他のプレイヤーに怪しまれてボコボコにされるというミスを犯しました。

自分が殺されないためにも、<真相>とはうまく付き合いたいものですね。それではまた。

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